上述したトラック溝交差タイプの固定式等速自在継手121は、低発熱ジョイントとしては優れているものの、図18(b)に示すように、外側継手部材122の入口チャンファ130を大きくすると、トラック溝127の曲率中心が継手中心Oに一致している構造上、外側継手部材122のトラック溝127の有効トラック長さが不足し、高作動角θを取ったときにボール124がトラック溝127から脱落し、高作動角化が図れないという問題がある。
そこで、本願発明者は、トラック溝交差タイプの固定式等速自在継手の高作動角化を図るために、両継手部材のトラック溝に直線状の部分を設けることを検討した。この等速自在継手が図15に示すものであり、図15(a)(b)に、同等速自在継手の縦断面図および正面図をそれぞれ示す。図15(a)に示すように、この等速自在継手141において、外側継手部材142のトラック溝147は、作動角0°の状態の継手中心平面Pを境にしてその奥側および開口側を、それぞれ、継手中心Oを曲率中心とした円弧状のボール軌道中心線xaを有するトラック溝147aおよび直線状のボール軌道中心線xbを有するトラック溝147bとしたものである。一方、内側継手部材143のトラック溝149は、作動角0°の状態の継手中心平面Pを境にしてその開口側および奥側を、それぞれ、継手中心Oを曲率中心とした円弧状のボール軌道中心線yaを有するトラック溝149aおよび直線状のボール軌道中心線ybを有するトラック溝149bとしたものである。
そして、図15(b)に示すように、トラック溝147,149(のボール軌道中心線)は、それぞれ、継手の軸線に対して周方向に傾斜すると共にその傾斜方向が周方向に隣り合うトラック溝147A,147Bおよび149A,149Bで互いに反対方向に形成されている。外側継手部材142および内側継手部材143の対をなすトラック溝147A,149Aおよび147B,149Bの各交差部にボール144が配置されている。したがって、図示のような作動角0°の状態で両継手部材142,143が相対回転すると、トラック溝147A,149Aの間に形成されるくさび角の開く方向と、147B,149Bの間に形成されるくさび角の開く方向とが互いに反対方向となり、保持器145の周方向に隣り合うポケット部145aにボール144から相反する方向の力が作用することから、保持器145は継手中心O位置で安定する。このため、保持器145の球状外周面152と外側継手部材142の球状内周面146との接触力、および保持器145の球状内周面153と内側継手部材143の球状外周面148との接触力が抑制され、継手の作動性が向上する結果、トルク損失や発熱が抑えられ、耐久性が向上する。
上記したように、外側継手部材142のトラック溝147のうち、作動角0°の状態の継手中心平面Pから開口側の領域に直線状のボール軌道中心線xbを有するトラック溝147bを形成すれば、有効トラック長さを増加させて高作動角化を図ることができる。ところが、上述した構成では、使用頻度の多い作動角を取ったときに、継手のトルク損失や発熱の抑制という面で問題があることが判明した。この理由を図16に基づいて説明する。
トラック溝147,149とボール144は、通常、接触角(30°〜45°程度)をもって接触しているので、トラック溝147,149とボール144とは、トラック溝147、149の溝底より少し離れた図16中の破線位置で接触している。継手が作動角を取ったとき、各ボール144には、対をなすトラック溝147,149の交差によるくさび角成分(図示省略)と、トラック溝147,149の溝底間の継手半径方向の拡がりによるくさび角成分αの両方が作用する。そのうち、トラック溝147,149の交差によるくさび角成分については、トラック溝147,149の傾斜方向が周方向に隣り合うトラック溝147,149で互いに反対方向になっているため、ボール144から保持器145のポケット部145aに相反する方向の力が作用することにより、打消し合い、力がバランスすることとなる。
ところが、図16に示すように、トラック溝147,149の溝底間の継手半径方向の拡がりによるくさび角成分αについては、図15(b)において、0°〜90°および270°〜360°の位相範囲にあるボール144は直線状のトラック溝147b,149b間に位置し、この位相範囲のボール144には開口側に向けて開いたくさび角成分α1により開口側への押出力が作用する。一方、90°〜270°の位相範囲にあるボール144は、くさび角成分α2が0となる円弧状のトラック溝147a,149a間に位置するので、この位相範囲のボールには、開口側への押出力が作用しない。したがって、各ボール144に対して、トラック溝147,149の交差によるくさび角成分と、トラック溝147,149の溝底間の継手半径方向の拡がりによるくさび角成分αとを合わせると、保持器145の各ポケット部145aにボール144から作用する力が釣り合わず、保持器145の球状外周面152と外側継手部材142の球状内周面146との接触部、および保持器145の球状内周面153と内側継手部材143の球状外周面148との接触部における接触力を低減させることができないという問題が生じる。特に、常用角を含む使用頻度の多い作動角の範囲でのトルク損失や発熱を十分に抑制することができず、高効率化を図るうえで問題がある。
また、図18や図15に示したトラック溝交差タイプの等速自在継手121,141においては、トラック溝が継手の軸線に対して周方向に傾斜している関係上、継手が作動角をとるときのボールの周方向移動量が、図17に示した等速自在継手101に比べて多くなる。そのため、トラック溝交差タイプの等速自在継手121,141用の保持器については、ポケット部の周方向寸法を、図17に示した等速自在継手101用の保持器に比べて大きくする必要がある。これに伴い、ポケット部を画成する柱部の周方向の肉厚を薄くする必要が生じるため、特に継手が高作動角をとったときには柱部が変形、破損等し易く、最悪の場合には継手が使用不能となる。従って、図18や図15に例示したトラック溝交差タイプの等速自在継手121,141においては、その耐久性(信頼性)を高めるためにも、保持器の強度を高める必要がある。
以上の実情に鑑み、本発明は、トルク損失および発熱が少なく高効率で、耐久性に優れるものでありながら、高作動角を取ることができる固定式等速自在継手を提供することを目的とする。
本願発明者は、上記の目的を達成するために種々検討した結果、トルク損失および発熱を少なくして高効率化を図りつつ、最大作動角に対する有効トラック長さを増加すべく、両継手部材のトラック溝のそれぞれに、第1トラック溝部とは異なる形状を有する第2トラック溝部を設けるという新規な着想に至った。これに加え、保持器強度を高めて継手の耐久性を高めるために、少なくとも8本設けられる外側継手部材のトラック溝のうち、少なくとも2本のトラック溝を、円弧状のボール軌道中心線を有する第1トラック溝部が継手の軸線に沿って延びるもので構成すると共に、残りのトラック溝を、第1トラック溝部が継手の軸線に対して周方向一方側又は他方側に傾斜し、対をなす内側継手部材のトラック溝と協働して交差トラックを形成し得るもので構成するという新規な着想に至った。
すなわち、上記の目的を達成するために創案された本発明は、球状内周面に軸方向に延びる複数のトラック溝が形成され、軸方向に離間する開口側と奥側を有する外側継手部材と、球状外周面に外側継手部材のトラック溝と対をなす複数のトラック溝が形成された内側継手部材と、外側継手部材のトラック溝と内側継手部材のトラック溝との間に介在してトルクを伝達する複数のボールと、このボールを保持し、外側継手部材の球状内周面および内側継手部材の球状外周面にそれぞれ嵌合する球状外周面および球状内周面を有する保持器とを備え、外側継手部材のトラック溝が少なくとも8本設けられた固定式等速自在継手において、外側継手部材のトラック溝は、奥側に位置する第1トラック溝部と、開口側に位置する第2トラック溝部とからなり、第1トラック溝部は、継手中心に対して軸方向にオフセットのない曲率中心をもつ円弧状のボール軌道中心線を有し、第2トラック溝部は、最大作動角に対する有効トラック長さを増加させるために第1トラック溝部とは異なる形状のボール軌道中心線を有すると共に、このボール軌道中心線が継手中心よりも開口側で第1トラック溝部のボール軌道中心線と接続されており、外側継手部材のトラック溝のうち、少なくとも2本のトラック溝は、第1トラック溝部のボール軌道中心線が継手の軸線を含む平面上に配置されたもので構成され、残りのトラック溝は、第1トラック溝部のボール軌道中心線が継手の軸線に対して周方向一方側に角度γ傾斜した第1傾斜トラック溝と、第1トラック溝部のボール軌道中心線が継手の軸線に対して周方向他方側に角度γ傾斜した第2傾斜トラック溝とをそれぞれ同数設けて構成され、内側継手部材のトラック溝は、そのボール軌道中心線が、作動角0°の状態の継手中心平面を基準として、外側継手部材の対となるトラック溝のボール軌道中心線と鏡像対称に形成されていることを特徴とする。
なお、ここでいう「継手の軸線」とは、継手の回転中心となる長手方向の軸線を意味し、後述する実施形態における継手の軸線N−Nを指す。また「作動角0°の状態の継手中心平面」とは、作動角0°の状態で継手中心を含んで継手の軸線と直交する方向に延びる平面を意味する。
本発明では、外側継手部材に、第1トラック溝部のボール軌道中心線が継手の軸線を含む平面上に配置されるトラック溝が少なくとも2本設けられるが、残りのトラック溝については、第1トラック溝部のボール軌道中心線が継手の軸線に対して周方向一方側に角度γ傾斜した第1傾斜トラック溝と、第1トラック溝部のボール軌道中心線が継手の軸線に対して周方向他方側に角度γ傾斜した第2傾斜トラック溝とをそれぞれ同数設けて構成される。そのため、これら第1および第2傾斜トラック溝が設けられた周方向領域においては、図18および図15に示したトラック溝交差タイプの固定式等速自在継手121,141を採用した場合と同様の効果、すなわちトルク損失や発熱が抑制され、耐久性が向上するという効果を有効に享受することができる。また、外側継手部材の全てのトラック溝において、有効トラック長さを増加させるために設けた第2トラック溝部のボール軌道中心線が継手中心よりも開口側で第1トラック溝部のボール軌道中心線に接続される(内側継手部材のトラック溝においては、その奥側に設けられる第2トラック溝部のボール軌道中心線が継手中心よりも奥側で第1トラック溝部のボール軌道中心線に接続される)。これはすなわち、本発明に係る固定式等速自在継手では、図15(a)に示した等速自在継手141と比較して、第1トラック溝部の形成範囲が拡大されることを意味する。そのため、常用作動角の範囲におけるトルク損失や発熱を抑制して高効率化を図ることができる。
また、本発明では、外側継手部材に少なくとも8本設けられるトラック溝のうち、少なくとも2本のトラック溝は、第1トラック溝部のボール軌道中心線が継手の軸線を含む平面上に配置されたもの、すなわち図17に示した等速自在継手101のトラック溝と同様に、軸方向に沿って円弧状に延びたもので構成されることから、保持器のうち、当該トラック溝に配されるボールを保持するポケット部については、その周方向の開口寸法を小さくすることができる。そして、ポケット部の周方向の開口寸法が小さくなれば、このポケット部を画成する柱部の周方向の肉厚を、図18や図15に示したトラック溝交差タイプの等速自在継手121,141用の保持器に比べて厚くすることができる。これにより、保持器の強度を高めて等速自在継手の耐久性を高めることができる。
第1トラック溝部のボール軌道中心線と第2トラック溝部のボール軌道中心線の接続点と、継手中心とを結ぶ直線が作動角0°の状態の継手中心平面に対してなす角度をβとしたとき、この角度βを使用状態等に応じて適宜設定することにより、固定式等速自在継手の高効率化を適切に実現することができる。特に自動車用等速自在継手の常用作動角度範囲を考慮すると、角度βを3〜10°に設定にすることで種々の車種に汎用することができる。なお、ここでいう角度βは、上記の直線が作動角0°の状態の継手中心平面上の直線となす角の中で最小のものと定義する。
第1傾斜トラック溝と第2傾斜トラック溝とを周方向で交互に配置すれば、両継手部材と保持器との接触力を周方向でバランス良く抑制することができるので、継手のトルク損失や発熱を効果的に抑制することができる。
第1トラック溝部のボール軌道中心線が継手の軸線に沿ったトラック溝を周方向に等間隔で配置すれば、保持器の強度、ひいては継手の耐久性を周方向でバランス良く高めることができる。
第1トラック溝部のボール軌道中心線の曲率中心は、継手の軸線上に配置しても良いし、継手の軸線に対して半径方向にオフセットした位置に配置しても良い。第1トラック溝部の曲率中心を継手の軸線に対して半径方向にオフセットさせた場合には、そのオフセット量に応じて継手の奥側のトラック溝深さを調整することができるので、最適なトラック溝深さを確保することが可能となる。
保持器の球状外周面の曲率中心を、継手中心に対して開口側にオフセットした位置に配置し、保持器の球状内周面の曲率中心を、継手中心に対して奥側にオフセットした位置に配置することができる。このようにすれば、保持器の肉厚を開口側に向かって徐々に厚くすることができるので、特に高作動角時の保持器の強度を確保して継手の信頼性を高めることができる。
第2トラック溝部のボール軌道中心線は、第1トラック溝部の半径方向外側で、かつ継手中心よりも開口側にオフセットされた位置を曲率中心とした円弧状部分を有するものとすることができる。これにより、有効トラック長さを増加させて最大作動角を大きくすることができる。この場合、第2トラック溝部のボール軌道中心線は、上記の円弧状部分のみからなり、この円弧状部分が第1トラック溝部のボール軌道中心線に滑らかに接続されたものとしても良いし、上記の円弧状部分と直線状部分とからなり、直線状部分が第1トラック溝部のボール軌道中心線に滑らかに接続されたものとしても良い。
ボールの個数を8個、10個又は12個の何れかとすることができる。このようにすれば、軽量コンパクトで、高効率で、高作動角が取れる固定式等速自在継手、ひいては自動車のドライブシャフトを実現することができる。
本発明により、トルク損失および発熱が少なく高効率で、耐久性に優れるものでありながら、高作動角を取ることができるコンパクトな固定式等速自在継手を実現することができる。
以下、本発明の実施の形態を図1〜図14に基づいて説明する。
図1(a)に、本発明の第1実施形態に係る固定式等速自在継手1(以下、単に等速自在継手1ともいう)の部分縦断面図[図1(b)中に示すZ1−Z1線矢視断面図]を示し、図1(b)に等速自在継手1を開口側からみたときの正面図を示す。この等速自在継手1は、外側継手部材2、内側継手部材3、ボール4および保持器5を主な構成とする。
図2にも示すように、外側継手部材2の球状内周面6には軸方向に延びる8本のトラック溝7が形成されており、これらトラック溝7は、鍛造等の塑性加工により、あるいは切削や旋削等の機械加工により仕上げられる。特に、トラック溝7を鍛造等の塑性加工で仕上げておけば、塑性加工に伴って形成された硬化層にトラック溝7が設けられることとなるので、耐疲労強度が効果的に高められる。トラック溝7としては、延在方向が相互に異なる3種類のトラック溝7A,7Bおよび7C(7A〜7C)が形成され、詳しくは、継手の軸線N−Nに対して周方向一方側に傾斜したトラック溝(第1傾斜トラック溝)7A、継手の軸線N−Nに対して周方向他方側に傾斜したトラック溝(第2傾斜トラック溝)7B、および継手の軸線N−Nを含む平面上に配置されたトラック溝7Cが形成されている。本発明に係る等速自在継手1においては、トラック溝7Cを少なくとも2本設け、残りを第1傾斜トラック溝7Aおよび第2傾斜トラック溝7Bをそれぞれ同数設けて構成される。本実施形態では、トラック溝7Cが周方向等間隔(90°ピッチ)で4本設けられ、第1,第2傾斜トラック溝7A,7Bが180°ピッチでそれぞれ2本ずつ設けられている。すなわち、第1傾斜トラック溝7Aと第2傾斜トラック溝7Bとは周方向で交互に設けられている。各トラック溝7A〜7Cの詳細については後述する。
図4(a)にも示すように、内側継手部材3の球状外周面8には軸方向に延びる8本のトラック溝9が形成されている。トラック溝9は、外側継手部材2のトラック溝7と同様に、鍛造等の塑性加工により、あるいは切削や旋削等の機械加工により仕上げられる。トラック溝9としては、延在方向が相互に異なる3種類のトラック溝9A,9Bおよび9C(9A〜9C)が形成され、詳しくは、継手の軸線N−Nに対して周方向一方側に傾斜したトラック溝(第1傾斜トラック溝)9A、継手の軸線N−Nに対して周方向他方側に傾斜したトラック溝(第2傾斜トラック溝)9B、および継手の軸線N−Nを含む平面上に配置されたトラック溝9Cが形成されている。これらのうち、トラック溝9Cは少なくとも2本設けられ、残りを第1傾斜トラック溝9Aおよび第2傾斜トラック溝9Bをそれぞれ同数設けて構成される。本実施形態では、トラック溝9Cが周方向等間隔(90°ピッチ)で4本設けられ、第1傾斜トラック溝9Aが180°ピッチで2本設けられ、また第2傾斜トラック溝9Bが180°ピッチで2本設けられている。すなわち、第1傾斜トラック溝9Aと第2傾斜トラック溝9Bとは周方向で交互に設けられている。各トラック溝9A〜9Cの詳細については後述する。
本発明に係る等速自在継手1では、内側継手部材3のトラック溝9が、作動角0°の状態の継手中心平面P[図1(a)参照]を基準として、対をなす(半径方向で対向する)外側継手部材2のトラック溝7と鏡像対称に形成されている。従って、図1(b)に示すように、内側継手部材3は、第1および第2傾斜トラック溝9A,9Bが、それぞれ、外側継手部材2の第1および第2傾斜トラック溝7A,7Bと半径方向で対向すると共に、トラック溝9Cが外側継手部材2のトラック溝7Cと半径方向で対向するようにして外側継手部材2の内周に組み込まれているが、半径方向で対向する外側継手部材2の第1傾斜トラック溝7Aと内側継手部材3の第1傾斜トラック溝9Aの傾斜方向は、等速自在継手1を開口側から見たとき、互いに反対方向になっている。また、半径方向で対向する外側継手部材2の第2傾斜トラック溝7Bと内側継手部材3の第2傾斜トラック溝9Bも同様である。そして、図1(a)に示すように、外側継手部材2と内側継手部材3の対をなすトラック溝7,9間にボール4がそれぞれ配置されている。
ここで、外側継手部材2のトラック溝7(7A〜7C)および内側継手部材3のトラック溝9(9A〜9C)の傾斜状態や湾曲状態などを的確に示すために、以下では「ボール軌道中心線」なる用語を用いる。ボール軌道中心線とは、トラック溝7,9間に配置されたボール4がトラック溝7,9に沿って移動するときに、ボール4の中心が描く軌跡を意味する。したがって、トラック溝7,9の傾斜状態や湾曲状態等はそのボール軌道中心線の傾斜状態や湾曲状態などと同じである。
図1(a)に示すように、外側継手部材2の各トラック溝7(7A〜7C)はボール軌道中心線Xを有する。詳述すると、各トラック溝7は、奥側に設けられ、継手中心Oを曲率中心とした円弧状のボール軌道中心線Xaを有する第1トラック溝部7aと、開口側に設けられ、第1トラック溝部7aとは反対方向に湾曲した円弧状のボール軌道中心線Xbを有する第2トラック溝部7bとからなる。すなわち、本実施形態の第2トラック溝部7bは、第1トラック溝部7aとは形状の異なる(反対方向に湾曲した)円弧状部分のみからなり、そのボール軌道中心線Xbは、第1トラック溝部7aのボール軌道中心線Xaの開口側端部に滑らかに接続されている。第1トラック溝部7aの曲率中心は、継手の軸線N−N上に配置されており、継手中心Oに対して半径方向にオフセットしていない。これにより、トラック溝7の溝深さを均一にすることができ、溝加工を容易に実行することができる。
ここで、トラック溝の符号の付与要領について補足する。外側継手部材2のトラック溝全体を指す場合は符号7を付し、その第1および第2トラック溝部に符号7a,7bをそれぞれ付している。さらに、トラック溝7A〜7Cの第1トラック溝部に符号7Aa,7Ba,7Caを、また、トラック溝7A〜7Cの第2トラック溝部に符号7Ab,7Bb,7Cbをそれぞれ付している。内側継手部材3のトラック溝9についても同様の要領で符号を付している。
図3(a)(b)を参照しながら、外側継手部材2の各トラック溝7A〜7Cの詳細構造を説明する。なお、図3(a)は、図2中に示すZ2−Z2線矢視断面図であり、図3(b)は、図2中に示すZ3−Z3線矢視断面図である。まず、図3(a)に示すように、第1傾斜トラック溝7Aのボール軌道中心線Xは、継手中心Oを含み、継手の軸線N−Nに対して周方向一方側に角度γ傾斜した平面M上に形成されている。本実施形態では、第1傾斜トラック溝7Aのボール軌道中心線Xの全域、すなわち、第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaおよび第2トラック溝部7Abのボール軌道中心線Xbの双方が平面M上に形成されている。しかし、これに限られるものではなく、第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaのみが平面M上に形成されている形態を採用することもできる。したがって、第1傾斜トラック溝7Aのうち少なくとも第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaが、継手の軸線N−Nに対して周方向一方側に角度γ傾斜していればよい。そして、図示は省略するが、第2傾斜トラック溝7Bのボール軌道中心線Xは、継手中心Oを含み、継手の軸線N−Nに対して周方向他方側に角度γ傾斜した平面上に形成されている。第2傾斜トラック溝7Bは、その傾斜方向が第1傾斜トラック溝7Aと反対方向であるだけで、その他の構成は第1傾斜トラック溝7Aと同様であることから詳細説明を省略する。
図3(b)に示すように、外側継手部材2のトラック溝7Cは、そのボール軌道中心線Xが継手の軸線N−Nを含む平面上に配置されるように形成されている。本実施形態では、トラック溝7Cのボール軌道中心線Xの全域、すなわち、第1トラック溝部7Caのボール軌道中心線Xaおよび第2トラック溝部7Cbのボール軌道中心線Xbの双方が継手の軸線N−Nを含む平面上に配置されるように形成されている。但し、第1および第2傾斜トラック溝7A,7Bと同様に、第1トラック溝部7Caのボール軌道中心線Xaのみが継手の軸線N−Nを含む平面上に配置された形態を採用することもできる。
図1(a)に示すように、内側継手部材3の各トラック溝9はボール軌道中心線Yを有する。詳述すると、各トラック溝9は、開口側に設けられ、継手中心Oを曲率中心とした円弧状のボール軌道中心線Yaを有する第1トラック溝部9aと、奥側に設けられ、第1トラック溝部9aとは反対方向に湾曲した円弧状のボール軌道中心線Ybを有する第2トラック溝部9bとからなる。すなわち、本実施形態の第2トラック溝部9bは、第1トラック溝部9aとは形状の異なる(反対方向に湾曲した)円弧状部分のみからなり、そのボール軌道中心線Ybは、第1トラック溝部9aのボール軌道中心線Yaの奥側端部に滑らかに接続されている。また、第1トラック溝部9aの曲率中心は、継手の軸線N−N上に配置されており、継手中心Oに対して半径方向にオフセットしていない。
図4(a)〜(c)を参照しながら、内側継手部材3の各トラック溝9A〜9Cの詳細構造を説明する。なお、図4(a)は内側継手部材3を開口側から見たときの正面図、図4(b)は図4(a)中に示すZ4矢視図、図4(c)は図4(a)中に示すZ5矢視図である。まず、図4(b)に示すように、外側継手部材2の第1傾斜トラック溝7Aと半径方向で対向する第1傾斜トラック溝9Aのボール軌道中心線Yは、継手中心Oを含み、継手の軸線N−Nに対して周方向に角度γ傾斜した平面Q上に形成されている。平面Qおよび上記の平面Mの継手の軸線N−Nに対する傾斜角γは、等速自在継手1の作動性および内側継手部材3のトラック溝9の最も接近した側の球面幅Fを考慮し、4°〜12°にすることが好ましい。本実施形態では、第1傾斜トラック溝9Aのボール軌道中心線Yの全域、すなわち、第1トラック溝部9Aaのボール軌道中心線Yaおよび第2トラック溝部9Abのボール軌道中心線Ybの双方が平面Q上に形成されている。しかし、これに限られるものではなく、第1トラック溝部9Aaのボール軌道中心線Yaのみが平面Qに含まれている形態も実施することができる。したがって、第1傾斜トラック溝9Aのうち少なくとも第1トラック溝部9Aaのボール軌道中心線Yaが、継手の軸線N−Nに対して周方向他方側に角度γ傾斜していればよい。そして、図示は省略するが、外側継手部材2の第2傾斜トラック溝7Bと半径方向で対向する第2傾斜トラック溝9Bのボール軌道中心線Yは、継手中心Oを含み、継手の軸線N−Nに対して周方向反対方向に角度γ傾斜した平面上に形成されている。第2傾斜トラック溝9Bは、その傾斜方向が第1傾斜トラック溝9Aと反対方向であるだけで、その他の構成は第1傾斜トラック溝9Aと同様であることから詳細説明を省略する。
外側継手部材2のトラック溝7Cと半径方向に対向するトラック溝9Cは、図4(c)に示すように、そのボール軌道中心線Yが継手の軸線N−Nを含む平面上に配置されるように形成されている。本実施形態では、トラック溝9Cのボール軌道中心線Yの全域、すなわち、第1トラック溝部9Caのボール軌道中心線Yaおよび第2トラック溝部9Cbのボール軌道中心線Ybの双方が継手の軸線N−Nを含む平面上に形成されている。但し、第1および第2傾斜トラック溝9A,9Bと同様に、第1トラック溝部9Caのボール軌道中心線Xaのみが継手の軸線N−Nを含む平面上に形成された形態を採用することもできる。
以上の構成から、内側継手部材3のトラック溝9のボール軌道中心線Yは、作動角0°の状態の継手中心平面Pを基準として、外側継手部材2の対となるトラック溝7のボール軌道中心線Xと鏡像対称に形成されている。詳細な図示は省略するが、両継手部材2,3のトラック溝7,9の横断面形状は楕円形状やゴシックアーチ形状に形成されており、トラック溝7,9とボール4は30°〜45°程度の接触角をもって接触する、いわゆるアンギュラコンタクトとなっている。したがって、ボール4は、トラック溝7,9の溝底より少し離れたトラック溝7,9の側面側でトラック溝7,9と接触している。
図1(a)(b)に示すように、外側継手部材2の球状内周面6と内側継手部材3の球状外周面8との間には円環状の保持器5が配置されている。図7(a)に示すように、外側継手部材2の球状内周面6および内側継手部材3の球状外周面8とそれぞれ嵌合する保持器5の球状外周面12および球状内周面13の曲率中心は、何れも継手中心Oに位置している。図7(b)に示すように、保持器5は、球状外周面12および球状内周面13の双方に開口した複数(8個)のポケット部を有し、各ポケット部にボール4が組み込まれることで、両継手部材2,3の対をなすトラック溝7,9間に配置されるボール4が保持される。
保持器5は、周方向の開口寸法が相互に異なる第1ポケット部5aと第2ポケット部5bとを有し、本実施形態では第1ポケット部5aと第2ポケット部5bとが周方向で交互に形成されている。第1ポケット部5aの周方向の開口寸法D1は、第2ポケット部5bの周方向の開口寸法D2よりも大きくなっている(D1>D2)。そして、この保持器5は、対をなす第1傾斜トラック溝7A,9Aおよび第2傾斜トラック溝7B,9Bの間に配置されたボール4を第1ポケット部5aで保持すると共に、対をなすトラック溝7C,9Cの間に配置されたボール4を第2ポケット部5bで保持するように両継手部材2,3間に組み込まれる。これは、対をなす第1傾斜トラック溝7A,9Aおよび第2傾斜トラック溝7B,9Bはいわゆる交差トラックを形成する関係上、これらトラック溝間に配置されるボール4の継手作動時における周方向移動量が相対的に多く、対をなすトラック溝7C,9C間に配置されるボール4の継手作動時における周方向移動量が相対的に少ないためである。
次に、図5に示す外側継手部材2の部分縦断面図に基づいて、外側継手部材2の縦断面より見たトラック溝の詳細を説明する。なお、図5は、図3(a)中に示す第1傾斜トラック溝7Aのボール軌道中心線Xと継手中心Oを含む平面Mで見た断面図である。したがって、図5は、厳密には継手の軸線N−Nを含む平面における縦断面図ではなく、継手中心Oと継手の軸線N−Nに対して角度γ傾斜した直線N’−N’とを含む平面における縦断面を示している。図5には、第1傾斜トラック溝7Aのみを示しているが、第2傾斜トラック溝7Bは、継手の軸線N−Nに対する傾斜方向が第1傾斜トラック溝7Aと反対方向であるだけであり、その他の構成はトラック溝7Aに準ずることから、図示しての詳細な説明は省略する。
外側継手部材2の第1傾斜トラック溝7Aは、軸方向に沿って形成されたボール軌道中心線Xを有する。詳述すると、この第1傾斜トラック溝7Aは、継手中心Oを曲率中心とした円弧状のボール軌道中心線Xaを有する第1トラック溝部7Aaと、この第1トラック溝部7Aaとは反対方向に湾曲した(第1トラック溝部7Aaの半径方向外側で、かつ継手中心Oから開口側にオフセットした点Oo1を曲率中心とした)円弧状のボール軌道中心線Xbを有する第2トラック溝部7Abとからなる。すなわち、第2トラック溝部7Abは円弧状部分のみからなり、そのボール軌道中心線Xbは、第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaの開口側端部A(継手中心Oとオフセット点Oo1を結ぶ直線Lと、第1傾斜トラック溝7Aのボール軌道中心線Xとが交わる点)に滑らかに接続されている。直線Lと、図3(a)に示す平面M上に投影された直線N’−N’の継手中心Oにおける垂線Kとがなす角度β’は、継手の軸線N−Nに対して角度γだけ傾斜している。上記の垂線Kは作動角0°の状態の継手中心平面P上にある。したがって、直線Lが作動角0°の状態の継手中心平面Pに対してなす角度βは、sinβ=sinβ’×cosγの関係になる。本実施形態では、両トラック溝部7Aa,7Abをそれぞれ単一の円弧状部分で形成しているが、これに限られず、トラック溝深さなどを考慮して複数の円弧状部分で形成してもよい。
同様に、図6に基づいて、内側継手部材3の縦断面よりトラック溝の詳細を説明する。図6は、図4(b)中に示す第1傾斜トラック溝9Aのボール軌道中心線Yと継手中心Oを含む平面Qで見た断面図である。したがって、厳密にいうと図6は、図5と同様に、継手の軸線N−Nを含む平面における縦断面図ではなく、継手中心Oと継手の軸線N−Nに対して角度γ傾斜した直線N’−N’とを含む平面における縦断面を示している。また、図6には、内側継手部材3の第1傾斜トラック溝9Aのみを示しているが、第2傾斜トラック溝9Bは、継手の軸線N−Nに対する傾斜方向が第1傾斜トラック溝9Aとは反対方向であるだけで、その他の構成は第1傾斜トラック溝9Aに準ずることから、図示しての詳細な説明は省略する。
内側継手部材3の第1傾斜トラック溝9Aは、軸方向に沿って形成されたボール軌道中心線Yを有する。詳述すると、第1傾斜トラック溝9Aは、継手中心Oを曲率中心とした円弧状のボール軌道中心線Yaを有する第1トラック溝部9Aaと、この第1トラック溝部9Aaとは反対方向に湾曲した(第1トラック溝部9Aaのボール軌道中心線Yaの半径方向外側で、かつ継手中心Oから奥側にオフセットした点Oi1を曲率中心とした)円弧状のボール軌道中心線Ybを有する第2のトラック溝部9Abとからなる。すなわち、第2トラック溝部9Abは円弧状部分のみからなり、そのボール軌道中心線Ybは、第1トラック溝部9Aaのボール軌道中心線Yaの奥側端部B(継手中心Oとオフセット点Oi1を結ぶ直線Rと第1傾斜トラック溝9Aのボール軌道中心線Yとが交わる点)に滑らかに接続されている。直線Rと、図4(b)に示す平面Q上に投影された直線N’−N’の継手中心Oにおける垂線Kとがなす角度β’は、継手の軸線N−Nに対して角度γだけ傾斜している。上記の垂線Kは作動角0°の状態の継手中心平面P上にある。したがって、直線Rが作動角0°の状態の継手中心平面Pに対してなす角度βは、sinβ=sinβ’×cosγの関係になる。本実施形態では、両トラック溝部9Aa,9Abをそれぞれ単一の円弧状部分で形成しているが、両トラック溝部9Aa,9Abは、前述した外側継手部材2のトラック溝と同様に、トラック溝深さなどを考慮して、それぞれ複数の円弧で形成してもよい。
次に、直線L、Rが作動角0°の状態の継手中心平面Pに対してなす角度βについて説明する。作動角θを取ったとき、外側継手部材2および内側継手部材3の上記平面Pに対して、ボール4がθ/2だけ移動する。使用頻度が多い作動角の1/2より角度βを決め、使用頻度が多い作動角の範囲においてボール4が接触するトラック溝の範囲を決める。ここで、使用頻度が多い作動角について定義する。まず、継手の常用角とは、水平で平坦な路面上で1名乗車時の自動車において、ステアリングを直進状態にした時にフロント用ドライブシャフトの固定式等速自在継手で生じる作動角をいう。常用角は、通常、2°〜15°の間で車種ごとの設計条件に応じて選択・決定される。そして、使用頻度の多い作動角とは、上記の自動車が、例えば、交差点の右折・左折時などに生じる高作動角ではなく、連続走行する曲線道路などで固定式等速自在継手に生じる作動角をいい、これも車種ごとの設計条件に応じて決定される。使用頻度の多い作動角は最大20°を目処とする。これにより、直線L、Rが作動角0°の状態の継手中心平面Pに対してなす角度βを3°〜10°と設定する。ただし、角度βは3°〜10°に限定されるものではなく、車種の設計条件に応じて適宜設定することができる。角度βを3°〜10°に設定することで種々の車種に汎用することができる。
上記の角度βにより、図5において、第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaの開口側端部Aは、使用頻度が多い作動角時に軸方向に沿って最も開口側に移動したときのボール4の中心位置となる。同様に、内側継手部材3では、図6において、第1トラック溝部9Aaのボール軌道中心線Yaの奥側端部Bは、使用頻度が多い作動角時に軸方向に沿って最も奥側に移動したときのボール4の中心位置となる。このように設定されているので、使用頻度が多い作動角の範囲では、ボール4は、外側継手部材2のトラック溝7の第1トラック溝部7a(7Aa,7Ba,7Ca)と内側継手部材3のトラック溝9の第1トラック溝部9a(9Aa,9Ba,9Ca)の範囲内に位置する。
この場合、継手の軸線N−Nに対して周方向一方側に傾斜した第1傾斜トラック溝7A,9Aと、継手の軸線N−Nに対して周方向他方側に傾斜した第2傾斜トラック溝7B,9Bとが同数設けられている関係上、保持器5のポケット部5a,5bに作用するボール4からの軸方向の押出力が全体としてつり合う。特に本実施形態では、第1傾斜トラック溝7A,9Aと第2傾斜トラック溝7B,9Bとが周方向で交互に設けられているため、保持器5に設けたポケット部のうち、周方向に隣り合うポケット部には、ボール4から相反する方向の力が作用する。そのため、両継手部材2,3の第1トラック溝部7a,9aの曲率中心が継手中心Oに位置するのであれば、保持器5は継手中心Oの位置で安定することとなる。保持器5が継手中心Oの位置で安定すれば、保持器5の球状外周面12と外側継手部材2の球状内周面6との接触力、および保持器5の球状内周面13と内側継手部材3の球状外周面8との接触力が最大限に抑制され、高負荷時や高速回転時における継手の円滑な作動性が確保されるため、トルク損失や発熱を効果的に抑制して高効率化を達成することができる。
なお、本実施形態の等速自在継手1においては、保持器5のポケット部5a,5bとボール4との嵌め合いをすきま設定にしてもよい。すきま設定にすることにより、保持器5のポケット部5a,5bに保持されたボール4をスムーズに作動させることができ、更なるトルク損失の低減を図ることができる。この場合、前記すきまのすきま幅は0〜40μm程度に設定するのが好ましい。
上記の構成に加え、本発明に係る等速自在継手1においては、外側継手部材2に設けられるトラック溝7および内側継手部材3に設けられるトラック溝9のうち、少なくとも2本(本実施形態では4本)のトラック溝は、第1トラック溝部7a,9aのボール軌道中心線Xa,Yaが継手の軸線N−Nを含む平面上に配置されたトラック溝7C,9Cで構成される。このようなトラック溝7C,9C間に配置されるボール4の周方向移動量(継手が角度変位するときの周方向移動量)は、継手の軸線N−Nに対して傾斜したトラック溝7A,9A間および7B,9B間に配置されるボール4のそれよりも少なくなることから、保持器5に設けられるポケット部のうち、少なくとも2つ(本実施形態では4つ)のポケット部を、周方向の開口寸法が小さい第2ポケット部5bで構成することができる。この場合、保持器5の柱部5c[図7(b)参照]のうちで第2ポケット部5bを画成する柱部5cについては、その周方向の肉厚を、図18や図15に示した等速自在継手121,141用の保持器に比べて厚くすることができるので、保持器5の強度を高めて等速自在継手1の耐久性を高めることができる。特に、本実施形態のように、トラック溝7C,9Cを周方向で等間隔に配置すれば、保持器5の強度を周方向でバランス良く高めることができるので、等速自在継手1の耐久性を効果的に高めることができる。
本発明に係る等速自在継手1の構造上、高作動角の範囲では、周方向に配置されたボール4が、第1トラック溝部と第2トラック溝部とに一時的に分かれて位置する。これに伴い、保持器5のポケット部5a,5bにボール4から作用する力が釣り合わず、保持器5の球状外周面12と外側継手部材2の球状内周面6との接触部、および保持器5の球状内周面13と内側継手部材3の球状外周面8との接触部で接触力が発生するが、高作動角の範囲は使用頻度が少ない。従って、本発明に係る等速自在継手1は、総合的にみると、図17に示した等速自在継手101と比較して、トルク損失や発熱を効果的に抑制することができる。
以上のことから、本発明によれば、トルク損失および発熱が少なく高効率で、耐久性に優れるものでありながら、高作動角を取ることができる固定式等速自在継手1を実現することができる。
図8は、本発明の第1の実施形態に係る固定式等速自在継手1を組み込んだ自動車のフロント用ドライブシャフト20を示す。固定式等速自在継手1は中間シャフト11の一端に連結され、他端には摺動式等速自在継手(図示例はトリポード型等速自在継手)15が連結されている。固定式等速自在継手1の外側継手部材2の外周面とシャフト11の外周面との間、および摺動式等速自在継手15の外側継手部材の外周面とシャフト11の外周面との間には、蛇腹状ブーツ16a,16bがブーツバンド18によりそれぞれ取り付け固定されている。継手内部には、潤滑剤としてのグリースが封入されている。本発明に係る固定式等速自在継手1を使用したので、トルク損失や発熱が小さく高効率で、かつ高作動角が取れ、軽量・コンパクトな自動車用ドライブシャフト20が実現される。
以上、本発明の第1の実施形態に係る等速自在継手1について説明を行ったが、等速自在継手1には、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更を施すことが可能である。以下、本発明の他の実施形態に係る等速自在継手について説明を行うが、以下では、上述した第1実施形態と異なる構成について重点的に説明を行うこととし、第1実施形態と同様の機能を奏する部材・部位には同一の符号を付して重複説明を省略することとする。
図9は、本発明の第2実施形態に係る固定式等速自在継手に組み込んで使用される外側継手部材の断面図であり、より詳しくは、図5と同様、第1傾斜トラック溝7Aのボール軌道中心線Xと継手中心Oを含む平面M[図3(a)参照]で見た外側継手部材の断面図である。そして、この実施形態の等速自在継手では、外側継手部材および内側継手部材のトラック溝に設けた第2トラック溝部が、直線状部分と円弧状部分(第1トラック溝部とは反対側に湾曲した円弧状部分)とで構成される点において、上述した第1の実施形態の等速自在継手と構成を異にしている。
詳述すると、外側継手部材2の第2トラック溝部7bのボール軌道中心線Xbの曲率中心Oo1は、継手中心Oと第1トラック溝部7a(のボール軌道中心線Xa)の開口側端部Aとを結ぶ直線Lから開口側にf1だけオフセットされた位置にある。そのため、第1トラック溝部7aのボール軌道中心線Xaの開口側端部Aに第2トラック溝部7bのボール軌道中心線Xbの直線状部分(の奥側端部)が接続され、この直線状部分の開口側端部(点C)に第2トラック溝部7bのボール軌道中心線Xbの円弧状部分が接続されている。そして、図示は省略するが、内側継手部材3のトラック溝9のボール軌道中心線Yは、作動角0°の状態の継手中心平面Pを基準として、外側継手部材2の対となるトラック溝7のボール軌道中心線Xと鏡像対称に形成されている。
図10は、本発明の第3実施形態に係る固定式等速自在継手に組み込んで使用される外側継手部材の断面図であり、より詳しくは、図5および図9と同様に、第1傾斜トラック溝7Aのボール軌道中心線Xと継手中心Oを含む平面M[図3(a)参照]で見た外側継手部材の断面図である。この実施形態の等速自在継手は、主に、外側継手部材および内側継手部材のトラック溝に設けた第1トラック溝部のボール軌道中心線の曲率中心が、継手の軸線N−N(継手の軸線N−Nに対して周方向に角度γ傾斜した直線N’−N’)に対して半径方向にオフセットしている点、およびこれに対応して第2トラック溝部のボール軌道中心線の構成を調整した点において、上述した第1の実施形態に係る固定式等速自在継手と構成を異にしている。
詳述すると、外側継手部材2の第1トラック溝部7aのボール軌道中心線Xaの曲率中心は、継手の軸線N−N(上記の直線N’−N’)に対して半径方向にfrだけオフセットしている。すなわち、垂線Kを含む作動角0°の状態の継手中心平面P上で半径方向にfrだけオフセットしている。これに伴い、第2トラック溝部7bのボール軌道中心線Xbの曲率中心Oo1は、第1トラック溝部7aのボール軌道中心線Xaの開口側端部Aに滑らかに接続するよう位置が調整されている。この構成により、奥側のトラック溝深さを調整することができる。図示は省略するが、内側継手部材3のトラック溝9のボール軌道中心線Yは、作動角0°の状態の継手中心平面Pを基準として、外側継手部材2の対となるトラック溝7のボール軌道中心線Xと鏡像対称に形成されている。
図11に、本発明の第4実施形態に係る固定式等速自在継手で使用される保持器の断面図を示す。すなわち、この実施形態の固定式等速自在継手は、球状外周面および球状内周面の曲率中心を継手中心Oに対して軸方向にオフセットさせた保持器を用いる点において、第1実施形態に係る固定式等速自在継手1と構成を異にしている。
詳述すると、図11に示すように、この保持器5の球状外周面12の曲率中心Oc1は継手中心Oに対して開口側に寸法f2だけオフセットしており、また、球状内周面13の曲率中心Oc2は継手中心Oに対して奥側に寸法f2だけオフセットしている。かかる構成により、開口側に向かって保持器5の肉厚が徐々に厚くなり、特に高作動角時の保持器5の強度を向上することができる。前述したように、高作動角の範囲では、周方向に配置されたボール4が、第1トラック溝部7a,9aと、第2トラック溝部7b,9bとに一時的に分かれて位置する。この場合、第2トラック溝部7b,9bに位置するボール4から保持器5のポケット部5a,5bに開口側に押圧する力が作用するが、開口側に向かって保持器5の肉厚が徐々に厚くなっているので、保持器5の強度を向上することができる。また、トラック溝7,9のうち、奥側に位置する第1トラック溝部7a,第2トラック溝部9bのトラック溝深さを増加させることができる。
上述した本発明の第1実施形態に係る等速自在継手1は、トラック溝7C,9Cが90°ピッチで4本設けられ、第1傾斜トラック溝7A,9Aが180°ピッチで2本設けられ、第2傾斜トラック溝7B,9Bが180°ピッチで2本設けられた外側継手部材2および内側継手部材3を使用したものであるが、両継手部材2,3に設けるべきトラック溝7(7A〜7C),9(9A〜9C)の配置態様はこれに限られるものでなく、例えば図12、図13(a)〜(e)あるいは図14(a)(b)に示す形態とすることも可能である。なお、図13(a)〜(e)および図14(a)(b)においては、説明を簡略化するためにトラック溝7A〜7Cの配置態様を記載した外側継手部材2の概略図のみを示しているが、各外側継手部材2の内周には、作動角0°の状態の継手中心平面Pを基準として、外側継手部材2の対となるトラック溝7と鏡像対称に形成されたトラック溝9を有する内側継手部材3が組み込まれる。
まず、図12に示す外側継手部材2(等速自在継手1)は、トラック溝7が45°ピッチで合計8本設けられたものである点においては、図1等に示した等速自在継手1と共通しているが、トラック溝7Cが180°ピッチで2本設けられ、第1および第2傾斜トラック溝7A,7Bが3本ずつ、かつ周方向で交互に設けられている点において図1等に示した等速自在継手1と構成を異にしている。このような形態を採用した場合、上記した第1実施形態に比べ、トラック溝7Cの本数が少なくなっている分、保持器5の強度ひいては等速自在継手1の耐久性が多少低下するが、交差トラックを形成する第1および第2傾斜トラック溝7A,7Bの本数が多くなっている分、等速自在継手1の作動性を高めることができる。
次に、図13(a)に示す外側継手部材2(等速自在継手1)はトラック溝7が36°ピッチで合計10本設けられたものであり、トラック溝7Cが180°ピッチで2本設けられ、第1および第2傾斜トラック溝7A,7Bが4本ずつ、かつ周方向で交互に設けられている。図13(b)〜(e)に示す外側継手部材2(等速自在継手1)は、何れも、トラック溝7が30°ピッチで合計12本設けられたものであるが、トラック溝7A,7Bおよび7Cの配置態様が相互に異なる。詳述すると、図13(b)に示す外側継手部材2は、トラック溝7Cを60°ピッチで6本設け、第1および第2傾斜トラック溝7A,7Bを3本ずつ、かつ周方向で交互に設けたものである。図13(c)に示す外側継手部材2は、トラック溝7Cを180°ピッチで2本設け、第1および第2傾斜トラック溝7A,7Bを5本ずつ、かつ周方向で交互に設けたものである。図13(d)に示す外側継手部材2は、トラック溝7Cを90°ピッチで4本設け、第1および第2傾斜トラック溝7A,7Bを4本ずつ、かつ周方向で交互に設けたものである。図13(e)に示す外側継手部材2は、トラック溝7Cの周方向の配置間隔が一定でない点において図13(b)〜(d)に示す形態と構成を異にしている。詳しくは、図13(e)において120°,150°,300°および330°の位相にトラック溝7Cを設け、第1および第2傾斜トラック溝7A,7Bを4本ずつ、かつ周方向で交互に設けている。
図14(a)に示す外側継手部材2(等速自在継手1)は、トラック溝7が45°ピッチで合計8本設けられたものである点、トラック溝7Cが180°ピッチで2本設けられている点、および両傾斜トラック溝7A,7Bが3本ずつ設けられている点においては図12に示した等速自在継手1と共通しているが、第1および第2傾斜トラック溝7A,7Bが周方向で交互に設けられていない点において、図12に示すものと構成を異にしている。また、図14(b)に示す外側継手部材2(等速自在継手1)は、トラック溝7を40°ピッチで合計9本設けたものである。より詳しくは、トラック溝7A〜7Cを、それぞれ80°ピッチで3本ずつ設けている。
以上で示した実施形態を総括すると、本発明は、ボール4の個数を8個(トラック溝7,9の本数をそれぞれ8本)とした固定式等速自在継手1のみならず、ボール4の個数を10個又は12個(トラック溝7,9の本数をそれぞれ10本又は12本)、あるいはボール4の個数を9個(トラック溝7,9の本数をそれぞれ9本)などとした固定式等速自在継手1にも好ましく適用することができる。要するに、第1および第2傾斜トラック溝がそれぞれ同数設けられ、保持器5の全てのポケット部5a,5bに作用するボール4の軸方向の力が全体として釣り合うようになっていれば、トラック溝7,9の本数やトラック溝7A〜7C,9A〜9Cの配置態様は適宜変更可能である。
また、以上で示した固定式等速自在継手は、第2トラック溝部(のボール軌道中心線Xb)を円弧状部分のみで構成したもの、あるいは円弧状部分と直線状部分の組合せで構成したものとしたが、これに限られるものではない。要は、第1トラック溝部のボール軌道中心線Xaとは形状が異なり、有効トラック長さを増加させて高作動角化を図り得る形状であれば適宜の形状にすることができ、例えば、楕円や直線状であってもよい。また、第1トラック溝部および第2トラック溝部の何れか一方又は双方は、それぞれ単一の円弧状部分ではなく、トラック溝深さなどを考慮して複数の円弧状部分で形成してもよい。
また、以上では、トラック溝を周方向に等ピッチで配置した固定式等速自在継手に本発明を適用した場合を示したが、トラック溝を不等ピッチで配置した固定式等速自在継手にも本発明は好ましく適用し得る。また、以上で説明した固定式等速自継手においては、継手の軸線N−Nに対するトラック溝(第1トラック溝部)の傾斜角度γをすべてのトラック溝において等しいものとしたが、これに限られず、対をなす外側継手部材と内側継手部材のトラック溝(第1トラック溝部)の傾斜角度γが等しく形成されていれば、トラック溝(第1トラック溝部)の相互間で傾斜角度γを異ならせても構わない。要は、保持器の周方向すべてのポケット部に作用するボールの軸方向の力が、全体として釣り合うように各傾斜角度が設定されていればよい。また、以上では、トラック溝とボールとが接触角をもって接触する(アンギュラコンタクトする)ように構成された固定式等速自在継手に本発明を適用したが、これに限られず、本発明は、トラック溝の横断面形状が円弧状に形成され、トラック溝とボールとがサーキュラコンタクトするように構成された固定式等速自在継手にも好ましく適用することができる。
本発明は前述した実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々の形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。