以下、図面を参照しながら、粒子線治療システムの実施形態について詳細に説明する。
図1の符号1は、粒子線治療システムである。この粒子線治療システム1では、炭素イオンなどの荷電粒子の粒子線ビームを被検体としての患者の病巣組織(がん)に照射して治療を行う。
荷電粒子として炭素イオンを用いた放射線治療技術は、重粒子線がん治療技術とも称される。この技術は、がん病巣(患部)を炭素イオンがピンポイントで狙い撃ちし、がん病巣にダメージを与えながら、正常細胞へのダメージを最小限に抑えることが可能とされる。なお、粒子線とは、放射線のなかでも電子より重いものと定義され、陽子線、重粒子線などが含まれる。このうち重粒子線は、ヘリウム原子より重いものと定義される。
重粒子線を用いるがん治療では、エックス線、ガンマ線、陽子線を用いたがん治療と比較してがん病巣を殺傷する能力が高い。さらに、患者の体の表面では放射線量が弱く、がん病巣において放射線量がピークになる特性を有している。そのため、照射回数と副作用を少なくすることができ、治療期間をより短くすることができる。
図1に示すように、粒子線治療システム1は、荷電粒子(例えば、炭素イオン)を生成する荷電粒子源2と、荷電粒子を加速して粒子線ビームとする加速器3と、荷電粒子源2で発生した荷電粒子を加速器3に入射させる入射器4とを備える。
本実施形態の加速器3は、リング状のシンクロトロン加速器を例示する。シンクロトロン加速器は、荷電粒子が通過する真空ダクトを有する。さらに、真空ダクトに沿って配置された偏向電磁石および四極電磁石などの複数の電磁石5,6を有する。そして、荷電粒子を加速する際に、加速器3に入射した低エネルギーの荷電粒子に対し、磁場の印加強度を増加させながら高周波電力によってエネルギーを与える。偏向電磁石は、荷電粒子を円形軌道に沿って周回させる。四極電磁石は、荷電粒子を収束または発散させる。
所定のエネルギーまで加速された荷電粒子は、粒子線ビームとなって取り出し機器である出射用の電磁石6により周回軌道から取り出される。そして、この粒子線ビームは、共通ビーム輸送ライン7により輸送される。さらに、共通ビーム輸送ライン7から複数の個別ビーム輸送ライン8,9に分岐される。
また、粒子線治療システム1は、粒子線ビームが照射される患者が配置される複数の治療室10を備える。なお、本実施形態では、既設の治療室10の他に、将来、新たな治療室11を増設させることもできる。それぞれの治療室10,11には、患者が配置される治療台12が設けられている。なお、治療室10,11には、患者に対する粒子線ビームの照射方向を変更可能な回転ガントリ13を設けることもできる。
また、粒子線治療システム1は、加速器3から延び、加速器3で加速された荷電粒子を輸送する共通ビーム輸送ライン7と、複数の治療室10のそれぞれに対応して設けられ、荷電粒子を共通ビーム輸送ライン7から治療室10まで輸送する個別ビーム輸送ライン8とを備える。なお、増設用の治療室11に対応する個別ビーム輸送ライン9も設けられる。
個別ビーム輸送ライン8,9は、共通ビーム輸送ライン7から分岐され、対応するそれぞれの治療室10,11まで延びている。加速器3で加速された粒子線ビームは、共通ビーム輸送ライン7から個別ビーム輸送ライン8,9に分岐され、それぞれが対応する治療室10,11に導かれる。なお、図示は省略するが、治療室10,11には、粒子線ビームを患者の患部に向けて照射させるための照射装置が設けられている。
本実施形態のそれぞれの個別ビーム輸送ライン8,9は、水平ビームコースと垂直ビームコースと斜めビームコースとガントリ室ビームコースとの少なくともいずれかのビームコースを形成する。
水平ビームコースは、患者に対して水平方向から粒子線ビームを照射するビームコースである。垂直ビームコースは、患者に対して垂直方向から粒子線ビームを照射するビームコースである。斜めビームコースは、患者に対して斜め方向から粒子線ビームを照射するビームコースである。ガントリ室ビームコースは、回転ガントリ13が用いられるビームコースである。
まず、荷電粒子源2で生成された荷電粒子は、加速器3に入射される。この荷電粒子は、加速器3を約百万回周回する間に光速の約70%まで加速され、粒子線ビームとなる。そして、この粒子線ビームが共通ビーム輸送ライン7および個別ビーム輸送ライン8,9を介して治療室10,11まで導かれる。
荷電粒子として炭素イオンを用いた場合において、粒子線ビームは、患者の体内を通過する際に運動エネルギーを失って速度が低下するとともに、速度の二乗にほぼ反比例する抵抗を受け、ある一定の速度まで低下すると急激に停止する。そして、粒子線ビームの停止点近傍では、ブラッグピークと呼ばれる高エネルギーが放出される。粒子線治療システム1は、このブラッグピークを患者の病巣組織(患部)の位置に合わせることにより、正常組織のダメージを抑えつつ、病巣組織のみを死滅させることができる。
なお、一般に、複数の治療室10,11で同時に治療を行うことはない。例えば、加速器3で生成された粒子線ビームは、複数の治療室10,11のうちのいずれか1つの治療室10,11に導かれるように制御される。そして、1つの治療室10,11で治療が行われているときに、他の治療室10,11では、次回の治療の準備などの作業が行われる。
加速器3、共通ビーム輸送ライン7および個別ビーム輸送ライン8,9は、内部が真空にされる真空ダクト(ビームパイプ)を有する。これらの真空ダクトの内部を粒子線ビームが進行する。加速器3、共通ビーム輸送ライン7および個別ビーム輸送ライン8,9が有する真空ダクトが一体となり、粒子線ビームを治療室10,11まで導く輸送経路を形成する。つまり、真空ダクトは、粒子線ビームを通過させるのに充分な真空度を有する密閉された連続空間である。
なお、図示は省略するが、入射器4は、低エネルギービーム輸送系(LEBT系)と、高周波四重極型線形加速器(RFQ)と、ドリフトチューブ型線形加速器を備える。そして、入射器4は、加速器3において加速可能なエネルギーレベルまで荷電粒子を加速する。加速器3は、磁場と加速電場の周波数を制御することで荷電粒子を加速する高周波加速空洞を備える。
本実施形態の共通ビーム輸送ライン7は、粒子線ビームを制御する複数の電磁石14を備える。さらに、個別ビーム輸送ライン8,9は、粒子線ビームを制御する複数の電磁石で1つのユニットを構成する電磁石群15,16を備える。
図2に示すように、個別ビーム輸送ライン8,9は、複数個の電磁石17で1ユニットを構成する電磁石群15,16を備える。これらの電磁石群15,16は、複数の個別ビーム輸送ライン8,9のそれぞれに対応して設けられ、荷電粒子を共通ビーム輸送ライン7から個別ビーム輸送ライン8,9に導く磁場を発生させる。
図1に示すように、共通ビーム輸送ライン7および個別ビーム輸送ライン8,9のそれぞれの電磁石群15,16は、真空ダクトの屈曲部または分岐部の外周を囲むように配置される。これらの電磁石群15,16に用いられる電磁石17には、様々な種類のものが用いられる。例えば、粒子線ビームの収束および発散を制御するための四極電磁石と、粒子線ビームの進行方向の変更に用いられる偏向電磁石とが用いられる。
本実施形態の粒子線治療システム1は、複数の電磁石群15,16のそれぞれに対して電力を供給する電源18と、電源18の制御を行うとともに電磁石群の制御を行う照射制御部19とを備える。
図1に示すように、粒子線治療システム1は、所定の建屋20を備える。この建屋20の内部には、加速器3と共通ビーム輸送ライン7と個別ビーム輸送ライン8,9と治療室10,11とを収容する加速器室21が設けられる。さらに、電源18を収容する電源室22が設けられる。また、診察室23、スタッフ室24、廊下26なども設けられる。
さらに、治療室10と廊下26との間には、前室25が設けられる。前室25は、治療室10の一部を構成するものでも良い。なお、前室25は、位置決め室とも呼ばれ、治療台12などの機器の操作を行う操作盤などが設けられる。患者の位置決めを行う際には、操作盤の操作を行う技師が前室25に配置される。
なお、電源18は、例えば、キュービクルなどの配電盤である。配電盤では、発電所から変電所を通して送られる高電圧の電気を降圧させる受電設備が金属製の箱体に収容されている。
建屋20は、鉄筋コンクリートなどで形成された堅牢な建築物である。図1では、加速器3と共通ビーム輸送ライン7と個別ビーム輸送ライン8,9と治療室10,11とが、同一階層に設置される建屋20を例示している。
また、電源18から電磁石群15,16までは、所定のケーブル27,28,29を介して電力が供給される。なお、理解を助けるために、個別ビーム輸送ライン8,9の電磁石群15,16に対して電力を供給するケーブル27,28,29のみを図示し、加速器3の電磁石5,6と、共通ビーム輸送ライン7の電磁石14とのそれぞれに対して電源18から電力を供給するケーブルの図示を省略する。
本実施形態の粒子線治療システム1は、電力を電源18から加速器室21の内部まで導く基幹ケーブル27と、電力を基幹ケーブル27から既設の電磁石群15,16まで導く供給ケーブル28,29と、基幹ケーブル27から供給ケーブル28,29が枝分れする特定部としての切替盤30を備える。
なお、既設の電磁石群15に接続される供給ケーブル28と、増設用の電磁石群16に接続される供給ケーブル29とが設けられている。これらが切替盤30に接続されている。
図1に示すように、電源18が電源室22の内部に設けられ、この電源室22から1本の基幹ケーブル27が加速器室21まで延びている。この基幹ケーブル27を通すために、電源室22と加速器室21とを区分ける遮蔽壁31には、1個の貫通孔32が設けられている。
加速器室21の内部の供給ケーブル28は、複数の電磁石群15のそれぞれに対応して設けられている。例えば、4つの個別ビーム輸送ライン8がある場合には、それぞれに対応して4つの供給ケーブル28が設けられる。そして、供給ケーブル28の上流側の端部が切替盤30に接続される。
本実施形態では、1本の基幹ケーブル27から複数本の供給ケーブル28,29が枝分れする電力供給系統33が形成されている(図2参照)。そして、切替盤30は、基端の電源18から末端の複数の電磁石群15,16まで枝分れする電力供給系統33の最初の分岐部となっている。このようにすれば、粒子線治療システム1の建設時またはメンテナンス時に切替盤30下流側の供給ケーブル28,29の配線作業を効率的に行うことができる。
切替盤30は、加速器室21の内部に設けられている。つまり、切替盤30は、電磁石群15,16の近傍に設けられている。なお、近傍とは、電源18よりも近い位置を示す。
切替盤30は、照射制御部19により制御され、電力の供給先となる電磁石群15,16の切り替えを行う。照射制御部19と切替盤30とは制御信号線34で接続されている。
照射制御部19は、粒子線ビームの照射を行う治療室10,11に対応する電磁石群15,16に電力が供給されるように、切替盤30の制御を行う。つまり、照射制御部19により励磁される電磁石群15,16の制御が行われる。
また、切替盤30は、放射線を遮蔽する遮蔽部材35で覆われている。この遮蔽部材35は、例えば、鉄または鉛などの部材で形成された箱状を成す。このようにすれば、切替盤30に対する放射線の照射が抑えられ、放射線による切替盤30に対する悪影響を抑制することができる。
粒子線治療システム1の建設時には、加速器室21の内部に作業者が入って所定の作業を行う。このときに、供給ケーブル28の着脱がし易い切替盤30が加速器室21の内部に配置されるため、供給ケーブル28の敷設作業を効率的に行うことができる。また、治療室11の増設作業も効率的に行うことができる。
加速器室21は、放射線管理区域となっている。建屋20の内部は、この放射線管理区域と、それ以外の通常区域(非管理区域)とに分けられる。放射線管理区域とは、人が放射線の不必要な被ばくを防ぐため、放射線量が一定以上ある場所を明確に区分けし、人の不必要な立ち入りを防止するために設けられる区域である。この放射線管理区域の設置は、法令により取り決められている。
荷電粒子源2、入射器4、加速器3の電磁石5,6、共通ビーム輸送ライン7の電磁石14、および個別ビーム輸送ライン8,9の電磁石群15,16は、運転中に放射線を放射する機器であるため、放射線管理区域に設けられている。
建屋20は、放射線管理区域である加速器室21を囲み、放射線を遮蔽する遮蔽構造部としての遮蔽壁31を備える。つまり、放射線管理区域は、その周囲が遮蔽壁31で仕切られている。また、通常区域は、放射線の遮蔽を想定していない通常壁36,37で仕切られている。
遮蔽壁31により放射線管理区域の外部に放射線が漏れないようになっている。この遮蔽壁31の厚さTは、1~2m以上となっている。なお、遮蔽壁31の内部に鉛または鉄などの金属板を設けた場合には、遮蔽壁31の厚さTが1m未満であっても良い。
また、放射線管理区域である加速器室21の天井部分は、コンクリートで形成した所定の厚みを有する遮蔽構造部としての遮蔽天井板で覆われる。なお、加速器室21の床部分は、コンクリートで形成した所定の厚みを有する遮蔽構造部としての遮蔽床で覆われる。
放射線は、主にビームの偏向部および停止部(消失部)で発生し、特にビーム偏向時に接線方向に向かって発生する。そのため、加速器3、共通ビーム輸送ライン7および個別ビーム輸送ライン8,9を水平に並べて配置する場合は、水平方向に対し充分な遮蔽能力を有する構造とすることが好ましい。例えば、遮蔽壁31は、天井板と比較して大きな遮蔽能力を持つ。
なお、建屋20の内部において、診察室23、スタッフ室24、廊下26などの施設は、通常区域に設けられている。通常区域から治療室10,11までの人の進入経路は、遮蔽壁31で形成され、かつ平面視で屈曲されたクランク状に形成されている。そのため、治療室10,11から通常区域に向かって放射線が漏れることがない。
また、電源18は、加速器室21の外部である電源室22に設けられているため、粒子線治療システム1が稼働中であっても、放射線の影響を受けることがない。そこで、作業者が電源18のメンテナンスを行い易くなっている。
粒子線治療システム1を建設するためには、多額の予算を必要とする。そのため、粒子線治療システム1を新設するときには、初期コストを抑えるため、治療室10などの設備の数を抑えておく。そして、運営を開始して数年後に経営が安定したところで増設工事を行い、設備の数を増やすようにする。本実施形態では、回転ガントリ13が配置される治療室11を増設するための場所が、加速器室21の内部に予め確保されている。
粒子線治療システム1の建設時には、最もコストが嵩む装置である回転ガントリ13の設置数を抑えて新設時のコストを低減させつつ、その後に回転ガントリ13を増設して稼働率を向上させることができる。
回転ガントリ13は、円筒形状を成す大型の装置である。この回転ガントリ13は、その円筒の中心軸が水平方向を向くように設置される。そして、この軸を中心として回転ガントリ13が回転可能となっている。なお、回転ガントリ13には、個別ビーム輸送ライン9から延長された真空ダクトおよび電磁石群が取り付けられる。回転ガントリ13において、真空ダクトは、まず、回転ガントリ13の中心軸に沿って導かれ、回転ガントリ13の円筒外周側へ向けて一旦延びた後に、再び回転ガントリ13の内周側に向けて延びる。
回転ガントリ13には、個別ビーム輸送ライン9により導かれた粒子線ビームを患者に向けて照射する照射部が設けられる。この粒子線ビームは、照射部からビーム進行方向に対して直交する2方向に走査可能となっている。なお、患者は、回転ガントリ13の内部に設けられた治療台に載置される。この治療台は、患者を載置した状態で移動可能となっている。この治療台の移動によって患者を粒子線ビームの照射位置に移動させて位置合わせを行うことができる。そのため、患者の病巣組織に最適な精度で粒子線ビームを照射することができる。
また、回転ガントリ13を回転させることで、患者を中心として照射部を回転させることができる。そして、患者の周囲のいずれの方向からも粒子線ビームを照射することができる。つまり、回転ガントリ13は、個別ビーム輸送ライン9により導かれた荷電粒子の患者に対する照射方向を変更可能な装置である。そのため、患者の負担を軽減しつつ、最適な方向から粒子線ビームを正確に患部に照射することができる。
なお、本実施形態では、回転ガントリ13を増設用の治療室11に設ける形態を例示しているが、その他の態様であっても良い。例えば、既設の治療室10をガントリ室ビームコースに対応させて回転ガントリ13を設けるようにしても良い。そして、増設用の治療室11は、他のビームコースに対応させても良い。
なお、治療室11が増設される場合には、この治療室11に対応する増設用の個別ビーム輸送ライン9と電磁石群16と供給ケーブル29が設けられる。そして、切替盤30は、増設用の供給ケーブル29が接続可能となっている。このようにすれば、治療室11を増設する際に、電力供給系統33の構築を含めた増設作業を効率的に行うことができる。
図2に示すように、切替盤30は、供給ケーブル28,29が接続可能な複数のコンタクタ38,39を備える。なお、コンタクタ38,39とは電磁開閉器とも称する。コンタクタ38,39には、供給ケーブル28,29が着脱される。これらのコンタクタ38,39によりそれぞれの供給ケーブル28,29に対する電力の供給のON・OFFが制御される。
本実施形態の切替盤30は、既設の供給ケーブル28に対応するコンタクタ38とともに未設の供給ケーブル29に対応するコンタクタ39を備える。つまり、治療室11の増設時に新たに追加される供給ケーブル29が接続されるコンタクタ39が予め設けられている。このようにすれば、治療室11を増設する際に、切替盤30を交換しないで済むようになるため、増設工事を効率的に行うことができる。また、既設の電源18を増設用の治療室11のために用いることができるため、新たな電源18の増設が不要になる。また、遮蔽壁31に新たに貫通孔32を増設することも不要になる。そのため、建屋20に対する改造も不要になる。
なお、本実施形態では、切替盤30が未設の供給ケーブル29に対応するコンタクタ39を備えるが、その他の態様であっても良い。例えば、切替盤30が既設の供給ケーブル28に対応するコンタクタ38を備えるようにし、治療室11の増設時に、新たに増設用のコンタクタ39を追加できるようにしても良い。
図1に示すように、切替盤30から複数の電磁石群15,16までの距離は、それぞれ異なっている。しかし、本実施形態の複数の供給ケーブル28,29は、切替盤30から電磁石群15,16までの長さが同じになるように調整される。例えば、全ての供給ケーブル28,29のうち最も長い供給ケーブル29の長さに合わせて他の供給ケーブル28の長さが設定される。本実施形態では、切替盤30から増設用の電磁石群16までの距離が最も長いため、増設用の供給ケーブル29が最も長くなっている。なお、切替盤30から電磁石群15までの距離に対して供給ケーブル28の全長が長い場合には、供給ケーブル28の一部を捲回した捲回部28aを形成し、その敷設距離を調整する。
全ての供給ケーブル28,29の長さを同じにすることで、それぞれの供給ケーブル28,29の電気抵抗が同じになる。そのため、それぞれの電磁石群15,16に対して供給される電力の制御を行い易くなる。つまり、電源18のゲイン調整作業が不要となる。
また、増設用の治療室11に対応する個別ビーム輸送ライン9の供給ケーブル29の長さを予め設定可能である。この増設用の供給ケーブル29を含めた全ての供給ケーブル28,29のうち最も長い供給ケーブル29の長さに合わせて他の供給ケーブル28の長さが設定される。このようにすれば、治療室11が増設されても、それぞれの供給ケーブル28,29の電気抵抗が同じになるため、それぞれの電磁石群16に対して供給する電力の制御を行い易くなる。
なお、基幹ケーブル27から複数の供給ケーブル28,29が枝分れしている。このようにすれば、基幹ケーブル27を通すために遮蔽壁31に形成する貫通孔32の数を低減させることができる。本実施形態では、基幹ケーブル27が1本であるため、遮蔽壁31に形成する貫通孔32も1つで済む。
従来、一般的な粒子線治療システムでは、電磁石群15と電源18とが一対を成し、独立した供給ケーブル28で互いに接続されていた。そのため、複数の治療室10を設ける場合には、遮蔽壁31に複数の貫通孔32を設ける必要がある。また、貫通孔32の増加は、放射線の遮蔽設計にも影響し、遮蔽計算結果に応じて壁厚を増す必要もある。これら建屋側作業の負担増加に伴い、工事の長期化が生じてしまう。
さらに、建屋20の限られたフロア面積において、複数の電源18の配置スペースを確保する必要がある。また、使用する供給ケーブル28の物量も、治療室10の増加に比例して多くなってしまう。さらに、治療室10の増加に伴い、供給ケーブル28が増加し、作業者のアクセスおよび機器の配置スペースに支障をきたす。さらに、敷設作業も増加してしまう。
本実施形態の粒子線治療システム1では、1つの電源18から複数の電磁石群15,16に電力を供給できるため、電源18の数を低減させることができる。さらに、電源18の配置必要なスペースも低減させることができる。また、特定部としての切替盤30が加速器室21の内部に設けられるため、供給ケーブル28,29の敷設作業を効率的に行うことができる。
また、粒子線治療システム1では、切替盤30を加速器室21の内部に設けられるため、供給ケーブル28の物量の低減、遮蔽壁31の貫通孔32の数を低減、治療室11の増設に伴う改修項目低減を実現できる。
ビーム光学計算技術の高度化により、異なる電磁石を同じ電流値で励磁させつつ、異なる治療室10,11に同じビーム性状のビームを輸送するような光学計算の最適化が実施できるようになった。粒子線治療システム1では、ビーム光学パラメータの最適化かつ共通化が実施された治療室10,11に対応して電磁石群15,16が配置される。これらの電磁石群15,16の近傍に切替盤30を配置することで、切替盤30から電磁石群15,16までの供給ケーブル28,29を短くし、その長さを均一に揃えることが容易となる。
粒子線治療システム1では、供給ケーブル28,29の長さが揃え易くなったことで、工期自体が短くなり、かつ電源室22のスペースを縮小することが可能となる。さらに、粒子線治療システム1のコストダウンにもつながる。また、放射線管理区域である加速器室21と通常区域の電源室22の間のケーブルの本数が劇的に少なくなり、それに伴い貫通孔32の数を減少させることができる。さらに、貫通孔32のサイズ自体も小さくすることが可能となる。これにより、放射線の遮蔽効果を向上させることができる。そのため、放射線発生源の近傍に貫通孔32を形成することができる。
粒子線治療システム1では、基幹ケーブル27および供給ケーブル28を配置するケーブルトレイを少なくすることもできる。さらに、建屋20に対する電磁石群15の配置の自由度も上げることが可能となる。このように、粒子線治療システム1は、普及機でありながらユーザー要望に応え易い装置設計が可能となる。さらに、供給ケーブル28の最適化により切り替え動作を円滑化することで、治療時間を短縮し患者への負担を軽減することができる。
また、それぞれの個別ビーム輸送ライン8,9は、水平ビームコースと垂直ビームコースと斜めビームコースとガントリ室ビームコースとの少なくともいずれかのビームコースを形成する。このようにすれば、様々な種類のビームコースに対応して個別ビーム輸送ライン8,9を設けられていても、基幹ケーブル27が共通して用いられるため、電力供給系統33の構築が行い易くなる。
本実施形態では、稼働中に加速器3と共通ビーム輸送ライン7と個別ビーム輸送ライン8,9とから放射線が漏れる箇所が予め特定される。そして、切替盤30は、放射線が漏れる箇所を避けて配置される。
このようにすれば、切替盤30を放射線から防護する構造を簡素化することができる。例えば、遮蔽部材35の厚さを薄くしたり、簡素化したりすることができる。なお、放射線が漏れる箇所はシミュレーションにより特定される。また、シミュレーションには、放射線の遮蔽計算の実施を含む。
また、稼働中に加速器3と共通ビーム輸送ライン7と個別ビーム輸送ライン8,9とから漏れる放射線に基づく線量の分布が予め特定される。そして、切替盤30は、線量が予め定められた閾値以下の箇所に配置される。
このようにすれば、切替盤30が配置可能な箇所の選択肢を増やせるようになり、切替盤30に対する放射線の照射が抑えられ、かつ電磁石群15,16に近接した位置に切替盤30を配置することができる。なお、線量の分布はシミュレーションにより取得される。また、閾値は、粒子線治療システム1の設計者が予め設定した値でも良いし、加速器室21の内部の線量の平均値であっても良い。そして、線量の低い箇所に切替盤30を設けるようにする。
このように、本実施形態では、切替盤30を遮蔽部材35で覆い、遮蔽計算の実施と合わせて、切替盤30が配置可能な低線量領域と特定し、電磁石群15,16の近傍となる最適な位置を設定する。
次に、粒子線治療システム1の設計方法について図3のフローチャートを用いて説明する。なお、前述の図1から図2を適宜参照する。
図3に示すように、まず、ステップS11において、設計者は、粒子線治療システム1の基本設計を行う。ここで、加速器室21の内部における加速器3と共通ビーム輸送ライン7と個別ビーム輸送ライン8,9との配置態様を決定する。なお、既設の治療室10とともに、増設用の治療室11を含めた設定を行う。さらに、ビーム光学計算に基づき、電源18を共通化させることが可能な電磁石群15,16を検討することも行う。
次のステップS12において、設計者は、稼働中に加速器3と共通ビーム輸送ライン7と個別ビーム輸送ライン8,9とから漏れる放射線に関するシミュレーションを行う。さらに、放射線が漏れる箇所を特定するとともに線量の分布を特定する。
次のステップS13において、設計者は、切替盤30の配置を、放射線が漏れる箇所を避けられる箇所に設定する。さらに、切替盤30の配置を、線量が予め定められた閾値以下の箇所に設定する。つまり、高線量領域を避けた位置に切替盤30の配置する設計を行う。加えて、切替盤30の遮蔽構造も検討し、放射線による影響を低減する設計を行う。
次のステップS14において、設計者は、仮に、切替盤30から複数の電磁石群15,16までの距離に対応してそれぞれの供給ケーブル28,29の長さを設定した場合に、これら増設用の供給ケーブル29を含めた全ての供給ケーブル28,29のうち最も長い供給ケーブル29の長さを特定する。
次のステップS15において、設計者は、前述の仮設定した場合に最も長い供給ケーブル29の長さに合わせて他の供給ケーブル28の長さを設定する。つまり、それぞれの供給ケーブル28,29の長さが同じになるように、供給ケーブル28,29の長さを決定する。
次のステップS16において、設計者は、粒子線治療システム1の最終設計を行う。ここでは、最終的な建屋20の設計、粒子線治療システム1の全体成立性の確認および最適化設計を行う。そして、本設計方法を終了する。
なお、本実施形態のフローチャートにおいて、各ステップが直列に実行される形態を例示しているが、必ずしも各ステップの前後関係が固定されるものでなく、一部のステップの前後関係が入れ替わっても良い。また、一部のステップが他のステップと並列に実行されても良い。
次に、変形例について説明する。図4は、変形例1の粒子線治療システム1Aを示す側面図である。この変形例1の粒子線治療システム1Aは、2階建ての建屋40を備える。建屋40の1階が加速器室21となっており、2階が電源室22となっている。
放射線管理区域である加速器室21は、遮蔽構造部としての遮蔽壁41で囲まれる。さらに、加速器室21の天井部分であって電源室22の床部分は、遮蔽構造部としての遮蔽床42で覆われる。なお、加速器室21の床部分も、遮蔽構造部としての遮蔽床43で覆われる。
通常区域である電源室22は、放射線の遮蔽を想定していない通常壁44で囲まれる。さらに、電源室22の天井部分も、放射線の遮蔽を想定していない天井板45となっている。
電源室22の内部には、電源18が設けられる。さらに、加速器室21の内部には、切替盤30と複数の電磁石群15が設けられる。また、加速器室21と電源室22とを仕切る遮蔽床42には、1個の貫通孔46が設けられている。この貫通孔46を介して電源室22から1本の基幹ケーブル47が加速器室21まで延びている。この基幹ケーブル47により電源18と切替盤30とが接続される。そして、切替盤30から複数本の供給ケーブル48が延びる。それぞれの供給ケーブル48は、対応する電磁石群15に接続される。
このように、加速器室21と電源室22を異なる階層に設けて、遮蔽床42に貫通孔46を設けるようしても良い。粒子線治療システム1Aの建設時に、階層の異なる加速器室21と電源室22と繋ぐ基幹ケーブル47の数を低減させることができるため、構築作業を効率的に行うことができる。
図5は、変形例2の粒子線治療システム1Bの電力供給系統49を示す構成図である。この変形例2では、遮蔽壁31を介して加速器室21と電源室22とが区分けられている。
電源室22の内部には、1つの電源18と照射制御部19が設けられている。加速器室21の内部には、8つの電磁石群50と2つの切替盤51と1つの分電盤52とが設けられている。
電源18は、1本の基幹ケーブル53を介して分電盤52に接続される。なお、基幹ケーブル53は、貫通孔32を介して電源18から加速器室の内部まで導かれている。そして、分電盤52から2本の第1供給ケーブル54が延び、それぞれが切替盤51に接続されている。さらに、1つの切替盤51から4本の第2供給ケーブル55が延び、それぞれが電磁石群50に接続されている。なお、変形例2の分電盤52は、切替盤としての機能を有していても良い。
この変形例2では、1つの電源18から複数の電磁石群50まで枝分れする電力供給系統49の最初の分岐部である分電盤52が特定部となっている。このようにすれば、第1供給ケーブル54および第2供給ケーブル55が加速器室21に配置されるため、配線作業を効率的に行うことができる。
なお、本実施形態では、被検体として人間である患者を例示しているが、その他の態様であっても良い。例えば、犬、猫などの動物を被検体とし、これらの動物に放射線治療を行う際に、粒子線治療システム1を用いても良い。
なお、本実施形態では、加速器3としてシンクロトロン加速器を例示しているが、その他の態様であっても良い。例えば、加速器3は、他の円形加速器または直線状の線形加速器であっても良い。
なお、本実施形態では、全ての供給ケーブル28,29の長さを同じにしているが、その他の態様であっても良い。例えば、それぞれの供給ケーブル28,29の長さが異なっていても良い。
なお、本実施形態では、増設用の供給ケーブル29が最も長くなっているため、この供給ケーブル29に合わせて、他の供給ケーブル28の長さが決定されているが、その他の態様であっても良い。例えば、複数の既設の供給ケーブル28のうち、いずれか1つの供給ケーブル28が最も長い場合には、この最も長い供給ケーブル28の長さに合わせて、他の既設の供給ケーブル28および増設用の供給ケーブル29の長さを決定しても良い。
以上説明した実施形態によれば、加速器室の内部に設けられ、基幹ケーブルから供給ケーブルが枝分れする特定部を備えることにより、電源からビーム輸送ラインの電磁石群までの電力供給系統の構築を効率的に行うことができる。
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更、組み合わせを行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。