JP2011137807A - 電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体とそれを用いた電子顕微鏡による試料観察方法 - Google Patents

電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体とそれを用いた電子顕微鏡による試料観察方法 Download PDF

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Abstract

【課題】試料観察面の帯電を簡易な手段で防止でき、生体試料等において、乾燥後も収縮等の変形を抑制でき、さらに収縮痕へのイオン液体の部分的な残留により試料本来の像が妨げられることを抑制できる電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体とそれを用いた試料観察方法を提供する。
【解決手段】水への溶解度が550g/100g water以上または10重量%水溶液での浸透圧が0.7 Osmol/kg以上のイオン液体、特に下記式(I):

(式中、R1〜R4は炭素数1〜5のアルキル基、または−R5−Aで示される水溶性官能基(R5は炭素数1〜5のアルキレン基、Aは水酸基等を示す。)を示し、その少なくとも1つは水溶性官能基である。X-は、アルキルスルホン酸イオン等のアニオンを示す。)で表されるイオン液体を必須成分として含有することを特徴とする。
【選択図】なし

Description

本発明は、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡等の電子顕微鏡による試料観察に用いられる、イオン液体を用いた液状媒体とそれを用いた電子顕微鏡による試料観察方法に関するものである。
従来、試料の微細構造等を観察する手段として、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)や透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)等の電子顕微鏡が用いられている。
SEMは観察対象の試料に電子線を当て、そこから放出した2次電子もしくは反射電子から得られる像を観察する顕微鏡であり、試料に電子線を当てる位置を少しずつずらして走査しながら電子を検出器に集め、コンピュータを用いて2次元の像を表示するものである。主に、試料表面の形状や凹凸の様子、比較的表面に近い部分の内部構造を観察するのに用いられている。
TEMは観察対象に電子線を当て、それを透過してきた電子を拡大して観察する顕微鏡であり、試料の構造や成分の違いにより電子線を透過させる程度が異なることから場所により透過してきた電子密度が変化し、これが顕微鏡像となる。例えば、電磁コイルを用いて透過電子線を拡大し、電子線により光る蛍光板に当てて観察したり、フィルムやCCDカメラで写真を撮影したりすることが行われている。
SEM等の電子顕微鏡による観察対象の試料には、導電性の試料、絶縁性の試料、水分を含有する生体試料等、あらゆるものがあるが、試料が絶縁性のものである場合、SEMによる観察時に電子線を当て続けるとその表面が帯電してしまい、帯電した電荷を放出することができなくなるため、反射電子のパターンが乱れる等により、試料の像を正確に観察することができないという問題点があった。
このような試料表面の帯電を防止するため、従来、試料表面を予めカーボン、アルミニウム、金、白金等の導電性を持つ物質で薄くコーティングしておく方法、2次電子放出利得が1となるような加速電圧で1次電子を試料表面に照射するSEMを用いる方法、試料にイオンシャワーを照射し、電子により負に帯電した試料表面をイオンシャワーにより中和させる方法等が提案されている。
しかしながら、これらの方法では、試料の帯電を防止するための工程や装置が複雑となる場合や、帯電防止が不十分となる場合や、試料が損傷する場合がある等の問題点があった。
また、特許文献1には、走査型電子顕微鏡による測定において、第4級アンモニウム塩とアルコールを含む溶液を観察試料に塗布し、その表面に第4級アンモニウム塩の薄膜を形成することによって、帯電を抑制することが提案されている。
しかしながら、観察試料が生体試料、例えば水含有生体試料である場合、SEM、TEM等の電子顕微鏡による生体試料の観察は、真空下での観察であるため生体試料に含まれる水分を完全に蒸発させ、生体試料を乾燥させた状態で行う必要があるが、上記のような技術により帯電を抑制することができても乾燥により生体試料の形状が崩れてしまい生体試料の本来の形状が観察できなくなる場合があった。そのため、凍結乾燥等により生体試料の本来の形状をできるだけ維持したまま生体試料を乾燥させる技術等が提案されているが、生体試料の本来の形状を完全に維持することは困難であり、また工程が複雑になる等の問題点があった。
また、電子顕微鏡による観察試料の帯電を抑制する技術として、イオン液体を試料に含浸、塗布等により適用することが提案されている(特許文献2、非特許文献1、2参照)。これらの文献には、テトラフルオロホウ酸1-アルキル-3-メチルイミダゾリウム等のイミダゾリウム系カチオンを用いたイオン液体、トリメチル-n-プロピルアンモニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド等のアルキル基置換4級アンモニウムカチオンを用いたイオン液体等により試料を処理しSEM観察を行った結果が示されている。そして、水分含有の試料であっても乾燥後にイオン液体が残存することで一定の形状保持が可能である旨が記載されている。
特開平6−122869号公報 再表2007−083756号公報 特開2009−266741号公報
Chem. Lett. 35 (2006) 600-601 Electrochimica Acta 53 (2008) 6228-6234
しかしながら、生体試料、特に水含有生体試料を電子顕微鏡により観察する場合、試料に適用するイオン液体が疎水性であるなど水溶性が低くなると生体試料との親和性が阻害され、試料の像を高精度に得ることが困難となる。また、ある程度の水溶性を有していても分子サイズが大きくなるとイオン液体の生体試料への浸透性、例えば細胞膜内部への浸透性等が低下し、生体試料内の水とイオン液体との置換が良好にできず、形状保持が難しく、同様に試料の像を高精度に得ることが困難となる。例えば、特許文献2、非特許文献1、2において主に用いられているイミダゾリウム系カチオンを用いたイオン液体は、イミダゾリウム系カチオンの構造が剛直で立体的に嵩高く、一般に高い水溶性と分子サイズが小さく且つ柔軟な分子構造とを両立することは難しい。
そして特許文献2には、水含有生体試料のSEM像を観察する場合に、親水性のイオン液体、例えばテトラフルオロホウ酸1-アルキル-3-メチルイミダゾリウム等のイミダゾリウム系カチオンを用いたものが適していることが記載され、実際にSEM像を観察した例としてはテトラフルオロホウ酸1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムを用いてワカメを観察した結果が示されている。
しかしながら、本発明者らの知見によれば、第1に、特許文献2に例示されたような親水性のイオン液体で水含有生体試料を処理した場合、未処理の場合に比べると乾燥後の試料は一定の形状を保持するものの、収縮変形が大きく、処理前の本来のバルク形状および微細構造を十分に保持できなくなる。
具体的には、これらのイオン液体を試料に含浸、塗布等により適用した際、イオン液体が試料(細胞)中の水分を脱水し、試料の柔軟性が失われ、硬直化する現象が見られ、同時に収縮して変形する。そのため、処理前の試料の形状を正確に反映したSEM像が得られなくなる。
第2に、SEM像において試料表面に生成した多くの収縮した痕にイオン液体が過剰に残留したことによると考えられる黒い部分が多く現れ、試料の微細構造の正確な像を妨げるといった現象が見られる。
これらの第1、第2の現象は、テトラフルオロホウ酸1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムが、生体試料へ浸透、例えば細胞膜内部へ浸透し、水含有生体試料中の水とイオン液体が良好に置換していないことが影響しているとも推測される。
このように、特許文献2には実施例を中心としてイオン液体として包括的な例示がされているものの、生体試料、特に水含有生体試料を観察する場合において、バルク形状および微細構造の変形を抑制し、そして収縮痕へのイオン液体の残留によって試料本来の像が妨げられることを抑制する技術については未だ開示されていない。
なお、特許文献3には、TEM観察に際して、マイクログリッドやメッシュ等にイオン液体を保持してそこに試料を投入し、イオン液体中に試料を浮かして観察する技術が記載されているが、イオン液体として具体的に例示されているのはテトラフルオロホウ酸1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムのみであり、上記と同様に、生体試料、特に水含有生体試料を観察する場合において、バルク形状および微細構造の変形を抑制し、そして収縮痕へのイオン液体の残留によって試料本来の像が妨げられることを抑制する技術については未だ開示されていない。
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、試料を電子顕微鏡により観察するに際し、試料観察面の帯電を簡易な手段で防止することができ、生体試料等、特に水含有生体試料において、乾燥後も試料のバルク形状および微細構造を保持して収縮等の変形を抑制することができ、さらに収縮痕へのイオン液体の部分的な残留により試料本来の像が妨げられることを抑制し、試料の像を高精度に得ることができる電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体とそれを用いた電子顕微鏡による試料観察方法を提供することを課題としている。
本発明者らは、上記の課題に鑑みて鋭意検討を行った。その結果、イオン液体として従来技術には開示されていない後述の特定のものを用いた場合に、形状保持作用とイオン液体の微細構造への均一な浸透において従来技術とは明らかに相違するものがあることを見出した。この明らかな相違は、イオン液体の水溶性および分子構造(分子サイズ、柔軟性)に基づく浸透性が影響していると考えられ、特に生体試料においてはこの特定のイオン液体が試料の細胞膜を良好に通過し細胞内部の水との置換が促進されることが影響していると考えられる。そして目視、触覚での現象においても、従来技術のイオン液体を試料に含浸または塗布した後、乾燥する前においても、イオン液体が試料(細胞)中の水分を脱水し、試料の柔軟性が失われ、硬直化する現象が見られ、同時に収縮して変形するのに対し、後述の特定のイオン液体では、試料に適用した後、乾燥しても水分を含有していたときのような質感を有しており、収縮も非常に少ない。このようにして生体試料等の水含有生体試料の電子顕微鏡による観察に特に適したイオン液体を見出し、本発明を完成するに至った。
本発明は、上記の課題を解決するために、以下のことを特徴としている。
第1:電子顕微鏡で観察する試料に適用し、試料の少なくとも一部に存在させた状態で試料を電子顕微鏡で観察するための液状媒体であって、水への溶解度が550g/100g water以上のイオン液体を必須成分として含有することを特徴とする電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
第2:電子顕微鏡で観察する試料に適用し、試料の少なくとも一部に存在させた状態で試料を電子顕微鏡で観察するための液状媒体であって、10重量%水溶液での浸透圧が0.7 Osmol/kg以上であるイオン液体を必須成分として含有することを特徴とする電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
第3:イオン液体が、下記式(I):
(式中、R1、R2、R3、R4はそれぞれ独立に炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基、または−R5−Aで示される水溶性官能基を示し(R5は炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキレン基を示し、Aは水酸基、カルボキシル基、−OR6(R6は炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基を示す。)、または−COR7(R7は炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基を示す。)を示す。)、R1、R2、R3、R4のうち少なくとも1つは水溶性官能基である。X-は、アルキルスルホン酸イオン、アリールスルホン酸イオン、アルキル硫酸イオン、およびテトラフルオロホウ酸イオンから選ばれるいずれかのアニオンを示す。)で表されるイオン液体であることを特徴とする上記第1または第2の電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
第4:式(I)のR1、R2、R3、R4のアルキル基が炭素数1〜3の直鎖もしくは分岐のアルキル基であることを特徴とする上記第3の電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
第5:式(I)のR5が炭素数1〜3の直鎖もしくは分岐のアルキレン基であることを特徴とする上記第3または第4の電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
第6:式(I)の水溶性官能基のうち少なくとも1つのAが水酸基であることを特徴とする上記第3から第5のいずれかの電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
第7:式(I)の水溶性官能基のうち少なくとも1つのAがカルボキシル基であることを特徴とする上記第3から第5のいずれかの電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
第8:式(I)の水溶性官能基のうち少なくとも1つのAが、R6が炭素数1〜3の直鎖もしくは分岐のアルキル基の−OR6であることを特徴とする上記第3から第5のいずれかの電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
第9:式(I)のX-が炭素数1〜3の直鎖または分岐のアルキル基を有するアルキルスルホン酸イオン、p-トルエンスルホン酸イオン、炭素数1〜3の直鎖または分岐のアルキル基を有するアルキル硫酸イオン、またはテトラフルオロホウ酸イオンであることを特徴とする上記第3から第8のいずれかの電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
第10:細胞内の水を置換できることを特徴とする上記第1から第9のいずれかの電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
第11:電子顕微鏡による試料観察方法であって、上記第1から第10のいずれかの液状媒体を試料に適用する工程と、この液状媒体を適用した試料に電子を照射し、照射された電子による2次電子、反射電子または透過電子を検出して試料の像を得る工程とを含むことを特徴とする電子顕微鏡による試料観察方法。
第12:観察対象の試料が生体試料であることを特徴とする上記第11の電子顕微鏡による試料観察方法。
第13:観察対象の試料が水含有生体試料であることを特徴とする上記第11または第12の電子顕微鏡による試料観察方法。
第14:水含有生体試料が細胞膜を含むことを特徴とする上記第13の電子顕微鏡による試料観察方法。
本発明によれば、水への溶解度が550g/100g water以上または水溶性と密接に関係する浸透圧が10重量%水溶液で0.7 Osmol/kg以上のイオン液体、特に式(I)で表されるイオン液体を用いている。この式(I)のイオン液体は、親水性を高めるために、水溶性の官能基である−R5−Aをカチオンに導入し、また、水溶性のアニオンとして、アルキルスルホン酸イオン、アリールスルホン酸イオン、およびアルキル硫酸イオン等を用い、さらに、カチオンおよびアニオンの全体としての分子サイズをできるだけ小さくして、試料への浸透性を高めたことを特徴としている。そしてこのようなイオン液体を用いることで、試料を電子顕微鏡により観察するに際し、試料観察面の帯電を簡易な手段で防止することができるとともに、生体試料等、特に水含有生体試料において、乾燥後も試料のバルク形状および微細構造を保持して収縮等の変形を抑制することができ、さらに収縮痕へのイオン液体の部分的な残留により試料本来の像が妨げられることを抑制し、試料の像を高精度に得ることができる。
実施例1〜5、比較例1〜3における乾燥後の試料(ワカメ、ほうれん草の茎)の全体を撮影した写真である。 実施例6〜10、比較例4における試料(ワカメ)のSEM写真である(600倍)。 実施例11、比較例5における試料(ほうれん草の茎)の断面のSEM写真である(30倍)。 実施例12〜15、比較例6における試料(ワカメ)のSEM写真である(500倍)。 実施例16における試料(綿布)のSEM写真である(200倍、800倍)。 実施例17、比較例7における試料(毛髪)のSEM写真である(1000倍)。 実施例18、比較例8における試料(マウスの骨)のSEM写真である(20000倍)。 実施例19、比較例9における試料(赤血球)のSEM写真である(実施例19:110000倍、比較例9:4000倍)。 実施例20における試料(ミュータンス菌)のSEM写真である(15000倍)。 実施例21における試料(ミュータンス菌)のSEM写真である(5000倍)。
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明において、イオン液体としては、常温(25℃)での水への溶解度が、550g/100g water以上、より好ましくは900g/100g water以上のものが用いられる。あるいは、10重量%水溶液での浸透圧が0.7 Osmol/kg以上、より好ましくは0.9 Osmol/kg以上のものが用いられる。これらの中でも特に、上記式(I)で表されるイオン液体が好ましく用いられる。このイオン液体は、親水性を高めるために、水溶性の官能基である−R5−Aをカチオンに導入し、また、水溶性のアニオンとして、アルキルスルホン酸イオン、アリールスルホン酸イオン、およびアルキル硫酸イオン等を用い、さらに、カチオンおよびアニオンの全体としての分子サイズをできるだけ小さく且つ柔軟な構造にして、試料への浸透性を高めたことを特徴としている。
式(I)において、R1、R2、R3、R4はそれぞれ独立に炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基、または−R5−Aで示される水溶性官能基を示す(R5は炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキレン基を示し、Aは水酸基、カルボキシル基、−OR6(R6は炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基を示す。)、または−COR7(R7は炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基を示す。)を示す。)。
R1〜R4の炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、iso-プロピル基、n-ブチル基、iso-ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、2-ペンチル基、3-ペンチル基、iso-ペンチル基、2-メチルブチル基、3-メチルブチル基、neo-ペンチル基が挙げられる。中でも、炭素数1〜3のものが好ましく、メチル基、エチル基がより好ましい。
R1〜R4の水溶性官能基において、R5の炭素数1〜5のアルキレン基としては、例えば、メチレン基、エチレン基、トリメチレン基、プロピレン基、テトラメチレン基、メチルトリメチレン基、ペンタメチレン基等が挙げられる。中でも、炭素数1〜3のものが好ましく、メチレン基、エチレン基がより好ましい。
R6、R7のアルキル基としては、例えば、上記にR1〜R4として例示したアルキル基が挙げられる。中でも、炭素数1〜3のものが好ましく、メチル基、エチル基がより好ましい。
水溶性官能基の−R5−Aにより、イオン液体に水溶性が付与される。また、R1〜R4のアルキル基や水溶性官能基のアルキレン基R5、あるいはアルキル基R6、R7の炭素数が多くなり、分子サイズが大きい、もしくは剛直な構造になると、試料に適用した際に、試料への浸透性が低下し、試料のバルク形状および微細構造の収縮等の変形が大きくなる場合がある。
イオン液体に水溶性を付与し、そして水溶性に密接に関係する浸透性を高めることにより、収縮等の変形を抑制する等の本発明の効果を得る点からは、式(I)の水溶性官能基のうち少なくとも1つのAが、好ましくは水酸基、カルボキシル基、またはR6が炭素数1〜3の直鎖もしくは分岐のアルキル基の−OR6である。特に浸透圧を高める点からは、式(I)の水溶性官能基のうち少なくとも1つのAが、好ましくは水酸基またはカルボキシル基である。
式(I)のイオン液体における好ましい態様の1つでは、R1〜R4のうち少なくとも1つが、R5が炭素数1〜3、より好ましくは1〜2の直鎖アルキレン基の水溶性官能基であり、R1〜R4のうち他のものが炭素数1〜3、より好ましくは1〜2の直鎖アルキル基である。
X-は、アルキルスルホン酸イオン、アリールスルホン酸イオン、アルキル硫酸イオン、およびテトラフルオロホウ酸イオンから選ばれるいずれかのアニオンを示す。X-としてこのようなアニオンを用いることで、イオン液体としての形態や、イオン液体への水溶性を付与することができ、また試料に適用した際に、試料への浸透性が良好となり、試料のバルク形状および微細構造の収縮等の変形が小さくなる。
アルキルスルホン酸イオンとしては、例えば、好ましくは炭素数1〜10、より好ましくは炭素数1〜5、さらに好ましくは炭素数1〜3の直鎖または分岐のアルキル基を有するものが挙げられる。具体的には、例えば、メタンスルホネートイオン(CH3SO3 -)等が挙げられる。
アリールスルホン酸イオンとしては、例えば、好ましくは炭素数6〜14、より好ましくは炭素数6〜10のアリール基、具体的にはフェニル基、ナフチル基等を有するものが挙げられる。また、これらのアリール基に1または2以上の置換基を有する置換アリール基を有するものであってもよい。このような置換基としては、例えば、好ましくは炭素数1〜5、より好ましくは炭素数1〜3の直鎖または分岐のアルキル基等が挙げられる。
アリールスルホン酸イオンとしては、具体的には、例えば、p-トルエンスルホン酸イオン(CH3C6H4SO3 -)等が挙げられる。
アルキル硫酸イオンとしては、例えば、好ましくは炭素数1〜10、より好ましくは炭素数1〜5、さらに好ましくは炭素数1〜3の直鎖または分岐のアルキル基を有するものが挙げられる。具体的には、例えば、メチル硫酸イオン(CH3SO4 -)等が挙げられる。
なお、本発明では、常温(25℃)での水への溶解度が550g/100g water以上、あるいは10重量%水溶液での浸透圧が0.7 Osmol/kg以上のイオン液体として、アニオン構造を特に限定するものではなく、例えば、アニオンX-としてブロミドイオン(Br-)、クロリドイオン(Cl-)、ヨードイオン(I-)、ビス(オキサレート(2−)−O、O’)ホウ酸イオン(B(C2O42 -)、ヘキサフルオロホウ酸イオン(PF6 -)、トリフルオロスルホン酸イオン(CF3SO3 -)、トリフルオロ炭酸イオン(CF3CO2 -)、オクチルスルホン酸イオン(C8H16SO3 -)、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドイオン((CF3SO2)2N-)、ビス(パーフルオロエチルスルホニル)イミドイオン((C2F5SO2)2N-)、2,2,2−トリフルオロ−N−(トリフルオロメタンスルホニル)アセトアミドイオン((CF3SO2) (CF3CO)N-)、N−(トリフルオロメタンスルホニル)−ペンタフルオロエチルスルホンアミドイオン((CF3SO2)(C2F5SO2)N-)、硝酸イオン(NO3 -)、チオシアネートイオン(SCN-)、ジシアナミドイオン(N(CN)2 -)、トリシアノメタニドイオン(C(CN)3 -)等を用いてカチオン構造を式(I)と同一のものとしたイオン液体を用いることもできる。
本発明の電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体は、上記に説明したようなイオン液体を必須成分とするものであり、好ましい態様の1つではこのイオン液体のみから液状媒体が構成されるが、必要に応じて溶媒に希釈してもよい。本発明に用いられるイオン液体は水溶性が高いため、極性溶媒系に溶解して任意の濃度に希釈し、あるいは任意の粘度に調製することが可能となる。そして観察試料の形状、材質や試料にイオン液体を存在させる方法に応じて、種々の溶媒の選択が可能となる。例えば、本発明に用いられるイオン液体は水溶性が高いため、高濃度から低濃度までの任意の濃度の水溶液とすることができ、高濃度でイオン液体を用いることで、乾燥の操作が容易となる。また、任意の濃度で水溶液等の液状媒体を調製できることは、その粘度を任意に調製できることも意味し、従って噴霧等の各種の導電性付与方法の選択が可能となる。
このような溶媒としては、例えば、水、アルコール、THF(テトラヒドロフラン)、メチルエチルケトン、アセトン、アセトニトリル等が挙げられる。本発明のイオン液体は、希釈溶媒に水を用いることができ、作業環境や安全面において好適である。
本発明の液状媒体を用いて電子顕微鏡による試料観察を行う際には、本発明の液状媒体を含浸、塗布、噴霧等の方法により試料に適用し、これにより液状媒体に含まれるイオン液体を試料に存在させ、このイオン液体を存在させた試料に電子を照射し、照射された電子による2次電子、反射電子または透過電子を検出して試料の像を得る。
本発明の液状媒体を試料に適用することにより、少なくとも試料観察面に、上記のイオン液体を存在させることで、試料観察面に導電性が付与される。試料に含浸、塗布または噴霧された液状媒体に含まれる上記のイオン液体は、真空下にあるSEM、TEM等の電子顕微鏡の試料室においても揮発性がきわめて低く、試料に残存するため、イオン液体の導電性により、絶縁性の試料を用いた場合であっても電子照射により生成した試料表面の電荷を放出して帯電を防止できる。
本発明の液状媒体が用いられる電子顕微鏡による観察試料としては、特に限定されず、各種のものを用いることができるが、特に、生体試料、中でも水含有生体試料を用いる場合に好適である。
生体試料としては、真核生物(動物、植物、菌類、原生生物)や真正細菌、古細菌等の少なくとも一部、特に細胞を含む組織等が挙げられる。上記のイオン液体は細胞膜への浸透性があり、水含有生体試料において細胞内部の水との置換が促進される。このような生体試料等への浸透性は、乾燥による試料の収縮変形を抑制し、そして試料表面における収縮痕にイオン液体が残留することによる正確な像の妨害も抑制する。
なお、本発明において「水含有生体試料」には、生体本来の姿において水を含んでいたものであって、電子顕微鏡での観察において試料の前処理に通常適用される程度の真空乾燥を行うと、水分が失われることにより明らかな形状変形が視認されるものが含まれる。例えば、生体本来の姿において水分含有による柔軟性、可撓性等を有しているものが少なくとも含まれる。このようなものの具体例としては、細胞が立体的、三次元的に配置した生物における組織、例えば、皮膚の表皮、毛、つめ、消化管内壁、毛細血管等の上皮組織、皮膚の真皮と腱、血液、軟骨等の結合組織、横紋筋、平滑筋等の筋組織、神経組織等に分類される動物組織、皮膚組織、機械組織、吸収組織、同化組織、通道組織、貯蔵組織、通気組織、分泌組織等に機能分類される植物組織等が挙げられる。
一方、乾燥による形状変形の影響が少ない水含有生体試料としては、例えば、無機質が主体である歯、骨等が挙げられる。このような生体試料においても、親水性が高い上記のイオン液体は親和性が良く好適である。
上記のような試料に本発明の液状媒体を適用し、乾燥すると、典型的には、試料は水分を含有していたときのような柔軟性を保持し、硬直化や収縮等の変形は非常に少なく、バルク形状および微細構造において処理前の形状が保持される。
なお、水溶性が高いイオン液体は水和物として存在する場合が多いが、試料の収縮変形を抑制する点からは、本発明の液状媒体としてのイオン液体を試料に適用する前に、イオン液体を減圧脱水し、無水の状態とすることが好ましい。
換言すれば試料の収縮変形を抑制し形状保持率をより高めるためには、試料にイオン液体を適用した状態において、イオン液体が水和物として含んでいた含水量と試料の含水量との総和に対するイオン液体の量の比率を高めることが望ましく、イオン液体の含水量を低減化し(特に無水とし)、あるいは、試料に適用するイオン液体の量を増やすことで、イオン液体の含水量と試料の含水量との総和に対するイオン液体の量の比率を高め、これにより形状保持率をより高めることができる。
また、高粘度のイオン液体や、あるいは室温〜100℃の融点を持つイオン液体は、試料に適用する際に、加熱してイオン液体を低粘度化もしくは溶融して用いてもよい。
本発明の液状媒体を試料に適用してイオン液体を試料に存在させる方法としては、特に限定されず、例えば、液状媒体中に試料を浸漬し含浸させたり、液状媒体を試料に直接塗布したり、滴下、散布、噴霧により掛ける等により行うことができる。試料表面に過剰のイオン液体が残留している場合は、吸着紙等の繊維ウェブで拭き取るようにしてもよい。
試料は、本発明の液状媒体を適用する前に、必要に応じて、観察に適したものとするための調製を行う。このような調製は、従来より各種の方法が知られている。例えば、観察しようとする部分が最初から露出している試料では、表面のコンタミネーションの除去等を行い、また試料内部に存在する微細構造を観察する場合には、洗浄、切断、割断、化学的溶解等の適宜の操作を行って観察しようとする部分を表面に露出させる。例えば、生体試料の観察面を露出させるために、凍結割断法等の従来より知られている方法を用いることができる。
以上のような方法により、本発明の液状媒体を試料に適用し、少なくとも試料観察面に上記のイオン液体を存在させた後、試料をSEM、TEM等の電子顕微鏡の試料室に設置する。例えば、SEMを用いる場合には、試料をSEM用試料台に接着する等により固定し、このSEM用試料台をSEMにセッティングする。
また、水含有生体試料またはその培養液をイオン液体と混合し、SEM用試料台に接着したSEM用導電性両面テープなどに塗布した後、必要に応じて、脱水し、試料表面に過剰のイオン液体が残留している場合は吸着紙等の繊維ウェブで拭き取ることにより観察試料を調製する方法、水含有生体試料またはその培養液をSEM用試料台に接着したSEM用導電性両面テープなどに塗布もしくは固定化し、さらにその上からイオン液体を塗布した後、必要に応じて、脱水し、試料表面に過剰のイオン液体が残留している場合は吸着紙等の繊維ウェブで拭き取ることにより観察試料を調製する方法を用いることができる。
その後、電子顕微鏡の試料室内を真空引きし、観察を行う。電子顕微鏡による観察は、例えば、従来より知られている方法に従って行うことができる。例えば、SEMによる観察の場合、試料表面からの2次電子もしくは反射電子を検出するため、観察する試料表面を電子線に対して露出しておくことが必要である。そして、分解能等を考慮して加速電圧、コンデンサーレンズ電流値、対物絞り径、作動距離等を設定した後、撮影を行い画像データを取得することで、試料の像を得ることができる。
SEMによる観察では、上記のイオン液体を用いることで、試料観察面の帯電を簡易な手段で防止することができ、生体試料等、特に水含有生体試料において、乾燥後も試料のバルク形状および微細構造を保持して収縮等の変形を抑制することができ、さらに収縮痕へのイオン液体の部分的な残留により試料本来の像が妨げられることを抑制し、試料の像を高精度に得ることができる。
また、TEMによる観察では、上記のイオン液体を用いることで、上記と同様に乾燥後も試料のバルク形状および微細構造を保持して収縮等の変形を抑制することができるとともに、水が多かった箇所はイオン液体と置換されることにより濃く観察され、水含有生体試料の像のコントラストを強化し、より濃くして明確に観察することができる。さらに、膜タンパク質等の生体表面の微細構造のような物質表面の微細構造が、上記の高親水性のイオン液体と非常に高い親和性を持つことから、バルクと同じ状態(湿潤状態)で観察することができる。
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
<合成例1>
下記式で表される化合物1を合成した。
2-ブロモエタノール(167.26g、1.34mol)とN,N-ジメチルエチルアミン(293.70g、4.02mol)をアセトニトリル(850ml)中で、室温下、24時間反応させた。反応後、析出した固体をろ別し、洗浄を行うことにより白色固体(246.14g、1.24mol)を得た。
得られた白色固体(176.97g、0.89mol)とメタンスルホン酸(257.57g、2.68mol)を水(600ml)中で、室温下、24時間反応後、水を減圧留去し、黄色液体を得た。得られた液体を洗浄することにより、無色透明液体の化合物1を158.40g得た。
FT-IR(KBr):3360cm-1:O-H伸縮振動 2923cm-1:C-H伸縮振動
1196cm-1:SO3 - 伸縮振動
元素分析:実測値C:39.12% H:9.09% N:6.68% S:15.57%
理論値C:39.41% H:8.98% N:6.57% S:15.04%
<合成例2>
下記式で表される化合物2を合成した。
2-ブロモエタノール(40.00g、0.32mol)とN,N-ジエチルメチルアミン(83.70g、0.96mol)をアセトニトリル(400ml)中で、室温下、24時間反応させた。反応後、析出した固体をろ別し、洗浄を行うことにより白色固体(20.91g、0.10mol)を得た。
得られた白色固体(20.91g、0.10mol)とメタンスルホン酸(47.37g、0.49mol)を水(100ml)中で、室温下、24時間反応後、水を減圧留去し、黄色液体を得た。得られた液体を洗浄することにより、無色透明液体の化合物2を15.41g得た。
FT-IR(KBr):3373cm-1:O-H伸縮振動、2960cm-1:C-H伸縮振動、1728cm-1:C=O伸縮振動、1192cm-1:SO3 - 伸縮振動
元素分析:実測値C:42.10% H:9.40% N:6.04% S:13.80%
理論値C:42.26% H:9.31% N:6.16% S:14.11%
<合成例3>
下記式で表される化合物3を合成した。
3-ブロモプロピオン酸(150.00g、0.98mol)とN,N-ジメチルエチルアミン(358.39g、4.90mol)をアセトニトリル(750ml)中で、室温下、24時間反応させた。反応後、析出した固体をろ別し、洗浄を行うことにより白色固体(204.76g、0.68mol)を得た。
得られた白色固体(150.00g、0.50mol)とメタンスルホン酸(240.88g、2.50mol)を水(500ml)中で、室温下、24時間反応後、水を減圧留去し、黄色液体を得た。得られた液体を洗浄することにより、無色透明液体の化合物3を85.60g得た。
FT-IR(KBr):2960cm-1:C-H伸縮振動 1728cm-1:C=O伸縮振動
1192cm-1:SO3 - 伸縮振動
元素分析:実測値C:39.51% H:8.12% N:5.76% S:12.88%
理論値C:39.82% H:7.94% N:5.81% S:13.29%
<合成例4>
下記式で表される化合物4を合成した。
3-ブロモプロピオン酸(100.00g、0.65mol)とトリエタノールアミン(487.64g、3.27mol)をアセトニトリル(500ml)中で、室温下、24時間反応させた。反応後、析出した固体をろ別し、洗浄を行うことにより白色固体(229.04g、0.51mol)を得た。
得られた白色固体(213.19g、0.47mol)とメタンスルホン酸(226.98g、2.36mol)を水(500ml)中で、室温下、24時間反応後、水を減圧留去し、黄色液体を得た。得られた液体を洗浄することにより、無色透明液体の化合物4を85.60g得た。
FT-IR(KBr):3314cm-1:O-H伸縮振動 2937cm-1:C-H伸縮振動
1732cm-1:C-O伸縮振動 1198cm-1:C=O伸縮振動
元素分析:実測値C:37.77% H:8.39% N:4.28% S:9.50%
理論値C:37.49% H:8.18% N:4.37% S:10.00%
<実施例1〜5、比較例1〜3>
実施例1では、合成例1のイオン液体(化合物1)を用いた。まず、このイオン液体の水への溶解度を測定した。TG/DTAで測定した含水率を踏まえ、スクリュー管に所定の濃度となるように、イオン液体および水を仕込み、その後、25℃で30分間攪拌した後、10分間静置し、溶解性を目視で確認し、25℃での水100gに溶解するイオン液体量(g)を溶解度(g/100g water)とした。
また、このイオン液体の浸透圧を測定した。具体的には、TG/DTAより測定した含水率を考慮して所定の濃度(5重量%、10重量%)に調製した水溶液サンプルの浸透圧を、オズモメーター(浸透圧計:OSMOMAT 030−D GONOTEC社(ドイツ)製)で測定した。
次に、SEM観察用の生体試料として市販の乾燥ワカメを水で戻し、10mm角に切断したワカメを用意し、合成例1のイオン液体(化合物1)中に2時間含浸した。その後、真空中で30分間減圧し、乾燥した。また、別途にSEM観察用の生体試料としてほうれん草の茎を用意し、合成例1のイオン液体中に2時間含浸した。その後、真空中で30分間減圧し、乾燥した。
なお、上記の操作において、水で戻したワカメの重量(A)および含浸、乾燥後のワカメの重量(B)を測定することにより、残存重量(%:B/A×100)を測定した。
実施例2ではイオン液体として合成例2のイオン液体(化合物2)を、実施例3ではイオン液体として合成例3のイオン液体(化合物3)を、実施例4ではイオン液体として次式:
で表される化合物5(関東化学(株)製)を、実施例5ではイオン液体として合成例4のイオン液体(化合物4)をそれぞれ用い、それ以外は実施例1と同様にして溶解度、浸透圧を測定した。
比較例1では、イオン液体として親水性のテトラフルオロホウ酸1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムを用い、また比較例2では、イオン液体として疎水性の1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドを用いて、それ以外は実施例1と同様にして、イオン液体の水への溶解度を測定し、また、これとは別途に試料のワカメとほうれん草の茎に含浸し、その後真空中で乾燥した。比較例1についてはイオン液体の浸透圧も実施例1と同様にして測定した。
また、実施例3(合成例3のイオン液体(化合物3))、実施例5(合成例4のイオン液体(化合物4))、比較例1(テトラフルオロホウ酸1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム)、比較例2(1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド)については、それぞれを実施例1と同様にして残存重量を測定した。また、比較例3では、水で戻したワカメをイオン液体に含浸せず、真空中で30分間減圧し、乾燥して残存重量を測定した。
実施例1〜5、比較例1、2のイオン液体の水への溶解度の測定結果を表1に示す。なお、表1において○は目視において全て溶解したことを示し、×は目視において溶解していないことを示す。
このように、実施例1〜5のイオン液体は水への溶解度がいずれも900g/100g water以上と高く、一方、比較例1のイオン液体は550g/100g water未満、比較例2のイオン液体は10g/100g water未満であった。
実施例1〜5および比較例1のイオン液体の浸透圧の測定結果を表2に示す。
このように、実施例1〜5のイオン液体は浸透圧が、10重量%水溶液で0.7 Osmol/kg以上と高く、水酸基(実施例1、2)、カルボキシル基(実施例3)、メトキシ基(実施例4)の順に増加傾向を示した。一方、比較例1のイオン液体の浸透圧は0.7 Osmol/kg未満であった。濃度を10重量%から5重量%に変更して同様の測定を行ったが、これらの実施例1〜5および比較例1のイオン液体の浸透圧は定量的な大小傾向は概ね同一であった。
なお、浸透圧は水溶性と相関があり、浸透圧が高いことは、多くの水と良好に置換し、後述するように形状保持し易いことを示している。
実施例1〜5、比較例1、2においてイオン液体を含浸、乾燥後の試料を観察した結果を図1に示す。図1は試料のワカメ(左の写真)とほうれん草の茎(右の写真)の全体を撮影したものである。実施例1〜5では、試料はイオン液体による処理前の形状を保持した。また、水分を含有していたときのような質感を有しており、収縮も非常に少なかった。イオン液体による処理前と乾燥後のそれぞれの試料の平面方向の長さの比として試料の形状保持率を求めたところ、ワカメとほうれん草の茎の両方の場合で実施例1〜5では70〜90%であった。
特に、合成例1(化合物1)の水和物を3時間減圧脱水し、無水の状態でワカメを処理(含浸、減圧乾燥)した場合、形状保持率は90%を超えた(91%)。
一方、比較例1、2では、実施例1〜5の場合とは異なり、試料のワカメは、イオン液体を含浸した後から、水分を含有していたときのような質感が失われて硬直化し、そして大きく収縮してイオン液体による処理前の平面形状から波打ち状の形状に収縮変形した。減圧乾燥後も同様に、質感が失われ、波打ち状の形状に収縮変形した。試料のほうれん草の茎の場合も同様に、乾燥後に大きな収縮変形が観察された。これらの試料の形状保持率を求めたところ、ワカメとほうれん草の茎の両方の場合で比較例1では50〜60%、比較例2では20〜30%であった。
このように、実施例1〜5は、SEM観察用に従来検討されている親水性のイオン液体の比較例1に比べても試料の形状保持において大幅に優れていた。
また、上記の結果は形状保持とイオン液体の水への溶解度や浸透圧との相関を示した。後述の実施例等においても同様であった。
また、図1には実施例1、3、5、比較例1〜3において残存重量を測定した結果を併せて示している。比較例1、2の残存重量は、ワカメをイオン液体に含浸していない比較例3と同等の16〜17%であり、テトラフルオロホウ酸1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム、および1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドはワカメ細胞内の水と置換していないことを示している。これに対し、実施例1、3、5のイオン液体(化合物1、3、4)は残存重量が44〜46%であり、ワカメ内の水分は実施例1、3、5のイオン液体と置換していることを示している。従って、本発明の構造、物性を持つイオン液体は細胞内の水分と置換し、これにより観察試料の形状保持をしていることを示唆した。
また、図示はしないが、試料のほうれん草の茎をイオン液体中に含浸し、試料の断面を光学顕微鏡で観察したところ、化合物1〜5では試料はイオン液体による処理前の組織構造を保持し、表皮や、内部の維管束組織とそのまわりの基本組織が観察された。一方、イオン液体としてテトラフルオロホウ酸1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム、あるいは1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドを用いた場合には、化合物1〜5の場合とは異なり、イオン液体による処理前の組織構造は収縮によりほとんど観察することができなかった。
<実施例6〜10、比較例4>
実施例6では、実施例1と同様にして、試料のワカメを合成例1のイオン液体(化合物1)中に含浸し、SEM観察用の試料を得た。
実施例7では、実施例2と同様にして、試料のワカメを合成例2のイオン液体中に含浸し、SEM観察用の試料を得た。
実施例8では、実施例3と同様にして、試料のワカメを合成例3のイオン液体中に含浸し、SEM観察用の試料を得た。
実施例9では、実施例4と同様にして、試料のワカメを化合物5のイオン液体中に含浸し、SEM観察用の試料を得た。
実施例10では、実施例5と同様にして、試料のワカメを合成例4のイオン液体中に含浸し、SEM観察用の試料を得た。
比較例4では、比較例1と同様にして、試料のワカメをイオン液体のテトラフルオロホウ酸1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム中に含浸し、SEM観察用の試料を得た。
これらの試料をSEM((株)日立ハイテクノロジーズ、TM-1000)の試料室に設置し、試料室を真空引きし、撮影を行い試料の像を得た。
図2はそのSEM写真である(600倍)。実施例6〜10では、ワカメの微細構造を高精度に観察することができ、そして微細構造においてもイオン液体の処理によると考えられる変形は小さく、イオン液体が均一に浸透し、イオン液体の残留による像のムラも大幅に抑制されていた。
一方、比較例4では、実施例6〜10の場合とは異なり、試料表面における多くの収縮した痕にイオン液体が過剰に残留したことによると考えられる黒い部分が現れ、この黒い帯状のシワ模様が像の大部分を占めるようになり、イオン液体の処理による収縮変形が激しいことが推測されるとともに、試料の微細構造の正確な像を妨げた。
なお、図示はしないが、イオン液体として1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドを用いた場合には、図2の実施例6〜10において明確に視認される微細凹凸状の表面の組織構造が収縮により大きく崩れて、実施例6〜10に比べて明確さが大幅に失われていた。
このように、実施例6〜10は収縮が少なく、SEM観察用に従来検討されている親水性のイオン液体を用いた比較例4に比べて試料の形状保持において大幅に優れていた。
<実施例11、比較例5>
実施例11では、実施例1と同様にして、試料のほうれん草の茎を合成例1のイオン液体(化合物1)中に含浸し、SEM観察用の試料を得た。
比較例5では、参照としてイオン液体による処理を行わなかった試料の断面を観察した。
これらの試料について実施例6〜10と同様にしてSEM撮影を行い試料の断面の像を得た。図3はそのSEM写真である(30倍)。このように実施例11ではほうれん草の茎の微細な組織構造を高精度に観察することができ、そして微細構造においてもイオン液体の処理によると考えられる変形は小さかった。
一方、参照としてイオン液体による処理を行わなかった試料の断面を観察した比較例5では、乾燥により大きく収縮変形し処理前の形状がほとんど維持されていないことが分かる。
<実施例12〜15、比較例6>
実施例12では、実施例6と同様にして、試料のワカメを合成例1のイオン液体中に含浸し、SEM観察用の試料を得た。
実施例13では、実施例8と同様にして、試料のワカメを合成例3のイオン液体中に含浸し、SEM観察用の試料を得た。
実施例14では、実施例9と同様にして、試料のワカメを化合物5のイオン液体中に含浸し、SEM観察用の試料を得た。
実施例15では、実施例10と同様にして、試料のワカメを合成例4のイオン液体中に含浸し、SEM観察用の試料を得た。
比較例6では、比較例4と同様にして、試料のワカメをイオン液体のテトラフルオロホウ酸1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムに含浸し、SEM観察用の試料を得た。
これらの試料をSEM(日本電子(株)製、機種名JSM-6500F)の試料室に設置し、試料室を真空引きし、撮影を行い試料の像を得た。
図4はそのSEM写真である(500倍)。実施例12〜15では、ワカメの微細構造を高精度に観察することができ、そして微細構造においてもイオン液体の処理によると考えられる変形は小さく、イオン液体が均一に浸透し、イオン液体の残留による像のムラもほとんど見られなかった。
一方、比較例6では、実施例12〜15の場合とは異なり、試料表面における多くの収縮した痕にイオン液体が過剰に残留したことによると考えられる黒い部分が現れ、この黒い帯状のシワ模様が像の大部分を占めるようになり、イオン液体の処理による収縮変形が激しいことが推測されるとともに、試料の微細構造の正確な像を妨げた。
このように、実施例12〜15ではイオン液体により試料観察面の帯電を防止してワカメの微細構造を高精度に観察することができ、さらに収縮による変形も少なく、SEM観察用に従来検討されている親水性のイオン液体を用いた比較例6に比べて試料の形状保持において大幅に優れていた。
<実施例16>
実施例16では、絶縁性のSEM観察用の試料として綿布を用意し、合成例1のイオン液体(化合物1)を水に溶解した10重量%イオン液体水溶液を試料に噴霧した。その後、ドライヤーで乾燥して水分を除去し、SEM観察用の試料を得た。
この試料をSEM(S-510、(株)日立製作所)の試料室に設置し、試料室を真空引きし、撮影を行い試料の像を得た。
図5はそのSEM写真である(200倍、800倍)。このように実施例16では、絶縁性である綿布について、イオン液体水溶液を試料に噴霧し、試料観察面の帯電を防止して綿布の微細構造を高精度に観察することができた。すなわち、生体試料以外の絶縁体試料にイオン液体を存在させる方法として、イオン液体を溶媒により希釈した液状媒体を用いて噴霧する方法を用いた場合にも、導電性付与が良好にできることが示された。
<実施例17、比較例7>
実施例17では、生体試料として毛髪を用意し、合成例2のイオン液体(化合物2)の1mg/mL水溶液に30秒含浸後、キムワイプで過剰なイオン液体を拭き取り、SEM観察用の試料を得た。
比較例7では、参照としてイオン液体による処理を行わなかった試料を用意した。
これらの試料をSEM((株)日立ハイテクノロジーズ、TM-1000)の試料室に設置し、試料室を真空引きし、撮影を行い試料の像を得た。図6はそのSEM写真である(1000倍)。イオン液体で処理した実施例17は、未処理の比較例7と比べて帯電による白く不明瞭な箇所もなく、鮮明な像が得られた。
<実施例18、比較例8>
実施例18では、生体試料としてマウスの骨を用意し、合成例2のイオン液体(化合物2)の10mg/mL水溶液に30秒含浸後、キムワイプで過剰なイオン液体を拭き取り、SEM観察用の試料を得た。
比較例8では、参照としてイオン液体による処理を行わなかった試料を用意した。
これらの試料をSEM(日本電子(株)JSM-6500F)の試料室に設置し、試料室を真空引きし、撮影を行い試料の像を得た。図7はそのSEM写真である(20000倍)。イオン液体で処理した実施例18は、未処理の比較例8と比べて骨表面の細孔が明確に観察された。
<実施例19、比較例9>
実施例19では、生体試料として赤血球を用意し、ガラス板に固定した赤血球に合成例4のイオン液体(化合物4)を塗布し、キムワイプで過剰なイオン液体を吸い取り、SEM観察用の試料を得た。
比較例9では、参照としてイオン液体による処理を行わなかった試料を用意した。
これらの試料をSEM(カールツァイス社 URTRA plus)を用いて観察した。図8はそのSEM写真である(実施例19:110000倍、比較例9:4000倍)。未処理の比較例9は、真空下の観察時に、赤血球内の水分が蒸発、破裂した。これに対し、イオン液体で処理した実施例19は、赤血球内の水分とイオン液体が良好に置換し、破裂せず、ある程度の形状を維持することが可能であることが確認された。
<実施例20>
実施例20では、生体試料としてミュータンス菌を用意し、ガラス板に固定したミュータンス菌を合成例2のイオン液体(化合物2)に30秒含浸後、キムワイプで過剰なイオン液体を拭き取り、SEM観察用の試料を得た。
この試料をSEM(日本電子(株)JSM-6701F)の試料室に設置し、試料室を真空引きし、撮影を行い試料の像を得た。図9はそのSEM写真である(15000倍)。ミュータンス菌の形状を維持し、良好に観察することができた。
<実施例21>
実施例21では、生体試料としてブイヨン培地で培養したミュータンス菌培養液を用意した。ミュータンス菌培養液と合成例2のイオン液体(化合物2)を混合し、SEM用試料台に接着したSEM導電性テープ(カーボン両面テープ)に薄く塗布した。塗布後、減圧脱水して、キムワイプで過剰なイオン液体を拭き取り、SEM観察用の試料を得た。
この試料をSEM((株)日立ハイテクノロジーズ、TM-3000)の試料室に設置し、試料室を真空引きし、撮影を行い試料の像を得た。図10はそのSEM写真である(5000倍)。ミュータンス菌の形状を維持し、良好に観察することができた。また、図示しないが、テトラフルオロホウ酸1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムを用いた場合、イオン液体を用いず、培養液のみを塗布、脱水した場合には、帯電したり、形状維持できず、良好に観察することはできなかった。

Claims (14)

  1. 電子顕微鏡で観察する試料に適用し、試料の少なくとも一部に存在させた状態で試料を電子顕微鏡で観察するための液状媒体であって、水への溶解度が550g/100g water以上のイオン液体を必須成分として含有することを特徴とする電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
  2. 電子顕微鏡で観察する試料に適用し、試料の少なくとも一部に存在させた状態で試料を電子顕微鏡で観察するための液状媒体であって、10重量%水溶液での浸透圧が0.7 Osmol/kg以上であるイオン液体を必須成分として含有することを特徴とする電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
  3. イオン液体が、下記式(I):
    (式中、R1、R2、R3、R4はそれぞれ独立に炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基、または−R5−Aで示される水溶性官能基を示し(R5は炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキレン基を示し、Aは水酸基、カルボキシル基、−OR6(R6は炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基を示す。)、または−COR7(R7は炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基を示す。)を示す。)、R1、R2、R3、R4のうち少なくとも1つは水溶性官能基である。X-は、アルキルスルホン酸イオン、アリールスルホン酸イオン、アルキル硫酸イオン、およびテトラフルオロホウ酸イオンから選ばれるいずれかのアニオンを示す。)で表されるイオン液体であることを特徴とする請求項1または2に記載の電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
  4. 式(I)のR1、R2、R3、R4のアルキル基が炭素数1〜3の直鎖もしくは分岐のアルキル基であることを特徴とする請求項3に記載の電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
  5. 式(I)のR5が炭素数1〜3の直鎖もしくは分岐のアルキレン基であることを特徴とする請求項3または4に記載の電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
  6. 式(I)の水溶性官能基のうち少なくとも1つのAが水酸基であることを特徴とする請求項3から5のいずれかに記載の電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
  7. 式(I)の水溶性官能基のうち少なくとも1つのAがカルボキシル基であることを特徴とする請求項3から5のいずれかに記載の電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
  8. 式(I)の水溶性官能基のうち少なくとも1つのAが、R6が炭素数1〜3の直鎖もしくは分岐のアルキル基の−OR6であることを特徴とする請求項3から5のいずれかに記載の電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
  9. 式(I)のX-が、炭素数1〜3の直鎖または分岐のアルキル基を有するアルキルスルホン酸イオン、p-トルエンスルホン酸イオン、炭素数1〜3の直鎖または分岐のアルキル基を有するアルキル硫酸イオン、またはテトラフルオロホウ酸イオンであることを特徴とする請求項3から8のいずれかに記載の電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
  10. 細胞内の水を置換できることを特徴とする請求項1から9のいずれかに記載の電子顕微鏡による試料観察用の液状媒体。
  11. 電子顕微鏡による試料観察方法であって、請求項1から10のいずれかに記載の液状媒体を試料に適用する工程と、この液状媒体を適用した試料に電子を照射し、照射された電子による2次電子、反射電子または透過電子を検出して試料の像を得る工程とを含むことを特徴とする電子顕微鏡による試料観察方法。
  12. 観察対象の試料が生体試料であることを特徴とする請求項11に記載の電子顕微鏡による試料観察方法。
  13. 観察対象の試料が水含有生体試料であることを特徴とする請求項11または12に記載の電子顕微鏡による試料観察方法。
  14. 水含有生体試料が細胞膜を含むことを特徴とする請求項13に記載の電子顕微鏡による試料観察方法。
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