【発明の詳細な説明】
ヒト胸腺皮質細胞上に発現する細胞表面タンパク質
及びその利用
〔発明の背景〕
発明の分野
本発明は、ヒト胸腺皮質細胞上に発現する細胞表面タンパク質及びその利用に
関する。より詳細には、本発明は、胸腺皮質細胞上、並びにTリンパ芽球白血病
、胸腺皮質細胞を起源とするTリンパ芽球性リンパ腫、および全種類の白血病の
約50%における悪性細胞上にのみ専ら発現される、分子量約120,000ダ
ルトンの新規なタンパク質(本明細書中、以後「JL1」と称する)と、白血病
およびTリンパ芽球性リンパ腫における該タンパク質の診断及び臨床上の応用に
関する。なお上記の細胞は、免疫組織化学的分析及びフローサイトメトリー分析
により同定される。
従来技術の説明
ヒトの体は、誕生後に晒される体外の物質に対して特異的な応答を示し、ヒト
の体を防御する免疫応答にはTリンパ球、Bリンパ球および抗原提示細胞が関与
している。リンパ球は、リンパ系器官細胞の主要構成体であり、血液及びリンパ
を介して循環している間に、特異的免疫応答において重要な役割を果たす。Bリ
ンパ球の主要な役割は、体外の物質に対する抗体を産生することである。Tリン
パ球は2つのタイプに分類され、その一つは特異的免疫応答を補助する機能を有
する
ものであり、もう一つは病原に感染した細胞を殺傷する機能を有するものである
。抗原提示細胞の役割は、感染した抗原を非特異的に取り込み、それらを小さな
ペプチドに分解処理してTリンパ球にそれらの抗原情報を提供することである。
胸腺内T細胞の発生には、複雑な一連の分裂、分化及び選択の段階を伴なう。
T細胞の起源は、胎児の肝臓及び出生後の骨髄で産生される造血幹細胞である。
それらは胸腺に移動し、分化し、および成熟し、その後に血管を通って胸腺から
出ていき、成熟T細胞になる。胸腺におけるT細胞レセプターの生殖系列遺伝子
の再構成の後、胸腺細胞は、その表面にT細胞レセプター複合体を発現する。こ
の遺伝子再構成過程は、RAG−1とRAG−2を含む酵素系を必要とする。そ
の結果、複雑な過程を経て、T細胞レセプターの極端な多様性の創出が可能とな
る。しかしながら、産生されたT細胞レセプターのすべてが、その機能を末梢部
位において適切に発揮できるのではない。主要組織適合性遺伝子複合体(MHC
)のクラスI及びクラスIIにより作られた抗原を認識できない細胞、および自
己抗原に強く応答する細胞は除かれる。これらの過程をそれぞれ、正の選択及び
負の選択と称する。T細胞レセプターは、細胞表面に存在する自分のMHC分子
に結合した外来抗原を認識するときに、その適切な機能を果たすことができる。
この学習過程は、胸腺でなされる。
T細胞は、T細胞レセプターだけでなく、様々な細胞表面タンパク質をも発現
する。これらのタンパク質もまたT細胞の機能にとって重要である。これらのT
細胞表面タンパク質
のほとんどは、広範囲のT細胞サブセットにわたって発現される。しかしながら
、それらの中には特定の段階においてのみ発現されるものも幾つかあり、これら
のタンパク質はT細胞の成熟段階を決定するためのT細胞表面マーカーとして用
いることができる。一般的には、マーカーとしてT細胞表面分子を用いる、レン
ハーツ(Renherz)らによる分類体系が胸腺細胞の分化段階の決定に用いられて
きた。この分類法に従って、胸腺細胞は、(a)CD4-/CD8-の重複陰性(
double negative)である未成熟胸腺細胞(early thymocyte)、(b)CD4+
/CD8+の重複陽性(double positive)である中間胸腺細胞(common thymocy
te)、および(c)CD4+またはCD8+の単独陽性(single positive)であ
る成熟胸腺細胞(mature thymocyte)に分類される。未成熟胸腺細胞は、CD7
、CD38およびCD71のタンパク質を発現する。これらは、骨髄から胸腺に
到着して間もない細胞であり、盛んに分裂する。T細胞レセプター遺伝子のTC
Rβの再構成がこの段階で起こる。中間胸腺細胞は、胸腺の最大部分を占め、細
胞表面上にCD1、CD2、CD3、CD4、CD5、CD8などを新たに発現
し、かつTCRα遺伝子が再構成される。その後、成熟胸腺細胞において、細胞
表面上にT細胞レセプターが発現する。その中の少数だけが生き残って次の段階
に移行することができ、ほとんどは死んでしまう(Nikolis-Zugic,1991,Immunol .Today
,12,65-70)。T細胞および胸腺細胞における細胞表面分子は、分化の段
階およびサブセットの分類を決定するために用いることができる。加えて、
それらはT細胞を起源とする腫瘍の診断及び治療のために用いることもできる。
これらの細胞表面タンパク質は、T細胞の機能及び発生において重要な役割を有
している。
T細胞レセプターが不適切であれば、胸腺細胞は死ぬ。しかも、その死は単に
受動的なものではなく、ある種のタンパク質またはある種の代謝産物の合成を要
求する能動的なものである(Rothenberg,1990,Immunol.Today,11,116-119)。
この細胞死は、外部からの特定の刺激信号を必要とするものらしい。且つ、その
細胞表面タンパク質は、該信号の経路に含まれているかもしれない。しかしなが
ら、細胞表面分子の同定は現在まで不可能であった。もし、中間胸腺細胞が特定
のタンパク質を発現して、T細胞レセプターの選択および予定された(programm
ed)細胞死のための信号を伝達するのであれば、このタンパク質はその段階に固
有のものであろう。CD1a、CD1bおよびCD1cのような少数の胸腺皮質
細胞の抗原が、胸腺皮質で発現されることが知られてはいるが、それらは樹枝状
細胞、脳の星状膠細胞およびBリンパ球のような様々な細胞型においてもまた発
現する。
〔発明の概要〕
本発明の目的は、胸腺皮質細胞の発生段階の類別に用い得る、該細胞に発現す
る新規のタンパク質を提供することである。
本発明のもう一つの目的は、胸腺細胞および造血系を起源とする腫瘍細胞に発
現が限定されるタンパク質を提供するこ
とである。
本発明の第3の目的は、胸腺細胞の発生段階を決定し、また造血系を起源とす
る腫瘍を診断するための物質を提供することである。
本発明の第4の目的は、造血系を起源とする腫瘍細胞を殺傷することができる
治療用物質を提供することである。
加えて、本発明は、本発明の治療用物質の使用による治療方法を提供しようと
するものである。
本発明は、ヒト胸腺皮質細胞上に発現される細胞表面タンパク質の「JL−1
」を提供する。上記の細胞表面タンパク質は、分子量が約120,000ダルト
ンの単鎖の糖タンパク質である。
本発明のタンパク質はヒト胸腺皮質細胞上に発現され、またTリンパ芽球性白
血病細胞、ヒト胸腺皮質細胞を起源とするTリンパ芽球性リンパ腫細胞、並びに
様々な種類の白血病の約50%の細胞上にも発現される。
また、本発明は上記のタンパク質JL−1を認識する物質をも提供する。その
物質は抗体及びリガンドからなる群より選択され、その抗体は、好ましくはモノ
クローナル抗体およびポリクローナル抗体からなる群より選択され、さらに好ま
しくはヒトまたは動物起源である。上記の抗体は、抗原認識領域(VHおよびVL
)を含む抗体諸部分を具備しており、それ故、抗原を特異的に認識する能力を有
する。また、抗体には、F(ab´)2、FabおよびFvのような抗体の断片
も包含される。好ましくは、この抗体断片(Fv)は、抗
原の単鎖ポリペプチド断片の、いわゆるFv単鎖を具備するものであり、それは
、2つのポリペプチド、VHおよびVLの間に連結ペプチドを挿入することにより
調製され、その結果、熱安定性が向上する。上記の物質は、放射性同位体、蛍光
物質および染色物質からなる群より選択される標識物質を含んでもよい。
本発明は上記の物質の製造方法をも提供するものであり、且つ、上記の物質を
産生する細胞および該細胞の製造方法も提供する。
さらに本発明は、上記の物質を用いてT細胞白血病およびTリンパ芽球性リン
パ腫を診断する方法を提供する。
加えて本発明は、抗体、抗体断片、単鎖ポリペプチド抗体断片およびリガンド
からなる群より選択される上記の物質を用いて、白血病およびTリンパ芽球性リ
ンパ腫を治療する方法を提供する。その抗体または抗体断片は、好ましくはモノ
クローナル抗体およびポリクローナル抗体からなる群より選択され、さらに好ま
しくはヒトまたは動物起源である。好ましくは、この抗原認識物質は、放射性同
位体、毒性化合物、有毒タンパク質及び抗腫瘍剤からなる群より選択される有毒
物質を含む。
本発明は、標的物質としてJL−1タンパク質を用い、且つ標的追跡物質(案
内物質(guiding material))としてJL−1認識物質を用いる遺伝子療法によ
り、白血病および造血系を起源とするTリンパ芽球性リンパ腫を治療する方法を
提供する。
加えて、本発明は、新規タンパク質であって、
(a)ヒト胸腺細胞をマウスに投与して抗体を産生させ、得られた抗体を精製す
る工程;
(b)前記の(a)工程の精製抗体を用いた胸腺の免疫組織化学的染色により、
胸腺皮質細胞にのみ反応する抗体を採集する工程;
(c)前記の(b)工程で採集された抗体を用いたヒト正常組織の免疫組織化学
的染色により、胸腺にのみ反応する抗体を採集する工程;および
(d)前記の(c)工程で採集された抗体を用いた免疫組織化学的染色により、
白血病細胞およびTリンパ芽球性リンパ腫にのみ反応するタンパク質を採集する
工程とを具備する方法により同定される新規タンパク質を提供する。
〔図面の簡単な説明〕
図1は、抗JL−1抗体を産生するハイブリドーマクローンの上清による、胸
腺の免疫組織化学的染色の写真である。
図2は、抗JL−1抗体の精製工程の下での最終生成物および各工程での中間
生成物の10%SDS−PAGE分析の写真である。
図3は、二色FACSを用いた、JL−1陽性の胸腺細胞表面上でのCD4分
子およびCD8分子の発現を示す写真である。
図4は、pH3.5およびpH3.8において、ペプシンにより様々な反応時
間で消化された抗JL−1抗体の15%SDS−PAGE分析の写真である。
図5は、パパインにより消化された抗JL−1抗体の15%SDS−PAGE
分析の写真である。
図6は、胸腺細胞の放射線同位体によるラベリングの後に、抗JL−1抗体結
合ビーズにより免疫沈降されたJL−1タンパク質のSDS−PAGE分析の写
真である。
〔発明の詳細な説明〕
生物学的活性を有するポリペプチドについての以下の具体例を以て本発明を例
証するが、それらはいかなる意味においても本発明を限定するものではない。
例1
中間胸腺細胞上の特定の細胞表面タンパク質を発見するために、ヒト胸腺細胞
をBalb/cマウスに投与し、以下の例に従って、ヒト胸腺細胞に対する抗体
を産生させた。
107のヒト胸腺細胞が、2週間の間隔で6週間にわたってBalb/cマウ
スに腹腔内投与され、免疫付与された。Balb/cマウスの脾臓が最終投与の
3日後に摘出され、脾臓細胞懸濁液が調製された。ヒト胸腺細胞により免疫付与
されたBalb/cマウスの脾臓細胞に、9−アザグアニンに耐性を有するSP
2/0−Ag14マウスのミエローマ(骨髄腫)細胞を融合することにより、モ
ノクローナル抗体が調製された。細胞融合の方法は、ケーラーとミルシュタイン
の方法(Koeler and Milstein,1975,Nature,256,495-497)に準拠した。50%
ポリエチレングリコール4000を用いて、108の脾臓細胞を107のミエロー
マ細胞と融合した。
その細胞を洗浄し、20%のウシ血清アルブミン、100μMのヒポキサンチン
、0.44μMのアミノプテリンおよび16μMのチミジンを含有するDEAE
培地(HAT培地)に再懸濁させた。細胞は、4枚の96ウエル(well)のプレ
ートに接種し、5%CO2を供給しながらインキュベーター内で37℃で培養し
た。2週間後、コロニーが形成されたときに、上清が調製され、並びに抗体の反
応活性が、酵素結合免疫吸着体測定法(ELISA)およびフローサイトメトリ
ーを用いて測定された。
105より多くの細胞を含むウエルは、陽性群と評価された。反応性の高い抗
体を含むウエルから細胞を採取し、限界希釈法によりウエル当り0.5細胞にサ
ブクローン化して、反応性の高い抗体を有する安定なハイブリドーマクローンを
得た。このハイブリドーマクローンは培地に抗体を分泌し、その上清は次の工程
のために貯蔵された。
例2
例1において調製されたハイブリドーマクローンの中から、胸腺皮質細胞上の
特定の細胞表面抗原を認識する抗体を分泌するクローンを発見するために、アビ
ジンにビオチンを結合させることによるアビジン−ビオチン複合体(ABC)染
色法に従って、例1において調製されたハイブリドーマクローンの上清を用いて
、厚さが4μmの新鮮な組織とパラフィン包埋された組織の免疫ペルオキシダー
ゼ染色がスライドグラス上で行われた。モノクローナル細胞の上清が1次抗体と
し
て用いられた。パラフィン包埋された組織は、パラフィン除去後の非特異的バッ
クグラウンド染色を回避するために、正常マウス血清で処理され、且つ1時間そ
のまま放置された。第1抗体を添加した後に1夜放置し、PBSで3回洗浄した
。2次抗体として用いるビオチン化されたヤギ抗マウスイムノグロブリンが添加
された。この後室温で1時間放置し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で3回洗
浄した。次いで、ストレプトアビジンと西洋ワサビペルオキシダーゼとの結合体
が添加された。バーリンガーム(Burlingame)製のAECキットが染色に用いら
れた。H2O2−アミノエチルカルバゾール溶液を添加して20分間処理し、PB
Sで3回洗浄した。80%グリセロールゼラチンをカバーガラスで封入した後、
光学顕微鏡下で観察を行った。
ヒト胸腺皮質細胞に対して特異的な抗体を産生するハイブリドーマクローン系
列が選択された。産生される抗体が胸腺皮質細胞のみを認識するクローンの一つ
を、H−JL1と命名した。抗JL1抗体により認識される抗原をJL1と命名
し、モノクローナル抗体を抗JL1抗体と命名した。図1は、抗JL−1抗体を
産生するハイブリドーマクローンの上清で胸腺を染色することによる、免疫組織
化学的分析の結果を示す写真である。図1に示すように、胸腺皮質のみが陽性で
あり、ほとんどの胸腺皮質細胞が陽性として染色された。胸腺皮質細胞の表面が
強く染色されたので、抗JL1抗体により認識される抗原は細胞表面抗原である
。胸腺髄質細胞は、抗JL−1抗体により染色されなかった。このことから、J
L
1が胸腺皮質細胞に特有の抗原であることが明らかである。
例3
抗JL−1抗体分泌ハイブリドーマクローンにより分泌される抗体を高濃度で
得るために、腹水が調製された。Balb/cマウスの腹腔内に0.5mlのプ
リスタンを投与した3週間後に、10%ウシ血清を含有するDMEMで培養され
た107のH−JL−1のハイブリドーマクローンが投与された。2週間から3
週間後に腹水が採集された。そのときの抗体の濃度は5mg/mlから10mg
/mlである。腹水中にはアルブミンのようなタンパク質のコンタミネーション
(汚染物質)が数多く存在するので、ヒト胸腺細胞に反応するイムノグロブリン
のみを精製した。抗HJL−1モノクローナルハイブリドーマ細胞をBalb/
cマウスに腹腔内投与し、該マウスから得られた多量の抗体を含有する腹水から
抗体を精製するために、Q−セファロースクロマトグラフィーおよびヒドロキシ
アパタイト(ファーマシア(Pharmacia)社製Bio-gel HTP Gel)クロマトグラフ
ィーが行われた。
水腫腹水10ml当り3.14gの硫酸アンモニウムが、氷上で徐々に加えら
れた(50%の(NH4)2SO4により沈殿した)。混合液を15,000rpmで
30分間遠心分離し、イオン交換水中に再懸濁し、且つ、1リットルの緩衝溶液
(20mMリン酸塩、pH7.4)中で透析した。この溶液を、前もって緩衝溶
液(20mMリン酸塩、pH7.4)により平衡化されたQ−セファロースカラ
ムに通して吸着さ
せ、次いで、緩衝溶液を再度カラムに通して、カラム内の未吸着のタンパク質を
除いた。その後、カラム内に吸着されているタンパク質を、緩衝溶液I(20m
Mリン酸塩、pH7.4)および緩衝溶液II(20mMリン酸塩および0.5
MのNaCl、pH7.4)を用いた、0Mから0.8MのNaClの線形濃度
勾配により溶出した。それぞれの画分はSDS−PAGEにより電気泳動され、
抗JL−1抗体を含有する画分が採集された。
次いで、画分は透析され、前もって緩衝溶液(20mMリン酸塩、pH6.8
)により平衡化されたヒドロキシアパタイトカラムに通された。遊離のタンパク
質を除くためにカラムに通された画分(20mMリン酸塩、pH6.8)は、緩
衝溶液III(20mMリン酸塩、pH6.8)および緩衝溶液IV(300m
Mリン酸塩、pH6.8)を用いた、0Mから0.3Mのリン酸塩の線形濃度勾
配により溶出された。それぞれの画分はSDS−PAGEにより電気泳動され、
抗JL−1抗体を95%より多く含有する画分が採集された。採集された抗JL
−1抗体は、適当な緩衝溶液中で透析され、保存された。5mgから10mgの
抗JL−1抗体が、実験を反復することにより1mgの腹水から調製された。
中間生成物および最終生成物の10%SDS−PAGEでの電気泳動の結果を
図2に示した。第1のレーンは腹水であり、第2のレーンはQ−セファロースク
ロマトグラフィーに掛ける前の50%硫安による沈殿である。並びに、第3及び
第4のレーンは、Q−セファロースカラムに吸着されたタン
パク質からの溶出画分である。第5のレーンは、ヒドロキシアパタイトカラムク
ロマトグラフィーを行う前の、Q−セファロースクロマトグラフィーの分画のう
ち、多くの抗JL−1抗体を含有する画分から回収したものである。また、第6
、第7、第8、第9、第10及び第11のレーンは、ヒドロキシアパタイトカラ
ムに吸着されたタンパク質の溶出画分である。
例4
この例は、JL−1抗原が胸腺以外の正常組織において発現されているかどう
かを確認するために、例3で精製された抗JL−1抗体を1次抗体として用いて
、例2の組織化学的分析に従って行われた。下記の表Iは、それぞれの組織にお
けるJL−1抗原の分布を表すものである。末梢リンパ系組織、小脳、膵臓組織
、卵巣及び精巣、皮膚、副腎並びに腎臓を含む、胸腺細胞以外の他の全ての組織
は、染色に関して陽性ではなかった。この発見により、JL−1が胸腺皮質細胞
に特有の抗原であることが確認される。
例5
例2及び例4は、JL−1抗原が胸腺皮質細胞上にのみ発現されたことを示す
。この例においては、正常細胞及び悪性造血細胞上のJL−1抗原が、フローサ
イトメトリー分析により検討された。1×106個の細胞をファルコンチューブ
に加え、1,500rpmで5分間遠心分離し、100μl当り1×106個の
細胞の細胞ペレットをPBS中に再懸濁した。100μlの懸濁液を試験管に分
配し、1μgの精製抗JL−1抗体を含有する100μlの抗JL−1抗体溶液
を加えて撹拌した。この溶液を4℃で30分間反応させ、1,500rpmで5
分間遠心分離し、ペレットをPBSで2回洗浄して未反応抗体を除いた。そのペ
レットを50μlの希釈2次抗体(ザイムド(Zymed)社製FITC結合ヤギ抗
マウスIg)を含有する溶液に懸濁し、暗室内において4℃で30分間反応させ
た。150μlのPBSを添加し、遠心分離し、細胞をPBSで2回洗浄した。
最終的に、遠心分離後に200μlのPBSを細胞ペレットに添加した。陽性細
胞の割合及び染色の強度をフローサイトメトリー(ベクトム・ディッキンソン(
Bectom-Dickinson)社製造販売のFACSスキャン)により分析した。FITC
(蛍光イソチオシアネート)またはPE(フィコエリトリン)と直接結合した抗
体が、抗JL−1抗体として用いられた。この場合は、蛍光のための2次抗体を
用いなくとも良い。結果を表IIに示す。
下記の表IIに、正常細胞、正常脾臓細胞、骨髄細胞、PBMC(末梢血単核
細胞)、並びに10μg/mlのPHA
(フィトヘマグルチニン)を含有する培地、3μg/mlのPWM(パイクウィ
ード分裂促進剤(Pikeweed mitogen))を含有する培地および0.5μg/ml
の抗CD3抗体を含有する培地においてそれぞれ培養された活性化PBMCの表
面におけるJL−1抗原の発現を示す。それらはすべて、JL−1抗体について
陰性であった。陽性応答は胸腺細胞上にのみ現れ、且つ出生前および出生後の細
胞の80−90%がJL−1抗原を発現した。すなわち、JL−1抗原は、先に
例4において示したように胸腺細胞に固有の抗原であることが明らかとなった。
例6
胸腺の発生の際にJL−1抗原が何時発現するかを確認するために、抗JL−
1抗体を用いてJL−1陽性細胞を精製し、抗CD4抗体および抗CD8抗体を
用いて2色FACS分析が行われた。分析方法は上記の記載に従って行い、FI
TC結合抗CD4抗体が抗CD4抗体に用いられ、PE結合
抗CD8抗体が抗CD8抗体に用いられた。図3は、流水による選別処理(pann
ing procedure)により精製されたJL−1陽性胸腺細胞上のCD4およびCD
8の発現を示す2色FACS分析の結果である。JL−1陽性細胞の99%超が
CD4およびCD8の両者について陽性であることが明らかとなった。すなわち
、JL−1陽性細胞は、中間胸腺細胞であった。
フローサイトメーターによる、抗JL−1抗体を用いたマーカー分析は、白血
病細胞の細胞表面におけるJL−1抗原の発現を示している。Bリンパ球、単核
球および骨髄球を起源とする腫瘍細胞は、JL−1抗原について陰性であった。
中間胸腺細胞を起源とするTリンパ球はJL−1抗原について陽性であり、それ
以外のTリンパ球腫瘍細胞は陰性であった。しかしながら、表IIIにみられる
ように、様々なタイプの白血病患者の50−60%の白血病細胞は、JL−1抗
原について陽性であった(表3)。それ故、JL−1抗原および抗JL−1抗体
は、様々なタイプの白血病およびTリンパ芽球性リンパ腫に対する強力な診断上
及び治療上の手段となるであろう。
例7
この例は、例4における胸腺の特異的な免疫組織化学的染色と、例5における
胸腺細胞を起源とする腫瘍細胞および例6における造血系の特異的な蛍光染色と
が、抗JL−1抗体の抗原認識領域(VH+VL)による特異的結合の結果であっ
て、胸腺皮質細胞を起源とする腫瘍細胞表面上のFcレセプターによる結合の結
果ではないことを示すために行われた。この例の上記目的を達成するために、抗
体のFc領域をプロテアーゼで除去し、F(ab´)2断片及びFab断片を精
製して、胸腺の免疫組織化学的染色及び胸腺細胞のフローサイトメトリーを行っ
た。一般的に、Balb/cマウスの抗体がIgG1タイプであるとき、それが
パパイン処理された場合には、約50KDaのFab断片およびFc断片が生成
し、それがペプシン処理された場合には、約102KDaのF(ab´)2断片
が生成し、且つFc断片は小断片に消化された。
抗JL−1抗体のF(ab´)2を調製するために、10mgの抗JL−1抗
体をイオン交換水に溶解し、且つ、1リットルの緩衝溶液(0.1Mクエン酸塩
、pH3.5)中で透析した。その溶液に、シグマ(Sigma)社より製造販売さ
れるペプシンを0.1mgから0.2mg加え、37℃で反応させ、消化の程度
を観察した。十分な反応が起こると同時に、該溶液に1/10容の緩衝溶液を加
えて中和し、ペプシンによるタンパク質の消化を完結させた。その溶液を緩衝溶
液(20mMリン酸塩、pH8)中で透析し、予め緩衝溶液
(20mMリン酸塩、pH8.0)で平衡化されたQ−セファロースカラムに通
し、次いで、緩衝溶液(20mMリン酸塩、pH8.0)をそのカラムに通して
遊離のタンパク質を除き、その後、緩衝溶液I(20mMリン酸塩、pH8.0
)および緩衝溶液II(20mMリン酸塩および0.5MのNaCl、pH8.
0)を用いた、0Mから0.5MのNaClの濃度勾配により溶出した。それぞ
れの画分はSDS−PAGEにより電気泳動され、F(ab´)2断片を含有す
る画分が採集された。採集されたF(ab´)2断片を適当な緩衝溶液中で透析
し、保存した。
図4は、様々な反応時間で、pH3.5およびpH3.8の緩衝溶液(0.1
Mクエン酸塩)中において37℃でペプシンにより消化された、抗JL−1抗体
の電気泳動の結果である。第1から第5のレーンは、pH3.5で0時間、0.
5時間、1時間、2時間および4時間反応させた試料であり、第6から第10の
レーンは、pH3.8で0時間、0.5時間、1時間、2時間および4時間反応
させた試料であり、第11レーンは、既知の分子量の標準タンパク質である。第
1および第6のレーンにおいて、上方側にある厚いバンドは抗JL−1抗体であ
り、第2から第5のレーンおよび第7から第10のレーンにおいて、抗JL−1
抗体のバンドの下方側にある厚いバンドは102KDaの分子量を有するF(a
b´)2断片であった。
抗JL−1抗体のFabを調製するために、10mgの抗JL−1抗体を5m
lの緩衝溶液(20mMリン酸塩、pH
7から8)に溶解し、1リットルの緩衝溶液(20mMリン酸塩、pH7から8
)中で透析した。該溶液に、システィンおよびEDTAを、システィンが15m
MでDTAが1mMの溶液となるように添加し、ベーリンガー・マンハイム社か
ら製造販売されている0.2mgのパパインを添加し、37℃で反応させ、消化
の程度を観察した。十分な反応が起こると同時に、溶液に1/10容の1Mヨー
ドアセトアミド溶液を加えて中和し、パパインによるタンパク質の消化を完結さ
せる。Fab断片は、F(ab´)2を調製するための処理に従って精製された
。こうして採集された断片を適当な緩衝溶液中で透析し、保存した。
図5は、様々な反応時間で、緩衝溶液(20mMリン酸塩、pH7.0)中に
おいて37℃でパパインにより消化された抗JL−1抗体の電気泳動の結果であ
る。第1から第5のレーンは、0時間、0.5時間、1時間、2時間および6時
間反応させた標品である。第6のレーンは標準タンパク質であり、その分子量は
最上方からそれぞれ116、85、53、39、27および14Kdaである。
第1のレーンの上方側にある厚いバンドは抗JL−1抗体であり、53KDaの
標準タンパク質と39KDaの標準タンパク質との間にある厚いバンドは、50
KDaの分子量を有するFab断片であった。
この様にして精製されたF(ab´)2断片およびFab断片は、例4の記載
に従って胸腺の免疫組織化学的染色に用いられ、陽性反応を示した。胸腺細胞を
起源とする腫瘍細胞
及び胸腺皮質細胞のJL−1抗原は、例5及び例6の手順にしたがってフローサ
イトメーターにより観察され、例5及び例6のように陽性反応を示した。このこ
とは、細胞表面にJL−1を発現している細胞の抗JL−1抗体による認識が、
抗JL−1抗体の抗原認識領域による特異的認識によるものであり、胸腺皮質細
胞を起源とする腫瘍細胞表面上のFcレセプターによる、Fc領域を媒介とした
抗JL−1抗体の非特異的結合によるものではないことを意味する。抗原認識領
域を有する抗JL−1抗体断片は、抗JL−1抗体と同様に、JL−1抗原の認
識に有益である。
例8
白血病及びリンパ腫の治療を目的として、JL−1タンパク質に対する抗体を
使用する可能性を研究するために、次のような、試験管レベルでの試験が行われ
た。補体が不活性化していない、AB型のヒト血液・プール血清を30%含有す
るRPMI培地中の抗JL−1抗体を、ml当り5×105個のTリンパ芽球性
白血病細胞に加え、12時間培養し、トリパンブルー染色を用いて腫瘍細胞の生
存を観察した。この所見から、JL−1タンパク質に対する抗体を白血病細胞に
投与すると、腫瘍細胞を殺傷し得ることが強く示唆される。この抗JL−1抗体
による腫瘍細胞の殺傷は、補体系及び抗体のFc部分の少なくとも一方に依存す
る細胞溶解によって媒介される。この過程は、補体の媒介による細胞溶解の結果
であろうと考察される。
例9
JL−1タンパク質の生化学的特徴を観察するために、免疫沈降試験及びSD
S−PAGE試験を行った。PBS(リン酸緩衝溶液)洗浄された1×107の
ヒト胸腺細胞またはモルト(Molt)−4腫瘍細胞を、100mlのPBSに懸濁
した。5μgのラクトペルオキシダーゼおよび250μCiのNa125Iを加え
、H2O2を加えて3分間反応させ、PBS洗浄した。細胞表面を125Iでラベル
された細胞を、1ml当り1×107細胞となるように細胞溶解緩衝溶液(50
mMのTris−HCl,pH7.4,150mMのNaCl,0.5%(w/v
)ノニデット(Nonidet)P−40および1mMのPMSF)中に懸濁し、4℃
で30分間振盪した。細胞溶解物を3000rpmで7分間遠心分離し、その上
清を採取し、ペレットは廃棄した。細胞溶解物の上清をバイオラッド社製のプロ
テインA−セファロースCL−4Bビーズ20μlと2時間反応させ、次いで、
ウサギ抗マウスIgが結合したプロテインA−セファロースビーズと反応させて
、非特異的な物質を前もって除去した。残留細胞溶解物を、20μlの抗Jl−
1抗体が結合したウサギ抗マウスIg結合プロテインA−セファロースビーズと
12時間以上反応させた。沈殿を、抗原溶出のために10分間、電気泳動用緩衝
溶液(0.125MのTrisHCl,pH6.8,4%SDS,20%グリセ
ロールおよび1%のβ−メルカプトエタノール)中で煮沸し、求められているタ
ンパク質のバンドを見つけるためにSDS−PAGEで電気泳動した。8%アク
リルアミドゲルが電気泳動に用いられ、ゲルを乾燥した後に、オートラジオグラ
フィーのために70℃で1日間、アマーシャム社製のハイパーフィルムMP(Hy
per film-MP)に暴露させた。
図6は、胸腺細胞を放射性同位体でラベルした後に免疫沈降されたJL−1タ
ンパク質の、SDS−PAGE分析結果を示す。第1のレーンは、胸腺細胞の溶
解物の免疫沈降により調製されたJL−1タンパク質の、非還元条件の下での電
気泳動の結果を示し、第2のレーンは、還元条件の下での電気泳動の結果を示す
。120,000ダルトンの分子量のバンドが、還元条件および非還元条件の両
方に現れた。このことは、JL−1タンパク質が単一のポリペプチド鎖を有する
ことを意味する。また、還元条件の下でのバンドはゆっくりと移動するように思
われ、このことはタンパク質中にジスルフィド結合が存在することを示唆する。
エンドグリコシダーゼFでJL−1タンパク質を処理した後の電気泳動分析では
、タンパク質がより速やかに移動するという結果が得られ、これによってJL−
1は糖タンパク質であることが示唆される。従って、JL−1タンパク質は、分
子量120,000ダルトンの単一のポリペプチドの特徴を有する糖タンパク質
である。CD1a、CD1bおよびCD1cは、T細胞の発生の際に、胸腺皮質
細胞上にのみ発現されるタンパク質として知られている。しかしながら、CD1
aは、分子量49,000のポリペプチド及びβ2mと称する分子量12,00
0ダルトンのポリペプチドからなるヘテロダイマー(異種2量体)
である。CD1bは、分子量45,000ダルトンのポリペプチドおよびβ2m
からなるタンパク質であり、CD1cは、分子量43,000ダルトンのポリペ
プチドおよびβ2mからなるタンパク質である。しかしながら、これらのタンパ
ク質は、本発明のタンパク質とは異なるものである。更に、CD1aは、皮膚の
樹枝状細胞、ランゲルハンス細胞および脳神経星状膠細胞の細胞表面上に現れ、
CD1bは、皮膚の樹枝状細胞、脳神経星状膠細胞およびBリンパ球の細胞表面
上にあり、並びにCD1cは、皮膚の樹枝状細胞およびBリンパ球上にある。J
L−1分子の精製は、セファロースビーズに、精製された抗JL−1抗体100
μgを結合させて得られたアフィニティカラムを用いてなされた。およそ20μ
gの抗原が、PAGE試料緩衝液でビーズを煮沸することにより採集された。こ
のタンパク質はトリプシン消化され、HPLCを用いて代表的な画分が選別され
た。配列決定をエドマン分解法で行ったところ、配列は次の通りであった。V(
バリン)−L(ロイシン)−P(プロリン)−S(セリン)−V(バリン)−F
(フェニルアラニン)−C(システィン)−A(アラニン)−I(イソロイシン
)−T(トレオニン)。以上より、JL−1タンパク質および抗JL−1抗体は
、白血病細胞及びTリンパ芽球性リンパ腫細胞の診断及び治療に極めて有益であ
る。
胸腺細胞に特異的なタンパク質であるJL−1は、胸腺細胞を除く正常組織ま
たは活性化された末梢血には見られないので、本発明のJL−1タンパク質は、
組織検査または末梢
血検査によりJL−1タンパク質が発現しているか否かを決定することにより、
T細胞リンパ芽球性リンパ腫および白血病を診断するために有益である。パラフ
ィン包埋組織が腫瘍診断に用いられる。しかしながら、そのようなパラフィン包
埋組織に対して反応性を有する未成熟T細胞抗体はこれまで発見されなかった。
JL−1はパラフィン包埋組織においても安定であるので、腫瘍の診断に有益で
ある。本発明の抗体またはリガンドは、JL−1抗原を発現するT細胞リンパ芽
球性リンパ腫および白血病の治療に有益である。本発明の抗原は、正常組織では
発現されないため、遺伝子治療のための標的物質として用いることができる。
生物学的に活性なポリペプチドについての典型的な実施態様に関する上記の記
載は、本発明の例証となるものである。しかしながら、当業者にとって自明な変
形が存在することからも、本発明は上記記載の特定の態様に限定されるものでは
ない。本発明の範囲は、次に示す請求の範囲において定義される。
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(51)Int.Cl.6 識別記号 庁内整理番号 FI
C12N 15/02 8310−2J G01N 33/574 A
C12P 21/08 9281−4B C12N 5/00 B
G01N 33/574 9162−4B 15/00 C
(81)指定国 EP(AT,BE,CH,DE,
DK,ES,FR,GB,GR,IE,IT,LU,M
C,NL,PT,SE),AU,BR,CA,CN,C
Z,FI,HU,JP,NO,NZ,PL,RO,RU
,SK
(72)発明者 バエ、ヤング・ミー
大韓民国、ソウル 139―050、ナウオン
― ク、ウォルケイ ― ドン、ドン ―
シン 5―1004、アパートメント ナン
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