JPWO2010098505A1 - 新規な光学活性マンデル酸及びその誘導体の製造方法 - Google Patents
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Abstract
Description
最近の医薬品はしだいに複雑な化学構造をもつものが増加し、不斉中心も1つではなく、多いものでは4〜5個、あるいはそれ以上のものも少なくない。したがって、これらの化合物を合成するには1つの出発原料から最終製品まで順次合成を進めるのではなく、最終化合物をいくつかの成分に分割してそれぞれを別途に合成し、最後に結合して製品とする方法を採用することが効率的である。その結果、光学活性医薬中間体の需要が世界的に増加している。
生化学反応を利用して合成反応を行う触媒を総称して生体触媒とよぶ。近年、生体触媒が光学活性体合成のための触媒として利用されている。有用化合物の合成には、生体触媒として、単一の酵素から複数の酵素系、微生物の菌体、及び動植物培養細胞などが使われている。
これまでの一般的な生体触媒に加え、最近では新しい生体触媒が多数登場しはじめている。さまざまな生物から単離して得られるだけであった酵素も最近では、遺伝的に手を加えたものも現れてきた。補酵素のリサイクリングを必要とする酸化還元酵素は単離酵素ではなく、菌体を使うと、菌体内の酵素系で再生が可能であり実用的である。しかしながら、菌体には多くの酵素が存在するために、立体選択性が悪くなる場合も多い。このような場合に他の菌体の酵素の遺伝子を導入し、大量に発現させることにより、収率及び立体選択性を向上させることができる。また、補酵素再生系が弱い場合はその酵素も導入して反応速度を上昇させうる。
光学活性マンデル酸誘導体は、医薬中間体として有用である。例えば、マンデル酸のR体は、セファロスポリン系抗生物質「セファマンドール」の側鎖修飾剤として用いられる。また、o−クロロマンデル酸のR体は、抗血小板剤「クロピドグレル」や抗真菌剤の原料となる。
光学活性マンデル酸誘導体を製造する方法として、以下のような方法が知られている。
(a) ラセミ体の分別結晶による光学分割法(特許文献1を参照)
(b) クロマトグラフィーによる光学分割法(非特許文献1を参照)
(c) ラセミ体の一方を酸化することにより光学活性体を得る方法(特許文献2を参照)
(d) ニトリラーゼを用いる方法(特許文献3及び4を参照)
(e) ヒドロキシルニトリルリアーゼを用いる方法(特許文献5を参照)
(f) ベンゾイルギ酸誘導体の還元法(特許文献6及び7を参照)
(g) 微生物を用いる方法(特許文献8を参照)
上記の(a)、(b)及び(c)の方法は、目的とする鏡像異性体を回収する一方で、不要な鏡像異性体を利用できないため、原料の半分を失う結果になる。つまり、原料を有効に利用できないため、コストを高める原因となる。不要な鏡像異性体を回収して、ラセミ化することで原料として再利用する方法も報告されているが、操作が煩雑である。上記(d)の方法は、原料としてマンデロニトリル誘導体を必要とする。マンデロニトリル誘導体の合成には、シアン化ナトリウムが必要であり、そのシアン化ナトリウムは、ニトリラーゼを阻害するため、シアン化ナトリウム濃度のコントロールが必要となり、工業的な生産には適していない。上記(e)の方法は、原料としてベンズアルデヒドとシアン化水素を原料とする。シアン化水素は人に対する毒性が高く、また、酵素に対する毒性も高いため、工業的な生産には適していない。また、上記(f)の方法は、高い光学純度と収率でマンデル酸誘導体が得られるものの、ベンゾイルギ酸誘導体が不安定で光学活性マンデル酸誘導体より高価なことからコスト的に成立しないプロセスである。さらに、上記(g)の方法においては、1種類の天然由来の微生物を用いており、長時間の培養を必要とし、酵素活性の点から高濃度の基質を用いることができず、短時間で効率的に大量の光学活性マンデル酸を製造することはできなかった。さらに、100%の光学活性純度を達成することもできなかった。このように、従来の技術にはそれぞれ問題点がある。
本発明者らは、従来の光学活性マンデル酸及びその誘導体の製造方法の問題点を解消し、新たな光学活性マンデル酸及びその誘導体の製造方法を開発すべく鋭意検討を行った。
本発明者等は、生体触媒として、光学活性マンデル酸及びその誘導体の合成に関与する3種類の酵素遺伝子を導入し共発現させた大腸菌を用いて、3種類の酵素反応を組み合わせることにより、デラセミ化反応(ラセミ体を100%の収率で一方の鏡像体に変換する反応)によりマンデル酸及びその誘導体をデラセミ化することができると考えた。3種類の酵素として、ラセミ体マンデル酸誘導体のうちS体のみを立体選択的に酸化し、ベンゾイルギ酸誘導体を生成するマンデル酸オキシダーゼ(MOX)、補酵素NADHを消費してベンゾイルギ酸誘導体を立体選択的に酸化し、マンデル酸誘導体のR体のみを生成する(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ((R)−MDH)及びグルコースを酸化してグルコン酸を生成し、補酵素NADHを再生するグルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)等の補酵素再生系酵素を用いて、検討を行い上記の3種類の酵素をコードする遺伝子を導入した組換え大腸菌を用いることにより効率的にマンデル酸及びその誘導体のデラセミ化を行い、光学活性マンデル酸及びその誘導体を製造できることを見出した。本発明者等は、MOXと(R)−MDH及びGDHをコードする遺伝子を導入し、共発現させた大腸菌を「デラセミ化工場」と呼び、3段階に分けて構築した。まず、1段階目として、MOXをコードする遺伝子を導入し発現させた大腸菌である「酸化工場」を構築した。次いで、2段階目として、(R)−MDHをコードする遺伝子及びGDHをコードする遺伝子を導入し共発現させた大腸菌である「還元工場」を構築した。最後に、3段階目として、上記の酸化工場と還元工場とを組み合わせてデラセミ化工場を構築し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] ラセミ体のマンデル酸又はその誘導体をデラセミ化して光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法であって、マンデル酸オキシダーゼ、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素をコードする遺伝子を導入した形質転換微生物を、補酵素再生系酵素の基質及び酸化型補酵素の存在下でラセミ体のマンデル酸又はその誘導体に作用させデラセミ化することを含む、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法であって、マンデル酸又はその誘導体が下記式(I)で表される、形質転換微生物:
(式中Xは水素原子又はアルカリあるいはアルカリ土類金属を表し、Rはオルト位、メタ位又はパラ位が一個又は複数個置換されていることを意味し、置換基は水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜3個のアルキル基、アルコキシ基又はチオアルキル基、アミノ基、ニトロ基、メルカプト基、フェニル基、又はフェノキシ基を表す)。
[2]酵素再生系酵素が、グルコースデヒドロゲナーゼ、ヒドロゲナーゼ、ギ酸デヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ及びグルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼからなる群から選択される、[1]の光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法。
[3] 形質転換微生物がマンデル酸オキシダーゼをコードする遺伝子を挿入した発現ベクター並びに(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素をコードする遺伝子を挿入した2遺伝子発現ベクターの2種類の発現ベクターを用いて形質転換される、[1]又は[2]の光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法。
[4] マンデル酸オキシダーゼ、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素が微生物由来である、[1]〜[3]のいずれかの光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法。
[5] 補酵素再生系酵素がグルコースデヒドロゲナーゼである、[1]〜[4]のいずれかの光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法。
[6] マンデル酸オキシダーゼがシュードモナス(Pseudomonas)属微生物由来であり、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼがエンテロコッカス(Enterococcus)属微生物由来であり、補酵素再生系酵素がバシラス属(Bacillus)微生物由来である、[1]〜[5]のいずれかの光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法。
[7] 形質転換微生物が大腸菌である、[1]〜[6]のいずれかの光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法。
[8] ラセミ体のマンデル酸又はその誘導体をデラセミ化して光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、マンデル酸オキシダーゼ、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素をコードする遺伝子を導入した形質転換微生物であって、マンデル酸又はその誘導体が下記式(I)で表される、形質転換微生物:
(式中Xは水素原子又はアルカリあるいはアルカリ土類金属を表し、Rはオルト位、メタ位又はパラ位が一個又は複数個置換されていることを意味し、置換基は水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜3個のアルキル基、アルコキシ基又はチオアルキル基、アミノ基、ニトロ基、メルカプト基、フェニル基、又はフェノキシ基を表す)。
[9] 補酵素再生系酵素が、グルコースデヒドロゲナーゼ、ヒドロゲナーゼ、ギ酸デヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ及びグルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼからなる群から選択される、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、[8]の形質転換微生物。
[10] 形質転換微生物がマンデル酸オキシダーゼをコードする遺伝子を挿入した発現ベクター及び(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素をコードする遺伝子を挿入した2遺伝子発現ベクターの2種類の発現ベクターを用いて形質転換された、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、[8]又は[9]の形質転換微生物。
[11] マンデル酸オキシダーゼ、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素が微生物由来である、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、[8]〜[10]のいずれかの形質転換微生物。
[12] 補酵素再生系酵素がグルコースデヒドロゲナーゼである、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、[8]〜[11]のいずれかの形質転換微生物。
[13] マンデル酸オキシダーゼがシュードモナス(Pseudomonas)属微生物由来であり、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼがエンテロコッカス(Enterococcus)属微生物由来であり、補酵素再生系酵素がバシラス属(Bacillus)微生物由来である、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、[8]〜[12]のいずれかの形質転換微生物。
[14] 大腸菌である、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、[8]〜[13]のいずれかの形質転換微生物。
本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願2009−046995号の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
図2は、酸化工場における反応を示す図である。
図3は、還元工場における反応を示す図である。
図4は、MOXの反応を示す図である。
図5は、(R)−MDHの反応を示す図である。
図6は、GDHの反応を示す図である。
図7は、mox遺伝子を含むpASA1の構造を示す図である。
図8は、pASA1を用いて形質転換した大腸菌におけるMOXの発現を示す図である。
図9は、酸化工場による生成物を示す図である。
図10は、(R)−mdh遺伝子を含むpET3aRMDHの構造を示す図である。
図11は、pET3aRMDHのコロニーPCRの結果を示す図である。
図12は、(R)−mdh遺伝子におけるコドンの補正を示す図である。
図13は、pET3aRMDHを用いて形質転換した大腸菌における(R)−MDHの発現を示す図である。
図14は、gdh遺伝子を含むpACYCGDHの構造を示す図である。
図15は、pACYCGDHのコロニーPCRの結果を示す図である。
図16は、pACYCGDHを用いて形質転換した大腸菌における(R)−MDHの発現を示す図である。
図17は、(R)−MDHとGDHの2種類の共発現を示す図である。図17Aは2種類の発現用プラスミドによる共発現を示す図であり、図17Bは1種類の発現用プラスミドによる共発現を示す図である。
図18は、2種類の発現用プラスミドによる共発現の結果を示す図である。
図19は、(R)−mdh及びgdh遺伝子を含むpACYCCMGの構造を示す図である。
図20は、欠失変異導入部位の塩基配列を示す図である。
図21は、pACYCCMGのコロニーPCRの結果を示す図である。
図22は、1種類の発現用プラスミドによる共発現の結果を示す図である。
図23は、CFEによる反応を示す図である。
図24は、還元工場による生成物を示す図である。
図25は、MOX、(r)−MDH及びGDHの共発現を示す図である。
図26は、MOX、(r)−MDH及びGDHの共発現の結果を示す図である。
図27は、デラセミ化工場による生成物を示す図である。
図28は、マンデル酸のデラセミ化反応の経時変化を示す図である(湿菌体0.5g、基質濃度10mM)。
図29は、マンデル酸のデラセミ化反応の経時変化を示す図である(湿菌体0.5g、基質濃度50mM)。
図30は、マンデル酸のデラセミ化反応の経時変化を示す図である(湿菌体0.5g、基質濃度100mM)。
図31は、MOXの可溶化の確認の結果を示す図である。
図32は、マンデル酸のデラセミ化反応の経時変化を示す図である(湿菌体0.5g、基質濃度500mM)。
図33は、マンデル酸のデラセミ化反応の経時変化を示す図である(湿菌体2.5g、基質濃度500mM)。
図34は、マンデル酸のデラセミ化反応の経時変化を示す図である(湿菌体5g、基質濃度500mM)。
図35は、マンデル酸のデラセミ化反応の経時変化を示す図である(湿菌体10g、基質濃度385mM)。
図36は、o−クロロマンデル酸のデラセミ化反応の経時変化を示す図である(湿菌体0.5g、基質濃度10mM)。
図37は、o−クロロマンデル酸のデラセミ化反応の経時変化を示す図である(湿菌体0.5g、基質濃度100mM)。
図38は、デラセミ化反応における鏡像体過剰率の経時間変化を示す図である。
本発明において、デラセミ化反応の対象は、マンデル酸又はその誘導体である。マンデル酸の誘導体としては、以下の式Iで表される化合物が含まれる。
(式中Xは水素原子又はアルカリあるいはアルカリ土類金属を表し、Rはオルト位、メタ位又はパラ位が一個又は複数個置換されていることを意味し、置換基は水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜3個のアルキル基、アルコキシ基又はチオアルキル基、アミノ基、ニトロ基、メルカプト基、フェニル基、又はフェノキシ基を表す)
以下の式IIで表される化合物において、オルト位のRがHである化合物がマンデル酸であり、オルト位のRがClである化合物が0−クロロマンデル酸である。
本発明においては、微生物にマンデル酸又はその誘導体のデラセミ化に関与する3種類の酵素をコードする遺伝子を導入し、該3種類の酵素を共発現させる。
用いる3種類の酵素は、マンデル酸オキシダーゼ(MOX)、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素である。
マンデル酸オキシダーゼは、ラセミ体のマンデル酸又はその誘導体のS体を立体選択的に酸化し、ベンゾイルギ酸誘導体を生成する(図2)。
ベンゾイルギ酸誘導体は上記の式(I)で表されるマンデル酸又はその誘導体に対して、以下の式(II)で表される。
(式中Xは水素原子又はアルカリあるいはアルカリ土類金属を表し、Rはオルト位、メタ位又はパラ位が一個又は複数個置換されていることを意味し、置換基は水素、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜3個のアルキル基、アルコキシ基又はチオアルキル基、アミノ基、ニトロ基、メルカプト基、フェニル基、又はフェノキシ基を表す)
マンデル酸オキシダーゼは、微生物由来のものを用いることができ、例えば、シュードモナス(Pseudomonas)属、キャンディダ(Candida)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、エンテロコッカス(Enterococcus)属、ロドコッカス(Rhodococcus)属、コリネバクテリウム(Corynebactrium)属、エンテロバクター(Enterobacter)属、ラクトバシラス(Lactobacillus)属、ミクロコッカス(Micrococcus)属、クリプトコッカス(Cryptococcus)属、ハンゼヌラ(Hansenula)属、オガタエア(Ogataea)属、ピキア(Pichia)属、ロドスポリディウム(Rhodosporidium)属、ロドトルラ(Rhodotorula)属、トリコスポロン(Trichosporon)属、ヤマダジマ(Yamadazyma)属、アミコラトプシス(Amycolatopsis)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、アルスロバクター(Arthrobacter)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、コマモナス(Comamonas)属、ロイコノストック(Leuconostoc)属、ミクロバテリウム(Microbacterium)属、プロテウス(Proteus)属等に属する微生物が挙げられる。好適には、シュードモナス属微生物由来のものが用いられ、さらには、Pseudomonas putida由来のものが用いられ、例えば、Pseudomonas putida ATCC12633由来のものを用いることができる。Pseudomonas putida ATCC12633由来のマンデル酸オキシダーゼについては、Asteriani R.et al.,Biochemistry,2004,43,1883−1890、Isabelle E.Lehoux et al,Biochemistry,1999,38,5836−5848、Amy Y.Tsou et al,Biochemistry,1990,29,9856−9862、Bharati Mitra et al.,Biochemistry,1993,32,12959−12967、Yang Xu et al.,Biochemistry,1999,38(38),12367−12376、Narayanasami Sukumar et al.,Biochemistry,2001,40(33),9870−9878等に開示されている。
マンデル酸オキシダーゼ活性は、例えば、50mMトリス塩酸バッファーpH7.5、1mM DCPIP(酸化型)、1mMマンデル酸及び酵素を含む反応液を反応させ、DCPIP(還元型)の増加による600nmの吸光度の上昇を測定することにより測定することができる。マンデル酸オキシダーゼの1Uは、1分間に1μmolのマンデル酸をベンゾイルギ酸誘導体へ変換する酵素量とする。
(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼは、補酵素NADHを用いてベンゾイルギ酸誘導体を立体的に酸化し、マンデル酸又はマンデル酸誘導体のR体のみを生成する(図3)。マンデル酸オキシダーゼは、微生物由来のものを用いることができ、例えば、エンテロコッカス(Enterococcus)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、キャンディダ(Candida)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、ロドコッカス(Rhodococcus)属、コリネバクテリウム(Corynebactrium)属、エンテロバクター(Enterobacter)属、ラクトバシラス(Lactobacillus)属、ミクロコッカス(Micrococcus)属、クリプトコッカス(Cryptococcus)属、ハンゼヌラ(Hansenula)属、オガタエア(Ogataea)属、ピキア(Pichia)属、ロドスポリディウム(Rhodosporidium)属、ロドトルラ(Rhodotorula)属、トリコスポロン(Trichosporon)属、ヤマダジマ(Yamadazyma)属、アミコラトプシス(Amycolatopsis)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、アルスロバクター(Arthrobacter)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、コマモナス(Comamonas)属、ロイコノストック(Leuconostoc)属、ミクロバテリウム(Microbacterium)属、プロテウス(Proteus)属等に属する微生物が挙げられる。好適には、エンテロコッカス属微生物由来のものが用いられ、さらには、Enterococcus faesalis由来のものが用いられ、例えば、Enterococcus faesalis IAM10071由来のものを用いることができる。Enterococcus faesalis IAM10071由来の(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼについては、特開2004−65049、Yusuke Tamura et al.,Applied and Environmental Microbiology,2002,68(2),947−951、Yusuke Wada,et al.,Biosci.Biotechnol.Biochem.,2008,72(4),1087−1094等に開示されている。
(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ活性は、例えば、50mMトリス塩酸バッファーpH7.5、1mM NAD+、1mMマンデル酸及び酵素を含む反応液を反応させ、NADHの増加による340nmの吸光度の上昇を測定することにより測定することができる。1Uは、1分間に1μmolのマンデル酸をベンゾイルギ酸誘導体へ変換する酵素量とする。
補酵素再生系酵素は、NADH、HADPHのような還元型の補酵素を必要とする酵素反応において、酵素反応の進行に伴い酸化型に変換されたNAD+、NADP等の補酵素を還元型に変換する能力(補酵素再生能と呼ぶ)を有する酵素をいう。補酵素再生系酵素としては、例えば、グルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)(図3)、ヒドロゲナーゼ、ギ酸デヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ、グルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼ等を挙げることができる。この中でも、グルコースデヒドロゲナーゼが好ましく用いられる。
補酵素再生系酵素は微生物由来のものを用いることができ、例えば、バシラス属(Bacillus)、チオバシラス属(Thiobacillus)、シュードモナス属(Pseudomonas)、キャンディダ属(Candida)、クロイッケラ属(Kloeckera)、ピキア属(Pichia)、リポマイセス属(Lipomyces)、モラキセラ属(Moraxella)、ハイホマイクロビウム属(Hyphomicrobium)、パラコッカス属(Paracoccus)、アンシロバクター属(Ancylobacter)等に属する微生物が挙げられる。好適には、バシラス属微生物由来のものが用いられ、さらには、Bacillus megaterium由来のものが用いられ、例えばBacillus megaterium IAM13481由来のグルコースデヒドロゲナーゼを用いることができる。Bacillus megaterium IAM13481由来のグルコースデヒドロゲナーゼについては、S.−H.Baik et al.,Appl.Microbiol.Biotechnol.,2003,61,329−335、Tadashi Ema et al.,Tetrahedron:Asymmetry,2005,16,1075−1078、Tadashi Ema et al.,Tetrahedron,2006,62,6143−6149等に開示されている。
グルコースデヒドロゲナーゼ活性は、例えば、50mMトリス塩酸バッファーpH7.5、1mM NAD+、1mM D−グルコース及び酵素を含む反応液を反応させ、NADHの増加による340nmの吸光度の上昇を測定することにより測定することができる。1Uは、1分間に1μmolのグルコースをグルコン酸へ変換する酵素量とする。補酵素再生能は、反応系にグルコース、スクロースなどの糖、有機酸、又はエタノール、イソプロパノールなどのアルコールを添加することにより増強できる。
これらの酵素をコードする遺伝子は、上記の微生物から公知の配列情報に基づいて、PCR等の増幅手段を用いる方法、化学的に合成する方法等の公知の方法を利用して調製することができる。
Pseudomonas putida ATCC12633由来のマンデル酸オキシダーゼをコードするDNAの配列及びアミノ酸配列をそれぞれ配列番号14及び15に、Enterococcus faesalis IAM10071由来の(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼをコードするDNAの配列及びアミノ酸配列をそれぞれ配列番号16及び17に、Bacillus megaterium IAM13481由来のグルコースデヒドロゲナーゼをコードするDNAの配列及びアミノ酸配列をそれぞれ配列番号18及び19に示す。
また、配列番号14に表される塩基配列からなるDNAと相補的な配列からなるDNAと下記のストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができるDNAであってマンデル酸オキシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、配列番号16に表される塩基配列からなるDNAと相補的な配列からなるDNAと下記のストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができるDNAであって(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA及び配列番号18に表される塩基配列からなるDNAと相補的な配列からなるDNAと下記のストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができるDNAであってグルコースデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAも用いることができる。すなわち、DNAを固定したフィルターを用いて、0.7〜1.0MのNaCl存在下、68℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2倍濃度のSSC溶液(1倍濃度のSSCとは150mM NaCl、15mMクエン酸ナトリウムからなる)を用い、68℃で洗浄することにより同定することができる条件をいう。あるいは、サザンブロッティング法によりニトロセルロース膜上にDNAを転写、固定後、ハイブリダイゼーション緩衝液〔50%フォルムアミド、4×SSC、50mM HEPES(pH7.0)、10×デンハルツ(Denhardt’s)溶液、100μg/mlサケ精子DNA〕中で42℃で一晩反応させることによりハイブリッドを形成することができるDNAである。さらに、BLAST等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータを用いて)を用いて計算したときに、配列番号14に表される塩基配列と少なくとも85%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上の相同性を有しており、マンデル酸オキシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、配列番号16に表される塩基配列と少なくとも85%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上の相同性を有しており、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA及び配列番号18に表される塩基配列と少なくとも85%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上の相同性を有しており、グルコースデヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAも用いることができる。
本発明においては、上記の3種類の酵素をコードする遺伝子を1種類の微生物に導入し、3種類の酵素をコードする遺伝子を含む組換え微生物を作製する。
組換え微生物は、上記の酵素をコードする遺伝子を発現ベクターに挿入し、該発現ベクターを用いて微生物を形質転換すればよい。
3種類の酵素をコードする遺伝子を発現ベクターに挿入する組合せとしては以下の組合せがあり、いずれの組合せも取り得る。
(1) 3種類の酵素をコードする遺伝子をそれぞれ、別々に3つの発現ベクターに挿入する。
(2) 3種類の酵素をコードする遺伝子のうち、2種類の遺伝子を1つの発現ベクターに同時に挿入し(2遺伝子発現ベクター)、残りの1種類の遺伝子を別の発現ベクターに挿入する。この際、1つの発現ベクターに同時に挿入する2種類の遺伝子の組合せとして、(R)−mdh遺伝子とgdh遺伝子、mox遺伝子とgdh遺伝子、及び(R)−mdh遺伝子とmox遺伝子の組合せをとり得る。補酵素を必要とする(R)−MDHと補酵素を再生するGDHの活性がほぼ等しいことが望ましい。そこで、好ましくは(R)−mdh遺伝子と補酵素を再生するgdh遺伝子を1つの発現ベクター中で共発現させるために、1つの発現ベクターに挿入する。
(3) 3種類の酵素をコードする遺伝子を1つの発現ベクターに挿入する(3遺伝子発現ベクター)。
1つの発現ベクターに複数の遺伝子を挿入する際、別々のプロモーターで発現を制御してもよいし、1つのプロモーターの下流に複数の遺伝子を連結し、1つのプロモーターの制御により複数の遺伝子を発現させてもよい。好ましくは、異なるプロモーターでそれぞれの遺伝子の発現を制御する。この際、複数のマルチクローニングサイトを含む発現ベクターを用いればよい。
酵素をコードする遺伝子を挿入するための発現ベクターは、宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、例えば、プラスミドDNA、ファージDNA等が挙げられる。
プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpUC19,pUC18,pUC118,pUC119などのpUCベクター、pET3a〜3d,pET9a〜9d、pET11a〜11d、pETpBR322などのpETベクター、pACYCベクター、pBR325などのpBRベクター等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110,pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13,YEp24,YCp50等)などが挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ(Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP等)が挙げられる。さらに、無毒化したレトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス、センダイウイルス、SV40、免疫不全症ウイルス(HIV)等のDNAウイルス若しくはRNAウイルス、pCI−neo、pcDNA3、pZeoSV等の動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
発現ベクターに酵素をコードする遺伝子を挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入して発現ベクターに連結する方法などが採用される。また、1つの発現ベクターに2種類又は3種類の酵素をコードする遺伝子を同時に挿入して、共発現させる場合、複数のマルチクローニングサイトを含む発現ベクターを用いればよい。複数のマルチクローニングサイトを含む発現ベクターとして、例えば、pACYC Duet−1等が挙げられる。
酵素をコードする遺伝子は、その遺伝子の機能が発揮されるように発現ベクターに組み込まれることが必要である。そこで、用いる発現ベクターには、プロモーター、上記酵素をコードする遺伝子のほか、所望によりエンハンサーなどのシスエレメント、イントロンの5’末端側に存在するスプライス供与部位及びイントロンの3’末端側に存在するスプライス受容部位からなるスプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)などを含有するものを作動可能に連結することができる。なお、選択マーカーとしては、例えばジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
形質転換体は、酵素をコードする遺伝子を挿入した組換えベクターを、目的遺伝子が発現し得るように宿主中に導入することにより得ることができる。ここで、宿主としては、本発明のDNAを発現できるものであれば特に限定されるものではない。例えば、大腸菌(Escherichia coli)等のエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属に属する細菌が挙げられ、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等の酵母が挙げられ、COS細胞、CHO細胞等の動物細胞が挙げられ、あるいはS121等の昆虫細胞が挙げられる。
大腸菌等の細菌を宿主とする場合は、本発明の組換えベクターが該細菌中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボゾーム結合配列、本発明の遺伝子、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。
大腸菌としては、例えばエッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)DH1、BL21などが挙げられ、枯草菌としては、例えばバチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
プロモーターは、大腸菌等の宿主中で発現できるものであればいずれを用いてもよい。例えばtrpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーターなどの、大腸菌やファージに由来するプロモーターが用いられる。tacプロモーターなどのように、人為的に設計改変されたプロモーターを用いてもよい。
細菌への組換えベクターの導入方法は、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法[Cohen,S.N.et al.:Proc.Natl.Acad.Sci.,USA,69:2110(1972)]、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
酵母を宿主とする場合は、例えばサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)などが用いられる。この場合、プロモーターは酵母中で発現できるものであれば特に限定されず、例えばgal1プロモーター、gal10プロモーター、ヒートショックタンパク質プロモーター、MFα1プロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター、AOX1プロモーター等を用いることができる。酵母への組換えベクターの導入方法は、酵母にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えばエレクトロポレーション法[Becker,D.M.et al.:Methods.Enzymol.,194:182(1990)]、スフェロプラスト法[Hinnen,A.et al.:Proc.Natl.Acad.Sci.,USA,75:1929(1978)]、酢酸リチウム法[Itoh,H.:J.Bacteriol.,153:163(1983)]等が挙げられる。
動物細胞を宿主とする場合は、サル細胞COS−7、Vero、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、マウスL細胞、ラットGH3、ヒトFL細胞などが用いられる。プロモーターとしてSRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMVプロモーター等が用いられ、また、ヒトサイトメガロウイルスの初期遺伝子プロモーター等を用いてもよい。動物細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等が挙げられる。
昆虫細胞を宿主とする場合は、S121細胞などが用いられる。昆虫細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法などが挙げられる。
大腸菌等の細菌を宿主として用いる場合、細菌のコドンの使用頻度やGC含量を考慮して、コドンを補正してもよい。
上記形質転換宿主を導入した酵素をコードする遺伝子が発現可能な条件で培養することにより、宿主内で3種類の酵素が発現する。基質となるマンデル酸又はその誘導体、補酵素再生系酵素の基質及び補酵素を添加することにより、それぞれの酵素の触媒反応が起こり、デラセミ化反応が生じ、マンデル酸及びその誘導体が生成する。この際、酵素を十分発現させてから、マンデル酸又はその誘導体、補酵素再生系酵素の基質及び補酵素を添加してもよいし、酵素をコードする遺伝子を含む宿主を培養する際に、マンデル酸又はその誘導体、補酵素再生系酵素の基質及び補酵素を添加し、酵素の発現と酵素反応を同時に行わせてもよい。
酵素をコードする遺伝子を含む形質転換体宿主を培養する方法は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。
大腸菌や酵母等の微生物を宿主として得られた形質転換体を培養する培地としては、微生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。例えば、大腸菌を培養する場合、LB培地、2×YT培地等を用いればよい。
炭素源としては、グルコース、フラクトース、スクロース、デンプン等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類が挙げられる。
窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩又はその他の含窒素化合物のほか、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカー等が挙げられる。
無機物としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等が挙げられる。
プロモーターとして誘導性のプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、必要に応じてインデューサーを培地に添加してもよい。例えば、Lacプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養するときにはイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)等を、trpプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養するときにはインドール酢酸(IAA)等を培地に添加してもよい。
動物細胞を宿主として得られた形質転換体を培養する培地として、一般に使用されているRPMI1640培地、DMEM培地又はこれらの培地に牛胎児血清等を添加した培地等が用いられる。
また、3種類の酵素を含む形質転換体宿主の培養物を基質と反応させても、光学活性マンデル酸及びその誘導体を製造することができる。ここで、「培養物」とは、培養上清、あるいは培養細胞又は細胞の破砕物のいずれをも意味する。
培養、酵素反応は、通常、振盪培養又は通気攪拌培養などの好気的条件下、20〜40℃、pH6.0〜9.0で数時間〜数日間行う。培地のpHの調整は、無機又は有機酸、アルカリ溶液等を用いて行えばよい。培養中は必要に応じてカナマイシン、ペニシリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
例えば、3種類の酵素を含む微生物を湿重量で0.5g添加し、マンデル酸又はその誘導体を10mM〜100mM添加することにより、数時間から24時間培養することにより、すべての基質が反応し、光学純度99%ee以上の光学活性マンデル酸又はその誘導体が収率100%で得ることができる。
当業者ならば、適宜微生物、基質の添加量を決定し、所望のスケールで光学活性マンデル酸を製造することができる。
さらに、微生物を固定化してデラセミ化反応を行い、光学活性マンデル酸を製造することができる。
通常、酵素や微生物あるいは動植物細胞などの生体触媒を適当な不溶性の担体に保持させることを固定化とよび、固定化されたものを固定化生体触媒と称する。生体触媒を固定化する最大の利点は繰り返し使用や連続反応が可能になることである。また、適切に固定化することにより生体触媒の安定性を高めることも可能である。さらに、酵素固定化により以下のような様々な効果が期待できる。
(i) 反応最適温度や熱安定性の向上
(ii) 基質親和性(Km値)や最大反応速度(Vmax値)の変化
(iii) 反応最適pH域拡大やpH安定性向上
(iv) 有機溶媒中での安定性向上や活性発現
(v) 基質特異性、反応特異性、反応の位置特異性、立体特異性の変化
(vi) 補因子要求性やアロステリック制御の変化
(vii) タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)による分解に対する抵抗性の向上
特に本発明は3種類の酵素を同時に導入した形質転換微生物を用いており、効率的に産生物を得ることができる。上記(ii)の具体的な効果に関して、数時間から22時間の培養で、例えば、基質濃度50mMの場合は3時間、100mMの場合は18時間、基質濃度385mMの場合は22時間で反応が完了し、光学純度99%ee以上の光学活性マンデル酸又はその誘導体が収率100%で得ることができる。また、385mMという高濃度での反応が可能であり、収率:99%、光学純度:100%を実現することができる。従来の1種類の微生物を用いて光学活性マンデル酸を製造する方法(特開平6−7196号公報)においては、40時間という長時間の培養を必要とし、基質濃度も本発明ほど高くできなかった。また、光学純度100%を実現することもできなかった。本発明は、従来の微生物を用いる方法に対してより効率的に光学活性マンデル酸を製造することを可能にする。
微生物の固定化は、増殖を伴わない静止状態の微生物を固定化する場合と、生きた状態で増殖を示す微生物を固定化する場合に大別される。それぞれ、固定化静止菌体(immobilized resting cell)、固定化増殖菌体(immobilized growing cell)とよぶ。固定化静止菌体は、ある特定の菌体内酵素を利用する場合に適用される。微生物を生体触媒素子とするバイオリアクターの工業化では、固定化静止菌体を利用することが多い。この理由は、酵素を使用する場合は、菌体を破砕して取り出すという繁雑な操作が必要であるだけではなく、菌体内から取り出すことにより酵素の安定性が低下するためである。静止菌体の固定化には、担体結合法と包括法が用いられている。担体結合法では、担体に直接、あるいはプレポリマーやポリマーを介して保持させる方法が提案されている。包括法では、高分子ゲル中に保持する方法が用いられる。
製造した光学活性マンデル酸又はその誘導体は、一般的な分離精製方法により反応液から単離することができる。例えば、反応液から遠心分離によって宿主菌体などの不溶性物質を除去し、反応液のpHを酸性に調整し、酢酸エチル等の溶媒を用いて抽出し、脱水し、減圧乾固又は再結晶を行うことにより単離精製することができる。
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
酵素
以下の実施例で用いた酵素を表1に示す。
以下の実施例でPCRに用いたプライマーの塩基配列を表2に示す。
また、以下の実施例において、大腸菌BL21−Gold(DE3)の形質転換は、ヒートショック法により行い、大腸菌JM109の形質転換は、エレクトロポレーション法により行った。2種類の発現用プラスミドを用いる場合は、1種類の発現用プラスミドを用いて形質転換した大腸菌のエレクトロポレーション用コンピテントセルを作製し、もう1種類の発現用プラスミドを用いてさらに形質転換した。
酵素活性の測定
さらに、MOX、(R)−MDH及びGDHの酵素活性は、以下の方法により測定した。
MOXの活性測定
1Uを1分間に1μmolのマンデル酸又はo−クロロマンデル酸をベンゾイルギ酸誘導体へ変換する酵素量と定義した。光路長1cmセルに、1mM(RS)−マンデル酸又はo−クロロマンデル酸、1mM DCPIP(酸化型)、可溶化画分のサンプル、50mMトリス塩酸バッファー(pH7.5)及び蒸留水を、全量が1mlとなるよう混合し、DCPIP(酸化型)が吸収を有する600nmの吸光度の減少を測定した(図4)。
(R)−MDHの活性測定
1Uを1分間に1μmolのマンデル酸又はo−クロロマンデル酸をベンゾイルギ酸誘導体へ変換する酵素量と定義した。光路長1cmセルに、1mM(RS)−マンデル酸又はo−クロロマンデル酸、1mM NAD+、可溶性画分のサンプル、50mMトリス塩酸バッファー(pH7.5)及び蒸留水を、全量が1mlとなるよう混合し、NADHが吸収を有する340nmの吸光度の増加を測定した(図5)。
GDHの活性測定
1Uを1分間に1μmolのグルコースをグルコン酸へ変換する酵素量と定義した。光路長1cmセルに、1mM D−グルコース、1mM NAD+、可溶性画分のサンプル、50mMトリス塩酸バッファー(pH7.5)及び蒸留水を、全量が1mlとなるよう混合し、NADHが吸収を有する340nmの吸光度の増加を測定した(図6)。
以下の発現検討においては、培養液を8,000rpmで10分間遠心分離することにより集菌し、上清を除いた後の湿菌体を50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)に懸濁し8,000rpmで10分間遠心分離することにより洗浄した。再び上清を除き、湿菌体が10%となるように50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)に懸濁し、5分間×2回超音波破砕した.そして,破砕液を12,000rpmで30分間遠心分離することにより、上清として可溶性画分(CFE:無細胞抽出液)を、沈殿として不溶性画分を得た。これらのサンプルと破砕液をSDS−PAGEに用いた。また、可溶性画分のサンプルを(R)−MDH及びGDHの酵素活性測定に用いた。さらに、不溶性画分として得られた沈殿を50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)に懸濁し12,000rpmで10分間遠心分離することにより洗浄した。上清を除き、不溶性画分として得られた沈殿が10%となるように可溶化バッファーに懸濁することにより可溶化した。そして、懸濁液を12,000rpmで30分間遠心分離することにより不溶物を除き、可溶化画分を得た。このサンプルをMOXの酵素活性測定に用いた。
本実施例において酸化工場とは、MOXの遺伝子を導入し発現させた大腸菌を指す。デラセミ化工場構築の1段階目として酸化工場を構築し、マンデル酸のS選択的酸化反応を試みた(図2)。
(1) MOXの発現
Pseudomonas putida ATCC12633由来mox遺伝子をベクターpUC19のEcoR Iサイトへクローニングし、MOXの発現用プラスミドであるpASA1(図7)を構築した。
このpASA1を用いて大腸菌JM109を形質転換し、IPTGを添加しての培養によりMOXの発現を誘導した。また、コントロールとしてベクターpUC19を用いて同様の実験を行った。培養終了後、タンパク質の発現をSDS−PAGEにより確認し、マンデル酸に対するMOXの活性を上記方法により測定した。このとき、MOXは不溶性の膜タンパク質であるため、活性測定には不溶性画分を界面活性剤により可溶化した画分を用いた。その結果、pASA1により約40kDaのMOXが不溶性画分に発現し(図8)、酵素活性は湿菌体1gあたり24U(コントロール:0U)であった。このようにして、MOXの発現に成功した。以下、酸化工場とは、上記の条件でMOXの発現を誘導した大腸菌を指すものとする。
(2) 酸化工場による反応
次に、酸化工場を用いて、10mM(RS)−マンデル酸、湿菌体(酸化工場)0.5g、50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)、蒸留水を、全量が50mlとなるよう混合して500−ml三角フラスコに入れ、30℃、180rpmで旋回し、マンデル酸のS選択的酸化反応を行った。そして、TLCにより反応の進行を分析した。このとき、基質であるマンデル酸と生成物であるベンゾイルギ酸は分離が困難なため、これらの分離を容易にするためにメチルエステル化したサンプルを分析に用いた。その結果、反応開始17時間後には、酸化工場によりいくらかのマンデル酸がベンゾイルギ酸へ変換されたことが示唆された(図9)。そこで、PLCによりベンゾイルギ酸メチルとマンデル酸メチルを分取し、それぞれの構造を1H−NMRにより、マンデル酸メチルの光学純度をHPLCにより測定した。その結果、生成物はベンゾイルギ酸であり、残存基質は100%eeの(R)−マンデル酸であることがわかった。このようにして、酸化工場により目的のマンデル酸のS選択的酸化反応を進行させることに成功した。
本実施例における還元工場とは、(R)−MDHとGDHの遺伝子を導入し共発現させた大腸菌を指す。デラセミ化工場構築の2段階目として還元工場を構築し、ベンゾイルギ酸のR選択的還元反応を試みた(図3)。
(1) pET3aRMDHの構築
(R)−MDHの発現用プラスミドとして、pET3aRMDH(図10)を構築した。pET3aRMDHは、Enterococcus faecalis IAM 10071由来(R)−mdh遺伝子領域をベクターpET−3aのNde I、Bam HIサイトへクローニングすることにより構築した。
まず、表3に示す条件でPCRを行い、(R)−mdh遺伝子の5’末端から3’末端の下流120塩基までを増幅した。なお、primer1は、コドンを補正した(R)−mdh遺伝子の5’末端に特異的な配列に、制限酵素Nde Iサイトを含むアダプター配列を付加したものである。また、primer2は、(R)−mdh遺伝子の3’末端の下流領域に特異的な配列に、制限酵素BamH Iサイトを含むアダプター配列を付加したものである。
このとき、目的タンパク質の発現を最適化するために、使用頻度の低いコドン及びGC含量の補正を行った。(R)−mdh遺伝子の5’末端の24塩基の配列を解析した。その結果、使用頻度の低いコドンが1ヶ所、GC含量の低いコドンに置換可能なコドンが1ヶ所あることがわかった(図12)。そこで、これらのコドンを大腸菌で使用頻度が高くかつGC含量の低いコドンへ補正した。
プラスミドの構築に成功したことは、コロニーPCR(図11)とシーケンシングにより確認した。
(2) (R)−MDHのクローニング及び発現
構築したpET3aRMDHを用いて大腸菌BL21−Gold(DE3)を形質転換し、IPTGを添加しての培養により(R)−MDHの発現を誘導した。また、コントロールとしてベクターpET−3aを用いて同様の実験を行った。培養終了後、タンパク質の発現をSDS−PAGEにより確認し、マンデル酸に対する(R)−MDHの活性を上記方法により測定した。その結果、pET3aRMDHにより約35kDaの(R)−MDHが発現し(図13)、酵素活性は湿菌体1gあたり74U(コントロール:0U)であった。このようにして、(R)−MDHの発現に成功した。
(3) pACYCGDHの構築
まず、GDHの発現用プラスミドとして、pACYCGDH(図14)を構築した。pACYCGDHは,Bacillus megaterium IAM 13418由来gdh遺伝子をベクターpACYCDuet−1のMCS(Multiple Cloning Sites)2のNde I、Kpn Iサイトへクローニングすることにより構築した。
まず、表7に示す条件でPCRを行い、gdh遺伝子の5’末端から3’末端までを増幅した。なお、primer3は、gdh遺伝子の5’末端に特異的な配列に、制限酵素Nde Iサイトを含むアダプター配列を付加したものである。また、primer4は、gdh遺伝子の3’末端に特異的な配列に、制限酵素Kpn Iサイトを含むアダプター配列を付加したものである。
プラスミドの構築に成功したことは、コロニーPCR(図15)とシーケンシングにより確認した。
(4) GDHのクローニング及び発現
pACYCGDHを用いて大腸菌BL21−Gold(DE3)を形質転換し、IPTGを添加しての培養によりGDHの発現を誘導した。また、コントロールとしてベクターpACYCDuet−1を用いて同様の実験を行った。培養終了後、タンパク質の発現をSDS−PAGEにより確認し、GDHの活性を上記方法により測定した。その結果、pACYCGDHにより約30kDaのGDHが発現し(図16)、酵素活性は湿菌体1gあたり6.9U(コントロール:0U)であった。このようにして、GDHの発現に成功した。
(R)−MDHについては発現用プラスミドpET3aRMDHによる発現に成功し、また、GDHについては発現用プラスミドpACYCGDHによる発現に成功した。そこで次に、これら2種類のタンパク質の共発現検討を行った。その方法として、2種類の発現用プラスミドによる共発現と、1種類の発現用プラスミドによる共発現を試み(図17)、それらの結果を比較した。
(1) 2種類の発現用プラスミドによる共発現(図17A)
2種類の発現用プラスミドによる共発現のためには、これまでに構築した(R)−MDH発現用プラスミドpET3aRMDHとGDH発現用プラスミドpACYCGDHを用いた。これらのプラスミドを用いて大腸菌BL21−Gold(DE3)を形質転換し、IPTGを添加しての培養により、(R)−MDHとGDHの共発現を誘導した。また、コントロールとしてベクターpET−3aとpACYCDuet−1を用いて同様の実験を行った。培養終了後、タンパク質の発現をSDS−PAGEにより確認し、(R)−MDHとGDHの活性をそれぞれ上記方法により測定した。その結果、pET3aRMDHにより約35kDaの(R)−MDHが発現し、マンデル酸に対する酵素活性は湿菌体1gあたり250U(コントロール:0U)であった。また、pACYCGDHにより約30kDaのGDHが発現し、酵素活性は湿菌体1gあたり2.8U/mg(コントロール:0U)であった(図18)。
(2) 1種類の発現用プラスミドによる共発現(図17B)
(i) pACYCMGの構築
2種類の発現用プラスミドによる共発現のためには、新たに(R)−MDHとGDHの共発現用プラスミドとしてpACYCMGを構築した(図19)。pACYCGDHは、ベクターpACYCDuet−1のMCS1のNco I、Not Iサイトへ(R)−mdh遺伝子領域を、MCS2のNde I、Kpn Iサイトへgdh遺伝子をクローニングすることにより構築した。(R)−MDHとGDHの共発現用プラスミドpACYCMGは以下のように構築した。
まず、表11に示す条件でPCRを行い、(R)−mdh遺伝子の5’末端から3’末端の下流120塩基までを増幅した。なお、primer5は、コドンを補正した(R)−mdh遺伝子の5’末端に特異的な配列に、制限酵素Nco Iサイトを含むアダプター配列を付加したものである。また、primer6は、(R)−mdh遺伝子の3’末端の下流領域に特異的な配列に、制限酵素Not Iサイトを含むアダプター配列を付加したものである。
しかし、このようにして構築したプラスミドをそのまま発現に用いると、mRNAからタンパク質への翻訳開始位置が、(R)−mdh遺伝子の開始コドン(ATG)ではなく、Nco Iサイトに含まれる開始コドンとなり、コドンのフレームがずれてしまう。そこで、図20に示す方法で4塩基の欠失変異を導入した。
まず、表15に示す反応液組成と反応条件でプラスミド全体を増幅し、欠失変異を導入した。なお、primer7は、欠失変異を中央にしてその前に11塩基、後に23塩基ずつ付加したものである。また、primer8はprimer7の相補鎖である。
プラスミドの構築に成功したことは、コロニーPCR(図21)とシーケンシングにより確認した。
最後に、大腸菌TOP10を形質転換し、生育したコロニーからプラスミドを抽出し、シーケンシングにより塩基配列を解析した。なお、シーケンシングでは上記と同様にACYCDuetUP1プライマー又はDuetDOWN1プライマーを用いた。
(ii) 1種類の発現用プラスミドによる共発現
pACYCMGを用いて大腸菌BL21−Gold(DE3)を形質転換し、IPTGを添加しての培養により(R)−MDHとGDHの共発現を誘導した。また、コントロールとしてベクターpACYCDuet−1を用いて同様の実験を行った。培養終了後、タンパク質の発現をSDS−PAGEにより確認し、(R)−MDHとGDHの活性をそれぞれ上記方法により測定した。その結果、pACYCMGにより約35kDaの(R)−MDHが発現し、マンデル酸に対する酵素活性は湿菌体1gあたり67U(コントロール:0U)であった。また、約30kDaのGDHも発現し、酵素活性は湿菌体1gあたり6.7U(コントロール:0U)であった(図22)。
(3) 上記(1)と(2)の結果の比較
(1)2種類のプラスミドによる共発現と、(2)1種類のプラスミドによる共発現の結果をまとめると、表16のようになる。
ここで、発現量の差について考察する。表16より、(1)では(R)−MDHとGDHの発現量にかなり差があるが、(2)ではほとんど差がないことがわかる。これは、発現用プラスミドに用いたベクターのコピー数と関係していると考えられる。まず、(1)では(R)−MDHとGDHとで発現用プラスミドが異なり、発現用プラスミドに用いたベクターのコピー数は、GDHのpACYCDuet−1よりも(R)−MDHのpET−3aの方が多い(表16)。そのため、GDHよりも(R)−MDHの方が優先的に発現し、発現量にかなり差が出たと考えられる。また、(2)では(R)−MDHとGDHの発現用プラスミドは同じものである。そのため、発現量にほとんど差が出なかったと考えられる。
還元工場を用いて、10mMベンゾイルギ酸、20mM D−グルコース、0.1mM NADH、湿菌体(還元工場)0.5g、50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)及び蒸留水を、全量が50mlとなるよう混合して500−ml三角フラスコに入れ、30℃、180rpmで旋回することによりベンゾイルギ酸のR選択的還元反応を試みた。このとき、大腸菌内のNADHにより反応は進行すると考えられるが、反応を促進させるため、文献(Tadashi Ema et al,Tetrahedron:Asymmetry,2005,16,1075−1078:Tadashi Ema et al.,Tetrahedron,2006,62,6143−6149)を参考に触媒量のNADHを添加することとした。この文献に記載の研究では、カルボニル還元酵素とGDHの遺伝子を導入し共発現させた大腸菌によるケトンの不斉還元が達成されたが、触媒量の補酵素の添加により反応が促進されたことが示されている。TLCにより反応の進行を分析した結果、反応開始17時間後には、還元工場によりすべてのベンゾイルギ酸がマンデル酸に変換されたことが示唆された(図24)。そこで、PLCによりマンデル酸メチルを分取し、構造を1H−NMRにより、光学純度をHPLCにより測定した。その結果、生成物は100%eeの(R)−マンデル酸であることがわかった。このようにして、還元工場により目的のベンゾイルギ酸のR選択的還元反応を進行させることに成功した。
デラセミ化工場とは、MOXと(R)−MDH、GDHの遺伝子を導入し共発現させた大腸菌を指す。デラセミ化工場構築の3段階目として、酸化工場と還元工場を組み合わせてデラセミ化工場を構築し、マンデル酸のデラセミ化反応を試みた(図1)。
(1) MOXと(R)−MDH,GDHの共発現
MOXについては、発現用プラスミドpASA1による発現に成功した。また、(R)−MDHとGDHについては、共発現用プラスミドpACYCMGによる共発現に成功した。そこで次に、これらを組み合わせて、2種類の発現用プラスミドによる3種類のタンパク質の共発現検討を行った(図25)。
これまでに構築したMOX発現用プラスミドpASA1と(R)−MDHとGDHの共発現用プラスミドpACYCMGを用いて大腸菌BL21−Gold(DE3)を形質転換し、IPTGを添加しての培養によりMOXと(R)−MDH、GDHの共発現を誘導した。また、コントロールとしてベクターpET−3aとpACYCDuet−1を用いて同様の実験を行った。培養終了後、タンパク質の発現をSDS−PAGEにより確認し、MOXと(R)−MDH、GDHの活性をそれぞれ上記方法により測定した。その結果、pASA1により約40kDaのMOXが不溶性画分に発現し、酵素活性は湿菌体1gあたり9.9U(コントロール:0U)であった。また、pACYCMGにより約35kDaの(R)−MDHが発現し、マンデル酸に対する酵素活性は湿菌体1gあたり290U(コントロール:0U/mg)であった。また、約30kDaのGDHも発現し、酵素活性は湿菌体1gあたり100U(コントロール:0U)であった(図26)。このようにして、MOXと(R)−MDH、GDHの共発現に成功した。以下、デラセミ化工場とは、上記の条件でMOXと(R)−MDH、GDHの共発現を誘導した大腸菌を指すものとする。
(2) デラセミ化工場による反応
デラセミ化工場を用いて、10mM(RS)−マンデル酸、20mM D−グルコース、0.1mM NADH、湿菌体(デラセミ化工場)0.5g、50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)及び蒸留水を、全量が50mlとなるよう混合して500−ml三角フラスコに入れ、30℃、180rpmで旋回することによりマンデル酸のデラセミ化反応を試みた。TLCにより反応の進行を分析した結果、反応開始17時間後には、マンデル酸のみが検出され、ベンゾイルギ酸は検出されなかった(図27)。マンデル酸は基質と生成物を兼ねており、また、ベンゾイルギ酸は中間体であることから、2つの可能性が示唆された。1つは、反応が全く進行しなかったという可能性である。もう1つは、1段階目の酸化反応で生成したすべてのベンゾイルギ酸が、2段階目の還元反応でマンデル酸に変換されたという可能性である。これを検証するために、PLCによりマンデル酸メチルを分取し、構造を1H−NMRにより、光学純度をHPLCにより測定した。その結果、生成物は100%ee(コントロール:0%ee)の(R)−マンデル酸であることがわかった。すなわち、(RS)−マンデル酸のうちすべての(S)−マンデル酸が(R)−マンデル酸へ変換されたということである。このようにして、デラセミ化工場により目的のマンデル酸のデラセミ化反応を進行させることに成功した。
(3) デラセミ化工場による反応の経時変化
デラセミ化工場によるマンデル酸のデラセミ化反応の経時変化を測定した。表17に示した組成の反応液を500−ml三角フラスコに入れ、30℃、180rpmで旋回した。
上記実施例により構築したデラセミ化工場をより利用価値の高いものとするために、次に、高基質濃度における反応や固定化静止菌体による反応、o−クロロマンデル酸のデラセミ化反応に利用することを試みた。
(1) 高基質濃度における反応
デラセミ化工場によるマンデル酸のデラセミ化反応を、基質濃度500mMにて十分に進行させることを目標とした。そのためにまず、上記実施例と同様に湿菌体0.5gを用いて反応を試み、経時変化を測定した(図32)。
表18に示した組成の反応液を500−ml三角フラスコに入れ、30℃、180rpmで旋回した。
(2) o−クロロマンデル酸のデラセミ化反応
デラセミ化工場によるo−クロロマンデル酸のデラセミ化反応の経時変化を測定した。湿菌体0.5gを用いて基質濃度10mM、100mMにて反応を試み、反応中のo−クロロマンデル酸の収率と光学純度をHPLCにより測定した(図36及び37)。その結果、基質濃度10mMでは約4時間、100mMでは約21時間で反応が終了し、どちらの基質濃度でもo−クロロマンデル酸の収率は100%、光学純度は99%ee以上に達した。反応終了後、PLCによりo−クロロマンデル酸を分取し、構造を1H−NMRにより、光学純度をHPLCにより測定した。その結果、生成物は確かに99%ee以上のo−クロロ−(R)−マンデル酸であることがわかった。このようにして、デラセミ化工場によるo−クロロマンデル酸のデラセミ化反応を、基質濃度100mMにて十分に進行させることに成功した。なお、基質濃度100mMは19g/lに相当する。
上記方法にて2種類の大腸菌(酸化工場と還元工場)を調製した。次に、10mM(RS)−マンデル酸、20mM D−グルコース、0.1mM NADH、50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)、湿菌体(酸化工場と還元工場)各0.5g及び蒸留水を全量が50mlとなるよう混合し、500ml−三角フラスコ中に反応液を調製した。そして、30℃、180rpmで旋回して反応させ、上記方法によりマンデル酸の鏡像体過剰率の経時変化を測定した。
結果を図38に示す。図38に示すように、反応開始4時間後には鏡像体過剰率は100%eeに達した。しかし、定量はしていないが、1種類の大腸菌(デラセミ化工場)によるデラセミ化反応の場合と異なり、8時間経過しても中間体であるベンゾイルギ酸が微量残存しており、これは22時間経過しても変わらなかった。
以上のように、Enterococcus faecalis IAM 10071由来(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼとBacillus megaterium IAM 13418由来グルコースデヒドロゲナーゼの共発現用プラスミドとして、pACYCMGを構築した。pACYCMGとPseudomonas putida ATCC 12633由来マンデル酸オキシダーゼの発現用プラスミドであるpASAを用いて大腸菌BL21−Gold(DE3)を形質転換し、3種類の酵素を共発現させた。この大腸菌を用いてマンデル酸誘導体のデラセミ化反応を行った。その結果、基質がマンデル酸の場合は、基質濃度59g/lにて収率92%で光学純度100%eeのR体が得られた。さらに、基質がo−クロロマンデル酸の場合は基質濃度19g/lにて収率100%で光学純度100%eeのR体が得られた。このようにして、マンデル酸誘導体のデラセミ化反応の開発に成功した。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
[配列表]
Claims (14)
- ラセミ体のマンデル酸又はその誘導体をデラセミ化して光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法であって、マンデル酸オキシダーゼ、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素をコードする遺伝子を導入した形質転換微生物を、補酵素再生系酵素の基質及び酸化型補酵素の存在下でラセミ体のマンデル酸又はその誘導体に作用させデラセミ化することを含む、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法であって、マンデル酸又はその誘導体が下記式(I)で表される方法:
(式中Xは水素原子又はアルカリあるいはアルカリ土類金属を表し、Rはオルト位、メタ位又はパラ位が一個又は複数個置換されていることを意味し、置換基は水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜3個のアルキル基、アルコキシ基又はチオアルキル基、アミノ基、ニトロ基、メルカプト基、フェニル基、又はフェノキシ基を表す)。 - 補酵素再生系酵素が、グルコースデヒドロゲナーゼ、ヒドロゲナーゼ、ギ酸デヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ及びグルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼからなる群から選択される、請求項1記載の光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法。
- 形質転換微生物がマンデル酸オキシダーゼをコードする遺伝子を挿入した発現ベクター並びに(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素をコードする遺伝子を挿入した2遺伝子発現ベクターの2種類のベクターを用いて形質転換される、請求項1又は2に記載の光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法。
- マンデル酸オキシダーゼ、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素が微生物由来である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法。
- 補酵素再生系酵素がグルコースデヒドロゲナーゼである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法。
- マンデル酸オキシダーゼがシュードモナス(Pseudomonas)属微生物由来であり、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼがエンテロコッカス(Enterococcus)属微生物由来であり、補酵素再生系酵素がバシラス属(Bacillus)微生物由来である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法。
- 形質転換微生物が大腸菌である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造する方法。
- ラセミ体のマンデル酸又はその誘導体をデラセミ化して光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、マンデル酸オキシダーゼ、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素をコードする遺伝子を導入した形質転換微生物であって、マンデル酸又はその誘導体が下記式(I)で表される、形質転換微生物:
(式中Xは水素原子又はアルカリあるいはアルカリ土類金属を表し、Rはオルト位、メタ位又はパラ位が一個又は複数個置換されていることを意味し、置換基は水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜3個のアルキル基、アルコキシ基又はチオアルキル基、アミノ基、ニトロ基、メルカプト基、フェニル基、又はフェノキシ基を表す)。 - 補酵素再生系酵素が、グルコースデヒドロゲナーゼ、ヒドロゲナーゼ、ギ酸デヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ及びグルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼからなる群から選択される、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、請求項8記載の形質転換微生物。
- 形質転換微生物がマンデル酸オキシダーゼをコードする遺伝子を挿入した発現ベクター及び(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素をコードする遺伝子を挿入した2遺伝子発現ベクターの2種類のベクターを用いて形質転換された、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、請求項8又は9に記載の形質転換微生物。
- マンデル酸オキシダーゼ、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼ及び補酵素再生系酵素が微生物由来である、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、請求項8〜10のいずれか1項に記載の形質転換微生物。
- 補酵素再生系酵素がグルコースデヒドロゲナーゼである、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、請求項8〜11のいずれか1項に記載の形質転換微生物。
- マンデル酸オキシダーゼがシュードモナス(Pseudomonas)属微生物由来であり、(R)−マンデル酸デヒドロゲナーゼがエンテロコッカス(Enterococcus)属微生物由来であり、補酵素再生系酵素がバシラス属(Bacillus)微生物由来である、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、請求項8〜12のいずれか1項に記載の形質転換微生物。
- 大腸菌である、光学活性マンデル酸又はその誘導体を製造するための、請求項8〜13のいずれか1項に記載の形質転換微生物。
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