本発明の一実施形態について説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
<I.急性脳炎または急性脳症の罹患リスク判定データの取得方法>
本発明にかかる急性脳炎または急性脳症の罹患リスク判定データの取得方法(以下、「本発明の判定データ取得方法」ともいう)は、被験者から分離した試料を用いて、該被験者が急性脳炎または急性脳症に罹患するリスクを判定するためのデータを取得するための方法である。
なお、上記被験者は特に限定されるものではなく、急性脳炎または急性脳症に罹患している者(罹患している可能性のある者)であってもよいし、急性脳炎または急性脳症に罹患していない者(罹患している可能性がない者)であってもよい。
本明細書において、「急性脳炎」および「急性脳症」とは、様々なウイルス感染や薬剤が引き金になって起きる意識障害、痙攣、異常行動、異常なおびえや怒り、幻覚などの精神症状きたす疾患が意図される。具体的には、インフルエンザ脳症、ライ症候群、アスピリンやテオフィリンなどの薬剤でおきる脳症、および種々のウイルス感染に惹起された脳症などを包含する。これらの急性脳炎および急性脳症は、疾患を引き起こす原因はそれぞれ異なるが、疾患の基盤的な機序は同一ではあると考えられる。したがって、本発明にかかる判定データ取得方法は、これら急性脳炎および急性脳症の全てについて、罹患リスクを判定する対象とする。
本発明の判定データ取得方法は、具体的には、生体から分離した試料を用いて、カルシウムイオンチャネルのサブユニットをコードする遺伝子群(以下、「カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群」ともいう)に含まれる少なくとも1つの遺伝子について、アミノ酸変化を伴う変異の有無を検出する工程を含んでいればよく、その他の具体的な構成は特に限定されない。
なお、本明細書において、「アミノ酸変化を伴う変異」とは、ミスセンス変異(アミノ酸が置換する)、ナンセンス変異(アミノ酸合成が途中で止まる)、フレームシフト(塩基の挿入、欠失により、変異位置より下流のアミノ酸配列が変化し、本来の機能を有しない)、スプライシング異常(該当エキソン領域の欠失等)、少数塩基挿入・欠失(一部のアミノ酸が新生、脱落するが下流は正常アミノ酸のまま合成)、エキソン領域微小欠失(エキソンが1つもしくは複数欠損)などが意図される。
本発明の判定データ取得方法は、具体的には、例えば、上記変異を検出するために、上記生体から分離した試料を前処理する工程等を含んでいてもよい。
上記カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群とは、カルシウムイオンチャネルを構成する各サブユニットをそれぞれコードする遺伝子からなる群が意図される。カルシウムイオンチャネルとは、電位依存性カルシウムチャネルが意図される。電位依存性カルシウムチャネルは、その電気生理学的性質の相違によって、L型、T型、N型、P/Q型、およびR型の5つに分類される。
L型、N型、およびP/Q型のカルシウムイオンチャネルは大きな脱分極によって活性化される。また、R型は中程度の脱分極によって活性化される。ここでは、L型、N型、P/Q型、およびR型のカルシウムイオンチャネルを総称して、高閾値活性化型カルシウムイオンチャネルともいう。一方、T型カルシウムイオンチャネルは小さな脱分極によって活性化される。ここでは、T型カルシウムイオンチャネルを、低閾値活性化型カルシウムイオンチャネルともいう。
高閾値活性化型カルシウムイオンチャネルは、α1サブユニット、α2/δサブユニット、βサブユニット、およびγサブユニットからなる5量体で構成されている。このうち、α2/δサブユニット、βサブユニット、およびγサブユニットは、修飾サブユニットである。
高閾値活性化型カルシウムイオンチャネルを構成するα1サブユニットは、L型、N型、P/Q型、およびR型のカルシウムイオンチャネルにおいて、それぞれ異なる。L型カルシウムイオンチャネルのα1サブユニットとしては、α1S(NCBIアクセション番号NP_000060、コードする遺伝子:CACNA1S(NCBIアクセション番号NM_000069))、α1C(NCBIアクセション番号NP_000710、コードする遺伝子:CACNA1C(NCBIアクセション番号NM_000719))、α1D(NCBIアクセション番号NP_000711、コードする遺伝子:CACNA1D(NCBIアクセション番号NM_000720))、およびα1F(NCBIアクセション番号NP_005174、コードする遺伝子:CACNA1F(NCBIアクセション番号NM_005183))の4種類が存在する。
N型カルシウムイオンチャネルのα1サブユニットとしては、α1B(NCBIアクセション番号NP_000709、コードする遺伝子:CACNA1B(NCBIアクセション番号NM_000718))の1種類が存在する。P/Q型カルシウムイオンチャネルのα1サブユニットしては、α1A(NCBIアクセション番号NP_000059、コードする遺伝子:CACNA1A(NCBIアクセション番号NM_000068))の1種類が存在する。また、R型カルシウムイオンチャネルのα1サブユニットとしては、α1E(NCBIアクセション番号NP_000712、コードする遺伝子:CACNA1E(NCBIアクセション番号NM_000721))の1種類が存在する。
βサブユニットには、β1(NCBIアクセション番号NP_000714、コードする遺伝子:CACNB1(NCBIアクセション番号NM_000723))、β2(NCBIアクセション番号NP_000715、コードする遺伝子:CACNB2(NCBIアクセション番号NM_000724))、β3(NCBIアクセション番号NP_000716、コードする遺伝子:CACNB3(NCBIアクセション番号NM_000725))およびβ4(NCBIアクセション番号NP_000717、コードする遺伝子:CACNB4(NCBIアクセション番号NM_000726))の4種類のサブタイプが存在する。
α2/δサブユニットは、同一の遺伝子から翻訳された後に修飾を受けてα2サブユニットとδサブユニットとに分かれ、ジスルフィド結合により再会合する。
α2/δサブユニットには、α2/δ1(NCBIアクセション番号NP_000713、コードする遺伝子:CACNA2D1(NCBIアクセション番号NM_000722))、α2/δ2(NCBIアクセション番号NP_001005505、コードする遺伝子:CACNA2D2(NCBIアクセション番号NM_001005505))、α2/δ3(NCBIアクセション番号NP_060868、コードする遺伝子:CACNA2D3(NCBIアクセション番号NM_018398))およびα2/δ4(NCBIアクセション番号NP_758952、コードする遺伝子:CACNA2D4(NCBIアクセション番号NM_172364))の4種類のサブタイプが存在する。
γサブユニットには、γ1(NCBIアクセション番号NP_000718、コードする遺伝子:CACNG1(NCBIアクセション番号NM_000727))、γ2(NCBIアクセション番号NP_006069、コードする遺伝子:CACNG2(NCBIアクセション番号NM_006078))、γ3(NCBIアクセション番号NP_006530、コードする遺伝子:CACNG3(NCBIアクセション番号NM_006539))、γ4(NCBIアクセション番号NP_055220、コードする遺伝子:CACNG4(NCBIアクセション番号NM_014405))、γ5(NCBIアクセション番号NP_055219、コードする遺伝子:CACNG5(NCBIアクセション番号NM_014404))、γ6(NCBIアクセション番号AAK20029、コードする遺伝子:CACNG6(NCBIアクセション番号AF288386))、γ7(NCBIアクセション番号NP_114102、コードする遺伝子:CACNG7(NCBIアクセション番号NM_031896))、およびγ8(NCBIアクセション番号NP_114101、コードする遺伝子:CACNG8(NCBIアクセション番号NM_031895))の8種類のサブタイプが存在する。
これに対して、低閾値活性化型カルシウムイオンチャネルであるT型カルシウムイオンチャネルは、α1サブユニット単独で構成されている。T型カルシウムイオンチャネルのα1サブユニットとしては、α1G(NCBIアクセション番号NP_061496、コードする遺伝子:CACNA1G(NCBIアクセション番号NM_018896))、α1H(NCBIアクセション番号NP_066921、コードする遺伝子:CACNA1H(NCBIアクセション番号NM_021098))、およびα1I(NCBIアクセション番号NP_066919、コードする遺伝子:CACNA1I(NCBIアクセション番号NM_021096))の3種類が存在する。
本発明の判定データ取得方法では、上記例示したようなカルシウムイオンチャネルを構成する各サブユニットをそれぞれコードする遺伝子からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子について、アミノ酸変化を伴う変異の有無を検出すればよい。
中でも、高閾値活性化カルシウムイオンチャネルを構成する各サブユニットをそれぞれコードする遺伝子からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子について、アミノ酸変化を伴う変異の有無を検出することが好ましい。
また、アミノ酸変化を伴う変異の有無を検出する対象となる遺伝子は、高閾値活性化カルシウムイオンチャネルのαサブユニットまたはβサブユニットをコードする遺伝子のいずれかを含むことが好ましく、両方を含むことがより好ましい。
β4サブユニットは、N型カルシウムイオンチャネルのβサブユニットの24%を、P/Q型カルシウムイオンチャネルのβサブユニットの56%を占める(Liu et al., JBC 271 13804-13810 (1996), Scott et al., JBC 271 3207-3212 (1996)を参照)。
L型カルシウムチャネルのα1Cサブユニットは主にβ3サブユニットと結合するがβ2サブユニットとも結合する可能性が示唆されており、L型カルシウムチャネルのα1Dサブユニットは主にβ1サブユニットと結合するがβ2サブユニットとも結合する可能性が示唆されている(Tanaka et al, Molecular Brain Research 30, 1-16, 1995)。
N型カルシウムチャネルのα1Bサブユニットとの結合は56%をβ3サブユニットが、24%をβ4サブユニットが、10%をβ1サブユニットが占めている(Scott et al, JBC 271, 3207-3212, 1996)。
P/Q型カルシウムチャネルのα1Aサブユニットとの結合は48%をβ4サブユニットが、36%をβ3サブユニットが、8%をβ1サブユニットが、7%をβ2サブユニットが占めている(Liu et al, JBC 271, 13804-13810, 1996)。
骨格筋で発現しているα1Sサブユニットは主にβ1サブユニットと結合すると考えられている(Scott et al, JBC 271, 3207-3212, 1996)。
NCBI(National Center for Biotechnology Information)のデータベースによると、β4サブユニットはヒトの骨髄、脳、腎臓、筋肉、胸腺、気管に発現していることが報告されている(2007年9月現在;http://www.ncbi.nlm.nih.gov/UniGene/ESTProfileViewer.cgi?uglist=Hs.614033)。
したがって、β4サブユニットは、αサブユニットα1C、α1D、α1Eと結合する可能性も示唆される。また、β4サブユニットは主にα1Aサブユニットと結合するが、低い割合で他のαサブユニットα1B、α1C、α1Dとも結合する可能性が示唆されている(Tanaka et al, Molecular Brain Research 30, 1-16, 1995)。
T型カルシウムチャネルのα1Gサブユニットは、不完全ながらαサブユニット結合コンセンサス配列(α interaction domain)を持っており、β1サブユニットとだけ相互作用することにより、細胞膜への移動を円滑に行っていると考えられている(Dolphin et al, J. Physiol 519, 35-45, 1999)。
本発明の判定データ取得方法では、上記例示したカルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群に含まれる遺伝子のうち、少なくとも1つについて、アミノ酸変化を伴う変異の有無を検出すればよいが、複数の遺伝子について変異の有無を検出することが好ましい。
上記構成によれば、急性脳炎または急性脳症の罹患リスクをより高精度に判定することが可能なデータを取得することができる。
上記カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群に含まれる遺伝子において検出する変異は、アミノ酸変化を伴うものであればよく、その具体的な変異は特に限定されるものではない。具体的には、変異には、ミスセンス変異(アミノ酸が置換する)、ナンセンス変異(アミノ酸合成が途中で止まる)、フレームシフト(塩基の挿入、欠失によりアミノ酸コドンのフレームがずれ、変異位置より下流のアミノ酸配列が変化し、本来の機能を有しない)、スプライシング異常(該当エキソン領域の欠失等)、少数塩基挿入・欠失(一部のアミノ酸が新生、脱落するが下流は正常アミノ酸のまま合成)、エキソン領域微小欠失(エキソンが1つもしくは複数欠損)が含まれる。また、変異は、遺伝子多型であってもよい。
上記遺伝子における変異の位置は特に限定されるものではないが、カルシウムイオンチャネルの機能(換言すれば、活性)を変化させる位置における変異であることが好ましい。さらに、上記カルシウムイオンチャネルの機能の変化は、特に限定されるものではないが、カルシウムイオンチャネルの機能亢進であることが好ましい。
このような変異としては、具体的には、例えば、上記CACNB4遺伝子(NCBIアクセション番号NM_000726)の塩基配列における開始コドンATGのAを第1位としたとき、第1403位のグアニン(G)の変異、好ましくは第1403位のグアニン(G)のアデニン(A)への置換を挙げることができる。つまり、β4サブユニット(NCBIアクセション番号NP_000717)のアミノ酸配列における第468位のアルギニン(R)の変異、好ましくは第468位のアルギニン(R)のグルタミン(Q)への置換を挙げることができる。
また、これ以外にも、β4サブユニット(NCBIアクセション番号NP_000717)のアミノ酸配列における第104位のシステイン(C)がフェニルアラニン(F)への変異、第482位のアルギニン(R)が停止コドンへの変異等を挙げることができる。なお、これらの変異がカルシウムイオンチャネルの機能を亢進させることは、Escayg A, et al.Am.J.Hum. Genet. 66:1531-1539,2000等に記載されている。
カルシウムイオンチャネルの機能亢進にかかる変異は、上記例示的に示した変異に限定されないことはいうまでもない。
なお、本発明の判定データ取得方法において、変異の有無を検出する対象となる遺伝子は、上記のアクセション番号に登録されている塩基配列に限定されるものではない。つまり、上記例示した遺伝子がコードするタンパク質と実質的に同質の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子について、変異の有無を検出する構成も本発明に含まれる。このような遺伝子としては、具体的には、例えば、上記のアクセション番号に登録されている塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド(遺伝子)であり、該ポリヌクレオチドの翻訳産物がカルシウムイオンチャネルのサブユニットとしての機能を有する遺伝子を挙げることができる。
また、本発明にかかる判定データ取得方法においては、同じ遺伝子から生じるアイソフォームmRNAやタンパク質を変異の有無を検出する対象としてもよい。
本明細書において、「遺伝子」とは、「ポリヌクレオチド」、「核酸」又は「核酸分子」と交換可能に使用されるものである。さらに、本明細書において、「ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズ」するとは、少なくとも90%の同一性、好ましくは少なくとも95%の同一性、最も好ましくは少なくとも97%の同一性が配列間に存在するときにのみハイブリダイゼーションが起こることを意味する。「ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件」の具体的な例として、例えば、ハイブリダイゼーション溶液(50%ホルムアミド、5×SSC(150mMのNaCl、15mMのクエン酸三ナトリウム)、50mMのリン酸ナトリウム(pH7.6)、5×デンハート液、10%硫酸デキストラン、及び20μg/mlの変性剪断サケ精子DNAを含む)中にて42℃で一晩インキュベーションした後、約65℃にて0.1×SSC中でフィルターを洗浄する条件を挙げることができる。また、上記ハイブリダイゼーションは、J.Sambrook et al. Molecular Cloning,A Laboratory Manual,2d Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができ、特に限定されるものではない。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる(ハイブリダイズし難くなる)。
「ポリヌクレオチド」はヌクレオチドの重合体を意味する。したがって、本明細書での用語「遺伝子」には、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖及びアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNA(mRNA等)を包含する。
「DNA」には、例えばクローニングや化学合成技術、又はそれらの組み合わせで得られるようなcDNAやゲノムDNA等が含まれる。すなわち、DNAとは、動物のゲノム中に含まれる形態であるイントロンなどの非コード配列を含む「ゲノム」形DNAであってもよいし、また逆転写酵素やポリメラーゼを用いてmRNAを経て得られるcDNA、すなわちイントロンなどの非コード配列を含まない「転写」形DNAであってもよい。
本発明の判定データ取得方法において、遺伝子の変異の有無を検出する方法は、特に限定されるものではなく、従来公知のあらゆる方法を用いることができる。
具体的には、例えば、PCRを利用したシークエンシング、SSCP(Single strand conformation polymorphism)などの変異検出法、リアルタイムPCRやDNAチップを用いた多型検出方法、遺伝子の各エキソンのmicro−deletionを検出する方法、mRNAの増減を検出するNorthern blot法、RT−PCR法, Real-time PCR法、およびcDNAアレイ法、並びに、タンパク質の増減を検出するウエスタンブロット法、免疫染色法、およびタンパクアレイ法等を挙げることができる。
ここでは、(A)生体から分離された試料に含有されるゲノムDNAを用いて変異を検出する実施形態、(B)生体から分離された試料に含有されるmRNA(cDNA)を用いて変異を検出する実施形態、(C)生体から分離された試料に含有されるタンパク質を用いて変異を検出する実施形態に分けて、より具体的に説明する。
(A)ゲノムDNAを用いる実施形態
生体から分離された試料に含有されるゲノムDNAを用いて変異を検出する実施形態では、まず、被験者から分離された試料から、従来公知の方法を用いて、ゲノムDNAを抽出する。
被験者から分離された試料は、特に限定されるものではなく、ゲノムDNAを抽出可能なものであればよい。具体的には、例えば、血液、骨髄液、毛髪、各臓器、末梢リンパ球、滑膜細胞を挙げることができる。また、被験者から分離した細胞を培養し、増殖したものからゲノムDNAを抽出してもよい。
また、抽出したゲノムDNAは、例えば、PCR(Polymerase Chain Reaction)法、NASBA(Nucleic acid sequence based amplification)法、TMA(Transcription-mediated amplification)法、SDA(Strand Displacement Amplification)法、LAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法、およびICAN(Isothermal and Chimeric primer-initiated Amplification of Nucleic acids)法などの通常行われる遺伝子増幅法により増幅して用いてもよい。
こうして調製されたゲノムDNAを含有する試料を用いて、変異を検出する対象となる遺伝子における変異の有無を検出する方法は、特に限定されるものではないが、例えば、アリル特異的オリゴヌクレオチドプローブ法、オリゴヌクレオチドライゲーションアッセイ(Oligonucleotide Ligation Assay)法、PCR−SSCP法、PCR−CFLP法、PCR−PHFA法、インベーダー法、RCA(Rolling Circle Amplification)法、プライマーオリゴベースエクステンション(Primer Oligo Base Extension)法等を挙げることができる。
より具体的には、例えば、ゲノムDNAから、変異の有無を検出する対象となる遺伝子のエキソンを含む領域、好ましくは変異位置を含むエキソン領域、または、エキソンとイントロンとの境界領域、好ましくは変異位置を含むエキソンとイントロンとの境界領域を増幅後、得られたPCR産物をダイレクトシークエンスすることによって該遺伝子における変異の有無を検出することができる。
また、ゲノムDNAを適当な制限酵素で消化し、切断されたゲノムDNA断片のサイズの違いをサザンブロッティングなどで検出することによっても、遺伝子における変異の有無を検出することができる。
また、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群に含まれる複数の遺伝子について、変異の有無を検出する場合、マルチプレートを用いるなど、従来公知の多サンプルの処理方法を上記方法と組み合わせて用いてもよい。
また、蛍光標識したプライマーを用いて各エキソンを増幅後、ゲル電気泳動やキャピラリー電気泳動法にて各シグナルの強さを検討する方法により、エキソンの欠失を検出することも可能である。
このように、生体から分離された試料に含有されるゲノムDNAを用いて、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群における変異を検出することにより、被験者が急性脳炎または急性脳症に罹患するリスクを判定するためのデータを取得することができる。具体的には、取得されたデータにおいて、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群に変異が見出された場合には、該被験者は急性脳炎または急性脳症に罹患する可能性が高いと判定することができる。
なお、変異の検出方法において使用されるプライマーおよびプローブは、常法により、DNAシンセサイザーなどにより作製することができる。
(B)mRNA(cDNA)を用いる場合
生体から分離された試料に含有されるmRNAを用いて変異を検出する実施形態では、まず、被験者から分離された試料から、従来公知の方法を用いて、mRNAを抽出する。
上記被験者から分離された試料は、特に限定されるものではなく、mRNAを抽出可能であり、変異を検出する対象となる遺伝子を発現している、または発現している可能性があるものであればよい。
具体的には、例えば、患者の末梢血白血球細胞や皮膚線維芽細胞、口腔粘膜細胞、筋細胞が好ましい。
続いて、その抽出したmRNAから逆転写反応によってcDNAを作製する。さらに、得られたcDNAを必要に応じて、例えば、PCR(Polymerase Chain Reaction)法、NASBA(Nucleic acid sequence based amplification)法、TMA(Transcription-mediated amplification)法SDA(Strand Displacement Amplification)法、LAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法、およびICAN(Isothermal and Chimeric primer-initiated Amplification of Nucleic acids)法などの通常行われる遺伝子増幅法により増幅してもよい。
こうして調製されたcDNAを含有する試料を用いて、変異を検出する対象となる遺伝子における変異の有無を検出する方法は、特に限定されるものではないが、例えば、上記ゲノムDNAを用いて遺伝子の変異を検出する場合と同様の方法を用いて、変異を検出する対象となる遺伝子の変異の有無を検出することができる。
このように、生体から分離された試料に含有されるmRNAを用いて、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群における変異を検出することにより、被験者が急性脳炎または急性脳症に罹患するリスクを判定するためのデータを取得することができる。具体的には、取得されたデータにおいて、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群に変異が見出された場合には、該被験者は急性脳炎または急性脳症に罹患する可能性が高いと判定することができる。
(C)タンパク質を用いる場合
生体から分離された試料に含有されるタンパク質を用いて変異を検出する実施形態では、まず、被験者から分離された試料から、従来公知の方法を用いて、タンパク質を抽出する。
上記被験者から分離された試料は、特に限定されるものではなく、タンパク質を抽出可能であり、変異を検出する対象となる遺伝子の翻訳産物(換言すれば、カルシウムイオンチャネル)を発現している、または発現している可能性があるものであればよい。
こうして調製されたタンパク質を含有する試料を用いて、変異を検出する対象となる遺伝子における変異の有無を検出する方法は、特に限定されるものではないが、例えば、変異を検出する対象となる遺伝子の翻訳産物(タンパク質)について、特定の変異をもつポリペプチドのみを特異的に認識する抗体を作製し、該抗体を用いたELISA法やウエスタンブロット法により変異を検出することができる。なお、本明細書において、用語「タンパク質」は、「ポリペプチド」又は「ペプチド」と交換可能に使用される。
また、上記タンパク質を含有する試料から、変異を検出する対象となる遺伝子の翻訳産物(タンパク質)を単離し、直接または必要に応じ、酵素等で切断し、プロテインシークエンサーや、質量分析装置を利用して変異を検出することができる。
さらに、上記タンパク質を含有する試料から、変異を検出する対象となる遺伝子の翻訳産物(タンパク質)を単離し、該ポリペプチドの等電点に基づいて、変異を検出することもできる。
このように、生体から分離された試料に含有されるタンパク質を用いて、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群における変異を検出することにより、被験者が急性脳炎または急性脳症に罹患するリスクを判定するためのデータを取得することができる。具体的には、取得されたデータにおいて、変異を検出する対象となる遺伝子の翻訳産物(タンパク質)に変異が見出された場合には、該被験者は急性脳炎または急性脳症に罹患する可能性が高いと判定することができる。
本発明の判定データ取得方法は、上説した構成を備えているため、該判定データ取得方法により取得したデータによれば、被験者が急性脳炎または急性脳症に罹患するリスクの可能性を事前に診断することができる。そのため、例えば、本発明の判定データ取得方法により取得したデータに基づいて急性脳炎または急性脳症に罹患するリスクが高いから診断された被験者がインフルエンザに罹患した際には、該被験者の急性脳炎または急性脳症の罹患リスクが分かっているため、担当医との連携によりすばやい治療を施すことができる。
つまり、本発明の判定データ取得方法によれば、急性脳炎または急性脳症による死亡率や後遺症の成績を向上させることができる。また、家族の精神的負担や経済的負担を軽減し、さらには適切な治療を施すことによって医療費を削減することができる。
インフルエンザは数年毎に流行するため社会的関心が高い。本発明の判定データ取得方法によれば、インフルエンザ脳症の罹患リスクを判定することが可能であるため、インフルエンザ脳症の予防に好適に用いることができる。
さらに、近年、インフルエンザ患者にタミフルを投与したときに見られる異常行動が問題となっている。本発明にかかる判定データ取得方法は、インフルエンザ患者にタミフルを投与したときに異常行動を起こすリスク判定にも応用することができる。
<II.急性脳炎または急性脳症の罹患リスク判定キット>
本発明には、本発明の判定データ取得方法を用いて、急性脳炎または急性脳症の罹患リスクを判定するためのデータを取得するために用いる急性脳炎または急性脳症の罹患リスク判定キット(以下、単に「本発明の判定キット」ともいう)も含まれる。
本発明の判定キットは、具体的には、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群のうち、少なくとも1つの遺伝子における変異の有無を検出するための試薬を少なくとも含んでいればよく、その他の具体的な構成は特に限定されるものではない。
カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群における変異の有無を検出するための試薬としては、例えば、プライマー、プローブ、および抗体などを挙げることができる。これらの試薬は、単独で含まれてもよく、また、複数の組み合わせで含まれていてもよい。さらに、上記判定キットは、上記例示する試薬以外のその他の試薬を含んでいてもよい。
具体的には、ゲノムDNAを用いて、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群における変異の有無を検出するキットとしては、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群のうち、少なくとも1つの遺伝子のエキソン領域もしくはエキソンとイントロンとの境界領域、またはそれらの一部を増幅できるように設計されたプライマーや、変異型または野生型の一方のエキソン領域もしくはエキソンとイントロンとの境界領域、またはそれらの一部(換言すれば、特定の遺伝子型のエキソンもしくはエキソンとイントロンとの境界領域、またはそれらの一部)のみを特異的に検出できるように設計されたプローブを含む構成を挙げることができる。
さらに、このような判定キットでは、上記プライマーやプローブに加えて、PCR法やサザンブロット法、核酸シークエンシングに用いられる試薬など、上記遺伝子における変異の有無を検出するために必要な試薬を1つ以上組み合わせて含む構成とすることもできる。
なお、上記試薬は、本発明の検出方法に応じて適宜選択採用されるが、例えば、dATP、dCTP、dTTP、dGTP、DNA合成酵素等を挙げることができる。さらに、PCR法やサザンブロット法、核酸シークエンシングに用いることが可能な適当な緩衝液および洗浄液等が含まれていてもよい。
また、mRNA(cDNA)または全RNAを用いて、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群における変異の有無を検出するキットとしては、上記遺伝子群のうち、少なくとも1つの遺伝子のcDNAまたはその一部の領域を増幅できるように設計されたプライマーや、変異型または野生型の一方のmRNAもしくはその一部(換言すれば、特定の遺伝子型のmRNAまたはその一部)のみを特異的に検出できるように設計されたプローブを含む構成を挙げることができる。
さらに、このような判定キットでは、上記プライマーやプローブに加えて、RT−PCR法やノザンブロット法、核酸シークエンシングに用いられる試薬など、上記遺伝子における変異の有無を検出するために必要な試薬を1つ以上組み合わせて含む構成とすることもできる。
なお、上記試薬は、本発明の検出方法に応じて適宜選択採用されるが、例えば、dATP、dCTP、dTTP、dGTP、DNA合成酵素等を挙げることができる。さらに、RT−PCR法やノザンブロット法、核酸シークエンシングに用いることが可能な適当な緩衝液および洗浄液等が含まれていてもよい。
また、タンパク質レベルでカルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群における変異の有無を検出するキットとしては、例えば、該遺伝子群の翻訳産物であるポリペプチド(タンパク質)のうち、野生型または変異型のポリペプチドもしくはその一部の一方のみに特異的に結合する抗体(換言すれば、特定の遺伝子型の翻訳産物であるポリペプチドまたはその一部のみに特異的に結合する抗体)を含むキット等が挙げられる。
さらに、このような判定キットでは、上記抗体に加えて、ELISA法や、ウエスタンブロット法、カルシウムイオンチャネルの活性測定に用いられる試薬など、上記遺伝子における変異(換言すれば、カルシウムイオンチャネルにおける変異)の有無を検出するために必要な試薬を1つ以上組み合わせて含む構成とすることもできる。
また、本発明の判定キットは、上記例示した構成物をどのように組み合わせて含んでいてもよい。
上説したような本発明の判定キットを用いることにより、被験者が急性脳炎または急性脳症に罹患するリスクを、急性脳炎または急性脳症の罹患前に判定するためのデータを取得することができる。
本発明の判定キットが適用される被験者は、特に限定されるものではない。
<III.急性脳炎または急性脳症の治療薬剤のスクリーニング細胞およびその製造方法>
本発明によれば、培養細胞において、カルシウムイオンチャネルのサブユニットをコードする遺伝子群に含まれる少なくとも1つの遺伝子にアミノ酸変化を伴う変異を導入することにより、カルシウムイオンチャネルの活性が変化した細胞を製造することができる。
換言すれば、カルシウムイオンチャネルのサブユニットをコードする遺伝子群の少なくとも1つの遺伝子にアミノ酸変化を伴う変異が導入された形で、カルシウムイオンチャネルのサブユニット遺伝子群が発現する培養細胞を製造することができる。
このような細胞は、急性脳炎または急性脳症の治療薬剤のスクリーニングに好適に用いることができる。つまり、このような細胞は、治療薬剤のスクリーニング細胞ということができる。
したがって、本発明には、このような急性脳炎または急性脳症の治療薬剤のスクリーニング細胞(以下、単に「スクリーニング細胞」ともいう)およびその製造方法も含まれる。
本発明にかかるスクリーニング細胞は、具体的には、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群の少なくとも1つの遺伝子にアミノ酸変化を伴う変異を有する細胞である。
例えば、変異型のカルシウムイオンチャネルを発現するように、カルシウムイオンチャネルのサブユニットをコードする遺伝子群の少なくとも1つの遺伝子にアミノ酸変化を伴う変異が導入されている細胞が挙げられる。
このような細胞では、変異型のカルシウムイオンチャネルが発現しており、カルシウムイオンチャネルの機能が変化している。この機能変化は特に限定されるものではないが異常亢進であることが好ましい。
上記遺伝子群におけるこのような変異および変異を導入する遺伝子については、<I.急性脳炎または急性脳症の罹患リスク判定データの取得方法>で説明した通りであるので、ここでは、詳細な説明は省略する。
本明細書において、「治療薬剤のスクリーニング細胞」とは、ヒトの疾患に対する予防法または治療法を開発するために用いられる実験用培養細胞をいい、具体的には、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、サルなどの哺乳動物、およびその他の脊椎動物が挙げられる。
本発明にかかる急性脳炎または急性脳症の治療薬剤のスクリーニング細胞の製造方法は、上記の特性を有する細胞を製造する方法であり、カルシウムイオンチャネルのサブユニットをコードする遺伝子群に含まれる少なくとも1つの遺伝子にアミノ酸変化を伴う変異を導入する工程を含んでいればよい。
より具体的には、以下の3つの実施形態を挙げることができる。ここでは、以下の3つの実施形態について具体的に説明するが、本発明はこれに限定されない。
(1)発現ベクター等を用いる方法
この方法では、まず、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群(α1サブユニット、α2/δサブユニット、βサブユニット、およびγサブユニット)のうち、少なくとも1つの遺伝子にはアミノ酸変化を伴う変異を含んでいる遺伝子群を、発現ベクター等を用いて、宿主となる培養細胞内において発現させる。これにより、本発明にかかるスクリーニング細胞を製造することができる。
このとき、宿主となる培養細胞はカルシウムイオンチャネルが発現していない細胞であることが好ましい。このような細胞によれば、内在のカルシウムイオンチャネルの影響を受けることがない。
なお、本方法において、その他の具体的な工程、材料、条件、使用装置、および使用機器等については、特に限定されるものではない。
(2)人為的な変異導入を用いる方法
この方法では、カルシウムイオンチャネルを発現している培養細胞に、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群のうち、少なくとも1つの遺伝子にアミノ酸変化を伴う変異を導入する。これにより、本発明にかかるスクリーニング細胞を製造することができる。
上記培養細胞に変異を導入する方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の遺伝子操作技術を適宜組み合わせて用いればよい。
(3)モデル動物を用いる方法
この方法では、まず、カルシウムイオンチャネルのサブユニットをコードする遺伝子群に含まれる少なくとも1つの遺伝子にアミノ酸変化を伴う変異を有するモデル動物を作製する。次に、該モデル動物から組織を摘出し、その組織から培養細胞を作製する。これにより、本発明にかかるスクリーニング細胞を製造することができる。
上記モデル動物は、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群のうち、少なくとも1つの遺伝子に変異が導入されているため、急性脳炎または急性脳症を発症する。すなわち、上記モデル動物は、急性脳炎または急性脳症を人為的に発症させた急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物ということができる。
本発明には、このようなモデル動物、すなわち、急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物、およびその製造方法も含まれる。
本発明にかかる急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物は、具体的には、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群の少なくとも1つの遺伝子にアミノ酸変化を伴う変異を有する。該急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物は、カルシウムイオンチャネルの機能に異常があることが好ましく、その異常が異常亢進であることがより好ましい。
上記遺伝子群におけるこのような変異および変異を導入する遺伝子については、<I.急性脳炎または急性脳症の罹患リスク判定データの取得方法>で説明した通りであるので、ここでは、詳細な説明は省略する。
本明細書において、「モデル動物」とは、ヒトの疾患に対する予防法または治療法を開発するために用いられる実験動物をいい、具体的には、マウス、ラット、ウサギ、サル、ヤギ、ブタ、ヒツジ、ウシ、イヌなどの非ヒト哺乳動物、およびその他の脊椎動物が挙げられる。
本発明にかかる急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物の製造方法は、カルシウムイオンチャネルサブユニット遺伝子群の少なくとも1つの遺伝子にアミノ酸変化を伴う変異が導入されるように、モデル動物の上記遺伝子群を操作する工程を含んでいればよく、その他の具体的な工程、材料、条件、使用装置、および使用機器等については、特に限定されるものではない。
本明細書において、「モデル動物の遺伝子を操作する」とは、従来公知の遺伝子操作技術を用いて、モデル動物の遺伝子を操作することが意図される。具体的には、モデル動物の遺伝子を破壊したり、当該遺伝子に変異を導入したり、当該遺伝子を変異型遺伝子で置換したり、さらには、当該モデル動物に外来遺伝子を導入したり、モデル動物を交雑したりすることをすべて包含する意味である。
本発明にかかる急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物の製造方法によれば、カルシウムイオンチャネルのサブユニットをコードする遺伝子群の少なくとも1つの遺伝子にアミノ酸変化を伴う変異が導入されるように、モデル動物の上記遺伝子群を操作することにより、急性脳炎または急性脳症を発症したモデル動物を製造することができる。
<IV.急性脳炎または急性脳症の治療薬剤のスクリーニング方法>
本発明にかかるスクリーニング細胞、および急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物は、新たな急性脳炎または急性脳症の治療方法や治療薬剤の開発に用いることができる。したがって、本発明には、急性脳炎または急性脳症の治療薬の治療薬剤をスクリーニングする急性脳炎または急性脳症の治療薬剤のスクリーニング方法(以下、単に「スクリーニング方法」ともいう)が含まれる。
ここでは、本発明にかかるスクリーニング方法の一実施形態として、本発明にかかるスクリーニング細胞を用いる実施形態と、本発明にかかる急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物を用いる実施形態について説明するが、本発明はこれに限定されない。
すなわち、例えば、本発明にかかる急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物に代えて、他の急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物を用いる実施形態とすることもできる。
(1)本発明にかかるスクリーング細胞を用いる場合
本発明にかかるスクリーニング細胞に候補薬剤を投与する工程と、該候補薬剤が投与された急性脳炎または急性脳症の治療薬剤のスクリーニング細胞において、カルシウムイオンチャネルの活性が変化したかを判定する工程とを少なくとも含む。
つまり、本実施形態にかかるスクリーニング方法によれば、本発明にかかるスクリーニング細胞に候補薬剤を投与し、当該候補薬剤を投与されたスクリーニング細胞におけるカルシウムイオンチャネルの活性が変化していることを指標として、上記候補薬剤が急性脳炎または急性脳症の治療薬剤となりうるかを判定することができる。
上記候補薬剤は、特に限定されるものではないが、カルシウムイオンチャネルの発現に影響を及ぼすことが期待される化合物、またはカルシウムイオンチャネルの活性に影響を及ぼすことが期待される化合物(例えば、カルシウムイオンチャネルに対する阻害剤や阻害剤の候補物質、または作動薬や作動薬の候補物質)であることが好ましい。
また、上記候補薬剤は、カルシウムイオンチャネルのサブユニットをコードする遺伝子群から選択される少なくとも1つの遺伝子もしくはその核酸配列の一部からなるポリヌクレオチドを含む発現プラスミドベクターもしくはウイルスベクターであってもよい。
このような候補薬剤を本発明にかかるスクリーニング細胞に投与する方法は、特に限定されるものではなく、その候補薬剤の物性等に応じて、それに適した方法を従来公知のものから選択して用いればよい。
また、該候補薬剤が投与されたスクリーニング細胞におけるカルシウムイオンチャネルの活性が変化したか否かを判定する方法は特に限定されるものではなく、電気生理学的測定機器や蛍光色素観察機器などを用いて判定すればよい。
(2)本発明にかかる急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物を用いる場合
本発明にかかる急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物に候補薬剤を投与する工程と、該候補薬剤が投与された急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物の急性脳炎または急性脳症が治癒または改善されたか否かを判定する工程とを含んでいればよい。つまり、本発明にかかる急性脳炎または急性脳症の治療薬剤のスクリーニング方法によれば、急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物に候補薬剤を投与し、当該候補薬剤を投与された急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物において、急性脳炎または急性脳症が治癒または改善していることを指標として、上記候補薬剤が急性脳炎または急性脳症の治療薬剤となりうるかを判定することができる。
上記候補薬剤は、特に限定されるものではなく、(1)本発明にかかるスクリーング細胞を用いる場合と同様の物質を挙げることができる。
このような候補薬剤を本発明にかかる急性脳炎または急性脳症発症モデル動物に投与する方法は、特に限定されるものではなく、その候補薬剤の物性等に応じて、それに適した方法を従来公知のものから選択して用いればよい。
また、該候補薬剤が投与された急性脳炎または急性脳症の発症モデル動物の急性脳炎または急性脳症が治癒または改善されたか否かを判定する方法は特に限定されるものではなく、急性脳炎または急性脳症に特徴的症状を指標に判定すればよい。
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
本発明について、実施例および図1〜図4に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。
〔実施例1:インフルエンザ脳症に罹患した患者の遺伝子解析〕
インフルエンザ脳症に罹患した患者について、脳波測定、聴性脳幹反応測定および遺伝子解析を行った。
まず、インフルエンザ脳症に罹患した患者についての脳波測定の結果について、図1(a)〜(d)に基づいて説明する。
脳波は10−20法という電極配置法で記録した。電極配置記号は頭部の部位を示すもので、一般にFp1,Fp2は前部極、F3,F4は前頭部、C3,C4は中心部、P3,P4は頭頂部、O1,O2は後頭部、F7,F8は前側頭部、T3,T4は中側頭部、T5,T6は後側頭部、Fzは正中前頭部、Czは正中中心部、Pzは正中頭頂部を意味する。
図1(a)は、インフルエンザ脳症を発症して13時間後の痙攣重積時の脳波を示す図である。全ての電極配置記号から、棘徐波複合が連続的に認められ、脳全体の広汎な領域から痙攣発射が出現していることを示している。
その後、図1(b)に示すように、インフルエンザ発症38時間後には、痙攣は収まっているが、すでに、脳波の低電位化が始まっていた。さらに、図1(C)に示すように、インフルエンザ発症62時間後の脳波では、さらに、低電位化が進行した。そして、図1(d)に示すように、7日目には、脳波が平坦になって、急速な病状の進行で脳の全般的な活動停止に近い状態に至った。
また、上記患者について、インフルエンザ脳症を発症して8日目の聴性脳幹反応を調べた。図2(a)〜(c)は、それぞれ、右側を刺激したときの聴性脳幹反応の結果、左側を刺激したときの聴性脳幹反応の結果、および左右両側を刺激したときの聴性脳幹反応の結果を示す。
図2(a)〜(c)に示すように、いずれの刺激に対しても無反応であった。脳波所見、聴性脳幹反応所見、そして自発呼吸の消失や臨床的脳幹反応の消失など総合的に判断して、脳死状態になったと診断された。患者は、多臓器不全も合併し、インフルエンザ脳症を発症して27日目に死亡した。
次に、インフルエンザ脳症に罹患した上記患者について、カルシウムイオンチャネルをコードする遺伝子群の遺伝子解析の結果について説明する。
末梢血ゲノムDNAより、カルシウムイオンチャネルをコードする遺伝子群の各エキソンをPCRにより増幅し、塩基配列の決定を行った。その結果、図3(b)に示すように、カルシウムイオンチャネルβ4サブユニットをコードする遺伝子CACNB4に変異があることが分かった。その変異は、NCBIアクセション番号NM_000726に塩基配列が登録されているCACNB4遺伝子の第1403位のDNA塩基であるグアニン(G)がアデニン(A)に置換された変異(G1403A)であった。
この変異により、NCBIアクセション番号NP_000717にアミノ酸配列が登録されているカルシウムイオンチャネルのβ4サブユニットの第468位のアミノ酸残基であるアルギニン(R)がグルタミン(Q)に置換(R468Q)される。つまり、該変異は、ミスセンス変異であった。
また、このCACNB4遺伝子における変異を、熱性痙攣の既往をもつ父親(図3(a)を参照)を含め、両親についても調べたところ、同様の変異が熱性痙攣の既往をもつ父親にも存在した。なお、図3(a)中、インフルエンザ脳症を発症した患者は矢印で示している。また、FSは熱性痙攣(Febrile seizure)を表す。
さらに、健常者200人について、CACNB4遺伝子における変異の有無を調べたところ、その変異を見出すことはできなかった。
これらの結果から、インフルエンザ脳症に罹患した患者におけるCACNB4遺伝子の変異は、遺伝子多型ではないことが分かった。
次に、これらの変異型遺伝子cDNA発現系を作成し機能解析を行った。具体的には、変異型CACNB4遺伝子(G1403A)および野生型(正常型)CACNB4遺伝子をそれぞれ発現させることによって、変異型カルシウムチャネル(R468Q)および野生型(正常型)カルシウムチャネルを作製した。
より具体的には、NCBIアクセション番号NM_001082276に塩基配列が登録されている骨格筋型カルシウムイオンチャネルα2/δ1サブユニット遺伝子(遺伝子名;CACNA2D1)のcDNAが事前に導入された培養細胞株(BHK細胞)に、NCBIアクセション番号NM_001101693に塩基配列が登録されているα1AサブユニットCACNA1A遺伝子のcDNAと、変異型CACNB4遺伝子(G1403A)または野生型CACNB4遺伝子とを導入し、変異型カルシウムチャネル(R468Q)および野生型カルシウムチャネルを作製した。
そして、該変異型カルシウムイオンチャネルおよび野生型カルシウムイオンチャネルについて、電気生理学的機能解析を行った。
その結果、図4(a)は、変異型カルシウムチャネルおよび野生型カルシウムチャネルの代表的なバリウム電流曲線を示している。図4(b)は、電流−電圧曲線で、カルシウムチャネルが、膜電位の変化に伴って、電流量が変化していくことを示している。(b)では、膜電位を−40mVから50mVまで変化させたときに流れるバリウム電流を測定しており、0mVから40mVの間の膜電位で、変異型カルシウムチャネルでは、野生型カルシウムチャネルよりも有意にバリウム電流が増加していた。このことは変異型カルシウムチャネルの機能亢進を示す結果である。
また、図4(c)に示すように、バリウム電流、細胞の電気容量および電流密度は、野生型カルシウムチャネルと比較して、変異型カルシウムチャネルで増加していた。
また、変異型カルシウムチャネルおよび野生型カルシウムチャネルについて、活性化曲線を比較したところ、図4(d)に示すように、両者に有意な差は見られなかった。
一方、変異型カルシウムチャネルおよび野生型カルシウムチャネルについて、図4(e)は、活性化の時定数タウを比較したものである。−10mVの膜電位の時、野生型カルシウムチャネルよりも、変異型カルシウムチャネルのほうが活性化する時間がわずかだが有意に遅かった。これは、−10mVの膜電位の時、変異型カルシウムチャネルが活性化するまでにより時間がかかることを示している。
さらに、変異型カルシウムチャネルおよび野生型カルシウムチャネルについて、不活性曲線を比較したところ、図4(f)に示すように、両者に有意な差は見られなかった。また、変異型カルシウムイオンチャネルおよび野生型カルシウムイオンチャネルについて、不活性化の時定数タウを比較したところ、図4(g)に示すように、両者に有意な差は見られなかった。
これらの結果から、上記変異型カルシウムチャネルは、チャネルを流れる電流量が大きくなるという変化と−10mVの膜電位の時、活性化するが遅いという特性を持っていた。電流量が大きくなるという変化の方がより顕著なので、総合的に判断し、変異型カルシウムチャネルの機能は亢進していることが明らかになった。
以上の結果、カルシウムイオンチャネルの機能異常が急性脳炎または急性脳症の発症と関連していることが示唆された。すなわち、カルシウムイオンチャネルの変異の有無を検出することにより、被験者が急性脳炎または急性脳症に罹患するリスクを判定するためのデータを取得することが可能になった。
さらに、本実施例から、カルシウムイオンチャネルについて、カルシウムイオンを透過するポアを形成し主に働くのはα1サブユニットであると考えられているが、βサブユニットの変異によっても、そのチャネル機能に異常が生じることが明らかとなった。
つまり、カルシウムイオンチャネルにおいて、βサブユニット、α2/δサブユニット、およびγサブユニットはα1サブユニットの機能を補佐するものであると従来考えられてきたが、これらのサブユニットに異常が生じても、カルシウムイオンチャネルとしてのチャネル機能に変化が生じることが示唆された。
したがって、本実施例では、β4サブユニットにおける変異の有無により、急性脳炎または急性脳症の罹患リスクを判定するためのデータを取得できることを実証したが、カルシウムイオンチャネルを構成するいずれのサブユニットにおける変異の有無を指標としても、急性脳炎または急性脳症の罹患リスクを判定するためのデータを取得できることが分かった。
また、本実施例の結果によれば、カルシウムイオンチャネルにおける上記変異は、急性脳炎または急性脳症でよく見られる症状(意識障害、けいれん、異常行動)や、多臓器不全をうまく解釈することができる。この点について、以下具体的に説明する。
カルシウムイオンチャネルについては、α1サブユニットには10種類の遺伝子が存在し、それら10種類の遺伝子は、組織特異的に発現している。さらに、βサブユニットにも4種類、α2/δサブユニットにも4種類の遺伝子が存在する。これらサブユニットは、それぞれ、特定の組み合わせで主に結合しているが、メイン以外の組み合わせで結合することも知られている。
β4サブユニットは、10種類のα1サブユニットのうち、5種類のα1サブユニット(α1B、α1A、α1C、α1D、α1E)と結合する可能性がある。α1BはN型カルシウムイオンチャネルを構成するαサブユニットである。α1Aは、P/Q型カルシウムイオンチャネルを構成するαサブユニットである。α1Cおよびα1Dは、L型カルシウムイオンチャネルを構成するαサブユニットである。さらに、α1EはR型カルシウムイオンチャネルを構成するαサブユニとである。
このように、β4サブユニットは、多くのタイプの高閾値活性化型カルシウムイオンチャネルに結合している。したがって、β4サブユニットをコードするCACNB4遺伝子の変異(異常)は、多くのタイプのカルシウムイオンチャネルの機能異常を引き起こすと考えられる。
つまり、β4サブユニットに変異のある場合、様々なタイプのカルシウムイオンチャネルに異常が生じるため、さまざまな組織に異常が発生し、多臓器細胞の細胞死を誘導したり、意識障害、けいれん、異常行動といった症状を呈したりするものと考えられる。
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。