JP2005240065A - 鋳鉄材、シール材およびその製造方法 - Google Patents

鋳鉄材、シール材およびその製造方法 Download PDF

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Abstract

【課題】 硬度が高く、耐摩耗特性に優れた鋳鉄材、および該鋳鉄材より構成されるフローティングシール等のシール材を提供すること。
【解決手段】 C、Si、Mn、Ni、Cr、および残部がFeと不可避的不純物とからなる鋳鉄材であって、前記C、Si、Mn、NiおよびCrの含有量が、前記鋳鉄材全体に対して、C:2.9〜3.8重量%、Si:1.0〜2.5重量%、Mn:0〜0.8重量%(ただし、0は含まず)、Ni:3.5〜5.0重量%、Cr:2.6〜5.5重量%であることを特徴とする鋳鉄材。
【選択図】 図1

Description

本発明は、鋳鉄材、フローティングシール等のシール材およびその製造方法に係り、さらに詳しくは、硬度が高く、耐摩耗特性および耐アブレーシブ性に優れた鋳鉄材、シール材およびその製造方法に関する。
フローティングシール装置は、建設機械、車両等のトラックローラー用のシールとして使用され、ローラー内部への泥水や土砂等の侵入を防止すること、およびローラー内部に充填されている潤滑油の外部への漏洩を防止することを目的としている。フローティングシール装置は、一対の固定側フローティングシールリングおよび回転側フローティングシールリングからなり、シャフトの外周に、シャフトに接触しない状態、すなわち、シャフトから浮いた状態で設置される。また、上記固定側および回転側の各フローティングシールリングは、それぞれ対向面として、互いに摺動接触可能な摺動面を有しており、この摺動面を介し、相互に対向させた状態で使用される。
上記固定側および回転側の各フローティングシールリングは、O−リングを介し、それぞれ、固定側の機構、および回転側の機構に組み込まれており、両フローティングシールリングは、摺動面を介して、O−リングの弾性力により、圧接されている。したがって、回転時、非回転時に関わらず、固定側の機構と回転側の機構との間のシールをすることができ、ローラー内部への泥水や土砂等の侵入、および潤滑油の外部への漏洩を防止することが可能となる。
このようなフローティングシールリングを構成する材料には、硬度が高く、耐摩耗特性や耐アブレーシブ性等に優れていること等が必要とされており、従来より、鋳造法により製造される鋳鉄等が使用されている。このような鋳鉄としては、たとえば、高クロム鋳鉄、クロム−モリブテン鋳鉄およびニッケル−クロム鋳鉄等が使用されている(たとえば、特許文献1、特許文献2)。
高クロム鋳鉄やクロム−モリブテン鋳鉄は、高硬度を有する材料であり、特に、高クロム鋳鉄とほぼ同様の組織を有し、かつ、Moの含有量が2〜4重量%であるクロム−モリブテン鋳鉄は、HRCで64程度と高い強度を有する。しかしながら、高クロム鋳鉄やクロム−モリブテン鋳鉄は、硬度を高めるために、焼入れ等の熱処理が行われており、この熱処理により材質自体に大きな内部負荷が掛かるため、物理強度が非常に脆くなる傾向にある。
ニッケル−クロム鋳鉄としては、たとえば、ニハード鋳鉄等が挙げられる。ニハード鋳鉄は、Niの含有量が3.5〜5.0重量%程度であり、マルテンサイト基地を有する鋳鉄であり、耐摩耗性に優れている。しかしながら、ニハード鋳鉄も、上述した高クロム鋳鉄と同様に、靱性や耐摩耗性の向上を目的として、低温焼きなまし等の熱処理が行われているため、高硬度を有する一方で、物理強度が非常に脆くなる傾向にある。
また、特許文献3には、粉末冶金法により製造される焼結合金を、構成材料として使用したフローティングシールリングが開示されている。このような焼結合金製のフローティングシールリングは、上述した鋳造法により製造される鋳鉄製のフローティングシールリングと比較して、材料組成の自由度が高いため、寸法精度に優れるという利点を有する。また、粉末冶金法により製造される焼結合金の物理特性は材料組成に依存するため、焼結合金の物理特性を変化させるためには、材料組成を調整する必要がある。しかしながら、材料組成の調整だけでは、物理特性の向上には限界があり、したがって、フローティングシールリングを構成する材料として焼結合金を使用した場合においては、耐摩耗性等の特性が不十分であった。
特開平6−109141号公報 特開平6−114538号公報 特開2002−098236号公報
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであって、その目的は、硬度が高く、耐摩耗特性や耐アブレーシブ性に優れた鋳鉄材、該鋳鉄材から構成されるフローティングシール等のシール材およびその製造方法を提供することである。
本発明者等は、フローティングシール等のシール材に用いられる鋳鉄材において、Cr以外の元素の含有量を、上記ニハード鋳鉄と同程度とし、Crの含有量を、鋳鉄全体に対して2.6〜5.5重量%とすることにより、上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明の鋳鉄材は、
C、Si、Mn、Ni、Cr、および残部がFeと不可避的不純物とからなる鋳鉄材であって、
前記C、Si、Mn、NiおよびCrの含有量が、前記鋳鉄材全体に対して、
C:2.9〜3.8重量%、
Si:1.0〜2.5重量%、
Mn:0〜0.8重量%(ただし、0は含まず)、
Ni:3.5〜5.0重量%、
Cr:2.6〜5.5重量%、
であることを特徴とする。
本発明に係る鋳鉄材において、
前記不可避不純物中のPおよびSの含有量が、前記鋳鉄材全体に対して、
P:0.5重量%以下、
S:0.5重量%以下、
であることが好ましい。
Pは、鉄と化合してステダイト(FeP)を形成し、鋳鉄の切削性を減少させたり、鋳鉄を脆くする傾向がある。Sは、鋳鉄の凝固点を高くし、金属溶浴(溶湯)の流動性を悪化させたり、鋳造後の鋳鉄を脆くする傾向がある。したがって、鋳鉄中の不可避不純物中のPおよびSの含有量は、少ない方が好ましい。
本発明に係る鋳鉄材において、好ましくは、
基地組織が、パーライト、ベイナイトおよびマルテンサイトから選ばれる組織、またはこれらの混合組織であり、
かつ、樹枝状のセメンタイトとCrの炭化物とからなる微細化組織を有する。
本発明において、上記基地組織は、より好ましくは、マルテンサイトを主体とする混合組織であり、さらに好ましくは、マルテンサイトを主体とするパーライトとマルテンサイトとの混合組織である。
本発明に係る鋳鉄材において、好ましくは、
前記鋳鉄材の硬度が、HRCで62以上、より好ましくは65以上である。
本発明のシール材は、上記いずれかに記載の鋳鉄材で構成されている。シール材としては、特に限定されないが、たとえば、メカニカルシール、フローティングシール等が例示され、特にトラックローラ用フローティングシールであることが好ましい。
本発明のフローティングシールリングは、上記のシール材から構成されており、硬度が高く、耐摩耗特性や耐腐食性に優れているため、たとえば、建設機械、車両等のトラックローラー用のシールとして好適に使用される。
本発明のシール材の製造方法は、
C、Si、Mn、Ni、Cr、および残部がFeと不可避的不純物とからなる金属溶浴を、鋳型に鋳込み、冷却固化させる工程を有するシール材の製造方法であって、
前記C、Si、Mn、NiおよびCrの含有量が、前記金属溶浴全体に対して、
C:2.9〜3.8重量%、
Si:1.0〜2.5重量%、
Mn:0〜0.8重量%(ただし、0は含まず)、
Ni:3.5〜5.0重量%、
Cr:2.6〜5.5重量%、
であり、
冷却固化させる際に、前記シール材の摺動面位置の冷却速度を、他の部分と比較して、速くすることを特徴とするシール材の製造方法。
本発明のシール材の製造方法においては、金属溶浴を本発明の組成範囲とし、シール面となる摺動面位置を、他の部分と比較して速い冷却速度で、強制的・優先的に冷却するため、摺動面に微細化組織を形成することが可能となり、特に、摺動面の硬度および耐摩耗性の向上を図ることが可能となる。また、上記微細化組織としては、樹枝状セメンタイトとCrを主とする微細炭化物とが分散し、かつ、基地組織が、パーライト、ベイナイトおよびマルテンサイトから選ばれる組織、またはこれらの混合組織であることが好ましい。
本発明に係るシール材の製造方法において、
前記不可避不純物中のPおよびSの含有量が、前記鋳鉄材全体に対して、
P:0.5重量%以下、
S:0.5重量%以下、
であることが好ましい。
本発明に係るシール材の製造方法において、
前記シール材の摺動面位置の冷却速度(℃/分)をC1とし、摺動面位置以外の他の部分の冷却速度(℃/分)をC2としたときに、1≦C1/C2≦2.5とすることが好ましい。
あるいは、本発明に係るシール材の製造方法において、好ましくは、
摺動面位置を冷却固化させる際の冷却速度が、300〜700℃/分、より好ましくは500〜700℃/分である。
本発明によれば、鋳鉄材を構成する成分組成を上記所定範囲、すなわち、Cr以外の元素の含有量を、ニハード鋳鉄と同程度とし、Crの含有量を鋳鉄全体に対して2.6〜5.5重量%とすることにより、硬度が高く、耐摩耗特性や耐アブレーシブ性に優れた鋳鉄材を提供することができる。また、シール材を構成する材料として、本発明の鋳鉄材を使用することにより、上記特性を有するフローティングシール等のシール材を提供することができる。
さらに、本発明のシール材の製造方法によると、金属溶浴を本発明の組成範囲とし、シール材のシール面となる摺動面を、他の部分と比較して速い冷却速度で、
強制的・優先的に冷却するため、該摺動面に微細化組織を形成することが可能となり、特に、摺動面の硬度が高く、耐摩耗特性や耐アブレーシブ性に優れたフローティングシール等のシール材を提供することができる。
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき説明する。
図1は本発明の一実施形態に係るフローティングシール装置の断面図、
図2(A)、図2(B)は本発明の実施例および比較例の試料の耐摩耗試験後の摺動面の摩耗状態の表面高さを表す図、
図3(A)、図3(B)は本発明の実施例および比較例の試料の耐摩耗試験後のシールバンドの内径側移動量を示す図である。
フローティングシール装置1
図1に示すように、本発明の一実施形態に係るフローティングシール装置1は、一対の固定側フローティングシールリング2および回転側フローティングシールリング7とを有し、各フローティングシールリングは、シャフト20の外周に、シャフト20に接触しない状態、すなわち、シャフト20から浮いた状態で設置される。
固定側フローティングシールリング2は、O−リング18を介して、固定ハウジング12と組み合わされており、一方、回転側フローティングシールリング7は、O−リング19を介して、回転ハウジング15と組み合わされている。
固定側フローティングシールリング2は、内径がシャフト20の外径よりも大径きい環状構造を有し、外周面には所定の深さの溝3が設けられている。この溝3の底面は、回転側フローティングシールリング7から離れるに従って漸次シャフト20に近づくテーパ面4が、形成されている。
同様に、回転側フローティングシールリング7も、内径がシャフト20の外径よりも大径きい環状構造を有し、外周面には所定の深さの溝8が設けられており、この溝8には、テーパ面9が形成されている。
固定側フローティングシールリング2および回転側フローティングシールリング7は、それぞれの対向面のうち外周側の部分にそれぞれ摺動面5および摺動面10を有し、両フローティングシールリングは、それぞれ摺動面5および摺動面10を介して、互いに対向している。
また、固定側フローティングシールリング2の回転側フローティングシールリング7との対向面のうち摺動面5に連続する内周側の部分には、シャフト20に近づくに従って漸次回転フローティングシート7から離れるテーパ面6が形成されている。
同様に、回転側フローティングシールリング7の固定側フローティングシールリング2との対向面のうち摺動面10に連続する内周側の部分には、テーパ面11が形成されている。
固定ハウジング12は、シャフト20の一端部に固定されており、内周面で固定側フローティングシールリング2の外周面を包囲している。固定ハウジング12の内周面には所定の深さの溝13が設けられており、この溝13は、固定側フローティングシールリング2の外周面の溝3の底面と同一方向に傾斜するテーパ面14が形成されている。
回転ハウジング15は、シャフト20の他端部に軸受(図示せず)を介して回転自在に設けられるものであって、内周面で回転側フローティングシールリング7の外周面を包囲している。回転ハウジング15の内周面には所定の深さの溝16が全周に渡って設けられるており、この溝16は、回転側フローティングシールリング7の外周面の溝8の底面と同一方向に傾斜するテーパ面17が形成されている。
また、固定側フローティングシールリング2と固定ハウジング12、および回転側フローティングシールリング7と回転ハウジング15は、それぞれ、O−リング18およびO−リング19を介して、組み合わされており、このO−リング18および19は、弾性力を有する材料から構成されている。そして、このO−リング18および19の弾性力により、固定側フローティングシールリング2と回転側フローティングシールリング7とが、摺動面5および摺動面10を介して、圧接されており、両摺動面5、10間が、回転ハウジング15の回転時、非回転時に関わらずシールされる構成となっている。
固定側および回転側フローティングシールリング2,7
固定側フローティングシールリング2および回転側フローティングシールリング7は、本発明の鋳鉄材から構成される。
本発明の鋳鉄材は、C(炭素)、Si(珪素)、Mn(マンガン)、Ni(ニッケル)、Cr(クロム)、および残部がFe(鉄)と不可避的不純物とからなる。
C(炭素)は、その含有量を変化させることにより、チル組織を構成するセメンタイト等の炭化物の量を制御することができ、また、Cは、結晶粒の樹状晶化を促進し、母材組織を調整する効果を有する。Cの含有量は、鋳鉄材全体に対して、2.5〜4.0重量%であり、好ましくは2.9〜3.8重量%、より好ましくは3.2〜3.7重量%である。Cの含有量が少なすぎると、微細化組織中のセメンタイトの含有量が少なくなり、耐摩耗性や母材の被削性が悪化する傾向にある。含有量が多すぎると、チル組織中のセメンタイトが粗大化し、微細化組織中に再溶融による巣が生じ易くなったり、さらに、黒鉛量が多くなり、鋳鉄の強度が低下する傾向にある。
Si(珪素)は、銑鉄中から炭素を遊離させ、鋳造後の鋳鉄の黒鉛化を促進する効果を有すると同時に、結晶粒を樹状晶化または柱状晶化する効果を有する。Siの含有量は、鋳鉄材全体に対して、1.0〜3.0重量%であり、好ましくは1.5〜2.5重量%、より好ましくは2.0〜2.5重量%である。Siの含有量が少なすぎると、母材の硬化が促進せず、母材自体が微細化し、被削性が著しく低下する傾向にあり、含有量が多すぎると、炭素の遊離が過剰に進行し、靱性が低下する傾向にある。
Mn(マンガン)は、S(硫黄)と化合して硫化マンガンを形成し、鋳鉄中へのSの混入による悪影響を抑制する効果、組織を微細化する効果、およびNi添加による黒鉛化を抑制し、基地を改善する効果を有する。Mnの含有量は、鋳鉄材全体に対して、0〜0.8重量%(ただし、0は含まず)とすることが望ましい。Mnの含有量が多すぎると、組織の微細化が顕著に起こり、鋳鉄が脆化したり、切削性が低下する傾向にある。
Ni(ニッケル)は、鋳鉄中で炭化物を形成しないため、黒鉛化を促進し、白銑化を抑制する効果や、組織および硬度を均一化する効果がある。Niの含有量は、鋳鉄材全体に対して、3.5〜5.5重量%であり、好ましくは4.0〜5.0重量%、より好ましくは4.2〜4.5重量%である。特に、Niの含有量を上記範囲とすることにより、基地をマルテンサイト化することが可能となる。Niの含有量が少なすぎると、上記効果が得られなくなる傾向にあり、含有量が多すぎると、基地中残留オーステナイトがベイナイト化し、鋳鉄の強度が低下する傾向にある。
Cr(クロム)は、高硬度で微細な炭化物を形成し、耐摩耗特性や基地強度を向上させる効果を有する。Crの含有量は、鋳鉄材全体に対して、2.0〜6.5重量%であり、好ましくは2.5〜6.0重量%、より好ましくは2.6〜5.5重量%である。Crの含有量を2.0重量%以上、好ましくは2.5重量%以上、より好ましくは2.6重量%以上とすることにより、セメンタイトにCrの炭化物を固溶させることが可能となる。特に、このCrの炭化物が固溶したセメンタイトと、マルテンサイト基地とが組み合わさることにより、鋳鉄の硬度を向上する効果が得られる。Crの含有量が少なすぎると、上記効果が得られなくなる傾向にあり、含有量が多すぎると、母材の鋳放し硬さが高くなり過ぎて、切削性が悪化し、切削が困難となる傾向にある。
本発明において、特に、Niの含有量を上記範囲とすることにより、鋳鉄材の基地をマルテンサイト化することが可能となり、マルテンサイト化することにより、高強度化を図ることが可能となる。その一方で、Niは、黒鉛化を促進する効果も有するため、黒鉛化した炭素の量が、多くなりすぎると、鋳鉄材の強度が低下する傾向にある。
そこで、本発明では、上記所定量のCrをさらに添加するため、Crが炭素と化合して炭化物を形成し、Ni添加に起因する黒鉛量の増加を抑えることができる。それとともに、Crを上記所定量添加することにより、微細かつ高強度な炭化物が形成されるため、耐摩耗性を向上することが可能となる。そして、特に、このCrの炭化物がセメンタイトに固溶し、マルテンサイト基地と組み合わさることにより、鋳鉄の硬度を向上させることが可能となる。
また、後に詳述するが、鋳鉄の成分組成を上記所定範囲内とし、その製造工程において、金属溶浴を冷却固化する際に、摺動面5,10を他の部分と比較して速い冷却速度で、強制的・優先的に冷却することにより、摺動面の鋳鉄組織を微細化組織とすることができ、摺動面の硬度や耐摩耗特性を、特に向上することが可能となる。
上記不可避不純物としては、たとえば、P(リン)やS(硫黄)等が挙げられ、これらの不可避不純物の含有量は、少ないほうが好ましい。
Pは、鉄と化合してステダイト(FeP)を形成し、鋳鉄の切削性を減少させたり、鋳鉄を脆くする傾向がある。したがって、Pの含有量は、少ないほうが望ましく、好ましくは、鋳鉄材全体に対して、0.5重量%以下、より好ましくは0.3重量%以下である。
Sは、鋳鉄の凝固点を高くし、金属溶浴の流動性を悪化させたり、鋳造後の鋳鉄を脆くする傾向がある。したがって、Sの含有量は、少ないほうが望ましく、好ましくは、鋳鉄材全体に対して、0.1重量%以下、より好ましくは0.5重量%以下、さらに好ましくは0.05重量%以下、特に好ましくは0.02重量%以下である。
本実施形態においては、固定側および回転側のフローティングシールリング2,7を構成する材料として、本発明の鋳鉄材を使用するため、硬度を高くすることが可能となる。フローティングシールリングの硬度を、ロックウェル硬さHRCで、好ましくは62以上、より好ましくは64以上、さらに好ましくは65以上とすることができる。
固定側および回転側フローティングシールリング2,7の製造方法
本実施形態のフローティングシール装置1を構成する固定側および回転側フローティングシールリング2,7は、鋳鉄を構成する原材料を準備し、これを溶解して金属溶浴(浴湯)とし、この金属溶浴を鋳型内にて冷却固化することにより製造される。
まず、鋳造後の鋳鉄の組成が上述した組成となるように、原材料を準備し、これらの原材料を溶解炉等にて溶解し、金属溶浴とする。原材料としては、特に限定されないが、コークス、銑鉄、合金鉄等が挙げられる。
次いで、上記にて得られた金属溶浴を、鋳型に鋳込み、その後、鋳型内にて冷却固化し、鋳鉄材から構成されるフローティングシールリングを得る。本実施形態においては、鋳型内において、金属溶浴を冷却固化する際に、それぞれシール面となる摺動面5,10が、他の部分と比較して速い冷却速度で、強制的・優先的に冷却されるような構造を有する鋳型を使用し、該摺動面位置を、他の部分と比較して優先的に冷却することが好ましい。上記鋳型において、摺動面位置を強制的・優先的に冷却させる方法としては、たとえば、摺動面位置付近に冷媒を流して冷却する方法や、金型鋳造法、遠心鋳造法等が挙げられる。
このような鋳型を使用し、摺動面5,10を、他の部分と比較して速い冷却速度で、強制的・優先的に冷却することにより、フローティングシールリングの摺動面に微細化組織を形成することが可能となる。このような微細化組織としては、樹枝状セメンタイトとCrを主とする微細炭化物とが分散し、かつ、基地組織が、パーライト、ベイナイトおよびマルテンサイトから選ばれる組織、またはこれらの混合組織であることが好ましい。
上記冷却固化を行う際の、冷却速度としては、たとえば、前記シール材の摺動面位置の冷却速度(℃/分)をC1とし、摺動面位置以外の他の部分の冷却速度(℃/分)をC2としたときに、好ましくは1≦C1/C2≦2.5、より好ましくは1≦C1/C2≦2.0、さらに好ましくは1<C1/C2≦2.0の関係とすることができる。
あるいは、摺動面5,10の冷却速度は、好ましくは300〜700℃/分、より好ましくは500〜700℃/分である。冷却速度が、遅すぎても、速すぎても上述した微細化組織が形成され難くなる傾向にあるため、冷却速度は上記範囲とすることが好ましい。
なお、本実施形態においては、上記冷却条件により、摺動面5,10に上述した微細化組織が形成させることが重要であり、したがって、上記条件による冷却は、微細化組織が形成される温度である400〜500℃程度まで行えばよい。すなわち、摺動面5,10に微細化組織が形成された後における冷却条件は、特に限定されず、適宜決定すればよい。
本実施形態においては、上記冷却条件により、摺動面に、樹枝状セメンタイトおよびCrを主とする微細炭化物が分散した微細化組織することにより、鋳鉄の強度および硬度を向上することが可能となる。特に、微細なセメンタイトおよびCrを主とする微細な炭化物が、形成されるため、たとえば白銑鉄にみられるような、粗大なセメンタイトの脱落や、脆い組織が原因となるアブレーション摩耗を有効に防止することができる。
また、上記微細化組織の基地組織を、好ましくは、パーライト、ベイナイトおよびマルテンサイトの混合組織、より好ましくは、マルテンサイトを主体とする混合組織、さらに好ましくは、マルテンサイトを主体とするパーライトとマルテンサイトの混合組織とすることにより、基地硬さを向上させることができる。
なお、本実施形態において、摺動面に、上述した微細化組織を形成することは、鋳鉄を構成する成分組成を本発明の組成とすることにより達成可能であり、特に、NiおよびCrの添加量を制御することにより、微細化組織を形成するチル組織のチル深さの安定化を図ることが可能となる。
以上のような工程を経ることにより製造される本発明の固定側および回転側フローティングシールリング2,7からなるフローティングシール装置1は、硬度が高く、耐摩耗特性に優れ、たとえば建設機械、車両等のトラックローラー用のシールとして好適に使用することができる。
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々に改変することができる。
たとえば、上述した実施形態では、本発明に係るシール材としてフローティングシールを例示したが、本発明に係るシール材としては、フローティングシールに限定されず、上記組成の鋳鉄材で構成してあるシール材であれば何でも良い。
以下、本発明を、さらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
まず、表1に示す各成分組成となるように、原材料を準備し、これらの原材料を1600℃の温度で加熱処理(加熱溶解)し、その後、冷却速度500℃/分で冷却することにより、鋳鉄材の試料1〜5を作製した。また、試料6として、クロム−モリブテン鋳鉄、試料7〜9として、3種のニハード鋳鉄を準備した。
次いで、各鋳鉄材の試料について、ロックウェル硬さの測定、耐摩耗試験、腐食試験を行った。
ロックウェル硬さの測定は、鋳鉄材の試料1〜9について、試料形状を、外径φ90.1mmのシールサイズ形状とし、ロックウェル硬さ試験機を使用して、摺動面について、測定を行った。表1に、測定結果を示す。
耐摩耗試験は、まず、試料1,6について、外径φ90.1mmのシールサイズ形状とした固定試験片、および同形状の回転試験片を準備し、図1に示す様なフローティングシール装置を作製することにより行った。ここで、固定試験片は、固定側フローティングシールリング2に相当し、回転試験片は、回転側フローティングシールリング7に相当する。試験雰囲気は、固定試験片および回転試験片の外周側を泥(青べと)84重量%、水14重量%の混合物とし、内周側を潤滑油とした。試験条件は、回転試験片を回転速度200rpm、「正方向回転20秒、停止20秒、逆方向回転20秒、停止20秒」の条件で回転させ、これを1サイクルとし、合計10000サイクルとした。試料1,6の耐摩耗試験後の摺動面の摩耗状態を図2に、耐摩耗試験後のシールバンドの内径側移動量を図3に、それぞれ示す。
腐食試験は、試料1,試料6,試料9について、外径φ90.1mmのシールサイズ形状とした試験片を使用し、塩水噴霧試験機を使用して行った。試験条件としては、まず、シール表面をアセトンで洗浄し、その後、試験雰囲気を、塩水濃度5重量%、pH6.5〜7.2、温度35℃、湿度95〜98%、試験時間1時間とした。塩水噴霧後、試験片をアルカリ性溶液で洗浄し、次いで、さらに余分な腐食物を取り除くため非イオン水で洗い流し、シール面の腐食割合を評価した。
Figure 2005240065
評価1
表1に、試料1〜9の各成分組成、鋳鉄金属組織、およびロックウェル硬さを示す。なお、鋳鉄金属組織は、金属顕微鏡を使用し、鋳鉄材表面を観察することにより、決定した。
表1より、本発明の実施例の試料1〜3は、鋳鉄材を構成する成分組成が、本発明の範囲内であり、かつ鋳鉄材の表面組織が、パーライト基地にマルテンサイト基地微細化組織から形成されているため、表面硬度が、それぞれ、HRCで67,65,66と高くなる結果となった。一方、成分組成が本発明の範囲外である比較例の試料4〜9は、鋳鉄材の表面組織が、パーライト基地にマルテンサイト基地チル組織となり、表面硬度が、それぞれ、HRCで47〜64と低くなる結果となった。
この結果より、鋳鉄を構成する成分組成を本発明の範囲内とし、好ましくは、微細化組織を形成することにより、高硬度を有し、かつ耐摩耗性に優れた鋳鉄材を得ることができることが確認できた。
評価2
図2(A)、図2(B)は、それぞれ、試料1および試料6の耐摩耗試験後の摺動面の摩耗状態の表面高さを表す図であり、それぞれ、図2(A)は、試料1の表面高さを、図2(B)は、試料6の表面高さを表す図である。図より明らかなように、試料1,6ともに、含水泥に直接接する外周側の摩耗が大きいが、試料1と試料6とでは、試料1のほうが、摩耗量が少なく、耐摩耗性に優れていることが確認できる。したがって、鋳鉄を構成する成分組成を本発明の範囲内とし、好ましくは、鋳鉄組織を微細化組織とすることにより、高硬度を有し、かつ耐摩耗性に優れた鋳鉄材を得ることができることが確認できた。
また、図3(A)、図3(B)は、それぞれ試料1および試料6の耐摩耗試験後のシールバンドの内径側移動量を示す図であり、それぞれ、図3(A)は、試料1の内径側移動量を、図3(B)は、試料6の内径側移動量を示す図である。図より、固定側および回転側のいずれも、試料1と試料6とでは、試料1のほうが、シールバンドの内径側移動量が少ないことが確認できる。なお、試料1の内径側移動量は、固定側で0.28mm、回転側で0.86mm、試料6の内径側移動量は、固定側で0.44mm、回転側で1.28mmであった。したがって、鋳鉄を構成する成分組成を本発明の範囲内とすることにより、シールバンドの内径側移動量を小さくすることができるため、本発明の鋳鉄材は、フローティングシールリング用の鋳鉄材として、好適であることが確認できた。
評価3
腐食試験を行った結果、実施例の試料1は、腐食割合が7%、比較例の試料6,9は、それぞれ腐食割合が9%、13%であり、実施例の試料1は、比較的Crを多く含有するクロム−モリブテン鋳鉄である試料6よりも高い耐腐食性を有することが確認できた。したがって、この結果より、鋳鉄を構成する成分組成を本発明の範囲内とすることにより、従来技術と比較して、耐腐食性に優れた鋳鉄材を得ることができることが確認できた。
図1は本発明の一実施形態に係るフローティングシール装置の断面図である。 図2(A)、図2(B)は本発明の実施例および比較例の試料の耐摩耗試験後の摺動面の摩耗状態の表面高さを表す図である。 図3(A)、図3(B)は本発明の実施例および比較例の試料の耐摩耗試験後のシールバンドの内径側移動量を示す図である。
符号の説明
1… フローティングシール装置
2… 固定側フローティングシールリング
3,8,13,16… 溝
4,6,9,11,14,17… テーパ面
5,10… 摺動面
7… 回転側フローティングシールリング
12… 固定ハウジング
15… 回転ハウジング
18,19… O−リング
20… シャフト

Claims (7)

  1. C、Si、Mn、Ni、Cr、および残部がFeと不可避的不純物とからなる鋳鉄材であって、
    前記C、Si、Mn、NiおよびCrの含有量が、前記鋳鉄材全体に対して、
    C:2.9〜3.8重量%、
    Si:1.0〜2.5重量%、
    Mn:0〜0.8重量%(ただし、0は含まず)、
    Ni:3.5〜5.0重量%、
    Cr:2.6〜5.5重量%、
    であることを特徴とする鋳鉄材。
  2. 前記不可避不純物中のPおよびSの含有量が、前記鋳鉄材全体に対して、
    P:0.5重量%以下、
    S:0.5重量%以下、
    である請求項1に記載の鋳鉄材。
  3. 基地組織が、パーライト、ベイナイトおよびマルテンサイトから選ばれる組織、またはこれらの混合組織であり、
    かつ、樹枝状のセメンタイトとCrの炭化物とからなる微細化組織を有する請求項1または2に記載の鋳鉄材。
  4. 前記鋳鉄材の硬度が、HRCで62以上である請求項1〜3のいずれかに記載の鋳鉄材。
  5. 請求項1〜4のいずれかに記載の鋳鉄材で構成されたシール材。
  6. 請求項5に記載のシール材で構成されたフローティングシールリング。
  7. C、Si、Mn、Ni、Cr、および残部がFeと不可避的不純物とからなる金属溶浴を、鋳型に鋳込み、冷却固化させる工程を有するシール材の製造方法であって、
    前記C、Si、Mn、NiおよびCrの含有量が、前記金属溶浴全体に対して、
    C:2.9〜3.8重量%、
    Si:1.0〜2.5重量%、
    Mn:0〜0.8重量%(ただし、0は含まず)、
    Ni:3.5〜5.0重量%、
    Cr:2.6〜5.5重量%、
    であり、
    冷却固化させる際に、前記シール材の摺動面位置の冷却速度を、他の部分と比較して、速くすることを特徴とするシール材の製造方法。
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