JP2010024546A - 塑性加工用鋼材およびその製造方法、並びに塑性加工製品 - Google Patents

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Abstract

【課題】リン酸塩を含有しなくても、リン酸塩・石鹸皮膜を有する塑性加工用鋼材と、同等またはそれ以上の塑性加工性および耐食性を発揮する塑性加工用鋼材を製造できる方法を提供する。
【解決手段】鋼材表面に皮膜を備えた塑性加工用鋼材の製造方法であって、(1)水酸化カルシウムおよび/または水酸化マグネシウム(A成分)を含有する水溶液中で、鋼材を0.10〜20A/dm2の電流密度で陰極電解する工程と、(2)無電解状態にて、前記A成分と、ケイ酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩、および/またはホウ酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩(B成分)の両方を含有する水溶液中で浸漬する工程と、をこの順序で含むことを特徴とする製造方法。
【選択図】なし

Description

本発明は、引き抜き、伸線、圧造、鍛造等の塑性加工を行うのに有用な塑性加工用鋼材、およびその製造方法、並びに当該塑性加工用鋼材を用いて得られる塑性加工製品に関するものである。本発明の塑性加工用鋼材は、例えば、冷間鍛造、冷間圧造、冷間転造等の冷間加工によって得られるボルト、ナット、ばねなどの機械部品、スチールコード、ビードワイヤー、PC(prestressed concrete)鋼線などの伸線加工品などの塑性加工製品を製造するのに好適に用いられる。
塑性加工用鋼材は、用途に応じて、引き抜き、伸線、圧造、鍛造などの様々な塑性加工が施されるが、その際、加工工具と被加工材(鋼材)との間に高い圧力が加わり、相互間で焼き付きが発生しやすくなる。そこで、被加工材表面の摩擦を軽減し、焼き付きなどを防止するため、金属材料の表面には、通常、潤滑皮膜が形成されている。
潤滑皮膜として、代表的には、リン酸塩皮膜と石鹸層とからなる複合皮膜(以下、「リン酸塩・石鹸皮膜」と呼ぶ場合がある。)が挙げられる。このリン酸塩・石鹸皮膜は、金属材料にリン酸塩処理を行ってリン酸塩皮膜を形成した後、反応型石鹸潤滑処理を行い、石鹸の主成分であるステアリン酸ナトリウムとリン酸塩皮膜とを反応させ、密着性の良いステアリン酸亜鉛(金属石鹸)とステアリン酸ナトリウム(湯浴石鹸)とからなる石鹸層を形成するなどして得られる。このようにして得られる皮膜は、潤滑性および耐焼き付き性に優れており、耐錆性も良好なため、当該皮膜を備えた鋼材は、例えば、冷間鍛造加工のような過酷な加工に好適に用いられる。
しかしながら、上記の鋼材を用い、冷間伸線加工後に熱処理してボルトなどの最終製品を作製すると、熱処理の際、金属材料中にリンが拡散(浸リン)し、遅れ破壊が発生するという問題がある。また、リン酸塩皮膜の形成には、煩雑な処理液の管理と多くの工程とを必要とするほか、処理液と被処理材(鋼材)との化学反応によって大量のスラッジが発生し、その処理に多大な労力と費用とを要する。
そこで、リン酸塩皮膜を介在させることなしに、潤滑性などに優れた潤滑皮膜を形成する方法が提案されている(例えば、特許文献1〜特許文献5)。
このうち、特許文献1には、石灰石鹸を主成分とする潤滑剤が、特許文献2には、アルカリ金属ホウ酸塩を主成分とする潤滑皮膜が、特許文献3には、ケイ酸カリウム、ステアリン酸塩、フッ素系樹脂などを含有する潤滑剤が、特許文献4には、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の炭酸塩を含有する潤滑剤が、それぞれ、提案されている。特許文献5は、本願出願人によって提案されたものであり、ここでは、「ケイ酸塩、ホウ酸塩の1種以上または水酸化カルシウムと、過酸化物とを含有する水溶液」または「ホウ酸塩と水酸化カルシウムと過酸化物とを含有する水溶液」を用いて潤滑皮膜を形成する方法を提案している。
特開平9−3476号公報 特開2002−192220号公報 特開2003−53422号公報 特開平11−222599号公報 特開2006−272461号公報
上述したように、潤滑性などに優れた塑性加工用鋼材は種々提案されているが、更なる改善が求められている。
本発明の目的は、リン酸塩を含有しなくても、リン酸塩・石鹸皮膜を有する塑性加工用鋼材と、同等またはそれ以上の塑性加工性および耐食性を発揮する塑性加工用鋼材、およびその製造方法、並びに当該塑性加工用鋼材から得られる塑性加工製品を提供することにある。
上記目的を達成し得た本発明の製造方法とは、鋼材表面に皮膜を備えた塑性加工用鋼材の製造方法であって、(1)水酸化カルシウムおよび/または水酸化マグネシウム(A成分)を含有する水溶液中で、鋼材を0.10〜20A/dm2の電流密度で陰極電解する工程と、(2)無電解状態にて、前記A成分と、ケイ酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩、および/またはホウ酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩(B成分)の両方を含有する水溶液中で浸漬する工程と、をこの順序で含むところに要旨を有している。
本発明では、上記A成分およびB成分を含有する水溶液中で、鋼材を0.10〜20A/dm2の電流密度で陰極電解した後、無電解状態で浸漬処理することが好ましい。
上記(1)工程において、陰極時の最大電流密度が0.10〜20A/dm2で、且つ陽極時の最大電流密度が0.1A/dm2以下となる交流電流で電解してもよい。本発明では、上記A成分およびB成分を含有する水溶液中で、鋼材を、陰極時の最大電流密度が0.10〜20A/dm2で、且つ陽極時の最大電流密度が0.1A/dm2以下となる交流電流で電解した後、無電解状態で浸漬処理することが好ましい。
また、上記A成分のモル濃度は0.2〜6.0mol/Lであり、B成分のモル濃度よりも多いことが好ましい。
上記(1)または(2)に用いられる水溶液は酸化剤を更に含有していることが好ましい。酸化剤の濃度は、A成分の1/200〜1/4のモル濃度で含有することが好ましい。
本発明には、上記の製造方法によって製造された塑性加工用鋼材も包含される。
本発明の塑性加工用鋼材は、鋼材表面に皮膜を備えた塑性加工用鋼材であって、上記皮膜は、鋼材側から順に、鋼材成分と、カルシウムまたはマグネシウムの酸化物および水酸化物を含有する第1層と、カルシウムまたはマグネシウムの酸化物、水酸化物、炭酸塩、ケイ酸塩、またはホウ酸塩を含有する第2層と、を含んでいる。
上記第1層に含まれる鋼材成分は、鋼材側から第2層側に向うにつれて少なくなることが好ましい。また、上記第1層の厚さは10nm〜10μmであり、上記皮膜の付着量は2g/m2以上であることが好ましい。
本発明には、上記の塑性加工用鋼材を塑性加工して得られた塑性加工製品も包含される。
本発明の製造方法によれば、リン酸塩を含有しなくても、リン酸塩・石鹸皮膜を有する塑性加工用鋼材と、同等またはそれ以上の塑性加工性および耐食性を発揮する塑性加工用鋼材が得られる。このようにして得られる塑性加工用鋼材は、リン酸塩を含んでいないので、熱処理時に浸リンを発生させることも無い。この塑性加工用鋼材を用いれば、耐食性などに優れた塑性加工製品(例えばボルトなど)が得られる。
本発明者は、塑性加工性や耐食性に優れた塑性加工用鋼材を提供するため、研究を行なってきた。その結果、電流密度が低く制御された条件で水酸化カルシウムおよび/または水酸化マグネシウム(A成分)を少なくとも含む水溶液中で陰極電解を行い、鋼材表面に、鋼材成分とカルシウムまたはマグネシウムの酸化物および水酸化物を含む反応層(本発明の第1層に相当する。)を形成することは皮膜密着性の向上に極めて有用であること、本発明の方法によって得られる第1層と第2層を含む皮膜は、従来のリン酸塩・石鹸皮膜と同等またはそれ以上に優れた塑性加工性および耐食性を発揮し得ることを見出し、本発明を完成した。
従来の非リン系潤滑剤を用いた場合は、母材である鋼材成分との化学反応が殆ど進行しないため、得られる皮膜は鋼材表面に物理的に接触しているだけで密着力が極めて弱い。これに対し、本発明によれば、所定の陰極電解処理によりカルシウムまたはマグネシウムが鋼材成分(特に、鉄)と反応し、鋼材との密着性に極めて優れた上記の反応層が鋼材表面に形成されるようになる。この反応層は凹凸を有しており、当該凹凸部に潤滑皮膜成分などが入りこむことによって密着性が更に向上するようになる。また、皮膜密着性向上剤として酸化剤を加えた場合、この反応層がより厚膜化して密着性が更に向上するようになる。その結果、本発明によれば、従来のリン酸塩・石鹸皮膜と同程度の極めて強固な潤滑皮膜が形成される。
以下、本発明の製造方法について詳しく説明する。
本発明の方法は、
(1)水酸化カルシウムおよび/または水酸化マグネシウム(A成分)を含有する水溶液中で、鋼材を0.10〜20A/dm2の電流密度で陰極電解する工程と、
(2)無電解状態にて、上記のA成分と、ケイ酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩、および/またはホウ酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩(B成分)の両方を含有する水溶液中で浸漬する工程と、
をこの順序で含むところに特徴がある。
本発明法による密着性向上のメカニズムは詳細には不明であるが、以下のように考えられる。
まず、電解処理を行わない場合または電解処理を行っても電流密度が低い場合、上記のA成分を含有する水溶液中に鋼材を浸漬すると、反応層は形成されないか、形成されても薄くポーラス(微小な空隙や孔)を有し、主にFe酸化物が生じる(Fe酸化物のみの場合もある)。上記ポーラスの厚さや気孔率を制御できれば、MgやCaの酸化物・水酸化物が当該ポーラスに入り込み物理的に高い密着が得られるが、その制御は容易ではない。本発明では、このようなFe酸化物と、陰極電解により強制的に形成されるMgやCaの水酸化物とが混合した緻密な層が鋼材表面に厚く形成されるために、物理的に高い密着層(第1層)が容易に得られる。また、上記第1層中のMgやCaの水酸化物と第2層は組成が近いため、化学的にも結合し、より高い密着性が得られる。
まず、本発明に用いられる水溶液添加成分(A成分、B成分、酸化剤など)について詳しく説明する。
(A成分)
本発明では、皮膜密着性向上成分(A成分)として水酸化カルシウムおよび/または水酸化マグネシウムを用いる。これらは単独で使用しても良いし、併用しても良い。陰極電解処理用水溶液は、このA成分を少なくとも含んでいる。
水酸化カルシウム又は水酸化マグネシウムは、これらを水溶液に添加しても良いし、酸化カルシウム又は酸化マグネシウムを水溶液に添加して、系中で水酸化カルシウム又は水酸化マグネシウムを形成させても良い。また水溶液中に水酸化カルシウムを存在させるために、石灰石鹸を使用しても良い。皮膜密着性向上作用は、水酸化カルシウムの方が高いため、少なくとも水酸化カルシウムを用いることが好ましい。水酸化カルシウムと水酸化マグネシウムの両方を用いる場合には、水酸化カルシウムが主であること、即ち水酸化カルシウム及び水酸化マグネシウムの合計に対して、水酸化カルシウムが50〜100モル%であることが望ましい。
(B成分)
本発明では、非リン系潤滑成分(B成分)として、ケイ酸塩および/またはホウ酸塩を用いる。これらは、塑性加工用潤滑剤のキャリアとして通常使用されており、本発明では、これらの種類を限定しない。これらは単独で使用しても良いし、併用しても良い。浸漬処理用水溶液は、上記のA成分とB成分の両方を含んでいる。
上記のケイ酸塩としては、式xMI 2O・ySiO2(式中、x、yは自然数を示し、MIはアルカリ金属を示す)で表される塩の他、ケイ酸を構成する水素原子の一部又は全部がアルカリ成分に置き換わったものなどが挙げられる。ケイ酸には、オルトケイ酸(H4SiO4)の他、メタケイ酸(H2SiO3)、メタ二ケイ酸(H2Si25)、メタ三ケイ酸(H4Si38)、メタ四ケイ酸(H6Si411)なども含まれる。また、アルカリ成分としては、アルカリ金属(Li、Na、Kなど)、アルカリ土類金属(Mg、Caなど)などが挙げられる。好ましいケイ酸塩として、ケイ酸アルカリ金属塩(ケイ酸カリウム、ケイ酸ナトリウムなど)、メタケイ酸アルカリ金属塩(メタケイ酸ナトリウムなど)、ケイ酸アルカリ土類金属塩(ケイ酸カルシウムなど)、水ガラス[例えば、式Na2O・nSiO2(式中、nは2〜4の整数を示す)で表される化合物など]などが挙げられる。
ケイ酸塩は、単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
上記のホウ酸塩において、ホウ酸には、例えば、オルトホウ酸、二ホウ酸、メタホウ酸、四ホウ酸、五ホウ酸、八ホウ酸などが挙げられる。ホウ酸塩としては、アルカリ金属塩(Li塩、Na塩、K塩など)、アルカリ土類金属塩(Mg塩、Ca塩など)などの金属塩のほか、アルカノールアミン塩(モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンなど)、アンモニウム塩などの窒素含有塩も包含される。好ましいホウ酸塩は、メタホウ酸塩、四ホウ酸塩などであり、例えば、メタホウ酸ナトリウム、四ホウ酸ナトリウム(硼砂、ボラックスと呼ばれるNa245(OH)4・8H2O、Na247など)、四ホウ酸カリウム、四ホウ酸アンモニウムなどが代表的に挙げられる。
ホウ酸塩は、単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
上述したように、上記(1)の陰極電解用水溶液はA成分を含み、上記(2)の浸漬処理用水溶液はA成分とB成分の両方を含んでいる。製造効率などを考慮すると、同じ組成の水溶液を用いて上記の陰極電解および浸漬処理を行なうことが好ましい。
上記のようにA成分とB成分を両方含む水溶液を用いて浸漬処理(または陰極電解処理)を行なう場合、A成分の合計量は、B成分の合計量よりも多いことが好ましい。B成分の合計量の方が多いと、塑性加工用鋼材の耐食性が低下し得る。
A成分の合計量は、好ましくは0.2mol/L以上(より好ましくは1.0mol/L以上)、好ましくは6.0mol/L以下(より好ましくは5.0mol/L以下)である。A成分の合計量が0.2mol/L未満であると、鋼材の塑性加工性が不充分となるおそれがある。一方、A成分の合計量が6.0mol/Lを超えても、塑性加工性の付与効果は飽和し、また製造コストの増大につながる。
なお、B成分の合計量は、上記の関係を満足していることが好ましく、おおむね、好ましくは0.2mol/L以上(より好ましくは1.0mol/L以上)、好ましくは6.0mol/L以下(より好ましくは5.0mol/L以下)である。
(酸化剤)
陰極電解用水溶液は、酸化剤を更に含んでいても良い。酸化剤の添加によって、密着性がより高められる。酸化剤は、浸漬処理用水溶液に含まれていても良い。製造効率などを考慮すると、同じ組成の水溶液を用いて陰極電解および浸漬処理を行なうことが好ましい。
本発明では、あらゆる種類の酸化剤、例えば過酸化物;ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸及びこれらの塩;並びに鉄の錯塩等を使用できるが、水酸化カルシウム等と共存させるために、アルカリ環境下で酸化作用を発揮し得る酸化剤が好ましい。
過酸化物としては、例えば過酸化水素、ペルオキソ硫酸塩、ペルオキソ炭酸塩、ペルオキソホウ酸塩、ペルオキソチタン酸塩などが挙げられる。ハロゲンの酸素酸塩及びこの塩として、次亜塩素酸、次亜臭素酸、次亜ヨウ素酸、塩素酸、臭素酸、ヨウ素酸、過塩素酸、過ヨウ素酸、及びこれらの塩などが挙げられる。マンガン及び鉄の酸素酸及びこれらの塩として、例えば過マンガン酸、鉄酸、及びこれらの塩などが挙げられる。鉄の錯塩として、例えばフェリシアン化カリウムなどが挙げられる。塩形態の酸化剤としては、アルカリ金属(ナトリウム、カリウム等)の塩、アルカリ土類金属(カルシウム、マグネシウム等)の塩、及びアンモニウム塩が推奨される。酸化剤の中で、入手し易さ、アルカリ環境下での酸化作用、安全性及び管理のし易さの観点から、ペルオキソ硫酸ナトリウム、ペルオキソ炭酸ナトリウム、ペルオキソホウ酸ナトリウムが特に好ましい。
本発明において、水溶液中の酸化剤濃度は、A成分の合計に対するモル比(酸化剤/A成分)で制御することが好ましい。酸化剤/A成分のモル比の下限は、好ましくは1/200(=0.005)、より好ましくは1/100(=0.01)であり、その上限は、好ましくは1/4(=0.25)、より好ましくは1/5(=0.2)、さらに好ましくは1/20(=0.05)である。酸化剤/A成分のモル比が1/200〜1/4の範囲であれば、良好な塑性加工性を実現できる。
(他の水溶性成分)
浸漬処理に用いられる水溶液は、上記のほか、例えば石鹸、防錆剤及び固体潤滑剤などの塑性加工用鋼材に通常用いられる成分を更に含有していても良い。石鹸によって塑性加工用鋼材の潤滑性が向上する。防錆材によって塑性加工用鋼材の耐食性が向上する。固体潤滑剤によって塑性加工用鋼材の摩擦係数が低減する。これらの成分は、陰極電解処理に用いられる水溶液に含まれていてもよい。製造効率などを考慮すると、同じ組成の水溶液を用いて陰極電解および浸漬処理を行なうことが好ましい。
石鹸としては、例えば脂肪酸アルカリ金属塩(ステアリン酸ナトリウムなど)、脂肪酸アルカリ金属塩以外の脂肪酸金属塩(ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸アルミニウムなど)が挙げられる。防錆材としては、例えばモリブデン酸塩、バナジン酸塩、ポリアクリル酸、シリカ、ベンゾトリアゾールなどが挙げられる。固体潤滑剤として、二硫化モリブデン、黒鉛、窒化ホウ素、雲母、フッ化黒鉛、ポリテトラフルオロエチレン、パラフィンなどが挙げられる。
以下、上記(1)および(2)の各工程について詳しく説明する。
(1)鋼材の陰極電解工程
鋼材の陰極電解処理とは、鋼材を陰極として水溶液の電解を行うことを意味する。本発明では、上述したA成分(B成分を更に含んでいてもよい)、好ましくは酸化剤を更に含む水溶液中で、電流密度が適切に制御された条件で陰極電解処理を行なっており、これにより、鋼材との密着力が高い第1層を含む潤滑皮膜が形成される。
具体的には、まず、上記の水溶液中に鋼材を浸漬し、陰極電解を行なう。浸漬により、上記水溶液と鋼材が反応し、鋼材の表面が酸化されて鋼材の酸化物が生じる。前述したようにこれらの酸化物は緻密なものではなく、微小な空隙を有しているため、電流密度が制御された電解処理を行なうと、MgやCaの水酸化物が当該鋼材酸化物の空隙に入り込む(混ざり合う)ことによって鋼材表面の膜(第1層)が緻密になり、密着性が向上すると考えられる。水溶液中に酸化剤が存在すると、鋼材の酸化が促進される。電解しながら浸漬を行なっても良いし、後記する実施例のように約5秒程度浸漬してから陰極電解を行なってもよい。
陰極電解は、電流密度(最大値)を0.10〜20A/dm2の範囲に制御して行なう。これにより、所望とする第1層が充分に形成され、鋼材との密着性が高められる。詳細には、Feの酸化物とCaやMgの反応が生じ、FeとCa、Mgの反応層(第1層)が水溶液中で形成される。その後、この第1層に吸着する水溶液成分によって第2層が形成されるが、この第2層もCaやMgの化合物(酸化物など)を含むため、第1層と第2層の密着性が良好になる。
電流密度が0.10A/dm2未満では、第1層の反応層が非常に薄くなり、酸化剤が無い場合は反応層が形成されない場合もあり、密着性向上作用が有効に発揮されない。すなわち、電流密度が小さいと、反応層中のCaやMg反応物が少なく、酸化剤を添加してもFe反応物のみとなる場合もあるため、陰極電解を行なわない場合と同様、鋼材表面との密着性が悪い層しか形成されない。一方、電流密度が20A/dm2を超えると、還元反応が主体となってCaやMg反応物は形成するもののFe反応物は形成しない。特に酸化剤が存在しない場合、この反応が顕著になる。そのため、所望とする第1層が充分に形成されない(後記する実施例を参照)。好ましい電流密度は0.5〜5A/dm2である。
更に、所望の皮膜が形成されるように以下の点に留意することが好ましい。
陰極電解処理の時間は、所望とする第1層が形成されていれば良いが、おおむね、1秒〜30分程度であることが好ましい。具体的には、長時間の電解処理によって所望量の皮膜(第1層と第2層)を付着させても良いし、短時間の電解処理後、浸漬を繰り返して皮膜の膜厚を所望レベルに制御しても良い。陰極電解のみでは、第1層のみしか形成されず第2層との混合皮膜とすることができないからである。
陰極電解処理の温度(水溶液の温度)は、おおむね、30〜70℃であることが好ましい。処理温度が30℃未満であると、処理後に鋼材を乾燥させるのに時間がかかる。一方、処理温度が70℃を超えると、酸化剤を用いる場合、酸化剤の分解が起こる可能性がある。
陰極電解処理の陽極は、本発明で特に限定は無く、不溶性である材質(例えばカーボン、鉛、チタン合金、白金、白金被覆合金など)の電極が使用できる。
電解制御の方法に特に限定はなく、電流による制御および電圧の制御のいずれでも良い。
電解方式は、直流の他、交流(例えば、正弦波、矩形波)であってもよい。交流電流で電解したときの陰極状態時においても、上記陰極電解処理と同様の効果が得られるからである。従って、上記(1)工程において、上述したA成分(B成分を更に含んでいてもよい)、好ましくは酸化剤を更に含む水溶液中に鋼材を浸漬し、次いで交流電解を行えばよい。鋼材を浸漬することによって、上述したように、鋼材表面の膜(第1層)が緻密になり、密着性が向上すると考えられる。なお、交流電解によらない直流電解の陰極電解では、電解によって鋼表面の酸化物の還元も生じるため、水溶液中に酸化剤が存在しない場合は、第1層の密着性が若干劣ることがある。これに対し、交流電解では鋼材が陽極になったときに鋼材の酸化が促進されると推定され、酸化剤が存在しない場合でも第1層の密着性を保持できる。
交流電解は、陰極時の最大電流密度を0.10〜20A/dm2の範囲で、且つ陽極時の最大電流密度を0.1A/dm2以下の範囲に制御して行なうことが好ましい。これにより、所望とする第1層が充分に形成され、鋼材との密着性が高められる。詳細には、上述したように、Feの酸化物とCaやMgの反応が生じ、FeとCa、Mgの反応層(第1層)が水溶液中で形成される。その後、この第1層に吸着する水溶液成分によって第2層が形成されるが、この第2層もCaやMgの化合物(酸化物など)を含むため、第1層と第2層の密着性が良好になる。
交流電解において、陰極時の最大電流密度が0.10A/dm2未満では、上記陰極電解時の電流密度が0.10A/dm2未満の場合と同様に、第1層の反応層が非常に薄くなり、酸化剤が無い場合は反応層が形成されない場合もあり、密着性向上作用が有効に発揮されない。一方、陰極時の最大電流密度が20A/dm2を超えると、上記陰極電解時の電流密度が20A/dm2を超える場合と同様に、還元反応が主体となってCaやMg反応物は形成するもののFe反応物は形成しない。陰極時の好ましい最大電流密度は0.5〜5A/dm2である。
また、陽極時の最大電流密度が0.1A/dm2を超えると、鋼材の溶出反応や酸素発生反応が生じ、陰極時における表面皮膜形成が阻害される。また、交流電解では、鋼材表面に形成した電気二重層で電荷交換反応が生じるため、陰極時における反応自体が阻害される。従って本発明では、陽極時の最大電流密度を0.1A/dm2以下の範囲に制御することが好ましい。
なお、「陰極時の最大電流密度」とは、上記水溶液に浸漬させた鋼材に交流電流をかけたときに、該鋼材が陰極となったときの電流密度の最大値を意味し、「陽極時の最大電流密度」とは、上記水溶液に浸漬させた鋼材に交流電流をかけたときに、該鋼材が陽極となったときの電流密度の最大値を意味する。
更に、所望の皮膜が形成されるように、以下の点に留意することが好ましい。
交流電解したときに鋼材が陰極になる時間、交流電解処理の温度、交流電解処理に用いる対極、交流電解制御の方法については、上記陰極電解処理の時間、陰極電解処理の温度、陰極電解処理に用いる陽極、電解制御の方法と同じ条件を採用すればよい。
但し、交流電解処理の時間(トータル時間)のうち、鋼材が陰極になる時間は、少なくとも半分以上であることが望ましい。鋼材表面の皮膜形成を促進するためである。また、交流電流の周波数が密着性に及ぼす影響は小さいため、周波数は特に限定されないが、例えば、0.1〜100Hzの範囲から選択することが好ましい。
(2)無電解状態での浸漬処理工程
上記(1)のようにして陰極電解(交流電解を含む意味。以下同じ。)を行った後、無電解状態で浸漬処理を行なう。これにより、前述した第1層(反応層)と潤滑性に優れた第2層(潤滑層)との混合皮膜が得られる。浸漬処理を繰り返すことにより皮膜を厚くすることができる。
浸漬処理は、上記(1)の陰極電解処理と同じ処理槽で行なっても良いし、別の処理槽で行なっても良い。また、前述したように、同じ水溶液で陰極電解と浸漬処理を行っても良いし、異なる水溶液を用いても良い。例えば、特に潤滑剤を皮膜中に混入させたい場合には、浸漬処理用水溶液のみに潤滑剤を入れても良い。
次に、本発明の塑性加工用鋼材について説明する。
本発明の塑性加工用鋼材は、鋼材表面に皮膜を備えており、上記皮膜は、鋼材側から順に、鋼材成分と、カルシウムまたはマグネシウムの酸化物および水酸化物を含有する第1層と、カルシウムまたはマグネシウムの酸化物、水酸化物、炭酸塩、ケイ酸塩、またはホウ酸塩を含有する第2層と、を含んでいる。皮膜の密着性向上に大きく寄与するのは、鋼材表面に形成される上記第1層(反応層)である。本発明によれば、鋼材の表面に鋼材との密着性に極めて優れた上記の反応層が形成されるため、従来の石鹸・リン酸塩皮膜とほぼ同程度またはそれ以上に潤滑性や耐食性などに優れた潤滑皮膜が得られるようになる。
このうち上記第1層は、鋼材成分と、カルシウムまたはマグネシウムの反応によって生成する酸化物および水酸化物を含有する。第1層について、前述した特許文献5と対比すると、本発明では、カルシウムまたはマグネシウムの酸化物と水酸化物の両方が含まれている点で、カルシウムまたはマグネシウムの酸化物のみ含み水酸化物を含有しない特許文献5と相違している。特許文献5では、本発明による陰極電解処理を行っていないため、第1層には実質的にカルシウムまたはマグネシウムの酸化物しか含まれないと推察される。
上記「鋼材成分」には、鋼材の主成分である鉄のほか、鋼材に含まれ得る合金成分(例えば、Si、Cr、Mo等)も含まれる。また、「鋼材成分の酸化物や水酸化物」とは、鉄の酸化物や水酸化物(例えばFeO、Fe23、Fe34、Fe(OH)2、FeOOH等)や、合金成分であるSi、Cr、Mo等の酸化物や水酸化物を意味する。鋼材成分の酸化物や水酸化物、カルシウムまたはマグネシウムの酸化物および水酸化物は、化学量論的関係を必ずしも満足する必要はなく、成分比が化学量論組成を外れるもの、例えば、酸素が欠乏したものも含まれる。
上記皮膜を構成する第1層および第2層の組成、厚さ、および付着量は、下記の方法によって測定した。
まず、オージェ電子分光法による深さ方向への元素分析に基づき、下記基準にて、鋼材、並びにその上に形成される第1層および第2層を区別し、各層の厚さを測定した。このオージェ電子分光法により、第1層が単一組成か傾斜組成か、第2層が複数の層かを判別できる。後記する実施例では、3個のサンプルを用い、その平均濃度を算出した。
オージェ電子分光法の測定条件は以下のとおりである。
・装置:パーキン・エルマー社製「PHI650走査型オ−ジェ電子分光装置」
・一次電子エネルギー、電流:10keV、300nA
・その入射角:試料法線に対して30度
・そのビーム径:<5μmφ
・分析領域:同上(点分析)
・イオンスパッタエネルギー、電流:3keV、25mA
・その入射角度:試料法線に対して約58度
・そのスパッタ速度:約31nm/分
鋼材 :Feを主成分として含み、Ca、Mg、およびOの各平均濃度<1原子%
第1層:Ca、Mg、およびOの各平均濃度≧1原子%である深さ(鋼材との境界)から、Feの平均濃度≧1原子%である深さ(第2層との境界)までの範囲
第2層:最表面側に形成されており、Feの平均濃度<1原子%
更に、オージェ電子分光法で判別した第1層および第2層について、赤外分光分析計(IR)およびグロー放電発光表面分析装置(GD−OES)による測定を行ない、オージェ電子分光法では判別不能な酸化物および水酸化物を判別した。それぞれの詳細な測定条件は以下のとおりである。
(IR分析)
試料調製:潤滑皮膜の第1層、第2層それぞれについて一部を採取して、KBr結晶板上に薄く付けて測定に用いた。
測定方法:ビームコンデンサーでの透過法
分解能:4cm-1
積算回数:100回
装置:日本電子(株)製JIR−100型フーリエ変換赤外分光光度計
各潤滑皮膜のスペクトルについて、特徴的なピークを標準スペクトルと比較して解析し、各成分に帰属させた。
(GD−OES分析)
試料調製:潤滑皮膜表面から、GD−OESによる深さ方向分析を鋼板中のFe発光強度が一定になる深さまで行なった。オージェ電子分光法で判別した第1層および第2層の深さ位置に検出される元素を評価した。
装置:堀場製作所製GD−PROFILER2型GD−OES
分析モード:ノーマルスパッタ
アノード径(分析面積):φ4mm
放電電力:35W
Arガス圧:600Pa
上記の第1層は、更に酸化剤を含んでいてもよい。また、陰極電解処理用水溶液が、前述したB成分、酸化剤、他の水溶性成分を更に含有する場合は、上記の第1層は、これらの成分を更に含有しても良い。
第1層に含まれる鋼材成分は、鋼材側から第2層側に向うにつれて少なくなるような「傾斜組成」を有していることが好ましい。例えば、第1層中のCaやMgの合計に対する鋼材成分の質量比は、鋼材表面に近いほど大きいことが好ましい。このような濃度勾配を有している方が、鋼材との密着性に優れているため、塑性加工時に剥離しにくく、苛酷な塑性加工に耐えることができる。傾斜組成を有しているかどうかは、後述するオージェ電子分光法によって判定することができる。
第1層の厚さは、好ましくは10nm以上(より好ましくは100nm以上)、好ましくは10μm以下(より好ましくは7μm以下)である。第1層の厚さが薄すぎると、塑性加工用工具と鋼材との接触を充分に防止することができず、塑性加工時に焼付きなどが生じやすい。一方、第1層が厚すぎると皮膜に亀裂が生じ易くなる。第1層の厚さは、後述するオージェ電子分光法によって測定することができる。
また、第2層は、カルシウムまたはマグネシウムの酸化物、水酸化物、炭酸塩、ケイ酸塩、またはホウ酸塩を含有している。第2層は、鋼材成分との反応によって得られる酸化物および水酸化物を実質的に含んでいない点で、上記第1層と区別される。上記第2層は、前述した酸化剤や他の水溶性成分を更に含有しても良い。例えば酸化剤として、鉄化合物やマンガン化合物を用いた場合、第2層中の鋼材成分はゼロとならないが、オージェ電子分光法によればFeが1質量%未満のため、第1層と区別することができる。潤滑性向上の観点からすれば、第2層は、ケイ酸塩やホウ酸塩を含んでいることが好ましい。
本発明における皮膜は、上記の第1層と第2層の混合層を少なくとも含んでいれば良い。従って、上記皮膜は、第1層と第2層のみから構成されていても良いが、これに限定する趣旨ではない。例えば、第1層の下に鋼材成分の酸化物のみからなる層を有する態様や、第2層が複数の層で構成されている態様[例えばカルシウム、マグネシウムの酸化物、水酸化物のみの層(ケイ酸塩やホウ酸塩なし)の下層と、ケイ酸塩やホウ酸塩を含む上層からなる層]も上記皮膜に包含される。前者の皮膜は、例えば、陰極電解前の無電解での浸漬時間が長い場合に形成される場合がある。後者の態様は、陰極電解時間が長い場合に形成される場合がある。
皮膜付着量(第1層および第2層の合計量)は、好ましくは2g/m2以上(より好ましくは4g/m2以上)、好ましくは40g/m2以下である。皮膜付着量が2g/m2未満であると潤滑性に劣り、塑性加工用鋼材を多量に連続伸線することが困難となり得る。一方、皮膜付着量が40g/m2を超えても、潤滑性の向上効果が飽和する。
皮膜付着量は以下のようにして測定できる。まず、測定用サンプルとして、直径:10mm、長さ50mm程度のサンプルを用意する。金属片等を用いて全周に亘って皮膜を削り取ってから、50℃の1N硫酸に水素の泡が発生するまで浸漬した後、水洗・乾燥して皮膜を除去する。このようにして皮膜を除去した前後でのサンプルの質量変化から皮膜の付着量が求められる。
さらに上記皮膜は、潤滑皮膜に通常含まれる添加剤を含有しても良い。添加剤としては、例えば、防錆剤や固体潤滑剤などが代表的に例示される。防錆剤としては、例えば、モリブデン酸塩、バナジン酸塩、ポリアクリル酸、シリカ、ベンゾトリアゾールなどが挙げられる。固体潤滑剤は、摩擦係数の低減に有効であり、例えば、二硫化モリブデン、黒鉛、窒化硼素、雲母、フッ化黒鉛、ポリテトラフルオロエチレン、パラフィンなどが挙げられる。
本発明において、鋼材の種類には特に限定されず、炭素鋼、低合金鋼、ステンレス鋼などの様々な種類の鋼材を使用できる。また鋼材の形態も塑性加工されるものであれば特に限定されず、例えば、ボルト、ナット、ばねなどの機械部品、スチールコード、ビードワイヤー、PC鋼線等の伸線加工品などの塑性加工製品を製造するのに用いられる線材や棒材などの形態が挙げられる。
(塑性加工製品)
本発明には、上記塑性加工用鋼材を用いて得られる塑性加工製品も包含される。上記の塑性加工製品を製造する方法は特に限定されず、当該技術分野で周知の方法を、適宜採用すれば良い。本発明の塑性加工製品は、前述した皮膜をそのまま有していても良いし、上記皮膜を酸やアルカリ水溶液などを用いて除去しても良い。或いは、上記皮膜は、塑性加工後に熱処理を施すことによって変質されていても良い。例えば、ボルト用鋼を用いる場合、塑性加工後に焼き入れや焼き戻しを行うことが多く、これにより、皮膜を構成する第2層中の水や有機分が蒸発するが、このようなものも本発明の範囲内に包含される。
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、上記・下記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
実施例1
(供試材の作製)
鋼種SCM435を熱間圧延して得られた熱間圧延線材(線径10mm)を、強度が約1200MPaとなるように焼入れ・焼戻しを行なった後、直径10mm、長さ50mmのサイズに加工した。加工後の線材を酸洗して脱スケールし、次いで水洗した。
この線材を、下記表1に示す条件で処理することにより、線材の表面に皮膜(第1層および第2層)を形成した。本実施例では、陰極電解および無電解状態での処理に用いる水溶液は、すべて、同じ組成のものを使用した。水溶液の容量は5Lである。
詳細には、線材を水溶液に浸漬し、5秒後に陰極電解を開始した。表1に示す条件で陰極電解を行なった後、無電解状態で10秒間浸漬を行ない、線材を水溶液から取り出した。1回の処理で付着する皮膜付着量が少ない場合には、さらに線材を水溶液に浸漬する無電解処理を行い、皮膜付着量が9〜11g/m2となるように調整した。なお下記表1中、電流密度の欄で「−」と記載しているものは、陰極電解処理を行っていない。
比較のため、従来のリン酸塩・石鹸皮膜を備えた塑性加工用鋼材(表1のNo.18)を作製した。詳細な処理条件(リン酸亜鉛処理)は、以下のとおりである。
(リン酸亜鉛処理方法)
線材を15%塩酸溶液(50℃)中に10分間浸漬した後、水洗し、90g/Lのリン酸亜鉛処理剤(日本パーカライジング(株)製「パルボンド181X」)を用いて、80℃で5分間化成処理を行った。次いで、70g/Lの石鹸潤滑剤(日本パーカライジング(株)製「パルーブ235」)を用いて、80℃で5分間石鹸処理を行った。
本実施例では、各実験例について10個のサンプルを作製した。以下に示すように、このうち3個のサンプルをオージェ電子分光法に用い、3個のサンプルを塑性加工性の評価に用い、残りの4個のサンプルを耐食性の評価に用いた。
このようにして得られた各サンプルについて、以下のようにして第1層の厚さおよび傾斜組成の有無を測定すると共に、塑性加工性および耐食性を評価した。
(第1層の厚さ)
オージェ電子分光法によって第1層の厚さを測定した。詳細には、各実験例について3個のサンプルを用意し、各オージェ電子分光法によって得られたプロファイルに基づき、Ca、Mg、OおよびHの各平均濃度が1原子%以上になる深さからFeの平均濃度が1原子%以上になる深さまでの範囲を、第1層の厚さとして算出し、これらの平均を、各実験例の第1層の厚さとした。
なお、表1に示す実験No.1、2、9、16について、オージェ電子分光法による測定後のサンプル3個を用い、IRおよびGD−OESによる測定を実施した。これらの測定により、オージェ電子分光法では判別不能な酸化物や水酸化物を判別することができる。測定は、オージェ電子分光法により判別できた第1層および第2層について各1点ずつ行なった。
(第1層の傾斜組成の有無)
また上記と同様に、オージェ電子分光法を行うことによって第1層が傾斜組成を有するかどうかを調べた。詳細には、各実験例について3個のサンプルを用意し、第1層の表面からD/4、D/2および3D/4(D=第1層の厚さ)の位置におけるCaまたはMg、およびFeの含有量を求めた。第1層中のCaまたはMgに対するFeの質量比が、鋼材表面に近い程(即ち、深さが深い程)大きくなっている場合、「第1層は傾斜組成である」と判定した。
(塑性加工性)
各実験例について3個のサンプルを用意し、以下のようにして塑性加工性を調べた。東化学社製の表面性測定機を用い、SUJ2の10mmφ球を相手材として1000kgfの荷重を負荷し、常温且つ無潤滑の条件下にて、サンプルの長さ方向に30mmの長さを連続往復させた。摩擦係数を連続的に測定し、摩擦係数が0.2以上となる往復サイクル数を測定した。測定した3個のサンプルのうち、最も小さい往復サイクル数に基づき、塑性加工性を評価した。この評価法によれば、摩擦熱による温度上昇が40℃を超えることはなく、ほぼ同一条件で塑性加工性を評価することができた。
上記の評価法は、伸線性や圧造加工性と相関が高いことが知られている。即ち、潤滑性に劣る皮膜の場合、摩擦係数が早期に高くなり、往復サイクル数が小さくなる。また、密着性が低く伸線性や圧造加工性に劣る皮膜の場合、皮膜が早期に剥離・消耗して摩擦係数が高くなるため、やはり、往復サイクル数が小さくなる。
(耐食性)
各実験例について4個のサンプルを用意し、以下のようにして耐食性を調べた。温度40℃および湿度90%の恒温恒湿槽内でサンプルを2週間放置した後、サンプル表面に発生した錆の面積率を目視により測定した。実験を行なった4個のサンプルのうち、最も大きい錆面積率に基づき、耐食性を評価した。
これらの結果を表2にまとめて示す。
Figure 2010024546
Figure 2010024546
表1および2に示されるように、本発明の要件を満たす実験No.1〜12から得られた塑性加工用鋼材は、本発明の要件を満たさない実験No.13〜17のものに比べ、塑性加工性および耐食性に優れており、リン酸塩・石鹸皮膜を有する従来例(実験No.18)に匹敵する程度の良好な特性を示した。
上記のうち、酸化剤を用いた実験No.1〜8では、第1層の厚さが厚くなり、塑性加工性がより高くなる傾向が見られた。
また、オージェ測定後にIRおよびGD−OESによる測定を行なって第1層および第2層中の酸化物や水酸化物を判別した実験No.1、2、9、および16については、以下の結果が得られた。
(第1層について)
IR分析では、本発明例である実験No.1、2、9において酸化物や水酸化物に該当するピークが得られたが、比較例である実験No.16では酸化物に該当するピークのみが得られ、水酸化物に該当するピークは得られなかった。なお、酸化剤を含まない本発明例の実験No.9や、比較例の実験No.16では、酸化物に該当するピークも僅かであった。また、GD−OES分析によれば、鋼材成分以外の元素として、実験No.1ではCa、Mg、O、Hが、No.2ではCa、O、Hが、No.9ではMg、O、Hが、No.16ではCa、Oが検出された。
これらの結果を総合すると、上記の本発明例では、本発明の要件を満足する第1層が得られたのに対し、低い電流密度で陰極電解処理を行った上記の比較例では、本発明の要件を満足する第1層が得られなかったことが確認された。すなわち、実験No.1では鋼材成分、Mg、Caの1種以上を含む酸化物及び水酸化物を含有し;実験No.2では鋼材成分、Caの1種以上を含む酸化物及び水酸化物を含有し;実験No.9では鋼材成分、Mgの1種以上を含む酸化物及び水酸化物を含有する第1層が、それぞれ形成されたことが確認された。一方、比較例の実験No.16では鋼材成分、Caの1種以上を含む酸化物を含有するが、水酸化物を含まない第1層しか形成されなかった。
(第2層について)
IR分析によれば、実験No.1では酸化物、水酸化物、炭酸塩、ケイ酸塩、ホウ酸塩;実験No.2では酸化物、水酸化物、炭酸塩、ケイ酸塩;実験No.9および16では酸化物、水酸化物、炭酸塩、ホウ酸塩に該当するピークが、それぞれ得られた。また、GD−OES分析によれば、実験No.1ではCa、Mg、Na、Si、B、C、O、Hが;実験No.2ではCa、Na、Si、C、O、Hが;実験No.9および16ではMg、Na、B、C、O、Hが、それぞれ検出された。このように各実験例の第2層は、いずれも表1に示す水溶液の組成に基づく化合物で構成されることが確認された。なお、実験No.2を除く実験No.1、9、16において、IR分析で炭酸塩が、GD−OES分析でCがそれぞれ検出されたのは、水酸化物と大気の反応により炭酸塩またはCが形成されたためと考えられる。
上記では、表1の一部について各層中の酸化物および水酸化物を確認したが、上記以外の表1の実験例についても同様の結果が得られた。すなわち、実験No.3〜8、10〜12の本発明例では、所定の化合物を含む第1層および第2層が得られたのに対し、実験No.13〜15、17の比較例では、所定の化合物を含む各層は得られなかった。
実施例2
(供試材の作製)
上記実施例1と同じ条件で線材を作製し、得られた線材を、下記表3に示す成分を含有する水溶液に浸漬し、交流電解した後、無電解状態で処理し、線材の表面に皮膜(第1層および第2層)を形成した。交流電解処理条件を下記表3に示す。本実施例では、交流電解および無電解状態での処理に用いる水溶液は、全て同じ組成のものを使用した。水溶液の容量は5Lである。
詳細には、線材を水溶液に浸漬し、5秒後に交流電解を開始した。交流電流の波形は矩形波とし、線材が陰極になる時間(陰極電解時間):線材が陽極になる時間(陽極電解時間)=1:1、周波数を10Hzとした。交流電解の他の条件は下記表3に示す通りであり、表3に示す処理温度、陰極時の最大電流密度、陽極時の最大電流密度、陰極電解時間(即ち、交流電解処理したトータル時間は4分)で交流電解を行った後、無電解状態で10秒間浸漬を行い、線材を水溶液から取り出した。1回の処理で付着する皮膜付着量が少ない場合には、更に線材を水溶液に浸漬する無電解処理を行い、皮膜付着量が9〜11g/m2となるように調整した。
上記実施例1と同様に、各実験例について10個のサンプルを作製し、このうち3個のサンプルをオージェ電子分光法に用い、3個のサンプルを塑性加工性の評価に用い、残りの4個のサンプルを耐食性の評価に用いた。各サンプルについて、上記実施例1と同じ条件で、第1層の厚さおよび傾斜組成の有無を測定すると共に、塑性加工性および耐食性を評価した。結果を表4にまとめて示す。
なお、オージェ電子分光法による測定後のサンプル3個を用い、上記実施例1と同様に、IRおよびGD−OESによる測定を実施した。
表3および表4に示されるように、本発明の要件を満たす実験No.19〜21から得られた塑性加工用鋼材は、本発明の要件を満たさない実験No.22、23のものに比べ、塑性加工性および耐食性に優れており、リン酸塩・石鹸皮膜を有する従来例(上記表2の実験No.18)に匹敵する程度の良好な特性を示した。即ち、上記(1)工程において、直流による陰極電解処理の代わりに、交流電解処理を行っても塑性加工性および耐食性に優れた塑性加工用鋼材を得られることが分かる。
上記のうち、酸化剤を用いた実験No.19では、第1層の厚さが厚くなり、塑性加工性がより高くなる傾向が見られた。
また、オージェ測定後にIRおよびGD−OESによる測定を行なって第1層および第2層中の酸化物や水酸化物を判別した結果、本発明例(実験No.19〜21)では、所定の化合物を含む第1層および第2層が得られたのに対し、比較例(実験No.22、23)では、所定の化合物を含む各層は得られなかったことが確認された。
Figure 2010024546
Figure 2010024546

Claims (11)

  1. 鋼材表面に皮膜を備えた塑性加工用鋼材の製造方法であって、
    (1)水酸化カルシウムおよび/または水酸化マグネシウム(A成分)を含有する水溶液中で、鋼材を0.10〜20A/dm2の電流密度で陰極電解する工程と、
    (2)無電解状態にて、前記A成分と、ケイ酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩、および/またはホウ酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩(B成分)の両方を含有する水溶液中で浸漬する工程と、
    をこの順序で含むことを特徴とする製造方法。
  2. 前記A成分およびB成分を含有する水溶液中で、鋼材を0.10〜20A/dm2の電流密度で陰極電解した後、無電解状態で浸漬処理する請求項1に記載の製造方法。
  3. 前記(1)工程において、陰極時の最大電流密度が0.10〜20A/dm2で、且つ陽極時の最大電流密度が0.1A/dm2以下となる交流電流で電解する請求項1に記載の製造方法。
  4. 前記A成分およびB成分を含有する水溶液中で、鋼材を、陰極時の最大電流密度が0.10〜20A/dm2で、且つ陽極時の最大電流密度が0.1A/dm2以下となる交流電流で電解した後、無電解状態で浸漬処理する請求項3に記載の製造方法。
  5. 前記A成分のモル濃度は0.2〜6.0mol/Lであり、前記B成分のモル濃度よりも多い請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
  6. 前記(1)または(2)の工程に用いられる水溶液は、更に酸化剤を含有する請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
  7. 請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法によって製造された塑性加工用鋼材。
  8. 鋼材表面に皮膜を備えた塑性加工用鋼材であって、
    前記皮膜は、鋼材側から順に、
    鋼材成分と、カルシウムまたはマグネシウムの酸化物および水酸化物を含有する第1層と、
    カルシウムまたはマグネシウムの酸化物、水酸化物、炭酸塩、ケイ酸塩、またはホウ酸塩を含有する第2層と、
    を含むことを特徴とする塑性加工用鋼材。
  9. 前記第1層に含まれる鋼材成分は、鋼材側から第2層側に向うにつれて少なくなる請求項8に記載の塑性加工用鋼材。
  10. 前記第1層の厚さが10nm〜10μmであり、前記皮膜の付着量が2g/m2以上である請求項8または9に記載の塑性加工用鋼材。
  11. 請求項8〜10のいずれかに記載の塑性加工用鋼材を塑性加工して得られた塑性加工製品。
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