JP2004229609A - 酵素改変方法およびポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体 - Google Patents
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Abstract
【課題】ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体の設計方法、該酵素変異体の製造方法、該酵素変異体を用いたポリヒドロキシアルカン酸の製造方法を提供すること。従来、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の基質選択性を所望の性質へ自在に変換することにより、該酵素が合成するポリエステルのモノマー種含有率を自在に変換する技術はなかった。
【解決手段】ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の立体構造モデルに対して、理論的な解析設計技術を用いて、該酵素の基質選択性および該酵素により合成されるポリエステルのモノマー種含有率を変換する酵素変異設計を実施する方法を提供する。
【選択図】 図2
【解決手段】ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の立体構造モデルに対して、理論的な解析設計技術を用いて、該酵素の基質選択性および該酵素により合成されるポリエステルのモノマー種含有率を変換する酵素変異設計を実施する方法を提供する。
【選択図】 図2
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の基質選択性の改変法、すなわちモノマーである種々の3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体と、ポリマーであるポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)(以下、ポリヒドロキシアルカン酸と称する)とを基質として、そのポリマー鎖を伸長生成させてポリヒドロキシアルカン酸を合成する活性を有するポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の基質選択性を改変して、生成するポリマー中のモノマー種含有率を制御するための酵素改変法に関する。また、本発明は、該改変法により得られる、野生型酵素とは異なるモノマー種含有率をもつポリマーを生成するポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体、該酵素変異体をコードするDNA、このDNAを有するベクター、このベクターで形質転換された形質転換細胞、該酵素の製造方法、ならびに該酵素または該形質転換細胞を用いるポリヒドロキシアルカン酸の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
ポリヒドロキシアルカン酸は、微生物が生成するポリエステル型有機分子ポリマーとして発見され、近年では生分解性を有する環境調和型素材または生体適合型素材として工業的に生産し、かつ多様な産業へ利用する試みが行われている。そのポリヒドロキシアルカン酸を構成するモノマー単位は、一般名3−ヒドロキシアルカン酸であって、具体的には3−ヒドロキシ酪酸、3−ヒドロキシ吉草酸、3−ヒドロキシヘキサン酸、3−ヒドロキシオクタン酸、あるいはよりアルキル鎖の長い3−ヒドロキシアルカン酸が単重合もしくは共重合することにより、ポリマー分子が形成されている。特に共重合ポリヒドロキシアルカン酸の場合、そのポリマーとしての特性、すなわち融点、ガラス転移点、結晶化率、伸び強度といった物理化学的特性は、ポリマーを構成するモノマー種含有率の違いにより異なることが知られている(非特許文献1)。
【0003】
微生物中においてポリヒドロキシアルカン酸が生合成される反応経路の一部はすでに解明されている。ポリヒドロキシアルカン酸生合成に特に関与する酵素の一群は、多様なヒドロキシアルカン酸モノマーを基質とするPha酵素群、およびヒドロキシ酪酸モノマーのみを基質とするPhb酵素群、の2群からなる。これら酵素群を構成する個々の酵素は、微生物種ごとに似通ったアミノ酸配列を持つ酵素ファミリーであるが、細部のアミノ酸配列は異なっている(非特許文献1)。
【0004】
ポリヒドロキシアルカン酸を工業的に生産し活用するためには、微生物による生産量を増加させることと、生産されるポリマーに含まれるモノマー種含有率を自在に調整することの2つの要件について、技術開発を行う必要がある。
【0005】
第1の要件においては、先述したポリエステル生合成経路を構成する酵素群を、他種微生物の対応する酵素と置換したり、あるいは野生型酵素に突然変異を加えることにより、ポリエステルの産生量を増加させる試みが行われ、一定の成果が得られている(特許文献1、非特許文献2、3)。
【0006】
第2の要件においては、すなわち各種素材としてポリヒドロキシアルカン酸を活用するためには、その用途に応じてポリマーを構成するモノマー種含有率を調節して生産する必要がある。前述した多種多様なモノマー種を含むポリヒドロキシアルカン酸のうち、現在注目されているポリマーの一つは、3−ヒドロキシ−n−酪酸(以下、3HB)と3−ヒドロキシ−n−ヘキサン酸(以下、3HH)とをモノマー単位とする共重合ポリヒドロキシアルカン酸であり、一般に3HH/3HB比が高いほど、すなわち3HH種モノマー含有率が高いほど、ポリマー素材として優れた物理化学的特性を示すことが知られている(特許文献2)。しかしながら、ポリヒドロキシアルカン酸ポリマー分子を構成するモノマー種含有率を、微生物による発酵生産段階で自在に調整することはいまだに困難である。
【0007】
第2の要件を解決することを目的として、以下のような技術開発が行われてきた。Pha酵素群に含まれる酵素の一つであるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素(以下、PhaC酵素と省略する)は、3−ヒドロキシアルカン酸モノマーと補酵素Aとの複合体、ならびにポリヒドロキシアルカン酸ポリマーを基質とし、ポリヒドロキシアルカン酸ポリマーを伸長生成反応させる酵素であって、ポリヒドロキシアルカン酸を合成する代謝経路の最終段階で働く合成酵素である。このPhaC酵素を突然変異させたり、異なる微生物種のPhaC酵素と置換することにより、野生型PhaC酵素を用いた場合とは異なるモノマー種含有率をもつポリマーを産生させる例が知られているが(非特許文献4、5)、それらの例での変異酵素取得方法は偶然の変異に頼っているため、酵素産生物であるポリマーのモノマー種含有率を自在に調節できないのが現状である。
【0008】
【特許文献1】
特開2002−199890
【0009】
【特許文献2】
特開平5−93049
【0010】
【非特許文献1】
日本油化学会誌、1999年、48巻、1353−1364頁
【0011】
【非特許文献2】
発酵ハンドブック (共立出版)、2001年、374−378頁
【0012】
【非特許文献3】
J. Bacteriol., 1998年、180巻、6459−6467頁
【0013】
【非特許文献4】
Appl. Microbiol. Biotechnol., 2002年、59巻、477−482頁
【0014】
【非特許文献5】
Appl. Environ. Microbiol., 2002年、68巻、2411−2419頁
【0015】
【発明が解決しようとする課題】
先述したように、ポリマー素材として多様な用途に活用するためには、ポリヒドロキシアルカン酸ポリマー中のモノマー種含有率を自在に調整する必要がある。本発明は、この課題を解決するための、PhaC酵素の基質選択性を変換し、産生されるポリマー中のモノマー種含有率を調整する合理的な酵素改変方法の提供を目的とする。また本発明は、該改変方法により野生型酵素のモノマー種含有率を変換したPhaC酵素変異体、該PhaC酵素変異体をコードするDNAおよびそれを導入した組み換え体を提供し、それらを用いたポリヒドロキシアルカン酸の製造方法を提供することを目的とする。
【0016】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、PhaC酵素の基質選択性が、産生されるポリヒドロキシアルカン酸のモノマー種含有率を決定していることを明らかにするとともに、該酵素の基質選択性を変換する酵素改変方法を新たに開発し、産生されるポリヒドロキシアルカン酸のモノマー種含有率を、野生型のモノマー種含有率とは異なるものに変換したPhaC酵素変異体の作製に成功し、本発明を完成するに至った。
【0017】
すなわち本発明は、酵素の基質選択性を変換させるための酵素改変方法であって、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素のあらかじめ選択された部位の単数または複数の任意のアミノ酸残基を置換、挿入もしくは欠失またはそれらを組み合わせることにより、基質分子の結合エネルギーの大きさを制御することを特徴とする酵素改変方法に関する。ここで基質分子とは、モノマーである3−ヒドロキシアルカン酸と補酵素Aの複合体、およびポリマーであるポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)である。
【0018】
その好ましい実施態様としては、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の活性部位を特定する工程と、該活性部位近傍において基質分子と相互作用するアミノ酸残基を決定する工程と、該決定残基に対して基質分子の結合エネルギーの大きさを制御するための変異処理を行う工程を包含する上記酵素改変方法に関する。
【0019】
さらに好ましい実施態様としては、前記活性部位を特定する工程において、分子モデリング法による立体構造予測を行い、基質分子を収容するために可能な体積を有するクレフト部を検索し、さらに、類縁酵素タンパク質とのアミノ酸配列比較を行い、該クレフト部を構成するアミノ酸残基の中から機能的に重要であると推定されるアミノ酸残基を抽出する処理をさらに包含する、上記酵素改変方法に関する。
【0020】
別の好ましい実施態様としては、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素が、基質分子として3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体を利用するポリヒドロキシアルカン酸合成酵素である上記酵素改変方法に関する。
【0021】
さらに別の好ましい実施態様としては、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素が、アエロモナス・キャビエ(Aeromonas caviae)FA440由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素である上記酵素改変方法に関する。
【0022】
また本発明は、野生型ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素から、アミノ酸残基の置換、挿入もしくは欠失またはそれらの組合せによって得られ、該野生型酵素が産生するポリマーとは異なるモノマー種含有率を与えるポリヒドロキシアルカン酸を産生するポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体に関し、さらに好ましくは、上記ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素が、アエロモナス・キャビエ(Aeromonas caviae)FA440由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素であるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体に関する。
【0023】
さらに本発明は、上記酵素改変方法により得られたポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体、その酵素変異体をコードするDNA、そのDNAを有するベクター、そのベクターにより形質転換された形質転換細胞に関する。
【0024】
さらに本発明は、上記形質転換細胞を培養・増殖させる工程を含むポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体の製造方法に関する。
【0025】
さらに本発明は、上記酵素変異体と、3−ヒドロキシアルカン酸と補酵素Aの複合体およびポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)とを反応させる工程、ならびに生成したポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)を採取する工程を包含するポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)の製造方法に関する。
【0026】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
本明細書中において、「ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素(Polyhydroxyalkanoate Synthase)」とは、3−ヒドロキシアルカン酸もしくは3−ヒドロキシアルカン酸と補酵素Aの複合体を反応基質として、3−ヒドロキシアルカン酸をモノマー単位とする高重合体であり、かつ一種のポリエステルであるポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)の伸長重合反応を触媒する酵素であって、一般にPhaC酵素と略称される酵素である。
【0027】
本明細書中において、3−ヒドロキシアルカン酸(3−Hydroxyalkanoate)とは、3−ヒドロキシ酪酸、3−ヒドロキシ吉草酸、3−ヒドロキシヘキサン酸、3−ヒドロキシオクタン酸、あるいはよりアルキル鎖の長い3−ヒドロキシアルカン酸、おのおの単独の化合物もしくはそれら化合物の混合物である。
【0028】
本明細書中において、ポリヒドロキシアルカン酸とは、前述した3−ヒドロキシアルカン酸をモノマー単位とする高重合体であり、かつ一種のポリエステルであるポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)であって、単一のモノマー種からなるホモポリマーもしくは2種または3種以上のモノマー種からなる共重合ポリマーである。
【0029】
本明細書において、アミノ酸、ペプチド、タンパク質は下記に示すIUPAC−IUB生化学命名委員会(CBN)で採用された略号を用いて表される。また、特に明示しない限りペプチド及びタンパク質のアミノ酸残基の配列は、左端から右端にかけてN末端からC末端となるように、またN末端が1番になるように表される。アミノ酸残基のつながりは“−”により表される。例えば、Ala−Gly−Leuのように示される。同じアミノ酸残基が連続する場合には、例えば(Ala)3と表され、これはAla−Ala−Alaと同義である。
A=Ala=アラニン、C=Cys=システイン、
D=Asp=アスパラギン酸、E=Glu=グルタミン酸、
F=Phe=フェニルアラニン、G=Gly=グリシン、
H=His=ヒスチジン、I=Ile=イソロイシン、
K=Lys=リシン、L=Leu=ロイシン、
M=Met=メチオニン、N=Asn=アスパラギン、
P=Pro=プロリン、Q=Gln=グルタミン、
R=Arg=アルギニン、S=Ser=セリン、
T=Thr=スレオニン、V=Val=バリン、
W=Trp=トリプトファン、Y=Tyr=チロシン、
B=Asx=AspまたはAsn、Z=Glx=GluまたはGln、
X=Xaa=任意のアミノ酸。
【0030】
本発明により、作製されまたは考慮されるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体を記述するに際して、参照を容易にするため、(もとのアミノ酸;位置;置換したアミノ酸)の命名法を適用する。従って、位置64におけるチロシンのアスパラギン酸への置換はTyr64Asp、またはY64Dと示される。多重変異については、スラッシュ記号(“/”)により分けることで表記する。例えば、S41A/Y64Dとは、位置41のセリンをアラニンへ、かつ、位置64のチロシンをアスパラギン酸へ置換することを示す。
【0031】
本明細書において、酵素の「変異体」とは、もとの酵素のアミノ酸配列のアミノ酸が少なくとも1つ以上置換、付加、もしくは欠失、または修飾されたアミノ酸配列を有し、もとの酵素の活性の少なくとも一部を保持する改変された酵素をいう。
【0032】
本明細書中において、変異体の設計に利用されるアミノ酸変異としては、アミノ酸の置換のほかに、アミノ酸の付加、欠失、または修飾もまた挙げられる。アミノ酸の置換とは、もとのペプチドを1つ以上、例えば、1〜20個、好ましくは1〜10個のアミノ酸で置換することをいう。アミノ酸の付加とは、もとのペプチド鎖に1つ以上、例えば、1〜20個、好ましくは1〜10個のアミノ酸を付加することをいう。アミノ酸の欠失とは、もとのペプチドから1つ以上、例えば、1〜20個、好ましくは1〜10個のアミノ酸を欠失させることをいう。
【0033】
以下、変異体を生成するためのタンパク質のアミノ酸の変異について説明する。アミノ酸の置換などを実施する方法は、化学合成、または遺伝子工学を利用する技術においてアミノ酸をコードするDNA配列のコドンを変化させることを含むが、これらに限定されない。
【0034】
本明細書において、変異体分子の「設計方法」または「分子設計手法」とは、変異前のタンパク質またはポリペプチド分子(例えば、天然型分子)のアミノ酸配列および立体構造を解析することによって、各アミノ酸がどのような特性(例えば、触媒活性、他の分子との相互作用など)を担うかを予測し、所望の特性の改変(例えば、触媒活性の向上、タンパク質の安定性の向上など)をもたらすために適切なアミノ酸変異を算出することをいう。この設計方法は、好ましくはコンピューターを用いて行われる。このような設計方法で用いられるコンピュータープログラムの例としては、変異導入モデリングのためのプログラムとして、Swiss−PDBViewer(Swiss Institute of Bioinformatics(SIB)、ExPASy Molecular Biology Server(http://www.expasy.ch/ より入手可能))、タンパク質のエネルギー極小化、分子動力学計算を含む構造最適化のためのプログラムとして、AMBER(D.A.Pearlman et al.、AMBER4.1、University of California、San Francsico、1995)、PRESTO(Morikami K. et al.、Comput.Chem.、16、243−248(1992))、Shrike(特開2001−184381)、さらに最適アミノ酸変異を算出するプログラムとして、Shrike(特開2001−184381)などが挙げられる。
【0035】
本発明におけるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素であるPhaC酵素の基質選択性を変換する酵素改変方法について、アエロモナス・キャビエ(Aeromonas caviae)FA440由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素であるPhaCac酵素を例にして詳しく説明する。PhaCac酵素の立体構造に関して、X線結晶構造解析をはじめとする構造解析等の実験は行われておらず、その立体構造は未知である。本発明の酵素改変方法は、酵素の立体構造を利用することにより、より効率的な酵素変異体の分子設計を達成している。したがって、まず野生型PhaCac酵素と基質分子の結合した複合体の立体構造を得る必要があるため、本発明では分子モデリングによるPhaCac酵素の立体構造予測、およびモデリングを行う。
【0036】
PhaCac酵素と基質との複合体の立体構造は、以下の手順で構築しうる。
【0037】
(ステップ1) PhaCac酵素のアミノ酸配列を元に、アミノ酸配列ホモロジーを有し、かつ立体構造がプロテインデータバンク(PDB)に登録されている酵素との多重アミノ酸配列アラインメントを、プログラムClustalX(Thompson、J.D.et al.Nucleic Acid Res.22、4673−80 (1994))により作成する。分子モデリングに利用するPhaCac酵素とアミノ酸配列ホモロジーを有するタンパク質は、PDBに登録されたタンパク質のアミノ酸配列を対象に、プログラムFASTA(Perason W.R. et al.、Genomics、46、24−36(1997))やBLAST(Altschul、Stephen F. etal.、Nucleic Acids Res. 25、3389−3402(1997))、PSI−BLAST(Shaffer A.A. et al.、Bioinfomatics 164、88−489(2000))を用いたアミノ酸配列ホモロジーの検索を行うことで選択しうる。多重アミノ酸配列アラインメントに利用する立体構造既知のタンパク質としては、PhaCac酵素のアミノ酸配列と少なくともホモロジースコア(プログラムPSI−BLASTでのScore値)が、150bits以上、より好ましくはScore値が200bits以上のものが用い得る。例えば、PDBコードが、1HLG、1K8Qであるタンパク質が用いられ得る。
【0038】
(ステップ2) 次にこれら立体構造既知のタンパク質の3次元アラインメント(立体構造アラインメント)をプログラムMAPS(G.Lu、J.Appl.Cryst.(2000)、33:176−183)やプログラムSwiss−PDBViewerにより行い、先にアミノ酸配列のみから得られた多重アラインメントを立体構造の類似性に基づいて修正し、分子モデリングに用いる最終多重配列アラインメントを得ることができる。配列アラインメント修正は、立体構造の類似性を元に、α−ヘリックスやβ−シートなどの2次構造に挿入や欠失が入らないように施すことが望ましい。
【0039】
(ステップ3) 得られた配列アラインメントに基づいて、挿入、欠失部位ができるかぎり少なく立体構造の類似性が高いと推定されるタンパク質を分子モデリングの雛形タンパク質として選択しうる。例えば、PDBコードが1HLG、1K8Qである立体構造が雛形として利用し得る。これら雛形タンパク質を3次元グラフィックスプログラムSwiss PDB−Viewerで表示させ、ステップ2で得られた配列アラインメントに従って、PhaCac酵素のアミノ酸配列にアミノ酸残基の置換を行いうる。
【0040】
(ステップ4) 挿入、欠失部位については、PDBから最適な類似部分構造を検索し、その部分構造に置換することにより立体構造モデルを構築することができる。挿入、欠失部位の分子モデリングは、PDBに登録されている高分解能の立体構造、好ましくは分解能2.0Å以下のタンパク質の立体構造に対して、挿入、欠失部位の周辺を含む雛形タンパク質の主鎖の部分構造に、最も適合する部分構造を探索することで行うことができる。例えば、雛形タンパク質の主鎖の部分構造の原子座標に対して、最小自乗重ね合わせ操作を行った場合の、最小自乗偏差(RMSD)が2.0Å以下となるタンパク質の部分構造を用いることができる。
【0041】
(ステップ5) PhaCac酵素に結合しうる基質である3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体の構造については、補酵素A分子を含むタンパク質立体構造の中から、具体的にはPDBコード1EY3に含まれる補酵素A分子の原子座標を選択し、この補酵素Aの原子座標を用い、適切な分子グラフィックソフトウェアたとえばMOLGRAPH(ダイキン工業(株))を用いて、3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体の原子座標を作成することができる。さらに、PDBコード1K8Qの立体構造には酵素と基質類縁体の複合体構造が含まれており、PDB1K8Q原子座標とモデリングしたPhaCac酵素原子座標とを比較参照することにより、PhaCac酵素の基質結合部位であるクレフト部を推定することができるし、該クレフト部に基質が結合したPhaCac酵素−基質複合体の立体構造モデルを構築することができる。また、複合体については、補酵素の結合していない酵素のみの立体構造モデルを構築した後、Autodock((Oxford Molecular)、Guex、N.およびPeitsch,M.C.(1997)) 等の分子ドッキングのプログラムを用いて、複合体の立体構造モデルを構築することも可能である。
【0042】
(ステップ6) 最終的に構築した立体構造モデルは、エネルギー極小化計算および分子動力学計算により、構造最適化を行うことができる。構造最適化プログラムとしては、プログラムAMBER、PRESTO、Shrike等を用いることができる。
【0043】
前記立体構造予測、モデリングの手法を適用することによって、PhaCac酵素のアミノ酸配列と30%以上、より好ましくは50%以上、さらにより好ましくは70%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含むPhaC酵素ないしポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の酵素改変方法に供する立体構造モデルを構築しうる。
【0044】
次にPhaCac酵素の活性部位(反応触媒部位および基質結合部位)の特定、該活性部位近傍において、基質分子と相互作用するアミノ酸残基の特定を、以下の方法によって行うことができる。
野生型PhaCac酵素−基質複合体の立体構造モデルおよび類縁酵素の多重配列アラインメントから、反応触媒部位を構成する残基を見出した。それら反応触媒残基は、野生型PhaCac酵素において、Cys319、Asp475、His503の3つのアミノ酸残基からなる。さらに、3次元グラフィックスを用いて、これら反応触媒残基を含む領域に複合体の立体構造上で近接する領域を同定することができる。このようにして選択した部位として、野生型PhaCac酵素のアミノ酸残基位置244〜247、位置317〜318、位置320〜321、位置349〜354、位置432〜434、位置474、位置476〜479、位置502および位置504〜505が挙げられる。より好ましくは、アミノ酸残基位置245〜247、位置318、位置320、位置350、位置353、位置433、位置477〜478および位置504が選択部位として挙げられる。さらにより好ましくは、アミノ酸残基位置246、位置318、位置320、位置350、位置353が選択部位として挙げられる。また、12Å以内、より好ましくは8Å以内の基質結合部位からの距離を指標にして、変異を導入する部位を選択することも可能である。
【0045】
次に、基質分子と相互作用すると同定した選択領域に存在するアミノ酸残基の中から、基質である3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体の結合に対する寄与の大きいアミノ酸残基を、構造エネルギー計算による基質分子との非結合相互作用の評価、静電相互作用に注目した静電ポテンシャル計算等により同定する。例えば、プログラムShrikeを用いることにより、基質分子の結合に対する選択領域の各アミノ酸残基の寄与を見積もることができる。基質である3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体を構成する3−ヒドロキシアルカン酸としては、3−ヒドロキシ酪酸、3−ヒドロキシ吉草酸、3−ヒドロキシヘキサン酸、3−ヒドロキシオクタン酸等のアルキル鎖の長さが異なる種々の3−ヒドロキシアルカン酸を用いることができる。これら3−ヒドロキシアルカン酸は反応生成物であるポリヒドロキシアルカン酸のモノマー単位にほかならず、前記した種々の3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体とPhaCac酵素との結合能力を基質構造の違いに応じて、個々に評価することができる。
【0046】
これら基質結合の安定化に寄与していると推定された残基を、前記した種々の3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体との結合に適したアミノ酸に置換すれば、PhaCac酵素の基質選択性を変換することが可能となる。その基質選択性を変換する事により、PhaCac酵素反応により生成されるポリヒドロキシアルカン酸のモノマー種含有率を変換、調整することが可能となる。アミノ酸置換の候補は、上記残基部位について、PhaCac酵素−基質複合体構造モデルに対して、例えば、プログラムShrike(特開2001−184381)を用いた計算機スクリーニングにより行いうる。計算変異実験では、前記した3−ヒドロキシアルカン酸のある1つを含む基質に対する結合エネルギーと前記した3−ヒドロキシアルカン酸の別の1つを含む基質に対する結合エネルギーとの差、およびアミノ酸置換に伴う酵素の熱安定性の指標である変性自由エネルギーを指標にアミノ酸変異候補を算出しうる。
【0047】
また、PhaCac酵素とアミノ酸配列ホモロジーの高い他生物種由来のPhaC酵素群との多重アミノ酸配列アラインメントもアミノ酸置換の参考に利用しうる。また、PhaCac酵素とアミノ酸配列ホモロジーの高い他生物種由来のPhaC酵素群について、前記した立体構造モデリング方法(ステップ1〜6)を用いてモデリング下、他生物種由来のPhaC酵素の立体構造もアミノ酸置換の参考に利用しうる。
【0048】
本発明の酵素改変方法によれば、PhaCac酵素のアミノ酸配列と30%以上、より好ましくは50%以上、さらにより好ましくは70%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含むPhaC酵素ないしポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の酵素の基質選択性の変換もまた可能となることは明らかである。
【0049】
PhaCac酵素において、本方法により設計したアミノ酸置換残候補のうち、3−ヒドロキシ酪酸−補酵素A複合体に対する結合能力を保持し、かつ3−ヒドロキシヘキサン酸−補酵素A複合体に対する結合能力が強くなると推定された各部位での変異候補は、
−位置246において、Gln、Ser、またはCys;
−位置318において、Ala、またはPhe;
−位置320において、Ala、Ser、またはVal;
−位置350において、Val;
−位置353において、Ser、Thr、またはHis
である。
【0050】
好ましくは、F246Q、F246S、Y318A、I320A、I320S、F353S、F353Tが変異候補として挙げられ、さらに好ましくは、PhaCac酵素変異体として、上記各々の変異を組み合わせた変異体が設計されうる。
【0051】
本発明における好ましいPhaCac酵素変異体として、野生型PhaCac酵素から、アミノ酸残基の置換の組合せによって得られる次の変異体が挙げられる。
・PhaCac酵素変異体F246S/F353T。
・PhaCac酵素変異体F246Q/F353S。
・PhaCac酵素変異体F246S/I320A/F353T。
・PhaCac酵素変異体F246Q/I320A/F353S。
・PhaCac酵素変異体F246Q/Y318A/I320A/F353T。
・PhaCac酵素変異体F246Q/Y318A/I320S/F353T。
【0052】
以上の方法によって得られる本発明のPhaCac酵素変異体は、以下の理化学的性質を有する:
3−ヒドロキシ酪酸−補酵素A複合体と3−ヒドロキシヘキサン酸−補酵素A複合体の混合物を基質として、((3−ヒドロキシ酪酸)−(3−ヒドロキシヘキサン酸))共重合ポリエステルを生成する、および
生成した前記共重合ポリエステルの3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率は、野生型PhaCac酵素が生成する前記共重合ポリエステルの3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率とは異なる。
【0053】
本発明のPhaCac酵素変異体DNAを取得するための、野生型PhaCac酵素DNAへの部位特異的な変異の導入は、以下のように、組換えDNA技術、PCR法等を用いて行うことができる。すなわち、組換えDNA技術による変異の導入は、例えば、野生型PhaCac酵素遺伝子中の変異導入を希望する目的の部位の両側に適当な制限酵素認識配列が存在する場合に、そこを前記制限酵素で切断し、変異導入を希望する部位を含む領域を除去した後、化学合成等によって目的の部位のみに変異導入したDNA断片を挿入するカセット変異法によって行うことができる。また、PCRによる部位特異的変異の導入は、野生型PhaCac酵素遺伝子中の変異導入を希望する目的の部位に目的の変異を導入した変異プライマーと前記遺伝子の一方の末端部位の配列を含む変異を有しない増幅用プライマーとで前記遺伝子の片側を増幅し、前記変異用プライマーに対して相補的な配列を有する変異用プライマーと前記遺伝子のもう一方の末端部位の配列を含む変異を有しない増幅用プライマーでもう片側を増幅し、得られた2つの増幅断片をアニーリング操作後、さらに前記2種類の増幅用プライマーでPCR操作することにより、行うことができる。
【0054】
本発明のベクターは前述したPhaCac酵素変異体DNAを適当なベクターに連結(挿入)することにより得ることができる。遺伝子を挿入するためのベクターは、宿主中で自律複製可能なものであれば特に限定されず、プラスミドDNAやファージDNAをベクターとして用いることができる。例えば、大腸菌を宿主として用いる場合には、pBR322、pUC18、pBluescriptII等のプラスミドDNA、EMBL3、M13、λgt11等のファージDNA等を、酵母を宿主として用いる場合は、YEp13 、YCp50等を、植物細胞を宿主として用いる場合には、pBI121、pBI101等を、動物細胞を宿主として用いる場合は、pcDNAI、pcDNAI/Amp等をベクターとして用いることができる。
【0055】
本発明の形質転換細胞は、宿主となる細胞へ前記ベクターを導入することにより得ることができる。細菌への組換え体DNAの導入方法としては、例えばカルシウムイオンを用いる方法やエレクトロポレーション法等が挙げられる。酵母への組換え体DNAの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等が挙げられる。植物細胞への組換え体DNAの導入方法としては、アグロバクテリウム感染法、パーティクルガン法、ポリエチレングリコール法等が挙げられる。動物細胞への組換え体DNAの導入方法としては、例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法等が挙げられる。
【0056】
本発明の酵素変異体は、前記した形質転換細胞を培地で培養し、培養物(培養菌体又は培養上清)中に本発明の酵素変異体を生成蓄積させ、該培養物から前記酵素変異体を採取することにより製造することができる。
【0057】
本発明の形質転換細胞を培地で培養する方法は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。大腸菌等の細菌を宿主として得られた形質転換細胞を培養する培地としては、完全培地又は合成培地、例えばLB培地、M9培地等が挙げられる。また、培養温度は20〜40℃で好気的に6〜24時間培養することにより本発明の酵素変異体を菌体内に蓄積させ、回収する。
【0058】
本発明の酵素変異体の精製は、前述した培養法により得られる培養物を遠心して回収し(細胞についてはソニケーター等にて破砕する)、アフィニティークロマトグラフィー、陽イオンまたは陰イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過等を単独でまたは適宜組み合わせることによって行うことができる。得られた精製物質が目的の酵素であることの確認は、通常の方法、例えばSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動、ウエスタンブロッティング等により行うことができる。
【0059】
本発明のポリヒドロキシアルカン酸の製造は、前述した方法によって得られた形質転換細胞を適切な培地、すなわちグルコース等の糖や飽和脂肪酸グリセリド等を十分な量だけ含む培地にて培養することによって、ポリエステルであるポリヒドロキシアルカン酸を製造することができる。また、本発明のポリヒドロキシアルカン酸の製造は、前述した方法によって得られたPhaCac酵素変異体を化学反応触媒として、適切な3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素Aを原料として製造することもできる。
【0060】
本発明において得られた適切なPhaCac酵素変異体または適切なPhaCac酵素変異体DNAを導入した形質転換細胞を用いれば、3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率が増減したポリヒドロキシアルカン酸を製造することができる。すなわち、天然油脂を発酵原料として、野生型PhaCac酵素のみが発現している野生型細胞を用いた場合には、3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率が0〜15%(培養条件により異なる)のポリマーが得られることに対して、本発明において得られた適切なPhaCac酵素変異体または適切なPhaCac酵素変異体DNAを導入した形質転換細胞を用いれば、同じ培養条件下において、3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率が5〜25%の範囲内で所望の含有率をもつポリマー、すなわち3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率が増加したポリマーを得ることができる。
【0061】
細胞内に蓄積されたポリエステルの細胞内含量及びポリエステルの組成は、加藤らの方法(Appl. Microbiol. Biotechnol.,45巻、363ページ、(1996); Bull. Chem. Soc.,69巻、515ページ(1996))に従い、培養細胞からクロロホルム等の有機溶媒を用いて抽出後、抽出物をガスクロマトグラフィー、NMRなどに供試することにより測定分析することができる。
【0062】
以下の実施例にて、本発明をさらに詳細に説明するが、これらは本発明の例示の目的で提供されるものであり、なんら本発明を限定するものではない。
【0063】
【実施例】
(実施例1) アエロモナス・キャビエFA440由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の立体構造モデリング
アエロモナス・キャビエFA440由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素(PhaCac)のアミノ酸配列を問い合わせ配列として、プログラムPSI−BLAST(Shaffer A.A. et al.、Bioinfomatics 164、88−489(2000))を用いて、プロテインデータバンク(PDB)に登録されている立体構造既知の蛋白質群からホモロジーの高い配列を検索し、PDBコードが1K8Qであるリパーゼ酵素の立体構造を拾いだした。この検索結果を参考にして、PDB1K8Q酵素とPhaCac酵素のアミノ酸配列のアラインメントを行い、PhaCac酵素の「ヒドロラーゼ・ドメイン」と呼ばれる領域がPDB1K8Q酵素と高い類似性をもつことが見いだされた。ヒドロラーゼ・ドメインはポリヒドロキシアルカン酸を合成する反応活性部位を含むドメインである。また、PDB1K8Q酵素の反応触媒残基群は、PhaCac酵素の推定される反応触媒残基群と立体構造の上で同じ空間位置に存在することも見いだされた。次に、蛋白質二次構造予測プログラムであるプログラムPSIPRED(http://bioinf.cs.ucl.ac.uk/psipred/)を用いて、PhaCac酵素の二次構造を推定したところ、前記した立体構造アラインメント結果と良い一致を示す結果を得た。先にアミノ酸配列のみから得られたアラインメント結果を、これらの立体構造情報に基づいて修正し、モデリングに用いる最終配列アラインメントを得た。修正は、立体構造情報を元に、α−ヘリックスやβ−シートなどの2次構造に挿入や欠失が入らないように行った。最終配列アラインメント結果を図1に示す。得られたアラインメントに基づいて、雛型になる立体構造にPDB1K8Q酵素の立体構造を選択し、3次元グラフィックスプログラムSwiss PDB−Viewer(Swiss Institute of Bioinformatics(SIB)、ExPASy Molecular Biology Server(http://www.expasy.ch/ より入手可能))およびプログラムShrike(特開2001−184381)を用いて、アミノ酸残基の挿入、欠失、置換を行った。すなわち、まずプログラムSwiss PDB−Viewerを用いて、図1に示された配列アラインメントにしたがい、PDBから最適な類似部分構造を検索し、その部分構造に置換することによりアミノ酸残基の挿入と欠失を行い、PhaCac酵素の主鎖部分の原子座標を構築した。次にプログラムShrikeを用いて、アミノ酸残基の置換を行い、PhaCac酵素の側鎖部分の原子座標を構築した。次にPDBコード1EY3に含まれる補酵素A分子の原子座標から、プログラムMOLGRAPH(ダイキン工業(株))を用いて、基質である3−ヒドロキシ酪酸−補酵素A複合体および3−ヒドロキシヘキサン酸−補酵素A複合体の立体構造モデルを作成し、プログラムSwiss PDB−Viewerを用いて、先に作成したPhaCac酵素と基質との複合体立体構造モデルを作成した。複合体立体構造モデルを作成する際には、本モデリングの雛型として用いたPDB1K8Qデータに含まれる基質類縁体分子構造を参考とした。最後に立体構造モデルをプログラムShrikeを用いて、エネルギー極小化計算により構造最適化を行い、野生型PhaCac酵素と基質との複合体立体構造モデルを得た。得られた立体構造モデルを模式図を図2に示す。
【0064】
(実施例2) PhaCac酵素変異体の設計
実施例1で得られた野生型PhaCac酵素と基質との複合体立体構造モデルから、反応触媒残基であるCys319、Asp475、His503の3つのアミノ酸残基から12Å以内の距離に存在し、かつ基質分子と接触しうる空間位置にあるアミノ酸残基として、すなわち基質選択性を決定する残基候補として、野生型PhaCac酵素のアミノ酸残基位置244〜247、位置317〜318、位置320〜321、位置349〜354、位置432〜434、位置474、位置476〜479および位置502、位置504〜505を同定した。一方、PhaCac酵素のアミノ酸配列と配列類似度が高い、他種のPhaC酵素のアミノ酸配列をプログラムBLAST(Altschul、Stephen F. et al.、Nucleic Acids Res. 25、3389−3402(1997))を用いて、NCBIが提供する非重複(non−redundant)データーベースより検索抽出し、PhaC酵素ファミリーの配列群を得た。このファミリー配列群を、プログラムClustalX(Thompson、J.D.et al.Nucleic Acid Res.22、4673−80 (1994))を用いて、多重配列アラインメントを実施し、PhaC酵素ファミリーに共通して保存されているアミノ酸残基群を同定した。これら保存されている残基群を、先述した基質選択性を決定する残基候補から取り除き、最終的に酵素の基質選択性を決定する残基候補として、アミノ酸残基位置246、位置318、位置320、位置350、位置353、位置433、位置477〜478および位置504を同定した。次に、プログラムShrikeを用いて、3−ヒドロキシ酪酸−補酵素A複合体および3−ヒドロキシヘキサン酸−補酵素A複合体の立体構造モデル2種それぞれについて、先述した酵素の基質選択性を決定する残基候補の各々の計算化学的変異を行い、3−ヒドロキシヘキサン酸−補酵素A複合体とPhaC酵素変異体との結合能が向上するアミノ酸残基変異を探索し、その結果として、F246Q、F246S、Y318A、I320A、I320S、F353T、F353Sといった変異候補が得られた。すなわち、これらの変異により、PhaC酵素変異体が生成するポリマー中の3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率を向上させうると同定され、PhaCac酵素変異体の設計とした。
【0065】
【発明の効果】
ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の基質選択性を本発明を用いて変換することにより、該酵素が生成するポリヒドロキシアルカン酸のモノマー種含有率を、野生型の含有率とは異なるものへと変換調節することができ、所望のモノマー種含有率を有するポリヒドロキシアルカン酸を合成することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【図1】PhaCac酵素とPDB1K8Q酵素との最終配列アラインメント結果。*印は反応触媒残基を示す。
【図2】PhaCac酵素−基質複合体の立体構造モデルの模式図。ただしPhaCac酵素は、N末端利領域である位置1−185およびC末端領域である528−594の残基を除いた、ヒドロラーゼ・ドメインのみを表示してある。基質分子は3−ヒドロキシヘキサン酸−補酵素A複合体である。
【配列表】
【発明の属する技術分野】
本発明は、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の基質選択性の改変法、すなわちモノマーである種々の3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体と、ポリマーであるポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)(以下、ポリヒドロキシアルカン酸と称する)とを基質として、そのポリマー鎖を伸長生成させてポリヒドロキシアルカン酸を合成する活性を有するポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の基質選択性を改変して、生成するポリマー中のモノマー種含有率を制御するための酵素改変法に関する。また、本発明は、該改変法により得られる、野生型酵素とは異なるモノマー種含有率をもつポリマーを生成するポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体、該酵素変異体をコードするDNA、このDNAを有するベクター、このベクターで形質転換された形質転換細胞、該酵素の製造方法、ならびに該酵素または該形質転換細胞を用いるポリヒドロキシアルカン酸の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
ポリヒドロキシアルカン酸は、微生物が生成するポリエステル型有機分子ポリマーとして発見され、近年では生分解性を有する環境調和型素材または生体適合型素材として工業的に生産し、かつ多様な産業へ利用する試みが行われている。そのポリヒドロキシアルカン酸を構成するモノマー単位は、一般名3−ヒドロキシアルカン酸であって、具体的には3−ヒドロキシ酪酸、3−ヒドロキシ吉草酸、3−ヒドロキシヘキサン酸、3−ヒドロキシオクタン酸、あるいはよりアルキル鎖の長い3−ヒドロキシアルカン酸が単重合もしくは共重合することにより、ポリマー分子が形成されている。特に共重合ポリヒドロキシアルカン酸の場合、そのポリマーとしての特性、すなわち融点、ガラス転移点、結晶化率、伸び強度といった物理化学的特性は、ポリマーを構成するモノマー種含有率の違いにより異なることが知られている(非特許文献1)。
【0003】
微生物中においてポリヒドロキシアルカン酸が生合成される反応経路の一部はすでに解明されている。ポリヒドロキシアルカン酸生合成に特に関与する酵素の一群は、多様なヒドロキシアルカン酸モノマーを基質とするPha酵素群、およびヒドロキシ酪酸モノマーのみを基質とするPhb酵素群、の2群からなる。これら酵素群を構成する個々の酵素は、微生物種ごとに似通ったアミノ酸配列を持つ酵素ファミリーであるが、細部のアミノ酸配列は異なっている(非特許文献1)。
【0004】
ポリヒドロキシアルカン酸を工業的に生産し活用するためには、微生物による生産量を増加させることと、生産されるポリマーに含まれるモノマー種含有率を自在に調整することの2つの要件について、技術開発を行う必要がある。
【0005】
第1の要件においては、先述したポリエステル生合成経路を構成する酵素群を、他種微生物の対応する酵素と置換したり、あるいは野生型酵素に突然変異を加えることにより、ポリエステルの産生量を増加させる試みが行われ、一定の成果が得られている(特許文献1、非特許文献2、3)。
【0006】
第2の要件においては、すなわち各種素材としてポリヒドロキシアルカン酸を活用するためには、その用途に応じてポリマーを構成するモノマー種含有率を調節して生産する必要がある。前述した多種多様なモノマー種を含むポリヒドロキシアルカン酸のうち、現在注目されているポリマーの一つは、3−ヒドロキシ−n−酪酸(以下、3HB)と3−ヒドロキシ−n−ヘキサン酸(以下、3HH)とをモノマー単位とする共重合ポリヒドロキシアルカン酸であり、一般に3HH/3HB比が高いほど、すなわち3HH種モノマー含有率が高いほど、ポリマー素材として優れた物理化学的特性を示すことが知られている(特許文献2)。しかしながら、ポリヒドロキシアルカン酸ポリマー分子を構成するモノマー種含有率を、微生物による発酵生産段階で自在に調整することはいまだに困難である。
【0007】
第2の要件を解決することを目的として、以下のような技術開発が行われてきた。Pha酵素群に含まれる酵素の一つであるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素(以下、PhaC酵素と省略する)は、3−ヒドロキシアルカン酸モノマーと補酵素Aとの複合体、ならびにポリヒドロキシアルカン酸ポリマーを基質とし、ポリヒドロキシアルカン酸ポリマーを伸長生成反応させる酵素であって、ポリヒドロキシアルカン酸を合成する代謝経路の最終段階で働く合成酵素である。このPhaC酵素を突然変異させたり、異なる微生物種のPhaC酵素と置換することにより、野生型PhaC酵素を用いた場合とは異なるモノマー種含有率をもつポリマーを産生させる例が知られているが(非特許文献4、5)、それらの例での変異酵素取得方法は偶然の変異に頼っているため、酵素産生物であるポリマーのモノマー種含有率を自在に調節できないのが現状である。
【0008】
【特許文献1】
特開2002−199890
【0009】
【特許文献2】
特開平5−93049
【0010】
【非特許文献1】
日本油化学会誌、1999年、48巻、1353−1364頁
【0011】
【非特許文献2】
発酵ハンドブック (共立出版)、2001年、374−378頁
【0012】
【非特許文献3】
J. Bacteriol., 1998年、180巻、6459−6467頁
【0013】
【非特許文献4】
Appl. Microbiol. Biotechnol., 2002年、59巻、477−482頁
【0014】
【非特許文献5】
Appl. Environ. Microbiol., 2002年、68巻、2411−2419頁
【0015】
【発明が解決しようとする課題】
先述したように、ポリマー素材として多様な用途に活用するためには、ポリヒドロキシアルカン酸ポリマー中のモノマー種含有率を自在に調整する必要がある。本発明は、この課題を解決するための、PhaC酵素の基質選択性を変換し、産生されるポリマー中のモノマー種含有率を調整する合理的な酵素改変方法の提供を目的とする。また本発明は、該改変方法により野生型酵素のモノマー種含有率を変換したPhaC酵素変異体、該PhaC酵素変異体をコードするDNAおよびそれを導入した組み換え体を提供し、それらを用いたポリヒドロキシアルカン酸の製造方法を提供することを目的とする。
【0016】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、PhaC酵素の基質選択性が、産生されるポリヒドロキシアルカン酸のモノマー種含有率を決定していることを明らかにするとともに、該酵素の基質選択性を変換する酵素改変方法を新たに開発し、産生されるポリヒドロキシアルカン酸のモノマー種含有率を、野生型のモノマー種含有率とは異なるものに変換したPhaC酵素変異体の作製に成功し、本発明を完成するに至った。
【0017】
すなわち本発明は、酵素の基質選択性を変換させるための酵素改変方法であって、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素のあらかじめ選択された部位の単数または複数の任意のアミノ酸残基を置換、挿入もしくは欠失またはそれらを組み合わせることにより、基質分子の結合エネルギーの大きさを制御することを特徴とする酵素改変方法に関する。ここで基質分子とは、モノマーである3−ヒドロキシアルカン酸と補酵素Aの複合体、およびポリマーであるポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)である。
【0018】
その好ましい実施態様としては、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の活性部位を特定する工程と、該活性部位近傍において基質分子と相互作用するアミノ酸残基を決定する工程と、該決定残基に対して基質分子の結合エネルギーの大きさを制御するための変異処理を行う工程を包含する上記酵素改変方法に関する。
【0019】
さらに好ましい実施態様としては、前記活性部位を特定する工程において、分子モデリング法による立体構造予測を行い、基質分子を収容するために可能な体積を有するクレフト部を検索し、さらに、類縁酵素タンパク質とのアミノ酸配列比較を行い、該クレフト部を構成するアミノ酸残基の中から機能的に重要であると推定されるアミノ酸残基を抽出する処理をさらに包含する、上記酵素改変方法に関する。
【0020】
別の好ましい実施態様としては、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素が、基質分子として3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体を利用するポリヒドロキシアルカン酸合成酵素である上記酵素改変方法に関する。
【0021】
さらに別の好ましい実施態様としては、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素が、アエロモナス・キャビエ(Aeromonas caviae)FA440由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素である上記酵素改変方法に関する。
【0022】
また本発明は、野生型ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素から、アミノ酸残基の置換、挿入もしくは欠失またはそれらの組合せによって得られ、該野生型酵素が産生するポリマーとは異なるモノマー種含有率を与えるポリヒドロキシアルカン酸を産生するポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体に関し、さらに好ましくは、上記ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素が、アエロモナス・キャビエ(Aeromonas caviae)FA440由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素であるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体に関する。
【0023】
さらに本発明は、上記酵素改変方法により得られたポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体、その酵素変異体をコードするDNA、そのDNAを有するベクター、そのベクターにより形質転換された形質転換細胞に関する。
【0024】
さらに本発明は、上記形質転換細胞を培養・増殖させる工程を含むポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体の製造方法に関する。
【0025】
さらに本発明は、上記酵素変異体と、3−ヒドロキシアルカン酸と補酵素Aの複合体およびポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)とを反応させる工程、ならびに生成したポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)を採取する工程を包含するポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)の製造方法に関する。
【0026】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
本明細書中において、「ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素(Polyhydroxyalkanoate Synthase)」とは、3−ヒドロキシアルカン酸もしくは3−ヒドロキシアルカン酸と補酵素Aの複合体を反応基質として、3−ヒドロキシアルカン酸をモノマー単位とする高重合体であり、かつ一種のポリエステルであるポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)の伸長重合反応を触媒する酵素であって、一般にPhaC酵素と略称される酵素である。
【0027】
本明細書中において、3−ヒドロキシアルカン酸(3−Hydroxyalkanoate)とは、3−ヒドロキシ酪酸、3−ヒドロキシ吉草酸、3−ヒドロキシヘキサン酸、3−ヒドロキシオクタン酸、あるいはよりアルキル鎖の長い3−ヒドロキシアルカン酸、おのおの単独の化合物もしくはそれら化合物の混合物である。
【0028】
本明細書中において、ポリヒドロキシアルカン酸とは、前述した3−ヒドロキシアルカン酸をモノマー単位とする高重合体であり、かつ一種のポリエステルであるポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)であって、単一のモノマー種からなるホモポリマーもしくは2種または3種以上のモノマー種からなる共重合ポリマーである。
【0029】
本明細書において、アミノ酸、ペプチド、タンパク質は下記に示すIUPAC−IUB生化学命名委員会(CBN)で採用された略号を用いて表される。また、特に明示しない限りペプチド及びタンパク質のアミノ酸残基の配列は、左端から右端にかけてN末端からC末端となるように、またN末端が1番になるように表される。アミノ酸残基のつながりは“−”により表される。例えば、Ala−Gly−Leuのように示される。同じアミノ酸残基が連続する場合には、例えば(Ala)3と表され、これはAla−Ala−Alaと同義である。
A=Ala=アラニン、C=Cys=システイン、
D=Asp=アスパラギン酸、E=Glu=グルタミン酸、
F=Phe=フェニルアラニン、G=Gly=グリシン、
H=His=ヒスチジン、I=Ile=イソロイシン、
K=Lys=リシン、L=Leu=ロイシン、
M=Met=メチオニン、N=Asn=アスパラギン、
P=Pro=プロリン、Q=Gln=グルタミン、
R=Arg=アルギニン、S=Ser=セリン、
T=Thr=スレオニン、V=Val=バリン、
W=Trp=トリプトファン、Y=Tyr=チロシン、
B=Asx=AspまたはAsn、Z=Glx=GluまたはGln、
X=Xaa=任意のアミノ酸。
【0030】
本発明により、作製されまたは考慮されるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体を記述するに際して、参照を容易にするため、(もとのアミノ酸;位置;置換したアミノ酸)の命名法を適用する。従って、位置64におけるチロシンのアスパラギン酸への置換はTyr64Asp、またはY64Dと示される。多重変異については、スラッシュ記号(“/”)により分けることで表記する。例えば、S41A/Y64Dとは、位置41のセリンをアラニンへ、かつ、位置64のチロシンをアスパラギン酸へ置換することを示す。
【0031】
本明細書において、酵素の「変異体」とは、もとの酵素のアミノ酸配列のアミノ酸が少なくとも1つ以上置換、付加、もしくは欠失、または修飾されたアミノ酸配列を有し、もとの酵素の活性の少なくとも一部を保持する改変された酵素をいう。
【0032】
本明細書中において、変異体の設計に利用されるアミノ酸変異としては、アミノ酸の置換のほかに、アミノ酸の付加、欠失、または修飾もまた挙げられる。アミノ酸の置換とは、もとのペプチドを1つ以上、例えば、1〜20個、好ましくは1〜10個のアミノ酸で置換することをいう。アミノ酸の付加とは、もとのペプチド鎖に1つ以上、例えば、1〜20個、好ましくは1〜10個のアミノ酸を付加することをいう。アミノ酸の欠失とは、もとのペプチドから1つ以上、例えば、1〜20個、好ましくは1〜10個のアミノ酸を欠失させることをいう。
【0033】
以下、変異体を生成するためのタンパク質のアミノ酸の変異について説明する。アミノ酸の置換などを実施する方法は、化学合成、または遺伝子工学を利用する技術においてアミノ酸をコードするDNA配列のコドンを変化させることを含むが、これらに限定されない。
【0034】
本明細書において、変異体分子の「設計方法」または「分子設計手法」とは、変異前のタンパク質またはポリペプチド分子(例えば、天然型分子)のアミノ酸配列および立体構造を解析することによって、各アミノ酸がどのような特性(例えば、触媒活性、他の分子との相互作用など)を担うかを予測し、所望の特性の改変(例えば、触媒活性の向上、タンパク質の安定性の向上など)をもたらすために適切なアミノ酸変異を算出することをいう。この設計方法は、好ましくはコンピューターを用いて行われる。このような設計方法で用いられるコンピュータープログラムの例としては、変異導入モデリングのためのプログラムとして、Swiss−PDBViewer(Swiss Institute of Bioinformatics(SIB)、ExPASy Molecular Biology Server(http://www.expasy.ch/ より入手可能))、タンパク質のエネルギー極小化、分子動力学計算を含む構造最適化のためのプログラムとして、AMBER(D.A.Pearlman et al.、AMBER4.1、University of California、San Francsico、1995)、PRESTO(Morikami K. et al.、Comput.Chem.、16、243−248(1992))、Shrike(特開2001−184381)、さらに最適アミノ酸変異を算出するプログラムとして、Shrike(特開2001−184381)などが挙げられる。
【0035】
本発明におけるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素であるPhaC酵素の基質選択性を変換する酵素改変方法について、アエロモナス・キャビエ(Aeromonas caviae)FA440由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素であるPhaCac酵素を例にして詳しく説明する。PhaCac酵素の立体構造に関して、X線結晶構造解析をはじめとする構造解析等の実験は行われておらず、その立体構造は未知である。本発明の酵素改変方法は、酵素の立体構造を利用することにより、より効率的な酵素変異体の分子設計を達成している。したがって、まず野生型PhaCac酵素と基質分子の結合した複合体の立体構造を得る必要があるため、本発明では分子モデリングによるPhaCac酵素の立体構造予測、およびモデリングを行う。
【0036】
PhaCac酵素と基質との複合体の立体構造は、以下の手順で構築しうる。
【0037】
(ステップ1) PhaCac酵素のアミノ酸配列を元に、アミノ酸配列ホモロジーを有し、かつ立体構造がプロテインデータバンク(PDB)に登録されている酵素との多重アミノ酸配列アラインメントを、プログラムClustalX(Thompson、J.D.et al.Nucleic Acid Res.22、4673−80 (1994))により作成する。分子モデリングに利用するPhaCac酵素とアミノ酸配列ホモロジーを有するタンパク質は、PDBに登録されたタンパク質のアミノ酸配列を対象に、プログラムFASTA(Perason W.R. et al.、Genomics、46、24−36(1997))やBLAST(Altschul、Stephen F. etal.、Nucleic Acids Res. 25、3389−3402(1997))、PSI−BLAST(Shaffer A.A. et al.、Bioinfomatics 164、88−489(2000))を用いたアミノ酸配列ホモロジーの検索を行うことで選択しうる。多重アミノ酸配列アラインメントに利用する立体構造既知のタンパク質としては、PhaCac酵素のアミノ酸配列と少なくともホモロジースコア(プログラムPSI−BLASTでのScore値)が、150bits以上、より好ましくはScore値が200bits以上のものが用い得る。例えば、PDBコードが、1HLG、1K8Qであるタンパク質が用いられ得る。
【0038】
(ステップ2) 次にこれら立体構造既知のタンパク質の3次元アラインメント(立体構造アラインメント)をプログラムMAPS(G.Lu、J.Appl.Cryst.(2000)、33:176−183)やプログラムSwiss−PDBViewerにより行い、先にアミノ酸配列のみから得られた多重アラインメントを立体構造の類似性に基づいて修正し、分子モデリングに用いる最終多重配列アラインメントを得ることができる。配列アラインメント修正は、立体構造の類似性を元に、α−ヘリックスやβ−シートなどの2次構造に挿入や欠失が入らないように施すことが望ましい。
【0039】
(ステップ3) 得られた配列アラインメントに基づいて、挿入、欠失部位ができるかぎり少なく立体構造の類似性が高いと推定されるタンパク質を分子モデリングの雛形タンパク質として選択しうる。例えば、PDBコードが1HLG、1K8Qである立体構造が雛形として利用し得る。これら雛形タンパク質を3次元グラフィックスプログラムSwiss PDB−Viewerで表示させ、ステップ2で得られた配列アラインメントに従って、PhaCac酵素のアミノ酸配列にアミノ酸残基の置換を行いうる。
【0040】
(ステップ4) 挿入、欠失部位については、PDBから最適な類似部分構造を検索し、その部分構造に置換することにより立体構造モデルを構築することができる。挿入、欠失部位の分子モデリングは、PDBに登録されている高分解能の立体構造、好ましくは分解能2.0Å以下のタンパク質の立体構造に対して、挿入、欠失部位の周辺を含む雛形タンパク質の主鎖の部分構造に、最も適合する部分構造を探索することで行うことができる。例えば、雛形タンパク質の主鎖の部分構造の原子座標に対して、最小自乗重ね合わせ操作を行った場合の、最小自乗偏差(RMSD)が2.0Å以下となるタンパク質の部分構造を用いることができる。
【0041】
(ステップ5) PhaCac酵素に結合しうる基質である3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体の構造については、補酵素A分子を含むタンパク質立体構造の中から、具体的にはPDBコード1EY3に含まれる補酵素A分子の原子座標を選択し、この補酵素Aの原子座標を用い、適切な分子グラフィックソフトウェアたとえばMOLGRAPH(ダイキン工業(株))を用いて、3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体の原子座標を作成することができる。さらに、PDBコード1K8Qの立体構造には酵素と基質類縁体の複合体構造が含まれており、PDB1K8Q原子座標とモデリングしたPhaCac酵素原子座標とを比較参照することにより、PhaCac酵素の基質結合部位であるクレフト部を推定することができるし、該クレフト部に基質が結合したPhaCac酵素−基質複合体の立体構造モデルを構築することができる。また、複合体については、補酵素の結合していない酵素のみの立体構造モデルを構築した後、Autodock((Oxford Molecular)、Guex、N.およびPeitsch,M.C.(1997)) 等の分子ドッキングのプログラムを用いて、複合体の立体構造モデルを構築することも可能である。
【0042】
(ステップ6) 最終的に構築した立体構造モデルは、エネルギー極小化計算および分子動力学計算により、構造最適化を行うことができる。構造最適化プログラムとしては、プログラムAMBER、PRESTO、Shrike等を用いることができる。
【0043】
前記立体構造予測、モデリングの手法を適用することによって、PhaCac酵素のアミノ酸配列と30%以上、より好ましくは50%以上、さらにより好ましくは70%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含むPhaC酵素ないしポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の酵素改変方法に供する立体構造モデルを構築しうる。
【0044】
次にPhaCac酵素の活性部位(反応触媒部位および基質結合部位)の特定、該活性部位近傍において、基質分子と相互作用するアミノ酸残基の特定を、以下の方法によって行うことができる。
野生型PhaCac酵素−基質複合体の立体構造モデルおよび類縁酵素の多重配列アラインメントから、反応触媒部位を構成する残基を見出した。それら反応触媒残基は、野生型PhaCac酵素において、Cys319、Asp475、His503の3つのアミノ酸残基からなる。さらに、3次元グラフィックスを用いて、これら反応触媒残基を含む領域に複合体の立体構造上で近接する領域を同定することができる。このようにして選択した部位として、野生型PhaCac酵素のアミノ酸残基位置244〜247、位置317〜318、位置320〜321、位置349〜354、位置432〜434、位置474、位置476〜479、位置502および位置504〜505が挙げられる。より好ましくは、アミノ酸残基位置245〜247、位置318、位置320、位置350、位置353、位置433、位置477〜478および位置504が選択部位として挙げられる。さらにより好ましくは、アミノ酸残基位置246、位置318、位置320、位置350、位置353が選択部位として挙げられる。また、12Å以内、より好ましくは8Å以内の基質結合部位からの距離を指標にして、変異を導入する部位を選択することも可能である。
【0045】
次に、基質分子と相互作用すると同定した選択領域に存在するアミノ酸残基の中から、基質である3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体の結合に対する寄与の大きいアミノ酸残基を、構造エネルギー計算による基質分子との非結合相互作用の評価、静電相互作用に注目した静電ポテンシャル計算等により同定する。例えば、プログラムShrikeを用いることにより、基質分子の結合に対する選択領域の各アミノ酸残基の寄与を見積もることができる。基質である3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体を構成する3−ヒドロキシアルカン酸としては、3−ヒドロキシ酪酸、3−ヒドロキシ吉草酸、3−ヒドロキシヘキサン酸、3−ヒドロキシオクタン酸等のアルキル鎖の長さが異なる種々の3−ヒドロキシアルカン酸を用いることができる。これら3−ヒドロキシアルカン酸は反応生成物であるポリヒドロキシアルカン酸のモノマー単位にほかならず、前記した種々の3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体とPhaCac酵素との結合能力を基質構造の違いに応じて、個々に評価することができる。
【0046】
これら基質結合の安定化に寄与していると推定された残基を、前記した種々の3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体との結合に適したアミノ酸に置換すれば、PhaCac酵素の基質選択性を変換することが可能となる。その基質選択性を変換する事により、PhaCac酵素反応により生成されるポリヒドロキシアルカン酸のモノマー種含有率を変換、調整することが可能となる。アミノ酸置換の候補は、上記残基部位について、PhaCac酵素−基質複合体構造モデルに対して、例えば、プログラムShrike(特開2001−184381)を用いた計算機スクリーニングにより行いうる。計算変異実験では、前記した3−ヒドロキシアルカン酸のある1つを含む基質に対する結合エネルギーと前記した3−ヒドロキシアルカン酸の別の1つを含む基質に対する結合エネルギーとの差、およびアミノ酸置換に伴う酵素の熱安定性の指標である変性自由エネルギーを指標にアミノ酸変異候補を算出しうる。
【0047】
また、PhaCac酵素とアミノ酸配列ホモロジーの高い他生物種由来のPhaC酵素群との多重アミノ酸配列アラインメントもアミノ酸置換の参考に利用しうる。また、PhaCac酵素とアミノ酸配列ホモロジーの高い他生物種由来のPhaC酵素群について、前記した立体構造モデリング方法(ステップ1〜6)を用いてモデリング下、他生物種由来のPhaC酵素の立体構造もアミノ酸置換の参考に利用しうる。
【0048】
本発明の酵素改変方法によれば、PhaCac酵素のアミノ酸配列と30%以上、より好ましくは50%以上、さらにより好ましくは70%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含むPhaC酵素ないしポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の酵素の基質選択性の変換もまた可能となることは明らかである。
【0049】
PhaCac酵素において、本方法により設計したアミノ酸置換残候補のうち、3−ヒドロキシ酪酸−補酵素A複合体に対する結合能力を保持し、かつ3−ヒドロキシヘキサン酸−補酵素A複合体に対する結合能力が強くなると推定された各部位での変異候補は、
−位置246において、Gln、Ser、またはCys;
−位置318において、Ala、またはPhe;
−位置320において、Ala、Ser、またはVal;
−位置350において、Val;
−位置353において、Ser、Thr、またはHis
である。
【0050】
好ましくは、F246Q、F246S、Y318A、I320A、I320S、F353S、F353Tが変異候補として挙げられ、さらに好ましくは、PhaCac酵素変異体として、上記各々の変異を組み合わせた変異体が設計されうる。
【0051】
本発明における好ましいPhaCac酵素変異体として、野生型PhaCac酵素から、アミノ酸残基の置換の組合せによって得られる次の変異体が挙げられる。
・PhaCac酵素変異体F246S/F353T。
・PhaCac酵素変異体F246Q/F353S。
・PhaCac酵素変異体F246S/I320A/F353T。
・PhaCac酵素変異体F246Q/I320A/F353S。
・PhaCac酵素変異体F246Q/Y318A/I320A/F353T。
・PhaCac酵素変異体F246Q/Y318A/I320S/F353T。
【0052】
以上の方法によって得られる本発明のPhaCac酵素変異体は、以下の理化学的性質を有する:
3−ヒドロキシ酪酸−補酵素A複合体と3−ヒドロキシヘキサン酸−補酵素A複合体の混合物を基質として、((3−ヒドロキシ酪酸)−(3−ヒドロキシヘキサン酸))共重合ポリエステルを生成する、および
生成した前記共重合ポリエステルの3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率は、野生型PhaCac酵素が生成する前記共重合ポリエステルの3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率とは異なる。
【0053】
本発明のPhaCac酵素変異体DNAを取得するための、野生型PhaCac酵素DNAへの部位特異的な変異の導入は、以下のように、組換えDNA技術、PCR法等を用いて行うことができる。すなわち、組換えDNA技術による変異の導入は、例えば、野生型PhaCac酵素遺伝子中の変異導入を希望する目的の部位の両側に適当な制限酵素認識配列が存在する場合に、そこを前記制限酵素で切断し、変異導入を希望する部位を含む領域を除去した後、化学合成等によって目的の部位のみに変異導入したDNA断片を挿入するカセット変異法によって行うことができる。また、PCRによる部位特異的変異の導入は、野生型PhaCac酵素遺伝子中の変異導入を希望する目的の部位に目的の変異を導入した変異プライマーと前記遺伝子の一方の末端部位の配列を含む変異を有しない増幅用プライマーとで前記遺伝子の片側を増幅し、前記変異用プライマーに対して相補的な配列を有する変異用プライマーと前記遺伝子のもう一方の末端部位の配列を含む変異を有しない増幅用プライマーでもう片側を増幅し、得られた2つの増幅断片をアニーリング操作後、さらに前記2種類の増幅用プライマーでPCR操作することにより、行うことができる。
【0054】
本発明のベクターは前述したPhaCac酵素変異体DNAを適当なベクターに連結(挿入)することにより得ることができる。遺伝子を挿入するためのベクターは、宿主中で自律複製可能なものであれば特に限定されず、プラスミドDNAやファージDNAをベクターとして用いることができる。例えば、大腸菌を宿主として用いる場合には、pBR322、pUC18、pBluescriptII等のプラスミドDNA、EMBL3、M13、λgt11等のファージDNA等を、酵母を宿主として用いる場合は、YEp13 、YCp50等を、植物細胞を宿主として用いる場合には、pBI121、pBI101等を、動物細胞を宿主として用いる場合は、pcDNAI、pcDNAI/Amp等をベクターとして用いることができる。
【0055】
本発明の形質転換細胞は、宿主となる細胞へ前記ベクターを導入することにより得ることができる。細菌への組換え体DNAの導入方法としては、例えばカルシウムイオンを用いる方法やエレクトロポレーション法等が挙げられる。酵母への組換え体DNAの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等が挙げられる。植物細胞への組換え体DNAの導入方法としては、アグロバクテリウム感染法、パーティクルガン法、ポリエチレングリコール法等が挙げられる。動物細胞への組換え体DNAの導入方法としては、例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法等が挙げられる。
【0056】
本発明の酵素変異体は、前記した形質転換細胞を培地で培養し、培養物(培養菌体又は培養上清)中に本発明の酵素変異体を生成蓄積させ、該培養物から前記酵素変異体を採取することにより製造することができる。
【0057】
本発明の形質転換細胞を培地で培養する方法は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。大腸菌等の細菌を宿主として得られた形質転換細胞を培養する培地としては、完全培地又は合成培地、例えばLB培地、M9培地等が挙げられる。また、培養温度は20〜40℃で好気的に6〜24時間培養することにより本発明の酵素変異体を菌体内に蓄積させ、回収する。
【0058】
本発明の酵素変異体の精製は、前述した培養法により得られる培養物を遠心して回収し(細胞についてはソニケーター等にて破砕する)、アフィニティークロマトグラフィー、陽イオンまたは陰イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過等を単独でまたは適宜組み合わせることによって行うことができる。得られた精製物質が目的の酵素であることの確認は、通常の方法、例えばSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動、ウエスタンブロッティング等により行うことができる。
【0059】
本発明のポリヒドロキシアルカン酸の製造は、前述した方法によって得られた形質転換細胞を適切な培地、すなわちグルコース等の糖や飽和脂肪酸グリセリド等を十分な量だけ含む培地にて培養することによって、ポリエステルであるポリヒドロキシアルカン酸を製造することができる。また、本発明のポリヒドロキシアルカン酸の製造は、前述した方法によって得られたPhaCac酵素変異体を化学反応触媒として、適切な3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素Aを原料として製造することもできる。
【0060】
本発明において得られた適切なPhaCac酵素変異体または適切なPhaCac酵素変異体DNAを導入した形質転換細胞を用いれば、3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率が増減したポリヒドロキシアルカン酸を製造することができる。すなわち、天然油脂を発酵原料として、野生型PhaCac酵素のみが発現している野生型細胞を用いた場合には、3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率が0〜15%(培養条件により異なる)のポリマーが得られることに対して、本発明において得られた適切なPhaCac酵素変異体または適切なPhaCac酵素変異体DNAを導入した形質転換細胞を用いれば、同じ培養条件下において、3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率が5〜25%の範囲内で所望の含有率をもつポリマー、すなわち3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率が増加したポリマーを得ることができる。
【0061】
細胞内に蓄積されたポリエステルの細胞内含量及びポリエステルの組成は、加藤らの方法(Appl. Microbiol. Biotechnol.,45巻、363ページ、(1996); Bull. Chem. Soc.,69巻、515ページ(1996))に従い、培養細胞からクロロホルム等の有機溶媒を用いて抽出後、抽出物をガスクロマトグラフィー、NMRなどに供試することにより測定分析することができる。
【0062】
以下の実施例にて、本発明をさらに詳細に説明するが、これらは本発明の例示の目的で提供されるものであり、なんら本発明を限定するものではない。
【0063】
【実施例】
(実施例1) アエロモナス・キャビエFA440由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の立体構造モデリング
アエロモナス・キャビエFA440由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素(PhaCac)のアミノ酸配列を問い合わせ配列として、プログラムPSI−BLAST(Shaffer A.A. et al.、Bioinfomatics 164、88−489(2000))を用いて、プロテインデータバンク(PDB)に登録されている立体構造既知の蛋白質群からホモロジーの高い配列を検索し、PDBコードが1K8Qであるリパーゼ酵素の立体構造を拾いだした。この検索結果を参考にして、PDB1K8Q酵素とPhaCac酵素のアミノ酸配列のアラインメントを行い、PhaCac酵素の「ヒドロラーゼ・ドメイン」と呼ばれる領域がPDB1K8Q酵素と高い類似性をもつことが見いだされた。ヒドロラーゼ・ドメインはポリヒドロキシアルカン酸を合成する反応活性部位を含むドメインである。また、PDB1K8Q酵素の反応触媒残基群は、PhaCac酵素の推定される反応触媒残基群と立体構造の上で同じ空間位置に存在することも見いだされた。次に、蛋白質二次構造予測プログラムであるプログラムPSIPRED(http://bioinf.cs.ucl.ac.uk/psipred/)を用いて、PhaCac酵素の二次構造を推定したところ、前記した立体構造アラインメント結果と良い一致を示す結果を得た。先にアミノ酸配列のみから得られたアラインメント結果を、これらの立体構造情報に基づいて修正し、モデリングに用いる最終配列アラインメントを得た。修正は、立体構造情報を元に、α−ヘリックスやβ−シートなどの2次構造に挿入や欠失が入らないように行った。最終配列アラインメント結果を図1に示す。得られたアラインメントに基づいて、雛型になる立体構造にPDB1K8Q酵素の立体構造を選択し、3次元グラフィックスプログラムSwiss PDB−Viewer(Swiss Institute of Bioinformatics(SIB)、ExPASy Molecular Biology Server(http://www.expasy.ch/ より入手可能))およびプログラムShrike(特開2001−184381)を用いて、アミノ酸残基の挿入、欠失、置換を行った。すなわち、まずプログラムSwiss PDB−Viewerを用いて、図1に示された配列アラインメントにしたがい、PDBから最適な類似部分構造を検索し、その部分構造に置換することによりアミノ酸残基の挿入と欠失を行い、PhaCac酵素の主鎖部分の原子座標を構築した。次にプログラムShrikeを用いて、アミノ酸残基の置換を行い、PhaCac酵素の側鎖部分の原子座標を構築した。次にPDBコード1EY3に含まれる補酵素A分子の原子座標から、プログラムMOLGRAPH(ダイキン工業(株))を用いて、基質である3−ヒドロキシ酪酸−補酵素A複合体および3−ヒドロキシヘキサン酸−補酵素A複合体の立体構造モデルを作成し、プログラムSwiss PDB−Viewerを用いて、先に作成したPhaCac酵素と基質との複合体立体構造モデルを作成した。複合体立体構造モデルを作成する際には、本モデリングの雛型として用いたPDB1K8Qデータに含まれる基質類縁体分子構造を参考とした。最後に立体構造モデルをプログラムShrikeを用いて、エネルギー極小化計算により構造最適化を行い、野生型PhaCac酵素と基質との複合体立体構造モデルを得た。得られた立体構造モデルを模式図を図2に示す。
【0064】
(実施例2) PhaCac酵素変異体の設計
実施例1で得られた野生型PhaCac酵素と基質との複合体立体構造モデルから、反応触媒残基であるCys319、Asp475、His503の3つのアミノ酸残基から12Å以内の距離に存在し、かつ基質分子と接触しうる空間位置にあるアミノ酸残基として、すなわち基質選択性を決定する残基候補として、野生型PhaCac酵素のアミノ酸残基位置244〜247、位置317〜318、位置320〜321、位置349〜354、位置432〜434、位置474、位置476〜479および位置502、位置504〜505を同定した。一方、PhaCac酵素のアミノ酸配列と配列類似度が高い、他種のPhaC酵素のアミノ酸配列をプログラムBLAST(Altschul、Stephen F. et al.、Nucleic Acids Res. 25、3389−3402(1997))を用いて、NCBIが提供する非重複(non−redundant)データーベースより検索抽出し、PhaC酵素ファミリーの配列群を得た。このファミリー配列群を、プログラムClustalX(Thompson、J.D.et al.Nucleic Acid Res.22、4673−80 (1994))を用いて、多重配列アラインメントを実施し、PhaC酵素ファミリーに共通して保存されているアミノ酸残基群を同定した。これら保存されている残基群を、先述した基質選択性を決定する残基候補から取り除き、最終的に酵素の基質選択性を決定する残基候補として、アミノ酸残基位置246、位置318、位置320、位置350、位置353、位置433、位置477〜478および位置504を同定した。次に、プログラムShrikeを用いて、3−ヒドロキシ酪酸−補酵素A複合体および3−ヒドロキシヘキサン酸−補酵素A複合体の立体構造モデル2種それぞれについて、先述した酵素の基質選択性を決定する残基候補の各々の計算化学的変異を行い、3−ヒドロキシヘキサン酸−補酵素A複合体とPhaC酵素変異体との結合能が向上するアミノ酸残基変異を探索し、その結果として、F246Q、F246S、Y318A、I320A、I320S、F353T、F353Sといった変異候補が得られた。すなわち、これらの変異により、PhaC酵素変異体が生成するポリマー中の3−ヒドロキシヘキサン酸モノマー種含有率を向上させうると同定され、PhaCac酵素変異体の設計とした。
【0065】
【発明の効果】
ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の基質選択性を本発明を用いて変換することにより、該酵素が生成するポリヒドロキシアルカン酸のモノマー種含有率を、野生型の含有率とは異なるものへと変換調節することができ、所望のモノマー種含有率を有するポリヒドロキシアルカン酸を合成することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【図1】PhaCac酵素とPDB1K8Q酵素との最終配列アラインメント結果。*印は反応触媒残基を示す。
【図2】PhaCac酵素−基質複合体の立体構造モデルの模式図。ただしPhaCac酵素は、N末端利領域である位置1−185およびC末端領域である528−594の残基を除いた、ヒドロラーゼ・ドメインのみを表示してある。基質分子は3−ヒドロキシヘキサン酸−補酵素A複合体である。
【配列表】
Claims (24)
- ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の基質選択性を変換するための酵素改変方法であって、該合成酵素のあらかじめ選択された部位の単数または複数の任意のアミノ酸残基を置換、挿入もしくは欠失またはそれらを組み合わせることにより、該酵素と基質分子の結合エネルギーの大きさを制御することを特徴とする酵素改変方法。
- ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の活性部位を特定する工程と、該活性部位近傍において基質分子と相互作用するアミノ酸残基を決定する工程と、該決定残基に対して基質分子の結合エネルギーの大きさを制御するための変異処理を行う工程を包含する、請求項1に記載の酵素改変方法。
- 前記活性部位を特定する工程において、分子モデリング法による立体構造予測を行い、基質分子を収容するために可能な体積を有するクレフト部を検索し、さらに、類縁酵素タンパク質とのアミノ酸配列比較を行い、該クレフト部を構成するアミノ酸残基の中から機能的に重要であると推定されるアミノ酸残基を抽出する処理をさらに包含する、請求項2に記載の酵素改変方法。
- 前記基質分子と相互作用するアミノ酸残基を決定する工程が、基質分子から12Å以内の距離に存在するアミノ酸残基を選択する処理である、請求項2に記載の酵素改変方法。
- 前記基質分子と相互作用するアミノ酸残基を決定する工程が、酵素触媒残基群から12Å以内の距離に存在するアミノ酸残基を選択する処理である、請求項2に記載の酵素改変方法。
- 前記基質分子と相互作用するアミノ酸残基を決定する工程が、基質分子と接触する空間位置に存在するアミノ酸残基を選択する処理である、請求項2に記載の酵素改変方法。
- ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素が、基質分子として3−ヒドロキシアルカン酸、3−ヒドロキシアルカン酸−補酵素A複合体もしくはポリ(3−ヒドロキシアルカン酸)、またはそれらの組み合わせを利用するポリヒドロキシアルカン酸合成酵素である請求項1〜6に記載の酵素改変方法。
- ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の反応触媒残基が、Cys、AspおよびHisの3種の残基群である請求項1〜7に記載の酵素改変方法。
- ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素が、配列番号1で示されるアエロモナス・キャビエ(Aeromonas caviae)FA440由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素である請求項1〜8に記載の酵素改変方法。
- 配列番号1で示されるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素のアミノ酸残基位置244〜247、位置317〜318、位置320〜321、位置349〜354、位置432〜434、位置474、位置476〜479、位置502、位置504〜505のうち、1つ以上のアミノ酸を置換、挿入もしくは欠失またはそれらを組み合わせることを特徴とする請求項9に記載の酵素改変方法。
- 配列番号1で示されるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素のアミノ酸残基部位、Pro−245、Phe−246、Ile−247、Tyr−318、Ile−320、Leu−350、Phe−353、His−433、Ile−477、Ala−478、Ile−504のうち、1つ以上のアミノ酸を置換、挿入もしくは欠失またはそれらを組み合わせることを特徴とする請求項9に記載の酵素改変方法。
- 配列番号1で示されるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素のアミノ酸残基部位、Phe−246、Tyr−318、Ile−320、Leu−350、Phe−353のうち、1つ以上のアミノ酸を置換、挿入もしくは欠失またはそれらを組み合わせることを特徴とする請求項9に記載の酵素改変方法。
- 配列番号1で示されるポリヒドロキシアルカン酸合成酵素のアミノ酸残基部位の、Phe−246をSer、GlnまたはCysに、Tyr−318をAlaまたはPheに、Ile−320をSer、AlaまたはValに、Leu−350をValに、Phe−353をThr、SerまたはHisに、アミノ酸を1つ以上置換することを特徴とする請求項9に記載の酵素改変方法。
- 請求項1〜13に記載の酵素改変方法により得られたポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体。
- 酵素変異体の反応生成物であるポリヒドロキシアルカン酸のモノマー種含有率が、変異前のポリヒドロキシアルカン酸酵素の反応生成物であるポリヒドロキシアルカン酸のモノマー種含有率とは異なることを特徴とする、請求項14に記載のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体。
- 請求項14または15に記載の酵素変異体をコードするDNA。
- 請求項16に記載のDNAを有するベクター。
- 請求項17に記載のベクターにより形質転換された形質転換細胞。
- 前記形質転換細胞がポリヒドロキシアルカン酸非生産ラルストニア・ユートロファ(Ralstonia eutropha)である、請求項18に記載の形質転換細胞。
- 請求項18または19に記載の形質転換細胞を用いたポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
- 請求項14または15に記載のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体を用いたポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
- 請求項18または19に記載の形質転換細胞を用いた、請求項14または15に記載のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素変異体の製造方法。
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EP1726637A4 (en) * | 2004-03-04 | 2007-09-26 | Kaneka Corp | NEW TRANSFORMER AND METHOD FOR THE PREPARATION OF POLYESTER USING THEREOF |
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