JP2012062239A - チタン酸バリウムの前駆体水溶液、水溶性前駆体およびその製造方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】強誘電体や半導体材料として有用なチタン酸バリウムにおいて、保管の際に沈殿等の発生に伴う劣化が起こらず、長期的な保存が可能なチタン酸バリウム前駆体水溶液、ならびにその水溶性の乾燥ゲルを提供する。
【解決手段】チタン原料として、過剰の過酸化水素を適切に除去して合成したペルオキソチタン酸錯体を使用し、バリウム原料として水溶性のバリウム塩を使用する。これらの混合溶液のpHを8〜9の範囲に調整することで長期安定性を向上させる。この水溶液13は長期にわたる保存に耐え、また、それ自身が水系コート液として薄膜合成に適用できる。乾燥することで水溶性のゲル状固体、すなわち水溶性チタン酸バリウム前駆体14が得られ、これもまた長期保存も可能である。水溶性チタン酸バリウム前駆体14は何度でも水に溶解させることができる。この水溶性チタン酸バリウム前駆体は、従来法比べて低温における焼成でチタン酸バリウムを与える。
【選択図】図1
【解決手段】チタン原料として、過剰の過酸化水素を適切に除去して合成したペルオキソチタン酸錯体を使用し、バリウム原料として水溶性のバリウム塩を使用する。これらの混合溶液のpHを8〜9の範囲に調整することで長期安定性を向上させる。この水溶液13は長期にわたる保存に耐え、また、それ自身が水系コート液として薄膜合成に適用できる。乾燥することで水溶性のゲル状固体、すなわち水溶性チタン酸バリウム前駆体14が得られ、これもまた長期保存も可能である。水溶性チタン酸バリウム前駆体14は何度でも水に溶解させることができる。この水溶性チタン酸バリウム前駆体は、従来法比べて低温における焼成でチタン酸バリウムを与える。
【選択図】図1
Description
本発明は、圧電性材料、焦電性材料、誘電体材料として有用なチタン酸バリウム粉末及び薄膜製造の原料に用いることができ、化学的に安定で、室内環境において沈殿が生じることなく、6ヶ月以上の長期保存が可能な水溶性チタン酸バリウム前駆体、およびその製造方法に関する。
チタン酸バリウムBaTiO3は、強誘電体や半導体材料としてさまざまな分野で応用されている。一方、セラミックスの水系プロセスは、低合成温度、揮発性有機溶媒のゼロ放出という観点から、環境に配慮した新しいプロセスとして有用であるが、チタン酸バリウムの水溶性前駆体は開発されてこなかった。なお、前駆体とは、焼成などによって目的物質を与える前段階ある物質のことである。本発明は、水溶性のペルオキソチタン酸錯体の合成過程において、過剰の過酸化水素を適切に除去し、水溶性のバリウム塩と混合し、さらに溶液を塩基性、すわなちpHを7〜14、好ましくは8〜10に調整することで、6ヶ月以上に渡る長期の保存安定性に優れたチタン酸バリウム前駆体水溶液を与えるものである。また、その水溶液を乾燥・ゲル化することで、水溶性のゲル状固体、すなわち水溶性チタン酸バリウム前駆体を与える。なお、ここでは「長期」の目安として「6ヶ月」を例示するが、これは沈殿が形成されないことを確認した試験期間が6ヶ月であるためであり、必ずしも6ヵ月後に沈殿が生じるという意味ではない。本発明の前駆体水溶液は試験期間後も沈殿を生じず、年単位で安定であるものと考えられる。
本発明の水溶性チタン酸バリウム前駆体は、650℃という従来原料に比べて著しく低い温度における焼成で高品質のチタン酸バリウムを与える。
チタン酸バリウムBaTiO3は、半世紀以上にわたって強誘電の主要材料として利用されており、積層セラミックコンデンサなどの電子素子の主成分に用いられている(非特許文献1参照)。また、チタン酸バリウムは、合成条件を変化させることで絶縁体から半導体まで電気的特性が変化するため、誘電体としての利用と共にPTCサーミスタといった半導体材料としても応用されている。
薄膜状態の機能性セラミックス材料を、ガラスなどの安価な基板上に作製することで、希少で高価な元素の使用量を減らすことができ、塊状のバルク体とは異なる用途で使用することができる。例えば、ITO(インジウム−スズ酸化物)透明電極はその好例で、薄膜化することで希少元素であるインジウムの使用量を低減できるだけでなく、光学的に透明な状態を保ったまま電気を流すことができるようになるため、透明電極として応用される(非特許文献2参照)。
セラミックス材料を薄膜状に堆積させる技術として、化学気相析出法や真空蒸着法、スパッタ法、レーザーアブレーション法などが開発されている。そのうち、真空蒸着法やスパッタ法、レーザーアブレーション法は特殊な真空装置を必要とするため設備投資に費用がかかる、運用における環境負荷が大きいという欠点がある。化学気相析出法は、ガス原料を基板付近で反応させセラミック薄膜を得るものであるが、利用できるガス原料が限られる、特殊なガス原料が高価である、組成制御が困難であるなどの問題点がある。
ゾルゲル法は、金属アルコキシドや金属硝酸塩などを、アルコールを始めとする有機溶媒に溶解させ、乾燥・ゲル化・焼成を経て、目的とする無機金属酸化物の粉末または薄膜を得る手法である。得られる溶液をそのまま濃縮・乾燥すればゲルが生成し、焼成により粉末状の目的物質が得られる。スピンコート法やディップコート法を適用することで、ガラスなどの安価な基材上に薄膜を形成させることもできる。これらのコート法では、ゾルと呼ばれる前駆体溶液をガラス板などの基材の上に塗布し、乾燥−ゲル化−焼成を経て目的とするセラミック薄膜を得る。なお、スピンコート法とディップコート法の違いは、ゾル溶液を塗布の仕方の違いであって、スピンコート法では回転する基材の上にゾル溶液を滴下し、すばやく基材を回転させることで余分な液を飛ばして均一な膜を得るもので、ディップコート法では基材をゾル溶液に浸し、モーターなどを利用して一定速度で引き上げることで均一な膜を得る。
非特許文献3によれば、溶液中の溶質濃度や塗布の仕方によって一層当りの厚みの制御が容易で、典型的なゾルゲル法では10nm程度であるとされている。これらのことから、真空装置や反応管などの特殊な反応容器を必要とせず、大気圧下における簡単な操作で薄膜を制御性よく作製することのできるゾルゲル法は、機能性セラミックスの成膜法として非常に優れていると言うことができる。
前記のように、ゾルゲルを利用した成膜プロセスは、機能性セラミックスの薄膜作製法として非常に優れているが、一方で以下の二点において解決すべき課題を抱えている。▲1▼原料に金属アルコキシドが使用されることと、▲2▼アルコールなどの有機溶媒が使用されることが欠点であるとされている。
金属アルコキシドは、一般に化学的に不安定なため、空気中の湿気と反応して加水分解しやすい。そのため、厳密な組成制御には不適であり、また値段が高い。薄膜や粉末の製造過程で多量の有機溶媒が放出される点もゾルゲル法の欠点である。前述の通り、ゾルゲルプロセスでは、金属アルコキシドや金属塩をアルコールなどの有機溶媒に溶解させて原料溶液とするが、これらの有機溶媒は、主に製造工程の乾燥過程において大気に放出される。揮発性有機溶媒(VOC)は光化学スモッグやシックハウス症候群の原因物質であるため、その大気への放出は厳しく制限されており、その放出量削減には、水系製造プロセスへの転換が必須である。
一部のセラミックス材料においては、水溶液析出法など、水を溶媒とする合成プロセスが提案されてきた(非特許文献4参照)。ところが、チタン酸バリウムにおいては、水に対して安定なチタン塩が少ない、バリウム源との相性が悪い、という理由から、化学的に安定な水溶性原料は開発されてこなかった。チタン酸バリウムを合成する上で使用できる原料として代表的なものは、チタン原料には、チタニウムテトライソプロポキシド([(CH3)2CHO]4Ti)、四塩化チタン(TiCl4)、三塩化チタン(TiCl3)、硫酸チタニル(Ti(SO4)2)、チタニウム(IV)エトキシド(C8H20O4Ti)などで、バリウム原料としては、硝酸バリウム(Ba(NO3)2)、塩化バリウム(BaCl2)、酢酸バリウム((CH3COO)2Ba)などの水溶性のバリウム塩、炭酸バリウム(BaCO3)、硫酸バリウム(BaSO4)、バリウムイソプロポキシド(Ba(OC3H7)2)、バリウムジ(メトキシエトキシド)(Ba(CH3OC2H4O)2)が挙げられる。また、チタンとバリウムの両元素を含む塩として、シュウ酸バリウムチタニル(BaTiO(C2O4)2・4H2O)の存在が知られている。このうち、チタニウムテトライソプロポキシド、四塩化チタン、バリウムイソプロポキシド、バリウムジ(メトキシエトキシド)は化学的に不安定であり、空気中の水分とも反応して水酸化物または酸化物を生じるため、水溶液の原料として使用することができない。また、炭酸バリウムと硫酸バリウム、シュウ酸バリウムチタニルは不溶性または難溶性であるため、水溶液原料として使用することができない。なお、シュウ酸バリウムチタニルは焼成によりチタン酸バリウムを生じるため、粉末状のチタン酸バリウムの原料としては有効である(シュウ酸法)。また、硫酸チタニルは可溶性であるが、硫酸チタニルより生じる硫酸イオンは、水溶液中でバリウムイオンと共存すると不溶性の硫酸バリウムを生じるため、原料に使用することができない。以上の制限から、上に例示したチタン、バリウムの化合物のうち水溶液の原料として使用できるのは三塩化チタンと水溶性のバリウム塩の混合溶液のみということになる。しかしながら、比較例3で述べるように、塩化物イオンが反応系に存在すると、熱的に安定な塩化バリウムが最終生成物に混入するため、チタン酸バリウムの水溶液原料としては適さないという問題がある。
酸化物および三塩化物を除く多くのチタン塩が水・空気に対し不安定であるのに対し、近年過酸化チタンを利用した水溶性のチタン塩が開発された(特許文献1、特許文献2、非特許文献5参照)。これは、金属チタンを過酸化水素とアンモニアを用いて水に溶解させるもので、通常+2〜4の酸化数とるチタンイオンが、非特許資料5によればこの方法で溶解したチタンは+5、すなわち過酸化状態にあるとされている。また、このような状態にあるチタンイオンのことを、過酸化物を指す英語より、ペルオキソチタンイオンと呼ぶ。過酸化水素とアンモニアを用いて水に溶解させたときの生成物はペルオキソチタン酸アンモニウムであるが、この水溶液は長期保存には適さない。クエン酸を始めとするヒドロキシカルボン酸を添加してペルオキソヒドロキシカルボン酸チタン錯体を形成させることで、水溶液を安定化させることができる(特許文献2参照)。この、ペルオキソヒドロキシカルボン酸チタン錯体は化学的に安定なため、長期保存に耐えるが、チタン酸バリウムの原料にする目的で硝酸バリウムなどの水溶性バリウム塩を添加すると、例えばペルオキソクエン酸チタン錯体の場合であれば不溶性のBa[Ti(C6H4O7)O2]・2H2Oが形成し、沈殿する(非特許文献6参照)。そのため、チタン酸バリウムの水溶液原料ならびに水溶性チタン酸バリウム前駆体に利用することができなかった。
「積層セラミックコンデンサ」日刊工業新聞社,ISBN978−4−526−06107−3.
「透明導電膜の技術」オーム社出版局,ISBN4−274−03516−6.
「ゾル−ゲル法の科学−機能性ガラスおよびセラミックスの低温合成−」アグネ承風社,ISBN4−900508−12−8.
例えば、Chem.Lett.(1996)433−434;Non−Crystal.Solids 210(1997)48.
特開2006−182616号公報
特願2006−68425号公報
Inorg.Chem.40(2001)891−894;Inorg.Chem.43(2004),pp 4546−4548;Angew.Chem.Int.Ed.45(2006)p.2378−2381;Inorg.Chem.45(2006)9251−9256.
Solid State Ionics 151(2002)293.
前記の通り水系プロセスを用いた製造技術は、揮発性有機溶媒の大気への放出量削減という観点からも有効であるにもかかわらず、チタン酸バリウムにおいては、水溶性のチタン酸バリウム前駆体を提供する技術はなく、また、安定な原料水溶液すら提供できないという状態にあった。
本発明は、水に対する安定性および長期安定性を向上させたチタン酸バリウム前駆体およびその製造方法を提供するもので、水系プロセスに有効な水溶性チタン酸バリウム前駆体ならびにチタン酸バリウム前駆体水溶液を提供することを目的としている。
上記従来課題を解決するために従来原料の問題点を精査した結果、ペルオキソヒドロキシカルボン酸チタン錯体において、合成時に使用した過酸化水素が残存することと、バリウム塩を混合した後の溶液pHが、溶液の安定性に影響を及ぼしていることを突き止めた。本発明は、ペルオキソヒドロキシカルボン酸チタン錯体と水溶性バリウム塩を原料とし、ペルオキソヒドロキシカルボン酸チタン錯体の合成過程において適切に過酸化水素を除去し、バリウム塩と混合した後の溶液を塩基性、すわなちpH=7〜14、好ましくはpH=8〜10に調整することで長期安定性を向上させた水溶液、およびその水溶液を乾燥して得られるゲル状の水溶性チタン酸バリウム前駆体を提供する。
なお、ここで挙げるヒドロキシカルボン酸とは、一般構造式(R−COOH)をもつカルボン酸のうち、置換基Rにヒドロキシ基(−OH)を含むものを指し、チタン錯体の安定性の観点から、クエン酸、グリコール酸、乳酸、酒石酸、リンゴ酸が好ましい。
水溶性のバリウム塩とは、水に溶解して安定な水溶液を形成するバリウム化合物であれば何でも良く、例えば硝酸バリウム、クエン酸バリウム、酢酸バリウムなどが適当である。
なお、既往の技術として「安定化されたチタン酸バリウム水溶液の製造方法」(特許文献3参照)に関するものがあり、「透明なチタン酸バリウム水溶液」の製造方法が記載されている。しかしながら、その製造方法は本発明に比べると工程がはるかに複雑である。また、その溶液の状態について文献中では詳細な記述が無いが、「バリウム塩を混合させた透明溶液に添加されるアニリンまたはニトロベンゼンは、各々−NH2基、−NO2基という親水性基を有しており、安定化されたチタン酸バリウム水溶液を得るために必要不可欠の溶媒である。」という記述から類推する限り、本発明の水溶液と異なり、光の散乱を起さない程度にまで微細にされたチタン酸バリウム微粒子、または関連物質のコロイド溶液であると考えられる。そのため、チタン酸バリウムのナノ粒子を分散させた分散溶液について記述した特許文献4と原理的には同種の技術であると判断できる。
すなわち、いずれもチタン酸バリウム微粒子をコロイドとして水溶液中に安定に分散させる技術であり、チタン、バリウム原料を溶液中に原子・分子レベルで溶解している本発明とは根本的に異なる。
以下に、本発明における水溶性チタン酸バリウム前駆体の合成法の詳細を述べる。水溶性のチタン源にはペルオキソヒドロキシカルボン酸チタン錯体を使用する。ペルオキソヒドロキシカルボン酸チタン錯体水溶液3の合成法は、特許資料1、特許資料2および非特許資料5に記載の方法に準ずる。以下に、ヒドロキシカルボン酸の代表例としてクエン酸を用いた場合の合成例を述べる。クエン酸以外のヒドロキシカルボン酸の場合は、クエン酸をヒドロキシカルボン酸と読み替えれば同様の効果が得られる。また、水溶性のバリウム塩としてクエン酸バリウムを挙げるが、硝酸バリウムや酢酸バリウムなどの他の水溶性バリウム塩で置き換えても良い。
金属チタンを過酸化水素とアンモニア水を用いて溶解させる。このペルオキソチタン酸アンモニウム水溶液1は化学的な安定性に優れないため(図1(a))、Tiに対し1〜10倍の物質量のクエン酸2を添加しペルオキソクエン酸チタン錯体水溶液3を得る(図1(b))。続いて、このペルオキソクエン酸チタン錯体水溶液3を、エバポレーターを用いて、減圧しながらウォーターバス中で加熱する(図1(c))。加熱により、過剰に溶解している過酸化水素が自発的に分解を始め、気泡6(酸素)が発生する。この気泡6の発生が始まったら、一旦溶液をウォーターバスより取り出し、過酸化水素の自発分解が終了するまで静置する(図1(d))。過酸化水素の自発分解反応が終了したら、再びエバポレーターを用いて濃縮を開始し、乾燥ゲル7を得る(図1(e))。この乾燥ゲル7にイオン交換水8を加えると、本発明の特徴とする過酸化水素を含まないペルオキソクエン酸チタン錯体水溶液9が得られ、この溶液に所定のBa/Ti比になるように秤量したクエン酸バリウムの水溶液10を加える。この操作で得られるチタン酸バリウム前駆体溶液11は、混合時には沈殿は生じず溶液の状態のままであるが、合成過程で加えたクエン酸のためpHが2程度を示し、長期保存性が優れない(比較例1)。そのため、アンモニア水12を加えて(図1(g))、最終的な溶液のpHを塩基性、すわなちpH=7〜14、好ましくはpH=8〜10に調整する(図1(h))。この製造方法により、本発明の特徴とするチタン酸バリウム前駆体水溶液13が得られる。また、このチタン酸バリウム前駆体水溶液13を、エバポレーターを用いて乾燥・ゲル化させると、乾燥ゲル14、すなわち水溶性チタン酸バリウム前駆体が得られる。
ペルオキソクエン酸チタン錯体水溶液3を加熱濃縮する際には、エバポレーターを用いずに、単にウォーターバスやホットプレートで加熱するだけでも、同様の効果が得られる。
混合溶液11のpHを調整する際に加えるものとしては、塩基性で、焼成の際に気化や燃焼により系外へ排出されるものが好ましく、アンモニアの他に、例えばメチルアミンやエチルアミンなどの1級アミン、ジメチルアミンなどの2級アミン、トリメチルアミン(N,N−ジメチルメタンアミン)などの3級アミン、その他アミノ基を有するエチレンジアミン(エタン−1,2−ジアミン)、あるいは加熱や酵素反応によりアンモニアを発生する尿素などが利用できる。
続いて、本発明で得られる水溶性チタン酸バリウム前駆体の特徴を述べる。図1(h)で得られたチタン酸バリウム前駆体11がチタン酸バリウムBaTiO3に変化する様子を調べた例を図2に示す。図2は、水溶液13を乾燥することで得られた乾燥ゲル、すなわち水溶性チタン酸バリウム前駆体14を250℃で完全に乾燥させた後、空気中で1000℃まで加熱した際の熱重量分析の結果である。縦軸のうち左側は加熱に伴う重量変化を示し、右側は重量変化に伴う熱の出入り(DTA)を表している。なお、熱の出入りにおいては、上側が発熱、下側が吸熱反応であることを示している。図2の重量変化において明らかなように、前駆体粉末は350から500℃にかけて緩やかな重量減少15があり、500℃付近で急激な減少16が見られる。この500℃における重量減少に伴って大きな発熱ピーク17が見られ、この重量減少が前駆体粉末に含まれる有機物の燃焼であることが分かる。その後、650℃付近で重量減少18が止まるが、この温度以上では可燃性又は揮発性の不純物が含まれてないことがわかる。有機物の燃焼ピーク17以外には熱の出入りに伴うピークは見られない。図3は、乾燥した前駆体ゲルを650℃で焼成した際のX線回折パターンである。このXRDパターンは立方晶系のペロブスカイト型チタン酸バリウムBaTiO3に一致した。
酸化チタンと炭酸バリウムを反応させてチタン酸バリウムを得る従来の固相反応法では、熱力学的に酸化チタンと炭酸バリウムの間の化学反応を起こさせるために1100℃以上での加熱を必要としている。また、シュウ酸バリウムチタニルを原料とするシュウ酸法では、従来の固相反応法に比べて低温でチタン酸バリウムが生成するが、その反応過程において、原料の組成分離に伴って一旦炭酸バリウムBaCO3とTiO2が生成し、それらが700℃以上で反応してチタン酸バリウムBaTiO3が生成する(非特許文献7参照)。
もし、本発明の水溶性チタン酸バリウム前駆体が、シュウ酸法により合成されるチタン酸バリウムと同様に、反応の過程で一且炭酸バリウムBaCO3と酸化チタンTiO2の形成を経た後、チタン酸バリウムBaTiO3を生成するものであれば、熱重量分析において、CO2の脱離に伴う重量減少およびBaCO3とTiO2の反応に伴う発熱ピークが生じるはずである。しかしながら、図2を見ると分かる通り、本発明のチタン酸バリウム前駆体は650℃で重量減少16が終了し、また、500℃付近の発熱ピーク17以降に反応に伴う熱の出入りがない。このことは、本発明のチタン酸バリウム前駆体が炭酸バリウムを経ずに直接チタン酸バリウムが生成していることを示している。すなわち、500℃程度での焼成でチタン酸バリウムを生成し、650℃以上の焼成により揮発性又は可燃性の不純物の除去できるという特徴を有するもので、従来法に比べて低温で高品質のチタン酸バリウムを提供することができる。
セラミック工学ハンドブック(第2版) 技報堂出版,ISBN4−7655−0032−2.
本発明のチタン酸バリウム前駆体水溶液13は化学的に安定であるため、空気中での保管に耐え、ビーカーにラップをかぶせただけの状態で6ヵ月以上放置しても沈殿が生じない。また、以下の実施例で述べるように、石英ガラス基板上に成膜することで透光性を有するチタン酸バリウム薄膜の作製に使用することができる。すなわち、本発明の実施例において、本発明の水系コート液が光学レベルで優れたチタン酸バリウム薄膜の作製に有効であることを実証した。
透光性チタン酸バリウム薄膜の作製
実施例1では、本発明の水溶性チタン酸バリウム前駆体を溶解させた水溶液をコート溶液とし、ディップコート法によりチタン酸バリウム薄膜を作製した。[0024]で述べた方法に従って水溶性前駆体の乾燥ゲル14を作製する。この乾燥ゲルを、イオン交換水に溶解させ、水系のディップコート溶液とする。なお、この乾燥ゲルは任意の割合で水に溶解させることができるため、高濃度から低濃度まで調製することができるが、一般に濃度が高すぎると一回あたりの成膜量が多くなるため熱処理時の体積収縮による亀裂などが問題となる。また、ディップコート溶液の濃度が低すぎると一回あたりの成膜量が少なくなるため、所定の厚さの薄膜を得るのにコート回数を重ねる必要がある。概ね20回程度の成膜回数で数百nmの膜厚の膜を得るのに適当な濃度は0.05〜0.15mol/Lである。なお、ここで示す濃度範囲は、透光性に優れた薄膜の作製に適した濃度の一例であり、必ずしもこの濃度範囲に限定されるものではない。
実施例1では、本発明の水溶性チタン酸バリウム前駆体を溶解させた水溶液をコート溶液とし、ディップコート法によりチタン酸バリウム薄膜を作製した。[0024]で述べた方法に従って水溶性前駆体の乾燥ゲル14を作製する。この乾燥ゲルを、イオン交換水に溶解させ、水系のディップコート溶液とする。なお、この乾燥ゲルは任意の割合で水に溶解させることができるため、高濃度から低濃度まで調製することができるが、一般に濃度が高すぎると一回あたりの成膜量が多くなるため熱処理時の体積収縮による亀裂などが問題となる。また、ディップコート溶液の濃度が低すぎると一回あたりの成膜量が少なくなるため、所定の厚さの薄膜を得るのにコート回数を重ねる必要がある。概ね20回程度の成膜回数で数百nmの膜厚の膜を得るのに適当な濃度は0.05〜0.15mol/Lである。なお、ここで示す濃度範囲は、透光性に優れた薄膜の作製に適した濃度の一例であり、必ずしもこの濃度範囲に限定されるものではない。
基板には石英ガラスが使用できる。石英ガラス基板は、あらかじめ水酸化ナトリウム水溶液などに浸漬し、イオン交換水ですすいで表面を親水化させた。これは、水溶液の表面張力が大きいため、そのままではガラス表面上への濡れ性が悪いためである。[実施例1]においてはコート回数を20回とし、0.05〜0.15mol/Lの濃度範囲の溶液に石英ガラス基板を浸し、モーターを用いて一定の速度で引き上げた。引き上げ速度は一回あたりの膜厚に影響を与えるが、本実施例では、代表的な値として0.77mm/sを採用した。コート液に浸漬した基板は、引き上げた後、空気中で2分、50℃の乾燥器中で5分間乾燥させた後、空気中650℃にて10分間焼成を行った。基板をコート液に浸すところから650℃で焼成する過程を1回のコートとし、合計で20回のコートを行った。その後、空気中700℃、1時間という条件で焼成を行い、基板上にチタン酸バリウム薄膜を作製した。
本発明で提供する水溶性チタン酸バリウム前駆体溶液を原料に、ディップコート法により作製したチタン酸バリウム薄膜の特徴をここに述べる。得られた薄膜試料の評価結果を図4〜7に示す。図4は光学写真であり、下地の文字が透けて見えることから、作製した薄膜が透光性に優れていることは明白である。図5は、走査型電子顕微鏡を用いて観察した薄膜の表面で、亀裂、空隙、凝集物などの、薄膜の特性を劣化させる形態上の欠陥が極めて少ないことが分かる。図6は、700℃焼成した後の薄膜のXRDパターンである。チタン酸バリウムBaTiO3のピークが明瞭に観測されたことから、薄膜がペロブスカイト型構造をもつチタン酸バリウムであることがわかる。また、図7にこの薄膜の透過率を示す。概ね可視域において70%を超えており、透過率という点においても透明性に優れていることが分かる。なお、この薄膜の厚さは、破断面観察により180nmであり、一回あたりの成膜は約9nmであった。
図1(a)〜(f)に従って調製した水溶性チタン酸バリウム前駆体水溶液11を、アンモニア水を加えてpHを調整することなく保管した。図1(f)においてバリウム塩水溶液と混合することで、チタン酸バリウム前駆体水溶液11が得られる。この水溶液11は数時間の保存は可能であるが、数日〜数週間以内に沈殿を生じ白濁する。この沈殿粉末は、XRDパターン19を与える物質で、ピーク強度も弱く、結晶性が低い。なお、パターン19を与える沈殿を650℃で加熱すると炭酸バリウムBaCO3のXRDパターン20が得られることから、沈殿はバリウムの化合物であることが分かる。
続いて[比較例2]として、過酸化水素の自発分解反応(図1(d))を経ずに濃縮を続けた場合の結果について述べる。エバポレーターで加熱すると過酸化水素の自発分解反応に伴って酸素の気泡が発生するが、[比較例2]では、溶液を静置せずにそのままエバポレーターで濃縮した。それ以外は、図1で示した水溶性チタン酸バリム前駆体の合成法と同じである。バリウム塩を加えた段階では溶液状態のものが得られるが、この溶液は、保存により1日〜1週間程度で沈殿が生じる。また、[実施例1]において安定性の向上に有効であったアンモニア水を加えると、直ちに溶液が白濁する。この沈殿を回収してXRDで調べるとパターン21が得られ、非晶質であることが分かる。また、この沈殿を空気中650℃で焼成すると、XRDパターン22で示す通り立方晶系チタン酸バリウムが得られたことから、アンモニア水を添加した際に生じる沈殿は不溶性の非晶質チタン酸バリウム前駆体であることがわかる。
続いて、[比較例3]として、塩化物を原料に用いた場合について述べる。[従来の技術]で述べたとおり、水溶性のチタン化合物としては、塩化チタン(III)TiCl3が存在する。塩化チタン(III)と水溶性のバリウム塩を混合することで、チタン(III)およびバリウムイオン(II)を含む水溶液を作製することは可能である。しかしながら、水溶液中に、塩化物イオンとバリウムイオンが同時に存在すると塩化バリウムが生成し、この塩化バリウムは熱的に安定であるため、空気中1000℃で焼成しても完全に酸化物であるチタン酸バリウムに変化しない。XRDパターン24は、酸化チタンTiO2と塩化バリウムの混合粉末を1000℃で焼成したときに得られる生成物のXRDパターンである。本発明の水溶性チタン酸バリウム前駆体が、650℃という温度においてチタン酸バリウム単相を与えるのと対照的に、塩化物を原料にした場合は1000℃という高温で焼成しても、○で示されるチタン酸バリウムの他に、出発原料に使用した塩化バリウムのXRDパターン23と非常によく似たピークをもったパターンが得られ、これは未反応物に由来すると考えられる。このことから、塩化物を原料に用いる反応経路はチタン酸バリウムの合成に適さないことがわかる。
前記比較例をみると明らかなように、本発明における、過剰の過酸化水素を適切に除去し、溶液のpHを調整して作製した水溶性チタン酸バリウム前駆体は、長期安定性に優れ、従来法に比べ低温での焼成で微細な高品質チタン酸バリウムBaTiO3粒子を与える。さらに、良質のチタン酸バリウム薄膜製造のための水系原料としても有効である。
本発明は、以下に記載されるような効果を奏する。
(1)化学的に安定で、長期保存が可能なチタン酸バリウムの水溶液原料を提供する。この水溶液は、乾燥させることで水溶性のゲル固体、すなわち水溶性チタン酸バリウム前駆体を与える。この水溶性チタン酸バリウム前駆体は、固体状態で保存することででき、水に溶解させて任意の濃度のチタン酸バリウム前駆体水溶液を調製することができる。
(2)本発明の水溶性チタン酸バリウム前駆体は、焼成により容易にチタン酸バリウムを与える。その生成過程で組成分離することなく、500℃程度の温度において直接的にチタン酸バリウムに変化する。熱重量分析によれば、揮発性又可燃性の不純物を含まない高品質のチタン酸バリウムの生成に必要な温度は650℃程度である。来法の一種である固相反応法では、1100℃以上の温度での加熱を必要としていることから、焼成にかかるエネルギーを著しく低減させることが可能である。
(3)本発明の水溶性チタン酸バリウム前駆体を溶解して得られる水溶液は、ガラスなどの基材にコートし、乾燥・焼成することでチタン酸バリウムの薄膜を与える。従来のゾルゲルプロセスでは乾燥過程で有機溶媒が大気中に放出されるという問題があったが、本発明の前駆体を成膜用の原料により水系の成膜プロセスを実現される。従来のアルコキシド原料の化学的安定性の問題を解決するだけでなく、大気中へ放出される揮発性有機溶媒を実質的にゼロするものである。
(1)化学的に安定で、長期保存が可能なチタン酸バリウムの水溶液原料を提供する。この水溶液は、乾燥させることで水溶性のゲル固体、すなわち水溶性チタン酸バリウム前駆体を与える。この水溶性チタン酸バリウム前駆体は、固体状態で保存することででき、水に溶解させて任意の濃度のチタン酸バリウム前駆体水溶液を調製することができる。
(2)本発明の水溶性チタン酸バリウム前駆体は、焼成により容易にチタン酸バリウムを与える。その生成過程で組成分離することなく、500℃程度の温度において直接的にチタン酸バリウムに変化する。熱重量分析によれば、揮発性又可燃性の不純物を含まない高品質のチタン酸バリウムの生成に必要な温度は650℃程度である。来法の一種である固相反応法では、1100℃以上の温度での加熱を必要としていることから、焼成にかかるエネルギーを著しく低減させることが可能である。
(3)本発明の水溶性チタン酸バリウム前駆体を溶解して得られる水溶液は、ガラスなどの基材にコートし、乾燥・焼成することでチタン酸バリウムの薄膜を与える。従来のゾルゲルプロセスでは乾燥過程で有機溶媒が大気中に放出されるという問題があったが、本発明の前駆体を成膜用の原料により水系の成膜プロセスを実現される。従来のアルコキシド原料の化学的安定性の問題を解決するだけでなく、大気中へ放出される揮発性有機溶媒を実質的にゼロするものである。
1 ペルオキソチタン酸アンモニウム水溶液
2 クエン酸またはヒドロキシカルボン酸
3,9 ペルオキソクエン酸チタン錯体水溶液
4 エバポレーター
5 ウォーターバス
6 気泡(酸素)
7 濃縮ゲル
8 イオン交換水
10 クエン酸バリウムまたは他の水溶性バリウム塩水溶液
11,13 チタン酸バリウム前駆体水溶液
12 アンモニア水
14 乾燥ゲル(水溶性チタン酸バリウム前駆体)
15,16,18 熱重量分析における重量変化
17 熱重量分析における発熱ピーク
19,20,21,22,23,24 X線回折(XRD)における回折パターン
2 クエン酸またはヒドロキシカルボン酸
3,9 ペルオキソクエン酸チタン錯体水溶液
4 エバポレーター
5 ウォーターバス
6 気泡(酸素)
7 濃縮ゲル
8 イオン交換水
10 クエン酸バリウムまたは他の水溶性バリウム塩水溶液
11,13 チタン酸バリウム前駆体水溶液
12 アンモニア水
14 乾燥ゲル(水溶性チタン酸バリウム前駆体)
15,16,18 熱重量分析における重量変化
17 熱重量分析における発熱ピーク
19,20,21,22,23,24 X線回折(XRD)における回折パターン
Claims (3)
- 焼成によりチタン酸バリウムを生成するチタン酸バリウム前駆体において、合成過程で過酸化水素を除去することを特徴とする水溶性のペルオキソヒドロキシカルボン酸チタン錯体と、水溶性バリウム塩を混合して作製される水溶液のうち、溶液pHが7〜14であることを特徴とするチタン酸バリウム前駆体水溶液。
- 前記、チタン酸バリウム前駆体水溶液の合成において、過酸化水素を除去して作製したペルオキソヒドロキシカルボン酸チタン錯体と、水溶性バリウム塩を使用し、その混合水溶液のpHを7〜14に調整することを特徴としたチタン酸バリウム前駆体水溶液の製造方法。
- [請求項1]のチタン酸バリウム前駆体水溶液の蒸発乾固により得られる水溶性の乾燥ゲル、すなわち水溶性チタン酸バリウム前駆体。
Priority Applications (1)
Application Number | Priority Date | Filing Date | Title |
---|---|---|---|
JP2010227957A JP2012062239A (ja) | 2010-09-17 | 2010-09-17 | チタン酸バリウムの前駆体水溶液、水溶性前駆体およびその製造方法 |
Applications Claiming Priority (1)
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JP2010227957A JP2012062239A (ja) | 2010-09-17 | 2010-09-17 | チタン酸バリウムの前駆体水溶液、水溶性前駆体およびその製造方法 |
Publications (1)
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JP2012062239A true JP2012062239A (ja) | 2012-03-29 |
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ID=46058338
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JP2010227957A Pending JP2012062239A (ja) | 2010-09-17 | 2010-09-17 | チタン酸バリウムの前駆体水溶液、水溶性前駆体およびその製造方法 |
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JP (1) | JP2012062239A (ja) |
Cited By (1)
Publication number | Priority date | Publication date | Assignee | Title |
---|---|---|---|---|
WO2022059367A1 (ja) | 2020-09-18 | 2022-03-24 | 三井金属鉱業株式会社 | チタン酸水溶液 |
-
2010
- 2010-09-17 JP JP2010227957A patent/JP2012062239A/ja active Pending
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WO2022059367A1 (ja) | 2020-09-18 | 2022-03-24 | 三井金属鉱業株式会社 | チタン酸水溶液 |
KR20230067629A (ko) | 2020-09-18 | 2023-05-16 | 미쓰이금속광업주식회사 | 티탄산 수용액 |
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