JP2004290190A - 植物の開花を制御する遺伝子Lhd4とその利用 - Google Patents

植物の開花を制御する遺伝子Lhd4とその利用 Download PDF

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Abstract

【課題】 植物の開花を制御する遺伝子およびその利用法を提供することを課題とする。
【解決手段】 本発明者らは、大規模分離集団により、イネ品種ほしのゆめとKasalathの間で検出された出穂期を調節する晩生遺伝子座(Lhd4遺伝子座)の高精度連鎖解析を行った。その結果、イネの出穂期を調節するLhd4遺伝子を単離することに成功した。また、該遺伝子の導入によりイネの出穂期が改変することを見い出した。以上のことから、新たに単離されたLhd4遺伝子は、植物の出穂期の調節に利用でき、効率的な優良新品種開発と育成に利用できるものと考えられる。
【選択図】 なし

Description

本発明は、植物の開花を制御する遺伝子Lhd4およびその利用に関する。
現在、世界的に来るべき食糧不足に対応すべく、主要穀物の優良品種の開発が積極的に進められている。一般的に品種改良は、優良な特性を持った品種とその特性を付加したい品種とを交雑し、得られた雑種後代の中からその優良な特性を受け継いでいる系統を選抜することが必要となる。その際、付加したくない特性をも両親から受け継ぐため、選抜の作業を繰り返すことで、目的とする特性のみが付加された系統を取得する。このように、従来の育種の技術では新品種育成に多くの労力と時間を要することから、新しい技術による迅速な品種改良の技術開発が望まれてきた。
近年、イネをはじめ、トウモロコシ、大麦、小麦、大豆など主要穀物のゲノム解析の進歩に伴い、ポジショナルクローニングやタギングなどの手法を用いて有用遺伝子が多数特定されてきている(例えば、非特許文献1及び非特許文献2)。これらの遺伝子を利用して、効率良く優良品種を開発することも技術的に可能となっている。特に重要な食料資源であるイネでは、既に外来有用遺伝子の導入やアンチセンスなどの遺伝子組換え技術を用いて有用形質を付加した栽培品種の開発が実験的に成功している。例えば、アンチセンス技術により草丈を制御したり(非特許文献3)、アミロース含量を低下させる(非特許文献4)といった、栽培特性の改変が可能となっている。また、従来の育種法を用いた品種改良においても、有用形質に関連した遺伝子の特定により、導入したい形質にリンクした遺伝子あるいは連鎖するDNAマーカーの存在を選抜の指標にすることで効率的な個体選抜が可能となることが予想される。
ところで、イネにおいて品種改良の際の重要な育種目標の一つに出穂期が挙げられる。品種ごとの出穂期の違いは、栽培可能な地域、時期を限定する。特に、日本国においては地理的に南北で広がりがみられるため、それぞれの地域に適した品種の育成が不可欠となっている。従来、出穂期の改変は、交雑により得られる雑種後代における早生・晩生系統の選抜や、放射線を使った人為的突然変異誘発により得られる変異体系統からの選抜などによって行われてきた。しかしながら、出穂期を制御している遺伝子座は多数存在していることもあり(量的形質)、多大な労力と時間をかけながらも期待にそぐう品種が得られることは稀であった。そのようなことから、近年では、出穂期を制御している分子メカニズムを解明する研究が進められている。矢野らのグループはQTL解析によって、出穂期を制御する15個の遺伝子座を検出している(非特許文献5)。さらに、それらのうち、いくつかのQTLの原因遺伝子をマップベースクローニングの手法で特定したことを報告している。そのうち、Hd1はシロイヌナズナCONSTANS(CO)のイネホモログであり、短日条件下で出穂を促進する機能を持つ(非特許文献6)。また、Hd3aはシロイヌナズナFLOWERING LOCUS T(FT)のホモログであり、短日条件下で出穂を促進、長日条件下で出穂を抑制する機能を持つ(非特許文献7)。さらに、これらの遺伝子を利用することで、イネにおいて効率的な出穂期の改変が可能であることが証明されている(特許文献1)。
このように、出穂期関連遺伝子が特定されることで出穂の制御機構が明らかとなれば、その遺伝子を利用して出穂期をコントロールすることが可能である。しかしながら、現在のところ、複雑な制御機構の一端が解明されたに過ぎない状況である。
尚、本出願の発明に関連する先行技術文献情報を以下に示す。
特開2002-153283 Ashikari, M., Wu, J., Yano, M., Sasaki, T., and Yoshimura, A. (1999) Rice gibberellin-insensitive dwarf mutant gene Dwarf 1 encodes the α-subunit of GTP-binding protein. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 96:10284-10289. Monna L., Kitazawa N., Yoshino R., Suzuki J., Masuda H, Maehara Y., Tanji M., Sato M., Nasu S., and Minobe Y. (2002) Positional cloning of rice semidwarfing gene, sd-1: rice "green revolution gene" encodes a mutant enzyme involved in gibberellin synthesis. DNA Res. 28:9(1):11-17. Itoh, H., Ueguchi-Tanaka, M., Sakamoto, T., Kayano, T., Tanaka, H., Ashikari, M., and Matsuoka, M. (2002) Modification of Rice Plant Height by Suppressiing the Height-Controlling Gene, D18, in Rice. Breeding Science 52:215-218. Terada, R., Nakajima, M., Isshiki, M., Okagaki, R. J., Wessler, S. R., and Shimamoto, K. (2000) Antisense Waxy genes with highly active promoters effectively suppress Waxy gene expression in transgenic rice. Plant Cell Physiol. 41:881-888. Yano, M., Kojima, S., Takahashi, Y., Lin, H., and Sasaki, T. (2001). Genetic control of flowering time in rice, a short-day plant. Plant Physiol. 127:1425-1429. Yano, M., Katayose, Y., Ashikari, M., Yamanouchi, U., Monna, L., Fuse, T., Baba, T., Yamamoto, K., Umehara, Y., Nagamura, Y., and Sasaki, T. (2000) Hd1, a major photoperiod sensitivity QTL in rice, is closely related to the Arabidopsis flowering time gene CONSTANS. Plant Cell 12:2473-2483. Kojima, S., Takahashi, Y., Kobayashi, Y., Monna L., Sasaki, T., Araki, T., and Yano, M. (2002) Hd3a, a rice ortholog of the Arabidopsis FT gene, promotes transition to flowering downstream of Hd1 under short-day conditions. Plant and Cell Physiology 43(10):1096-1105.
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、植物の開花を制御する遺伝子およびその利用法を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記の課題を解決するために、イネにおける重要な栽培特性の1つとされている出穂期を制御している遺伝子の特定を行った。
北海道のイネ栽培品種「ほしのゆめ」とインド型品種「Kasalath」の交雑後代を材料に出穂期に関連するQTL解析を行った結果、第7染色体短腕のセントロメア近傍に出穂期に作用力を持つ量的形質遺伝子座(QTL)が存在することが明らかとなっていた。このQTLは出穂の抑制に関与し、ほしのゆめの極早生性はそのアレルの機能が低下あるいは消失していることが原因であると推察されていた(野々上ら、日本育種学会第97回講演会要旨集、育種学研究 第2巻、別冊1号、pp.13)。本発明者らは、ほしのゆめとKasalathの間で検出されたこの出穂抑制遺伝子座を、Late heading-4 (Lhd4)と命名し、その原因遺伝子を単離するために、以下の方法に従って実験を行った。
本発明者らは、Lhd4遺伝子座が分離する集団を2回に分けてファイトトロンで育成し、高精度連鎖解析を行った。まず、播種後2週間目の幼苗5000個体からゲノムDNAを抽出し、Lhd4候補領域を挟み込む2つのCAPSマーカーRA3113およびC39を用いてCAPS解析を行い、両マーカー間で組換えが起きている563個体を選抜した。さらに、dCAPSマーカーE3844およびY1055L間の組換え個体を38個体再選抜し、幼苗をポットに移植し、温室内で栽培を続けた。Lhd4における遺伝子型は、播種してから出穂するまでにかかった到穂日数によって判定した。しかしながら、選抜された組換え個体の当代では、はっきりした判定が困難なものが存在したため、自殖種子を回収して後代検定を行った。
一方で、E3844およびY1055Lの間のRFLPマーカーG1068およびS21350と、新たに作成したCAPSマーカーを用いて、組換え個体のジェノタイピングを進めた。後代検定とジェノタイピングの結果から、候補領域はG1068−S7010間であると判定した。この時点で、候補領域は依然として100 kb以上であることが予想され、選抜された組換え個体の染色体組換え位置はこの領域内で偏りが見られたことから、候補領域をさらに絞り込むには不十分であると判断した。そこで、新たに2500個体の分離集団を育成し、2回目の連鎖解析に用いた。その結果、E3844−C39間での組換え個体は41個体選抜され、そのうち、S7005−S7010間での組換え個体は8個体であった。これらの個体の出穂調査を行い、遺伝子型との相関を解析したが当代個体でははっきりとした判定が困難であったため、自殖種子F3を回収して後代検定を行った。F3系統は分離するため、CAPS解析によって各個体の候補領域における遺伝子型を決定し、Lhd4における遺伝子型と到穂日数の間の相関を確認した。また、新たに多数のDNAマーカーを候補領域内に設定して、各個体の遺伝子型を詳細に決定していった。DNAマーカーは、RGPの日本晴公開ゲノムシーケンスの情報をもとにPCRプライマーを設計し、ほしのゆめおよびKasalathのゲノムDNAを用いてPCRを行い、そのPCR産物のシーケンスの結果得られた両品種間での塩基多型情報を検索することで作成した。その結果、候補領域はS7012−S7017間の約34 kbとなった。
RGPにおいて公開されている候補領域に相当する日本晴ゲノムシーケンスのRiceGAASによるアノテーション結果から、7つの蛋白質の存在が予測された。Putative TNP-like transposable elementが2つ、hypothetical proteinが2つ、no hitのものが1つ、putative polyproteinが1つ、CONSTANS-like proteinが1つの計7個である。その内唯一保存領域を持った蛋白質として、CONSTANS-like蛋白質が予測された。CONSTANSは開花を制御している遺伝子としてシロイヌナズナにおいて初めて単離・解析され、近年、イネにおいてもそのホモログであるHd1遺伝子が単離・解析されている。イネでは出穂期と開花期は、ほぼ同時であると考えてよいことから、この予測蛋白質(遺伝子)も出穂に関与していることが予想された。従って、この蛋白質をコードする遺伝子をLhd4の有力な候補遺伝子であると判断し、この遺伝子をクローニングした。
クローニングした遺伝子の構造は、候補領域におけるアノテーションの結果から得られた遺伝子予測の結果とは異なっていた。得られた全長cDNA配列は、公開されている候補領域に相当する日本晴ゲノムシーケンスと比較したところ、444 bpおよび327 bpからなる2つのエクソンの間に、1645 bpのイントロンが挿入した構造をとっていることが明らかとなった。また、アノテーションプログラムで予測された「no hit」の蛋白質は、実はこの遺伝子の一部分を含んでいることが明らかとなった。さらに、「hypothetical protein」の1つは、この遺伝子の5’上流のプロモーター領域であると推測される領域に予測されており、よって、この2つの予測遺伝子は候補から除外できるものと思われた。得られた全長cDNAから推定されるアミノ酸配列を配列情報解析ソフトウェアDNASIS Proによって検索した結果、257アミノ酸残基からなるポリペプチドをコードしていることが予測された。このポリペプチドはBLASTによるホモロジー検索の結果、3’末端近くに複数の植物種で単離されているCONSTANS、CONSTANS-like蛋白質およびTOC1(timing of cab 1)にコードされた配列と相同性の高い領域が存在することが明らかとなったが、その他の領域に関しては相同性の高いものはなかった。
ほしのゆめのアレルと比較するため、予想されたコード領域を含むcDNAをほしのゆめからRT-PCRによって取得し、塩基配列を決定した。さらに、ほしのゆめおよびKasalathでこの遺伝子の転写領域に相当するゲノムシーケンスをウォーキング法によって決定した。cDNAおよびゲノムの両方の塩基配列を解析した結果、ほしのゆめとKasalathの間では、転写領域内に16個のSNPが存在することが明らかとなった。KasalathのcDNA配列をもとに推定したコード領域中にはSNPが6つ存在するが、ほしのゆめのcDNAをアミノ酸に翻訳すると、この内の最初に出現するSNPによって停止コドンが生まれ、推定されるポリペプチドはKasalathのものと比べて非常に小さなものになった。
また、野生型の遺伝子であると考えられるKasalath型のゲノムDNA断片を、アグロバクテリウム法により突然変異型の遺伝子を持つと推測されるほしのゆめに導入した形質転換体を作成し、表現型が回復するかどうかを確認した。形質転換体の表現型を解析した結果、導入遺伝子を保持するほとんどの個体で到穂日数が遅延し、ベクターのみを導入した個体においては大きな変化の見られた個体は現れなかった。さらに、本発明者らは、イネ植物体におけるセンスRNAの過剰発現による影響を調べた結果、過剰発現が確認された形質転換体では、短日条件下においてもほとんど出穂すらしなかった。以上の結果から、候補遺伝子として単離した遺伝子がLhd4遺伝子であることが証明された。また、Lhd4遺伝子には到穂日数を調節する機能を有することが明らかとなった。さらに、該遺伝子を用いて植物の出穂期の調節が可能であることが判明した。
イネの栽培では、ある地域で非常に優良な品種が育成されても、他の地域で同じように栽培することは困難となっている。従って、地域における日長や温度などの自然環境の違いから、その地域に適した品種の選択が不可欠である。つまり、出穂期がその栽培地域に適さない場合は、新たに出穂期の早晩性を指標に、品種改良を行う必要がある。本発明によって同定されたLhd4遺伝子は、植物の開花時期の調節に利用でき、効率的な優良新品種開発と育成に利用できるものと考えられる。
即ち、本発明は、植物の開花を制御するLhd4遺伝子およびその利用に関し、以下の〔1〕〜〔17〕を提供するものである。
〔1〕 以下の(a)〜(d)のいずれかに記載の植物の開花を遅延する機能を有する蛋白質をコードするDNA。
(a)配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするDNA。
(b)配列番号:1または2に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA。
(c)配列番号:3に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列を有する蛋白質をコードするDNA。
(d)配列番号:1または2に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA。
〔2〕 イネ由来である、〔1〕に記載のDNA。
〔3〕 以下の(a)〜(d)のいずれかに記載のDNA。
(a)〔1〕または〔2〕に記載のDNAの転写産物と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNA。
(b)〔1〕または〔2〕に記載のDNAの転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有するRNAをコードするDNA。
(c)植物細胞における発現時に、RNAi効果により、〔1〕または〔2〕に記載のDNAの発現を抑制するRNAをコードするDNA。
(d)植物細胞における発現時に、共抑制効果により、〔1〕または〔2〕に記載のDNAの発現を抑制するRNAをコードするDNA。
〔4〕 以下の(a)または(b)に記載のDNA。
(a)配列番号:9に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするDNA。
(b)配列番号:7または8に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA。
〔5〕 〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載のDNAを含むベクター。
〔6〕 〔1〕もしくは〔2〕に記載のDNA、または該DNAを含むベクターを有効成分として含有する、植物の開花遅延剤。
〔7〕 〔3〕もしくは〔4〕に記載のDNA、または該DNAを含むベクターを有効成分として含有する、植物の開花促進剤。
〔8〕 〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載のDNA、または〔5〕に記載のベクターを保持する形質転換植物細胞。
〔9〕 〔8〕に記載の形質転換植物細胞を含む形質転換植物体。
〔10〕 〔9〕に記載の形質転換植物体の子孫またはクローンである、形質転換植物体。
〔11〕 〔9〕または〔10〕に記載の形質転換植物体の繁殖材料。
〔12〕 〔9〕に記載の形質転換植物体の製造方法であって、〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載のDNAまたは〔5〕に記載のベクターを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む方法。
〔13〕 〔1〕または〔2〕に記載のDNAを植物体の細胞内で発現させることを特徴とする、植物の開花を遅延する方法。
〔14〕 植物体の細胞内における、内因性の〔1〕または〔2〕に記載のDNAの発現を抑制することを特徴とする、植物の開花を促進する方法。
〔15〕 〔3〕に記載のDNAを植物に導入することを特徴とする、〔14〕に記載の方法。
〔16〕 〔4〕に記載のDNAを植物に導入することを特徴とする、植物の開花を促進する方法。
〔17〕 植物がイネである、〔12〕〜〔16〕のいずれかに記載の方法。
本発明により植物の開花を制御する遺伝子が提供された。本発明によれば、イネにおいては出穂期を調節することができ、イネの品種育成に大きく貢献し得る。イネの出穂期の調節は、栽培地域や栽培時期に適応したイネ品種育成に有用である。また、本発明の遺伝子を用いるイネの品種育成は、短期間で高い確実性をもって目的の植物体を得ることができる点で、従来の方法より有利である。
本発明者らは、大規模分離集団により、イネ品種ほしのゆめとKasalathの間で検出された出穂期を調節する晩生遺伝子座(Lhd4遺伝子座)の高精度連鎖解析を行った。その結果、Kasalath からイネの出穂期を遅延させる機能を有するLhd4遺伝子を単離することに成功した。さらに、Kasalath のLhd4遺伝子配列と日本晴および極早生品種であるほしのゆめのLhd4遺伝子配列との間では、多数のSNPが存在することが明らかとなった。本発明で単離されたKasalath、日本晴およびほしのゆめのLhd4のゲノムDNA配列をそれぞれ配列番号:1、4および7に、cDNA配列をそれぞれ配列番号:2、5および8に、これらDNAがコードする蛋白質のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号:3、6および9に示す。
本発明は、これらの知見に基づき、植物の開花を遅延する機能を有するLhd4蛋白質をコードするDNA、Lhd4蛋白質をコードするDNAの発現を抑制するDNAであって、植物の開花を促進する機能を有するDNA、植物の開花を促進する機能を有する変異型Lhd4蛋白質をコードするDNA、および、それらの利用法を提供する。
本発明において開花の遅延とは、開花時期を遅らせることを指す。一方、開花の促進とは、開花時期を早めることを指す。開花とは通常、花が咲くことを指すが、イネを含むイネ科植物等においては出穂を意味する。
本発明において、Lhd4蛋白質をコードするDNAが由来する生物種としては、特に制限はないが、好ましくは植物である。Lhd4蛋白質をコードするDNAが由来する植物としては、例えばイネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、ダイズなどが挙げられるが、これに限定されるものではない。
また、本発明のDNAが導入されることで開花が制御される植物としては、特に制限はなく、例えば、有用農作物、鑑賞用植物等を挙げることができる。具体的には、有用農作物としては、例えばイネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、ダイズ、トマト、ワタ、タバコ、ナタネ、ジャガイモ、テンサイ、サトウキビ、ヒマワリが挙げられる。また、観賞用植物としては、例えばキク、カーネーション、バラ、シクラメン、トレニア、ペチュニア、チューリップ、ガーベラが挙げられる。
また、本発明において、Lhd4蛋白質をコードするDNAとしては、例えば配列番号:1または2に記載の塩基配列のコード領域を含むDNAや配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするDNAが挙げられる。
また、本発明は、配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるLhd4蛋白質と構造的に類似しており、植物の開花を遅延する機能を有する蛋白質をコードするDNAを包含する。このようなDNAの配列は、配列番号:1または2に記載の塩基配列と、配列全体で少なくとも50%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは97%以上、最も好ましくは98%以上の相同性を示す。また、このようなDNAからコードされる蛋白質のアミノ酸配列は、配列番号:3に記載のアミノ酸配列と、配列全体で少なくとも60%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは97%以上、最も好ましくは98%以上の相同性を示す。
また、Lhd4蛋白質は、カルボキシル末端側にCCTモチーフを持つという構造的特徴を有する(実施例参照)。このモチーフは、核移行シグナルを含んでいることが確認されている。また、核移行シグナル以外にも蛋白質-蛋白質の相互作用に関与していることが推測されており、機能的にも重要な領域であるとされている。さらに、このモチーフを有するほとんどの蛋白質は、花芽形成に関連した機能を持つことが知られている。
例えば、CCTドメインを持つシロイヌナズナCOは、長日条件下で開花を促進する機能を持つことが知られている。従って、機能を喪失したco突然変異体では、野生型に比べて著しい開花の遅延がみられる。このようなco変異体はいくつか知られており、近年、そのうちの2つはCCTドメイン内の一アミノ酸置換に起因していることが確認された。また、そのうちの1つco-7は開花を促進するという機能は喪失しているが、核移行シグナルの機能は保持していることが確認された。よって、CCTドメインはCOにおいては開花を促進するという機能を規定している重要な領域でもあると推測されている(Robson et al. (2001) Plant J., 28(6), 619-631)。さらに、TOC1においても、そのtoc1変異は概日リズムの周期が短くなり開花時期が変化する表現型を示すが、2つのtoc1変異(toc1-1およびtoc1-2)のうちの1つtoc1-1の表現型は同様にCCTドメイン内の一アミノ酸置換に起因していることが確認されている(Strayer et al. (2000) Science, 289, 768-771)。
CCTモチーフ配列は43アミノ酸残基からなり、そのコンセンサス配列(配列番号:10)は「REAR(A)VL(M)RYR(K)E KR(K)KXRKF(Y)E(D)KT IRYA(E)SRKAY(R)A E(D)XRPRI(V)KGRF AKR」と示すことが可能である(鍵括弧内はいずれもアミノ酸の一文字表記を示す。また、()内のアミノ酸残基はその前の残基と入れ替わっている場合が多いことを示し、「X」は保存されていない残基を示す)。
あるDNAが植物の開花を遅延する機能を有する蛋白質をコードするか否かは、例えば、該DNAが導入された植物の開花が遅延するか否か、または、該DNAの発現を抑制するDNAが導入された植物の開花が促進するか否かを観察することで検証することができる。
植物の開花を遅延する機能を有する蛋白質をコードするDNAには、例えば、配列番号:3に記載のアミノ酸配列において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されたアミノ酸配列からなる蛋白質をコードする変異体、誘導体、アリル、バリアントおよびホモログが含まれる。このようなアミノ酸の変異は自然界においても生じうる。変異するアミノ酸数は、アミノ酸が付加、欠失もしくは置換されるアミノ酸残基の部位などによってことなるが、好ましくは30個以内、より好ましくは2〜20個、さらに好ましくは2〜15個程度を指す。
また、変異するアミノ酸残基においては、アミノ酸側鎖の性質が保存されている別のアミノ酸に変異されることが望ましい。例えばアミノ酸側鎖の性質としては、疎水性アミノ酸(A、I、L、M、F、P、W、Y、V)、親水性アミノ酸(R、D、N、C、E、Q、G、H、K、S、T)、脂肪族側鎖を有するアミノ酸(G、A、V、L、I、P)、水酸基含有側鎖を有するアミノ酸(S、T、Y)、硫黄原子含有側鎖を有するアミノ酸(C、M)、カルボン酸及びアミド含有側鎖を有するアミノ酸(D、N、E、Q)、塩基含有側鎖を有するアミノ離(R、K、H)、芳香族含有側鎖を有するアミノ酸(H、F、Y、W)を挙げることができる(括弧内はいずれもアミノ酸の一文字標記を表す)。
あるアミノ酸配列に対する1又は複数個のアミノ酸残基の欠失、付加及び/又は他のアミノ酸による置換により修飾されたアミノ酸配列を有する蛋白質がその生物学的活性を維持することはすでに知られている(Mark, D. F. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1984) 81, 5662-5666 、Zoller, M. J. & Smith, M. Nucleic Acids Research (1982) 10, 6487-6500 、Wang, A. et al., Science 224, 1431-1433、Dalbadie-McFarland, G. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1982) 79, 6409-6413、Bowie et al., Science (1990) 247, 1306-1310)。
また、ある蛋白質と機能的に同等な蛋白質を調製するための、当業者によく知られた方法としては、蛋白質に変異を導入する方法が知られている。例えば、当業者であれば、部位特異的変異誘発法(Gotoh, T. et al. (1995) Gene 152, 271-275、Zoller, MJ, and Smith, M.(1983) Methods Enzymol. 100, 468-500、Kramer, W. et al. (1984) Nucleic Acids Res. 12, 9441-9456、Kramer W, and Fritz HJ(1987) Methods. Enzymol. 154, 350-367、Kunkel,TA(1985) Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 82, 488-492、Kunkel (1988) Methods Enzymol. 85, 2763-2766)などを使用できる。
配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるLhd4蛋白質のアミノ酸配列に複数個のアミノ酸残基が付加された蛋白質には、これら蛋白質を含む融合蛋白質が含まれる。融合蛋白質は、これら蛋白質と他の蛋白質とが融合したものであり、本発明に含まれる。融合蛋白質を作製するには、例えば、配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるLhd4蛋白質と機能的に同等な蛋白質をコードするDNAと他の蛋白質をコードするDNAをフレームが一致するように連結してこれを発現ベクターに導入し、宿主で発現させればよい。本発明の蛋白質との融合に付される他の蛋白質としては、特に限定されない。
本発明の蛋白質との融合に付される他のペプチドとしては、例えば、FLAG(Hopp, T. P. et al., BioTechnology (1988) 6, 1204-1210 )、6個のHis(ヒスチジン)残基からなる6×His、10×His、インフルエンザ凝集素(HA)、ヒトc-mycの断片、VSV-GPの断片、p18HIVの断片、T7-tag、HSV-tag 、E-tag 、SV40T 抗原の断片、lck tag 、α-tubulinの断片、B-tag 、Protein C の断片等の公知のペプチドを使用することができる。また、本発明の蛋白質との融合に付される他の蛋白質としては、例えば、GST(グルタチオン−S−トランスフェラーゼ)、HA(インフルエンザ凝集素)、イムノグロブリン定常領域、β−ガラクトシダーゼ、MBP(マルトース結合蛋白質)等が挙げられる。市販されているこれら蛋白質をコードするDNAを本発明の蛋白質をコードするDNAと融合させ、これにより調製された融合DNAを発現させることにより、融合蛋白質を調製することができる。
配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるLhd4蛋白質と機能的に同等な蛋白質をコードするDNAを調製するために、当業者によく知られた他の方法としては、ハイブリダイゼーション技術(Southern EM: J. Mol. Biol. 98: 503, 1975)やポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術(Saiki RK, et al: Science 230: 1350, 1985、Saiki RK, et al: Science 239: 487, 1988)を利用する方法が挙げられる。すなわち、Lhd4領域のゲノム塩基配列(配列番号:1)、Lhd4 cDNAの塩基配列(配列番号:2)、または、その一部をプローブとして、また、Lhd4領域のゲノム塩基配列、Lhd4 cDNAの塩基配列に特異的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプライマーとして、イネや他の植物からLhd4蛋白質をコードするDNAと高い相同性を有するDNAを単離することは、当業者にとって通常行い得ることである。このように、ハイブリダイゼーション技術やPCR技術によって単離し得るLhd4蛋白質と同等の機能を有する蛋白質をコードするDNAもまた、本発明のLhd4蛋白質をコードするDNAに含まれる。
このようなDNAを単離するためには、好ましくはストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーション反応を行う。本発明のハイブリダイゼーション反応においては、さまざまな程度のストリンジェントな条件を用いることができる。条件を厳しくするほど、二本鎖形成に必要とする相補性が高くなる。好ましくは、標準的方法(Sambrookら、「分子クローニング:実験マニュアル(Molecular Cloning: A Laboratory Manual)」、第三版、Cold Spring Harbor、ニューヨーク(2001))において説明されているような当技術分野において周知の技術によって、ストリンジェントな条件の下でハイブリダイゼーションを行う。
本発明の目的に適した「低ストリンジェントな条件」は、例えば、5xSSC、5xデンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、32℃条件でのハイブリダイゼーション、それに続く2xSSC、0.1%SDS、室温での洗浄である。また、「中ストリンジェントな条件」は、例えば、5xSSC、5xデンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、42℃条件でのハイブリダイゼーション、それに続く0.2xSSC、0.1%SDS、37℃での洗浄、「高ストリンジェントな条件」は、例えば、5xSSC、5xデンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、42℃条件でのハイブリダイゼーション、それに続く0.1xSSC、0.1%SDS、65℃での洗浄である。これらの条件において、温度を上げる程に高い相同性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。但し、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度、プローブ濃度、プローブの長さ、イオン強度、時間、塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれら要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。ここで、「高い相同性」とは、DNA配列全体で少なくとも50%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは97%以上、最も好ましくは98%以上の配列の同一性を指す。
また、配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるLhd4蛋白質と機能的に同等な蛋白質をコードするDNAは、本発明のDNAを有する植物や植物細胞に変異処理を行い、該植物や細胞から、例えば配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるLhd4蛋白質をコードするDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAを選択することによっても得ることができる。
また、たとえ塩基配列が変異していても、その変異が蛋白質中のアミノ酸の変異を伴わないこと(縮重変異)があるが、このような縮重変異DNAも本発明のLhd4蛋白質をコードするDNAに含まれる。
アミノ酸配列や塩基配列の同一性は、カーリンおよびアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-2268, 1990、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90: 5873, 1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol. Biol. 215: 403, 1990)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=100、wordlength=12とする。また、BLASTXを用いてアミノ酸配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=50、wordlength=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)。
本発明のDNAには、ゲノムDNA、cDNAおよび化学合成DNAが含まれる。ゲノムDNAおよびcDNAの調製は、当業者にとって常套手段により行うことが可能である。ゲノムDNAは、例えば、Lhd4蛋白質をコードするDNAを有するイネ品種からゲノムDNAを抽出し、ゲノミックライブラリー(ベクターとしては、例えば、プラスミド、ファージ、コスミド、BAC、PACなどが利用できる)を作製し、これを展開して、本発明のLhd4蛋白質をコードするDNA(例えば、配列番号:1または2)を基に調製したプローブを用いてコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことで調製できる。また、本発明のLhd4蛋白質をコードするDNA(例えば、配列番号:1または2)に特異的なプライマーを作製し、これを利用したPCRを行って調製することも可能である。cDNAは、例えば、Lhd4蛋白質をコードするDNAを有するイネ品種から抽出したmRNAを基にcDNAを合成し、これをλZAPなどのベクターに挿入してcDNAライブラリーを作製し、これを展開して、上記と同様にコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことで、またPCRを行うことにより調製できる。
本発明のLhd4蛋白質をコードするDNAは、植物の開花遅延剤としての用途を有する。例えば、該DNAを発現または発現誘導可能なベクターに連結して、後述する方法で、これを植物細胞に導入し、これにより得られた形質転換植物細胞を再生させることによって、開花が遅延した形質転換植物体を作製できる。本発明においては、このような方法で植物の開花を遅延できる。
また、本発明は、Lhd4蛋白質をコードするDNAの発現を抑制するDNAを提供する。ここで「Lhd4蛋白質をコードするDNAの発現の抑制」には、Lhd4蛋白質をコードするDNAの転写の抑制および蛋白質への翻訳の抑制が含まれる。また、該DNAの発現の完全な停止のみならず発現の減少も含まれる。また、翻訳された蛋白質が植物細胞内で本来の機能を発揮しないことも含まれる。また、本発明は、ほしのゆめ由来の変異型Lhd4蛋白質をコードするDNA(配列番号:9に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするDNA、または配列番号:7もしくは8に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA)を提供する。Lhd4蛋白質をコードするDNAの発現を抑制するDNA、および、ほしのゆめ由来の変異型Lhd4蛋白質をコードするDNAは、植物の開花を促進する機能を有する。よって、これらDNAは、植物の開花促進剤として使用することができる。
例えば、Lhd4蛋白質をコードするDNAの発現を抑制するDNAを発現または発現誘導可能なベクターに連結して、後述する方法で、これを植物細胞に導入し、これにより得られた形質転換植物細胞を再生させることによって、開花が促進した形質転換植物体を作製できる。また、ほしのゆめ由来の変異型Lhd4蛋白質をコードするDNAを利用することにより、植物の開花を促進することが可能である。例えば、従来の育種で用いられている交雑による導入、または相同組換えなどの遺伝子組換え技術を利用した方法により、ほしのゆめ由来の変異型Lhd4遺伝子と内在性の正常型遺伝子とを置換することにより、開花が促進した形質転換植物体を作製できる。本発明においては、このような方法で植物の開花を促進できる。
従来の育種で用いられている戻し交雑育種法によれば、以下のようにして開花が促進した植物を得ることが可能である。まず、変異型Lhd4遺伝子を持つほしのゆめと正常型Lhd4遺伝子を持つ品種(例えば、インド型イネ品種Kasalath)を交配し、F1を得る。このF1に、Kasalathを戻し交配してBC1F1を得る。BC1F1は、理論上染色体全領域の2分の1がKasalathのホモ型であり、2分の1がほしのゆめとKasalathのヘテロ型となっている。このBC1F1個体群の中から、DNAマーカーを用いてLhd4遺伝子領域がヘテロ型になっている個体を選抜し、さらにKasalathとの戻し交配によりBC2F1を得る。なお、ここで言うDNAマーカーとしては、本発明において作製したCAPS、dCAPS、およびSNPマーカーなどを利用することが可能である(実施例に記載)。同様にしてLhd4遺伝子領域がヘテロ型になっている個体を選抜し、Kasalathとの戻し交配を重ねる。BC1F1、BC2F1、BC3F1、BC4F1と選抜・戻し交配を繰り返すごとに、導入遺伝子を含む染色体領域がヘテロに維持されたまま、他の染色体領域がKasalathのホモ型に徐々に置換されて行く。BC5F1世代では、ほしのゆめの染色体をヘテロで有する領域は理論上全体の32分の1となり、遺伝的背景はほとんどKasalathと同一で、目的とする染色体領域のみにほしのゆめの染色体が導入された準同質遺伝子系統が得られてくる。開花に関連するほしのゆめ由来の遺伝子座(遺伝子)の影響が全くないようであれば、選抜したBC5F1種子の自殖種子BC5F2を展開・栽培し、ほしのゆめ由来の変異型Lhd4遺伝子をホモで保有する個体を選抜することで目的とする植物体を得ることができる。
近年、飯田らのグループにより従来と比べて超高率の相同組換えによるイネ形質転換法が開発された(Terada et al. (2002) Nature Biotechnology, 20, 1030-1034)。この技術によれば、遺伝子ターゲティングをイネにおいても再現性よく行うことが可能であるとしている。従って、本発明によるほしのゆめ由来の変異型Lhd4遺伝子を染色体上の正常型Lhd4遺伝子領域と相同組換えにより置換することで、開花が促進した形質転換植物を得ることが可能である。
植物における特定の内在性遺伝子の発現を抑制する方法としては、アンチセンス技術を利用する方法が当業者に最もよく利用されている。植物細胞におけるアンチセンス効果は、電気穿孔法で導入したアンチセンスRNAが植物においてアンチセンス効果を発揮することをエッカーらが示したことで初めて実証された(Ecker JR & Davis RW: Proc. Natl. Acad. Sci. USA 83: 5372, 1986)。その後、タバコやペチュニアにおいてもアンチセンスRNAの発現により標的遺伝子の発現が低下した例が報告されており(van der Krol AR, et al: Nature 333: 866, 1988)、現在では、アンチセンス技術は植物における遺伝子発現を抑制させる手段として確立している。
アンチセンス核酸が標的遺伝子の発現を抑制する作用としては、以下のような複数の要因が存在する。すなわち、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造が作られた部位とのハイブリッド形成による転写阻害、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエクソンとの接合点におけるハイブリッド形成によるスプライシング阻害、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行阻害、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始阻害、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳阻害、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻害、および核酸と蛋白質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現阻害などである。このようにアンチセンス核酸は、転写、スプライシングまたは翻訳など様々な過程を阻害することで、標的遺伝子の発現を抑制する(平島および井上: 新生化学実験講座2 核酸IV 遺伝子の複製と発現 (日本生化学会編, 東京化学同人) pp.319-347, 1993)。
本発明で用いられるアンチセンス配列は、上記のいずれの作用により標的遺伝子の発現を抑制してもよい。一つの態様としては、遺伝子のmRNAの5'端近傍の非翻訳領域に相補的なアンチセンス配列を設計すれば、遺伝子の翻訳阻害に効果的と考えられる。また、コード領域もしくは3'側の非翻訳領域に相補的な配列も使用することができる。このように、遺伝子の翻訳領域だけでなく非翻訳領域の配列のアンチセンス配列を含むDNAも、本発明で利用されるアンチセンスDNAに含まれる。使用されるアンチセンスDNAは、適当なプロモーターの下流に連結され、好ましくは3'側に転写終結シグナルを含む配列が連結される。このようにして調製されたDNAは、公知の方法を用いることで、所望の植物へ形質転換できる。アンチセンスDNAの配列は、形質転換される植物が持つ内在性遺伝子またはその一部と相補的な配列であることが好ましいが、遺伝子の発現を有効に抑制できる限りにおいて、完全に相補的でなくてもよい。転写されたRNAは、標的遺伝子の転写産物に対して好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相補性を有する。アンチセンス配列を用いて標的遺伝子の発現を効果的に抑制するには、アンチセンスDNAの長さは少なくとも15塩基以上であり、好ましくは100塩基以上であり、さらに好ましくは500塩基以上である。通常用いられるアンチセンスDNAの長さは5kbよりも短く、好ましくは2.5kbよりも短い。本発明のアンチセンスDNAとしては、例えば、配列番号:68または69に記載の塩基配列からなるDNAを挙げることができる。
内在性遺伝子の発現の抑制は、また、リボザイムをコードするDNAを利用して行うことも可能である。リボザイムとは触媒活性を有するRNA分子のことを指す。リボザイムには種々の活性を有するものが存在するが、中でもRNAを切断する酵素としてのリボザイムに焦点を当てた研究により、RNAを部位特異的に切断するリボザイムの設計が可能となった。リボザイムには、グループIイントロン型やRNase Pに含まれるM1 RNAのように400ヌクレオチド以上の大きさのものもあるが、ハンマーヘッド型やヘアピン型と呼ばれる40ヌクレオチド程度の活性ドメインを有するものもある(小泉誠および大塚栄子: 蛋白質核酸酵素, 35: 2191, 1990)。
例えば、ハンマーヘッド型リボザイムの自己切断ドメインは、G13U14C15という配列のC15の3'側を切断するが、その活性にはU14とA9との塩基対形成が重要とされ、C15の代わりにA15またはU15でも切断され得ることが示されている(Koizumi M, et al: FEBS Lett. 228: 228, 1988)。基質結合部位が標的部位近傍のRNA配列と相補的なリボザイムを設計すれば、標的RNA中のUC、UUまたはUAという配列を認識する制限酵素的なRNA切断リボザイムを作出することができる(Koizumi M, et al: FEBS Lett. 239: 285, 1988、小泉誠および大塚栄子: 蛋白質核酸酵素 35: 2191, 1990、 Koizumi M, et al: Nucl. Acids. Res. 17: 7059, 1989)。例えば、Lhd4蛋白質をコードするDNA(配列番号:2)中には、標的となり得る部位が複数存在する。
また、ヘアピン型リボザイムも本発明の目的に有用である。このリボザイムは、例えばタバコリングスポットウイルスのサテライトRNAのマイナス鎖に見出される(Buzayan JM: Nature 323: 349, 1986)。ヘアピン型リボザイムからも、標的特異的なRNA切断リボザイムを作出できることが示されている(Kikuchi Y & Sasaki N: Nucl. Acids. Res. 19: 6751, 1991、菊池洋: 化学と生物 30: 112, 1992)。
標的を切断できるように設計されたリボザイムは、植物細胞中で転写されるように、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターなどのプロモーターおよび転写終結配列に連結される。このとき、転写されたRNAの5'端や3'端に余分な配列が付加されていると、リボザイムの活性が失われることがあるが、こういった場合は、転写されたリボザイムを含むRNAからリボザイム部分だけを正確に切り出すために、リボザイム部分の5'側や3'側にシスに働く別のトリミングリボザイムを配置させることも可能である(Taira K, et al: Protein Eng 3: 733, 1990、Dzianott AM & Bujarski JJ: Proc. Natl. Acad. Sci. USA 86: 4823, 1989、Grosshans CA & Cech TR: Nucl. Acids Res. 19: 3875, 1991、Taira K, et al: Nucl. Acids Res. 19: 5125, 1991)。また、このような構成単位をタンデムに並べ、標的遺伝子内の複数の部位を切断できるようにすることで、より効果を高めることもできる(Yuyama N, et al: Biochem Biophys Res Commun 186: 1271, 1992)。このように、リボザイムを用いて本発明における標的遺伝子の転写産物を特異的に切断することで、該遺伝子の発現を抑制することができる。
内在性遺伝子の発現の抑制は、さらに、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二本鎖RNAを用いたRNA interferance(RNAi)によっても行うことができる。RNAiとは、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二重鎖RNAを細胞内に導入すると、導入した外来遺伝子および標的内在性遺伝子の発現がいずれも抑制される現象のことを指す。RNAiの機構の詳細は明らかではないが、最初に導入した二本鎖RNAが小片に分解され、何らかの形で標的遺伝子の指標となることにより、標的遺伝子が分解されると考えられている。RNAiは植物においても効果を奏することが知られている(Chuang CF & Meyerowitz EM: Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97: 4985, 2000)。例えば、植物体におけるLhd4蛋白質をコードするDNAの発現をRNAiにより抑制するためには、Lhd4蛋白質をコードするDNA(配列番号:2)またはこれと類似した配列を有する二本鎖RNAを目的の植物へ導入し、得られた植物体から野生型植物体と比較して開花が促進した植物を選択すればよい。
RNAi効果により、Lhd4蛋白質をコードするDNAの発現を抑制するDNAは、標的配列のインバーテッドリピートの間に適当な配列(イントロン配列が望ましい)を挿入し、ヘアピン構造を持つダブルストランドRNA(self-complementary ‘hairpin’ RNA(hpRNA))を作るようなコンストラクト(Smith, N.A. et al. Nature, 407:319, 2000、Wesley, S.V. et al. Plant J. 27:581, 2001、Piccin, A. et al. Nucleic Acids Res. 29:E55, 2001)として使用することもできる。
RNAiに用いる遺伝子は、標的遺伝子と完全に同一である必要はないが、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列の同一性を有する。また、配列の同一性は上述した手法により決定できる。
内在性遺伝子の発現の抑制は、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有するDNAの形質転換によって起こる共抑制によっても達成できる。「共抑制」とは、植物に標的内在性遺伝子と同一もしくは類似した配列を有する遺伝子を形質転換により導入すると、導入した外来遺伝子および標的内在性遺伝子の発現がいずれも抑制される現象のことを指す。共抑制の機構の詳細は明らかではないが、少なくともその機構の一部はRNAiの機構と重複していると考えられている。共抑制は植物においても観察される(Smyth DR: Curr. Biol. 7: R793, 1997、Martienssen R: Curr. Biol. 6: 810, 1996)。例えば、Lhd4蛋白質をコードするDNAが共抑制された植物体を得るためには、Lhd4蛋白質をコードするDNAまたはこれと類似した配列を有するDNAを発現できるように作製したベクターDNAを目的の植物へ形質転換し、得られた植物体から野生型植物体と比較して開花が促進した植物を選択すればよい。共抑制に用いる遺伝子は、標的遺伝子と完全に同一である必要はないが、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列の同一性を有する。また、配列の同一性は上述した手法により決定できる。
本発明は、本発明のDNAを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む形質転換植物体の製造方法を提供する。
本発明において、植物細胞が由来する植物としては、特に制限はない。また、植物細胞の形質転換に用いられるベクターは、該細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はないが、挿入遺伝子を過剰発現させることが可能なベクターであることが好ましい。例えば、植物細胞内で恒常的に遺伝子を発現させるためのプロモーター(例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター)を有するベクターや、外的な刺激により誘導的に活性化されるプロモーターを有するベクターを用いることもできる。例えば、実施例に記載のバイナリーベクターpPZP2Ha3(+)/(-)(Fuse et al.(2001) Plant Biotechnology, 18, 219-222)を使用することができる。また、上記「植物細胞」には、種々の形態の植物細胞、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどが含まれる。
植物細胞へのベクターの導入には、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法、マイクロインジェクション法など、当業者に公知の種々の方法を用いることができる。
形質転換植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。例えば、イネにおいて形質転換植物体を作出する手法については、ポリエチレングリコールを用いてプロトプラストへ遺伝子導入し、植物体(インド型イネ品種が適している)を再生させる方法(Datta SK: In Gene Transfer To Plants (Potrykus I and Spangenberg, Eds) pp.66-74, 1995、Hayashimoto et al. (1990) Plant Physiol.,93, 857-863、Datta et al. (1990) Bio/technology, 8, 736-740)、電気パルスによりプロトプラストへ遺伝子導入し、植物体(日本型イネ品種が適している)を再生させる方法(Shimamoto et al. (1989) Nature, 338, 274-276、Toriyama et al. (1988) Bio/technology, 6, 1072-1074)、パーティクルガン法により細胞へ遺伝子を直接導入し、植物体を再生させる方法(Christou et al. (1991) Bio/technology, 9, 957-962、Li et al. (1993) Plant Cell Rep., 12, 250-255)、およびアグロバクテリウムを介して遺伝子を導入し、植物体を再生させる方法(Hiei Y, et al: Plant J 6: 271, 1994)など、いくつかの技術が既に確立し、本願発明の技術分野において広く用いられている。また、アグロバクテリウム法によるイネへの遺伝子の導入、形質転換体の選抜および再分化は、公知とされているイネの形質転換法(「Hiei et al. (1994) Plant J. 6: 271-282.」および「Toki et al.(1997)Plant Molecular Biology Reporter, 15(1), 16-21」)を参考に実施できる。本発明においては、これらの方法を好適に用いることができる。
ゲノム内に本発明のDNAが導入された形質転換植物体がいったん得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることができる。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラストなど)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。
以下、本発明を実施例により、さらに具体的に説明するが本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
[実施例1] 出穂期関連遺伝子座Lhd4の検出
北海道のイネ栽培品種「ほしのゆめ」とインド型品種「Kasalath」の交雑後代を材料に出穂期に関連するQTL解析を行った結果、第7染色体短腕のセントロメア近傍に出穂期に作用力を持つ量的形質遺伝子座(QTL)が存在することが明らかとなっていた。このQTLは出穂の抑制に関与し、ほしのゆめの極早生性はそのアレルの機能が低下あるいは消失していることが原因であると推察されていた(野々上ら、日本育種学会第97回講演会要旨集、育種学研究 第2巻、別冊1号、pp.13)。実際に、ほしのゆめとKasalathの交雑後代BC1F2集団を用いてRFLPマーカーR46〜C39間での組換え個体に対する連鎖解析を行った結果、出穂期を調節する作用を持つ遺伝子座がRFLPマーカーE3844〜Y1055Lの間に存在することが確認された(図1)。なお、連鎖解析に用いたRFLPマーカーR46およびC39とその間に存在する計9個のRFLPマーカーおよびESTクローンY2707L、C383、E50426、E3844、G1068、S21350、Y2707R、Y1055L、R610は独立行政法人 農業生物資源研究所(http://rgp.dna.affrc.go.jp/Cloneaccess.html)より入手可能である。
ところで、ほしのゆめとKsalathの品種の組み合わせによって検出されたこのQTLとほぼ同座に、これまでにも同様な作用を持つとされる遺伝子座の存在が報告されていた。矢野らのグループでは、日本型品種「日本晴」とインド型品種「Kasalath」の交雑後代を用いて出穂期に関連するQTL解析を行った結果、作用力は小さいが出穂期関連QTLを検出している。このQTLは、現在解析されている15の出穂期関連遺伝子座の4番目に見出されたことからHd4(Heading date 4)と命名されている(Yano et al. (1997) Theor. Appl. Genet., 95, 1025-1032)。そして、Hd4遺伝子座とその近傍領域のみがKasalath型の染色体に置換されている日本晴準同質遺伝子系統NIL-Hd4(Hd4のnearly isogenic line:準同質遺伝子系統)を用いた解析によって、Kasalath型のHd4は日本晴型に対して出穂を遅延(抑制)する作用があり、その作用は単一の遺伝子座によるものであることが証明されている(林ら、日本育種学会第96回講演会要旨集、育種学研究 第2巻、別冊2号、pp.44)。また、吉村らのグループでは、日本型品種「台中65」に野生種「グルメパテュラ(IRGC Acc. No. 105668)」の染色体断片を導入した系統(glumILs)を用いた出穂期関連遺伝子座の連鎖分析によって、晩生遺伝子座Lhd2(t)(Late heading-2(t))を同定している(Sanchez et al. (2000) Rice Genetics Newsletter, 17, 46-48)。さらに、出穂を制御している感光性遺伝子座の一つとされているE1遺伝子座がHd4と同座であると推測されている(Ichitani et al. (1998) Breed. Sci., 48, 51-57)。しかしながら、これらの報告は低密度の連鎖解析によるものであり、出穂抑制遺伝子座の検出に用いられた品種材料が異なることから、その原因遺伝子が同一であるのか否かは未解決の問題とされている。
本発明者らは、上記ほしのゆめとKasalathの間で検出された出穂抑制遺伝子座を、Late heading-4 (Lhd4)と命名し、その原因遺伝子を単離するために、以下の方法に従って実験を行った。
1)植物体の育成
Lhd4遺伝子座が分離する集団には、ほしのゆめとKasalathの戻し交雑後代であるBC2F2世代を用いた。この分離集団を2回に分けてファイトトロンで育成し、連鎖解析を行った。
2)高精度連鎖解析
まず、播種後2週間目の幼苗5000個体から簡易抽出法(Monna et al.(2002) DNA Research, 9, 11-17)に従ってゲノムDNAを抽出し、Lhd4候補領域を挟み込む2つのCAPSマーカーRA3113およびC39(表1)を用いてCAPS解析を行い、両マーカー間で組換えが起きている563個体を選抜した。さらに、dCAPS(derived-CAPS)マーカーE3844およびY1055L(表1)間の組換え個体を38個体再選抜し、幼苗をポットに移植し、温室内で栽培を続けた。Lhd4における遺伝子型は、播種してから出穂するまでにかかった日数によって判定した。しかしながら、選抜された組換え個体の当代では、はっきりした判定が困難なものが存在したため、自殖種子を回収して後代検定を行った。一方で、E3844およびY1055Lの間のRFLPマーカーG1068およびS21350と、新たに作成したマーカーS7004、S7005およびS7010(表1)を用いて、組換え個体のジェノタイピングを進めた。後代検定とジェノタイピングの結果から、候補領域はG1068−S7010間であると判定した(図2A)。この時点で、候補領域は依然として100 kb以上であることが予想され、選抜された組換え個体の染色体組換え位置はこの領域内で偏りが見られたことから、候補領域をさらに絞り込むには不十分であると判断した。そこで、新たに2500個体の分離集団を育成し、2回目の連鎖解析に用いた。その結果、E3844−C39間での組換え個体は41個体選抜され、そのうち、S7005−S7010間での組換え個体は8個体であった。これらの個体の出穂調査を行い、遺伝子型との相関を解析したが当代個体でははっきりとした判定が困難であったため、自殖種子F3を回収して後代検定を行った。1回目(5000個体)、2回目(2500個体)の大規模連鎖解析によって得られた種子を用いて、平成13年度、ファイトトロン内で、組換え個体のF3種子およびその組換え固定系統の種子F4を用いて後代検定を行った。ファイトトロン内での栽培条件は、以下の通りである。温度:昼温28℃/夜温25℃、日長:12時間明/12時間暗、湿度:70%。F3系統は分離するため、CAPS解析によって各個体の遺伝子型を決定し、Lhd4における遺伝子型と到穂日数の相関を確認した。また、新たに多数のDNAマーカーを候補領域内に設定して、各個体の遺伝子型を決定していった。DNAマーカーは、RGPの日本晴公開ゲノムシーケンス(DDBJ Acc. No.:AP005307およびAP003701)の情報をもとにPCRプライマーを設計し、ほしのゆめおよびKasalathのゲノムDNAを鋳型に用いてPCRを行い、そのPCR産物のシーケンスの結果得られた両品種間での塩基多型情報を検索することで作成した。ただし、遺伝子型を調べる個体数が多くないことから、一部は塩基多型の探索に用いたプライマーを用いてPCRを行い、直接塩基多型を含む領域をシーケンスにより確認することで、その領域での遺伝子型を判定した(表2)。
Figure 2004290190
*1 は、このマーカーがAcycloPrime-FP SNP detection kit(Perkin Elmer社)を用いて、キットに添付の業者推奨のプロトコールに従って遺伝子型を判定したことを示す。
Figure 2004290190
*1は、このプライマーを用いたゲノミックPCRによる増幅産物をdirect sequenceし、多型を検出したことを示す。
*2は、図2CにおけるPACクローンP0046D03(DDBJ Acc. No. AP005307, 150554 bp)上の遺伝子型判定に利用したSNPの位置を示す。
なお、このPACのシーケンスデータは平成15年1月10日現在、公開されていたものを参照した。
その結果、候補領域はS7012−S7017間の約34 kbとなった。以上の連鎖解析により作成された遺伝地図を図2Bに示す。さらに、候補領域を絞り込むためにこの候補領域内にマーカーS7028、S7015およびS7016を作成して、5つの組換え個体の遺伝子型を決定したところ2個体がS7012-S7028間で、3個体がS7017-S7016間で組換えが起きていたことが明らかとなった。従って、候補領域両端のマーカーの近傍で組換えが起きている個体のみが残された状況となるため、これ以上の候補領域の絞込みは困難であると判断した(図2Eの上段)。なお、地図上に示した、作成・使用したDNAマーカーの一覧を表1および表2に示す。RGPにおいて公開されている候補領域に相当する日本晴ゲノムシーケンス(DDBJ Acc. No.:AP005307)のRiceGAAS(http://ricegaas.dna.affrc.go.jp/)によるアノテーション結果から、約34 kbの領域内に7つの蛋白質の存在が予測された(図2Eの下段)。Putative TNP-like transposable elementが2つ、hypothetical proteinが2つ、no hitのものが1つ、putative polyproteinが1つ、CONSTANS-like proteinが1つの計7個である。このうち、Putative TNP-like transposable elementおよびputative polyproteinはイネゲノム中に多数存在するトランスポゾンであり、hypothetical proteinは2つとも非常に小さな蛋白質であるため、候補として可能性が低いと判断した。また、No hitの蛋白質も非常に低分子量であるため、優先的に解析すべきでないと判断した。一方、唯一保存領域を持った蛋白質として、CONSTANS-like蛋白質が予測された。この予測蛋白質はモチーフ様の領域を有しており、この領域のBLASTによる相同性検索の結果、植物で高度に保存されているモチーフであることが明らかとなった。モチーフは、43個のアミノ酸残基からなり、CO、CO-like蛋白質およびTOC1に共通に見られることからCCTモチーフと呼ばれている(Strayer et al. (2000) Science, 289, 768-771)。現在、多くの植物種でCO、CO-like蛋白質のホモログおよびオルソログが解析されており、このCCTドメインは核移行シグナルを含んでいることが確認されている(Robson et al. (2001) Plant J., 28(6), 619-631、Sun et al. (2001) Plant Cell, 13(9), 2053-2061)。また、核移行シグナル以外にも蛋白質-蛋白質の相互作用に関与していることが推測されており(Kurup et al. (2000) Plant J., 21(2), 143-155)、機能的にも重要な領域であるとされている(Robson et al. (2001) Plant J., 28(6), 619-631)。さらに、これまで単離・解析されているCO、CO-like蛋白質、TOC1およびそのホモログは、ほとんどが花芽形成に関連した機能を持つことが知られている(Robert et al. (1998) Plant Mol. Biol., 37(5), 763-772、Liu et al. (2001) Plant Physiol., 125(4), 1821-1830)。従って、CCTドメインを持つこの予測された蛋白質が、花芽形成、イネにおいては出穂・開花を調節する機能を持つことが予想された。よって、この予測蛋白質をコードする遺伝子をLhd4の有力な候補遺伝子であると判断し、この遺伝子の解析を行うことにした。
3)候補遺伝子のクローニング
まず、予測された遺伝子が発現していることを確認するため、予測されたORF上でプライマーを設計し、RT-PCRを行った。Kasalathの生育段階の異なる複数のサンプルから全RNAを抽出した後、混合し、mRNA Selective PCR Kit Ver.1.1(TaKaRa社)のプロトコールに従い、50℃で30分間の逆転写反応の後、85℃で1分、50℃で1分、72℃で1分のサイクルを30回繰り返すPCRを行った。なお、使用したプライマーの塩基配列は、センスプライマーU1が5’-GAT GAT GGG GAG AGC TTG AA-3’(配列番号:48)、アンチセンスプライマーL1が5’-TCA TCT CGG CAT AGG CTT TT-3’(配列番号:49)である。PCR産物をアガロース電気泳動した後、増幅されたバンドを切り出してGENECLEAN SPIN Kit(BIO 101社)で精製し、pCR2.1-TOPOベクター(Invitrogen社)にサブクローニングした。PCRで挿入断片のDNAを増幅し、ExoSAP-IT(Amersham Biosciences社)で処理後、DYEnamic ET Terminator reagent(Amersham Biosciences社)の反応プロトコールに従ってサイクルシーケンス反応を行い、MegaBACE1000 DNA Sequencing System(Amersham Biosciences社)で塩基配列を決定した。シーケンスを確認した結果、候補領域から転写された産物由来であることが確認された。次に、全長cDNAを単離するために、3’RACEおよび5’RACEを行った。まず、Kasalathから抽出した全RNAを出発材料として、ReverTraAce-α-(TOYOBO社)のプロトコールに従い、逆転写反応にはOligo(dT)20-P7アンカープライマー(5’-CGC CAG GGT TTT CCC AGT CAC GAC TTT TTT TTT TTT TTT TTT TT-3’(配列番号:50))を用いて、cDNAを合成した。このcDNAを鋳型にして、TaqポリメラーゼにAmpliTaq Gold(Applied Biosystems社)を、遺伝子特異的プライマーにU2(5’-CAA GGA GAA GAG GAA GAA GAG GT-3’(配列番号:51))、アンカー配列特異的プライマーにP7(5’-CGC CAG GGT TTT CCC AGT CAC GAC-3’(配列番号:52))を使用し、95℃で10分間の後、94℃で30秒、66℃で1分、72℃で1分のサイクルを40回繰り返し、最後に72℃で7分間の3’RACE-PCRを行った。さらに、このPCR産物の一部を鋳型にして、遺伝子特異的nestedプライマーにU3(5’-AGA AGA GGT GCT ACG AGA AGC AA-3’(配列番号:53))をアンカー配列特異的プライマーにP7を用いて、前記のPCR条件でnested PCRを行った。増幅されたcDNA断片の塩基配列を決定した結果、3’UTR およびポリA配列を含む目的とするcDNAの一部であることが確認された。5’RACEは、同様にKasalath全RNAの複数のサンプルを混合したものを出発材料として、GeneRacer kit with SSII RT, TOPO TA Cloning (Invitrogen社)を用いて行った。具体的には、製造業者のプロトコールに従って全RNA 5μgよりcDNAを合成し、遺伝子特異的アンチセンスプライマーとしてL3(5’-TTT GGC GAA GCG ACC TCT CAC T-3’(配列番号:54))センスプライマーとしてキットに付属のGeneRacer 5’Primerを用いてPCRを行った。PCRにはHotStarTaq(QIAGEN社)を用いて、95℃で15分間の活性化ステップの後、94℃で30秒、59℃で1分、72℃で1分のサイクルを40回繰り返し、最後に72℃で10分間の伸長反応を加える条件で行った。続いて、このPCR産物の一部を鋳型としてnested PCRを行った。遺伝子特異的アンチセンスプライマーとしてL1(5’-TCA TCT CGG CAT AGG CTT TT-3’(配列番号:49))およびL4(5’-TTT CTG GAC GCG TAC CGG ATT TG-3’(配列番号:55))を、センスプライマーとしてキットに付属のGeneRacer 5’Nested Primerを用いて、First PCRと同様な条件でPCRを行った。PCR産物をアガロース電気泳動した後、EtBr染色を行い、メインバンドを切り出してGENECLEAN SPIN Kit(BIO 101社)で精製し、pCR2.1-TOPOベクター(Invitrogen社)にサブクローニングした。このプラスミドを使用して、前記の方法に従い、挿入DNA断片の塩基配列を決定した。以上、3’RACEおよび5’RACEにより、候補遺伝子のKasalath由来cDNA全長の塩基配列が決定された。なお、塩基配列の決定の際にはPCRによる複製の誤りを避けるために、複数のクローンをシーケンスした。
4)シーケンス解析
決定した遺伝子の構造は、候補領域におけるアノテーションの結果から得られた遺伝子予測の結果とは大きく異なっていた。得られた全長cDNA配列は、公開されている候補領域に相当する日本晴ゲノムシーケンス(DDBJ Acc. No.:AP005307)と比較したところ、2つのエクソン(444 bpおよび327 bp)の間に、1645 bpのイントロンが挿入した構造をとっていることが明らかとなった。また、アノテーションプログラムで予測された「no hit」の蛋白質は、実はこの遺伝子の5’末端側の一部を含んでいることが明らかとなった。さらに、「hypothetical protein」の1つは、この遺伝子の5’上流のプロモーター領域であると推測される領域に予測されており、よって、この2つの予測遺伝子は候補から削除できるものと思われた。得られた全長cDNAから推定されるアミノ酸配列を配列情報解析ソフトウェアDNASIS Pro(日立ソフトウェアエンジニアリング社)によって検索した結果、257アミノ酸残基からなるポリペプチドをコードしていることが予測された。このポリペプチドはBLASTによるホモロジー検索の結果、カルボキシル末端近くに複数の植物種で単離されているCONSTANSおよびCONSTANS-like遺伝子にコードされた配列と相同性の高い領域が存在することが明らかとなったが、その他の領域に関しては相同性の高いものはなかった。ほしのゆめのアレルと比較するため、予想されたコード領域を含むcDNAをほしのゆめからRT-PCRによって取得し、塩基配列を決定した。決定した日本晴、Kasalathおよびほしのゆめの全長cDNAのアライメントを図3および図4に示した。さらに、ほしのゆめおよびKasalathでこの遺伝子の転写領域に相当するゲノムシーケンスをウォーキング法によって決定した。cDNAおよびゲノムの両方の塩基配列を比較・解析した結果、日本晴とKasalathの間では15個、ほしのゆめとKasalathの間では16個のSNP(single nucleotide polymorphism)が存在することが明らかとなった。ほしのゆめと日本晴間では1個であり、言い換えると、両品種がKasalathとの間で検出された15個のSNPは日本晴とほしのゆめとでは一致していた。明らかとなったSNPの位置を図5に示す。KasalathのcDNA配列をもとに推定したコード領域中にはSNPが、日本晴とKasalathの間では5つ、ほしのゆめとKasalathの間では6つ存在するが、ほしのゆめのcDNAをアミノ酸に翻訳すると、この内の最初に出現するSNPによって第一エクソン内で停止コドンが生まれ、推定されるポリペプチドはKasalathのものと比べて非常に小さなものになった。推定された蛋白質のアライメントを図6に示した。ほしのゆめの近縁種である日本晴では、このSNPはカサラス型に一致しており、このことから、ほしのゆめの予測蛋白質はKasalathのものに比べて機能が低下あるいは消失したものになっていることが推察された。ところで、この遺伝子は候補領域内のS7012-S7028の間に位置していたが、この領域内での組換え個体が2個体存在していた。そこで、この2個体(個体番号:36-21および52-3)における組換え位置を確認するため、各組換え固定系統のゲノムDNAを鋳型とし、S7012-S7028間に設定したS7027、S7023(表2)を用いてdirect sequenceを行った。その結果、36-21はS7027c-S7023a間で、52-3はS7023a-S7023b間で組み換わっていたことが明らかとなった。この3つのマーカー(S7027c、S7023aおよびS7023b)はイントロン内に位置していることから、これらの個体の発現遺伝子はエクソン1とエクソン2とで異なる親由来のキメラ遺伝子となっていることが予想された。実際に、組換え固定系統の全RNAを出発材料にしてRT-PCRによりcDNAを単離し、塩基配列を確認したところ、予想した通りのキメラとなっていることが確認された。このことが、連鎖解析の結果と矛盾しないことは容易に説明が可能であった。つまり、Lhd4における遺伝子型は後代検定の判定結果ではエクソン1の遺伝子型に一致しており、従って、この候補遺伝子が依然として候補となりうることが理解できた。よって、前記した連鎖解析の結果と推定された蛋白質の解析結果とを考え合わせると、この候補遺伝子がLhd4の有力な候補であると判断した。
本発明で単離されたKasalath、日本晴およびほしのゆめのLhd4のゲノムDNA配列をそれぞれ配列番号:1、4および7に、cDNA配列をそれぞれ配列番号:2、5および8に、これらDNAがコードする蛋白質のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号:3、6および9に示す。
5)発現解析
Lhd4候補遺伝子の発現を調べるためにRT-PCRを行った。日本晴、ほしのゆめ、Kasalath、NIL-Hd4、Italica Livornoの各品種から播種後10日目の幼苗、吸水72時間後の種子、成熟葉、開花期の穂、根をサンプリングし、公知の方法(Chomczynski et al.(1987), Anal.Biochem.,162, 156-159)により抽出した全RNAからReverTraAce-α-(TOYOBO社)を用いてcDNAを合成した。Italica Livornoは、極早生タイプの熱帯ジャポニカに属する品種であり、Lhd4遺伝子の機能が低下していることが予測され、遺伝子の発現量が他品種と異なる可能性が期待された。このcDNAを鋳型として、プライマーにはイントロン領域を挟み込むように設計したU7(センスプライマー「5’- CCT TCG TCT TCC CGC CGA GT-3’(配列番号:56)」)およびL7(アンチセンスプライマー「5’-TCG CTG CGT CAG TGA ACG TG-3’(配列番号:57)」)を用い、HotStarTaq(QIAGEN社)でPCRを行った。PCRは、95℃を15分間の後、94℃で30秒、62℃で30秒、72℃で30秒のサイクルを40回繰り返し、最後に72℃を10分間の条件を用いた。なお、Lhd4の半定量的PCRの前に、イネのアクチン遺伝子(DDBJ Acc. No.:X15865)を増幅するプライマーOsActinU3(5’-CTG GGT TCG CCG GAG GAT GAT-3’(配列番号:58))およびOsActinL3(5’-TGA GAT CAC GCC CAG CAA GG-3’(配列番号:59))を用いてRT-PCRを行い、各cDNAサンプル量を平均化した。その際のPCRは、AmpliTaq Gold(Applied Biosystems社)を用い、95℃で10分間の後、94℃で30秒、58℃で30秒、72℃で1分のサイクルを28回繰り返し、最後に72℃を7分間の条件を用いた。PCR産物は、3.5% Nusieve GTG Agarose(BioWhittaker Molecular Applications社)で電気泳動し、EtBrで染色することで増幅断片を検出した。そのEtBr染色像を図7に示す。その結果、Italica Livornoでは増幅断片自体が見られなかったが、その他の各品種間では発現量に大きな違いは見られなかった。従って、Italica Livorno以外は、この候補遺伝子のアレルの作用による品種間の形質の違いは、mRNAの発現レベルで調節されたものというよりは蛋白質の機能の違いによるものであることが推察された。つまり、コード領域における塩基配列多型によって品種間で蛋白質の機能に変化を生じた結果であることが、その原因の一つとして考えられた。このことは、シーケンス解析の結果を支持するものである。また、Italica Livornoは、遺伝子自体の発現が検出されなかったことから、この候補遺伝子の機能を完全に欠いた変異体である可能性が示唆された。それを裏付けるために、候補遺伝子cDNAをプローブとしてサザンハイブリダイゼーションを行ったところ、ほしのゆめ、日本晴およびKasalathではハイブリダイズしたバンドが検出されたが、Italica Livornoではシグナルが得られなかった。従って、Italica Livornoではこの遺伝子を含む染色体領域が欠損しているために、遺伝子の発現がなされていない可能性がある。
6)形質転換体を用いた候補遺伝子の機能解析
(I)ベクターの構築
上記のようにして絞り込んだ候補遺伝子が、実際に出穂に関して機能していることを確認するために相補性試験を行った。すなわち、野生型の遺伝子であると考えられるKasalath型のゲノムDNA断片を突然変異型の遺伝子を持つと推測されるほしのゆめに導入した形質転換体を作成し、表現型が野生型に回復するかどうかを確認した。まず、KasalathのゲノムDNA をもとに作成されたBACライブラリーから、候補領域をカバーするBACクローン115-B08をPCRによって選抜した(図2D)。次に、この候補領域に相当する日本晴のシーケンスデータがRGPのホームページ(DDBJ Acc. No.:AP005307)上で公開されていたので、そのデータを用いてDNASIS Pro(日立ソフトウェアエンジニアリング社)で制限酵素地図を作成した。制限酵素地図により候補遺伝子の転写領域を含み、かつ転写開始点より上流約4 kbpを含むゲノムDNA断片約8 kbpを制限酵素Sca Iでベクターから切り出すことが可能であることが予想された。クローン115-B08の大腸菌をクロラムフェニコールが終濃度12.5μg/ml含む500mlのLB培地に植菌し、37℃で一晩振とう培養し、遠心分離後に大腸菌のペレットを得た。そのペレットから、Large-Construct Kit(QIAGEN社)を用いてプラスミドDNAを回収し、制限酵素Sca Iで処理し、パルスフィールド電気泳動でDNA断片を分画した。分画したDNAは、Nylon-Membranes,positively charged(Boehringer Mannheim社)に製造業者のプロトコールに従い、アルカリトランスファー法で変性・転写した。転写したメンブレンに対して、候補遺伝子Lhd4のコード領域全長を含むcDNAをプローブとしてECL direct nucleic acid labeling and detection system(Amersham Biosciences社)でサザンハイブリダイゼーションを行った結果、約8 kbpに位置するDNA断片に強くハイブリダイズしたことから、このゲノムDNA断片内に確かに候補遺伝子が含まれていることが明らかとなった。そこで、このゲノムDNA断片を含むアガロースゲルを回収し、GENECLEAN SPIN Kit (BIO 101社)を用いてDNAを精製・回収した。精製したゲノムDNAを、pUC118(TaKaRa社)のHinc IIサイトに挿入し、大腸菌株DH5αを形質転換した。この大腸菌を培養し、Large-Construct Kit(QIAGEN社)を用いてプラスミドDNAを大量調整した後、マルチクローニングサイトのHinc IIサイトの両側にあるKpn IおよびHind IIIで二重切断することでゲノムDNA断片を切り出した。Kpn I、Hind IIIサイトは挿入ゲノムDNA断片中に存在しないため、この過程を経ることにより両末端がKpn I、Hind IIIサイトに変換されたゲノムDNA断片が得られたことになる。なお、制限酵素処理の条件は、10μgのプラスミドDNAに対して、Kpn I(TaKaRa社)を20U、Hind III(TaKaRa社)を22.5U使用し、1xMバッファーからなる75μlの反応溶液中で37℃、2時間の反応で行った。反応溶液を1XTAE緩衝液で調整したラージサイズの0.8%(W/V)アガロースゲルで30V、一昼夜泳動してDNAを分画した。このアガロースゲルからのDNAの回収は、分子量が大きいDNAになるだけダメージを与えないために、以下の方法を用いた。まず、マーカーλ/Hind IIIを泳動したレーンと反応溶液をアプライしたスロットの端を含むゲルを切り落としてEtBr染色し、脱色後にUV照射下においてパスツールピペットで約8 kbのバンドの位置にマークした。そして元のゲルと組み合わせてマークに対応する位置のゲルを剃刀で切り出し、透析膜SnakeSkin, MWCO 3500(PIERCE Biotechnology社)のチューブに回収した。少量の1XTAE緩衝液を加え、空気を抜いた後にチューブの端を閉じ、電気泳動装置にセットした。80V、5時間の条件で泳動した後、電極を逆にして80Vで30秒間泳動してDNAを透析膜から分離した。先の広いチップで溶液を回収し、0.5xTEを入れた9cmの丸シャーレにニトロセルロースフィルター, 0.025μm(Millipore社)を浮かべ、そこにこの溶液を静かにスポットした。シャーレを氷上で2時間静置し、DNA溶液の緩衝液を置換した。さらに、30%(W/V)PEG8000, 0.5xTEを入れた9cmの丸シャーレにフィルターを移動させ、氷上で2時間30分程度静置してDNA溶液を濃縮した。このフィルター上に濃縮されたDNAを1.5mlチューブに回収し、バイナリーベクターとのライゲーションに使用するまで4℃で保存した。一方、バイナリーベクターpPZP2H-lac(Fuse et al.(2001) Plant Biotechnology, 18, 219-222)のDNAもKpn I、Hind IIIで二重切断し、上記と同様な精製方法で調整した。pPZP2H-lacは選択マーカーとしてストレプトマイシンおよびハイグロマイシン耐性遺伝子を有しており、ハイグロマイシン耐性遺伝子はLB(Left T-DNA border)-RB(Right T-DNA border)の間に配置されているため、それを用いて形質転換体を選抜できる。さらに、マルチクローニングサイトがpBluescript II(Stratagene社)由来のlacZ内にあるため、青白判定が可能となっている。以上の操作により得られたインサートおよびベクターのライゲーション反応は、DNA Ligaton Kit Ver.2(TaKaRa社)のSolution Iを用いた。具体的には、1.1μlのインサートDNA (150ng相当)、0.5μlのベクターDNA(45ng相当)にSolution Iを2.25μl加え、滅菌ミリQ水で全量が4.5μlになるように調整した。この溶液を16℃で2時間、Water bath中で保温した後、2μlを使用して100μlのコンピテントセルDH5α(TOYOBO社)を業者推奨のプロトコールに従って形質転換した。大腸菌の懸濁液を50mg/lストレプトマイシン、0.1mM IPTGおよび0.004%(W/V)X-galを含むLBプレートに播き、37℃で一昼夜培養することで得られた白コロニーから、PCRによってポジティブクローンを選抜した。PCRは、TaqポリメラーゼにはAmpliTaq Gold(Applied Biosystems社)、2つのプライマーセットCOL-end(5’-CTT CCA TGC ATA CAT CAC AC-3’(配列番号:60))とT7プロモーター(5’-GTA ATA CGA CTC ACT ATA GGG C-3’(配列番号:61))、COL-top(5’-TTT GAG AAC CCA CAA AAG AT-3’(配列番号:62))とT3プロモーター(5’-AAT TAA CCC TCA CTA AAG GG-3’(配列番号:63))を用いて、95℃で10分間の後、94℃で30秒、55℃で30秒、72℃で1分のサイクルを35回繰り返し、最後に72℃で7分間の条件で行った。また、数クローン由来のPCR増幅産物を直接シーケンスし、正しい配列がクローン化されたことを確認した。さらに、ポジティブクローンからプラスミドDNAを精製し、Kpn I、Hind IIIの二重切断によって、約8 kbの断片が切り出されることを確認した。このLhd4候補遺伝子のプロモーター及び構造遺伝子を含むと推測される約8 kbpのゲノムDNA断片を含むプラスミドをpPZP2H-lac-8kと命名し、以下に使用した(図8)。
また、イネにおける候補遺伝子の過剰発現のためのベクターを構築した。バイナリーベクターpPZP2Ha3(+)/(-)(Fuse et al.(2001) Plant Biotechnology, 18, 219-222)は、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーターの下流に発現させたい遺伝子を挿入することが可能なマルチクローニングサイトがある。従って、候補遺伝子を任意の方向に挿入することにより、アンチセンスRNA発現用あるいはセンスRNA発現用のベクター構築が可能である。Lhd4候補遺伝子特異的プライマーにU5(センスプライマー「5’-GAG CTC AAG TGA CCT CAC CTG CTA-3’(配列番号:64)」)およびL5(アンチセンスプライマー「5’-GTC AGT GGT ATA TAC GCA CTG TAA-3’(配列番号:65)」)、Kasalath由来の全RNAからのcDNAの合成にはReverTraAce-α-(TOYOBO社)、PCRにはHotStarTaq(QIAGEN社)を用いてRT-PCRを行い、Lhd4候補遺伝子由来の894 bpのcDNA断片を得た。PCRは、95℃で15分間の後、94℃で30秒、59℃で30秒、72℃で1分30秒のサイクルを40回繰り返し、最後に72℃で10分間の条件で行った。このcDNA断片をpCR2.1-TOPO(Invitrogen社)へTAクローニングし、ベクターのBamHIサイト側にU5プライマー配列がきているpCR2.1-1を作成した。挿入したcDNA断片の配列が正しいものであることは、シーケンスによって確認した。pCR2.1-1からBamHI-Xho Iの二重切断により切り出した断片をpPZP2Ha3(+)の同様な部位へクローニングし、pPZP2Ha3(+)-S-fullを構築した(図9)。
なお、pPZP2H-lac-8kに導入したKasalathのゲノム配列は、日本晴のゲノム配列ではPACクローンP0046 D03(DDBJ Acc. No.:AP005307,150554 bp)のゲノムシーケンス66198-74131に相当する部分である。pPZP2Ha3(+)-S-fullに導入した配列は、配列表の配列番号:2において、塩基番号124-1017に相当する。
(II)イネのアグロバクテリウムによる形質転換
ベクターコンストラクトは、一端大腸菌DH5α株に導入し、得られたコロニーから目的とする断片の挿入されているベクターを保持するクローンをPCRによって選抜した。陽性クローンからQIAGEN Plasmid Mini Kit(QIAGEN社)を用いてプラスミドDNAを抽出・精製し、このDNAを用いてアグロバクテリウムEHA101株に凍結融解法で導入した。すなわち、100mlのYEP培地(1%(w/v)Bacto-Peptone、1%(w/v)Bacto-Yeast extract、5%(w/v)NaCl)を入れたバッフル付の三角フラスコにEHA101株を植菌し、28℃、205rpmの条件で振とう培養した。OD600が0.6近くになったところで培養を止め、50mlのチューブに移し、氷中で10分間静置した。4℃、6000rpm、5分間の条件で遠心後、上清を捨て、4℃の10mM Tris-HCl(pH7.5)を12ml加え、ペレットを懸濁した。再び、4℃、6000rpm、5分間の条件で遠心後、上清を捨て、1mlのYEP培地で懸濁し、50μlずつ1.5mlチューブに分注して、液体窒素にて凍結させ、コンピテントセルのストックとして-80℃で保存した。上記プラスミドDNA溶液の2μg分とYEP培地で25μlに調整し、前記のコンピテントセル50μlに加えて軽く混合し、氷中で30分間静置した。-80℃の冷凍庫に10分間入れて凍結させた後、37℃のインキュベーター中に25分間静置した。この凍結・融解の操作を合計4回繰り返した後、3.75mlのYEP培地を入れた50mlチューブに移し、30℃、120rpmで2時間振とう培養した。室温、6000rpm、5分間の遠心後、上清を捨て、得られた菌体を0.5mlのYEP培地で懸濁した。この菌懸濁液100μlを、50mg/lのストレプトマイシン、50mg/lのハイグロマイシンを含むABプレートに播き、28℃、暗所で3日間培養した。形成されたコロニーを突付き、コロニーダイレクトPCRによってプラスミドが導入されていることを確認後、50mg/lのストレプトマイシン、50mg/lのハイグロマイシン含有のYEP培地に植菌して、28℃で一晩振とう培養することで菌を増幅し、終濃度で15%(v/v)になるようにグリセロールを加えてストックとして-80℃で保存した。
アグロバクテリウム法によるイネへの遺伝子の導入、形質転換体の選抜および再分化は、公知とされているイネの形質転換法(参考「寺田および飯田:モデル植物ラボマニュアル(岩渕雅樹・岡田清孝・島本功編, シュプリンガー・フェアラーク東京) pp.110-121, 2000」、「Hiei et al. (1994) Plant J.6: 271-282.」および「Toki et al.(1997)Plant Molecular Biology Reporter, 15(1), 16-21」)に従った。感染の対象としてほしのゆめを使用した。具体的には以下の手順に従った。完熟種子から小型籾摺り器で籾殻を除き、少量のTween-20を含む有効塩素濃度2.5%の次亜塩素酸ナトリウム溶液中で20分間、100rpmで攪拌して殺菌した。滅菌水で4回洗浄した後、カルス誘導(2N6)培地に播種し、28℃、明所で3週間培養してカルスを誘導した。一方で、コンストラクトを導入し、フリーズストックしておいたアグロバクテリウムEHA101を、終濃度50mg/lのハイグロマイシンおよびストレプトマイシンを含むアグロ培養(AB)培地プレート上で28℃、暗所で3日間培養し、この菌体を10mg/lのアセトシリンゴンを含むアグロ感染(AAI)培地にOD600が0.04になるように懸濁し、感染用のアグロバクテリウム懸濁液を準備した。誘導したカルスは新鮮なカルス誘導(2N6)培地上に移殖し、3日間前培養した。カルスを茶漉しに集め、シャーレに入れたアグロバクテリウム懸濁液に3分間浸漬し、その後、余分な懸濁液を滅菌済みキムタオル上で除いた。アグロバクテリウムを感染させたカルスは、共存培養(N6CO)培地上に置き、28℃、暗所で3日間、共存培養した。アグロバクテリウムの除菌は、カルスを茶漉しに集め、シャーレに入れた滅菌水で数回洗浄した後、500mg/lのカルベニシリンを含む滅菌水で1回洗浄することにより行った。余分な洗浄水を滅菌済みのキムタオル上で除き、500mg/lのカルベニシリンと50mg/lのハイグロマイシンを含む選抜(N6SE)培地上に置き、28℃、照明下で3週間培養した。その後、500mg/lのカルベニシリンと50mg/lのハイグロマイシンを含む再分化(MSRE)培地に移殖し、28℃、照明下で2週間培養し、これを2回繰り返した。この間に、カルスからシュートおよび根が適度に分化してきた時点で、50mg/lのハイグロマイシンを含む発根(MSRT)培地を入れた管ビンに移殖し、28℃、照明下で培養を続けた。さらに、ハイグロマイシンに耐性を示して発根を続けた個体は、角型のポットに移殖して1週間程度馴化させた後鉢上げした。この再生植物体を形質転換体実験用の隔離温室で栽培を続けて出穂させ、T1種子を回収した。
(III)形質転換体イネによる機能解析
(i)相補性試験
イネ染色体への外来遺伝子の導入は、再分化植物体(T0世代)から葉を一部サンプリングしてゲノムDNAを抽出し、それを鋳型としたPCRによって確認した。相補性試験用キメラ遺伝子の導入の確認には、ハイグロマイシン耐性遺伝子(Hpt)上で設計したHPT-p5(5’-GAT CAG CAA TCG CGC ATA TG-3’(配列番号:66))とCaMV35プロモーター上で設計した35S-p1(5’-ACT ATC CTT CGC AAG ACC CT-3’(配列番号:67))のプライマーペア、ベクターコンストラクの際に使用した前記COL-end(配列番号:60)とT7(配列番号:61)、およびCOL-top(配列番号:62)とT3(配列番号:63)の3つのプライマーペアを使用した。センスRNA過剰発現用キメラ遺伝子の導入の確認には、35S-p1プライマー(配列番号:67)と候補遺伝子特異的なプライマーL5(配列番号:65)の組み合わせを使用した。また、導入の確認とともに、コピー数を調べるためにサザンハイブリダイゼーションを行った。各個体からCTAB法により抽出したゲノムDNA 2μgを、相補性試験用キメラ遺伝子の導入の確認では制限酵素KpnIで、過剰発現用キメラ遺伝子の導入の確認ではHind IIIあるいはDra Iで切断後、0.7%(W/V)アガロースゲルで分離し、Nylon-Membranes,positively charged(Boehringer Mannheim社)に製造業者のプロトコールに従い、アルカリトランスファー法で変性・転写した。ハイブリダイゼーションは、ECL direct nucleic acid labeling and detection system(Amersham Biosciences社)のプロトコールに従った。プローブには、pPZP2Ha3(-)のプラスミドDNAを鋳型とし、35S-p1(配列番号:67)およびHPT-p5(配列番号:66)のプライマーペアを用いたPCRによって増幅される約500 bpのDNA断片を使用した。その結果、再生T0植物体における導入遺伝子のコピー数は、ほとんどが2から4コピーであり、5から6コピー検出された個体もあった。再分化T0個体では、導入遺伝子は染色体にヘテロで組み込まれているため、その後代では分離する。従って、後代での解析を効率よく行うには、再分化当代で1コピーのものを選抜しておき、次世代においてそのホモ系統を選抜して、導入遺伝子の分離しない固定系統を得ることが重要である。ゆえに、再分化してきたすべての個体を対象にサザンハイブリダイゼーションを行い、1コピーの個体を以下の解析に優先的に用いた。
相補性試験用に作成した形質転換体は、合計で327個体得られた。これら遺伝子の導入された再分化当代における到穂日数を調査した。しかしながら、各種ストレスの影響が大きいためか、同調的・健全に生育した個体が少なく、正確な評価は行なえなかった。そこで、形質転換体の自殖種子T1を用いて再度、表現型の確認を行った結果、コントロールに比べて到穂日数が長くなった個体とそうでない個体が分離したが、長くなった個体では導入した遺伝子を保持していた(表3)。これは、T0植物がヘテロ体となっており、その後代であるT1植物がメンデルの法則に従って、分離したためであると考えられる。以上の結果から、Lhd4候補遺伝子として単離した遺伝子には到穂日数を調節する機能を有することが明らかとなった。さらに、該遺伝子を用いて植物の出穂期を調節することが可能であることが確認された。
Figure 2004290190
栽培条件:ファイトトロン 13.5時間明 (28℃)/10.5時間暗 (25℃)
(-)/(+):外来遺伝子(Kasalathゲノム)断片が遺伝されたか(+)、否か(-)を示す。
(ii)35S::S-full組換え植物を用いた機能解析
イネ植物体におけるセンスRNAの過剰発現による影響を調べた。まず、ほしのゆめの35S::S-full形質転換体45個体から、全RNAを抽出し、ノーザンハイブリダイゼーションを行った。プローブには、導入したLhd4遺伝子のcDNA断片を用いた。
具体的には、緑葉から公知の方法(Chomczynski et al. (1987) Anal. Biochem., 162, 156-159)により全RNAを抽出し、そのうちの20μgをホルムアルデヒドを含む変性アガロースゲル(1.2%(w/v)Agarose, 2.2M ホルムアミド, 1xMOPS(pH 7.0))で泳動、分画した。25分間のEtBr染色、15分間のDEPC処理水での脱色後、rRNAの染色像を写真撮影した。ナイロンメンブレン Hybond-N+(Amersham Biosciences社)へのRNAのトランスファーは、10xSSCを用いて一昼夜行った。メンブレンを6xSSC中で1分間振とうした後、余分なSSCを濾紙で除き、80℃で2時間の条件でベーキングすることでRNAを固定した。ハイブリダイゼーションは、AlkPhos Direct Labelling and Detection System with CDP-Star(Amersham Biosciences社)を用いて、キット添付のプロトコールに従って行った。
その結果、再分化当代T0において、約2分の1の個体で導入遺伝子の強い過剰発現が確認された。なお、元々内在するLhd4遺伝子の発現量は非常に少ないらしく、上記の条件のノーザンハイブリダイゼーションでは検出が不可能であった。当初、T0の自殖後代であるT1世代を用いて検定を行う予定でいたが、驚いたことに強い過剰発現の見られた個体は、ベクターのみを導入した対照が出穂し、登熟する生育段階においても一向に出穂する兆候を示さなかった。これは、導入遺伝子による開花の抑制が、過剰発現でより強く作用している結果であると考えられた。従って、出穂せずT1世代の種子を回収できないまま枯死することが予想されたため、T0世代で検定を行うことにした。再分化してきたシュートを土に移植してから出穂するまでの日数を到穂日数として調査した。その結果、調査したすべての個体において到穂日数とノーザンハイブリダイゼーションの結果とに強い相関があることが明らかとなった。つまり、ノーザンハイブリダイゼーションでシグナルの得られなかった個体では対照と同程度の到穂日数で出穂したのに対し、強いシグナルの得られた個体では100日を越えても出穂しなかった。(図10)。
以上、形質転換イネを用いた候補遺伝子の機能解析の結果から、限定した候補遺伝子は出穂期を制御する機能を有しており、また、この遺伝子を利用することで植物体の出穂期を人為的に調節することが可能であることが明らかとなった。よって、この遺伝子が本発明の目標としていたLhd4遺伝子座の原因遺伝子であると結論した。
Lhd4領域の低密度連鎖地図を示した図である。左の垂直の棒は、日本晴・KasalathのF2植物を利用してHarushimaらにより作成されたRFLP連鎖地図である(Harushima et al. (1998) Genetics, 148, 479-494)。右の垂直の棒は、ほしのゆめ・Kasalath交雑後代集団(BC1F2)を利用して作成した低密度連鎖地図である。その棒の左側の数字は両マーカーの間で組換えの起きた個体数を、右側の斜線の範囲はマッピングによって限定されたLhd4候補領域を示す。 Lhd4候補領域の詳細な連鎖地図および物理地図を示した図である。Aは、ほしのゆめ・Kasalath交雑後代集団5000個体を用いた連鎖解析の結果により作成した連鎖地図である。マーカー間の数字は、そのマーカーの間で組換えの起きた個体数を示す。Bは、ほしのゆめ・Kasalath交雑後代集団をさらに2500個体用いて行った連鎖解析の結果を、Aの図に追加してまとめた連鎖地図である。Aの図における候補領域 G1068-S7010間をより詳細に示した。マーカー間の数字は、そのマーカーの間で組換えの起きた個体数を示す。Cは、候補領域およびその周辺領域をカバーする日本晴PACとBACによるコンティグの図を示したものである。水平線上の数字は、RGPホームページ(http://rgp.dna.affrc.go.jp/index.html)で公開されているクローン名を示す。Dは、候補領域およびその周辺領域をカバーするKasalath由来の BACコンティグの図を示したものである。Eは、限定された候補領域約34 kb内での組換え位置とその個体数(上段)、およびアノテーションプログラムによって予測された7つのORF(下段)を示したものである。Fは、候補として単離した遺伝子の構造をEの物理地図に対応させて表した図である。 候補遺伝子全長cDNAアライメントを示した図である。塩基の下の二重下線は、Kasalath、日本晴、ほしのゆめの間で見られるSNPの位置を示す。 候補遺伝子全長cDNAアライメントを示した図である。図3の続きを示す。矢印は、イントロンの挿入位置を示す。塩基の下の二重下線は、Kasalath、日本晴、ほしのゆめの間で見られるSNPの位置を示す。 転写領域における3品種間SNPsを示した図である。水平線は、各品種のゲノム配列を表し、その線上の縦線はKasalathのゲノム配列との比較により検出されたSNPsの位置を示す。アスタリスク(*)は、Kasalath、日本晴では一致し、ほしのゆめでのみ異なっていたSNPの位置を示す。 推定された蛋白質のアライメントを示した図である。Kasalathと日本晴の間で異なるアミノ酸を二重下線で示す。矢じりは、対応するDNA配列におけるイントロンの挿入位置を示す。ボックスは、CCTドメインを示す。 候補遺伝子のRT-PCR解析を示した写真である。 相補性試験に用いたバイナリーベクターを示した図である。 過剰発現に用いたバイナリーベクターを示した図である。 センスRNA過剰発現形質転換体における到穂日数の変化を示した図及び写真である。棒グラフの一番左はベクターのみを導入した対照(N=45)における平均到穂日数を、その右はセンスRNA過剰発現形質転換体の各個体ごとの到穂日数を示す。到穂日数が100日の個体は、この棒グラフにおいては100日目でなお未出穂であったことを示す。下の図は、ノーザンハイブリダーゼーションのブロット結果を示す。棒グラフにおける個体番号とブロット結果における個体番号は対応している。

Claims (17)

  1. 以下の(a)〜(d)のいずれかに記載の植物の開花を遅延する機能を有する蛋白質をコードするDNA。
    (a)配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするDNA。
    (b)配列番号:1または2に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA。
    (c)配列番号:3に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列を有する蛋白質をコードするDNA。
    (d)配列番号:1または2に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA。
  2. イネ由来である、請求項1に記載のDNA。
  3. 以下の(a)〜(d)のいずれかに記載のDNA。
    (a)請求項1または2に記載のDNAの転写産物と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNA。
    (b)請求項1または2に記載のDNAの転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有するRNAをコードするDNA。
    (c)植物細胞における発現時に、RNAi効果により、請求項1または2に記載のDNAの発現を抑制するRNAをコードするDNA。
    (d)植物細胞における発現時に、共抑制効果により、請求項1または2に記載のDNAの発現を抑制するRNAをコードするDNA。
  4. 以下の(a)または(b)に記載のDNA。
    (a)配列番号:9に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするDNA。
    (b)配列番号:7または8に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA。
  5. 請求項1〜4のいずれかに記載のDNAを含むベクター。
  6. 請求項1もしくは2に記載のDNA、または該DNAを含むベクターを有効成分として含有する、植物の開花遅延剤。
  7. 請求項3もしくは4に記載のDNA、または該DNAを含むベクターを有効成分として含有する、植物の開花促進剤。
  8. 請求項1〜4のいずれかに記載のDNA、または請求項5に記載のベクターを保持する形質転換植物細胞。
  9. 請求項8に記載の形質転換植物細胞を含む形質転換植物体。
  10. 請求項9に記載の形質転換植物体の子孫またはクローンである、形質転換植物体。
  11. 請求項9または10に記載の形質転換植物体の繁殖材料。
  12. 請求項9に記載の形質転換植物体の製造方法であって、請求項1〜4のいずれかに記載のDNAまたは請求項5に記載のベクターを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む方法。
  13. 請求項1または2に記載のDNAを植物体の細胞内で発現させることを特徴とする、植物の開花を遅延する方法。
  14. 植物体の細胞内における、内因性の請求項1または2に記載のDNAの発現を抑制することを特徴とする、植物の開花を促進する方法。
  15. 請求項3に記載のDNAを植物に導入することを特徴とする、請求項14に記載の方法。
  16. 請求項4に記載のDNAを植物に導入することを特徴とする、植物の開花を促進する方法。
  17. 植物がイネである、請求項12〜16のいずれかに記載の方法。
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