1.概要
本実施形態に係る封孔処理剤は、レゾール型フェノール樹脂と、低級アルコール及びケトン類とからなる群から選択される少なくとも一種の溶剤と、を含有する。このため、本実施形態の封孔処理剤によれば、基材表面に溶射材料を溶射することで作製した溶射皮膜における開口気孔に、良好充填でき、これにより開口気孔を封孔することができる。そして、封孔処理された溶射皮膜、及びこの溶射皮膜を備える溶射加工品は、高い強度を有し、かつ高い耐腐食性を有しうる。
本実施形態の封孔処理剤が、樹脂材料を含有しながらも、溶射皮膜及び溶射加工品の強度を向上でき、かつ耐腐食性を向上できる理由は、正確には明らかにはなっていないが、次のような理由によると推察される。
封孔処理剤がレゾール型フェノール樹脂と、低級アルコール及びケトン類とからなる群から選択される少なくとも一種の溶剤とを含有することで、封孔処理剤中でレゾール型フェノール樹脂が均一に分散されやすく、そのため封孔処理剤の適度な粘度を確保することができる。これにより、封孔処理剤の成形性を高めることができるため、封孔処理剤は、樹脂成分であるレゾール型フェノール樹脂を含有していても、溶射皮膜における開口気孔の内部(例えば基材と溶射皮膜との界面に近い部分等)まで到達しやすく、その結果、溶射皮膜における開口気孔に充填されやすくなるため、と考えられる。また、封孔処理剤は、レゾール型フェノール樹脂を含有するため、溶射皮膜における開口気孔に充填してから、加熱することで硬化させることができ、溶射皮膜の封孔性が維持されうる。これにより、溶射皮膜の耐腐食性を向上することに寄与できる、と考えられる。
さらに、本実施形態の封孔処理剤により、溶射皮膜における開口気孔を封孔した溶射加工品は、炭化処理されることが好ましく、炭化処理を施すと、耐腐食性の更なる向上が実現可能である。溶射加工品の好ましい形態については、後述する。
なお、本開示において、「封孔処理」は、溶射皮膜における開口気孔を封孔処理剤で充填する処理を含む。「開口気孔」とは、例えば溶射材料から作製される溶射皮膜内に形成されうる孔(空隙)であり、「孔(空隙)」には、単に窪みによる孔だけでなく、溶射皮膜内における溶射材料粒子間の亀裂(例えば筋状の隙間)も含まれる。
2.詳細
2.1.封孔処理剤
本実施形態の封孔処理剤は、樹脂成分を含んでいる。具体的には、封孔処理剤は、上述のとおり、レゾール型フェノール樹脂と、低級アルコール及びケトン類とからなる群から選択される少なくとも一種の溶剤とを含有する。したがって、封孔処理剤は、樹脂成分としてレゾール型フェノール樹脂を含有している。
レゾール型フェノール樹脂は、フェノールとホルムアルデヒドとを反応させることにより得られる生成物である。レゾール型フェノール樹脂は、例えば下記式(1)に示す骨格を有しうる。
なお、式(1)中において、メチロール基(-CH2OH)は芳香環に対し少なくとも一つ結合しているが、これに限定されない。
具体的には、レゾール型フェノール樹脂は、フェノールとホルムアルデヒドとを、反応させることにより得られる生成物であることが好ましく、フェノールとホルムアルデヒドとのモル比は、1:1~1:3の範囲内であることが好ましい。この場合、溶射皮膜2における開口気孔4に封孔処理剤3が更に良好に充填されやすい。これにより、溶射加工品5の耐腐食性を特に向上させることができる。また、レゾール型フェノール樹脂は、フェノールとホルムアルデヒドとを、塩基触媒存在下で反応させることにより得られる生成物であることが好ましい。塩基触媒は、例えば水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、アルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア及び第三アミンからなる群から選択される少なくとも一種の成分であってよい。
なお、レゾール型フェノール樹脂は、前記の製法に限られず、例えば酸触媒下で合成されたものであってもよい。また、レゾール型フェノール樹脂を作製するための原料は、ホルムアルデヒド及びフェノールには限られず、例えばフェノールは、適宜の置換基とフェノール骨格とを有するフェノール化合物であってもよく、そのためレゾール型フェノール樹脂は、適宜の置換基を有していてもよい。ただし、レゾール型フェノール樹脂と、下記式(2)に示す骨格を有しうるノボラック型フェノール樹脂とは区別される。
レゾール型フェノール樹脂の重量平均分子量は、250以上1000以下の範囲内であれば好ましい。この場合、溶射加工品5の耐腐食性を更に向上させることができる。レゾール型フェノール樹脂の重量平均分子量は、250以上800以下の範囲内であればより好ましく、250以上600以下であれば更に好ましい。なお、重量平均分子量は、例えば(Mw)は、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィ(GPC)による分子量測定結果から算出可能である。ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィによる分子量測定における条件は適宜調整可能である。
封孔処理剤は、樹脂成分として、レゾール型フェノール樹脂以外の樹脂を含有してもよい。レゾール型フェノール樹脂以外の樹脂としては、例えば適宜の熱硬化性の成分を挙げることができる。もちろん、封孔処理剤は、樹脂成分として上記式(2)で示される骨格を有するノボラック型フェノール樹脂を含有してもよい。
封孔処理剤は、低級アルコール及びケトン類とからなる群から選択される少なくとも一種の溶剤を含有する。
低級アルコールは、封孔処理剤中で、レゾール型フェノール樹脂の溶質を溶解しうる機能を有する。低級アルコールは、例えばエタノール、1-プロパノール、イソプロピルアルコール(2-プロパノール)、ブタノールなどからなる群から少なくとも一種のアルコール系溶剤を含む。低級アルコールは、特にメタノールを含有することが好ましい。この場合、封孔処理剤中で、メタノールは、上記のレゾール型フェノール樹脂と相溶しやすく、それにより封孔処理剤の均一性がより向上しうる。このため、封孔処理剤は、粘度を低く維持することができ、溶射皮膜における開口気孔に封孔処理剤を充填しやすい。
ケトン類も低級アルコールと同様に、封孔処理剤中で、レゾール型フェノール樹脂の溶質を溶解しうる機能を有する。ケトン類は、例えばメチルエチルケトン(2-ブタノン)、アセトン、メチルイソブチルケトン等を挙げることができる。
封孔処理剤は、溶射材料から作製される溶射皮膜に塗布等により封孔処理される前は、25℃において液状である。封孔処理剤の25℃における粘度は、例えば50mPa・s以下であることが好ましい。なお、封孔処理剤の25℃における粘度は、例えばビスコテック株式会社製のデジタル回転式粘度計(型番ビスコベーシック+H)で測定できる。封孔処理剤の25℃における粘度は、35mPa・s以下であればより好ましく、25mPa・s以下であれば更に好ましく、15mPa・s以下であれば特に好ましい。
本実施形態の封孔処理剤において、低級アルコールは、水系溶媒として働きうる。なお、本開示における「水系溶媒」とは、水と親和性を有する溶媒を意味する。例えば、封孔処理剤がメタノールを含有する場合、メタノールが水系溶媒として働くため、これにより、封孔処理等の工程を含む溶射加工品を作製するにあたって、作業者の作業環境の悪化を低減することができる。具体的には、封孔処理工程において、加熱処理時の溶剤の揮発、アウトガスの発生等を低減できる。なお、封孔処理剤は、低級アルコール及びケトン類以外の溶剤を含有してもよい。
封孔処理剤における、レゾール型フェノール樹脂と低級アルコール及びケトン類とからなる群から選択される少なくとも一種の溶剤との質量比(レゾール型フェノール樹脂/溶剤)は、1/3以上3/1以下の範囲内であることが好ましい。この場合、溶射皮膜2における開口気孔4に封孔処理剤3が更に良好に充填されやすい。これにより、溶射加工品5の耐腐食性を更に向上させることができる。低級アルコール及びケトン類とからなる群から選択される少なくとも一種の溶剤との質量比(レゾール型フェノール樹脂/溶剤)の上限は、2/1以下であればより好ましく、1/1以下であれば更に好ましい。
封孔処理剤がメタノールを含有する場合、レゾール型フェノール樹脂とメタノールとの質量比(レゾール型フェノール樹脂/メタノール)は、1/3以上3/1以下の範囲内であることが好ましく、1/3以上2/1以下の範囲内であることがより好ましく、1/3以上1/1以下の範囲内であれば更に好ましい。
封孔処理剤は、本開示の効果を阻害しない限りにおいて、上記で説明した樹脂成分及び溶剤以外の適宜の添加剤を含有してもよい。封孔処理剤が含有しうる添加剤の例は、無機材料、着色剤、表面調整剤、消泡剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、及び粘度調整剤等を挙げることができる。
2.2.溶射加工品
本実施形態に係る溶射加工品5は、基材1と、基材1上に形成された溶射皮膜2と、を備える。溶射皮膜2は、上記で説明した封孔処理剤3で封孔処理されている。このため、溶射加工品5は、高い強度と高い耐腐食性を有する。
本開示では、基材1を溶射材料20で被覆することで作製され、基材1上に溶射皮膜2を備える材料を溶射皮膜材10ともいう。また、溶射皮膜2は、開口気孔4を有している。開口気孔4は、例えば基材1に溶射した溶射皮膜2を備える溶射皮膜材10を切断した切断面を、光学顕微鏡で観察することにより確認できる。また溶射皮膜2が封孔処理剤3で封孔処理されていることも、同様にして確認可能である。
なお、溶射皮膜材10は、溶射加工品5に含まれうるが、本実施形態では、溶射皮膜2(又は溶射皮膜材10)における開口気孔4が封孔処理剤3で封孔処理されたものが溶射加工品5である。すなわち、封孔処理されていない溶射皮膜材10は、本実施形態の溶射加工品5とは区別され、溶射皮膜材10は、溶射皮膜2を封孔処理剤3による封孔処理を施す前の状態の材料をいう。以下の説明では、溶射皮膜2に対して封孔処理が施された処理後の溶射皮膜2を、処理後皮膜201ということもある。言い換えれば、処理後皮膜201は、溶射皮膜2と、封孔処理剤3とを備えている。
以下、本実施形態の溶射加工品5について、図1A,B及び図2A,Bを参照して、より詳細に説明する。
基材1は、溶射材料20が溶射される母材である。基材1は、被溶射皮膜材ともいう。以下、基材1において、溶射材料20が被覆される面を素地(被溶射面)ともいう。
基材1の材質は、特に制限されないが、基材1は、例えば金属製、合金製、鉄鋼製(炭素鋼を含む)、及びセラミック製からなる群から選択される少なくとも一種の材料であってよい。基材1の具体的な例としては、例えば炭素鋼板、及びステンレス鋼板等を挙げることができる。
基材1の形状は、特に制限されず、溶射加工品5の用途に応じて適宜設定すればよいが、例えば平板状である。
溶射皮膜2は、溶射材料20を溶射することで作製される。例えば、溶射皮膜2は、基材1における素地に、粒子状の溶射材料20、又は加熱溶融させた溶射材料20等を溶射することで作製される。
溶射皮膜2は、開口気孔4を有する。図1Aでは、溶射皮膜2は、孔状の空隙の開口気孔4(以下、孔41ともいう)と、筋状の隙間の開孔気孔4(以下、亀裂42ともいう)とを有している。そして、溶射皮膜20における孔41及び亀裂42に封孔処理剤3が充填されている。開口気孔4の寸法は、特に制限されない。
溶射皮膜2の形状は、膜状又は層状には限らず、図1A及び図1Bに示すように、複数の粒子状の溶射材料20が重なって形成された石積み状の形状であってもよい。なお、図1A及び図1Bは、溶射加工品5の断面を模式的に示したものであって、開口気孔4の存在を示すために誇張して表現されているが、粒子状の溶射材料20の形状及び寸法、並びに開口気孔4の形状及び寸法等を制限する意図ではない。また、図1A及び図1Bにおける溶射皮膜2における複数の粒子状の溶射材料20間の境界は、一例として示したものであり、溶射皮膜2は、基材1の素地を覆うように形成されていればよい。
図1A及び図1Bでは、溶射加工品5における溶射皮膜2は、1層で作製されているが、溶射加工品5における溶射皮膜2は、複数有していてもよい。例えば、図2A及び図2Bに示すように、溶射加工品5は、基材1と、基材1上に重なる第一の溶射皮膜21と、第一の溶射皮膜21に重なる第二の溶射皮膜22と、溶射皮膜2(第一の溶射皮膜21及び第二の溶射皮膜22)の開口気孔4を封孔する封孔処理剤3とを備えてもよい。図2A及び図2Bにおいても粒子状の溶射材料20の形状及び寸法、並びに開口気孔4の形状及び寸法等を制限する意図ではないことは、既に説明した図1A及び図1Bと同様である。
第一の溶射皮膜21及び第二の溶射皮膜22は、いずれも溶射材料20から作製することができるが、第一の溶射皮膜21を作製する溶射材料211(第一の溶射材料211ともいう)と、第二の溶射皮膜22を作製する溶射材料221(第二の溶射材料221ともいう)とは同じであってもよく、異なってもよい。
溶射材料20は、例えば金属、セラミック、及びサーメットからなる群から選択される少なくとも一種の材料であってよい。具体的には、金属としては、例えばアルミニウム、ニッケル、コバルト、モリブデン、銅、クロム、タングステンからなる群から選択される少なくとも一種を挙げることができ、又はアルミニウム合金、銅-ニッケル合金、などといった複数金属の合金であってもよい。セラミックとしては、アルミナ(酸化アルミ)、チタニア(酸化チタン)、クロミア(酸化クロム)、イットリア(酸化イットリウム)、及びジルコニア(酸化ジルコニウム)からなる群から選択される少なくとも一種を挙げることができる。サーメットとしては、例えば炭化タングステンサーメット、炭化クロムサーメット、ホウ化物サーメット、アルミナ-ニッケルアルミニウムサーメット、及びジルコニア-ニッケルクロムサーメットからなる群から選択される少なくとも一種を挙げることができる。また、溶射材料20は、前記に限られず複数金属を含む複合酸化物等であってもよい。
溶射材料20は、特に炭化タングステンサーメットを含むことが好ましい。この場合、溶射加工品5の耐腐食性の向上に特に良好に寄与することができる。炭化タングステンサーメットとは、炭化タングステンに、コバルト、ニッケル、クロム、又はイットリア(酸化イットリウム)からなる群から選択される少なくとも一種を含有する焼結材料である。なお、炭化クロムサーメットとは、炭化クロムにニッケル,クロム,アルミニウム又はイットリウムからなる群から選択される少なくとも一種を含有する焼結材料である。
溶射材料20は、ステライト(登録商標)を含んでもよい。ステライトとは、コバルトを主成分とし約30%のCr(クロム)、4~15%のタングステン等からなる合金である。
溶射材料20の形状は、適宜の形状であってよく、例えば棒状、線状、粉末状、粒子状、又は溶融状液体であってよい。
溶射皮膜2は、炭化タングステン、クロム、ニッケル、モリブデン、及びコバルトからなる群より選ばれた少なくとも1種を含むことが好ましい。この場合、溶射加工品5の耐腐食性の向上に更に良好に寄与することができる。
溶射皮膜2の膜厚は、50μm以上500μm以下であることが好ましい。溶射皮膜2の膜厚が50μm以上であれば、溶射皮膜を均一に形成しやすく、かつ基材との密着性に優れる。また、膜厚が500μm以下であれば、剥離しにくくすることができ、溶射皮膜2の熱膨張を生じにくくできる。また、この範囲内であれば、溶射加工品5の製造コストを低減しやすい。
封孔処理剤3は、上記で説明したとおり、レゾール型フェノール樹脂と、メタノールとを含有する。溶射加工品5における処理後皮膜201が、溶射皮膜2と封孔処理剤3とから作製可能である。
処理後皮膜201における封孔処理剤3は、加熱により硬化されていることが好ましい。すなわち、溶射加工品5において、溶射皮膜2の開口気孔4内に、封孔処理剤3の樹脂成分の硬化物が含まれていることが好ましい。さらに言い換えれば、溶射加工品5は、封孔処理剤3における樹脂成分の硬化物を含有することが好ましい。この場合、溶射加工品5の溶射皮膜2における開口気孔4に封孔処理剤3の樹脂成分が良好に充填された状態を維持できる。これにより、溶射加工品5は耐腐食性を更に向上しうる。なお、本実施形態では、封孔処理剤3に硬化処理を施した溶射皮膜2を、硬化処理後皮膜(不図示)ということもある。
処理後皮膜201における封孔処理剤3は、加熱により炭化されていることも好ましい。すなわち、溶射加工品5において、溶射皮膜2の開口気孔4内に、封孔処理剤3の炭化物が含まれていることが好ましい。さらに言い換えれば、処理後皮膜201は、封孔処理剤3中の樹脂成分を炭化させた炭化物を含有することが好ましい。この場合、封孔処理剤3の樹脂成分の炭化物が溶射皮膜2中の成分と結合しやすくなる。これにより、溶射加工品5の強度を更に向上でき、その結果、溶射加工品5は特に高い耐腐食性を有しうる。
本実施形態では、溶射皮膜2が、溶射加工品5の耐腐食性及び強度をより向上させることができる。この理由は明確には明らかにはされていないが、次のような理由によると考えられる。
封孔処理剤3を備えない溶射皮膜材10は、例えば600~700℃程度に加熱されると、溶射皮膜2の表面が空気中の酸素と結合することにより、亀裂等の溶射皮膜の内部が酸化物(金属酸化物を含む)で塞がることで、防腐食性を高めることはできるが、長期耐食性までは向上させることは難しい。
しかしながら、本実施形態の封孔処理剤3を備える溶射加工品5では、充填された封孔処理剤3の樹脂成分が開口気孔4の孔41及び亀裂42に入り込みやすく、更に樹脂成分が開口気孔4に入り込んだ状態で炭化されると、樹脂成分の一部が分解し、炭素原子が開口気孔内4に拡散されやすくなる。このため、開口気孔4中で炭化により拡散された炭素原子と溶射材料2との結合が強固になりやすく、これにより、溶射加工品5の強度が更に高められると考えられる。その結果、溶射加工品5は、高い強度を維持することができ、長期に亘る耐腐食性を向上できる、と考えられる。
封孔処理剤3の炭化物は、上記の硬化物を作製した後、硬化物を更に加熱することで作製されてもよい。
このように、封孔処理剤3は、既に説明したとおり、溶射皮膜2における開口気孔4を封孔するために用いることができる。
封孔処理剤3を塗布することで形成される膜(封孔処理膜ともいう)の形態であってもよい。封孔処理膜が形成される場合、封孔処理剤3が溶射皮膜2における開口気孔4に充填され、かつ溶射皮膜2の表面を覆うように封孔処理膜が形成されていてもよい。封孔処理膜の厚さは、例えば1μm以上であってよいが、封孔処理の条件(例えば炭化処理の温度など)に応じて、適宜調整可能である。
溶射加工品5は、本開示の効果を阻害しない限りにおいて、上記で説明した構成以外の構成を備えてもよい。図1A,B及び図2A,Bでは、溶射加工品5は、基材1に溶射皮膜2が重なって形成されているが、これに限られず、例えば基材1と溶射皮膜2との間に、基材1の防食効果の更なる向上を指向して、下地皮膜(不図示)を備えていてもよい。また、溶射加工品5は、基材1と溶射皮膜2との間に合金層(不図示)を備えてもよい。
また、溶射材料20から作製された溶射皮膜2からなる複数の層を備える場合、例えば第一の溶射皮膜21と第二の溶射皮膜22とを備える場合、第一の溶射皮膜21と第二の溶射皮膜22との密着性を向上するために、アンダーコート層(不図示)を備えてもよい。なお、第一の溶射皮膜21が基材1と第二の溶射皮膜22との密着性を向上させるためのアンダーコート層として機能してもよい。
本実施形態の溶射加工品5は、次のようにして作製可能である。上記でした説明と重複する説明は、適宜省略する。
基材1と、溶射材料20と、封孔処理剤3とを用意し、基材1に溶射材料20を吹き付けて溶射皮膜2を形成してから、溶射皮膜2に上記で説明した封孔処理剤3で封孔処理を施す。これにより、基材1と、溶射皮膜2と、封孔処理剤3とを備える溶射加工品5が得られる。すなわち、本実施形態の溶射加工品5の製造方法は、溶射工程と、封孔処理工程とを含む。溶射工程は、基材1に溶射材料20を吹き付けて溶射皮膜2を形成する工程である。封孔処理工程は、溶射皮膜2に封孔処理剤3で封孔処理を施す工程である。このため、得られる溶射加工品5は、高い強度と高い耐腐食性とを有する。
溶射工程では、溶射材料20を基材1に吹き付けることで溶射皮膜2を形成する。具体的には、用意した基材1に、溶射材料20を適宜の溶射方法で溶射する。溶射の方法は、特に制限されず、溶射材料の形状、及び性質、並びに溶射加工品の目的に応じて適宜設定すればよい。溶射の方法は、例えばフレーム溶射、高速フレーム溶射、ガス溶射、プラズマ溶射、水プラズマ溶射、及びアーク溶射等といった適宜の方法であってよい。
なお、溶射加工品5を作製するにあたり、溶射工程の前に基材1に適宜の前処理を施してもよい。前処理としては、粗面処理、及びブラスト処理などといった基材1を素地調整するための処理が挙げられる。例えば、素地調整では、基材1表面に付着している油分(油脂)及び酸化物等を除去することができる。例えば、粗面処理では、基材1表面に不規則な凹凸を付すことができる。この場合、基材1と溶射皮膜2との密着性を向上できる。また、例えばブラスト処理では、基材1表面に金属粉等のブラスト材を吹き付けることで、基材1表面の酸化物及び黒皮等を除去することができる。この場合、基材1の素地を洗浄でき、かつ素地を粗面化することができる。
溶射皮膜材10における溶射皮膜2からなる複数の層を備える場合、例えば溶射皮膜2として、第一の溶射皮膜21と第二の溶射皮膜22とを備える場合、基材1上に第一の溶射材料211を溶射してから、第一の溶射皮膜21上に第二の溶射材料221を溶射すればよい。第一の溶射皮膜21を作製する溶射方法と、第二の溶射皮膜22を作製する溶射方法とは、互いに同じであってもよいし、異なっていてもよい。また、この場合において、第一の溶射皮膜21と、第二の溶射皮膜22との間には、アンダーコート層を作製するための材料を塗布してもよい。
封孔処理工程における封孔処理は、硬化処理と、炭化処理と、を含むことが好ましい。硬化処理は、溶射皮膜2の開口気孔4内で封孔処理剤3を硬化させて硬化物とする処理である。炭化処理は、硬化物の少なくとも一部を炭化させて炭化物とする処理である。
封孔処理は、具体的には、まず基材1上に溶射された溶射皮膜2における開口気孔4に、封孔処理剤3を塗工等をすることで充填する。封孔処理剤3の塗工法は、例えば、スプレー、刷毛等により塗布する方法等が挙げられる。また、封孔処理剤3を開口気孔4に充填するためには、封孔処理剤3の液浴内に、溶射皮膜材10を浸漬させる浸漬処理を施してもよい。浸漬処理の条件は、適宜調整すればよいが、例えば液浴の温度を10℃以上35℃以下とし、10分以上3時間以下とすることができる。なお、液浴の温度は、前記に限られない。
本実施形態では、封孔処理剤3が溶射皮膜2の開口気孔4の奥の方まで、すなわち溶射皮膜材10における基材1と溶射皮膜2との界面付近まで、良好に浸透しうるため、開口気孔4に良好に充填されうる。
続いて、溶射皮膜材10における溶射皮膜2の開口気孔4に封孔処理剤3を充填した材料を加熱することで硬化処理を施す。硬化処理では、加熱することで、封孔処理剤3を硬化させる。
具体的には、硬化処理は、例えば、まず加熱炉に、溶射皮膜2の開口気孔4に封孔処理剤3を充填した材料を入れ、加熱炉を昇温させる。加熱条件は、例えば昇温速度0.25℃/分~1.0℃/分の範囲内で、室温(約25℃)から250℃まで加熱することが好ましい。温度250℃まで昇温速度1.0℃/分以下の条件で加熱することで、封孔処理剤3における樹脂成分の硬化温度以下であるために、封孔処理剤3が溶液状態で維持されうる。さらに、250℃に到達後、30分以上120分以内の時間の間、250℃で保持することも好ましい。また、上記温度条件で、溶射皮膜材10を硬化処理させると、低級アルコール及びケトン類は、昇温の過程で比較的ゆっくりと蒸発しうる。そのため、溶射加工品5における封孔処理剤3内部にボイド等の気泡が生じにくくすることができる。
このように、硬化処理を行うことで、溶射皮膜2における開口気孔4が封孔処理剤3の硬化物で封孔される。なお、昇温速度は、封孔処理剤3に含まれうる溶剤等に応じて適宜調整可能である。また、加熱温度の上限は特に制限されず、例えば250℃以上であってもよい。なお、硬化処理の加熱温度の上限を制限するものではなく、硬化処理の加熱温度は、225℃以上300℃以下の範囲内であってよい。
250℃まで加熱して2時間保持してから、熱処理炉から溶射皮膜材を取り出し、放冷することで冷却する。なお、溶射皮膜材の冷却は、前記に限られず、例えば熱処理炉内で、約50℃以下になるまで冷却(炉冷)することにより行ってもよく、炉冷後に取り出してもよい。
これにより、基材1と、溶射皮膜2と、封孔処理剤3の硬化物とを備える溶射加工品5が得られる。
溶射加工品5は、基材1と、処理後皮膜201において、上記の封孔処理剤3の硬化物を備える材料(硬化処理後皮膜)とを、更に加熱処理を施してもよい。炭化処理は、基材1と硬化処理後皮膜とを、更に加熱をする。炭化処理では、硬化処理よりも高い温度で加熱される。
溶射皮膜材10は炭化処理をされると、溶射皮膜2中の金属成分等が酸化されうるため、溶射皮膜2における開口気孔4(例えば亀裂42)の一部を金属成分等の酸化物で封孔できうる。さらに、本実施形態では、硬化処理後皮膜材も炭化処理されるため、封止処理剤3の硬化物が炭化しうる。これにより、封孔処理剤3の樹脂成分の硬化物の一部が開口気孔4の内部で炭化し、封孔処理剤3の炭素原子が開口気孔4周りの溶射材料20中に、浸透したり、拡散しやすくなる。このため、溶射加工品は、より高い強度及び耐腐食性を有しうる。
炭化処理の加熱条件は、例えば加熱温度600℃以上であることが好ましい。この範囲内であると、封孔処理剤3中のフェノール樹脂の分解が促進され、分解された一部から生じた炭素原子(カーボン)が溶射皮膜2中に浸透し拡散することで、開口気孔4に入り込みやすい。このため、溶射加工品5の強度を更に向上させやすくなる。また、空気中の酸素、及びフェノール樹脂中の酸素と溶射材料2中の金属元素が反応することで酸化物を生成しうる。これにより、溶射材料2中の気孔や亀裂(開口気孔4)が少なくなり、溶射加工品5の耐腐食性が特に向上しうる。加熱温度625℃以上であることがより好ましく、650℃以上であることが更に好ましい。また、加熱時間は、1時間以上10時間以下であることが好ましい。この加熱条件の範囲内であれば、封孔処理剤3の硬化物を良好に炭化させることができる。そのため、高い強度及び耐腐食性を有する溶射加工品5が得られる。なお、炭化処理の加熱温度は前記に制限されず、基材1の種類、及び封孔処理剤3に含まれうる成分等に応じて適宜調整可能である。炭化処理での加熱温度は、例えば850℃以上であってもよい。850℃以上であっても、フェノール樹脂の分解が更に促進されやすいため、炭素原子(カーボン)が溶射皮膜中に更に拡散しやすい。また、溶射材料2中の金属元素とその周囲の酸素の反応が促進されやすくなり、酸化物をより生成しやすくできるため、溶射加工品5の耐腐食性をより向上させうる。炭化処理における加熱温度は、例えば、基材1の相変態温度未満の温度であってもよい。具体的には、例えば、基材1がステンレス鋼(例えばSUS)の場合には、1180℃以下であってよい。例えば、基材1が炭素鋼の場合には、900℃以下であってよい。なお、炭化処理における温度は、溶射加工品5における基材1の変形を生じない温度以下であることが好ましい。例えば炭化処理の加熱温度は、850℃以下であれば好ましく、800℃以下であればより好ましく、750℃以下であれば更に好ましい。この範囲内であれば、加工溶射品1の製造コストを低減することに寄与できる。
溶射加工品5は、封孔処理を施した後に、更に適宜の処理を施してもよい。
このように本実施形態の封孔処理剤3は、製紙工場、製鉄工場、化学工場等における大型装置及びこれら装置に用いる機器及び機械等における各種の材料、また航空機、船舶、車両といった乗物における材料として用いられる溶射皮膜材10に適用可能である。そして、本実施形態の溶射加工品5は、上記の各種装置の一部又は全部として適用できる。
以下、本開示の具体的な実施例を提示する。ただし、本開示は実施例のみに制限されない。
1.溶射加工品の作製
1.1.レゾール型フェノール樹脂の合成
ホルムアルデヒド3.0モル(過剰量)と、フェノール1.0モルと、塩基触媒0.02モルとを混合し、室温で撹拌しながら、温度を100℃になるまで加熱時間2時間の条件で加熱した。これにより、レゾール型フェノール樹脂を合成した。
なお、上記成分の詳細は、以下のとおりである。
・ホルムアルデヒド:ホルマリン 三菱ケミカル株式会社製ホルマリン
・フェノール:フェノール 三菱ケミカル株式会社製フェノール
・塩基触媒:アンモニア 三菱ケミカル株式会社製アンモニア水
1.2.封孔処理剤の調製
上記1.1で作製したレゾール型フェノール樹脂と、メタノールとを、レゾール型フェノール樹脂:メタノールの質量比が1:2になるように混合した。これにより、封孔処理剤を得た。
1.3.溶射加工品の作製
表1及び2に記載の、厚さ6mm、幅50mm、長さ50mmの被溶射材(基材)を脱脂洗浄することにより、被溶射材の素地に付着している油脂性の汚れを除去し、続いてブラスト処理を施し、素地面を更に洗浄した。
続いて、上記の被溶射材に、高速フレーム溶射により、表1及び2に記載の溶射材料を吹き付けることで溶射皮膜を形成した。これにより、基材と溶射皮膜とを備える溶射皮膜材を得た。
続いて、作製した溶射皮膜材の溶射皮膜のある面全体に、上記1.2.で調製した封孔処理剤を、刷毛により、室温で、3回塗布し、封孔処理剤が塗布された溶射皮膜材を、熱処理炉(電気炉)に入れた。熱処理炉を室温から250℃まで、7時間かけて昇温(昇温速度約0.5℃/分)しながら加熱し、加熱温度250℃に到達後、1時間保持することで、封孔処理剤における樹脂成分を硬化させた。2時間経過後、熱処理炉から溶射皮膜材を取出し、放冷することで室温まで冷却した。これにより、基材と、溶射皮膜と、封孔処理剤の硬化物とを備える溶射加工品(1)を得た。
さらに、得られた溶射加工品(1)を、加熱炉(熱処理炉)に入れ、室温から、表1及び2の「炭化温度」の欄に記載の温度まで昇温し、加熱時間2時間の条件で保持することで、封孔処理剤の硬化物を炭化させた。2時間経過後、熱処理炉から炭化処理した溶射皮膜材を取出し、放冷することで室温まで冷却した。これにより、基材と、溶射皮膜と、封孔処理剤の炭化物とを備える溶射加工品(2)を得た。なお、比較例1-2,1-3については、加熱による炭化処理を行っていない。
表1及び2に示す、上記の材料は以下のとおりである。実施例1-1~1-2、2-1、及び比較例1-1~1-2においては、被溶射材に炭素鋼板、溶射材料に溶射材料-1を用い、実施例1-3~1-6及び比較例1-3~1-5、2-1においては、被溶射材に炭素鋼板、第一溶射材料に溶射材料-2、第二溶射材料に溶射材料-3を用いた。
[溶射皮膜材]
(被溶射材)
・炭素鋼板:王子製鉄株式会社製([組成]C:0.11質量%、Si:0.21質量%、Mn:0.58質量%、P:0.016質量%、硫黄:0.023質量%、残部Fe)。
・SUS316L鋼板:[組成]C:0.008質量%、Si:0.22質量%、Mn:1.66質量%、P:0.34質量%、S:0.0012質量%、Ni:12.32質量%、Cr:16.76質量%、Mo:2.01質量%、残部Fe。ビッカース硬さ183HV(荷重条件0.3kg)
(溶射皮膜)
・溶射材料-1:フジミインコーポレーテッド株式会社製 品名 SURPREX W2007J ([組成]:C:7.3質量%、Cr:16.5質量%、Ni:7.1質量%、Fe:0.11質量%、残部W。粒度-45+15μm)。
・溶射材料-2:フジミインコーポレーテッド株式会社製 品名 DTS-B49-45/15([組成]:Co:25.9質量%、Cr:21.9質量%、W:1.7質量%、B:7.7質量%、Fe:0.18質量%、残部Mo。粒度-45+15μm)。
・溶射材料-3:KENNAMETAL INC製 品名 ステライト([組成]:C:1.2質量%、Cr:27.9質量%、Fe:1.5質量%、Mn:0.3質量%、Mo:0.2質量%、Ni:2.2質量%、Si:1.2質量%、W:4.9質量%、残部Co。)。
(封孔処理剤)
・樹脂1:上記1.で合成したレゾール型フェノール樹脂
(溶剤)
・溶剤:メタノール
2.評価試験
2.1.実施例1-1~1-6及び比較例1-1~1-5について
各実施例及び比較例について、次の評価試験を実施した。その結果を表1及び2に示す。
2.1.1.封孔処理前の溶射皮膜材の観察
1.3.で作製した溶射皮膜材の側面を切断し、その切断面を光学顕微鏡により観察した。溶射材料1から作製された溶射皮膜を備える溶射皮膜材には、全体にわたって直径が5~12μm以下の微細な孔が多数存在することが確認された。溶射材料2及び溶射材料3から作製された2つの溶射皮膜を備える溶射皮膜材には、全体にわたって直径が2~4μm以下の微細な孔が多数存在することがわかった。
2.1.2.ビッカース硬さ
上記1.3.で作製した溶射加工品(2)において、JIS Z2244:2009に準拠してビッカース硬さを測定した。荷重条件は、0.3kgである。その結果を、表1及び2に示した。
基材が炭素鋼板であり、溶射皮膜材に溶射材料-1を用いた実施例1-1~1-2と、比較例1-1~1-2とを対比すると、封孔処理剤による処理及び炭化処理をしていない比較例1-2比べて、封孔処理剤による処理及び炭化処理を施した実施例1-1では、硬度が約14%向上した。このため、封孔処理剤による処理と炭化処理とを施すと、強度を向上できるといえる。また、封孔処理剤による処理を施さず、炭化処理を施した比較例1-1と、実施例1-1とを対比すると、封孔処理剤による処理及び炭化処理を施した実施例1-1では、硬度が向上できることがわかった。このため、封孔処理剤により処理を施すことによって、また炭化温度を上昇させることによって、強度の向上ができることが示唆された。
また、溶射皮膜材料を変更した、実施例1-3~1-6と比較例1-3~1-5とを対比しても、同じ炭化温度で炭化処理を行うと、溶射皮膜に対して封孔処理を施していない比較例に比べ、封孔処理を施している実施例の方が高い強度が得られることが示唆された。
2.1.3.腐食性試験1(CASS(キャス)試験)
実施例1-1~1-6及び比較例1-1~1-5の各々の溶射加工品(2)に対し、CASS試験(CASS test:copper-acceleratedacetic acid salt spray test)を行ない、酢酸酸性の塩化ナトリウム水溶液に塩化銅(II)二水和物を添加した溶液を噴霧した雰囲気下における、溶射加工品の耐腐食性を評価した。
具体的には、噴霧用の水溶液として、水20Lを注いだ容器に、食塩1kgを加えて撹拌してから、塩化銅(II)を5.2g添加し、続いて、酢酸50mLを添加したものを調製した。
キャス試験装置(スガ試験機株式会社製 型番CASSER-ISO-3)の試験槽内に、溶射加工品を配置し、試験槽内の温度を50℃に保持しながら、キャス試験装置の噴霧ノズルから上記で調製した噴霧用の水溶液を噴霧開始した。
噴霧開始から1000時間までの間、噴霧を継続し、溶射加工品に赤錆(溶射皮膜の剥離を含む)等の発生の有無を観察した。その結果を、以下の基準で評価し、表1及び2に示した。なお、表1及び2中の「CASS試験(腐食性試験1)」欄に示す括弧内の時間は、赤錆等の発生が認められるまでの時間であり、「>1000時間」とは、噴霧時間が1000時間を超えても、赤錆等が認められなかったことを示している。
A:噴霧時間が700時間を超えても、錆を発生しなかった。
B:噴霧時間が500時間を超えても錆は発生しなかったが、700時間経過する前に、赤錆等が発生した。
C:噴霧時間が300時間を超えても錆は発生しなかったが、500時間経過する前に、赤錆等が発生した。
D:噴霧時間が100時間を超えても錆は発生しなかったが、300時間経過する前に、赤錆等が発生した。
E:噴霧時間が100時間経過する前に、赤錆等が発生した。
CASS試験において、実施例1-1~1-6は、比較例1-1~1-5に比べて、溶射皮膜に対し封孔処理剤による処理をすることで、耐腐食性が向上することがわかった。また、溶射材料の種類を変更しても、実施例1-3~1-6は、比較例1-3~1-5と対比して、溶射皮膜に対し封孔処理剤による処理をすることで耐腐食性に優れることがわかった。さらに、炭化処理の温度は高い方がより耐食性が向上できることが示唆された。
2.2.実施例2-1及び比較例2-1について
実施例2-1及び比較例2-1で作製した溶射加工品(1)又は溶射加工品(2)については、次の方法で試験を行ない、上記2.1.とは異なる方法で腐食性試験を行ない、評価した。なお、溶射加工品(1)又は溶射加工品(2)の製造方法は、上記で説明した1.1~1.3と同様である。比較例2-1では、炭化処理を行っていない。また、実施例2-1は、炭化処理を施した溶射加工品(2)について評価し、比較例2-1は炭化処理を施していない溶射加工品(1)について評価した。
2.2.1.腐食性試験2
650℃の溶融アルミニウム-亜鉛含有メッキ浴(Al:55質量%、Zn:44質量%、Si:1質量%)を用意し、試験片である溶射加工品を上記のメッキ浴に浸漬し、溶射加工品の腐食性(耐腐食性)を確認した。なお、表3には、溶射加工品の表面に何らかの皮膜が固着した時間(又は固着を生じなかった時間)を示した。
腐食性試験2では、基材を炭素鋼板、封孔処理剤による処理をすることで、メッキ浴中の金属(Al,Zn,Si等の異種金属)の固着を抑制することができ、すなわち異種金属を含有する腐食性試験よりも厳しい環境下においても耐腐食性を向上できることがわかった。さらに、炭化処理を施すことで、より耐食性を向上できることが確認された。これは、封孔処理剤を塗布することで、溶射皮膜中の開口気孔の奥(基材と溶射皮膜の界面付近)まで封孔処理剤が浸透して充填され、メッキ浴中の成分が浸入することを抑制できたためと考えられる。また、炭化処理を施すことで、溶射皮膜の開口気孔をより強固に封孔されたためと考えられる。
[まとめ]
以上から明らかなように、本開示の第1の態様の封孔処理剤は、レゾール型フェノール樹脂と、低級アルコール及びケトン類とからなる群から選択される少なくとも一種の溶剤と、を含有する。
第1の態様の封孔処理剤によれば、樹脂成分を含有していても、溶射皮膜(2)の強度を確保することができ、かつ溶射加工品(5)の耐腐食性を向上させることができる。
第2の態様の封孔処理剤は、第1の態様において、レゾール型フェノール樹脂と溶剤との質量比(レゾール型フェノール樹脂/溶剤)が、1/3以上3/1以下の範囲内である。
第2の態様によれば、溶射皮膜(2)における開口気孔(4)に封孔処理剤(3)がより良好に充填されやすい。
第3の態様の封孔処理剤は、第1又は第2の態様において、レゾール型フェノール樹脂が、フェノールとホルムアルデヒドとをモル比(フェノール/アルデヒド)が1/3以上1/1以下の範囲内となるように反応させた生成物である。
第3の態様によれば、溶射加工品(5)の耐腐食性を更に向上させることができる。
第4の態様の封孔処理剤は、第1から第3のいずれか1つの態様において、レゾール型フェノール樹脂の重量平均分子量は、250以上1000以下の範囲内である。
第4の態様によれば、溶射皮膜(2)における開口気孔(4)に封孔処理剤(3)が更に良好に充填されやすい。これにより、溶射加工品(5)の耐腐食性を特に向上させることができる。
第5の態様の溶射加工品(5)は、基材(1)と、基材(1)上に形成された溶射皮膜(2)と、を備える。溶射皮膜(2)は、第1から第4のいずれか1つの態様の封孔処理剤(3)で封孔処理されている。
第5の態様によれば、溶射加工品(5)は、高い強度と高い耐腐食性とを有する。
第6の態様の溶射加工品(5)は、第5の態様において、溶射皮膜(2)の開口気孔(4)内に封孔処理剤(3)の炭化物が含まれている。
第6の態様によれば、封孔処理剤(3)の樹脂成分の炭化物が溶射皮膜(2)中の成分と結合しやすくなる。これにより、溶射加工品(5)の強度を更に向上でき、その結果、溶射加工品(5)は特に高い耐腐食性を有しうる。
第7の態様の溶射加工品(5)は、第5又は第6の態様において、溶射皮膜(2)が、炭化タングステン、クロム、ニッケル、モリブデン、及びコバルトからなる群より選ばれた少なくとも1種を含む。
第7の態様によれば、溶射加工品(5)の耐腐食性の向上に更に良好に寄与することができる。
第8の態様の溶射加工品(5)は、第5から第7のいずれか1つの態様において、溶射皮膜(2)の膜厚が、50μm以上500μm以下の範囲内である。
第8の態様によれば、溶射皮膜の膜厚が50μm以上であれば、溶射皮膜(2)を均一に形成しやすく、かつ基材(1)との密着性に優れる。膜厚が500μm以下であれば、溶射皮膜(2)を剥離しにくくすることができ、溶射皮膜(2)の熱膨張を生じにくくできる。また、この範囲内であれば、溶射加工品(5)の製造コストを低減しやすい。
第9の態様の溶射加工品(5)の製造方法は、溶射工程と、封孔処理工程とを含む。溶射工程は、基材(1)に溶射材料(20)を吹き付けて溶射皮膜(2)を形成する工程である。封孔処理工程は、溶射皮膜(2)に第1から第4のいずれか1つの態様の封孔処理剤(3)で封孔処理を施す工程である。
第9の態様によれば、溶射加工品(5)は、より高い強度とより高い耐腐食性とを有する。
第10の態様の溶射加工品(5)の製造方法は、第9の態様において、封孔処理が、硬化処理と、炭化処理とを含む。硬化処理は、溶射皮膜(2)の開口気孔(4)内で封孔処理剤(3)を硬化させて硬化物とする。炭化処理は、硬化物の少なくとも一部を炭化させて炭化物とする。
第10の態様によれば、溶射加工品(5)は、より高い強度と特に高い耐腐食性とを有する。
第11の態様の溶射加工品(5)の製造方法は、第10の態様において、炭化処理工程における加熱温度が、600℃以上である。
第11の態様によれば、より優れた耐腐食性及び高い強度を有する加工溶射品(5)が得られる。
第12の態様の溶射加工品(5)の製造方法は、第9から第11のいずれか1つの態様において、溶射材料(20)が、炭化タングステンサーメットを含む。
第12の態様によれば、溶射加工品(5)の耐腐食性の向上に特に良好に寄与することができる。