紡糸口金には次のような特性を満足することが求められる。
第1に、熱膨張係数が小さいことである。この理由は、熱膨張係数が小さいと、製造工程における口金の温度変化によって口金が膨張、収縮し、口金を固定するための部材との熱膨張係数の違いにより熱応力が発生して口金が応力破壊したり、口金本体とノズルピースが異なる材質の場合は、両者の熱膨張係数の違いによって、ノズルピースが離脱する等の問題が生じたりすることがないからである。
第2に、室温および紡糸が行われる温度、口金に付着した炭化物やモノマーを除去、清掃するために加熱する際の温度、いずれの温度においても機械的強度が高く、特に高温で曲げ強度が低下しないことである。この理由は、機械的強度が高いと、溶融樹脂を紡糸する際、口金には大きな機械的応力がかかり、また、高温での清掃の際には熱応力がかかるため、これらのいずれの応力によっても口金が破壊されないからである。
第3に、熱伝導率が高いことである。この理由は、熱伝導率が高いと、溶融樹脂からの熱を口金全体に均一に伝導させることができるので、紡糸される糸の品質を安定させることができるからである。
第4に、耐摩耗性に優れていることである。この理由は、紡糸口金の耐摩耗性が高いと、溶融した樹脂をノズルから長時間高速で吐出した場合でも、ノズル孔内面が摩耗して紡糸された糸が変形したり、サイズが変化したりしにくいため、紡糸される糸の品質を安定させることができるからである。
しかしながら、上述の従来技術ではこのような特性を全て満足する紡糸口金を得ることができなかった。また、紡糸口金がこれらの4つの特性(低熱膨張係数、高い機械的強度、高熱伝導率、耐摩耗性)を満足する場合でも、特に糸切れを起こしにくくするためには、紡糸口金のノズル孔内面の表面粗さや、吐出部周辺の表面粗さを小さくして、炭化物やモノマーの付着を抑制することが求められている。
特許文献1の溶融防糸装置に用いられる紡糸口金は、熱膨張係数が大きかったり、曲げ強度が小さかったり、高温で曲げ強度が低下したり、熱伝導率が低かったりするという問題があった。この理由は、特許文献1には、溶融ピッチに接する紡糸口金の表面の材質として種々のセラミックスが候補に掲げられているものの、これらのセラミックスの特性が上記の3つの特性を満足しない場合があったためである。また、口金本体にセラミックス層をコーティングしたものは、口金本体とこの口金本体表面にコーティングしたセラミックス層との熱膨張差が大きいために、セラミックス層が剥離するとう問題があった。
また、特許文献2の紡糸口金は口金表面をTiN、Si3N4、Al2O3のいずれかの薄膜で被覆しているため、熱応力によってこの薄膜が剥離するという問題があった。
特許文献3の溶融樹脂紡糸用口金は、熱膨張係数が大きかったり、高温での機械的強度が低かったりするため、口金が応力破壊するという問題があった。
さらに、特許文献4の紡糸口金は、ノズル孔の周辺を口金本体の材質とは異なる高硬度耐摩耗性のセラミックスで形成しているため、口金本体とノズル孔との熱膨張係数が異なり、このため熱応力によって、高硬度耐摩耗性のセラミックスが剥離するという問題があった。
またさらに、特許文献5の溶融樹脂紡糸用口金は、熱膨張係数が大きいため熱応力によってクラックが入ったり、割れたりするという問題があった。
さらにまた、特許文献6の紡糸口金は、溶融ポリマーと接触する口金内面および口金表面の粗さをいずれも0.3S以下としているものの、紡糸口金の熱膨張係数が大きかったり、機械的強度が小さかったり、熱伝導率が小さかったりすると、上述の問題が発生していた。
また、特許文献7の紡糸口金は、紡糸口金のポリマー吐出面が表面粗さの最大高さ(Ry)を0.2μm以下としているものの、特許文献6と同様に、紡糸口金の熱膨張係数が大きかったり、機械的強度が小さかったり、熱伝導率が小さかったりすると、上述の問題が発生していた。
さらに、特許文献8の紡糸用口金でも、特許文献6、7の紡糸口金における問題が発生していた。
また、紡糸口金全体をセラミックスから形成した特許文献9の紡糸口金は、アルミナセラミックスで形成されているものの、ノズル孔の寸法精度を向上させるため、ノズルピースと口金本体を別々に作製した後、ノズルピースと口金本体とをガラス接合により接合して作製されていた。また、紡糸口金全体が熱膨張係数の大きなアルミナセラミックスからなるため、紡糸口金が大きく熱膨張した。さらに、ノズルピースと口金本体の熱膨張係数よりも、接合に使用したガラスの熱膨張係数が大きかった。このため、熱応力によって口金が応力破壊したり、ノズルピースが口金本体から離脱したりするという問題があった。
さらに、紡糸口金全体をジルコニア、アルミナ、窒化珪素、炭化珪素等のセラミックスで形成した場合、長時間の紡糸によってノズル孔内周面が特に摩耗しやすいという問題があった。
上記問題点に鑑み、本発明者は誠心誠意努力した結果、紡糸口金を低熱膨張係数、高い機械的強度、高熱伝導率、高耐摩耗性セラミックスで一体的に形成することにより、上記問題点を解決できることを見出し本発明に至った。
本発明は、溶融樹脂を用いて紡糸する際や、口金に付着した炭化物やモノマーを高温でする除去する際、大きな機械的応力や熱応力が印加されても、割れたりクラックが入ったりせず、しかも糸切れや糸の変形等の少ない合成繊維を製造できる紡糸口金を提供することを目的とする。また、さらに炭化物やモノマーが付着しにくい紡糸口金を提供することを目的とする。
本発明の紡糸口金は、多結晶セラミックスからなるプレートの両主面間に列状に配列された複数の貫通孔を有し、該貫通孔に溶融樹脂を導入、吐出して合成繊維を製造するための紡糸口金であって、熱膨張係数が5×10−6/K以下、室温での曲げ強度が500MPa以上であるとともに室温での曲げ強度に対する500℃での曲げ強度の割合が80%以上、熱伝導率が20W/m・K以上であり、前記貫通孔の内周面の少なくとも一部における粒界相が内部よりも少ないことを特徴とする。
また、貫通孔の内周面の少なくとも一部が焼き肌面であることを特徴とする。
さらに、破壊靭性値が4.5MPa・m1/2以上であることを特徴とする。
またさらに、窒化珪素を主成分とすることを特徴とする。
さらにまた、周期律表3属元素(RE)をRE2O3換算で2〜20質量%、AlをAl2O3換算で0.5〜10質量%含有することを特徴とする。
また、Fe、Wのうち少なくとも1種を含有し、前記Feの含有量がFe2O3換算で0.1〜4質量%、前記Wの含有量がWO3換算で0.1〜2質量%であることを特徴とする。
さらに、窒化珪素の平均長径が4〜20μm、平均短径が0.3〜4μm、平均アスペクト比が3〜20である針状結晶からなることを特徴とする。
またさらに、気孔率が2%以下、気孔の平均径が8μm以下であることを特徴とする。
さらにまた、少なくとも一方の主面が表面粗さ(Ra)0.2μm以下であることを特徴とする。
また、本発明の紡糸口金の製造方法は、Si粉末、もしくはSi粉末と窒化珪素粉末の混合粉末と、焼結助剤からなる粉末とを混合して混合粉末を作製する粉末混合工程と、前記混合粉末と有機結合剤との混合物の成形体を作製する成形工程と、実質的に窒素ガス、アルゴンガス、またはこれらの混合ガスからなる雰囲気中で前記有機結合材を脱脂して脱脂体を作製する脱脂工程と、前記脱脂体を実質的に窒素ガスからなる雰囲気中で窒化体に変換する窒化工程と、前記窒化体を窒素ガスを含有する非酸化性雰囲気中で焼成して焼結体を作製する焼成工程とを有し、前記窒化工程および前記焼成工程における雰囲気中の窒素ガス分圧が50〜1000kPaであることを特徴とする。
本発明の紡糸口金は、熱膨張係数が5×10−6/K以下、室温での曲げ強度が500MPa以上であるとともに室温での曲げ強度に対する500℃での曲げ強度の割合が80%以上、熱伝導率が20W/m・K以上であり、前記貫通孔の内周面の少なくとも一部における粒界相が内部よりも少ないことから、溶融樹脂を用いて紡糸する際や、口金に付着した炭化物やモノマーを高温で除去する際、大きな機械的応力や熱応力が印加されても、割れたりクラックが入ったりせず、しかも糸切れ等の少ない合成繊維を高速かつ多量に製造することができる。また、熱膨張係数を5×10−6/K以下とすることにより、製造工程における口金の温度変化によって口金が膨張、収縮し、口金を固定するための部材との熱膨張係数の違いにより大きな熱応力が発生して口金が応力破壊することがなく、室温での曲げ強度を500MPa以上、25℃での曲げ強度に対する500℃での曲げ強度の割合を80%以上とすることにより、溶融樹脂を紡糸する際、口金にかかる大きな機械的応力や、高温での清掃の際にかかる熱応力によっても口金が破壊されない。また、熱伝導率が20W/m・K以上である紡糸口金とすることにより、溶融樹脂からの熱を口金全体に均一に伝導させることができるので、糸切れ等が起こりにくく、紡糸される糸の品質を安定させることができる。さらに、貫通孔の内周面の少なくとも一部における粒界相がセラミックスの内部よりも少ない紡糸口金とすることにより、該セラミックス中の主結晶よりも耐摩耗性の悪い粒界相を前記貫通孔の内周面で少なくすることができるので、溶融樹脂による前記貫通孔内面の摩耗を低減させることができる。
また、前記貫通孔の内周面の少なくとも一部を焼き肌面とすることにより、前記貫通孔内周面の加工コストを低減できるので、安価な紡糸口金を製造することができる。
さらに、前記セラミックスの破壊靭性値が4.5MPa・m1/2以上である紡糸口金とすることにより、口金の耐摩耗性が向上する。このため、溶融樹脂を長時間前記貫通孔へ導入、吐出して合成繊維を紡糸しても、口金が摩耗しにくいので、得られる糸の径が変化しにくく、糸の変形も起こりにくい。また、破壊靱性が高いのでハンドリングの際にかかる機械的衝撃によってもクラックや欠けが発生しにくい。
またさらに、窒化珪素を主成分とすることから、熱膨張係数が特に小さく、機械的強度が特に高くセラミックスからなるものとすることができるので、大きな熱応力がかかっても、割れたり、クラックが入ったりすることがない。
さらにまた、窒化珪素を主成分とし、周期律表3属元素(RE)をRE2O3換算で1〜20質量%、AlをAl2O3換算で0.5〜10質量%含有する紡糸口金とすることにより、機械的強度の高い粒界相を生成させることができるので、紡糸口金の機械的強度を特に向上させることができる。
また、窒化珪素を主成分とし、Fe、Wのうち少なくとも1種を含有し、前記Feの含有量をFe2O3換算で0.1〜4質量%、前記Wの含有量をWO3換算で0.1〜2質量%とした紡糸口金は、口金の耐熱衝撃温度が大きくなるので、高温で口金に付着した炭化物やモノマーを除去後、急冷しても口金が割れたり、クラックが入ったりしない。このため、短時間で口金の清掃ができ、合成繊維の量産性が向上する。
さらに、前記窒化珪素が針状結晶からなり、前記針状結晶の平均長径を4〜20μm、平均短径を0.3〜4μm、平均アスペクト比を3〜20とした紡糸口金は、さらに機械的強度と破壊靱性が大きいので、大きな応力がかかっても、口金が割れたりクラックが入ったりすることがない。
またさらに、窒化珪素を主成分とし、気孔率を2%以下、気孔の平均径を8μm以下とした紡糸口金とすることにより、溶融樹脂を紡糸する際、口金にかかる特に大きな機械的応力や、高温での清掃の際にかかる熱応力によっても口金が破壊されない。この理由は、前記セラミックスの気孔率を低く、気孔径を小さく制御することにより、前記セラミックスの機械的強度を特に向上させることができるからである。
さらにまた、前記他方主面のRaが0.2μm以下である紡糸口金とすることにより、紡糸口金に前記炭化物やモノマーが付着することを特に抑制することができる。この理由は、前記他方主面のRaを0.2μm以下と小さく制御することによって、前記他方主面の凹凸の大きさが小さくなり、この凹凸へ前記炭化物やモノマーが侵入しにくくなるからである。
また、前記窒化珪素を主成分とする紡糸口金の製造方法によれば、Si粉末、もしくはSi粉末と窒化珪素粉末の混合粉末と、焼結助剤からなる粉末とを混合して混合粉末を作製する粉末混合工程と、窒化珪素を主成分とするセラミックスからなる紡糸口金の前駆体として、前記混合粉末と有機結合剤との混合物の成形体を作製する成形工程と、実質的に窒素ガス、アルゴンガス、またはこれらの混合ガスからなる雰囲気中で前記有機結合材を脱脂して脱脂体を作製する脱脂工程と、前記脱脂体を実質的に窒素ガスからなる雰囲気中で窒化体に変換する窒化工程と、前記窒化体を窒素ガスを含有する非酸化性雰囲気中で焼成して焼結体を作製する焼成工程とを有し、前記窒化工程および前記焼成工程における雰囲気中の窒素ガス分圧が50〜1000kPaであることから、熱膨張率が小さく、機械的強度が特に高く、熱伝導率が大きな窒化珪素質焼結体からなる紡糸口金を製造することができる。
以下、本発明の最良の形態について詳述する。
図1は本発明の紡糸口金の一実施形態を示す図であり、図1(a)は斜視図、(b)は図1(a)のA−A’線における断面図、(c)は図1(b)の部分拡大図である。また、図2は本発明の紡糸口金の他の実施形態を示す図であり、図2(a)は斜視図、(b)は図2(a)のA−A’線における断面図、(c)は図2(b)の一部を示す拡大図である。
本発明の紡糸口金10は、窒化珪素、サイアロン、炭化珪素等の多結晶セラミックス1からなるプレート5の両主面3a、3b間に列状に配列された複数の貫通孔2を有し、溶融樹脂(不図示)を貫通孔2へ導入、吐出して合成繊維(不図示)を製造するものである。
ここで、紡糸口金を形成するセラミックス1は、熱膨張係数が5×10−6/K以下、室温での曲げ強度が500MPa以上、25℃での曲げ強度に対する500℃での曲げ強度の割合が80%以上、熱伝導率が20W/m・K以上であり、貫通孔2の内周面の少なくとも一部における粒界相がセラミックスの内部よりも少ないことに特定する。
これにより、紡糸口金10が溶融樹脂を用いて紡糸する際や、紡糸口金10に付着した炭化物やモノマーを高温でする除去する際、大きな機械的応力や熱応力が印加されても、割れたりクラックが入ったりせず、しかも糸切れ等の少ない合成繊維を高速かつ多量に製造できる。
詳細には、紡糸口金10を一体的なセラミックス1から形成するため、口金本体とノズルピースとを別々に作成後一体化される従来の紡糸口金で発生する熱応力による破壊やノズルピースの離脱が起こらない。また、紡糸口金10がプレート5からなるため、局部的な熱応力の集中を抑制可能な構造とすることができ、主面3a、3b間を貫通し列状に配列された複数の貫通孔2を有することにより、複数の貫通孔2へ溶融樹脂を導入し、同方向へ吐出して合成繊維を高速かつ多量に製造することができる。
また、熱膨張係数を5×10−6/K以下とすることにより、合成繊維の製造工程や、紡糸口金10に付着した炭化物やモノマーを除去する清掃工程中に紡糸口金10が室温〜500℃の範囲で温度変化した場合でも、熱応力によって紡糸口金10が割れたり、紡糸口金10が膨張、収縮し、紡糸口金10を固定するための部材との熱膨張係数の違いにより大きな熱応力が発生して紡糸口金10が応力破壊したりすることがない。
さらに、室温での曲げ強度を500MPa以上とするとともに、室温(25℃)での曲げ強度に対する500℃での曲げ強度の割合を80%以上とすることにより、溶融樹脂を紡糸する際、紡糸口金10にかかる大きな機械的応力や、高温での清掃の際にかかる熱応力によっても紡糸口金10が破壊されない。同時に、熱伝導率を20W/m・K以上とすることにより、溶融樹脂からの熱を紡糸口金10全体に均一に伝導させることができるので、糸切れ等が起こりにくく、紡糸される糸の品質を安定させることができる。
またさらに、前記熱膨張係数を4×10−6/K以下とすることが好ましい。この理由は、前記清掃工程中の紡糸口金の急激な温度変化が500℃を超える場合でも、熱応力によって紡糸口金10が割れたり、合成繊維の製造工程における急激な紡糸口金10の温度変化によって紡糸口金10が膨張、収縮して、紡糸口金10を固定するための部材との熱膨張係数の違いにより特に大きな熱応力が発生した場合でも、紡糸口金10が応力破壊したりしないからである。また、熱膨張係数は、紡糸口金10を用いて合成繊維を紡糸する際の温度に近い温度、すなわち室温〜400℃での平均熱膨張係数が4×10−6/K以下であることが好ましい。
さらに、室温での曲げ強度を600MPa以上、室温での曲げ強度に対する500℃での曲げ強度の割合を94%以上とすることにより、溶融樹脂を紡糸する際に紡糸口金10にかかる特に大きな機械的応力や、高温での清掃の際に紡糸口金10に500℃を超える急激な温度変化が起こった場合発生する特に大きな熱応力によっても紡糸口金10が破壊されないので好ましい。
また、熱伝導率を室温で23W/m・K以上、さらに、室温〜350℃での熱伝導率を20W/m・K以上とすることにより、溶融樹脂からの熱が紡糸口金10全体に特に均一に伝導し、これによって特に糸切れ等が起こりにくく、紡糸される糸の品質を特に安定させることができるので好ましい。
なお、前記紡糸口金10を形成するセラミックス1の各特性は次のように測定する。熱膨張係数はJIS R1618(1994年)、室温での曲げ強度はJIS R1601(1995年)、500℃での曲げ強度はJIS R1604(1995年)、熱伝導率はJIS R1611(1997年)にそれぞれ準拠して、また、室温での曲げ強度に対する500℃での曲げ強度の割合は、(500℃での曲げ強度/室温での曲げ強度)×100により求めるものである。
また、貫通孔2の内周面の少なくとも一部における粒界相を内部よりも少なくすることによって、紡糸口金10を形成するセラミックス1中の主結晶よりも耐摩耗性の悪い粒界相を内部よりも貫通孔2の内周面で少なくして、溶融樹脂による貫通孔2の内周面の摩耗を低減させることができる。
なお、前記内部とは、貫通孔2の表面から深さが10μm以上の任意の位置を意味する。
さらに、貫通孔2の内周面に存在する粒界相の量を内部に存在する粒界相の量よりも50%以上少なくすることが、貫通孔2の耐摩耗性をさらに向上できるので好ましい。
ここで、貫通孔2の内周面における粒界相を少なくするための手段を述べる。
貫通孔2の内周面に存在する粒界相を少なくするためには、例えば、セラミックス1の種類に応じて、焼成雰囲気中に存在する特定の気体の分圧を制御することが必要である。この焼成雰囲気中の特定の気体の分圧は、セラミックス1の材質によって異なる。例えば、セラミックス1が窒化物セラミックスの場合、窒素分圧が50〜1000kPaの窒素ガスを主体とした焼成雰囲気とする。また、例えば、セラミックス1が炭化物セラミックスの場合は、分圧が50〜1000kPaのアルゴンを主体とした焼成雰囲気とする。また、セラミックス1が酸化物セラミックスの場合は、酸素分圧を50〜1000kPaとし、酸素以外の気体を希ガスからなる焼成雰囲気とする。このように焼成雰囲気中の気体の分圧を制御することにより、貫通孔2の内周面に存在する粒界相を少なくすることができるのは次の理由によるものと推察される。
セラミックス1に含まれる粒界相は、焼成中に主結晶の周囲に形成されて主結晶の焼結/粒成長を促進する。粒界相によるこの焼結/粒成長の促進は焼結過程の後期、典型的には高温(例えば液相生成温度よりも高い温度)での保持中に起こる。この焼結/粒成長と共に粒界相が主結晶の周囲に、例えば3次元網目構造の形となって成長していく。この成長の速度は焼結体内部と表面とでは異なる。この成長速度の違いは、内部は雰囲気ガスに曝されにくいので固体内の拡散による物質移動(粒界相の成長)が支配的なのに対し、表面は焼成雰囲気ガスに暴露されやすいため、気相反応による粒界相の生成や移動が起こりやすいために起こると考えられる。特に、貫通孔2内のような、微小で閉塞された形状に近い空間内では、気相反応が起こりやすいので焼成中の雰囲気ガスの種類と圧力によって粒界相の生成速度が大きく変化しやすい。この気相反応の抑制が、貫通孔2の内周面における粒界相を少なくすることにつながる。セラミックス1が窒化物の場合は窒素、炭化物の場合はアルゴン、酸化物の場合は酸素を主体とするのは、主結晶の蒸発を抑制すると共に、焼成中の粒界相成分の蒸発、再蒸着を抑制して、気相反応による粒界相の表面への生成を抑制することができるからである。また、各々の分圧を50〜1000kPaとするのは、50kPa未満では、粒界相成分の蒸発を抑制することが困難なため粒界相が表面に多く生成し、1000kPaを超えると焼結体内部から粒界相が移動しやすくなって表面に粒界相が多量に析出するためである。
なお、粒界相の量の多少は、走査型電子顕微鏡(SEM)やX線マイクロアナライザー等による観察により分析する。例えば、セラミックス1の主結晶に含まれる元素よりも粒界相に含まれる元素の原子番号が大きい場合、主結晶よりも粒界相がSEMで白く観察されるので、粒界相の多少を貫通孔2の内周面の表面部と内部とで相対比較することができる。また、例えばX線マイクロアナライザーにより、粒界相に含まれる各元素をマッピングすることによって、貫通孔2の内周面と焼結体内部の粒界相の量を比較することができる。さらには、原子間力顕微鏡などを用いて貫通孔2の内周面と焼結体内部の粒界相の量を比較しても良い。
また、紡糸口金10は、プレート5の形状をなしていればよく、図1のような円板形状、図2のような矩形体形状等からなり、大きな熱応力が加わっても割れたりクラックが入ったりしないようにするために、図1のような円板形状が好ましい。これは、溶融樹脂を貫通孔2へ導入し、吐出させて紡糸する際、プレート5の周縁部でプレート5を支持、固定する必要があり、プレート5が円板状の場合、円板の周縁全体を支持、固定することにより、紡糸口金10にかかる応力が紡糸口金10全体に分散され、局所的な応力の発生を抑制することができるからである。
また、図1のようにプレート5が円板状からなり、貫通孔2が複数の同心円上に放射状に配置されている紡糸口金10とすることにより、局所的な応力の発生を特に抑制できるとともに、貫通孔2から吐出直後の糸同士の接触を抑制できるので、糸切れを特に抑制することができる。
さらに、プレート5の主面3a、3bは略平行であることが好ましく、プレート5にあるエッジ、例えば主面3a、3bの周縁が略円弧状のR部を有することが好ましい。
またさらに、貫通孔2は、主面3aから3bへ貫通しており、溶融樹脂は主面3a側から導入され、3b側から吐出される。主面3aに平行な方向の貫通孔2の断面は円形であっても、非円形(例えば、三角形、四角形、Y字形、十字形)であっても良く、これらの断面形状を持った合成繊維は中空型でも良い。セラミックス1への局部的な機械的応力の集中を抑制するためには断面形状が円形であることが好ましい。
また、貫通孔2を通る溶融樹脂の摩擦抵抗を小さくするとともに、主面3b側から吐出して得られる合成繊維の形や密度を一定に保持するため、貫通孔2の主面3b側が縮径された絞り部4を有することが好ましい。主面3a、3bに平行な方向の貫通孔2の断面積は、主面3a側で最大3〜30mm2、絞り部4の主面3b側で最小0.01〜0.3mm2とすることが特に好ましい。
さらに、貫通孔2の内周面の中心線平均粗さ(Ra)を3μm以下とすることが好ましく、耐摩耗性をさらに向上することができ、得られる合成繊維の径をさらに変化しにくく、変形も起こりにくくすることができる。
貫通孔2へ導入する溶融樹脂は、ポリアミド系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリエステル系樹脂が好適である。具体的には、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ナイロン6、ナイロン66などを挙げることができる。これらの樹脂の融点は240〜350℃程度、軟化点は220〜320℃が好ましい。これらの樹脂の融点は昇温速度10℃/分のDSC(示査走査熱量測定)による吸熱ピーク曲線の吸熱ピークの頂点の温度として測定できる。なお、軟化点の測定はJIS K7206「熱可塑性プラスチックのビカット軟化温度試験方法」に準拠する。溶融樹脂は、融点または軟化点の少なくとも一方よりも高い温度で貫通孔2へ導入される。また、用途により、樹脂中に着色剤、耐光剤、難燃剤、抗菌剤などが添加されていても良い。
また、本発明の紡糸口金10は、貫通孔2の内周面の少なくとも一部を焼き肌面とすることが好ましい。これによって、加工後に表面に形成された人工的な跡である加工痕のない焼き肌面を貫通孔2の内周面に形成できるため、貫通孔2から吐出して得られる合成繊維の強度を向上させることができる。この理由は次のように考えられる。
溶融樹脂は貫通孔2の内周面に近いところでは層流、遠いところでは乱流となって貫通孔2を通過する。加工痕があると層流となって流れる溶融樹脂の割合が増加する。加工痕があると層流の割合が多くなるのは、貫通孔2の内周面を磁性流体研磨、ワイヤ研磨、エンドミル等により加工して形成された加工痕が貫通孔2の内周面の特定方向に略規則的に配列しているからである。
一方、貫通孔2の内周面の少なくとも一部に焼き肌面があると、貫通孔2の内周面の極近傍でも乱流となり、乱流となって流れる溶融樹脂の割合が増加する。焼き肌面があると内周面の極近傍での乱流となりやすいのは、表面に存在する結晶や粒界相の形状がそのまま焼き肌面の形状となっており、加工痕のように特定方向に略規則配列した形状となっていないからである。貫通孔2を流れる溶融樹脂中の乱流の割合が多い程、溶融樹脂に含まれるポリマー同士が強固に絡み合い、得られる合成繊維の強度を向上させることができる。貫通孔2の少なくとも一部の内周面に焼き肌面があると、貫通孔2を流れる溶融樹脂中の乱流の割合を多くすることができるので、得られる合成繊維の強度を向上させることができる。
また、貫通孔2の内周面の少なくとも一部を焼き肌面とすると、貫通孔2内周面の加工コストを低減でき、これによって安価な紡糸口金10を製造することができるので好ましい。
さらに、貫通孔2の内周面の少なくとも一部が焼き肌面であって、この焼き肌面のRaを0.3μm以下とすることが特に好ましい。これによって、貫通孔2の耐摩耗性が向上し、かつ得られる合成繊維の強度を特に向上させることができる。貫通孔2の内周面の少なくとも一部が焼き肌面を有し、この焼き肌面のRaを0.3μm以下とする製造方法は後述する。
なお、前記焼き肌面とは、焼成して得られたままの焼結体の表面を言う。
また、本発明の紡糸口金10は、破壊靭性値を4.5MPa・m1/2以上とすることが好ましく、紡糸口金10の耐摩耗性をより向上させることができる。このため、溶融樹脂を長時間貫通孔2へ導入、吐出して合成繊維を紡糸しても、紡糸口金10が摩耗しにくいので、得られる糸の径が変化しにくく、糸の変形も起こりにくい。また、破壊靱性が高いのでハンドリングの際にかかる機械的衝撃によっても紡糸口金10にクラックや欠けが発生しにくい。
さらに、本発明の紡糸口金10は、窒化珪素を主成分とするセラミックス1からなることが好ましい。
窒化珪素を主成分とすることで、熱膨張係数が特に小さく、機械的強度が特に高いものとすることができるので、大きな熱応力がかかっても、割れたり、クラックが入ったりすることがない。また、窒化珪素は他のセラミックスに比べて溶融樹脂との濡れ性が特に悪いので紡糸の際に紡糸口金10にモノマーが付着しにくい。また、溶融樹脂が炭化して炭化物となっても、窒化珪素はこの炭化物と固着しにくい。したがって、他のセラミックスを用いた紡糸口金に比べて、窒化珪素を主成分とする紡糸口金10は、長時間糸の径を変化させず、糸切れも起こさずに紡糸することができる。さらに、炭化物やモノマーが付着しにくいので長時間、清掃を行わずに紡糸することができる。
さらに、窒化珪素を主成分とするセラミックス1からなり、表面が窒化珪素からなる結晶で覆われていることで、耐摩耗性をさらに向上させることができる。これは、耐摩耗性の大きな窒化珪素の結晶でセラミックス1の表面を覆うことにより、紡糸の際、貫通孔2を通過する溶融樹脂に対する耐摩耗性が向上するからである。
また、本発明の紡糸口金10は、窒化珪素を主成分とし、周期律表3属元素(RE)をRE2O3換算で1〜20質量%、AlをAl2O3換算で0.5〜10質量%含有するセラミックス1から形成することが好ましい。これにより、機械的強度の高い粒界相を生成させることができるので、紡糸口金の機械的強度を特に向上させることができる。REの含有量がRE2O3換算で1質量%未満の場合やAlの含有量がAl2O3換算で0.5質量%未満の場合は、機械的強度の高い粒界相が充分多く生成しないので、紡糸口金10の機械的強度を著しく向上させることができない。また、REの含有量がRE2O3換算で20質量%よりも多い場合やAlの含有量がAl2O3換算で10質量%より多い場合は、粒界相の機械的強度が著しく向上しないので、紡糸口金10の機械的強度を著しく向上させることができない。
また、本発明の紡糸口金10は、窒化珪素を主成分とし、Fe、Wのうち少なくとも1種を含有し、前記FeをFe2O3換算で0.1〜4質量%、前記WをWO3換算で0.1〜2質量%含有するセラミックス1から形成することが好ましく、耐熱衝撃温度が大きくなるので、高温で紡糸口金10に付着した炭化物やモノマーを除去後、急冷しても紡糸口金10が割れたり、クラックが入ったりしない。このため、短時間で紡糸口金10の清掃ができ、合成繊維の量産性が向上する。
さらに、本発明の紡糸口金10は、前記窒化珪素が平均長径を4〜20μm、平均短径を0.3〜4μm、平均アスペクト比を3〜20の針状結晶からなることが好ましく、機械的強度と破壊靱性をより高いものとすることができ、大きな応力がかかっても、紡糸口金10が割れたりクラックが入ったりするのを有効に防止することができる。
なお、紡糸口金10を形成するセラミックス1の窒化珪素の平均長径を4〜20μm、平均短径を0.3〜4μm、平均アスペクト比を3〜20の針状結晶とするには、1450〜1650℃で3時間以上保持後、さらに1750〜1800℃で3時間以上保持して焼成する。
また、本発明の紡糸口金10は、窒化珪素を主成分とするセラミックス1からなり、気孔率が2%以下、気孔の平均径が8μm以下とすることが好ましく、溶融樹脂を紡糸する際、紡糸口金10にかかる特に大きな機械的応力や、高温での清掃の際にかかる熱応力によっても紡糸口金10が破壊されない。これは、セラミックス1の気孔率を低く、気孔径を小さく制御することにより、セラミックス1の機械的強度を特に向上させることができるからである。
なお、紡糸口金10の気孔率を2%以下、気孔の平均径を8μm以下とするには、成形体を構成する粉末の平均粒径を2μm以下、焼成前の窒化珪素成形体の相対密度を45%以上とし、1450〜1650℃で3時間以上保持後、さらに1750〜1800℃で3時間以上保持して焼成する。
また、本発明の紡糸口金10は、主面3bの表面を表面粗さ(Ra)が0.2μm以下であることが好ましく、炭化物やモノマーが付着することを特に抑制することができる。これは、主面3bのRaを0.2μm以下と小さく制御することによって、主面3bの凹凸の大きさが小さくなり、この凹凸へ前記炭化物やモノマーが侵入しにくくなるからである。
次いで、本発明の紡糸口金10の製造方法について説明する。
ここでは、窒化珪素を主成分とするセラミックス1からなる場合について説明する。先ず、粉末混合工程として、Si粉末またはSi粉末と窒化珪素粉末との混合粉末と、焼結助剤からなる粉末とを添加、混合して混合粉末を作製する。出発原料として、Si粉末と窒化珪素粉末の混合粉末を用いた場合、Si粉末と窒化珪素粉末の質量比(Si粉末の質量)/(Si粉末と窒化珪素粉末の質量の合計)が0.4〜0.95であることが好ましい。この理由は、この比が0.4より小さいと得られる窒化珪素質焼結体の寸法精度を高精度に制御することができないからであり、0.95より大きいと肉厚の大きい窒化珪素質焼結体を窒化する場合、窒化時間が多大となり製造コストが増加するため、ともに好ましくないからである。
次いで、成形工程として、得られた混合粉末に有機結合剤を添加、混合して混合物を得、この混合物を金型を用いた粉末プレス等による成形によって成形体を作製する。
次に、脱脂工程として、実質的に窒素ガス、アルゴンガス、またはこれらの混合ガスからなる雰囲気中で有機結合材を脱脂して脱脂体を得る。
また、前記脱脂は前記成形体を炉内へ載置して行う。この際、実質的に窒素ガス、アルゴンガス、またはこれらの混合ガスからなる雰囲気で紡糸口金10の前駆体である成形体を脱脂するためには、炉内へ投入する窒素ガス、アルゴンガス、またはこれらの混合ガスの酸素ガス濃度が100ppm以下であることが好ましい。
さらに、前記脱脂工程においては実質的に窒素ガスからなる雰囲気中で脱脂することが好ましい。ヘリウムや水素などの高価なガスを含む雰囲気中で脱脂すると製造コストが増加するため好ましくない。また、脱脂温度は好ましくは1000℃以下、特に好ましくは500〜900℃である。
窒化工程として、脱脂体を実質的に窒素ガスからなる雰囲気中で窒化体に変換する。
しかる後、焼成工程として、前記窒化体を窒素ガスを含有する非酸化性雰囲気中で焼成して焼結体を得る。
なお、前記窒化工程および前記焼成工程における雰囲気中の窒素ガス分圧が50〜1000kPaとすることが好ましい。これは、貫通孔2の内周面の粒界相を少なくし、かつ製造コストを低減できるからである。
また、前記窒化は脱脂体を炉内へ載置して行う。この際、実質的に窒素ガスからなる雰囲気で脱脂体を窒化するためには、炉内へ投入する窒素ガスの酸素ガス濃度が100ppm以下であることが好ましい。
さらに、Si粉末を含む成形体は、前記窒化工程において成形体の表面のSi粉末から窒化が始まり、時間の経過と共に成形体のより内部に存在するSi粉末の窒化が進行する。したがって第1の窒化工程の途中または終了時には成形体表面よりも内部のSi量が多い状態が存在する。成形体をこの状態から完全に窒化させるには、1000〜1200℃での窒化(第1の窒化工程)の後、該第1の窒化工程よりも高温での窒化(第2の窒化工程)を1100〜1500℃で行うことが好ましい。これによって、窒化による発熱反応を制御し、その後の均一な焼結を進行することができる。また、前記第1の窒化工程と第2の窒化工程は連続して実施した方が経済的であるため好ましい。第1、第2の窒化工程を経て作製された窒化体は、その表面および内部ともにα化率を60%以上とすることができるので、得られる窒化珪素質焼結体の機械的強度を向上させることができる。窒化体のα化率が60%未満であると、窒化珪素質焼結体の焼結密度を著しく向上させることができないため、窒化珪素質焼結体の機械的強度を著しく向上させることができない。好ましくは、前記窒化工程終了後の窒化体のα化率を80%以上とする。
また、前記焼成工程は窒素分圧が50〜1000kPaという低圧で行われるため、1000kPaを超える高圧ガス中での焼成やHIP焼結のような高い製造コストで製造された窒化珪素質焼結体よりも、極めて安価な窒化珪素質焼結体を作製することができる。また、前記窒化体の焼成は、前記窒化の後に同じ炉内で連続して行うことが好ましい。
また、窒化珪素質焼結体を致密化させることによって機械的特性を向上させるためには、前記焼成工程における最高温度が1600℃以上であることが好ましい。1600℃以上で焼成することにより、相対密度が97%以上の緻密な窒化珪素質焼結体を作製することができ、機械的特性を向上させることができる。また、窒化珪素の結晶の異常粒成長を抑制することにより機械的強度の低下を抑制するためには、焼成の最高温度の上限を1850℃とすることが好ましい。
また、前記脱脂工程、窒化工程、焼成工程を同一の炉内で連続して実施することが、窒化珪素質焼結体の製造コストを特に低減でき、安価な紡糸口金10を得ることができるので好ましい。
さらに、貫通孔2の内周面の少なくとも一部を焼き肌面とし、この焼き肌面の表面粗さをRaで0.3μm以下とするには、上述の製造方法において、焼結活性を高めかつ焼き肌面の結晶粒径を小さくするために前記混合粉末の比表面積を3m2/g以上と大きくし、焼結時の緻密化を促進させるため前記成形体の相対密度を45%以上と大きくし、さらに、異常粒成長を抑制するために焼成温度の上限を1800℃として焼成し、貫通孔2の内周面の少なくとも一部を加工せずに焼き肌面として残すことにより製造する。
まず、次のようにして、炭化珪素、窒化珪素をそれぞれ主成分とする紡糸口金10の焼結体前駆体である複数のas−fire焼結体を作製した。
(炭化珪素A)
原料粉末として、平均粒径0.5μmの炭化珪素粉末を88mol%、平均粒径0.8μmのY2O3粉末を4mol%、平均粒径0.8μmの酸化アルミニウム粉末を10mol%含有する粉末を混合し、メタノール中で粉砕後、有機バインダーを添加して得たスラリーを噴霧乾燥し造粒粉を作製した。得られた造粒粉を金型を用いて乾式プレス成形して紡糸口金10の前駆体である成形体を作成し、この成形体を1気圧のArガス雰囲気中1900℃で5時間焼成しas−fire焼結体を得た。得られた焼結体をX線回折により分析したところ、粒界相にYを含む化合物が存在していた。
(窒化珪素A)
平均粒径7μm、α化率90%の窒化珪素(Si3N4)粉末9質量%、平均粒径5μmのSi粉末をSi3N4換算で74質量%、酸化イットリウム(Y2O3)粉末11質量%、酸化アルミニウム(Al2O3)粉末4質量%、Fe2O3粉末0.8質量%、WO3粉末1.2質量%からなる出発原料を秤量、混合し、混合した粉末を窒化珪素質粉砕用メディアを用いて、エタノール中でバレルミルにより粉砕混合した。粉砕混合後、得られたスラリーに有機バインダーとしてPVAを添加混合、スプレードライヤーで造粒後、得られた造粒粉体を成形圧80MPaで成形し、紡糸口金10の前駆体である成形体を作製した。得られた成形体中に含まれるPVAを窒素雰囲気中600℃で3時間保持して脱脂し、脱脂体を作製した。得られた脱脂体を実質的に窒素からなる150kPaの窒素分圧中、1050℃で20時間、1120℃で10時間、1170℃で10時間、1300℃で3時間順次保持して、Siをα化率90%以上のSi3N4に窒化後、さらに昇温して200kPaの窒素分圧中、1500℃で3時間、1770℃で10時間、1800℃で3時間、順次保持して焼成し、as−fire焼結体を得た。
(窒化珪素B)
平均粒径7μm、α化率90%の窒化珪素(Si3N4)粉末83質量%、酸化イットリウム(Y2O3)粉末11質量%、酸化アルミニウム(Al2O3)粉末4質量%、Fe2O3粉末0.8質量%、WO3粉末1.2質量%からなる出発原料を秤量、混合し、混合した粉末を窒化珪素質粉砕用メディアを用いて、エタノール中でバレルミルにより粉砕混合した。粉砕混合後、粉砕混合後、得られたスラリーに有機バインダーとしてPVAを添加混合、スプレードライヤーで造粒後、得られた造粒粉体を成形圧80MPaで成形し、紡糸口金10の前駆体である成形体を作製した。得られた成形体中に含まれるPVAを窒素雰囲気中600℃で3時間保持して脱脂し、脱脂体を作製した。得られ脱脂体を実質的に窒素からなる110kPaの窒素分圧中、1800℃で3時間保持して焼成し、as−fire焼結体を得た。
(窒化珪素C)
平均粒径5μm、α化率90%の窒化珪素(Si3N4)粉末5質量%、平均粒径4μmのSi粉末をSi3N4換算で77質量%、酸化イットリウム(Y2O3)粉末12質量%、酸化アルミニウム(Al2O3)粉末4質量%、Fe2O3粉末0.7質量%、WO3粉末1.3質量%からなる出発原料を秤量、混合し、混合した粉末を窒化珪素質粉砕用メディアを用いて、エタノール中でバレルミルにより粉砕混合した。粉砕混合後、得られたスラリーに有機バインダーとしてPVAを添加混合、スプレードライヤーで造粒後、得られた造粒粉体を成形圧90MPaで成形し、紡糸口金10の前駆体である成形体を作製した。得られた成形体中に含まれるPVAを窒素雰囲気中700℃で3時間保持して脱脂し、脱脂体を作製した。得られた脱脂体を実質的に窒素からなる110kPaの窒素分圧中、1200℃で10時間、1300℃で3時間順次保持して、Siをα化率90%以上のSi3N4に窒化後、さらに昇温して200kPaの窒素分圧中、1500℃で3時間、1770℃で10時間、1800℃で3時間、順次保持して焼成し、as−fire焼結体を得た。
得られた窒化珪素A、窒化珪素B、窒化珪素Cの各as−fire焼結体の表面部をサンプリングし、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察したところ全ての試料について針状結晶が観察された。また、各試料表面に生成した針状結晶の結晶相をX線回折法により分析した結果、針状結晶はβ−窒化珪素を主成分とすることがわかった。また、粒界相にYを含む化合物が存在していた。
また、得られた上記as−fire焼結体の表面(主面3a、3b、外周部、絞り部4の最小径)を研磨加工し、外形を直径φ95mm、厚み8mm、溶融樹脂が導入される貫通孔2の主面3a側の径を2mm、絞り部4の最小径を0.4mmとした紡糸口金10を作製した。貫通孔2は、直径φ75mm、φ55mm、φ30mmの3つの同心円上に列状に配置した。また、貫通孔2は、これら3つの同心円のうち最外周に24個、中間の外周に14個、最内周に6個を、各同心円に配置した貫通孔2の間隔が略均等になるよう配置した。なお、貫通孔2の内周面のうち絞り部4以外は、研磨加工を行わずas−fire面のままとした。
上記のようにして作製した炭化珪素A、窒化珪素A、窒化珪素B、窒化珪素Cからなる紡糸口金10から熱膨張係数、曲げ強度、熱伝導率、破壊靱性の各測定用試料を切り出し、熱膨張係数をJIS R1618(1994年)、室温での曲げ強度をJIS R1601(1995年)、500℃での曲げ強度をJIS R1604(1995年)、熱伝導率をJIS R1611(1997年)、破壊靱性をJIS R1607(1995年)に準拠してそれぞれ測定した。また、室温での曲げ強度に対する500℃での曲げ強度の割合を(500℃での曲げ強度/室温での曲げ強度)×100により求めた。
また、貫通孔2の内周面のas−fire面と垂直な方向(主面3aに平行な方向)の断面を鏡面加工し、この鏡面加工した面をas−fire面を視野に含むようにして走査型電子顕微鏡(SEM)により1000〜6000倍で写真撮影し、貫通孔2のas−fire面とその内部の粒界相の量の多少を相対比較した。さらに鏡面加工した面に存在する各元素の濃度を波長分散型X線マイクロアナライザーにより観察した。その結果、粒界相の量は、内部よりも貫通孔2のas−fire面の方が少ないことがわかった。
次に、図3に示すように、紡糸口金10と同材質のホルダー6を別途作製し、紡糸口金10をホルダー6とともに一体的に形成して紡糸口金10とホルダー6の間を気密封止した。その後、溶融樹脂(R)として250℃に加熱した旭硝子(株)製フルオンPFA P−62XP(4フッ化エチレン(C2F4)とパーフルオロアルコキシエチレンとの共重合体)を選び、この溶融樹脂(R)を主面3a側に満たし、紡糸口金10の背圧が20MPaとなるようにして貫通孔2の主面3b側から溶融樹脂(R)を吐出する吐出試験を行った。この際、ホルダー6の下面(図3のC−C’面)を支持した。
また、紡糸口金10の熱処理試験Aを次のように行った。紡糸口金10をヒーターブロックに載置して500℃に加熱後、直ちに25℃の水中に投入して冷却した。この加熱、冷却サイクルを10回行った。
さらに、熱処理試験Aを行わなかった紡糸口金10を用いて、熱処理試験Bを次のように行った。紡糸口金10をヒーターブロックに載置して600℃に加熱後、直ちに25℃の水中に投入して冷却した。この加熱、冷却サイクルを10回行った。
吐出試験、熱処理試験の結果を表1に示すように、熱膨張係数が5×10−6/K以下、室温での曲げ強度が500MPa以上、室温での曲げ強度に対する500℃での曲げ強度の割合が80%以上、熱伝導率が20W/m・K以上での紡糸口金10は、吐出試験、熱処理試験Aを行っても割れやクラックが発生しなかった。
特に、熱膨張係数が2.7×10−6ppm/℃、室温での曲げ強度が750MPa以上、500℃での曲げ強度が730MPa以上、25℃での熱伝導率が26W/m・K、350℃での熱伝導率が23W/m・Kである試料No.2、4は熱処理試験Bにおいても割れず、優れた耐熱衝撃性を有することがわかった。
次に、比較例として、実施例と同じ形状の紡糸口金を次のようにして作製後、実施例と同様にして熱膨張係数、曲げ強度、熱伝導率を測定し、粒界相の量を内部と貫通孔2の内周面とで相対比較した。また、実施例と同様に吐出試験、熱処理試験を行った。
(炭化珪素B)
炭化珪素製GC#100砥粒75質量%と瀬戸産木節粘土粉末25質量%との混合粉に水を加えて粘土状とし、混練、成形、乾燥し、紡糸口金の前駆体である成形体を得た。得られた成形体を空気中1300℃で3時間保持して焼成し、as−fire焼結体を得た。この焼結体を加工して紡糸口金を作製した。
(アルミナA)
酸化アルミニウム(Al2O3)、酸化珪素(SiO2)、炭酸マグネシウム(MgCO3)、炭酸カルシウム(CaCO3)の各粉末を用い、これらの粉末の質量比がそれぞれAl2O3換算で96質量%、SiO2換算で2質量%、MgO換算で1質量%、CaO換算で1質量%となるよう秤量、混合し、純水と共にボールミルで粉砕し、得られたスラリーに有機バインダーとしてPVAを添加混合後、スプレードライヤーで造粒し、得られた造粒粉体を成形圧80MPaで成形し、紡糸口金の前駆体である成形体を作製した。得られた成形体を1600℃で3時間保持して焼成し、as−fire焼結体を作製した。得られた焼結体を加工して紡糸口金を作製した。
(ジルコニアA)
ZrとYのmol比がZrO2とY2O3のmol比換算で97:3の組成となるよう、硝酸ジルコニウム(ZrO(NO3)3)と硝酸イットリウムとを混合溶解し、これにアンモニア水を加えて水酸化物の共沈ゾルを作製した。この沈殿物を乾燥後、1000℃で2時間保持して仮焼した。得られた仮焼粉に水と有機バインダーを添加混合後、スプレードライヤーで造粒し、得られた造粒粉を成形圧100MPaで成形し、紡糸口金の前駆体である成形体を作製した。得られた成形体を1400℃で3時間保持して焼成し、as−fire焼結体を作製し、これを加工して紡糸口金を作製した。
(窒化珪素D)
窒化珪素(Si3N4)粉末70質量%、酸化イットリウム(Y2O3)粉末18質量%、酸化アルミニウム(Al2O3)粉末8質量%、Fe2O3粉末2質量%、WO3粉末2質量%からなる出発原料を秤量、混合し、混合した粉末を窒化珪素質粉砕用メディアを用いて、エタノール中でバレルミルにより粉砕混合した。粉砕混合後、得られたスラリーに有機バインダーとしてPVAを添加混合、スプレードライヤーで造粒後、得られた造粒粉体を成形圧80MPaで成形し、紡糸口金の前駆体である成形体を作製した。得られた成形体中に含まれるPVAを窒素雰囲気中600℃で3時間保持して脱脂し、脱脂体を作製した。得られ脱脂体を100kPaの窒素中1680℃で1時間保持後、9000kPaの窒素圧中1780℃で2時間保持して焼成し、as−fire焼結体を得た。
比較例の結果を表1に示したように、本発明の範囲外の紡糸口金は吐出試験または熱処理試験により割れた。また、炭化珪素B、アルミナA,ジルコニアAは、as−fire面と内部とで粒界相の量に違いはなかった。