本発明は、車両用の自動変速機に好適に適用され、燃料の燃焼によって駆動力を発生するエンジン駆動車両や、電動モータによって走行する電気自動車など、種々の車両用自動変速機に適用され得る。自動変速機としては、例えば遊星歯車式や平行軸式など、複数のクラッチやブレーキの作動状態に応じて複数のギヤ段が成立させられる種々の自動変速機が用いられる。
摩擦係合装置は、油圧シリンダ等の油圧アクチュエータによって係合させられる単板式或いは多板式のクラッチやブレーキ、ベルト式のブレーキなどで、例えばソレノイド弁等による油圧制御やアキュムレータの作用などで油圧(係合圧)を所定の変化パターンで変化させたり、所定のタイミングで油圧を変化させたりすることによって変速制御が行われる。また、大容量のソレノイド弁(リニアソレノイド弁など)の出力油圧がそのまま供給されて、その出力油圧によって係合させられる直接圧制御が好適に採用される。
変速過程における油圧制御の態様(変化パターンなど)は、アップシフトかダウンシフトか、或いはパワーON(駆動状態)かパワーOFF(被駆動状態)か、等によって異なるが、一般にイナーシャ相の開始に伴って変速を進行させるように油圧制御の態様を切り換えるようになっており、具体的には定圧待機させられていた油圧指示値(励磁電流など)を所定の勾配で変化させたり、油圧指示値の変化勾配を大きくしたりするようになっている。
変速動作は、摩擦係合装置の油圧を所定の変化パターンに従って変化させることなどで、具体的にはリニアソレノイド弁の励磁電流やON−OFFソレノイド弁のデューティ比などを制御することであり、変速動作を強制的に終了させる制御は、油圧をMAX圧(ライン圧)まで上昇させるなどして変速後の状態とすることである。
入力軸回転速度が同期回転速度から変化するイナーシャ相の開始を検出できない異常状態は、例えば摩擦係合装置の油圧を制御するソレノイド弁等の油圧制御装置の機械的或いは電気的な故障、或いは入力軸回転速度を検出する回転速度センサの機械的或いは電気的な故障などで、実際に入力軸回転速度が同期回転速度のままの場合と、実際には入力軸回転速度が同期回転速度から変化してイナーシャ相が開始しているが、回転速度センサの故障でそれを検出できない場合の両方を含む。
異常により実際に入力軸回転速度が同期回転速度のままの場合でも、油圧制御(励磁電流の制御など)がイナーシャ相中の態様に移行することにより、例えば軽微なバルブスティック等の故障が回復して油圧変化により変速が進行する場合には、油圧制御の継続に伴って変速が適切に行われる。回転速度センサの故障で実際には入力軸回転速度が同期回転速度から変化してイナーシャ相が開始している場合も、油圧制御が継続して行われることにより変速が進行させられる。
イナーシャ相開始異常判断手段がイナーシャ相開始異常を判断する起点となる自動変速機の変速開始時は、例えば摩擦係合装置の係合力(油圧)を変化させるための変速指令が出力された時間でも、実際に油圧が変化し始めた時間でも良く、変速開始に相当する一定のタイミングであれば良い。
変速制御強制終了手段が、イナーシャ相開始異常判断手段によるイナーシャ相開始異常の判断時点を起点として変速動作の強制終了判断を行う際の所定時間は、入力軸回転速度変化でイナーシャ相開始が検出された正常時に変速動作の強制終了判断を行う際の所定時間と同じ時間であっても良いが、例えば油圧制御の移行で油圧が上昇することにより、実際にイナーシャ相が開始されると予想されるまでの遅れ時間を考慮して、正常時の所定時間よりも長めにしても良いなど、適宜設定できる。
摩擦係合装置の耐久性は、変速前後の回転速度差や入力トルク、滑っている時間により決定されるため、イナーシャ相開始検出時或いはイナーシャ相開始異常の判断時を起点として変速動作の強制終了判断を行う際の前記所定時間は、パワーON時には、例えば変速前後の回転速度差を表す変速制御開始時の車速および変速の種類、および入力トルク(スロットル弁開度など)に基づいて設定することが望ましく、パワーOFF時には、入力トルクが小さくて摩擦係合装置に掛かる負荷が小さいため、例えばパワーON時とは別個に比較的長い一定時間が設定される。
第2発明では、イナーシャ相開始異常判断手段によってイナーシャ相開始異常と判断された場合には、その後に入力軸回転速度に基づいてイナーシャ相の開始が検出されたか否かに拘らず、そのイナーシャ相開始異常と判断された時点からの経過時間に基づいて変速動作が強制終了させられるが、第1発明の実施に際しては、イナーシャ相開始異常判断手段によってイナーシャ相開始異常と判断された場合でも、その後に入力軸回転速度に基づいてイナーシャ相の開始が検出された場合には、そのイナーシャ相開始が検出された時点を起点として変速動作の強制終了判断が為されるようにしても良い。
イナーシャ相開始異常を判断するバックアップ時間は、正常時にイナーシャ相開始までに必要な時間よりも十分に長い一定時間であっても良いが、変速制御の停滞時間をできるだけ短くする上で、基本的には各変速の油圧制御の態様に基づいて設定することが望ましく、具体的には、第3発明〜第5発明のように変速の種類やアップシフトかダウンシフトか、或いは作動油温度を考慮して設定することが望ましい。
アップシフトの場合について具体的に説明すると、パワーON時のアップシフトでは、一般に係合側摩擦係合装置の係合で入力軸回転速度を強制的に低下させる必要があるため、イナーシャ相開始までの時間は入力トルクによって変化し、入力トルクが大きい程長くなるため、それに合わせてバックアップ時間も長くする。パワーOFF時すなわち入力トルク≦0のアップシフトでは、一般にニュートラル状態で入力軸回転速度が自然に低下することによりイナーシャ相が開始するため、その低下し始めるまでの時間を想定してバックアップ時間が設定される。また、例えばイグニッションスイッチ等のスタートスイッチがON操作された後始めて係合させられる場合など、係合側摩擦係合装置から作動油が抜け出している場合には、係合トルクを発生するまでに時間が掛かってイナーシャ相開始までの時間が長くなるため、摩擦係合装置に作動油が充填されるまでの補正時間を加算することが望ましい。なお、入力トルクだけでなく車速等の他のパラメータも考慮してアップシフト時のバックアップ時間を設定するようにしても良い。
ダウンシフトの場合、パワーON時には一般に解放側摩擦係合装置の係合を緩めて入力軸回転速度を上昇させる一方、入力軸回転速度が変速後ギヤ段の同期回転速度付近に達したら係合側摩擦係合装置を係合させるが、高車速では変速終了までの回転速度差が大きいため、係合側摩擦係合装置を係合制御するまでに時間的余裕があり、解放側摩擦係合装置を速やかに解放することが可能で、イナーシャ相開始までの時間も一般に短く、バックアップ時間も短くすれば良いなど、車速に応じて設定することが望ましい。パワーOFF時のダウンシフトは、一般に係合側摩擦係合装置の係合で入力軸回転速度を上昇させる必要があるが、手動操作によるダウンシフトで減速感が要求されることを想定して、例えば車速が高い程大きな減速度が速やかに得られるようにするために係合側摩擦係合装置を速やかに係合させる場合には、バックアップ時間も短くすることができるなど、車速に応じて設定することが望ましい。なお、車速だけでなく入力トルク等の他のパラメータも考慮してダウンシフト時のバックアップ時間を設定するようにしても良い。
以下、本発明の実施例を図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)車両などの横置き型の車両用駆動装置の骨子図であり、ガソリンエンジン等の内燃機関によって構成されているエンジン10の出力は、トルクコンバータ12、自動変速機14を経て、図示しない差動歯車装置から駆動輪(前輪)へ伝達されるようになっている。上記エンジン10は車両走行用の動力源で、トルクコンバータ12は流体継手である。
自動変速機14は、シングルピニオン型の第1遊星歯車装置20を主体として構成されている第1変速部22と、シングルピニオン型の第2遊星歯車装置26およびダブルピニオン型の第3遊星歯車装置28を主体として構成されている第2変速部30とを同軸線上に有し、入力軸32の回転を変速して出力歯車34から出力する。入力軸32は入力部材に相当するもので、本実施例ではトルクコンバータ12のタービン軸であり、出力歯車34は出力部材に相当するもので、差動歯車装置を介して左右の駆動輪を回転駆動する。なお、自動変速機14は中心線に対して略対称的に構成されており、図1では中心線の下半分が省略されている。
上記第1変速部22を構成している第1遊星歯車装置20は、サンギヤS1、キャリアCA1、およびリングギヤR1の3つの回転要素を備えており、サンギヤS1が入力軸32に連結されて回転駆動されるとともに、リングギヤR1が第3ブレーキB3を介して回転不能にケース36に固定されることにより、キャリアCA1が中間出力部材として入力軸32に対して減速回転させられて出力する。また、第2変速部30を構成している第2遊星歯車装置26および第3遊星歯車装置28は、一部が互いに連結されることによって4つの回転要素RM1〜RM4が構成されており、具体的には、第3遊星歯車装置28のサンギヤS3によって第1回転要素RM1が構成され、第2遊星歯車装置26のリングギヤR2および第3遊星歯車装置28のリングギヤR3が互いに連結されて第2回転要素RM2が構成され、第2遊星歯車装置26のキャリアCA2および第3遊星歯車装置28のキャリアCA3が互いに連結されて第3回転要素RM3が構成され、第2遊星歯車装置26のサンギヤS2によって第4回転要素RM4が構成されている。上記第2遊星歯車装置26および第3遊星歯車装置28は、キャリアCA2およびCA3が共通の部材にて構成されているとともに、リングギヤR2およびR3が共通の部材にて構成されており、且つ第2遊星歯車装置26のピニオンギヤが第3遊星歯車装置28の第2ピニオンギヤを兼ねているラビニヨ型の遊星歯車列とされている。
上記第1回転要素RM1(サンギヤS3)は第1ブレーキB1によって選択的にケース36に連結されて回転停止させられ、第2回転要素RM2(リングギヤR2、R3)は第2ブレーキB2によって選択的にケース36に連結されて回転停止させられ、第4回転要素RM4(サンギヤS2)は第1クラッチC1を介して選択的に前記入力軸32に連結され、第2回転要素RM2(リングギヤR2、R3)は第2クラッチC2を介して選択的に入力軸32に連結され、第1回転要素RM1(サンギヤS3)は中間出力部材である前記第1遊星歯車装置20のキャリアCA1に一体的に連結され、第3回転要素RM3(キャリアCA2、CA3)は前記出力歯車34に一体的に連結されて回転を出力するようになっている。
上記クラッチC1、C2およびブレーキB1、B2、B3(以下、特に区別しない場合は単にクラッチC、ブレーキBという)は、多板式のクラッチやバンドブレーキなど油圧アクチュエータによって係合制御される油圧式摩擦係合装置であり、油圧制御回路98(図3参照)のリニアソレノイド弁SL1〜SL5の励磁、非励磁や図示しないマニュアルバルブによって油圧回路が切り換えられることにより、図2に示すように係合、解放状態が切り換えられ、シフトレバー72(図3参照)の操作位置(ポジション)に応じて前進6段、後進1段の各ギヤ段が成立させられる。図2の「1st」〜「6th」は前進の第1速ギヤ段〜第6速ギヤ段を意味しており、「Rev」は後進ギヤ段であり、それ等の変速比(=入力軸回転速度NIN/出力軸回転速度NOUT )は、前記第1遊星歯車装置20、第2遊星歯車装置26、および第3遊星歯車装置28の各ギヤ比ρ1、ρ2、ρ3によって適宜定められる。図2の「○」は係合、空欄は解放を意味している。
上記シフトレバー72は、例えば図4に示すシフトパターンに従って駐車ポジション「P」、後進走行ポジション「R」、ニュートラルポジション「N」、前進走行ポジション「D」、「4」、「3」、「2」、「L」へ操作されるようになっており、「P」および「N」ポジションでは動力伝達を遮断するニュートラルが成立させられるが、「P」ポジションでは図示しないメカニカルパーキング機構によって機械的に駆動輪の回転が阻止される。
図3は、図1のエンジン10や自動変速機14などを制御するために車両に設けられた制御系統を説明するブロック線図で、アクセルペダル50の操作量(アクセル開度)Accがアクセル操作量センサ51により検出されるようになっている。アクセルペダル50は、運転者の出力要求量に応じて大きく踏み込み操作されるもので、アクセル操作部材に相当し、アクセル操作量Accは出力要求量に相当する。また、エンジン10の吸気配管には、スロットルアクチュエータ54によって開度θTHが変化させられる電子スロットル弁56が設けられている。この他、エンジン10の回転速度NEを検出するためのエンジン回転速度センサ58、エンジン10の吸入空気量Qを検出するための吸入空気量センサ60、吸入空気の温度TA を検出するための吸入空気温度センサ62、上記電子スロットル弁56の全閉状態(アイドル状態)およびその開度θTHを検出するためのアイドルスイッチ付スロットルセンサ64、車速Vに対応する出力歯車34の回転速度(出力軸回転速度に相当)NOUT を検出するための車速センサ66、エンジン10の冷却水温TW を検出するための冷却水温センサ68、フットブレーキ操作の有無を検出するためのブレーキスイッチ70、シフトレバー72のレバーポジション(操作位置)PSHを検出するためのレバーポジションセンサ74、タービン回転速度NTを検出するためのタービン回転速度センサ76、油圧制御回路98内の作動油の温度であるAT油温TOIL を検出するためのAT油温センサ78、イグニッションスイッチ82などが設けられており、それらのセンサから、エンジン回転速度NE、吸入空気量Q、吸入空気温度TA 、スロットル弁開度θTH、車速V(出力軸回転速度NOUT )、エンジン冷却水温TW 、ブレーキ操作の有無、シフトレバー72のレバーポジションPSH、タービン回転速度NT、AT油温TOIL 、イグニッションスイッチ82の操作位置などを表す信号が電子制御装置90に供給されるようになっている。上記タービン回転速度NTは、入力部材である入力軸32の回転速度(入力軸回転速度NIN)と同じである。
油圧制御回路98は、自動変速機14の変速制御に関して図5に示す回路を備えている。図5において、オイルポンプ40から圧送された作動油は、リリーフ型の第1調圧弁100により調圧されることによって第1ライン圧PL1とされる。オイルポンプ40は、例えば前記エンジン10によって回転駆動される機械式ポンプである。第1調圧弁100は、タービントルクTT すなわち自動変速機14の入力トルクTIN、或いはその代用値であるスロットル弁開度θTHに応じて第1ライン圧PL1を調圧するもので、その第1ライン圧PL1は、シフトレバー72に連動させられるマニュアルバルブ104に供給される。そして、シフトレバー72が「D」ポジション等の前進走行ポジションへ操作されているときには、このマニュアルバルブ104から第1ライン圧PL1と同じ大きさの前進ポジション圧PD がリニアソレノイド弁SL1〜SL5へ供給される。リニアソレノイド弁SL1〜SL5は、それぞれ前記クラッチC1、C2、ブレーキB1〜B3に対応して配設されており、電子制御装置90から出力される駆動信号に従ってそれぞれ励磁状態が制御されることにより、それ等の係合油圧PC1、PC2、PB1、PB2、PB3がそれぞれ独立に制御され、これにより第1速ギヤ段「1st」〜第6速ギヤ段「6th」の何れかを択一的に成立させることができる。リニアソレノイド弁SL1〜SL5は何れも大容量型で、出力油圧がそのままクラッチC1、C2、ブレーキB1〜B3に供給され、それ等の係合油圧PC1、PC2、PB1、PB2、PB3を直接制御する直接圧制御が行われる。
前記電子制御装置90は、CPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより、図6に示すようにエンジン制御手段120および変速制御手段130の各機能を実行するようになっており、必要に応じてエンジン制御用と変速制御用とに分けて構成される。
エンジン制御手段120は、エンジン10の出力制御を行うもので、スロットルアクチュエータ54により電子スロットル弁56を開閉制御する他、燃料噴射量制御のために燃料噴射弁92を制御し、点火時期制御のためにイグナイタ等の点火装置94を制御する。電子スロットル弁56の制御は、例えば図7に示す関係から実際のアクセル操作量Accに基づいてスロットルアクチュエータ54を駆動し、アクセル操作量Accが増加するほどスロットル弁開度θTHを増加させる。また、エンジン10の始動時には、スタータ(電動モータ)96によってクランキングする。
変速制御手段130は、自動変速機14の変速制御を行うもので、例えば図8に示す予め記憶された変速線図(変速マップ)から実際のスロットル弁開度θTHおよび車速Vに基づいて自動変速機14の変速すべきギヤ段を決定し、すなわち現在のギヤ段から変速先のギヤ段への変速判断を実行し、その決定されたギヤ段への変速作動を開始させる変速出力を実行するとともに、駆動力変化などの変速ショックが発生したり摩擦係合装置(クラッチCやブレーキB)の摩擦材の耐久性が損なわれたりすることがないように、油圧制御回路98のリニアソレノイド弁SL1〜SL5の励磁状態を連続的に変化させる。前記図2から明らかなように、本実施例の自動変速機14は、クラッチCおよびブレーキBの何れか1つを解放するとともに他の1つを係合させるクラッチツークラッチ変速により、連続するギヤ段の変速が行われるようになっている。図8の実線はアップシフト線で、破線はダウンシフト線であり、車速Vが低くなったりスロットル弁開度θTHが大きくなったりするに従って、変速比が大きい低速側のギヤ段に切り換えられるようになっており、図中の「1」〜「6」は第1速ギヤ段「1st」〜第6速ギヤ段「6th」を意味している。
そして、シフトレバー72が「D」ポジションへ操作されると、総ての前進ギヤ段「1st」〜「6th」を用いて自動的に変速する最上位のDレンジ(自動変速モード)が成立させられる。また、シフトレバー72が「4」〜「L」ポジションへ操作されると、4、3、2、Lの各変速レンジが成立させられる。4レンジでは第4速ギヤ段「4th」以下の前進ギヤ段で変速制御が行われ、3レンジでは第3速ギヤ段「3rd」以下の前進ギヤ段で変速制御が行われ、2レンジでは第2速ギヤ段「2nd」以下の前進ギヤ段で変速制御が行われ、Lレンジでは第1速ギヤ段「1st」に固定される。したがって、例えばDレンジの第6速ギヤ段「6th」で走行中に、シフトレバー72を「D」ポジションから「4」ポジション、「3」ポジション、「2」ポジションへ操作すると、変速レンジがD→4→3→2へ切り換えられて、第6速ギヤ段「6th」から第4速ギヤ段「4th」、第3速ギヤ段「3rd」、第2速ギヤ段「2nd」へ強制的にダウンシフトさせられ、手動操作でギヤ段を変更することができる。
このような自動または手動による自動変速機14の変速制御は、係合側油圧や解放側油圧を予め定められた変化パターンに従って変化させたり、所定の変化タイミングで変化させたりすることによって行われ、この変化パターンや変化タイミング等の制御態様は、クラッチCおよびブレーキBの耐久性や変速応答性、変速ショック等を総合的に考慮して、運転状態等に応じて定められる。例えば、図11はパワーONアップシフトにおける係合側油圧指示値および解放側油圧指示値を、変速の進行度合を表すタービン回転速度NTとの関係で示すタイムチャートの一例で、破線は正常変速時の場合である。また、図12はパワーOFFダウンシフトにおける係合側油圧指示値および解放側油圧指示値を、変速の進行度合を表すタービン回転速度NTとの関係で示すタイムチャートの一例で、破線は正常変速時の場合である。これ等の図11、図12において、タービン回転速度NTの欄の「変速前ギヤ段」は変速前ギヤ段における同期回転速度で、「変速後ギヤ段」は変速後ギヤ段における同期回転速度であり、各ギヤ段の変速比と出力軸回転速度NOUT とを掛け算することによって求められる。そして、タービン回転速度NTがそれ等の同期回転速度と一致している場合は各ギヤ段が成立しているが、それ等の同期回転速度から外れている間は変速途中であることを意味している。また、係合側油圧指示値、解放側油圧指示値は、何れも前記リニアソレノイド弁SL1〜SL5に対する励磁電流に対応するもので、実際の油圧は、この指示値よりも遅れてなまされた形で変化する。
これ等のタイムチャートから明らかなように、時間t1 で変速制御が開始されると、係合側油圧指示値および解放側油圧指示値はそれぞれ予め定められた変化パターンで変化させられる。そして、タービン回転速度NTが変速前ギヤ段の同期回転速度から変化するイナーシャ相の開始が検出されると(時間t2 )、変速を進行させるように油圧指示値の態様が切り換えられ、係合側油圧指示値の場合はそれまで定圧待機させられていたものが所定の勾配で上昇させられ、解放側油圧指示値は、それまでも所定の勾配で変化させられていたが、イナーシャ相の開始に伴ってその勾配が大きくされる。また、タービン回転速度NTが変速後ギヤ段の同期回転速度付近に達すると(時間t4 )、係合側油圧指示値は更に大きな勾配で上昇させられ、変速終了が確認されるとMAX値まで一気に上昇させられて、係合側摩擦係合装置がMAX圧(第1ライン圧PL1)で完全係合させられる。
上記イナーシャ相が開始したか否かは、前記電子制御装置90が機能的に備えているイナーシャ相開始判定手段134(図6参照)によって行われる。イナーシャ相開始判定手段134は、実際のタービン回転速度NTの変化に基づいてイナーシャ相の開始を検出するイナーシャ相開始検出手段136の他に、変速開始からの経過時間が所定のバックアップ時間を上回っても、上記イナーシャ相開始検出手段136によってイナーシャ相の開始を検出することができない場合に、イナーシャ相開始異常と判断するイナーシャ相開始異常判断手段138を備えている。図9は、このイナーシャ相開始判定手段134による信号処理を具体的に説明するフローチャートで、ステップS3およびS4は正常時のイナーシャ相開始検出手段136に相当し、ステップS2、S5〜S9はイナーシャ相開始異常判断手段138に相当する。前記変速制御手段130は、イナーシャ相開始異常判断手段138によってイナーシャ相開始異常と判断された場合も、イナーシャ相開始検出手段136によりイナーシャ相の開始が検出された場合と同様に、前記係合側油圧指示値および解放側油圧指示値の態様を、イナーシャ相中の態様に切り換えるようになっており、これにより変速動作すなわち油圧制御が強制的に進行させられて、変速制御の停滞が防止される。
図9のステップS1では、変速制御手段130により図8の変速マップに従って自動的に或いはシフトレバー74の手動操作に伴って変速すべき判断が為され、クラッチCやブレーキBの係合解放状態を切り換えるための変速時油圧制御が開始されたか否かを、例えばリニアソレノイド弁SL1〜SL5に対する励磁電流の出力状態、すなわち油圧指示値などから判断する。そして、変速時油圧制御が開始された場合には、ステップS2以下を実行する。図11、図12の時間t1 は、変速時油圧制御が開始された時間で、ステップS1の判断がYESとなった時間である。
ステップS2では、イナーシャ相開始バックアップ時間のカウンタをリセットし、ステップS3では、タービン回転速度NTが変速前ギヤ段の同期回転速度から変化したか否かによって、イナーシャ相が開始したか否かを判断する。そして、イナーシャ相の開始が検出されないと、ステップS5〜S8を実行し、予め定められたバックアップ時間を経過したか否かによってイナーシャ相開始異常の判断を行うとともに、イナーシャ相開始異常と判断されるまではステップS3以下を繰り返す。このバックアップ時間は、正常な変速時にイナーシャ相が開始するまでの必要時間よりも十分に長い時間が定められており、正常変速時にはイナーシャ相開始異常と判断される前にステップS3の判断がYES(肯定)となり、ステップS4でイナーシャ相開始の判定が為される。図11、図12の時間t2 は、正常変速でステップS3の判断がYESになり、ステップS4でイナーシャ相の開始判定が為された時間であり、このイナーシャ相の開始判定に伴って前記変速制御手段130により前記係合側油圧指示値および解放側油圧指示値の態様が破線で示すようにイナーシャ相中の態様に切り換えられる。
ステップS5〜S8によるイナーシャ相開始異常の判断は、例えば前記リニアソレノイド弁SL1〜SL5の電気的或いは機械的な故障、或いはタービン回転速度センサ76の電気的な故障など、何等かの異常でタービン回転速度NTに基づいてイナーシャ相の開始を検出することができなかった場合に、変速時の油圧制御が停滞してしまうことを防止するためのものである。ステップS5では、今回の変速がアップシフトか否かを判断し、アップシフトの場合にはステップS6でアップシフト時イナーシャ相開始バックアップ時間inertupを選択する一方、アップシフトでない場合すなわちダウンシフトの場合は、ステップS7でダウンシフト時イナーシャ相開始バックアップ時間inertdnを選択する。これ等のバックアップ時間inertup、inertdnは、変速制御の停滞時間をできるだけ短くする上で、各変速時の油圧制御の態様に基づいて設定されており、アップシフトかダウンシフトかによる場合分けの他、変速の種類すなわちどのギヤ段からどのギヤ段への変速かにより、変速に関与する摩擦係合装置の諸元や油圧変化特性等に応じて個別に設定される。また、変速の態様により、入力トルク(スロットル弁開度θTHなど)や車速V、パワーONかパワーOFFか、或いはAT油温TOIL 等を更に考慮して設定されている。
例えばパワーONアップシフトでは、係合側摩擦係合装置の係合でタービン回転速度NTを強制的に低下させる必要があるため、イナーシャ相開始までの時間は入力トルクによって変化し、入力トルクが大きい程長くなるため、それに合わせてバックアップ時間inertupも長くなる。パワーOFF時すなわち入力トルク≦0のアップシフトでは、ニュートラル状態でタービン回転速度NTが自然に低下することによりイナーシャ相が開始するため、その低下し始めるまでの時間を想定してバックアップ時間inertupが設定される。また、イグニッションスイッチ82がON操作された後始めて係合させられる摩擦係合装置は、作動油が抜け出していることがあり、係合トルクを発生するまでに時間が掛かってイナーシャ相開始までの時間が長くなるため、摩擦係合装置に作動油が充填されるまでの補正時間を加算してバックアップ時間inertupを設定することが望ましい。
ダウンシフトの場合は、パワーON時には解放側摩擦係合装置の係合を緩めてタービン回転速度NTを上昇させる一方、タービン回転速度NTが変速後ギヤ段の同期回転速度付近に達したら係合側摩擦係合装置を係合させるが、高車速では変速終了までの回転速度差が大きいため、係合側摩擦係合装置を係合制御するまでに時間的余裕があり、解放側摩擦係合装置を速やかに解放することが可能で、イナーシャ相開始までの時間も短く、バックアップ時間inertdnも短くすれば良いなど、車速Vをパラメータとして設定される。パワーOFF時のダウンシフトは、係合側摩擦係合装置の係合でタービン回転速度NTを上昇させる必要があるが、手動操作によるダウンシフトで減速感が要求されることを想定して、車速Vが高い程大きな減速度が速やかに得られるようにするために係合側摩擦係合装置を速やかに係合させるため、バックアップ時間inertdnも短くされる。
また、アップシフトかダウンシフトかに拘らず、AT油温TOIL が高いと粘性が低くなって摩擦係合装置の油圧の応答性が良くなり、イナーシャ相開始までの時間が短くなるため、それに合わせて上記バックアップ時間inertup、inertdnを短くできる。AT油温TOIL は作動油温度に相当する。
前記ステップS6またはS7でバックアップ時間inertupまたはinertdnが設定されると、ステップS8を実行する。ステップS8では、変速制御開始時にステップS2でリセットされたカウンタの内容、すなわち変速開始時からの経過時間が、バックアップ時間inertupまたはinertdnを上回ったか否かを判断し、バックアップ時間inertupまたはinertdnに達するまではステップS3以下を繰り返し実行する。そして、ステップS3でタービン回転速度NTに基づくイナーシャ相の開始判定が為されることなく、バックアップ時間inertupまたはinertdnに達してステップS8の判断がYESになると、ステップS9でバックアップによるイナーシャ相開始判定が為される。図11、図12の時間t3 は、ステップS9でバックアップによるイナーシャ相の開始判定が為された時間で、このイナーシャ相の開始判定に伴って前記変速制御手段130により前記係合側油圧指示値の態様が実線で示すようにイナーシャ相中の態様に切り換えられる。ステップS9のバックアップによるイナーシャ相の開始判定は、イナーシャ相開始異常判断に相当する。
図6に戻って、本実施例の電子制御装置90はまた、変速時の油圧制御がイナーシャ相中の態様に移行した後においても、何等かの異常で変速動作すなわち油圧制御が適切に終了しない場合、すなわちイナーシャ相の開始判定が為された時点から所定の強制終了判定時間が経過しても変速時油圧制御が終了しない場合には、変速に関与する摩擦係合装置が変速後の状態となるように油圧指示値を切り換えることにより、変速動作を強制的に終了させる変速制御強制終了手段132を機能的に備えている。図10は、この変速制御強制終了手段132によって実行される信号処理の具体的内容を説明するフローチャートで、ステップR1では、前記イナーシャ相開始判定手段134によりイナーシャ相の開始判定が為されたか否か、具体的には前記ステップS4またはS9でイナーシャ相開始判定が為されたか否かを判断する。そして、イナーシャ相開始判定が為されるとステップR2以下を実行する。
ステップR2では、変速制御強制終了判定用カウンタをリセットし、ステップR3では、駆動状態のパワーONか否かを判断する。パワーONか否かは、スロットル弁開度θTHがアイドル状態か否かによって判断しても良いが、エンジン回転速度NEがタービン回転速度NTより大きいか否かによって判断しても良い。そして、パワーONであれば、ステップR4でパワーON時変速制御強制終了判定時間guardonを選択する一方、パワーONでない場合すなわちパワーOFFの場合は、ステップR5でパワーOFF時変速制御強制終了判定時間guardoffを選択する。これ等の強制終了判定時間guardon、guardoffは、スリップ状態が長くなることにより摩擦係合装置の耐久性が損なわれることを防止するためのもので、各変速の油圧制御の態様に応じて正常な変速に必要な時間よりも十分に長い時間が設定される。例えばパワーON時の変速制御強制終了判定時間guardonは、変速前後の回転速度差を表す変速制御開始時の車速Vおよび変速の種類、或いは入力トルクなどに基づいて設定され、パワーOFF時の変速制御強制終了判定時間guardoffは、入力トルクが小さくて摩擦係合装置に掛かる負荷が小さいため、例えば比較的長い一定時間が設定される。これ等の強制終了判定時間guardon、guardoffは、請求項1に記載の所定時間に相当し、本実施例ではタービン回転速度NTの変化に基づいて前記ステップS4でイナーシャ相開始判定が為された場合でも、バックアップによりステップS9でイナーシャ相開始判定が為された場合でも、共通の強制終了判定時間guardon、guardoffが用いられる。
前記ステップR4またはR5で強制終了判定時間guardonまたはguardoffが設定されると、ステップR6を実行し、イナーシャ相の開始判定時にステップR2でリセットされたカウンタの内容、すなわちイナーシャ相開始判定時点からの経過時間が、強制終了判定時間guardonまたはguardoffを上回ったか否かを判断する。そして、強制終了判定時間guardonまたはguardoffを上回っていない場合は、ステップR7で変速制御が終了したか否かを、リニアソレノイド弁SL1〜SL5に対する励磁電流の出力状態などから判断し、変速が終了した場合には変速制御強制終了手段132による一連の強制終了制御を終了する。また、未だ変速が終了していない場合にはステップR3以下を繰り返し実行し、変速制御が終了する前に強制終了判定時間guardonまたはguardoffを上回り、ステップR6の判断がYESになった場合には、ステップR8を実行し、変速制御の強制終了処理を実行する。具体的には、変速に関与する摩擦係合装置が変速後の状態となるように油圧指示値を切り換えることにより、変速動作を強制的に終了させる。図11、図12において実線で示すグラフは、それぞれ前記図9のステップS9でバックアップによるイナーシャ相開始判定が為されて油圧制御がイナーシャ相中の態様に切り換えられた場合に、何等かの異常で変速が終了する前に、イナーシャ相開始判定時点(時間t3 )からの経過時間が強制終了判定時間guardonまたはguardoffに達した場合で、その強制終了判定時間guardonまたはguardoffに達した時点(時間t5 )で係合側油圧指示値がMAX値まで上昇させられ、変速時油圧制御が強制終了させられる。
このように、本実施例の変速制御装置によれば、変速開始(時間t1 )からの経過時間が予め定められたバックアップ時間inertupまたはinertdnを上回っても、タービン回転速度NTに基づいてイナーシャ相の開始を検出することができない場合には、ステップS9でバックアップによるイナーシャ相開始判定(イナーシャ相開始異常判断)が為され、そのイナーシャ相開始判定に応じて油圧制御の態様がイナーシャ相中の態様に強制的に移行させられる。このため、タービン回転速度NTに基づくイナーシャ相開始の検出が不可で変速制御が停滞することが防止されるとともに、異常の原因によっては油圧制御の移行で変速が進行し、適切に変速が行われることがある。例えば軽微なバルブスティック等の故障が回復して油圧変化により変速が進行する場合には、油圧制御の継続に伴って変速が適切に行われるし、タービン回転速度センサ76の故障で実際にはタービン回転速度NTが同期回転速度から変化してイナーシャ相が開始している場合も、油圧制御が継続して行われることにより変速が進行させられる。
また、ステップS9でバックアップによるイナーシャ相開始判定(イナーシャ相開始異常判断)が為された場合も、タービン回転速度NTに基づいてステップS4でイナーシャ相開始判定が為された場合と同様に、そのイナーシャ相開始判定が為された時点(時間t3 )を起点として、強制終了判定時間guardonまたはguardoffを上回った場合には、変速動作が強制的に終了させられるため、摩擦係合装置の耐久性を確保することができる。
また、ステップS9でイナーシャ相開始判定が為されると、図10のステップR1の判断がYESになってステップR2以下を実行するため、ステップS9でバックアップによるイナーシャ相開始判定が為された場合、その判定に伴う油圧制御の切り換えで変速が進行し、タービン回転速度NTが変化してイナーシャ相の開始が検出されたとしても、ステップS9のイナーシャ相開始判定時を起点として変速動作の強制終了制御が行われるため、摩擦係合装置の耐久性を一層適切に確保することができる。すなわち、油圧制御の切り換えで変速が進行し、タービン回転速度NTが変化してイナーシャ相の開始が検出された場合には、その実際のイナーシャ相開始検出時を起点として変速動作を強制終了させることもできるが、油圧制御の態様をイナーシャ相中の態様に移行した後イナーシャ相の開始が検出されるまでの間においても摩擦係合装置に滑りが生じる可能性があるため、その期間も含めて変速動作の強制終了判断が行われるようにすれば、摩擦係合装置の耐久性を確保する上でより適切なものとなるのである。
また、本実施例では、ステップS5〜S9でバックアップによるイナーシャ相開始判定(イナーシャ相開始異常判断)を行う際のバックアップ時間inertup、inertdnが、変速の種類すなわちどのギヤ段からどのギヤ段への変速かに応じて個別に設定されるため、変速に関与する摩擦係合装置の諸元や油圧変化特性等の相違に拘らず、バックアップ時間inertup、inertdnを適切に設定することが可能で、タービン回転速度NTの変化に基づくイナーシャ相開始の検出不可による変速制御の停滞時間を短くできる。
また、本実施例では、アップシフト時のイナーシャ相開始バックアップ時間inertupは入力トルクを考慮して設定され、ダウンシフト時のイナーシャ相開始バックアップ時間inertdnは車速Vを考慮して設定されるため、アップシフト時およびダウンシフト時における油圧制御の相違に応じて、バックアップ時間inertup、inertdnを適切に設定することが可能で、タービン回転速度NTの変化に基づくイナーシャ相開始の検出不可による変速制御の停滞時間を一層短くできる。
また、本実施例では、AT油温TOIL を考慮してバックアップ時間inertup、inertdnが設定されるため、AT油温TOIL の相違に拘らずバックアップ時間inertup、inertdnを適切に設定することが可能で、タービン回転速度NTの変化に基づくイナーシャ相開始の検出不可による変速制御の停滞時間を短くできる。
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
14:自動変速機 90:電子制御装置 130:変速制御手段 132:変速制御強制終了手段 138:イナーシャ相開始異常判断手段 C1、C2:クラッチ(摩擦係合装置) B1〜B3:ブレーキ(摩擦係合装置) inertup、inertdn:バックアップ時間 guardon、guardoff:強制終了判定時間(所定時間)