以下に、本発明に係る走行軌跡制御装置の実施例を図面に基づいて詳細に説明する。尚、この実施例によりこの発明が限定されるものではない。
[実施例]
本発明に係る走行軌跡制御装置の実施例を図1から図4に基づいて説明する。
最初に、この走行軌跡制御装置が適用される車両10及び車両制御システムの一例について図1及び図2に基づき説明する。その車両制御システムとは、運転者の操作を支援する下記の運転支援システム、走行軌跡制御装置等の様な車両の各種制御装置を備えたものである(図2)。運転支援システムとしては、例えば、ギヤ比可変ステアリング(VGRS:Variable Gear Ratio Steering)システム、電動パワーステアリング(EPS:Electronic Power Steering)システム、後輪操舵(ARS:Active Rear Steer)システム等が搭載されている。また、その走行軌跡制御装置等の各種制御装置における制御機能は、電子制御装置(ECU)1の一機能として設けられている。
この車両10には、操舵装置20と、操舵トルク発生装置30と、前輪Wfl,Wfrの転舵装置40と、後輪Wrl,Wrrの転舵装置50と、が設けられている。
操舵装置20は、運転者が操作するステアリングホイール21と、このステアリングホイール21に連結された回転軸(以下、「ステアリングシャフト」という。)22と、そのステアリングホイール21の操舵角を検出する操舵角検出部23と、を備える。その操舵角検出部23は、例えばステアリングシャフト22の回転移動量又は回転角速度等を検出するものであり、その検出信号を電子制御装置1に送信する。電子制御装置1は、その検出信号に基づいてステアリングホイール21の操舵角を演算する。
この操舵装置20は、ステアリングホイール21と前輪(操舵輪)Wfl,Wfrとの間に機械的な接続が無い所謂ステアバイワイヤ方式のものである。電子制御装置1は、前輪Wfl,Wfrの目標転舵角を演算し、この演算結果を前輪Wfl,Wfrの転舵装置40に送信する。その目標転舵角としては、運転者によるステアリングホイール21の操舵角に応じた角度、その操舵角と車両状態情報(車速、車両ヨーレート、車両横加速度等)とに応じた角度などが設定される。
VGRSシステム(ギヤ比可変ステアリングシステム)は、この操舵装置20と電子制御装置1とを用いて構成されている。このVGRSシステムは、上記の車両状態情報を用いた転舵角制御の一形態に相当するものであり、前輪Wfl,Wfrの転舵角をステアリングホイール21の操舵角と車速に応じて制御する。電子制御装置1は、車速が低いほど操舵角に対して転舵角が大きくなるように制御し、車速が高いほど操舵角に対して転舵角が小さくなるように制御する。
操舵トルク発生装置30は、ステアリングシャフト22を介してステアリングホイール21に操舵トルクを付与するものである。この操舵トルク発生装置30は、その操舵トルクを例えば電気モータの動力によって発生させるものであり、電子制御装置1と共にEPSシステム(電動パワーステアリングシステム)を成している。例えば、この操舵トルク発生装置30は、運転者のステアリングホイール21の操舵方向と同じ向きの操舵アシストトルクをステアリングシャフト22に付与することで、運転者がステアリングホイール21に対して入力する操舵トルクを軽減させる。更に、この操舵トルク発生装置30は、運転者のステアリングホイール21の操舵方向と逆向きの操舵反力トルクをステアリングシャフト22に付与することも可能である。例えば、この操舵トルク発生装置30は、車速が所定車速以下のときに操舵アシストトルクを発生させる一方、車速が所定車速を超えたときに操舵反力トルクを発生させるよう構成することもできる。その際の操舵反力トルクは、高速走行時の鋭敏なステアリングホイール21の操舵操作を抑える為のものである。電子制御装置1は、制御形態に応じた操舵トルクの向き及び大きさを設定し、この操舵トルク発生装置30を制御する。
前輪Wfl,Wfrの転舵装置40は、電子制御装置1の指令に基づいて前輪Wfl,Wfrを目標転舵角へと転舵させる。この転舵装置40は、前輪Wfl,Wfrに連結されたシャフト41L,41Rと、電動モータ等の如き動力を発生させるアクチュエータ42と、その動力を転舵力に変換してシャフト41L,41Rに伝える転舵力伝達機構43と、を備える。
その転舵力伝達機構43は、例えば、電動モータのロータの内周面に形成された又は当該ロータに取り付けられたボールネジナット、シャフト41L,41Rの外周面に形成された螺旋状のボールネジ部及びこれらボールネジナットとボールネジ部との間に配設された複数のボールで構成されたボールネジ機構である。この種の転舵力伝達機構43は、アクチュエータ42の動力に伴ってボールネジナットが周方向に回転し、その回転方向に応じてシャフト41L,41Rを車両10の左方向又は右方向に直動させ、これにより、そのシャフト41L,41Rの両端の前輪Wfl,Wfrを目標転舵角へと転舵させる。
更に、この転舵装置40には、前輪Wfl,Wfrの転舵角を検出する転舵角検出部44が設けられている。その転舵角検出部44は、例えばシャフト41L,41Rの車両左右方向への移動量を検出するものであり、その検出信号を電子制御装置1に送信する。電子制御装置1は、その検出信号に基づいて前輪Wfl,Wfrの転舵角を演算する。
ARSシステム(後輪操舵システム)は、後輪Wrl,Wrrの転舵装置50と電子制御装置1とを用いて構成されている。その後輪Wrl,Wrrの転舵装置50は、前輪Wfl,Wfrのものと同様のシャフト51L,51R、アクチュエータ52、転舵力伝達機構53及び転舵角検出部54を備える。この転舵装置50は、電子制御装置1の指令に基づいて後輪Wrl,Wrrを目標転舵角へと転舵させる。後輪Wrl,Wrrの目標転舵角としては、例えば、ステアリングホイール21の操舵角と車両状態情報とに応じた角度が設定される。また、この後輪Wrl,Wrrの目標転舵角は、全ての車輪を転舵させる場合、前輪Wfl,Wfrの転舵角と同位相又は逆位相に設定される。
また、この車両制御システムには、自車の走行軌跡制御を行う走行軌跡制御装置が設けられている。その走行軌跡制御とは、自車を車線内に維持したまま走行させる所謂レーンキーピングアシスト制御のことである。この走行軌跡制御においては、撮像装置61で撮影した自車の前方の画像情報に基づいて自車の走行車線情報(自車の居る車線を認識可能な情報であって、左右の白線及び黄線並びに車線形状(つまり道路形状)等の線形情報)を検出し、左右の白線等から等距離にある車線の中心と自車位置との偏差(所謂横偏差)を求めて、車線逸脱の可能性の有無を判断する。その撮像装置61には、例えばCCD素子やCMOS素子等のイメージセンサを備えた画像センサを用いる。
この走行軌跡制御を実行する際には、自車から所定距離以内の基準となる走行車線情報(基準走行車線情報)を必要とする。その所定距離は、車種毎に予め設定されている。以下においては、その基準走行車線情報に基づき実行される走行軌跡制御のことを通常の走行軌跡制御と云い、この基準走行車線情報の検出に必要な画像情報のことを基準画像情報と云う。
この走行軌跡制御は、主に車線逸脱警報制御と車線維持支援制御とを行う。
車線逸脱警報制御とは、車線逸脱の可能性があると判断した場合、その旨の警報やモニタ等への表示を行ったり、ステアリングホイール21に小さい操舵トルクを短時間加えたりすることで、運転者に注意を喚起して、車線の逸脱防止を促すものである。その操舵トルクは、車両10を車線の中央付近に戻す方向のトルクであり、上述した操舵トルク発生装置30に発生させる。
車線維持支援制御とは、車線逸脱の可能性があると判断した場合、ステアリングホイール21に小さい操舵トルクを連続して加えることで、車線の中央付近に車両10を戻しやすいようにステアリングホイール21の操作支援を行うものである。この制御形態においても、その操舵トルクは、車両10を車線の中央付近に戻す方向のトルクであり、上述した操舵トルク発生装置30に発生させる。更に、この車線維持支援制御においては、車線逸脱の可能性があると判断した場合、横偏差が0になるよう又は所定値以内に収まるように前輪Wfl,Wfr又は後輪Wrl,Wrrの内の少なくとも一方の転舵角を制御して、車両10を車線の中央付近に戻すことも可能である。また更に、この車線維持支援制御は、横偏差を0又は所定値以内に保たせるよう前輪Wfl,Wfr又は後輪Wrl,Wrrの内の少なくとも一方の転舵角を制御して、車両10が車線の中央付近を維持したまま走行できるようにすることも可能である。
この走行軌跡制御においては、上述した様な転舵角制御を行う際に、目標車体ヨーレートγtgt、目標車体横加速度Ygtgt又は目標車体スリップ角βtgtの内の少なくとも1つを設定し、その設定値を満たす範囲内で目標操舵トルクや目標転舵角を決める。その目標車体ヨーレートγtgt等は、例えば車両10の挙動不安定化を抑える値に設定する。この目標車体ヨーレートγtgt等の設定値は、その挙動不安定化の抑制等の条件を満たす範囲内で幅を持たせることが好ましい。
ところで、撮像装置61は、撮像可能な範囲が自車の周辺の環境によって基準画像情報よりも狭まることがある。そして、その際には、検出される走行車線情報の範囲が基準走行車線情報よりも狭くなる。つまり、画像情報の検出精度が基準画像情報の検出精度(基準検出精度)よりも低下したときには、走行車線情報の検出精度についても基準走行車線情報の検出精度(基準検出精度)より低下する。その様な走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下した場合、電子制御装置1は、認識可能な自車の近くの走行車線情報に基づいて横偏差を演算し、目標操舵トルクや目標転舵角を設定して走行軌跡制御を実行し、その先の走行車線情報が認識できてから再び横偏差の演算や走行軌跡制御を行う。つまり、この場合には、これらの演算処理を短い周期で繰り返さなければならず、電子制御装置1の演算周期や車両10側の制御応答性如何で、車両10が車線から逸脱したり、制御が発散したりする虞がある。これが為、従来は、走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下した場合、走行軌跡制御を中断する。また、従来は、走行車線情報の検出が途切れた場合にも走行軌跡制御を中断する。これに対して、本実施例においては、走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下した場合又は走行車線情報の検出が途切れた場合でも、走行軌跡制御を継続させる。
ここで、画像情報の検出精度が基準検出精度よりも低下してしまう要因としては、例えば天候が考えられる。一般的に、基準画像情報は、撮像装置61に対して1つだけ設定するのであれば、例えば日中の晴天時や曇天時の視界良好条件時を基準にして設定するが、霧が発生しているときや降雨時、前照灯の照射されている範囲しか画像情報から走行車線情報を認識できない夜間等の視界悪化条件時に設定されるものではない。視界悪化条件時には、視界良好条件時と比べて遠方の撮影が難しくなるからである。この場合、電子制御装置1には、撮像装置61からの入力情報に基づいて画像情報の検出精度が基準検出精度よりも低下していると判断したとき、又は、その画像情報から検出された走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下していると判断したときに、今の車両の周辺環境が視界悪化条件であると判定させればよい。例えば、図3には、視界不良により先の道路形状が判らない状態について例示している(実線が実際の道路形状、二点鎖線は推定され得る道路形状の一例)。
その際には、車両10に雨滴センサが設けられているのであれば、その雨滴センサで雨滴が検出されたときに、画像情報や走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下したと判定させればよい。雨滴センサとは、降雨を検知するセンサであり、降雨時にワイパを自動で動作させる為に用いられるものである。また、雨の場合には、降雨量が少なければ、基準画像情報を得られるときもある。これが為、電子制御装置1には、例えばワイパの動作モードが「強」のときに基準画像情報を得られないくらい降雨量が多いと判断して、画像情報や走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下したと判定させてもよい。
また、走行路の状況が原因となり、基準画像情報の撮影が不可能になることもある。例えば、曲率半径(道路旋回半径)の小さい旋回路や勾配のきつい上り坂の頂上付近等では、撮像装置61が基準画像情報の取得に必要な遠方まで撮影できないからである。この場合、電子制御装置1には、カーナビゲーションシステム等の地図情報と自車位置情報とに基づいて走行路を判別させ、目の前の走行路が基準画像情報や基準走行車線情報を得られない道路であると判断したときに、画像情報や走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下したと判定させてもよい。
また、前方の他車によって基準画像情報の撮影が不可能になることもある。この場合、電子制御装置1は、撮像装置61からの入力情報に基づいて画像情報の検出精度が基準検出精度よりも低下していると判断し、また、その画像情報から検出された走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下していると判断する。
尚、夜間走行時であっても、自車の周辺の照明環境如何で基準画像情報を撮影できる可能性がある。これが為、この場合には、基準画像情報や基準走行車線情報の検出が可能であると判断させる。
一方、走行車線情報の検出が途切れた場合とは、画像情報の撮影自体が一時的に行えない場合、画像情報を撮影できたとしても当該画像情報に係る信号が通信経路上で一時的に遮断された場合等のことを云う。その通信経路には、撮像装置61内の通信経路、撮像装置61と電子制御装置1との間の通信経路、電子制御装置1内の通信経路が含まれる。この場合、電子制御装置1には、画像情報が一時的に取得できない又は画像情報が一時的に走行車線情報の演算に渡せないと判断したときに、走行車線情報の検出が途切れたと判定させればよい。また、電子制御装置1には、検出された走行車線情報に係る信号を一時的に横偏差の演算に渡せないと判断したときにも、走行車線情報の検出が途切れたと判定させてよい。
この走行軌跡制御装置は、画像情報や走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下した場合又は画像情報や走行車線情報の検出が途切れた場合、走行軌跡制御中の車両運動の応答性を上げることで当該走行軌跡制御中の車両10の走行安定性を向上させ、これによって走行軌跡制御を継続させる。具体的には、その場合に、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性を通常状態のとき(画像情報や走行車線情報の検出精度が基準検出精度を満たすとき)よりも上げることによって、走行軌跡制御中の車両運動の応答性を上げる。その際には、車両挙動を安定させたまま保つことのできる範囲内で制御応答性を上げる。
ここで、目標車体ヨーレートγtgt、目標車体横加速度Ygtgt及び目標車体スリップ角βtgtについては、下記の式1−3の演算式を夫々に設定する。「Gγ」はヨーレートゲイン、「Gyg」は横加速度ゲイン、「Gβ」はスリップ角ゲインを表す。「δ」は、ステアリングホイール21の操舵角を表す。「T」は時定数、「s」はラプラス演算子を表す。
γtgt=Gγ*δ/(1+T*s) … (1)
Ygtgt=Gyg*δ/(1+T*s) … (2)
βtgt=Gβ*δ/(1+T*s) … (3)
例えば、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγの制御応答性を上げる場合には、その目標車体ヨーレートγtgtの制御応答性を通常状態のときよりも上げればよい。これが為、目標車体ヨーレートγtgtの制御応答性を上げる為には、その設定の際に通常状態のときの目標車体ヨーレートγtgtよりも時定数Tを小さくする。これと同様に、走行軌跡制御中の車体横加速度Ygについても、その制御応答性を上げる場合には、目標車体横加速度Ygtgtの制御応答性を通常状態のときよりも上げればよいので、目標車体横加速度Ygtgtを設定する際に通常状態のときの目標車体横加速度Ygtgtよりも時定数Tを小さくする。また、車体スリップ角βについても同様に、その制御応答性を上げる場合には、目標車体スリップ角βtgtの制御応答性を通常状態のときよりも上げればよいので、目標車体スリップ角βtgtを設定する際に通常状態のときの目標車体スリップ角βtgtよりも時定数Tを小さくする。この様に、この走行軌跡制御装置では、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性を上げる第1の方法として、目標車体ヨーレートγtgt、目標車体横加速度Ygtgt又は目標車体スリップ角βtgtの内の少なくとも1つの制御応答性を上げればよい。
また、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの制御応答性は、上述した運転支援システム(VGRSシステム、EPSシステム又はARSシステムの内の少なくとも1つ)の制御応答性を通常状態のときより上げることによって上げることもできる。VGRSシステムの制御応答性は、本システムにおける前輪Wfl,Wfrの目標転舵角と前輪Wfl,Wfrの実際の転舵角において、その目標転舵角に対する追従性能を高めることで上げることができる。また、EPSシステムの制御応答性は、本システムにおけるステアリングホイール21の目標操舵トルクと実際の操舵トルクにおいて、その目標操舵トルクに対する追従性能を高めることで上げることができる。また、ARSシステムの制御応答性は、本システムにおける後輪Wrl,Wrrの目標転舵角と後輪Wrl,Wrrの実際の転舵角において、その目標転舵角に対する追従性能を高めることで上げることができる。この場合には、VGRSシステム、EPSシステム及びARSシステムの夫々の制御応答性を通常状態のときよりも上げることで、目標値が同じでも各システムにおいて実応答性が上がるので、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性が通常状態のときよりも上がる。つまり、この走行軌跡制御装置では、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性を上げる第2の方法として、制御対象となる運転支援システム(VGRSシステム、EPSシステム又はARSシステムの内の少なくとも1つ)の制御応答性を通常状態のときより上げればよい。
また、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの制御応答性は、車体ロール剛性を通常状態のときよりも上げることで上げることもできる。車両10は、車体ロール剛性を上げることで車両運動の応答性が向上する。これが為、車体ロール剛性を上げた際には、目標車体ヨーレートγtgt、目標車体横加速度Ygtgt及び目標車体スリップ角βtgtが通常状態のとき(走行車線情報の検出精度が基準検出精度を満たすとき)と同じ値に設定されたとしても、実際の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg及び車体スリップ角βの変化が通常状態のときよりも速くなる。従って、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βは、車体ロール剛性を通常状態のときよりも上げることで、通常状態のときよりも制御応答性を上げることができる。ここで、車両10にサスペンションダンパーの減衰力制御システム(AVS:Adaptive Variable Suspension System)が搭載されている場合には、その減衰力を制御することで車体ロール剛性を上げることができる。また、車両10にアクティブスタビライザが搭載されている場合には、スタビライザの捻れ剛性を制御することで車体ロール剛性を上げることができる。この様に、この走行軌跡制御装置では、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性を上げる第3の方法として、車体ロール剛性を上げればよい。
また、第4の方法として、制御対象となる運転支援システム(VGRSシステム、EPSシステム又はARSシステムの内の少なくとも1つ)の目標値の演算過程における応答性と当該運転支援システムの目標値が指令後実際に出力されるまでの応答性との総和であるトータル応答性を通常状態のときよりも上げることで、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性を通常状態のときより上げることもできる。つまり、そのトータル応答性とは、撮像装置61による画像情報が検出されてから目標値が実際に出力されるまでの応答性のことを云う。この場合には、トータル応答性が通常状態のときよりも上がっていればよいので、その夫々の応答性の内、一方が通常状態のときより下がっていてもよい。ここで、運転支援システムの目標値とは、目標車体ヨーレートγtgt、目標車体横加速度Ygtgt、目標車体スリップ角βtgt、目標操舵トルク、前輪Wfl,Wfrの目標転舵角及び後輪Wrl,Wrrの目標転舵角の内、制御対象となる運転支援システムに該当するものである。そして、その目標値の演算過程における応答性とは、撮像装置61で画像情報が撮影された後、走行車線情報や横偏差等が演算され、そして目標値が演算されるまでの応答性のことを云う。
また、この走行軌跡制御装置には、撮像装置61で画像情報が撮影されてから制御対象となる運転支援システムが制御されるまでの間に様々なフィルタを実装させる場合がある。例えば、画像情報からノイズを除去するローパスフィルタ等である。これが為、この場合には、第5の方法としてフィルタ(複数のフィルタが実装されている場合には少なくとも1つのフィルタ)の制御応答性を上げることで、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性を通常状態のときより上げさせてもよい。
更に、第6の方法としては、走行軌跡制御装置における各種の通信時間の内の少なくとも1つを短縮させることで、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性を通常状態のときより上げさせてもよい。その通信時間とは、例えば、撮像装置61からの画像情報の送信周期等である。
以上示した様に、この走行軌跡制御装置においては、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性を通常状態のときより上げる為には、上記の第1から第6の方法が考えられる。そこで、この走行軌跡制御装置においては、走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下した場合又は走行車線情報の検出が途切れた場合、上記の第1から第6の方法の内の少なくとも1つを実行することによって、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性を通常状態のときよりも上げさせればよい。この様な制御応答性の向上により、この走行軌跡制御装置は、走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下した場合又は走行車線情報の検出が途切れた場合でも、走行軌跡制御の安定性を向上させることができるので、車線逸脱を回避しつつ走行軌跡制御の継続が可能になる。また、この走行軌跡制御装置は、かかる効果に関して、センサの追加等の如くコストの増加を招かずに実現できる。
ここで、この走行軌跡制御装置では、走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下しているほど又は走行車線情報の検出の途切れる頻度(例えば単位時間当りの途切れ回数)が多いほど、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性を通常状態のときより上げていくことが望ましい。
この走行軌跡制御装置による車線維持支援制御について、図4のフローチャートを用いて説明する。
この例示においては、車室内に走行軌跡制御の実行要否を運転者に選択させるスイッチ(図示略)が用意されている。電子制御装置1は、走行軌跡制御の開始指示が為されているのか否かを判定する(ステップST1)。このステップST1においては、そのスイッチによって走行軌跡制御の停止が指示されている場合、本工程を繰り返し、そのスイッチから走行軌跡制御の実行が指示されている場合、走行軌跡制御に必要な情報の入力処理を行う(ステップST2)。その走行軌跡制御に必要な情報とは、撮像装置61から受信した画像情報、ヨーレートセンサ71や車体横加速度センサ72等の各種センサから受信した情報などである。
この電子制御装置1は、その画像情報から走行車線情報を検出し(ステップST3)、その走行車線情報に基づいて自車と車線との横偏差及び道路旋回半径(道路旋回曲率)を演算する(ステップST4)。
更に、この電子制御装置1は、その画像情報又は走行車線情報の検出精度を判断する(ステップST5)。
電子制御装置1は、その走行車線情報、横偏差及び道路旋回半径(道路旋回曲率)に基づいて目標車両運動状態を設定する(ステップST6)。その目標車両運動状態とは、前述した目標車体ヨーレートγtgt、目標車体横加速度Ygtgt又は目標車体スリップ角βtgtの内の少なくとも1つであり、走行軌跡制御中の車両挙動を安定状態のまま走行させる為の設定情報である。このステップST6においては、ステップST5の検出精度が基準検出精度の場合、通常の走行車線制御で用いる目標車体ヨーレートγtgt等を演算し、その検出精度が基準検出精度よりも低い場合、通常の走行車線制御で用いるものよりも目標車体ヨーレートγtgt等の制御応答性を上げて設定する。
続いて、電子制御装置1は、制御対象となる運転支援システム(VGRSシステム、EPSシステム又はARSシステムの内の少なくとも1つ)の制御目標値を目標車両運動状態に応じて設定する(ステップST7)。その制御目標値とは、前輪Wfl,Wfrの目標転舵角、後輪Wrl,Wrrの目標転舵角、ステアリングホイール21の目標操舵トルクのことである。尚、その目標操舵トルクは、運転者にとって操舵反力トルクになる。
電子制御装置1は、その制御目標値に基づいて制御対象となる運転支援システムの制御を行う(ステップST8)。
電子制御装置1は、上記のスイッチによって走行軌跡制御の停止指示が為されているのか否かを判定し(ステップST9)、そのスイッチが実行指示のままであれば、ステップST2に戻って走行軌跡制御を続ける。一方、走行軌跡制御の停止指示が為されている場合には、走行軌跡制御を停止して、本演算処理を終わらせる。
ところで、走行軌跡制御中には、車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つのダンピング(減衰)を上げることで、前述した制御の発散を抑えることができる。これが為、この走行軌跡制御装置においては、走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下した場合又は走行車線情報の検出が途切れた場合、車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つのダンピング(減衰)を通常状態のときより上げるよう構成してもよい。その為には、例えば、目標車体ヨーレートγtgt、目標車体横加速度Ygtgt又は目標車体スリップ角βtgtの内の少なくとも1つのダンピング(減衰)を通常状態のときより上げればよい。また、別の方法としては、運転支援システム(VGRSシステム、EPSシステム又はARSシステムの内の少なくとも1つ)のダンピングを通常状態のときより上げてもよい。この場合においても、走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下しているほど又は走行車線情報の検出の途切れる頻度が多いほど、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つのダンピングを通常状態のときより上げていくことが望ましい。
また、この走行軌跡制御装置は、例えば車両挙動を安定状態に保持できない等の理由により第1から第6の方法の全てを実行できず、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg及び車体スリップ角βの全ての制御応答性を上げることができない場合、また、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg及び車体スリップ角βの全てのダンピングを上げることができない場合、走行軌跡制御を継続したまま車速を低下させることが望ましい。これにより、この走行軌跡制御装置は、車線の逸脱を回避しつつ走行軌跡制御を継続させることができる。
ここで、この走行軌跡制御は、運転者の意思(前述したスイッチの操作等)によって停止又は中断する。その際には、ヨーレートゲインGγ、横加速度ゲインGyg又はスリップ角ゲインGβの内の少なくとも1つを大きくすることが望ましい。つまり、電子制御装置1には、前述した式1−3において、目標ヨーレートゲイン、目標横加速度ゲイン又は目標スリップ角ゲインの内の少なくとも1つを大きくして、運転者の操舵操作に応じた車両挙動が大きくなるように制御させることが望ましい。また、運転者の意思によって走行軌跡制御が停止又は中断する場合には、EPSシステムの操舵アシストトルクを大きくして、軽い操舵感が得られるように制御してもよい。
尚、走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも良好である場合には、それが良好であるほど、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性又はダンピングを通常状態のときより下げていってもよい。これにより、例えば電力消費量を低下させることができるので、燃費性能が向上する。