次に、添付図面を参照して、本発明の好ましい実施形態を説明する。
まず、図1を参照して、本発明の実施形態による車両姿勢制御装置を搭載した車両について説明する。図1は、本発明の実施形態による車両姿勢制御装置を搭載した車両の全体構成を示すレイアウト図である。
図1において、符号1は、本実施形態による車両姿勢制御装置を搭載した車両を示す。
車両1の車体前部には操舵輪である左右の前輪2a、2bが夫々設けられ、車体後部には駆動輪である左右の後輪2c、2dが夫々設けられている。これら車両1の前輪2a、2b、後輪2c、2dは、車体1aに対して車輪懸架装置であるサスペンション3により夫々支持されている。また、車両1の車体1a前部には、後輪2c、2dを駆動する原動機であるエンジン4が搭載されている。本実施形態においては、エンジン4は、ガソリンエンジンであるが、原動機としてディーゼルエンジンなどの内燃エンジンや、電力により駆動されるモータを使用することもできる。また、本実施形態において、車両1は、車体1a前部に搭載されたエンジン4により、トランスミッション4a、プロペラシャフト4b、ディファレンシャルギア4cを介して後輪2c、2dが駆動される所謂FR車である。しかしながら、車体後部に搭載されたエンジンにより後輪を駆動する所謂RR車や、車体前部に搭載されたエンジンにより前輪を駆動するFF車等、任意の駆動方式の車両に本発明を適用することができる。
また、車両1には、ステアリングホイール6の回転操作に基づいて前輪2a、2bを操舵する操舵装置7が搭載されている。
さらに、車両1は、各車輪に設けられたブレーキアクチュエータであるブレーキ装置8のホイールシリンダやブレーキキャリパ(図示せず)にブレーキ液圧を供給するブレーキ制御システムを備えている。ブレーキ制御システムは、各車輪に設けられたブレーキ装置8において制動力を発生させるために必要なブレーキ液圧を生成する液圧ポンプ10を備えている。液圧ポンプ10は、例えばバッテリ(図示せず)から供給される電力で駆動され、ブレーキペダル(図示せず)が踏み込まれていないときであっても、各ブレーキ装置8において制動力を発生させるために必要なブレーキ液圧を生成することが可能となっている。
また、ブレーキ制御システムは、各車輪のブレーキ装置8への液圧供給ラインに設けられた、液圧ポンプ10から各車輪のブレーキ装置8へ供給される液圧を制御するためのバルブユニット12(具体的にはソレノイド弁)を備えている。例えば、バッテリからバルブユニット12への電力供給量を調整することによりバルブユニット12の開度が変更される。また、ブレーキ制御システムは、液圧ポンプ10から各車輪のブレーキ装置8へ供給される液圧を検出する液圧センサ13を備えている。液圧センサ13は、例えば各バルブユニット12とその下流側の液圧供給ラインとの接続部に配置され、各バルブユニット12の下流側の液圧を検出し、検出値をPCM(Power-train Control Module)14に出力する。
さらに、ブレーキ制御システムは、PCM14から入力された制動力指令値や液圧センサ13の検出値に基づき、各車輪のホイールシリンダやブレーキキャリパのそれぞれに独立して供給する液圧を算出し、それらの液圧に応じて液圧ポンプ10の回転数やバルブユニット12の開度を制御する。
次に、図2乃至図4を参照して、本実施形態による車両姿勢制御装置を搭載した車両の懸架構造、及び車体のロール軸について説明する。
図2は、車両1の車体1aに対して後輪2c、2dの車軸を懸架する構造を車両後方から模式的に示す図である。図3は、本実施形態による車両姿勢制御装置を搭載した車両の車体のロール軸を示す図である。図4は、車両の後輪に制動力を作用させた場合において、車体に作用する力を模式的に説明する図である。
図2に示すように、車両1の左側の後輪2cの車軸2eは、サスペンション3によって、車両1の車体1aに対して支持されている。具体的には、図2に示す例では、サスペンション3を構成するリンク機構であるアッパーアーム3a及びロアアーム3bにより、後輪2cの車軸2eが支持されている。このように、車体1aと後輪2cを接続するアッパーアーム3a、ロアアーム3bを延長した線は、交点P1で交わる。この交点P1と後輪2cの接地点P2とを結ぶ直線は、車体1aの中心軸線Aと、点PrRにおいて交差する。この点PrRは、車体1aの後部におけるローリング運動の中心点であり、車体1aの後部は、この点PrRを中心にローリング運動する。なお、車両1は左右対称であるため、右側の後輪2dについてローリング運動の中心点を求めた場合も、同一の点PrRがローリング運動の中心点となる。また、車両1の前輪2a、2bを懸架しているサスペンション3に対しても、同様にしてローリング運動の中心点PrFを求めることができる。
図3は、このようにして求められた車体1aの後部におけるローリング運動の中心点PrR、及び前部におけるローリング運動の中心点PrFを、車両1の側方から投影した図である。これら車体1aの後部のローリング運動の中心点PrRと前部の中心点PrFを結ぶ軸線Arが、車体1aがローリング運動する際の中心軸線となる。従って、車両1の車体1aは、基本的に、このロール軸Arを中心にローリング運動する。また、図3に示すように、本実施形態においては、車両1のロール軸Arは、車両1の前側が下がるように前傾している。このように、車両1のロール軸Arを前傾させておくことにより、車両1が旋回運動する際に、適正なダイアゴナロール自然に生成することができ、車両1の旋回性能を向上させることができる。
次に、図4を参照して、車両1の後輪2c、2dに制動力を作用させた場合に、車体1aに作用する力を説明する。
上述したように、後輪2c、2dは、サスペンション3を構成するアッパーアーム3a、ロアアーム3bにより懸架されている。車輪は種々のサスペンションにより懸架される場合があるが、何れの場合においても、車輪の車軸は、仮想的な所定の懸架中心の回りで回動するように懸架されているものとみなすことができる。図4に示すように、本実施形態においては、後輪2dは、懸架中心点PSの回りで回動するように懸架されている。なお、本実施形態においては、この懸架中心点PSは、後輪2dの車軸2eよりも上方に位置している。
ここで、後輪2dに制動力を作用させた場合において、後輪2dは、後輪2dと路面の接地点P2と、懸架中心点P
Sを結ぶ線分l
1に沿って、車体1aを後方に引き戻す。この線分l
1と路面の為す角をθ
alとし、路面と後輪2dの間に作用する摩擦力をF
xとすると、車体1aを下方に引き下げる力の成分は、
により計算することができる。さらに、車両1のホイールベースをl
r、車両1の重心Gと懸架中心点P
Sとの間の水平距離をX
rとすると、車体1aの後部を引き下げるように作用するモーメントM
alは、数式(1)により計算することができる。
このように、車両1の後輪2c又は2dに制動力を作用させることにより、車体1aの後部を引き下げることができる。また、本実施形態においては、懸架中心点PSの位置が後輪の車軸2eよりも高い位置にあるため、車体1aを引き下げる力が比較的大きくなる。
次に、図5を参照して、車両1に搭載されている各種センサを説明する。
図5は、車両1に搭載されているPCM14、及びこれに接続されているセンサ等を示すブロック図である。
図5に示すように、車両1には、ステアリングホイール6の回転角度を検出する操舵角センサ16、アクセルペダルの踏込量(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサ18、及び、車速を検出する車速センサ20が搭載され、これらの検出信号はPCM14に入力される。さらに、車両1には、車両1に作用する横加速度を検出する横加速度センサ22、車両1の各輪の車輪速を検出する車輪速センサ24と、バルブユニット12(図1)の下流側の液圧を検出する液圧センサ13が搭載され、これらの検出信号もPCM14に入力される。なお、本実施形態においては、横加速度センサ22として、横加速度を直接計測するセンサが車両1に搭載されている。しかしながら、横加速度センサ22として、必ずしも横加速度を直接計測するセンサが備えられている必要はなく、他のセンサによって計測された検出値から横加速度を求めることもできる。本明細書において、「横加速度センサ」には、横加速度を求めるために使用される任意のセンサが含まれるものとする。
さらに、車両1は、ドライバーが走行中の路面の状態に合わせて低路面摩擦モード、又は高路面摩擦モードを選択することができるように構成されており、これらのモードを選択するための、モード設定スイッチ26が設けられている。ドライバーがモード設定スイッチ26により、路面の状態に合わせて低路面摩擦モード又は高路面摩擦モードを選択すると、この設定がPCM14に入力され、後述するように、路面の状態に合わせた車両姿勢制御が実行される。
一方、PCM14には、ブレーキ装置8を制御するためのブレーキ制御装置であるブレーキ制御部14aと、車両1の旋回性能を向上させるための旋回制御を実行する旋回制御部14bと、車両1の旋回時における横滑りを抑制するための横滑り防止制御を実行する横滑り防止制御部14cが内蔵されている。これらの各制御部は、後述するように、エンジン4や、ブレーキ装置8に制御信号を送って、車両姿勢制御、旋回制御、横滑り防止制御を夫々実行するように構成されている。
本発明の実施形態による車両姿勢制御装置は、PCM14に信号を送る操舵角センサ16、アクセル開度センサ18、車速センサ20、横加速度センサ22、車輪速センサ24、モード設定スイッチ26、及び、PCM14に内蔵されたブレーキ制御部14a、旋回制御部14b、横滑り防止制御部14c、及び、PCM14によって制御されるエンジン4、ブレーキ装置8等によって構成されている。なお、車両姿勢制御装置を構成する上記の構成は、適用に合わせて一部省略することができる。
これらのPCM14の各制御部は、CPU、当該CPU上で解釈実行される各種のプログラム(OSなどの基本制御プログラムや、OS上で起動され特定機能を実現するアプリケーションプログラムを含む)、及びプログラムや各種のデータを記憶するためのROMやRAMの如き内部メモリを備えるコンピュータ(以上、図示せず)により構成される。
次に、図6乃至図18を参照して、本発明の実施形態による車両姿勢制御装置の作用を説明する。
図6は、車両姿勢制御装置の作用を示すフローチャートである。図7は、図6に示すフローチャートから呼び出されるサブルーチンのフローチャートである。図8は、通常の路面における車両姿勢制御装置の作用を示すタイムチャートである。図9は、低摩擦係数の路面における車両姿勢制御装置の作用を示すタイムチャートである。図10乃至図18は、車両姿勢制御装置による車両姿勢制御指令値を決定する際に使用される各種ゲインを示すマップである。
図6に示すフローチャートは主としてPCM14において、所定の時間間隔で繰り返し実行され、車両姿勢制御等を目的として、車両1に自動的に制動力を作用させるために実行される。
まず、図6のステップS1においては、各種センサからPCM14へ、各センサの検出信号が読み込まれる。ステップS1において読み込まれた検出信号は、ステップS2乃至S4における処理に使用される。具体的には、ステップS1においては、操舵角センサ16からの操舵角(ステアリングホイール6の回転角)[deg]の信号、アクセル開度センサ18からのアクセル開度[%]の信号、車速センサ20からの車速[km/h]の信号が読み込まれる。さらに、ステップS1においては、横加速度センサ22からの横加速度[G]の信号、車輪速センサ24からの各車輪の車輪速[m/sec]、液圧センサ13からのブレーキ液圧[MPa]の信号が読み込まれる。また、モード設定スイッチ26からは、ドライバーにより現在、低路面摩擦モードが選択されているか、又は高路面摩擦モードが選択されているかを示す選択信号が読み込まれる。
次に、ステップS2においては、車両姿勢制御に基づく指令値の決定処理が実行される。具体的には、車両姿勢制御として、車両1のステアリングホイール6の切り込み操作に基づく車両1の旋回走行時において、旋回中の車両1の車体1a内側後部の浮き上がりを抑制するために、車両1の内側後輪に制動力を作用させる。例えば、図1において車両1が左に旋回した場合には、左側の後輪2cに制動力が作用され、車体1aの左側後部の浮き上がりが抑制される。ステップS2においては、サブルーチンとして図7に示すフローチャートが呼び出され、車両姿勢制御のために内側後輪に作用させる制動力の指令値が決定される。この車両姿勢制御は、車両1の旋回走行の横加速度が比較的小さい領域で実行されるものであり、内側後輪と外側後輪の輪速差に基づいて、内側後輪に比較的小さな第1の制動力を作用させるものである。
好ましくは、質量約960kg以上約1060kg以下の車両1に対し、車両姿勢制御のために作用させる制動力を、液圧ポンプ10により0.02MPa以上、0.1MPa以下の液圧をブレーキ装置8に加えることにより生成する。これにより、車両1の旋回時において、車体1aの内側後方は或る加速度で浮き上がろうとするが、上記のように設定された制動力を作用させることにより、車体1aの上下方向に所定値以下の小さな減速度が与えられ、車体の内側後方の浮き上がりが抑制される。なお、本実施形態において、約0.1MPaの液圧をブレーキ装置8に加えた場合には、一例として、上下方向に約0.001Gの減速度が与えられ、車体の内側後方の浮き上がりが抑制される。
次に、ステップS3においては、旋回制御に基づく指令値の決定処理が実行される。旋回制御は、車両1の旋回性能を向上させることを目的として、ステアリングホイール6の操舵角速度が所定値以上となったとき、PCM14の旋回制御部14bにより実行される制御である。また、この旋回制御においては、エンジン4が生成するトルクの調整、及び/又はブレーキ装置8による制動力の付与が実行される。旋回制御において車両1に制動力を付与する場合には、旋回中の車両1の内側後輪に制動力を付与することにより、車両1に旋回方向のヨーモーメントを発生させ、車両1の旋回性能を向上させている。
なお、ステップS2において指令値を決定する車両姿勢制御においても旋回中の車両1の内側後輪に制動力が付与されるが、旋回制御は車両姿勢制御よりも横加速度が比較的大きい領域で実行されるものであり、旋回制御においては、車両姿勢制御よりも大きな制動力が付与される。即ち、車両姿勢制御は、車両1の旋回時において車体1aの内側後部が浮き上がるのを抑制する目的で実行されるのに対し、旋回制御は、車両1にヨーモーメントを付与して旋回性能を向上させる目的で実行されるものであり、旋回制御とは全く異なるものである。なお、本実施形態においては、旋回制御のために作用させる制動力は、液圧ポンプ10により、車両姿勢制御よりも大きい0.2MPa以上、0.5MPa以下の液圧をブレーキ装置8に加えることにより生成される。
次に、ステップS4においては、横滑り防止制御に基づく指令値の決定処理が実行される。横滑り防止制御は、旋回時において車両1が横滑りするのを抑制、又は防止するために、PCM14の横滑り防止制御部14cにおいて実行される制御である。この横滑り防止制御は、ステアリングホイール6の操舵角、及び車両1の横加速度に基づいて実行される制御であり、旋回制御よりも横加速度が非常に大きい領域で実行される。横滑り防止制御においては、車両1の走行状態をドライバーが意図する旋回走行に復帰させるべく、車両1の各輪に適切な制動力が付与される。横滑り防止制御において付与される制動力は、旋回制御よりも非常に大きなものとなる。本実施形態においては、横滑り防止制御のために作用させる制動力は、液圧ポンプ10により、旋回制御よりも大きい20MPa以上の液圧をブレーキ装置8に加えることにより生成される。
さらに、ステップS5においては、ステップS2乃至S4において決定された指令値に基づいて、PCM14によりブレーキ装置8に制御信号が送信され、車両1に制動力が付与され、図6に示すフローチャートの1回の処理を終了する。なお、上述した車両姿勢制御、旋回制御、横滑り防止制御は、何れも車両1に制動力を作用させるものであるが、夫々異なる走行状態において実行されるものであり、通常、これらの制御が重畳的に実行されることはない。
次に、図7乃至図18を参照して、車両姿勢制御による指令値の決定処理を説明する。
上述したように、図7に示すフローチャートは、図6のフローチャートのステップS2から呼び出されるサブルーチンであり、PCM14のブレーキ制御部14aにおいて実行される。また、図8及び図9は、車両姿勢制御が実行された場合に生成される制動力の一例を示すタイムチャートである。図8は、車両1が通常の路面(高摩擦路面)を走行した場合を示し、図9は、車両1が雪道などの定摩擦路面を走行した場合を示している。なお、図8及び図9に示すタイムチャートは、横軸を時間とし、縦軸は上段から順に、操舵角センサ16の検出値、アクセル開度センサ18の検出値、車輪速センサ24によって検出された後輪の輪速、内側の後輪に付与される制動指令値を示している。
まず、図7のステップS11においては、車両1の左右の後輪2c、2dの輪速差が算出される。具体的には、図6のステップS1において、車輪速センサ24から読み込まれた各輪の輪速に基づいて、左右の後輪2c、2dの輪速差が算計算される。
次に、ステップS11においては、「車両姿勢制御フラグ」が「真」であるか否かが判断される。「車両姿勢制御フラグ」は、車両1が旋回を開始し、所定の条件に基づいて車両姿勢制御が開始されると「真」に変更され、切り込まれたステアリングホイール6が切り戻され、旋回が終了すると「偽」に戻されるフラグである。図8に示すタイムチャートの例では、時刻t0において車両1は旋回を開始していないので、「車両姿勢制御フラグ」は「偽」であり、図7のフローチャートの処理は、ステップS16に進む。
ステップS16においては、旋回中の車両の内側の後輪と、外側の後輪の輪速が比較され、外側の輪速が高い場合にはステップS17に進み、内側の輪速が高い場合にはステップS21に進む。後輪の各輪にスリップが発生していない場合には外側後輪の輪速が高く、内側後輪に或る程度のスリップが発生すると、この関係が逆転する。図8の例では、時刻t1においてドライバーによるステアリングホイール6の切り込みが開始され、旋回を開始した車両1の外側後輪の輪速が高く、内側後輪の輪速が低くなっており、フローチャートの処理はステップS17に進む。
ステップS17においては、外側後輪と内側後輪の車輪速の差(外側の輪速-内側の輪速)が、車輪速差の閾値である第1の輪速差Ta[m/sec]よりも大きいか否かが判断される。外側と内側の輪速差が第1の輪速差Ta以下である場合にはステップS23以下の処理が実行され、車両姿勢制御による制動力の付与が行われることなく、図7に示すフローチャートの1回の処理を終了する。即ち、左右の後輪の輪速差は、車輪速センサ24の誤差によっても生じる場合があり、微小な輪速差に基づいて車両姿勢制御を介入させるとドライバーに違和感を与える虞があるので、輪速差が微小な場合には車両姿勢制御は実行されない。なお、車輪速差の閾値である第1の輪速差Taは、車両1の車速に基づいて変更される。具体的な車輪速差閾値の設定については、図10を参照して後述する。
図8の例では、時刻t1においてドライバーがステアリングホイール6の切り込み操作を行うことにより、車両1が旋回走行を開始すると、輪速差は次第に大きくなっており、輪速差が第1の輪速差Taを超えると、ステップS18以下の処理が実行されるようになる。
ステップS18においては、横加速度センサ22によって検出された横加速度が所定の第1横加速度GYa[G](1[G]=9.81[m/sec2])よりも高く、且つ車速センサ20によって検出された車速が所定の第1車速Va[km/h]よりも高いか否かが判断される。横加速度が第1横加速度GYa以下であるか、又は車速が第1車速Va以下である場合には、ステップS23以下の処理が実行され、車両姿勢制御による制動力の付与が行われることなく、図7に示すフローチャートの1回の処理を終了する。即ち、横加速度又は車速が非常に低い状態では車両姿勢制御を介入させる必要性が乏しく、不要な介入によりドライバーに違和感を与える場合があるため、車両姿勢制御は実行されない。
一方、横加速度が第1横加速度GYaを超え、且つ車速が第1車速Vaを超えている場合には、ステップS19以下の処理が実行され、車両姿勢制御による制動力の付与が行われる。まず、ステップS19においては、車両姿勢制御フラグが「真」に変更される。なお、ステップS19において、車両姿勢制御フラグが「真」に変更されると、その間、図7のフローチャートにおける処理はステップS12→S13に進むようになる。しかしながら、図8に示す例では、モード設定スイッチ26により高路面摩擦モードが選択されているため、図7のフローチャートの処理はステップS13→S16に進み、ステップS14、S15における処理は実行されない。
次に、ステップS20においては、左右の後輪の輪速差に基づいて、車両姿勢制御の基本的な指令値F
b1[N]が決定される。即ち、内側後輪と外側後輪の車輪速の差に基づいて、車両1の内側後輪に作用させる制動力が設定される。この基本指令値F
b1は、旋回している車両1の内側の後輪に付与する制動力の指令値であり、外側の輪速V
oと内側の輪速V
iの差に所定の係数C
m1を乗じることにより、数式(2)により計算される。
さらに、ステップS25においては、ステップS20において計算された基本指令値Fb1に種々のゲインが乗じられ、車両姿勢制御の最終的な指令値F1が決定される。なお、ステップS25において実行される具体的な処理については後述する。次いで、ステップS26においては、各制御において計算された指令値を比較し、最大の指令値が最終的な指令値として選択される。
即ち、図7に示すフローチャートにおいては、ステップS20において計算される車両姿勢制御による第1の制動力の他、後述するように、ステップS15において計算されるPreブレーキLSD制御による下限制動力、ステップS22において計算されるブレーキLSD制御による第2の制動力も計算される。ステップS26においては、計算されたこれらの制動力のうち、最大の制動力が選択されて図7に示すフローチャートの1回の処理を終了する。図7のフローチャートの処理が終了すると、処理は、図6のフローチャートのステップS5に進み、そこで選択された制動力が作用するようにブレーキ装置8が制御される。
図8に示す例においては、時刻t1においてステアリングホイール6の切り込みが開始された後、車両1の外側後輪の輪速と、内側後輪の輪速の差が増大しているため、数式(2)で計算される制動力の指令値も増大する。これにより、旋回中の車両1の内側後輪に付与される制動力も増大する(図8の時刻t1~t2)。次いで、図8の時刻t2において、ドライバーはアクセルペダルの踏み込みを開始し、これに伴い左右の後輪の輪速差は一定となる(図8の時刻t2~t3)。この間、数式(2)で計算される制動力の指令値も、最大値を維持したまま一定となる。
次に、図8の時刻t3において、ドライバーがステアリングホイール6の切り込みを終了し、保舵に移行すると、車両1は定常旋回状態となる。これに伴い、内側及び外側の後輪の輪速が上昇すると共に、内側の後輪と外側の後輪の輪速差が減少する(図8の時刻t3~t4)。これにより、数式(2)で計算される制動力の指令値も減少する。さらに、図8の時刻t4においては、内側の後輪と外側の後輪の輪速差が第1の輪速差Ta以下となるため、図7のフローチャートにおける処理は、ステップS17→S23に進むようになり、車両姿勢制御に基づく指令値はゼロとなる。
次いで、図8の時刻t5においては、内側の後輪のスリップが大きくなり、内側の後輪と外側の後輪の輪速が逆転し、内側の後輪の輪速が高くなる。これにより、図7のフローチャートにおける処理は、ステップS16→S21に進むようになり、図7のフローチャートにおけるステップS21以下の処理が実行されるようになる。
ステップS21においては、外側後輪と内側後輪の輪速差(内側の輪速-外側の輪速)が第2の輪速差Tb[m/sec]よりも大きいか否かが判断される。外側と内側の輪速差が第2の輪速差Tb以下である場合にはステップS23以下の処理が実行され、ブレーキLSD制御による制動力の付与が行われることなく、図7に示すフローチャートの1回の処理を終了する。即ち、左右の後輪の輪速差は、車輪速センサ24の誤差によっても生じる場合があり、微小な輪速差に基づいてブレーキLSD制御を介入させるとドライバーに違和感を与える虞があるので、輪速差が微小な場合にはブレーキLSD制御は実行されない。
一方、外側後輪と内側後輪の輪速差が第2の輪速差Tbよりも大きい場合にはステップS22進み、ブレーキLSD制御に基づく第2の制動力の指令値が計算される。このように、ブレーキ制御部14aは、車両1の旋回中において、車両1の内側後輪の輪速が、外側後輪の輪速よりも速くなると、内側後輪に第2の制動力を作用させる。ブレーキLSD制御は、空転している車輪にブレーキをかけて輪速を低下させ、空転状態を回避するための制御である。即ち、図8の時刻t5~t6のように、旋回中の車両1の内側の駆動輪(本実施形態では後輪)の輪速が、外側の駆動輪の輪速を超えている状態では内側の駆動輪が空転し始めている。内側の車輪の空転により輪速差が大きくなると、ディファレンシャルギア4cを介して外側の後輪に駆動力が伝達されなくなるため、内側の車輪に制動力を付与して、内側の車輪の輪速を低下させる。
ステップS22においては、左右の後輪の輪速差に基づいて、ブレーキLSD制御の基本的な指令値F
b2[N]が決定される。このブレーキLSD制御による制動力の基本指令値F
b2は、旋回している車両1の内側の後輪に付与する制動力の指令値であり、内側の輪速V
iと外側の輪速V
oの差に所定の係数C
m2を乗じることにより、数式(3)により計算される。
図8に示す例においては、時刻t5において、ブレーキLSD制御に基づく制動力の付与が開始され、これにより内側の後輪の輪速が低下し、時刻t6において内側の後輪と外側の後輪の輪速差がほぼゼロとなっている。時刻t6において輪速差がほぼゼロとなった後は、図7のフローチャートにおける処理は、ステップS16→S21→S23、又はステップS16→S17→S23のように進み、内側の後輪に対する制動力の付与は行われない(図8の時刻t6~t7)。
また、図8に示す例においては、ドライバーは、時刻t6からステアリングホイール6の切り戻しを開始し、時刻t7において切り戻しを完了して直進状態に戻り、旋回走行を終了する。
ステップS23においては、操舵角センサ16の検出値に基づいて、ステアリングホイール6の切り戻しが完了したか否かが判断され、切り戻しが完了していない場合にはステップS25に進み、切り戻しが完了した場合にはステップS24に進む。なお、本実施形態では、ブレーキ制御部14aは、図8の時刻t1においてステアリングホイール6の切り込み操作が開始された後、時刻t7において切り戻し操作が終了するまでの間の車両姿勢制御において、約0.1MPa以下のブレーキ液圧で制動力を発生させる。
ステップS24においては、切り戻しが完了し、旋回走行を終了しているので、「車両姿勢制御フラグ」が「偽」に変更される。以降、図7に示すフローチャートが実行された場合には、ステップS12→S16に処理が進むようになる。この状態においては、モード設定スイッチ26により低路面摩擦モードが設定されている場合においても、PreブレーキLSD制御に基づく制動力が付与されることはない。
次に、図9を参照して、モード設定スイッチ26により低路面摩擦モードが設定されている場合における車両姿勢制御を説明する。
図9に示すタイムチャートは、低路面摩擦モードが設定されている場合における車両姿勢制御の一例を示すものである。低路面摩擦モードが設定されている場合においては、図7のフローチャートにおいて、ステップS14以下の処理が実行される点が、図8のタイムチャートとは異なっている。ステップS14以下の処理では、PreブレーキLSD制御に基づく制動力が計算される。なお、図9のタイムチャートにおいては、車両姿勢制御による指令値が実線で、PreブレーキLSD制御による指令値が破線で、ブレーキLSD制御による指令値が一点鎖線で示されている。
なお、本実施形態においては、低路面摩擦モード、高路面摩擦モードは、ドライバーによるモード設定スイッチ26の設定により切り替えられている。これに対し、変形例として、モード設定スイッチ26の設定と共に、又はモード設定スイッチ26の設定に代えて、自動的に各モードが選択されるように本発明を構成することもできる。例えば、車両1に搭載された外気温センサ、降雨センサ、ワイパーの作動状況、駆動輪のスリップ状態等に応じて、路面の摩擦係数を推定し、その摩擦係数が所定値以下の場合に、自動的に低路面摩擦モードを設定するようにブレーキ制御部14aを構成することもできる。この場合において、ブレーキ制御部14aは、車両1が走行している路面の摩擦係数を推定する摩擦係数推定部としても機能する。
まず、図9の時刻t11においてドライバーがステアリングホイール6の切り込みを開始すると、内側の後輪と外側の後輪の間に輪速差が発生し、車両姿勢制御が開始される。これにより、図7のフローチャートにおいては、ステップS11→S12→S16→S17→S18→S19→S20→S25→S26の処理が実行される。この処理により、ステップS19において車両姿勢制御フラグが「真」に変更されると、次に図7のフローチャートが実行されたとき、ステップS12→S13に処理が進むようになり、ステップS13以下の処理が実行される。
ステップS13においては、低路面摩擦モードに設定されているか否かが判断される。図9のタイムチャートの例では、低路面摩擦モードに設定されているため、処理はステップS14に進む。ステップS14においては、横加速度センサ22によって検出された横加速度が所定の第2横加速度GYb[G]よりも高いか否かが判断される。横加速度が第2横加速度GYb以下である場合には、ステップS16に処理が進み、PreブレーキLSD制御による制動力の付与が行われることはない。なお、本実施形態においては、第2横加速度GYbは、第1横加速度GYaよりも小さい値に設定されている。即ち、横加速度が非常に低い状態ではPreブレーキLSD制御を介入させる必要性が乏しく、不要な介入によりドライバーに違和感を与える場合があるため、PreブレーキLSD制御は実行されない。
一方、横加速度が第2横加速度GY
bよりも大きい場合には、ステップS15に処理が進み、PreブレーキLSD制御による下限制動力の基本的な指令値F
b3が決定される。ステップS15においては、基本指令値F
b3が、直近に設定された車両姿勢制御の基本指令値F
b1の最大値に所定の係数C
m3を乗じることにより、数式(4)により計算される。
本実施形態においては、係数Cm3は1よりも小さい正の値に設定される。即ち、PreブレーキLSD制御による基本指令値Fb3は、車両姿勢制御の基本指令値Fb1の最大値よりも常に小さい値に設定される。図9に示す例においては、時刻t11~t12の間は、車両姿勢制御の基本指令値Fb1が上昇傾向にあるため、その最大値も随時更新され、これに係数Cm3を乗じた基本指令値Fb3の値も増加する。次いで、時刻t12~t13の間は、車両姿勢制御の基本指令値Fb1が最大値で一定になるため、その最大値も一定値となり、これに係数Cm3を乗じた基本指令値Fb3の値も一定値となる。さらに、時刻t13以降は、車両姿勢制御の基本指令値Fb1は減少傾向になるが、その最大値が保持され、これに係数Cm3を乗じた基本指令値Fb3の値も保持される。このPreブレーキLSD制御による基本指令値Fb3は、時刻t17において旋回走行が完了し、車両姿勢制御フラグが「偽」に変更されるまで維持される(ステップS23→S24)。このように、車両姿勢制御により第1の制動力を作用させた後は、内側後輪と外側後輪の輪速差が低下した場合であっても、旋回が終了するまで所定の下限制動力以上の制動力が維持される。
このように、PreブレーキLSD制御に基づく制動力は、車両姿勢制御に基づく制動力の付与が完了した後(図9の時刻t14の後)、再びブレーキLSD制御により制動力の付与が開始(図9の時刻t15)されると、短時間に車両1の内側後輪に付与される制動力が変化して、ドライバーに違和感を与えるのを抑制する目的で付与されている。一方、高路面摩擦モードが選択されている場合には、車両姿勢制御による制動力の付与が終了した後、ブレーキLSD制御による制動力の付与が行われる場合が少なく、また、ブレーキLSD制御が実行された場合でも付与される制動力が比較的小さくなる。このため、本実施形態においては、PreブレーキLSD制御による下限制動力は低路面摩擦モードが選択されている場合に設定され、高路面摩擦モードが選択されている場合には、PreブレーキLSD制御は実行されない(図7のステップS13→S16)。或いは、変形例として、高路面摩擦モードが選択されている場合にもPreブレーキLSD制御が実行されるように本発明を構成することもできる。この場合には、高路面摩擦モードにおける係数Cm3を、低路面摩擦モードにおける係数Cm3よりも小さく設定することが好ましい。
続いて、図9に示す例においては、時刻t15~t16において、内側後輪のスリップが発生し、ブレーキLSD制御の基本指令値Fb2が設定される。このように、図9に示す例においては、時刻t11~t14において車両姿勢制御による基本指令値Fb1が設定され、時刻t11~t17においてPreブレーキLSD制御による基本指令値Fb3が設定され、時刻t15~t16においてブレーキLSD制御の基本指令値Fb2が設定される。
図7のステップS25においては、各基本指令値に乗じられる各ゲインが夫々設定されると共に、各基本指令値にゲインを乗じた指令値F1、F2、F3が夫々計算される。さらに、ステップS26においては、これらの指令値F1、F2、F3が比較され、最も大きい指令値が採用され、これに基づいて内側の後輪に制動力が付与される。ステップS25において各基本指令値に乗じられるゲインの設定については、図11乃至図18を参照して後述する。
次に、図10を参照して、図7のステップS17において使用される車輪速差の閾値(第1の輪速差Ta)の設定を説明する。
図10は、車輪速差の閾値を設定するためのマップの一例であり、図7のステップS17における第1の輪速差Ta[m/sec]の値は、図10のマップに基づいて設定される。第1の輪速差Taの値は、車速センサ20によって検出された車両1の車速に基づいて変更される。図10に示すように、第1の輪速差Taの値は、車速0において最大であり、車速の増加と共に減少し、所定の車速V1以上でほぼ一定値となる。好ましくは、車速V1の値を時速約80~約110[km/h]程度に設定し、この値以上で、第1の輪速差Ta=約0.02~約0.05[m/sec]となるように設定する。
このように、車速に応じて車輪速差の閾値を変更することにより、車両姿勢制御の実行を開始する条件が変更される。即ち、車輪速差の閾値である第1の輪速差Taを設定しておくことにより、車速の低い領域では、図7のステップS18以下で実行される車両姿勢制御が介入しにくくなる。即ち、車速の低い領域では車輪速の測定値に誤差が生じやすく、微小な輪速差で車両姿勢制御を実行すると、測定誤差に基づいて車両姿勢制御が実行されてしまう場合がある。このような不要な車両姿勢制御の介入を抑制するために、本実施形態においては、第1の輪速差Taの値が図10に示すように設定されている。
次に、図11乃至図18を参照して、図7のステップS25において各基本指令値に乗じられるゲインを説明する。
図11は、操舵角に基づいて設定され、車両姿勢制御による基本指令値Fb1に乗じられる操舵角ゲインである。また、図12乃至図14は、高路面摩擦モードが設定されている場合に適用されるマップである。図12は、アクセル開度に基づいて設定され、車両姿勢制御による基本指令値Fb1に乗じられるアクセル開度ゲインのマップである。図13は、横加速度に基づいて設定され、車両姿勢制御による基本指令値Fb1に乗じられる横加速度ゲインのマップである。図14は、車速に基づいて設定され、車両姿勢制御による基本指令値Fb1に乗じられる車速ゲインのマップである。
さらに、図15乃至図17は、低路面摩擦モードが設定されている場合に適用されるマップである。図15は、アクセル開度に基づいて設定され、車両姿勢制御による基本指令値Fb1に乗じられるアクセル開度ゲインのマップである。図16は、横加速度に基づいて設定され、車両姿勢制御による基本指令値Fb1に乗じられる横加速度ゲインのマップである。図17は、車速に基づいて設定され、車両姿勢制御による基本指令値Fb1に乗じられる車速ゲインのマップである。また、図18は、内側と外側の輪速差に基づいて設定され、ブレーキLSD制御による基本指令値Fb2に乗じられる差回転ゲインのマップである。
図11に示すように、操舵角ゲインGθは、操舵角θ[deg]が第1の操舵角θ1以下の領域ではゼロであり、θ1以上で増加して、所定の操舵角以上で「1」に収束するように設定されている。このように操舵角ゲインGθを設定することにより、操舵角が第1の操舵角θ1以下の領域では、実質的に車両姿勢制御が実行されず、制御の介入が行われなくなる(操舵角ゲインGθを乗じることにより、車両姿勢制御の指令値がゼロになる。)。これにより、ステアリングホイール6に対する微細な操舵により車両姿勢制御が介入して、ドライバーに違和感を与えるのを抑制している。好ましくは、第1の操舵角θ1の値を約3.5~約6.0[deg]程度に設定し、この値以下で、操舵角ゲインGθの値がゼロになるように設定する。
図12に示すように、アクセル開度ゲインGaHは、アクセル開度[%]の増加と共に増大し、第1のアクセル開度A1で「1」となり、第1のアクセル開度A1以上では、「1」よりも大きい所定の値に収束するように設定されている。このようにアクセル開度ゲインGaHを設定することにより、アクセル開度の低下と共に車両姿勢制御による指令値が小さくなる。即ち、アクセル開度の小さい領域では、車体1aの内側後部の浮き上がりは発生しにくいため、不要な車両姿勢制御の介入により、ドライバーに違和感を与えるのを抑制している。好ましくは、第1のアクセル開度A1の値を約45~約60[%]程度に設定し、この値以下では、アクセル開度ゲインGaHを「1」以下とし、この値以上では、アクセル開度ゲインGaHが「1」以上となるように設定する。
図13に示すように、横加速度ゲインGlHは、横加速度al[G]が第1の横加速度al1以下の領域ではゼロであり、al1以上で増加して、所定の横加速度以上で「1」に収束するように設定されている。このように横加速度ゲインGlHを設定することにより、車両1の横加速度が大きい場合には、車両1の横加速度が小さい場合よりも大きな制動力が旋回中の車両1の内側後輪に作用される。また、図13のように横加速度ゲインGlHを設定することにより、横加速度が第1の横加速度al1以下の領域では、実質的に車両姿勢制御の介入が行われなくなる(横加速度ゲインGlHを乗じることにより、車両姿勢制御の指令値がゼロになる。)。即ち、横加速度alが微小な領域では、車体1aの内側後部の浮き上がりは発生しにくいため、不要な車両姿勢制御の介入により、ドライバーに違和感を与えるのを抑制している。好ましくは、第1の横加速度al1の値を約0.22~約0.35[G]程度に設定し、この値以下で、横加速度ゲインGlHの値がゼロになるように設定する。
図14に示すように、車速ゲインGVHは、車速[km/h]の増加と共に漸増し、第1の車速V1で「1」となり、第1の車速V1以上では、比較的急激に増大するように設定されている。このように車速ゲインGVHを設定することにより、車速の増大と共に車両姿勢制御による指令値が大きくなり、車速が大きい場合には、車速が小さい場合よりも大きな制動力が旋回中の車両の内側後輪に作用される。即ち、車速が小さい領域では車体1aの内側後部の浮き上がりが発生しにくいのに対し、車速の増大と共に車体1aの内側後部の浮き上がりの問題が顕著となるため、指令値を増大させ、車両姿勢制御を強く介入させている。好ましくは、第1の車速V1の値を約95~約115[km/h]程度に設定し、この値以下では、車速ゲインGVHを「1」以下とし、この値以上で車速ゲインGVHが増大するように設定する。
図7のステップS25においては、高路面摩擦モードが選択されている場合には、車両姿勢制御に対する基本指令値F
b1に、図11に基づいて設定された操舵角ゲインG
θ、図12に基づいて設定されたアクセル開度ゲインG
aH、図13に基づいて設定された横加速度ゲインG
lH、及び図14に基づいて設定された車速ゲインG
VHが乗じられ、数式(5)により、車両姿勢制御の指令値F
1が計算される。
一方、低路面摩擦モードが選択されている場合には、アクセル開度ゲイン、横加速度ゲイン、及び車速ゲインは、高路面摩擦モードが選択されている場合とは異なる図15乃至図17に示すマップを使用して夫々設定される。
図15に示すように、低路面摩擦モードが選択されている場合には、アクセル開度ゲインGaLは、アクセル開度[%]の増加と共に増大し、第2のアクセル開度A2で「1」となり、第2のアクセル開度A2以上では、「1」よりも大きい所定の値になるように設定されている。このようにアクセル開度ゲインGaLを設定することにより、アクセル開度の低下と共に車両姿勢制御による指令値が小さくなる。また、低路面摩擦モードにおけるアクセル開度ゲインGaLが「1」となる第2のアクセル開度A2は、高路面摩擦モードにおけるアクセル開度ゲインGaHが「1」となる第1のアクセル開度A1よりも大きく設定される。好ましくは、第2のアクセル開度A2の値を約60~約75[%]程度に設定し、この値以下では、アクセル開度ゲインGaLを「1」以下とし、この値以上では、アクセル開度ゲインGaLが「1」以上となるように設定する。
図16に示すように、低路面摩擦モードが選択されている場合には、横加速度ゲインGlLは、横加速度al[G]が第2の横加速度al2以下の領域ではゼロであり、第2の横加速度al2以上で増加して、所定の横加速度以上で「1」に収束するように設定されている。このように、低路面摩擦モードにおいては、高路面摩擦モードとは異なる横加速度ゲインが設定されているので、車両姿勢制御において、低路面摩擦モードと高路面摩擦モードでは、同一の横加速度に対して異なる制動力が発生される。また、このように横加速度ゲインGlLを設定することにより、横加速度が第2の横加速度al2以下の領域では、実質的に車両姿勢制御の介入が行われなくなる(横加速度ゲインGlLを乗じることにより、車両姿勢制御の指令値がゼロになる。)。また、低路面摩擦モードにおいて横加速度ゲインGlLがゼロよりも大きくなる第2の横加速度al2は、本実施形態においては、高路面摩擦モードにおいて横加速度ゲインGlHがゼロよりも大きくなる第1の横加速度al1とは異なり、第1の横加速度al1よりも小さく設定される。即ち、低路面摩擦モードにおいては、高路面摩擦モードよりも、横加速度が小さい状態から車両姿勢制御が介入する。好ましくは、第2の横加速度al2の値を約0.02~約0.15[G]程度に設定し、この値以下で、横加速度ゲインGlLの値がゼロになるように設定する。
図17に示すように、低路面摩擦モードが選択されている場合には、車速ゲインGVLは、第2の車速V2以下ではゼロにされ、第2の車速V2以上で増大し、所定の車速以上で「1」よりも小さい所定の値に収束するように設定されている。このため、車速が大きい場合には、車速が小さい場合よりも大きな制動力が旋回中の車両の内側後輪に作用される。また、このように車速ゲインGVLを設定することにより、第2の車速V2以下では車両姿勢制御が介入せず、また、車速の大きい領域でも、車両姿勢制御による指令値が小さくされる。即ち、低路面摩擦モードが選択されている場合には、高路面摩擦モードと比較して、如何なる車速においても車両姿勢制御の介入が抑制される。即ち、車両姿勢制御の制動力により、内側後輪にスリップが発生するのを抑制している。好ましくは、第2の車速V2の値を約15~約30[km/h]程度に設定し、車速の大きい領域で車速ゲインGVLが約0.3~約0.6程度に収束するように車速ゲインGVLを設定する。
図7のステップS25においては、低路面摩擦モードが選択されている場合には、車両姿勢制御に対する基本指令値F
b1に、図11に基づいて設定された操舵角ゲインG
θ、図15に基づいて設定されたアクセル開度ゲインG
aL、図16に基づいて設定された横加速度ゲインG
lL、及び図17に基づいて設定された車速ゲインG
VLが乗じられ、数式(6)により、車両姿勢制御の指令値F
1が計算される。
次に、図18を参照して、低路面摩擦モードが選択されている場合において、ブレーキLSD制御による基本指令値Fb2に乗じられる差回転ゲインGDLを説明する。なお、高路面摩擦モードが選択されている場合には、差回転ゲインGDHは常に「1」である。
図18に示すように、差回転ゲインGDLは、内輪と外輪の差回転Dが第1の差回転D1[m/sec]以下では「1」にされ、第1の差回転D1以上では、「1」よりも大きい所定の値に収束するように設定されている。このように差回転ゲインGDLを設定することにより、差回転が第1の差回転D1以上になると、ブレーキLSD制御の指令値が大きくなる。即ち、低路面摩擦モードが選択されている場合には、内輪にスリップが発生したときに作用させる制動力を、高路面摩擦モードが選択されている場合よりも大きく設定し、内輪のスリップを強く抑制する。好ましくは、第1の差回転D1の値を約8~約12[m/sec]程度に設定し、この値以上で、ブレーキLSD制御の指令値が大きくなるようにする。また、好ましくは、差回転ゲインGDLは、差回転Dが大きい領域において約1.3~約1.6に収束するように設定する。
図7のステップS25においては、低路面摩擦モードが選択されている場合には、ブレーキLSD制御に対する基本指令値F
b2に、図18に基づいて設定された差回転ゲインG
DLが乗じられ、数式(7)により、ブレーキLSD制御の指令値F
2が計算される。一方、高路面摩擦モードが選択されている場合には、差回転ゲインG
DHは常に「1」であるため、基本指令値F
b2値が、そのまま指令値F
2にされる。
このように、図7のステップS25においては、車両姿勢制御の基本指令値Fb1に基づいて、数式(5)又は(6)により、車両姿勢制御の指令値F1が計算される。さらに、ブレーキLSD制御の基本指令値Fb2に基づいて数式(7)により指令値F2が計算され、又は基本指令値Fb2がそのまま指令値F2とされる。
また、低路面摩擦モードが選択されている場合には、PreブレーキLSD制御の指令値F
3は、基本指令値F
b3に、車両姿勢制御と同様のゲインを乗じることにより計算される。即ち、下記の数式(8)により指令値F
3が計算される。上述したように、PreブレーキLSD制御は、車両姿勢制御に基づく制動力の付与が完了した後、ブレーキLSD制御により制動力が付与されるまでの間の制動力の変化を抑制する目的で付与されている。このため、PreブレーキLSD制御に対する指令値についても車両姿勢制御と同様のゲインを乗じて、車両姿勢制御と円滑に繋がるように制動力を設定する。
一方、高路面摩擦モードが選択されている場合には、上述したように、PreブレーキLSD制御は実行されない(PreブレーキLSD制御の指令値F
3=0)。しかしながら、変形例として、高路面摩擦モードが選択されている場合にもPreブレーキLSD制御が実行されるように本発明を構成した場合には、下記の数式(9)により指令値F
3を計算することができる。これにより、高路面摩擦モードにおいても、制動力を車両姿勢制御と円滑に繋がるように設定することができる。
さらに、図7のステップS26においては、以上のように計算された車両姿勢制御の指令値F1と、ブレーキLSD制御の指令値F2と、PreブレーキLSD制御の指令値F3が比較され、最も大きい指令値が、内側の後輪に作用させる制動力の指令値として最終的に決定される。図7のステップS26において制動力の指令値が決定されると、処理は図6のフローチャートのステップS5に進み、ステップS5においては、決定された指令値に基づいてブレーキ装置8が制御される。
本発明の実施形態の車両姿勢制御装置によれば、車両1のステアリングホイール6の切り込み操作に基づく車両1の旋回走行時において、旋回中の車両1の内側後輪に制動力を作用させることにより車体1aの内側後方の浮き上がりを抑制する車両姿勢制御(図6のステップS2、図7)を実行するように構成されている。車両姿勢制御に基づいて車両1の内側後輪に作用させる制動力は、車体1aの内側後方の浮き上がりを抑制する上下方向の減速度が所定値以下となるように設定されている(図7のステップS20)。この内側後輪に作用させる制動力は、実質的に車両にヨーモーメントを付加する程度のものではなく、車両1の旋回性能に与える影響を抑制しながら車体の内側後部の浮き上がりを抑制して、ドライバーや乗員に不安感を与えにくくするように作用する。
また、本実施形態の車両姿勢制御装置によれば、質量960kg乃至1060kgの車両1に対し、車両姿勢制御において、0.02MPa以上、0.1MPa以下のブレーキ液圧で制動力を発生させることにより、所定値以下の上下方向の減速度を生じさせている。このため、旋回時における車体1aの内側後部の浮き上がりを抑制しながら、制動力により、旋回中の車両1に実質的に制動力が与えられることはない。
さらに、本実施形態の車両姿勢制御装置によれば、ステアリングホイール6の切り込み操作開始(図8の時刻t1)から切り戻し操作終了(図8の時刻t7)までの間、0.1MPa以下のブレーキ液圧で制動力を発生させるので、旋回中において車両1に実質的にヨーモーメントが付加されることはなく、旋回性能への影響を確実に排除することができる。
また、本実施形態の車両姿勢制御装置によれば、旋回制御部14bが0.2MPa以上、0.5MPa以下のブレーキ液圧で、旋回中の車両1の内側後輪に制動力を作用させ、ヨーモーメントを発生させるので(図6のステップS3)、旋回制御が必要な状況では、車両1に十分なヨーモーメントが付与され、車両1の旋回性能を向上させることができる。
さらに、本実施形態の車両姿勢制御装置によれば、横滑り防止制御部14cが20MPa以上のブレーキ液圧で、旋回中の車両1に制動力を作用させるので(図6のステップS4)、横滑り防止制御が必要な状況では、車両1に十分な制動力が付与され、車両1の横滑りを防止することができる。
また、本実施形態の車両姿勢制御装置によれば、車体1aに対して後輪2c、2dの車軸を懸架するリンク機構であるアッパーアーム3a、ロアアーム3bは、所定の懸架中心PSの回りで車軸が回動するように、車軸2eを懸架している(図4)。この懸架中心PSが車軸2eよりも上方に位置することにより、後輪2c又は2dに制動力を作用させたとき、アッパーアーム3a、及びロアアーム3bを介して車体1aを下方に引き下げる力の成分が大きくなるため、より効果的に車体内側後部の浮き上がりを抑制することができる。
以上、本発明の実施形態による車両姿勢制御装置を説明したが、上述した実施形態に種々の変更を加えることができる。特に、上述した実施形態においては、後輪駆動車に本発明の車両姿勢制御装置を適用していたが、四輪駆動車等、任意の駆動方式の車両に本発明を適用することができる。