ところが、減筒運転中には、休止している気筒内の温度が次第に低下してしまうことに起因して、FFV用エンジンシステムに特有の次のような課題が生じる。つまり、エンジンの運転状態が変化することに伴い、減筒運転から、全ての気筒を作動させる全筒運転へと切り替わり、それまで休止をしていた気筒内に燃料の供給を再開したときに、燃料におけるエタノールの濃度が高かったり、エンジンの温度状態(例えば水温)がそもそも低かったりすると、燃焼状態が不安定になってしまうという問題である。特許文献1に記載されたFFV用のエンジンシステムでは、燃料の気化率が低くなるような条件下のときには、減筒運転を禁止することによって、当該問題を回避している。
しかしながら、燃料の気化率が低い条件下においても減筒運転を可能にすることによって、燃費のさらなる向上を図りたいという要求がある。
ここに開示する技術は、前記の実情を考慮した技術であり、その目的とするところは、特定温度以下の状態下でガソリンよりも気化率の低い特殊燃料を含む燃料が供給されるエンジンにおいて、燃料の気化率が低くなるような条件下においても減筒運転を可能にすることにある。
特許文献1に記載されているエンジンシステムにおいては、燃料の気化に関して気筒内の温度に着目しているが、吸気負圧による減圧沸騰効果を利用して、燃料の気化を促進することも可能である。吸気負圧は、燃料におけるアルコール濃度が高いとき、及び/又は、エンジンの温度状態が低いときにおいて、燃料を気化させる上で有効である。具体的には、エンジンの運転状態が低負荷であってスロットル弁の開度が小さくなるときには、吸気負圧が高くなるから(つまり、吸気マニホールド圧が大気圧よりも(大きく)低下するから)、気筒が吸気行程にあるときに燃料の供給を行う。このような燃料供給形態によって、エンジンの温度状態が比較的低くかつ、燃料のアルコール濃度が高いときのような、燃料の気化率が所定以下となる条件下においても、高い吸気負圧を利用して燃料の気化を促進することが可能になる。
一方で、エンジンの運転状態が高負荷になれば、充填効率を高めるべくスロットル弁の開度が相対的に大きくなることから、吸気負圧は低くなる(つまり、吸気マニホールド圧が大気圧に近づく)。これは、吸気負圧を利用した燃料の気化には不利になる。そこで、本願発明者らは、エンジンの負荷が所定負荷以上の時には、気筒が吸気行程にあるときと、圧縮行程にあるときとの双方で、気筒内に燃料の供給を行う燃料供給形態を採用した。気筒内の温度は、圧縮行程の進行に伴う断熱圧縮によって次第に高くなるため、圧縮行程中に燃料を供給することは、この高まる気筒内の温度を利用して燃料の気化を促進することを可能にする。特に、エンジンの負荷が相対的に高いことで気筒内に導入される空気量は多くなる結果、圧縮端温度は相対的に高くなるため、温度を利用した燃料の気化には有利になる。
こうして、エンジンの負荷の高低に応じて燃料の供給形態を切り替えることにより、気筒内に供給した燃料の気化率が低くなる条件下、例えば、燃料のアルコール濃度が高いときや、エンジンの温度状態が低いときでも、混合気の着火性及び燃焼安定性を確保することが可能になる。
このようにエンジンの負荷の高低に応じて燃料の供給形態を切り替えることは、全筒運転及び減筒運転のいずれにおいても、混合気の着火性及び燃焼安定性の確保に有効であるものの、減筒運転時には、作動する気筒についての充填効率は、全筒運転時と比較して高くなるから、吸気負圧は低くなる(つまり、スロットル弁の開度が大きくなって、吸気マニホールド圧は大気圧に近づく)。このことは、吸気負圧を利用した燃料の気化には不利になり、燃焼安定性を確保するために、燃料供給量を、その分増やす必要がある。結果として、燃費の低減を目的として減筒運転を行うものの、燃料供給量を増量することによって燃費の低減という当初の目的を達成することができなくなる。
そこで、本願発明者らは、減筒運転を行う運転領域内では、燃料供給形態を切り替えるエンジン負荷を、全筒運転を行う運転領域内での、当該切り替えに係るエンジン負荷よりも、低く設定することにした。これにより、減筒運転時には、エンジンの負荷が比較的低いときでも圧縮行程中に燃料供給を行うようになり、前述したように、気筒内の高い温度を利用して燃料の気化を促進することによって、燃焼安定性が確保される。
ここに開示する技術は、火花点火式エンジンの制御装置に係る。この火花点火式エンジンの制御装置は、複数の気筒を有しかつ、特定温度以下の状態下でガソリンよりも気化率の低い特殊燃料を含む燃料が供給されるように構成されたエンジン本体、前記燃料を噴射する燃料噴射弁を有しかつ、当該燃料噴射弁を通じて、前記各気筒内に前記燃料を供給するように構成された燃料供給機構、及び、少なくとも前記燃料供給機構の制御を通じて前記エンジン本体を運転するように構成された制御器、を備える。
前記制御器は、前記気筒内に供給した燃料の気化率が所定以下となる条件下において、前記エンジン本体の負荷が所定負荷以上の時には、前記気筒が吸気行程にあるときと圧縮行程にあるときとに、前記燃料供給機構を通じて前記燃料を前記気筒内に供給する第1燃料供給形態とする一方、前記エンジン本体の負荷が前記所定負荷よりも低い時には、前記気筒が前記吸気行程にあるときに、前記燃料供給機構を通じて前記燃料を前記気筒内に供給する第2燃料供給形態とする。
前記制御器はまた、前記エンジン本体の運転状態が所定の減筒運転領域内にあるときには、前記複数の気筒の一部のみを作動させる減筒運転を行う一方、前記エンジン本体の運転状態が前記減筒運転領域以外の全筒運転領域内にあるときには、前記複数の気筒の全てを作動させる全筒運転を行うと共に、前記減筒運転領域内では、前記燃料の供給形態を切り替える前記所定負荷を、前記全筒運転領域内での前記所定負荷よりも低く設定する。
ここで、「特定温度以下の状態下でガソリンよりも気化率が低い特殊燃料」とは、例えば単一成分燃料であり、具体的にはエタノール又はメタノール等のアルコールを例示することができる。アルコールの具体例としては、サトウキビやトウモロコシを原料としたバイオエタノール等の、生物由来アルコールとしてもよい。
また、「特殊燃料を含む燃料」は、特殊燃料とガソリンとを混合した燃料、及び、特殊燃料のみの燃料の双方を含む。ガソリンと特殊燃料との混合比に、特に制限はなく、任意の混合比を採用することができる。エンジン本体に供給される燃料は、ガソリンと特殊燃料との混合比が一定であってもよいし、随時、変化してもよい。特殊燃料をエタノールとしたときに、「特殊燃料を含む燃料」には、具体的には、ガソリンにエタノールを25%混合したE25から、エタノール100%のE100までの範囲で、任意のエタノール濃度の燃料が含まれる。また、前記の構成は、エンジン本体に対して、特殊燃料を含まない燃料が供給されることを排除するものではない。例えば特殊燃料をエタノールとしたときに、エンジン本体に供給する燃料には、ガソリン(つまり、エタノールを含まないE0)から、ガソリンにエタノールを85%混合したE85までの範囲で、任意のエタノール濃度の燃料が含まれる。さらに、「特殊燃料を含む燃料」には、水が含まれていてもよい。従って、5%程度の水分を含有するE100もまた、ここでいう「特殊燃料を含む燃料」に含まれる。尚、燃料におけるアルコール濃度は、様々な手法により、検知又は推定することが可能である。
「気化率」は、気筒内に供給した燃料量に対する、燃焼に寄与した燃料量の重量比として定義することができる。こうした気化率は、エンジンの排気通路に取り付けたO2センサの検出値に基づいて算出することが可能である。エンジン本体の温度が所定温度以下の条件下では、燃料における特殊燃料の濃度が高いほど、また、エンジン本体の温度状態が低いほど、気化率は低くなり得る。従って、「気筒内に供給した燃料の気化率が所定以下となる条件下」とは、例えば、エンジン本体の温度が所定温度以下でかつ、燃料における特殊燃料の濃度が所定濃度よりも高いような条件下である。特殊燃料がエタノール(標準沸点78℃)であるときには、所定温度は、一例として、但しこれに限定されないが、20℃程度にしてもよい。また、特殊燃料がエタノールであるときには、所定濃度は、一例として、但しこれに限定されないが、60%程度にしてもよい。
「燃料噴射弁」は、気筒内に、燃料を直接、噴射する燃料噴射弁としてもよい。また、そうした直噴の燃料噴射弁に加えて、吸気ポートに燃料を噴射する燃料噴射弁を別途備えてもよい。
「エンジン本体の負荷状態が所定負荷以上の時」とは、エンジンの負荷領域を、低負荷領域と高負荷領域とに、仮想的に二分割したときの高負荷領域内にエンジン本体の運転状態があるとき、としてもよいし、エンジンの負荷領域を、低負荷領域、中負荷領域及び高負荷領域に、仮想的に三分割したときの中負荷及び高負荷領域内にエンジン本体の運転状態があるとき、としてもよい。全筒運転時における所定負荷は、一例として、但しこれに限定されないが、Ce=0.4程度に相当する。
前記の構成によると、気筒内に供給した燃料の気化率が所定以下となる条件下において、制御器は、エンジン本体の負荷の高低に応じて燃料の供給形態を切り替える。
すなわち、エンジン本体の負荷が所定負荷以上の時には、制御器は、気筒が吸気行程にあるときと、圧縮行程にあるときと、のそれぞれにおいて燃料を気筒内に供給する(つまり、第1燃料供給形態)。気筒が圧縮行程にあるときに燃料を気筒内に供給する(尚、この燃料供給は、気筒内に直接燃料を噴射することによって行われる)ことによって、圧縮行程が進行するに伴い断熱圧縮によって高くなる気筒内の温度を利用して、燃料の気化を促進することが可能になる。このことは、エンジン本体が高負荷状態にあることに起因して吸気負圧を利用した燃料の気化が、あまり期待できない一方で、充填効率が高くなって圧縮端温度は相対的に高まるから、燃料の気化に極めて有効である。
また、エンジン本体が高負荷状態にあるため、気筒内に供給する燃料量が比較的増えると共に、燃料の気化率が比較的低い条件下であるため、その気化率の低さを考慮して燃料量はさらに増えることになるものの、吸気行程と圧縮行程とのそれぞれの行程で燃料供給を行うことは、燃料の供給期間を十分に確保すると共に、特に吸気行程中の燃料供給によって混合気の形成期間も十分に確保し得るから、混合気の着火性及び燃焼安定性に有利になる。吸気行程と圧縮行程との分割供給は特に、特殊燃料がアルコールであり、燃料におけるアルコール濃度が高いことで、ガソリンと比べて必要な燃料量が増えるときにも、燃料の供給期間を十分に確保することを可能にするから、有効である。
これに対し、エンジン本体の負荷が所定負荷よりも低い時には、スロットル弁が絞られることにより高い吸気負圧が確保されることから、制御器は、第2燃料供給形態として、気筒が吸気行程にあるときに燃料の供給を行う。燃料の供給、つまり、燃料噴射弁により燃料の噴射は、一括して行ってもよいし、複数回に分割しておこなってもよい。これにより、高い吸気負圧による減圧沸騰効果によって燃料の気化が促進される。また、吸気行程中の燃料の供給は、強い吸気流動と、十分に長い混合気形成期間とを利用して、混合気の均質化に有利になる。このことは、着火性及び燃焼安定性を高める。
そうして、前記の構成では、エンジン本体の運転状態に応じて、所定の減筒運転領域では、一部の気筒を休止しかつ、一部の気筒のみを作動させる減筒運転を行う。具体的に、エンジン本体の負荷が比較的低い低負荷状態でかつ、エンジン本体の回転数が所定回転数以上の中速域乃至高速域において減筒運転を行うようにしてもよい。こうすることで、ポンプ損失が低減し、燃費の向上が図られる。尚、減筒運転領域以外の運転領域では、全ての気筒を作動させる全筒運転を行う。
減筒運転時には、一部の気筒を休止する分、作動している気筒についての充填効率が相対的に高くなる。その結果、吸気負圧は低くなり(つまり、吸気マニホールド圧は大気圧に近づき)、吸気負圧を利用する第2燃料供給形態では、燃料の気化に不利になる場合がある。そこで、減筒運転領域においては、前述した第1燃料供給形態と第2燃料供給形態とを切り替える所定負荷を、全筒運転領域内での所定負荷よりも低く設定する。
これにより、減筒運転領域内では、エンジン本体の負荷が比較的低いときにも、第1燃料供給形態となる。このことにより、圧縮行程中での燃料の供給が行われるから、吸気負圧が比較的低いときでも、圧縮行程中の筒内温度を利用して燃料の気化を促進することが可能になる。逆に、減筒運転中は、作動している気筒についての充填効率は高くなる結果、圧縮端温度が高くなるから、圧縮行程中に供給する燃料の気化には有利になる。こうして、減筒運転中の燃焼安定性を確保することが可能になる結果、燃料供給量をその分抑制することが可能になる。このことは、減筒運転による燃費性能の向上を、最大限に発揮することを可能にする。
前記制御器は、前記エンジン本体が、前記第1燃料供給形態で前記減筒運転をしている状態から、前記全筒運転領域内へと移行した直後の所定期間は、前記エンジン本体の負荷が、前記第2燃料供給形態とする前記所定負荷以下であっても、前記第1燃料供給形態を継続すると共に、前記所定期間の経過後に、前記第2燃料供給形態に切り替える、としてもよい。
前述したように、減筒運転領域において減筒運転を行っているときには、作動している気筒についての充填効率が高く設定され、それに伴い、吸気負圧は低くなる。こうした充填効率の設定は、例えばスロットル弁の開度を相対的に大に設定することにより行われる。一方で、例えばエンジン負荷が等負荷のままで、減筒運転領域から全筒運転領域へと移行したときには、全ての気筒を作動させることに伴い、作動する気筒についての充填効率は相対的に低く設定されるから、スロットル弁の開度は相対的に小に設定される。しかしながら、スロットル弁の開度の変更を開始してから、吸気負圧が実際に高くなるまでには、時間遅れが生じる。
これに対し、前述したように減筒運転領域では、燃料供給形態の切り替えに係る所定負荷が相対的に低く設定されていることで、減筒運転領域では第1燃料供給形態であったものの、それと等負荷のままで全筒運転領域へと移行したときに、燃料供給形態の切り替えに係る前記所定負荷が相対的に高くなることに伴い、燃料の供給形態が第2燃料供給形態となる場合がある。この場合は、減筒運転から全筒運転への切り替えと共に、第1燃料供給形態から第2燃料供給形態へと切り替わることになる。
このときに、減筒運転から全筒運転への切り替えと同時に、燃料の供給形態を第1燃料供給形態から第2燃料供給形態へと切り替えてしまうと、前述した吸気負圧に関する時間遅れによって、吸気負圧が高くならないうちに(つまり、吸気マニホールド圧が低下しないうちに)、吸気行程中の燃料供給のみを行う第2燃料供給形態となってしまう。このことは、吸気負圧を利用した燃料の気化促進ができず、燃料の気化率が低下して、着火性及び/又は燃焼安定性の低下を招く虞がある。
そこで、前記の構成では、第1燃料供給形態で減筒運転をしている状態から全筒運転領域へと移行した直後の所定期間は、エンジン本体の負荷が、第2燃料供給形態とする所定負荷以下であっても、第1燃料供給形態で各気筒内に燃料を供給することを継続する。前述したように、第1燃料供給形態では圧縮行程中に燃料の供給を行うことで、高い吸気負圧が得られないときでも、高い気化率を確保することが可能になる。その結果、全筒運転領域へと移行した直後において、燃料の気化率が低下してしまうこと、ひいては、混合気の着火性及び燃焼安定性が低下してしまうことが抑制乃至回避される。
そうして、所定期間が経過して、吸気負圧が十分に高まれば、第2燃料供給形態へと切り替えることにより、吸気負圧を利用して燃料の気化を促進することが可能になる。
前記所定期間は、全ての前記気筒が少なくとも1回の吸気を行う期間以上に設定される、としてもよい。こうすることで、減筒運転から全筒運転に切り替わってスロットル弁が絞られた後、全ての気筒が少なくとも1回の吸気を行うことにより、吸気負圧が高まる。その結果、十分に高い吸気負圧が確保されるから、第1燃料供給形態から第2燃料供給形態への切り替えが可能になる。
前記減筒運転領域は、前記エンジン本体の回転数が所定回転数以上の領域に設定される、としてもよい。
エンジン本体の回転数が所定回転数よりも低い低回転領域は、燃焼安定性が相対的に低いため、燃焼安定性を高めると共に、低回転領域におけるNVH性能を向上させる観点から、減筒運転を行わずに全筒運転を行うことが望ましい。
以上説明したように、前記の火花点火式エンジンの制御装置によると、エンジン本体の負荷状態の高低に応じて燃料の供給形態を切り替えることによって、気筒内に供給した燃料の気化率が所定以下となる条件下において、混合気の着火性及び燃焼安定性を向上させることが可能になると共に、減筒運転領域内では、燃料供給形態の切り替えに係るエンジン負荷を相対的に低く設定することにより、減筒運転時には、エンジン本体の負荷が比較的低いときにも圧縮行程中の燃料供給を行うことで、気筒内の高い温度を利用した燃料の気化が可能になり、減筒運転時の混合気の着火性及び燃焼安定性を確保することが可能になる。その結果、減筒運転自体によることと、エンジン本体の幅広い運転域で混合気の着火性及び燃焼安定性を向上させることとの双方により、燃費を向上させることができる。
以下、火花点火式エンジンの実施形態を図面に基づいて説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は例示である。図1に示されるように、エンジンシステムは、エンジン(エンジン本体)1、エンジン1に付随する様々なアクチュエーター、様々なセンサ、及びセンサからの信号に基づきアクチュエーターを制御するエンジン制御器100を有する。このエンジンシステムは、幾何学的圧縮比が12以上20以下(例えば12)の高圧縮比エンジン1を備える。
エンジン1は、火花点火式4ストローク内燃機関であって、図1には1つのみ図示するが、直列に配置された第1〜第4の4つの気筒11を有する。但し、ここに開示する技術が適用可能なエンジンは、直列4気筒エンジンには限定されない。エンジン1は、自動車等の車両に搭載され、その出力軸は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン1の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。
このエンジン1には、エタノール(バイオエタノールを含む)を含有する燃料が供給される。特にこの車両は、エタノールの濃度が25%(つまり、ガソリンの濃度が75%のE25)〜100%(つまり、ガソリンを含まないE100)までの任意の濃度の燃料が使用可能なFFVである。尚、ここでいうE100には、エタノールの精製過程で十分に水分が除去されずに5%程度の水分を含有するエタノールを含む。但し、ここに開示する技術は、E25〜E100の使用を前提としたFFVに限らず、例えばE0(つまり、ガソリンのみでエタノールを含まない)〜E85(つまり、ガソリン濃度15%、エタノール濃度85%)の範囲でエタノール濃度が変化する燃料が使用するFFVにも適用可能である。
図示は省略するが、この車両は、前記の燃料を貯留する燃料タンク(つまり、メインタンク)のみを有しており、従来のFFVのように、ガソリン濃度の高い燃料を、メインタンクとは別に貯留するためのサブタンクを有していない点が特徴である。このFFVは、ガソリンのみが供給されるガソリン仕様車をベースにしたものであり、その構成の大部分は、二つの仕様の間で共通化されている。
エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、ブロック12の内部に気筒11が形成されている。周知のように、シリンダブロック12には、ジャーナル、ベアリングなどによりクランクシャフト14が回転自在に支持されており、このクランクシャフト14が、コネクティングロッド16を介してピストン15に連結されている。
各気筒11の天井部には、略中央部からシリンダヘッド13の下端面付近まで延びる2つの傾斜面が形成されており、それらの傾斜面が互いに差し掛けられた屋根のような形状をなす、いわゆるペントルーフ型となっている。
前記ピストン15は、各気筒11内に摺動自在に嵌挿されており、気筒11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。ピストン15の頂面は、前述した気筒11の天井面のペントルーフ型の形状に対応するように、その周縁部から中央部に向かって隆起する台形状に形成されており、これによって、ピストン15が圧縮上死点に到達したときの燃焼室容積を小さくして、12以上の高い幾何学的圧縮比を達成している。ピストン15の頂面にはまた、その概略中心位置に、概ね球面状に凹陥したキャビティ151が形成されている。このキャビティ151は、気筒11の中心部に配設された点火プラグ51に相対するように、配置されており、これによって、燃焼期間を短縮するようにしている。つまり、前述したように、この高圧縮比エンジン1は、ピストン15の頂面が隆起していて、ピストン15が圧縮上死点に到達したときに、ピストン15の頂面と気筒11の天井面との間隔が極めて狭くなるように構成されている。このため、キャビティ151を形成していないときには、初期火炎がピストン15の頂面と干渉して冷却損失が増大し、火炎伝播が阻害されて燃焼速度が遅延してしまう。これに対し、前記のキャビティ151は、初期火炎の干渉を回避して、その成長を妨げないため、火炎伝播が速くなって、燃焼期間が短縮し得る。このことは、ガソリン濃度の高い燃料においては、ノッキングの抑制に有利になり、点火時期の進角によるトルクの向上に寄与する。
気筒11毎に、吸気ポート18及び排気ポート19がシリンダヘッド13に形成され、それぞれが燃焼室17に連通している。吸気弁21及び排気弁22はそれぞれ、吸気ポート18及び排気ポート19を燃焼室17から遮断(閉)することができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構30により、排気弁22は排気弁駆動機構40により、それぞれ駆動され、それによって所定のタイミングで往復動して、吸気ポート18及び排気ポート19を開閉する。
吸気弁駆動機構30及び排気弁駆動機構40は、それぞれ吸気カムシャフト31及び排気カムシャフト41を有する。カムシャフト31,41は、周知のチェーン/スプロケット機構等の動力伝達機構を介してクランクシャフト14に連結される。動力伝達機構は、周知のように、クランクシャフト14が二回転する間に、カムシャフト31,41を一回転させる。
吸気弁駆動機構30は、吸気弁21の開閉時期を変更可能な吸気バルブタイミング可変機構32を含んで構成され、排気弁駆動機構40は、排気弁22の開閉時期を変更可能な排気バルブタイミング可変機構42を含んで構成される。吸気バルブタイミング可変機構32は、この実施形態では、吸気カムシャフト31の位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式、機械式又は電動式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)により構成され、排気バルブタイミング可変機構42は、排気カムシャフト41の位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式、機械式又は電動式の位相可変機構により構成されている。吸気バルブタイミング可変機構32は、吸気弁21の閉弁時期を変更することにより、有効圧縮比を調整し得るものである。尚、有効圧縮比とは、吸気弁閉弁時の燃焼室容積と、ピストン15が上死点にあるときの燃焼室容積との比である。
また、詳細は後述するが、このエンジン1は所定の運転領域では、4つの気筒11の内、2つの気筒11を休止し、2つの気筒11のみを作動させる減筒運転を行うように構成されている。そのために、吸気弁駆動機構30及び排気弁駆動機構40は、第1、第3、第4及び第2気筒の順番で点火する4つの気筒の内、第1及び第4気筒、若しくは、第3及び第2気筒について、吸気弁21及び排気弁22の開閉動作を停止する弁停止機構を有している。又は、第1〜第4の全ての気筒11について、弁停止機構を有していてもよく、この場合は、休止する2つの気筒11を、第1及び第4気筒、並びに、第3及び第2気筒で交番すればよい。弁停止機構は種々の公知の構成を適宜採用することが可能である。弁停止機構は例えば、図示は省略するが、所定形状のカムノーズを有する第1カムと、カムノーズを有しない(つまり、ベース円のみ)の第2カムとのカムプロファイルの異なる2種類のカム、及び、その第1カム及び第2カムのいずれか一方のカムの作動状態を選択的に吸気弁21又は排気弁22に伝達するロストモーション機構を含んで構成してもよい。第1カムの作動状態を弁に伝達しているときには、当該弁が所定のリフト量で開閉する一方で、第2カムの作動状態を弁に伝達しているときには、当該弁は開閉しなくなる。弁停止機構は、減筒運転時には、休止する気筒11の吸気弁21及び排気弁22を共に、閉弁状態に保持する。
点火プラグ51は、例えば、ねじ等の周知の構造によって、シリンダヘッド13に取り付けられている。点火プラグ51の電極は、気筒11の概略中心において燃焼室17の天井部に臨んでいる。点火システム52は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、点火プラグ51が所望の点火タイミングで火花を発生するよう、それに通電する。
燃料噴射弁53は、例えばブラケットを使用する等の周知の構造で、この実施形態ではシリンダヘッド13の一側(図例では吸気側)に取り付けられている。このエンジン1は、燃料を気筒11内に直接噴射する、いわゆる直噴エンジンである。燃料噴射弁53の先端は、上下方向については吸気ポート18の下方に、また、水平方向については気筒11の中央に位置して、燃焼室17内に臨んでいる。但し、燃料噴射弁53の配置はこれに限定されるものではない。燃料噴射弁53は、この例においては、多噴口(例えば6噴口)型の燃料噴射弁(Multi Hole Injector:MHI)である。各噴口の向きは、図示は省略するが、気筒11内の全体に燃料が噴射できるように、噴口軸の芯先が広がっている。MHIの利点は、多噴口であるため一噴口の径が小さく、比較的高い圧力で燃料を噴射し得る点、及び、気筒11内の全体に燃料を噴射可能に広がっているため、燃料のミキシング性が高まると共に、燃料の気化・霧化が促進される点にある。従って、吸気行程中に燃料を噴射した場合は、気筒11内の吸気流動を利用した、燃料のミキシング性、及び、気化・霧化の促進の点で有利になる一方、圧縮行程において燃料を噴射した場合は、燃料の気化・霧化の促進により、気筒11内のガス冷却の点で有利になる。尚、燃料噴射弁53は、MHIに限定されるものではない。
燃料供給システム54は、その構成の図示は省略するが、燃料を昇圧して燃料噴射弁53に供給する高圧ポンプと、この高圧ポンプに対して燃料タンクからの燃料を送る配管やホース等と、燃料噴射弁53を駆動する電気回路と、を備えている。高圧ポンプは、この例ではエンジン1によって駆動される。尚、高圧ポンプを電動ポンプとしてもよい。高圧ポンプは、ガソリン仕様車と同じ比較的小容量のポンプである。燃料噴射弁53が多噴口型である場合は、微小な噴口から燃料を噴射するために、燃料噴射圧力は比較的高く設定される。電気回路は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて燃料噴射弁53を作動させ、所定のタイミングで所望量の燃料を、燃焼室17内に噴射させる。ここで、燃料供給システム54は、エンジン回転数が上昇するに伴い燃圧を高く設定する。これは、エンジン回転数が上昇するに伴い、気筒11内に噴射される燃料量も増大するが、燃圧が高くなることで、燃料の気化・霧化に有利になると共に、燃料噴射弁53の燃料噴射に係るパルス幅を可及的に短くするという利点がある。最高燃圧は、例えば20MPaである。前述したように、燃料タンクには、E25〜E100までの任意のエタノール濃度のアルコール含有燃料が貯留されている。
吸気ポート18は、吸気マニホールド55内の吸気経路55bによってサージタンク55aに連通している。図示しないエアクリーナからの吸気流は、スロットルボデー56を通過してサージタンク55aに供給される。スロットルボデー56にはスロットル弁57が配置されており、このスロットル弁57は、周知のようにサージタンク55aに向かう吸気流を絞って、その流量を調整する。スロットル・アクチュエーター58が、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、スロットル弁57の開度を調整する。
排気ポート19は、排気マニホールド60内の排気経路によって周知のように排気管内の通路に連通している。この排気マニホールド60は、図示を省略するが、各気筒11の排気ポート19に接続された分岐排気通路が、排気順序が隣り合わない気筒同士で第1集合部により集合され、各第1集合部の下流の中間排気通路が第2集合部で集合された構造となっている。すなわち、このエンジン1の排気マニホールド60には、いわゆる4−2−1レイアウトが採用されている。
エンジン1にはまた、その始動時にクランキングを行うためのスタータモータ20が設けられている。
エンジン制御器100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
エンジン制御器100は、エアフローセンサ71からの吸気流量及び吸気温度、吸気圧センサ72からの吸気マニホールド圧、クランク角センサ73からのクランク角パルス信号、水温センサ78からのエンジン水温、及び、排気通路に取り付けられたリニアO2センサ79からの、排気ガス中の酸素濃度、というように、種々の入力を受ける。エンジン制御器100は、例えばクランク角パルス信号に基づいて、エンジン回転数を計算する。また、エンジン制御器100は、アクセルペダルの踏み込み量を検出するアクセル開度センサ75からのアクセル開度信号を受ける。さらに、エンジン制御器100には、変速機の出力軸の回転速度を検出する車速センサ76からの車速信号が入力される。加えて、シリンダブロック12には、当該シリンダブロック12の振動を電圧信号に変換して出力する加速度センサからなるノックセンサ77が取り付けられており、その出力信号もエンジン制御器100に入力される。
エンジン制御器100は前記のような入力に基づいて、以下のようなエンジン1の制御パラメータを計算する。例えば、所望のスロットル開度信号、燃料噴射パルス、点火信号、バルブ位相角信号、弁停止信号等である。そしてエンジン制御器100は、それらの信号を、スロットル・アクチュエーター58、燃料供給システム54、点火システム52、吸気及び排気バルブタイミング可変機構32、42、並びに、弁停止機構等に出力する。エンジン制御器100はまた、エンジン1の始動時には、スタータモータ20に駆動信号を出力する。
ここで、FFV用のエンジンシステムに特有の構成として、エンジン制御器100は、リニアO2センサ79の検知結果に基づいて、燃料噴射弁53が噴射する燃料のエタノール濃度を推定する。エタノールの理論空燃比(9.0)は、ガソリンの理論空燃比(14.7)よりも小さく、燃料のエタノール濃度が高いほど理論空燃比はリッチ側(つまり、理論空燃比の値が小さくなる)になることから、理論空燃比でエンジンを運転している条件下において、排気ガス中に燃え残りの酸素が存在しているときには、燃料のエタノール濃度が予想よりも高かったと判断することができる。具体的に、燃料噴射弁53が噴射する燃料のエタノール濃度、言い換えると燃料タンク内に貯留している燃料のエタノール濃度は、給油を行うことによって変化する可能性があるため、エンジン制御器100はまず、燃料タンクのレベルゲージセンサの検出値に基づいて給油判定を行い、給油が行われたことを判定すれば、燃料のエタノール濃度の推定を行う。エンジン制御器100は、リニアO2センサ79が出力した信号から、空燃比がリーンのときには、燃料中にガソリンが多いと判定する一方、空燃比がリッチのときには燃料中にエタノールが多いと判定することにより、燃料におけるエタノール濃度を推定する。尚、燃料のエタノール濃度を推定する代わりに、燃料のエタノール濃度を検出するセンサを設けてもよい。推定したエタノール濃度は、燃料噴射制御に利用される。
エンジン制御器100はさらに、リニアO2センサ79の検知結果に基づいて、気筒11内に供給した燃料の気化率を算出する。気化率は、気筒11内に供給する燃料量(言い換えると、燃料噴射弁53が噴射した燃料量)に対する、燃焼に寄与した燃料量の重量比によって定義される。エンジン制御器100は、リニアO2センサの検出値を利用して、燃焼に寄与した燃料量の重量を算出すると共に、算出した燃料重量と、燃料噴射弁53の燃料噴射量とに基づいて気化率を算出する。
(燃料噴射に係る制御)
このエンジンシステムは、前述の通りFFVに搭載されたシステムであり、エンジン1には、E25〜E100までの任意の混合比のアルコール含有燃料が供給される。ここで、図2は、ガソリンの気化特性とエタノールの気化特性とを比較する図である。尚、図2は、1気圧下における温度変化に対する、ガソリン及びエタノールそれぞれの蒸留量(%)の変化を示している。ガソリンは多成分燃料であることから、各成分の沸点に応じて蒸発する。ガソリンの蒸留量は、温度変化に対しおおよそ線形的に変化することなる。つまり、ガソリンは、エンジン1の温度状態が比較的低いときにも一部の成分が気化して、可燃混合気を形成することが可能である。
これに対しエタノールは単一成分燃料であることから、特定温度(つまり、エタノールの沸点である78℃)以下では、蒸留量が0%になる一方で、特定温度を超えると、蒸留量が100%になる。このように、ガソリンとエタノールとを比較すると、特定温度以下では、エタノールの蒸留量の方がガソリンの蒸留量よりも低くなる状態がある一方で、特定温度を超えると、エタノールの蒸留量の方がガソリンの蒸留量よりも高くなる状態がある。そのため、エンジン1の温度状態が所定温度以下(例えば水温が20℃未満程度)の冷間状態では、エタノールを含有する燃料は、ガソリンと比較して気化率が低くなる。そうして、エンジン1が冷間状態にあるときには、エンジン1の温度状態が低いほど、また燃料のエタノール濃度が高いほど、燃料の気化率は低下することになる。
このように、エンジン1の温度状態や、燃料のエタノール濃度によって燃料の気化率が変化することから、エンジン制御器100は、目標となる気化燃料量が得られるように、エンジン負荷及びアルコール濃度等に応じて設定されるベースの燃料量に対し、燃料の気化率に応じた燃料量の増量補正を行う。具体的に、燃料噴射量は、ベース燃料量に対して燃料増量率を乗算することによって設定される。実際の気化燃料量は、燃料噴射量に対して気化率を乗算したものである。燃料増量率は、実験等を通じて得られた、エンジンの各運転状態における気化率から予め設定されて、エンジン制御器100に記憶されている。燃料増量率は、基本的には、気化率が低いほど高くなり、気化率が高いほど低くなる。従って、エンジン水温が低いときには燃料増量率が高くなり、エンジン水温が高いときには燃料増量率が低くなる。
また、燃料噴射の時期(後述の通り、吸気行程噴射であるか、圧縮行程噴射であるか)によっても気化率が変化することから、それに応じて燃料増量率も変化することになる。
こうして、燃料噴射弁53が噴射する燃料量は、燃料の気化率が低いほど増量することになる。このため、例えば冷間高負荷運転時には、エンジン1の負荷状態が高くて燃料量が多くなる上に、燃料の気化率が低くて増量補正値が大きくなる結果、燃料噴射弁53が噴射する燃料量は極めて多くなり得る。また、ガソリンの理論空燃比に対し、エタノールの理論空燃比は値が小さいため、燃料のエタノール濃度が高くなればなるほど、噴射する燃料量は増えることにもなる。
図3は、燃料のエタノール濃度がE1%以上(例えばE1=60%のE60)であるときの、エンジン水温及び充填効率をパラメータとした、燃料噴射形態に係るマップの一例を示している。図3のマップは、エンジン水温が、所定値Te2以下の範囲を示している。この温度範囲は、エンジン1の冷間から半暖機に相当する。
このエンジンシステムでは、吸気行程及び圧縮行程のそれぞれにおいて燃料を噴射する第1燃料噴射形態、吸気行程中に燃料を一括噴射する第2燃料噴射形態、及び、吸気行程中に燃料を分割噴射する第3燃料噴射形態の3種類の燃料噴射形態を、エンジン水温の高低、及び充填効率の高低に応じて切り替える。
具体的に、第1燃料噴射形態は、エンジン水温が所定値Te1以下でかつ、充填効率Ceが所定値Ce1以上のときの噴射形態である。所定値Te1は、例えば20℃程度であり、エンジン水温が所定値Te1以下であることは、エンジン1の温度状態が冷間状態にあることに相当する。また、燃料のエタノール濃度は、所定濃度E1以上であるから、第1燃料噴射形態を行うときのエンジン1の状態は、エンジン水温が比較的低くかつ、エタノール濃度が比較的高いため、燃料の気化率が低い状態に相当する。
また、所定値Ce1は、例えば0.4程度であり、エンジン1の負荷が比較的高くて、燃料噴射量が比較的多い上に、高いエタノール濃度と、低い燃料の気化率による大きな燃料増量率とが組み合わさって、燃料噴射量は極めて多くなり得る。第1燃料噴射形態では、この多量の燃料を、吸気行程中と、圧縮行程中とのそれぞれで、気筒11内に噴射する。
図4は、気筒11内の圧力変化と、燃料の噴射時期とを例示する図である。第1燃料噴射形態における吸気行程中の噴射は、図4に(1)の矢印で例示するように、吸気弁21の開弁直後で、気筒11内の圧力が大きく低下するタイミングで開始する。第1燃料噴射形態は、この吸気負圧を利用して、減圧沸騰効果により燃料の気化を促進する。また、吸気行程噴射は、混合気の均質化と、十分な混合気形成期間の確保とを可能にする。
また、第1燃料噴射形態における圧縮行程中の噴射は、図4に(4)の矢印で例示するように、圧縮行程の後半(つまり、圧縮行程を仮想的に前半及び後半の2つに分割したときの後半)に開始する。これは、圧縮行程中の断熱圧縮に伴い上昇する気筒11内の温度を利用して、燃料の気化を促進するためである。前述したように、このエンジン1は、幾何学的圧縮比が高いことにより圧縮端温度が高いため、圧縮行程噴射は、燃料の気化に、極めて有利である。圧縮行程噴射では、気筒11内の温度及び圧力状態が、エタノールが蒸発可能な状態になることを待って、気筒11内に燃料を噴射することが好ましい。こうすることで、気筒11内に噴射した直後からエタノールは気化するようになる。但し、燃料の噴射終了時点と、点火時期との間には、混合気形成期間を十分に確保することが好ましい。そのため、例えば燃料噴射量が比較的多くて、燃料噴射期間が長くなるようなときには、燃料の噴射開始を圧縮行程の前半に設定してもよい。
第2燃料噴射形態は、充填効率Ceが、所定値Ce1未満のときの噴射形態である。充填効率が比較的低いため、スロットル弁57が絞られており、比較的高い吸気負圧が得られる。そこで、エンジン水温の高低に関わらず、つまり、気化率の高低に関わらず、吸気負圧を利用して、減圧沸騰効果により燃料の気化を促進することが可能である。第2燃料噴射形態では、吸気行程中に一括噴射を実行する。吸気負圧を有効に利用する観点から、燃料の噴射開始は、吸気行程の前半に設定してもよい。
第3燃料噴射形態は、充填効率Ceが所定値Ce1以上で、エンジン水温が所定値Te2以下の領域内において、第1燃料噴射形態を実行する領域以外の領域での噴射形態である。つまり、第3燃料噴射形態は、エンジン負荷が比較的高い領域内で、燃料の気化率がそれほど低くない領域での燃料噴射形態であると言い換えることができる。第3燃料噴射形態では、エンジン1の負荷が比較的高いため、燃料噴射量は比較的多くなるものの、燃料の気化率はそれほど低くないため、燃料増量率があまり高くならず、よって、燃料噴射量も抑制される。第3燃料噴射形態では、吸気行程中に分割噴射を行う。
第3燃料噴射形態における吸気行程中の噴射は、図4に(2)及び(3)の矢印で例示するタイミングで行う。これは、第1燃料噴射形態における吸気行程中の噴射タイミング(1)よりも遅いタイミングである。前述したように、第3燃料噴射形態は、気化率がそれほど低くない条件下での燃料噴射であるため、吸気負圧を利用して燃料の気化を促進する必要性に乏しい。逆に、吸気弁21の開弁直後は、気筒11内の上端付近にピストン15が位置しているため、燃料噴射弁53から噴射した燃料が、このピストン15の頂面に衝突をしてしまうことになる。このことは、混合気の均質化には不利になり得る。そこで、第3燃料噴射形態では、吸気行程の後半であって、ピストン15が気筒11内の下方に移動したタイミングで、その気筒11内に燃料を噴射する。このことにより、燃料が、ピストン15に衝突することを抑制する一方で、このタイミングでの燃料噴射は、強い吸気流動を利用して、混合気の均質化に有利になる。
ここで、エンジン水温がTe1以下の領域においては、充填効率Ceの高低、言い換えるとエンジン1の負荷に高低に応じて、第1燃料噴射形態と第2燃料噴射形態とが切り替わることになる。つまり、充填効率Ceが所定値Ce1よりも低いとき、言い換えるとエンジン負荷が所定負荷よりも低いときには、第2燃料噴射形態となり、充填効率が所定値Ce1以上のとき、言い換えるとエンジン負荷が所定負荷以上のときには、第1燃料噴射形態となる。
こうして、気筒11内に供給した燃料の気化率が所定以下となる条件下においても、燃料噴射形態を適宜切り替えることによって、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性が確保される。
尚、燃料におけるエタノール濃度が所定濃度E1よりも低いときには、ガソリン濃度が比較的高く、エンジン水温の高低に拘わらず、燃料の気化率として比較的高い気化率が確保される。一方で、圧縮行程中に燃料噴射を行うことは混合気の均質化には不利であるから、燃料におけるガソリン濃度が比較的高いときには、スモークが発生する虞がある。そのため、図示は省略するが、燃料におけるエタノール濃度が所定濃度E1よりも低いときには、吸気行程中に燃料噴射を行う第2燃料噴射形態、及び/又は、第3燃料噴射形態とすればよい。
(全筒運転及び減筒運転の切り替え)
図5は、エンジン1の全筒運転及び減筒運転の切り替えに係る、エンジン1の運転領域を示している。前述したように、このエンジン1では、所定の運転領域において、4つの気筒11の内の2つの気筒11を休止する減筒運転を行うように構成されており、これによって、ポンプ損失を低減して、燃費の向上を図っている。具体的に減筒運転を行う減筒運転領域は、所定トルクTq1以下の領域でかつ、所定回転数N1からN2までの領域である。尚、全ての気筒11を作動させる全筒運転を行う領域は、この減筒運転領域以外の領域である。ここで、所定トルクTq1以下の領域は、エンジンの負荷領域を、低負荷領域、中負荷領域及び高負荷領域に、仮想的に三分割したときの低負荷乃至中負荷の領域に相当する。つまり、エンジン1の負荷が高いときには、全筒運転を行うことによって、高いトルクを確保する。また、所定回転数N1からN2までの領域は、エンジンの速度領域を、低回転領域、中回転領域及び高回転領域に、仮想的に三分割したときの中回転領域に相当する。つまり、エンジン1の低負荷低回転時には、燃焼安定性がそもそも低下することから、減筒運転を禁止して全筒運転とすることで、燃焼安定性が確保されると共に、低回転領域におけるNVH性能が向上する。尚、図例では、減筒運転領域の上限回転数をN2に設定しているが、減筒運転領域の上限回転数を無くして、当該減筒運転領域をさらに高回転側にまで拡大させてもよい。
全筒運転を行う全筒運転領域及び減筒運転を行う減筒運転領域のそれぞれにおいて、前述の通り、燃料におけるエタノール濃度が所定濃度E1以上のときには、エンジン1の負荷の高低に応じて、第1燃料噴射形態と第2燃料噴射形態との切り替えを行う。具体的には、図4に破線で示すように、全筒運転領域においては、エンジン1の負荷が、充填効率Ce=0.4に相当する所定負荷以上のときに、吸気行程と圧縮行程とのそれぞれで燃料噴射を行う第1燃料噴射形態とし、当該所定負荷よりも低いときには、吸気行程中にのみ燃料噴射を行う第2燃料噴射形態とする。
これに対し、減筒運転領域においては、燃料噴射形態の切り替えに係る所定負荷が、全筒運転領域において設定された所定負荷よりも低く設定されている。これは、減筒運転時には、2つの気筒11を休止する分、作動している気筒11についての充填効率が相対的に高くなり、その分、全筒運転時と比較してスロットル弁57の開度が大きくなって、吸気負圧が低くなる(つまり、吸気マニホールド圧が大気圧に近づく)ためである。すなわち、吸気負圧が低くなるため、吸気行程中に燃料を一括噴射する第2燃料噴射形態では、燃料の気化が促進されなくなるのである。そこで、減筒運転領域においては、第2燃料噴射形態とする領域を負荷方向に縮小し、吸気行程及び圧縮行程のそれぞれで燃料を噴射する第1燃料噴射形態を負荷方向に拡大する。こうすることで、吸気負圧が比較的低いときには、気筒11内の高い温度を利用して燃料の気化が促進され、燃料噴射量を増大せずとも、混合気の着火性及び燃焼安定性を確保することが可能になる。特に、前述の通り、減筒運転時には作動している気筒についての充填効率が相対的に高くなるため、圧縮端温度も相対的に高くなる。気筒内の高い温度を利用する第1噴射形態は、減筒運転時に、燃料の気化をさらに促進することを可能にする。
尚、減筒運転領域内においても、図5に示すように、所定負荷よりも低いときには、十分に高い吸気負圧が確保可能であるから、第2燃料噴射形態とする。こうして減筒運転領域内においても、気筒11内に供給した燃料の気化率が所定以下となる条件下における混合気の着火性及び/又は燃焼安定性が確保される。
前述したように、減筒運転領域内での燃料噴射形態の切り替えに係る所定負荷と、全筒運転領域内での燃料噴射形態の切り替えに係る所定負荷とは、互いに相違し、図5に矢印A又は矢印Bに示すように、第1燃料噴射形態で減筒運転をしている状態から、等負荷のままで全筒運転領域へと移行したときに、第2燃料噴射形態へと切り替わる場合がある。
ここで、減筒運転時には、作動している気筒11の数が少ないことでスロットル弁57の開度が相対的に大に設定される一方、全筒運転時には、作動する気筒11の数が多くなることで、エンジン1の負荷が同じでも、スロットル弁57の開度は相対的に小に設定される。しかしながら、スロットル弁57の開度を大から小へと変更した後、吸気負圧が高くなるまで、具体的には吸気マニホールド圧が低下するまでには時間遅れが生じる。そのため、減筒運転領域から全筒運転領域へと移行した直後に、第1燃料噴射形態から第2燃料噴射形態へと切り替えてしまうと、十分に高い吸気負圧が確保できないうちに、吸気行程中の、燃料の一括噴射を行うことになってしまい、燃料の気化率が低下して、混合気の着火性及び燃焼安定性が低下してしまう虞がある。そこで、このエンジンシステムでは、第1燃料供給形態で減筒運転をしている状態から、全筒運転領域内へと移行した直後の所定期間は、エンジン1の負荷が、第2燃料供給形態とする所定負荷以下であっても、第1燃料供給形態を継続する。
図6は、減筒運転から全筒運転への切り替え時における、スロットル弁57の開度(TVO)、及び、吸気負圧の変化と、燃料噴射形態の切り替えタイミングとを示すタイムチャートである。減筒運転時には、スロットル弁57の開度は相対的に大に設定され、それに伴い、吸気負圧も相対的に低くなる(つまり、吸気マニホールド圧は大気圧に近くなっている)。燃料噴射形態は、吸気行程中と圧縮行程中とのそれぞれで燃料噴射を行う第1燃料噴射形態であるとする。
時刻Ti1にエンジン1の運転状態が、全筒運転領域へと移行したとする。これに伴い、スロットル弁57の開度は相対的に小へと変更されるものの、吸気負圧が実際に高くなるまでは、時間遅れが生じる。その結果、時刻Ti2で、吸気負圧が十分に高くなったとする。このときに、燃料噴射形態は、時刻Ti2まで第1燃料噴射形態を継続し、その後、吸気行程中に燃料を一括噴射する第2燃料噴射形態へと切り替える。こうすることで、十分に高い吸気負圧が確保されているため、その高い吸気負圧を利用して、吸気行程中に噴射した燃料の気化が促進される。その結果、混合気の着火性及び燃焼安定性が確保される。こうして、減筒運転から全筒運転への切り替え時に、燃焼安定性が低下してしまうことが未然に回避される。
ここで、第1燃料噴射形態から第2燃料噴射形態への切り替えの遅延期間は、吸気負圧が十分に高くなる期間として適宜設定すればよく、全筒運転に切り替わった後、全ての気筒11(つまり、4つの気筒11)が、少なくとも1回の吸気を行う期間以上に設定すればよい。こうすることで、吸気マニホールド圧が低下し得る。尚、第1燃料噴射形態から第2燃料噴射形態への切り替え制御は、サイクル数に基づいて行ってもよし、時間に基づいて行ってもよい。また、吸気マニホールド圧を検出し、その検出した吸気マニホールド圧に基づいて、第1燃料噴射形態から第2燃料噴射形態への切り替え制御を行ってもよい。
尚、減筒運転から全筒運転への切り替え時であっても、燃料噴射形態の切り替えを伴わないような切り替え時には、こうした過渡制御は不要である。また、図5に示す矢印A又は矢印Bとは逆向きに、等負荷のままで全筒運転から減筒運転へ切り替わるときには、第2燃料噴射形態から第1燃料噴射形態へと切り替わるものの、第2燃料噴射形態から第1燃料噴射形態への切り替わりは、全筒運転から減筒運転へ切り替わりと同時に行えばよい。
尚、前記の構成では、第1燃料噴射形態では、吸気行程噴射と圧縮行程噴射との分割噴射を行い、第3燃料噴射形態では、吸気行程中の分割噴射を行い、圧縮行程噴射は行っていないが、第3燃料噴射形態として、吸気行程噴射と圧縮行程噴射との分割噴射を行うと共に、第1燃料噴射形態と第3燃料噴射形態とで、吸気行程噴射の噴射量と、圧縮行程噴射の噴射量との比率を変更するようにしてもよい。具体的には、燃料の気化率が相対的に低い第1燃料噴射形態では、圧縮行程噴射の噴射量を吸気行程噴射の噴射量よりも増やした上で、吸気行程噴射と圧縮行程噴射との分割噴射を行い、燃料の気化率が相対的に高い第3燃料噴射形態では、吸気行程噴射の噴射量を圧縮行程噴射の噴射量よりも増やした上で、吸気行程噴射と圧縮行程噴射との分割噴射を行うようにしてもよい。
また、直噴の燃料噴射弁53に加えて、吸気ポートに燃料を噴射する燃料噴射弁をさらに備えるようにしてもよい。