しかしながら、こうした電磁アクチュエータにおいては、内部機構の摩擦抵抗の変化が生じる。例えば、車両が低温環境下において始動するときには、電磁アクチュエータの内部機構のグリースの粘度が高いため、摩擦抵抗が大きい状態となっている。従って、適切なアクチュエータ力をばね上部およびばね下部に伝達できなくなり、乗り心地や操縦安定性が低下するおそれがある。
本発明は、上記問題を解決するためになされるものであり、電磁アクチュエータにおいて摩擦変化が生じても適切なアクチュエータ力を発生できるようにして、乗り心地や操縦安定性の低下を抑制することを目的とする。
本発明の特徴は、車両のばね上部(SU)とばね下部(SD)とを弾性的に連結するサスペンションスプリング(52)と、前記ばね上部と前記ばね下部との間に前記サスペンションスプリングと並列的に配設され、ばね上部とばね下部との間の相対移動に対する推進力および減衰力であるアクチュエータ力を発生する電気モータ30を有する電磁アクチュエータ(20)と、前記アクチュエータ力の目標値である目標アクチュエータ力(fact *)を演算する目標アクチュエータ力演算手段(100,S53)と、前記目標アクチュエータ力演算手段により演算された目標アクチュエータ力に基づいて、前記電気モータを駆動制御する駆動制御手段(100,73,S66)とを備えた車両用サスペンション装置において、車両の始動時に前記電気モータを予め設定した摩擦測定用駆動力で駆動し、そのときの前記電気モータの回転角度から前記電磁アクチュエータの摩擦力(F)を演算する摩擦力演算手段(100,S11〜S22)と、前記摩擦力演算手段により演算された摩擦力に基づいて、前記目標アクチュエータ力を補正する目標アクチュエータ力補正手段(100,S55〜S66)とを備えたことにある。
本発明においては、ばね上部とばね下部との間に、サスペンションスプリングと電磁アクチュエータとが並列的に配設される。電磁アクチュエータは、ばね上部とばね下部との間の相対移動に対する推進力および減衰力であるアクチュエータ力を発生して、ばね上部の振動を抑制する。例えば、電磁アクチュエータは、磁力によりモータ軸を回転させる電気モータと、モータ軸の回転運動とばね上部−ばね下部間の接近・離間運動とを相互に変換する動作変換機構とを備えて構成することができる。目標アクチュエータ力演算手段は、目標アクチュエータ力を演算する。例えば、ばね上速度、ばね下速度等の車両振動状態量を取得し、この車両振動状態量から車両の上下振動を抑制するための目標アクチュエータ力を演算する。そして、駆動制御手段は、演算された目標アクチュエータ力を電磁アクチュエータから発生するように電気モータを駆動制御する。
電磁アクチュエータが動作する場合、その内部機構に摩擦力が発生する。この摩擦力は、車両環境温度に応じて変化し、この摩擦力の変化が、ばね上部およびばね下部に伝達される荷重の変化を招いてしまう。そこで、本発明においては、摩擦力演算手段が、車両の始動時に電気モータを予め設定した摩擦測定用駆動力で駆動し、そのときの電気モータの回転角度から電磁アクチュエータの摩擦力を演算する。この場合、摩擦力演算手段は、電磁アクチュエータがステップ駆動するように、一定の摩擦測定用駆動力で電気モータを駆動するとよい。電気モータの回転位置は、電気モータから摩擦測定用駆動力を発生すると変化し、サスペンション装置に働く荷重(車両荷重、ばね荷重、アクチュエータ力、摩擦力など)がバランスした位置で安定する。従って、電気モータの回転した角度(回転位置の変化量)を検出することにより電磁アクチュエータの摩擦力を演算することができる。この場合、電気モータの回転角度は、摩擦力が大きくなるほど小さくなる。
そして、目標アクチュエータ力補正手段は、摩擦力演算手段により演算された摩擦力に基づいて、目標アクチュエータ力を補正する。従って、目標アクチュエータ力が電磁アクチュエータの摩擦力に応じた適正値に補正される。この結果、本発明によれば、摩擦力による乗り心地や操縦安定性の低下を抑制することができる。
本発明の他の特徴は、車両の始動が低温環境下において行われたものか否かを判定する温度判定手段(100,S11〜S12)を備え、前記摩擦力演算手段および前記目標アクチュエータ力補正手段は、前記温度判定手段により車両の始動が低温環境下において行われたものと判定された場合に動作する(100,S13〜S14,S54)ことにある。
車両が低温環境下において始動するときには、電磁アクチュエータの内部機構のグリースの粘度が高いため摩擦力が大きい。従って、本発明においては、温度判定手段が、車両の始動が低温環境下において行われたものか否かを判定し、車両が低温環境下で始動したと判定された場合に、電磁アクチュエータの摩擦力の演算、および、目標アクチュエータ力の補正を行うようにしている。これにより、摩擦力演算手段および目標アクチュエータ力補正手段の処理を必要最小限に抑えて演算負担を軽くすることができる。
尚、温度判定手段は、例えば、車両の始動時において車両の環境温度を表す情報を取得し、その環境温度が予め設定した低温判定閾値未満の場合に、車両の始動が低温環境下において行われたものと判定すればよい。この車両の環境温度は、電磁アクチュエータの温度を推定できる部位の温度であればよく、例えば、外気温度などを採用することができる。
本発明の他の特徴は、前記目標アクチュエータ力補正手段は、車両の始動から所定期間の間だけ、前記目標アクチュエータ力を補正する(S55〜S57)ことにある。
電磁アクチュエータにおいては、車両の始動からある程度の時間が経過すると、内部機構のグリースの粘度が低下する。従って、電磁アクチュエータの摩擦力の変化は、車両の始動から所定期間の間だけと考えて良い。そこで、本発明においては、車両の始動から所定期間の間だけ、目標アクチュエータ力を補正する。従って、目標アクチュエータ力が一層適正なものとなる。尚、「所定期間」は、一定時間の経過を測定するものに限らず、例えば、電磁アクチュエータの始動時からのストローク回数をカウントして、そのカウント値が設定値に到達したときに、車両の始動から所定期間だけ経過したと判断することもできる。
本発明の他の特徴は、前記目標アクチュエータ力補正手段は、前記電気モータの回転速度が予め設定した閾値よりも小さくなる範囲においては、前記目標アクチュエータ力を補正する補正量を前記回転速度が小さいほど小さくなるように設定する(S58〜S61)ことにある。
電磁アクチュエータで発生する摩擦力は、電磁アクチュエータの運動方向と反対方向に働く。従って、目標アクチュエータ力の補正値は、電磁アクチュエータの運動方向と同じ方向の力を加えるような値に計算される。例えば、ばね上部とばね下部とが離れる伸び動作時には、伸び動作方向に働く補正値が計算され、ばね上部とばね下部とが接近する縮み動作時には、縮み動作方向に働く補正値が計算される。このため、電磁アクチュエータの運動方向が切り替わるとき、目標アクチュエータ力の補正値も方向が変わることになり、目標アクチュエータ力の補正値の変化が大きくなってしまう。
そこで、本発明においては、電気モータの回転速度が予め設定した閾値よりも小さくなる範囲においては、目標アクチュエータ力を補正する補正量を回転速度が小さいほど小さくなるように設定する。つまり、電磁アクチュエータの運動方向が切り替わる場合、その過程において、電気モータは、その回転速度が低下してゼロとなったのち反対方向に回転速度が増加する。従って、本発明によれば、目標アクチュエータ力の補正量は、電気モータの回転速度がゼロを通過するとき小さくなり、回転方向が反転した後に回転速度の増加にともなって増加するようになる。これにより、電磁アクチュエータの運動方向が反転するときのアクチュエータ力の急変動が抑制され、乗り心地をさらに向上させることができる。尚、この「電気モータの回転速度」は、回転方向を問わない大きさ、つまり、回転速度の絶対値を意味するものである。
なお、上記説明において、括弧内に示した符号は、発明の理解を助けるものであり、発明の各構成要件を前記符号によって規定される実施形態に限定させるものではない。
以下、本発明の一実施形態に係るサスペンション装置について図面を用いて説明する。図1は、本実施形態に係る電動アクティブサスペンション装置のシステム構成を表す。
この電動アクティブサスペンション装置は、図1に示すように、各車輪WFL,WFR,WRL,WRRと車体Bとの間にそれぞれ設けられる4組のサスペンション本体10FL,10FR,10RL,10RRと、各サスペンション本体10FL,10FR,10RL,10RRの作動を制御するサスペンション制御装置100とを備えている。なお、各サスペンション本体10FL,10FR,10RL,10RRおよび各車輪WFL,WFR,WRL,WRRについては、その構成が同一であるため、以下の説明においては、単にサスペンション本体10および車輪Wという。また、サスペンション制御装置100をサスペンションECU100と呼び、電動アクティブサスペンション装置をサスペンション装置と呼ぶ。
サスペンション本体10は、図2に示すように、車輪Wを支持するロアアームLAと、車体Bの一部であるマウント部材HAとの間に設けられる。このサスペンション本体10は、ショックアブソーバとして機能する電磁アクチュエータ20と、路面から受ける衝撃を吸収し乗り心地を高めるとともに車両の重量を弾性支持するばね装置50と、液圧式ダンパ装置60とを備える。このばね装置50に支えられる側、つまり、車体B側の部材が、ばね上部SUである。また、ばね装置50を支持する側、つまり車輪W側の部材が、ばね下部SDである。
電磁アクチュエータ20は、電気モータ30とボールねじ機構40とを備える。電気モータ30は、取り付け部材11の上面に固定される。取り付け部材11は、弾性部材からなるアッパーサポート部材12を介して車体B側のマウント部材HAに組み付けられる。電気モータ30は、本実施形態においては、3相インバータにより駆動制御される3相ブラシレスDCモータが用いられる。ボールねじ機構40は、電気モータ30の出力軸(図示略)に連結しており、電気モータ30の回転運動を直線運動に変換する動作変換機構としての機能を有する。
ボールねじ機構40は、ねじ溝41aが形成されたボールねじ軸41と、このボールねじ軸41のねじ溝41aに螺合するボールねじナット42とを備える。ボールねじ軸41は、電気モータ30の出力軸(図示略)に対して相対回転不能に連結されるとともに、アウタチューブ21にベアリングBrを介して回転可能に支持される。アウタチューブ21は、取り付け部材11の下面に固定され、取り付け部材11から下方向に延びてボールねじ軸41の回りを所定の間隔をあけて覆っている。
ボールねじナット42は、図示しない回り止め機構(例えば、スプライン嵌合)により、アウタチューブ21に対して回転不能かつ軸方向(上下方向)に移動可能に組付けられている。これにより、このボールねじ機構40においては、ボールねじ軸41の回転運動がボールねじナット42の軸方向の直線運動に変換され、逆に、ボールねじナット42の軸方向の直線運動がボールねじ軸41の回転運動に変換される。
ボールねじナット42には、インナチューブ22が一体的に連結される。インナチューブ22は、アウタチューブ21内に同軸状に配置され、ボールねじナット42と一体となって上下動可能、つまり、アウタチューブ21に対して上下方向に相対移動可能となっている。インナチューブ22は、その下方側先端がアウタチューブ21の外に露出するように設けられる。このインナチューブ22の下方端には、液圧式ダンパ装置60に対して力を付与する作動プレート23が固着されている。
ばね装置50は、図2に示すように、下端部に液圧式ダンパ装置60が組付けられているカバーチューブ51と、コイルばね52とを備えている。コイルばね52は、本発明のサスペンションスプルリングに相当するもので、カバーチューブ51の外周面に設けられたばね受け51aと、取り付け部材11との間に圧縮状態で介装される。カバーチューブ51は、後述する液圧式ダンパ装置60のシリンダ63に固定され、アウタチューブ21に対して軸方向に相対移動可能に設けられる。
液圧式ダンパ装置60は、電磁アクチュエータ20に直列的に連結するように、電磁アクチュエータ20とばね下部SDとの間に配設されている。液圧式ダンパ装置60は、図2に示すように、作動プレート23の下面とカバーチューブ51の下壁の間に介装される支持スプリング61と、作動プレート23の軸方向移動に対して減衰力を付与するダンパ本体62とを備えている。支持スプリング61は、車両が荒れた路面などを走行する場合に生じる周波数の高い振動(例えば10Hzを超えるような高周波振動)を吸収するために設けられるものであり、ロアアームLA(ばね下部SD)と電磁アクチュエータ20とを弾性的に連結している。ダンパ本体62は、液密式ダンパであり、ロアアームLAに固定された円筒状のシリンダ63と、このシリンダ63内で軸方向(上下方向)に摺動可能に組付けられたピストン64と、このピストン64に組付けられたピストンロッド65とを備えている。
シリンダ63は、ピストン64により上室63aと下室63bに区画され、上室63aおよび下室63b内に流体(例えば、油)が封入されている。ピストン64は、ピストンバルブ64aを有しており、ピストンバルブ64aを通って流体が上室63aと下室63b間を移動することにより、ピストン64に所定の抵抗力が付与される。ピストンロッド65は、シリンダ63の上壁から上方へ延びており、上端にて作動プレート23と連結している。
以上のように構成されたサスペンション本体10においては、バッテリ電源などからの電力供給により電磁アクチュエータ20の電気モータ30が回転すると、電気モータ30の出力軸に連結したボールねじ軸41が回転する。ボールねじ軸41の回転によってボールねじナット42が軸方向移動する。ボールねじナット42の軸方向移動に伴い、このボールねじナット42に連結されたインナチューブ22,作動プレート23,ピストンロッド65,ピストン64も軸方向移動する。このとき、シリンダ63もピストン64との間の相対移動をほとんど生じることなく軸方向移動する。これによりばね上部SUとばね下部SDとの間の相対距離が変化する。このようにして、電気モータ30は、ばね上部SUとばね下部SDとの間の相対移動に対する推進力を発生する。この推進力は、例えば乗り心地が向上するように制御される。
また、例えば比較的低周波の外力(路面入力など)がサスペンション本体10に加えられた場合、この外力によって電磁アクチュエータ20のボールねじナット42が軸方向に移動する。ボールねじナット42の軸方向移動によってばね上部SUとばね下部SDが相対移動するとともにボールねじ軸41が回転する。ボールねじ軸41の回転により電気モータ30が回される。このとき電気モータ30は発電機として作用するので、電気モータ30は、ばね上部SUとばね下部SDとの間の相対移動に対する抵抗力(減衰力)を発生する。これによりばね上部SUとばね下部SDとの間の相対振動が抑制される。なお、液圧式ダンパ装置60のピストン64とシリンダ63は低周波の外力によっては相対移動しない。
また、20Hz程度の高周波の路面入力がサスペンション本体10に加えられた場合、液圧式ダンパ装置60内にてシリンダ63がピストン64に対して相対移動する。これにより液圧式ダンパ装置60にて減衰力が発生し、高周波振動はボールねじ機構40側に伝達されずに液圧式ダンパ装置60により抑制される。つまり、液圧式ダンパ装置60は、高周波振動のフィルタとして機能する。
次に、本実施形態のサスペンション装置の電子制御システムについて説明する。サスペンション装置は、サスペンションECU100を備えている。サスペンションECU100には、図1に示すように、ばね下加速度センサ71と、ばね上加速度センサ72とが接続される。ばね下加速度センサ71は、各サスペンション本体10が取り付けられるロアアームLAなどのばね下部SDに設けられており、そのばね下部SDの上下方向に沿った加速度(ばね下加速度)G1を検出する。ばね上加速度センサ72は、ばね上部SUの各サスペンション本体10が取り付けられている位置(各輪位置)に設けられており、ばね上部SUの各輪位置における上下方向に沿った加速度(ばね上加速度)G2を検出する。
また、サスペンションECU100には、各電磁アクチュエータ20の電気モータ30を駆動するモータ駆動回路73が接続される。モータ駆動回路73は、3相インバータ回路で構成される。モータ駆動回路73は、図示しないバッテリから駆動用電源(電源電圧Vbat)が供給されており、内部のスイッチング素子(図示略)のデューティ比を制御することにより、電気モータ30のU相、V相、W相に流れる電流量を調整する。サスペンションECU100は、このモータ駆動回路73のゲート信号入力部に接続され、各スイッチング素子に対して、デューティ比を制御するPWM制御信号を出力して、電気モータ30の通電量を制御する。
また、サスペンションECU100には、電気モータ30の回転角度を検出する回転角センサ74が接続される。この回転角センサ74は、各電気モータ30に設けられ、ロータ(図示略)の回転角度θmを検出する。この回転角度θmは、サスペンションECU100がモータ駆動回路73の電圧位相を制御する必要から電気角の検出に利用されるが、本実施形態においては、後述する摩擦力の測定時においても利用される。
また、サスペンションECUには、温度センサ75が接続される。この温度センサ75は、電磁アクチュエータ20の雰囲気温度を推定できる温度(例えば、車両の環境温度)を検出するものであればよく、本実施形態においては、エンジン給気温度を検出する既設の吸気温センサを利用する。尚、温度センサ75は、各電磁アクチュエータ20の雰囲気温度をそれぞれ検出するものであってもよい。以下、温度センサ75により検出された温度を検出温度Txと呼ぶ。
サスペンションECU100は、CPU,ROM,RAM等を有するマイクロコンピュータを主要構成としている。サスペンションECU100は、車両の良好な乗り心地性を得るために、ばね上部SUとばね下部SDとの間の相対移動に対する推進力および減衰力の目標値を演算する。本実施形態においてこれらの推進力や減衰力は、電磁アクチュエータ20の電気モータ30により発生される。電気モータ30が発生する上記推進力および減衰力を、本明細書においてアクチュエータ力と呼ぶ。また、上記推進力および減衰力の目標値を、本明細書において目標アクチュエータ力と呼ぶ。サスペンションECU100は、演算した目標アクチュエータ力に対応するPWM制御信号をモータ駆動回路73に出力して、電気モータ30を駆動制御する。
サスペンションECU100は、4輪に設けられた電磁アクチュエータ20の電気モータ30を独立して制御する。従って、各電磁アクチュエータ20においては、電気モータ30が出力するアクチュエータ力が独立して制御されて、車体Bおよび車輪Wの振動、つまり、ばね上部SUの振動およびばね下部SDの振動を減衰するための制御(振動抑制制御)が実行される。以下に説明するサスペンションECU100が行う制御については、1輪分の電磁アクチュエータ20の電気モータ30の制御に係るものであるが、サスペンションECU100は、4組の電気モータ30の制御を独立して並行して実行する。
サスペンションECU100は、ばね上速度とばね下速度とに基づいて目標アクチュエータ力を演算するが、低温時においては、電磁アクチュエータ20の摩擦力が大きいため、目標アクチュエータ力が最適な値とはならなくなる。この摩擦力は、主に、ボールねじ機構40のグリースの粘性によるものである。低温時においては、グリースの粘性が高くなり、電磁アクチュエータ20の摩擦力が増加する。従って、目標アクチュエータ力が不足し、ばね上部SUおよびばね下部SDに所望の荷重を伝達することができなくなる。そこで、本実施形態においては、車両が低温環境下で始動した場合に摩擦力を測定し、測定した摩擦力により目標アクチュエータ力を補正することで、ばね上部SUおよびばね下部SDに適正な荷重を伝達できるようにする。
図4は、サスペンションECU100が実行する摩擦力演算ルーチンを表すフローチャートである。この摩擦力演算ルーチンは、サスペンションECU100のROM内に制御プログラムとして記憶されており、車両の始動時、つまり、イグニッションスイッチ(図示略)がオンしたときに起動する。
本ルーチンが起動すると、サスペンションECU100は、ステップS11において、温度センサ75により検出された検出温度Txを読み込む。続いて、ステップS12において、検出温度Txが、予め設定した低温判定用の閾値Trefよりも低いか否かを判断する。
検出温度Txが閾値Tref以上であれば、グリースの粘度は低くなっており、電磁アクチュエータ20の摩擦力の影響は少ない。サスペンションECU100は、こうした始動状況においては、ステップS13において、フラグFLを「0」に設定して、摩擦力演算ルーチンを終了する。このフラグFLは、車両の始動が低温環境下において行われたものか否かを表すもので、「1」により低温始動を表し、「0」により常温始動を表す。
一方、検出温度Txが閾値Trefよりも低い場合には、ステップS14において、フラグFLを「1」に設定する。続いて、サスペンションECU100は、ステップS15において、回転角センサ74により検出される電気モータ30の回転角度θmを読み込み、その回転角度θmを第1回転角度θm1として記憶する。この第1回転角度θm1は、車両始動時における電気モータ30の回転角度(静止しているロータの回転位置)を表す。続いて、サスペンションECU100は、ステップS16において、予め設定した摩擦測定用駆動力を電気モータ30で発生させるための駆動指令をモータ駆動回路73に出力する。この摩擦測定用駆動力は、電磁アクチュエータ20が伸び方向にステップ駆動するように一定の駆動力とする。従って、サスペンションECU100は、一定のモータ出力が得られるPWM制御信号をモータ駆動回路73に出力する。本実施形態においては、摩擦測定用駆動力は、電磁アクチュエータ20が伸び動作する方向に設定されているが、電磁アクチュエータ20が縮み動作する方向に設定されていてもよい。こうして、電磁アクチュエータ20は、電気モータ30の回転により伸び動作し、上下方向の荷重がバランスしたところで安定する。
続いて、サスペンションECU100は、ステップS17において、回転角センサ74により検出される回転角度θmを読み込み、回転角度θmを時間で微分することにより電気モータ30の回転速度ωを計算する。続いて、ステップS18において、回転速度ωの大きさ|ω|が閾値ωref以下になったか否かを判断する。このステップS17〜S18は、電磁アクチュエータ20の動作(電気モータ30の回転)が収束して停止したか否かを判断するものである。従って、閾値ωrefはゼロ、あるいはゼロに近い小さな値に設定される。以下、回転速度ωの大きさ|ω|を、回転速度|ω|と表す。回転速度|ω|が閾値ωrefを超えているあいだは、ステップS17〜S18の処理を繰り返す。そして、回転速度|ω|が閾値ωref以下になると、サスペンションECU100は、ステップS19において、回転角センサ74により検出される回転角度θmを読み込み、その回転角度θmを第2回転角度θm2として記憶する。この第2回転角度θm2は、電気モータ30を摩擦測定用駆動力で駆動して、電磁アクチュエータ20が安定した後の電気モータ30の回転角度(静止しているロータの回転位置)を表す。
続いて、サスペンションECU100は、ステップS20において、摩擦測定用駆動力を電気モータ30で発生させるための駆動指令を解除する。これにより、電気モータ30への通電が停止され、電磁アクチュエータ20が縮んで初期状態に戻る。続いて、ステップS21において、摩擦測定用駆動力により電気モータ30のロータが回転した回転角度Δθを計算する。回転角度Δθは、第2回転角度θm2から第1回転角度θm1を減算した値の絶対値(Δθ=|θm2−θm1|)として計算する。
続いて、サスペンションECU100は、ステップS22において、電磁アクチュエータ20の摩擦力Fを計算する。ここで摩擦力Fの計算について、図3のサスペンションモデル図を用いて説明する。
図中において、モータ部材とは、電気モータ30および電気モータ30と一体的に連結された部材、例えば、ボールねじ軸41、取り付け部材11、アウタチューブ21などの部材を表す。このモータ部材の質量をm3とする。また、中間部材とは、モータ部材と液圧式ダンパ装置60との間に介在する部材、例えば、ボールねじナット42、インナチューブ22、作動プレート23などの部材を表す。この中間部材の質量をm4とする。モータ部材とばね上部SUとの間に介在するアッパーサポート部材12のばね定数をKb、減衰係数をCbとする。また、中間部材とばね下部SDとの間に介在する液圧式ダンパ装置60のばね定数(支持スプリングのばね定数)をKs、減衰係数(ダンパ本体の減衰係数)をCsとする。また、ばね下部SDとモータ部材との間に設けられたコイルばね52のばね定数をKcとする。また、ばね下部SDの質量をm1、ばね上部SUの質量をm2とする。また、タイヤのばね定数をKtとする。
また、時間tをパラメータとしたばね下部SDの基準位置からの上下変位量をx1とし、時間tをパラメータとしたばね上部SUの基準位置からの上下変位量をx2とし、時間tをパラメータとしたモータ部材の基準位置からの上下変位量をx3とし、時間tをパラメータとした中間部材の基準位置からの上下変位量をx4とする。また、摩擦測定用駆動力で電気モータ30をステップ駆動したときに電磁アクチュエータ20が発生するアクチュエータ力をftestとし、電磁アクチュエータ20の摩擦力(摩擦分の荷重)をFとする。
電磁アクチュエータ20を伸ばす方向にステップ駆動したときの、ばね上部SU、モータ部材、中間部材、ばね下部SDにおける運動方程式は、式(1)〜式(4)にて表される。
電磁アクチュエータ20の伸長動作が停止すると、上記式(1)〜(4)における微分項がゼロになるため、運動方程式は式(5)〜式(8)にて表される。
式(5)〜式(7)よりx
1,x
2を消去すると、次式(9)により摩擦力Fが計算される。
(x
3−x
4)の値は、電気モータ30の回転角度Δθ(rad)から次式(10)にて計算することができる。
ここで、lは、ボールねじ機構40のボールねじリード(m)を表す。
従って、摩擦力Fは、次式(11)により計算することができる。
サスペンションECU100は、ステップS22において、摩擦力Fを計算すると、摩擦力演算ルーチンを終了する。この摩擦力演算ルーチンで計算された摩擦力Fは、その後、車両の振動を抑制するための目標アクチュエータ力の計算に利用される。この摩擦力演算ルーチンでは、車両の始動が低温環境下においてなされた場合に、電磁アクチュエータ20の摩擦力が計算され、車両の始動が低温環境下でない場合には、摩擦力の計算が行われない。
次に、サスペンションECU100が実行するアクチュエータ力制御ルーチンについて説明する。図5は、アクチュエータ力制御ルーチンを表すフローチャートである。アクチュエータ力制御ルーチンは、サスペンションECU100のROM内に制御プログラムとして記憶されており、摩擦力演算ルーチンが終了すると起動し、イグニッションスイッチがオフするまで、所定の短い周期で繰り返される。
アクチュエータ力制御ルーチンが起動すると、サスペンションECU100は、ステップS51において、ばね下加速度センサ71により検出されるばね下加速度G1、および、ばね上加速度センサ72により検出されるばね上加速度G2を読み込む。続いて、ステップS52において、ばね下加速度G1、ばね上加速度G2をそれぞれ時間で積分することにより、ばね下部SDの上下方向の速度であるばね下速度V1、ばね上部SUの上下方向の速度であるばね上速度V2を計算する。
続いて、サスペンションECU100は、ステップS53において、車体Bおよび車輪Wの振動を減衰するための目標アクチュエータ力fact *を演算する。本実施形態においては、スカイフックダンパ理論に基づく制御と、擬似的なグランドフック理論に基づく制御とを同時に達成するように、次式(12)により目標アクチュエータ力fact *を計算する。
fact *=C2・V2−C1・V1 ・・・(12)
ここで、C2は、ばね上速度V2に係るゲインであり、C1は、ばね下速度V1に係るゲインである。
続いて、サスペンションECU100は、ステップS54において、フラグFLが「1」であるか否か判断し、フラグFLが「0」である場合には、その処理をステップS66に進めて、目標アクチュエータ力fact *に対応した制御信号を出力する。つまり、目標アクチュエータ力fact *に基づいて電気モータ30の制御量(目標通電量と回転方向)を決定し、決定した制御量に応じたデューティ比となるPWM制御信号をモータ駆動回路73のスイッチング素子に出力する。これにより、電磁アクチュエータ20から、車体Bおよび車輪Wの振動を減衰するための減衰力あるいは推進力が発生する。この場合、電気モータ30で発生する逆起電圧と、バッテリの電源電圧とのバランスに応じて、バッテリから電気モータ30に駆動電流が流れたり、電気モータ30からバッテリに回生電流が流れたりする。
一方、ステップS54においてフラグFLが「1」であると判断した場合には、サスペンションECU100は、その処理をステップS55に進める。ステップS55においては、タイマー値Timを「1」だけインクリメントする。続いて、タイマー値Timが予め設定した設定タイマー値Tmaxに到達したか否かを判断する。このタイマー値Timは、その初期値が「0」に設定されている。アクチュエータ力制御ルーチンは、所定の短い周期で繰り返し実行されることから、このステップS55,S56の処理は、アクチュエータ力制御ルーチンがスタートしてから、設定タイマー値Tmaxに対応する設定時間だけ経過したか否かを判断する処理となる。アクチュエータ力制御ルーチンの開始当初においては、タイマー値Timは設定タイマー値Tmaxに到達していないため、ステップS56の判断は「No」となり、サスペンションECU100は、その処理をステップS58に進める。
サスペンションECU100は、ステップS58において、回転角センサ74により検出される回転角度θmを読み込み、回転角度θmを時間で微分することにより電気モータ30の回転速度ωを計算する。続いて、ステップS59において、回転速度|ω|が予め設定した基準回転速度ω0以下であるか否かを判断する。回転速度|ω|が基準回転速度ω0以下である場合には、ステップS60において、図6に示すように、回転速度|ω|が小さいほど小さくなるように設定した補正係数Aを計算する。一方、回転速度|ω|が基準回転速度ω0を超える場合には、ステップS61において、補正係数Aの値を「1」に設定する。このステップS60,S61により設定される補正係数を計算式で表せば次式(13)、(14)のようになる。
A=|ω|/ω0 (ω≦ω0) ・・・(13)
A=1 (ω>ω0) ・・・(14)
続いて、サスペンションECU100は、ステップS62において、摩擦力Fに係数Aを乗じることにより補正荷重Δfを計算する(Δf=A・F)。この摩擦力Fは、前述の摩擦力演算ルーチンにおいて計算した摩擦力Fである。従って、回転速度|ω|が基準回転速度ω0以下である場合には、回転速度|ω|が小さいほど小さくなる補正荷重Δfが設定される。
続いて、サスペンションECU100は、ステップS63において、電磁アクチュエータ20の動作方向が伸び方向であるか否かを判断する。電磁アクチュエータ20の動作方向は、ステップS58で計算したモータ回転速度ωの方向(符号)により判断することができる。電磁アクチュエータ20の動作方向が伸び方向である場合には、摩擦力Fによる抵抗荷重分が電磁アクチュエータ20の縮み方向に働き、電磁アクチュエータ20の動作方向が縮み方向である場合には、摩擦力Fによる抵抗荷重分が電磁アクチュエータ20の伸び方向に働く。
そこで、サスペンションECU100は、電磁アクチュエータ20の動作方向が伸び方向である場合には、ステップS64において、摩擦力Fによる抵抗荷重分を補償するように、目標アクチュエータ力fact *を伸び方向に補正荷重Δfだけ増加させる。電磁アクチュエータ20においては、伸び方向に動作する力を正で表し、縮み方向に動作する力を負で表す。従って、ステップS64では、目標アクチュエータ力fact *に補正荷重Δfをそのまま加算することで、最終的な目標アクチュエータ力fact *を求める(fact *←fact *+Δf)。
一方、電磁アクチュエータ20の動作方向が縮み方向である場合には、ステップS65において、摩擦力Fによる抵抗荷重分を補償するように、目標アクチュエータ力fact *を縮み方向に補正荷重Δfだけ増加させる。この場合、縮み方向の力は負の値となるため、目標アクチュエータ力fact *に補正荷重Δfを減算することにより、最終的な目標アクチュエータ力fact *を求める(fact *←fact *−Δf)。
従って、目標アクチュエータ力fact *に加算される補正荷重Δfは、図7に示すように、回転速度ωに応じた値となる。こうして、最終的な目標アクチュエータ力fact *を算出すると、サスペンションECU100は、ステップS66において、目標アクチュエータ力fact *に対応した制御信号を出力する。つまり、目標アクチュエータ力fact *に基づいて電気モータ30の制御量(目標通電量と回転方向)を決定し、決定した制御量に応じたデューティ比となるPWM制御信号をモータ駆動回路73のスイッチング素子に出力する。
サスペンションECU100は、ステップS66の処理を行うと、アクチュエータ力制御ルーチンを一旦終了する。そして、非常に短い周期にてアクチュエータ力制御ルーチンを繰り返す。こうした処理が繰り返されて、タイマー値Timが設定タイマー値Tmaxに到達すると、つまり、車両の始動から設定時間経過すると、ステップS56の判断が「Yes」となり、ステップS57において、フラグFLを「1」から「0」に変更して、その処理をステップS66にまで進める。従って、それ以降は、目標アクチュエータ力fact *の補正処理が行われないようになる。
以上説明した本実施形態のサスペンション装置によれば、車両始動時において車両環境温度を検出し、その検出温度Txが低温判定用の閾値Trefより低い場合には、電磁アクチュエータ20をステップ駆動して摩擦力Fを測定し、目標アクチュエータ力fact *を、摩擦力Fに応じた補正荷重Δfだけ補正する。従って、目標アクチュエータ力fact *が適切となり、摩擦力による乗り心地の低下、操縦安定性の低下を抑制することができる。
また、摩擦力Fの測定は、電気モータ30を予め設定した摩擦測定用駆動力で駆動したときの電気モータ30の回転角度から演算するため、簡単に行うことができる。
また、本実施形態においては、車両が低温環境下において始動する場合にのみ、摩擦力Fを測定し、その摩擦力Fに応じて目標アクチュエータ力fact *を補正するため、摩擦力Fの検出を必要最小限に抑えることができ、サスペンションECU100の演算負担を軽くすることができる。また、車両の始動後においては、電磁アクチュエータ20のグリースの粘度が低下していくため、車両の始動から所定時間経過するまでの間だけ、目標アクチュエータ力fact *の補正を行う。このため、目標アクチュエータ力fact *がいっそう適正なものとなる。
また、目標アクチュエータ力fact *を補正する補正荷重Δfの計算にあたっては、電気モータ30の回転速度|ω|が小さいほど補正荷重Δfの大きさが小さくなるように補正荷重Δfを計算しているため、電磁アクチュエータ20の運動方向が反転するときのアクチュエータ力の急変動が抑制され、乗り心地をさらに向上させることができる。例えば、補正荷重Δfを電気モータ30の回転速度|ω|と関連づけずに電気アクチュエータの運動方向のみに基づいて設定した場合には、図8に示すように、電磁アクチュエータ20の運動方向が反転した瞬間に補正荷重の符号が反転して、アクチュエータ力が急変動しやすい。これに対して、本実施形態においては、電気モータ30の回転速度|ω|が小さいほど補正荷重Δfの大きさを小さく設定するため、補正荷重Δfは、図7に示すように、電磁アクチュエータ20の運動方向が切り替わる手前で回転速度の低下とともに徐々に小さくなり、回転方向が反転した後に回転速度の増加とともに徐々に増加するようになる。従って、アクチュエータ力の急変動が抑制され、乗り心地が向上する。
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されることなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々の態様を採用することができる。例えば、本実施形態においては、低温始動時においてのみ摩擦力Fを演算して、目標アクチュエータ力を補正するようにしているが、必ずしも、低温始動時にのみに行う必要はない。例えば、車両の環境温度に関わらず、車両の始動時に摩擦力Fを演算し、その摩擦力Fにより目標アクチュエータ力を補正するようにしてもよい。この場合、図4のステップS11〜S13を省略すればよい。
また、本実施形態においては、電気モータ30の回転速度|ω|が小さいほど補正荷重Δfの大きさを小さく設定するが、必ずしも、そのようにする必要はなく、図8に示すように、補正荷重Δfを一定値にしてもよい。また、回転速度|ω|の変化に対して補正荷重Δfをリニアに変化させる必要もなく、段階的に変化させるようにしてもよい。
また、本実施形態においては、サスペンション本体10に液圧式ダンパ装置60を組み込んでいるが、液圧式ダンパ装置60を設けない構成であってもよい。
また、本実施形態においては、ばね上速度V2とばね下速度V1とに基づいて、ばね上部SUとばね下部SDとの上下振動を抑制する目標アクチュエータ力fact *を演算しているが、目標アクチュエータ力fact *は、こうしたものに限るものではない。例えば、車体Bの横加速度に基づいたロール抑制成分を加えたり、車体の前後加速度に基づいたピッチ抑制成分を加えたりすることもできる。また、液圧式ダンパ装置60の伝達特性を考慮して目標アクチュエータ力fact *を計算するようにしてもよい。