米国特許出願公開第2008/0008341A1号は,ワイヤレス聴力支援装置を装着したユーザの両耳に単一のモノラル信号(a single monaural signal)から派生された音(サウンド)を提示する聴力支援システムを開示している。これは,とりわけ受信音の良好な制御を可能にし,モノラル信号を聞くための両耳聴の効果を得る。様々の実施例において,一方の耳に提示される音は他方の耳に提示される音に対して位相シフトされている。いくつかの実施例では,位相シフトは定時間遅延(constant time delay)によって引き起こされるか,または全ての周波数において定位相シフト(constant phase shift)によって引き起こされる。他の実施例では,位相シフトは周波数の関数に応じて変化する位相シフトによって引き起こされる。更に別の実施例では,一方の耳に提示される音は他方の耳に提示される音に対して異なるレベルに設定されている。更なる実施例では,一方の耳に提示される音は他方の耳に提示される音に対して相対位相(relative phase)および相対レベル(relative level)において制御可能である。
国際公開第2006/133158A1号は,1または複数のワイヤレスのオーディオ機器と,たとえばストリーミング・オーディオおよび他の増強聴覚機能を提供する他の電子機器との間で無線通信するようになっている補聴器システムを開示する。モノラルおよびステレオの通信モードが様々な実施例でサポートされている。一実施例において,インターフェース機器が,通信装置からの情報を受信するように構成される第1のポートを有している。続いて上記情報が処理されまたは必要な場合にフォーマットされて,1または複数のオーディオ装置に無線で送信される。一応用例においては上記通信装置からのストリーミング・オーディオ・パケットが受信され,さらにいくつか実施例では上記ストリーミング・オーディオはステレオである。上記インターフェース機器は,適切な無線オーディオ装置によって受信されるステレオ情報を送信して上記情報のステレオ特性を維持することができる。一応用例において,上記通信装置は,インターネット等のネットワークを介してコンテンツ・ソースに接続されたコンピュータを含む。一応用例において上記通信装置はiPod(登録商標)またはその他のストリーミング・オーディオ装置といった記憶装置を含む。一応用例において,上記通信装置は無線音源への接続を含む。一応用例において上記通信装置はブルートゥース(Bluetooth)のMP3プレーヤへの無線接続を含む。一応用例では有線によるステレオまたはモノラル接続を含む。
国際公開第2006/74655A1号は,携帯モジュールから1または複数の補聴器に任意起源の信号(signals of arbitrary origin)を送信することができる補聴器システムを開示する。この機能は,たとえば携帯モジュールから補聴器にデジタル・オーディオ信号を転送するために用いられる。データの送信は,パーソナル・コンピュータまたは同様の機器といった外部ソースから補聴器に,携帯モジュールを介して,無線で行われる。
米国特許出願公開第2006/0018497A1号は,厳密には一致しているが,大きくは若干異なる音響信号(exactly matched, but generally slightly different acoustic signals)を作成して,ユーザの左右の耳に導くことができる通信システムを開示する。これは,わずかに位相シフトされかつ振幅が適合された音響信号をユーザの左耳および右耳に与えることが可能であることを意味しており,したがってユーザは補聴器または通信システムにおいて生成または保存された音響信号が,空間の特定方向から到来しているという印象(感覚)を受ける。このようにして,ユーザは,空間の特定位置にある音響信号源から音響信号が派生しているという印象(感覚)を持つ。
米国特許第5,438,623B1号は,合成頭部伝達関数(synthetic head related transfer functions)(HRTFs)を用いて,複数のオーディオ入力信号に空間キュー(spatial cues)を組込む方法を開示している。これによって,複数のオーディオ入力信号が,対応する複数の所定方向から生じているものとしてユーザに知覚される。
米国特許第6,307,941B1号は,改良された仮想音像(バーチャル・サウンド・イメージ)(virtual sound images)を提供するシステムおよび方法を開示している。仮想音像の明確さおよび知覚定位を向上させるために,オーディオ信号の1または複数の空間キューを所望範囲内で調整することができる。これによってユーザの頭の動きに対して敏感さが低い(less sensitive)システムが達成される。
米国特許出願公開第2005/0117762A1号は,検出可能な出力品質の劣化のない,HRTFフィルタの,より計算効率のよい実施態様を開示している。この発明は,声道伝達関数(vocal tract transfer function)をモデル化する音声合成装置(speech synthesizers)において使用されるものと同様の一連の共振器および反共振器を用いてHRTFフィルタを実現している。さらに,2つのオーディオ・チャンネルのみを処理することによって,より広い音像(a wider sound image)を形成するアルゴリズムが開示されている。さらには,頭部伝達関数(HRTFs)を用いて,仮想空間内に音を定位させることを試みるアルゴリズムを利用する仮想サラウンド・システムが開示されている。
音の再生には多くのフォーマットが使用されている。モノラル再生では1つの音チャンネルがあり,単一のスピーカ(a single loudspeaker)によって音を再生することができる。従来のステレオ再生では,2つのチャンネルが設けられ,リスナー(受聴者)は一般に2つのスピーカを用いてそれらを再生する。スピーカ(複数)は,好ましくは,最大の空間体験(the maximum of spatial experience)を提供するために,リスナーに対して等距離で三角形となり,かつ,好適な視野方向でリスナーについて対称的な広い空間を有するようにリスナーに向き合うようにして,リスニング・シアターに配置される。音楽およびその他のサウンド・ビットのステレオ録音は,通常,このようなリスニングについて最適化されている。今日使用されている他のサウンド・フォーマットは,ユーザの周囲の空間パターンに配設された,5つ,6つまたはそれ以上のチャンネルを備えたサラウンド・サウンド・システムである。健聴(聴覚障害のない)のリスナーは両耳で何らかの(any)スピーカからの音を聞き,頭部および外耳のシェーディング効果が音を彩り(shading effects of the head and the external ear colouring the sound),したがってリスナーは上記発信源(the sources)を識別することができる。
補聴器システムは従来のステレオ信号を聞くために開発されている。しかしながら,一セットの補聴器を通じてそのような信号を聞くと,音はシェーディング効果の対象とならず,ステレオ像が狭くかつ「頭の中」(“inside the head”)のものとして知覚される。
この発明は,この欠点を克服し,補聴器システムがバイノーラル・ステレオ信号を伝達できるようにすることを目的とする。これによって,補聴器ユーザはステレオ像を広くより自然なものとして知覚することができる。
従来のステレオ信号をヘッドホンで聞くと聴取疲労を感じることもよく知られている。この発明はさらに,一対の補聴器に流れ込んだ従来のステレオ信号を聞く場合のこの欠点を克服し,補聴器ユーザを聴取疲労から解放することができる,バイノーラル・ステレオ信号をレンダリング可能な補聴器システム(a hearing system capable of rendering binaural stereo signals)を提供することを目的とする。これは,従来のステレオ信号間の周波数依存クロストーク(frequency dependent cross talk)を導入することによって行なうことができる。聴取疲労からの解放は,当該技術分野において周知のように,多くの代替技術によって提供することができる。
今日,多くのホーム・エンターテイメント機器は,既存のサラウンド・サウンド・システムを駆動するために必要な出力を提供可能である。たとえば,多くのDVD映画はサラウンド・サウンドを含む。多くの補聴器ユーザは,たとえばテレビまたはDVDプレーヤに補聴器を直接にリンクさせることを好み,このようにしてテレビのスピーカおよび補聴器マイクロフォンの両方が素通り(バイパス)する。このようにすることで,たとえば,周囲騒音(ambient noise)および残響(reverberations)がテレビまたはDVD信号を妨げなくなり,オーディオ信号の信号対雑音比および発音明瞭度(speech intelligibility)の両方を向上させることが可能になる。
しかしながら,デジタル・サラウンド・サウンド信号は,一セットの補聴器を介して直接に再生することはできない。この発明は,バイノーラル・ステレオ信号を伝達することが可能な補聴器システムを提供することによってこの欠点を克服することを目的とする。これによって,補聴器ユーザは一対の補聴器を介してサラウンド・サウンド信号を知覚することができるようになる。
この発明は,第1の態様において,請求項1にしたがう補聴器システムを提供する。
左側および右側の補聴器と,レンダリング装置とを含む補聴器システムであって,上記レンダリング装置が,少なくとも2つのオーディオ入力ストリームを規定する(defining)デジタル符号化オーディオ信号を受信しかつ復号し,バイノーラル・ステレオ信号を規定する2つの出力信号にレンダリングし,上記2つの出力信号を左側および右側のレンダリング信号として第1および第2の補聴器に送信し,上記第1および第2の補聴器のそれぞれが各レンダリング信号を復号しかつ再生する手段を有する,そのような補聴器システムが提供される。
ほとんどのタイプの補聴器は,一般にはバイノーラル・ステレオを楽しむための推奨ツールであるヘッドホンと都合よく相互作用しないが,これによって,そうでなければ多くの補聴器ユーザに与えられないであろう高度な聴取機能(advanced listening feature)が達成される。
上記レンダリング装置がバイノーラル・ステレオ・レンダリングに必要な信号処理を実行するので,補聴器ユニットそれ自体の所要サイズおよび所要電力を妥協することなく,この高度な聴取機能が達成される。さらに,補聴器ユニット中での復号は,補聴器ユニットそれ自体の所要寸法および所要電力に関する更なる節減のために,いわゆるモノ・デコーディング(単一復号化)(mono-decoding)に簡略化される。これに加えて,上記レンダリング装置中でレンダリング処理をすることによって歪み(distortions)が避けられる。これは,上記バイノーラル・レンダリングが一度実行されるだけであるからであり,オーディオ装置から補聴器への送信中に歪むことがある入力信号に基づいて,互いに独立して両方の補聴器において実行されるのとは対照的である。さらに,受信された多重チャンネル・デジタル符号化オーディオ信号のチャンネルの数が,バイノーラル・ステレオ信号を送信するために要求される2つのチャンネルを超える場合には,上記補聴器(複数)に送信される信号に要求される必要帯域幅が狭められる(reduced)。
この発明は,第2の態様において,請求項13にしたがう一対の補聴器において,少なくとも2つのオーディオ・ストリームを再生する方法を提供する。
これは,一対の補聴器において少なくとも2つのオーディオ・ストリームを再生する方法を提供するもので,レンダリング装置において少なくとも2つのオーディオ・ストリームを受信し,上記レンダリング装置において上記少なくとも2つのオーディオ・ストリームを処理してバイノーラル・ステレオ信号を規定する2つの出力信号を生成し,上記レンダリング装置からの上記2つの出力信号を,左側および右側のレンダリング信号として左側および右側の補聴器に送信し,左側および右側の補聴器のそれぞれにおいて各レンダリング信号を再生する。
更なる有利な特徴は,他の従属請求項から明らかである。
この発明のさらに他の目的は,この発明の実施形態をより詳細に説明する以下の説明から,当業者には明らかになろう。
一例として,この発明の好適な実施例について図示しかつ説明する。当然ではあるが,この発明は他の異なる実施例も可能であり,そのそれぞれの詳細は,全て,この発明から逸脱することなく様々な自明な点において変更が可能である。したがって,図面および説明は本質的に例示的なものであって限定的なものではない。
この発明をより完全に詳述するために,この発明を規定するために使用されている一部の用語を,以下に説明する。
この開示において,補聴器は,聴覚障害者によって人の耳の後ろまたは中に装着するように設計された,小型で,電池駆動の,小型電子機器(microelectronics device)として理解されたい。使用の前に補聴器は指示(prescription)(処方)にしたがって補聴器フィッタによって調整され,ユーザが音を知覚するのが困難な可聴周波数帯域の一部の周波数を増幅することで聴力損失を軽減する。上記指示は聴力検査に基づくものであり,聴力検査では難聴者の裸耳聴能(the performance of the hearing-impaired user’s unaided hearing)を示すオージオグラム(聴力図)が得られる。補聴器は,一または複数のマイクロフォン,電池,信号処理装置を含む小型電子回路,および音響出力トランスデューサを備える。上記信号処理装置は好ましくはデジタル信号処理装置である。上記補聴器は,人間の耳の後ろまたは中へのフィッティングに適するケース内に入れられる。上記補聴器の上記マイクロフォンは周囲からの音をアナログ電気信号に変換する。上記補聴器の上記デジタル信号処理装置は上記マイクロフォンからのアナログ電気信号をアナログ/デジタル変換器によってデジタル形式に変換し,それ以降の信号処理はデジタル領域で実行される。補聴器は,耳掛け形(Behind-the-Ear)(BTE),耳穴形(In-the-Ear)(ITE)または完全耳道挿入型(Completely-in-Canal)(CIC)といった様々なスタイルで提供される。
この開示において,「補聴器システム」は1対の補聴器を含み,バイノーラル・ステレオを再生することができるものである。補聴器(複数)それ自体に加えて,上記補聴器システムは,一または複数の関連機器,たとえば補聴器への無線オーディオ・ストリーミングに適する装置を備えることができる。以下の記述において,上記関連機器はレンダリング装置とも表される。
一般用語であるオーディオ装置(audio device)は,関連機器またはレンダリング装置とは対照的に,たとえば,テレビ,DVDレコーダ,コンピュータ,MP3プレーヤおよび携帯電話といった,デジタル・オーディオ出力を伝達することできる各種の装置を含む。これらの装置からの典型的な出力は多重チャンネル・デジタル符号化オーディオ信号(multi-channel digitally encoded audio signal)である。
オーディオ信号(audio signal)は,この用語の一般的な意味において,たとえばマイクロフォンを用いて補聴器システムによって受信される全ての音(sounds)を含む。これに対して,デジタル符号化オーディオ信号(digitally encoded audio signal)は,デジタル形式で記録および符号化されている音を表すデジタル信号(digital signal representing sounds)である。したがって,補聴器システムは,たとえば,ブルートゥース・レシーバ,FMレシーバ,またはデジタル・プラグおよびケーブル等のデジタル入力手段を用いることによってのみ,デジタル符号化オーディオ信号を受信することができる。デジタル・フォーマット(the digital formats)はリスナーに対して意図されたスピーカの配置の情報を含むので,バイノーラル・レンダリングに関してデジタル符号化オーディオ信号のみを考慮すれば済むことが重要な利点である。この情報は,たとえば,様々な商用のサラウンド・サウンド・フォーマットにおいて特定される。従来のデジタル起源のオーディオ・ステレオ信号については,意図されるスピーカの配置をリスナーに対して±30度とすることが合理的である。
一般用語の「レンダリング」(“rendering”)は,あるデジタル・フォーマットのオーディオ信号を,ユーザに対して再生するのに適する他のデジタル・フォーマットに変形(変換)するデジタル変形(変換)(digital transformation)を指すために使用される。すなわち,2以上のチャンネルを含む多重チャンネル・デジタル符号化オーディオ信号は,2つのチャンネルのみで再生が行なわれるようにレンダリングすることができる。
この開示において,「バイノーラル・レンダリング」(“binaural rendering”)は,任意の多重チャンネル・デジタル符号化オーディオ信号が,2つの補聴器によるバイノーラル・ステレオ再生のためにレンダリングされるプロセスを指す。あるタイプのバイノーラル・レンダリングは,従来のデジタル符号化オーディオ・ステレオ信号をバイノーラル・ステレオ信号に変形する。バイノーラル・ステレオについての詳細は後述する。
この開示において,用語「モノ・レンダリング」(“mono rendering”)は,任意の多重チャンネル・デジタル符号化オーディオ信号が,バイノーラル・ステレオを生成するのに必要な2つのチャンネルのうち1つのみの再生のためにレンダリングされるプロセスを指す。したがって,モノ・レンダリング・プロセスを用いて2つの補聴器ユニットによってバイノーラル・ステレオの再生をするには,補聴器ユニットが適切なバイノーラル・ステレオ・チャンネルを提供するように,上記補聴器ユニットを適合させるプロセスが必要である。すなわち,左側の補聴器ユニットは左側のバイノーラル・ステレオ・チャンネルを提供し,右側の補聴器ユニットは右側のバイノーラル・ステレオ・チャンネルを提供する。モノ・レンダリング・プロセスは,バイノーラル・レンダリング・プロセスの処理能力の半分だけを必要とすることを意味する。
「多重チャンネル信号」(“multi-channel signal”)は,たとえば,各スピーカによる同時再生を意図した二以上のチャンネルを含む信号である。ステレオおよびサラウンド・サウンド録音は多重チャンネル信号を含む。多重チャンネル・フォーマットの例としては,2.0,2.1,3.0,4.0,5.1,6.1,7.1,10.2および22.2チャンネル・サラウンドがある。
この開示において,「バイノーラル・ステレオ」(“binaural stereo”)は,2つの補聴器ユニットを用いて,多重チャンネル・デジタル符号化オーディオ信号をシミュレートまたは改良する(simulating or improving)ことによって提供される。典型的には,バイノーラル・ステレオを提供する方法は,2つの補聴器を装着しているユーザのために,多次元音場をシミュレートする音響心理学的音源定位法(psychoacoustic sound localization methods)によって多重チャンネル・デジタル符号化オーディオ信号を処理することを含む。バイノーラル・ステレオおよびそれを提供する各種の方法は,図5および図6を参照して以下でさらに説明する。
本願において,「送信手段」(“transmission means”)および「受信手段」(“receiving means”)は,オーディオ装置を補聴器システムに接続する手段および補聴器システムの各種部品を相互接続する手段として理解されたい。このような手段は,テレコイル,FMトランスミッタおよびレシーバ,ブルートゥース・トランスミッタおよびレシーバ,他のワイヤレス・デジタル・トランスミッタおよびレシーバ・タイプ,光プラグおよびケーブル,デジタル同軸プラグおよびケーブル,ならびに他の何らかのタイプの有線または無線の送受信手段であってもよい。すなわち,本願において,このような送受信手段をオーディオ装置および補聴器システムのユニットの両方に組込むことができる。各種装置中の送受信手段は同じである必要はなく,一つのユニットが一以上のタイプを含んでいてもよい。特に,複数の関連機器を備える補聴器システムでは,その送信タイプ(複数)が同じである必要はない。特定の伝送経路に対するシステム要件に依存して選択されるからである。たとえば,補聴器それ自体への信号伝送に用いられる送信フォーマットは,補聴器内において信号を復号するための最小限の電力で済むように最適化されなければならない。
品質を維持しつつオーディオ信号を最小ビット数で表すために,オーディオ・コーデック・アルゴリズムを使用することが知られている。これは,オーディオ・ファイルの送信に必要とされる帯域を効果的に低減することができる。オーディオ・コーデックの例としては,MP3,WMA,AACおよびAC−3(デジタル・ドルビー)がある。本願において,用語「オーディオ・デコーダ」(“audio decoder”)は,オーディオ符号化信号を復号する手段を指す。「オーディオ・デコーダ」は,典型的には,受信されたデジタル・オーディオ信号の送信フォーマットを検出して,その信号を適切に復号する。これに対応する「オーディオ・エンコーダ」(“audio encoder”)は,与えられるオーディオ信号のオーディオ符号化(audio encoding)を処理する。
デジタル・ステレオ信号(バイノーラルまたは従来のステレオ信号のいずれでもよい)の「モノ復号」(モノ・デコーディング)(“mono-decoding”)は,2つの入力ステレオ・チャンネルのうちの一方が復号され,2つの入力ステレオ・チャンネルの他方が無効とされるプロセスである。したがって,左側の補聴器ユニットにおいてはステレオ信号の右側チャンネルが無効にされ,右側の補聴器ユニットではステレオ信号の左側チャンネルが無効にされる。これによって,「モノ復号」に必要な処理能力は,従来の多重チャンネル信号のオーディオ復号の処理能力の半分だけまたはそれ以下になる。
はじめに図6を参照して,図6は,この発明の実施例による,デジタル符号化ステレオオーディオ信号をデジタル・バイノーラル・ステレオ信号にレンダリングする補聴器システムの一部のブロック図を示している。図6は,左側従来ステレオ・チャンネル(a left traditional stereo channel)を表す第1のデジタル入力信号601−lと,右側従来ステレオ・チャンネル(a right traditional stereo channel)を表す第2のデジタル入力信号601−lとを処理して,左側バイノーラル・ステレオ・チャンネルを表す第1のデジタル出力信号602−lと,右側のバイノーラル・ステレオ・チャンネルを表す第2のデジタル出力信号602−rを出力するように構成されているデジタル・フィルタ構成600を示している。左側バイノーラル・ステレオ・チャンネル602−lは,第1のデジタル・フィルタ603によってフィルタリングされた第1のデジタル入力信号601−lと,第2のデジタル・フィルタ604によってフィルタリングされた第2のデジタル入力信号601−rの和である。右側バイノーラル・ステレオ・チャンネル602−rは,第3のデジタル・フィルタ605によってフィルタリングされた第1のデジタル入力信号601−lと,第4のデジタル・フィルタ606によってフィルタリングされた第2のデジタル入力信号601−rの和である。
第1のデジタル・フィルタ603は左スピーカからリスナーの左耳に送信される音についての伝達関数を表しており,HRTFおよび室内インパルス応答(room impulse response)を含む。
第2のデジタル・フィルタ604は左スピーカからリスナーの右耳に送信される音についての伝達関数を表しており,HRTFおよび室内インパルス応答を含む。
第3のデジタル・フィルタ605は右スピーカからリスナーの右耳に送信される音についての伝達関数を表しており,HRTFおよび室内インパルス応答を含む。
第4のデジタル・フィルタ606は右スピーカからリスナーの左耳に送信される音についての伝達関数を表しており,HRTFおよび室内インパルス応答を含む。
図5を参照して,図5は,一セットのスピーカを通して,デジタル起源の従来オーディオ・ステレオ信号(a traditional audio stereo signal of digital origin)を再生する,一般的な聴取状況を模式的に示している。図5は,ステレオ・プロセッサ・ユニット501,左および右スピーカ502−l,502−rを含むステレオ・セット500を示している。リスナー503は右耳509−rおよび左耳509−lで両方のスピーカから発せられた音を受ける。ステレオ・セットおよびリスナーは室内508に位置している。
簡単にするために,右スピーカから発せられかつ右耳に至る音のみを以下考える。音が右スピーカ502−rから発せられると,最初に直接音(direct sound)504が右耳509−rに達する。次に,壁および天井からの反射音(506−1,・・・,506−n)が到達する。さらに,周囲壁において繰返し多重反射(repeated multiple reflections)を受けた音波(507−1,・・・,507−n)が残響として達する。たとえば,平坦な周波数応答を有する非常に短い音がスピーカから発せられた場合,リスナーは時系列の反射音(a time series of the reflected sound)を受ける。これは,「インパルス応答」と呼ばれる。インパルス応答は室内の音響特性に関する情報を含む。
リビング・ルーム,教会またはコンサートホールといった様々な場所の典型的インパルス応答の知識を,仮想音響現実(virtual acoustic reality)をシミュレートするための処理に利用することができる。この種の処理を,ユーザが聴取を好むであろう,様々な仮想場所の中からの選択を提供するように構成されるこの発明に係る補聴器システムにおいて,実施することができる。
図5に示す聴取状況において,リスナーの各耳で受けられる音は,左右のスピーカから発せられた音の線形結合(linear combination)である。頭部伝達関数(HRTFs)は,所定の場所からの所定の単一チャンネル・オーディオ信号が,リスナーによってどのように知覚されるかを特徴付ける応答関数である。これは,HRTFを,右スピーカ502−rから右耳509−rへの信号504と,上記右スピーカから左耳509−lへの信号505との間の関係を決定するために用いることができることを意味する。したがって,HRTFsは,一セットの補聴器においてバイノーラル・ステレオをレンダリングするために必要な情報を含む。
HRTFは,耳道(ear canals)に配置されたマイクロフォンを備える人間の頭部のモデルを用いて,無響室内においてキャプチャーすることができる。
この発明の実施例において,バイノーラル・ステレオ信号は2以上のデジタル入力信号に基づいて提供される。これによって,2以上のチャンネルを有するデジタル・サラウンド・オーディオ信号をバイノーラル・ステレオにレンダリングすることができる。
バイノーラル・ステレオ効果は,当該技術分野において知られている多数の代替的な変換技法(alternative transformation techniques)を用いて提供することもできる。
図1を参照して,図1は,この発明の実施例による補聴器システムの一部のかなり模式的かつ簡潔なブロック図を示している。図1は一対の補聴器100を示すもので,左側および右側補聴器105−Lおよび105−Rを含み,これらはそれぞれ多重チャンネル・デジタル符号化オーディオ信号101を受信するように構成されており,さらに上記多重チャンネル信号を受信する手段102−L,102−R,上記受信された多重チャンネル信号をオーディオ復号する手段103−L,103−R,モノ・レンダリングして対応する左側および右側の補聴器を用いてバイノーラル・ステレオ信号を提供する手段104−L,104−Rを備えている。補聴器マイクロフォン107−Lおよび107−Rはバイノーラル・ステレオ信号を提供するために用いられないことに留意されたい。補聴器ユニットのそれぞれにおいて,モノ・レンダリング手段からのバイノーラル・ステレオ信号出力がデジタル信号処理装置106−Lおよび106−Rへの入力として用いられる。上記補聴器(複数)はマイクロフォン107−Lおよび107−Rを有しており,これらは周囲音をピックアップして信号処理装置106−Lおよび106−Rに送る。デジタル信号処理装置は,入力を混合して(mix),聴力損失補償を実行する。上記処理装置(複数)は上記入力の中から選択するか,またはそれらの間のバランスを調整する制御装置を備えている。
ほとんどのタイプの補聴器は一般にバイノーラル・ステレオを楽しむための推奨ツールであるヘッドホンと都合よくは相互作用しないが,上記によって,多くの補聴器ユーザが享受することができる高度な聴取機能(advanced listening feature)を達成することができる。
一実施例において上記受信手段はブルートゥース・レシーバであり,かつオーディオ装置(図1において図示略)はブルートゥース対応パーソナル・コンピュータである。したがって,上記パーソナル・コンピュータは,補聴器ユニットにMP3符号化オーディオ・ステレオ信号を提供可能である。補聴器ユニット内のオーディオ・デコーダはMP3コーディングを復号可能であり,上記レンダリングは,従来ステレオ信号をより広いステレオ像を持つ(with a wider stereo image)バイノーラル・ステレオ信号に変形する。
別の実施例において,上記受信手段はテレコイルであり,かつオーディオ装置(図1において図示略)は,パルス幅符号化してステレオ信号を送信できるように構成されたテレコイル・システムである。補聴器ユニット内のオーディオ・デコーダがパルス幅符号化信号を復号し,上記レンダリングが従来ステレオ信号をより広いステレオ像を持つバイノーラル・ステレオ信号に変形する。
代替的には,バイノーラル・ステレオ信号が,2以上のチャンネルを有するデジタル・サラウンド・オーディオ信号に基づいて提供される。これによって,ユーザは一対の補聴器を通して仮想サラウンド・オーディオを楽しむことができる。
図2を参照して,図2は,この発明の別の実施例による補聴器システムの,かなり模式化されかつ簡略化されたブロック図を示している。図2は補聴器システムを示しており,概略的には,関連機器(associated device)202と,左右の補聴器ユニット203−L,203−Rとから構成されている。上記関連機器は,オーディオ装置(図2において図示略)からの多重チャンネル・デジタル符号化オーディオ信号201を受信する受信手段204,上記受信された多重チャンネル信号を復号するオーディオ・デコーダ205,上記受信された信号を補聴器への送信に適合させるオーディオ・エンコーダ206,および符号化信号を送信する送信手段207を備えている。また補聴器203−L,203−Rは,上記送信された信号を受信する受信手段208−L,208−R,上記受信された信号を復号する復号手段209−Lおよび209−R,モノ・レンダリングして対応する左側および右側補聴器を用いてバイノーラル・ステレオ信号を提供する手段210−L,210−Rを備えている。補聴器(複数)はさらに,図1を参照して説明したように構成されている,マイクロフォン(複数)および信号処理装置(複数)(図2において図示略)を備えている。
一実施例において,上記関連機器は,MP3プレーヤのようなストリーミング・オーディオ装置にケーブル接続可能に構成された,補聴器リモート・コントローラ(a hearing aid remote control)である。
補聴器システム200および300(図3参照)は,追加の関連装置を更に備えることができる。そのような補聴器システムの例は図4を参照して説明する。
図3を参照して,図3はこの発明の好適な実施例による補聴器システムの,かなり模式化されかつ簡略化されたブロック図を示している。図3は補聴器システム300を示しており,概略的には,関連機器302と,左右補聴器303−L,303−Rとから構成されている。上記関連機器は,多重チャンネル・デジタル符号化オーディオ信号301を受信する受信手段304,受信された多重チャンネル信号を復号するオーディオ・デコーダ305,復号された信号をバイノーラル・ステレオ信号にレンダリングする手段306,2つの補聴器への送信のためにバイノーラル・ステレオ信号を符号化(エンコーディング)する手段307,および上記符号化信号を2つの補聴器303−L,303−Rに送信する手段308をさらに備える。補聴器(複数)は,送信された信号を受信する手段309−l,309−R,対応する左側および右側補聴器ユニットにおいて受信された信号をモノ・デコーディング(mono decoding)する手段310−L,310−R,図1を参照して説明したように構成されているマイクロフォン(複数)および信号処理装置(複数)(図3において図示略)をさらに備える。
上記関連機器がバイノーラル・ステレオ・レンダリングに必要な信号処理を実行するので,補聴器それ自体の所要寸法および所要電力を妥協することなく(without compromising),高度な聴取機能(advanced listening feature)が達成される。さらに,補聴器装置自体の所要寸法および所要電力に関する更なる節減のために,補聴器ユニット内の復号がいわゆるモノ・デコーディング(モノ復号)に簡略化されている(the decoding in the hearing aid units has been simplified to so called mono-decoding)。
さらにまた,得られるバイノーラル・ステレオ信号は,関連機器から各補聴器へ送信される信号に発生し得る歪みに対して敏感さ(感受性)が低い(less sensitive)。
図4を参照して,図4はこの発明の特定の実施例の図を示している。図4は多重チャンネル・デジタル符号化オーディオを持つDVDをサポートするDVDプレーヤ401を示している。DVDプレーヤは,テレビ受像機402と,サラウンド・オーディオ増幅器403と,バイノーラル・レンダリングし,符号化し,これに続いてバイノーラル・ステレオ信号を第2の関連機器404に無線送信する第1の関連機器302とに接続されており,上記第2の関連機器は各補聴器303−Lおよび303−Rへさらにオーディオ信号を無線で中継するように構成されている。上記第2の関連機器は,無線信号伝送が補聴器(複数)において最小限の電力を消費することを保証する。これによって,補聴器ユーザは,今日において多くのDVD映画の一部である音響サラウンド・オーディオの十分な便益(full benefit)を楽しむことができる。さらにまた,複雑でありしたがって電力を消費するバイノーラル・レンダリング・プロセスが,通常電池駆動(battery powered)である第2の関連機器および補聴器と対照的に,壁コンセントに接続することができる第1の関連機器によって実行されることを理解されたい。
一実施例において,テレビ受像機,DVDプレーヤ,サラウンド・オーディオ増幅器および第1の関連機器は,デジタル同軸ケーブル(複数)によって接続される。
別の実施例において,第1の関連機器は第2の関連機器の基地局(base station)として機能し,第2の関連機器は補聴器リモート・コントローラ(a hearing aid remote control)として機能する。
構造および方法の他の修正および変更は,当業者に明らかであろう。