【発明の詳細な説明】細胞外における多糖の合成と同時に細胞内におけるポリヒドロキシアルカノエー トの合成を行うことができる微生物およびそれを作出するための方法
本発明は細胞内でポリヒドロキシアルカノエート(polyhydroxyalkanoate)を
合成することができ、かつ培養液中に存在する二糖、オリゴ糖、および多糖を切
断する別の多糖の合成を触媒する細胞外酵素を発現することができる微生物に関
する。これらの酵素は特にヘキソシルトランスフェラーゼである。さらに本発明
は、これらの微生物を調製するための方法に関する。
今日、微生物は、バイオテクノロジーによる製造方法において様々な物質を大
量合成するために使用されている。複合バイオポリマー、例えばポリヒドロキシ
酪酸(PHB)またはポリヒドロキシアルカノエート(PHA)の合成はとりわけ重要
である。これらのバイオポリマーは、ポリプロピレンのような合成プラスチック
に匹敵する熱可塑性を有するため、商業的に特に重要である。
バイオポリマーであるPHAおよびPHBは、従来の工業的に生産されたポリマーに
一部取って代わることができる。それらは、従来のプラスチックと較べていくつ
かの利点を有しているために、包装産業にとって極めて重要である。その利点と
は、例えば100%の生物分解性、および優れた環境適合性、および再生可能な資
源を生成物の出発物質として用いることができるという利点などである。それゆ
え、それらは、リサイクルすることが難しいプラスチック廃棄物の削減に貢献す
ることができる。
今まで、特に、生産技術が複雑で、生産プラントのための費用が高く、生成物
の加工に費用がかかり、さらに原材料が高価であるために、それらの生産経費は
高く、そのためこれらのバイオポリマーの大規模な商品化は不可能であった。例
えばポロプロピレンなどの合成石油製プラスチックの産生のほうがより安価であ
り、その結果これらの生産物は一般に、安価であり、大量に調製されている。
PHBはD(-)-3-ヒドロキシ酪酸のポリエステルである。本明細書でこれ以降用
いられるように、ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)とは、3-ヒドロキシ酪
酸のポリマー、3-ヒドロキシ吉草酸、3-ヒドロキシヘキサン酸、および3-ヒドロ
キシデカン酸のような関連するヒドロキシアルカノエートのポリマー、さらにこ
れ
らヒドロキシアルカノエートのコポリマーおよび混合物である。
今までPHBおよびPHAは原核生物でのみ見つかっており、炭素およびエネルギー
の細胞内貯蔵のための物質として多くの細菌種で使用される。それらは細胞内で
顆粒として貯蓄され、細胞の乾重量の90%にまでなる。
現在、PHBとポリヒドロキシ吉草酸とのコポリマーは、インペリアルケミカル
インダストリー社(Imperial Chemical Industories PLC)によって工業的な規
模で調製され、バイオポル(BIOPOL)という名称で市場販売されている。この製
造過程においては、微生物アルカリゲネス・ユ−トロファス(Alcaligenes eutr
ophus)が使用されている(Byrom,1992,FEMS Microbiol.Rev.103:247-250)。
該微生物は、最初の60時間のみ細胞増殖し、次の48時間の相ではPHBを合成する
ような栄養条件で、流加培養リアクター中のグルコース塩培地で培養される。こ
れにより細胞内にPHBが高度に蓄積される。PHBを細胞内から単離するためには、
細胞を培養液から分離し、PHBを溶剤(メタノール;クロロホルム/塩化メチレ
ン)を用いて細胞から抽出し、続いて沈殿し真空乾燥させる。
アルカリゲネス・ユ−トロファス経由でPHAを合成するための費用が過大であ
るのは、この微生物の炭化水素基質スペクトルが狭いことが一部原因となってい
る。野性型株は、糖としてフルクト−ス、および糖酸グルコネートのみを利用す
る(Wilde,1962,Arch.,Mikrobiol.43:109-137;Gottschalk et al.,1964,Arch.M
ikrobiol.48:95-108)。野性株由来の変異体はグルコースでも増殖することがで
きる(Schlegel and Gottsschalk,1965,Biochem.Z.341:249-259)。グルコース
の方がフルクト−スよりも安価なため、これらの株は化学工業的な発酵に好適に
使用される。好ましいグルコース源には、ショ糖(グルコース−フルクト−ス)
、マルトース(グルコース−グルコース)のような二糖、または農作物の加工中
に二次産物または廃棄産物として生成するデキストランもしくはデキストリンの
ようなオリゴ糖が含まれる。
しかしながら、これらのより安価な基質を使用する際に不都合な点として、ア
ルカリゲネス・ユ−トロファスを含むPHA生産に用いられる微生物には、細胞内
輸送のための対応する輸送系が欠損しているために、該二糖またはオリゴ糖を輸
送することができないことである。したがって、これらの基質は使用される前に
加
水分解されなければならず、したがって対応する六炭糖モノマーに変換されなく
てはならない。やはり、このような処理も多くの時間および費用を要する。
アルカリゲネス・ユ−トロファスの基質スペクトルを拡大させることによりPH
A合成の経費を減少させるため、野性型よりも安価な他の基質を用いることがで
きる変異株を作出する試みや、ショ糖のような代替基質を細胞内に輸送できる微
生物アルカリゲネス・ユ−トロファスヘ異種遺伝子を導入する試みがなされた。
しかしながら、いずれの方法も失敗した。突然変異には、適当なクローンを得る
ために大量のクローンをスクリーニングする必要がある。代替基質の輸送系をコ
ードする異種遺伝子の導入には、そのような輸送系には数種の遺伝子が関わると
いう問題が含まれることが多い。そのため、すべての必須遺伝子を、使用される
宿主において認識されるプロモーターと共に導入し、供給しなければならない。
ここでしばしば問題となるのは、新しい宿主においてこれらの遺伝子の協調的発
現が正常に進行せず、そのため輸送系の効果的な発現が起こらないということで
ある。それゆえ、代替基質の輸送系を他の微生物へ導入するためには、一般に、
その遺伝子の正確な発現制御を知る必要がある。
多くの努力にもかかわらず、PHA合成の経費を下げることができる安価な基質
が含まれるように、PHA合成微生物の基質スペクトルを拡大することは不可能で
あった。依然として、より大規模にこれらのバイオポリマーを商品化することが
できる、経済的なPHBおよびPHAの合成方法を開発することが、緊急に必要とされ
ている。
したがって、本発明は、微生物内で安価にPHAを合成することができる微生物
および方法を提供するという問題を解決するものである。
目的は、請求の範囲で特徴づけられる態様によって達成される。
従って、本発明は、細胞内でPHBまたはPHAを合成し、ヘキソシルトランスフェ
ラーゼの酵素活性を有する少なくとも一つの細胞外タンパク質の発現のために少
なくとも一つの多糖を細胞外で合成することができる微生物に関する。
本発明における微生物は、好ましくはアルカリゲネス属に属する微生物、特に
アルカリゲネス・ユ−トロファスであり、またはPHA合成のための酵素をコード
する遺伝子の導入により細胞内でPHAを合成することができる大腸菌である。
さらに本発明は、ヘキソシルトランスフェラーゼの酵素活性を有する少なくと
も一つの細胞外タンパク質をコードするDNA配列を導入された、PHBまたはPHAを
細胞内で合成する微生物を調製するための方法に関する。該DNA配列は、転写を
調節する調節DNA配列と結合し、合成されたタンパク質の分泌を確実にするシグ
ナル配列を含むものである。
本発明は、特に以下の段階を含む方法に関する。
(a)ヘキソシルトランスフェラーゼ活性を有する細胞外タンパク質の発現を確
実にする発現カセットを構築する段階、
(b)段階(a)で構築された発現カセットで微生物を形質転換する段階、および
(c)該タンパク質が発現できる条件下で形質転換された微生物を倍養する段階
。
原則的に、PHBまたはPHAを細胞内で合成できる微生物であればいかなるものも
上述の微生物として使用することができる。PHA合成のための酵素をコードするD
NA配列を有する、アルカリゲネス属の微生物および大腸菌種の細菌が好ましい。
ヘキソシルトランスフェラーゼ活性を有する細胞外タンパク質を発現すること
ができる、段階(a)に示された発現カセットは、一般に以下のDNA配列を含む。
(i)選択された宿主生物における下流のDNA配列の発現を確実にするプロモー
ター配列、
(ii)ヘキソシルトランスフェラーゼ活性を有する少なくとも一つのタンパク
質をコードし、センス方向にプロモ−タ−と結合したDNA配列、および
(iii)転写の停止シグナルとして作用する、(ii)に記載のDNA配列の3'末端
のDNA配列。
該発現カセットは、好ましくは、発現カセットのほかに以下のDNA配列を含む
ベクター分子上に位置する。
(v)一つまたはそれ以上の選択マーカー遺伝子、および
(vi)ベクターDNAが微生物のゲノムに取り込まれていない場合、選択された
微生物内のベクターDNAの複製を確実にするDNA配列
発現に使用される系によっては、個々の配列が必ずしも存在する必要はない。
例えば、上記の項(iii)に記載のDNA配列および項(v)に記載の選択的マーカ
ー遺伝子は、あらゆる場合に必要というわけではない。さらにヘキソシルトラン
ス
フェラーゼ活性を有するタンパク質を発現させることができるDNA配列は、必ず
しもベクター上に位置する必要はなく、相同的または非相同的な組換えによって
一つまたはそれ以上のコピー数で宿主生物ゲノムの一つまたはそれ以上の遺伝子
座へと挿入させてもよい。この場合、項(vi)に記載のDNA配列は存在する必要
がない。さらに、一つだけでなくいくつかの、異なる型のヘキソシルトランスフ
ェラーゼをコードするDNA配列を、一つの生物で発現させることもできる。
このような発現カセットおよびベクターの構築、ならびに使用されたDNA配列
の操作は、当業者に公知の通常の技術に従って行うことができる。このような技
術は、例えば「サンブルック(Sambrook)ら、1989年、第二版、分子クローニン
グ(Molecular Cloning)、コールドスプリングハーバーラボラトリープレス(C
old Spring Harbor Laboratory Press)、ニューヨーク」、「酵素学における方
法(Methods in Enzymology)、1979年、1983年、1986年および1987年、アカデ
ミックプレス(Academic Press)、ニューヨーク、第68巻、第100巻、第101巻、
第118巻、および第152〜155巻」および「DNAクローニング(DNA-Cloning)、198
5年および1987年、第I巻、第11巻、第111巻、グローバー(Glover)ら編、IRLプ
レス社(IRL Press)、オックスフォード」に詳細に説明されている。
選択された生物内で活性ならば、選択されたヘキソシルトランスフェラーゼ遺
伝子の転写を天然に調節しているDNA配列を、プロモーター配列として使用する
ことができる。しかし、この配列は他のプロモーター配列と交換することもでき
る。遺伝子の構成性発現を起こすプロモーター、および下流のDNA配列を外因性
の因子によって調節する誘導可能なプロモーター、を使用することができる。こ
れらの特性を有する細菌およびウィルスのプロモーター配列は、文献に詳細に説
明されている。下流のDNA配列を特に強く発現させるプロモーターは、例えばT7
プロモーター(Studier et al.,1990,in Methods in Enzymology 185:60-89)、
Lacuv5、trp-lacUV5(DeBoer et al,in Rodriguez,R.L.and Chamberlin,M.
J.,(Eds.),Promoters,Structure and Function; Praeger,New York,1982
,pp.462-481; DeBoer et al,1983,Proc.Natl.Acad.Sci.USA80:21-25)
、Lp1、rac(Boros et al.,1986,Gene 42:97-100)、またはompFプロモーター
である。公知のプロモーターには、例えばバチルス・アミロリケファシエンス(
Bacillus
amyloliquefaciens)由来の、ショ糖によって誘導されるものが含まれる。
ヘキソシルトランスフェラーゼの酵素活性を有するタンパク質をコードする項
(ii)に記載のDNA配列は、異なる起源に由来するものであってもよい。このよ
うな酵素およびそれをコードするDNA配列は、例えば異なる微生物由来のものが
知られている。以下に開示される酵素またはそれらをコードするDNA配列は、本
発明の好ましい態様により使用される。
本発明において、ヘキソシルトランスフェラーゼという用語は、6単糖が、二
糖、オリゴ糖、または多糖から、一般に伸長中の多糖鎖である受容体に転移する
ことを特徴とする機構の反応を触媒する酵素を意味する。この場合、触媒には、
植物および動物における多糖の合成において生じるような活性化されたグルコー
ス誘導体も、補足因子も必要ではない。六炭糖残基の重合に必要なエネルギーは
、対応する二糖、オリゴ糖、または多糖のグリコシル結合の分解から直接得られ
る。
基質としてショ糖を用いるヘキソシルトランスフェラーゼは、ショ糖分子から
伸長中の多糖鎖にグルコース残基を転移するか(グルコシルトランスフェラーゼ
)、またはフルクトース残基を転移するか(フルクトシルトランスフェラーゼ)
に基づいて分類される。形成された反応生成物は、第一の場合においてはフルク
ト−スおよびグルカンであり、第二の場合においてはグルコースおよびフルクタ
ンである。
基質としてショ糖を用いるグルコシルトランスフェラーゼは、一般的に、以下
のような型の反応を触媒する。
ショ糖 + (グルカン)n ---> フルクトース + (グルカン)n+1
グルカン中のグルコース分子が相互に結合している方向、および分枝の存在に
よって、異なるグルカンが反応生成物として生じる可能性がある。
異なる特性を有するグルカンの合成を触媒する、ストレプトコッカス種由来の
細胞外グルコシルトランスフェラーゼが、知られている。これらの酵素は三つの
群に分けられる。
(a)主にα-1,6結合により結合している水溶性グルカン、いわゆるデキストラ
ンを合成するグルコシルトランスフェラーゼ(GTF S型)、
(b)主にα-1,3結合で結合している不溶性グルカン、いわゆるムタンを合成す
るグルコシルトランスフェラーゼ(GTF I型)、
(c)可溶性グルカンおよび疎水性グルカンの組み合わせを合成するグルコシル
トランスフェラーゼ(GTF SI型)。
S型、I型、およびSI型のグルコシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子は
、すでに4種類の異なるストレプトコッカス種から単離されている(概説につい
ては、Giffard et al.,1993,J.Gen.Microbiol.139:1511-1522を参照)。
さらに、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides
)由来のデキストランスクラーゼ(ショ糖:1,6-α-D-グルカン6-α-D-グルコシ
ルトランスフェラーゼ、E.C.2.4.1.5.)をコードする遺伝子が開示されている(
国際公開公報第89/12386号(WO89/12386))。このトランスフェラーゼは、同様
にショ糖を基質として用いるグルコシルトランスフェラーゼである。生じるグル
カンすなわちデキストランは、互いに架橋されている平行な鎖を有し、主にα-1
.6結合のグルコース分子から構成されている。
デキストランマルターゼまたはデキストランデキストリナーゼをコードするDN
A配列もまた、利用することができる。
ショ糖を基質として用いるもう一つのグルコシルトランスフェラーゼは、アミ
ロスクラーゼ(ショ糖:1,4-α-D-グルカン4-α-D-グルコシルトランスフェラー
ゼともいう、E.C.2.4.1.4.)である。この酵素は以下の反応を触媒する。
ショ糖+(α-1,4-D-グルカン)n--> フルクトース+(α-1,4-D-グルカン)n+1
これまで、アミロスクラーゼは、主にナイセリア(Neisseria)種(MacKenzie
et al.,1978,Can.J.Microbiol 24:357-362)を含む2、3の細菌でしか見出さ
れていない。アミロスクラーゼ活性をコードする領域を含むDNA配列が、ナイセ
リア・ポリサッカレア(Neissria polysaccharea)のゲノムDNAライブラリーか
ら単離されている。該DNA配列はプラスミドpNB2(DSM9196)に含まれている。
ショ糖を基質として用いるフルクトシルトランスフェラーゼも開示されている
。それらは以下の反応を触媒する。
ショ糖 + (フルクトース)n --> グルコース + (フルクトース)n+1
この反応において生じるグルコースを除く生成物はフルクタンである。これら
は、フルクトースポリマーが追加され、重合反応の出発分子としてはたらく一つ
のショ糖分子を含んでいる。フルクトース分子の結合の型によって、合成された
フルクタンは以下の二つの群に分けられる。
(a)(2 -->1)結合β-D-フルクタン(イヌリン型)
(b)(2 -->6)結合β-D-フルクタン(フレイン型またはレバン型)
合成生成物として得られる二つの異なった型のフルクタンと一致して、フルク
トシルトランスフェラーゼも同様に、それぞれレバンスクラーゼ(ショ糖:β-D
-フルクトシルトランスフェラーゼ、E.C.2.4.1.10.)およびイヌロスクラーゼ(
E.C.2.4.1.9.)という一般的名称により知られる二つの型に分けられる。
それぞれレバンスクラーゼおよびイヌロスクラーゼをコードするDNA配列が、
これまでに異なった微生物から単離されている。それらはバチルス・アミロリケ
ファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)(Tang et al.,1990,Gene 96:89-
93)、枯草菌(Bacillus subtilis)(Steinmetz et al.,1985,Mol.Gen.Gen
etics 200:220-228)、およびエルウィニア・アミロボラ(Erwinia amylovora)
(Geier and Geider,1993,Phys.Mol.Prant Pathology 42:387-404;DE 42 27
061.8および国際公開公報第94/04692号(WO94/04692))由来のDNA配列を含む
。それらは、レバン型のポリフルクタンの合成を触媒するレバンスクラーゼをコ
ードする。さらにストレプトコッカス(streptococcus)変異体由来のフルクト
シルトランスフェラーゼをコードするDNA配列が開示されている(Shiroza et al
.,1988,J.Bacteriology 170:810-816;Sato and Kuramitsu,1986,Infect.Immun
.52:166-170)。この酵素はイヌリン型のフルクタンを合成する。
ショ糖を基質として用いるヘキソシルトランスフェラーゼに加えて、マルトー
スを基質として用いるヘキソシルトランスフェラーゼが公知である。例えば、以
下の反応機構が考えられている大腸菌由来のアミロマルターゼ(α-1,4-グルカ
ン:D-グルコース4-グルコシルトランスフェラーゼともいう、E.C.2.4.1.3.)が
開示されている(Palmer et al.,1976,Eur.J.Biochem.69:105-115; Haselb
arth et al.,1971,Bichem.Biophys.Acta 227:2996-3012)。
マルトース+(1,4-α-グルカン)n--> D-グルコース+(1,4-α-グルカン)n+1
この大腸菌のマルトース代謝に関わる細胞質酵素をコードする遺伝子も、同様
に開示されている(Pugsley and Dubreuil,1988,Mol.Microbiol.2:473-479
)。
使用に選択されたヘキソシルトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコ
ードするDNA配列が、ヘキソシルトランスフェラーゼの分泌を確実にするシグナ
ルペプチド配列をコードするDNA配列を5'側領域に有していない場合は、そのよ
うなシグナルペプチド配列をコードするDNA配列をプロモーターおよびコーディ
ングDNA配列の間に挿入することができる。各々の場合において、使用される配
列は酵素をコードするDNA配列と同じ解読枠内になければならない。そのような
シグナルペプチド配列は、例えばバチルス属の細菌由来のレバンスクラーゼをコ
ードする遺伝子で見つかっている(Borchert and Nagarajan,1991,J.Bacterio
l.173:276-282)。
一方、本発明の方法により、発酵法によるPHA生産に用いられる微生物を、安
価な基質を用いて培養することができる。培地中に分泌されるヘキソシルトラン
スフェラ−ゼにより、培地中に存在する適当な単糖、オリゴ糖、または多糖が開
裂する。この開裂により、微生物により取り込まれ、細胞成長または細胞内生産
物の合成に用いられる六炭糖が放出される。
本発明の微生物および方法の好ましい態様は、ヘキソシルトランスフェラ−ゼ
が基質として二糖、特にショ糖またはマルトースを用いるものである。培養液中
で基質としてショ糖を使用し、分泌グリコシルトランスフェラ−ゼが発現するこ
とにより、微生物により取り込まれるフルクト−スが培地中に放出される。リン
コ(Linko)らが記述しているように(1993,Appl.Microbiol.Biotech.39:11-
15)、フルクト−スは、他の炭素源と比較して、細胞内PHA合成にとって特に適
当な基質であり、細胞の乾燥重量のうち特に大きい部分を占めるPHAをもたらす
。それゆえ、本発明の方法はまた、好適ではあるが比較的高価な基質のフルクト
−スを、かなり安価な基質であるショ糖から合成し、費用を低減することができ
る可能性を提供する。
さらに、上述したように、分泌ヘキソシルトランスフェラ−ゼは異なる多糖の
細胞外での合成を可能にする。該多糖の大部分は商業上かなり重要である。
デキストランは、例えば食晶分野、製薬分野(例えば血漿代替物として、また
は水溶液の粘性の増加のため)、および化学分野(例えばデキストランゲルの基
剤として)において、さまざまな用途の可能性がある。
アミロスクラ−ゼにより生ずるα-1,4グルカンは、植物デンプンのアミロ−ス
部分に化学構造が一致するため、商業上特に関心が高い。アミロ−スは、とりわ
け食品産業、製紙産業、および繊維産業において、ならびにシクロデキストリン
の生産において広く用いられている。しかし、今のところα-1,4グルカンを得る
ための唯一の供給源であるデンプンは、それ自体二つの成分を含む。グルコ−ス
単位がα-1,4結合した分岐していない鎖であるアミロ−スとは別に、デンプンは
もう一つの成分、アミロペクチンを含む。これはグルコ−ス単位の高度に枝分か
れしたポリマーであり、α-1,4結合以外にα-1,6結合によるグルコ−ス鎖の枝分
かれを示す。これら二つの成分の異なる構造、およびそこから生じる物理化学特
性のため、二つの成分はまた全く異なる用途の可能性を提供する。個々の成分か
ら直接に利益を得るためには、それらを純粋な形で得ることが必要である。両成
分はデンプンから得られるが、それはいくつかの精製段階を必要とし、多くの時
間および費用を要する。
多くの努力がなされているにも関わらず、微生物を用いて、または植物中で、
純粋なアミロ−スを調製することは未だ不可能である。それゆえ、異なる産業に
おいて使用するための化学的に均一な基本物質を提供するため、バイオテクノロ
ジー法により純粋なアミロ−スを生産することは特に興味深い。
さらに、ポリフルクトースは安価なフルクト−ス供給源であり、安定で非吸湿
性であるゆえ、良好な貯蔵特性を有する。粘性を与えると、多糖もまた適当な濃
化剤であると考えられる。
この点に関して、フルクト−スは利用能が乏しく(すなわち微生物による)、
それゆえポリフルクトースは低カロリ−食晶の添加物として理想的に適している
。さらに、ポリフルクトースは水分を吸収できずそれゆえ外気条件下で保存でき
るので、被包性の香味料、着色料、およびその他の添加物として適当である。
さらに、ポリフルクトースは、生物学的に分解されない化学合成による直鎖状
ポリマーの代替物としても興味が持たれる。
アミロマルタ−ゼにより合成されるα-1,4グルカン、および適当な条件下でア
ミロ−スに近い鎖長に達することのできるα-1,4グルカンは、上述のようなアミ
ロスクラ−ゼにより合成されるグルカンと類似の目的に使用される。
細胞外で合成された多糖は、培養液から直接に単離することができる。細胞内
で形成されたポリヒドロキシアルカノエ−トは、培養液から細胞を単離した後、
該細胞から単離することができる。それゆえ、細胞内PHA合成と同時にこれらの
多糖を細胞外で合成することにより、生産費用をさらに低減し、従ってPHA合成
方法全体の収益性を増加させることができる。
一方、細胞外ヘキソシルトランスフェラ−ゼの発現のための発現カセットを含
むベクタ−の構築は、
(i)転写を開始する調節因子(プロモ−タ−)、
(ii)ヘキソシルトランスフェラ−ゼ活性を有するタンパク質をコ−ドし、該
プロモ−タ−にセンス方向に結合しているDNA配列、および
(iii)転写の終止シグナルとしてはたらく、上記(ii)で特定されるDNA配列
の3'末端のDNA配列、
を含み、翻訳可能なmRNAの発現を可能にする発現カセットが、使用のために選択
された宿主にとって適当なベクタ−中に構築されるような方法で行われる。
他方、発現カセットは通常のクロ−ニングベクタ−中に構築され、適当な制限
酵素を用いてクロ−ニングベクタ−から単離され、使用のために選択された宿主
の形質転換にとって適当なベクタ−中へ挿入される。
さらに、発現ベクタ−は、ヘキソシルトランスフェラ−ゼ活性を有するタンパ
ク質をコードするDNA配列を、転写開始の調節因子および転写終止シグナルとし
てはたらくDNA配列をすでに含んでいるベクタ−に挿入することにより調製する
ことができる。この場合、発現させようとするDNA配列を挿入することができる
単一の制限部位またはポリリンカ−が、転写開始の調節因子と終止シグナルとの
間に位置する。
操作の諸段階に記載のDNA配列を調製するのに有用であり、大腸菌のための複
製シグナル、および形質転換された細菌の細胞を選択するためのマ−カ−遺伝子
を含むクロ−ニングベクタ−は多数存在する。そうしたベクタ−の例として、pB
lueskriptプラスミド、pBR322、pUC系統、M13mp系統、pACYC184などが挙げられ
る。
望ましい配列は適当な制限部位で該ベクタ−に挿入される。その結果生ずるプラ
スミドは大腸菌細胞の形質転換に用いられる。一般に、形質転換は、サンブルッ
ク(Sambrook)らが記述したような(Molecular Cloning;A Laboratory Manual
,1989,second edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press N.Y.)標準的
な方法で行われる。形質転換された大腸菌細胞を、適当な培地中で培養し、回収
し、そして溶解させる。それから、プラスミドが単離される。得られるプラスミ
ドDNAの特徴を決定する方法は、一般に、制限解析、ゲル電気泳動、配列決定反
応、ならびに生化学および分子生物学で用いられるその他の方法である。それぞ
れの操作の後、プラスミドDNAを制限エンドヌクレア−ゼにより開裂し、単離さ
れたDNA断片を他のDNA配列に結合させることができる。
細胞外ヘキソシルトランスフェラ−ゼの発現にアルカリゲネス・ユ−トロファ
スが用いられる場合、多数のグラム陰性細菌の形質転換を補助することができる
ベクタ−、いわゆる「広宿主域」ベクタ−が利用可能である。これらは、大腸菌
などの細菌およびアルカリゲネス・ユ−トロファスの両者におけるプラスミドDN
Aの複製を確実にするDNA配列を含んでいる。こうしたベクタ−には、例えばプラ
スミドpLAFR3およびpLAFR6が含まれる(Staskawics et al.,1987,J.Bacterio
l.169:5789-5794; Bonas et al.,1989,Mol.Gen.Genet.218:127-136)
「広宿主域」ベクタ−のアルカリゲネス・ユ−トロファスへの導入は、対応す
るプラスミドを含む大腸菌株との接合、およびトリペアレンタルメイティング(
triparental mating)によるヘルパ−株との接合により行われる(Figurski and
Helinski,1979,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 76:1648-1652; Ditta et al,1
980,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 77:7347-7351)。
形質転換された微生物は、特にpH値、温度、換気などを考慮した特定の宿主の
要求に応じていなければならない培地中で培養される。
ショ糖またはマルトースを含む培養液が用いられる場合、六炭糖の放出と同時
に、対応する型の多糖が培地中に合成される。その六炭糖は培養中の微生物によ
り取り込まれうる。合成された多糖は、発酵過程の終了後、培養液から単離され
る。細胞内で合成されたPHBの細胞からの単離は、細胞の回収後、文献で既知の
方法により行われる。
本発明はまた、本発明の方法により生産された微生物にも関する。
本発明のもう一つの態様は、細胞内でPHBまたはPHAを合成し、ヘキソシルトラ
ンスフェラ−ゼの酵素活性を有する少なくとも一つのタンパク質の発現により培
養液中において少なくとも一つの多糖を細胞外合成することができる微生物を調
製するための、ヘキソシルトランスフェラ−ゼの酵素活性を有するタンパク質を
コ−ドするDNA配列の使用に関する。
さらに本発明は、ヘキソシルトランスフェラ−ゼの酵素活性を有するタンパク
質の分泌のために、PHBまたはPHAの細胞内合成を、同時に起こる多糖の細胞外合
成と組み合わせるための、本発明の方法の一つにより調製された微生物の利用に
関連がある。
本発明のもう一つの態様は、本発明の微生物を用いてPHB、PHA、または多糖を
調製する方法に関する。
使用された略語
GTF グルコシルトランスフェラ−ゼ(glucosyltransferase)
PHB ポリヒドロキシ酪酸(polyhydroxybutyrate)図1
は、0.2%ショ糖含有FN培地上で28℃で2日間培養された、プラスミドpGE9を
含むA.ユートロファスのコロニ−を示す。ヨウ素蒸気に約5分間さらした後、コ
ロニ−は青色のハローによって囲まれる。図2A
は、1%(W/V)ナイルブル−A溶液で染色した、pGE9プラスミドを含むA.ユ
ートロファストランス接合個体の熱固定した調製物の顕微鏡写真を示す(1000倍
拡大)。図2B
は、460nm波長の光を用いて調製した、図2Aに記載の顕微鏡写真を示す。こ
の波長において、PHBグラナに結合するナイルブル−A色素は蛍光を示す(1000倍
拡大)。
本発明を実施例により例示するが、それらは、認識されているように、決して
本発明の範囲を制限するものではない。
実施例1
細胞外アミロスクラーゼの発現のための「広宿主域」ベクターpGE9の構築
アルカリゲネス・ユートロファスにおいて細胞外アミロスクラーゼを発現する
ことができる「広宿主域」ベクターの構築を、アミロスクラーゼをコードする領
域を含むナイセリア・ポリサッカレア由来のゲノムDNA断片を用いて行った。該
断片はベクターpNB2(DSM9196)からPstI断片として単離された。該断片は、配
列番号:1に示したDNA配列を含む。断片を、PstIで線状化したベクターpGE151(
ベクターpKM9-6の誘導体、Kortlucke et al.J.Bacteriol.174(1992),6277-628
9)へとライゲーションした。得られたベクターpGE9を、大腸菌S17-1株(Simon
et al.,Bio/Technology1(1983),784-791)へと形質転換させ、選択培地(15
μg/mlのテトラサイクリンを含むYT-培地)へと播いた。
実施例2
大腸菌とアルカリゲネス・ユートロファスH16(Friedrich et al.,J.Bacteriol.
147(1981)198-205)との間の接合プラスミド転移
実施例1に従って調製されたドナー株(pGE9を有する大脳菌S17-1)を、37℃で
一晩4mlのYT-培地中で培養した。レシピエント(A.ユートロファスH16;Wilde,A
rch.Mikrobiol.43(1962),109-13)も同様に、28℃で一晩4mlのYT-培地中で培
養した。
一晩培養した培養液を、ペレットにし、YT-培地で一度洗浄し、それから再び
ペレットにした。そのペレットを10倍濃縮で生理食塩水溶液(0.9%NaCl溶液)
中に加えた。各々0.2mlのドナーおよびレシピエント濃縮液を混合し、固体YT-培
地へと載せた。この回分を、中断することなく28℃で約6時間培養した。
それから、プレートを2mlの生理食塩水溶液で洗浄した。10-1、10-2および10ー 3
倍希釈の細胞懸濁液を調製した。200μlの各希釈液を選択培地(15μg/mlのテ
トラサイクリンを含むFN-培地)に載せ、コロニーが増殖する(約2日後)まで28
℃で培養した。陰性対照は、一晩培養した培養液をテトラサイクリンを含むFN-
培地へと播き、同様に28℃で培養することにより得た。
実施例3
アミロスクラーゼ活性およびポリ−β−ヒドロキシ酪酸(PHB)の同時合成に関
するトランス接合個体の試験
実施例2により調製し、選択培地上で増殖させたコロニーのいくつかを、テト
ラサイクリンおよび0.2%ショ糖を添加したFN-培地に移し、28℃で2日間培養し
た。
トランス接合個体は、アミロスクラーゼにより形成されたグルカンを示すために
ヨウ素蒸気に曝した。分泌アミロスクラーゼを有するコロニーの場合、ヨウ素蒸
気へ曝することにより、直鎖状α-1,4グルカン形成の結果として青色のハローが
形成される(図1参照)。
PHB生産のために、トランス接合個体を、1%ショ糖を追加した決定された最小
培地(MM)中に入れ、28℃で4日間インキュベートした(Peoples et al.J.Bio
l.Chem.264(1989),15298-15303)。
これらの培養液から、顕微鏡下で検査するための熱固定調製物を調製した。該
調製物を、オストル(Ostle)らの方法により1%(w/v)ナイルブル−A溶液で
染色した(Appl.Environ.Microbiol.44(1982),238-241)(図2A参照)。
この色素は、PHB色素に結合し、460nmの励起波長で橙色の蛍光を発する。
α-1,4グルカンの存在が、細胞を含まない上清をルゴ−ル(Lugol)溶液で染
色することにより示された。
使用された溶液および培地
ルゴール(Lugol)溶液: H2O(2回蒸留)中に溶解した
13.1mM I2
39.6mM KI
YT−培地: 0.8% バクトトリプトン
0.5% 酵母抽出物
0.5% NaCl
FN−培地: 1000mlのH2O(2回蒸留)中に加えた
0.02% MgSO4・7H2O
0.001% CaCl2・2H2O
0.5×10-3% FeCl3・6H2O
(0.1N塩酸に溶解した保存溶液)
0.2% NH4Cl
0.2% フルクトース
+1ml SL6-溶液
+100ml 10×H16緩衝液
10×H16緩衝液 59.2g/l Na2HPO4
15g/l KH2PO4
SL6−溶液 0.1g/l ZnSO4・7H2O
0.03g/l MnSO4・4H2O
0.3g/l H3BO3
0.2g/l CoCl2・6H2O
0.01g/l CuSO4・2H2O
0.02g/l NiCl2・6H2O
0.03g/l Na2MoO4・2H2O
微量元素溶液 20mg/l CuSO4・5H2O
100mg/l ZnSO4・6H2O
100mg/l MnSO4・4H2O
2.6g/l CaCl2・2H2O
MM: 0.39g/l MgSO4
0.45g/l K2SO4
12ml/l 1.1M H3PO4
15mg/l FeSO4・7H2O
24ml/l 微量元素溶液
NaOHでpHを6.8に調製する。
滅菌後、NH4Clを終濃度0.05%(w/v)、フルクト
ースを終濃度1%(w/v)で加える。
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(51)Int.Cl.6 識別記号 FI
C12R 1:05
1:19)