窒化珪素質焼結体は、一般には窒化珪素質主相粒子と、焼結助剤成分を主体とする粒界相とによって構成されており、例えば耐摩耗性や摺動特性を向上させる方法として、粒界相の結晶化や異種粒子の添加等が試みられてきた。しかしながら、結晶化は処理が難しく、組成によっては結晶相の析出形成が不可能となることもある。また、粒界相は、窒化珪素質主相を結合・保持する重要な役割りを果たす相であるにも拘わらず、構造的には単に結晶化しているか否かのレベルにて定性的なアプローチがなされているに過ぎない。特にガラス化した粒界相(以下、ガラス相ともいう)の場合、原子あるいはイオンがランダムに配列した非晶質構造であるために、窒化珪素質主相を結合する上で不都合な状態が局所的に生じていても、その不都合が何に起因するものであるかを、X線回折等の結晶学的な分析情報に基づいて推論することは事実上不可能だった。例えば、非晶質の構造的な不均一等に起因して、焼結体の耐摩耗性や摺動特性がばらついたり不十分だったりする状況が発生しても、特性の不具合と因果関係を有する材料構造的な要因をそもそも見出すことができず、まして課題解決のための具体的な手段を見出すことは望むべくもなかった。
本発明の課題は、耐摩耗性を向上でき、またそのばらつきを効果的に抑制することができる窒化珪素質焼結体を提供することにある。
課題を解決するための手段及び作用・効果
上記の課題を解決するために、本発明の窒化珪素質焼結体の第一は、
窒化珪素を主成分として焼結助剤成分を酸化物換算にて1〜5重量%、かつ該焼結助剤成分のうち希土類成分を酸化物換算にて1〜3重量%含有する焼結体において、シリコン単結晶試料のラマン分光分析を行ったときの、500〜530cm−1に出現する最強の散乱ピークの強度Xkが2400±200カウントとなるようにビーム強度を設定し、その条件にてシリコン単結晶試料についてラマン分光分析を行ったときの1200cm−1での散乱強度を基準散乱強度レベルX0として、焼結体のラマン分光分析を行ったときに得られるスペクトルプロファイルの、1200cm−1での散乱強度X1の、基準散乱強度レベルX0からの増分にて表した増分散乱強度Y1=X1−X0が1500カウント以上となっていることを特徴とする。なお、本発明において、「主成分」(「主体」あるいは「主に」等も同義)とは、特に断りがない限り、着目している物質において含有率が50重量%以上であることを意味する。
本発明においては、結晶学的な分析情報では追跡できなかった材料構造情報を検出する手段としてラマン分光分析法を使用するとともに、窒化珪素質焼結体において、β窒化珪素以外のラマン活性物質の相対量を規定することにより、窒化珪素質焼結体の耐摩耗性の向上及びばらつき抑制を図ることを目的としている。ここで、ラマン活性な物質とは、物質中の格子振動が変化したときに分極率に変化を生ずる物質のことであり、特に可視光領域の電磁波によって光学フォノンが誘起される物質であるということもできる。光学フォノンのエネルギー準位は物質構造に固有のものであり、特定波長の電磁波を吸収することにより、その物質固有の振動数の光学フォノンが誘起されるとともに、フォノン誘起に使われたエネルギーだけ波長が長くなる形で電磁波が散乱される(いわゆるラマンシフト)。
本発明においては、ラマン活性な物質の相対量を推定するために、シリコン単結晶試料のラマン散乱スペクトルプロファイルを用いる。シリコン単結晶試料においては、500〜530cm−1、具体的には520cm−1付近に非常に鋭いラマン散乱ピーク(以下、標準ピークという)を示す一方、それ以外の波長帯ではほとんどラマン散乱を生じないことから、低レベルの安定したバックグラウンドレベルを有する。したがって、被測定試料中にラマン活性な物質が存在しているか否かは、散乱スペクトルプロファイル中に、上記試料のバックグラウンドレベル(本発明においてはその1200cm−1での散乱強度を基準とする)よりも高い散乱強度レベルが見出されるか否かにより判別することができ、その散乱強度が高いほどラマン活性な物質の相対量は多くなるものと考える。
本発明者らが鋭意検討したところ、焼結助剤成分を含有した窒化珪素質焼結体においては、例えば図16に示すように、206±10cm−1にβ窒化珪素に由来する鋭い散乱ピーク(以下、β窒化珪素ピークと称する)が現れるほか、該β窒化珪素とは異なる位置に非常にブロードな散乱ピーク(以下、ガラス的ピークと称する)が現れ、しかも焼成条件を変化させることにより、そのガラス的ピークの散乱強度レベルが変化することがわかった。該ガラス的ピークは半値幅が非常に広いため、ピーク頂点位置が明瞭でない場合にはバックグラウンド部のようにも見えるが、シリコン単結晶試料のバックグラウンド部よりは明らかに散乱強度レベルが高く、ラマン活性な物質の存在を明確に示すものである。
上記のガラス的ピークは、窒化珪素質主相以外の物質、この場合、焼結助剤成分が主体となる結合相に由来するものであると考えられる。例えば、X線ディフラクトメータ法による分析を行ったときに特定の結晶構造を反映した回折ピークが現れず、代わりにハローパターンが認められるような場合(粒界相が、ガラス相もしくはそれに近い無秩序的相を形成しているような場合)に、上記ガラス的ピークは特に明瞭に現れる。そして、焼成条件により該ガラス的ピークの高さが変化すること、焼結助剤成分の配合組成によりピーク高さやピーク位置が変化すること等の実験事実を考慮すれば、上記該ガラス的ピークの高さやピーク位置は、ガラス状粒界相構造の結合状態を反映したパラメータであると考えることができる。なお、スペクトルプロファイルにおいてブロードなガラス的ピークが形成される原因については、結合相が近距離秩序のガラス的状態となっており、さらに、そのガラス的状態が本質的に準安定で局所構造揺らぎ等を生じやすくなっていることが考えられる。また、この他にも、結合相を構成するのが基本的に焼結助剤成分に由来するイオンであり、さらにその配列が近距離秩序構造を除けば基本的にランダムであり、これに各イオンの遠距離的なクーロン場が複雑に重ね合わされる結果、局所的かつ多様なラマン活性構造が共存しやすくなるなど、種々の要因を想定することができる。いずれにしても、準安定状態であるため、焼成等によりどのような熱力学的な履歴を受けたかに応じて、結合相の原子レベルでの局所構造が種々に変化し、結果として相自体の機械的性質も少なからぬ影響を受けることになり、耐摩耗性等のレベルやばらつきに変動が生ずるものと推測される。
そして、本発明の窒化珪素質焼結体の第一によれば、焼結体のラマン分光分析を行ったときに得られるスペクトルプロファイルの、1200cm−1での散乱強度をX1としたときの、その基準散乱強度レベルX0からの増分散乱強度Y1=X1−X0が1500カウント以上となるようにガラス的ピークのレベルを調整することで、窒化珪素質焼結体の耐摩耗性を向上させることができ、また、そのばらつきも抑制することができる。これは、粒界相中に含まれるラマン活性な物質の量が増大するほど粒界相が強固で均質となることを示唆しているものと考えられる。なお、Y1が1500カウント未満では、該効果は顕著でなくなる。他方、Y1が30000カウントを超えると、ガラス的な粒界相の量が増加しすぎて、耐摩耗性が却って低下する場合がある。Y1は、より望ましくは2000〜20000カウントとなっているのがよい。
スペクトルプロファイルにおいてその散乱光の積算強度は、プローブとなるレーザー入射光の波長、強度あるいはスポット径、あるいは積算照射時間により変化するから、本発明では使用するレーザー光を波長514.5nmのアルゴンレーザーとし、レーザービームのスポット径を約10μm、レーザービームの試料に対する積算照射時間を約5秒としている(散乱ピーク強度を表すカウント数は、この5秒間の積算カウント数である)。さらに、散乱ピーク強度の安定しているシリコン単結晶試料の、500〜530cm−1に出現する最強の散乱ピーク(おおむね520cm−1がピーク位置である:以下、標準ピークともいう)の高さXkを基準として、これが約2400±200カウントとなるようにビーム強度を定めている(±200カウントは、ビーム強度設定の誤差を見込んで設定した範囲であるが、複数試料のラマン分光分析を行なう場合はなるべく2400カウントに条件をそろえることが望ましい)。また、スペクトルプロファイルの、1200cm−1での散乱強度を採用する理由は、ブロードなピークの強度最大となる点を厳密に定めることが困難であったり、あるいは強度最大となる点が散乱波長の測定範囲内に現れなかったりした場合においても、ガラス的ピークの散乱強度レベルを一義的に定めることができるからである。
他方、焼結体に対するレーザービームの照射位置は、耐摩耗性に寄与する焼結体表層領域として、焼結体表面から深さ100±10μmの領域を選択する。この場合、焼結体の断面において表面から深さ方向に100±10μmの位置にレーザービームを照射すればよい。なお、焼結体表面に沿う方向においてピーク強度に分布を生じている場合には、その方向におけるピーク強度の平均値を採用するものとする。
なお、上記本発明の第一では、標準ピークの高さXkを一定値とするレーザービーム条件を設定したときの、特定波数(1200cm−2)での散乱光のカウント数にてガラス的ピークの散乱強度レベルを定量化していたが、これ以外の方法においても定量化は可能であり、たとえばカウント数ではなく、特定散乱ピークに対する強度比によっても定量化できる。
例えば、本発明の窒化珪素質焼結体の第二では、窒化珪素を主成分として焼結助剤成分を酸化物換算にて1〜5重量%、かつ該焼結助剤成分のうち希土類成分を酸化物換算にて1〜3重量%含有する焼結体において、シリコン単結晶試料のラマン分光分析を行なったときの、500〜530cm−1に出現する最強の散乱ピークの強度をXkとし、同じくSiC単結晶試料のラマン分光分析を行なったときの780〜790cm−1に出現する最強の散乱ピークの強度をWkとして、Xk/Wkが0.10±0.01となるようにビーム強度を設定し、その条件にてシリコン単結晶試料についてラマン分光分析を行ったときの1200cm−1での散乱強度を基準散乱強度レベルX0として、その基準散乱強度X0からの増分散乱強度にて表した、500〜530cm−1に出現する最強の散乱ピークの高さをYkとし、また、焼結体のラマン分光分析を行ったときのスペクトルプロファイルの、1200cm−1における基準散乱強度X0からの増分散乱強度Y1として、Y1のYkに対する比Y1/Ykが0.4以上となっていることを特徴とする(図16参照)。
例えば、シリコン単結晶試料の標準ピーク高さXkの絶対値(カウント数)は、外乱や測定系のバラツキ、特にフォトセンサなどの受光部の仕様ばらつき等により若干変動する可能性もある。また、そこで上記の構成では、標準試料としてシリコン単結晶とSiC単結晶との2種類を使用し、シリコン単結晶試料のラマン分光分析を行なったときの、500〜530cm−1に出現する最強の散乱ピークの強度Xkと、同じくSiC単結晶試料のラマン分光分析を行なったときの780〜790cm−1に出現する最強の散乱ピークの強度Wkとの比Xk/Wkが0.10±0.01となるように、ビーム強度の設定を相対的に行なうようにした(±0.01は、ビーム強度設定の誤差を見込んで設定した範囲であるが、複数試料のラマン分光分析を行なう場合はなるべくXk/Wk=0.11に条件をそろえることが望ましい)。これにより、外乱や測定系のバラツキの影響を受けることなく、ガラス的ピークの散乱強度レベルを常に正確に評価できる利点が生ずる。
そして、上記の測定条件のもとで、焼結体表面から深さ100±10μmの領域においてラマン分光分析を行ったときのスペクトルプロファイルの、1200cm−1における基準散乱強度X0からの増分散乱強度Y1と、基準ピーク高さYkとの比Y1/Ykが0.4以上となるようにすることで、窒化珪素質焼結体の耐摩耗性を向上させることができ、また、そのばらつきも抑制することができる。なお、Y1/Ykは粒界相が過剰とならないよう35以下とするのがよく、望ましくは0.1〜20とするのがよい。
また、本発明の窒化珪素質焼結体の第三は、上記本発明の第二と同じ測定条件を採用するとともに、シリコン単結晶試料についてラマン分光分析を行ったときの1200cm−1での散乱強度を基準散乱強度レベルX0として、その基準散乱強度X0からの増分散乱強度にて表した、500〜530cm−1に出現する最強の散乱ピークの高さをYkとし、また、焼結体のラマン分光分析を行ったときのスペクトルプロファイルのベース曲線からの突出高さにて表した206±10cm−1に出現する最強の散乱ピーク高さをZ2とし、焼結体のスペクトルプロファイルの、波数750〜2500cm−1に出現する半値幅300cm−1以上のブロードなピークの、基準散乱強度X0からの増分散乱強度にて表したピーク高さY3として、Y3のピーク強度が1330以上、かつ、Y3とZ2との比Y3/Z2が0.5以上であることを特徴とする。
散乱ピークZ2はβ窒化珪素ピークに対応するが、そのピーク位置においては、ブロードなガラス的ピーク(半値幅は300cm−1よりも通常はるかに大きい)の裾部が重畳することが多いので、窒化珪素主相に由来する散乱成分を抽出するために、ベース曲線からの突出量により表示する。なお、ベース曲線は、スペクトルプロファイルに対しローパスフィルタ処理を施してプロファイル波長cm−1以下の成分をカットすることにより決定することができる。
すなわち、ガラス的ピークのピーク位置が特定できる場合に、そのピーク高さをY3とし、β窒化珪素ピーク高さZ2に対する比率Y3/Z2が0.5以上となるようにすることで、窒化珪素質焼結体の耐摩耗性を向上させることができ、また、そのばらつきも抑制することができる。なお、Y3/Z2は粒界相が過剰とならないよう40以下とするのがよく、望ましくは0.5〜30とするのがよい。
なお、ガラス的ピークの位置は、使用する焼結助剤の組成により変化する。例えば、焼結助剤にZrO2を配合するとピーク位置が高波数側にシフトする場合がある。
また、本発明の窒化珪素焼結体の第四は、窒化珪素を主成分として焼結助剤成分を含有する焼結体において、焼結体の断面において焼結体表面から深さ方向にレーザービームスポットの照射位置を変えながらラマン分光分析を行ったときに、そのラマン散乱スペクトルに現れる1200cm−1での散乱強度が、焼結体表層部と内層部とで異なることを特徴とする。
すでに説明した通り、ラマン散乱スペクトルに現われる1200cm−1での散乱強度は前述のガラス的ピークの強度を反映したものであり、焼結体中におけるラマン活性を有するガラス的粒界相の量を反映したものである。そして、該散乱強度が焼結体表層部と内層部とで異なることは、ラマン活性を有するガラス的粒界相の量が焼結体表層部と内層部とで異なることを意味する。すなわち、焼結体の使用目的に応じて、焼結体表層部と内層部とでガラス的粒界相の量を異ならせることにより、種々の目的に合致した焼結体特性を自在に調整することが可能となる。なお、ガラス的ピーク位置が具体的に特定できる場合、すなわち、前述の通り、ラマン散乱スペクトルに現れる、波数750〜2500cm−1に出現する半値幅300cm−1以上のブロードな散乱ピークの強度が特定できる場合には、そのブロードな散乱ピークの強度、すなわちガラス的ピークの強度が焼結体表層部と内層部とで異なることとなる。
例えば、1200cm−1での散乱強度(あるいはガラス的ピークの強度)は、焼結体表層部において内層部よりも高くすることが可能である。本発明者らが鋭意検討したところによると、上記のように、焼結体内部ではガラス的ピークを低く保ち、表層部においてはガラス的ピークを積極的に発生させることで、切削工具やその他の摺動部品に要求される耐摩耗性と耐欠損性とを一層高レベルにて両立できることが判明したのである。すなわち、焼結体表層部にラマン活性を有するガラス的粒界相を多く形成し、内部は逆にこれを少なくすることにより、耐摩耗性と耐欠損性との双方に優れた摺動部材を得る上で有効である。その機構としては、以下のように推測している。すなわち、表層部では耐摩耗性に寄与するガラス的粒界相の形成量が増加する一方、ガラス的粒界相の少ない内層部では、局所的に粒界相の弱い部分が発生する。その結果、直線的に伝播しようとする亀裂がその結合力の弱い部分において偏向を受け、破断に至るまでの亀裂延長が増加する結果、靭性が向上して耐欠損性も良好になるものと考えられる。
一方、焼結体の使用目的によっては、焼結体表層部よりも内層部のほうがガラス的ピークの強度が大きくなるようにしたほうが都合がよい場合がある。例えば、表面での潤滑性がより優先されるような部材においては、ラマン活性を有するガラス的粒界相が表層部において少なくなるほうが有利となる場合があり、逆に内部はガラス的粒界相を多くして部材全体の強度や剛性を高めることが有効となる。
次に、ガラス的ピークの強度を、焼結体表層部において内層部よりも高くする場合、以下の標準測定条件、すなわち、
シリコン単結晶試料のラマン分光分析を行なったときの、500〜530cm−1に出現する最強の散乱ピークの強度をXkとし、同じくSiC単結晶試料のラマン分光分析を行なったときの780〜790cm−1に出現する最強の散乱ピークの強度をWkとして、Xk/Wkが0.10±0.01となるようにビーム強度を設定し、
その条件にてシリコン単結晶試料についてラマン分光分析を行ったときの1200cm−1での散乱強度を基準散乱強度レベルX0とし、同じく焼結体断面の深さ方向における各位置にてラマン分光分析を行ったときの、各位置の散乱強度レベルをXaとし、さらに、Ya=Xa−X0として、
焼結体表層部側に現われるYaの最大値をYmax、同じく内層部側に現われるYaの最小値をYminとして、Ymax/Yminが2以上となっていることが、耐欠損性を良好に維持しつつ、耐摩耗性をさらに向上させる観点において望ましい。Ymax/Yminが2以下では、耐摩耗性の向上がそれほど顕著ではなくなってしまう。Ymax/Yminの値は、より望ましくは10以上であるのがよく、特に切削工具等に適用した場合に、その寿命が大幅に向上する。なお、本発明者らが確認しているYmax/Yminの最大値は37.5程度である。
なお、焼結内層部には、ガラス的ピークの強度が略一定の領域(以下、定常領域という)を形成することができ、焼結体の表層部には、ガラス的ピークの強度が、その定常領域の平均的な値よりも高くなる領域(以下、ラマン強化領域という)を形成することができる。前記した標準測定条件におけるYaの値にて、ラマン強化領域の平均的なガラス的ピークの強度は、定常領域の平均的なガラス的ピーク強度の2倍以上、望ましくは10倍以上であることが、耐摩耗性と耐欠損性とをより高レベルで両立させる上で望ましい。また、焼結体表面から深さ方向に測定したラマン強化領域の厚さは2mm以下、望ましくは1mm以下であるのがよい。ラマン強化領域の厚さが2mmを超えると、焼結体表面が脆くなり、微小割れや破損が生じるため望ましくない。
なお、上記のようなラマン強化領域を形成すると、定常領域との間に熱膨張係数の差を生じ、焼結体中に残留応力が生ずることがある。具体的には、ラマン強化領域にて熱膨張率が小となり、焼結体表面に圧縮残留応力を生ずる場合がある。このような残留応力の発生により、焼結体の見かけの強度や靭性が向上し、より優れた耐摩耗性が得られるようになる。また、前述のラマン活性ガラス的粒界相など、焼結体表層部に粒界相の特異な結合状態が存在することで、ラマン強化領域の硬さが増し、耐摩耗性が向上する。これらの効果はラマン強化領域の厚さが大きくなるほど顕著となるが、前述の脆さとの関係から最適な厚さが存在する。
次に、焼結体表層部には、ラマン散乱スペクトルにおける1200cm−1での散乱強度が、焼結体表面から深さ方向に単調に減少するラマン傾斜領域を形成することができる。このようなラマン傾斜領域を形成することで、耐摩耗性と耐欠損性とを向上させる効果は一層顕著となる。この場合も、ラマン傾斜領域を前記したラマン強化領域と見ることで、1200cm−1での散乱強度が、焼結体内層部において略一定である定常領域を形成することができる。ラマン強化領域と定常領域との間の熱膨張係数の差が問題となる場合は、ラマン強化領域をラマン傾斜領域として形成することにより、熱応力の局所集中を回避できるので耐熱衝撃性を向上させることができ、切削工具のように冷熱サイクルが頻繁に加わる用途においても超寿命化を図ることができる。この場合、ラマン傾斜領域における焼結体表面側のYaの最大値をYmax、焼結体内層部において略一定となるYaの値をYminとして、Ymax/Yminが2以上となること、望ましくは10以上となることが、上記の効果を高める上で望ましい。
本発明の窒化珪素質焼結体は、例えば摺動部品(一般的な機械摺動部品のほか、被加工材との接触面を摺動面とみなすことにより、セラミック工具も概念に含む)に適用することができる。また、本発明の窒化珪素質焼結体は、これ以外にも上記以外の耐摩耗部材や耐食用部材、耐熱性部材あるいはその他の構造用部材に適用可能である。具体例としては、ベアリングボール、セラミック動圧軸受け部品(これらは、ハードディスクドライブや、あるいはポリゴンスキャナのポリゴンミラー駆動部など、コンピュータやレーザープリンタをはじめとする精密電子機器の回転摺動部材として使用されるものである)、切削工具、線引きロール、タペット、ターボロータ、ピストンピンやエンジンバルブ等の自動車用部品、さらにはタービンブレードといった耐熱性構造材料等を例示できるが、これらに限定されるものではない。
さて、上記のような本発明の窒化珪素質焼結体の第一〜第三は、例えば以下に述べる窒化珪素質焼結体の製造方法の第一〜第三により製造できる。その窒化珪素質焼結体の製造方法の第一は、窒化珪素質粉末に焼結助剤粉末を酸化物換算にて1〜5重量%、かつ該焼結助剤成分のうち希土類成分を酸化物換算にて1〜3重量%配合して成形用素地粉末となし、これを所期の形状に成形した後、その成形体を常圧又は加圧窒素雰囲気にて焼成する焼成工程と、成形体又は焼結体を50kPa以下の真空雰囲気中にて1200〜1500℃で10分以上保持する熱処理工程とを含むことを特徴とする。なお、雰囲気圧力が10kPaを超える比較的低真空にて処理を行なう場合、焼成雰囲気は窒素や不活性ガスなど酸化性の低い雰囲気とすることが望ましい。
上記のような熱処理工程を行うことで、得られる窒化珪素質焼結体のラマンスペクトルプロファイルにおいて、そのガラス的ピークの散乱強度レベルを効果的に高めることができる。その結果、耐摩耗性に優れた本発明の窒化珪素質焼結体の第一〜第三を容易に製造することが可能となる。該真空熱処理によりガラス的ピークの散乱強度レベルが高められることは、ラマン分光分析を行う焼結体の少なくとも表層部において粒界相中に占めるラマン活性な物質(あるいは構造)が増大することを意味すると推測される。その理由としては、高温での真空減圧により焼結体(あるいは焼結途中の成形体)表面から粒界相構成成分の一部が揮発し、イオン結合状態に変化が生じることが考えられる。
熱処理工程においては、雰囲気の真空度が50kPaを超えるか、あるいは、その保持時間が10分未満になると、ガラス的ピークの散乱強度レベルを高める効果が不十分となる。また、真空度の下限値に特に制限はなく、設備あるいは製造能率的な面での無為なコストアップを招かない限り、可及的に高い真空度を採用することが可能である。また、保持時間については、望ましくは30分以上であるのがよい。他方、保持時間の上限値に特に制限はないが、製造能率的な面での無為なコストアップを避けるという観点においては、60分程度を目安とするのがよい。
また、熱処理の温度が1200℃未満ではガラス的ピークの散乱強度レベルを高める効果が不十分となり、1500℃を超えると却って成分揮発が進みすぎ、耐摩耗性等の低下をきたすことにつながる。熱処理の温度は、望ましくは1400〜1450℃とするのがよい。
一方、熱処理の温度をさらに高くする場合、雰囲気の圧力を若干高めることにより成分揮発を抑制すれば、上記製造方法の第一と同じ目的を達成することが可能となる。すなわち、窒化珪素質焼結体の製造方法の第二は、窒化珪素質粉末に焼結助剤粉末を酸化物換算にて1〜5重量%、かつ該焼結助剤成分のうち希土類成分を酸化物換算にて1〜3重量%配合して成形用素地粉末となし、これを所期の形状に成形した後、その成形体を常圧又は加圧窒素雰囲気にて焼成する焼成工程と、成形体又はその焼結体を、以下の圧力P(単位:Pa)にて保持する熱処理工程とを含むことを特徴とする。
熱処理工程が1700〜2000℃の場合、1×10−68×T22.3≦P≦5×10−20×T7.65で表され、かつ、P≧1.5×105である圧力P(単位:Pa)
処理圧力Pを与える式では、温度のべき乗に比例する形で圧力の上下限を設定することにより、高温となるほど処理圧力を増加させて、温度上昇に伴う成分揮発の過度の増大を抑制するように図っている。圧力の下限値未満では、成分揮発が進みすぎ、耐摩耗性等の低下をきたすことにつながる。また、上限値を超えると、ガラス的ピークの散乱強度レベルを高める効果が不十分となる。他方、温度が2000℃を超えるとセラミックの異常粒成長による強度低下あるいはセラミック自体の溶融等が問題となる。また、保持時間については、例えば10分以上であるのがよい。
なお、代表的な温度における圧力Pの範囲は以下の通りである;
1500℃:670〜106620Pa
1800℃:39130〜430880Pa
2000℃:410170〜965740Pa。
次に、焼成温度や圧力は、焼結体の用途に応じて適宜設定されるが、例えば一次焼成および二次焼成の2段階焼成によって行う場合、一次焼成は、窒素を含む1〜10気圧以下の雰囲気下にて1900℃以下で行い、一次焼成後の焼結体相対密度を78%以上、好ましくは90%以上となるように行うことが望ましい。また、二次焼成は、窒素を含む10〜1000気圧の雰囲気にて、1600から1950℃で行うことができる。ただし、強度や靭性、ひいては耐摩耗性や耐熱性あるいは摺動特性等、十分な性能が保証される範囲内であれば、一段階焼成であってもよい。そして、前述の真空熱処理工程は、上記の焼成工程の途中又は該焼成工程の終了後に行うことが能率的である。
また、焼結体表層部にて内層部よりもガラス的ピークの強度が高くなる焼結体構造を得たい場合は、一次焼成を1〜3気圧の非酸化性雰囲気(例えば窒素雰囲気)にて行なうことが望ましい。圧力が3気圧を超えると、ガラス的ピークの強度が内層部においても表層部と同程度に高くなってしまう場合があるためである。また、前述の傾斜ラマン領域を形成したい場合には、一次焼成において、焼成前の成形体には離型剤等のコーティングはなるべく行なわないことが望ましい。ただし、焼結体とグラファイト等で構成された焼結用容器との癒着を防止するために、微量のBN等の離型剤を塗布することは可能である。他方、二次焼成においては、焼成が高温高圧であるために、傾斜構造の確保のため、離型剤等の塗布は極力行なわないことが望ましい。
また、本発明において、焼結体の原料素地粉末の調製は以下のようにして行なうのがよい。すなわち、原料粉末及び有機結合剤(バインダ)を所定量配合し、水を分散媒としてボールミルなどで混合する。この際、粉末が水と反応して酸素量が増加しないように、なるべく短時間でにて粉砕することが望ましい。短時間で粉砕を行なうためには、ミルポットの自転と公転とを組み合わせた遊星ボールミルを採用することが有効である。この場合、遊星ボールミルの粉砕加速度を5〜10G(Gは重力加速度)に保つことが望ましく、粉砕時間は5時間以内とするのがよい。
次に、窒化珪素質焼結部材の組織は、窒化珪素を主成分とする主相結晶粒子が、ガラス質及び/又は結晶質の結合相にて結合した形態のものとなる。なお、主相は、β化率が70体積%以上(望ましくは90体積%以上)のSi3N4相を主体とするものであるのがよい。この場合、Si3N4相は、SiあるいはNの一部が、Alあるいは酸素で置換されたもの、さらには、相中にLi、Ca、Mg、Y等の金属原子が固溶したものであってもよい。例えば、次の一般式にて表されるサイアロンを例示することができる;
β−サイアロン:Si6−zAlzOzN8−z(z=0〜4.2)
α−サイアロン:Mx(Si,Al)12(O,N)16(x=0〜2)
M:Li,Mg,Ca,Y,R(RはLa,Ceを除く希土類元素)。
焼結助剤成分は、周期律表の3A、4A、5A、3B(例えばAl)及び4B(例えばSi)の各族の元素群及びMgから選ばれる少なくとも1種を使用でき、例えば酸化物の形で添加できる。
焼結助剤成分は、例えば酸化物換算にて2〜30重量%の範囲で含有させることができる。また、これに対応して窒化珪素は70〜98重量%の範囲にて含有させることができる。焼結助剤成分が2重量%未満では緻密な焼結体が得にくくなる。しかしながら、本発明の効果を有効に引き出すためには、上限値は、一般的な窒化珪素焼結体の添加レベルよりも低い5重量%程度とすることが望ましい。焼結助剤成分が多すぎると、Si粒子の析出が妨げられて、本発明の構成の窒化珪素質焼結体を得にくくなり、ひいては本発明が意図するレベルでの強度や靭性、耐摩耗性あるいは耐熱性の不足を招いたり、あるいは摺動部品の場合には耐摩耗性の低下にもつながるためである。焼結助剤成分の含有量は、より望ましくは酸化物換算にて1〜5重量%(窒化珪素の含有量では95〜99重量%)とするのがよい。
なお、3A族(希土類)の焼結助剤成分としては、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luが一般的に用いられる。これらの元素Rの含有量は、CeのみRO2、他はR2O3型酸化物にて換算する。これらのうちでもY、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Ybの各重希土類元素の酸化物は、窒化珪素質焼結体の強度、靭性及び耐摩耗性を向上させる効果があるので好適に使用される。特に、YbとAlとを組み合わせて使用することは、前記したラマン活性ガラス的ピーク層の形成を促し、耐摩耗性を向上させる上で効果がある。
焼結助剤成分が希土類成分を含有する場合、その希土類成分の焼結体中の含有量が酸化物換算にて1〜4重量%、望ましくは1〜3重量%となっていることが望ましい。希土類成分の含有量が多くなりすぎると、得られる窒化珪素質焼結体の耐摩耗性が却って損なわれる場合がある。また、1重量%未満では、希土類元素酸化物使用による、窒化珪素質焼結体の強度、靭性及び耐摩耗性の向上効果が十分に期待できない。
焼結助剤成分は、主に結合相を構成するが、一部が主相中に取り込まれることもありえる。なお、結合相中には、焼結助剤として意図的に添加した成分のほか、不可避不純物、例えば窒化珪素原料粉末に含有されている酸化珪素(例えばSiO2である)などが含有されることがある。
本発明の窒化珪素質焼結体は、高レベルの耐摩耗性が要求される各種窒化珪素質部品、わけてもベアリングボールをはじめとする機械摺動部品に好適に使用することができる。また、精密電子機器、例えばコンピュータハードディスクドライブの軸受けとして使用されている高速回転のベアリングは、異音等の発生がなきよう特に高精度の研磨仕上が要求されるが、本発明によれば高精度に仕上げられたベアリングボールも容易に得ることができ、異音や振動発生の問題も生じにくい。
次に、特に5mm以下の小径のベアリングボールを製造する場合において、より有利となる参考技術について説明する。ただし、該技術は本発明の必須要件を構成するものでないことはもちろんであり、本発明と組み合わせて実施しても、あるいは本発明とは無関係に実施してもいずれでもよい。従って、当然に本発明を限定するものではない。ただし、本発明と組み合わせることにより、摺動特性あるいは耐摩耗性に一層優れた小径のベアリングボールを実現することができる。
電子精密機器用のベアリング等への適用を前提とした小径でグレードの高いベアリングボールの場合、焼結体の高密度化に効果のあるHIP法(例えば、焼成圧力200atm以上、通常1000〜2000atm)を採用することもできるが、焼結体の表面が硬質化しやすいので研磨がやや困難となり、高精度の真球度あるいは直径不同の確保に影響を及ぼすこともありうる。そこで、表面が硬質化しにくい常圧又はガス圧焼成による窒化珪素質セラミックボールの製造を考えた場合、焼結性の阻害による密度低下ひいてはそれによる耐摩耗性等の性能低下が著しくなるベアリングボールの寸法範囲が、表面積A(単位:mm2)と重量W(単位:g)との比A/Wが300以上となる寸法範囲であることが判明した。具体的には、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末とを主体に構成された成形用素地粉末を、表面積A’(単位:mm2)と重量W’(単位:g)との比A’/W’が350以上となり、かつ密度が2.0〜2.5g/cm3となるように球状に成形し、常圧又はガス圧焼成により、その球状成形体(以下、単に成形体ともいう)を焼結することが有効である。焼成前の成形体の段階では、密度が2.0〜2.5g/cm3となるように成形用素地粉末を成形することを考慮すれば、表面積A’(単位:mm2)と重量W’(単位:g)との比A’/W’が350以上に対応する。
また、焼成前の成形体の密度(密度)が2.0〜2.5g/cm3の範囲に収まるように成形用素地粉末を成形することにより、A/Wが300以上となるような小径のベアリングボールであっても、常圧あるいはガス圧焼成により十分高密度に焼結が可能となる。そして、その焼成により得られる研磨前のベアリング素球は表面の硬質化が進みにくくなり、精密な研磨加工を極めて容易に能率良く行うことができる。その結果、A/Wが300以上であって、かつ密度において3.2g/cm3以上に高密度化し、さらに真球度及び直径不同が共に0.10μm以下という、従来法では実現不能であった高性能かつ高精度の小径窒化珪素質セラミックベアリングボールが実現可能となる。例えばコンピュータハードディスクドライブ等の精密電子機器において、高速回転(例えば5400〜12000rpm)で使用されても、音や振動を発することなく長期間にわたってその寿命を確保することができる。
なお、本明細書において真球度とは、ベアリングボールの表面に外接する最小球面とベアリングボール表面の各点との半径方向の距離の最大値をいう。また、直径不同とは、1個のベアリングボールの直径の最大値と最小値との差をいう。
また、本明細書においてガス圧焼成は、1atmを超え、200atm以下の少なくとも窒素を含有する雰囲気下で焼成を行うことをいい、常圧焼成とは1atm以下の少なくとも窒素を含有する雰囲気下で焼成を行うことをいう。ガス圧焼成の雰囲気圧力の上限を200atmとすることで、焼結体の表面の過度の硬質化を効果的に防止でき、ひいては研磨後の窒化珪素質セラミックボールの真球度あるいは直径不同を一層確保しやすくなる。
上記の効果は、A/Wが500を超える範囲にてさらに有効に発揮される。他方、A/Wが5000を超えると、高密度の球状成形体の製造が困難となるため、それ以下のA/W、より望ましくは2000以下のA/Wのベアリングボールを対象とすることが望ましい。上記のA/Wの範囲は、窒化珪素質セラミックの密度を考慮すれば、ボールの直径が0.5〜6mm(望ましくは、1〜6mm)の範囲に相当する。
また、ベアリングボールの密度が3.2g/cm3未満になると耐摩耗性や強度が不足し、特に高速回転が要求されるコンピュータハードディスク等の精密電子機器用ベアリング等に適用された場合に、十分な性能及び寿命を確保できなくなる。他方、窒化珪素質セラミックの密度の上限は、セラミック組成毎に定まる理論密度値である、焼成条件の選択等により可及的に理論密度値に近付けるほど、耐摩耗性あるいは強度向上させる上で有利である。
理論密度値が実測あるいは推定可能である場合、ベアリングボールの密度を、その見かけの密度の理論密度に対する比率、すなわち相対密度で表すこともできる。この場合、その相対密度は99.0%以上、より望ましくは99.5%以上であるのがよい。また、相対密度が100%未満になるということは、焼結体組織中に微細な空隙が残留して焼結体の密度が小さくなっていることを意味する。従って、焼結体中の空隙の存在比率は、焼結体の相対密度を反映したパラメータとなりうる。
ベアリングボールの真球度及び直径不同を0.10μm以下とすることで、これをコンピュータハードディスク等の精密電子機器用のベアリングに組み込んで、高速回転(例えば5400〜10000rpm)にて使用した時に、音や異常振動の発生を顕著に抑制することが可能となる。なお、ベアリングボールの真球度は、より望ましくは0.03μm以下であるのがよく、また、直径不同は、より望ましくは0.07μm以下であるのがよい。
ベアリングボールを製造する際の、球状成形体の表面積A’(単位:mm2)と重量W’(単位:g)との比A’/W’が350未満になると、最終的に得られるベアリングボールのA/Wの値を300以上とすることが不可能となる(厳密には、ベアリング素球とベアリングボールとでは研磨代の分だけ寸法に差があるが、研磨代は球の直径に比して十分小さく、A/Wの値にはそれほど影響はしない)。なお、A’/W’の上限値は、得られるセラミックボールのA/W値の上限値が5000(望ましくは2000)である場合、これに対応して2560(望ましくは1650)程度となる。
また、球状成形体の密度が2.0g/cm3未満になると、ガス圧焼結あるいは常圧焼結による焼結時に緻密化が進まず、耐摩耗性等の性能低下を招いたり、あるいは気孔の残留により0.10μm以下の真球度や直径不同を達成できなくなる。一方、成形体の密度が2.5g/cm3を超えると、成形後に成形体に残留する応力が高くなり過ぎ、成形体の崩壊を招いたり、あるいは焼成時の割れやクラック発生を助長して歩留まり低下につながる問題を生ずる。なお、球状成形体の密度は、より望ましくは2.15〜2.38g/cm3とするのがよい。
以下、本発明の窒化珪素質焼結部材の実施の形態について説明する。
図1は、本発明の窒化珪素質焼結体の一実施例であるベアリングボール43を、金属あるいはセラミック製の内輪42及び外輪41の間に組み込んで構成したボールベアリング40を示している。ボールベアリング40の内輪42内面に軸SHを固定すれば、ベアリングボール43は、外輪41又は内輪42に対して回転又は摺動可能に保持される。すでに詳しく説明した通り、ベアリングボール43を構成するセラミックは、窒化珪素を主成分とし、焼結助剤成分を含有するとともに、焼結体の全体又は一部に、断面組織にて観察される平均寸法にて0.1〜10μmの単結晶状のSi粒子が分散した窒化珪素質セラミックである。
以下、セラミックボール43の製造方法の一例について説明するが、この製造方法に限定されるものではない。まず、原料となる窒化珪素粉末はα率が70%以上のものを使用することが望ましく、これに焼結助剤として、希土類元素、3A、4A、5A、3Bおよび4B族の元素群から選ばれる少なくとも1種を酸化物換算で2〜8重量%、好ましくは2〜4重量%の割合で混合する。なお、原料配合時においては、これらの元素の酸化物のほか、焼結により酸化物に転化しうる化合物、例えば炭酸塩や水酸化物等の形で配合してもよい。
成形用素地粉末は、例えば後述する転動造粒法に好適なものとして、レーザー回折式粒度計にて測定された平均粒子径が0.3〜2μm、同じく90%粒子径が0.4〜3.5μm(望ましくは0.7〜2.0μm)、さらにBET比表面積値が5〜13m2/gのものを採用するのがよい。ただし、転動造粒法以外の成形方法を採用する場合はこの限りではない。
レーザー回折式粒度にて測定される粉末粒子径は、図2に示す二次粒子径Dを反映したものである。また、粒子の小粒径側からの相対累積度数は、図3に示すように、評価対象となる粒子を粒径の大小順に配列し、その配列上にて小粒径側から粒子の度数を計数したときに、着目している粒径までの累積度数をNc、評価対象となる粒子の総度数をN0として、nrc=(Nc/N0)×100(%)にて表される相対度数nrcをいう。そして、X%粒子径とは、前記した配列においてnrc=X(%)に対応する粒径をいう。すなわち、90%粒子径とは、nrc=90(%)に対応する粒径をいう。
他方、成形用素地粉末の比表面積値は吸着法により測定され、具体的には、粉末表面に吸着するガスの吸着量から比表面積値を求めることができる。一般には、測定ガスの圧力と吸着量との関係を示す吸着曲線を測定し、多分子吸着に関する公知のBET式(発案者であるBrunauer、Emett、Tellerの頭文字を集めたもの)をこれに適用して、単分子層が完成されたときの吸着量vmを求め、その吸着量vmから算出されるBET比表面積値が用いられる。ただし、近似的に略同等の結果が得られる場合は、BET式を使用しない簡便な方法、例えば吸着曲線から単分子層吸着量vmを直読する方法を採用してもよい。例えば、ガス圧に吸着量が略比例する区間が吸着曲線に現われる場合は、その区間の低圧側の端点に対応する吸着量をvmとして読み取る方法がある(The
Journal of American Chemical Society、57巻(1935年)1754頁に掲載の、BrunauerとEmettの論文を参照)。いずれにしろ、吸着法による比表面積値測定においては、吸着する気体分子は二次粒子中にも浸透して、これを構成する個々の一次粒子の表面を覆うので、結果として比表面積値は、一次粒子の比表面積、ひいては図2の一次粒子径dの平均値を反映したものとなる。
以下、上記のような成形用素地粉末の調製に好都合な方法の一例について説明する。図4は成形用素地粉末調製工程に使用される装置の一実施例である。該装置において、熱風流通路1は縦に配置された熱風ダクト4を含んで形成され、その熱風ダクト4の中間には、熱風の通過を許容し乾燥メディア2の通過は許容しない気体流通体、例えば網や穴開き板等で構成されたメディア保持部5が形成されている。そして、そのメディア保持部5上には、アルミナ、ジルコニア、及びそれらの混合セラミックのいずれかを主体とするセラミック球からなる乾燥メディア2が集積され、層状の乾燥メディア集積体3が形成されている。
他方、原料は、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末との配合物に、水系溶媒を加えてボールミルやアトライターにより湿式混合(あるいは湿式混合・粉砕)して得られる泥漿の形で準備される。この場合、その一次粒子の大きさは、BET比表面積値が5〜13m2/gとなるように調整される。
図5に示すように、乾燥メディア集積体3に対し、熱風が熱風ダクト4内においてメディア保持部5の下側から乾燥メディア2を躍動させつつ上側に抜けるように流通される。他方、図4に示すように、泥漿6は泥漿タンク20からポンプPにより汲み上げられ、該乾燥メディア集積体3に対して上方から落下供給される。これにより、図6に示すように、泥漿が熱風により乾燥されて乾燥メディア2の表面に粉末凝集層PLの形で付着する。
そして、熱風の流通により、乾燥メディア2は躍動・落下を繰り返して相互に打撃を加え合い、さらにその打撃による擦れ合いにより、粉末凝集層PLは成形用素地粉末粒子9に粉砕される。この解砕された成形用素地粉末粒子9は、孤立した一次粒子形態のものも含んでいるが、多くは一次粒子が凝集した二次粒子となっている。該成形用素地粉末粒子9は、一定以下の粒径のものが熱風とともに下流側に流れていく(図4)。他方、ある程度以上に大きい解砕粒子は、熱風で飛ばされずに再び乾燥メディア集積体3に落下して、メディア間でさらに粉砕される。こうして、熱風とともに下流側に流された成形用素地粉末粒子9は、サイクロンSを経て回収部21に成形用素地粉末10として回収されている。
図6において、乾燥メディア2の直径は、熱風ダクト4の流通断面積に応じて適宜設定する。該直径が不足すると、メディア上に形成される粉末凝集層への打撃力が不足し、所期の範囲の粒子径の成形用素地粉末が得られない場合がある。他方、直径が大きくなり過ぎると、熱風を流通しても乾燥メディア2の躍動が起こりにくくなるので同様に打撃力が不足し、所期の範囲の粒子径の成形用素地粉末が得られない場合がある。なお、乾燥メディア2は、なるべく大きさの揃ったものを使用することが、メディア間に適度な隙間を形成して、熱風流通時のメディアの運動を促進する上で望ましい。
また、乾燥メディア集積体3における乾燥メディア2の充填深さt1は、熱風の流速に応じて、メディア2の流動が過不足なく生ずる範囲にて適宜設定される。充填深さt1が大きくなり過ぎると、乾燥メディア2の流動が困難となり、打撃力が不足して所期の範囲の粒子径の成形用素地粉末が得られない場合がある。また、充填深さt1が小さくなり過ぎると、乾燥メディア2が少なすぎて打撃頻度が低下し、処理能率低下につながる。
次に、熱風の温度は、泥漿の乾燥が十分に進み、かつ粉末に熱変質等の不具合が生じない範囲にて適宜設定される。例えば泥漿の溶媒が水を主体とするものである場合、熱風温度が100℃未満になると、供給される泥漿の乾燥が十分進まず、得られる成形用素地粉末の水分含有量が高くなり過ぎて凝集を起こしやすくなり、所期の粒子径の粉末が得られなくなる場合がある。さらに、熱風の流速は、乾燥メディア3を回収部21へ飛ばさない範囲にて適宜設定する。流速が小さくなり過ぎると、乾燥メディア2の流動が困難となり、打撃力が不足して所期の範囲の粒子径の成形用素地粉末が得られない場合がある。また、流速が大きくなり過ぎると、乾燥メディア2が高く舞い上がり過ぎて却って衝突頻度が低下し、処理能率の低下につながる。
こうして得られた成形用素地粉末10は、転動造粒成形法により球状に成形することができる。すなわち、図7に示すように、成形用素地粉末10を造粒容器132内に投入し、図8に示すように、その造粒容器132を一定の周速にて回転駆動する。なお、造粒容器132内の成形用素地粉末10には、例えばスプレー噴霧等により水分Wを供給する。図9に示すように、投入された成形用素地粉末は、回転する造粒容器内に形成される傾斜した粉末層10kの上を転がりながら球状に凝集して成形体となる。転動造粒装置の運転条件は、得られる成形体の相対密度が61%以上となるように調整される。具体的には、造粒容器の回転速度は10〜200rpmにて調整され、水分供給量は、最終的に得られる成形体中の含水率が、例えば10〜20重量%となるように調整される。図9(e)に示すように、水分の供給により、粉末粒子間にその水分が浸透し、成形体の高密度化がさらに促進される。
上記のような転動造粒法の採用により、例えば直径が10mm程度までの高密度の球状成型体を、極めて高能率に製造することができる。また、得られる成形体Gの表面積A’と重量W’との比A’/W’が350以上(例えば径が6.73mm以下である)の小径のものについては、成形体の密度を、通常のプレス法等では不可能な2.0〜2.5g/cm3程度のレベルも十分に確保できる。
転動造粒を行うに際しては、成形体成長を促すため図7に示すように、成形核体50を造粒容器132内に投入しておくことが望ましい。こうすれば、図9(a)に示すように、成形核体50が成形用素地粉末層10k上を転がりながら、同図(b)に示すように、該成形核体50の周囲に成形用素地粉末10が球状に付着・凝集して球状成形体80となる(転動造粒工程)。この成形体80を焼結することにより、図10に示すように、球状窒化珪素質焼結体90が得られる。
成形核体50は、セラミック粉末を主体に構成すること、例えば成形用素地粉末10と類似の組成の材質にて構成すること(ただし、成形用素地粉末の主体をなすセラミック粉末(無機材料粉末)とは別材質のセラミック粉末を用いてもよい)が、最終的に得られる球状窒化珪素質焼結体90に対し核体が不純物源として作用しにくいので望ましい。しかしながら、核体成分の拡散が得られる球状窒化珪素質焼結体90の表層部にまで及ぶ懸念のない場合は、核体を、金属核体あるいはガラス核体等とすることも可能である。また、焼成時に熱分解あるいは蒸発により消滅する材質、例えばワックスや樹脂等の高分子材料にて核体を形成することも可能である。成形核体は、球状以外の形状としてもよいが、球状のものを使用することが、得られる成形体の球形度を高める上で望ましいことはいうまでもない。
成形核体の製造方法は特に限定されないが、セラミック粉末を主体に構成する場合は、セラミック粉末ダイプレス等により圧縮成形して核体を得る方法がある。また、粉末を溶融した熱可塑性バインダに分散させて溶融コンパウンドとし、これを噴霧凝固させて球状の核体を得る方法や、溶融コンパウンドを射出金型の球状のキャビティに射出して、球状の核体を成形する方法もある。一方、図7において成形用素地粉末10のみを造粒容器132内に投入して、成形体成長時よりも低速にて容器を回転させることにより粉末の凝集体を生成させ、十分な量及び大きさの凝集体が生じたら、その後容器132の回転速度を上げて、その凝集体を核体50として利用する形で成形体80の成長を行ってもよい。この場合は、上記のように別工程にて製造した核体を、敢えて成形用素地粉末10とともに容器132内に投入する必要はなくなる。
上記のようにして得られる成形核体50は、多少の外力が作用しても崩壊せずに安定して形状を保つことができる。その結果、図9(a)に示すように成形用素地粉末層10k上で転がった際にも、自重による反作用を確実に受けとめることができる。また、図9(c)に示すように、転がった時に巻き込んだ粉末粒子を表面にしっかりと押しつけることができるので、粉末が適度に圧縮されて密度の高い凝集層10aを成長できるものと考えられる。これに対し、図9(d)に示すように、核体を使用しない場合は、核体に相当する凝集体100は偶発的な要因でしか発生しないので、成形体の成長に時間がかかる場合がある。
なお、核体50の寸法は最小限40μm程度(望ましくは80μm程度)確保されているのがよい。核体50があまりに小さすぎると、凝集層10aの成長が不完全となる場合がある。また、核体が大きすぎると、形成される凝集層の厚さが不足し、焼結体に欠陥等が生じやすくなる場合があるので、その寸法を例えば1mm以下に設定するのがよい。
成形核体はセラミック粉末を、成形用素地粉末のかさ密度(例えば、JIS−Z2504(1979)に規定された見かけ密度)よりは高密度に凝集させた凝集体を使用することが、粉末粒子の押しつけ力を確実に受けとめて、凝集層10aの成長を促す上で望ましい。具体的には、成形用素地粉末のかさ密度の1.5倍以上に凝集させたものを使用するのがよい。この場合、成形用素地粉末層10k上での転がり衝撃により崩壊しない程度に凝集していれば十分である。
なお、より安定した成形体の成長を行うためには、核体50の寸法は得るべき成形体の寸法に応じて次のように設定することが望ましい。すなわち、図9(b)に示すように、成形核体50の寸法を、これと同体積の球体の直径dcにて表す一方、(もちろん、核体50が球状である場合には、その直径がここでいう寸法そのものに相当する)、最終的に得られる球状成形体の直径をdgとして、dc/dgが1/100〜1/2を満足するようにdcを設定する。dc/dgが1/100未満では、核体が小さすぎて凝集層10aの成長が不完全となったり、欠陥の多いものしか得られなくなったりする懸念が生ずる。他方、1/2を超えると、例えば核体50の密度がそれほど高くない場合には、得られる焼結体の強度が不足する場合がある。なお、dc/dgは、望ましくは1/50〜1/5、より望ましくは1/20〜1/10の範囲にて調整するのがよい。また、成形核体の寸法dcは、成形用素地粉末の平均粒径を尺度として見た場合は、その平均粒径の20〜200倍に設定するのがよい。他方、該寸法dcの絶対値は、例えば50〜500μmに調整するのがよい。
なお、転動造粒法以外の成形方法としては、図12(b)に示すように、成形ダイ101のダイ孔102に挿入される上下のプレスパンチ103,103の各先端面に半球状の凹部103a,103aをそれぞれ形成し、両パンチ103,103間で粉末を圧縮することにより、球形のセラミック成形体104を得ることができる。上記のようなダイプレス法においては、プレスパンチ103,103のパンチ面外周縁部を平坦化し、当該領域のプレス圧を増加させる方法を採用することが望ましいが、この方法では、プレスパンチ103,103の平坦化部分103b,103bに対応して、成形体104には必然的に鍔状の不要部分104aが形成される。この不要部分104aは、焼成前ないしは後に研磨等により除去する必要がある。
また、金型プレスのほか、冷間静水圧プレス(CIP)法を採用することも可能である。具体的には、上記のようなダイプレス法等により球状に仮成形し、その仮成形体をゴム製のチューブ内に封入し、これに油や水等の液状成形媒体により静水圧を印加して略当方的な加圧を行う。なお、一回の冷間静水圧プレスにて成形体の密度が十分に向上しない場合には、該冷間静水圧プレスを繰返し行うサイクルCIP法を採用してもよい。
さらに、金型成形法以外では、成形用素地粉末を熱可塑性バインダに分散させてスラリーとし、このスラリーをノズルから自由落下させて表面張力により球状とし、空気中で冷却・固化させる方法(例えば、特開昭63−229137号公報に開示されている)、あるいは、成形用素地粉末とモノマー(あるいはプレポリマー)及び分散溶媒からなるスラリーを、該スラリーと混和しない液体中に液滴として分散させ、その状態でモノマーあるいはプレポリマーを重合させることにより球状成形体を得る方法(例えば、特開平8−52712号公報に開示されている)等を例示することができる。
上記のようにして得られた成形体の焼成は、例えば、一次焼成および二次焼成の2段階焼成によって行うことができる。一次焼成は、窒素を含む1〜10気圧以下の非酸化性雰囲気下にて1900℃以下で行い、一次焼成後の焼結体密度を78%以上、好ましくは90%以上となるように行うことが望ましい。一次焼成密度が78%未満では、二次焼成後にポア等の欠陥が多く残りやすくなる場合がある。また、二次焼成は、窒素を含む10〜1000気圧の非酸化性雰囲気にて、1600〜1950℃で行うことができる(熱間静水圧プレス法の概念も含む)。焼成の圧力が10気圧未満では、窒化珪素の分解が抑えられず、この圧力が1000気圧を超える圧力であっても何ら効果に変化はなく、また、コスト面でも不利である。また、焼成温度が1600℃未満では、ポア等の欠陥を消滅させることができず強度が低下やすくなる。ただし、上記の二次焼成に相当する焼成条件によって十分な高密度化を図ることができ、欠陥等も少なくできる場合には、一次焼成を省略して一段階焼成とすることも可能である。また、二次焼成を行う場合は、これを窒素を含む200気圧以下の常圧又はガス圧により行うことで、得られる焼結体(ベアリング素球)の表面硬さの過度の上昇を抑制することができる。これにより、研磨等の加工をよりスムーズに行うことができ、ひいては真球度や直径不同など、研磨後のベアリングボールの寸法精度を確保しやすくなる。
そして、上記焼成工程の途中又は焼成工程の終了後に、50kPa以下の真空雰囲気中にて1200〜1500℃で10分以上保持する熱処理を行う。この処理は、前述の通り得られる焼結体のラマン分光分析を行ったときに、そのスペクトルプロファイルに現れるガラス的ピークの散乱強度レベルを高め、焼結体の耐摩耗性を向上させるために行われるものである。そして、該効果が損なわれない限り、熱処理温度は、焼成温度とは無関係に設定できるが、最終的に得られる焼結体の結合相の構成イオンや原子の準安定な結合状態を変化させるという観点においては、焼成温度より低く設定するのがよい。なお、熱処理時に成形体の焼成が同時に進行することが当然ありえ、この場合は、熱処理工程は焼成工程の一部に兼用されていると見ることができる。
熱処理は種々のタイミングにより行うことができる。図17はそのいくつかの例を示すものであるが、(a)では焼成前の昇温過程にて熱処理の温度期間を設定し、その後、その熱処理温度よりも高く設定された焼成温度まで昇温し、所定の圧力のガスを導入して焼成を行う例である。また、(b)は、焼成工程の初期に真空減圧期間を設定して真空熱処理を行う例であり、焼成温度と熱処理温度とがほほ同一に設定されている。(c)及び(d)では、焼成工程の途中あるいは末期に真空減圧期間を設定して熱処理を行う例である。また、(e)では、焼成が一旦終了した後、改めて昇温して熱処理を行う例を示している。なお、二段焼成を行う場合には、上記の熱処理は一次焼成と二次焼成の一方又は双方に対応して行うことができるが、より効果の高いのは二次焼成に対応して(つまり、二次焼成の途中又は後に)行うことが望ましい。
なお、熱処理は、1500〜2000℃の温度Tにて、1×−68×T22.3≦P≦5×10−20×T7.65で表される圧力P(単位:Pa)にて、例えば10分以上保持する工程として行なってもよい。
こうして得られた焼結体(ベアリング素球)は表面が精密研磨され、本発明の窒化珪素質焼結体としての、図1のベアリングボール43とされる。ベアリングボール43の表面から100±10μmの位置にてラマン分光分析を行ったときに得られるスペクトルプロファイルには、例えば図16に示すようなガラス的ピークが現れ、上記真空熱処理を行うことで、そのガラス的ピークの散乱強度レベルは、前述の本発明の第一〜第三に示した関係を満足するものとなる。これにより、ベアリングボール43の耐摩耗性が向上する。
なお、転動造粒法により得られた球状成形体80(図9)を焼成すれば、得られる焼結体90は、図10に示すように、略中心を通る断面を研磨してこれを拡大観察したときに、その中心部に、成形核体に由来する核部91が、凝集層に由来する高密度で欠陥の少ない外層部92との間で識別可能に形成される場合がある。そして、研磨された断面において、この核部91は、外層部92との間に明るさ及び色調の少なくともいずれかにおいて目視識別可能なコントラストを呈することが多い。これは、外層部92を構成するセラミックの密度ρeが、核部91を構成するセラミックの密度ρcと異なるためであると推測される。例えば、成形核体50(図9)が凝集層10aよりも低密度の場合は、外層部92を構成するセラミックの密度ρeが、核部91を構成するセラミックの密度ρcよりも高密度となることが多く、外層部92は核部91よりも明るい色調で表れる。なお、外層部92の相対密度は、セラミックの強度や耐久性確保の観点から、95%以上、望ましくは99%以上となっているのがよい。いずれにせよ、研磨断面に上記のような組織の現われる焼結体構造とすることで、ベアリング等の性能向上の鍵を握る外層部92の欠陥形成割合が小さく(例えば、ポアが確認されない程度)、高密度で強度の高いベアリングボールが実現される。ただし、焼結体は、焼成が均一に進行した場合には、表層部から中心部半径方向において、ほぼ一様な密度を呈するものとなる場合もある。また、核部と外層部との間に色調や明度の差異が生じていても、密度の上ではほとんど差を生じていない、といったこともあり得る。さらに、焼結がより均一に進行した場合には、核部91あるいは外層部92における同心的なコントラスト(後述)を目視により確認することが困難となる場合もある。
ここで、図9(b)に示すように、成形核体50の直径dcが球状成形体の直径をdgとして、dc/dgが1/100〜1/2(望ましくは1/50〜1/5、より望ましくは1/20〜1/5)の範囲にて調整される場合、図10において焼結体90の断面は、核部91の寸法をこれと同面積の円の直径Dcにて表す一方、セラミック焼結体の直径をDgとしたときに、Dc/Dgが1/100〜1/2(望ましくは1/50〜1/5、より望ましくは1/20〜1/10)を満足する組織を呈するようになる。Dc/Dgが1/50未満では、外層部92のもととなる凝集層10a(図9)に欠陥が生じやすくなり、強度不足等につながる場合がある。他方、1/5を超えると、例えば核体50の密度がそれほど高くない場合には、焼結体の強度が不足する場合がある。なお、Dc/Dgは、より望ましくは1/20〜1/10の範囲にて調整するのがよい。
焼結体90において核部91と外層部92との間に目視識別可能なコントラストが生ずる状態として、例えば、明るさあるいは色調の差異が球の半径方向に形成され、周方向には形成されていない状態を例示できる。具体的な態様として、研磨された断面において外層部92に、核部91を取り囲む層状パターン93が同心的に形成される場合がある。これは、転動造粒法を採用した場合に見られる特徴的な組織であるが、形成原因は以下のように推測できる。すなわち、図9(a)に示すように成形体80は、成形用素地粉末層10k上を転がりながら凝集層10aを成長させてゆくが、転動造粒の継続中において、成形体80は常に成形用素地粉末層10k上に存在するのではない。すなわち、造粒容器の回転に伴う粉末の雪崩的な流動により、成形用素地粉末層10kの下側までくると成形用素地粉末層10k内に潜り込み、造粒容器の壁面に連れ上げられて成形用素地粉末層10kの上側へ運ばれ、再び成形用素地粉末層10k上で転がり落ちる。成形用素地粉末層10k内へ潜り込んだときは、周囲を粉末にて押さえ込まれ、転がり落下による衝撃が比較的加わりにくくなって、粉末粒子は比較的ゆるく付着する。これに対し、成形用素地粉末層10k上で転がる際には、転がり落下による衝撃が加わるほか、水分等の液状噴霧媒体Wの噴霧も受けやすく、粉末は堅く締まり易くなる。そして、成形用素地粉末層10k上での転がりと、成形用素地粉末層10k内への潜り込みとが周期的に繰り返されることにより粉末の付着形態も周期的に変化するので、付着する粒子による凝集層10aには半径方向の疏密が生じ、これが焼成後にも微妙な密度等の差となって表れる結果、層状パターン93が形成されるものと考えられる(疏密の差異が非常に小さい場合は、実際に疏密が生じていることを、通常の密度測定の精度レベルでは確認できないこともあり得る)。例えば、上記の層状パターン93は、同心円弧状部分と、それよりも高密度の残余部分とが半径方向に交互に積層することにより形成されたものになると考えられる。
次に、本発明の窒化珪素質焼結体は、ボールベアリングに限らず、他の摺動部品、例えば図11に示すようにセラミックタペット150等に適用することも可能である。ここでは、本発明の窒化珪素質焼結体として構成されたセラミック板53を、金属製の本体部51の端面にろう材層52を介して接合した構造を有している。セラミック板53の接合面と反対側に摺動面53aが形成されている。セラミック板53は、図12(a)に示すように、成型用素地粉末をプレス成型することにより板状の成形体104を作り、これを焼成することにより製造できる。この場合、成型用素地粉末の粒度分布あるいはBET比表面積等は、転動造粒法に好適な前記の条件のものを満たしている必要は必ずしもないので、その調製方法も図4に示した装置を用いたものに限らず、スプレードライ法など公知のものを採用できる。
また、本発明の窒化珪素質焼結体は、工具への適用も可能である。図13は、全体を本発明の窒化珪素質焼結体として構成した切削用スローアウェイチップの一例を示す。スローアウェイチップ301は、略正方形断面の偏平角柱形状を有し、図14(a)に示すように、被削材Wを軸線周りに回転させ、その外周面に対しスローアウェイアウェイチップ301を、図14(b)に示すように当接させ、主面301cの一方をすくい面(以下、すくい面を301c’で表す)、側面301eを逃げ面として用いることにより、被削材Wの外周切削を行うことができる。なお、図13に示すように、スローアウェイアウェイチップ301のコーナー部301aにアールが施されており、エッジ部301bには所定幅t及び所定角度θの面取り部(チャンファ)が形成されている。
上記のようなスローアウェイチップ301も、図12(a)と同様に成型用素地粉末をプレス成型することにより成形体104を作り、これを焼成することにより製造できる。
実験例
本発明の効果を確認するために、以下の実験を行った。
(実験例1)
まず、素材粉末として、窒化珪素粉末(α化率97%以上、O2含有レベル:SiO2換算にて1.2重量%、平均粒子径0.7μm)、Y2O3粉末(平均粒子径1.3μm)、Al2O3粉末(平均粒子径1.2μm)、塩基性炭酸マグネシウム粉末(平均粒子径0.5μm)、ZrO2粉末(平均粒子径1.1μm)、Si粉末(平均粒子径3μm)を用意した。これら粉末を表2に示す各種組成にて配合し、適量の溶媒と有機結合剤とを加えてボールミルを用いて混合を行った後、スプレードライ法にて乾燥を行うことにより、造粒された成型用素地粉末を得た。なお、この実施例においてZrO2粉末を添加しているのは、焼結性の向上と得られる焼結体の靭性向上を図るためである。
そして、上記の成型用素地粉末をダイプレス法により仮成形した後、圧力2トン/cm2にてCIPを行い、粉末成形体を得た。なお、粉末成形体の形状は、切削工具試験片(スローアウェイチップ形状)用及び疲労寿命試験片用の2種類を用意した。得られた成形体は、焼成温度以下の所定温度にて脱バインダ処理を行い、次いで焼成を行った。焼成は以下のような2段階処理にて行っている。まず、1700℃で2時間、1atmの窒素雰囲気中で常圧一次焼成することにより、相対密度90〜94%の仮焼体を得た。次いでこの仮焼体を、各種条件にてガス圧二次焼成して球状焼結体を得た。その条件設定は表2に示す通りである。そして、その焼成後に、表2に示す各種条件にて熱処理を施した(雰囲気は窒素を用いた)。
得られた焼結体の密度をアルキメデス法により測定した。また、切削工具試験片を用いて、以下の条件にて切削試験を行った。まず、試験片形状は、図13に示す通りのものである(lSO規格でSNGN120408として規定されているもの)。すなわち、試験片301は、厚さ約4.76mm、一辺が約12.7mmの略正方形断面の偏平角柱形状を有し、そのコーナー部301aに施されたアールの大きさRは約0.8mmとした。また、エッジ部301bに施された面取り部(チャンファ)は、図13(b)に示すように、主面301c側の幅tが約0.15mm、主面301cに対する傾斜角度θが約25°となるように形成した。
各工具の切削性能の評価条件は以下の通りである。すなわち、図14(a)に示す形状の棒状の被削材Wを軸線周りに回転させ、その外周面に対し図20に示す試験片301を、図14(b)に示すように当接させ、主面301cの一方をすくい面(以下、すくい面を301c’で表す)、側面301eを逃げ面として用いることにより、以下の条件にて被削材の外周面を乾式で連続切削した。
被削材 :鋳鉄(FC230)、丸棒形態(外径φ240mm、長さ100mm)
切削速度V:500m/分
送り量 f:0.34mm/1回転
切り込みd:1.5mm
切削油 :なし
切削長さ :500mm
試験片1と被削材とのより詳細な位置関係は、図15に示す通りである。なお同図において、1gは横逃げ面、1fは前逃げ面をそれぞれ示す。他の符号の意味は図面中に示している。切削終了後、工具の刃先の逃げ面摩耗量
Vn(横逃げ面1g側の旋削方向の摩耗高さ:図14(c)参照)の平均値と、そのばらつき(試験品数5)を測定した。以上の結果を表1に示す。
また、疲労寿命試験を、疲労寿命試験片を用いることにより、以下に説明する転がり疲労寿命試験により行った。試験片は、主面が縦横50mmの正方形で、厚さ10mmの角板状であり、算術平均粗さRa(JIS−B0601による:以下、同じ)が0.01μmとなるように主面を鏡面研磨した。そして、6球式スラスト軸受け試験機を用い、振動により疲労寿命を検出した。該試験は、軸受け荷重180kgf、回転数3000rpmとして、60℃の潤滑油を供給しながら2000時間まで行った。以上の結果を表1に示す。
そして、上記の各種測定が終了した後、以下のようにしてラマン分光分析を行った。まず、シリコン単結晶試料として、不純物をドーピングしていない鏡面研磨シリコン単結晶ウェーハを用意した。また、切削試験片の主面の切削に使用していない領域においてこれと直交する断面が現れるように鏡面研磨を施して、焼結体測定用試料とした。
また、ラマン分光分析装置として、フランスISA社製、Labram、Arレーザー(波数:514.5nm)を用い、以下のように測定条件を定めた。まず、レーザービームのスポット径を約10μm、レーザービームの試料に対する積算照射時間は約5秒とした。そして、各試料に対しレーザービーム強度を次のように定めた。すなわち、シリコン単結晶試料について測定を行い、そのスペクトルプロファイルにおける1200cm−1での散乱強度を基準散乱強度レベルX0として、その基準散乱強度X0からの増分散乱強度にて表した、500〜530cm−1に出現する最強の散乱ピーク(標準ピーク)の高さをYkとする。また、SiC単結晶試料についても同様の測定を行ない、780〜790cm−1に出現する最強の散乱ピークの強度をWkとする。そして、レーザービーム強度は、Yk/Wk=0.10となるように設定した。散乱光はCCDセンサにより検出した。なお、散乱ピーク強度Yk及びWkは、光電子換算カウント数にて、Yk=2400カウント(図16)、Wk=24000カウント(図18はSiC単結晶試料のラマン散乱スペクトルプロファイルを示す)であった。
そして、焼結体試料の表面から深さ100±10μmの領域における測定を行い、そのスペクトルプロファイルに対し、ローパスフィルタ処理を施してプロファイル波長300cm−1以下の成分をカットすることによりベース曲線を生成し、そのベース曲線からの突出高さにて表した、スペクトルプロファイルの206±10cm−1に出現する最強の散乱ピークの高さをβ窒化珪素ピーク高さZ2として求めた。また、1200cm−1での散乱強度X1の基準散乱強度レベルX0からの増分にて表した増分散乱強度Y1=X1−X0、該増分散乱強度Y1と標準ピーク高さYkとの比Y1/Yk、及び波数750〜2500cm−1に出現する半値幅300cm−1以上のブロードなピーク(ガラス的ピーク)の、基準散乱強度X0からの増分散乱強度にて表したピーク高さY3とβ窒化珪素ピークZ2との比Y3/Z2もそれぞれ求めた。また、ガラス的ピークのピーク位置をスペクトルプロファイルから読み取った。以上の結果を表1に示す。また、図16に、試料番号5のスペクトルプロファイルを示す。
表1に示す結果より、Y1、Y1/YkあるいはY3/Z2が、本件請求項に記載した数値を満足する場合に、切削摩耗試験及び疲労試験のいずれにおいても良好な結果が得られており、ばらつきも小さいことがわかる。
(実験例2)
まず、素材粉末として、窒化珪素粉末(α化率97%以上、O2含有レベル:SiO2換算にて1.2重量%、平均粒子径0.5μm)、Y2O3粉末(平均粒子径1.5μm)、Yb2O3粉末(平均粒子径1.5μm)、Al2O3粉末(平均粒子径1.0μm)及び塩基性炭酸マグネシウム粉末(平均粒子径0.5μm)を用意した。これら粉末を表3に示す各種組成にて配合し、適量の溶媒と有機結合剤とを加えて遊星ボールミルを用いて混合を行った後、スプレードライ法にて乾燥を行なうことにより、造粒された成型用素地粉末を得た。
そして、上記の成型用素地粉末をダイプレス法により試験片形状に仮成形した後、圧力2トン/cm2にてCIPを行ない、粉末成形体を得た。得られた成形体は、BN粉末30質量%をエタノールに分散した離型剤を塗布した。これを、焼成温度以下の所定温度にて脱バインダ処理し、次いで、1700℃で2時間、1atmの窒素雰囲気中で常圧一次焼成することにより、相対密度90〜94%の仮焼体を得た。次いでこの仮焼体に離型剤コーティング等は施さない状態にて、100気圧の窒素雰囲気中で各種温度にて二次焼成して焼結体を得た。なお比較のため、一次焼成時と同じ離型剤を塗布して二次焼成を行なった試験品も作成した(表3:番号11)。なお、試験片としては、ラマン分光分析用試験片として幅10mm、長さ30mm及び厚さ3mmの板状のものと、切削試験用試験片としてISOにSNGN120408として規定されている工具形状のものとの2種類を作製した。
得られた焼結体の密度をアルキメデス法により測定した。また、焼結体のてラマン分光分析を以下のようにして行った。まず、シリコン単結晶試料として、不純物をドーピングしていない鏡面研磨シリコン単結晶ウェーハを用意した。また、焼結体は、主面と直交する断面が現れるように切断し鏡面研磨を施して、焼結体測定用試料とした。ラマン分光分析装置としては、フランスISA社製、Labram、Arレーザー(波数:514.5nm)を用い、実験例1と同様に測定条件を定めた。
そして、上記の研磨面において、焼結体試料の表面から深さ方向に10μm間隔にてレーザービーム照射位置(測定位置)を変えながらラマン散乱スペクトルを測定するとともに、各位置のスペクトルプロファイルにおいて1200cm−1での散乱強度X1の基準散乱強度レベルX0からの増分にて表した増分散乱強度Ya=X1−X0を求め、さらに、焼結体表層部側に現われるYaの最大値Ymaxと、内層部側に現われるYaの最小値Ymin、及び両者の比Ymax/Yminを決定した。
また、各焼結体の原料素地粉末は、600℃に加熱して脱バインダ処理した後、非分散型赤外分光分析法により酸素量を測定し、さらに配合した焼結助剤に含有される推定酸素量を減じて、過剰酸素量として算出した。他方、同じ非分散型赤外分光分析法により、炭素量の分析も行なった。
さらに工具用試験片を用いて、実験例1と全く同じ条件にて切削試験を行なった。以上の結果を表3に示す。
この結果からも明らかなように、焼成条件の調整により、ラマンスペクトルプロファイルにて観察されるガラス的ピーク(1200cm−1のピーク)を、焼結体表層部(Ymax)にて焼結体内層部(Ymin)よりも高くすることが可能であり、Ymax/Yminを2以上とすることにより特に良好な耐摩耗性が実現されていることがわかる。なお、図19には、表3の番号5,6,11の各試験品の、Yaの値(ただし、シリコン単結晶試料の1200cm−1での散乱強度(基準散乱強度レベル)X0に対する比にて表示している)の測定結果を、焼結体表面からの深さ方向距離との関係にて示している。