JP2004194550A - 大腸菌を用いたs−ヒドロキシニトリルリアーゼの製造方法 - Google Patents
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Abstract
【解決手段】キャッサバ(Manihot esculenta)由来S−ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子中のコドンを、そのアミノ酸配列を変化させることなく、大腸菌におけるアミノ酸ごとのコドンの使用頻度が5%以上となるように改変した遺伝子である。また、当該遺伝子を使用したS−ヒドロキシニトリルリアーゼの製造方法によれば、極めて効率よく、大量のS−ヒドロキシニトリルリアーゼを製造することができる。
【選択図】 なし
Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、S−ヒドロキシニトリルリアーゼをコードするDNAを含有する遺伝子、該遺伝子を有する組換えベクタープラスミド遺伝子、およびこの組換えベクタープラスミド遺伝子を含む大腸菌に関する。さらに、本発明は、上記遺伝子を組み込んだ組換え大腸菌によるS−ヒドロキシニトリルリアーゼの製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
キャッサバ由来のS−ヒドロキシニトリルリアーゼ(EC 4.1.2.37)は、芳香族または脂肪族のカルボニル化合物とシアン化水素から光学活性なS−シアノヒドリンを合成するために有効な酵素である。本酵素を用いた光学活性シアノヒドリンの合成は、種々の光学活性中間体を合成する上できわめて有用である。しかしながら、本酵素はキャッサバ(Manihot esculenta)、バラゴムノキ(Hevea brasiliensis)などの組織に微量含まれるに過ぎず、工業的に利用することは困難であった。
【0003】
この課題を解決するため、従来、キャッサバ由来のS−ヒドロキシニトリルリアーゼをコードする遺伝子を組み込んだ組換え大腸菌を培養することによって、該酵素を製造した例が知られている(例えば、非特許文献1参照。)。しかし、この方法では、malE遺伝子とHNL遺伝子とをポリリンカーで結合したベクターを用い、大腸菌内で得られた融合タンパク質を単離した後、ポリリンカーのFactorXa部位で切断し、HNLタンパク質を得るため、本来のキャッサバ由来S−ヒドロキシニトリルリアーゼのN末端に数個のアミノ酸が付加した組換えタンパク質となり、タンパク質の折りたたみがうまく起こらず、本来のタンパク質とは異なる性質を示す結果となっていた。また、真核生物由来の遺伝子を原核生物である大腸菌に組み込んでいるため、得られた組換えタンパク質の比活性も十分ではなかった。
【0004】
このため、真核細胞である酵母(サッカロマイセス属もしくはピキア属)を宿主として、バラゴムノキ由来のS−ヒドロキシニトリルリアーゼを同様に遺伝子組換えにより製造した例が知られている(例えば、特許文献1参照。)。しかし、この方法では、培養時間が長期に及ぶうえ、酵母は細胞壁が堅く、細胞破砕による組換えタンパク質の回収が困難であるという問題点があった。
【0005】
また同様に、酵母(サッカロマイセス属もしくはピキア属)を宿主として、酵母エピソーム型発現ベクターを用いることにより、キャッサバ由来のS−ヒドロキシニトリルリアーゼを組換えにより製造した例が知られている(例えば、特許文献2および3参照。)。しかし、この方法においても、比活性は十分ではなかった。
【0006】
【特許文献1】
特表平11−508775号公報
【特許文献2】
特開2000−189159号公報
【特許文献3】
特開2000−189160号公報
【非特許文献1】
Biotechnol. Bioeng. 53, 332-338, 1997
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
このような現状のもと、大量培養が容易で目的とする遺伝子やタンパク質を大量に製造できること、酵母に比べ細胞壁が薄く細胞破砕により容易に組換えタンパク質が得られること、および目的とする遺伝子やタンパク質の精製方法がよく確立されていることなどを考慮すると、大腸菌を用いた遺伝子組換えによるS−ヒドロキシニトリルリアーゼの効率的な製造方法の開発が望まれる。
【0008】
また、単にS−ヒドロキシニトリルリアーゼの発現量を増加させたとしても、大腸菌などの宿主内で外来タンパク質を大量に生産する際には、分子シャペロンなどによる翻訳産物の折りたたみが正常に機能しないため、外来タンパク質の不活性体の塊、いわゆる封入体が形成されることが多い。封入体は、目的物の三次元構造が変化したものであり、目的物本来の活性に影響が現れる。このため、リフォールディング処理などを行う必要が生じる。したがって、このような封入体の形成されない製造方法が望まれる。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、ここで、キャッサバ由来のS−ヒドロキシニトリルリアーゼをコードする遺伝子を、大腸菌において、該タンパク質の翻訳の際にそのアミノ酸配列を変化させることなく、より使用頻度の高いコドンが使用されるように改変することにより、大腸菌において高い翻訳効率を有する遺伝子を作製して、これを大腸菌に組み込むことにより、従来よりも大量にS−ヒドロキシニトリルリアーゼを製造することに成功し、本発明を完成させるに至った。また、該大腸菌を温度0〜35℃で培養することで、発現量を高め、かつ封入体の形成を抑制して、効率的にS−ヒドロキシニトリルリアーゼが製造できることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0011】
本発明の第一は、下記配列番号1で示すキャッサバ由来S−ヒドロキシニトリルリアーゼ(以下、「SHNL」とも称する)遺伝子中のコドンを、そのアミノ酸配列を変化させることなく、大腸菌におけるアミノ酸ごとのコドンの使用頻度が5%以上となるように改変した遺伝子である。
【0012】
【配列番号1】
アミノ酸は、コドンと称される3つの塩基の組み合わせによって特定されるが、一つのアミノ酸に対応するコドンは一つに限定されず、通常複数存在する。例えば、ArgはCGU、CGC、CGA、CGG、AGA、AGGの6種のコドンに対応し、LysはAAA、AAGの2種のコドンにのみ対応する。遺伝子の翻訳の際に使用されるコドンの使用頻度は種によって異なることが知られており、一般に、使用頻度の著しく低いコドンが存在すると、翻訳速度が低下し、発現量も低下する。
【0013】
SHNLはキャッサバ由来であり、キャッサバにおけるコドン使用頻度に応じたコドンが使用されるため、従来、これを大腸菌の遺伝子組換えにより製造する際、原核生物と真核生物との遺伝子の翻訳の際に使用されるコドンの使用頻度に大きな差があり、翻訳効率を低下させる原因となっていた。
【0014】
しかしながら、本発明の遺伝子は、上記配列番号1で示されるSHNLをコードする遺伝子(以下、「Ori遺伝子」とも称する)の塩基配列をもとに、そのアミノ酸配列を変化させることなく、大腸菌におけるアミノ酸ごとのコドンの使用頻度が5%以上となるように改変することで、SHNLの発現量を増加させることができ、また、コードするアミノ酸が変化しないことから、得られるタンパク質は本来のSHNLとアミノ酸配列が全く同じである。
【0015】
本発明において、使用頻度とは、大腸菌体内で発現する全ての遺伝子に含まれる全コドン中の、同種アミノ酸をコードするコドンの使用回数に対する1つのコドンの使用回数の百分率をいう。
【0016】
ここで、改変した遺伝子のコドンのうち、大腸菌における使用頻度が最も低いコドンの使用割合が5%以上、より好ましくは7%以上となるようにする。5%を下回ると発現量の増加が少ない場合があるためである。ここで、本発明におけるコドンの使用頻度としては、表1に示すように、コドンの使用頻度がデータベース化されている大腸菌株、Escherichia Coli K−12 MG1655(XanaGenome(Microbial Genome Database)参照)のコドン使用頻度データを利用するものとする。しかしながら、表1のデータにおける使用頻度とは、発現する全ての遺伝子がもつコドンの平均である。したがって通常ほとんど使用されない遺伝子も頻度算出に用いられているため、このデータに従って遺伝子を改変しても、高発現に充分でない場合がある。そこで、これに加えて、表2に示す、大腸菌由来の高発現遺伝子の一つであるL−アスパルターゼ構造遺伝子のコドン使用回数に従って、さらに使用回数の多いコドンへと改変を行ってもよい。この表は大腸菌のL−アスパルターゼ遺伝子の塩基配列(Nucleic Acids Research, 13(6), 2063-2074)をもとに、その翻訳領域におけるコドンの使用回数を計数し、L−アスパルターゼ遺伝子の全コドンに対する各コドンの百分率を算出し、対応するアミノ酸とともに示したものである。ここで、表2において、例えば「TTT−Phe 2(0.42)」とあるのは、大腸菌由来のL−アスパルターゼ遺伝子においてPheをコードするコドンのうち、TTTによるものは2つあり、該遺伝子の全コドンの0.42%に相当するということを示している。
【0017】
より具体的には、本発明では例えば、Ori遺伝子において、表1に従いArgをコードする使用頻度が2.23%であるコドンAGGを、使用頻度が37.89%であるコドンCGUへ改変し、上記5%以上の範囲内で、さらに表2に従って、例えば使用回数が2回であるPheをコードするコドンTTTを、使用回数が11回であるコドンTTCへ改変し、上記のコドン使用頻度を調整することができる。
【0018】
【表1】
【0019】
【表2】
【0020】
また一般に、組換えタンパク質が生産されると、その毒性などにより細胞が悪影響を受け、結果として最終的な細胞密度が低くなるが、後記実施例に示すように、本発明の遺伝子を低温培養下で発現させると、細胞密度の低下が起こらないばかりか、組換えタンパク質の生産されない非組換え株よりも高い細胞密度を達成することができることを発見した。
【0021】
さらに、本発明の最も好ましい形態は、以下の配列番号2で示されるDNAである。該遺伝子によれば、活性型SHNLの収率に優れる。
【0022】
【配列番号2】
本発明の第二は、上記した本発明の遺伝子を含有する組換えベクタープラスミド遺伝子である。
【0023】
本発明において、組換えベクタープラスミド遺伝子は、上記本発明の遺伝子を、適当な制限酵素で切断した発現用ベクター中に連結することによって調製できる。
【0024】
また、本発明における組換えベクタープラスミド遺伝子の形態としては、プラスミド、コスミド、人工染色体、またはファージなどが挙げられる。さらに、本発明における組換えベクタープラスミド遺伝子は、本発明の遺伝子で形質転換された大腸菌を選択できるような一以上の選択マーカーを含むものであってもよい。このような選択マーカーの例としては、カナマイシン、アンピシリン、テトラサイクリン、クロラムフェニコールなどの抗生物質が挙げられるがこれに限定されない。
【0025】
また、本発明において、組換えベクターは、本発明の遺伝子を発現させるプロモーターまたは他の制御配列、例えば、細菌発現用のリボソーム結合部位、ポリアデニル化シグナル、転写終止配列、上流制御領域、エンハンサー、オペレーターやシグナル配列等が本発明の遺伝子に連結されるものであることが好ましい。このようなプロモーターまたは他の制御配列は、本発明の遺伝子を発現できるものであれば特に制限されることなく、当該分野において既知のものが使用される。具体的には、T7プロモーター、Lacプロモーター、Tacプロモーターなどが挙げられる。組換えベクターは、上記制御配列に加えて、タンパク質の発現を調節できる調節配列を含むものであってもよい。
【0026】
さらに、本発明のより好ましい形態は、本発明の遺伝子を含む組換えベクターとして、ベクターpET、ベクターpKK223−3を用いるものであり、最も好ましくはベクターpETを用いるものである。これは、本発明の遺伝子の効果は組換えタンパク質の翻訳速度を向上させることにあり、したがってDNAからmRNAへの転写速度が律速段階となれば、本発明の遺伝子による生産性向上効果は期待されなくなってしまうため、より強力なプロモーターを有するベクターを探索した結果である。
【0027】
SHNL遺伝子が挿入されたプラスミドの調製方法としては周知の方法を利用することができる。例えば本発明の遺伝子は、通常知られている方法により合成することができ、ベクターに組み込むため、適当な制限酵素の切断部位を両末端に含むように、プライマーを用いてPCR法により増幅してもよい。PCR反応の条件は、当業者が適宜決定することができるが、例えば98℃で30秒間の変性、57℃で15秒間のアニーリング、74℃で30秒間の重合を1サイクルとして30サイクル反応させ、増幅された遺伝子を得ることができる。
【0028】
本発明の遺伝子を含むDNA断片を組換えベクターに挿入するために、上記のベクターに適当な制限酵素を作用させればよく、当該制限酵素は、挿入されるDNA断片とライゲーションし得るような末端を生じるものであれば、いずれのものを用いてもよい。制限酵素による消化反応の反応温度、反応時間などの反応条件は、選択した酵素に応じて適宜条件設定することができる。また、これらのベクターを、必要とあればボイル法、アルカリSDS法などの精製手段により精製し、さらにたとえばエタノール沈殿法、ポリエチレングリコール沈殿法などの濃縮手段により濃縮することができる。
【0029】
前記処理工程において、挿入DNA断片とベクターを消化するための制限酵素の組み合わせとしては、この技術分野でそれ自体公知の組み合わせを適宜使用することができる。
【0030】
次いで、増幅された本発明の遺伝子と前記のベクターを混合し、これにリガーゼ、たとえばT4DNAリガーゼ、大腸菌由来DNAリガーゼを作用させて組換えベクタープラスミド遺伝子を得ることができる。好ましくは市販のライゲーションキット、たとえばライゲーションhigh(東洋紡株式会社製)を用いて、規定の条件にてライゲーション反応を行なうことにより組換えベクタープラスミド遺伝子を得ることができる。
【0031】
次いで、本発明の遺伝子を発現させるため、得られた遺伝子を含む組換えベクタープラスミド遺伝子を用いてコンピテントセルを形質転換させる。本発明におけるコンピテントセルとしては、pETシステムによるタンパク質発現が行えない菌株であって、形質転換効率の高いものであれば制限なく使用することができるが、例えば大腸菌DH5αコンピテントセルを用いることができる。大腸菌DH5αは、毒性を考慮せず菌株構築ができ、また形質転換効率も高いため、本発明において好ましく使用される。本発明の遺伝子を含む組換えベクタープラスミド遺伝子によるコンピテントセルの形質転換には、通常用いられるケミカルコンピテントセル法、エレクトロポレーション法などを用いることができる。
【0032】
本発明の遺伝子により形質転換した大腸菌は、そのベクタープラスミド遺伝子が有するマーカー遺伝子により、例えば、アンピシリン、カナマイシンなどの抗生物質を含むLB培地寒天プレート上でコロニーを形成することにより選抜することができるが、クローニングされた大腸菌が本発明の遺伝子により形質転換されたものかどうかを確認するため、一部を用いて、PCR法によるインサートの増幅確認、またはシーケンサーを用いたダイデオキシ法による配列解析をしてもよい。
【0033】
上記方法で得られた、本発明の遺伝子により形質転換された大腸菌は、適当な培地で培養し、組換えベクタープラスミド遺伝子を大量に得ることができる。培地としては、通常用いられるLB液体培地、M9培地などを用いることができる。また、周知の方法を用いて組換えベクタープラスミド遺伝子を回収することができるが、好ましくは、プラスミド回収キット、例えばQIAprep(登録商標)Spin Mini prep kit(QIAGEN社製)を用いて、規定の条件で組換えベクタープラスミド遺伝子を得ることができる。
【0034】
本発明の第三は、上記した本発明の組換えベクタープラスミド遺伝子を含む大腸菌である。
【0035】
本発明における大腸菌は、本発明の組換えベクタープラスミド遺伝子により、大腸菌を形質転換することによって調製される。使用する大腸菌は、本発明の遺伝子を含むベクタープラスミド遺伝子により形質転換でき、本発明の遺伝子を発現させることができるものであれば、特に制限されることはない。
【0036】
さらに、本発明のより好ましい形態は、本発明の組換えベクタープラスミド遺伝子を含む大腸菌として、BL21(DE3)細胞、BL21plusS細胞、OrigamiB2等を用いるものであり、中でも生産性に優れる点でBL21(DE3)細胞を用いるものが最も好ましい。
【0037】
本発明の第四は、本発明の遺伝子を組み込んだ大腸菌を、通常大腸菌の培養に用いられる37℃よりも低い0〜35℃で培養することを特徴とする、S−ヒドロキシニトリルリアーゼの製造方法である。
【0038】
本発明において、本発明の遺伝子を含む組換えベクタープラスミド遺伝子を、大腸菌に形質転換により導入し、温度0〜35℃で培養することで、活性型SHNLを収率よく、しかも効率的に製造することができる。
【0039】
形質転換体である大腸菌の培養形態は、大腸菌の栄養生理的性質を考慮して培養条件を選択すればよく、多くの場合は液体培養で行うことができる。工業的にはジャーファーメンターなどによる通気攪拌培養を行うのが有利である。
【0040】
培地の栄養源としては、大腸菌の培養に通常用いられるものを広く使用することができる。炭素源としては資化可能な炭素化合物であればよく、例えば、グリセリンなどのポリオール類、またはピルビン酸、コハク酸もしくはクエン酸等の有機酸類を使用することができる。また、窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、例えば、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物、大豆粕アルカリ抽出物、またはアンモニアもしくはその塩などを使用することができる。その他、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、マンガン、亜鉛などの塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミン、消泡剤なども必要に応じて使用してもよい。また、イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシドなどのタンパク質発現誘導剤を必要に応じて培地に添加してもよい。
【0041】
培養温度は菌が成育し、SHNLを生産する範囲で適宜変更してもよいが、本発明では0〜35℃、より好ましくは10〜27℃、特に好ましくは10〜19℃である。一般に、大腸菌は37℃にて培養を行うのが通例であるが、35℃を超えると、封入体、すなわち不活性型SHNLが増加するため、効率的なSHNLの製造が困難となる。一方、0℃を下回ると、菌の増殖速度が著しく低下し、SHNL全量の生産量が低下する。これは、0〜35℃という低温で培養することにより、大腸菌の増殖が抑制され、SHNLの翻訳スピードが低下し、SHNLが本来の三次元構造を形成する時間が確保でき、その結果不活性なSHNLの封入体の形成を抑制して、可溶性の活性SHNLが効率よく得られると考えられるからである。また、低温培養によれば、培養液中の飽和溶存酸素濃度が相対的に高まるばかりではなく、菌体の増殖速度が抑えられることによる酸素消費速度の低下により、溶存酸素濃度が急激に低下せずにエネルギー効率のよい好気的環境が維持される。すなわち、培養液中の溶存酸素濃度は、発現系として使用される宿主の性質に合わせて適宜変更することができるが、本発明のように大腸菌を宿主とする場合、培養液中の溶存酸素濃度を0ppm超に維持するとエネルギー効率を向上させ、少ない栄養源で大量のSHNLを製造することができる。本発明では低温培養により、大腸菌の急激な増殖を抑制することで併せて好気的環境を維持することができ、栄養源利用の効率を向上し、SHNLを高収率で製造することができる。
【0042】
培養時間は条件によって多少異なるが、通常、SHNL活性は、細胞増殖が定常期に入った後に最高値を取り、その後急速に減少する。したがって細胞の増殖が定常に達した時点で細胞回収を行うのが最も好ましく、通常は48〜66時間程度である。また、培地のpHは菌の発育が可能で、生産されたSHNLの活性が損なわれない範囲で適宜変更することができるが、好ましくはpH4〜8程度の範囲である。
【0043】
培養物中のSHNLを回収する方法としては、常法に従って、得られた培養物からろ過、遠心分離などの手段により菌体を採取し、次いで、この菌体を機械的方法、リゾチームなどを用いた酵素的方法または界面活性剤などを用いた化学的処理によって破壊し、また、必要に応じて、EDTA等のキレート剤、界面活性剤などを添加してSHNLを可溶化し、水溶液として分離採取することができる。
【0044】
上記の粗酵素液から、SHNLをさらに精製するには、通常のタンパク質精製法を用いることができる。具体的には、硫安分画法、有機溶媒沈殿法、イオン交換体などによる吸着処理法、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、電気泳動法などを、単独または適宜組み合わせて用いることができる。
【0045】
【実施例】
以下、本発明を実施例をあげて説明するが、本発明は下記実施例に制限されるものではない。
【0046】
〔実施例1〕
上記配列番号2で示される本発明の遺伝子(以下、「Semba遺伝子」とも称する)を組換えベクターに組み込むために、下記PCRプライマーを合成し、Semba遺伝子をテンプレートとしてPCR反応を行った。ここで、テンプレートとして用いた遺伝子は、Semba遺伝子をいくつかのオリゴマーに分け、エスペックオリゴサービス株式会社によりそのオリゴマーごとに作成し、PCR法により連結することによって作製した。下記プライマーには制限酵素NdeIおよびBamHIの切断部位を含ませており、制限酵素NdeIおよびBamHIを用いることで、Semba遺伝子と組換えベクターとの連結を可能とした。
【0047】
<Semba遺伝子用プライマー>
【0048】
【配列番号3】
【0049】
【配列番号4】
この際のPCR反応は、98℃で5分間インキュベートした後、サイクル(98℃で30秒間、57℃で15秒間、74℃で30秒間)で30回インキュベートし、最後に4℃で5分〜1時間インキュベートした。
【0050】
上記PCR産物を通常知られている電気泳動法により解析した結果、Semba遺伝子に相当する遺伝子が含まれていることを確認した。
【0051】
上記Semba遺伝子を大腸菌において発現させるために、強力な遺伝子発現能力を持つT7プロモーターを有するpET21aベクター(Novagen社製)にサブクローニングした。
【0052】
サブクローニングの方法としては、pET21aベクターおよびSemba遺伝子を制限酵素NdeIおよびBamHIで処理した後、ライゲーションhighキット(東洋紡株式会社製)を用いて、規定の方法によりライゲーションを行った。
【0053】
上記で得られた、Semba遺伝子を組み込んだpET21a混合液を用いて、大腸菌DH5αコンピテントセルをトランスフォーメーションした。その後LB寒天培地に塗布し、37℃で12〜16時間インキュベートした。
【0054】
上記LB寒天培地上で生育したそれぞれの形質転換大腸菌のコロニーから任意に10個を選別し、コロニーPCR法によるコロニーの確認を行った。
【0055】
上記においてインサートが挿入されていることが確認されたコロニーをLB液体培地で37℃で8時間培養し、上記と同様にプラスミドを回収した。また、このプラスミドを、pET21a/Sembaと称する。
【0056】
上記で得られたpET21a/Sembaを、大腸菌株BL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換により導入した。また、ここで得られた遺伝子組換え大腸菌を、BL21/pET21a/Sembaと称する。
【0057】
上記で構築された組換え大腸菌株(BL21/pET21a/Semba)を以下の方法により培養し、組換えタンパク質を得た。
【0058】
まず、15mL試験管中でLB培地5mLに菌株1コロニー分を植菌し、培養温度37℃、振盪速度170rpmで12時間、前培養を行った。続いて、500mL坂口フラスコ中でLB培地100mLにそれぞれの前培養液2mLを植菌し、タンパク質発現誘導剤イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)を最終濃度が1mMになるように添加後、培養温度37℃、振盪速度130rpmで12時間、本培養を行った。
【0059】
上記培養後、培養液の最終細胞密度の測定を、660nmにおける吸光度を測定することにより行った。その後培養液を回収し、遠心分離(15000rpm、5分間)して菌体細胞を得た。得られた細胞はクエン酸Naバッファー中で超音波処理により破砕した。破砕処理液は遠心分離(15000rpm、5分間)により、可溶性上清と不溶性沈殿に分離した。
【0060】
上記で得られた可溶性上清を用いて、文献(特開2000−189160)の方法によりSHNLの活性測定を行った。
【0061】
〔比較例1〕
上記配列番号1で示すOri遺伝子を、文献(Arch. Biochem. Biophys. 311, 496-502, 1994)にしたがって入手した。
【0062】
次いで、該Ori遺伝子のクローニングを文献(特開2000−189160)の方法で行った。
【0063】
Ori遺伝子について、上記実施例1と同様の方法により遺伝子組換え大腸菌株の構築、培養、最終細胞密度の測定およびSHNLの活性測定を行った。なお、実施例の場合と制限酵素が異なるが、発現ベクターpET21aのプロモーター活性などの性質に影響を及ぼすものではない。ここで得られた組換え大腸菌を、BL21/pET21a/Originalと称する。
【0064】
また、インサートを含まないpET21aベクターを組み込んだBL21(DE3)を調製した。これをBL21/pET21a/Controlと称する。該細胞も実施例1と同じ条件で培養して最終細胞密度の測定および活性測定を行った。これらの結果を表3に示す。
【0065】
<Ori遺伝子用プライマー>
【0066】
【配列番号5】
【0067】
【配列番号6】
【0068】
【表3】
【0069】
〔実施例2〕
実施例1で構築した遺伝子組換え大腸菌BL21/pET21a/Sembaを用い、以下の方法でさらに低温培養(27℃、22℃、19℃、17℃)を行った。
【0070】
まず、15mL試験管中でLB培地5mLにそれぞれの菌株1コロニー分を植菌し、培養温度37℃、振盪速度170rpmで12時間、前培養を行った。続いて、500mL坂口フラスコ中で栄養培地(培地組成:蒸留水1L中、グリセロール40g、硫酸アンモニウム((NH4)2SO4)10g、リン酸二水素カリウム(KH2PO4)2g、リン酸水素二カリウム(K2HPO4)6g、酵母抽出物40g、硫酸マグネシウム(MgSO4)1g、アデカノール20滴、pH6)100mLにそれぞれの前培養液2mLを植菌し、タンパク質発現誘導剤イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)を最終濃度が1mMになるように添加後、振盪速度130rpm、培養温度27℃、22℃、19℃および17℃で、培養が定常に達するまで本培養を行った。
【0071】
上記培養後、培養液の最終細胞密度を実施例1と同様の方法により測定した。また、培養液を回収し、遠心分離後、破砕により、可溶性上清と不溶性沈殿に分離した。
【0072】
ここで得られた可溶性上清を用いて、実施例1と同様の方法によりSHNLの活性測定を行った。この結果を表4に示す。
【0073】
〔比較例2〕
実施例2の比較例として、実施例2と同様の遺伝子組換え大腸菌BL21/pET21a/Sembaを用いて、培養温度を37℃で行った以外は上記実施例2と同様の方法により、培養、最終細胞密度の測定およびSHNLの活性測定を行った。これらの結果を表4に示す。
【0074】
【表4】
【0075】
また、上記で得られた可溶性上清および不溶性沈殿について、周知の方法によりSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)を行い、タンパク質の解析を行った。ここでSDS−PAGEは、1ウェルあたり20μLで、OD値が一定となるように希釈してアプライした。この結果を図1に示す。
【0076】
〔実施例3〕
培養温度によって、培養液中の溶存酸素濃度にどのような影響が現れるのかを解析するために、BL21/pET21a/Sembaを用いて、以下の方法で培養を行った。
【0077】
まず、500mL坂口フラスコ中で実施例2に記載の栄養培地100mLに、実施例1で構築した形質転換大腸菌BL21/pET21a/Semba2mLを植菌し、培養温度37℃、振盪速度130rpmで12時間、前培養を行った。続いて、2Lジャーファーメンター中で実施例2に記載の栄養培地1200mLにそれぞれの前培養液25mLを植菌し、タンパク質発現誘導剤イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)を最終濃度が1mMになるように添加後、振盪速度680rpm、通気量1vvm、培養温度17℃で本培養を行った。ここで培養時間は、培養が定常に達するまでとした。
【0078】
また、上記培養中、6時間ごとに培養液を回収し、遠心分離後、破砕により、可溶性上清と不溶性沈殿に分離した。
【0079】
上記の培養中、6時間ごとに得られた培養液について、細胞密度および溶存酸素濃度(DO)の測定を行った。この結果を図2に示す。
【0080】
〔比較例3〕
実施例3と同様の遺伝子組換え大腸菌BL21/pET21a/Sembaを用いて、培養温度を37℃で行った以外は上記実施例3と同様の方法により培養し、最終細胞密度を測定した。また、酸素電極(丸菱バイオエンジ社製)を有する溶存酸素計を用いて溶存酸素濃度の測定を行った。これらの結果を図2に示す。
【0081】
結果:
表1からわかる通り、インサートの違いにより最終細胞密度およびSHNL活性値に大きな差が見られた。活性はインサートのある2株で確認され、細胞単位あたりの酵素生産能力を示す比活性値は、Semba遺伝子をインサートに持つ株のほうがOri遺伝子をインサートに持つ株よりも2倍以上高かった。したがって、コドン改変の効果により、Semba遺伝子では組換えSHNLの生産能力が上昇することが示された。
【0082】
また、表4からわかる通り、培養温度を低温で行う事により活性値および比活性値は大きく上昇した。培養を37℃で行った場合の比活性は僅かに0.17u/mg-proteinである。しかし培養温度を17℃に設定する事で比活性は29.08u/mg-proteinと、37℃の170倍に増加した。また、37〜27℃で培養した場合には、比較的早い段階で比活性増加は停滞し、次いで減少が始まった。低温で培養した場合長時間に渡り比活性の増加が継続した。
【0083】
図1からわかる通り、温度の違いにより、生産されたSHNLの可溶性画分と不溶性画分の割合が変化している事が分かった。37℃では、ほぼ100%不溶性にバンドが出現しているが、22℃、19℃においては可溶性、不溶性の割合がほぼ半々となり、17℃では可溶性の割合が著しく増加した。また、低温で培養することで、SHNLの総生産量も飛躍的に増加した。これらの結果から、低温で培養することによって、不溶性の封入体の形成が抑制され、活性の可溶性SHNLタンパク質が大量に生産されることが示された。
【0084】
図2からもわかる通り、最終細胞濃度は37℃でOD値30に対し、17℃ではOD値54と、2倍近い値であった。また、37℃培養と比較して17℃における比増殖速度は8分の1程度であった。また、培養液中の溶存酸素濃度は、37℃では培養5時間めには0になるのに対し、17℃では培養終了まで0にはならなかった。この結果より、低温培養においては系が好気環境に維持され、細胞のエネルギー効率が低下せず、SHNLが効率よく生産されるということが示された。
【0085】
【発明の効果】
本発明によれば、キャッサバ由来のSHNL遺伝子を改変することにより、組換え大腸菌での生産が容易になる遺伝子が提供される。また、本発明における、当該遺伝子を用いたSHNLの製造方法によれば、組換えSHNLの封入体形成を抑制できることから、大腸菌を用いて可溶性の活性型SHNLを大量に生産させることができ、しかも組換え大腸菌を高密度で培養することが可能となる。また、培養中の溶存酸素を枯渇させることなく培養できることから、本発明はエネルギー効率の面からも有用である。
【0086】
上記SHNLの製造方法により、極めて効率よく、大量のSHNLを製造することができるため、光学活性シアノヒドリンの合成、および種々の光学活性中間体の合成への応用が期待される。
【0087】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】実施例2で得られた可溶性上清および不溶性沈殿について、SDS−PAGE法を用いてタンパク質の発現を解析した図である。
【図2】実施例3の細胞密度および溶存酸素濃度の測定の結果得られた、ジャーファーメンター培養における培養温度と細胞密度および溶存酸素濃度の関係を示す図である。
Claims (6)
- キャッサバ(cassava, Manihot esculenta Crantz)由来S−ヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子中のコドンを、そのアミノ酸配列を変化させることなく、大腸菌におけるアミノ酸ごとのコドンの使用頻度が5%以上となるように改変した遺伝子。
- 配列番号2の塩基配列からなるDNA 。
- 請求項1または2に記載の遺伝子を含有する組換えベクタープラスミド遺伝子。
- pETベクターに請求項1または2に記載の遺伝子を挿入した組換えベクタープラスミド遺伝子。
- 請求項3または4に記載の組換えベクタープラスミド遺伝子を含む大腸菌。
- 請求項5に記載の大腸菌を温度0〜35℃で培養し、得られた培養物からS−ヒドロキシニトリルリアーゼを採取する、当該酵素の製造方法。
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