しかしながら、ショックアブソーバの減衰力を路面状態等に応じて所望の減衰力に設定した場合、設定された減衰力によって低減できる振動は当該振動の周波数に応じて異なるため、振動を構成する全ての周波数成分に係る振動を低減することが困難となる原理的問題点がある。より具体的には、例えば、ショックアブソーバの減衰力を高くすると、振動を構成する周波数成分のうち低周波数成分に係る振動が低減されるが、高周波数成分に係る振動を低減することは困難である。これとは逆に、ショックアブソーバの減衰力を低くすると、振動を構成する周波数成分のうち高周波数成分に係る振動は低減されるが、低周波数成分に係る振動を低減することは困難になる。したがって、一定の減衰力を有するショックアブソーバによって低減できる振動は、当該減衰力に応じた特定の周波数を有する振動に限られ、低減されなかった周波数成分に係る振動によって乗り心地が悪くなってしまう。
よって、本発明は上記問題点等に鑑みてなされたものであり、例えば、車両の乗り心地を高めるために参照される車両状態を推定するための車両状態推定装置、及びそのような車両状態推定装置によって推定された車両状態に基づいて車両の乗り心地が高められるようにショックアブソーバを制御可能なショックアブソーバ制御装置を提供することを課題とする。
本発明に係る車両状態推定装置は上記課題を解決するために、車両が有する複数のショ
ックアブソーバの夫々の減衰力の複数の組み合わせのうち前記車両の乗り心地に作用する物理量が検出された際に選択されていた一の組み合わせの伝達特性、及び前記検出された物理量に基づいて、前記車両が走行する走行環境を示す指標の推定値を算出する第1算出手段と、
該第1算出手段によって算出された推定値に基づいて、前記複数の組み合わせ毎に前記物理量の推定値を算出する第2算出手段とを備える。
本発明に係る車両状態推定装置によれば、複数のショックアブソーバは、車両の走行時に車両の前輪及び後輪の夫々に結合されたサスペンションの一部として設けられており、その減衰力を切り換え可能に構成されている。加えて、複数のショックアブソーバの夫々は、その減衰力を互いに独立して設定可能である。一の組み合わせは、車両の走行時に、複数のショックアブソーバの夫々の減衰力が取り得る複数の組み合わせのうち車両の乗り心地に作用する物理量が検出された際に選択されていた組み合わせである。
第1算出手段は、一の組み合わせの伝達特性、及び検出された物理量に基づいて車両が走行する走行環境を示す指標の推定値を算出する。「伝達特性」とは、車両の走行時に、走行環境を示す指標を車両に対する入力とし、乗り心地に作用する物理量を当該入力に対応する出力とした場合に、これら入力及び出力の相関関係を規定する車両の特性をいう。このような伝達特性は、複数のショックアブソーバの夫々が取り得る減衰力の組み合わせ毎に予め特定されており、例えば、減衰力の組み合わせ毎にメモリ等の記憶手段に記憶されている。第1算出手段は、出力である物理量が検出された際に、一の組み合わせの伝達特性を読み出し、当該検出された物理量、及び読み出した伝達特性に基づいて、当該物理量が検出された際の走行環境を示す指標の推定値を算出できる。
第2算出手段は、第1算出手段によって算出された推定値に基づいて、複数の組み合わせ毎に物理量の推定値を算出する。より具体的には、例えば、複数の組み合わせの夫々の伝達特性は予め特定されているため、第2算出手段は、これら伝達特性に対する入力である指標の推定値に基づいて、各伝達特性に対応した出力としての物理量の推定値を複数のショックアブソーバの夫々の減衰力の組み合わせ毎に算出できる。即ち、第2算出手段は、物理量が検出された際に選択されていなかった減衰力の組み合わせについて、仮にこれら減衰力の組み合わせを選択した場合に検出されると推定される物理量を算出できる。したがって、複数のショックアブソーバの夫々の減衰力の組み合わせ毎に乗り心地に作用する物理量の推定値が判明することになり、各組み合わせにおける車両状態が推定可能になる。
このように、本発明に係る車両状態推定装置によれば、複数のショックアブソーバの夫々の段数の組み合わせ毎に車両状態が推定できるため、予め設定された閾値に対して乗り心地を評価する場合に比べて相対的に車両の乗り心地を高めることができるショックアブソーバの減衰力の組み合わせを特定できる。加えて、本発明に係る車両状態推定装置によれば、当該車両状態推定装置を用いて算出された物理量の推定値が参照されることによって、例えば、車両の振動を構成する低周波数成分から高周波数成分の夫々に係る振動成分をバランス良く低減できる減衰力の組み合わせを選択できることになり、車両の総合的な乗り心地を向上させることが可能になる。
本発明に係る車両状態推定装置の一の態様では、前記物理量が検出された際に前記車両の速度を検出する速度検出手段を更に備え、前記伝達特性は、前記速度に基づいて特定されていてもよい。
この態様によれば、伝達特性は、ショックアブソーバの構造のみによって特定されるのではなく、車両の速度に依存して変化する。したがって、車両の乗り心地に作用する物理量を精度良く推定するためには、車両の速度を考慮した条件下で予め特定された伝達特性から、速度検出手段によって車両の速度が検出された際に当該検出された速度に対応した伝達特性が選択される。
よって、この態様によれば、車両の走行時に変化する速度に応じて最適な伝達特性を選択でき、第2算出手段は精度良く物理量の推定値を算出することが可能である。
本発明に係る車両状態推定装置の他の態様では、前記車両の運動状態を特定可能なように前記車両のバネ上上下加速度を検出するバネ上上下加速度検出手段を更に備えていてもよい。
この態様によれば、バネ上上下加速度検出手段は、車両の運動状態を特定可能なように、例えば複数のバネ上上下加速度センサから構成されている。より具体的には、例えば、バネ上上下加速度センサは、車両が有する一対の前輪と、一対の後輪の一方との夫々に対応して3つ設けられており、各車輪に結合された各ショックアブソーバのバネ上に設置されている。このようなバネ上上下加速度センサからなる上下加速度検出手段によれば、各バネ上上下加速度センサによって検出された車両のバネ上上下加速度によって車両の運動状態を特定できる。
尚、バネ上上下加速度は、車両のボデー等の重量を含むバネ上重量、車輪及び車軸等の重量を含むバネ下重量、並びに、バネ上重量及びバネ下重量を相互に接続する上下2つのバネから車両が構成されると仮定した車両モデルを採用した場合に、バネ上に位置するバネ上重量が上下方向に運動する際のバネ上重量の上下加速度を意味する。このような車両モデルを採用する理由は、車両の乗り心地が、バネ上重量及びバネ下重量の夫々の重量配分と、ショックアブソーバを含むサスペンションを上下2つのバネに置き換えた場合のこれらバネのバネ特性とに依存すると考えることが可能だからである。
この態様では、前記検出された物理量は、前記車両の上下加速度、前記車両のロール角、及び前記車両のピッチ角のうち少なくとも一つの物理量であり、前記第1算出手段は、前記少なくとも一つの物理量に基づいて前記指標の推定値を算出してもよい。
この態様によれば、走行環境の指標の推定値は、車両の上下加速度、車両のロール角、及び車両のピッチ角のうち少なくとも一つの物理量を用いて算出される。尚、上下加速度、ピッチ角及びロール角のうち複数の物理量を用いることによって、一つの物理量を用いる場合に比べて正確に指標の推定値を算出できる。
この態様では、前記第2算出手段は、前記乗り心地の違いを区別するために設定された互いに異なる複数の周波数帯域の夫々において、前記周波数帯域毎に設定された所定の基準値に基づいて前記少なくとも一つの物理量を点数化することによって前記少なくとも一つの物理量の点数を算出してもよい。
この態様によれば、乗り心地の違いを区別するために設定された互いに異なる複数の周波数帯域の夫々において、周波数帯域毎に設定された所定の基準値に基づいて少なくとも一つの物理量を点数化することによって、少なくとも一つの物理量を客観的な点数に変換できる。より具体的には、複数の周波数帯域の夫々においては、検出された少なくとも一つの物理量の具体的な検出値をそのまま用いた場合には、互いに異なる周波数帯域の夫々において当該検出された物理量が乗り心地に作用する割合が異なり、客観的な乗り心地の評価ができなくなるためである。ここで、「所定の基準値」とは、少なくとも一つの物理量をその具体的な検出値ではなく客観的な点数に変換可能な統計的な基準値を意味する。このような所定の基準値を用いて少なくとも一つの物理量を点数化することによって、具体的な検出値ではなく、周波数帯域毎に客観的な点数によって車両の乗り心地に対して物理量が作用する割合を見積もることが可能になる。
この態様では、前記第2算出手段は、前記周波数帯域毎に前記点数を重み付けることによって補正された補正済点数を算出し、前記複数の組み合わせ毎に前記補正済点数の合計値を算出してもよい。
この態様によれば、少なくとも一つの物理量の各周波数成分が当該物理量に占める割合は、車両の速度に応じて異なる。したがって、車両の速度に基づいて周波数帯域毎に少なくとも一つの物理量の点数を重み付けすることによって、車両の速度に応じた適正な補正済点数を算出できる。加えて、補正済点数の合計値により減衰力の組み合わせ毎の車両状態を推定でき、減衰力の組み合わせの合計値を直接比較することによって最適な減衰力の組み合わせが選択可能になる。
本発明に係る車両状態推定装置の他の態様では、前記指標は、前記車両が走行する路面状態を示す路面特性であってもよい。
この態様によれば、車両の乗り心地を左右する走行環境のうち最も乗り心地に作用する割合が大きいと推定される路面特性を推定できる。路面特性は、例えば、路面の凹凸、路面の傾斜角、及び路面の摩擦係数等のように路面状態を特定できる路面の特徴であればよい。このような路面特性の推定値が算出されることによって、複数の組み合わせ毎に物理量の推定値を精度良く算出できる。
本発明に係る車両状態推定装置の他の態様では、前記複数のショックアブソーバの夫々の減衰力は、前記複数のショックアブソーバの夫々の段数によって規定されていてもよい。
この態様によれば、段数によって減衰力を明確に規定できる。
本発明に係るショックアブソーバ制御装置は上記課題を解決するために、車両が有する複数のショックアブソーバの夫々の減衰力の複数の組み合わせのうち前記車両の乗り心地に作用する物理量が検出された際に選択されていた一の組み合わせの伝達特性、及び前記検出された物理量に基づいて、前記車両が走行する走行環境を示す指標の推定値を算出する第1算出手段と、該第1算出手段によって算出された推定値に基づいて、前記複数の組み合わせ毎に前記物理量の推定値を算出する第2算出手段と、該第2算出手段によって算出された推定値に基づいて、前記複数の組み合わせのうち前記一の組み合わせに比べて前記車両の乗り心地が高められるように他の組み合わせを選択し、前記複数のショックアブソーバの夫々の減衰力の組み合わせが前記他の組み合わせになるように前記複数のショックアブソーバを制御する制御手段とを備える。
本発明に係るショックアブソーバ制御装置によれば、上述した車両状態推定装置と同様に、第2算出手段によって物理量の推定値が算出される。
制御手段は、物理量の推定値に基づいて、複数の組み合わせのうち一の組み合わせに比べて車両の乗り心地が高められるように他の組み合わせを選択し、複数のショックアブソーバの夫々の減衰力の組み合わせが他の組み合わせになるように複数のショックアブソーバを制御する。より具体的には、制御手段は、例えば、ショックアブソーバの段数を変更するアクチュエータを駆動させることによって、複数のショックアブソーバの段数の組み合わせを他の組み合わせに変更し、車両の乗り心地を向上させる。
したがって、本発明に係るショックアブソーバ制御装置によれば、複数のショックアブソーバの夫々の減衰力の組み合わせが設定される際に、これら組み合わせ毎に推定された車両状態が参照され、複数のショックアブソーバの夫々の減衰力について選択された最適な組み合わせである他の組み合わせに設定されるようにショックアブソーバを制御でき、車両の乗り心地を高めることが可能である。
本発明のこのような作用及び他の利得は次に説明する実施形態から明らかにされる。
以下、図面を参照しながら、本発明に係る車両状態推定装置、及びショックアブソーバ制御装置の各実施形態を説明する。図1は、本発明に係る車両状態推定装置、及びショックアブソーバ制御装置の各実施形態を有する車両の主要な構成を示したブロック図である。
図1において、車両1は、左前輪FL、右前輪FR、左後輪RL、及び右後輪RRと、左前ショックアブソーバ2FL、右前ショックアブソーバ2FR、左後ショックアブソーバ2RL、及び右後ショックアブソーバ2RRと、左前速度センサ3FL及び右前速度センサ3FRと、バネ上上下加速度センサ4FL、4FR及び4RLと、車両1の動力源として用いられる内燃機関であるエンジン5と、エンジンコントロールユニット(以下、ECUと称す。)6とを備えて構成されている。
ECU6は、第1算出部7a及び第2算出部7b、並びにサスペンション制御装置8を有している。第1算出部7a、第2算出部7b、左前速度センサ3FL及び右前速度センサ3FR、並びに、バネ上上下加速度センサ4FL、4FR及び4RLが、本発明に係る「車両状態推定装置」の一例を構成している。第1算出部7a、第2算出部7b、左前速度センサ3FL及び右前速度センサ3FR、バネ上上下加速度センサ4FL、4FR及び4RL、並びに、サスペンション制御装置8が、本発明に係る「ショックアブソーバ制御装置」の一例を構成している。
ECU6は、周知の電子制御ユニット(Electronic Control Unit:ECU)、中央処理装置(Central Processing Unit:CPU)、制御プログラムを格納した読み出し専用メモリ(Read Only Memory:ROM)及び各種データを格納する随時書き込み読み出しメモリ(Random Access Memory:RAM)等を中心とした論理演算回路として構成されている。
第1算出部7a及び第2算出部7b、並びにサスペンション制御装置8の夫々は、ECU6を構成する論理演算回路の一部として設けられている。後に詳細に説明するように、第1算出部7a及び7bは、走行時における車両1の車両状態を推定し、サスペンション制御装置8は、第1算出部7a及び第2算出部7bによって推定された車両状態に基づいて各ショックアブソーバの減衰力、即ち各ショックアブソーバの段数を設定する。
ECU6は、不図示のバスを介して、各ショックアブソーバの段数を切り換える不図示のアクチュエータ、速度センサ3FL、3FR、並びにバネ上下加速度センサ4FL、4FR及び4RLの夫々に電気的に接続されている。したがって、ECU6は、各ショックアブソーバの段数を切り換えるためのアクチュエータに制御信号を供給可能であると共に、各センサによって検知された車両1の上下加速度及び速度に関するデータをこれらセンサから受け取ることが可能である。
エンジン5は、燃料としてガソリンを使用し、ガソリンの燃焼によって作動する2サイクル或いは4サイクルレシプロエンジン等のガソリンエンジンとして構成されている。エンジン5は、その燃焼室において燃焼したガソリン等の燃料の爆発力に応じて作動し、動力を発生させる。エンジン2の出力は、機械的な動力伝達経路及びクランク軸等の出力軸を介して駆動輪に伝達され、車両1が走行可能になる。尚、車両1は、エンジン5から出力された動力をモータージェネレータ(MG)を介して充電可能なハイブリッド車両であってもよい。
車両1がハイブリッド車両である場合には、エンジン2及びMG3の夫々の出力は、動力分割機構及びトランスアクスルを含む機械的な動力伝達経路及びクランク軸等の出力軸を介して駆動輪に伝達される。このようなハイブリッド車両では、エンジン5及びMGの夫々の駆動力配分がECU6の制御下で動力分割機構により操作されることによって、適正な運転が可能になる。
速度センサ3FL及び3FRの夫々は、本発明に係る「速度検出手段」の一例を構成しており、前輪FL及びFRの夫々の車輪速を検出可能なように前輪FL及びFRの夫々の配置に対応して車両1に設けられた車速パルス発生機器等を含む車輪速センサである。速度センサ3FL及び3FRの夫々は、ECU6に電気的に接続されており、車両1の走行時に車両1の速度、即ち車速を検出するとともに、検出した車輪速をECU6へ伝達する。
左前ショックアブソーバ2FL、右前ショックアブソーバ2FR、左後ショックアブソーバ2RL、及び右後ショックアブソーバ2RRの夫々は、車両1の車体と左右の前輪(左前輪FL、右前輪RL)及び左右の後輪(左後輪RL及び右後輪RR)とを夫々懸架するサスペンション機構の一部を構成している。左前ショックアブソーバ2FL、右前ショックアブソーバ2FR、左後ショックアブソーバ2RL、及び右後ショックアブソーバ2RRの夫々は、ECU6の制御下で減衰力を規定する段数を変更可能であり、車両1が各車輪を介して路面から受ける衝撃を緩和する。左前ショックアブソーバ2FL、右前ショックアブソーバ2FR、左後ショックアブソーバ2RL、及び右後ショックアブソーバ2RRの夫々は、後述するように、車両1が走行する際に車両1が路面から受ける衝撃を緩和可能なようにこれらショックアブソーバの減衰力を規定する段数が適切な段数に設定される。
左前ショックアブソーバ2FL、右前ショックアブソーバ2FR、左後ショックアブソーバ2RL、及び右後ショックアブソーバ2RRの夫々は、これらショックアブソーバの減衰力を規定する段数を切り換えるためのアクチュエータに接続されている。ECU6の制御下で当該アクチュエータの動作が制御されることによって、これらショックアブソーバの段数が各ショックアブソーバについて独立して切り替えになっている。
バネ上上下加速度センサ4FL、4FR及び4RLからなる3つのバネ上上下加速度センサは、本発明に係る「バネ上上下加速度検出手段」の一例を構成している。バネ上上下加速度センサ4FL、4FR及び4RLは、左前ショックアブソーバ2FL、右前ショックアブソーバ2FR及び左後ショックアブソーバ2RLの夫々に対応して車両1中の相互に異なる3つの位置の夫々に配置されている。したがって、バネ上上下加速度センサ4FL、4FR及び4RLの夫々によって検出された各位置における車両1のバネ上上下加速度によれば、互いに異なる3点のバネ上上下加速度が検出できるため、車両1の重心の上下加速度の運動状態を特定できる。これにより、車両10の運動状態を特定できる。
尚、バネ上上下加速度は、車両1のボデー等の重量を含むバネ上重量、車輪及び車軸等の重量を含むバネ下重量、並びに、バネ上重量及びバネ下重量を相互に接続する上下2つのバネから車両1が構成されると仮定したモデルを採用した場合に、バネ上に位置するバネ上重量が上下方向に運動する際のバネ上重量の上下加速度に相当する。このような車両モデルを採用する理由は、車両の乗り心地が、バネ上重量及びバネ下重量の夫々の重量配分と、ショックアブソーバを含むサスペンションを上下2つのバネに置き換えた場合のこれらバネの夫々のバネ特性とに依存すると考えることが可能だからである。
ここで、図2を参照しながら、上述した車両モデルを採用した場合におけるショックアブソーバの減衰力の利得の周波数特性を説明する。図2は、ショックアブソーバの減衰力の利得(図中縦軸に示すGain(G/Z))の周波数特性を示した特性図である。図2では、実線はショックアブソーバの減衰係数が小さい場合におけるショックアブソーバの減衰力の利得を示しており、破線は、ショックアブソーバの減衰係数が大きい場合におけるショックアブソーバの減衰力の利得を示している。
図3において、車輪が路面から受ける振動の周波数が、周波数fcより低い周波数帯域であってバネ上共振周波数f1を含む低周波数領域Faに存在する場合には、減衰係数が小さいほうが、減衰係数が大きい場合に比べてショックアブソーバの減衰力の利得が大きくなる。逆に、車輪が路面から受ける振動の周波数が、周波数fcより高い周波数帯域であってバネ下共振周波数f2を含む領域である高周波領域Fbに存在する場合には、減衰係数が大きいほうが、減衰係数が小さい場合に比べてショックアブソーバの減衰力の利得が大きくなる。
したがって、車輪が路面から受ける振動の周波数に応じて、ショックアブソーバの減衰力の利得が異なり、仮にショックアブソーバの減衰力、即ち当該減衰力を規定する段数を走行環境に応じて適切な設定値に変更しない場合には、ショックアブソーバの減衰力は、最も振動を低減できる最適な減衰力と異なる減衰力に設定されている場合が生じる。
車輪が路面から受ける振動の各周波数成分を偏りなく低減され、車両の総合的な乗り心地を高めるためには、車両が有する複数の車輪の夫々に対応して設けられた複数のショックアブソーバの夫々の減衰力、即ち当該減衰力を規定する段数の組み合わせを車両が走行する際の走行環境に応じて適時見直し、最適な段数に設定する必要がある。後述するように、車両1が有する車両状態推定装置及びショックアブソーバ制御装置によれば、走行環境に応じて最適なショックアブソーバの段数の組み合わせを選択可能になる。
次に、図1及び図3、並びに、図4乃至図17を参照して、車両1の走行時にECU6がショックアブソーバを制御する制御方法を説明しながら、ECU6に含まれる第1算出部7a及び7b、並びにサスペンション制御装置8の機能を詳細に説明する。図3は、車両1の走行時に実行されるショックアブソーバ制御方法の主要な処理ルーチンを示したフローチャートである。
図1及び図3において、車両1の走行時に、バネ上上下加速度センサ4FL、4FR及び4RLの夫々が、車両1のバネ上上下加速度を検出する(ステップS10)。バネ上上下加速度センサ4FL、4FR及び4RLの夫々によって検出されたバネ上上下加速度は、各バネ上上下加速度センサから第1算出部7aに伝達される。第1算出部7aは、各バネ上上下加速度から伝達されたバネ上上下加速度から車両1の重心の上下加速度を特定する。
図4に示すように、車両1の重心の上下加速度は、周波数特性を有している。
図1及び図3において、バネ上上下加速度センサ4FL、4FR及び4RLによってバネ上上下加速度が検出された際に設定されていた左前ショックアブソーバ2FL、右前ショックアブソーバ2FR、左後ショックアブソーバ2RL、及び右後ショックアブソーバ2RRの夫々の段数がショックアブソーバ制御装置8によって特定され、特定された段数に関するデータが第1算出部7aに伝達される(ステップS20)。
次に、バネ上上下加速度センサ4FL、4FR及び4RLによってバネ上上下加速度が検出された際に速度センサ3FL及び3FRの夫々によって検出された車輪速のデータが、ECU6に含まれる第1算出部7aに伝達される。車両1の速度は、各車輪速に基づいて第1算出部7aによって算出される(ステップS30)。
次に、第1算出部7aは、本発明に係る「物理量」の一例である車両1の重心の上下加速度が検出された際に設定されていた左前ショックアブソーバ2FL、右前ショックアブソーバ2FR、左後ショックアブソーバ2RL、及び右後ショックアブソーバ2RRの夫々の段数と、算出された車両1の速度とに基づいて、車両1の伝達特性を特定する(ステップS40)。本実施形態では、車両1の伝達特性は、本発明の「車両が走行する走行環境を示す指標」の一例である路面特性を車両1への入力とし、車両1の重心の上下加速度を出力した場合に、当該路面特性と、車両1の乗り心地に作用する上下加速度との相関関係を規定する。
このような路面特性は、車両1が走行する走行環境のうち車両1が走行する路面の路面状態を示す指標であり、例えば、路面の凹凸、路面の傾斜角、及び路面の摩擦係数等のように路面状態を特定できるものであればよい。このような路面特性の推定値、より具体的には、例えば路面の凹凸のピッチ、及び段差の大きさ等の推定値が算出されることによって、後述するように、複数のショックアブソーバの夫々の段数の組み合わせ毎に車両1の上下加速度の推定値を精度良く算出することが可能になる。
尚、本発明に係る「指標」は、車両の空力特性のように車両1の走行環境に作用するものであってもよく、路面特性に限定されるものではない。また、本発明に係る「物理量」は、車両1の上下加速度に限定されるものではなく、車両1の上下加速度、車両1のロール角、及び車両1のピッチ角の少なくとも一つの物理量であればよい。このような物理量は、バネ上上下加速度センサ4FL、4FR及び4RLが、車両1のうちこれらセンサが配置された位置における上下加速度を検出することによって算出可能な物理量である。加えて、乗り心地に作用する物理量として、複数の物理量を検出することによって、一つの物理量を用いて路面特性等の指標の推定値を算出する場合に比べて正確に指標の推定値を算出できる。
車両1の伝達特性は、左前ショックアブソーバ2FL、右前ショックアブソーバ2FR、左後ショックアブソーバ2RL、及び右後ショックアブソーバ2RRの夫々の段数の組み合わせ毎に予め特定されており、不図示のメモリ等の記憶手段に段数の組み合わせ毎に記憶されている。このような伝達特性は、各ショックアブソーバの構造のみによって特定されるのではなく、車両1の速度に依存して相互に異なる。したがって、車両1の走行環境を示す路面特性を精度良く推定するためには、例えば、各ショックアブソーバの夫々の段数の組み合わせ毎に特定された伝達特性のうち車両1の速度に対応した伝達特性が選択される。車両1の走行時に変化する車両1の速度に応じて最適な伝達特性を選択することによって、後述する第2算出部7bは精度良く車両1の上下加速度の推定値を算出できる。
図5は、第1算出部7aによって特定された車両1の伝達特性の特性図の一例である。図5に示すように、車両1の伝達特性は、周波数特性を有している。
図1及び図3において、第1算出部7aは、ステップS10において検出された上下加速度と、ステップS40において選択された車両1の伝達特性とに基づいて、路面特性の推定値を算出する(ステップ50)。より具体的には、例えば、図4に示した上下加速度を図5に示した伝達特性で割り算することによって、図6に示すように周波数特性を有する路面特性の推定値を算出する。
このように、第1算出部7aは、出力である上下加速度が検出された際に設定されていた各ショックアブソーバの段数の組み合わせに対応した伝達特性を車両1の速度に基づいて特定し、検出された上下加速度及び特定された伝達特性に基づいて、上下加速度が検出された際の車両1の走行環境を示す路面特性の推定値を算出できる。言い換えれば、第1算出部7aは、車両1の伝達特性及び上下加速度から逆算することによって、直接検出することが困難な路面特性の推定値を算出可能である。
図1及び図3において、第2算出部7bは、ステップS50で算出された路面特性と、左前ショックアブソーバ2FL、右前ショックアブソーバ2FR、左後ショックアブソーバ2RL、及び右後ショックアブソーバ2RRの夫々の段数の組み合わせ毎における車両1の伝達特性とに基づいて、段数の組み合わせ毎における車両1の上下加速度及びピッチ角を算出する(ステップS60及びS70)。本実施形態では、説明を簡便にするために、前輪側に設けられた左右一対のフロントショックアブソーバ(以下、ショックアブソーバFrと称す。)、及び後輪側に設けられた左右一対のリアショックアブソーバ(以下、ショックアブソーバRrと称す。)の夫々の段数は、左右で揃っているとして以下の説明を行なう。
図7乃至図12を参照しながら、第2算出部7bが、車両の上下加速度及びピッチ角を算出する手順を詳細に説明する。
図7に示すように、ショックアブソーバFr及びRrの夫々の段数の組み合わせ毎に、車両1の速度に基づいて伝達特性Aij(i=1,・・・,M、j=1,・・・,N;M,Nは2以上の自然数)が予め特定され、メモリ等の記憶手段に記憶されている。
第2算出部7bは、算出された路面特性の推定値に、車両1の速度に基づいて特定された段数の組み合わせ毎の伝達特性Aijを乗算することによって、図8に示すように、段数の組み合わせ毎に上下加速度Pij(i=1,・・・,M、j=1,・・・,N;M,Nは2以上の自然数)を算出する。同様にして、第2算出部7bは、図9に示すように、ピッチ角Qij(i=1,・・・,M、j=1,・・・,N;M,Nは2以上の自然数)を算出する。尚、添え字i及びjは、各ショックアブソーバの段数を意味する。
第2算出部7bは、例えば、車両1における上下加速度に対応した図5に示す伝達特性と、図6に示した周波数特性を有する路面特性とを乗算することによって、図10に示すように周波数特性を有する上下加速度を算出する。同様に、第2算出部7bは、車両1におけるピッチ角に対応した伝達特性(図11参照)と、図6に示した周波数特性を有する路面特性とを乗算することによって、図12に示す周波数特性を有するピッチ角を算出する。
以上のステップにより、ショックアブソーバFr及びRrの夫々の段数の全ての組み合わせの夫々について、上下加速度Pij及びピッチ角Qijが算出される。これら上下加速度Pij及びピッチ角Qijは、第1算出部7a及び第2算出部7bの夫々における演算処理によって算出された車両1の乗り心地に作用する物理量の推定値であり、これら上下加速度Pij及びピッチ角Qijに応じた車両1の車両状態が推定できたことになる。
図1及び図3において、第2算出部7bは、ステップS60及びS70の夫々において算出された上下加速度Pij及びピッチ角Qijを点数化する(ステップS80)。
ここで、図13乃至図17を参照しながら、ステップS80の手順を詳細に説明する。図13は、ステップ80の手順を詳細に示したフローチャートである。図14は、上下加速度Pを互いに異なる周波数帯域で区切って示した上下加速度の特性図である。尚、以下では、上下加速度について行なった演算処理を詳細に説明するが、上下加速度と同様の処理がピッチ角についてなされていてもよい。
図13において、第2算出部7bは、乗り心地の違いを区別するために設定された互いに異なる複数の周波数帯域の夫々において、上下加速度の最大値と、互いに異なる周波数帯域の夫々における上下加速度の値の総和であるパーシャルオーバーオール(以下、POAと称す。)とを算出する(ステップS81)。図14に示すように、上下加速度は、周波数が低い側から順に、ボデーコントロール領域R1、ヒョコヒョコ領域R2、ブルブル領域R3、及びゴツゴツ領域R4の4つの周波数帯域に区別されている。ボデーコントロール領域R1は、車両1の走行時に乗員がフワフワとした乗り心地を感じる周波数帯域である。ヒョコヒョコ領域R2、ブルブル領域R3及びゴツゴツ領域R4の夫々は、文字通りヒョコヒョコ、ブルブル及びゴツゴツの夫々の乗り心地が感じられる領域である。第2算出部7bは、図14中における上下加速度の最大値Pmaxと、ボデーコントロール領域R1、ヒョコヒョコ領域R2、ブルブル領域R3、及びゴツゴツ領域R4の夫々におけるPOAに相当する面積S1、S2、S3及びS4とを算出する。
次に、第2算出部7bは、ステップS81で求めた最大値Pmax、面積S1、S2、S3及びS4を点数化する(ステップS82)。ここで、図15を参照しながら、最大値Pmax、面積S1、S2、S3及びS4を点数化する手順を詳細に説明する。図15(a)は、平均的な路面を車両が走行した際における上下加速度の最大値αの平均値の分布曲線F(α)であり、図15(b)は、平均的な路面を車両が走行した際におけるゴツゴツ領域R4のPOAの平均値βの分布曲線F(β)である。
図15(a)に示すように、第2算出部7bは、予めメモリ等の記憶手段に記憶されていた平均的な路面を車両が走行した際における上下加速度の最大値の平均値αxを50としたときの最大値Pmaxの偏差値である点数Vを算出する。図15(b)に示すように、第2算出部7bは、予めメモリ等の記憶手段に記憶されていた平均的な路面を車両が走行した際におけるブルブル領域R4におけるPOAの分布曲線F(β)の平均値βxを50としたときの面積S4の偏差値である点数Zを算出する。これと同様に、第2算出部7bは、面積S1、S2及びS3の点数W、X、Yを算出する。このようにして、上下加速度の最大値α、及び各周波数帯域におけるPOAのばらつきを基準にして、ステップS81で求めた最大値Pmax、面積S1、S2、S3及びS4の代わりとなる点数V、W、X、Y、Zが算出される。
第2算出部7bは、下記式(1)に示すように車両1の速度に基づいて特定される係数a、b、c、d及びeを点数V、W、X、Y、及びZに乗算して得られる補正済点数の夫々を加算することによって合計値Tijを算出する(ステップS83)。第2算出部7bは、ショックアブソーバFr及びRrの夫々の段数の全ての組み合わせについて合計値Tijを算出する。
ここで、図16を参照しながら、係数a、b、c、d及びeについて説明する。図16は、車両1の速度と、係数a、b、c、d及びeとの関係を示したマップである。図16に示すように係数a、b、c、d及びeは、車両1の速度に応じて周波数帯域毎に異なる値を有する。言い換えれば、点数V、W、X、Y、Zは周波数帯域毎に乗り心地に作用する割合が異なるため、その割合を乗り心地を評価する評価値に反映させるために、周波数帯域毎にボデーコントロール領域R1、ヒョコヒョコ領域R2、ブルブル領域R3、及びゴツゴツ領域R4毎に予め設定されていた係数a、b、c、d、及びeによって点数V、W、X、Y、Zを重み付けする必要がある。このように重み付けすることによって、車両の速度に応じた適正な上下加速度等の物理量の周波数成分の算出が可能になる。尚、係数a、b、c、d、及びeは、車両1の乗員によってスイッチ等の切り換え手段を用いてその値が切り換え可能になっていてもよい。
図1及び図3において、第1算出部7bは、より精度良く乗り心地を高めるためのショックアブソーバの段数の組み合わせを特定可能になるように、点数V、W、X、Y、Zに係数a、b、c、d、及びeを乗算した補正済点数を合計した合計値Tijを、ショックアブソーバFr及びRrの夫々の段数の組み合わせ毎に算出する。
尚、第2算出部7bは、車両1のピッチ角及びロール角についても、同様の手順で合計値を算出し、トータルの合計値を算出してもよい。このようにすれば、ショックアブソーバの段数の組み合わせのうち互いに異なる組み合わせを相互に直接比較可能なように、一定の基準値によって車両の乗り心地に作用する物理量の点数化が可能になり、乗り心地が高めることができる段数の組み合わせをより精度良く設定可能になる。
このように、第1算出部7a、及び第2算出部7、並びに、バネ上上下加速度センサ4FL、4FR及び、4RL、速度センサ3FL及び3FRによれば、ショックアブソーバの段数の組み合わせ毎に相互に直接比較できる合計値Tijを用いて各段数の組み合わせ毎に車両状態を推定できる。
図1及び図3において、サスペンション制御装置8は、第2算出部7bによって算出された合計値Tijに基づいて、ショックアブソーバFr及びRrの夫々の段数の組み合わせのうち最も点数が大きい段数の組み合わせを特定する(ステップS90)。
ここで、図17を参照しながら、サスペンション制御装置8が、ショックアブソーバFr及びRrの夫々の段数を特定する手順を詳細に説明する。図17は、ショックアブソーバFr及びRrの夫々の段数の組み合わせ毎に算出された合計値Tijを示したテーブルである。
図17において、サスペンション制御装置8は、ショックアブソーバFr及びRrの夫々の段数の組み合わせ毎に算出された合計値Tijのうち最も点数の高い合計値Tijを有する段数の組み合わせを選択する。図17に示したテーブルによれば、段数の組み合わせの夫々に対応した合計値Tijを直接比較できるので、容易に最適な段数を選択できる。
図1及び図3において、サスペンション制御装置8は、ショックアブソーバFr及びRrの夫々の段数がステップS90で選択した段数の組み合わせとなるように、不図示のアクチュエータを駆動して各ショックアブソーバの段数を設定する(ステップS100)。これにより、複数のショックアブソーバの段数の組み合わせを、車両の乗り心地が高めるように最適な段数の組み合わせに変更できる。
次に、ECU6が有する判定部(不図示)によって、車両1が停止したか否かが判定される(ステップS110)。車両1が停止したと判定された場合には、ショックアブソーバの制御を終了する。ECU6によって、車両1が停止していないと判定された場合には、再度ステップS10以降の手順が実行される。
以上説明したように、本実施形態に係る車両が備える第1算出部7a、及び第2算出部7bを含む車両状態推定装置によれば、複数のショックアブソーバの夫々の減衰力、即ち段数の組み合わせ毎に車両状態が推定できるため、予め設定された閾値に対して乗り心地を評価する場合に比べて相対的に車両の乗り心地を高めることができるショックアブソーバの段数の組み合わせを特定できる。加えて、本実施形態に係る車両が有する車両状態推定装置によれば、当該車両状態推定装置を用いて算出された物理量の推定値が参照されることによって、例えば、車両の振動を構成する低周波数成分から高周波数成分の夫々に係る振動をバランス良く低減できる段数の組み合わせを選択できることになり、第1算出部7a、第2算出部7b及びサスペンション制御装置8を含むショックアブソーバ制御装置によって車両の総合的な乗り心地を向上させることが可能になる。
1・・・車両、5・・・エンジン、6・・・エンジンコントロールユニット(ECU)、7a・・・第1算出部、7b・・・第2算出部、8・・・サスペンション制御装置、FL・・・左前輪、FR・・・右前輪、RL・・・左後輪、RR・・・右後輪、2FL・・・左前ショックアブソーバ、2FR・・・右前ショックアブソーバ、2RL・・・右後ショックアブソーバ、2RR・・・右後ショックアブソーバ