【発明の詳細な説明】
抗血栓剤として使用するためのフィブリン特異的抗体
1.発明の分野
本発明は、生体内での血栓の形成を抑制するためのフィブリン特異的抗体の使
用方法に関するものである。また、こうした方法で用いるための医薬組成物を提
供する。
2.発明の背景
2.1. 疾病または外科手術からの血栓形成
血塊、すなわち血栓、は血管の損傷部に形成される。病理学的血栓症の臨床的
発症はきわめて多岐にわたり、深静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)
や、動脈および静脈血栓症を含む。血栓塞栓症とその他の血管病の血栓合併症(
例えば、アテローム性動脈硬化症)は主要動脈の閉塞を引き起こして、臓器虚血
やそれに付随した生命を脅かす症状、例えば脳血管障害(卒中)、心筋梗塞など
をもたらすことがある。
さらに、バルーン血管形成術や臓器移植(天然臓器と人造臓器の両方)を含む
がこれらに限らない侵入的外科手術は血栓形成の引き金となりうる。例えば、閉
塞した動脈を広げる目的で使われるバルーン血管形成術は、実際に動脈の血管壁
を傷つけて、新たな血栓の付着による再閉塞を引き起こす。ある報告によれば、
経皮的、経管腔的な冠状動脈血管形成術は依然として25〜35%の頻度で血管
の再閉塞を発生させると述べられている。Gimple,L.W.ら,Circulation,86:15
36-46(1992)を参照のこと。さらに、Sarembock,I.J. ら,Circulation,80:102
9-40(1989)およびIp,J.H.ら,JACC,17:77B-88B(1991)も参照のこと。事実、
ある報告によれば、「血管形成術のメカニズムは大抵の場合に内皮の損傷やプラ
ークの破損または切開を伴うが〔文献〕、これは急性虚血症候群を発症する過程
と非常に似通っている」と述べられている。Tenaglia,A.N.,Ann.Rev.Med.,
44:465-79,466(1993)を参照のこと。
ヘパリン、クマリンなどの抗凝血剤による全身的治療は血管形成術後の再閉塞
を防止するのに殆どまたは全く効果がないことがわかっており(Ip,J.H.ら,JAC
C,17:77B-88B(1991))、また、こうした抗凝血剤治療はしばしば患者を全身出血
の危険にさらす(Physicians’Desk Reference,47th Ed.,Medical Economics D
ata(1993))ことから、既存の血管病と侵入的外科手術の両方の場合に、血栓形成
を抑制または阻止する新たな部位特異的治療方法が有用となろう。
2.2. 止血系
血栓を形成させる止血の作用機構は、傷つけられた血管の損傷部の修復を巻き
込んだ複雑な生理学的応答機構である。Harker,L.A. and Mann,K.G.,“Throm
bosis and Fibrinolysis”in: Thrombosis in Cardiovascular Disorders,Fust
er,V.and Verstraete,M.(編),W.B.SaundersCo.(1992),pp.1-16を参照
のこと。
止血は損傷を受けた血管壁と血小板と凝血系との共同相互作用により達成され
る。Furie,B.and Furie,B.C.,Cell,53:505-18(1988)を参照のこと。
凝血系の役割は、損傷部の血管の内皮下構造に組み立てられた血小板栓を安定
化して定着させるための不溶性フィブリンマトリックスを提供することにある。
凝血は酵素前駆体(凝固因子)が逐次活性化されて活性型酵素を形成することか
らなる一連の酵素反応を伴う増幅プロセスである。循環しているフィブリノーゲ
ンからのフィブリンマトリックスの形成はこのカスケード酵素反応の結果であり
、こうした反応により、必要な部位で酵素トロンビンが爆発的に産生され、トロ
ンビンによりフィブリノーゲンがフィブリンに変換され、第XIIIa 因子によりフ
ィブリンの架橋が起こって血栓が形成される。
この一連の反応は3段階プロセスとして次のように簡便に表すことができる。段階1
−加水分解:
段階2−重合:
段階3−凝固:
フィブリノーゲンは3対の同一でないポリペプチド鎖、すなわちAα、Bβお
よびγからなる。L.Stryer,Biochemistry,3rd Ed.,W.H.Freeman and Compa
ny New York(1988),p.249を参照のこと。最初の段階1では、上に示すとおり、
フィブリノーゲンがフィブリンに変換されるのだが、フィブリノーゲンはトロン
ビンにより開裂されて、2つのフィブリノーゲンAα鎖のアミノ末端からフィブ
リノペプチドA(FPA)を放出する。フィブリノーゲン分子の残部はDesAA と
称される「フィブリン単量体」である。また段階1に示すとおり、トロンビンは
2つのフィブリノーゲンBβのアミノ末端からフィブリノペプチドB(FPB)
をも同時に(比較的ゆっくりではあるが)開裂する。この2回目の開裂反応後の
フィブリノーゲン分子の残部もフィブリン単量体であって、DesAABBと称される
。FPAとFPBの放出の結果、フィブリン単量体のαおよびβ鎖では新しいア
ミノ末端が露呈される。W.Nieuwenhuizen,Blood Coagulation and Fibrinolys
is,4:93-96(1993)を参照のこと。段階2では、フィブリン単量体が自発的に単
量体内非共有結合(非架橋)を形成して可溶性の重合体を生じる。第XIIIa 因子
がこの重合体に作用し、フィブリン単量体ユニット間の共有結合架橋を酵素的に
付加させる。架橋結合した重合体は可溶性のままでありうるが、重合および架橋
の過程のある時点でフィブリン重合体が不溶性となって、段階3に示すとおりフ
ィブリン血塊を形成する。
可溶性のフィブリン重合体はフィブリン血塊の直前の前駆体である。従って、
血栓症を今にも起こそうとしている個体または血栓症にすでにかかっている患者
では可溶性フィブリン重合体の血漿レベルが上昇すると考えられる。血中のこれ
ら重合体(特に、DesAABB 可溶性フィブリン重合体)の検出および定量は初期の
血塊形成の指標として役に立つことが明らかにされた。Nieuwenhuizen,p.94 お
よび Marder ら,米国特許第5,206,140 号を参照のこと。
2.3. 止血系の成分に対する抗体
天然に存在する抗体と実験室で作られた抗体はどちらも止血系の諸成分の特徴
づけおよびそれらの機能の解明において一つの役割を果たしてきた。
Marciniak,E.and Greenwood,M.F.,Blood,53:81-92(1979)には、14才
のダウン症患者の血清中に血液凝固の阻害剤が存在する症例が記載されており、
この阻害剤はIgG画分中にあって、フィブリノーゲンからのフィブリノペプチ
ドAの酵素的放出を阻害するものであった。Hoots,W.K. ら,New Eng.J.Med.
,304:857-61(1981)には、攻撃性の慢性肝炎と凝固欠損症をあわせもつ13才
の患者の症例が記載されており、この欠損症の原因は、フィブリノーゲンとフィ
ブリンの双方に対して高い親和性を示し、かつフィブリン単量体の重合を阻止す
ることによりフィブリンゲルの形成を妨げる抗体が患者の血液中に存在すること
によるものであった。
Sola,B.ら,Thromb.Res.,29:643-53(1983)には、ヒト・フィブリノーゲン
およびフィブリンの双方に特異的なモノクローナル抗体を分泌するハイブリドー
マ細胞系を樹立したことが記述されている。Elms,M.J.ら,Thromb.Haemostas
,50:591-94(1983)には、D二量体(架橋フィブリンの分解より生じた特定の
断片)の抗原決定基を認識するモノクローナル抗体を分泌するハイブリドーマ細
胞系を作製したことが記述されている。Hui,K.Y. ら,Science,222:1129-32(
1983)および Scheefers-Borchel,U.ら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,82:709
1-95(1985)には、ヒト・フィブリンのαまたはβ鎖のそれぞれのアミノ末端に
相当する合成ヘキサペプチドを抗原として用いて、フィブリノーゲンの存在下で
さえもフィブリンと結合するモノクローナル抗体を生産したことが記載されてい
る。Kudryk,B.ら,Mol.Immunol.,21:89-94(1984)には、フィブリノーゲンの
N−DSK部分に対するモノクローナル抗体を分泌するハイブリドーマ細胞系を
作製したことが記載されている。Sobel,J.H.ら,Thromb.and Haem.,60:153-
59(1988)には、フィブリノーゲンのCNBr Aα鎖断片と結合する2つの異
なるモノクローナル抗体を用いて、隣接フィブリン分子間の初期のα鎖架橋
現象を研究したことが記載されている。Mirshahi,M.ら,Fibrinogen,4:49-54(
1990)には、フィブリンの重合を阻止することができるフィブリノーゲンに対す
るモノクローナル抗体を分泌するハイブリドーマ細胞系を作製したことが記載さ
れている。Cierniewski,C.S. and Budzynski,A.Z.,Biochemistry,31:4248-5
3(1992)には、フィブリン単量体の重合速度を制するのみならずフィブリノーゲ
ンに対するトロンビンの作用をも妨げる、精製ヒト・フィブリノーゲンに対する
ポリクローナルおよびモノクローナル抗体の製造および使用が記述されている。
Tymkewycz,P.M. ら,Blood Coag. and Fibrinol.,4:211-21(1993)には、フィ
ブリンに対して高い親和性を示すがフィブリノーゲンとは反応しない5種類のモ
ノクローナル抗体を生産したことが記載されている。Gargan,P.E.ら,Fibrinol
ysis,7:275-83(1993)には、架橋型および非架橋型の両方のフィブリン重合体
構造に特異的であるが、フィブリノーゲンにもフィブリンまたはフィブリノーゲ
ンのどのような分解産物にも検出可能な免疫反応性を示さないモノクローナル抗
体を産生するハイブリドーマ細胞系MH−1を樹立したことが記載されている。
さらに、このMH−1抗体はDesAA ともDesAABB とも反応せず、また、フィブリ
ノーゲンの個々のα、βまたはγ鎖とのどのような反応性も検出されなかった。
止血系の諸成分に対して特異的なモノクローナル抗体の使用についてさらに検
討する場合は、Kudryk,B.J.ら,“Monoclonal Antibodies as Probes for Fibr
in(ogen)Proteolysis”in: Monoclonal Antibodies in Immunoscintigraphy,Ch
atal,J-F(編),CRC Press,Boca Raton,Fl.(1989),pp.365-398を参照のこと
。
止血成分に対するモノクローナル抗体は血栓のin situ 画像化のための薬剤と
して臨床上使用するために開発されたものである。例えば、Liau,C-S,and Su
,C-T,J.Form.Med.Assoc.,88:209-12(1989); Wasser,M.N.J.M.ら,Blood
,74:708-14(1989); Walker,K.Z. ら,Eur.J.Nucl.Med.,16:787-94(1990);
Alavi,A.ら,Radiology,175:79-85(1990); Wasser,M.N.J.M. ら,Thromb.
Res.,Supp.X: 91-104(1990); およびKanke,M.ら,J.Nucl.Med.,32:1254-6
0(1991)を参照のこと。
血栓溶解酵素に結合された、フィブリンに対する抗体は治療目的で開発された
ものである。例えば、Bode,C.ら,Science,229:765-67(1985)を参照のこと。
この報告によると、血栓溶解剤を特定部位へ送達せしめることは溶解しつつある
血塊でのその血栓溶解剤の効力を有意に増強させたようである。
最後に、フィブリノーゲン、フィブリンまたはそれらの分解産物に特異的なモ
ノクローナル抗体の製造および/または使用法に関するいくつかの米国特許が発
行されている。米国特許第4,722,903 号、第4,758,524 号および第4,916,070 号
を参照のこと(全ての米国特許をリストアップしたわけではない)。
2.4. 血栓形成を防止する方法
抗血栓療法にはヘパリンやクマリンなどの抗凝血剤を1種以上投与することが
含まれる。Physicians’Desk Reference,47th Ed.,Medical Economics Data(1
993); The Merck Manual of Diagnostics and Therapy,15th Ed.,Merck Sharp
e & Dohme Research Labs(1987)を参照のこと。こうした抗凝血剤は血管病の
患者において再発性の血栓症を防止する目的で、また、血管形成術後の急性の血
栓性再閉塞を防止する目的で頻繁に用いられている。
このような全身的な抗凝血剤を用いることの主な欠点は、全身出血のリスクが
あるということである。管理医師達は「ヘパリンを投与されている患者ではほぼ
あらゆる部位で出血が起こりうる」との警告を受けている。Physicians’Desk R
eference,47th Ed.,Medical Economics Data(1993),p.2568 を参照のこと。
さらに、血管形成術後の再閉塞を防止するうえでの抗凝血剤の効力はプラシー
ボ治療のそれと何ら変わりがないか、再現性のないことが判明した(Ip,J.H.ら
,JACC,17:77B-88B(1991)を参照のこと)。従って、抗凝固剤を用いることの
利点は、出血のリスクと再閉塞防止の疑わしい効力によって相殺される。
血管形成術後の再閉塞の発生を減らそうとして数多くの生物学的および機械的
方策がとられてきたが、ポジティブな結果を示す療法は一つとしてなかった。そ
れゆえ、抗血栓剤を血管の損傷部に「部位特異的に」または「直接」送達するこ
とに次第に関心が集まっている。Gimple,L.W.ら,Circulation,86:1536-46(19
92)を参照のこと。
止血系の適当な成分に対する抗体を用いた抗血栓剤の部位特異的送達は、その
剤を血管の損傷部に局在させるのに利用できるだろう。この局在化の第一の利点
は必要とされる投与量が比較的少なくなる点である。第二の利点は全身出血のリ
スクが低下することである。
いくつかの場合に、止血系の特定成分に対する抗体はそれ自体がフィブリンの
重合を阻止することが知られている。Francis,S.E. ら,Am.J.Hem.,18:111-
19(1985)には、「穏やかな」抗凝血活性を有するフィブリノーゲンに対するモ
ノクローナルを用いた研究が記載されている。Mirshahi,M.ら,Fibrinogen,4:
49-54(1990)には、モノクローナル抗体を分泌するハイブリドーマ細胞系を取得
したことが記載されており、その際に用いた抗原は断片D、つまりフィブリノー
ゲンのプラスミン分解産物であった。これらのモノクローナル抗体はフィブリノ
ーゲンと強く反応して、フィブリンの重合を阻止した。Ciernewski,C.S. and B
udzynski,A.Z.,Biochemistry,31:4248-53(1992)には、3種類の異なるハイ
ブリドーマ細胞系を取得したこと(その際の抗原は天然ヒト・フィブリノーゲン
である)、そしてこれらのハイブリドーマ細胞系はフィブリンの重合速度を抑制
するモノクローナル抗体を分泌したことが記載されている。
しかし、3つの報告はどれも治療または予防用の部位特異的抗血栓剤の開発に
おいて殆どまたは全く役に立っていない。その理由は、これら全ての場合に抗体
がフィブリノーゲンまたはフィブリノーゲン分解産物(それらは止血系の至る所
に存在している)と交差反応するということである。こうした抗体を患者に投与
すると、それらはフィブリノーゲンまたはフィブリノーゲン分解産物と結合して
しまって、血管損傷部でのフィブリン重合つまり血栓形成の阻止には利用されな
いだろう。
本発明は、フィブリン特異的な(すなわち、フィブリノーゲンに対してまたは
フィブリノーゲンやフィブリンからのプラスミン誘導分解産物に対して有意な交
差反応性を示さない)モノクローナル抗体を利用することによって血栓形成を抑
制するための全く異なったアプローチを採用することを可能とした。本発明は、
驚いたことに血管損傷部での血栓形成を抑制する、フィブリン特異的なモノクロ
ーナル抗体の使用方法を提供する。
3.発明の概要
本発明は、フィブリン特異的モノクローナル抗体を投与することによって血栓
形成の抑制を必要としているヒトにおいて血管損傷部の血栓形成を抑制する方法
を提供する。本発明はさらに、フィブリン特異的モノクローナル抗体の結合ドメ
インを含む該抗体の断片または誘導体を提供する。本発明はさらに、十分量でヒ
トの血栓形成を抑制するのに有効な、フィブリン特異的モノクローナル抗体また
はその断片もしくは誘導体、および製剤上有効な担体を含有する医薬組成物を提
供する。本発明はさらに、本発明の医薬組成物の1種以上の成分を含んでなる医
薬キットを提供する。
4.図面の簡単な説明
図1. フィブリノーゲン/トロンビン凝固反応混合物中にMH−1モノクロ
ーナル抗体を加えると、凝固速度と凝固絶対量の両方が抑えられる。「フィブリ
ノーゲン」および「45J」は対照反応である。
図2. フィブリノーゲン/トロンビン凝固反応混合物中に漸増量のMH−1
モノクローナル抗体を加えると、凝固抑制のレベルが次第に増加する。「フィブ
リノーゲン」は対照反応である。
5.発明の詳細な説明
5.1. 本発明の有用性
驚いたことに、フィブリン特異的モノクローナル抗体はフィブリン重合並びに
血栓形成を抑制できることが見いだされた。かくして、フィブリン特異的モノク
ローナル抗体は、フィブリン重合または血栓形成の抑制によって予防・治療しう
るヒトのどのような症状をも予防または治療するために利用できる。例えば、フ
ィブリン特異的モノクローナル抗体は、病理学的血栓症の危険を伴う血管病の患
者を治療するのに有用である。こうした血管病の非限定的な例としては、深静脈
血栓症(DVT)、動脈および静脈血栓症、卒中、血栓塞栓症、肺塞栓症、およ
びアテローム性動脈硬化症の血栓合併症が挙げられる。
さらに、フィブリン特異的モノクローナル抗体は、例えば、侵入的外科手術を
受ける準備をしているヒト、受けているヒト、またはこのような外科手術から回
復しつつあるヒトを処置するにも有用である。本発明において、「侵入的外科手
術」とは、血栓合併症を起こし得る動脈または静脈の血管に傷をつける恐れのあ
る外科手術のことを指す。このような外科的処置の非限定的例としてはバルーン
血管形成術や臓器移植(天然臓器と人造臓器の両方)がある。
フィブリン特異的モノクローナル抗体に加えて、このフィブリン特異的抗体の
イディオタイプ(結合ドメイン)を含む抗体断片を公知の方法により生成するこ
とができる。例えば、こうした断片には、(1) 抗体分子のペプシン消化により生
成されるF(ab')2断片、(2) F(ab')2断片のジスルフィド橋の還元により生成され
るFab'断片、および(3) 抗体分子をパパインと還元剤で処理することにより生成
されるFab 断片が含まれるが、これらに限らない。このような抗体断片は本発明
の範囲に含まれるものである。抗体断片の製造および使用の他の例については、
Parham,P.ら,J.Immunol.Meth.,53:133(1982)およびKhaw,B-Aら,J.Nucl.
Med.,34:2264-68(1993)を参照のこと。
フィブリン特異的モノクローナル抗体および抗体断片に加えて、フィブリン特
異的抗体のイディオタイプ(結合ドメイン)を含む他の抗体誘導体を公知の方法
により生成することができる。例えば、血栓形成に対してフィブリン特異的モノ
クローナル抗体またはその断片と同じ抑制効果を誘起する組換えおよび合成オリ
ゴペプチド、ならびにその類似体を合成することができる。こうした誘導体は本
発明の範囲に含まれるものである。モノクローナル抗体の一次結合領域に基づく
配列を有する合成オリゴペプチドの使用に関する他の例については、Knight,L
.ら,J.Nucl.Med.,35:282-88(1994)を参照のこと。
最後に、機能的に同等のフィブリン特異的モノクローナル抗体、その断片また
は誘導体は本発明の範囲に含まれるものである。「機能的に同等」とは、MH−
1抗体が結合するのと同じエピトープに結合することによってヒトの血栓形成を
十分量で抑制することができるフィブリン特異的モノクローナル抗体またはその
断片もしくは誘導体を意味する。
5.2. MH−1モノクローナル抗体の製造および特性付け
フィブリン特異的抗体の生産のために採用された初期のころのアプローチの多
くは、可溶性のフィブリン断片やフィブリン上の露出したネオ抗原部位を模倣し
た合成ペプチドを用いて動物を免疫することに集中していた。Hui,K.Y. ら,Sc
ience 222:1129-32(1983); Scheefers-Borchel,U.ら,Proc.Natl.Acad.Sci
.USA,82:7091-95(1985); Elms,M.J. ら,Thromb.Haemostas,50:591-94(198
3);およびKudryk,B.ら,Mol.Immunol.,21:89-94(1984)を参照のこと。しか
しながら、こうした抗体の結合部位はフィブリン分解過程において保存されるた
め、かかる抗体はフィブリン分解産物にも結合しうると考えられる。
1992年6月9日付けのGarganらによる米国特許第5,120,834 号(以後「'834特
許」という)は、参考としてここに組み入れるが、一般的に、無菌動物を所定の
抗原で免疫することによって該無菌動物からモノクローナル抗体を生産する方法
に関するものである。モノクローナル抗体を産生させるために無菌系を用いるこ
との利点は、無菌系が抗原に対して相当に増強された免疫反応を示して、抗原の
特定エピトープに結合しうる抗体を産生するBリンパ球を突き止める可能性が増
す点にあると考えられる。このような系はフィブリノーゲンに対して殆どまたは
全く交差反応性を示さない、フィブリンに対して高度に特異的な抗体を生成させ
るのに特に有用であることが判明した。こうした識別可能抗体を生起させること
は、フィブリンとフィブリノーゲンとの構造およびコンホメーション類似性が9
8%より大であると推定されたので、多くの問題をはらんでいた(Plow,E.F.ら
,Semin.Thromb.Haemostas,8:36(1982))。その結果、フィブリン分子上のご
くわずかなパーセンテージのエピトープが実際にネオ抗原(すなわち、フィブリ
ンに特異的)となる。
上記の'834特許はモノクローナル抗体MH−1を分泌するハイブリドーマ細胞
系(ATCC No.HB 9739)に関するものである。MH−1モノクローナル抗体は架
橋型および非架橋型のフィブリン重合体に特異的であって、フィブリノーゲンや
フィブリノーゲンまたはフィブリンのプラスミン誘導分解産物とは交差反応しな
い。
MH−1は'834特許に記載された手法に従って精製される。競合アッセイにお
いて、MH−1はフィブリンと特異的に結合して、フィブリノーゲンとは交差反
応しない。MH−1はプラスミンにより生成されたどのようなフィブリノーゲン
分解産物とも交差反応せず、また、プラスミンにより誘導されたどのような架橋
フィブリン分解産物とも交差反応しない。その結果、次のように結論づけること
ができる。すなわち、(1) MH−1は前駆体分子であるフィブリノーゲンの表面
に存在したり露出されたりしていない無傷のフィブリン分子のエピトープを認識
する。(2) このエピトープは架橋型フィブリンのプラスミン消化により明らかに
破壊される。
MH−1の更なる特性付けを、125I標識MH−1抗体を用いてフィブリンに
対するMH−1の親和力を決定するスキャッチャード分析(Frankel ら,Mol.I
mmunol.,16:101-6(1979))により行った。得られた解離定数KDの値は 6.7×10-10
Mで、その親和力はフィブリンに対する組織型プラスミノーゲンアクチベー
ターの親和力の約5,000 倍であった。
ウエスタンイムノブロッティング分析により、MH−1はフィブリノーゲンの
Aα、Bβまたはγ鎖とは交差反応しないことがわかった。同じ方法により、M
H−1はフィブリノーゲンのトロンビンで処理したAαまたはBβ鎖とも交差反
応しないことが明らかになった。その上、ELISA分析からは、MH−1が架
橋型と非架橋型の両方のフィブリンと反応し、2種類のフィブリンのうちで架橋
型に対する親和力の方が大きいことがわかった。
5.3. 投与方法
本発明によると、フィブリン特異的モノクローナル抗体またはその断片もしく
は誘導体が血栓形成を抑制する処置を必要としているヒトに投与される。好まし
くは、かかる抗体またはその断片もしくは誘導体を、放射性標識剤、血栓溶解剤
もしくは他の薬剤、または他の分子もしくはその一部のいずれにも結合していな
い形態でヒトに投与する。しかし、本発明の方法を実施するにあたって、放射性
標識剤、血栓溶解剤もしくは他の薬剤、または任意の分子もしくはその一部に結
合された抗体または誘導体を用いてもよく、かかる方法も本発明の範囲に含まれ
るものとする。
「担体」という用語は、フィブリン特異的モノクローナル抗体またはその断片
もしくは誘導体と一緒に投与するための希釈剤、賦形剤またはビヒクルを意味す
る。
「製剤上許容される担体」とは、その担体が米国連邦政府または州政府の取締
り機関により認可されているか、米国薬局方または動物特にヒトのための一般的
に認められた他の薬局方にリストアップされていることを意味する。
本発明で用いる「抗血栓組成物」という用語は、血栓形成の抑制を必要として
いるヒトにおいて血栓形成を十分量で抑制することができる、フィブリン特異的
モノクローナル抗体またはその断片もしくは誘導体、および製剤上許容される担
体を含んでなる組成物を意味する。
本発明で用いる「有効量」とは、血栓形成の抑制を必要としているヒトにおい
て血栓形成を抑制するのに十分高い、モノクローナル抗体またはその断片もしく
は誘導体の量を指す。投与量は望ましくない交差反応やアナフィラキシー反応な
どの有害な副作用を引き起こすほどには高くすべきでない。一般には、患者の年
齢、健康状態、性別、疾病の重篤度、反対適応症、もしあれば免疫寛容性、その
他の変動要因により投与量は変化し、それぞれの医師により調整される。投与量
はさまざまな状況に応じて変化するが、大抵の血管病の場合や、大部分の外科的
条件下では、処置を必要としているヒトの体重によって投与量が決まり、それは
約1μg/kg(体重)〜約50μg/kg(体重)の範囲であり、約5μg/
kg(体重)〜約10μg/kg(体重)の範囲とすることが好ましい。
5.4. 投与方法
フィブリン特異的モノクローナル抗体またはその断片もしくは誘導体は、1回
のボーラス注射、連続注入、またはこれらの組合せによる非経口的投与を含めて
、任意の適当な方法でヒトに投与することができる。また、指示された場合には
冠状動脈内投与のようにカテーテルを通して直接注入することもできる。
非経口投与用の製剤としては、例えば、無菌で、内毒素フリーの生理食塩水中
に、凍結乾燥したフィブリン特異的モノクローナル抗体またはその断片もしくは
誘導体を用時調製したものが含まれ、また、より一般的には、無菌の水性または
非水性の溶液、懸濁液またはエマルジョン中にフィブリン特異的モノクローナル
抗体またはその断片もしくは誘導体を用時調製または分散したものが含まれる。
非水性溶剤の例はプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、オリーブ油
などの植物油、エチルオレエートのような注射用有機エステルである。水性担体
としては、水、アルコール/水の溶液、エマルジョンまたは懸濁液、例えば食塩
水、緩衝化媒体が挙げられる。非経口ビヒクルとしては、塩化ナトリウム溶液、
リンゲルデキストロース(Ringer's dextrose)、デキストロースおよび塩化ナト
リウム、乳酸リンゲル液、不揮発性油などがある。静脈内ビヒクルとしては、リ
ンゲルデキストロースに基づくような液体および栄養素の補液などがある。防腐
剤や他の添加剤、例えば、抗菌剤、抗酸化剤、キレート剤、不活性ガスなどを存
在させてもよい。本発明の医薬組成物は米国食品医薬品局により規定された無菌
基準を満たすように無菌の剤形とすることが好適である。
本発明はさらに、同一または別個の容器に貯蔵された本発明の医薬組成物の1
種以上の成分を含んでなる医薬キットを提供する。場合により、こうした容器に
は医薬品または生物学的製剤の製造、使用または販売を統制する政府機関により
定められた形式の通知書を添付してもよく、こうした通知書はヒト投与のための
製造、使用または販売の当該機関による認可を反映するものである。場合により
、凍結乾燥した抗体またはその断片もしくは誘導体のみを含むキットには、治療
を必要とするヒトへの投与に適する担体に関しての説明書を添付することができ
る。
治療の程度、持続期間、時期および方法は、治療を必要とするヒトの年齢、体
重、健康状態、性別、そして治療が必要な疾病の種類および程度により変化し、
それぞれの状況に応じて管理医師により調整される。その症例の特定の状況次第
で、外科手術の直前、途中もしくは後に、または外科手術の前と途中に、または
外科手術の途中と後に、または外科手術の前と途中と後に、処置を施すことがで
きる。
例えば、バルーン血管形成術のごとき外科手術の場合は、しばしばヒト患者が
広範に分散した多数の血塊をもっている症例である。この状況下では、一般に、
血管形成術を行った直後に抗血栓組成物を投与することが有利であり、好ましく
は血管形成術で用いたカテーテルがまだその場所にあるうちに、そのカテーテル
を利用して血管の損傷部に抗血栓組成物を直接注入し、それによって一つの部位
に治療が集中するようにする。これは、例えば、抗体が関係のない部位で血栓に
結合することにより生じる、抗血栓組成物の損失を防ぐこととなる。
病理学的血栓症の病歴がまったくない患者に侵入的外科手術を施す場合には、
手術の直前か途中のいずれかで抗血栓組成物を投与することが一般に好ましいだ
ろう。と言うのは、抗血栓組成物が無関係の部位で結合することによって失われ
るリスクが少ないからである。
さらに、侵入的外科手術を必要とする大部分の状況下において、血塊形成の危
険が高まる時期は手術が完了した直後であることが多い。その結果、限られた回
数の治療だけで、あるいは十分な持続期間のただ1回の治療で、血栓形成を効果
的に抑制するのに十分であり、こうして手術により誘発される凝血の危険とそれ
に付随する危険を実質的に軽減できるだろう。
慢性の血栓症の場合には、抗血栓治療の時期、持続期間および回数は、患者の
健康状態の治療前および治療後の診断ならびに予備的抗血栓治療に対する患者の
応答に大いに左右され、管理医師が決定し、追跡し、検討する必要がある。
5.5. 治療効力の判定
MH−1モノクローナル抗体またはその断片もしくは誘導体による抗血栓治療
の効力は標準方法を用いて調べることができる。こうした方法の例として、限定
するものではないが、次の方法がある。すなわち、(1) 動脈または静脈色素流の
画像化による血管造影モニタリング(閉塞された色素流の出現は更なる治療の必
要性を示す);(2) 放射性標識に結合された血栓特異的抗体を用いるシンチグラ
フィーの使用(更なる治療が必要であることのサインとして血栓の大きさと位置
をモニタリングし得る);(3) 臨床的徴候の発生および程度のモニタリング(徴
候の数または重篤度の上昇は更なる治療の必要性を示す);(4) フィブリノーゲ
ンレベルとフィブリンレベルの間には逆の関係が成り立つので、ヒトの血液中の
フィブリノーゲンレベルの測定(フィブリノーゲンレベルの低下はフィブリンレ
ベルおよびフィブリン重合の対応する増加を示し、ひいては更なる治療の必要性
を示す)である。
本発明について一般的に説明してきたが、ここに包含される特定の実施例を参
考とすることにより本発明はより一層理解しやすくなるだろう。これらの実施例
は単なる例示であって、本発明を限定するものではない。
5.6. 実施例:凝血のin vitro抑制
MH−1が凝血に及ぼす影響を調べるため、一連のin vitro実験を行った。精
製したヒト・フィブリノーゲン(Kabi,Chromogenix Co,Ohio)を生理学的pH
の150 mMリン酸緩衝溶液中に1 mg/ml の濃度で溶解し、約100 μl をマイクロタ
イタープレート(Costar)の各ウェルに入れた。各ウェルに約50μl のウシ・ト
ロンビンを0.5 NIH units/mlの最終濃度で加えて反応混合物を調製した。この反
応混合物に、ゼロ時に、約50μl の(1) 100μg/mlの最終抗体濃度でMH−1モ
ノクローナル抗体;(2) 200 μg/mlの最終抗体濃度で45Jモノクローナル抗体
(45Jモノクローナル抗体はフィブリンおよびフィブリノーゲンと交差反応す
る抗体であって、通常のBalb/cマウスをフィブリンで免疫する慣用技法により作
製されたハイブリドーマ細胞系 ATCC No.HB 9740 により分泌される);または
(3) 生理食塩水のいずれかを加えた。この反応を37℃で60分間進行させた。
凝血を2分おきに340 nmで分光光度的に測定した。吸光度の増加は凝血が進行し
ていたことを示す。凝血過程の終点は吸光度対時間の曲線のプラトー(平坦域)
として観察できる。
図1は、45J対照反応混合物または生理食塩水対照反応混合物(フィブリノ
ーゲン)と比べて、MH−1で処理した反応混合物の吸光度/時間曲線の初期勾
配が低いことから明らかなように、MH−1による処理が凝血の速度を抑制した
ことを示している。さらに、対照反応と比べたときの曲線のプラトーレベルが低
いことによって測定されるとおり、MH−1は出現する凝血の絶対量を低下させ
た。45J抗体(MH−1濃度の2倍)を含む対照反応混合物は、食塩水対照反
応と比べて、いかなる凝血抑制をも示さなかった。このデータは、MH−1モノ
クローナル抗体には血栓形成を抑制する能力があるという命題を支持するもので
ある。
2番目の実験では、いくつかの異なる濃度のMH−1が凝血時間に及ぼす影響
を、フィブリノーゲン対照反応と比べて試験した。図2は、反応混合物中のMH
−1の濃度が増加するにつれて凝血反応の抑制が高まることを表す凝血反応プロ
フィール(吸光度/時間)を示している。(1:1000 = 1μg/ml; 1:100 = 10μg/
ml; 1:50 = 20 μg/ml; 1:20 = 50 μg/ml; 1:10 = 100μg/ml; フィブリノーゲ
ン = 対照)
5.7. ハイブリドーマの寄託
ハイブリドーマ細胞系MH−1および45Jは1988年6月9日にアメリカ
ン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)に寄託され、それぞれが受
託番号 HB 9739および HB 9740を与えられた。ATCCは 20852メリーランド州
、ロックビル、パークローンドライブ 12301に在る。MH−1抗体はκL鎖を有
するIgG1抗体であって、ヒト・フィブリンとウサギ・フィブリンの両方と交
差反応することが観察された。
本発明は、寄託されたハイブリドーマ細胞系 ATCC No.HB 9739 またはMH−
1モノクローナル抗体にその範囲が限定されるものではなく、血栓形成を抑制す
るフィブリン特異的モノクローナル抗体の一つの例として提供される。機能的に
同等のフィブリン特異的モノクローナル抗体またはその断片もしくは誘導体は本
発明の範囲に含まれるものとする。「機能的に同等」とは、モノクローナル抗体
またはその断片もしくは誘導体がMH−1抗体と同じエピトープに結合すること
によって血栓の形成を抑制しうることを意味する。
本発明は、その精神または本質的な特徴を逸脱することなく、他の特定形態の
中に具体化することができ、従って、上記の説明よりもむしろ、本発明の範囲を
明示する添付の請求の範囲を参考にすべきである。
本明細書中で引用した刊行物および特許はすべて参考としてここに組み入れる
ものとする。
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(51)Int.Cl.6 識別記号 庁内整理番号 FI
(C12P 21/08
C12R 1:91)
(81)指定国 EP(AT,BE,CH,DE,
DK,ES,FR,GB,GR,IE,IT,LU,M
C,NL,PT,SE),OA(BF,BJ,CF,CG
,CI,CM,GA,GN,ML,MR,NE,SN,
TD,TG),AP(KE,MW,SD,SZ,UG),
AM,AU,BB,BG,BR,BY,CA,CN,C
Z,EE,FI,GE,HU,JP,KE,KG,KR
,KZ,LK,LR,LT,LV,SK,TJ,TT,
UA,UZ,VN