ここで、好適には、駆動系とは、エンジンからの動力が伝達される各回転部材に対応する。具体的には、例えば自動変速機、プロペラシャフト、終減速機、ドライブシャフト等に相当する。
また、好適には、自動変速機が走行レンジにある状態とは、自動変速機が動力伝達可能な状態をいい、具体的には、自動変速機において所定の変速段が成立させられた状態に相当する。また、自動変速機が非走行レンジにある状態とは、自動変速機の動力伝達が遮断された状態をいい、具体的には、自動変速機の所定の変速段を成立させる摩擦係合装置が解放された状態に相当する。
以下、本発明の実施例を図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
図1は、車両用動力伝達装置の一部である車両用自動変速機(以下、自動変速機という)10の骨子図である。図2は複数の変速段(ギヤ段)を成立させる際の摩擦係合要素すなわち摩擦係合装置の作動状態を説明する作動表である。自動変速機10は、エンジン30と駆動輪40との間の動力伝達経路に設けられ、車両の左右方向(横置き)に搭載するFF車両に好適に用いられる。自動変速機10は、車体に取り付けられる非回転部材としてのトランスミッションケース26内において、シングルピニオン型の第1遊星歯車装置12を主体として構成されている第1変速部14と、ダブルピニオン型の第2遊星歯車装置16およびシングルピニオン型の第3遊星歯車装置18を主体としてラビニヨ型に構成されている第2変速部20とを共通の軸心C上に有し、入力軸22の回転を変速して出力歯車24から出力する。
入力軸22は、走行用の動力源であるエンジン30によって回転駆動される流体式伝動装置としてのロックアップクラッチ33を備えたトルクコンバータ32のタービン軸である。また、出力歯車24は、図3に示す差動歯車装置34に動力を伝達するために、デフリングギヤ36と噛み合ってファイナルギヤ対を構成するデフドライブピニオンと同軸上に配置されたカウンタドリブンギヤと噛み合ってカウンタギヤ対を構成するカウンタドライブギヤである。この出力歯車24の回転速度NOUTが回転速度センサ66によって検出され、後述する電子制御装置100に供給される。そして回転速度NOUTに基づいて車速Vが算出されて変速判断に用いられる。
このように構成された自動変速機10において、エンジン30の出力は、トルクコンバータ32、自動変速機10、差動歯車装置34、および一対の車軸38等を介して一対の駆動輪40へ伝達される(図3参照)。なお、この自動変速機10やトルクコンバータ32は中心線(軸心)Cに対して略対称的に構成されており、図1の骨子図においてはその中心線Cの下半分が省略されている。
自動変速機10は、第1変速部14および第2変速部20の各回転要素(サンギヤS1〜S3、キャリアCA1〜CA3、リングギヤR1〜R3)のうちのいずれかの連結状態の組み合わせに応じて第1速ギヤ段「1st」〜第6速ギヤ段「6th」の6つの前進ギヤ段が成立させられるとともに、後退ギヤ段「R」が成立させられる。図2に示すように、例えば前進ギヤ段では、クラッチC1とブレーキB2との係合により第1速ギヤ段が、クラッチC1とブレーキB1との係合により第2速ギヤ段が、クラッチC1とブレーキB3との係合により第3速ギヤ段が、クラッチC1とクラッチC2との係合により第4速ギヤ段が、クラッチC2とブレーキB3との係合により第5速ギヤ段が、クラッチC2とブレーキB1との係合により第6速ギヤ段が、それぞれ成立させられるようになっている。また、ブレーキB2とブレーキB3との係合により後退ギヤ段が成立させられ、クラッチC1、C2、ブレーキB1〜B3のいずれも解放されることによりニュートラル状態となるように構成されている。
図2の作動表は、上記各ギヤ段とクラッチC1、C2、ブレーキB1〜B3の作動状態との関係をまとめたものであり、「○」は係合、「◎」はエンジンブレーキ時のみ係合を表している。特に、第1速ギヤ段「1st」を成立させるブレーキB2には並列に一方向クラッチF1が設けられているため、発進時(加速時)にはクラッチC1のみを係合させ、エンジンブレーキを作用させるときにはクラッチC1とブレーキB2とを係合させる。また、各ギヤ段のギヤ比(変速比)γ(=入力軸22の回転速度/出力歯車24の回転速度)は、第1遊星歯車装置12、第2遊星歯車装置16、および第3遊星歯車装置18の各ギヤ比(=サンギヤの歯数/リングギヤの歯数)ρ1、ρ2、ρ3によって適宜定められる。
このように本実施例の自動変速機10は、複数の摩擦係合装置すなわちクラッチC1、C2、およびブレーキB1〜B3を選択的に係合させることによりギヤ比の異なる複数のギヤ段を成立させるものであり、図2の作動表から明らかなように、クラッチC1、C2、およびブレーキB1〜B3の何れか2つを掴み替える所謂クラッチツウクラッチ変速により各ギヤ段の切り替えを行うことができる。
また、上記クラッチC1、C2、およびブレーキB1〜B3(以下、特に区別しない場合は単にクラッチC、ブレーキBという)は、多板式のクラッチやブレーキなど油圧アクチュエータによって係合制御される油圧式摩擦係合装置であり、油圧制御回路50(図3参照)のリニアソレノイドバルブSL1〜SL5の励磁、非励磁や電流制御により、係合、解放状態が切り換えられるとともに係合、解放時の過渡油圧などが制御される。
図3は、図1の自動変速機10などを制御するために車両に設けられた制御系統の要部およびエンジン30から駆動輪40までの動力伝達系の概略構成を説明するブロック線図である。
図3において、電子制御装置100は、例えばCPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより、エンジン30の出力制御や自動変速機10の変速制御等を実行するようになっており、必要に応じてエンジン制御用や油圧制御回路50のリニアソレノイドバルブSL1〜SL5を制御する変速制御用等に分けて構成される。
例えば、電子制御装置100には、アクセル開度センサ54により検出されたアクセルペダル52の操作量に相当するアクセル開度Accを表すアクセル開度信号、エンジン回転速度センサ56により検出されたエンジン30の回転速度であるエンジン回転速度NEを表す信号、冷却水温センサ58により検出されたエンジン30の冷却水温TWを表す信号、吸入空気量センサ60により検出されたエンジン30の吸入空気量Qを表す信号、スロットル弁開度センサ64により検出された電子スロットル弁62のスロットル弁開度θTHを表すスロットル弁開度信号、回転速度センサ66により検出された出力歯車24の回転速度である出力回転速度NOUTすなわち車速Vを表す信号、ブレーキスイッチ70により検出された常用ブレーキであるフットブレーキ(ホイールブレーキ)の作動中(踏込操作中)を示すフットブレーキペダル68の操作(オン)BONを表す信号、レバーポジションセンサ74により検出されたシフト装置71のシフトレバー72のレバーポジション(操作位置、シフトポジション)PSHを表す信号、タービン回転速度センサ76により検出されたトルクコンバータ32のタービン軸の回転速度であるタービン回転速度NTすなわち入力軸22の回転速度を表す信号、AT油温センサ78により検出された油圧制御回路50内の作動油の温度であるAT油温TOIL表す信号などがそれぞれ供給される。
また、電子制御装置100からは、電子スロットル弁62を開閉駆動するスロットルアクチュエータ80への駆動信号、エンジン30の点火時期を指令する点火信号、エンジン30の吸気管または筒内に燃料を供給し或いは停止する燃料噴射装置82によるエンジン30への燃料供給量を制御する燃料供給量信号、シフトインジケータを作動させるためのレバーポジションPSH表示信号、自動変速機10のギヤ段を切り換えるために油圧制御回路50内のシフト弁を駆動するシフトソレノイドを制御する信号、およびライン圧を制御するリニヤソレノイド弁を駆動するための指令信号などがそれぞれ出力される。
また、シフトレバー72は例えば運転席の近傍に配設され、図3に示すように、5つのレバーポジション「P」、「R」、「N」、「D」、または「S」へ手動操作されるようになっている。
「P」ポジションは自動変速機10内の動力伝達経路を解放しすなわち自動変速機10内の動力伝達が遮断されるニュートラル状態(中立状態)とし且つメカニカルパーキング機構によって機械的に出力歯車24の回転を阻止(ロック)するための駐車レンジ(位置)であり、「R」ポジションは自動変速機10の出力歯車24の回転方向を逆回転とするための後退走行レンジであり、「N」ポジションは自動変速機10内の動力伝達が遮断されるニュートラル状態とするための非走行レンジであり、「D」ポジションは自動変速機10の変速を許容する変速範囲で第1ギヤ段「1st」〜第6ギヤ段「6th」の総ての前進ギヤ段を用いて自動変速制御を実行させる前進走行レンジであり、「S」ポジションはギヤ段の変化範囲を制限する複数種類の変速レンジすなわち高車速側のギヤ段が異なる複数種類の変速レンジを切り換えることにより手動変速が可能な前進走行レンジである。この「S」ポジションにおいては、シフトレバー72の操作毎に変速範囲をアップ側にシフトさせるためのレバーポジションPSHとしての「+」ポジション、シフトレバー72の操作毎に変速範囲をダウン側にシフトさせるためのレバーポジションPSHとしての「−」ポジションが備えられている。
図4は、油圧制御回路50のうちクラッチC1、C2、およびブレーキB1〜B3の各油圧アクチュエータ(油圧シリンダ)AC1、AC2、AB1、AB2、AB3の作動を制御するリニアソレノイドバルブSL1〜SL5に関する回路図である。
図4において、各油圧アクチュエータAC1、AC2、AB1、AB2、AB3には、ライン油圧PLがそれぞれリニアソレノイドバルブSL1〜SL5により電子制御装置100からの指令信号に応じたクラッチ油圧(係合油圧)PC1、PC2、PB1、PB2、PB3に調圧されてそれぞれ直接的に供給されるようになっている。このライン油圧PLは、例えばエンジン30の出力トルク(エンジントルク)TEを伝達するための摩擦係合装置のクラッチトルク(係合トルク、トルク容量)が確保される係合油圧が得られるように、エンジン30により回転駆動される機械式のオイルポンプ28(図1参照)から発生する油圧を元圧として図示しない例えばリリーフ型調圧弁(レギュレータバルブ)によって、スロットル弁開度θTH或いは吸入空気量Q等で表されるエンジントルクTEに応じた値に調圧されるようになっている。
リニアソレノイドバルブSL1〜SL5は、基本的には何れも同じ構成で、電子制御装置100により独立に励磁、非励磁され、各油圧アクチュエータAC1、AC2、AB1、AB2、AB3の油圧が独立に調圧制御されてクラッチC1、C2、およびブレーキB1〜B3の係合油圧PC1、PC2、PB1、PB2、PB3が制御される。そして、自動変速機10は、例えば図2の係合作動表に示すように予め定められた摩擦係合装置が係合されることによって各ギヤ段が成立させられる。また、自動変速機10の変速制御においては、例えば変速に関与するクラッチCやブレーキBの解放側摩擦係合装置と係合側摩擦係合装置との掴み替えによるクラッチツウクラッチ変速が実行される。このクラッチツウクラッチ変速の際には、変速ショックを抑制しつつ可及的に速やかに変速が実行されるように解放側摩擦係合装置の解放過渡油圧と係合側摩擦係合装置の係合過渡油圧とが適切に制御される。
図5は、上述したような問題を解決するための電子制御装置100による制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。図5において、変速制御手段102は、例えば図6に示すような車速Vおよびアクセル開度Accを変数として予め記憶された関係(マップ、変速線図)から実際の車速Vおよびアクセル開度Accに基づいて変速判断を行い、自動変速機10の変速を実行すべきか否かを判断し、例えば自動変速機10の変速すべきギヤ段を判断し、その判断したギヤ段が得られるように自動変速機10の自動変速制御を実行する。このとき、変速制御手段102は、例えば図2に示す係合表に従ってギヤ段が達成されるように、自動変速機10の変速に関与する油圧式摩擦係合装置を係合および/または解放させる指令(変速出力、油圧指令)を油圧制御回路50へ出力する。図6の変速線図において、実線はアップシフトが判断されるための変速線(アップシフト線)であり、破線はダウンシフトが判断されるための変速線(ダウンシフト線)である。
例えば、変速制御手段102は、自動変速機10が第2速ギヤ段とされている車両走行中に、アクセルペダル52が踏込み操作される加速操作により車速Vが上昇して車両状態が2速→3速アップシフトを実行すべき2速→3速アップシフト線を横切ったと判断した場合には、解放側摩擦係合装置としてのブレーキB1の係合油圧を低下させてブレーキB1の解放を開始させると共に、ブレーキB1のトルク容量の低下とブレーキB3のトルク容量の増加が重なるように係合側摩擦係合装置としてのブレーキB3の係合油圧を上昇させてブレーキB3の係合を開始させ、ブレーキB3の解放とクラッチC2の係合とを完了させて第2速ギヤ段のギヤ比γ2から第3速ギヤ段のギヤ比γ3へ移行させる2→3パワーオンアップシフト指令を油圧制御回路50に出力する。
油圧制御回路50は、前記変速制御手段102による変速出力に従って、自動変速機10の変速が実行されるように油圧制御回路50内のリニアソレノイドバルブSL1〜SL5を作動させて、その変速に関与する油圧式摩擦係合装置の油圧アクチュエータAC1、AC2、AB1、AB2、AB3を作動させる。
走行レンジ判定手段104は、シフト装置71のシフトレバー72の位置に基づいて、走行レンジを判定する。例えばシフトレバー72が「D」ポジション、または「S」ポジションに位置されるとき、走行レンジ判定手段104は、自動変速機10が前進走行を可能とする前進走行レンジにあるものと判定する。シフトレバー72が「R」ポジションに位置されるとき、走行レンジ判定手段104は、自動変速機10が後退走行を可能とする後退走行レンジにあるものと判定する。シフトレバー72が「N」ポジションに位置されるとき、走行レンジ判定手段104は、自動変速機10が非走行レンジにあるものと判定する。シフトレバー72が「P」ポジションに位置されるとき、走行レンジ判定手段104は、自動変速機10が完全非走行レンジにあるものと判定する。ここで、「N」ポジションおよび「P」ポジションは、共に非走行レンジに対応するが、シフトレバー72が「P」ポジション場合、自動変速機10の出力歯車24が機械的にロックされて車速Vが零であるため、本実施例においては、「P」ポジションを完全非走行レンジとして「N」ポジションと区別することとした。なお、「N」ポジションの場合、自動変速機10の動力伝達が遮断される、すなわちエンジン30の出力が自動変速機10へ入力されないニュートラル状態となるが、車速Vは必ずしも零とは限らない。例えば、車両走行中に「N」ポジションが選択された場合、自動変速機10がニュートラル状態となっても車両の慣性力によって車両が走行させられる。
また、走行レンジ判定手段104は、シフトレバー72の位置に基づく走行レンジ判定だけでなく、例えば「R」ポジション(後退走行レンジ)から「N」ポジション(非走行レンジ)への走行レンジ切換や「N」ポジション(非走行レンジ)から「D」ポジション(走行レンジ)への走行レンジ切換などの走行レンジ切換操作が実施された際には、上記走行レンジ切換操作も同様に判断するものとする。
ところで、例えば後退走行中において、運転者が前進走行への急発進を実施することがある。図7に示すように、後退走行中(1)R走行)に運転者が前進走行を希望した場合、運転者がシフトレバー72を一端「N」ポジションに切り換えることで自動変速機10がニュートラル状態となる。このとき、自動変速機10がニュートラル状態となっても車両の慣性力によって、車両が所定の車速Vで後退させられる(2)後退)。次いで、急発進の要求に伴って、運転者がアクセルペダル52を踏み込むことで、エンジン30が空吹きさせられてエンジン回転速度NEが上昇する(3)Nレーシング)。そして、運転者がシフトレバー72を「N」ポジションから「D」ポジションへ走行レンジ切換(4)普通シフト(N→D))を実施することで車両が前進走行することとなる(5)D走行)。
ここで、運転者が「N」ポジション(非走行レンジ)から「D」ポジション(走行レンジ)へ切り換えたとき、高回転速度で回転中のエンジン30の出力が急激に自動変速機10の入力軸22へ入力されるため、駆動系(自動変速機10、差動歯車装置34、車軸38等)の各回転部材に高入力トルクが発生し、上記駆動系の各回転部材の耐久性が低下する可能性があった。これに対して、従来制御では、自動変速機10の前進ギヤ段成立時に係合される摩擦係合装置の係合速度を制御することで、上記高入力トルク発生を抑制する。具体的には、非走行レンジから前進走行レンジに切り換えられると、自動変速機10において前進ギヤ段(通常は第1速ギヤ段)が成立させられるが、変速制御手段102は、前進ギヤ段成立時に係合させられる摩擦係合装置(第1速ギヤ段である場合クラッチC1)の係合速度を低下させる。これにより、駆動系への急激なトルク入力が抑制されるため、高入力トルク発生が抑制される。また、スロットル弁開度θTHを制限することによってエンジン30の出力を制限する制御が併せて実施されることでも、高入力トルク発生が抑制される。
上記従来制御は、比較的低車速Vの領域で実施されるが、図6に示すように、車速Vが、第2速ギヤ段から第1速ギヤ段へのダウンシフト線に対応する車速V1以上となると、自動変速機10の変速制御が実施され、自動変速機10の変速制御による干渉が発生する可能性があるため、従来制御である摩擦係合装置の係合速度低下による高入力トルク抑制が困難であった。したがって、車速Vが所定値V1を越える領域において、高入力トルク発生を防止する有効な手段が見出されていなかった。なお、通常、後退走行時であっても車速は絶対値で検出されるため、同様に変速制御による干渉が発生する可能性がある。
これに対して、レーシング抑制手段106は、後退走行中に前進走行に変更するに際して、自動変速機10が非走行レンジに切り換えられると、予めエンジン30の出力トルクを制限することでレーシングを抑制し、前進走行レンジ(例えば「D」ポジション)に切り換えられたときの高入力トルク発生を抑制する。具体的には、レーシング抑制手段106は、後退走行中に非走行レンジ(「N」ポジション)に切り換えられたときの運転者によるアクセルペダル52の踏み込み量(操作量)であるアクセル開度Accに応じて制御される電子スロットル弁62のスロットル弁開度θTHを制限する。例えば、レーシング抑制手段106は、予め設定されているエンジン回転速度NEの上限値NE1を記憶しており、アクセルペダル52が大きく踏み込まれても、エンジン回転速度NEが上限値NE1を越えないように、スロットル弁開度θTHを制御する。したがって、アクセルペダル52の踏み込み量であるアクセル開度Accに拘わらずスロットル弁開度θTHが制限されることで、エンジン出力が制限されてレーシングが抑制される。上記レーシング抑制手段106が実施されることにより、エンジン回転速度NEが低下されてエンジン30の回転による慣性力が低減されるため、駆動系(自動変速機10、差動歯車装置34、車軸38等)への高入力トルク発生が抑制される。なお、上記エンジン回転速度NEの上限値NE1は、予め実験や計算によって求められ、前進走行レンジへの切換時に駆動系への入力トルクが抑制されるような回転速度に設定される。
ここで、本実施例では、レーシング抑制手段106は、後退走行時の車速Vが所定値A以上の領域でのみ実施されるように限定されている。図8に示すように、後退走行(後進走行)時であって、且つ、車速Vが所定値A以上である領域がレーシング抑制手段106の作動範囲とされている。上記所定値Aは、変速制御が実施される車速V1未満であってその近傍の速度に設定されている。すなわち、レーシング抑制手段106は、変速制御の干渉が生じる可能性のある領域で実施されるように設定されている。
レーシング抑制手段106は、エンジン出力を制限するに従い回転速度NEを制限することによって高入力トルク発生を抑制するため、上記上限値NE1が低い値に設定されている。したがって、前進走行レンジ(「D」ポジションなど)へ切り換えられた際の発進性(発進応答性)には不利となる。
これに対して、車速Vが所定値A未満の場合、上述したように、自動変速機10の摩擦係合装置の係合速度を制御することによって高入力トルク発生を抑制することができるので、エンジン30の出力トルクを併せて制限する場合においてもエンジン回転速度NEの上限値がが大きく設定されても構わない。したがって、発進性(発進応答性)がレーシング抑制手段106の実施時に比べて優れており、車速Vが所定値A未満であれば、上記従来制御が有利となる。
上記より、レーシング抑制手段106は、後退走行時であって、且つ、車速Vが所定値A以上であるときに限定し、車速Vが所定値A未満および前進走行時には従来制御を実施することで、車速Vが所定値A以上であっても駆動系への高入力トルク発生が抑制されると共に、前進走行レンジへの切換時の発進応答性低下が抑制される。
図5に戻り、車速判定手段108は、車両の車速Vが予め設定されている所定値A以上であるか否かを判定する。なお、車速Vは、出力速度センサ66によって検出される出力歯車24の回転速度NOUTに基づいて算出される。ここで、所定値Aは、図6において変速制御が開始される車速V1未満であってその近傍に設定されるのが望ましい。すなわち、所定値Aは、高入力トルクの発生を抑制するのに際して、その制御手段を、レーシング抑制手段106および摩擦係合装置の係合速度を制御する従来制御の何れを実施するかを選択する閾値として機能する。
後退走行判定手段110は、非走行レンジ(「N」ポジション)にあるとき、車両の進行方向が後退方向(後進方向)であるか否かを判定する。車両の進行方向は、例えば出力回転速度センサ66が回転方向をも検出可能である場合には、回転速度センサ66から出力される回転方向信号(進行方向信号)に基づいて、進行方向が後退方向であるか否かが判定される。また、例えば加速度センサによる加速度信号、GPSによるナビ情報、および前回のシフト操作等に基づいて後退走行か否かを判定しても構わない。
そして、車速判定手段108および後退走行判定手段110に基づいて、車両が後退走行(後退走行)であって、且つ、車速Vが所定値A以上であると判定されると、レーシング抑制手段106が実施され、エンジン回転速度NEが制限されるに伴いレーシングが抑制される。
クラッチ係合判定手段112は、自動変速機10の前進ギヤ段形成時に係合される摩擦係合装置が係合が開始されたか否かを判定する。クラッチ係合判定手段112は、例えば前進走行レンジへの切換時に係合される摩擦係合装置(第1速ギヤ段であればクラッチC1)の間の相対回転速度変化や摩擦係合装置の係合油圧等に基づいて、係合される摩擦係合装置がトルク容量を持ち出し始めたか否かを判定する。そして、クラッチ係合判定手段112が肯定されると、レーシング抑制手段106が停止され、変速制御手段102は、アクセルペダル52の踏み込み量に応じてスロットル弁開度θTHを出力させる。なお、このときエンジン回転速度NEの上限値NE1を徐々に上昇させることで、スロットル弁開度θTHを徐々に上昇させる制御を実施することが望ましい。
図9は、電子制御装置100の制御作動の要部すなわち車両後退走行中からの前進方向への急発進において駆動系への高入力トルク発生を抑制することができる制御作動を説明するフローチャートであり、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行されるものである。なお、本フローチャートにおいては、非走行レンジが選択されている状態すなわちシフトレバー72が「N」ポジションに操作されている状態を前提とする。
先ず、車速判定手段108および後退走行判定手段110に対応するステップSA1(以下、ステップを省略する)において、車両が後退走行中であって、且つ、その車速Vが所定値A以上であるか否かが判定される。SA1が否定されると、本ルーチンは終了させられる。なお、SA1が否定された状態すなわち車速Vが所定値A未満または前進走行時において、非走行レンジから前進走行レンジ(「D」ポジション等)に切り換えられた場合、自動変速機10の係合側摩擦係合装置(例えばクラッチC1)のクラッチ係合制御およびエンジン出力の制限による従来のレーシング抑制制御が実施される。具体的には、クラッチ係合速度を通常よりも低下させることで、高入力トルクが抑制される。
SA1が肯定されると、クラッチ係合判定手段112に対応するSA2において、自動変速機10が前進走行レンジに切り換えられた場合に係合される摩擦係合装置(例えばクラッチC1)の係合が開始されてトルク容量を持ち出したか否かが判定される。また、SA2において、上記判定に代えて走行レンジ判定手段104によって、非走行レンジ(「N」ポジション)から前進走行レンジ(「D」ポジション等)に切り換えられたか否かを判定することで、摩擦係合装置の係合が開始されるか否かを判定しても構わない。
SA2が否定される場合、レーシング抑制手段106に対応するSA3において、エンジン回転速度NEが上限値NE1に制限されるように、アクセル開度Accに拘わらず、電子スロットル弁62のスロットル弁開度θTHが制限される。一方、SA2が肯定される場合、自動変速機10の摩擦係合装置が係合されることから、変速制御手段102に対応するSA4において、非走行レンジ選択時(ステップSA2否定時)に実施されていたエンジン回転速度NEの制限が徐々に緩和されるに伴い、電子スロットル弁62のスロットル弁開度θTHが徐々に上昇させられる。
図10は、電子制御装置100の制御作動に基づく作動状態を説明するためのタイムチャートであり、図9のフローチャートに対応するものである。なお、図10においては、非走行レンジ(「N」ポジション)で車速Vが所定値A以上で後退走行されている状態からの作動状態を示している。
t1時点において、アクセルペダル52が踏み込まれることにより、実線で示すアクセル開度Accが上昇することとなるが、一点鎖線で示すスロットル弁開度θTHは、レーシング抑制手段106が実施されることで、零に維持されている(図9においてステップSA3に相当)。なお、上記はエンジン回転速度NEを低下させるためにスロットル弁開度θTHが零に維持されている。次いで、t2時点において、運転者によって非走行レンジ(「N」ポジション)から前進走行レンジ(「D」ポジション等)へ切り換えられると、クラッチ係合判定手段112が肯定される(図9においてSA2に相当)。そして、所定の時間遅れの後、t3時点において自動変速機10の摩擦係合装置の係合制御が開始される。このとき、レーシング抑制手段106も停止され、アクセル開度Accに応じてスロットル弁開度θTHが徐々に上昇させられる(図9においてSA4に相当)。
ここで、自動変速機10の摩擦係合装置の係合制御が開始されると、駆動系へ入力トルクが発生するが、例えば実線で示すレーシング抑制制御(レーシング抑制手段106)が実施されない場合(制御無し)では、高入力トルクが発生し、駆動系に係る負荷が大きくなる。一方、一点鎖線で示すレーシング抑制制御(レーシング抑制手段106)が実施される場合(制御有り)では、エンジン回転速度NEが低下されるに伴い、発生する入力トルクが低減される。したがって、駆動系に係る負荷が低減されることとなる。
上述のように、本実施例によれば、自動変速機10が非走行レンジにある状態での車両後退走行時であって、且つ、車速Vが所定値A以上の場合にのみ、レーシング抑制手段106を実施するため、自動変速機10が前進走行レンジに切り換えられても駆動系に高入力トルクが負荷されることが好適に防止される。例えば、車速Vが所定値A未満である場合には、自動変速機10の変速制御が実行されることがないため、自動変速機10が非走行レンジから前進走行レンジに切り換えられると、自動変速機10のクラッチ係合制御およびエンジン30の回転速度制御によって、前進走行レンジ切換時に駆動系にかかる高入力トルク発生を抑制する制御が実施される。しかしながら、車速Vが所定値A以上になると、自動変速機10の変速制御との干渉が発生するために上記制御が困難となる。これに対して、自動変速機10が非走行レンジにおいてアクセルペダル52の踏み込みに拘わらずエンジン出力を制限することでレーシングを抑制するレーシング抑制手段106が実施されれば、自動変速機10が前進走行レンジに切り換えられたときの高入力トルク発生が抑制される。なお、レーシング抑制手段106は、非走行レンジに切り換えられた状態において実施されるため、前進走行レンジに切り換えられたときの発進性(発進応答性)が低下する問題がある。そこで、上記レーシング抑制手段106の実施を、後退走行時であって、且つ、車速Vが所定値A以上であるときにのみ限定することで、発進性などの一般的な走行への影響を抑制することができる。
また、本実施例によれば、車両の車速Vが所定値A未満であるとき、および前進走行時であるときには、レーシング抑制手段106は実施されないため、レーシング抑制手段実施による影響を少なくすることができる。例えば車速Vが所定値A未満の領域であれば、自動変速機10の変速制御が実施されないため、前進走行レンジへの切換に対して、自動変速機10のクラッチ係合制御による高入力トルク発生を抑制する制御が実施可能となる。具体的には、クラッチ係合速度を低下させることにより駆動系にかかる高入力トルク発生が抑制される。ここで、車速Vが所定値A以下の領域でレーシング抑制手段106が実施されると、エンジン30の出力が制限された状態からの車両発進となり、前進時の車両発進性(発進応答性)が低下する可能性がある。したがって、車速Vが所定値A未満の場合には従来の制御を実施し、後退走行時の車速Vが所定値A以上となった場合のみレーシング抑制手段106が実施されることで、一般的な走行への影響を低減しつつ高入力トルク発生を抑制することができる。
また、本実施例によれば、レーシング抑制手段106は、アクセルペダル52の踏み込みに対するスロットル弁開度θTHを制限するものであるため、非走行レンジから前進走行レンジへ切り換えられた場合であっても、スロットル弁開度θTHの制限によってエンジン出力が制限されてエンジン回転速度NEが抑制されているため、駆動系への高入力トルクの発生が好適に防止される。
また、本実施例によれば、レーシング抑制手段実施中に自動変速機10が前進走行レンジに切り換えられると、そのレーシング抑制手段106が停止され、アクセル開度Accに応じたスロットル弁開度θTHが上昇されるため、エンジン出力の制限が解除され、レーシング抑制手段106による応答性低下を最小限に抑制することができる。
また、本実施例によれば、車速Vの所定値Aは、自動変速機10の変速制御が開始される車速未満の速度に設定されるため、車速Vが所定値A未満の領域では、自動変速機10の変速制御による干渉が生じないので、自動変速機10のクラッチ係合制御による駆動系への高入力トルク発生が抑制される。なお、このときにエンジン出力を制限する制御も併せて実施されても構わない。
また、本実施例によれば、車速Vが所定値A未満の場合、自動変速機10が非走行レンジから走行レンジへ切り換えられると、自動変速機10の係合制御によってその自動変速機10への入力トルクが抑制されるため、自動変速機10を含む駆動系への高入力トルク発生が抑制される。
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はその他の態様においても適用される。
例えば、前述の実施例の自動変速機10は、前進6速、後退1速を達成する変速機であったが、自動変速機10の変速段数や連結関係は特に限定されない。具体的には、自動変速機10において、エンジン30から駆動輪40への動力伝達経路を連結および遮断可能な係合装置を有する構成であれば、本発明を適用することができる。また、ベルト式無段変速機であっても本発明を適用することができる。
また、前述の実施例では、レーシング抑制手段106の実施時には、エンジン回転速度NEの上限値NE1が設定され、その上限値NE1を越えないようにスロットル弁開度θTHが制御されるが、例えばスロットル弁開度θTHの上限値を設定し、その上限値を超えないように制御されるものであっても構わない。
なお、上述したのはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。