pp28は、HCMVの構造タンパク質のうちのひとつである28 kDaのリンタンパク質であり、UL99遺伝子にコードされていることからUL99と呼ばれることもある。配列番号2に示されるアミノ酸配列は、HCMV AD169株が有するpp28のアミノ酸配列であり、GenBankにもX17403(complete genome)等のアクセッション番号で登録されている。配列番号2のアミノ酸配列をコードするウイルスDNAの塩基配列を配列番号1に示す。
本発明では、配列番号2に示すアミノ酸配列から成る人工のpp28を抗原として用いる。あるいは、配列番号2のアミノ酸配列のうち少数のアミノ酸残基が置換され、欠失され、挿入され及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つ、HCMVが産生するpp28に対し生体内で誘導された抗体と抗原抗体反応により結合する反応性を有する人工のポリペプチドを抗原として用いる。後者のポリペプチドは、配列番号2との同一性が90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上である。後者のポリペプチドとしては、配列番号2のアミノ酸配列のうち1個又は数個のアミノ酸残基が置換され、欠失され、挿入され及び/又は付加されたアミノ酸配列から成るものも好ましい。
実施例では、配列番号2に示すアミノ酸配列から成るpp28全長タンパク質のみを抗原として用いて、HCMV感染患者由来の100検体を全て検出可能であった。ウイルスはゲノムの変異が頻繁であり、pp28のアミノ酸配列についても臨床分離株で種々の変異配列が見出されている。そのため、これらの検体を採取した100人の感染患者間でも、HCMVのpp28のアミノ酸配列には一部相違があるものと考えられる。そのような種々のアミノ酸配列から成る天然のpp28に対して生体内で誘導された抗体であっても、いずれも、配列番号2に示すアミノ酸配列から成るポリペプチドと反応して検出されるのであるから、配列番号2とはアミノ酸配列に一部相違があるポリペプチドを抗原とした場合であっても、やはり同様にpp28に対する抗体(抗pp28抗体)を検出できると考えられる。配列番号2との同一性が十分に高いポリペプチドであれば、HCMV感染者体内で誘導された抗pp28抗体との反応性が、もとの配列番号2から成るpp28と同等である蓋然性が高い。
なお、任意のアミノ酸配列から成るポリペプチドが、HCMVが産生するpp28に対し生体内で誘導された抗体と抗原抗体反応により結合する反応性を有するかどうかは、例えば、既知のHCMV感染患者から分離した血清等の試料とそのポリペプチドとを反応させることで容易に確認できる。血清中に存在する抗体とポリペプチドとの結合が確認できれば、該ポリペプチドは上記した反応性を有すると判断できる。
ここで、アミノ酸配列の「同一性」とは、比較すべき2つのアミノ酸配列のアミノ酸残基ができるだけ多く一致するように両アミノ酸配列を整列させ、一致したアミノ酸残基数を全アミノ酸残基数で除したものを百分率で表したものである。上記整列の際には、必要に応じ、比較する2つの配列の一方又は双方に適宜ギャップを挿入する。このような配列の整列化は、例えばBLAST、FASTA、CLUSTAL W等の周知のプログラムを用いて容易に行なうことができる。ギャップが挿入される場合、上記全アミノ酸残基数は、1つのギャップを1つのアミノ酸残基として数えた残基数となる。このようにして数えた全アミノ酸残基数が、比較する2つの配列間で異なる場合には、相同性(%)は、長い方の配列の全アミノ酸残基数で、一致したアミノ酸残基数を除して算出される。
なお、天然のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸は、低極性側鎖を有する中性アミノ酸(Gly, Ile, Val, Leu, Ala, Met, Pro)、親水性側鎖を有する中性アミノ酸(Asn, Gln, Thr, Ser, Tyr, Cys)、酸性アミノ酸(Asp, Glu)、塩基性アミノ酸(Arg, Lys, His)、芳香族アミノ酸(Phe, Tyr, Trp)のように類似の性質を有するものにグループ分けでき、これらの間での置換であればポリペプチドの性質が変化しないことが多いことが知られている。従って、配列番号2の少数のアミノ酸残基がこれらの各グループ内で置換されている場合には、HCMVが産生するpp28に対して生体内で誘導された抗体との反応性が、もとの配列番号2のアミノ酸配列から成るポリペプチドと同等である可能性が特に高い。このように置換されたアミノ酸配列から成るポリペプチドは、本発明で抗原として用いられるポリペプチドのうち、配列番号2とは異なるアミノ酸配列から成るものの好ましい一例である。
「人工のポリペプチド」とは、化学合成、遺伝子工学的手法その他の方法で人為的に製造されたポリペプチドであり、HCMVに感染した細胞内でHCMVゲノムから発現し産生されたタンパク質を回収したものは包含されない。pp28のアミノ酸配列及びこれをコードする塩基配列は、上記した通りデータベースに登録され公知であり、本願配列表にも記載されている。また、各アミノ酸をコードするコドンは公知であるから、特定のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドの塩基配列は容易に特定することができる。従って、配列番号2とは異なるアミノ酸配列から成るポリペプチドであっても、それをコードするポリヌクレオチドの塩基配列を容易に特定できる。本発明で抗原として用いるポリペプチドは、これらの配列情報に基づき、いずれの方法によっても製造することができる。
化学合成法の具体例としては、例えばFmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)等を挙げることができる。また、各種の市販のペプチド合成機を利用して常法により合成することもできる。化学合成の場合は、アミノ酸配列のみに基づいて所望のポリペプチドを合成できる。
遺伝子工学的手法によるポリペプチドの作製方法も周知であり、簡単に記載すると、上記ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを調製し、該ポリヌクレオチドを適当な発現ベクターに組み込み、適当な発現系を使用して発現させ、これを回収・精製することにより、目的とする抗原ポリペプチドを組換えポリペプチドとして得ることができる。本発明で抗原として用いるポリペプチドは百数十残基以上のサイズを有するので、低コストで大量合成するためには遺伝子工学的手法により大腸菌等の宿主細胞を用いて組換えポリペプチドを作製することが好ましい。使用する宿主細胞の種類に応じて、組換えポリペプチドは各種の翻訳後修飾(N末端メチオニンの脱離、N末端アセチル化、糖鎖付加、細胞内プロテアーゼによる限定分解、ミリストイル化、イソプレニル化、リン酸化など)を受け得るが、そのような翻訳後修飾された形態のポリペプチドも、HCMVが産生するpp28に対し生体内で誘導された抗体との反応性を有する限り、本発明の方法で抗原として使用できる。
配列番号2に示すアミノ酸配列から成るポリペプチドを遺伝子工学的手法で作製する場合、該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド(配列番号1)は、例えば、配列番号2のアミノ酸配列から成るpp28を有するHCMV(AD169株等)を適当な宿主細胞に感染させ、この感染細胞からウイルスDNAを抽出し、PCRによりDNAを合成することで調製できる。PCRに使用するプライマーは、当業者であれば、配列番号1に示した塩基配列に基づいて容易に設計・調製でき、例えば実施例で用いている配列番号3及び4に示す塩基配列から成るプライマーを使用できる。他のアミノ酸配列から成るpp28を発現するHCMV株を用いれば、配列番号2とは異なるアミノ酸配列から成るポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを調製できる。また、所望のアミノ酸配列から成るポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、市販の核酸合成機を用いて、又は上記の通りに調製したDNAに常法により適宜変異を導入して得ることができる。調製したポリヌクレオチドを適当なベクターに組み込み、適当な発現系にて発現させ、これを回収・精製することで、所望のポリペプチドを得ることができる。用いるベクターや各種の発現系(細菌発現系、酵母細胞発現系、哺乳動物細胞発現系、昆虫細胞発現系、無細胞発現系など)も周知であり、種々のベクターや宿主細胞、試薬類、キットが市販されているため、当業者であれば適宜選択して使用することができる。HCMV株も市販されており、また、感染患者から分離して得ることもできるので、入手は容易である。ウイルスDNAの抽出、PCR、ベクターへのDNAの組み込み、宿主細胞へのベクターの導入、発現させたポリペプチドの回収・精製等の手法自体は周知の常法である。
下記実施例に具体的に記載されるように、配列番号2に示すアミノ酸配列から成る組換えポリペプチドは、大腸菌発現系を用いて発現させることができ、この発現させたポリペプチドは、例えばpp28と特異的に結合するモノクローナル抗体を固定化した抗体カラムを用いて簡便に精製できる。こうして得られた組換えポリペプチドを免疫測定の抗原として用いると、HCMV感染患者を漏れなく全て検出できる。なお、モノクローナル抗体の作製方法は周知の常法であり、当業者であれば容易に作製できる。例えば、下記実施例にも記載されるように、不活化ウイルスを動物に免疫し、該動物から脾細胞等の抗体産生細胞を採取し、これをミエローマ細胞と融合させてハイブリドーマを作製し、所望の結合性を有する抗体を産生するハイブリドーマを選択して増殖させることで、培養上清からpp28に特異的に結合するモノクローナル抗体を回収することができる。
免疫測定自体はこの分野で周知である。免疫測定を反応様式で分類すると、サンドイッチ法、競合法、凝集法、イムノクロマト法、ウェスタンブロット法等があり、標識で分類すると、放射免疫測定、蛍光免疫測定、酵素免疫測定(EIA)、ビオチン免疫測定等がある。また、抗原を用いた抗体検査法も各種の手法が知られており、具体例としては、これらに限定されないが、EIA(ELISA、CLEIA(化学発光酵素免疫測定法)、ウエスタンブロット等)、凝集法(ラテックス凝集法等)、補体結合反応(CF)等が挙げられる。本発明の方法で試料中の抗pp28抗体を測定する際には、公知の免疫測定法のいずれを用いてもよい。なお、本発明において、「測定」という語には、検出、定量及び半定量が包含される。
免疫測定において用いる際には、上記した人工ポリペプチド抗原は、任意のアミノ酸配列が片末端又は両末端に付加された形態で(そのような付加配列を含んだアミノ酸配列から成るポリペプチドとして)使用することができる。この分野において、異なるタンパク質と融合させた融合タンパク質であっても、一方のタンパク質を認識する抗体で検出可能であることは広く知られた事実である。従って、このような形態で上記人工ポリペプチドを用いても、試料中の抗pp28抗体を免疫測定することができる。例えば、他のタンパク質との融合タンパク質の形態で用いた場合でも、その融合タンパク質の中で抗pp28抗体の抗原として機能しているのは上記人工ポリペプチドの部分であるから、「人工のポリペプチドを抗原として用いる」ことに包含される。このように、上記人工ポリペプチド抗原を任意のアミノ酸配列が片末端又は両末端に付加された形態で用いる場合も、本発明の方法に包含される。上記人工ポリペプチドに付加されるアミノ酸配列は、何らかの機能性タンパク質又はその機能性断片を構成するものであってよいし、リンカー等の生理活性のない配列であってもよい。組換えポリペプチドの場合は、製造工程でGSTやHis等のタグ配列が付加されることがあるが、そのようなタグ配列が付加されたままの状態であっても抗原として使用可能である。
例えば、ELISAやCLEIAの場合には、上記人工ポリペプチド抗原を、それぞれプレートまたは粒子等に固相化し、これを試料と反応させて試料中の抗pp28抗体を固相上に捕捉し、洗浄後、酵素標識された抗IgG抗体及び/又は抗IgM抗体と反応させ、洗浄後、基質物質を添加する。酵素反応量に基づき、固相上に捕捉された抗pp28抗体を測定することができる。ウエスタンブロットの場合には、上記人工ポリペプチド抗原を電気泳動後メンブレンに転写し、このメンブレンを試料と反応させた後、上記と同様に酵素標識された抗IgG抗体及び/又は抗IgM抗体と反応させればよい。凝集法の場合には、例えばラテックス粒子等に上記人工ポリペプチド抗原を固定化し、これを試料と反応させ、粒子の凝集量を吸光度等により測定すればよい。
生体内でHCMVに対して誘導される抗体は主にIgGとIgMである。初感染の場合、まずIgMが上昇し、感染数日後にピークに達してそれ以後は減少、IgGは感染後1週間程度で上昇し始め以後長期間持続する。従って、試料中の抗pp28抗体をIgGとIgMに分けて検出可能な手法の場合(例えば上記のELISAやウエスタンブロット等)、HCMV感染を確実に検出する観点からは、抗原で補足した抗pp28抗体の検出に抗IgG抗体及び抗IgM抗体の両者を用いることが好ましい。
本発明の方法が適用される試料は、被検者から分離された試料であり、好ましくは血液試料(全血、血漿、血清等)である。
本発明の方法を実施する際には、上記人工ポリペプチド以外のHCMV抗原タンパク質又はその断片を同時に用いてもよい。例えば、ELISAの場合には、抗原を全て混合してプレートに固相化するか、又は別個のウェルにそれぞれ固相化し、これを試料と反応させてもよい。CLEIAの場合には、抗原を全て混合して粒子に固相化し、これを試料と反応させてもよい。ウエスタンブロットの場合には、例えば抗原を全て混合して電気泳動した後にメンブレンに転写し、これを試料と反応させてもよい。凝集法の場合には、混合した抗原を粒子に固定化するか、又は抗原をそれぞれ単独で固定化した粒子を混合し、この粒子を試料と反応させてもよい。
上記した人工のポリペプチドは、HCMV感染の検出試薬として提供することができる。該試薬は、上記したポリペプチドのみを含んでいてもよいし、pp28以外の1種以上の抗原タンパク質又はその断片をさらに含んでいてもよい。また、これらのポリペプチドの安定化等に有用な他の成分をさらに含んでいてもよい。さらにまた、抗原ポリペプチドがプレートや粒子等の固相上に固定化された形態で提供することもできる。
上記検出試薬は、他の試薬類等と適宜に組み合わせてHCMV感染の検出キットとして提供することができる。免疫測定に必要な他の試薬類は周知である。例えば、本発明の検出キットには、上記した検出試薬の他、サンプル希釈液又は洗浄液等として使用可能な緩衝液、抗原ポリペプチドに結合した抗体を検出するための標識抗免疫グロブリン抗体等を含み得る。
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
1.抗原候補の選択
HCMVタンパク質のうち15種類(下記表1)のタンパク質について、小麦胚芽無細胞発現系により全長タンパク質を合成した。合成にはセルフリーサイエンス社のProtemist DTを使用した。ベクターに挿入するインサートDNAは、HCMV AD169株(理研バイオリソースセンターより購入)をMRC-5細胞に感染させ、この感染細胞からウイルスDNAを抽出し、市販のキットを用いたPCRにより、各全長タンパク質をコードするDNAを増幅して得た。SP6プロモーターを含むプラスミドベクターに各DNAをクローニングし、得られたプラスミドDNAを用いて、5mLの反応系(プラスミドDNA 25μg)にて37℃、6時間の転写反応及び15℃、20時間の翻訳を行ない、それぞれの全長タンパク質を合成した。なお、pp28のDNAの増幅には、配列番号3及び4に示す塩基配列から成るプライマー(それぞれ、BamHI認識配列及びNotI認識配列を含む)を使用し、Pfu Ultra DNA plymerase(Agilent Technologies社)を用いて95℃2分間の変性処理、95℃20秒-55℃20秒-72℃1分を30サイクル、最後に72℃3分間の反応条件でPCRを行なった。
2.候補抗原の決定
上記で合成した各全長タンパク質について、ウエスタンブロット法によりHCMV感染患者血清100例との反応性を調べた。各全長タンパク質を電気泳動してメンブレンに転写し、メンブレンをHCMV感染患者血清100例と反応させた後、anti-Human IgG + IgMにて検出した。その結果、下記表2に示す通り、pp150, pp28, gp130の3種類が100%の反応性を示した。
3.大腸菌発現系による抗原の作製
組換えタンパク質の大量生産のためには大腸菌発現系を利用することが望ましい。そこで、100%の反応性を示した3種類の抗原について、常法の大腸菌発現系を用いて全長タンパク質の作製を検討した。上記で調製した各抗原タンパク質をコードするcDNAを大腸菌用の発現ベクターに組み込み、大腸菌に導入して発現させた。その結果、pp28の発現を確認することができた。一方、pp150, gp130(膜タンパク質)は大腸菌で発現不可能であった。
大腸菌で発現できたpp28は、抗体カラムを用いて精製を行なった。不活化ウイルスをマウスに免疫して常法によりpp28抗原特異的モノクローナル抗体を作製し、この抗体をCNBr-Activated Sepharose 4Bカラム(GE Healthcare社)に固定化して精製用の抗体カラムとした。その結果、一回のカラム処理のみで、大腸菌由来タンパク質のコンタミもなくpp28タンパク質を精製することができた(図1)。この組換えpp28タンパク質によっても、HCMV感染患者を100%検出することができた。