以下に、本発明の実施形態に係る発振器の内部機構の推定方法及び推定装置の例を図面を参照しながら以下の順で説明する。なお、本発明は以下の例に限定されるものではない。
1.第1の実施形態:基本例(内部ノイズを考慮しない場合)
2.第2の実施形態:内部ノイズが小さい場合の例
3.第3の実施形態:内部ノイズが大きい場合の例
<1.第1の実施形態>
第1の実施形態では、発振器の内部ノイズが存在しない理想的な場合あるいは内部ノイズが実質的に無視できる程度である場合における発振器の内部メカニズムの推定方法及び推定装置について説明する。
[発振器の内部メカニズムの推定原理]
まず、本発明における発振器の位相雑音や注入同期特性等の内部メカニズムに関する情報、すなわち、インパルス感度関数(ISF)の推定原理を説明する。本発明者らは、様々な検証実験(シミュレーション等も含む)を行い、発振器に周波数の引き込み現象が生じている状態で得られるデータにより、インパルス感度関数が等価的に推定可能であるという新しい知見を得た。そこで、本発明では、発振器における周波数の引き込現象を利用して、発振器の内部メカニズムを推定する。
なお、上述した従来の手法では、発振器のインパルス感度関数を求めるために、微小インパルス(非特許文献1及び2)や微小ノイズ(非特許文献3)を発振器に注入するが、その際、発振器の発振位相は変化するものの、発振周波数は、注入信号が存在しない場合の周波数(自然周波数)に維持される。すなわち、従来の手法では周波数引き込み(注入同期)は生じない。それに対して、本発明では、上述のように、発振器に内在する「引き込み能力(注入同期能力)」を積極的に利用するものであり、従来の手法と全く逆の発想に基づいている。
また、上述したように、発振器における周波数の引き込み現象は、発振器の自然周波数(発振器に固有の周波数)に近い周波数の周期信号(注入信号)を発振器に注入すると、発振器の発振周波数が注入信号の周波数に引き込まれる(同期する)現象である。この引き込み現象が起こる周波数範囲は、発振器の自然周波数や、注入信号の周波数及び振幅により変化する。例えば、古典的な非線形発振器として知られ且つ高周波発振器のモデルとして用いられるファンデルポール(Van der Pol)発振器では、注入信号と発振器の出力信号の振幅が同程度である場合、引き込み周波数範囲が次のような値になることが知られている。注入信号の周波数fが発振器の自然周波数f0と同等である場合には、引き込み周波数範囲はf0±0.5f0程度となる。注入信号の周波数fが発振器の自然周波数f0の2倍と同等である場合には、引き込み周波数範囲は2f0±0.1f0程度となる。また、注入信号の周波数fが発振器の自然周波数f0の3倍と同等である場合には、引き込み周波数範囲は3f0±0.05f0程度となる。
以下、本発明におけるインパルス感度関数(ISF)の推定方法の基本原理を具体的に説明する。本発明で求めたい発振器のインパルス感度関数は、注入信号の角周波数ωと同じ角周波数を有する周期関数である。それゆえ、本発明では、インパルス感度関数Γ(ωt)を、下記式(3)で示すようなフーリエ級数で表すことができる。なお、下記式(3)中のa0はインパルス感度関数Γ(ωt)の直流成分のフーリエ係数であり、an及びbnは交流成分のフーリエ係数である。
本発明では、発振器の引き込み能力を利用して、上記式(3)中の交流成分のフーリエ係数an及びbnを推定し、インパルス感度関数Γ(ωt)を算出する。
(1)フーリエ係数a1及びb1の算出
まず、上記式(3)中のフーリエ係数a1及びb1を求める。いま、発振器に注入する注入信号i(ωt)(交流信号)として、振幅Aの正弦波信号を想定する。このとき、注入信号i(ωt)は一般に、下記式(4)で表される。
なお、上記式(4)中のφext(t)は、注入信号i(ωt)の発振位相のゆらぎである。また、注入信号i(ωt)の周波数f[Hz](=ω/2π)は、発振器の自然周波数f0[Hz](=ω0/2π)に近いものとする。
また、上記式(4)で表される注入信号i(ωt)を発振器に注入すると、発振器の発振位相のゆらぎφ(t)(以下、発振位相差という)の微分方程式は、上記式(2)から、次のように表される。
ここで、上記式(5)中のΓ(ωs+φ)・i(ωs+φext(t))は、三角関数の積和の公式から、下記式(6)のように変形される。
さらに、上記式(5)中の右辺の積分項は、[0,2π/ω]にわたる1周期の積分であるので、下記式(7)のように表される。
したがって、上記式(5)は、実質的に下記式(8)のように簡略化される。
また、注入信号の初期条件をi(0)=0と仮定すると、一般性を失うことなく、φext(t)〜0となる。この場合、発振器の発振位相差φ(t)の微分方程式は、最終的には下記式(9)で記述される。
ここで、角周波数差Δω≡ω0−ωを十分小さくすると、上述したように、発振器に周波数の引き込み現象が起こる。この場合、発振位相差φ(t)(位相雑音)は一定となり、dφ(t)/dt=0となる。これにより、上記式(9)から、下記式(10)が得られる。
発振器に周波数の引き込み現象(注入同期)が生じている状態では、角周波数差Δωと、発振位相差φとの間に、上記式(10)の関係が成立する。なお、注入信号の振幅Aはある程度小さく設定されるが、これに応じて、Δωが十分小さくなるように注入信号の角周波数ωをチューニングすることにより、上記式(10)を満たす発振位相差φの存在が保証される。
図1に、注入信号の周波数fが、発振器の自然周波数f0に十分近い場合に生じる引き込み現象の様子を示す。図1(a)は、引き込み現象が生じている場合の発振器の出力信号(電圧)の波形を示しており、図1(b)は、注入信号(電流)の波形を示している。図1に示すように、周波数引き込みが起こっている状態では、発振器の発振周期が注入信号の周期(2π/ω)と同じになっており、両者の位相差(発信位相差φ(t))も一定となる。
そして、本発明では、図1に示すような周波数引き込み(注入同期)が起こっている状態では、上記式(10)が成立するので、この式から、インパルス感度関数Γ(ωt)のフーリエ係数a1及びb1を求める。具体的には、次のようにして求める。
まず、角周波数差Δω=ω0−ωが十分小さく且つ引き込み現象が生じる周波数範囲内で、注入信号の角周波数ωを種々チューニングし(Δωを種々変化させて)、各角周波数の注入信号を発振器に注入する。そして、各角周波数ωにおいて、一定となる発振位相差φ(t)を測定する。次いで、各角周波数ωで求めた発振位相差φ(t)の値から、Δωとφ(t)との関係を示す特性を求める。
図2に、その特性の一例を示す。なお、図2中の縦軸は測定した発振位相差φ(t)であり、横軸は−Δωである。また、図2中の特性において、実線で示す範囲は引き込み現象が生じる周波数範囲(同期範囲16)であり、点線で示す範囲は引き込み現象が起こらない周波数範囲(非同期範囲17及び18)である。なお、非同期範囲17及び18では、発振器は、注入信号の周波数に追従せず、自然周波数で発振する。
図2中の特性11(「−」印の特性)が、フーリエ係数a1及びb1を求めるために測定したΔω(=ω0−ω)とφ(t)との関係を示す特性である。そして、本発明では、このようなΔωとφ(t)との関係を示す特性曲線に、上記式(10)をフィッティングすることにより、フーリエ係数a1及びb1を算出する。
なお、フィッティングの手法として、既存のデータ処理で用いられる様々な手法(例えば、最小二乗法等)が用い得るが、次のような方法によりフーリエ係数a1及びb1を求めてもよい。図2で示すような角周波数差Δω(=ω0−ω)と発振位相差φ(t)との関係を示す特性曲線11の同期範囲16(引き込み範囲)の両端(点線で囲まれた部分)におけるΔω及びφ(t)の値を上記式(10)に代入する。そして、これにより得られた2つの方程式(未知数がa1及びb1の方程式)を連立して解くことによりフーリエ係数a1及びb1を求める。
また、図2の例では、Δω及びφ(t)との関係を同期範囲16(引き込み範囲)全域にわたって測定した例を説明しているが、本発明はこれに限定されない。図2に示すように、Δω及びφ(t)との関係を示す特性曲線は正弦曲線となるので、同期範囲16内の複数の測定点(両端以外)でΔω及びφ(t)を求め、それらのデータと上記式(10)をフィッティングしてフーリエ係数a1及びb1を求めてもよい。
(2)2次以上のフーリエ係数an及びbnの算出
次に、上記式(3)で表されるインパルス感度関数Γ(ωt)の2次以上のフーリエ係数an及びbnを求める。上述した発振器の周波数の引き込み現象は、注入信号の周波数fが、発振器の自然周波数f0のn倍(n=2以上の整数)に近い場合にも生じることが知られている。ただし、この場合には、発振器の発振周波数は、注入信号の周波数の1/n倍(周期はn倍)の周波数に引き込まれる(同期する)。
図3に、注入信号の周波数fが発振器の自然周波数f0の2倍に近い場合に生じる引き込み現象の様子を示す。図3(a)は、引き込み現象が生じている場合の発振器の出力信号(電圧)の波形を示しており、図3(b)は、注入信号(電流)の波形を示している。
注入信号の周波数fが発振器の自然周波数f0の2倍に近い場合には、引き込み状態において、図3に示すように、発振器の発振周期が注入信号の2倍周期(2π/ω)と同じになっており、両者の位相差(発信位相差φ(t))も一定となる。本発明では、図3に示すような引き込み現象を利用して、インパルス感度関数の2次以上のフーリエ係数an及びbnを推定する。
周波数fが発振器の自然周波数f0のn倍(nf0:n=2以上の整数)である注入信号を発振器に注入した場合の発振器の発振位相差φ(t)を記述する方程式は、下記式(11)で与えられる。なお、下記式(11)は、上記式(4)〜(8)の導出過程と同様にして得られる。
ここで、角周波数差Δω=nω0−ωを十分小さくすると、発振器に周波数の引き込み現象が起こり、dφ(t)/dt=0(発振位相差φ(t)が一定)となる。この場合、上記式(11)から、下記式(12)が得られる。なお、この式の変形過程では、注入信号の初期条件をi(0)=0と仮定している。
すなわち、n次のフーリエ係数an及びbnにおいても、1次のフーリエ係数a1及びb1に対して求めた上記式(10)と同様の式が得られる。したがって、インパルス感度関数Γ(ωt)のn次のフーリエ係数an及びbnもまた、上述したフーリエ係数a1及びb1の推定方法と同様にして算出することができる。
具体的には、まず、角周波数差Δω=nω0−ωが十分小さく且つ引き込み現象が生じる周波数範囲内で、注入信号の角周波数ωを種々チューニングし(Δωを種々変化させて)、各角周波数の注入信号を発振器に注入する。次いで、各角周波数ωにおいて、一定となる発振位相差φ(t)を測定する。そして、各角周波数ωで求めた発振位相差φ(t)の値から、Δωとφ(t)との関係を示す特性を求める。
図2に、2次〜5次のフーリエ係数を求めるためにそれぞれ測定したΔωと発振位相差φ(t)との関係を表す特性を示す。
図2中の特性12(白三角印の特性)は、2次(n=2)のフーリエ係数a2及びb2を求めるためのΔω(=2ω0−ω)とφ(t)との関係を示す特性である。図2中の特性13(白丸印の特性)は、3次(n=3)のフーリエ係数a3及びb3を求めるためのΔω(=3ω0−ω)とφ(t)との関係を示す特性である。図2中の特性14(バツ印の特性)は、4次(n=4)のフーリエ係数a4及びb4を求めるためのΔω(=4ω0−ω)とφ(t)との関係を示す特性である。そして、図2中の特性15(白四角印の特性)は、5次(n=5)のフーリエ係数a5及びb5を求めるためのΔω(=5ω0−ω)とφ(t)との関係を示す特性である。
そして、図2で示すような角周波数差Δω(=nω0−ω)と発振位相差φ(t)との関係を示す特性曲線に、上記式(12)をフィッティングして、2次以上のフーリエ係数an及びbnを算出する。
(3)0次のフーリエ係数a0の算出
上記式(3)で表されるインパルス感度関数Γ(ωt)の0次のフーリエ係数a0は、注入信号i(ωt)として、振幅Aが一定の直流信号を発振器に注入することにより求められる。
振幅Aが一定の直流信号を発振器に注入した場合、発信位相差φ(t)は上記式(1)から、次式で表される。
上記式(13)から、発振位相差φ(t)の微分方程式は、dφ(t)/dt=(a0/2)・Aで与えられる。この式において、Aが既知であり、dφ(t)/dtは測定できるので、この式により0次のフーリエ係数a0を算出することができる。
上述のように、本発明では、引き込み現象が生じる周波数範囲内の種々の周波数を有する正弦波信号を発振器に注入して、発振器のインパルス感度関数Γ(ωt)の交流成分のフーリエ係数を算出する。また、インパルス感度関数Γ(ωt)の直流成分のフーリエ係数は直流信号を発振器に注入して算出する。本発明者らの検証実験によれば、この手法により、発振器のインパルス感度関数Γ(ωt)が従来と同等以上の精度で算出可能であることが確認されている。
[推定装置の構成]
次に、上述した推定原理に基づいて発振器のインパルス感度関数(発振器の内部機構)を推定するための推定装置の一例を説明する。
図4に、本実施形態に係る推定装置を適用した推定システムの概略構成を示す。なお、図4の例では、発振器30として、3段のCMOSリングオシレータを用いる。
推定装置20は、図4に示すように、可変信号源21と、表示部22と、第1記憶部23と、第2記憶部24と、データベース25と、演算部26と、制御部27と、2つの入出力ポート28及び29とを備える。そして、推定装置20を構成する各部は、制御信号及び入出力信号(データ)を流す信号線35に接続される。
なお、信号線35は、入出力ポート29を介してプローブ36に接続される。また、プローブ36は、発振器30内の所定位置に接続され、発振器30の出力信号を取得する。すなわち、発振器30の出力信号はプローブ36及び入出力ポート29を介して信号線35に入力される。
可変信号源21は、発振器30に注入する信号(注入信号)を生成する電流源である。なお、可変信号源21は、所定周波数の交流信号のみならず、直流信号も出力できるものとする。これは、例えば、可変信号源21を、切り替えスイッチ等により交流信号源と直流信号源とを切り替えるような構成にすることにより実現可能である。
また、可変信号源21は、入出力ポート28を介して注入ライン37に接続される。なお、注入ライン37は、発振器30の1段目及び2段目のCMOS31間に接続される。すなわち、可変信号源21から出力される注入信号は、入出力ポート28及び注入ライン37を介して発振器30に注入される。
表示部22は、注入信号の波形や発振器30からの出力信号の波形を表示する。なお、表示部22としては、例えば、液晶ディスプレイ等を用いてもよい。また、表示部22をオシロスコープ等で構成してもよい。
第1記憶部23は、RAM(Random Access Memory)等で構成される。そして、第1記憶部23には、インパルス感度関数の推定時に必要となるデータ、例えば、実際に測定した角周波数差Δω及び発振位相差φ(t)のデータ群等が格納される。
第2記憶部24は、ROM(Read-Only Memory)等で構成される。そして、第2記憶部24には、例えば、インパルス感度関数Γ(ωt)の推定に必要なプログラム等が格納される。
データベース25は、第2記憶部24に接続される。また、データベース25には、例えば、判定処理で用いる各種パラメータの閾値や、注入信号の角周波数ωの変化幅などのインパルス感度関数の推定計算時に必要なデータがテーブルとしてまとめられ、格納される。
演算部26は、主に、発振器30のインパルス感度関数Γ(ωt)を算出する。具体的には、演算部26は、信号線35を介して、第1記憶部23から角周波数差Δω及び発振位相差φ(t)のデータ群を読み出し、また、第2記憶部24から必要な推定プログラムを読み出す。そして、演算部26は、読み出したデータ群及びプログラムを用い、上述した推定原理に従ってインパルス感度関数Γ(ωt)を算出(推定)する。
制御部27は、例えばCPU(Central Processing Unit)等の演算制御装置で構成され、推定装置20を構成する各部を制御する。例えば、演算部21での演算(推定)動作や、可変信号源25から出力される注入信号の周波数の変更動作等は、制御部26により制御される。
[推定動作]
次に、本実施形態の推定装置20の動作を図面を参照しながら説明する。まず、図5を参照しながら、発振器30のインパルス感度関数(ISF)の推定処理の全体的な流れを説明する。なお、図5は、インパルス感度関数の推定処理の全体的な手順を示すフローチャートである。
本実施形態では、まず、推定装置20は、インパルス感度関数(上記式(3)参照)の0次(直流成分)のフーリエ係数a0を算出する(ステップS1)。次いで、推定装置20は、インパルス感度関数の1次以上(交流成分)のフーリエ係数an及びbnを算出する(ステップS2)。そして、推定装置20は、ステップS1及びS2で算出したインパルス感度関数のフーリエ係数を上記式(3)に代入して、インパルス感度関数を算出(推定)する(ステップS3)。
なお、ステップS1及びS2内の詳細な動作は、それぞれ図6及び7を参照しながら、後で詳述する。また、本実施形態では、0次のフーリエ係数a0を1次以上のフーリエ係数an及びbnより先に算出しているが、1次以上のフーリエ係数an及びbnを先に算出してもよい。
次に、図5中のステップS1、すなわち、インパルス感度関数の0次のフーリエ係数a0を算出する動作を、図6を参照しながら説明する。なお、図6は、インパルス感度関数の0次のフーリエ係数a0を推定する処理の手順を示すフローチャートである。
まず、可変信号源21は、制御部27の制御により、振幅Aが一定の直流信号を注入ライン37を介して発振器30に注入する(ステップS11)。
次いで、制御部27は、発振器30の発振位相差φ(t)の時間変化率(傾き)dφ(t)/dt=Cを測定する(ステップS12)。具体的には、例えば、まず、振幅Aが一定の直流信号を注入した際の発振位相差φの時間tに対する特性を測定する。次いで、ある時刻tの1時刻前後(t±δt)の発振位相差φ(t±δt)から、時刻tにおける発振位相差φ(t)の傾きを、dφ(t)/dt={φ(t+1)−φ(t−1)}/δtを算出する。なお、このステップS12では、必要に応じ、φ(t)/dtの時間平均〈dφ(t)/dt〉を求めてもよい。振幅Aが一定の直流信号を注入した場合には、φ(t)は2πで正規化する必要がないので、δtを大きく設定すると、dφ(t)/dtは、その時間平均〈dφ(t)/dt〉とほぼ同じ値になる。それゆえ、このステップS12でφ(t)/dtの時間平均〈dφ(t)/dt〉を求める場合には、δtを大きく設定する(例えば、数周期分)。
次いで、演算部26は、ステップS12で求めた発振位相差φ(t)の傾きdφ(t)/dt(または〈dφ(t)/dt〉)の値(=C)を用いて、a0=2C/Aを計算し、インパルス感度関数の0次のフーリエ係数a0を算出する(ステップS13)。そして、制御部27は、求めた0次のフーリエ係数a0を第1記憶部23に記憶する(ステップS14)。本実施形態では、このようにしてインパルス感度関数の0次のフーリエ係数a0を算出する。
次に、図5中のステップS2、すなわち、インパルス感度関数の1次以上のフーリエ係数an及びbnを算出する動作を、図7を参照しながら説明する。なお、図7は、1次以上のフーリエ係数an及びbnを推定する処理の手順を示すフローチャートである。
まず、制御部27は、制御パラメータとなるフーリエ係数の次数nをn=1に設定する(ステップS21)。次いで、制御部27は、注入信号の角周波数ωを発振器30の自然角周波数ω0のn倍の近傍に設定する。次いで、可変信号源21は、制御部27により設定された角周波数ω及び振幅Aの注入信号(正弦波信号)を生成し、その注入信号を発振器30に注入する(ステップS22)。
次いで、制御部27は、注入信号と、発振器30の発振信号との発振位相差φ(t)が略一定値であるか否かを判断する(ステップS23)。すなわち、ステップS23では、注入信号により、発振器30に引き込み現象(注入同期)が生じているか否かを判定する。
ここで、発振位相差φ(t)が略一定値でない場合、すなわち、発振器30で引き込み現象が生じていないと判断された場合には、ステップS23はNO判定となる。この場合、制御部27は、注入信号の角周波数ωを現状よりさらにnω0に近づくように再設定する。そして、可変信号源21は、再設定された注入信号を生成して発振器30に注入する(ステップS24)。その後は、ステップS23がYES判定となるまで、ステップS23及びS24を繰り返す。
一方、発振位相差φ(t)が略一定値となった場合、すなわち、発振器30で引き込み現象が生じていると判断された場合には、ステップS23はYES判定となる。この場合、制御部27は、注入信号の角周波数ωをω±δωに再設定し、可変信号源21は、再設定された各角周波数の注入信号を生成して発振器30に注入する。そして、再設定された各角周波数の注入信号を注入した際の発振位相差φ(t)を測定する(ステップS25)。ただし、角周波数ωの変化幅δωは、注入信号の角周波数が、引き込み現象が生じる角周波数範囲内に収まるように設定する。
次いで、制御部27は、再設定された各角周波数の注入信号を発振器30に注入した際に、発振器30で引き込み現象が維持されている(発振位相差φ(t)が略一定値)か否かを判断する(ステップS26)。
ここで、発振器30の引き込み現象が維持されていると判断された場合には、ステップS26はYES判定となる。この場合、制御部27は、角周波数差Δω(=nω0−ω±δω)と、測定された発振位相差φ(t)とのデータセットを第1記憶部23に記憶する(ステップS27)。その後、再度ステップS25に戻り、制御部27は、注入信号の角周波数ωの変化幅δωを変化させる。そして、再設定された角周波数の注入信号を発振器30に注入して発振位相差φ(t)を測定する。本実施形態では、上述したステップS25〜S27の動作を、ステップS26がNO判定となるまで繰り返す。すなわち、発振器30で引き込み現象が維持されなくなる(同期が外れる)まで、上述したステップS25〜S27の動作を繰り返す。
次いで、ステップS26でNO判定となった場合、すなわち、発振器30で引き込み現象が生じなくなった場合、演算部26は、第1記憶部23に記憶された角周波数差Δωと発振位相差φ(t)との関係を示すデータセット(データ群)を読み出し、且つ、第2記憶部24から必要な推定プログラムを読み出す。そして、演算部26は、推定プログラムを用いて、読み出した角周波数差Δω及び発振位相差φ(t)のデータ群と、上記式(10)または(12)とをフィッティングして、インパルス感度関数(ISF)のn次のフーリエ係数an及びbnを算出する(ステップS28)。
次いで、制御部27は、制御パラメータとなるフーリエ係数の次数nを更新(n=n+1)する(ステップS29)。次いで、制御部27は、予め設定した推定に必要な次数N(最大次数)と、ステップS29で更新した次数nとを比較する(ステップS30)。
ここで、ステップS29で更新した次数nが最大次数N以下(n≦N)となった場合には、ステップS30はNO判定となり、ステップS22に戻る。その後は、ステップS30がYES判定となるまで、上述したステップS22〜S29を繰り返す。
一方、ステップS29で更新した次数nが最大次数Nより大きく(n>N)となった場合には、ステップS30はYES判定となる。この場合には、推定に必要な次数のフーリエ係数が全て算出できているので、インパルス感度関数の1次以上のフーリエ係数an及びbnを算出する処理(図5中のステップS2)を終了する。本実施形態では、このようにしてインパルス感度関数の1次以上のフーリエ係数an及びbnを算出する。
なお、予め設定するフーリエ係数の最大次数Nの好ましい値は、対象となる発振器の非線形特性に応じて異なる。例えば、発振器の非線形性が弱く、その出力波形が正弦波に近い場合には、最大次数Nを例えば2程度に設定することで、充分良い精度でインパルス感度関数(ISF)を近似することができる。また、本発明者らの検証によれば、例えば、本実施形態のように発振器がCMOSリングオシレータであり非線形性が強い場合には、最大次数Nを例えば4、5程度とすることにより、インパルス感度関数を非常に精度良く近似できることが確認されている。
本実施形態では、上述のようにして、発振器30のインパルス感度関数(ISF)を算出し、算出したインパルス感度関数を用いて発振器30の位相雑音や注入同期特性等の内部メカニズムを推定する。
以上説明したように、本実施形態では、周波数の引き込む現象(注入同期)を利用して、発振器のインパルス感度関数(ISF)を算出する。これにより、従来の手法と同等以上の精度の良いインパルス感度関数の推定(近似)が可能なる。それゆえ、このインパルス感度関数を用いることにより、精度の良い発振器の位相雑音の定性的及び定量的評価が可能になる。
また、本実施形態では、発振器のインパルス感度関数の交流成分のフーリエ係数を求める際、発振器の自然周波数のn倍の周波数近傍の周波数を有する正弦波信号を注入するだけであるので、非特許文献1及び2等に示されている従来の手法のように、複雑で且つ高コストの計測手段を必要としない。それゆえ、本実施形態の推定手法及び推定装置は、従来に比べてより簡易であり且つ低コストである。さらに、本実施形態では、正弦波状の信号を注入でき且つその応答が計測可能な構成の発振器であれば、原理的には、任意の発振器に適用可能である。したがって、本実施形態の推定手法及び推定装置によれば、その適用可能な応用技術の範囲を一層拡げることができる。
<2.第2の実施形態>
まず、第2の実施形態の具体的な構成を説明する前に、従来の手法(上記非特許文献1〜3)において、発振器に内部ノイズが存在する場合に生じる問題点について簡単に説明する。
上記非特許文献1に記載の技術は、上述のように、発振器に微小インパルスを注入し、その結果生じる微小応答を計測することによりインパルス感度関数(ISF)を求める。ただし、非特許文献1に記載の技術は、周波数がGHzオーダーの発振器を対象とするため、必然的に、この手法の適用範囲を計算機上のシミュレーションに限定している。すなわち、発振器の内部ノイズやゆらぎが存在しない理想状態でインパルス感度関数を求めている。
しかしながら、内部ノイズやゆらぎが存在する実機(発振器単体、または、チップや基板上等に発振器が実装(搭載)された状態)において、非特許文献1に記載の手法を適用した場合、注入する微小インパルスがその内部ノイズに埋もれてしまう可能性が高く、安定した推定精度が得られない。その様子を図8に示す。微小インパルス41を注入するタイミングによっては、図8に示すように、内部ノイズ40の振幅が微小インパルス41の振幅より大きくなり、微小インパルス41がその内部ノイズ40に埋もれてしまう。この場合、精度良くインパルス感度関数を推定することができない。したがって、非特許文献1に記載の技術では、内部ノイズやゆらぎが存在する実機でのインパルス感度関数の推定は、原理的に困難である。
また、上記非特許文献2に記載の技術も、非特許文献1と同様に、発振器に微小インパルスを注入し、その結果生じる微小応答を計測することによりインパルス感度関数を求める。なお、非特許文献2に記載の技術では、ペースメーカニューロンという極めて低い発振周波数(数Hz程度)の発振器を対象とするため、その波形や微小応答の計測は比較的容易である。
しかしながら、非特許文献2に記載の手法では、内部ノイズの影響がある場合、計測データに対して統計的な処理を行ってインパルス感度関数(ISF)が求める。すなわち、非特許文献2に記載の手法では、計測データに対して統計処理等の後処理が必要となる。また、本発明者らの検証によれば、非特許文献2に記載の手法では、発振器の内部ノイズが充分小さい場合でなければ、計測データに統計処理を行なったとしても正しくインパルス感度関数が得られないことが判明している。
また、上記非特許文献3に記載の技術は、微小インパルス注入のかわりに微小ノイズを注入し、その応答の統計的性質からインパルス感度関数を導出する。しかしながら、非特許文献3に記載の手法は、非特許文献3に明記されているように、発振器の内部ノイズが十分小さい場合のみ有効である。さらに、本発明者らの検証によれば、発振器の内部ノイズが無視できない程度の大きさをもつ場合には、非特許文献2と同様に、正しくインパルス感度関数が得られないことが判明している。
すなわち、従来の手法では、インパルス感度関数(ISF)を求める際に、その適用範囲が、「発振器の内部ノイズや内部ゆらぎが十分小さく、且つ、注入する微小インパルス(あるいは微小ノイズ)がこれらより十分小さい場合」のみに制限されるという欠点と限界が存在している。
一方、本発明の第1の実施形態では、上述のように発振器の内部ノイズが存在しない理想的な場合あるいは内部ノイズが実質的に無視できる程度の場合を例にとり説明したが、本発明の推定方法の基本原理は、発振器に無視できない程度の内部ノイズやゆらぎが存在した場合であっても有効である。
そこで、第2の実施形態では、発振器に無視できない程度の内部ノイズやゆらぎが存在する場合であっても、インパルス感度関数を安定して精度良く算出できる構成例について説明する。なお、第2の実施形態においても、第1の実施形態と同様に、連続的な注入信号(正弦波信号)を発振器に注入して、発振器に引き込み現象を生じさせ、その現象を利用してインパルス感度関数(ISF)を求める。
図9に、本実施形態における注入信号と内部ノイズとの関係を示す。本実施形態では、発振器に無視できない程度の内部ノイズが存在しても、注入信号42(正弦波信号)が連続的に発振器に注入されるため、内部ノイズ40に埋もれない注入信号42の領域が存在し、このような領域で発振器に引き込み現象が発生する。そして、一旦、発振器に引き込み現象が生じると、この引き込み状態が継続的に維持される。したがって、発振器の内部ノイズが無視できない程度であっても、図9に示すように注入信号42の一部が内部ノイズ40に埋もれない場合には、引き込み現象が生じ、インパルス感度関数の推定が可能になる。
ただし、発振器の出力信号と注入信号との発振位相差φ(t)は、内部ノイズの影響によりゆらぎが生じる。しかしながら、本発明者らの検証によれば、このような場合であっても、引き込み現象が生じている状態で発振位相差φ(t)を所定時間にわたっての時間平均を求めると、その値〈φ(t)〉は、内部ノイズが存在しない場合の発振位相差φ(t)に非常に近い値となることが確認されている。したがって、第1の実施形態で説明した基本原理中の各式(3)〜(12)は、発振位相差φ(t)をその時間平均〈φ(t)〉に置き換えるだけで同様に成立する。それゆえ、本実施形態では、第1の実施形態で求めた発振位相差φ(t)の代わりに、φ(t)の所定時間にわたっての時間平均〈φ(t)〉を測定することにより、第1の実施形態と同じ原理でインパルス感度関数を求めることができる。
図10に、本実施形態における、インパルス感度関数の1次以上のフーリエ係数an及びbnを推定する動作(図5中のステップS2)の手順を示すフローチャートを示す。なお、本実施形態で用いるインパルス感度関数の推定装置の構成は、図4に示す第1の実施形態と同様の構成である。また、インパルス感度関数の推定処理の全体的な手順、及び、インパルス感度関数の0次のフーリエ係数a0を推定する処理の手順もまた、第1の実施形態(図5及び6)と同様である。それゆえ、ここでは、推定装置の構成、インパルス感度関数の推定処理の全体的な手順、及び、インパルス感度関数の0次のフーリエ係数a0を推定する処理の手順についての説明は省略する。
また、図10に示す本実施形態のフローチャートと、図6に示す第1の実施形態のフローチャートとの比較から明らかなように、本実施形態は、第1の実施形態で求めた発振位相差φ(t)の代わりに、φ(t)の所定時間にわたっての時間平均〈φ(t)〉を求める点で第1の実施形態と異なる。それ以外の動作は、第1の実施形態と同様である。なお、発振位相差の時間平均〈φ(t)〉を求める所定時間は、発振器の種類や内部ノイズの性質により適宜変更可能であるが、例えば、数周期分程度にすることができ、場合によってはその時間をさらに延長してもよい。
上述のように、本実施形態では、例えば図9に示すように注入信号42の一部が内部ノイズ40に埋もれない場合には、引き込み現象が生じ、ノイズが存在しない場合とほぼ同様にしてインパルス感度関数の推定が可能になる。したがって、本実施形態によれば、第1の実施形態と同様の効果が得られると共に、発振器の内部ノイズが無視できない程度であっても、安定してインパルス感度関数の推定が可能になる。
すなわち、本実施形態によれば、発振器の内部ノイズへの耐性及びシステムのゆらぎへの耐性に優れたインパルス感度関数の推定方法及び推定装置の実現が可能になる。それゆえ、本実施形態によれば、内部ノイズやゆらぎが存在する実機(発振器単体、または、チップや基板上等に発振器が実装(搭載)された状態)においても、インパルス感度関数を安定して精度の良く推定することができる。
また、本実施形態によれば、非特許文献2に記載の手法のように、計測データに対して統計処理等の後処理が不要となる。
<3.第3の実施形態>
本発明において、発振器に注入する注入信号の振幅Aはできる限り小さい方が好ましい。これは、注入信号の振幅Aが大きすぎると、発振器自体が有する固有の特性に対する注入信号の影響が大きくなりすぎて、発振器の内部機構を正確に推定することができなくなるためである。
ここで、注入信号の振幅Aと引き込み現象(注入同期)が発生する周波数範囲との関係を図面を参照しながら説明する。図11に、注入信号の振幅Aと引き込み現象(注入同期)が発生する周波数範囲との関係を模式的に示す。図11の横軸は、注入信号(正弦波信号)の周波数であり、縦軸は注入信号の振幅である。図11中の斜線部の領域が引き込み可能な周波数領域60である。なお、図11中の黒丸印61で示した条件を満たす正弦波信号を発振器に注入した場合には引き込み現象が起こるが、白丸印62,63のように、引き込み可能な周波数領域60から外れる条件の正弦波信号を発振器に注入しても引き込み現象は起こらない。
一般に、発振器の引き込み可能な周波数帯と注入信号の振幅Aとの間には、図11に示すように、比例関係が成立し、注入信号の振幅Aが小さくなると、引き込み可能な周波数帯域も直線的に狭くなる。 また,所定の振幅Aにおける引き込み可能な周波数の最小値及び最大値(図11中の引き込み領域60の左端と右端)において、発振位相差φ(t)はそれぞれπ/2+α及び−π/2+αの値をとるという性質がある。なお、αは、注入信号の周波数を発振器の自然周波数と同一に設定した時の両者の発振位相差である。
上述のように、注入信号の振幅Aは基本的に小さいことが望ましいが、図11から明らかなように、注入信号の振幅Aが小さくなると、引き込み可能な周波数帯域も狭くなる。それゆえ、注入信号の振幅Aが小さい場合、注入信号に対するノイズの強度が想定したもの(例えば図9に示す例)よりさらに大きくなると、間欠的にこの引き込み可能領域を逸脱してしまい、発振器は引き込み現象(注入同期)を維持できなくなる。この場合、発振器の出力信号と、注入信号との発振位相差φ(t)を安定して測定することが困難となる。
しかしながら、このような状況になった場合には、振幅Aを適宜大きくして、その引き込み可能な周波数帯域を広くすることにより、内部ノイズの影響を相対的に無視することができる。
そこで、第3の実施形態では、注入信号に対するノイズの強度が想定したものより大きくなり、理想的な微小振幅の注入信号で直接インパルス感度関数が求められなくなった場合においても、インパルス感度関数が精度良く推定できる推定方法及び推定装置の一例を説明する。
なお、本実施形態で用いるインパルス感度関数の推定装置の構成は、図4に示す第1の実施形態と同様の構成である。また、インパルス感度関数の推定処理の全体的な手順、及び、インパルス感度関数の0次のフーリエ係数a0を推定する処理の手順もまた、第1の実施形態(図5及び6)と同様である。それゆえ、ここでは、推定装置の構成、インパルス感度関数の推定処理の全体的な手順、及び、インパルス感度関数の0次のフーリエ係数a0を推定する処理の手順についての説明は省略する。
[推定原理]
図12に、本実施形態における発振器のインパルス感度関数の1次以上(交流成分)のフーリエ係数an及びbnの推定原理の概要を示す。なお、図12は、図11と同様に、注入信号の振幅Aと引き込み現象が発生する周波数範囲との関係を示す模式図であり、図12の横軸は注入信号(正弦波信号)の周波数であり、縦軸は注入信号の振幅である。また、図12中の実線で挟まれた領域が引き込み可能な周波数領域60であり、破線で挟まれた領域68がノイズの影響により引き込みができない領域(引き込み不可領域)を示している。図12の例では、ある理想的な微小振幅A0(例えば、内部ノイズが無視できる程度の場合に用いる振幅)の正弦波信号を発振器に注入した際にノイズの影響により引き込み現象が起こらない場合を示している。
まず、本実施形態では、微小振幅A0の注入信号を発振器に注入した際に引き込み現象が起こらなかった場合、注入信号の振幅を大きくして引き込み状態を生成及び維持する。例えば、図12の例では、振幅A0の2倍の振幅2A0を有する注入信号及び3倍の振幅3A0を有する注入信号を発振器に注入して、引き込み状態を生成及び維持する。
次いで、振幅2A0の注入信号及び振幅3A0の注入信号の各角周波数ωを、角周波数差Δω=nω0−ωが十分小さく且つ引き込み現象が生じる周波数範囲内で、種々チューニングし(Δωを種々変化させて)、各角周波数の注入信号を発振器に注入する。そして、各角周波数ωにおいて、発振位相差の時間平均〈φ(t)〉を算出し、Δωと〈φ(t)〉との関係を示す特性を求める。
次いで、求めたΔωと〈φ(t)〉との関係を示す特性から、振幅2A0における引き込み可能な周波数帯域の最小値及び最大値(図12中の測定値65)、及び、振幅3A0における引き込み可能な周波数帯域の最小値及び最大値(図12中の測定値66)を求める。
図12に示すように、発振器の引き込み可能な周波数帯と注入信号の振幅Aとの間には比例関係が成立するので、振幅2A0及び3A0で測定した引き込み可能な周波数帯域の最小値及び最大値が求まれば、それらの測定値65及び66から振幅A0における引き込み可能な周波数帯域の最小値及び最大値(図12中の推定値67)を推定することができる。
振幅A0における引き込み可能な周波数帯域の最小値及び最大値(図13中の推定値67)が求まれば、角周波数差Δω(=nω0−ω)と発振位相差の時間平均〈φ(t)〉との関係は正弦曲線となるので、推定された引き込み可能な周波数帯域の最小値及び最大値67から、振幅A0の注入信号を発振器に注入した際のΔωと〈φ(t)〉との関係を示す曲線を推定することができる。
そして、この推定されたΔω及び〈φ(t)〉間の関係を示す曲線と上記式(10)または(12)とをフィッティングすることにより、所定次数nのフーリエ係数を求めることができる。ただし、この際、フィッティングに用いる上記式(10)または(12)では、発振位相差φ(t)がその時間平均〈φ(t)〉に置き換えられている。
本実施形態では、内部ノイズが強く微小な注入信号の応答を直接測定できない場合でも、上述した推定原理に基づいて、間接的に微小な注入信号の応答を推定することができる。
[推定動作]
次に、本実施形態の推定方法のより具体的な動作を図13を参照しながら説明する。図13は、本実施形態におけるインパルス感度関数(ISF)の1次以上のフーリエ係数an及びbnを推定する処理の手順を示すフローチャートである。なお、下記動作の説明で各動作を行う構成部分の符号は、図4に示す各部の符号と同一である。
本実施形態では、まず、制御部27は、制御パラメータとなるフーリエ係数の次数nをn=1に設定する(ステップS51)。次いで、制御部27は、注入する正弦波信号の振幅を所定の微小振幅A0に設定する(ステップS52)。次いで、制御部27は、注入信号の角周波数ωを発振器30の自然角周波数ω0のn倍の近傍に設定する。そして、可変信号源21は、制御部27により設定された角周波数ω及び振幅A0の注入信号(正弦波信号)を生成し、その信号を発振器30に注入する(ステップS53)。
次いで、演算部26は、注入信号と、発振器30の発振信号との発振位相差φ(t)のデータを所定時間にわたって取得し、発振位相差φ(t)の時間平均〈φ(t)〉を求める。そして、制御部27は、その発振位相差の時間平均〈φ(t)〉が略一定値であるか否かを判断する(ステップS54)。すなわち、ステップS54では、注入信号により、発振器30に引き込み現象(注入同期)が生じているか否かを判定する。
ここで、発振位相差の時間平均〈φ(t)〉が略一定値でない場合、すなわち、発振器30で引き込み現象が生じていないと判断された場合には、ステップS54はNO判定となる。この場合、制御部27は、注入信号の振幅を種々大きくして再設定し、再設定した各注入信号を発振器30に注入する(ステップS55)。具体的には、注入信号の振幅を、例えば、ステップS52で設定した振幅A0の2倍または3倍に設定する。その後は、ステップS54でYES判定となるまで、ステップS55及びS54を繰り返す。
一方、発振位相差の時間平均〈φ(t)〉が略一定値となった場合、すなわち、発振器30で引き込み現象が生じていると判断された場合には、ステップS54はYES判定となる。この場合、制御部27は、注入信号の角周波数ωをω±δωに再設定し、再設定された各角周波数の注入信号を発振器30に注入する。そして、演算部26は、再設定された各角周波数の注入信号を発振器に30に注入した際の発振位相差の時間平均〈φ(t)〉を求める。(ステップS56)。ただし、角周波数ωの変化幅δωは、注入信号の角周波数が、引き込み現象が生じる角周波数範囲内に収まるように設定する。
次いで、制御部27は、再設定された各角周波数の注入信号を発振器30に注入した際に、発振器30で引き込み現象が維持されている(発振位相差の時間平均〈φ(t)〉が略一定値)か否かを判断する(ステップS57)。
ここで、発振器30の引き込み現象が維持されていると判断された場合には、ステップS57はYES判定となる。この場合、制御部27は、角周波数差Δω(=nω0−ω±δω)と、測定された発振位相差の時間平均〈φ(t)〉とのデータセットを第1記憶部23に記憶する(ステップS58)。その後、再度ステップS56に戻り、制御部27は、注入信号の角周波数ωの変化幅δωを変化させる。そして、演算部26は、再設定された各角周波数の注入信号を発振器30に注入して得られる発振位相差φ(t)の時間平均〈φ(t)〉を求める。本実施形態では、上述したステップS56〜S58の動作を、ステップS57がNO判定となるまで繰り返す。
一方、発振器30の引き込み現象が維持されていないと判断された場合には、ステップS57はNO判定となる。この場合、制御部27は、注入信号の振幅がA0であるか否かを判定する(ステップS59)。ここで、注入信号の振幅がA0である場合、すなわち、ステップS59がYES判定の場合、後述するステップS60は行わずに後述のステップS61に移る。
一方、注入信号の振幅がA0でない場合、すなわち、注入信号の振幅がA0のときに引き込み現象が発生でせず、上記ステップS55で注入信号の振幅を再設定した場合には、ステップS59がNO判定となる。この場合には、演算部26は、再設定された種々の注入信号の振幅(例えば、ステップS52で設定した振幅A0の2倍または3倍)において、測定した角周波数差Δω(=nω0−ω±δω)と、発振位相差の時間平均〈φ(t)〉とのデータセットを第1記憶部23から読み出し、上記推定原理(図12)で説明した手順に従って、振幅A0における角周波数差Δωと、発振位相差の時間平均〈φ(t)〉との関係を示す特性(図2に示すような正弦曲線)を推定する(ステップS60)。なお、推定された振幅A0における角周波数差Δωと、発振位相差の時間平均〈φ(t)〉との関係を示すデータセットは第1記憶部23に記憶される。
次いで、演算部26は、測定されたまたはステップS60で推定された振幅A0における角周波数差Δωと、発振位相差の時間平均〈φ(t)〉との関係を示すデータセット(データ群)を第1記憶部23から読み出し、且つ、第2記憶部24から必要な推定プログラムを読み出す。そして、演算部26は、推定プログラムを用いて、読み出した角周波数差Δω及び発振位相差の時間平均〈φ(t)〉のデータ群と、上記式(10)または(12)とをフィッティングして、インパルス感度関数のn次のフーリエ係数an及びbnを算出する(ステップS61)。ただし、この際、フィッティングに用いる上記式(10)または(12)では、発振位相差φ(t)がその時間平均〈φ(t)〉に置き換えられている。また、算出したn次のフーリエ係数an及びbnは第1記憶部23に記憶される。
次いで、制御部27は、制御パラメータとなるフーリエ係数の次数nを更新(n=n+1)する(ステップS62)。次いで、制御部27は、予め設定した推定に必要な次数N(最大次数)と、ステップS62で更新した次数nとを比較する(ステップS63)。
ここで、ステップS62で更新した次数nが最大次数N以下(n≦N)となる場合には、ステップS63はNO判定となり、ステップS52に戻る。そして、その後は、ステップS63がYES判定となるまで、上述したステップS52〜S62を繰り返す。
一方、ステップS62で更新した次数nが最大次数Nより大きく(n>N)となる場合には、ステップS63はYES判定となる。この場合には、推定に必要な次数のフーリエ係数が全て算出できているので、インパルス感度関数の1次以上のフーリエ係数an及びbnを算出する動作(図5中のステップS2)を終了する。本実施形態では、このようにしてインパルス感度関数の1次以上のフーリエ係数an及びbnを算出する。
本実施形態では、上述のようにして、発振器30のインパルス感度関数(ISF)を算出し、算出したインパルス感度関数を用いて発振器30の位相雑音や注入同期特性等の内部メカニズムを推定する。
以上説明したように、本実施形態では、発振器の内部ノイズが強く微小な注入信号の応答を直接測定できない場合であっても、間接的にこれを推定することができ、インパルス感度関数を精度良く推定することができる。したがって、本実施形態によれば、第1の実施形態と同様の効果が得られると共に、発振器の内部ノイズが想定されたものより強くても、安定してインパルス感度関数の推定が可能になる。
すなわち、本実施形態によれば、発振器の内部ノイズへの耐性及びシステムのゆらぎへの耐性に優れたインパルス感度関数の推定方法及び推定装置の実現が可能になる。それゆえ、本実施形態によれば、内部ノイズやゆらぎが存在する実機(発振器単体、または、チップや基板上等に発振器が実装(搭載)された状態)においても、インパルス感度関数を安定して精度の良く推定することができる。
また、本実施形態によれば、非特許文献2に記載の手法のように、計測データに対して統計処理等の後処理が不要となる。
上記第1〜第3の実施形態では、発振器のインパルス関数の交流成分のフーリエ係数を求める際、注入信号の周波数fを発振器の自然周波数f0のn倍(nf0:nは1以上の整数)の近傍となるように設定したが、本発明はこれに限定されない。上記第1〜第3の実施形態で説明した発振器の性質、すなわち、発振器の周波数の引き込み現象(同期注入)は、注入信号の周波数fを、発振器の自然周波数f0の1/n倍(f0/n)の近傍に設定した場合にも発生することが知られている。それゆえ、上記第1〜第3の実施形態の図7、10及び13中のステップS22、S32及びS53において、注入信号の角周波数ωを発振器の角自然周波数ω0のn倍の近傍に設定する代わりに、注入信号の角周波数ωを発振器の角自然周波数ω0の1/n倍の近傍に設定してもよい。
また、上記第1〜第3の実施形態では、発振器の内部メカニズムを推定する装置を専用の装置として構成した例を説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、各種データ処理を行うパーソナルコンピュータ装置に、発振器の内部メカニズムを推定する処理を行うソフトウェア(プログラム)を実装させて、本発明の処理を行う構成としてもよい。この場合、本発明の処理を実行するプログラムは、光ディスクや半導体メモリなどの媒体で配布する他に、インターネットなどの伝送手段を介してダウンロードさせる構成としてもよい。
1…発振器の出力信号、2,3…注入信号、20…推定装置、21…可変信号源、22…表示部、23…第1記憶部、24…第2記憶部、25…データベース、26…演算部、27…制御部、30…発振器、31…CMOS、35…信号線、36…プローブ、37…注入ライン