<第1実施形態>
図1~図5を参照して、本発明の第1実施形態に係る電動パワーステアリング装置100について説明する。
図1は、電動パワーステアリング装置100の構成図である。図1に示すように、電動パワーステアリング装置100は、運転者によって操舵されるステアリング部材としてのステアリングホイール1に連結され、運転者によるステアリングホイール1の操舵(以下、「ステアリング操舵」と称する。)に伴って回転する入力シャフト2と、車輪6を転舵するラック軸5と、ラック軸5に連係する出力シャフト3と、入力シャフト2と出力シャフト3を連結するトーションバー4と、を備える。入力シャフト2、出力シャフト3、及びトーションバー4によってステアリングシャフト7が構成される。
出力シャフト3の下部には、ラック軸5に形成されたラックギヤ5aと噛み合うピニオンギヤ3aが形成される。ステアリングホイール1が操舵されると、ステアリングシャフト7が回転し、その回転がピニオンギヤ3a及びラックギヤ5aによってラック軸5の直線運動に変換され、ナックルアーム14を介して車輪6が転舵される。
電動パワーステアリング装置100は、運転者によるステアリングホイール1の操舵を補助するための動力源である電動モータ10と、電動モータ10の回転を出力シャフト3に減速して伝達する減速機11と、運転者によるステアリング操舵に伴う入力シャフト2と出力シャフト3との相対回転によってトーションバー4に作用する操舵トルクを検出するトルクセンサ12と、電動モータ10を制御するコントローラ30と、をさらに備える。
電動モータ10には、電動モータ10の回転角度を取得するモータ回転角センサ10aが設けられる。モータ回転角センサ10aは、レゾルバによって構成される。
減速機11は、電動モータ10の出力軸に連結されるウォームシャフト11aと、出力シャフト3に連結されウォームシャフト11aに噛み合うウォームホイール11bと、を有する。電動モータ10が出力するトルクは、ウォームシャフト11aからウォームホイール11bに伝達されて出力シャフト3に付与される。
トルクセンサ12は、ステアリングホイール1から入力される操舵トルクを検出するトルク検出部である。運転者によるステアリング操舵に伴って入力シャフト2に付与される操舵トルクはトルクセンサ12によって検出され、トルクセンサ12はその操舵トルクに対応する信号をコントローラ30に出力する。トルクセンサ12は、トーションバー4に付与される操舵トルクを入力シャフト2と出力シャフト3の相対回転に基づいて検出する。
トルクセンサ12は、入力シャフト2と出力シャフト3の相対回転がない場合には、操舵トルクとして0[Nm]を出力する。また、トーションバー4が右側にねじれている場合には+(正)の符号の操舵トルクを出力し、ステアリングホイール1が左側にねじれている場合には-(負)の符号の操舵トルクを出力する。
コントローラ30は、後述するように、トルクセンサ12からの検出結果に基づいて電動モータ10に対する制御電流値(目標電流値)を演算し、電動モータ10によって所定のトルクを発生させるように、電動モータ10の駆動を制御する。電動モータ10は、減速機11を介して、ステアリングシャフト7に回転トルクを付与する。このように、電動パワーステアリング装置100は、ステアリングホイール1から入力シャフト2に入力される操舵トルクをトルクセンサ12によって検出し、その検出結果に基づいてコントローラ30が電動モータ10を駆動することにより、運転者によるステアリングホイール1の操舵を補助する。
入力シャフト2には、ステアリングホイール1の回転角度である操舵角を検出する操舵角検出部としての操舵角センサ15が設けられる。入力シャフト2の回転角度とステアリングホイール1の操舵角とは等しい。このため、操舵角センサ15にて入力シャフト2の回転角度を検出することによって、ステアリングホイール1の操舵角が得られる。操舵角センサ15の検出結果はコントローラ30に出力される。
操舵角センサ15は、図示しないが、例えば、入力シャフト2と一体に回転するセンターギアと、センターギアに噛み合う2つのアウターギアと、を備え、2つのアウターギアの回転に伴う磁束の変化に基づいて、センターギアの回転角度、すなわち入力シャフト2の回転角度を演算するものである。
操舵角センサ15は、ステアリングホイール1が中立位置の場合には操舵角として0[°]を出力する。また、ステアリングホイール1が中立位置から右方向に操舵される場合には、ステアリングホイール1の回転に応じて+(正)の符号の操舵角を出力する。一方、ステアリングホイール1が中立位置から左方向に操舵される場合には、ステアリングホイール1の回転に応じて-(負)の符号の操舵角を出力する。
コントローラ30には、自車両の走行速度(以下、車速と記す)を検出する車速検出部としての車速センサ16の検出結果が入力される。
コントローラ30は、動作回路としてのCPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等の記憶部及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)、その他の周辺回路を備えたマイクロコンピュータで構成される。コントローラ30は、複数のマイクロコンピュータで構成することも可能である。なお、動作回路としては、CPUに代えてまたはCPUとともに、MPU(Micro Processing Unit)、DSP(Digital Signal Processor)、ASIC(application specific integrated circuit)、FPGA(Field Programmable Gate Array)などを用いることができる。
コントローラ30のCPUは、電動モータ10の動作を制御し、コントローラ30のROMには、CPUの処理動作に必要な制御プログラムや設定値等が記憶され、コントローラ30のRAMには、トルクセンサ12、操舵角センサ15、車速センサ16等の各種センサが検出した情報が一時的に記憶される。
図2及び図3を参照して、コントローラ30による電動モータ10の制御について説明する。図2は、電動パワーステアリング装置100のブロック図であり、図3は、静止摩擦補償電流演算部130の機能ブロック図である。
図2に示すように、コントローラ30は、トルクセンサ12で検出された操舵トルクTを時間微分して、ステアリングホイール1の操舵速度に関連する値である操舵トルクTの時間変化率Tv(以下、トルク変化率Tvとも記す)を演算する微分器111を備える。
また、コントローラ30は、トルクセンサ12で検出された操舵トルクT及び車速センサ16で検出された車速vに基づいてアシストベース電流値Iaを演算するアシストベース電流演算部121と、トルク変化率Tv、車速v及び電動モータ10の駆動を制御するための制御電流値Isumに基づいて、ステアリング系の静止摩擦を補償するための静止摩擦補償電流値Ifを演算する静止摩擦補償電流演算部130と、静止摩擦補償電流値If及びその他の各種電流値によってアシストベース電流値Iaを補正し、電動モータ10に対する制御電流値Isumを演算する制御電流演算部180と、電動モータ10の検出電流値が制御電流値Isumに一致するように、電動モータ10に供給する電流を制御することにより電動モータ10を制御するモータ制御部9と、を備える。その他の各種電流値としては、図示しないが、例えば、クーロン摩擦補償電流値、粘性摩擦補償電流値、慣性補償電流値、戻し電流値等がある。
静止摩擦補償電流値Ifは、例えば、次式で演算することができる。
If=If1+If2
If1=f1×Tv
If2=f2×a
If1は基準静止摩擦補償電流値であり、If2は補正静止摩擦補償電流値である。f1は車速vの増加に応じて増加する第1車速係数であり、f2は、車速vの増加に応じて増加する第2車速係数である。aは符号係数である。符号係数aは、トルク変化率Tvに基づいて、an,0(ゼロ),apのいずれかが設定される。anは、任意に定められる負の値であり、予めコントローラ30の記憶部に記憶されている。apは、任意に定められる正の値であり、予めコントローラ30の記憶部に記憶されている。基準静止摩擦補償電流値If1は、ステアリング系の静止摩擦に比例する線形成分を補償する項であり、本実施形態では、第1車速係数f1にトルク変化率Tvを乗じることにより求める。
電動モータ10の検出電流とステアリングシャフト7でのモータ出力トルクとの関係は、電動モータ10、減速機11の摩擦等の影響によって非線形になる。このため、本実施形態では、基準静止摩擦補償電流値If1に、非線形成分を補償するための補正静止摩擦補償電流値If2を加算する。補正静止摩擦補償電流値If2は、電動モータ10及び減速機11の非線形成分を補償する項であり、本実施形態では、第2車速係数f2に符号係数aを乗じることにより求める。
図3に示すように、静止摩擦補償電流演算部130は、基準静止摩擦補償電流演算部141と、補正静止摩擦補償電流演算部142と、加算部143と、ゲイン処理部145と、リミッタ149と、を有する。
基準静止摩擦補償電流演算部141は、第1車速係数f1及びトルク変化率Tvに基づいて、基準静止摩擦補償電流値If1を演算する。補正静止摩擦補償電流演算部142は、第1車速係数f1とは異なる第2車速係数f2、及びトルク変化率Tvによって設定される符号係数aに基づいて補正静止摩擦補償電流値If2を演算する。
基準静止摩擦補償電流演算部141は、第1車速係数f1を設定する第1車速係数設定部141aと、第1車速係数設定部141aで設定された第1車速係数f1に、微分器111で演算されたトルク変化率Tvを乗算して、基準静止摩擦補償電流値If1を演算する乗算部141bと、を備える。
補正静止摩擦補償電流演算部142は、第2車速係数f2を設定する第2車速係数設定部142aと、補正静止摩擦補償電流値If2の符号を設定するための符号係数aを設定する設定部である符号設定部142bと、第2車速係数設定部142aで設定された第2車速係数f2に符号設定部142bで設定された符号係数aを乗算して、補正静止摩擦補償電流値If2を演算する乗算部142cと、を備える。
第1車速係数f1及び第2車速係数f2は、車速センサ16で検出された車速vの増加に応じて増加する係数であり、コントローラ30の記憶部に記憶される第1車速特性Cv11及び第2車速特性Cv21に基づいて演算される。コントローラ30の記憶部には、第1車速特性Cv11及び第2車速特性Cv21がテーブル形式で記憶されている。
第1車速係数設定部141aは、第1車速特性Cv11を参照し、車速センサ16で検出された車速vに基づいて、第1車速係数f1を設定する。第2車速係数設定部142aは、第2車速特性Cv21を参照し、車速センサ16で検出された車速vに基づいて、第2車速係数f2を設定する。
符号設定部142bは、トルク変化率Tvに基づいて、第2車速係数f2に乗算する符号係数aを設定する。符号設定部142bは、トルク変化率Tvの絶対値|Tv|が予め定められた閾値T0未満である場合、符号係数aを「0(ゼロ)」に設定する。符号設定部142bは、トルク変化率Tvが予め定められた閾値(+T0)以上である場合、符号係数aを「ap(>0)」に設定する。符号設定部142bは、トルク変化率Tvが予め定められた閾値(-T0)以下である場合、符号係数aを「an(<0)」に設定する。
このように、符号係数aは、トルク変化率Tvの絶対値|Tv|が閾値T0未満である場合、0(ゼロ)に設定されるので、補正静止摩擦補償電流値If2も0(ゼロ)となる。つまり、トルク変化率Tvの閾値T0は、補正静止摩擦補償電流値If2を0にするか否かを決定するために用いられるものであり、補正静止摩擦補償電流値If2の不感帯を設定する値に相当する。
乗算部141bは、第1車速係数f1にトルク変化率Tvを乗算することにより、基準静止摩擦補償電流値If1を演算する。乗算部142cは、第2車速係数f2に符号係数aを乗算することにより、補正静止摩擦補償電流値If2を演算する。
加算部143は、基準静止摩擦補償電流演算部141で演算された基準静止摩擦補償電流値If1に、補正静止摩擦補償電流演算部142で演算された補正静止摩擦補償電流値If2を加算する。加算部143での演算結果である静止摩擦補償電流値(If1+If2)は、さらにゲイン処理部145によって補正される。
ゲイン処理部145は、ゲイン特性Gn及び制御電流値Isumに基づいて、ゲインGを演算する。ゲイン処理部145は、ゲインGを設定するゲイン設定部145aと、加算部143での演算結果である静止摩擦補償電流値(If1+If2)に、ゲイン設定部145aで設定されたゲインGを乗算することにより補正する補正部としての乗算部145bと、を備える。なお、制御電流値Isumは、例えば、1制御周期前に制御電流演算部180で演算された演算結果(前回値)である。
本実施形態では、コントローラ30の記憶部に記憶されるゲイン特性Gnに基づいてゲインGが演算される。ゲイン特性Gnは、制御電流値Isumの増加に応じてゲインGが増加する特性である。コントローラ30の記憶部には、ゲイン特性Gnがテーブル形式で記憶されている。ゲイン設定部145aは、ゲイン特性Gnを参照し、制御電流演算部180での演算結果(制御電流値Isum)に基づいて、ゲインGを設定する。
ここで、ラック軸5に加わるアシスト推力は、制御電流値Isumと比例関係にあり、制御電流値Isumが大きくなるほどアシスト推力も大きくなる。つまり、制御電流値Isumはアシスト推力を表す情報の一つである。このため、ゲイン設定部145aはアシスト推力に基づきゲインGを設定しているといえる。上述のとおり、ゲイン特性Gnは、制御電流値Isumの増加に応じてゲインGが増加する特性であるから、ゲイン設定部145aは、アシスト推力が大きいほど静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|が大きくなるようにゲインGを設定するといえる。
乗算部145bでの演算結果は、リミッタ149により上下限処理がなされ、静止摩擦補償電流値Ifとして出力される。
静止摩擦補償電流演算部130で演算された静止摩擦補償電流値Ifは、その他の各種電流値とともにアシストベース電流値Iaに加算され、制御電流値Isumが演算される(図2参照)。演算された制御電流値Isumは、次回の制御周期における静止摩擦補償電流演算部130のゲイン処理部145での演算に用いられる。
ここで、静止摩擦補償電流値Ifは、操舵トルクTが増加するときにはアシストベース電流値Iaを増加させるように設定され、操舵トルクTが減少するときにはアシストベース電流値Iaを減少させるように設定される。
アシストベース電流値Iaは、ステアリングホイール1が一方(右方)に回転する場合には正の値である。これに対して、静止摩擦補償電流値Ifは、ステアリングホイール1が一方(右方)に回転する場合であって、操舵トルクTが増加するとき(すなわちトルク変化率Tvが正の値のとき)には正の値となり、操舵トルクTが減少するとき(すなわちトルク変化率Tvが負の値のとき)には負の値となる。
一方、アシストベース電流値Iaは、ステアリングホイール1が他方(左方)に回転する場合には負の値である。これに対して、静止摩擦補償電流値Ifは、ステアリングホイール1が他方(左方)に回転する場合であって、操舵トルクTの絶対値|T|が増加するとき(すなわちトルク変化率Tvが負の値のとき)には負の値となり、操舵トルクTの絶対値|T|が減少するとき(すなわちトルク変化率Tvが正の値のとき)には正の値となる。
例えば、中立位置よりも一方側(右側)における所定の操舵角で保舵された状態のステアリングホイール1をさらに一方(右方)に切り込む操舵を行うと、操舵トルクTが増加するので、アシストベース電流値Ia及び静止摩擦補償電流値Ifは、ともに正の値となる。つまり、静止摩擦補償電流値Ifは、アシストベース電流値Iaを増加させるように補正する。一方、中立位置よりも一方側(右側)における所定の操舵角で保舵された状態のステアリングホイール1を他方(左方)に戻す操舵を行うと、操舵トルクTが減少するので、アシストベース電流値Iaが正の値であるのに対し、静止摩擦補償電流値Ifは負の値となる。つまり、静止摩擦補償電流値Ifは、アシストベース電流値Iaを減少させるように補正する。
このように、本実施形態では、操舵速度に関連する値であるトルク変化率Tvに基づき制御電流値Isumを演算するため、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制することができる。さらに、本実施形態では、アシスト推力に基づいてゲインGを設定し、ゲインGによって静止摩擦補償電流値を補正するようにした。ここで、アシスト推力に応じて静止摩擦補償電流値の補正を行わない場合を本実施形態の比較例として説明する。
本実施形態の比較例では、ゲイン処理部145を備えていない。このため、比較例では、加算部143での演算結果が、ゲインGによって補正されることなく、静止摩擦補償電流値Ifとして静止摩擦補償電流演算部130から出力される。
図4A及び図4Bを参照して、本実施形態の比較例において、ステアリングホイール1を中立位置から一方(右方)に切り込み操舵を行い、所定の操舵角θa[°]で保舵した後、他方(左方)に戻し操舵を行った場合の操舵力の変化について説明する。図4Aは、本実施形態の比較例に係る電動パワーステアリング装置の操舵角θのタイムチャートであり、図4Bは、本実施形態の比較例に係る電動パワーステアリング装置の操舵力のタイムチャートである。
図4A及び図4Bにおいて、実線で示す特性はトルク変化率TvがTvaで切り、戻し操舵を行ったときの特性であり、一点鎖線で示す特性はトルク変化率TvがTvbで切り、戻し操舵を行ったときの特性であり、破線で示す特性はトルク変化率TvがTvcで切り、戻し操舵を行ったときの特性である。Tva,Tvb,Tvcの大小関係は、Tva<Tvb<Tvcである。
トルク変化率TvがTvaで切り込み操舵及び戻し操舵をする場合について説明する。ステアリングホイール1に対して切り込み操舵がなされると(時点t0)、操舵角θの増加に応じて操舵力が増加する。ステアリングホイール1が所定の操舵角θaまで回動されると、切り込み操舵が終了する(時点t1)。切り込み操舵が終了すると、所定の操舵角θaでステアリングホイール1が保舵される(時点t1から時点t2)。ここで、切り込み操舵が終了し、保舵に移行する際、操舵力は、Faまで上昇した後、Fbまで減少し、保舵されている間は、操舵力FがFbに維持される。
ステアリングホイール1に対して戻し操舵がなされると(時点t2)、操舵角θの減少に応じて操舵力が減少する。ステアリングホイール1が所定の操舵角θb(θb<θa)まで回動されると、戻し操舵が終了する(時点t3)。戻し操舵が終了すると、所定の操舵角θbでステアリングホイール1が保舵される。ここで、戻し操舵が終了し、保舵に移行する際、操舵力は、Fc1まで減少した後、Fdまで増加し、保舵されている間は、操舵力FがFdに維持される。
ここで、図示するように、切り込み操舵から保舵に移行する際の操舵力の最大値は、操舵速度にかかわらず、ほぼFaとなり、同じ結果となった。これに対して、戻し操舵から保舵に移行する際の操舵力の最小値は、操舵速度に応じてばらつきが生じる結果となった。比較例では、トルク変化率TvがTvaのときには、操舵力の最小値がFc1[N]となり、トルク変化率TvがTvbのときには、操舵力の最小値がFc1[N]よりも小さいFc2[N]となった。また、トルク変化率TvがTvcのときには、操舵力の最小値がFc2よりも小さいFc3[N]となった。
このように、トルク変化率Tvに応じて操舵力にばらつきが生じるのは、戻し操舵が行われる際、戻し操舵に対してラック軸5の戻り動作に遅れが生じるためである。戻し操舵が行われると、トーションバー4のねじれが解消されるように入力シャフト2が回動する。操舵速度が速いほど、トーションバー4のねじれが大きく解消し、入力シャフト2と出力シャフト3とのねじれ角の差が小さくなり、操舵力の最小値が小さくなる。
したがって、トルク変化率Tvに応じた操舵力のばらつきを抑制するためには、戻し操舵が行われる際、戻し操舵に対するラック軸5の応答性を良くすればよい。
ここで、図5に示すように、切り込み操舵時に操舵トルクを増加させることによりアシスト推力を増加させる場合と、戻し操舵時に操舵トルクを減少させることによりアシスト推力を減少させる場合とでは、操舵トルクとアシスト推力との関係においてヒステリシスがある。このヒステリシスは、アシスト推力が大きいほど大きくなる。したがって、アシスト推力が大きいときほど、戻し操舵に対してラック軸5の戻り動作に遅れが生じることになる。そこで、本実施形態では、ゲイン設定部145aで設定されるゲインGによって、アシスト推力が大きいほど静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|が大きくなるようにした。これにより、アシスト推力が大きいほど、静止摩擦補償を強く効かせることができ、電動モータ10の制御電流値Isumを速やかに小さくすることができる。その結果、戻し操舵に対するラック軸5の応答性を向上することができる。
上述した実施形態によれば、次の作用効果を奏する。
コントローラ30は、操舵トルクTに基づいてアシストベース電流値Iaを演算し、ステアリングホイール1の操舵速度に関連するトルク変化率Tvに基づいて、ステアリング系の静止摩擦を補償するための静止摩擦補償電流値Ifを演算し、静止摩擦補償電流値Ifによってアシストベース電流値Iaを補正し、制御電流値Isumを演算し、制御電流値Isumに基づき電動モータ10を制御する。また、コントローラ30は、アシスト推力が大きいほど静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|が大きくなるようにゲインGを設定し、ゲインGによって静止摩擦補償電流値(If1+If2)を補正する。
このように、本実施形態では、操舵速度に関連するトルク変化率Tvに基づき制御電流値Isumを演算するため、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制することができる。また、アシスト推力に応じたゲインGによって静止摩擦補償電流値が補正されるので、アシスト推力の大きさにかかわらず、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵フィーリングを向上することができる。例えば、アシスト推力が大きい場合であっても、ステアリングホイール1を切り込んだ後の戻し操舵の際に制御電流値Isumを速やかに低下させ、操舵トルクTの急減を防止することができる。その結果、アシスト推力の大きさにかかわらず、戻しの操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、戻し操舵の際の操舵フィーリングを向上することができる。
<第2実施形態>
図6及び図7を参照して、本発明の第2実施形態に係る電動パワーステアリング装置100について説明する。以下では、上記第1実施形態と異なる点を中心に説明し、図中、上記第1実施形態で説明した構成と同一の構成または相当する構成には同一の符号を付して説明を省略する。図6は、本発明の第2実施形態に係る電動パワーステアリング装置100のブロック図であり、図7は、本発明の第2実施形態に係る静止摩擦補償電流演算部230の機能ブロック図である。
上記第1実施形態では、ゲイン設定部145aが、操舵状態にかかわらずゲイン特性Gnを参照し、制御電流値Isumに基づいてゲインGを設定する例について説明した。これに対して、本第2実施形態では、ゲイン設定部245aが、操舵状態に応じてゲインGを設定する。以下、詳しく説明する。
図6に示すように、コントローラ30Bは、ステアリングホイール1の操舵状態を判定する操舵状態判定部210をさらに備える。操舵状態判定部210は、トルクセンサ12で検出された操舵トルクTの符号と、微分器111で演算されたトルク変化率Tvの符号とが同一の場合、操舵状態が切り込み状態であると判定する。操舵状態判定部210は、トルクセンサ12で検出された操舵トルクTの符号と、微分器111で演算されたトルク変化率Tvの符号とが同一でない場合、操舵状態が戻し状態であると判定する。
図7に示すように、ゲイン設定部245aは、第1ゲイン特性Gn1及び第2ゲイン特性Gn2に基づいて演算される。第1ゲイン特性Gn1は、ステアリングホイール1の切り込み操舵時に参照される切り込み操舵時用のゲイン特性であって、予めコントローラ30Bの記憶部にテーブル形式で記憶されている。第2ゲイン特性Gn2は、ステアリングホイール1の戻し操舵時に参照される戻し操舵時用のゲイン特性であって、予めコントローラ30Bの記憶部にテーブル形式で記憶されている。
第1ゲイン特性Gn1及び第2ゲイン特性Gn2は、それぞれ制御電流値Isumの増加に応じてゲインGが増加する特性である。制御電流値Isumが同じ場合、第2ゲイン特性Gn2は、第1ゲイン特性Gn1よりもゲインGが大きくなるように設定されている。また、第2ゲイン特性Gn2は、制御電流値Isumに対するゲイン増加率(すなわち制御電流値Isumの増加量に対するゲインGの増加量)が、第1ゲイン特性Gn1よりも大きくなるように設定されている。
操舵状態判定部210により、ステアリングホイール1の操舵状態が切り込み状態であると判定された場合におけるゲインGの演算方法について説明する。操舵状態が切り込み状態である場合、ゲイン設定部245aは、切り込み操舵時用の第1ゲイン特性Gn1を参照し、制御電流演算部180で演算された制御電流値Isum(前回値)に基づいて、ゲインGを設定する。
操舵状態判定部210により、ステアリングホイール1の操舵状態が戻し状態であると判定された場合におけるゲインGの演算方法について説明する。操舵状態が戻し状態である場合、ゲイン設定部245aは、戻し操舵時用の第2ゲイン特性Gn2を参照し、制御電流演算部180で演算された制御電流値Isum(前回値)に基づいて、ゲインGを設定する。
このように、本第2実施形態では、ゲイン設定部245aが、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|が大きくなるように、ゲインGを設定する。
これにより、ステアリングホイール1の戻し操舵の際、切り込み操舵を行う場合に比べて、静止摩擦補償を強く効かせ、電動モータ10の制御電流値Isumを速やかに小さくすることができる。したがって、戻し操舵の際に、操舵トルクTが急激に低下する前に、制御電流値Isumを低下させることにより、ラック軸5の応答性を向上させ、操舵トルクTの急激な低下を抑えることができる。また、本第2実施形態では、切り込み操舵時用の第1ゲイン特性Gn1及び戻し操舵時用の第2ゲイン特性Gn2を設定した。切り込み操舵時と戻し操舵時のそれぞれでゲイン特性を個別に設定することにより、切り込み操舵と戻し操舵のそれぞれにおいて適切な静止摩擦補償電流値Ifを設定することができる。したがって、切り込み操舵及び戻し操舵のそれぞれにおいて、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵フィーリングを向上することができる。
<第3実施形態>
図8を参照して、本発明の第3実施形態に係る電動パワーステアリング装置100について説明する。以下では、上記第2実施形態と異なる点を中心に説明し、図中、上記第2実施形態で説明した構成と同一の構成または相当する構成には同一の符号を付して説明を省略する。
本第3実施形態では、ステアリングホイール1の操舵角θが小さいときにのみ、静止摩擦補償電流値Ifを加味して制御電流値Isumを演算し、ステアリングホイール1の操舵角θが大きいときには、静止摩擦補償電流値Ifを加味せず制御電流値Isumを演算する。以下、詳しく説明する。
図8は、本発明の第3実施形態に係る静止摩擦補償電流演算部330の機能ブロック図である。図8に示すように、本第3実施形態に係る静止摩擦補償電流演算部330は、操舵角θの絶対値|θ|が所定角度θ0以上の場合に、操舵角θの絶対値|θ|が所定角度θ0未満の場合に比べて、静止摩擦補償電流値Ifの絶対値|If|を小さくする処理部としての舵角ゲイン処理部348を備える。
舵角ゲイン処理部348は、操舵角センサ15で検出された操舵角θに基づいて舵角ゲインGaを演算する舵角ゲイン演算部348aと、乗算部145bから出力される出力値に、舵角ゲイン演算部348aで演算された舵角ゲインGaを乗算する乗算部348bと、を備える。
舵角ゲインGaは、操舵角センサ15で検出された操舵角θが大きくなるにしたがって、小さくなる値であり、コントローラ30Bの記憶部に記憶される舵角ゲイン特性Ganに基づいて演算される。コントローラ30Bの記憶部には、舵角ゲイン特性Ganが、テーブル形式で記憶されている。舵角ゲイン特性Ganは、操舵角θの絶対値|θ|が0[°]以上θ0°未満の範囲では舵角ゲインGaが最大ゲインGa0(>0)となり、操舵角θの絶対値|θ|がθ0[°]以上θ1[°]未満の範囲では、操舵角θの絶対値|θ|の増加に応じて舵角ゲインGaが減少し、操舵角θの絶対値|θ|がθ1[°]以上では、0(ゼロ)となる特性である。なお、θ1は0よりも大きく、θ2はθ1よりも大きい(0<θ1<θ2)。
舵角ゲイン演算部348aは、舵角ゲイン特性Ganを参照し、操舵角θに基づいて、舵角ゲインGaを演算する。
このような第3実施形態によれば、操舵角θの絶対値|θ|が所定角度θ0未満の場合に、戻し操舵の際の操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵角θが所定角度θ0以上の場合、すなわちセルフアライニングトルクが強く作用するような場合、運転者に対する反力感が大きくなり過ぎることを抑制できる。
次のような変形例も本発明の範囲内であり、変形例に示す構成と上述の実施形態で説明した構成を組み合わせたり、上述の異なる実施形態で説明した構成同士を組み合わせたり、以下の異なる変形例で説明する構成同士を組み合わせることも可能である。
<変形例1>
上記実施形態では、操舵速度に関連する値として、操舵トルクTの時間変化率Tvを用いる例について説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、操舵速度に関連する値として、ステアリングホイール1の角速度を用いてもよい。ステアリングホイール1の角速度は、微分器によって、操舵角センサ15で検出された操舵角θを時間微分することにより演算される。
<変形例2>
上記実施形態では、ピニオンギヤ3aが形成された出力シャフト3に電動モータ10の駆動力を付与する、いわゆる1ピニオンタイプの電動パワーステアリング装置100を例に説明したが、本発明はこれに限定されない。本発明は、出力シャフト3とは別に、ラック軸5に対して電動モータ10の回転を伝えるアシストピニオンを有するシャフトを設けた、いわゆる2ピニオンタイプの電動パワーステアリング装置にも適用できる。また、本発明は、トルクセンサ12及びアシスト機構がラック軸5から離れ車室内に配置される、いわゆるコラムタイプの電動パワーステアリング装置にも適用できる。
<変形例3>
上記実施形態では、アシスト推力を表す情報としての制御電流値Isumを用いる例について説明したが、本発明はこれに限定されない。アシスト推力を検出するセンサを設け、このセンサで検出されたアシスト推力に基づいてゲインGを設定するようにしてもよい。
以上のように構成された本発明の実施形態の構成、作用、および効果をまとめて説明する。
電動パワーステアリング装置100は、車輪6を転舵するラック軸5を備えた電動パワーステアリング装置であって、運転者によって操舵されるステアリング部材(ステアリングホイール1)に連結され、運転者によるステアリング部材(ステアリングホイール1)の操舵に伴って回転するステアリングシャフト7と、ステアリングシャフト7に回転トルクを付与する電動モータ10と、ステアリング部材(ステアリングホイール1)から入力される操舵トルクTを検出するトルク検出部(トルクセンサ12)と、操舵トルクTに基づいてアシストベース電流値Iaを演算するアシストベース電流演算部121と、ステアリング部材(ステアリングホイール1)の操舵速度に関連する値(トルク変化率Tv)に基づいて、ステアリング系の静止摩擦を補償するための静止摩擦補償電流値Ifを演算する静止摩擦補償電流演算部130,230,330と、静止摩擦補償電流値Ifによってアシストベース電流値Iaを補正し、制御電流値Isumを演算する制御電流演算部180と、制御電流値Isumに基づき電動モータ10を制御するモータ制御部9と、を備え、静止摩擦補償電流値Ifは、操舵トルクTが増加するときにはアシストベース電流値Iaを増加させるように設定され、操舵トルクTが減少するときにはアシストベース電流値Iaを減少させるように設定され、静止摩擦補償電流演算部130,230,330は、ラック軸5に加わるアシスト推力に基づきゲインGを設定するゲイン設定部145a,245aと、静止摩擦補償電流値をゲインGによって補正する補正部(乗算部145b)と、を有し、ゲイン設定部145a,245aは、ラック軸5に加わるアシスト推力が大きいほど静止摩擦補償電流値Ifが大きくなるようにゲインGを設定する。
この構成では、操舵速度に関連する値(トルク変化率Tv)に基づき制御電流値Isumを演算するため、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制することができる。また、ラック軸5に加わるアシスト推力に応じたゲインGによって静止摩擦補償電流値Ifが補正されるので、ラック軸5に加わるアシスト推力の大きさにかかわらず、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵フィーリングを向上することができる。
電動パワーステアリング装置100は、ステアリング部材(ステアリングホイール1)の操舵状態を判定する操舵状態判定部210をさらに備え、ゲイン設定部245aが、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも静止摩擦補償電流値Ifが大きくなるように、ゲインGを設定する。
この構成では、操舵状態が戻し状態である場合に、操舵状態が切り込み状態である場合よりも静止摩擦補償電流値Ifが大きくなるようにした。切り込み操舵と戻し操舵のそれぞれにおいて、適切な静止摩擦補償電流値Ifを設定することができるので、切り込み操舵及び戻し操舵のそれぞれにおいて、操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵フィーリングを向上することができる。
電動パワーステアリング装置100は、ステアリング部材(ステアリングホイール1)の操舵角θを検出する操舵角検出部(操舵角センサ15)をさらに備え、静止摩擦補償電流演算部330が、操舵角θが所定角度θ0以上の場合に、操舵角θが所定角度θ0未満の場合に比べて、静止摩擦補償電流値Ifを小さくする処理部を備える。
この構成では、操舵角θが所定角度θ0未満の場合に、戻し操舵の際の操舵速度に応じた操舵力のばらつきを抑制し、操舵角θが所定角度θ0以上の場合に、運転者に対する反力感が大きくなり過ぎることを抑制できる。
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。