JP7492454B2 - 絶縁電線、及びその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は絶縁電線に関するものであり、特に自動車に使用される、高電圧電力ケーブルに好適なものである。
自動車等の車両に使用される絶縁電線は、機械特性、難燃性、耐熱性、耐寒性等、種々の特性が要求されており、要求される特性の1つに発煙特性がある。
昨今は、電気によるモーター駆動を利用した電気自動車、モーター駆動と従来のガソリンエンジン駆動を併用したハイブリッド自動車が登場している。このようなモーター駆動を使用する自動車は、モーター駆動のために高電圧、大電流を供給する必要がある。
高電圧、大電流を供給する絶縁電線は高温となりやすく、一般的に高温環境における絶縁電線の発煙特性は低下する。
発煙特性を改善する手法の1つとして、絶縁電線の導体断面積を増やし、通電時の発熱を減らす方法があるが、高電圧、大電流を供給する絶縁電線は、元から導体断面積が大きく設計されていることが多く、更なる導体断面積の増大は絶縁電線の肥大化を招き、絶縁電線の配設スペースの確保が困難、重量の増加による燃費の悪化と言った問題が存在する。
燃焼時の発煙量を低減する方法としては、絶縁電線に使用する絶縁材料にハロゲンを使用しない方法(特許文献1)や、テトラフルオロエチレンと炭素数2~4のαオレフィンとを重合させて得られるテトラフルオロエチレン-αオレフィン共重合体を含むベースポリマを含有する含フッ素エラストマ組成物を使用する方法(特許文献2)などが知られている。
しかしながら、これらの方法はあくまで絶縁電線の燃焼時という非常事態における発煙量の低減を意図したものであり、燃焼に至る前の安全指標としての意味合いが強い発煙特性の向上に必ずしも寄与するものではない。
また、図2に示したように絶縁層が複数ある場合、絶縁層が一層のみの絶縁電線と比べて、発煙特性が悪化する傾向がある。
自動車向けの高電圧電力ケーブルの一部では、図4に示したように、第1絶縁層の外周にシールド層を設け、さらに第2絶縁層を設けた態様のものも採用されており、このような態様の高電圧電力ケーブルにおいても発煙特性の向上が求められている。
特開2000-191845号公報 特開2017-33784号公報
本発明の課題は、導体断面積を増やすことなく発煙特性が改善された絶縁電線を提供することにある。また、複数の絶縁層を有する態様であっても、優れた発煙特性を有する絶縁電線を提供することにある。
本発明者は、絶縁電線の発煙メカニズムを詳細に分析した結果、絶縁層に含まれる揮発性成分を低減することで、また、揮発性有機化合物類の低減処理時における揮発性有機化合物類の挙動に注目し、内周側の絶縁層に再吸着される現象を抑制することで、従来の問題を解決するに至った。
本発明は、導体の周囲に絶縁層を被覆した絶縁電線であって、絶縁層に残存する沸点が150℃から360℃の範囲にある揮発性有機化合物と準揮発性有機化合物の残存量合計が、1500ppm以下であることを特徴とする。
また、本発明は、導体の周囲に、第1絶縁層と第2絶縁層を含む少なくとも2つの絶縁層を被覆した絶縁電線であって、全ての絶縁層に残存する沸点が150℃から360℃の範囲にある揮発性有機化合物と準揮発性有機化合物の残存量合計が、1500ppm以下であることを特徴とする。
本発明によれば、導体断面積を増大させることなく、発煙特性を改善することができ、また、絶縁層を複数有する絶縁電線であっても、良好な発煙特性を得ることができる。
本発明の絶縁電線の基本的構造を示す図である。 本発明の絶縁電線の一例で、絶縁層を複数有する態様を示す図である。 本発明の絶縁電線の一例で、透過抑制層を有する態様を示す図である。 本発明の絶縁電線の一例で、シールド層を有する態様を示す図である。 本発明の絶縁電線の一例で、透過抑制層とシールド層を有する態様を示す図である。
以下、本発明の基本的構成を、添付図面を参照しながら説明する。図1において、1は本発明の絶縁電線、10は導体、12は絶縁層である。なお、本発明の構成は図1に限定されず、本発明の思想の範囲内において変更が可能である。
本発明で特徴的なことは、絶縁層12に残存する沸点が150℃から360℃の範囲にある揮発性有機化合物と準揮発性有機化合物の残存量合計が、1500ppm以下となっていることである。
揮発性有機化合物(VOC)は大気中に気体で存在する有機化合物のうち沸点が50~260℃程度のものの総称、準揮発性有機加工物(SVOC)は大気中に気体で存在する有機化合物のうち沸点が260~400℃程度のものの総称である。
以下、特に断りが無い限り、「VOC」を揮発性有機化合物と準揮発性有機化合物の両者を指す言葉として使用する。
絶縁電線1の発煙特性は、自動車規格JASO D609に記載された試験によって測定される。具体的には、一定の長さの絶縁電線1を試料として準備し、試験温度に設定された環境下で水平に維持する。電流値を変えて何種類かの直流電流を試料に流し、発煙が確認されるまでの時間を測定する。試験温度は何種類か設定され、試験温度ごとに電流値と発煙開始時間の関係を求め、その結果が絶縁電線1の発煙特性として扱われる。
発煙特性試験における発煙は、高温環境下に置かれた絶縁電線1に電流を流し、高温と通電による発熱によって絶縁層12が劣化し、劣化した絶縁層12の材料が目視可能な煙として蒸発・飛散することで発生する。
しかしながら、絶縁層12にVOCが残存している場合、絶縁層12の耐熱温度や、絶縁電線1の短時間許容温度に到達する前にVOCの蒸発・飛散が始まり、飛散したVOCが目視可能な煙となるため、絶縁電線1及び絶縁層12が高い耐熱性を有していたとしても、発煙特性が悪化する場面が存在する。
そのため、絶縁層12に残存するVOCを低減させることで、VOC由来の発煙が低減するため、絶縁層12が本来有する耐熱性に応じた発煙特性を得ることができ、結果として絶縁電線1の発煙特性が向上する。
一般的に発煙特性が要求される絶縁電線1は耐熱性も要求されることが多く、150~200℃程度の耐熱温度を有する電線の発煙特性(発煙温度)は、耐熱温度よりも十分高い温度が要求されることが多い。このため、150℃以上の沸点を有するVOCを低減することで、効果的に絶縁電線1の発煙特性を向上させることができる。
具体的には、沸点が150℃から360℃の範囲にあるVOCの残存量を1500ppm以下とすることで、発煙特性試験において発生する煙の原因となるVOCの大半が除去されるため、発煙特性が向上する。
VOCの残存量の低下に伴って発煙特性が向上する傾向にあるため、より好ましくは沸点が150℃から360℃の範囲にあるVOCの残存量を1000ppm以下とするのが良い。
本発明は、絶縁層12を構成する材料がオルガノポリシロキサンを含有している際に、特に好適に利用できる。
オルガノポリシロキサンを含有する絶縁材料の代表例として、柔軟性、絶縁性、耐熱性、耐寒性等に優れたシリコーンゴムが知られている。通常、シリコーンゴムはシリコーンゴムコンパウンドに加硫剤、顔料などを配合・混錬し、これを所定の条件で加熱、加硫して硬化して使用される。
シリコーンゴムコンパウンドは環状ジメチルシロキサン4量体(D4)を開環重合して得られたジメチルポリシロキサンを主成分とするが、この開環重合反応が可逆的な反応であるために、シリコーンゴムコンパウンド中にはいわゆる低分子環状シロキサンが残存する。
すなわち、絶縁層12を構成する材料がオルガノポリシロキサンを含有している場合は、絶縁層12に低分子環状シロキサンが残存することになる。低分子環状シロキサンはVOCの一種であり、絶縁電線1の発煙特性を下げる要因の一つとなる。
一般的に、環状ジメチルシロキサン3量体(D3)~環状ジメチルシロキサン10量体(D10)が低分子環状シロキサンとして扱われている。環状ジメチルシロキサンにおいて、D3の沸点は大気圧下で134℃、D4の沸点は大気圧下で175℃であり、D5、D6・・・と分子量が増えるにつれて、沸点が増加し、D10の沸点は大気圧下で360℃程度と推測されている。D3の沸点は比較的小さいため絶縁電線1の製造過程で大半が蒸発し、残存量は少ないが、D4~D10についてはD3と比較して残存量が多い。
なお、絶縁電線1の発煙特性を下げる要因の一つである低分子環状シロキサンは、環状ジメチルシロキサンに限定されるものではない。シロキサン結合のケイ素原子に結合する有機置換基はメチル基だけでなく、エチル基、ビニル基、フェニル基等が挙げられ、これらの組み合わせも任意である。
また、絶縁電線1の発煙特性を下げる要因は、低分子環状シロキサンの他に、安息香酸や安息香酸の誘導体等の昇華性物質が挙げられる。
このため、オルガノポリシロキサンを含有する絶縁層12を用いた絶縁電線1において、沸点が150℃から360℃の範囲にあるVOCであるD4~D10の低分子環状シロキサンの残存量合計が、1500ppm以下であることで、絶縁電線1の発煙特性を向上させることができる。
オルガノポリシロキサンを含有する絶縁層12の材料としては、各種のシリコーンゴムや、シリコーンゴムと他の材料の混合物などが使用できる。
絶縁層12をシリコーンゴムと他の材料の混合物とする際、シリコーンゴムの混合割合が増加するほど、低分子環状シロキサンの残存量も増加し発煙特性が悪化する傾向にあるが、シリコーンゴムの混合割合が高いものであっても、沸点が150℃から360℃の範囲にある低分子環状シロキサンの残存量合計を1500ppm以下とすることで、発煙特性を向上させることができる。
本来、低分子環状シロキサンが特に多く残存するシリコーンゴム単体で構成された絶縁層12であっても、沸点が150℃から360℃の範囲にある低分子環状シロキサンの残存量合計を1500ppm以下とすることで、発煙特性を向上させることができるため、絶縁層12がシリコーンゴム単体の場合には、特に効果が高くなる。
オルガノポリシロキサンを含有する絶縁層12を用いて絶縁電線1を構成する場合、絶縁層12に残存するD4~D6の低分子環状シロキサンのうち、少なくとも1つの残存量を1000ppm以下とするのが好ましい。
D4~D6の低分子環状シロキサンは揮発性有機化合物に属し、高沸点にも関わらず蒸気圧が大きいため、室温でも比較的揮発しやすいとともに、絶縁層12に残存するVOCの大半を占める傾向がある。このような性質を有するD4~D6の低分子環状シロキサンのうち、少なくとも1つの残存量を1000ppm以下とすることで発煙特性が改善される。
D4~D6の低分子環状シロキサンのうち、少なくとも1つの残存量を1000ppmとすることで発煙特性の改善効果を得られるが、低分子環状シロキサンの残存量合計を1500ppm以下とする観点から、D6の残存量を100ppm以下とするのが好ましい。望ましくは、D4~D6の低分子環状シロキサンの残存量の合計が100ppm以下とするのがより好ましい。
D4~D6の低分子環状シロキサンのうち、D6は比較的多く絶縁層12に残存する傾向があるため、D6の残存量を集中的に低減させることで、効果的に発煙特性を改善することができる。また、D6の残存量の低減に伴って、D4、D5の残存量も低減する傾向にあり、D4~D6の低分子環状シロキサンの残存量の合計を100ppm以下とすることで発煙特性がより一層改善される。
オルガノポリシロキサンを含有する絶縁層12を用いて絶縁電線1を構成する場合、D4~D8の低分子環状シロキサンの残存量合計を500ppm以下とするのが実用的な範囲の設計を鑑みた場合に好適である。
D4~D6の低分子環状シロキサンに加えて、D7、D8の低分子環状シロキサンは発煙特性試験において特に目視可能な煙となりやすいVOCであるため、D8の残存量を集中的に低下させ、これに付随してD7の残存量も低下させることで、絶縁電線1の発煙特性をより効果的に向上させることができる。
望ましくは、D8の低分子環状シロキサンの残存量を300ppm以下とするのが好ましい。
オルガノポリシロキサンを含有する絶縁層12を用いて絶縁電線1を構成する場合、さらに好ましくは、D4~D10の低分子環状シロキサンの残存量合計を400ppm以下とするのが良い。
D9、D10の低分子環状シロキサンは、JCS(日本電線工業会)規格168号で定義された一般的なシリコーンゴム被覆絶縁電線の短期許容温度である300℃付近で蒸発しやすくなり、高温域での発煙特性に影響する。D9、D10の残存量も考慮し、D10の低分子環状シロキサンの残存量合計を200ppm以下とし、これに付随してD9の残存量も低下させることで、絶縁電線1の発煙温度をシリコーンゴム被覆絶縁電線の短期許容温度に近づけることができ、発煙特性をより一層向上させることができる。
望ましくは、D9、D10の低分子環状シロキサンの残存量の合計を300ppm以下とするのが好ましい。
絶縁層12に残存するVOCの残存量を低減させる方法としては、以下の方法が挙げられる。
(方法1)絶縁電線1を所定の温度、時間で加熱して、絶縁層12中のVOCを強制的に蒸発させる。
(方法2)絶縁電線1を溶媒に浸漬させ、絶縁層12中のVOCを溶媒中に溶出させる。
(方法3)低VOCタイプの絶縁材料を絶縁層12に用いる。
(方法4)オルガノポリシロキサンを主とする材料と、低VOCタイプの絶縁材料とを混合して形成した材料を絶縁層12に用いる。
以上述べた方法の中では、方法1が最も好ましく使用することができる。方法1は絶縁材料の種類によらず使用できる方法であるとともに、工業的に取扱いが容易な加熱炉等の加熱手段を用いて行うことができる。
また、本発明の絶縁電線1には、VOC以外にも温度上昇によって蒸発・飛散する性質を有する物質が含まれる場合が存在するため、発煙特性を向上させるためにはVOC以外の物質の残存量も低減するのが好ましい。
VOC以外に温度上昇によって蒸発・飛散する性質を有する物質としては、昇華性の物質が挙げられる。昇華性の物質は温度上昇に伴い、固体から直接気体に状態変化するため、蒸発・飛散しやすく、VOCと同様に目視可能な煙の原因となる。
本発明のような絶縁電線1において、絶縁層12に含まれる可能性の高い昇華性の物質として、安息香酸(沸点:約249℃)とその誘導体が挙げられる。
安息香酸とその誘導体は、架橋速度に優れた過酸化物加硫を使用してシリコーンゴム製の絶縁層12を形成する際、反応開始剤として使用される有機過酸化物の分解生成物として発生し、絶縁層12に含有される。主な誘導体として2,4-ジクロロ安息香酸(沸点:約200℃)、4-メチル安息香酸(沸点:約274℃)が挙げられる。
安息香酸とその誘導体はVOCと同等の沸点を有しているとともに、沸点未満の温度で昇華を開始するため、発煙特性試験において発生する煙に含まれ、発煙特性を悪化させる方向に作用する。
VOCと同様、絶縁層12に残存する昇華性物質を低減させることで、昇華性物質由来の発煙が低減するため、絶縁層12が本来有する耐熱性に応じた発煙特性を得ることができ、結果として絶縁電線1の発煙特性が向上する。
通常、絶縁層12に残存する昇華性物質の残存量は、VOCの残存量と比較して少なく、絶縁層12に残存する沸点が150℃から360℃の範囲にあるVOCの残存量合計と、絶縁層12に残存する昇華性物質の残存量合計の和が1500ppm以下とすれば、良好な発煙特性を得ることができる。
さらに好ましくは、絶縁層12に残存する昇華性物質の残存量合計を300ppm以下とするのが好ましい。
絶縁層12に残存する昇華性物質の残存量を低減させる方法としては、以下の方法が挙げられる。
(方法1)絶縁電線1を所定の温度、時間で加熱して、絶縁層12中の昇華性物質を強制的に蒸発させる。
(方法2)絶縁電線1を溶媒に浸漬させ、絶縁層12中の昇華性物質を溶媒中に溶出させる。
(方法3)絶縁層12をシリコーンゴム製とする場合は、有機過酸化物を使用しない加硫方法(付加加硫など)を用いて、シリコーンゴム製の絶縁層12を形成する。
また、本発明において複数の絶縁層を有する態様について、添付図面を参照しながら説明する。図2~5において、2~5は本発明の絶縁電線、20は導体、22は絶縁層である。絶縁層22のうち、絶縁電線2~5の内周側に位置する23は第1絶縁層、第1絶縁層23よりも外周側に位置する24は第2絶縁層である。なお、本発明の構成は図2~5に限定されず、本発明の思想の範囲内において変更が可能である。図2~5には、少なくとも2つの絶縁層22として、第1絶縁層23、第2絶縁層24を示したが、更に絶縁層を設けてもよい。
第1絶縁層23と第2絶縁層24のそれぞれは、各層内で均一な物性を有するものでも、肉厚方向及び/又は絶縁電線の長さ方向で物性が変化するものでも良い。
本発明で特徴的なことは、絶縁電線2~5が、導体20の周囲に、第1絶縁層23と第2絶縁層24を含む少なくとも2つの絶縁層22を被覆しており、第1絶縁層23と第2絶縁層24、さらに絶縁層を含む場合はそれらの絶縁層も加えた全ての絶縁層22に残存する、沸点が150℃から360℃の範囲にある揮発性有機化合物と準揮発性有機化合物の残存量合計が、1500ppm以下となっていることである。つまり、第1絶縁層23に残存する沸点が150℃から360℃の範囲にあるVOCの残存量合計と、第2絶縁層24に残存する沸点が150℃から360℃の範囲にあるVOCの残存量合計と、さらに第3絶縁層、第4絶縁層を含む場合はそれらの絶縁層に残存する沸点が150℃から360℃の範囲にあるVOCのそれぞれの残存量合計との和が1500ppm以下となっていることである。
第1絶縁層23と第2絶縁層24のそれぞれに残存する、沸点が150℃から360℃の範囲にあるVOCの残存量の和を1500ppm以下とすることで、発煙特性試験において発生する煙の原因となるVOCの大半が除去されるため、発煙特性が向上する。
VOCの残存量の低下に伴って発煙特性が向上する傾向にあるため、より好ましくは、第1絶縁層23と第2絶縁層24のそれぞれに残存する、沸点が150℃から360℃の範囲にあるVOCの残存量の和を1000ppm以下とするのが良い。
また、本発明においては、図3に示したように、第1絶縁層23と第2絶縁層24との間に、沸点が150℃から360℃の範囲にあるVOCに対して低透過性を示す、透過抑制層26を設けるのが好ましい。
絶縁層が2層存在する絶縁電線2に対して上記の方法1や方法2を用いてVOCを低減させる場合、最外層である第2絶縁層24に含まれるVOCは低減されるものの、内側に位置する第1絶縁層23に含まれるVOCは、第2絶縁層24の存在が障害となって、十分に低減するのに時間を要する。
第1絶縁層23に予めVOCの低減処理を施した後、第2絶縁層24を設けることで上記の課題には対応できるが、この場合、第2絶縁層24にVOCの低減処理を施す際に、第2絶縁層24から脱離したVOCの一部が第1絶縁層23に再吸着する現象が発生し、絶縁電線2に含まれるVOCの総量が大きく低減されない場合が存在する。
図3に示したように、第1絶縁層23と第2絶縁層24との間にVOCに対して低透過性を示す、透過抑制層26を設けることで、第2絶縁層24に含まれていたVOCが第1絶縁層23に再吸着される現象が抑制され、絶縁電線3に含まれるVOCの総量の低減に寄与する。
透過抑制層26は、絶縁層に含まれるVOCに対して低透過性を有すると共に、VOCの吸着も極力抑えられた材料から選定され、各種の金属材料や、ポリエチレン、PET(ポリエチレンテレフタラート)、ふっ素などが好適に利用できる。
VOCの透過を抑制する観点では、気体に対する高いバリア性を有する結晶性の材料が特に好適であり、分子構造上、結晶質の領域が多く形成されやすいPETや、金属結晶を形成する金属材料が特に好ましく、金属材料の中では気体に対してバリア性を有する緻密な酸化被膜が形成される銅やアルミニウムが好適である。
透過抑制層26の設け方の一例として金属箔テープ、樹脂テープ、金属蒸着樹脂テープといったテープ状の部材を第1絶縁層23に巻き付けた態様が挙げられる。巻き付け方は、横巻きや縦添えなど、テープを巻き付ける態様の電線・ケーブル類で使用されている巻き付け方を適宜選択すれば良い。
テープ状の部材を第1絶縁層23に巻き付けて透過抑制層26を設ける場合は、1/6ラップ以上でラップするように巻き付けるのが好ましい。1/6ラップ以上で巻き付けることで、ラップ部における隙間の発生が抑制され、VOCに対する透過抑制機能が向上する。より好ましくは、1/4ラップ以上で巻き付けるのが好ましい。
透過抑制層26としてテープ状の部材を使用する際は、VOCに対する低透過性を確保する観点から、充実材料で構成された部材を使用するのが好ましいが、VOCに対する低透過性を維持できる範囲においては、多孔質材料を使用しても良い。
透過抑制層26としてテープ状の部材を使用する際は、部材の厚さは特に限定されない。VOCに対する低透過性を確保する観点では厚い方が好ましいが、材料選定によって低透過性が確保されている場合は薄くても構わず、絶縁電線3の外径を抑える観点では薄い方が好ましい。
透過抑制層26として用いられる部材、態様は上述したものに限定されず、本発明の技術的思想の範囲内で、種々の部材、材料、態様を選定して使用することができる。
例えば、第1絶縁層23の外周に金属蒸着を設けるなど、VOCに対して低透過性を示すコーティング層を設けた態様や、後述する図5のシールド層28に存在する隙間をVOCに対して低透過性を示す材料で充填し、透過抑制層26とシールド層28を兼ねさせた態様が挙げられる。
本発明は、自動車向けの高電圧電力ケーブル用途を意図したものであるが、本用途の絶縁電線には図4に示したようなシールド層28を有する態様のものも存在し、この態様の絶縁電線4は通常、第1絶縁層23と第2絶縁層24が存在する。
本発明は図4に示すようなシールド層28を有する絶縁電線4の発煙特性の向上に、特に好適に利用できる。
透過抑制層26とシールド層28を共に設けて本発明の絶縁電線5を構成する場合は、シールド層28と第2絶縁層24の間に透過抑制層26を設けた態様(図5)、あるいは第1絶縁層とシールド層との間に透過抑制層を設けた態様(図示割愛)を、適宜選択して使用することができる。
また、本発明の絶縁電線2~5は、第1絶縁層23、第2絶縁層24のうち、少なくとも一方を構成する材料がオルガノポリシロキサンを含有している際に、特に好適に利用できる。
オルガノポリシロキサンを含有する絶縁層を用いた絶縁電線2~5において、第1絶縁層23と第2絶縁層24のそれぞれに残存する、沸点が150℃から360℃の範囲にあるVOCであるD4~D10の低分子環状シロキサンの残存量の和を1500ppm以下とすることで、絶縁電線2~5の発煙特性を向上させることができる。
絶縁層22をシリコーンゴムと他の材料の混合物とする際、シリコーンゴムの混合割合が増加するほど、低分子環状シロキサンの残存量も増加し発煙特性が悪化する傾向にあるが、シリコーンゴムの混合割合が高いものであっても、第1絶縁層23、と第2絶縁層24のそれぞれに残存する沸点が150℃から360℃の範囲にある低分子環状シロキサンの残存量の和を1500ppm以下とすることで、発煙特性を向上させることができる。
本来、低分子環状シロキサンが特に多く残存するシリコーンゴム単体で構成された絶縁層であっても、第1絶縁層23と第2絶縁層24のそれぞれに残存する沸点が150℃から360℃の範囲にある低分子環状シロキサンの残存量の和を1500ppm以下とすることで、発煙特性を向上させることができるため、絶縁層22がシリコーンゴム単体の場合には、特に効果が高くなる。
オルガノポリシロキサンを含有する絶縁層を用いて絶縁電線2~5を構成する場合、絶縁層に残存するD4~D6の低分子環状シロキサンの残存量合計を100ppm以下とするのが好ましい。
D4~D6の低分子環状シロキサンは揮発性有機化合物に属し、高沸点にも関わらず蒸気圧が大きいため、室温でも比較的揮発しやすい性質を有する。このような性質を有するD4~D6の低分子環状シロキサンの残存量合計を100ppm以下とすることで発煙特性が改善される。
オルガノポリシロキサンを含有する絶縁層を用いて絶縁電線2~5を構成する場合、D4~D8の低分子環状シロキサンの残存量合計を500ppm以下とするのが実用的な範囲の設計を鑑みた場合に好適である。
D4~D8の低分子環状シロキサンが、発煙特性試験において特に目視可能な煙となりやすいVOCであるため、これらのVOCの残存量を集中的に低下させることで、絶縁電線2~5の発煙特性をより効果的に向上させることができる。
オルガノポリシロキサンを含有する絶縁層を用いて絶縁電線2~5を構成する場合、さらに好ましくは、D4~D10の低分子環状シロキサンの残存量合計を1000ppm以下とするのが良い。
D9、D10の低分子環状シロキサンは、JCS(日本電線工業会)規格168号で定義された一般的なシリコーンゴム被覆絶縁電線の短期許容温度である300℃付近で蒸発しやすくなり、高温域での発煙特性に影響する。D9、D10の残存量も考慮し、D4~D10の低分子環状シロキサンの残存量合計を1000ppm以下とすることで、絶縁電線2~5の発煙温度をシリコーンゴム被覆絶縁電線の短期許容温度に近づけることができ、発煙特性をより一層向上させることができる。
以上述べた、低分子環状シロキサンの好ましい残存量は、オルガノポリシロキサンを含有する絶縁層が1層のみである場合は、その絶縁層が好ましい残存量を満たしていれば良い。
オルガノポリシロキサンを含有する絶縁層が複数存在する場合は、それぞれの層に残存する低分子環状シロキサンの残存量合計の和、すなわち、絶縁電線全体に残存する低分子環状シロキサンの総量が好ましい残存量となっているのが好ましい。
また詳細は割愛するが、絶縁層が複数層ある場合(絶縁電線2~5)においても、VOC以外の物質、例えば安息香酸とその誘導体である昇華性物質の残存量を低減する効果が見込まれる。
以上述べた本発明の絶縁電線1~5は、後述するように従来の絶縁電線と比較して高い発煙特性を有する。
以下、本発明の実施例を示す。なお、実施例1は参考実施例1、実施例4は参考実施例4、実施例5は参考実施例5とする。
[実施例1]
図1に示すような単層の絶縁層12を有する絶縁電線1を作製した。
具体的には、まず、直径0.32mmの軟銅線を9本撚り合わせた子撚導体を準備し、この子撚導体を19本、同心撚り構造で撚り合わせ、断面積15mm相当、φ5.1の導体10を形成した。
次いで、押出成型機を用いて、導体10の外周に、絶縁層12となるシリコーンゴムを肉厚1.0mmで被覆したのち、熱処理を行ってシリコーンゴムを架橋させ、外径7.1mmの絶縁電線1を得た。
次いで、絶縁電線1を長さ2000mmに切断し、90℃×11時間、150℃×11時間の順に加熱炉を用いて加熱し、絶縁層12中のVOCを蒸発させて実施例1の絶縁電線1-1を得た。後述する方法で絶縁層12に残存するVOCの量を測定したところ、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量は987ppm、うちD4~D6の合計量が42ppm、D7、D8の合計量が324ppm、D9、D10の合計量が621ppmであった。
[実施例2]
実施例1と同じ絶縁電線1を長さ2000mmに切断し、室温にてアセトンに3時間浸漬させた後、室温で十分に乾燥させた後、実施例1と同じ条件で加熱し実施例2の絶縁電線1-2を得た。絶縁層12に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量が359ppm、うちD4~D6の合計量が25ppm、D7、D8の合計量が138ppm、D9、D10の合計量が196ppmであった。
[実施例3]
事前に90℃×5時間の加熱処理を行うことでVOCを低減したシリコーンゴムを用いて実施例1と同様の絶縁電線1を作成し、実施例2と同様のVOC低減処理を施し、実施例3の絶縁電線1-3を得た。絶縁層12に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量が198ppm、うちD4~D6の合計量が31ppm、D7、D8の合計量が33ppm、D9、D10の合計量が134ppmであった。
[比較例1]
VOCの低減処理を行っていないことを除いては、実施例1と同じ絶縁電線を、比較例1の絶縁電線1’-1とした。絶縁層12に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量が10098ppm、うちD4~D6の合計量が7430ppm、D7、D8の合計量が1909ppm、D9、D10の合計量が759ppmであった。
[実施例4]
直径0.32mmの軟銅線を23本撚り合わせた子撚導体を準備し、この子撚導体を19本、同心撚り構造で撚り合わせ、断面積35mm相当、φ8.1の導体10を形成した。
次いで、押出成型機を用いて、導体10の外周に、絶縁層12となるシリコーンゴムを肉厚1.3mmで被覆したのち、熱処理を行ってシリコーンゴムを架橋させ、外径10.7mmの絶縁電線1を得た。
次いで、絶縁電線1を実施例1と同じ条件で加熱し、絶縁層12中のVOCを蒸発させて実施例4の絶縁電線1-4を得た。絶縁層12に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量が951ppm、うちD4~D6の合計量が19ppm、D7、D8の合計量が318ppm、D9、D10の合計量が614ppmであり、実施例1と同等の残存量である。
[実施例5]
実施例4と同じ絶縁電線1を実施例2と同じ条件でアセトン浸漬、加熱し、実施例5の絶縁電線1-5を得た。絶縁層12に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量が361ppm、うちD4~D6の合計量が30ppm、D7、D8の合計量が94ppm、D9、D10の合計量が237ppmであり、実施例2と同等の残存量である。
[実施例6]
事前に90℃×5時間の加熱処理を行うことでVOCを低減したシリコーンゴムを用いて実施例4と同様の絶縁電線1を作成し、実施例3と同様のVOC低減処理を施し、実施例6の絶縁電線1-6を得た。絶縁層12に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量が201ppm、うちD4~D6の合計量が35ppm、D7、D8の合計量が31ppm、D9、D10の合計量が135ppmであり、実施例3と同等の残存量である。
[比較例2]
VOCの低減処理を行っていないことを除いては、実施例3と同じ絶縁電線を、比較例2の絶縁電線1’-2とした。絶縁層12に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量が10142ppm、うちD4~D6の合計量が7563ppm、D7、D8の合計量が1843ppm、D9、D10の合計量が736ppmであり、比較例1と同等の残存量である。
[VOC残存量測定方法]
各実施例、比較例の絶縁電線の絶縁層12に残存するVOC(低分子環状シロキサン)の量は、アセトン抽出によるガスクロマトグラフ法によって測定した。具体的な方法は以下に示す。
絶縁電線から採取した絶縁層12を細断した後、10mlのサンプル瓶に0.5mg量り取る。
細断した絶縁層12が浸漬するように、サンプル瓶にアセトン5mlを入れ、超音波処理を30分間行ってアセトンへVOCを溶出させた。
VOCが溶出したアセトンを1μl採取し、ガスクロマトグラフへ導入して加熱し、予め濃度既知の標準サンプルを用いて作成しておいた検量線と比較して、D4~D10の低分子環状シロキサンの量を測定した。
ガスクロマトグラフィーの加熱条件は、40℃を1分保持 → 昇温速度10℃/分で80℃まで加熱 → 昇温速度20℃/分で120℃まで加熱 → 昇温速度7℃/分で310℃まで加熱し、10分間保持した。
[昇華性物質残存量測定方法]
実施例4、比較例2の絶縁電線に対しては、絶縁層12に残存する昇華性物質(安息香酸とその誘導体)の量を加熱脱着式のガスクロマトグラフ法によって測定した。具体的な方法は以下に示す。
絶縁電線から絶縁層12を採取し、加熱脱着装置の試料管に15mg量り取る。
表1に示した条件で加熱脱着装置を作動させ、試料からガスを発生させる。
発生したガスをガスクロマトグラフへ導入し、予め濃度既知の標準サンプルを用いて作成しておいた検量線と比較して、安息香酸とその誘導体の量を測定した。
ガスクロマトグラフィーの加熱条件は、40℃を7分保持 → 昇温速度10℃/分で120℃まで加熱 → 昇温速度20℃/分で270℃まで加熱し、30分保持した。
[発煙特性試験]
自動車規格JASO D609を参考にして発煙特性の確認を行った。本来は様々な温度における電流値と発煙開始時間の関係を整理したものが発煙特性として扱われるが、本願においては、室温で絶縁電線1に電流を流し、段階的に電流値を上昇させて発煙が発生した際における絶縁電線1の温度と電流値の大小を、発煙特性の指標として用いた。
具体的な試験方法は以下の通りである。
(1.試料の準備)
絶縁電線1を長さ1000mmに切断し、両端の絶縁層12を長さ20mm除去したものを試料とした。
試料の中心から左側50mmの位置に、熱電対による絶縁層12の表面温度測定部、試料の中心から右側50mmの位置に、熱電対による導体温度測定部を設けた。
(2.測定環境)
室温(27±5℃)で測定した。
(3.電流印加と発煙温度の記録)
絶縁電線1の両端に設けた絶縁層12の除去部に、定電圧・定電流直流電源装置を接続し、導体断面積に応じて設定された所定の初期電流を通電し、導体温度が一定になるまで放置する。
導体温度が一定になった後、電流値を5分毎に10A上昇させる。電流値の上昇に伴って導体温度と絶縁層表面温度も上昇し、絶縁層12からの発煙が確認された際の導体温度を発煙温度として記録した。
各実施例、比較例の結果を表2に示す。
表2中の「<5」は検出限界以下であったことを示し、残存量の合計値には含まれていない。
VOCの低減処理を行っていない比較例1の絶縁電線1’-1は、220A、210℃で発煙したのに対し、VOCの低減処理を行い、VOCの残存量合計が1500ppm以下で、特にD4~D6の残存量合計が100ppm以下、D7、D8の残存量合計が500ppm以下となっている実施例1の絶縁電線1-1は、250A、260℃で発煙し、VOCの低減による発煙特性の向上が確認できた。
VOCの低減処理工程を追加し、D9、D10の残存量合計を300ppm以下にした実施例2の絶縁電線1-2は、270A、300℃で発煙し、さらなる発煙特性の向上が確認できた。
VOCの低減処理工程をさらに追加し、D4~D10の残存量合計を200ppm程度にした実施例3の絶縁電線1-3は、270A、300℃で発煙し、実施例2と同等の発煙特性であった。
以上の結果から、D9、D10の残存量合計を300ppm以下とするように低分子環状シロキサンを低減すれば、必要十分な発煙特性が得られると言える。
VOCの低減処理を行っておらず、導体断面積が比較例1の絶縁電線1’-1よりも大きい比較例2の絶縁電線1’-2は、380A、200℃で発煙した。
導体断面積が比較例1よりも増加しているため、同一の電流を印加した際の温度上昇が比較例1よりも緩やかになり、その結果、発煙に至るまでの通電可能な電流値が増加したと考えられる。
一方、比較例2の絶縁電線1’-2の発煙特性は、比較例1の絶縁電線1’-1よりも悪化するという結果になった。
一般的な絶縁電線では、導体10の断面積の増加に伴い、絶縁層12に必要とされる肉厚が増加する。
また、絶縁層12の肉厚を同一に設計した場合でも、導体10の断面積の増加に伴って絶縁層12の外径も太くなるため、絶縁層12の量は増加する。比較例2の絶縁電線1’-2の場合、比較例1の絶縁電線1’-1と比べて単位長さ当たりの絶縁層12の量は約2倍となっている。
発煙が目視で確認された際の導体温度を発煙温度としているため、試料に残存するVOCの絶対量が多いほど、発煙が目視しやすく、発煙特性試験に不利となる傾向がある。絶縁層12の単位重量あたりに残存するVOCの量は同じであっても、絶縁層12に残存するVOCの絶対量は絶縁層12の量に比例するため、比較例2の絶縁電線1’-2に残存するVOCの絶対量は、比較例1の絶縁電線1’-1の残存量の2倍程度になっていると考えられる。その結果、比較例2の絶縁電線1’-2は、測定上、低温で発煙が始まったものと考えられる
比較例2の絶縁電線1’-2に対してVOCの低減処理を行うことでVOCの残存量合計を1500ppm以下、特にD4~D6の残存量合計を100ppm以下、D7、D8の残存量合計を500ppm以下にした態様と言える実施例4の絶縁電線1-4は、440A、250℃で発煙し、VOCの低減による発煙特性の向上が確認できた。
加えて、実施例4の絶縁電線1-4に残存する安息香酸とその誘導体の量は、比較例2の絶縁電線1’-2と比較して大きく低減し、D4~D10の残存量合計との和は1500ppm以下となっている。また、安息香酸とその誘導体の残存量合計が、300ppm以下となっている。実施例4の絶縁電線1-4は、VOCの低減処理の際に昇華性物質である安息香酸とその誘導体も低減され、発煙特性の向上の一助になっていると考えられる。
VOCの低減処理工程を追加し、D9、D10の残存量合計を300ppm以下にした実施例5の絶縁電線1-5は、520A、300℃で発煙し、さらなる発煙特性の向上が確認できた。
さらにVOCの低減処理工程を追加し、D4~D10の残存量を200ppm程度にした実施例6の絶縁電線1-6は、520A、300℃で発煙し、実施例5の絶縁電線1-5と同等の発煙特性であった。
以上の結果から、導体10の断面積の増加に伴う絶縁層12の量の増加があっても、D9、D10の残存量を300ppm以下とするように低分子環状シロキサンを低減すれば、必要十分な発煙特性が得られると言える。
導体10の断面積の違いによる、発煙に至るまでの通電可能な電流値の差は存在するものの、実施例2の絶縁電線1-2と実施例5の絶縁電線1-5の発煙温度は同等であった。
実施例5の絶縁電線1-5が、実施例2の絶縁電線1-2と比較して絶縁層12の量の増加にも関わらず発煙温度が同等であったことから、D9、D10の残存量合計を300ppm以下とすることで、VOCが空気中へ揮発して飛散した際に発煙として目視できる濃度に至らず、絶縁電線1が本来有するVOCの残存量に依存しない発煙温度が得られたと考えられる。
比較例1と実施例1~3を比較すると、約24~43%の発煙特性の向上が確認された。これは導体10の断面積を増加させることなく、絶縁電線1の発熱に対する安全性を向上させることが可能であることを意味しており、本発明によって信頼性の高い絶縁電線1を提供可能になったと言える。
また、実施例1は比較例2よりも高い発煙温度を有することから、発煙特性に基づく安全性を低下させることなく導体10の断面積を減少させたという見方もでき、本発明によって絶縁電線1の発煙特性と細径化の両立が可能になったとも言える。
本発明の絶縁電線1は用途や使用箇所に応じ、導体10の構成や断面積、絶縁層12の肉厚や外径が種々変更されて提供される。
以下に、2つの絶縁層23、24を有する本発明の実施例を示す。
[実施例7]
直径0.32mmの軟銅線を19本撚り合わせた子撚導体を準備し、この子撚導体を53本、同心撚り構造で撚り合わせ、断面積95mm相当、φ14の導体20を形成した。
次いで、押出成型機を用いて、導体20の外周に、第1絶縁層23となるシリコーンゴムを肉厚1.2mmで被覆したのち、熱処理を行ってシリコーンゴムを架橋させ、外径16.4mmの第1絶縁層23を得た。
導体20を第1絶縁層23で被覆したものを、室温にてアセトンに3時間浸漬させ、室温で十分に乾燥させた後、90℃×11時間、150℃×11時間の順に加熱炉を用いて加熱し、第1絶縁層23中のVOCを蒸発させた。
次に、第1絶縁層23の外周にシールド層28を設ける。シールド層28は、編組構造であり、シールド素線には、外径0.2mmの錫メッキ軟銅線を使用した。
次いで、シールド層28の外周にアルミニウム蒸着PETテープを巻き、透過抑制層26とした。
続いて、押出成型機を用いて、透過抑制層26の外周に、第2絶縁層24となるシリコーンゴムを肉厚1.5mmで被覆したのち、熱処理を行ってシリコーンゴムを架橋させて第2絶縁層24とすることで、絶縁電線5の態様とした。絶縁電線5の外径は最終的に20mmとなった。
最後に、第2絶縁層24まで設けられた絶縁電線5に対して、第1絶縁層23と同様のVOC低減処理を施し、第2絶縁層24中のVOCを低減させ、図5に示す本発明の絶縁電線5が完成した。
後述する方法で第1絶縁層23に残存するVOCの量を測定したところ、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量は316ppm、うちD4~D8の合計量が124ppm、D4~D6の合計量は39ppmであった。
同様に第2絶縁層24に残存するVOCの量を測定したところ、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量は402ppm、うちD4~D8の合計量が166ppm、D4~D6の合計量は47ppmであった。
すなわち、絶縁電線5に残存するVOCの総量は、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量は718ppm、うちD4~D8の合計量が290ppm、D4~D6の合計量は86ppmであった。
[参考実施例]
実施例7の絶縁電線5において、第2絶縁層24に対するVOC低減処理を割愛したものを、参考実施例の絶縁電線とした。
参考実施例の絶縁電線の第2絶縁層24に残存するVOCの量を測定したところ、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量は2185ppm、うちD4~D8の合計量が1420ppm、D4~D6の合計量は347ppmであった。
[比較例3]
透過抑制層26を設けていないことを除いては、実施例7と同じ材料、工程で作成した絶縁電線を、比較例3の絶縁電線とした。
比較例3の絶縁電線の第1絶縁層23に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量は1403ppm、うちD4~D8の合計量が847ppm、D4~D6の合計量は221ppmであり、第2絶縁層24に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量は1300ppm、うちD4~D8の合計量が715ppm、D4~D6の合計量は211ppmであった。
[参考比較例]
比較例3の絶縁電線において、第2絶縁層24に対するVOC低減処理を割愛したものを、参考比較例の絶縁電線とした。
参考比較例の絶縁電線の第1絶縁層23に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量は2277ppm、うちD4~D8の合計量が1561ppm、D4~D6の合計量は499ppmであり、第2絶縁層24に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量は2434ppm、うちD4~D8の合計量が1660ppm、D4~D6の合計量は507ppmであった。
[参考例1]
実施例7の絶縁電線5において、第1絶縁層23のVOC低減処理までで工程を終えたものを、参考例1の絶縁電線とした。
参考例1の絶縁電線の第1絶縁層23に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量は359ppm、うちD4~D8の合計量が163ppm、D4~D6の合計量は25ppmであった。
[参考例2]
実施例7の絶縁電線5において、第1絶縁層23の形成までで工程を終えたもの、すなわち、参考例1からVOC低減処理を割愛したものを、参考例2の絶縁電線とした。
参考例2の絶縁電線の第1絶縁層23に残存するVOCは、D4~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの合計量は2616ppm、うちD4~D8の合計量が1732ppm、D4~D6の合計量は244ppmであった。
[VOC残存量測定方法]
各実施例、比較例、参考例の絶縁電線の絶縁層22(第1絶縁層23、もしくは第2絶縁層24)に残存するVOC(低分子環状シロキサン)の量は、アセトン抽出によるガスクロマトグラフ法によってD3~D10の低分子環状ジメチルシロキサンの量を測定した。具体的な方法は上記実施例1~6、比較例1、2の測定方法と同様である。
[発煙特性試験]
自動車規格JASO D609を参考にして発煙特性の確認を行った。本来は様々な温度における電流値と発煙開始時間の関係を整理したものが発煙特性として扱われるが、本願においては、室温で絶縁電線5に一定値の電流を流し、発煙が発生した際における絶縁電線5の導体温度の大小を、発煙特性の指標として用いた。具体的な試験方法は以下の通りである。
(1.試料の準備)
絶縁電線5を長さ1000mmに切断し、両端の絶縁層22を長さ20mm除去したものを試料とした。
試料の中心に熱電対による導体温度測定部を設けた。
(2.測定環境)
室温(27±5℃)で測定した。
(3.電流印加と発煙温度の記録)
絶縁電線5の両端に設けた絶縁層22の除去部に、定電圧・定電流直流電源装置を接続し、900Aの電流を流した。絶縁層22からの発煙が確認された際の導体温度を発煙温度として記録した。
各実施例、比較例、参考例の結果を表3に示す。
表3中の「<5」は検出限界以下であったことを示し、残存量の合計値には含まれていない。
実施例7の絶縁電線5の第1絶縁層23、第2絶縁層24に残存するVOCは、共に参考例1と同程度であり、発煙温度も、VOCの低減処理が施された絶縁層22を1層有する絶縁電線である参考例1と同等以上の結果となった。
なお、実施例7の絶縁電線5は280℃の時点では発煙が確認されず、これ以上温度を上げると短期許容温度である300℃に接近して絶縁層自体の熱分解による発煙が発生し、VOC由来の発煙と明確に区別ができなかったため、発煙温度を280℃以上とした。
また、参考実施例と実施例7のVOC残存量を比較すると、第2絶縁層24に対するVOCの低減処理の前後において、第1絶縁層23に残存するVOCの量に変化が無く、第2絶縁層24に残存するVOCの量のみ減少している。この結果から、透過抑制層26の存在によって、第2絶縁層24に対するVOCの低減処理時に、第2絶縁層24から脱離したVOCの一部が第1絶縁層23に再吸着する現象が抑制され、絶縁電線に含まれるVOCの総量の低減に寄与していることが確認できた。
一方、比較例3の絶縁電線の第1絶縁層23、第2絶縁層24に残存するVOCは、共に1000ppmを越えており、第1絶縁層23、第2絶縁層24のそれぞれに残存するVOCは参考例2よりも少ないものの、第1絶縁層23と第2絶縁層24に残存するVOCの総量は参考例2と同程度である。発煙温度も220℃と、VOCの低減処理が施されていない絶縁層22を1層有する絶縁電線である参考例2と大差が無かった。
また、参考比較例の結果を見ると、予め第1絶縁層23に対してVOCの低減処理を施しているのにも関わらず、第2絶縁層24を設けた段階で、第1絶縁層23に残存するVOCの量が第2絶縁層24と同程度になっている。
このことから、参考比較例の絶縁電線は第1絶縁層23と第2絶縁層24との間に透過抑制層26が無いため、第2絶縁層24の被覆~架橋の過程において、第2絶縁層24から脱離したVOCが第1絶縁層23に移行してしまい、第1絶縁層23に残存するVOCの量が増加してしまったと考えられる。
参考比較例と比較例3のVOC残存量を比較すると、参考比較例の絶縁電線に対するVOCの低減処理によって、比較例の絶縁電線のVOCの残存量が低下したことは確認できるが、発煙特性の改善には大きく寄与しない程度の低下である。
このことから、参考比較例の絶縁電線は第1絶縁層23と第2絶縁層24との間に透過抑制層26が無いため、比較例の絶縁電線とするために第2絶縁層24にVOCの低減処理を施す際に、第2絶縁層24から脱離したVOCの一部が第1絶縁層23に再吸着する現象が発生し、絶縁電線に含まれるVOCの総量の低減効果が限定的になってしまったと考えられる。
本発明の絶縁電線は用途や使用箇所に応じ、導体20の構成や断面積、第1絶縁層23、第2絶縁層24の肉厚や外径、及び透過抑制層26、シールド層28の態様が種々変更されて提供される。
本出願は、2018年8月9日に出願された日本国特許出願特願2018-150855号、及び、2018年12月28日に出願された日本国特許出願特許2018-247461号に基づく。本明細書中に日本国特許出願特願2018-150855号、及び、日本国特許出願特願2018-247461号の明細書、特許請求の範囲、図面全体を参照として取り込むものとする。
以上の例は、本発明の一例に過ぎず、本発明の思想の範囲内であれば、種々の変更および応用が可能であり、適宜変更されて供されることは言うまでもない。
本発明は特に、自動車・電気電子機器等に使用される、高電圧電力ケーブルに好適なものであるが、利用用途はこれらに限定されるものでなく、発煙特性が要求される場面においては、低電圧のケーブル、絶縁電線などに本発明を適用しても良い。
1、2、3、4、5 絶縁電線
10、20 導体
12、22 絶縁層
23 第1絶縁層
24 第2絶縁層
26 透過抑制層
28 シールド層

Claims (13)

  1. 導体の周囲に絶縁層を被覆した絶縁電線の製造方法であって、
    該絶縁層はオルガノポリシロキサンを含有し、該導体の周囲に該絶縁層が被覆された後、所定の温度、時間で加熱される処理工程を経ることで、
    該絶縁層に残存する沸点が150℃から360℃の範囲にあるD4~D10の低分子環状シロキサンの残存量合計が400ppm以下であるとともに、該絶縁層に残存するD10の低分子環状シロキサンの残存量合計が200ppm以下となっており、該絶縁層に残存する昇華性物質の残存量合計が300ppm以下となっている絶縁層を形成することを特徴とする絶縁電線の製造方法。
  2. 絶縁層に残存するD4~D8の低分子環状シロキサンの残存量合計が、該絶縁層に残存するD9~D10の低分子環状シロキサンの残存量合計より大きい絶縁層に対し該処理工程を施すことで、
    該絶縁層に残存するD4~D8の低分子環状シロキサンの残存量合計を、該絶縁層に残存するD9~D10の低分子環状シロキサンの残存量合計より小さい絶縁層を形成することを特徴とする、請求項1に記載の絶縁電線の製造方法。
  3. 該所定の温度は150℃以下であることを特徴とする、請求項1または2に記載の絶縁電線の製造方法。
  4. 導体の周囲に絶縁層が被覆された絶縁電線の製造方法であって、
    該絶縁層はオルガノポリシロキサンを含有し、
    該導体の周囲に該絶縁層を被覆する前に、該絶縁層を形成する材料を所定の温度、時間で加熱する処理工程を経ることで、
    該絶縁層に残存する沸点が150℃から360℃の範囲にあるD4~D10の低分子環状シロキサンの残存量合計が400ppm以下であるとともに、該絶縁層に残存するD10の低分子環状シロキサンの残存量合計が200ppm以下となっており、該絶縁層に残存する昇華性物質の残存量合計が300ppm以下となっている絶縁層を形成することを特徴とする絶縁電線の製造方法。
  5. 該絶縁層に残存するD8の低分子環状シロキサンの残存量合計が30ppm以下である絶縁層を形成することを特徴とする、請求項1~4の何れか一項に記載の絶縁電線の製造方法。
  6. 該昇華性物質は、安息香酸、または安息香酸の誘導体であることを特徴とする、請求項1~5の何れかに記載の絶縁電線の製造方法。
  7. 導体の周囲に絶縁層を被覆した絶縁電線であって、
    該絶縁層はオルガノポリシロキサンを含有し、
    該絶縁層に残存する沸点が150℃から360℃の範囲にあるD4~D10の低分子環状シロキサンの残存量合計が400ppm以下であるとともに、
    該絶縁層に残存する昇華性物質の残存量合計が300ppm以下であることを特徴とする絶縁電線。
  8. 該昇華性物質は、安息香酸、または安息香酸の誘導体であることを特徴とする、請求項7に記載の絶縁電線。
  9. 導体の周囲に第1絶縁層と第2絶縁層を含む少なくとも2つの絶縁層を被覆した絶縁電線の製造方法であって、
    該第1絶縁層、及び該第2絶縁層はそれぞれオルガノポリシロキサンを含有し、
    該導体の周囲に該第1絶縁層が被覆された後、所定の温度、時間で加熱される第1処理工程と、該第1処理工程後に該第1絶縁層の周囲に被覆された該第2絶縁層を、所定の温度、時間で加熱する第2処理工程とを経るとともに、
    該第2絶縁層を被覆する前に、該第1絶縁層の周囲にD4~D8の低分子環状シロキサンに対して低透過性を示す透過抑制層を形成することで、
    該第1絶縁層と該第2絶縁層とに残存する沸点が150℃から360℃の範囲にあるD4~D8の低分子環状シロキサンの残存量合計が500ppm以下であるとともに、該第1絶縁層と該第2絶縁層とに残存するD4~D10の低分子環状シロキサンの残存量合計が1000ppm以下となっている絶縁層を形成することを特徴とする絶縁電線の製造方法。
  10. 該第2絶縁層を被覆する前に、該第1絶縁層または該透過抑制層の周囲にシールド層を形成することを特徴とする、請求項9に記載の絶縁電線の製造方法。
  11. 導体の周囲に、第1絶縁層と第2絶縁層を含む少なくとも2つの絶縁層を被覆した絶縁電線であって、
    該第1絶縁層、及び該第2絶縁層はそれぞれオルガノポリシロキサンを含有し、
    該第1絶縁層と該第2絶縁層との間に、D4~D8の低分子環状シロキサンに対して低透過性を示す透過抑制層が設けられており、
    該第1絶縁層と該第2絶縁層とに残存する沸点が150℃から360℃の範囲にあるD4~D8の低分子環状シロキサンの残存量合計が500ppm以下であるとともに、
    発煙温度が250℃以上であることを特徴とする絶縁電線。
  12. 該絶縁電線の発煙温度は、該絶縁電線の短期許容温度の0.9倍以上の温度であることを特徴とする、請求項11に記載の絶縁電線。
  13. 該第1絶縁層と該第2絶縁層との間に、シールド層が設けられていることを特徴とする、請求項11または12に記載の絶縁電線。
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