JP2008249068A - 電磁クラッチ - Google Patents

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Abstract

【課題】磁気回路における磁束の流れを効率的にするとともに、偏りなく磁気飽和させることで、過大な励磁電流が流れても伝達するトルクを所定の範囲に制限することができる電磁クラッチを提供する。
【解決手段】電磁クラッチ1において、スリット(S1〜S3)に対向するアーマチュア150およびロータ220の部分において円周方向で切り取られる円周面A、Bの面積と、そのスリットによって半径方向で隔てられるアーマチュア150およびロータ220の円環形状の吸引面C、Dの面積とを等しくする。すなわち、円周面A、円周面B、吸引面C、吸引面Dの面積を、それぞれSA、SB、SC、SDとすると、SA=SB=SC=SDとする。
【選択図】図4

Description

本発明は、磁気回路における磁束の流れを効率的にするとともに、偏りなく磁気飽和させることで、伝達するトルクを所定の範囲に制限することができる電磁クラッチに関する。
まず、電磁クラッチの動作原理を簡単に説明する。電磁クラッチのトルクの発生源は、例えばモータであり、モータからのトルクはウォームギアを経由し、回転速度が落され、トルクが大きくされてから、電磁クラッチのロータ(回転部材)に伝わる。電磁クラッチのコイルに通電しない場合はロータだけが回転するが、コイルに通電すると、アーマチュア(吸引部材)がロータに吸引される。アーマチュアからはシャフトにトルクが伝達される構造とされているから、上記アーマチュアがロータへ吸引されることにより、シャフトへトルクが伝達される。
この電磁クラッチにおいて、ロータがアーマチュアを吸引する力(吸引力)を適切に発生させるために、アーマチュアとロータとに円周方向に周回する(延長して存在する)スリット(磁気遮断長穴)を形成する構造が知られている(例えば、特許文献1を参照)。この構造によれば、コイルで発生される磁束が、ロータとアーマチュアとの間を折り返すように往復する。こうすることで、ロータとアーマチュアとの間に働く磁気的な吸引力を効率良く発生させている。
また、スリットを設けることで、ロータとアーマチュアとの間の吸引する面は、複数の円環形状の吸引面に隔てられるが、これらの吸引面の面積を調整することで、ロータとアーマチュア間に働く吸引力が最大になるようにする工夫が特許文献2に記載されている。
特開平02−304221号公報(要約書) 特開2002―039220号公報(要約書)
ところで、最近は自動車のスライドドアやバックドアなどの駆動に用いられる電磁クラッチの周辺部品は厳しいコストダウンを要求されている。そのため、電磁クラッチの周辺部品の材料は、例えば樹脂などのように、価格が安く、強度が弱い材料になっていく傾向にある。一方、電磁クラッチの環境温度や電源電圧などの値が取り得る範囲は広いため、この範囲で過剰なトルクが出て周辺部品を壊したり、逆にトルクが小さくなりすぎたりしないことが要求される。
電磁クラッチの吸引力は、電磁コイルに流す電流に依存する。しかし、バッテリーを電源とした場合、その電流はバッテリーの電圧と環境温度により変動する。一般的に自動車の場合は、電磁コイルの電源として途中に安定化回路などを設けない車載のバッテリーが用いられる。このバッテリーの電圧は、例えば9〜16Vの範囲で変動する。そのため、環境温度が同じ場合にはバッテリーの電圧が高くなると電磁コイルに流れる電流は増加する。一方、環境温度は、例えば−30〜80℃といった広い範囲で変動する。そのため、バッテリー電圧が同じ場合には環境温度が高くなるとコイルの巻き線の電気抵抗が高くなり電流は減少する。したがって、電磁クラッチの吸引力をこれらの範囲内に適応させることが必要である。
特に電磁コイルに流れる励磁電流が過多となり、設定値を超える伝達能力が発揮される事態は、上述した低コスト化の問題とも絡み、ギアその他部材の破損を招く。この問題に対しては、所定以上のトルクが伝わらないようにするトルクリミッター装置を別途配置し、対処する方法がある。しかしながら、これらの方法は、高コスト化を招くので、より低コストでこの問題に対処できる技術が必要とされている。
また、前述のスライドドアの場合は、ドアに手や物が挟まって事故が起こらないように駆動トルクが制限されるが、環境の変化に起因して吸引力が増大し、過剰なトルクが伝達される危険性がある。この問題に対しては、上述したトルクリミッターやドア側に配置されたセンサによる駆動モータの制御機構により、事故の発生が防止される仕組みとされている。しかしながら、過剰な電源電圧をも考慮した安全装置の構成は、高コスト化を招くので、より低コストでこの問題に対処できる技術が必要とされている。
ここで、特許文献2によれば、スリットの面積を適当な範囲とすることが記載されているものの、その目的は電磁クラッチの吸引力を最大化することであり、励磁電流の増大に伴う過剰なトルクの伝達を防止することについては考慮されていない。
本発明の目的は、上記問題点に鑑み、磁気回路における磁束の流れを効率的にするとともに、偏りなく磁気飽和させることで、伝達するトルクを所定の範囲に制限することができる電磁クラッチを提供することにある。
請求項1に記載の発明は、アーマチュアと、前記アーマチュアを吸引するロータと、前記アーマチュアおよび前記ロータにおいて円周方向に周回する複数のスリットと、前記アーマチュアと前記ロータとが対向する部分に形成される円環形状を有する複数の吸引面とを備え、前記吸引面の少なくとも一つの面積と、前記複数のスリットの少なくとも一つに対向する前記アーマチュアまたは前記ロータの部分において円周方向で切り取られる円周面の面積とが略等しいことを特徴とする電磁クラッチである。
請求項1に記載の発明によれば、アーマチュアおよびロータの少なくとも一方における半径方向に磁束が通る断面(円周面)の面積と、アーマチュアとロータとの間において磁束が通る面(吸引面)の面積の少なくとも一つを略等しくすることにより、磁気回路の複数の箇所において、略同時に磁気飽和が発生する。このため、励磁電流の増加に対するアーマチュアとロータ間の磁気的な吸引力の増加量が飽和する傾向を顕著に得ることができる。この結果、ロータからアーマチュアに伝わるトルクも飽和傾向を示し、すべりを伴った摩擦状態となる。したがって、電源電圧や環境温度などが変化しても、伝達するトルクを所定の範囲に制限し、樹脂性のギアなどの破損を防止することができる。
また、例えばドアに手や物を挟んだ場合、電源電圧や環境温度などにより励磁電流が増加していても、吸引力の飽和傾向が顕著に現れるので、過剰なトルクの伝達による事故の発生を防止することができる。
ここで、「略等しい」とは、比較する2つの面積の値が、この2つの面積の中央値に対して±25%の範囲内にあること、さらに望ましくは、吸引面の面積を、円周面の面積に対して、±25%の範囲内とすることをいう。また、「略同時」とは、吸引力が過剰となる供給電圧値の±10%の電圧変化に要する時間以内のことを意味する。なお、選択される円周面および吸引面は、最低各1箇所であるが、その数は複数であることが望ましい。
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の発明において、前記円周面は、前記アーマチュアと前記ロータにおいて、対向する前記スリットの回転軸側の回転軸側壁面の位置で円周方向に切り取られる円周面であることを特徴とする。
請求項2に記載の発明において、アーマチュアおよびロータの厚みが一定の場合に、スリットの回転軸側の側壁面の位置で円周方向に切り取られる円周面は、そのスリットに対向するアーマチュアおよびロータの部分のうち、磁束が通る最小面積となる。この円周面の面積と吸引面の面積とを略等しくすることにより、その円周面および吸引面は、略同時に磁束飽和を発生するようになる。したがって、吸引力を早期に飽和状態にし、伝達するトルクを所定の範囲に制限する作用を効果的に得ることができる。
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の発明において、前記吸引面は、2つ以上設けられていることを特徴とする。
請求項3に記載の発明においては、吸引面の数を増やすと、磁束がアーマチュア/ロータ間を迂回する回数が増えるため、電源電圧や環境温度によって励磁電流が少なくなった場合でも、最低限の吸引力を維持することができる。さらに、これら複数の吸引面の面積を合わせることで、磁気回路において偏りなく磁気飽和が発生するため、過剰なトルクの伝達を効果的に抑制することができる。
請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか一項に記載の発明において、前記吸引時において、前記円周面および前記吸引面は、励磁電流が所定の値に達した段階で略同時に磁気飽和を示すことを特徴とする。
請求項4に記載の発明によれば、吸引時において、円周面および吸引面において略同時に磁気飽和を示すため、吸引力の増大傾向が飽和し、伝達するトルクを所定の範囲に制限することができる。
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれか一項に記載の発明において、電磁コイルを収納するステータヨークと、前記ロータに設けられ、前記ステータヨークの外周を覆う外周壁とを備え、前記外周壁において回転軸に垂直な面で切った円環部分の面積は、前記円周面および前記吸引面の面積に略等しいことを特徴とする。
請求項5に記載の発明においては、ロータの外周壁において回転軸に垂直な面で切った円環部分の面積を、他の吸引面や円周面の面積に略一致させている。このような態様は、最も外側に位置するスリットの外径がプレス加工または鍛造加工の工程により制限され、そのスリットの外側の吸引面の面積を他の円周面または吸引面の面積に略等しくできない場合にも、磁気飽和を有効に機能させることができる。また、磁気飽和する箇所がさらに増えるため、励磁電流の増加に対して伝達されるトルクの飽和傾向をより顕著に得る効果が得られる。
請求項6に記載の発明は、請求項1〜5のいずれか一項に記載の発明において、電磁コイルを収納するステータヨークを備え、前記ステータヨークを構成する外周壁において回転軸に垂直な面で切った円環部分の面積は、前記円周面および前記吸引面の面積に略等しいことを特徴とする。
請求項6に記載の発明においては、ステータヨークの外周壁において回転軸に垂直な面で切った円環部分の面積を、他の吸引面や円周面の面積に略一致させている。このような態様は、最も外側に位置するスリットの外径がプレス加工または鍛造加工の工程により制限され、そのスリットの外側の吸引面を小さくできないような場合に、磁気飽和を効果的に発生させるのに役立つ。また、磁気飽和する箇所がさらに増えるので、励磁電流の増加に対して伝達されるトルクの飽和傾向をより顕著に得る効果が得られる。
請求項7に記載の発明は、アーマチュアと、前記アーマチュアを吸引するロータと、前記アーマチュアおよび前記ロータにおいて円周方向に周回する複数のスリットと、前記アーマチュアと前記ロータとが対向する部分に形成される円環形状を有する複数の吸引面とを備え、前記吸引面の少なくとも一つと、前記複数のスリットの少なくとも一つに対向する前記アーマチュアまたは前記ロータの部分において円周方向で切り取られる円周面とは、吸引時において、励磁電流が所定の値に達した段階で略同時に磁気飽和を示すことを特徴とする電磁クラッチである。
請求項7に記載の発明によれば、吸引時において励磁電流が所定の値に達した段階で、円周面と吸引面が略同時に磁気飽和を示すため、吸引力の増大傾向も飽和状態になる。したがって、ロータに伝達される過剰なトルクは、アーマチュアに伝達されず、トルクを所定の範囲に制限することができる。
請求項8に記載の発明は、請求項1〜7のいずれか一項に記載の発明において、前記吸引する力を発生するための電磁コイルを備え、前記ロータはモータにより駆動され、前記モータと前記電磁コイルは、共通のバッテリーから直接電圧を供給することにより駆動されることを特徴とする。
請求項8に記載の発明によれば、モータおよび電磁コイルは、安定化回路を介さずに共通のバッテリーから直接電圧を供給されるため、何らかの理由により電源の電圧が高くなった場合には、モータの駆動トルクが増加するとともに、電磁クラッチの励磁電流も増加する。励磁電流があるレベルに達した段階で、吸引力は飽和状態となるため、ロータのトルクがアーマチュアに伝達し難い状態となる。すなわち、電磁クラッチがトルクリミッターとして機能し、電源電圧の上昇に伴う過剰なトルクの伝達が防止される。これにより、樹脂性のギア部品の破損等を防止することができる。
請求項9に記載の発明は、請求項1〜8のいずれか一項に記載の発明において、電磁コイルを収納するステータヨークを備え、少なくとも前記アーマチュア、前記ロータおよび前記ステータヨークは磁路を形成し、前記円周面および前記吸引面は、前記磁路における最小の面積であることを特徴とする。
請求項9に記載の発明によれば、電磁コイルに供給する電流値を増加させていった場合に発生する磁気飽和を上記円周面および吸引面において最初に起こすことができる。つまり、電磁コイルの作る磁力が強くなっていく段階において、最初の磁気飽和を磁路の複数の部分で略同時に発生させることができる。このため、吸引力の飽和傾向をより明確に得ることができる。
本発明の電磁クラッチによれば、磁気回路の効率化を図るとともに、磁気飽和の偏りを少なくし、伝達するトルクを所定の範囲に制限することができる。したがって、樹脂性のギアなどの強度の弱い部品の破壊やスライドドアに手や物が強く挟まれるなどの事故を防止することができる。
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
1.第1の実施形態
(第1の実施形態の構成)
図1は、第1の実施形態に係る電磁クラッチの一例を示す断面図である。図2は、第1の実施形態に係る電磁クラッチの分解断面図である。図3(A)は、アーマチュアの上面図と断面図である。図3(B)は、ロータの上面図と断面図である。
図1および図2には、電磁クラッチ1が示されている。電磁クラッチ1は、第1動力伝達装置100、第2動力伝達装置200および磁束発生装置300を備えている。第1動力伝達装置100、第2動力伝達装置200および磁束発生装置300は、同心軸上に配置されており、第1動力伝達装置100、第2動力伝達装置200は、軸Oを中心に回転可能である。電磁クラッチ1は、磁束発生装置300の作用により第1動力伝達装置100を第2動力伝達装置200に吸引させ、第2動力伝達装置200のトルクを第1動力伝達装置100に伝達する。
第1動力伝達装置100は、第2動力伝達装置200の上方に配置され、シャフト110、Cリング120、固定部材130、リベット131、板ばね140、アーマチュア150およびスペーサ160を備えている。第1動力伝達装置100は、第2動力伝達装置200のトルクを外部の駆動系に伝達する装置である。
シャフト110は、棒状の円柱部材である。シャフト110の略中央の係止部111は、固定部材130を軸O方向で係止して第2動力伝達装置200との距離を保つ。一方、シャフト110の下端の溝にはCリング120が嵌合している。Cリング120は、第2動力伝達装置200と磁束発生装置300を軸O方向で係止する。シャフト110は、第1動力伝達装置100と第2動力伝達装置200が回転する中心軸として機能する。
固定部材130は、半径方向で切り取られる断面が略L字型の円筒部材であり、シャフト110の係止部111の上方に固定されている。固定部材130は、回転方向の相対変位ができないようにシャフト110に板ばね140とアーマチュア150を固定する。
板ばね140は、固定部材130に比して薄くて径が大きく、中央に開口部を形成した円板状の弾性部材である。板ばね140は、リベット131により固定部材130下面に固定されている。板ばね140は、その弾性力により吸引された第1動力伝達装置100を軸O方向に離間する。
アーマチュア150は、中央に開口部を形成した円板状の鉄などの磁性材料で形成される。アーマチュア150は、板ばね140の下面に固定され、その固定はリベット151により補強されている。アーマチュア150は、第2動力伝達装置200に吸引されてトルクをシャフト110に伝達する。
アーマチュア150は、円周方向に周回するスリットS3によって、内側円筒体152および外側円筒体153に分離されている。内側円筒体152と外側円筒体153とは、3箇所の接続部154によって接続されている。つまり、スリットS3は、3箇所の接続部154によって3分割されている。内側円筒体152および外側円筒体153の下面は、第2動力伝達装置200の上面に吸引される。
第2動力伝達装置200は、第1動力伝達装置100と磁束発生装置300の間に配置され、ベアリング210、ロータ220およびウォームホイール230を備えている。第2動力伝達装置200は、図示省略したモータなどのトルク発生源により軸Oを中心に回転する。
ベアリング210は、シャフト110の外側に設けられている。ベアリング210は、シャフト110およびロータ220の回転を滑らかにして、摩擦によるエネルギー損失、発熱を低減する。
ロータ220は、中央に開口部を形成し、半径方向で切り取られる断面において略逆U字型の円板体であり、アーマチュア150と同じ透磁率の磁性材料で形成される。ロータ220は、その外側にウォームホイール230を接続している。ロータ220は、ウォームホイール230の回転により回転軸Oを中心に回転する。
ロータ220は、円周方向に周回する内側のスリットS1および外側のスリットS2によって、内側円筒体221、中側円筒体222および外側円筒体223に分離されている。内側円筒体221と中側円筒体222とは、3箇所の接続部224によって接続されている。中側円筒体222と外側円筒体223とは、3箇所の接続部225によって接続されている。つまり、スリットS1は、接続部224により3分割され、スリットS2は、接続部225により3分割されている。接続部224は、ロータ220の内側円筒体221と中側円筒体222を接続し、接続部225は、ロータ220の中側円筒体222と外側円筒体223を接続する。内側円筒体221、中側円筒体222および外側円筒体223の上面は、アーマチュア150の内側円筒体152および外側円筒体153の下面を吸引する。
アーマチュア150のスリットおよびロータ220のスリットは、半径方向において互い違いの位置に設けられている。すなわち、回転軸O側から順に、ロータ220のスリットS1、アーマチュア150のスリットS3、およびロータ220のスリットS2が並んでいる。また、半径方向において隣り合うスリットは、所定の距離を隔てている。この構造によれば、アーマチュア150側の内側円筒体152および外側円筒体153と、ロータ220側の内側円筒体221、中側円筒体222および外側円筒体223との互いに対向する部分が吸引面となる。これら吸引面は、スリットS1よりも回転軸O側の吸引面と、スリットS1とスリットS3との間の吸引面と、スリットS3とスリットS2との間の吸引面と、スリットS2よりも外側の吸引面という4箇所が形成されている。
これら4箇所の吸引面は、それぞれ所定の内径および外径を有する円環形状を有している。これら4箇所の吸引面は、アーマチュア150においては、その内側円筒体152に2箇所、外側円筒体153に2箇所が形成されている。また、これら4箇所の吸引面は、ロータ220においては、その内側円筒体221に1箇所、中側円筒体222に2箇所および外側円筒体223に1箇所形成されている。そして、内側円筒体221に形成された吸引面は、中側円筒体222に形成された吸引面よりも高さが低く、アーマチュア150の下面からの距離が最も遠い吸引面とされている。中側円筒体222に形成された吸引面は、外側円筒体223に形成された吸引面よりも高さが低くされている。すなわち、4箇所の吸引面のうち外側円筒体223に形成された吸引面は、アーマチュア150の下面に一番近い位置にあり、アーマチュアとの接触は、この吸引面において行われる。
ウォームホイール230は、円筒状のギアであり、ロータ220の外周壁に設けられている。ウォームホイール230のギアは、図示省略したウォームと噛み合う。ウォームの駆動軸は、モータなどのトルク発生源に接続している。ウォームホイール230は、トルク発生源のトルクをロータ220に伝達して回転させる。
磁束発生装置300は、第2動力伝達装置200の下方に配置され、ハウジング310、ステータヨーク320、磁束発生部330およびベアリング340を備えている。磁束発生装置300は、磁束発生部330が磁束を発生させることにより、第1動力伝達装置100のアーマチュア150を第2動力伝達装置200のロータ220に吸引させる装置である。ここで、ベアリング210とベアリング340の2つのベアリングの内輪の間には、スペーサ160が設置され、これら2つのベアリングの外輪同士が相対回転できるように、それらの間の間隔を確保している。
ハウジング310は、円板部材311および円筒部材312を備えており、アーマチュア150およびロータ220と同じ透磁率の磁性材料で形成されている。ハウジング310は、円板部材311の中央に開口部を形成し、その円板部材311の開口部に円筒部材312が圧着された状態で形成されている。すなわち、ハウジング310は、半径方向において断面が略L字型に形成されている。ハウジング310は、基台として電磁クラッチ1を支え、ステータヨーク320を収納する。
ステータヨーク320は、中央に開口部を形成した略円筒状で、かつ半径方向において断面が略U字型に形成されている。ステータヨーク320は、円板部材311の上方でかつ円筒部材312の外側に設けられており、固定部材313により円板部材311に固定されている。また、ステータヨーク320は、アーマチュア150、ロータ220およびハウジング310と同じ透磁率の磁性材料で形成されている。ステータヨーク320は、ステータヨーク320内に磁束発生部330を収納する。
磁束発生部330は、電磁コイル331、ボビン332およびコイルリード線333を備えている。ボビン332は、中央に開口部を形成した略円筒状で、かつ半径方向において断面が略コの字型に形成されており、ステ−タヨーク320内に位置している。電磁コイル331は、ボビン332に円周方向で巻きつけられた状態で固定されている。電磁コイル331は、コイルリード線333を介して通電し、磁束を発生させる。この磁束の発生によりロータ220がアーマチュア150を吸引するが、この吸引力は電磁コイル331に流す電流に依存し、その電流は、バッテリーの電圧と環境温度により変動する。
例えば、バッテリーの電圧が高くなると電磁コイル331に流れる電流が多くなり、ロータ220がアーマチュア150を吸引する吸引力は増大する。また、環境温度が高くなると、電磁コイル331の巻き線の電気抵抗が高くなるため、電流は少なくなりロータ220がアーマチュア150を吸引する吸引力は低下する。
また、磁束発生部330は、電磁コイル331への通電により生じる磁束についての磁束の通り道(磁路)Xを形成させる。この磁路Xは、図1に示すようにアーマチュア150、ロータ220およびハウジング310により形成される。特に、アーマチュア150およびロータ220において、磁路Xは、アーマチュア150とロータ220との間を折り返すように往復する。このように磁路Xが往復するのは、アーマチュア150のスリットS3、ロータ220のスリットS1およびスリットS2に磁束が遮られるからである。
すなわち、磁路Xは、図1に示すように、ロータ220の径方向でスリットS1およびスリットS2のある所では、スリットS1およびスリットS2を迂回してアーマチュア150の内側円筒体152および外側円筒体153を通る。また、磁路Xは、図1に示すように、アーマチュア150の径方向でスリットS3のある所では、スリットS3を迂回してロータ220の中側円筒体222を通る。
このように磁束がロータ220からアーマチュア150、アーマチュア150からロータ220というようにロータ220とアーマチュア150との間を屈曲して貫くため、ロータ220とアーマチュア150との間で吸引力が強力になる。そのため、電磁コイル331への通電を行うと、ロータ220にアーマチュア150が吸引され、板ばね140がロータ220側に曲がり、アーマチュア150の外側円筒体220のスリット2より外側部分は、ロータ220に接触する。この結果、アーマチュア150とロータ220は摩擦結合して共に回転し、ロータ220に伝達されたトルクがアーマチュア150に伝達される。
ベアリング340は、円筒部材312の内側に設けられており、シャフト110の回転を滑らかにして、摩擦によるエネルギー損失、発熱を低減する。
以上説明したアーマチュア150、ロータ220、ステ−タヨーク320およびハウジング310が、磁気回路を構成する。
(第1の実施形態に係る電磁クラッチの特徴)
ここで、第1の実施形態に係る電磁クラッチの特徴となる構造について図4〜7を用いて説明する。図4は、第1の実施形態に係るアーマチュアとロータの結合部の拡大断面図である。図5は、円周面の面積を説明するアーマチュアまたはロータの斜視図である。図6は、吸引面の面積を説明するアーマチュアおよびロータの上面図および断面図である。図7は、吸引力と励磁電流の関係を示すグラフである。
まず、第1の実施形態に係る電磁クラッチは、スリットに対向するアーマチュアおよびロータの部分において円周方向で切り取られる円周面の面積と、そのスリットによって半径方向で隔てられるアーマチュアおよびロータの円環形状の吸引面の面積とを等しくしている。
言い換えれば、アーマチュアおよびロータを半径方向に貫く磁束の断面積(磁路Xの断面積)と、アーマチュアとロータ間を円環形状の部分で貫く磁束の断面積とを等しくしている。この円周面の面積と吸引面の面積とを等しくすることによって、磁気飽和が偏りなく起こる。この円周面の一例を図4に示す。
円周面Aは、スリットS1に対向するアーマチュア150の内側円筒体152においてスリットS1の回転軸O側の壁面の位置で円周方向に切り取られる円周の側面である。円周面Bは、スリットS3に対向するロータ220の中側円筒体222において、スリットS3の回転軸O側の壁面の位置で円周方向に切り取られる円周の側面である。吸引面Cは、スリットS1とスリットS3との間の吸引面である。吸引面Dは、スリットS3とスリットS2との間の吸引面である。
第1の実施形態に係る電磁クラッチ1は、円周面A、円周面B、吸引面C、吸引面Dの面積を、それぞれSA、SB、SC、SDとすると、以下の数1の式ように構成するものである。
Figure 2008249068
この円周面および吸引面の面積は極力高い精度で等しいことが望まれるが、アーマチュアおよびロータの材料特性、製造公差を考慮すると、最大でも中央値に対して±25%の範囲内、好ましくは中央値に対して±15%の範囲内、さらに好ましくは中央値に対して±10%の範囲内とすることが好ましい。また、鋼板の入手性の問題から、使用する鋼板の厚みが最初に決まる場合、円周面の面積(S)と吸引面(S)の面積の比率は、以下の数2の範囲内、好ましくは数3の範囲内、より好ましくは数4の範囲内となるようにする。
Figure 2008249068
Figure 2008249068
Figure 2008249068
ところで、円周面の面積Sは、図5に代表して示すように半径Rと高さDから、以下の数5の式で表される。
Figure 2008249068
したがって、円周面Aの面積SAは、図6に示すように半径がR、アーマチュア150の厚さをTとすると、以下の数6の式で表される。
Figure 2008249068
同様に、円周面Bの面積SBは、図6に示すように半径がR、ロータ220の厚さをTとすると、以下の数7の式で表される。
Figure 2008249068
また、吸引面Cの面積SCは、図6に示すように半径がRの円の面積から半径がRの円の面積を引いたものに等しいので、以下の数8の式で表される。
Figure 2008249068
同様に、吸引面Dの面積SDは、図6に示すように半径がRの円の面積から半径がRの面積を引いたものに等しいので、以下の数9の式で表される。
Figure 2008249068
さらに、ステータヨークの外周壁において回転方向に切り取られる円環部分の面積SEを、円周面の面積と吸引面の面積に等しくしてもよい。すなわち、以下の数10の式のようになる。
Figure 2008249068
この円環部分の一例を図4に示す。この円環部分Eの面積SEは、半径がRの円の面積から半径がRの面積を引いたものに等しいので、以下の数11の式で表される。
Figure 2008249068
そして、前述の円周面Aおよび円周面Bは、そのスリットの回転軸側の壁面の位置で円周方向に切り取られる円周の側面である。アーマチュアおよびロータの厚さが半径方向において同じ場合には、そのスリットの回転軸側の壁面の位置が、磁束が通る最小面積となる。この円周面の面積と吸引面の面積とを等しくすることによって、円周面および吸引面において同時に磁気飽和が開始することとなる。
また、円環部分Eは、磁気回路を構成する一部であり、回転軸から最も離れたスリットS2よりも外周部分において、磁束が通る最小面積である。
言い換えれば、これら円周面A、円周面B、吸引面C、吸引面Dおよび円環部分Eは、各部において磁束が通る最小面積である。つまり、図6において半径R未満の磁気回路においては、円周面Aが磁束が通る最小面積である。また、半径R以上R未満の磁気回路においては、吸引面Cが磁束が通る最小面積である。また、径R以上R未満の磁気回路においては、円周面Bが磁束が通る最小面積である。また、径R以上R未満の磁気回路においては、吸引面Dが磁束が通る最小面積である。また、径R以上の磁気回路においては、円環部分Eが磁束が通る最小面積である。すなわち、磁路Xにおいて磁束が通る面積のうち、円周面A、円周面B、吸引面C、吸引面Dおよび円環部分Eの面積が最小面積となっている。
電磁気学によれば、電磁クラッチの吸引力は吸引面における磁束密度の平方と吸引面の面積の積とに比例する。さらに、磁束密度は主に励磁電流、磁気回路の材料特性および磁束が通る最小面積で決定される。上記の構成によれば、磁気回路を構成する材料を同じにし、円周面A、円周面B、吸引面C、吸引面Dおよび円環部分Eの面積を等しくしているため、励磁電流が増えると、それら部分で同時に磁気飽和が発生する。また、磁気飽和する箇所が多いため、吸引力の飽和傾向が顕著になり、吸引力が励磁電流に単純比例して増え続けることはない。つまり、励磁電流があるレベルを超えると、電磁クラッチで伝達されるトルクは、飽和傾向となる。
図7は、この吸引力の飽和傾向を示すグラフである。図7には、電磁コイル331に流れる励磁電流と、アーマチュア150とロータ220との間に働く吸引力との関係が示されている。図中の■で示す本発明利用例は、電磁クラッチ1に係る各定数を下記数12の関係としている。
Figure 2008249068
一方、▲で示す比較例は、電磁クラッチ1に係る各定数を下記数13の関係としている。
Figure 2008249068
本発明利用例も比較例も、共にSAが各面積の中で最小であり、SDとSEについてはSAに対する相対的な面積は両方の例で共通である。本発明利用例では、SCについてSAと等しい面積にしているのに対して、比較例ではSCはSAよりも1.5倍大きく設定されている。一方、SBについては、本発明利用例がSAの1.5倍の面積とされているのに対し、比較例では、約1.333SAとされており、比較例の方がむしろ面積は小さくされている。
図7のグラフに示されるように、本発明利用例では、吸引力の飽和傾向が顕著に現れている。すなわち、ある段階から励磁電流の増加に対して吸引力の増加が鈍くなる傾向が明確に現れている。これは、磁路の最小断面となる2箇所において、面積を等しくしているため、磁気飽和がその2箇所で同時に起こり、磁気飽和の影響が吸引力の飽和傾向に明確に現れるためであると推察される。一方、比較例の場合は、吸引力の飽和傾向がそれ程明確でない。これは、励磁電流の増加に伴って磁気飽和が磁路の各所で段階的に発生するためであると推察される。このように、比較例は本発明利用例よりも面積を小さくした部分があるにも関わらず、本発明利用例の方が吸引力の飽和傾向が明確に現れており、磁路Xの最小面積となる個所を増やして同時に磁気飽和を起こさせることが、吸引力の飽和に非常に有効であることが分かる。
このことから、本発明利用例は2箇所の面積が等しいだけであるが、面積の等しい部分をさらに増やすことで、吸引力の飽和傾向をより顕著にできることが推察される。
例えば、第1の実施形態に係る電磁クラッチ1の場合は、5箇所で同時に磁気飽和が発生するので、励磁電流に対する伝達トルクの飽和傾向をより顕著なものとすることができる。すなわち、励磁電流が増大した場合に、過大なトルクの伝達抑制効果を顕著に得ることができる。
なお、図7の比較例のように複数箇所で同時に磁気飽和が発生しない場合、つまり、場所により偏って磁気飽和する場合には、電源電圧の増大に対する過大なトルクの伝達抑制効果は曖昧なものとなる。つまり、トルクリミッターとしての機能が不十分なものとなる。
なお、数10で示される面積の具体的な設定方法としては、まず、伝達トルクの上限値に対応する励磁電流値を設定し、吸引力の増加傾向が飽和状態となるように面積を設定する方法が挙げられる。この作業は、解析的に求めることもできるが、コンピュータシミュレーションおよび実験によって求めるのが適当である。
また一般の電磁クラッチの設計手法では、アーマチュア150およびロータ220に必要な強度、剛性および価格の観点から使う鋼板が選択されるので、最初にアーマチュア150およびロータ220の厚みが決まる。この場合、SAおよびSBの寸法が先に決まり(利用する鋼板の厚みが先に決まり)、それに合わせて、SCおよびSDの面積を決める。この場合、コンピュータシミュレーションや実験によって、本発明に効果が得られるのか否かを確認し、その効果が不十分である場合は、再度採用する鋼板の厚みを再検討すればよい。
また、半径Rよりも内側の磁気回路において磁束が通る最小面積も円周面、吸引面および円環部分と等しくしてもよい。この場合は、さらに吸引力の飽和傾向を得ることができる。この半径Rよりも内側の磁気回路において磁束が通る最小面積としては、アーマチュア150の内側円筒体152の回転軸側の吸引面、ロータ220の内側円筒体221の吸引面、ハウジング310において回転方向に切り取られる円環部分、ステータヨーク310の内周壁において回転方向に切り取られる円環部分などの面積を挙げることができる。
また、スリットを複数形成することができない場合には、少なくとも一つのスリットをロータに備える構成にすることも可能である。この場合は、スリットに対向するアーマチュアの部分の円周方向で切り取られる円周面の面積と、スリットにより半径方向に隔てられるロータの円環形状を有する吸引面の面積とを等しくする。これにより、スリットが複数形成できない場合にも磁気飽和を偏りなく発生させて、吸引力の飽和傾向を顕著に得ることができる。
(第1の実施形態の動作)
次に、上記のような構成を有する電磁クラッチ1のトルク伝達動作の一例について説明する。図8は第1の実施形態に係る電磁クラッチを利用したシステムの一例を示すブロック図である。以下では、図1および図8を用いて説明する。
図8に示すシステムにおいて、モータ20および電磁クラッチ1は、バッテリー電源10を電源として動作する。スライドドア30は、モータ20によってその開閉が駆動され、モータ20からスライドドア30への駆動トルクの伝達/非伝達の制御が電磁クラッチ1によって行われる。
バッテリー電源10は、電圧の安定化回路を備えていない直流電圧の電源であり、例えば9Vから16Vの範囲で変動する。バッテリー電源10は、コイルリード線333を介して磁束発生部330に励磁電流を供給するとともに、モータ20にも駆動電流を供給する。モータ20は、図示しないウォームおよびウォームホイール320を介してロータ220を回転させる。スライドドア30は、アーマチュア150とともに回転するシャフト110に接続されている。ここで、バッテリー電源10と磁束発生部330との間、およびバッテリー電源10とモータ20との間には、コストがかかる安定化回路は挿入せずに直接接続されており、したがって、バッテリーからの出力電圧の変動がそのまま磁束発生部330およびモータ20に供給される電圧の変動となる。
まず、モータ20が発生したトルクは、ウォームギアを介してロータ220に伝達される。このとき、回転速度が落とされ、トルクが大きくされる。そして、電磁コイル331の通電の有無に関わらず、ロータ220は軸Oを中心として回転する。
このとき、電磁コイル331に通電していないので、アーマチュア150とロータ220との間に隙間があり、ロータ220に伝達されたトルクは、アーマチュア150に伝達されない。したがって、シャフト110も回転せず、モータ20が発生したトルクはスライドドア30に伝達されることはない。
電磁コイル331に通電すると、磁路Xが形成される。このためロータ220とアーマチュア150との間で吸引力が発生し、アーマチュア150とロータ220との間の隙間が塞がる。そして、ロータ220が回転している状態で、アーマチュア150とロータ220とが摩擦結合し、ロータ220の回転がアーマチュア150に伝達され、アーマチュア150が回転する。したがって、アーマチュア150の回転によりシャフト110も回転し、スライドドア30にトルクが伝達される。
また、電磁コイル331に通電した状態から電磁コイル331への電流の供給を中止すると、アーマチュア150とロータ220との吸引力は弱まり、板ばね140の弾性力によりアーマチュア150はロータ220から軸O方向に離間する。アーマチュア150が離間すると、アーマチュア150とロータ220との間には隙間があるため、ロータ220に伝達されたトルクは、アーマチュア150に伝達しなくなる。このように、電磁クラッチ1は、モータ20が発生したトルクをスライドドア30に伝達/遮断する動作を行う。
このとき、バッテリー電源10の電圧が既定値より高くなると、モータ20は供給される電流が増加し、それに比例して駆動トルクが増加する。また、磁束発生部330に流れる励磁電流も増加するため、磁路Xを通過する磁束が増え、磁束密度が増加する。したがって、摩擦結合しているアーマチュア150とロータ220の吸引力も増大していく。しかし、所定の励磁電流値に達すると磁路Xの最小面積である円周面A、円周面B、吸引面C、吸引面Dおよび円環部分Eが同時に磁気飽和を開始するため、励磁電流の増加およびロータ220のトルクの増加に比して吸引力の増加量は少なくなる。したがって、アーマチュア150とロータ220はすべりを伴った摩擦状態になり、ロータ220のトルクがスライドドア30に伝達されなくなる。
次に、スライドドア30に手や物が挟まれた場合の電磁クラッチ1の動作の一例について説明する。閉ボタンが押されると、電磁クラッチ1およびモータ20に電流が供給されて、スライドドア30は閉まる動作を開始する。その動作中にスライドドア30に手や物が挟まれた場合、アーマチュア150の回転と逆方向のトルクがアーマチュア150に加わる。この時、バッテリー電源10の電圧が低い場合は、電磁コイル331に流れる電流はあまり大きくなく、アーマチュア150とロータ220の間の吸引力も大きくないので、上記逆方向のトルクに抗して結合を維持することができず、すべりを伴った摩擦状態となる。このため、所定の安全装置の作用と合わせて、事故の発生は防止される。
一方、何らかの理由により、バッテリー電源10の電圧が高くなると、それに伴って電磁コイル331に流れる電流は増加し、磁気飽和が起きなければ、アーマチュア150とロータ220との間の吸引力も大きくなる。そこで、モータ20は前記逆トルクに抗してアーマチュア150を無理に回そうとするため、別途設けた安全装置が作動しない限り、事故につながる危険性が生じる。しかし、本発明によれば、バッテリー電源10の電圧がある程度高くなると、電磁クラッチ1は磁気飽和を開始するため、アーマチュア150とロータ220との間の吸引力が飽和傾向を示し、電圧が低い場合と同様にすべりを伴った摩擦状態となる。この場合には、トルクが完全に伝達されなくなるため、スライドドアに挟まった手や物に過大な力が加わる状態が緩和される。また、手や物が挟まる以外にも、スライドドア30の駆動に使用される樹脂性のギアの破損も防止することができる。したがって、電磁クラッチ以外のトルクリミッター的な安全装置への負担を低減することができる。このため、コストを低減しつつ、事故の発生および部品の破損を防止することが可能となる。
なお、ここでは、バッテリーを電源としてドアを駆動するシステムを例示し、説明を加えたが、これは一応用例であり、本発明の電磁クラッチは、このシステムへの適用に限定されるものではない。
2.第2の実施形態
(第2の実施形態の構成および特徴)
図9は、第2の実施形態に係る電磁クラッチの一例を示す断面図である。以下では第1の実施形態と異なる構成および特徴について説明する。図9には、電磁クラッチ2が示されている。
電磁クラッチ2のロータ520は外周壁を設けており、その外周壁は電磁コイル631およびハウジング610の外周を覆うように形成されている。また、この外周壁は回転軸Oから最も離れたスリットS5よりも外周に位置し、回転方向で切り取られる円環部分が、円環部分Jである。この円環部分Jの面積を、円周面F、円周面G、吸引面H、吸引面Iの面積に等しくする。または、前述の数2〜4に示すように所定の範囲内で面積を合わせる。
つまり、最も回転軸から離れたスリットS5よりも外側の磁気回路においては、円環部分Jが磁束が通る最小面積である。これにより、円周面F、円周面G、吸引面H、吸引面Iおよび円環部分Jで同時に磁気飽和が発生し、吸引力を定めた値に制限することができる。
3.第3の実施形態
(第3の実施形態の構成および特徴)
図10は、第3の実施形態に係る電磁クラッチの一例を示す拡大断面図である。以下では第1の実施形態と異なる構成および特徴について説明する。図10には、電磁クラッチ3が示されている。
電磁クラッチ3は、アーマチュア750およびロータ820のスリットの数を1つずつ増やした構成となっている。この構成により低電流においても最低限の吸引力を発生させ、かつ高電流に対する吸引力の飽和傾向を効果的に得ることができるものである。
アーマチュア750は、円周方向に周回するスリットS10およびスリットS11を備えている。一方、ロータ820は、円周方向に周回するスリットS7、スリットS8およびスリットS9を備えている。
アーマチュア750のスリットおよびロータ820のスリットは、半径方向において互い違いの位置に設けられている。すなわち、回転軸側から順に、ロータ820のスリットS7、アーマチュア750のスリットS10、ロータ820のスリットS8、アーマチュア750のスリットS11およびロータ820のスリットS9が並んでいる。また、半径方向において隣り合うスリットは、所定の距離を隔てており、アーマチュア750およびロータ820に吸引面M、吸引面N、吸引面O、吸引面P、吸引面Qを形成する。
一方、アーマチュア750において半径方向に磁束が通る最小面積は、円周面Kであり、ロータ820において半径方向に磁束が通る最小面積は、円周面Lである。そして、円周面K、円周面L、吸引面M、吸引面N、吸引面O、吸引面Pおよび吸引面Qの面積を等しくする。または、前述の数2〜4に示すように所定の範囲内で面積を合わせる。
励磁電流が過大な場合には、これら円周面K、円周面L、吸引面M、吸引面N、吸引面O、吸引面Pおよび吸引面Qで同時に磁気飽和が発生し、アーマチュア750に伝達されるトルクが所定の範囲に制限される。また、励磁電流が少ない場合には、磁束が迂回する箇所が多くなるため、最低限の吸引力を保つことができる。なお、スリットの数は、吸引力をさほど必要としない場合には、減らしてもよい。
4.第4の実施形態
(第4の実施形態の構成および特徴)
図11は、第4の実施形態に係る電磁クラッチの一例を示す拡大断面図である。以下では第1の実施形態と異なる構成および特徴について説明する。図11には、電磁クラッチ4が示されている。
第4の実施形態に係る電磁クラッチ4は、各スリットに対向するアーマチュアおよびロータの部分において円周方向で切り取られる円周面をすべて等しくしたものである。
アーマチュア950は、円周方向に周回するスリットS15およびスリットS16を備えている。また、アーマチュア950は、回転軸側から半径方向において段階的にその厚みを薄くして形成されている。すなわち、最も回転軸側のスリットS15の位置で一段厚みを薄くし、次に回転軸から離れているスリットS16の位置でさらに一段厚みを薄くしている。
板ばね940は、アーマチュア950と同じく段階的にその厚みを薄くして形成されている。板ばね940は、その弾性力により、通電しないときはロータ1020からアーマチュア950を離間させる。
一方、ロータ1020は、半径方向においてアーマチュア950のスリットとは互い違いの位置にスリットS12、スリットS13およびスリットS14を形成している。また、ロータ1020は、アーマチュア950と同じく、回転軸側から半径方向において段階的にその厚みを薄くして形成されている。
そして、各スリットに対向するアーマチュアおよびロータの部分において円周方向で切り取られる円周面R、円周面S、円周面T、円周面Uおよび円周面Vの面積と、各スリットによって隔てられた吸引面W、吸引面τ、吸引面Y、吸引面Zおよび吸引面Z’の面積とは等しくされる。または、前述の数2〜4に示すように所定の範囲内で面積を合わせる。
つまり、第4の実施形態に係る電磁クラッチ4は、アーマチュアおよびロータの厚みを回転軸側から半径方向において段階的に薄くすることにより、磁気飽和させる円周面および吸引面を増やしたものである。なお、アーマチュアおよびロータの一方の厚みを回転軸側から半径方向において段階的に薄くしてもよい。
5.第5の実施形態
(第5の実施形態の構成および特徴)
アーマチュアとロータは、段階的に厚みを薄くするのではなく、漸次的(半径方向の断面においてテーパ状)に厚みを薄くしてもよい。この場合もアーマチュアおよびロータの一方の厚みを漸次的(半径方向の断面においてテーパ状)に薄くしてもよい。図12は、ロータ側の厚みを半径方向の断面においてテーパ状にした例を示す拡大断面図である。図12には、アーマチュア961およびロータ962が示されている。アーマチュア961には、スリットS17が形成され、ロータ962には、スリットS18およびS19が形成されている。スリットの形状は、他の実施形態と同じである。
アーマチュア961の厚みは、その半径方向において一定とされ、ロータ962は、その厚みが、半径外側に行くに従って漸次薄くなるテーパ状とされている。この例では、アーマチュア961の厚み、スリットS17の幅と位置、ロータ962のテーパ形状の状態、スリットS18およびスリットS19の幅と位置を調整することで、アーマチュア961の円周面α、吸引面β、ロータ962の円周面γ、ロータ962の円周面δ、および吸引面εの面積を略同じとしている。特にロータ962の厚みを半径方向の断面においてテーパ状にすることで、円周面γと円周面δの面積を同じとしている。こうすることで、磁気飽和が同時に発生する箇所を増やし、本発明の効果をより効果的に得ることができる。
次にロータ962のようなテーパ状の形状を得る方法の一例を説明する。まずプレス絞り加工により、両面が円錐状の形状を有する部材を得る。次に片面(吸引面側)を旋盤により切削し、平坦にする。こうすることで、図962のテーパ形状を得ることができる。この加工方法は、比較的容易であり、低コストで行うことができる。
また、ロータ962断面のテーパ形状の半径方向における厚み変化、すなわち径方向外側に向かって薄くなる寸法が、半径方向の位置に対してどのように変化するのかを調整することで、円周面γと円周面δの間における円周面の面積を全て同じにすることもできる。この場合、磁気飽和を行う部分が更に増えるので、本発明の効果をさらに有効に得ることができる。また、図12には、ロータ962をテーパ状にする例を示したが、アーマチュア961のみにおいて、その厚みを半径方向の断面においてテーパ状にする、あるいはロータ962とアーマチュア961の両方において、その厚みを半径方向の断面においてテーパ状にしてもよい。また、以上の構成において、部分的にテーパ状にするのでもよい。なお、以上においてテーパ状とは、厚さが径方向外側に向かって直線的に変化する場合にととまらず、曲線的に変化するものも含むこととする。
6.第6の実施形態
(第6の実施形態の構成および特徴)
アーマチュアおよびロータは、透磁率の異なる材料を用いることができる。また、アーマチュアおよびロータのスリットで隔てられた円筒体ごとに透磁率を変更してもよい。この場合、円周面と吸引面は以下の数14の式を満たす必要がある。
Figure 2008249068
ここで、円周面は数14の左辺、吸引面は数14の右辺に相当する。また、Rtは中心軸から円周面までの半径、Ttは円周面が存在する円筒体の厚さ、μtは円周面が存在する円筒体の透磁率、Rs0は吸引面の内径、Rs1は吸引面の外径、μsは吸引面で対向するアーマチュアとロータの材料の透磁率のうち、値が小さい方である。
以下、アーマチュアとロータの透磁率が異なる場合における設計の一例を説明する。ここでは、図4に示す構成において、アーマチュア150の透磁率がμであり、ロータ220の透磁率がμであり、μ≠μである場合を例に挙げて説明する。この場合、図4のA、B、CおよびDについて、「数14」を当てはめると、図6を参照して下記「数15」が得られる。
Figure 2008249068
ここで、R、R、R、RおよびRは、それぞれ図6に示す各スリットの内側、外側半径である。TとTは、それぞれアーマチュアの厚みとロータの吸引面部分の厚みである。μとμは、それぞれアーマチュアとロータの材料の透磁率であり、μは、μとμの両者のうちの値が小さい方である。この場合、「数15」を満たすように各種パラメータを設定することで、本発明の効果を得ることができる。
このように設計するのは、磁気回路を構成する各部品における最小断面のパーミアンスを等しくするためである。パーミアンスとは、磁気回路における磁束の通りやすさを表す量で、磁気抵抗の逆数に相当する。パーミアンスPは、その断面積Sとその材料の透磁率μの積に比例し、磁気回路の長さLの逆数に比例する。以下の数16にパーミアンスの式を示す(『交直マグネットの設計と応用(オーム社、石黒敏郎その他共著)』のP.12〜P.13を参照)。
Figure 2008249068
したがって、数16を満たすということは、各円周面、吸引面および円環部分における磁束の通りやすさを一致させるということになる。言い換えれば、面積が異なっていたとしても、各円周面、吸引面および円環部分に使用する材料の透磁率を調整することによって、複数箇所において同時に磁気飽和を発生させることが可能となる。すなわち、吸引力の増加傾向を飽和させて、伝達するトルクを所定の範囲に制限することができる。
伝達するトルクを所定の範囲に制限する電磁クラッチに利用することができる。
第1の実施形態に係る電磁クラッチの一例を示す断面図である。 第1の実施形態に係る電磁クラッチの分解断面図である。 (A)はアーマチュアの上面図と断面図、(B)はロータの上面図と断面図である。 第1の実施形態に係るアーマチュアとロータの結合部の拡大断面図である。 円周面の面積を説明するアーマチュアまたはロータの斜視図である。 吸引面の面積を説明するアーマチュアおよびロータの上面図および断面図である。 吸引力と励磁電流の関係を示すグラフである。 第1の実施形態に係る電磁クラッチを利用したシステムの一例を示すブロック図である。 第2の実施形態に係る電磁クラッチの一例を示す拡大断面図である。 第3の実施形態に係る電磁クラッチの一例を示す拡大断面図である。 第4の実施形態に係る電磁クラッチの一例を示す拡大断面図である。 第5の実施形態に係る電磁クラッチの一例を示す拡大断面図である。
符号の説明
1…電磁クラッチ、150…アーマチュア、S1…スリット、S2…スリット、S3……スリット、220…ロータ、320…ステータヨーク、331…電磁コイル。

Claims (9)

  1. アーマチュアと、
    前記アーマチュアを吸引するロータと、
    前記アーマチュアおよび前記ロータにおいて円周方向に周回する複数のスリットと、
    前記アーマチュアと前記ロータとが対向する部分に形成される円環形状を有する複数の吸引面と
    を備え、
    前記吸引面の少なくとも一つの面積と、
    前記複数のスリットの少なくとも一つに対向する前記アーマチュアまたは前記ロータの部分において円周方向で切り取られる円周面の面積と
    が略等しいことを特徴とする電磁クラッチ。
  2. 前記円周面は、前記アーマチュアと前記ロータにおいて、対向する前記スリットの回転軸側の回転軸側壁面の位置で円周方向に切り取られる円周面であることを特徴とする請求項1に記載の電磁クラッチ。
  3. 前記吸引面は、2つ以上設けられていることを特徴とする請求項1または2に記載の電磁クラッチ。
  4. 吸引時において、前記円周面および前記吸引面は、励磁電流が所定の値に達した段階で略同時に磁気飽和を示すことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の電磁クラッチ。
  5. 電磁コイルを収納するステータヨークと、
    前記ロータに設けられ、前記ステータヨークの外周を覆う外周壁とを備え、
    前記外周壁において回転軸に垂直な面で切った円環部分の面積は、前記円周面および前記吸引面の面積に略等しいことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の電磁クラッチ。
  6. 電磁コイルを収納するステータヨークを備え、
    前記ステータヨークを構成する外周壁において回転軸に垂直な面で切った円環部分の面積は、前記円周面および前記吸引面の面積に略等しいことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の電磁クラッチ。
  7. アーマチュアと、
    前記アーマチュアを吸引するロータと、
    前記アーマチュアおよび前記ロータにおいて円周方向に周回する複数のスリットと、
    前記アーマチュアと前記ロータとが対向する部分に形成される円環形状を有する複数の吸引面と
    を備え、
    前記吸引面の少なくとも一つと、
    前記複数のスリットの少なくとも一つに対向する前記アーマチュアまたは前記ロータの部分において円周方向で切り取られる円周面とは、
    吸引時において、励磁電流が所定の値に達した段階で略同時に磁気飽和を示すことを特徴とする電磁クラッチ。
  8. 前記吸引する力を発生するための電磁コイルを備え、
    前記ロータはモータにより駆動され、
    前記モータと前記電磁コイルは、共通のバッテリーから直接電圧を供給することにより駆動されることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の電磁クラッチ。
  9. 電磁コイルを収納するステータヨークを備え、
    少なくとも前記アーマチュア、前記ロータおよび前記ステータヨークは磁路を形成し、
    前記円周面および前記吸引面は、前記磁路における最小の面積であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の電磁クラッチ。
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