JPWO2006095651A1 - 分子通信システム - Google Patents

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Abstract

所定の情報が符号化された情報分子を制御性良く目的の宛先まで伝達できる分子通信システムを提供する。分子通信システムは、所定の情報が符号化された情報分子を送出する分子送信機と、前記情報分子を受信する分子受信機と、前記分子送信機と分子受信機との間を接続する分子伝搬経路と、を含み、分子伝搬経路は、高分子材料で形成される伝送パスと、当該伝送パスに沿って所定の方向に巡回するキャリア分子とを含み、前記キャリア分子は、分子送信機から送出された情報分子を搭載して分子受信機まで輸送する。

Description

本発明は、分子通信システムに関し、特に、人為的に設計された伝搬チャネルを介して、分子送信機と分子受信機の間で制御性良く情報分子を伝送することのできる分子通信システムに関する。
分子通信は、化学物質(分子)を介した細胞内・細胞間のシグナル伝達メカニズムの観察に端を発する。分子通信では、情報がエンコードされたナノスケールの分子を情報伝達キャリアとして用い、分子の受容(受信)により生起される生化学的な反応に基づく新たなコミュニケーションパラダイムの創出を目指すものである。
電気や光信号といった電磁波を情報伝達キャリアとする既存の通信技術と異なり、分子通信は、生化学信号を使用して、低速かつ非常に少ないエネルギー消費量で行なわれるという特徴がある。このような分子通信は、能力的、環境的な理由で電磁波を使用することができないナノスケールデバイス間の通信や、電子機器で構成、駆動されないナノマシンの動作制御などへの適用の可能性が期待されている。
生体内のシグナル伝達メカニズムのひとつに、キネシンと呼ばれるたんぱく質モータ分子による物質の輸送機構がある。キネシンは、全長約80nm程度の大きさであるが、生体内で微小管と呼ばれる繊維状のレール分子に沿って、自分の大きさの何倍もの大きさの物質を運ぶ。このような生体現象を利用したナノ輸送システムとして、人工加工物(マイクロビーズ)を載せたキネシンが、基板上に固定された微小管(レール)上を一方向に移動するシステムが報告されている(たとえば、非特許文献1参照)。また、リソグラフィ技術により形成された直線状の溝の中にキネシンを固定し、固定されたキネシン上を、微小管が一方向に移動するシステムも報告されている(たとえば、非特許文献2参照)。
しかし、これらの文献は、生体分子の人工的な一方向移動を確認した成功例を報告するに留まり、具体的な適用例についてはまったく言及されていない。
一方、生体高分子を通信媒体または記録媒体として用いる情報通信システムが提案されている(たとえば、特許文献1参照)。このシステムでは、送信側サブシステムにおいて、送信すべき(または書き込むべき)データを配列情報または結合様式情報に変換し、変換した配列情報または結合様式情報を、生体高分子材料と合成して、合成高分子を生成する。
受信側サブシステムで合成高分子を受信(または読み出し)する場合は、符号化された配列/結合様式情報を合成高分子から取り出し、それを受信データまたは読み出しデータに復元して出力する。
この文献では、送信側サブシステムから受信側サブシステムへ合成高分子を送信する場合に、どのような伝達路(チャネル)を介して受信側まで伝達するのかについては、まったく言及されていない。
R. Yokokawa, et al., "Hybrid Nanotransport System by Biomolecular Linear Motors," Journal of Microelectromechanical Systems, Vol. 13, No. 4, pp.612-619, Aug. 2004 Y. Hiratsuka, et al., "Controlling the Direction of Kinesin-driven Microtubule Movements along Microlithographic Tracks," Biophysical Journal, Vol. 81, No. 3, pp.1555-1561, Sep. 2001 特開2003−101485
上記のような背景に基づき、本発明は、分子を介した生物界のシグナル伝達メカニズムを、人為的なデザインのもとで、自律動作可能な通信システムとして再構築することを課題とする。
また、制御可能な伝搬チャネルにより、指向性を有する分子通信システムの構築を課題とする。
上記課題を解決するために、本発明の第1の側面では、分子送信機と分子受信機の間に、人工的に形成した分子伝搬経路を形成する。
具体的には、第1の側面における分子通信システムは、
所定の情報が符号化された情報分子を送出する分子送信機と、
前記情報分子を受信する分子受信機と、
前記分子送信機と分子受信機との間を接続する分子伝搬経路と
を含み、
分子伝搬経路は、高分子材料で形成される伝送パスと、当該伝送パスに沿って所定の方向に巡回するキャリア分子とを含み、前記キャリア分子は、分子送信機から送出された情報分子を搭載して、分子受信機まで輸送する。
このような構成の分子通信システムでは、人為的に作られた伝送路に沿って、宛先まで制御性よく情報分子を伝達することができる。
たとえば、伝送パスはレール分子で形成され、キャリア分子としてモータ分子を用いる。この場合、情報分子は、モータ分子に搭載されて分子受信機まで輸送される。
あるいは、伝送パスはモータ分子で形成され、キャリア分子としてレール分子を用いる。この場合、情報分子は、レール分子に搭載されて分子受信機まで輸送される。
本発明の第2の側面では、分子送信機において、情報分子の宛先となる分子受信機を識別する標識分子を生成し、標識分子と情報分子とを分子伝搬経路に送出する。
具体的には、第2の側面における分子通信システムは、
所定の情報が符号化された情報分子を送出する分子送信機と、
前記情報分子を受信する分子受信機と、
前記分子送信機と分子受信機との間を接続する分子伝搬経路と
を含み、
前記分子送信機は、
所定の分子に所定の情報を符号化して情報分子を生成する分子符号化部と、
前記情報分子の宛先である前記分子受信機を識別する標識分子を生成する標識分子生成部と、
前記情報分子および標識分子を前記分子伝搬経路に送出する分子放出部と
を有する。
このような構成の分子通信システムでは、目的の宛先に対して情報分子を高確率に伝送することができ、同一の情報を符号化した情報分子を複数送出することで、目的の宛先に対してほぼ確実に情報を伝送することができる。
ひとつの構成例として、分子送信機は、
標識分子生成部、および標識分子を放出する第1の分子放出部を有する第1の分子送信装置と、
分子符号化部、および情報分子を放出する第2の分子放出部を有する第2の分子送信装置と
を含み、第2の分子送信装置は、第1の分子送信装置からの標識分子の放出を検出する標識分子検出部をさらに有し、第2の分子放出部は、標識分子の検出に基づいて、情報分子を放出する。
別の構成例として、分子送信機は、
標識分子生成部、および標識分子を放出する第1の分子放出部を有する第1の分子送信装置と、
分子符号化部、および情報分子を放出する第2の分子放出部を有する第2の分子送信装置と
を含み、第2の分子送信装置は、情報分子を放出する際に、第1の分子送信装置に対して標識分子の放出を指示する標識分子放出指示部をさらに有し、第1の分子放出部は、前記指示に基づいて前記標識分子を放出する。
分子を介した情報伝達を制御性よく行なうことのできる分子通信システムが提供される。
本発明の第1実施形態に係る分子通信システムを説明するための概略図である。 図1の分子通信システムで用いられる分子送信機の構成例を示す図である。 図1の分子通信システムで用いられる分子受信機の構成例を示す図である。 図1の分子通信システムで伝送される情報分子のデータ構造例を示す図である。 図4の情報分子のデータ部のみを保護コーティングする場合の例を示す図である。 図5の情報分子をキャリア分子に結合させて伝送するときの構成例を示す図である。 本発明の第2実施形態に係る分子通信システムを説明するための概略図である。 図7の分子通信システムで用いられる分子送信機の構成例1を示す図である。 図7の分子通信システムで用いられる分子送信機の構成例2を示す図である。 図7の分子通信システムで用いられる分子受信機の構成例を示す図である。 図7の分子通信システムで用いられる分子送信機の構成例3を示す図である。 図7の分子通信システムで用いられる分子送信機の構成例4を示す図である。
符号の説明
1、2 分子通信システム
10、50 分子伝搬経路
11 基板
15、55 情報分子
16 モータ分子
17 レール分子
18 LDH
19 キャリア分子
20、60 分子送信機
21 分子供給部
22 分子生成部
23 分子供給ポート
24 分子貯蔵部
25、65 分子情報符号化部
26 符号化情報保護部
27、67 分子放出部
30、70 分子受信機
31 分子受信部
32 保護機構解除部
33、72 分子情報復号化部
34 分子処理部
35 貯蔵部
36 分解部
37 排出部
56 標識分子
61 標識分子生成部
62 情報分子生成部
64 標識分子格納部
66 情報分子格納部
68 標識分子検出部
69 標識分子放出指示部
71 標識分子受信部
以下、図面を参照して、本発明の良好な実施形態について説明する。
まず、図1〜図6を参照して、本発明の第1実施形態に係る分子通信システムを説明する。第1実施形態では、モータ分子とレール分子を用いた人工チャネルを形成して分子通信システムを構築する。
図1は、第1実施形態に係る分子通信システム1の概念を説明するための概略図である。分子通信システム1は、分子送信機20と、分子受信機30と、これらの間を接続する分子伝搬経路10を含む。図1(a)の構成例では、分子送信機20と分子受信機30の間にレール分子17を配置して分子伝搬経路10Aを形成し、モータ分子16に情報分子15を搭載して、レールに沿って分子受信機30まで情報分子15を輸送する。
レール分子17として、たとえば微小管を用いる。モータ分子16は、その移動方向に応じて、キネシンまたはダイニンを用いる。モータ分子16が移動する方向は、微小管17の極性によって決定され、キネシンは、微小管17のプラス(+)端に向けて移動し、ダイニンはマイナス(−)端に向けて移動することが一般に知られている。
レール分子17を用いて伝搬経路10Aを形成するには、ガラス基板11上に、微小管17を固定する必要がある。微小管17は、ガラス表面に対する親和性が低いので、アミノ酸(PLL:Poly-L-Lysine)を接着剤として用いる。たとえば、ガラス基板11上に、伝送パスを構成するスリット開口が形成された樹脂フィルム(不図示)を配置して、スリット内にPLLを注入する。その後、余分なPLLを洗い流し、樹脂フィルムを除去した基板11上にレール分子(微小管溶液)を導入すると、PLLコーティングされた部分にのみ、レール分子17が付着する。
これとは逆に、図1(b)の例では、モータ分子16を基板11上に配置して、分子送信機20と分子受信機30の間に分子伝搬経路10Bを形成する。この場合は、レール分子である微小管17が、モータ分子16で形成された伝送パスに沿って情報分子15を輸送する。
分子伝搬経路10Bの形成は、たとえばフォトリソグラフィ法により、ガラス基板11上に所定のパス形状にパターニングされたレジスト膜(不図示)を形成する。レジストに形成された溝内にモータ分子を注入し基板11上に吸着させる。
図1(a)と図1(b)のシステムは、原理的に等価である。図1(a)の例では、モータ分子16が情報分子15の伝送を担うキャリアとして機能し、図1(b)の例では、レール分子17がキャリアとして機能する。したがって、以下では、両者を総称してキャリア分子19と称する。
なお、図1(a)、図1(b)のいずれの例でも、レール分子17は微小管に限定されず、アクチンフィラメントであってもよい。その場合は、モータ分子として、キネシンやダイニンの代わりに、ミオシンを用いる。また、伝搬経路10は、必ずしも基板11上に固定される必要はなく、たとえば、ファイバ状の経路としてもよい。
図2は、図1の分子通信システム1で用いられる分子送信機20の概略構成図である。分子送信機20は、情報分子を生成して分子伝搬経路10に送出する。分子送信機20は、分子を生成する分子生成部22と、外部から分子の供給を受ける分子供給ポート23のうち少なくとも1つを含む分子供給部21を有する。分子貯蔵部24は、分子生成部22で生成され、または分子供給ポート23を介して外部供給された分子を、一時的に蓄えておく。分子情報符号化部25は、伝送したい情報を分子に対して符号化を行なう。符号化情報保護部26は、符号化した情報分子を外部環境から保護するための処理を施す。分子放出部27は、符号化された(任意で保護処理もされた)情報分子を、分子送信機20の外部に放出する。
図3は、図1の分子通信システム1で用いられる分子受信機30の概略構成図である。分子受信機30は、分子送信機20から送られてきた情報分子を受け取り、情報の内容を復号する。分子受信機30の分子受信部31は、分子伝搬経路10上を伝送されてきた情報分子を捕捉し、分子受信機30の内部へ取り込む。保護機構解除部32は、受信した情報分子に保護処理が施されている場合に、その保護機構を解除する。分子情報復号化部33は、情報分子に符号化された情報の復号化ないしは解釈を行なう。分子処理部34は、分子の貯蔵、分解、分子受信機30外部への排出などを行なう。
次に、このような分子通信システム1の動作について説明する。
分子送信機20において、外部から供給され、もしくはあらかじめ分子貯蔵部24に貯蔵されたDNAをクローニング操作し、合成DNAや天然DNAを組み合わせて繋ぎ合わせ、伝送したい情報内容に対応した塩基配列(A:Adenine/G:Guanine/T:Thymine/C:Cytosine)を持つ1本鎖または2本鎖のDNAを生成する。あるいは、伝送したい情報に対応した構造(ヘアピン構造やバルジ構造など)を持つ1本鎖または2本鎖のDNAを生成する。このようなDNAの生成や操作は、マイクロPCR(Polymerase Chain Reaction)等に見られるように、微小なチップ上にて行うことが可能である(例えば、K. Sun, et al., "Fabrication and Evaluation of the All Transparent Micro-PCR Chip," Technical Report of IEICE, MBE2003-40, pp.1-4, July 2003.を参照されたい)。
たとえば、Aという文字にはCGAの塩基配列を、Bという文字にはCCAの塩基配列を、Cという文字にはGTTの塩基配列をマッピングするなどの方法が考えられる。
あるいは、0のデジタル情報にはヘアピン構造を、1のデジタル情報にはバルジ構造をマッピングすることも考えられる。
符号化の際には、分子送信機外部であらかじめ様々な配列や形状のDNAを大量合成し、分子供給ポート23を通じて分子貯蔵部24に格納しておき、伝送したい情報に対応したDNAを選択し、放出する形態であってもよい。
伝送する情報は、上記のような人工的なアナログ/デジタル情報だけではなく、DNAが持つ生命情報そのものや、疾患細胞の治療用遺伝子などであってもよい。
このようにして生成されたDNAをデータ部とし、これにキャリア分子との結合に用いる1本鎖DNAを結合部として連結することで、情報分子を生成する。
図4は、情報分子(本実施例ではDNA)のデータ構造を示す模式図である。情報分子15は、分子伝搬経路10上を分子受信機30まで移動するキャリア分子(モータ分子16またはレール分子17)との結合に用いる結合部15aと、伝送すべき情報を符号化したデータ部15bとを含む。
分子伝搬経路10中の温度やpH、分解酵素、イオン強度、光などの分子を変性させ得る環境因子から生成した情報分子15を保護するために、図5に示すように、符号化情報保護部26において、データ部15bを無機化合物であるLDH(Layered Double Hydroxide)18でコーティングしてもよい。LDHコーティングは、たとえば符号化されたDNA鎖をLDH層間に取り込んで、カプセル化することにより行なわれる。LDHコーティングの方法および効果については、J.H. Choy, et al., "Inorganic-Biomolecular Hybrid Nanomaterials as a Genetic Molecular Code System," Advanced Material, 16, No. 14, pp.1181-1184, Jul. 19, 2004.を参照されたい。
このようにして生成、加工された情報分子(たとえばDNA)15は、分子放出部27から分子送信機20の外へ放出される。例えば、イオンチャネルのような開閉可能なゲートとタイマを備えることで、キャリア分子の巡回周期にあわせて情報分子を放出する機構が考えられる。放出された情報分子15は、図6に示すように、分子送信機20の近傍に存在し、情報分子15の結合部15aと相補性を有する1本鎖DNAの塩基配列を表面に有するキャリア分子19と、2本鎖を形成(ハイブリダイゼーション)することによって結合する。なお、キャリア分子19は巡回しているため、放出された情報分子15が分子送信機20の近傍に存在し続けていれば、放出されて一定時間が経過した後には、巡回してきたキャリア分子19と結合するため、タイマを備えることは必須ではない。
キャリア分子19は、アデノシン三リン酸(ATP)が注入された溶液中で、基板11上に固定されたレール分子17またはモータ分子16の伝送パスに沿って常時巡回移動している。キャリア分子19の移動速度は、ATP濃度やマグネシウムイオン濃度、溶液の温度、粘性抵抗を調整することによって、制御可能である。これを利用して、キャリア分子19の巡回周期と、分子送信機20から情報分子15が放出される周期を同期させることもできる。
あるいは、ATPが存在しない溶液中の分子送信機20の近傍に、キャリア分子19を待機させておき、情報分子15がキャリア分子19と結合した後に、分子受信機30まで移動できる量のATPを溶液中に注入することで、キャリア分子19の移動を開始させてもよい。
情報分子15が結合したキャリア分子19は、基板11上に伝搬経路10を形成するレール分子17またはモータ分子16に沿って、分子受信機30へと輸送される。
分子受信機30の分子受信部31では、輸送されてきたキャリア分子19と情報分子15との結合体に対し、制限酵素を作用させて、情報分子15とキャリア分子19との結合を担っている2本鎖を切断し、キャリア分子19から分離した情報分子15を、分子受信機30の内部に取り込む。
取り込んだ情報分子15のデータ部15bがLDHコーティングされている場合は、保護機構解除部32において、pHを3以下にした溶液中に取り込むことでLDHコーティングを除去する。LDHコーティングからDNAを取り出す方法に関しても、上記 J.H. Choy, et al., の文献に記載されている。
次に、分子情報復号化部33は、情報分子15のデータ部15bの配列を読み取ることで、情報の復号化を行なう。塩基配列を読み取る方法としては、PCR(Polymerase Chain Reaction)とゲル電気泳動を用いる方法が最も一般的であるが、ナノスケールの孔(ナノポア)をDNAが通過する際の電流変化を検出することによって配列の読み出しの可能性があることが、T.A. Goor, "Nanopore Detection: Threading DNA Through a Tiny Hole,"PharmaGenomics, pp.28-30, March/April 2004 に開示されている。
塩基配列を直接的に解読する代わりに、分子受信機30に取り込まれたDNAが発現することによって生じる生化学的な反応(たとえば蛋白質の生成など)を観察することで、符号化された情報を解釈することとしてもよい。
情報の復号化または解釈が終わると、分子処理部34で必要な処理を行なう。情報分子をリサイクルする場合は貯蔵部35に保存する。消滅させる場合は、分解部36で分解、消滅させる。外部へ排出する場合は、排出部37を介して、分子受信機30の外へ排出する。
次に、上述した第1実施形態の変形例を説明する。
(情報符号化・復号化について)
上記の実施例では、情報分子15としてDNAを用いたため、DNAの塩基配列や構造に情報をマップする例を示した。しかし、情報分子として使用する分子の種類に応じて、様々な情報符号化方法が考えられる。
例えば、アゾベンゼンは、波長380nmの光を照射すると、シス型からトランス型に構造変化し、波長450nmの光を照射すると、トランス型からシス型に変化(光異性化)する性質が知られている。その他にも、似たような光学活性を持つ分子があり、ポリシランは温度や化学物質といった外部からのエネルギーによって、らせん巻性を右から左、左から右に変換できることが知られている。このような性質を利用して、一方の状態に"0"を、もう一方の状態に"1"を対応付ける情報符号化も考えられる。
また、数万種類存在する蛋白質の立体構造を利用することも考えられる。例えば、アミノ酸配列や三次元立体構造が極めて似ている蛋白ファミリー(族)を構成する蛋白質群に対して、ある1つの情報をマッピングすれば、分子送信機20と分子受信機30との間の外部環境による変化で、蛋白質分子が多少変性したとしても、同じ蛋白質群の中での変移であれば、情報が失われることにはならない。したがって、環境耐性を高めた符号化が可能になる。
分子の立体構造を利用することによっても、情報符号化は可能である。例えば、金属原子と有機分子との自己組織化による結合で形成される各種のナノ構造体が利用できる。構成部品となる分子を適切に設計(原子の種類や数、位置などのデザイン)すれば、常温常圧の条件下で水に溶かすだけで、自然界には存在しない複雑なナノ構造体(正方形、四面体、六面体、八面体、チューブ型、箱型、八の字型、知恵の輪型など)を、収率100%で合成できることが知られている。これらの構造に情報を対応付ける符号化方法も実現し得る。
分子の立体構造に情報を符号化した場合には、受信側でNMR(Nuclear Magnetic Resonance)やX線解析による立体構造の解読が必要である。
他には、分子の立体構造を利用せずに、分子構造の極性や振動、強さ等の性質を利用する情報符号化も考えられる。さらに、様々なサイズの半導体ナノ結晶(量子ドット)を詰めたラテックス製のビーズを情報分子とし、そのビーズに詰められた量子ドットの組成を情報符号化に用いる方法も可能である。
量子ドットビーズを用いる場合は、1つのラテックスビーズに詰められた様々なサイズの量子ドットから発せられる蛍光をプリズムで分光することで、ビーズ中の量子ドットの組成に応じた波長と強度を持つスペクトルパターン(理論上では10億通りのパターン)が得られる。したがって、スペクトルパターンを利用した情報符号化が可能である。
一方で、分子に特別な操作を行なうことなく、分子の存在そのものが情報を持つという考え方もできる。例えば、フェロモンなどの化学物質は、その分子を受容した受信者の感情や行動などに作用を及ぼすことが知られている。つまり、分子の存在そのものが符号化に相当し、その解釈が復号化に相当する。また、カプセル化による情報分子の保護については、LDHでコーティングする以外にも例えば膜小胞を利用し、膜小胞の内部に情報分子を閉じ込めてカプセル化することも考えられる。さらに膜小胞を利用して情報分子をカプセル化する際には、複数の情報分子を同一の膜小胞内に閉じ込めることが可能であるため、情報分子の濃度や膜小胞内の異なる情報分子の構成比率に情報を符号化することも可能となる。なお、フェロモンなどの化学物質は、その分子を多く受容すればするほど、より強い作用を及ぼすため、濃度や構成比率に情報を符号化した場合、受信者に生起される作用の強弱が復号化に相当することとなる。なお、このように情報分子をカプセル化する物質としては、膜小胞以外にも有機、無機分子等を用いて構築した分子カプセル等でもよく,情報分子をカプセル化できるものであればどのようなものであってもよい。
(情報分子とキャリア分子との結合・分離について)
上述した実施例では、情報分子15としてDNAを用いた例であったため、DNAのハイブリダイゼーションを利用したが、情報分子として使用する分子の種類に応じて、様々な方法が考えられる。
例えば、キャリア分子の表面にレセプタ(受容体)を結合することによって、分子送信機20から放出された蛋白質などの情報分子15を受容体の分子認識能によって捕捉し、キャリア分子19に載せて伝送できると考えられる。なお、受容体はテーラーメイドで人工的に作ることもできるため、様々な情報分子をキャリア分子で伝送することが可能になる。また、受容体は膜小胞表面に付着させることも可能であるため、膜小胞表面に1つの受容体を付着させ、キャリア分子19にはその受容体が認識する分子を付着させることで、膜小胞をキャリア分子19に載せることが可能である。膜小胞内には様々な情報分子を閉じ込めることが可能であるため、情報分子15の種類に応じて異なる受容体を利用せずとも、様々な情報分子を同一のキャリア分子19で伝送することができると考えられる。この場合、郵便で言えば、膜小胞は封筒に相当し、情報分子15が中に入れられる手紙に相当することになり、膜小胞は内部に閉じ込められた情報分子15を分子伝搬経路10中の温度やpH、分解酵素、イオン強度、光などの分子を変性させ得る環境因子から保護するだけでなく、情報分子15の性質をキャリア分子19に対して隠蔽し、情報分子15の種類によらない伝送を可能とすることができる。
また、キャリア分子の表面にシクロデキストリンやクラウンエーテルを結合すれば、環の大きさにフィットする分子やイオンを取り込む分子包接能により、情報分子をキャリア分子で伝送できるようになる。なお、分子受信機30まで伝送された情報分子は、光を照射するなどの外部刺激を与えることで取り出すことができる。
その他には、分子送信機20から放出された情報分子15をリン酸化酵素によってリン酸化することでキャリア分子19に結合し、分子受信機30では、脱リン酸化酵素によって情報分子を脱リン酸化することで分離する方法も考えられる。
(宛先情報の付与)
上記の実施例では、単一の分子受信機30が用いられる場合を例にとって説明したが、複数の分子受信機30が存在し、各々が異なる受容体を有する分子通信システムにも第1実施形態を適用することができる。
この場合は、複数の分子受信機30の各々に、それぞれ異なる受容体を持たせる。そして、分子送信機20において、いずれかの受容体のリガンドとなる分子を放出させ、キャリア分子19と結合させて伝送することで、そのリガンドに対応する受容体を持つ分子受信機30によってキャリア分子は捕捉される。つまり、キャリア分子19に、情報分子15に加えて、宛先情報を示すリガンド分子を結合することによって、複数ある分子受信機30の中から特定の分子受信機30に対して情報分子15を伝送することができる。
(アプリケーション例)
(1)大容量の情報伝送
情報分子としてDNAを使用した場合は特に、1つの情報分子で大容量の情報を伝送することができる。
(2)燃料輸送
情報分子として水素を伝送すれば、燃料電池へのエネルギー供給となる。情報分子としてプロトン(水素イオン)を伝送すれば、回転分子モータへのエネルギー供給となる。
(3)擬似物質転送
情報分子として酵素やDNAといった最小限の物質を伝送することで、受信側に自己組織化などの生化学反応を生起させ、送信側と同一の物質を受信側にも形成することができる。
(4)μ−TAS(Micro Total Analysis System)/Lab-on-a-Chip(ラボオンチップ)
チップにポンプ、バルブ、センサ、リアクタなど様々なコンポーネントを微小化・集積化させたシステムのことを指し、チップ上での生化学分析や合成が行える。ここでは、情報分子として各種の試料や試薬を各コンポーネントに伝送する。
(5)分子コンピュータ
分子で構成されるトランジスタや論理ゲート、メモリーなどのコンピューティングデバイス素子間の入出力や制御信号として、酵素などの情報分子を伝送する。
(6)ナノマシン間通信、動作制御
能力的・環境的に電磁波を使用することができないナノスケールデバイス間における通信や、電子機器で構成・駆動されないナノマシンの動作制御などを行う。
次に、図7〜図12を参照して、本発明の第2実施形態に係る分子通信システムについて説明する。第2実施形態では、伝搬経路として、主として血管やリンパ管といった生体内の分子信号伝達経路を利用する。
図7は、第2実施形態に係る分子通信システム2の概念図である。分子通信システム2は、分子送信機60と、分子受信機70と、これらの間を接続する分子伝搬経路50を含む。分子送信機60は、分子に情報を符号化して情報分子55を生成し、この情報分子55と、情報分子55の宛先標識となる標識分子56とを送信する。情報分子55と標識分子56は、分子伝搬経路50を伝って、分子受信機70に到達する。分子受信機70は、情報分子55および標識分子56を受信し、情報分子55から情報を復号化する。
分子送信機60は、例えば生体の細胞を人工的に改変し、分子に情報を符号化する能力を持たせたものであり、符号化された情報を有する情報分子55と、標識分子56を生成し、外部に送出する。なお、分子送信機60は、生体の細胞を人工的に改変する以外にも、機械的な部品を用いて人工的に構成してもよい。また、符号化の対象となる分子と標識分子は、必ずしも分子送信機60の内部で生成する必要はなく、人工的に符号化用の分子と標識分子をあらかじめ分子送信機60内部に格納しておく構成としてもよい。分子送信機60は、最低限の能力として分子に情報を符号化し、これを送信する機能を持っていればよい。
標識分子は、ホルモンや神経伝達物質といった分子であり、特定の受容体に選択的に結合する能力を持った分子である。符号化の対象となる分子は、例えば、蛋白質やDNAといった生体分子である。これらの符号化の対象となる分子には、分子構造的に、標識分子と結合する部分を持たせ、近傍の標識分子と結合するようにしておく。なお、符号化方法については後述することとする。
分子伝搬経路50は、例えば、血管やリンパ管といった生体内の分子信号伝達経路であり、分子送信機60と分子受信機70との間で、情報分子55と標識分子56の結合体(ペア)が伝搬される。分子伝搬経路50は、血管やリンパ管でなくとも、情報分子55/標識分子56の結合体を輸送できる経路であれば、どのような経路であってもよく、例えば、任意の分泌経路や、生体内以外の経路である上記の第1実施形態に示したような流路を分子モータがキャリア分子となって移動するような経路であってもよい。
分子受信機70は、例えば、標識分子56を受信する受容体を持つ生体細胞または、これを改変した人工細胞であり、標識分子56とともに情報分子55を内部に取り込み、情報分子55に符号化された情報を復号化する。復号化方法については、符号化方法とともに後述する。なお、分子受信機70は、生体細胞や生体細胞を改変した人工細胞に限定されず、機械的な部品を用いて人工的に構成したものであってもよい。いずれの場合も、標識分子56を受信する受容体を持ち、情報分子55に符号化された情報を復号化する機能を有すればよい。
分子送信機60による分子への情報の符号化方法としては、最も単純な符号化方法として、例えば、分子Aを情報"0"に、分子Bを情報"1"に対応させ、いずれかを送信することによって伝達する情報を変化させる符号化方法がある。分子A、Bは全く異なる分子を利用してもよいが、分子Bとして、分子Aにリン酸化やユビキチン化等、何らかの化学反応を作用させ性質を変更したものを利用することもできる。また、分子送信機が生体細胞や生体細胞を改変した人工細胞の場合、生体細胞が細胞外に放出するシグナルを持つ分子をこのような分子A、Bとして選択すれば、分子を生成し、符号化するだけで、細胞外に放出されることになる。また、機械的な部品を用いて分子送信機を構成した場合、クロックを持つ開閉ゲート等の部品を利用し、分子生成、符号化と同期させて、分子放出のタイミングを制御することができる。なお、分子生成、符号化の後、即座に送信する必要がなければ、分子生成、符号化と分子放出とを同期させる必要はなく、定期的に開閉するゲート等の部品を利用してより簡易に分子送信機を構成することが可能である。
分子受信機70における復号化方法としては、それぞれに対応する受容体を用意しておき、どちらと結合したかを判定することにより、送信された情報を復号化することができる。判定方法としては、受容体と結合した結果、分子受信機に生起される作用(分子受信機の形態変化、分子受容に伴う化学物質の放出、等)を観測、測定すればよい。なお、"0" 、"1"のようなデジタル情報でなく、分子受信機に生起される作用そのものを情報とすることもでき、この場合は、分子送信機において伝達する作用を生起する分子の生成が符号化に相当し、分子受信機において所望の作用が生起されることが復号化に相当する。このように作用そのものを情報として送信する分子送信機は、例えば真核細胞を遺伝子改変し、周囲の温度や光などの外部刺激に応じてある分子の放出をON/OFFしたり、放出される分子の種類や濃度が変化したりする機能を持たせた外部刺激感受性変異細胞等を利用して実現することが可能であると考えられる。また、分子受信機については、生体細胞そのものを利用することで実現可能であると考えられる。
他にも、分子構造にねじれ部分を持ち、ねじれの方向が、右ねじれと左ねじれの場合を有するジアザペンタフェン類のような分子を利用して、右ねじれの場合を情報"0"に、左ねじれの場合を情報"1"に対応させ、情報に対応してねじれ方向を操作することにより、符号化することもできる。この分子は、円偏光によりねじれの方向を制御することができるため、左右どちらの円偏光を照射するかにより符号化を行うことが可能である。円偏光の照射によるねじれ方向の制御については、田中康隆,『分子メモリーを目指した新規な光学活性芳香族分子の合成とその物性に関する研究』,静岡大学ベンチャービジネスラボラトリー研究開発プロジェクト報告書,平成12年,に記載されている。
また、ねじれの方向は、円二色性スペクトルによって読み出すことも知られており、これを分子受信機70における復号化方法として利用することができる。なお、これらの円偏光やスペクトルを利用した符号化、復号化方法は、機械的に構成した分子送信機、分子受信機では利用可能であるが、生細胞由来の分子送信機、分子受信機を用いた場合には円偏向やスペクトルを発生させることが困難であるため、実現可能性は低くなる。
分子そのものや、分子の構造を利用した情報符号化、復号化方法の代わりに、第1実施形態のように、符号化される分子としてDNAを利用し、その塩基配列で符号化する、あるいは、上記特許文献1(特開2003−101485)に記載されるように、符号化される分子としてアミノ酸を利用し、その配列で符号化する符号化方法を利用してもよい。ただし、ある種の蛋白質やDNAを血中におくと酵素的な分解を受けるので、この場合の分子伝搬経路は血管以外の流路とするのが望ましい場合がある。しかしながら、第1実施形態で示したようにDNAをLDH等でカプセル化して保護したり、膜小胞で情報分子を閉じ込めて保護したりすることもできるため、このような手法を利用すれば血中での伝送も可能となる。
また、1つの分子に情報を符号化するのではなく、複数の分子を用意し、その濃度によって符号化するとしてもよい。例えば、分子Aと分子Bがあわせて100個存在する場合に、分子Aの割合が70%以上であれば情報"0"を、分子Bの割合が70%以上であれば情報"1"を表わす符号化方法を採用してもよい。分子伝搬経路50においていくつかの分子が化学変化したり、他の分子と結合したりすることによってその性質が失われることに起因して、いくつかの情報分子を分子受信機70で受信できなかったとしても、ある一定以上の分子が分子受信機70まで到達すれば、情報を復号化することが可能である。したがって、分子伝搬経路50の影響による情報誤りを低く抑えることができる。どちらの分子の濃度も70%以下であった場合、情報誤りが発生したことを検出できるため、分子送信機60に対して、情報の再送を要求することもでき、通信の信頼性を向上させることができる。なお、このような情報符号化の機能を持つ分子送信機は、温度や光などの外部刺激に応じて分子A、分子Bのどちらを放出するかを切り替える前述の外部刺激感受性変異細胞等を利用し、全体の分子生成量を制御するため与える栄養素の量を調節することによって実現可能であると考えられる。
また、第1実施形態に示したように、分子放出の際に膜小胞に分子を閉じ込めて分子を保護する機構を用いることもでき、この場合は第1実施形態の場合と同様に、膜小胞内に閉じ込められた分子の濃度や異なる分子の膜小胞内の構成比率等に情報を符号化することも可能である。この場合、膜小胞によって情報分子が保護されているため、情報誤りが発生する確率も低くなるという効果もある。なお、復号化についても第1実施形態と同様に、分子受信機に生起される作用の強さを観測、測定することで実現される。また、"0"、"1"のようなデジタル信号を情報とするのではなく、分子受信機に生起される作用とその強さを情報とすることもできる。この場合、分子送信機において伝達する作用を生起する分子を生成し、所望の強さになる濃度や比率で膜小胞内に閉じ込めることが符号化に相当し、分子受信機において所望の強さで所望の作用が生起されることが復号化に相当する。なお、所望の濃度や比率で膜小胞内に分子を閉じ込める手法としては、膜小胞が形成される際に膜小胞内部の情報分子の濃度や比率が環境中の情報分子の濃度や比率と同一になる性質を利用し、分子生成量を制御して分子送信機内の情報分子の濃度や比率を所望の濃度や比率にしてから膜小胞を形成することが考えられる。
以下では、情報分子55の濃度によって情報符号化、復号化を行う方法を例として図7の分子通信システム2の動作を説明する。
図8は、図7に示す分子送信機60の第1の構成例を示す。分子送信機60は、標識分子生成部61、情報分子生成部62、分子符号化部65、および分子放出部67を含む。標識分子生成部61は、ホルモンや神経伝達物質といった標識分子56を生成する部分であり、生体の細胞においては、リボソームに相当する部分である。情報分子生成部62は、情報符号化の対象となるタンパク質等の分子を生成する部分であり、こちらも生体の細胞においてはリボソームに相当する。なお、符号化の対象となる分子の生成を標識分子の生成と区別するために、説明の便宜上、情報分子生成部と称する。
前述したように、標識分子や情報符号化のための分子を分子送信機60の内部で生成するかわりに、あらかじめ人工的に格納しておく場合は、図9のような構成となる。その場合、分子送信機60は、標識分子生成部61の代わりに標識分子格納部64を有し、情報分子生成部62の代わりに情報分子格納部66を有することになる。情報分子生成部62も情報分子格納部66も、ともに符号化対象となる分子を供給するという意味で、分子供給部として機能する。
分子符号化部65は、生成またはあらかじめ格納された分子に対して所定の符号化を行って、情報分子55とする。符号化された情報分子55は、標識分子56とともに、分子放出部67から放出される。
今、分子送信機60は、生体内の膵臓付近に埋め込まれており、分子送信機60に接続したセンサ等(不図示)で取得した体温、体液粘度等の生体情報を、同じく生体内の肝臓付近に埋め込まれた分子受信機70に定期的に送信することを想定する。分子送信機60の標識分子生成部61は、センサで取得した情報を分子受信機70に伝達するために、センサからの入力をトリガとして、肝臓の細胞を標的細胞とするホルモンであるインシュリンを標識分子として生成する。
一方、情報分子生成部62(または情報分子格納部66)は、センサからの入力をトリガとして、インシュリンと結合する構造を有する蛋白質分子(分子A)を、符号化対象分子(情報分子)として出力する。
センサ入力に基づいて、標識分子としてのインシュリンを100個、情報分子のための分子Aを100個出力したとする。センサにより検出された情報が体温であり、体温が36.5度より高ければ"0"を、36.5度以下であれば"1"を与えて符号化する。"0"を符号化する場合には、リン酸化された分子Aの比率を70%以上とし、"1"を符号化する場合には、ユビキチン化された分子Aの比率を70%以上とするような符号化を行う。取得された体温が36度だとすると、分子符号化部65は、"1"を符号化するため、分子Aに対してユビキチンを作用させ、分子Aの大部分をユビキチン化する。ここで閾値を70%に設定しているのは、ユビキチンが作用しない分子が一部存在する場合を考慮してのことである。
標識分子であるインシュリンと、情報が符号化された分子(情報分子)Aは、分子放出部67から放出される。このとき、分子Aは、インシュリンと結合し易い構造部位を有するため、分子放出部67から送信される前に、分子Aと標識分子との結合体を形成することとなる。もっとも、状況によっては、この結合体の形成は分子送信機60からの放出後となることも考えられる。なお、分子Aはリン酸化やユビキチン化により情報を符号化されても、標識分子と結合し易い部分には影響がないように設計しておくことで、符号化によってこの結合体が形成されなくなるということはない。
また、分子Aとインシュリンが結合する部分は、インシュリンが分子受信機(受容体)70と結合する部分とは異なる部分である。情報分子Aとインシュリンとの結合部分が他の部分に影響を与えないように設計しておくことで、この結合によりインシュリンが分子受信機70に受信されなくなるという事態を回避する。
分子送信機60より送信された分子(インシュリンと符号化された情報分子Aの結合体)は、インシュリンの生体内信号伝達経路である血管を流れる血流によって、体内を伝搬し、インシュリンの受容体を持つ肝臓付近の標的細胞に到達する。このとき、インシュリンと情報分子Aとの結合体が、伝搬経路50で分解等の影響を受けないように、分子送信機60の分子放出部67から、あらかじめ情報分子Aに抗インシュリン抗体を結合させた状態で放出してもよい。
図10は、図7の分子通信システム2で使用される分子受信機70の構成例を示す概略図である。分子受信機70は、標識分子受信部71と、情報分子復号化部72を有する。標識分子受信部71は、標識分子を受信する部分である。生体の細胞における受容体に相当し、特定の標識分子と選択的に結合する。情報分子復号化部72は、情報の復号化を行う部分であり、蛋白質に対してリン酸化やユビキチン化等の化学反応により符号化した場合は、それぞれの化学反応を受けた蛋白質の起こす作用の違いにより、復号化を行う。
上記の例では、分子受信機70の標識分子受信部71は、インシュリンの受容体で構成されており、分子伝搬経路50を伝ってきた結合分子のうちの標識分子(インシュリン)がこの標識分子受信部71と結合することによって、情報分子を含む分子が分子受信機70に受信される。標識分子受信部71にインシュリンが結合すると、分子受信機70は、受容体依存性エンドサイトーシスにより、インシュリンと情報符号化分子Aの結合体を分子受信機70の内部に取り込む。受容体依存性エンドサイトーシスについては、米田悦啓,『細胞内輸送がわかる』,ISBN:4897069963,羊土社、第45〜53ページに記載されている。取り込まれた情報分子は、情報分子復号化部72で復号される。
上記の例では、情報の宛先が、肝臓付近の分子受信機であったため、標識分子56としてインシュリンを使用した。宛先が腎臓付近の分子受信機である場合は、腎臓に作用するホルモンであるアルドステロンを標識分子56として使用することになる。このように、宛先ごとに適切な標識分子を使用することにより、情報を符号化した分子を、生体の分子信号伝達経路を利用して、適切な宛先に送信することが可能になる。また、生体の分子信号伝達経路でなくとも、例えば上記の第1実施形態で示した流路であっても、宛先毎に異なる受容体を持つ分子受信機が存在すれば、本発明を利用して、適切な宛先に情報を符号化した分子を送信することが可能になる。
上述した例では、センサ等により取得した情報を目的の宛先へ送信する構成としたが、第2実施形態の分子通信システム2は、薬分子を適切な宛先に送信する目的で使用することもできる。この場合、薬分子が情報分子55になり、符号化は、薬分子が分子受信機70で作用する状態にすることに相当し、分子受信機70で薬が作用することが復号化に相当する。
上記の例では、1つの分子送信機60において、標識分子56と情報分子55の双方を生成したが、図11に示すように、標的分子56を生成、放出する第1の分子送信装置60aと、符号化された情報分子55を生成、放出する第2の分子送信装置60bとを用いて、分子送信装置群または分子送信機60として構成することも可能である。この場合、第1の分子送信装置60aは、例えば、本来的に生体に存在する細胞そのものでよく、第2の分子送信装置60bのみを第1の分子送信装置60aの近傍に埋め込む。
図11(a)に示すように、第2の分子送信装置60bは、情報分子生成部62、分子符号化部65、分子放出部67bに加え、標識分子検出部68を有する。標識分子検出部68は、例えば、標識分子の受容体であり、第1の分子送信装置(生体細胞)60aが放出した標識分子56の一部を受信することにより、標識分子56の放出を検出する。標識分子検出部68は、標識分子56の放出(分泌)を検出すると、情報分子生成部62に対して、符号化対象分子の生成を指示する。分子符号化部65で、分子への情報の符号化が行なわれ、分子放出部67bから、情報分子55が出力される。
あるいは、標識分子56の放出を検出してから、符号化された情報分子を生成するのではなく、符号化対象となる分子の生成、符号化をあらかじめ行っておいてもよい。この場合、図11(a)で破線の矢印で示すように、標識分子56の放出の検出に基づいて、分子放出部67bに情報分子55の放出指示することによって、即座に情報分子55を放出する。この指示方法としては、分子送信機として生体細胞やそれを人工的に改変した人工細胞を利用した場合、標識分子検出部68が、ホルモン分泌を検出した際、分子放出部67bに対して、生体細胞が分子を放出する際に利用しているカルシウムイオンを信号として伝達してやることが考えられる。なお、標識分子検出部68がホルモン分泌を検出する機構としては、分泌されるホルモンに対応する受容体を利用することが考えられる。ホルモンが受容体に結合したことをトリガとしてカルシウムイオンが分子放出部に伝達するという作用を発生する仕組みの実現には、受容体に結合する分子とそれをトリガとして生起される作用を自由に組み合わせることが可能なキメラ受容体を利用できると考えられる。キメラ受容体については、M. Kawahara, et al., "Selection of genetically modified cell population using hapten-specific antibody/receptor chimera," Biochemical and Biophysical Research Communications," vol.315, pp.132-138, Feb. 2004. を参照されたい。カルシウムイオンが作用すると、分子放出部67bでは、分子を放出するメカニズムであるエクソサイトーシスが促進され、情報分子が放出されることになる。
いずれの構成でも、図11(b)に示すように、第1の分子送信装置(生体細胞)60aが標識分子を放出するタイミングに合わせて、第2の分子送信装置60bが、情報分子を放出し、これらの分子の結合体を分子伝搬経路に沿って、送り出す。
図12は、さらに別の構成例3を示す。構成例3では、図12(b)に示すように、第2の分子送信装置60bが情報分子55を放出する必要がある場合に、第1の分子送信装置(生体細胞)60aに標識分子を分泌するように指示を出す。
この場合、第2の分子送信装置60bは、情報分子生成部62、分子符号化部65、分子放出部67bに加え、標識分子放出指示部69を有する。第1の分子送信装置(生体細胞)60aが放出する標識分子56がホルモンであれば、標識分子放出指示部69は、ホルモン放出刺激ホルモン等を第1の分子送信装置60aに対して出力する。
図11および図12の例に示すように、分子送信機を複数の分子送信装置の集まりとして構成した場合、1つの分子送信機で標識分子56と情報分子55の両方を生成する場合と比較して、標識分子56と情報分子55の結合の確率が低下することが想定されるが、ある程度の結合確率は確保されるため、特に問題とはならない。また、分子受信機70において、復号化の閾値をある程度低く(例えば60%程度)にすることにより、結合確率低下の問題を回避することもできる。なお、図11および図12の構成例の説明では分子送信装置60aは生体細胞であるとして説明をしたが、生体細胞以外にも生体細胞を改変したものや、分子送信装置60aの機能を満たす装置を機械的に構成したものを利用してもよい。
以上説明したように、本発明の第1実施形態および第2実施形態によれば、分子を介した情報伝達を制御性よく行なうことのできる分子通信システムが提供され、従来の通信システムを適用することができない生体内や、分子スケールの送受信機間における通信が可能となる。
また、分子通信システムは、化学的なエネルギーによって駆動・動作し、ナノスケールの分子に情報を符号化して伝送するため、従来の通信システムよりも少ないエネルギー消費量で、情報密度の高い情報伝達が可能となる。
さらに、従来の通信システムでは伝送することができない送信側の生化学的な現象や状態を、分子を介して受信側へ伝達・再現することができ、生化学反応に基づく新たな通信形態も提供することが可能となる。
本国際出願は、2005年3月7日にした日本国特許出願2005−063105号に基づく優先権を主張するものであり、その全内容は本国際出願に援用されるものとする。

Claims (26)

  1. 所定の情報が符号化された情報分子を送出する分子送信機と、
    前記情報分子を受信する分子受信機と、
    前記分子送信機と分子受信機との間を接続する分子伝搬経路と
    を含み、
    前記分子伝搬経路は、高分子材料で形成される伝送パスと、当該伝送パスに沿って所定の方向に巡回するキャリア分子とを含み、前記分子送信機から送出された情報分子は、前記キャリア分子に搭載されて前記分子受信機まで輸送されることを特徴とする分子通信システム。
  2. 前記伝送パスはレール分子で形成され、前記キャリア分子はモータ分子であり、前記情報分子は、前記モータ分子に搭載されて前記分子受信機まで輸送されることを特徴とする請求項1に記載の分子通信システム。
  3. 前記伝送パスはモータ分子で形成され、前記キャリア分子はレール分子であり、前記情報分子は、前記レール分子に搭載されて前記分子受信機まで輸送されることを特徴とする請求項1に記載の分子通信システム。
  4. 前記分子受信機は、前記キャリア分子に搭載された情報分子を受け取り、前記キャリア分子から情報分子を分離する分子受信部と、
    前記分離した情報分子を復号化する復号化部と
    を有することを特徴とする請求項1に記載の分子通信システム。
  5. 前記伝送パスは、アデノシン三リン酸(ATP)を注入した溶液中に設置され、前記キャリア分子の移動速度は、ATP濃度、マグネシウムイオン濃度、溶液温度、粘性抵抗の少なくともひとつを変更することによって調整可能であることを特徴とする請求項1に記載の分子通信システム。
  6. 前記分子送信機から放出される情報分子は、その種類、濃度、構成比率、またはこれらの任意の組み合わせに情報が符号化されており、
    前記分子受信機において生起される作用の種類または強弱によって、情報が復号化されることを特徴とする請求項1に記載の分子通信システム。
  7. 前記情報分子は、当該情報分子を閉じ込めることが可能な物質でカプセル化されており、前記情報分子は前記分子伝搬経路中の分子を変性させ得る環境因子から保護され、前記情報分子の性質は前記キャリア分子に対して隠蔽されていることを特徴とする請求項1に記載の分子通信システム。
  8. 前記情報分子は、一本鎖DNAの塩基配列から成る結合部を有し、
    前記キャリア分子は、前記情報分子の結合部と相補性を有する一本鎖DNAの塩基配列を有し、前記情報分子の結合部と2本鎖を形成することによって、前記情報分子を搭載することを特徴とする請求項1に記載の分子通信システム。
  9. 分子送信機と分子受信機との間に、高分子材料で構成される伝送パスを形成し、
    前記伝送パスに沿ってキャリア分子を所定の方向に巡回させ、
    前記分子送信機において、分子に所定の情報を符号化して情報分子を生成し、
    前記情報分子を前記伝送パスに送出して、前記巡回するキャリア分子に搭載し、
    前記情報分子を、前記伝送パスに沿って分子受信機まで伝送する
    工程を含むことを特徴とする分子通信方法。
  10. 前記伝送パスをレール分子で形成し、
    前記キャリア分子としてモータ分子を巡回させ、
    前記情報分子を前記モータ分子に搭載して前記受信機まで輸送することを特徴とする請求項9に記載の分子通信方法。
  11. 前記伝送パスをモータ分子で形成し、
    前記キャリア分子としてレール分子を巡回させ、
    前記情報分子を前記レール分子に搭載して前記分子受信機まで輸送することを特徴とする請求項9に記載の分子通信方法。
  12. 前記分子受信機において、前記キャリア分子に搭載された情報分子を受信し、
    前記キャリア分子から前記情報分子を分離し、
    前記分離した情報分子を復号化する
    工程をさらに含むことを特徴とする請求項9に記載の分子通信方法。
  13. 前記伝送パスを、アデノシン三リン酸(ATP)を注入した溶液中に設置し、
    前記ATPの濃度、マグネシウムイオン濃度、溶液温度、粘性抵抗の少なくともひとつを変更することによって、前記キャリア分子の移動速度を調整する
    工程をさらに含むことを特徴とする請求項9に記載の分子通信方法。
  14. 前記情報分子を生成する工程は、前記情報分子の種類、濃度、構成比率、またはこれらの任意の組み合わせに情報を符号化することを特徴とする請求項9に記載の分子通信方法。
  15. 前記情報分子を生成する工程は、前記情報分子の種類、濃度、構成比率、またはこれらの任意の組み合わせに情報を符号化し、
    前記復号化する工程は、前記分子受信機において生起される作用の種類や強弱によって情報を復号化する
    ことを特徴とする請求項12に記載の分子通信方法。
  16. 前記情報分子を生成する工程は、前記情報分子を閉じ込めることが可能な物質で、前記情報分子をカプセル化することによって、前記情報分子を前記分子伝搬経路中の分子を変性させ得る環境因子から保護し、前記情報分子の性質を前記キャリア分子に対して隠蔽することを特徴とする請求項9に記載の分子通信方法。
  17. 前記情報分子を生成する工程は、前記情報分子に、一本鎖DNAの塩基配列から成る結合部を形成する工程をさらに含み、
    前記キャリア分子に搭載する工程は、前記情報分子の結合部と、前記キャリア分子が有する情報分子の結合部と相補性を有する一本鎖DNAの塩基配列とで2本鎖を形成する工程をさらに含む
    ことを特徴とする請求項9に記載の分子通信方法。
  18. 所定の情報が符号化された情報分子を送出する分子送信機と、
    前記情報分子を受信する分子受信機と、
    前記分子送信機と分子受信機との間を接続する分子伝搬経路と
    を含み、
    前記分子送信機は、
    所定の分子に所定の情報を符号化して情報分子を生成する分子符号化部と、
    前記情報分子の宛先である前記分子受信機を識別する標識分子を生成する標識分子生成部と、
    前記情報分子および標識分子を前記分子伝搬経路に送出する分子放出部と
    を有することを特徴とする分子通信システム。
  19. 前記分子送信機は、
    前記標識分子生成部、および前記標識分子を放出する第1の分子放出部を有する第1の分子送信装置と、
    前記分子符号化部、および前記情報分子を放出する第2の分子放出部を有する第2の分子送信装置と
    を含み、前記第2の分子送信装置は、
    前記第1の分子送信装置からの前記標識分子の放出を検出する標識分子検出部
    をさらに有し、前記第2の分子放出部は、前記標識分子の検出に基づいて、前記情報分子を放出することを特徴とする請求項18に記載の分子通信システム。
  20. 前記分子送信機は、
    前記標識分子生成部、および前記標識分子を放出する第1の分子放出部を有する第1の分子送信装置と、
    前記分子符号化部、および前記情報分子を放出する第2の分子放出部を有する第2の分子送信装置と
    を含み、前記第2の分子送信装置は、
    前記情報分子を放出する際に、前記第1の分子送信装置に対して、前記標識分子の放出を指示する標識分子放出指示部
    をさらに有し、前記第1の分子放出部は、前記指示に基づいて前記標識分子を放出することを特徴とする請求項18に記載の分子通信システム。
  21. 前記分子伝搬経路は、流路であり、
    前記分子放出部は、前記標識分子と情報分子が前記分子送信機の内部または外部で結合するように、前記標識分子および情報分子を放出し、
    前記情報分子は、前記標識分子により前記分子伝搬経路に沿って前記分子受信機まで輸送されることを特徴とする請求項18に記載の分子通信システム。
  22. 前記分子受信機は、前記標識分子と前記情報分子の結合体を受信し、前記標識分子に結合した情報分子を取り込む標識分子受信部と、
    前記情報分子を復号化する復号化部と
    を有することを特徴とする請求項18に記載の分子通信システム。
  23. 分子送信機において、所定の分子に所定の情報を符号化して情報分子と、当該情報分子の宛先である分子受信機を識別する標識分子とを生成し、
    前記情報分子が前記標識分子と結合するように、前記分子送信機から前記情報分子と標識分子を分子伝搬経路に放出し、
    前記分子伝搬経路により、前記情報分子と標識分子との結合体を、前記分子受信機まで輸送し、
    前記分子受信機にて、前記結合体を受信する
    工程を含むことを特徴とする分子通信方法。
  24. 前記分子送信機において、前記標識分子の放出をモニタリングし、
    前記標識分子の放出が検出されたときに、これをトリガとして、前記情報分子を放出することを特徴とする請求項23に記載の分子通信方法。
  25. 前記分子送信機において、前記情報分子を放出するときに、前記標識分子の放出を指示することを特徴とする請求項23に記載の分子通信方法。
  26. 前記分子受信機において、前記標識分子と情報分子の結合体を受信して、前記標識分子に結合した情報分子を取り込み、
    前記情報分子を復号化する
    工程をさらに含むことを特徴とする請求項23に記載の分子通信方法。

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