以下、直噴エンジンの実施形態を図面に基づいて説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は例示である。図1に示されるように、エンジン・システムは、エンジン(エンジン本体)1、エンジン1に付随する様々なアクチュエーター、様々なセンサ、及びセンサからの信号に基づきアクチュエーターを制御するエンジン制御器100を有する。このエンジン・システムは、幾何学的圧縮比が13以上20以下(例えば14)の高圧縮比エンジン1を備える。
エンジン1は、火花点火式4ストローク内燃機関であって、図1には1つのみ図示するが、直列に配置された第1〜第4の4つの気筒11を有する。但し、ここに開示する技術が適用可能なエンジンは、直列4気筒エンジンには限定されない。エンジン1は、自動車等の車両に搭載され、その出力軸は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン1の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。
このエンジン1には、エタノール(バイオエタノールを含む)を含有する燃料が供給される。特にこの車両は、エタノールの濃度が25%(つまり、E25)〜100%(つまり、E100)までの任意の濃度の燃料が使用可能なFFVである。図示は省略するが、この車両は、前記の燃料を貯留する燃料(メインタンク)のみを有しており、従来のFFVのように、ガソリン濃度の高い燃料を、メインタンクとは別に貯留するためのサブタンクを有していない点が特徴である。
エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、ブロック12の内部に気筒11が形成されている。周知のように、シリンダブロック12には、ジャーナル、ベアリングなどによりクランクシャフト14が回転自在に支持されており、このクランクシャフト14が、コネクティングロッド16を介してピストン15に連結されている。
各気筒11の天井部には、略中央部からシリンダヘッド13の下端面付近まで延びる2つの傾斜面が形成されており、それらの傾斜面が互いに差し掛けられた屋根のような形状をなすいわゆるペントルーフ型となっている。
前記ピストン15は、各気筒11内に摺動自在に嵌挿されており、気筒11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。ピストン15の頂面は、前述した気筒11の天井面のペントルーフ型の形状に対応するように、その周縁部から中央部に向かって隆起する台形状に形成されており、これによって、ピストン15が圧縮上死点に到達したときの燃焼室容積を小さくして、13以上の高い幾何学的圧縮比を達成している。ピストン15の頂面にはまた、その概略中心位置に、概ね球面状に凹陥したキャビティ151が形成されている。このキャビティ151は、気筒11の中心部に配設された点火プラグ51に相対するように、配置されており、これによって、燃焼期間を短縮するようにしている。つまり、前述したように、この高圧縮比エンジン1は、ピストン15の頂面が隆起していて、ピストン15が圧縮上死点に到達したときに、ピストン15の頂面と気筒11の天井面との間隔が極めて狭くなるように構成されている。このため、キャビティ151を形成していないときには、初期火炎がピストン15の頂面と干渉して冷却損失が増大し、火炎伝播が阻害されて燃焼速度が遅延してしまう。これに対し、前記のキャビティ151は、初期火炎の干渉を回避して、その成長を妨げないため、火炎伝播が速くなって、燃焼期間が短縮し得る。このことは、ガソリン濃度の高い燃料においては、ノッキングの抑制に有利になり、点火時期の進角によるトルクの向上に寄与する。
気筒11毎に、吸気ポート18及び排気ポート19がシリンダヘッド13に形成され、それぞれが燃焼室17に連通している。吸気弁21及び排気弁22はそれぞれ、吸気ポート18及び排気ポート19を燃焼室17から遮断(閉)することができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構30により、排気弁22は排気弁駆動機構40により、それぞれ駆動され、それによって所定のタイミングで往復動して、吸気ポート18及び排気ポート19を開閉する。
吸気弁駆動機構30及び排気弁駆動機構40は、それぞれ吸気カムシャフト31及び排気カムシャフト41を有する。カムシャフト31,41は、周知のチェーン/スプロケット機構等の動力伝達機構を介してクランクシャフト14に連結される。動力伝達機構は、周知のように、クランクシャフト14が二回転する間に、カムシャフト31,41を一回転させる。
吸気弁駆動機構30は、吸気弁21の開閉時期を変更可能な吸気バルブタイミング可変機構32を含んで構成され、排気弁駆動機構40は、排気弁22の開閉時期を変更可能な排気バルブタイミング可変機構42を含んで構成される。吸気バルブタイミング可変機構32は、この実施形態では、吸気カムシャフト31の位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式、機械式又は電動式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)により構成され、排気バルブタイミング可変機構42は、排気カムシャフト41の位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式、機械式又は電動式の位相可変機構により構成されている。吸気バルブタイミング可変機構32は、吸気弁21の閉弁時期を変更することにより、有効圧縮比を調整し得るものである。尚、有効圧縮比とは、吸気弁閉弁時の燃焼室容積と、ピストン15が上死点にあるときの燃焼室容積との比である。
点火プラグ51は、例えばねじ等の周知の構造によって、シリンダヘッド13に取り付けられている。点火プラグ51の電極は、気筒11の概略中心において燃焼室17の天井部に臨んでいる。点火システム52は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、点火プラグ51が所望の点火タイミングで火花を発生するよう、それに通電する。
燃料噴射弁53は、例えばブラケットを使用する等の周知の構造で、この実施形態ではシリンダヘッド13の一側(図例では吸気側)に取り付けられている。このエンジン1は、燃料を気筒11内に直接噴射する、いわゆる直噴エンジンであり、燃料噴射弁53の先端は、上下方向については吸気ポート18の下方に、また、水平方向については気筒11の中央に位置して、燃焼室17内に臨んでいる。但し、燃料噴射弁53の配置はこれに限定されるものではない。燃料噴射弁53は、この例においては、多噴口(例えば6噴口)型の燃料噴射弁(Multi Hall Injector:MHI)である。各噴口の向きは、図示は省略するが、気筒11内の全体に燃料が噴射できるように、噴口軸の芯先が広がっている。MHIの利点は、多噴口であるため一噴口の径が小さく、比較的高い圧力で燃料を噴射し得る点、及び、気筒11内の全体に燃料を噴射可能に広がっているため、燃料のミキシング性が高まると共に、燃料の気化・霧化が促進される点にある。従って、吸気行程中に燃料を噴射した場合は、気筒11内の吸気流動を利用した、燃料のミキシング性、及び、気化・霧化の促進の点で有利になる一方、圧縮行程において燃料を噴射した場合は、燃料の気化・霧化の促進により、気筒11内のガス冷却の点で有利になる。尚、燃料噴射弁53は、MHIに限定されるものではない。
燃料供給システム54は、燃料を昇圧して燃料噴射弁53に供給する高圧ポンプ(燃料ポンプ)と、この高圧ポンプに対して燃料タンクからの燃料を送る配管やホース等と、燃料噴射弁53を駆動する電気回路と、を備えている。燃料ポンプは、この例ではエンジン1によって駆動される。尚、燃料ポンプを電動ポンプとしてもよい。燃料噴射弁53が多噴口型である場合は、微小な噴口から燃料を噴射するために、燃料噴射圧力は比較的高く設定される。電気回路は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて燃料噴射弁53を作動させ、所定のタイミングで所望量の燃料を、燃焼室17内に噴射させる。ここで、燃料供給システム54は、エンジン回転数が上昇するに伴い燃圧を高く設定する。これは、エンジン回転数が上昇するに伴い、気筒11内に噴射される燃料量も増大するが、燃圧が高くなることで、燃料の気化・霧化に有利になると共に、燃料噴射弁53の燃料噴射に係るパルス幅を可及的に短くするという利点がある。前述したように、燃料タンクには、E25〜E100までの任意のエタノール濃度のアルコール含有燃料が貯留されている。
吸気ポート18は、吸気マニホールド55内の吸気経路55bによってサージタンク55aに連通している。図示しないエアクリーナからの吸気流は、スロットルボデー56を通過してサージタンク55aに供給される。スロットルボデー56にはスロットル弁57が配置されており、このスロットル弁57は、周知のようにサージタンク55aに向かう吸気流を絞って、その流量を調整する。スロットル・アクチュエーター58が、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、スロットル弁57の開度を調整する。
排気ポート19は、排気マニホールド60内の排気経路によって周知のように排気管内の通路に連通している。この排気マニホールド60は、図示を省略するが、各気筒11の排気ポート19に接続された分岐排気通路が、排気順序が隣り合わない気筒同士で第1集合部により集合され、各第1集合部の下流の中間排気通路が第2集合部で集合された構造となっている。すなわち、このエンジン1の排気マニホールド60には、いわゆる4−2−1レイアウトが採用されている。
エンジン1にはまた、その始動時にクランキングを行うためのスタータモータ20が設けられている。
エンジン制御器100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
エンジン制御器100は、エアフローセンサ71からの吸気流量及び吸気温度、吸気圧センサ72からの吸気マニホールド圧、クランク角センサ73からのクランク角パルス信号、水温センサ78からのエンジン水温、というように、種々の入力を受ける。エンジン制御器100は、例えばクランク角パルス信号に基づいて、エンジン回転数を計算する。また、エンジン制御器100は、アクセル・ペダルの踏み込み量を検出するアクセル開度センサ75からのアクセル開度信号を受ける。さらに、エンジン制御器100には、変速機の出力軸の回転速度を検出する車速センサ76からの車速信号が入力される。加えて、シリンダブロック12には、当該シリンダブロック12の振動を電圧信号に変換して出力する加速度センサからなるノックセンサ77が取り付けられており、その出力信号もエンジン制御器100に入力される。
エンジン制御器100は前記のような入力に基づいて、以下のようなエンジン1の制御パラメータを計算する。例えば、所望のスロットル開度信号、燃料噴射パルス、点火信号、バルブ位相角信号等である。そしてエンジン制御器100は、それらの信号を、スロットル・アクチュエーター58、燃料供給システム54、点火システム52、並びに、吸気及び排気バルブタイミング可変機構32、42等に出力する。エンジン制御器100はまた、エンジン1の始動時には、スタータモータ20に駆動信号を出力する。
このエンジン・システムは、前述の通りFFVに搭載されたシステムであり、エンジン1には、E25〜E100までの任意の混合比のアルコール含有燃料が供給される。そのため、気化性能に劣るエタノール濃度の高い燃料、例えばE100使用時には、20℃よりも低い外気温、特に0℃よりも低い外気温でのエンジン始動時に、その始動性が低下してしまう。このエンジン・システムは、燃料の性状如何にかかわらず、低外気温の時の始動性を向上させるように構成されている。
(エンジン始動時の制御)
図2は、エンジン始動時の制御にかかるフローチャートを示している。このフローチャートは、スタータモータ20を駆動させることでクランキングを開始した後にスタートする。スタート後のステップS21では、エンジン水温及び燃料圧力をそれぞれ読み込む。続くステップS22において、エンジン水温が予め設定した設定値よりも低いか否かを判定する。この設定値は、前述の通り20℃としてもよい。ステップS22は、エンジン1が始動をする前のステップであるため、エンジン水温は外気温と実質的に一致している。従って、ステップS22は、外気温が設定値(例えば20℃)よりも低いか否かを判定していることと等価である。ステップS22の判定においてNOのとき、つまり、エンジン水温が20℃以上の温間始動時には、フローはステップS28に移行する。一方、ステップS22の判定においてYESのとき、つまり、エンジン水温が20℃よりも低い冷間始動時には、フローはステップS23に移行する。
ステップS23では、吸気弁21の閉弁時期IVCを、吸気下死点後50°CAの範囲内に設定する。ここで、吸気弁21の閉弁時期IVCは、1mmリフト時点で定義している。つまり吸気下死点付近となるように、閉弁時期IVCを設定することにより有効圧縮比を12以上に設定する。ここで、図3は、吸気弁21の吸気下死点後の閉弁時期IVCと、有効圧縮比との関係を示している。同図における実線は、その閉弁時期IVCに基づく燃焼室の容積から演算によって求めた有効圧縮比であり、黒四角(破線)は、クランキング中の気筒11内の圧力を計測することにより求めた、実際の有効圧縮比である。有効圧縮比は、吸気弁21の吸気下死点後の閉弁時期IVCが遅角するほど、小さくなるため、同図においては右下がりのグラフとなる。ここで、演算により求めた有効圧縮比に対し、実際の有効圧縮比は、大凡0.8程度低くなるが、これは、クランキング中の極低速回転時に大きくなるピストン15の合い口付近からの圧縮漏れ等に起因するものである。有効圧縮比が12以上となるような閉弁時期IVCを設定することによって、実際の有効圧縮比を11.2程度以上に設定することが可能である。このことは、後述するように、気筒11内の圧縮端温度を高め、冷間始動時におけるエンジン1の始動性を向上させる上で有利になる。従って、吸気弁の閉弁時期IVCを、吸気下死点に対して50°CAの範囲内に設定することは、有効圧縮比を12以上(実際の有効圧縮比を11.2以上)にして、冷間時のエンジン1の始動性を向上させる。尚、吸気弁21の閉弁時期IVCを、吸気下死点に対し、その下死点前50°CAの範囲内に設定しても、有効圧縮比を12(実際の有効圧縮比を11.2)以上にすることが可能であるから、ステップS23では、吸気弁21の閉弁時期IVCを、吸気下死点を挟んで±50°CAの範囲内に設定すればよい。尚、有効圧縮比は、エンジン1の幾何学的圧縮比に応じて設定すればよく、前述の通り、幾何学的圧縮比が13以上20以下に設定されるエンジン1においては、冷間始動時の有効圧縮比を12以上19以下(例えば12)に設定すればよい。
図2のフローに戻り、ステップS23に続くステップS24では、燃料圧力が設定値以上になったか否かを判定する。後述するように、冷間始動時には、圧縮行程での燃料噴射を行うため、気筒11内の比較的高い圧力に対抗し得る燃料の噴射圧力が必要である。そこで、圧縮行程での燃料噴射が可能となる程度の燃料圧力(例えば15MPa)を超えるまではステップS21〜S23を繰り返し、燃料圧力の上昇を待つ。この間は、クランキングによって燃料ポンプが駆動されることで、燃料圧力が次第に上昇する。そうして、燃料圧力が設定値を超えたとき(つまり、ステップS24でYESのとき)には、ステップS25に移行する。
ステップS25では、エンジン回転数を読み込み、続くステップS26で、エンジン回転数が設定値よりも低いか否かを判定する。この判定はエンジン1の始動が完了したか否かを判定するステップであり、設定値は、例えば1500rpmとしてもよい。
ステップS26の判定がNOのときにはステップS27に移行し、燃料の噴射時期を圧縮行程後半に設定すると共に、前段噴射と後段噴射との2分割にした分割噴射を行う。噴射時期を圧縮行程後半に設定することは、気筒11内に導入される新気の温度が低くても気筒11内の温度が高くなったタイミングで気筒11内に燃料を噴射することになるため、特にエタノール含有量の多い燃料の気化に有利である。
この点につき図4を参照しながら説明する。図4(a)はクランク角変化に対する気筒11内の温度変化を示すシミュレーションにより求めた例であり、図4(b)は図4(a)の太実線に対応した燃料噴射態様を示す図である。このシミュレーションの条件は、有効圧縮比が12.2で、外気温が−5℃である。また、燃料はE100であり、図4(a)における破線は、E100が気化することを保障し得る最低温度(気化保障温度:340K)である。
気筒11内に導入されたガスが断熱圧縮されるに従い、圧縮行程中に気筒11内の温度は次第に上昇する。そうして、筒内温度が気化保障温度を超える圧縮行程後半において、図4(b)に示すように、燃料噴射(前段噴射)が開始される。図例では、噴射開始(Start Of Injection:SOI)を、圧縮上死点前40°CAに設定している。気筒11内に直接噴射された燃料は、比較的高い筒内温度により気化する。この燃料気化に伴う気化潜熱により、気筒11内の温度は、図4(a)に「分割噴射」の太実線で示すように、次第に低下するようになる。
ここで、図4(a)に「一括噴射」の実線で示すように、燃料噴射を分割噴射とせずに、必要な燃料噴射量を一括で噴射した場合(但し、SOIは40°CAであり、分割噴射と一括噴射とで互いに同じである)は、アルコールの高い気化潜熱によって、気筒11内の温度が大幅に低下することで、その噴射の最中に気筒11内の温度が気化保障温度を下回ってしまう。このように気化保障温度を下回ってしまうと、その温度低下後に、気筒11内に噴射した燃料は気化せずに、気筒11内の壁面等に付着してしまうようになる。
これに対し、図4(a)に「分割噴射」の太実線で示すように、前段噴射と後段噴射とを含む分割噴射を行う場合は、1回の燃料噴射で気筒11内に噴射される燃料量が比較的少なくなるため、前段噴射の最中の気筒11内の温度低下量が、比較的小さくなるように抑制される。また、前段噴射の終了後、後段噴射の開始前に、燃料噴射を休止する期間(噴射休止期間)が設けられるため、この休止期間中には、気化潜熱による気筒11内の温度低下がなく、逆に、圧縮行程中であるため、断熱圧縮により気筒11内の温度が上昇する。こうして、後段噴射の開始時(SOI20°CA)には、気筒11内の温度がある程度回復していると共に、後段噴射による燃料噴射量も比較的少ないため、後段噴射の最中の気筒11内の温度低下量もまた、比較的小さくなるように抑制される。その結果、前段噴射の開始から、休止期間を挟んで、後段噴射の終了までの間で、気筒11内の温度が、気化保障温度を下回ることが回避される。こうして、圧縮行程の後半において分割噴射を行うことにより、気筒11内に直接噴射した燃料が、気筒11内の壁面等に付着することが確実に回避されるようになり、混合気の形成が良好になる。
ここで、図4(a)に「一括噴射(SOI20)」の仮想線で示すように、燃料噴射の開始時期をさらに遅らせる(ここでは、後段噴射のSOIと同じ20°CAに設定している)ことも考えられる。このようにすれば、気筒11内の温度がさらに高い状態で燃料を噴射することになるため、燃料の気化には有利になると共に、一括噴射によって気筒11内の温度が大きく低下しても、噴射開始時の気筒11内の温度が高いことで、気化保障温度を下回ることが回避される。しかしながら、燃料噴射の開始時期を遅らせた場合は、燃料の噴射終了後、圧縮上死点付近に設定される点火時期までの期間は短くなってしまう。これは、混合気の形成期間が短くなることを意味し、混合気形成期間を十分に確保しようとすれば、例えば点火時期を遅らせる必要が生じるかもしれない。点火時期を遅らせてしまうと、エンジン1の始動性の低下及び燃費の悪化を招く虞がある。
これに対し、前段噴射と後段噴射とを含む燃料の分割噴射は、前段噴射は比較的早いタイミングで開始されると共に、後段噴射による噴射量は、一括噴射と比較して少なく、その噴射期間が短くなるため、混合気の形成期間を十分に長く確保することが可能になる。従って、圧縮行程後半における、前段噴射と後段噴射とを含む燃料の分割噴射は、気筒11内の温度を気化保障温度以上に維持しつつ、混合気形成期間を十分に確保する上で有利である。
ここで、前段噴射による燃料噴射量と、後段噴射による燃料噴射量とは、図4(b)に例示するように、5:5の割合に設定してもよい。こうすることで、気筒11内の気化保障温度の維持と混合気形成期間の十分な確保とが両立する。尚、前段噴射による燃料噴射量と、後段噴射による燃料噴射量との割合は、4:6〜6:4の範囲で適宜設定すればよい。
次に、図5は、有効圧縮比を、7.3〜13.1の範囲で変更した場合の、気筒11内の温度変化を比較する図である。尚、有効圧縮比は、吸気弁21の閉弁時期IVCに基づき演算により求めた有効圧縮比である。同図において、外気温は−5℃、燃料はE100であり、燃料の噴射形態は全て分割噴射である。つまり、前段噴射のSOIは、圧縮上死点前20°CAであり、後段噴射のSOIは、圧縮上死点前40°CAである。同図に示すように、有効圧縮比が、例えば7.3や9.6のように低いときには、圧縮行程中における気筒11の温度は比較的低くなるため、分割噴射を行ったとしても、気筒11内の温度は、その燃料噴射の途中で気化保障温度を下回ってしまう。これに対し、有効圧縮比を12以上に設定することで、気筒11内に導入される新気の温度が低くても、圧縮行程中における気筒11内の温度が高くなるため、分割噴射を組み合わせることによって、気筒11内の温度を気化保障温度以上に維持することが可能になる。つまり、エンジン1の冷間始動時に、図2のフローにおけるステップ23で、有効圧縮比が12以上となるように吸気弁21の閉弁時期IVCが圧縮上死点を挟んだ±50°CAの範囲内に設定することにより、気筒11内の温度を気化保障温度以上に維持することが可能になる。
こうして圧縮行程後半に燃料が分割噴射された後、圧縮上死点付近で点火プラグ51による点火が行われて燃焼が開始する。前述の通り、ステップS26の判定において、エンジン回転数が所定値以上になるまではステップS27が繰り返されるが、気筒11内での燃焼が開始されれば、気筒11内の温度が次第に高まるため、当該気筒11の2回目以降の燃料噴射の際は、気筒11内の状態は、燃料の気化に次第に有利な状態になる。例えば図6は、気筒11内の温度変化が、燃焼の開始からのサイクル数の増加によって上昇する様子を示している。ここでのサイクル数は、第1気筒、第3気筒、第4気筒及び第2気筒の順番で燃焼が行われる直列4気筒のエンジン1においては、各気筒11が1回の燃焼を行うことを1サイクルとカウントしている。従って、特定の気筒11で見れば、例えば3サイクルは3回目の燃焼が行われることに相当し、5サイクルは、5回目の燃焼が行われることに相当する。そして、図6に示すように、1サイクル目の気筒11内の温度に対して、3サイクル目の温度は、より高くなり、5サイクル目の気筒11内の温度は、3サイクル目の温度よりも高くなり、7サイクル目の気筒11内の温度は、5サイクル目の温度よりもさらに高くなる。このように気筒11内の温度が高くなれば、その分だけ、燃料の気化には有利になると共に、圧縮行程の期間内において気筒内の温度ができるだけ高くなるまで燃料の噴射時期を遅くする必要がなくなり、逆に燃料の噴射時期を進角させるようにすれば、燃料の気化を促進しつつ、混合気の形成期間を十分に確保することが可能になる。
そこで、図2に示すフローでは、ステップS27において、気筒11内の温度に応じて燃料の噴射時期を進角させる。具体的には、始動の最中に気筒11内の温度を推定又は検出し、その温度に応じて燃料の噴射時期を、進角側に設定してもよい。また、気筒11内の温度の上昇率を推定又は検出し、その上昇率に応じて燃料の噴射時期を進角側に設定してもよい。
さらに、エンジン1の始動時における回転数と気筒11内の温度との関係を予め把握しておき、計測したエンジン1の回転数から気筒11内の温度状態を推定して、燃料の噴射時期を進角側に設定してもよい。また、計測したエンジン1の回転数の変化から気筒11内の温度上昇率を推定して、その上昇率に基づいて、燃料の噴射時期を進角側に設定してもよい。
図7は、エンジン1の冷間始動時におけるサイクル数に対する、(a)エンジン1の回転数変化、(b)エンジン1の水温及び燃焼室壁温の変化、(c)噴射時期の変化、をそれぞれ例示している。(a)〜(c)の各図における右図は、10サイクルまでの、各パラメータの変化を拡大して示す図である。同図(c)に示すように、1回目の燃料噴射の時期は、前段噴射のSOIが圧縮上死点前40°CAに設定され、後段噴射のSOIが圧縮上死点前20°CAに設定される。こうして気筒11内に燃料が噴射され、その後、適宜のタイミングで点火プラグ51を駆動させることで、気筒11内において燃焼が行われる。サイクル毎に燃料が行われる結果として、同図(b)に示すように、燃焼室の壁温度は次第に上昇する。尚、エンジン水温は実質的に上昇しない。
同図(c)に示すように、気筒11内の温度上昇に合わせて、前段噴射及び後段噴射のSOIをそれぞれ進角させる。図例では、2サイクル目のSOIは、1サイクル目のSOIと同じに設定され、3サイクル目のSOIは、1及び2サイクル目のSOIよりも進角させている。また、図例では、前段噴射のSOI及び後段噴射のSOIを共に進角させており、前段噴射のSOIの進角量の方が、後段噴射のSOIの進角量よりも大に設定している。4サイクル目以降は、前段噴射のSOI及び後段噴射のSOIをそれぞれ、気筒11内の温度上昇に応じて、次第に進角させている。尚、2サイクル目から、SOIを、1サイクル目のSOIに対して進角させるようにしてもよいし、1〜3サイクルは、SOIを同じに設定しつつ、4サイクル目以降において、SOIを1サイクル目のSOIに対して進角させるようにしてもよい。
さらに、図例では、10サイクル目以降では、前段噴射のSOI及び後段噴射のSOIはそれぞれ、所定クランク角で一定にしている。これは、圧縮行程中の燃料噴射時期としての進角限界に相当する。尚、この進角限界は、実際には、吸気弁21の閉弁時期によって決定される。
そうして、図7(a)に示すように、エンジン1の回転数は次第に上昇することになり、エンジン1の回転数が設定値以上になれば、図2のフローのステップS26の判定がYESになって、エンジン1の始動が完了したとして、フローは終了する。
エンジン1の始動完了後(図7の例では、30サイクル以降)は、詳しくは後述するが、少なくとも吸気行程期間中において燃料噴射が行われる(図7(c)の前段噴射の噴射時期を参照)。つまり、始動完了後には、気筒11内の温度が比較的高くなるため、圧縮行程において燃料を噴射する必要性に乏しくなる一方で、吸気行程中に燃料噴射を行うことによって、混合気の形成期間が十分に確保される。
一方、図2のフローのステップS22の判定で、温間始動時であるとして移行したステップS28では、吸気弁21の閉弁時期IVCを遅閉じにセットする。つまり、温間始動時には、気筒11内に導入される新気の温度が比較的高くて燃料の気化に有利であるため、有効圧縮比を高めて気筒11内の温度を高める必要性に乏しい。逆に、有効圧縮比を高めて圧縮行程期間中の気筒11内の温度を高めすぎると、例えばノッキングが発生し易くなったり、過度な吹き上がりが生じたりする不都合がある。そこで、温間始動時には、少なくとも冷間始動時よりも吸気弁21の閉弁時期IVCを遅く設定することで、有効圧縮比を低下させる。吸気弁21の閉弁時期IVCは、吸気下死点を挟んだ±50°CAの範囲外に設定してもよい。
続くステップS29では、前記のステップS25と同様に、エンジン回転数を読み込み、ステップS210でエンジン回転数が設定値よりも低いか否かを判定する。回転数が設定値よりも低いとき(NOのとき)には、ステップS211に移行して、噴射時期を吸気行程に設定する。これは、温間始動時は、燃料の気化に有利であるため、冷間始動時のように気筒11内の温度上昇を利用する必要がない、また、吸気行程噴射とすることによって、混合気の形成期間を十分に確保することが可能になる、ためである。また、吸気行程噴射とすることで、燃料の噴射圧を高くする必要がなくなり、燃費に有利になるという利点もある。
そうして、エンジン回転数が設定値に上昇するまで、ステップS211において吸気行程噴射を継続し、エンジン回転数が設定値に到達すれば、ステップS210の判定がYESとなり、エンジン1の始動が完了したとしてフローを終了する。
この図2のフローに示すような始動制御によれば、燃料の性状如何にかかわらず、具体的には、低温時に気化し難いE100であっても、冷間始動時及び温間始動時のそれぞれにおいて、エンジン1の始動性を高めることが可能になる。また特に、冷間始動時に圧縮行程噴射を行い、気筒11内の高い温度を利用して燃料の気化を促進させることは、アルコール濃度の低い燃料(例えばE25等)においても有効であり、この場合は、より少ない燃料量でエンジン1の始動を行うことを可能にする。つまり、図2のフローに示すような始動制御は、エンジン始動時の燃費の向上に有利である。
(始動後のエンジン制御)
図8は、始動後のエンジン制御にかかるフローチャートである。スタート後のステップS81では、エンジン水温、エンジン回転数、Ce(充填効率(エンジン負荷))をそれぞれ読み込み、続くステップS82では、エンジン水温が設定値よりも低いか否かを判定する。設定値は例えば20℃としてもよい。水温が設定値以上の温間時は、ステップS83に移行する。
ステップS83では、エンジン水温が高く燃料の気化に有利であるため、混合気形成期間を十分に確保するために、エンジン負荷の高低に拘わらず、燃料噴射時期を吸気行程に設定する。吸気行程期間中に燃料を噴射することは、吸気流動を利用して混合気の形成に有利になる。尚、外気温が低いときであっても、エンジン水温が高まれば、気筒11内に導入される新気の温度は高くなり、燃料は気化し得る。続くステップS84では、吸気弁21の閉弁時期IVCを、エンジン1の運転状態に応じて設定する。エンジン1の運転状態が部分負荷域にあるときには、閉弁時期IVCを遅閉じ(吸気下死点に対して50°CAよりも遅い閉弁時期)に設定することにより、ポンプ損失を低減して燃費の向上を図る。
一方、ステップS82の判定において、エンジン水温が設定値よりも低い冷間時には、ステップS85に移行して、Ceが所定値よりも高いか否か、言い換えるとエンジン1の負荷が所定よりも高いか否かを判定する。エンジン負荷が所定以下の低負荷時(NOのとき)にはステップS86に移行する。一方、エンジン負荷が所定よりも高い高負荷時(YESのとき)にはステップS810に移行する。このように燃料の気化に不利な冷間時には、エンジン負荷の高低に応じて制御を切り替えることにより、高負荷時及び低負荷時のそれぞれにおいて、燃料の気化を促進させるようにする。
図9は、エンジン回転数及びエンジン負荷に係るエンジンの運転状態に対する、吸気マニホールド負圧の相違(等圧線図)を示している。同図は冷間時の吸気圧力の状態を示しており、吸気弁21の閉弁時期IVCは遅閉じ設定ではない。同図において、Ceが低い、言い換えるとエンジン負荷が低いときには、スロットル弁57の開度が閉じ側に設定されることにより、吸気マニホールド負圧は大きくなる(吸気ポート負圧も、これと同じである)。そのため、図10(b)に示すように、吸気行程中の気筒11内の負圧は、大きくなる。このタイミングで燃料を気筒11内に噴射すれば、減圧沸騰効果により、燃料を効率的に気化させることが可能になる。そこで、冷間時でかつ低負荷であるとして移行したステップS86では、燃料噴射時期を、吸気行程中に設定する。さらにステップS87では、冷間時における吸気行程期間中の燃料噴射時期を、温間時よりも進角させる(図10(a)参照)。これは、冷間時は温間時と比較して、燃料の気化に不利になることから、燃料の噴射開始時期を進角させることによって、混合気形成期間をできる限り長くするためである。
続くステップS88では、吸気弁21の閉弁時期IVCを、温間時よりも進角させる。前述したように、温間時の部分負荷領域では、吸気弁21の閉弁時期IVCを遅閉じに設定することでポンプ損失を低減している(ステップS84)が、吸気弁21の閉弁時期IVCを遅閉じに設定した場合は、図10(c)に破線で示すように、気筒11内の負圧は相対的に小さくなる。これは、負圧を利用して燃料の気化を促進させる冷間時には、不利であることから、冷間時は、吸気弁21の閉弁時期IVCを温間時よりも進角させ、それによって、気筒11内の負圧を、温間時と比較して大きくする。これにより、冷間時は、減圧沸騰効果により、燃料の気化が促進される。
そうして、ステップS89では、燃料噴射圧を、温間時と比較して高く設定する(図10(d)参照)。噴射圧を高めることにより、気筒11内に噴射される燃料が微粒化するため、冷間時における燃料の気化に有利になる。逆に、燃料の気化に有利な温間時は、図10(d)に破線で示すように、燃料噴射圧を低く設定することで、エンジン1の機械抵抗を減らして、燃費の向上に有利になる。このように、冷間時でかつ軽負荷時には、吸気行程中のできるだけ早いタイミングでかつ、高い燃料圧力で燃料を噴射することと、吸気弁21の閉弁時期の調整により気筒11内の圧力をできるだけ下げることとを組み合わせて、燃料の気化を促進し混合気の形成を良好にする。その結果、低燃費で燃焼が安定化する。
これとは逆に、図9に示すように、Ceが高い、言い換えるとエンジン負荷が高いときには、スロットル弁57の開度が開き側に設定されることにより、吸気マニホールド負圧は小さくなる。そのため、図11(b)に示すように、吸気行程中の気筒11内の負圧が小さくなり、このタイミングで燃料を気筒11内に噴射しても、減圧沸騰効果は得られず、燃料を効率的に気化させることができない。そこで、冷間時でかつ高負荷であるとして移行したステップS810では、燃料噴射時期を、少なくとも圧縮行程期間内に設定する。これは、図11(c)に示すように、気筒11内に導入したガスが断熱圧縮されることにより、圧縮行程中には、吸気行程と比較して、気筒11内の温度が高まることを利用して、燃料の気化を促進するものである。特に高負荷時には、気筒11内に導入される空気量が多くなるため、圧縮行程期間中における気筒11内の温度は、より一層上昇する。このことは、燃料噴射量が相対的に増大する高負荷運転時において、燃料の気化を促進する上で、より有利になる。
図11(a)は、燃料の噴射態様を例示しており、同図における破線は、温間時の燃料噴射時期を示す。前述したように、温間時には吸気行程中に燃料噴射が行われる(ステップS83参照)。一方、冷間時は、エンジン回転数の高低に応じて、燃料の噴射時期を変更する。具体的には、エンジン回転数が所定よりも高い高回転時には、クランク角変化に対する実時間が短いことから、混合気形成期間をできるだけ長く確保するために、図11(a)の上図に示すように、吸気行程と圧縮行程とで分割噴射を行う。燃料の一部を吸気行程で噴射することにより、混合気の形成期間を十分に確保することが可能になる。また、高回転時に吸気行程噴射を行うことは、比較的強い吸気流動を利用して、燃料の気化に有利になる。また、燃料の一部を圧縮行程で噴射することにより、気筒11内の高い温度を利用して、燃料の気化が促進される。尚、吸気行程での燃料噴射量と、圧縮行程での燃料噴射量は適宜の割合に設定すればよく、例えば回転数に高低に応じて、その割合を変更してもよい。
エンジン回転数が、前記の高回転よりも低い回転数のとき(中回転時)には、クランク角変化に対する実時間が長くなるため、圧縮行程中に燃料噴射を行っても、混合気の形成期間を十分に確保することが可能である。そこで、図11(a)の中図に示すように、圧縮行程期間内で、燃料を一括噴射する。また、エンジン回転数が、前記の中回転よりも低い回転数のとき(低回転時)には、図11(a)の下図に示すように、圧縮行程期間内で、燃料を分割噴射する。こうして、高負荷時の中回転及び低回転時には、圧縮行程で燃料噴射を行うことにより、気筒11内の高い温度を利用して、燃料の気化が促進される。
そうして、続くステップS811では、吸気弁21の閉弁時期IVCを吸気下死点付近に設定し、そのことにより、エンジン1の有効圧縮比を高める。高い有効圧縮比は、前述したように、圧縮行程中における気筒11内の温度を高め、気筒11内に噴射された燃料の気化に有利になる。有効圧縮比は、例えば10以上に設定すればよい。これは、エンジン1の始動が完了しており、気筒11内の温度は相対的に高いことから、冷間始動時よりも低い有効圧縮比が許容される。
尚、図8のフローにおけるステップS85では、エンジン負荷の大きさを判断しているが、これに代えて吸気マニホールド(又は、吸気ポート)の負圧の大きさを判断して、吸気マニホールドの負圧が所定値以下の負圧状態であるときには、ステップS86に移行し、吸気マニホールドが所定値よりも高い圧力状態であるときには、ステップS810に移行するようにしてもよい。
尚、前記の構成はFFVとしているが、ここに開示する技術は、FFVでなくても、アルコールを含有する燃料が供給されるエンジンを搭載する車両に広く適用することが可能である。
また、前記の構成では、冷間始動時や、始動完了後の冷間の高負荷時における圧縮行程中の分割噴射を、前段噴射と後段噴射との2回に分割しているが、これを3回以上に分割してもよい。