以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の方法は、タラロマイセス・セルロリティカス(Talaromyces cellulolyticus)を利用した目的タンパク質の製造方法である。同方法に利用されるタラロマイセス・セルロリティカスを「本発明の微生物」ともいう。
<1>本発明の微生物
本発明の微生物は、YscBタンパク質の活性が低下するように改変された、目的タンパク質生産能を有するタラロマイセス・セルロリティカスである。なお、本発明の微生物の説明において、本発明の微生物またはそれを構築するために用いられるタラロマイセス・セルロリティカスを「宿主」という場合がある。
<1-1>タラロマイセス・セルロリティカス
本発明の微生物は、タラロマイセス・セルロリティカスである。タラロマイセス・セルロリティカスの旧名は、アクレモニウム・セルロリティカス(Acremonium cellulolyticus)である。すなわち、アクレモニウム・セルロリティカスは、系統分類の改訂により、タラロマイセス・セルロリティカスに再分類された(FEMS Microbiol. Lett., 2014, 351:32-41)。タラロマイセス・セルロリティカスとして、具体的には、C1株(特開2003-135052)、CF-2612株(特開2008-271927)、TN株(FERM BP-685)、S6-25株(NITE BP-01685)、Y-94株(FERM BP-5826, CBS 136886)、およびそれらの派生株が挙げられる。なお、「タラロマイセス・セルロリティカス」とは、本願の出願前、出願時、および出願後の少なくともいずれかの時点でタラロマイセス・セルロリティカスに分類される真菌を総称する。すなわち、例えば、上記例示した菌株等のタラロマイセス・セルロリティカスに一旦分類された菌株は、仮に将来的に系統分類が変更された場合にも、タラロマイセス・セルロリティカスに属するものとして扱うものとする。
S6-25株は、2013年8月8日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(郵便番号292-0818、日本国千葉県木更津かずさ鎌足2-5-8 122号室)に原寄託され、2013年11月15日に、ブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号NITE BP-01685が付与されている。同株は、TN株(FERM BP-685)より得られた株であり、高いセルラーゼ生産能を有する。Y-94株は、1983年1月12日に、通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所(現、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター、郵便番号:292-0818、住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に原寄託され、1997年2月19日に、ブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP-5826が付与されている。
これらの菌株は、例えば、各菌株が寄託された寄託機関から入手することができる。
本発明の微生物は、上記例示した菌株等のタラロマイセス・セルロリティカスを改変することにより取得できる。すなわち、本発明の微生物は、例えば、上記例示した菌株に由来する改変株であってよい。本発明の微生物は、具体的には、例えば、S6-25株またはY-94株に由来する改変株であってもよい。本発明の微生物は、より具体的には、例えば、S6-25株に由来する改変株であってもよい。本発明の微生物を構築するための改変の実施順序は特に制限されない。
<1-2>目的タンパク質生産能
本発明の微生物は、目的タンパク質生産能を有する。「目的タンパク質生産能を有する微生物」とは、目的タンパク質を生産する能力を有する微生物をいう。「目的タンパク質生産能を有する微生物」とは、具体的には、培地で培養した際に、目的タンパク質を発現し、回収できる程度に培養物中に蓄積する能力を有する微生物であってよい。「培養物中への蓄積」とは、具体的には、培地中、菌体表層、菌体内、またはそれらの組み合わせへの蓄積であってよい。なお、目的タンパク質が菌体外(例えば、培地中や細胞表層)に蓄積する場合を、目的タンパク質の「分泌」または「分泌生産」ともいう。すなわち、本発明の微生物は、目的タンパク質の分泌生産能(目的タンパク質を分泌生産する能力)を有していてもよい。目的タンパク質は、特に、培地中に蓄積してよい。目的タンパク質の蓄積量は、例えば、培養物中への蓄積量として、10 μg/L以上、1 mg/L以上、100 mg/L以上、または1 g/L以上であってよい。本発明の微生物は、1種の目的タンパク質の生産能を有していてもよく、2種またはそれ以上の目的タンパク質の生産能を有していてもよい。
本発明の微生物は、本来的に目的タンパク質生産能を有するものであってもよく、目的タンパク質生産能を有するように改変されたものであってもよい。本発明の微生物は、典型的には、本来的にセルラーゼ生産能(セルラーゼを生産する能力)を有するものであり得る。また、本発明の微生物は、本来的に有する目的タンパク質生産能が増強されるように改変されたものであってもよい。目的タンパク質生産能を有する微生物は、例えば、上記のようなタラロマイセス・セルロリティカスに目的タンパク質生産能を付与することにより、または、上記のようなタラロマイセス・セルロリティカスの目的タンパク質生産能を増強することにより、取得できる。目的タンパク質生産能は、例えば、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物の導入、その他目的タンパク質生産能が向上する改変の導入、またはそれらの組み合わせにより、付与または増強できる。
本発明の微生物は、少なくとも目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有することに依拠して、目的タンパク質生産能を有する。本発明の微生物は、具体的には、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有することにより、あるいは目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有することと他の性質との組み合わせにより、目的タンパク質生産能を有していてよい。すなわち、本発明の微生物は、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有する。本発明の微生物は、1コピーの目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有していてもよく、2コピーまたはそれ以上の目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有していてもよい。本発明の微生物は、1種の目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有していてもよく、2種またはそれ以上の目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有していてもよい。目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物のコピー数および種類数は、それぞれ、目的タンパク質遺伝子のコピー数および種類数と読み替えてもよい。
本発明の微生物において、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物は、プラスミドのように染色体外で自律複製するベクター上に存在していてもよく、染色体上に組み込まれていてもよい。すなわち、本発明の微生物は、例えば、ベクター上に目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有していてよく、言い換えると、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を含むベクターを有していてよい。また、本発明の微生物は、例えば、染色体上に目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有していてよい。本発明の微生物が2つまたはそれ以上の目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有する場合、それら遺伝子構築物は、目的タンパク質を製造できるように本発明の微生物に保持されていればよい。例えば、それら遺伝子構築物は、全てが単一の発現ベクター上に保持されていてもよく、全てが染色体上に保持されていてもよい。また、それら遺伝子構築物は、複数の発現ベクター上に別々に保持されていてもよく、単一または複数の発現ベクター上と染色体上とに別々に保持されていてもよい。
本発明の微生物は、本来的に目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有するものであってもよく、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有するように改変されたものであってもよい。本発明の微生物は、典型的には、本来的にセルラーゼの発現用の遺伝子構築物を有するものであり得る。また、本発明の微生物は、本来的に有する目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物に代えて、あるいは加えて、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物が導入されたものであってもよい。目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を有する微生物は、上記のようなタラロマイセス・セルロリティカスに目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を導入することにより取得できる。
「目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物」とは、目的タンパク質を発現できるよう構成された遺伝子発現系をいう。目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を「目的タンパク質の発現系」、「目的タンパク質の発現ユニット」、または「目的タンパク質の発現カセット」ともいう。目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物は、5’から3’方向に、プロモーター配列および目的タンパク質をコードする塩基配列を含む。プロモーター配列を単に「プロモーター」ともいう。アミノ酸配列をコードする塩基配列を「遺伝子」ともいう。例えば、目的タンパク質をコードする塩基配列を「目的タンパク質をコードする遺伝子」または「目的タンパク質遺伝子」ともいう。目的タンパク質遺伝子は、プロモーターの下流に、同プロモーターによる制御を受けて目的タンパク質が発現するよう連結されていればよい。また、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物は、目的タンパク質を発現させるために有効な制御配列(オペレーターやターミネーター等)を、それらが機能し得るように適切な位置に有していてもよい。なお、本発明において、「目的タンパク質遺伝子の発現」、「目的タンパク質の発現」、「目的タンパク質の生成」、「目的タンパク質の生産」は、特記しない限り、互いに同義に用いることができる。目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物は、目的タンパク質の種類等の諸条件に応じて適宜設計できる。
プロモーターは、タラロマイセス・セルロリティカスで機能するものであれば特に制限されない。「タラロマイセス・セルロリティカスにおいて機能するプロモーター」とは、タラロマイセス・セルロリティカスにおいてプロモーター活性、すなわち遺伝子の転写活性、を有するプロモーターをいう。
プロモーターは、宿主由来のプロモーターであってもよく、異種由来のプロモーターであってもよい。プロモーターは、目的タンパク質遺伝子の固有のプロモーターであってもよく、他の遺伝子のプロモーターであってもよい。また、プロモーターは、誘導性のプロモーターであってもよく、構成的(constitutive)なプロモーターであってもよい。プロモーターとしては、微生物のセルラーゼ遺伝子のプロモーターが挙げられる。プロモーターとして、具体的には、タラロマイセス・セルロリティカスのセルラーゼ遺伝子のプロモーターが挙げられる。セルラーゼ遺伝子としては、cbhI遺伝子(cbh1遺伝子ともいう)やcbhII遺伝子(cbh2遺伝子ともいう)が挙げられる。すなわち、プロモーターとしては、cbhI遺伝子のプロモーターやcbhII遺伝子のプロモーターが挙げられる。cbhI遺伝子のプロモーターを「cbhIプロモーター」または「cbh1プロモーター」ともいう。cbhII遺伝子のプロモーターを「cbhIIプロモーター」または「cbh2プロモーター」ともいう。タラロマイセス・セルロリティカスのcbhIプロモーターおよびcbhIIプロモーターの塩基配列を、それぞれ、配列番号41および33に示す。すなわち、プロモーターは、例えば、上記例示したプロモーターの塩基配列(例えば配列番号41または33の塩基配列)を有するプロモーターであってよい。また、プロモーターは、上記例示したプロモーター(例えば配列番号41または33の塩基配列を有するプロモーター)の保存的バリアントであってもよい。すなわち、例えば、上記例示したプロモーターは、そのまま、あるいは適宜改変して用いることができる。「cbhIプロモーター」および「cbhIIプロモーター」という用語は、上記例示したcbhIプロモーターおよびcbhIIプロモーターに加えて、それらの保存的バリアントを包含するものとする。プロモーターの保存的バリアントについては、後述するyscB遺伝子の保存的バリアントに関する記載を準用できる。例えば、プロモーターは、元の機能が維持されている限り、配列番号41または33の塩基配列に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有する塩基配列を有するDNAであってもよい。なお、プロモーターについての「元の機能」とは、直下流に連結された遺伝子を発現する(例えば、誘導的あるいは構成的に発現する)機能をいう。プロモーターの機能は、例えば、遺伝子の発現を確認することにより、確認することができる。遺伝子の発現は、例えば、レポーター遺伝子を用いて確認することができる。
目的タンパク質は特に制限されない。目的タンパク質は、宿主由来のタンパク質であってもよく、異種由来のタンパク質(異種タンパク質)であってもよい。本発明において、「異種タンパク質」(heterologous protein)とは、同タンパク質を生産するタラロマイセス・セルロリティカスにとって外来性(exogenous)であるタンパク質をいう。目的タンパク質は、例えば、微生物由来のタンパク質であってもよく、植物由来のタンパク質であってもよく、動物由来のタンパク質であってもよく、ウィルス由来のタンパク質であってもよく、人工的にアミノ酸配列をデザインしたタンパク質であってもよい。目的タンパク質は、特に、ヒト由来のタンパク質であってもよい。目的タンパク質は、単量体タンパク質であってもよく、多量体タンパク質であってもよい。多量体タンパク質とは、2またはそれ以上のサブユニットからなる多量体として存在しうるタンパク質をいう。多量体において、各サブユニットは、ジスルフィド結合等の共有結合で連結されていてもよく、水素結合や疎水性相互作用等の非共有結合で連結されていてもよく、それらの組み合わせにより連結されていてもよい。多量体においては、1つまたはそれ以上の分子間ジスルフィド結合が含まれるのが好ましい。多量体は、単一の種類のサブユニットからなるホモ多量体であってもよく、2またはそれ以上の種類のサブユニットからなるヘテロ多量体であってもよい。なお、「目的タンパク質が異種タンパク質である」とは、目的タンパク質がヘテロ多量体タンパク質である場合にあっては、多量体を構成するサブユニットの内、少なくとも1つのサブユニットが異種タンパク質であればよい。すなわち、全てのサブユニットが異種由来であってもよく、一部のサブユニットのみが異種由来であってもよい。目的タンパク質は、分泌性タンパク質であってもよく、非分泌性タンパク質であってもよい。分泌性タンパク質は、天然で分泌性であるタンパク質であってもよく、天然では非分泌性であるタンパク質であってもよいが、天然で分泌性であるタンパク質であるのが好ましい。なお、「タンパク質」には、オリゴペプチドやポリペプチド等の、ペプチドと呼ばれるものも包含される。
目的タンパク質としては、例えば、酵素、生理活性タンパク質、レセプタータンパク質、ワクチンとして使用される抗原タンパク質、その他任意のタンパク質が挙げられる。
酵素としては、例えば、セルラーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ、イソマルトデキストラナーゼ、プロテアーゼ、エンドペプチダーゼ、エキソペプチダーゼ、アミノペプチダーゼ、カルボキシペプチダーゼ、コラゲナーゼ、およびキチナーゼ等が挙げられる。
本発明において、「セルラーゼ」とは、セルロースに含まれるグリコシド結合を加水分解する反応を触媒する酵素の総称である。セルラーゼとしては、エンド型セルラーゼ(エンドグルカナーゼ;EC 3.2.1.4)、エキソ型セルラーゼ(セロビオヒドロラーゼ;EC 3.2.1.91)、セロビアーゼ(β-グルコシダーゼ;EC 3.2.1.21)が挙げられる。また、セルラーゼは、活性測定に用いられる基質に応じて、アビセラーゼ、フィルターペーパーセルラーゼ(FPアーゼ)、カルボキシメチルセルラーゼ(CMCアーゼ)等とも呼ばれる。セルラーゼとしては、例えば、Trichoderma reeseiやTalaromyces cellulolyticus等の真菌やClostridium thermocellum等の細菌のセルラーゼが挙げられる。
トランスグルタミナーゼとしては、例えば、Streptoverticillium mobaraense IFO 13819(WO01/23591)、Streptoverticillium cinnamoneum IFO 12852、Streptoverticillium griseocarneum IFO 12776、Streptomyces lydicus(WO9606931)等の放線菌や、Oomycetes(WO9622366)等の糸状菌の分泌型のトランスグルタミナーゼが挙げられる。プロテイングルタミナーゼとしては、例えば、Chryseobacterium proteolyticumのプロテイングルタミナーゼが挙げられる(WO2005/103278)。イソマルトデキストラナーゼとしては、例えば、Arthrobacter globiformisのイソマルトデキストラナーゼが挙げられる(WO2005/103278)。
生理活性タンパク質としては、例えば、成長因子(増殖因子)、ホルモン、サイトカイン、抗体関連分子が挙げられる。
成長因子(増殖因子)として、具体的には、例えば、上皮成長因子(Epidermal growth factor;EGF)、インスリン様成長因子-1(Insulin-like growth factor-1;IGF-1)、トランスフォーミング成長因子(Transforming growth factor;TGF)、神経成長因子(Nerve growth factor;NGF)、脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor;BDNF)、血管内皮細胞増殖因子(Vascular endothelial growth factor;VEGF)、顆粒球コロニー刺激因子(Granulocyte-colony stimulating factor;G-CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(Granulocyte-macrophage-colony stimulating factor;GM-CSF)、血小板由来成長因子(Platelet-derived growth factor;PDGF)、エリスロポエチン(Erythropoietin;EPO)、トロンボポエチン(Thrombopoietin;TPO)、酸性線維芽細胞増殖因子(acidic fibroblast growth factor;aFGFまたはFGF1)、塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor;bFGFまたはFGF2)、角質細胞増殖因子(keratinocyte growth factor;KGF-1またはFGF7, KGF-2またはFGF10)、肝細胞増殖因子(Hepatocyte growth factor;HGF)が挙げられる。
ホルモンとして、具体的には、例えば、インスリン、グルカゴン、ソマトスタチン(somatostatin)、ヒト成長ホルモン(human growth hormone;hGH)、副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone;PTH)、カルシトニン(calcitonin)、エキセナチド(exenatide)が挙げられる。
サイトカインとして、具体的には、例えば、インターロイキン、インターフェロン、腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor;TNF)が挙げられる。
なお、成長因子(増殖因子)、ホルモン、およびサイトカインは互いに厳密に区別されなくともよい。例えば、生理活性タンパク質は、成長因子(増殖因子)、ホルモン、およびサイトカインから選択されるいずれか1つのグループに属するものであってもよく、それらから選択される複数のグループに属するものであってもよい。
また、生理活性タンパク質は、タンパク質全体であってもよく、その一部であってもよい。タンパク質の一部としては、例えば、生理活性を有する部分が挙げられる。生理活性を有する部分として、具体的には、例えば、副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone;PTH)の成熟体のN末端34アミノ酸残基からなる生理活性ペプチドTeriparatideが挙げられる。
「抗体関連分子」とは、完全抗体を構成するドメインから選択される単一のドメインまたは2もしくはそれ以上のドメインの組合せからなる分子種を含むタンパク質をいう。完全抗体を構成するドメインとしては、重鎖のドメインであるVH、CH1、CH2、およびCH3、ならびに軽鎖のドメインであるVLおよびCLが挙げられる。抗体関連分子は、上述の分子種を含む限り、単量体タンパク質であってもよく、多量体タンパク質であってもよい。なお、抗体関連分子が多量体タンパク質である場合には、単一の種類のサブユニットからなるホモ多量体であってもよく、2またはそれ以上の種類のサブユニットからなるヘテロ多量体であってもよい。抗体関連分子として、具体的には、例えば、完全抗体、Fab、F(ab’)、F(ab’)2、Fc、重鎖(H鎖)と軽鎖(L鎖)からなる二量体、Fc融合タンパク質、重鎖(H鎖)、軽鎖(L鎖)、単鎖Fv(scFv)、sc(Fv)2、ジスルフィド結合Fv(sdFv)、diabody、VHHフラグメント(nanobody(登録商標))が挙げられる。抗体関連分子として、より具体的には、例えば、トラスツズマブやニボルマブが挙げられる。
レセプタータンパク質は、特に制限されず、例えば、生理活性タンパク質やその他の生理活性物質に対するレセプタータンパク質であってよい。その他の生理活性物質としては、例えば、ドーパミン等の神経伝達物質が挙げられる。また、レセプタータンパク質は、対応するリガンドが知られていないオーファン受容体であってもよい。
ワクチンとして使用される抗原タンパク質は、免疫応答を惹起できるものであれば特に制限されず、想定する免疫応答の対象に応じて適宜選択すればよい。
また、その他のタンパク質として、Liver-type fatty acid-binding protein(LFABP)、蛍光タンパク質、イムノグロブリン結合タンパク質、アルブミン、細胞外タンパク質が挙げられる。蛍光タンパク質としては、Green Fluorescent Protein(GFP)が挙げられる。イムノグロブリン結合タンパク質としては、Protein A、Protein G、Protein Lが挙げられる。アルブミンとしては、ヒト血清アルブミンが挙げられる。
細胞外タンパク質としては、フィブロネクチン、ビトロネクチン、コラーゲン、オステオポンチン、ラミニン、それらの部分配列が挙げられる。ラミニンは、α鎖、β鎖、およびγ鎖からなるヘテロ三量体構造を有するタンパク質である。ラミニンとしては、哺乳類のラミニンが挙げられる。哺乳類としては、ヒト、サル、チンパンジー等の霊長類、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、イヌ、ネコ等のその他の各種哺乳類が挙げられる。哺乳類としては、特に、ヒトが挙げられる。ラミニンのサブユニット鎖(すなわち、α鎖、β鎖、およびγ鎖)としては、5種のα鎖(α1~α5)、3種のβ鎖(β1~β3)、3種のγ鎖(γ1~γ3)が挙げられる。ラミニンは、これらサブユニット鎖の組み合わせによって種々のアイソフォームを構成する。ラミニンとして、具体的には、例えば、ラミニン111、ラミニン121、ラミニン211、ラミニン213、ラミニン221、ラミニン311、ラミニン321、ラミニン332、ラミニン411、ラミニン421、ラミニン423、ラミニン511、ラミニン521、ラミニン523が挙げられる。ラミニンの部分配列としては、ラミニンのE8断片であるラミニンE8が挙げられる。ラミニンE8は、具体的には、α鎖のE8断片(α鎖E8)、β鎖のE8断片(β鎖E8)、およびγ鎖のE8断片(γ鎖E8)からなるヘテロ三量体構造を有するタンパク質である。ラミニンE8のサブユニット鎖(すなわち、α鎖E8、β鎖E8、およびγ鎖E8)を総称して、「E8サブユニット鎖」ともいう。E8サブユニット鎖としては、上記例示したラミニンサブユニット鎖のE8断片が挙げられる。ラミニンE8は、これらE8サブユニット鎖の組み合わせによって種々のアイソフォームを構成する。ラミニンE8として、具体的には、例えば、ラミニン111E8、ラミニン121E8、ラミニン211E8、ラミニン221E8、ラミニン332E8、ラミニン421E8、ラミニン411E8、ラミニン511E8、ラミニン521E8が挙げられる。
目的タンパク質遺伝子は、そのまま、あるいは適宜改変して、利用することができる。目的タンパク質遺伝子は、例えば、望みの活性を得るために改変することができる。目的タンパク質遺伝子および目的タンパク質のバリアントについては、後述するyscB遺伝子およびYscBタンパク質の保存的バリアントについての記載を準用できる。例えば、目的タンパク質遺伝子は、コードされる目的タンパク質のアミノ酸配列に1又は数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、及び/又は付加が含まれるよう改変されてもよい。なお、由来する生物種で特定されるタンパク質は、当該生物種において見出されるタンパク質そのものに限られず、当該生物種において見出されるタンパク質のアミノ酸配列を有するタンパク質およびそれらのバリアントを包含するものとする。それらバリアントは、当該生物種において見出されてもよく、見出されなくてもよい。すなわち、例えば、「ヒト由来タンパク質」とは、ヒトにおいて見出されるタンパク質そのものに限られず、ヒトにおいて見出されるタンパク質のアミノ酸配列を有するタンパク質およびそれらのバリアントを包含するものとする。また、目的タンパク質遺伝子は、任意のコドンをそれと等価のコドンに置換したものであってもよい。例えば、目的タンパク質遺伝子は、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されてもよい。
目的タンパク質は、上記例示したような目的タンパク質のアミノ酸配列に加えて、他のアミノ酸配列を含んでいてもよい。すなわち、目的タンパク質は、他のアミノ酸配列との融合タンパク質であってもよい。「他のアミノ酸配列」は、所望の性質の目的タンパク質が得られる限り、特に制限されない。「他のアミノ酸配列」は、その利用目的等の諸条件に応じて適宜選択できる。「他のアミノ酸配列」としては、例えば、シグナルペプチド(シグナル配列ともいう)、ペプチドタグ、プロテアーゼの認識配列が挙げられる。「他のアミノ酸配列」は、例えば、目的タンパク質のN末端、若しくはC末端、またはその両方に連結されてよい。「他のアミノ酸配列」としては、1種のアミノ酸配列を用いてもよく、2種またはそれ以上のアミノ酸配列を組み合わせて用いてもよい。
シグナルペプチドは、例えば、目的タンパク質の分泌生産に利用できる。シグナルペプチドは、目的タンパク質のN末端に連結されてよい。すなわち、一態様において、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物は、5’から3’方向に、プロモーター配列、シグナルペプチドをコードする塩基配列、および目的タンパク質をコードする塩基配列を含んでいてよい。その場合、目的タンパク質をコードする核酸配列は、シグナルペプチドをコードする核酸配列の下流に、同シグナルペプチドとの融合タンパク質として目的タンパク質が発現するよう連結されていればよい。なお、そのような融合タンパク質において、シグナルペプチドと目的タンパク質とは隣接していてもよく、していなくてもよい。すなわち、「目的タンパク質がシグナルペプチドとの融合タンパク質として発現する」とは、目的タンパク質がシグナルペプチドに隣接して同シグナルペプチドとの融合タンパク質として発現する場合に限られず、目的タンパク質が他のアミノ酸配列を介してシグナルペプチドとの融合タンパク質として発現する場合も包含される。シグナルペプチドを利用して目的タンパク質を分泌生産する場合、通常、分泌時にシグナルペプチドが切断され、シグナルペプチドを有さない目的タンパク質が菌体外に分泌され得る。すなわち、「目的タンパク質がシグナルペプチドとの融合タンパク質として発現する」または「目的タンパク質がシグナルペプチドを含む」とは、目的タンパク質が発現時にシグナルペプチドとの融合タンパク質を構成していれば足り、最終的に得られる目的タンパク質がシグナルペプチドとの融合タンパク質を構成していることを要さない。
シグナルペプチドは、タラロマイセス・セルロリティカスで機能するものであれば特に制限されない。「タラロマイセス・セルロリティカスにおいて機能するシグナルペプチド」とは、目的タンパク質のN末端に連結された際にタラロマイセス・セルロリティカスにおいて目的タンパク質の分泌をもたらすペプチドをいう。
シグナルペプチドは、宿主由来のシグナルペプチドであってもよく、異種由来のシグナルペプチドであってもよい。シグナルペプチドは、目的タンパク質の固有のシグナルペプチドであってもよく、他のタンパク質のシグナルペプチドであってもよい。シグナルペプチドとしては、微生物の分泌性セルラーゼのシグナルペプチドが挙げられる。シグナルペプチドとして、具体的には、タラロマイセス・セルロリティカスの分泌性セルラーゼのシグナルペプチドが挙げられる。分泌性セルラーゼとしては、cbhI遺伝子にコードされるCbhIタンパク質(Cbh1タンパク質ともいう)やcbhII遺伝子にコードされるCbhIIタンパク質(Cbh2タンパク質ともいう)が挙げられる。すなわち、シグナルペプチドとしては、CbhIタンパク質のシグナルペプチドやCbhIIタンパク質のシグナルペプチドが挙げられる。CbhIタンパク質のシグナルペプチドを「CbhIシグナルペプチド」または「Cbh1シグナルペプチド」ともいう。CbhIIタンパク質のシグナルペプチドを「CbhIIシグナルペプチド」または「Cbh2シグナルペプチド」ともいう。タラロマイセス・セルロリティカスのCbhIシグナルペプチドのアミノ酸配列を、配列番号42に示す。すなわち、シグナルペプチドは、例えば、上記例示したシグナルペプチドのアミノ酸配列(例えば配列番号42のアミノ酸配列)を有するシグナルペプチドであってよい。また、シグナルペプチドは、上記例示したシグナルペプチド(例えば配列番号42のアミノ酸配列を有するシグナルペプチド)の保存的バリアントであってもよい。すなわち、例えば、上記例示したシグナルペプチドは、そのまま、あるいは適宜改変して用いることができる。「CbhIシグナルペプチド」および「CbhIIシグナルペプチド」という用語は、上記例示したCbhIシグナルペプチドおよびCbhIIシグナルペプチドに加えて、それらの保存的バリアントを包含するものとする。シグナルペプチドの保存的バリアントについては、後述するYscBタンパク質の保存的バリアントに関する記載を準用できる。例えば、シグナルペプチドは、元の機能が維持されている限り、配列番号42のアミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有するペプチドであってよい。なお、シグナルペプチドのバリアントにおける上記「1又は数個」とは、具体的には、好ましくは1~7個、より好ましくは1~5個、さらに好ましくは1~3個、特に好ましくは1~2個を意味する。また、例えば、シグナルペプチドは、元の機能が維持されている限り、配列番号42のアミノ酸配列に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有するペプチドであってもよい。なお、シグナルペプチドについての「元の機能」とは、目的タンパク質のN末端に連結された際に目的タンパク質の分泌をもたらす機能であってよい。シグナルペプチドの機能は、例えば、タンパク質のN末端への連結による同タンパク質の分泌を確認することにより、確認することができる。
ペプチドタグとして、具体的には、Hisタグ、FLAGタグ、GSTタグ、Mycタグ、MBP(maltose binding protein)、CBP(cellulose binding protein)、TRX(Thioredoxin)、GFP(green fluorescent protein)、HRP(horseradish peroxidase)、ALP(Alkaline Phosphatase)、抗体のFc領域が挙げられる。ペプチドタグは、例えば、発現した目的タンパク質の検出や精製に利用できる。
プロテアーゼの認識配列として、具体的には、HRV3Cプロテアーゼ認識配列、Factor Xaプロテアーゼ認識配列、proTEVプロテアーゼ認識配列が挙げられる。プロテアーゼの認識配列は、例えば、発現した目的タンパク質の切断に利用できる。具体的には、例えば、目的タンパク質をペプチドタグとの融合タンパク質として発現させる場合、目的タンパク質とペプチドタグの連結部にプロテアーゼの認識配列を導入することにより、発現した目的タンパク質からプロテアーゼを利用してペプチドタグを切断し、ペプチドタグを有さない目的タンパク質を得ることができる。
最終的に得られる目的タンパク質のN末端領域は、天然のタンパク質と同一であってもよく、天然のタンパク質と同一でなくてもよい。例えば、最終的に得られる目的タンパク質のN末端領域は、天然のタンパク質と比較して、1又は数個のアミノ酸を余分に付加された、あるいは欠失したものであってもよい。なお上記「1又は数個」とは、目的の目的タンパク質の全長や構造等によっても異なるが、具体的には、好ましくは1~20個、より好ましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個、特に好ましくは1~3個を意味する。
また、目的タンパク質は、プロ構造部が付加したタンパク質(プロタンパク質)として発現してもよい。目的タンパク質がプロタンパク質として発現する場合、最終的に得られる目的タンパク質はプロタンパク質であってもよく、そうでなくてもよい。すなわち、プロタンパク質はプロ構造部を切断されて成熟タンパク質になってもよい。切断は、例えば、プロテアーゼにより行うことができる。プロテアーゼを使用する場合は、最終的に得られるタンパク質の活性という観点から、プロタンパク質は一般には天然のタンパク質とほぼ同じ位置で切断されることが好ましく、天然のタンパク質と完全に同じ位置で切断され天然のものと同一の成熟タンパク質が得られるのがより好ましい。従って、一般には、天然に生じる成熟タンパク質と同一のタンパク質を生じる位置でプロタンパク質を切断する特異的プロテアーゼが最も好ましい。しかしながら、上述の通り、最終的に得られる目的タンパク質のN末端領域は、天然のタンパク質と同一でなくてもよい。例えば、生産される目的タンパク質の種類や使用目的等によっては、天然のタンパク質に比較してN末端がアミノ酸1~数個分長いあるいは短いタンパク質がより適切な活性を有することがある。本発明において使用できるプロテアーゼには、Dispase(ベーリンガーマンハイム社製)のような商業的に入手できるものの他、微生物の培養液、例えば放線菌の培養液等から得られるものが含まれる。そのようなプロテアーゼは未精製状態で使用することもでき、必要に応じて適当な純度まで精製した後に使用してもよい。
目的タンパク質遺伝子は、例えば、クローニングにより取得することができる。クローニングには、例えば、目的タンパク質遺伝子を含むゲノムDNAやcDNA等の核酸を利用することができる。また、目的タンパク質遺伝子は、例えば、その塩基配列に基づいて全合成することによっても取得することができる(Gene, 60(1), 115-127 (1987))。取得した目的タンパク質遺伝子は、そのまま、あるいは適宜改変して、利用することができる。すなわち、目的タンパク質遺伝子を改変することにより、そのバリアントを取得することができる。遺伝子の改変は公知の手法により行うことができる。例えば、部位特異的変異法により、DNAの目的の部位に目的の変異を導入することができる。部位特異的変異法としては、PCRを用いる方法(Higuchi, R., 61, in PCR technology, Erlich, H. A. Eds., Stockton press (1989);Carter, P., Meth. in Enzymol., 154, 382 (1987))や、ファージを用いる方法(Kramer,W. and Frits, H. J., Meth. in Enzymol., 154, 350 (1987);Kunkel, T. A. et al., Meth. in Enzymol., 154, 367 (1987))が挙げられる。あるいは、目的タンパク質遺伝子のバリアントを全合成してもよい。また、取得した目的タンパク質遺伝子に対して、適宜、プロモーター配列の導入等の改変を行い、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を取得することができる。なお、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物の他の構成要素(例えば、プロモーター配列)や目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物も、目的タンパク質遺伝子と同様に取得することができる。
遺伝子の改変は公知の手法により行うことができる。例えば、部位特異的変異法により、DNAの目的部位に目的の変異を導入することができる。部位特異的変異法としては、PCRを用いる方法(Higuchi, R., 61, in PCR technology, Erlich, H. A. Eds., Stockton press (1989);Carter, P., Meth. in Enzymol., 154, 382 (1987))や、ファージを用いる方法(Kramer,W. and Frits, H. J., Meth. in Enzymol., 154, 350 (1987);Kunkel, T. A. et al., Meth. in Enzymol., 154, 367 (1987))が挙げられる。
目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物をタラロマイセス・セルロリティカスに導入する手法は特に制限されない。「目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物の導入」とは、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を宿主に保持させることをいい、具体的には、目的タンパク質遺伝子を発現可能に宿主に導入することであってよい。「目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物の導入」には、特記しない限り、予め構築した目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を宿主に一括して導入する場合に限られず、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物の一部が宿主に導入され、且つ宿主内で目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物が構築される場合も包含される。例えば、宿主が本来的に有するプロモーターの下流に目的タンパク質遺伝子を導入することにより、染色体上で目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を構築してもよい。
目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物は、例えば、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を含むベクターを用いて宿主に導入できる。目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を含むベクターを「目的タンパク質の発現ベクター」ともいう。目的タンパク質の発現ベクターは、例えば、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物をベクターと連結することにより、構築することができる。また、例えば、ベクターがプロモーターを備える場合、目的タンパク質の発現ベクターは、当該プロモーターの下流に目的タンパク質遺伝子を連結することによっても、構築することができる。目的タンパク質の発現ベクターで宿主を形質転換することにより、同ベクターが導入された形質転換体が得られる、すなわち、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を宿主に導入することができる。ベクターは、宿主の細胞内において自律複製可能なものであれば特に制限されない。ベクターは、1コピーベクターであってもよく、低コピーベクターであってもよく、多コピーベクターであってもよい。ベクターは、形質転換体を選択するためのマーカー遺伝子を備えていてもよい。ベクターは、目的タンパク質遺伝子を発現するためのプロモーターやターミネーターを備えていてもよい。
また、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物は、宿主の染色体に導入されてよい。染色体への遺伝子の導入は、相同組み換えを利用して行うことができる。具体的には、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を含む組換えDNAで宿主を形質転換し、宿主の染色体上の目的部位と相同組み換えを起こすことにより、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を宿主の染色体上に導入することができる。相同組換えに用いる組換えDNAの構造は、所望の態様で相同組換えが起こるものであれば特に制限されない。例えば、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物を含む線状DNAであって、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物の両端に染色体上の置換対象部位の上流および下流の配列をそれぞれ備える線状DNAで宿主を形質転換して、置換対象部位の上流および下流でそれぞれ相同組換えを起こさせることにより、置換対象部位を目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物に置換することができる。相同組換えに用いる組換えDNAは、形質転換体を選択するためのマーカー遺伝子を備えていてよい。なお、目的タンパク質遺伝子やプロモーター等の、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物の一部の染色体への導入も、目的タンパク質の発現用の遺伝子構築物全体の染色体への導入と同様に行うことができる。
マーカー遺伝子は、宿主の栄養要求性等の形質に応じて適宜選択できる。例えば、宿主がpyrF遺伝子またはpyrG遺伝子の変異によりUracil要求性を示す場合、pyrF遺伝子またはpyrG遺伝子をマーカー遺伝子として用いることにより、Uracil要求性の相補(すなわちUracil非要求性)を指標として、目的の改変が導入された株を選抜することができる。また、マーカー遺伝子としては、ハイグロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子を用いることができる。
形質転換は、例えば、カビや酵母等の真核微生物の形質転換に通常用いられる手法により行うことができる。そのような手法としては、プロトプラスト法が挙げられる。
<1-3>YscBタンパク質の活性低下
本発明の微生物は、YscBタンパク質の活性が低下するように改変されている。本発明の微生物は、具体的には、非改変株と比較して、YscBタンパク質の活性が低下するように改変されている。本発明の微生物は、より具体的には、例えば、yscB遺伝子の発現が低下するように改変されていてもよく、yscB遺伝子が破壊されるように改変されていてもよい。YscBタンパク質の活性が低下するようにタラロマイセス・セルロリティカスを改変することにより、同微生物の目的タンパク質生産能を向上させることができる、すなわち、同微生物による目的タンパク質の生産を増大させることができる。
以下、YscBタンパク質およびそれをコードするyscB遺伝子について説明する。
YscBタンパク質は、プロテアーゼである。「プロテアーゼ」とは、タンパク質を加水分解する反応を触媒する活性を有するタンパク質をいう。また、同活性を「プロテアーゼ活性」ともいう。
Talaromyces cellulolyticus S6-25株のyscB遺伝子(イントロンを含む)の塩基配列、及び同遺伝子がコードするYscBタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号32および43に示す。すなわち、yscB遺伝子は、例えば、配列番号32に示す塩基配列を有する遺伝子であってよい。また、YscBタンパク質は、例えば、配列番号43に示すアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。なお、「(アミノ酸または塩基)配列を有する」という表現は、当該「(アミノ酸または塩基)配列を含む」場合および当該「(アミノ酸または塩基)配列からなる」場合を包含する。
yscB遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示したyscB遺伝子(例えば配列番号32に示す塩基配列を有する遺伝子)のバリアントであってもよい。同様に、YscBタンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記例示したYscBタンパク質(例えば配列番号43に示すアミノ酸配列を有するタンパク質)のバリアントであってもよい。そのような元の機能が維持されたバリアントを「保存的バリアント」という場合がある。本発明において、「yscB遺伝子」という用語は、上記例示したyscB遺伝子に限られず、その保存的バリアントを包含するものとする。同様に、「YscBタンパク質」という用語は、上記例示したYscBタンパク質に限られず、その保存的バリアントを包含するものとする。保存的バリアントとしては、例えば、上記例示したyscB遺伝子やYscBタンパク質のホモログや人為的な改変体が挙げられる。
「元の機能が維持されている」とは、遺伝子またはタンパク質のバリアントが、元の遺伝子またはタンパク質の機能(活性や性質)に対応する機能(活性や性質)を有することをいう。すなわち、「元の機能が維持されている」とは、yscB遺伝子にあっては、遺伝子のバリアントが、元の機能が維持されたタンパク質をコードすることをいう。また、「元の機能が維持されている」とは、YscBタンパク質にあっては、タンパク質のバリアントが、プロテアーゼ活性を有することをいう。
プロテアーゼ活性は、酵素を基質(タンパク質)とインキュベートし、酵素依存的な基質の分解を測定することにより、測定できる。また、プロテアーゼ活性は、市販のプロテアーゼ活性測定キットを用いて測定できる。
以下、保存的バリアントについて例示する。
yscB遺伝子のホモログまたはYscBタンパク質のホモログは、例えば、上記例示したyscB遺伝子の塩基配列または上記例示したYscBタンパク質のアミノ酸配列を問い合わせ配列として用いたBLAST検索やFASTA検索によって公開データベースから容易に取得することができる。また、yscB遺伝子のホモログは、例えば、タラロマイセス・セルロリティカスの染色体を鋳型にして、これら公知のyscB遺伝子の塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いたPCRにより取得することができる。
yscB遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示したYscBタンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号43に示すアミノ酸配列)において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。なお上記「1又は数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置やアミノ酸残基の種類によっても異なるが、具体的には、例えば、1~50個、1~40個、1~30個、好ましくは1~20個、より好ましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個、特に好ましくは1~3個を意味する。
上記の1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、及び/又は付加は、タンパク質の機能が正常に維持される保存的変異である。保存的変異の代表的なものは、保存的置換である。保存的置換とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、Tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Leu、Ile、Val間で、極性アミノ酸である場合には、Gln、Asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、His間で、酸性アミノ酸である場合には、Asp、Glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、Ser、Thr間でお互いに置換する変異である。保存的置換とみなされる置換としては、具体的には、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからGly、Asn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。また、上記のようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、又は付加には、遺伝子が由来する生物の個体差、種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant又はvariant)によって生じるものも含まれる。
また、yscB遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示したYscBタンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号43に示すアミノ酸配列)全体に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。尚、本明細書において、「相同性」(homology)は、「同一性」(identity)を意味する。
また、yscB遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示したyscB遺伝子の塩基配列(例えば、配列番号32に示す塩基配列)の相補配列又は同相補配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであってもよい。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。一例を示せば、相同性が高いDNA同士、例えば、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、あるいは通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC、0.1% SDS、好ましくは60℃、0.1×SSC、0.1% SDS、より好ましくは68℃、0.1×SSC、0.1% SDSに相当する塩濃度および温度で、1回、好ましくは2~3回洗浄する条件を挙げることができる。
上記プローブは、例えば、遺伝子の相補配列の一部であってよい。そのようなプローブは、公知の遺伝子の塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとし、これらの塩基配列を含むDNA断片を鋳型とするPCRによって作製することができる。プローブとしては、例えば、300 bp程度の長さのDNA断片を用いることができる。そのような場合、ハイブリダイゼーションの洗いの条件としては、50℃、2×SSC、0.1% SDSが挙げられる。
また、yscB遺伝子は、任意のコドンをそれと等価のコドンに置換したものであってもよい。すなわち、yscB遺伝子は、コドンの縮重による上記例示したyscB遺伝子のバリアントであってもよい。
2つの配列間の配列同一性のパーセンテージは、例えば、数学的アルゴリズムを用いて決定できる。このような数学的アルゴリズムの限定されない例としては、Myers and Miller (1988) CABIOS 4:11-17のアルゴリズム、Smith et al (1981) Adv. Appl. Math. 2:482の局所ホモロジーアルゴリズム、Needleman and Wunsch (1970) J. Mol. Biol. 48:443-453のホモロジーアライメントアルゴリズム、Pearson and Lipman (1988) Proc. Natl. Acad. Sci. 85:2444-2448の類似性を検索する方法、Karlin and Altschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-5877に記載されているような、改良された、Karlin and Altschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264のアルゴリズムが挙げられる。
これらの数学的アルゴリズムに基づくプログラムを利用して、配列同一性を決定するための配列比較(アラインメント)を行うことができる。プログラムは、適宜、コンピュータにより実行することができる。このようなプログラムとしては、特に限定されないが、PC/GeneプログラムのCLUSTAL(Intelligenetics, Mountain View, Calif.から入手可能)、ALIGNプログラム(Version 2.0)、並びにWisconsin Genetics Software Package, Version 8(Genetics Computer Group (GCG), 575 Science Drive, Madison, Wis., USAから入手可能)のGAP、BESTFIT、BLAST、FASTA、及びTFASTAが挙げられる。これらのプログラムを用いたアライメントは、例えば、初期パラメーターを用いて行うことができる。CLUSTALプログラムについては、Higgins et al. (1988) Gene 73:237-244、Higgins et al. (1989) CABIOS 5:151-153、Corpet et al. (1988) Nucleic Acids Res. 16:10881-90、Huang et al. (1992) CABIOS 8:155-65、及びPearson et al. (1994) Meth. Mol. Biol. 24:307-331によく記載されている。
対象のタンパク質をコードするヌクレオチド配列と相同性があるヌクレオチド配列を得るために、具体的には、例えば、BLASTヌクレオチド検索を、BLASTNプログラム、スコア=100、ワード長=12にて行うことができる。対象のタンパク質と相同性があるアミノ酸配列を得るために、具体的には、例えば、BLASTタンパク質検索を、BLASTXプログラム、スコア=50、ワード長=3にて行うことができる。BLASTヌクレオチド検索やBLASTタンパク質検索については、http://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。また、比較を目的としてギャップを加えたアライメントを得るために、Gapped BLAST(BLAST 2.0)を利用できる。また、PSI-BLAST(BLAST 2.0)を、配列間の離間した関係を検出する反復検索を行うのに利用できる。Gapped BLASTおよびPSI-BLASTについては、Altschul et al. (1997) Nucleic Acids Res. 25:3389を参照されたい。BLAST、Gapped BLAST、またはPSI-BLASTを利用する場合、例えば、各プログラム(例えば、ヌクレオチド配列に対してBLASTN、アミノ酸配列に対してBLASTX)の初期パラメーターが用いられ得る。アライメントは、手動にて行われてもよい。
2つの配列間の配列同一性は、2つの配列を最大一致となるように整列したときに2つの配列間で一致する残基の比率として算出される。なお、アミノ酸配列間の「同一性」とは、具体的には、特記しない限り、blastpによりデフォルト設定のScoring Parameters(Matrix:BLOSUM62;Gap Costs:Existence=11, Extension=1;Compositional Adjustments:Conditional compositional score matrix adjustment)を用いて算出されるアミノ酸配列間の同一性を意味してよい。また、塩基配列間の「同一性」とは、具体的には、特記しない限り、blastnによりデフォルト設定のScoring Parameters(Match/Mismatch Scores=1,-2;Gap Costs=Linear)を用いて算出される塩基配列間の同一性を意味してよい。
なお、上記の遺伝子やタンパク質のバリアントに関する記載は、目的タンパク質等の任意のタンパク質およびそれらをコードする遺伝子にも準用できる。
<1-4>その他の性質
本発明の微生物は、目的タンパク質生産能が損なわれない限り、その他の所望の性質(例えば改変)を有していてよい。改変としては、タラロマイセス・セルロリティカスの目的タンパク質生産能が向上する改変が挙げられる。改変として、具体的には、CreAタンパク質の活性が低下する改変が挙げられる。これらの性質や改変は、単独で、あるいは適宜組み合わせて、利用することができる。
すなわち、本発明の微生物は、例えば、CreAタンパク質の活性が低下するように改変されていてよい。本発明の微生物は、具体的には、非改変株と比較して、CreAタンパク質の活性が低下するように改変されていてよい。本発明の微生物は、より具体的には、例えば、creA遺伝子の発現が低下するように改変されていてもよく、creA遺伝子が破壊されるように改変されていてもよい。creA遺伝子は、カタボライトリプレッションに関与する転写因子をコードする遺伝子である。creA遺伝子は、糸状菌において、セルラーゼの発現に関与していることが知られている(Mol Gen Genet. 1996 Jun 24;251(4):451-60、Biosci Biotechnol Biochem. 1998 Dec;62(12):2364-70)。
Talaromyces cellulolyticus S6-25株のcreA遺伝子の塩基配列を配列番号44に示す。すなわち、creA遺伝子は、例えば、配列番号44に示す塩基配列を有する遺伝子であってよい。また、CreAタンパク質は、例えば、配列番号44に示す塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。creA遺伝子およびCreAタンパク質は、それぞれ、上記例示したcreA遺伝子およびCreAタンパク質の保存的バリアントであってもよい。creA遺伝子およびCreAタンパク質の保存的バリアントについては、yscB遺伝子およびYscBタンパク質の保存的バリアントについての記載を準用できる。なお、「元の機能が維持されている」とは、CreAタンパク質にあっては、タンパク質のバリアントが、カタボライトリプレッションに関与する転写因子としての機能を有することであってよい。
<1-5>タンパク質の活性を低下させる手法
以下に、YscBタンパク質やCreAタンパク質等のタンパク質の活性を低下させる手法について説明する。
「タンパク質の活性が低下する」とは、同タンパク質の活性が非改変株と比較して低下することを意味する。「タンパク質の活性が低下する」とは、具体的には、同タンパク質の細胞当たりの活性が非改変株と比較して低下することを意味する。ここでいう「非改変株」とは、標的のタンパク質の活性が低下するように改変されていない対照株を意味する。非改変株としては、野生株や親株が挙げられる。非改変株として、具体的には、タラロマイセス・セルロリティカスの説明において例示した株が挙げられる。すなわち、一態様において、タンパク質の活性は、タラロマイセス・セルロリティカスS6-25株と比較して低下してよい。なお、「タンパク質の活性が低下する」ことには、同タンパク質の活性が完全に消失している場合も包含される。「タンパク質の活性が低下する」とは、より具体的には、非改変株と比較して、同タンパク質の細胞当たりの分子数が低下していること、および/または、同タンパク質の分子当たりの機能が低下していることを意味してよい。すなわち、「タンパク質の活性が低下する」という場合の「活性」とは、タンパク質の触媒活性に限られず、タンパク質をコードする遺伝子の転写量(mRNA量)または翻訳量(タンパク質の量)を意味してもよい。なお、「タンパク質の細胞当たりの分子数が低下している」ことには、同タンパク質が全く存在していない場合も包含される。また、「タンパク質の分子当たりの機能が低下している」ことには、同タンパク質の分子当たりの機能が完全に消失している場合も包含される。タンパク質の活性の低下の程度は、タンパク質の活性が非改変株と比較して低下していれば特に制限されない。タンパク質の活性は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させることにより達成できる。「遺伝子の発現が低下する」とは、同遺伝子の発現が非改変株と比較して低下することを意味する。「遺伝子の発現が低下する」とは、具体的には、同遺伝子の細胞当たりの発現量が非改変株と比較して低下することを意味する。「遺伝子の発現が低下する」とは、より具体的には、遺伝子の転写量(mRNA量)が低下すること、および/または、遺伝子の翻訳量(タンパク質の量)が低下することを意味してよい。「遺伝子の発現が低下する」ことには、同遺伝子が全く発現していない場合が含まれる。なお、「遺伝子の発現が低下する」ことを、「遺伝子の発現が弱化される」ともいう。遺伝子の発現は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
遺伝子の発現の低下は、例えば、転写効率の低下によるものであってもよく、翻訳効率の低下によるものであってもよく、それらの組み合わせによるものであってもよい。遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子の発現調節配列を改変することにより達成できる。「発現調節配列」とは、プロモーター等の、遺伝子の発現に影響する部位の総称である。発現調節配列は、例えば、プロモーター検索ベクターやGENETYX等の遺伝子解析ソフトを用いて決定することができる。発現調節配列を改変する場合には、発現調節配列は、好ましくは1塩基以上、より好ましくは2塩基以上、特に好ましくは3塩基以上が改変される。遺伝子の転写効率の低下は、例えば、染色体上の遺伝子のプロモーターをより弱いプロモーターに置換することにより達成できる。「より弱いプロモーター」とは、遺伝子の転写が、もともと存在している野生型のプロモーターよりも弱化するプロモーターを意味する。より弱いプロモーターとしては、例えば、誘導型のプロモーターが挙げられる。すなわち、誘導型のプロモーターは、非誘導条件下(例えば、誘導物質の非存在下)でより弱いプロモーターとして機能し得る。また、発現調節配列の一部または全部の領域を欠失(欠損)させてもよい。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、発現制御に関わる因子を操作することによっても達成できる。発現制御に関わる因子としては、転写や翻訳制御に関わる低分子(誘導物質、阻害物質など)、タンパク質(転写因子など)、核酸(siRNAなど)等が挙げられる。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のコード領域に遺伝子の発現が低下するような変異を導入することによっても達成できる。例えば、遺伝子のコード領域のコドンを、宿主においてより低頻度で利用される同義コドンに置き換えることによって、遺伝子の発現を低下させることができる。また、例えば、後述するような遺伝子の破壊により、遺伝子の発現自体が低下し得る。
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより達成できる。「遺伝子が破壊される」とは、正常に機能するタンパク質を産生しないように同遺伝子が改変されることを意味する。「正常に機能するタンパク質を産生しない」ことには、同遺伝子からタンパク質が全く産生されない場合や、同遺伝子から分子当たりの機能(活性や性質)が低下又は消失したタンパク質が産生される場合が含まれる。
遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子を欠失(欠損)させることにより達成できる。「遺伝子の欠失」とは、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域の欠失をいう。さらには、染色体上の遺伝子のコード領域の前後の配列を含めて、遺伝子全体を欠失させてもよい。遺伝子のコード領域の前後の配列には、例えば、遺伝子の発現調節配列が含まれてよい。タンパク質の活性の低下が達成できる限り、欠失させる領域は、N末端領域(タンパク質のN末端側をコードする領域)、内部領域、C末端領域(タンパク質のC末端側をコードする領域)等のいずれの領域であってもよい。通常、欠失させる領域は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。欠失させる領域は、例えば、遺伝子のコード領域全長の10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、または95%以上の長さの領域であってよい。また、欠失させる領域の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。リーディングフレームの不一致により、欠失させる領域の下流でフレームシフトが生じ得る。creA遺伝子の場合、具体的には、例えば、配列番号44の3262~4509位に相当する部分を欠失させることにより、同遺伝子を破壊することができる。
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)を導入すること、終止コドン(ナンセンス変異)を導入すること、あるいは1~2塩基の付加または欠失(フレームシフト変異)を導入すること等によっても達成できる(Journal of Biological Chemistry 272:8611-8617(1997), Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 95 5511-5515(1998), Journal of Biological Chemistry 26 116, 20833-20839(1991))。
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域に他の塩基配列を挿入することによっても達成できる。挿入部位は遺伝子のいずれの領域であってもよいが、挿入する塩基配列は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。また、挿入部位の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。リーディングフレームの不一致により、挿入部位の下流でフレームシフトが生じ得る。他の塩基配列としては、コードされるタンパク質の活性を低下又は消失させるものであれば特に制限されないが、例えば、マーカー遺伝子や目的タンパク質生産に有用な遺伝子が挙げられる。
遺伝子の破壊は、特に、コードされるタンパク質のアミノ酸配列が欠失(欠損)するように実施してよい。言い換えると、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、タンパク質のアミノ酸配列を欠失させることにより、具体的には、アミノ酸配列を欠失したタンパク質をコードするように遺伝子を改変することにより、達成できる。なお、「タンパク質のアミノ酸配列の欠失」とは、タンパク質のアミノ酸配列の一部または全部の領域の欠失をいう。また、「タンパク質のアミノ酸配列の欠失」とは、タンパク質において元のアミノ酸配列が存在しなくなることをいい、元のアミノ酸配列が別のアミノ酸配列に変化する場合も包含される。すなわち、例えば、フレームシフトにより別のアミノ酸配列に変化した領域は、欠失した領域とみなしてよい。タンパク質のアミノ酸配列の欠失により、典型的にはタンパク質の全長が短縮されるが、タンパク質の全長が変化しないか、あるいは延長される場合もあり得る。例えば、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域の欠失により、コードされるタンパク質のアミノ酸配列において、当該欠失した領域がコードする領域を欠失させることができる。また、例えば、遺伝子のコード領域への終止コドンの導入により、コードされるタンパク質のアミノ酸配列において、当該導入部位より下流の領域がコードする領域を欠失させることができる。また、例えば、遺伝子のコード領域におけるフレームシフトにより、当該フレームシフト部位がコードする領域を欠失させることができる。アミノ酸配列の欠失における欠失させる領域の位置および長さについては、遺伝子の欠失における欠失させる領域の位置および長さの説明を準用できる。
染色体上の遺伝子を上記のように改変することは、例えば、正常に機能するタンパク質を産生しないように改変した破壊型遺伝子を作製し、該破壊型遺伝子を含む組換えDNAで宿主を形質転換して、破壊型遺伝子と染色体上の野生型遺伝子とで相同組換えを起こさせることにより、染色体上の野生型遺伝子を破壊型遺伝子に置換することによって達成できる。その際、組換えDNAには、宿主の栄養要求性等の形質にしたがって、マーカー遺伝子を含ませておくと操作がしやすい。破壊型遺伝子としては、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域を欠失した遺伝子、ミスセンス変異を導入した遺伝子、ナンセンス変異を導入した遺伝子、フレームシフト変異を導入した遺伝子、トランスポゾンやマーカー遺伝子等の挿入配列を導入した遺伝子が挙げられる。破壊型遺伝子によってコードされるタンパク質は、生成したとしても、野生型タンパク質とは異なる立体構造を有し、機能が低下又は消失する。
相同組換えに用いる組換えDNAの構造は、所望の態様で相同組換えが起こるものであれば特に制限されない。例えば、任意の配列を含む線状DNAであって、当該任意の配列の両端に染色体上の置換対象部位の上流および下流の配列をそれぞれ備える線状DNAで宿主を形質転換して、置換対象部位の上流および下流でそれぞれ相同組換えを起こさせることにより、1ステップで置換対象部位を当該任意の配列に置換することができる。当該任意の配列としては、例えば、マーカー遺伝子を含む配列を用いることができる。
マーカー遺伝子は、宿主の栄養要求性等の形質に応じて適宜選択できる。例えば、宿主がpyrF遺伝子またはpyrG遺伝子の変異によりUracil要求性を示す場合、pyrF遺伝子またはpyrG遺伝子をマーカー遺伝子として用いることにより、Uracil要求性の相補(すなわちUracil非要求性)を指標として、目的の改変が導入された株を選抜することができる。また、例えば、sC遺伝子(sulfate permiase遺伝子)の変異によりMethionine要求性を示す場合、sC遺伝子をマーカー遺伝子として用いることにより、Methionine要求性の相補(すなわちMethionine非要求性)を指標として、目的の改変が導入された株を選抜することができる。また、マーカー遺伝子としては、ハイグロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子を用いることができる。
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、突然変異処理により行ってもよい。突然変異処理としては、X線の照射、紫外線の照射、ならびにN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、およびメチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理が挙げられる。
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質の活性を測定することで確認できる。YscBタンパク質の活性は、例えば、上述したように測定できる。CreAタンパク質の活性は、例えば、カタボライトリプレッションの程度を測定することにより、測定できる。カタボライトリプレッションの程度は、例えば、グルコースを炭素源として含む培養条件でのセルラーゼ生産を測定することにより、測定することができる。すなわち、CreAタンパク質の活性が低下したことは、具体的には、例えば、グルコースを炭素源として含む培養条件でのセルラーゼ生産の向上を指標として、確認できる。
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質をコードする遺伝子の発現が低下したことを確認することによっても、確認できる。遺伝子の発現が低下したことは、同遺伝子の転写量が低下したことを確認することや、同遺伝子から発現するタンパク質の量が低下したことを確認することにより確認できる。
遺伝子の転写量が低下したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を非改変株と比較することによって行うことが出来る。mRNAの量を評価する方法としては、ノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR等が挙げられる(Molecular cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001))。mRNAの量(例えば、細胞当たりの分子数)は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
タンパク質の量が低下したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことが出来る(Molecular cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001))。タンパク質の量(例えば、細胞当たりの分子数)は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
遺伝子が破壊されたことは、破壊に用いた手段に応じて、同遺伝子の一部または全部の塩基配列、制限酵素地図、または全長等を決定することで確認できる。
形質転換は、例えば、カビや酵母等の真核微生物の形質転換に通常用いられる手法により行うことができる。そのような手法としては、プロトプラスト法が挙げられる。
<2>本発明の方法
本発明の微生物を利用して、目的タンパク質を製造することができる。具体的には、本発明の微生物を培養することにより、目的タンパク質を製造することができる。すなわち、本発明の方法は、具体的には、本発明の微生物を培地で培養することを含む、目的タンパク質の製造方法であってよい。
使用する培地は、本発明の微生物が増殖でき、目的タンパク質が生産される限り、特に制限されない。培地としては、例えば、炭素源、窒素源、リン酸源、硫黄源、その他の各種有機成分や無機成分から選択される成分を必要に応じて含有する培地を用いることができる。培地成分の種類や濃度は、当業者が適宜設定することができる。具体的な培地組成については、例えば、タラロマイセス・セルロリティカスに関する既報(特開2003-135052、特開2008-271826、特開2008-271927等)に記載の培地組成や、トリコデルマ・リーゼイ等のその他各種セルラーゼ生産微生物用の培地組成を参照することができる。
炭素源は、本発明の微生物が資化して目的タンパク質を生成できるものであれば、特に制限されない。炭素源としては、例えば、糖類やセルロース系基質が挙げられる。糖類として、具体的には、例えば、グルコース、フルクトース、ガラクトース、キシロース、アラビノース、スクロース、ラクトース、セロビオース、廃糖蜜、澱粉加水分解物、バイオマス加水分解物が挙げられる。セルロース系基質として、具体的には、例えば、微結晶セルロース(アビセル)、ろ紙、古紙、パルプ、木材、稲わら、麦わら、籾殻、米ぬか、小麦ふすま、サトウキビバガス、コーヒー粕、茶粕が挙げられる。セルロース系基質は、水熱分解処理、酸処理、アルカリ処理、蒸煮、爆砕、粉砕等の前処理に供してから炭素源として利用してもよい。市販の好適なセルロース系基質としては、ソルカフロック(International Fiber Corp, North Tonawanda, NY, U.S.A)が挙げられる。炭素源としては、1種の炭素源を用いてもよく、2種またはそれ以上の炭素源を組み合わせて用いてもよい。
窒素源として、具体的には、例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、コーンスティープリカー、大豆タンパク質分解物等の有機窒素源、アンモニア、ウレアが挙げられる。窒素源としては、1種の窒素源を用いてもよく、2種またはそれ以上の窒素源を組み合わせて用いてもよい。
リン酸源として、具体的には、例えば、リン酸2水素カリウム、リン酸水素2カリウム等のリン酸塩、ピロリン酸等のリン酸ポリマーが挙げられる。リン酸源としては、1種のリン酸源を用いてもよく、2種またはそれ以上のリン酸源を組み合わせて用いてもよい。
硫黄源として、具体的には、例えば、硫酸塩、チオ硫酸塩、亜硫酸塩等の無機硫黄化合物、システイン、シスチン、グルタチオン等の含硫アミノ酸が挙げられる。硫黄源としては、1種の硫黄源を用いてもよく、2種またはそれ以上の硫黄源を組み合わせて用いてもよい。
その他の各種有機成分や無機成分として、具体的には、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム等の無機塩類;鉄、マンガン、マグネシウム、カルシウム等の微量金属類;ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、ビタミンB12等のビタミン類;アミノ酸類;核酸類;これらを含有するペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、大豆タンパク質分解物等の有機成分が挙げられる。その他の各種有機成分や無機成分としては、1種の成分を用いてもよく、2種またはそれ以上の成分を組み合わせて用いてもよい。
培養条件は、本発明の微生物が増殖でき、目的タンパク質が生産される限り、特に制限されない。培養は、例えば、糸状菌等の微生物の培養に用いられる通常の条件で行うことができる。具体的な培養条件については、例えば、タラロマイセス・セルロリティカスに関する既報(特開2003-135052、特開2008-271826、特開2008-271927等)に記載の培養条件や、トリコデルマ・リーゼイ等のその他各種セルラーゼ生産微生物用の培養条件を参照することができる。
培養は、例えば、液体培地を用いて、好気条件で行うことができる。好気条件での培養は、具体的には、通気培養、振盪培養、撹拌培養、またはそれらの組み合わせで行うことができる。培養温度は、例えば、15~43℃であってよく、特に約30℃であってよい。培養期間は、例えば、2時間~20日であってよい。培養は、回分培養(batch culture)、流加培養(Fed-batch culture)、連続培養(continuous culture)、またはそれらの組み合わせにより実施することができる。なお、培養開始時の培地を、「初発培地」ともいう。また、流加培養または連続培養において培養系(発酵槽)に供給する培地を、「流加培地」ともいう。また、流加培養または連続培養において培養系に流加培地を供給することを、「流加」ともいう。また、培養は、前培養と本培養とに分けて実施してもよい。例えば、前培養を寒天培地等の固体培地上で行い、本培養を液体培地で行ってもよい。培養は、例えば、培地中の炭素源が消費されるまで、あるいは本発明の微生物の活性がなくなるまで、継続してもよい。
本発明において、各培地成分は、初発培地、流加培地、またはその両方に含有されていてよい。初発培地に含有される成分の種類は、流加培地に含有される成分の種類と、同一であってもよく、そうでなくてもよい。また、初発培地に含有される各成分の濃度は、流加培地に含有される各成分の濃度と、同一であってもよく、そうでなくてもよい。また、含有する成分の種類および/または濃度の異なる2種またはそれ以上の流加培地を用いてもよい。例えば、複数回の流加が間欠的に行われる場合、各回の流加培地に含有される成分の種類および/または濃度は、同一であってもよく、そうでなくてもよい。
各種成分の濃度は、ガスクロマトグラフィー(Hashimoto, K. et al. 1996. Biosci. Biotechnol. Biochem. 70:22-30)やHPLC(Lin, J. T. et al. 1998. J. Chromatogr. A. 808: 43-49)により測定することができる。
上記のようにして本発明の微生物を培養することにより、目的タンパク質が発現し、目的タンパク質を含む培養物が得られる。目的タンパク質は、具体的には、培地中、菌体表層、菌体内、またはそれらの組み合わせへ蓄積してよい。目的タンパク質は、特に、培地中に蓄積してよい。
目的タンパク質が生産されたことは、タンパク質の検出または同定に用いられる公知の方法により確認することができる。そのような方法としては、例えば、SDS-PAGE、Western blotting、質量分析、N末アミノ酸配列解析、酵素活性測定が挙げられる。これらの方法は、1種を単独で用いてもよく、2種またはそれ以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
生成した目的タンパク質は、適宜回収することができる。すなわち、本発明の目的タンパク質の製造方法は、生成した目的タンパク質を回収することを含んでいてよい。具体的には、目的タンパク質は、目的タンパク質を含む適当な画分として回収することができる。そのような画分としては、例えば、培養物、培養上清、菌体、菌体処理物(破砕物、溶解物、抽出物(無細胞抽出液)が挙げられる。菌体は、例えば、アクリルアミドやカラギーナン等の担体で固定化した固定化菌体の形態で提供されてもよい。
また、目的タンパク質は、所望の程度に分離精製されてもよい。目的タンパク質は、遊離の状態で提供されてもよいし、樹脂等の固相に固定化された固定化酵素の状態で提供されてもよい。
培地中に目的タンパク質が蓄積する場合、目的タンパク質は、例えば、菌体等の固形分を遠心分離等により培養物から除去した後、上清から分離精製することができる。
菌体内に目的タンパク質が蓄積する場合、目的タンパク質は、例えば、菌体を破砕、溶解、または抽出等の処理に供した後、処理物から分離精製することができる。菌体は、遠心分離等により培養物から回収することができる。細胞の破砕、溶解、または抽出等の処理は、公知の方法により行うことができる。そのような方法としては、例えば、超音波破砕法、ダイノミル法、ビーズ破砕、フレンチプレス破砕、リゾチーム処理が挙げられる。これらの方法は、1種を単独で用いてもよく、2種またはそれ以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
菌体表層に目的タンパク質が蓄積する場合、目的タンパク質は、例えば、可溶化した後、可溶化物から分離精製することができる。可溶化は、公知の方法により行うことができる。そのような方法としては、例えば、塩濃度の上昇や界面活性剤の使用が挙げられる。これらの方法は、1種を単独で用いてもよく、2種またはそれ以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
目的タンパク質の精製(例えば、上記のような上清、処理物、または可溶化物からの精製)は、タンパク質の精製に用いられる公知の方法により行うことができる。そのような方法としては、例えば、硫安分画、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、等電点沈殿が挙げられる。これらの方法は、1種を単独で用いてもよく、2種またはそれ以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
なお、培養物には、目的タンパク質とともに、他の酵素、例えば、セルラーゼや、キシラナーゼ、キシロビアーゼ(β-キシロシダーゼ)、アラビノフラノシダーゼ等のヘミセルラーゼ、も生成蓄積し得る。目的タンパク質は、そのような他の酵素との混合物として回収されてもよく、そのような他の酵素と分離して回収されてもよい。
回収した目的タンパク質は、適宜、製剤化してもよい。剤形は特に制限されず、目的タンパク質の使用用途等の諸条件に応じて適宜設定することができる。剤形としては、例えば、液剤、懸濁剤、散剤、錠剤、丸剤、カプセル剤が挙げられる。製剤化にあたっては、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、安定化剤、矯味剤、矯臭剤、香料、希釈剤、界面活性剤等の薬理学的に許容される添加剤を使用することができる。
以下、非限定的な実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
(1)Talaromyces cellulolyticusのyscB遺伝子欠損株F09ΔyscBの構築
Talaromyces cellulolyticus F09株(特開2016-131533)を親株として、以下の手順によりyscB遺伝子(配列番号32)を破壊し、T. cellulolyticus F09ΔyscB株を構築した。F09株は、T. cellulolyticus S6-25株(NITE BP-01685)を親株として得られたpyrF遺伝子に変異(一塩基置換)を有する株である。F09株は、pyrF遺伝子の変異により、Uracil要求性を示す。
はじめに、T. cellulolyticusのyscB遺伝子上流領域、ハイグロマイシン耐性遺伝子、T. cellulolyticusのyscB遺伝子下流領域の順に連結された塩基配列を有するyscB遺伝子破壊用DNA断片を以下の手順に従って作成した。
T. cellulolyticus Y-94株(FERM BP-5826)のゲノムDNAを鋳型として、プライマー(配列番号1と2)を用いたPCRによりyscB遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号3と4)を用いたPCRによりyscB遺伝子の下流領域を、それぞれ増幅した。また、ハイグロマイシン耐性遺伝子が搭載されたpcDNA3.1/Hygro(+)(Life Technologies)を鋳型として、プライマー(配列番号5と6)を用いたPCRにより、ハイグロマイシン耐性遺伝子(プロモーターとターミネーターを含む)を増幅した。PCR産物はWizard SV Gel and PCR Clean-Up System(Promega)を用いて精製した。精製したPCR産物をIn-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)によりキット付属のpUCプラスミドに組み込み連結した。反応物でE. coli JM109を形質転換し、LB寒天培地(100 mg/L アンピシリンを含む)で37℃一晩培養することでコロニーを形成させた。得られた形質転換体からWizard Plus Miniprep System(Promega)を用いyscB遺伝子破壊用DNA断片が組み込まれたpUC-yscB::hygプラスミドを得た。pUC-yscB::hygプラスミドを鋳型として、プライマー(配列番号1と4)を用いたPCRによりyscB遺伝子破壊用DNA断片を増幅し、エタノール沈殿により濃縮および精製した。
次に、F09株を12 g/L Potato Dextrose Broth(Difco)、20 g/L Bacto Agar(Difco)を含む培地に接種し、30℃で培養を行った。寒天培地上に形成させたコロニーの端付近をストローで打ち抜いて得たアガーディスク1個を、24 g/L Potato Dextrose Brothを含む培地に接種し、30℃、220 rpmで2日間旋回培養した。菌体を遠心分離(5000 rpm、5分間)で回収し、10g/L Yatalase(タカラバイオ)、10 mM KH2PO4、0.8 M NaClを含む水溶液(pH6.0)を30 mL加え、振とうしながら30℃で2時間反応させ、細胞壁を消化しプロトプラスト化した。ガラスフィルターで残渣を除いた後、遠心分離(2000 rpm、10分間)でプロトプラストを回収し、1.2 M Sorbitol、10 mM CaCl2を含むTris-HCl緩衝液(pH7.5)にて1 mLに懸濁しプロトプラスト溶液を調製した。200 μLのプロトプラスト溶液に、精製したyscB破壊用DNA断片を10μgと、400 g/L PEG4000、10mM CaCl2を含むTris-HCl緩衝液(pH7.5)を50 μL加え、氷上で30分間放置した。その後さらに1 mLの400 g/L PEG4000、10mM CaCl2を含むTris-HCl緩衝液(pH7.5)を加えて混合し、室温で15分間放置し形質転換を行った。遠心分離(2000 rpm、10分間)で回収したプロトプラストを1 M Sucrose、1 g/L Uracil、1 g/L Uridineを含む最少培地(10 g/L Glucose、10 mM NH4Cl、10 mM KH2PO4、7 mM KCl、2 mM MgSO4、0.06 mg/L H3BO3、0.26 mg/L (NH4)6Mo7O24・4H2O、1 mg/L FeCl3・6H2O、0.4 mg/L CuSO4・5H2O、0.08 mg/L MnCl2、2 mg/L ZnCl2、20g/L Bacto Agar)に播種し、30℃で1日間培養した後、0.5 g/L Hygromycin B、24 g/L Potato Dextrose Broth、7 g/L Bacto Agarを含む培地を重層し、さらに30℃で3日間培養することでハイグロマイシン耐性株を選抜した。出現したコロニーを0.5 g/L Hygromycin Bを含む最少培地に接種し、30℃で4日間培養した後、yscB遺伝子がHygromycin耐性遺伝子で置換されていることを確認し、F09由来yscB破壊株(F09ΔyscB株)を得た。
(2)ヒト血清アルブミン(HSA)発現株の構築と培養評価
T. cellulolyticus F09株およびF09ΔyscB株を親株として、以下の手順によりヒト血清アルブミン(HSA)発現株を構築した。
はじめに、T. cellulolyticusのcreA遺伝子上流領域、T. cellulolyticusのcbh2遺伝子上流領域(cbh2プロモーター;配列番号33)、T. cellulolyticusのcbh1分泌シグナルコード配列(配列番号34)、HSA遺伝子(配列番号35)、T. cellulolyticusのcbh2遺伝子下流領域(cbh2ターミネーター;配列番号36)、T. cellulolyticusのpyrF遺伝子マーカー(配列番号37)、T. cellulolyticusのcreA遺伝子下流領域の順に連結された塩基配列を有するHSA発現用DNA断片を以下の手順に従って作成した。
T. cellulolyticus Y-94株(FERM BP-5826)のゲノムDNAを鋳型として、プライマー(配列番号7と8)を用いたPCRによりcreA遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号9と10)を用いたPCRによりcbh2遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号11と12)を用いたPCRによりcbh1分泌シグナルコード配列を、プライマー(配列番号13と14)を用いたPCRによりcbh2遺伝子の下流領域を、プライマー(配列番号15と16)を用いたPCRによりpyrF遺伝子マーカーを、プライマー(配列番号17と18)を用いたPCRによりcreA遺伝子下流領域を、それぞれ増幅した。また、ユーロフィン株式会社より購入した全合成遺伝子を鋳型として、プライマー(配列番号19と20)を用いたPCRによりHSA遺伝子を増幅した。PCR産物はWizard SV Gel and PCR Clean-Up System(Promega)を用いて精製した。精製したPCR産物を2種類ずつ混合したものを鋳型とし、再度PCRを行い連結することを繰り返した後、In-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)によりキット付属のpUCプラスミドに組み込んだ。反応物でE. coli JM109を形質転換し、LB寒天培地(100 mg/L アンピシリンを含む)で37℃一晩培養することでコロニーを形成させた。得られた形質転換体からWizard Plus Miniprep System(Promega)を用いHSA発現用DNA断片が組み込まれたpUC-creA::Pcbh2-HSA-pyrFプラスミドを得た。pUC-creA::Pcbh2-HSA-pyrFプラスミドを鋳型として、プライマー(配列番号7と18)を用いたPCRによりHSA発現用DNA断片を増幅し、エタノール沈殿により濃縮および精製した。なお、HSA発現配列の両端にcreA遺伝子の上流および下流配列を連結することにより、ゲノム上のランダムな位置ではなくcreA遺伝子領域を狙ってHSA発現配列を挿入することを可能にしている。
次に、F09株およびF09ΔyscB株を(1)と同様の手法で培養、プロトプラスト化し、精製したHSA発現用DNA断片で(1)と同様に形質転換を行った。遠心分離(2000 rpm、10分間)で回収したプロトプラストを1 M Sucroseを含む最少培地に播種し、30℃で7日間培養することでUracil要求性が相補された株を選抜した。出現したコロニーを最少培地に接種し30℃で4日間培養した後、creA遺伝子領域がHSA発現配列で置換されていることを確認し、F09株およびF09ΔyscB株由来HSA発現株を得た。
F09株およびF09ΔyscB株由来HSA発現株を、12 g/L Potato Dextrose Broth(Difco)、20 g/L Bacto Agar(Difco)を含む培地に接種し、30℃で培養を行った。寒天培地上に形成させたコロニーの端付近をストローで打ち抜いて得たアガーディスク1個を20 mL の50 g/L Solka Floc、24 g/L KH2PO4、5 g/L (NH4)2SO4、3 g/L Urea、1 g/L Tween80、1.2 g/L MgSO4・7H2O、0.01 g/L ZnSO4・7H2O、0.01 g/L MnSO4・5H2O、0.01 g/L CuSO4・5H2Oを含む液体培地に接種し、30℃、220 rpmで7日間培養を行なった。得られた培養液を0.22 μmのフィルターに通し、培養液上清を得た。
HSAの分泌生産を確認するため、得られた培養液上清をSDS-PAGEに供した後、抗HSA抗体(SIGMA, A6684)によるウエスタンブロッティングを行った。結果を図1に示す。F09株では、HSAのバンドが確認できるものの非常に薄く、また分解物と見られるバンドが低分子量側に認められた。一方、F09ΔyscB株では、濃くHSAのバンドが確認でき、低分子量側にバンドはほぼ認められなかった。このことから、F09株ではHSAが分解したのに対し、F09ΔyscB株ではHSAの分解が抑制されることでHSAの分泌生産量が増加していることが示唆された。そこで、Albumin ELISA Quantitation Kit,Human(Bethyl Laboratories, inc.)を用いELISAによるHSAの定量を行った。結果を表1に示す。F09株と比較してF09ΔyscB株ではHSA分泌生産量が増加していることが確認され、よって、yscB遺伝子欠損によりHSAの分泌生産量が向上することが示された。
(3)トラスツズマブ発現株の構築と培養評価
T. cellulolyticus F09株およびF09ΔyscB株を親株として、以下の手順によりトラスツズマブ発現株を構築した。
はじめに、T. cellulolyticusのcreA遺伝子上流領域、T. cellulolyticusのcbh2遺伝子上流領域(cbh2プロモーター;配列番号33)、T. cellulolyticusのcbh1分泌シグナルコード配列(配列番号34)、トラスツズマブ重鎖遺伝子(配列番号38)、T. cellulolyticusのcbh1遺伝子下流領域(cbh1ターミネーター;配列番号39)、T. cellulolyticusのpyrF遺伝子マーカー(配列番号37)、T. cellulolyticusのcbh2遺伝子上流領域(cbh2プロモーター;配列番号33)、T. cellulolyticusのcbh1分泌シグナルコード配列(配列番号34)、トラスツズマブ軽鎖遺伝子(配列番号40)、T. cellulolyticusのcbh2遺伝子下流領域(cbh2ターミネーター;配列番号36)、T. cellulolyticusのcreA遺伝子下流領域の順に連結された塩基配列を有するトラスツズマブ発現用DNA断片を以下の手順に従って作成した。
T. cellulolyticus Y-94株(FERM BP-5826)のゲノムDNAを鋳型として、プライマー(配列番号7と8)を用いたPCRによりcreA遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号9と10)を用いたPCRによりcbh2遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号11と21)を用いたPCRによりcbh1分泌シグナルコード配列を、プライマー(配列番号22と23)を用いたPCRによりcbh1遺伝子の下流領域を、プライマー(配列番号24と16)を用いたPCRによりpyrF遺伝子マーカーを、プライマー(配列番号25と10)を用いたPCRによりcbh2遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号11と26)を用いたPCRによりcbh1分泌シグナルコード配列を、プライマー(配列番号13と14)を用いたPCRによりcbh2遺伝子の下流領域を、プライマー(配列番号27と18)を用いたPCRによりcreA遺伝子下流領域を、それぞれ増幅した。また、ユーロフィン株式会社より購入した全合成遺伝子を鋳型として、プライマー(配列番号28と29)を用いたPCRによりトラスツズマブ重鎖遺伝子を、プライマー(配列番号30と31)を用いたPCRによりトラスツズマブ軽鎖遺伝子を、それぞれ増幅した。PCR産物はWizard SV Gel and PCR Clean-Up System(Promega)を用いて精製した。精製したPCR産物を2種類ずつ混合したものを鋳型とし、再度PCRを行い連結することを繰り返した後、In-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)によりキット付属のpUCプラスミドに組み込んだ。反応物でE. coli JM109を形質転換し、LB寒天培地(100 mg/L アンピシリンを含む)で37℃一晩培養することでコロニーを形成させた。得られた形質転換体からWizard Plus Miniprep System(Promega)を用いトラスツズマブ発現用DNA断片が組み込まれたpUC-creA::Pcbh2-Her_H-pyrF-Pcbh2-Her_Lプラスミドを得た。pUC-creA::Pcbh2-Her_H-pyrF-Pcbh2-Her_Lプラスミドを鋳型として、プライマー(配列番号7と18)を用いたPCRによりトラスツズマブ発現用DNA断片を増幅し、エタノール沈殿により濃縮および精製した。なお、トラスツズマブ発現配列の両端にcreA遺伝子の上流および下流配列を連結することにより、ゲノム上のランダムな位置ではなくcreA遺伝子領域を狙ってトラスツズマブ発現配列を挿入することを可能にしている。
次に、F09株およびF09ΔyscB株を(1)と同様の手法で培養、プロトプラスト化し、精製したトラスツズマブ発現用DNA断片で(1)と同様に形質転換を行った。遠心分離(2000 rpm、10分間)で回収したプロトプラストを1 M Sucroseを含む最少培地に播種し、30℃で7日間培養することでUracil要求性が相補された株を選抜した。出現したコロニーを最少培地に接種し30℃で4日間培養した後、creA遺伝子領域がトラスツズマブ発現配列で置換されていることを確認し、F09株およびF09ΔyscB株由来トラスツズマブ発現株を得た。
F09株およびF09ΔyscB株由来トラスツズマブ発現株を、12 g/L Potato Dextrose Broth(Difco)、20 g/L Bacto Agar(Difco)を含む培地に接種し、30℃で培養を行った。寒天培地上に形成させたコロニーの端付近をストローで打ち抜いて得たアガーディスク1個を20 mL の50 g/L Solka Floc、24 g/L KH2PO4、5 g/L (NH4)2SO4、3 g/L Urea、1 g/L Tween80、1.2 g/L MgSO4・7H2O、0.01 g/L ZnSO4・7H2O、0.01 g/L MnSO4・5H2O、0.01 g/L CuSO4・5H2Oを含む液体培地に接種し、30℃、220 rpmで7日間培養を行なった。得られた培養液を0.22 μmのフィルターに通し、培養液上清を得た。
トラスツズマブの分泌生産を確認するため、得られた培養液上清をProteus ProteinA Antibody Purification Midi Kit(BIO-RAD)を用いてProteinAによる抗体精製に供した。同量の培養液上清から得られた溶出液をSDS-PAGEに供した。結果を図2に示す。同時に泳動したトラスツズマブ標品(中外製薬)の段階希釈液を対照として画像解析によりサンプル中のトラスツズマブ濃度を計算した。軽鎖のバンドの結果を表2に示す。重鎖のバンドについても表2と同様の傾向が確認された。F09株と比較してF09ΔyscB株ではトラスツズマブ分泌生産量が増加していることが確認され、よって、yscB遺伝子欠損によりトラスツズマブの分泌生産量が向上することが示された。
(4)ニボルマブ発現株の構築と培養評価
T. cellulolyticus F09株およびF09ΔyscB株を親株として、以下の手順によりニボルマブ発現株を構築した。
はじめに、T. cellulolyticusのcreA遺伝子上流領域、T. cellulolyticusのcbh2遺伝子上流領域(cbh2プロモーター;配列番号33)、T. cellulolyticusのcbh1分泌シグナルコード配列(配列番号34)、ニボルマブ重鎖遺伝子(配列番号45)、T. cellulolyticusのcbh1遺伝子下流領域(cbh1ターミネーター;配列番号39)、T. cellulolyticusのpyrF遺伝子マーカー(配列番号37)、T. cellulolyticusのcbh2遺伝子上流領域(cbh2プロモーター;配列番号33)、T. cellulolyticusのcbh1分泌シグナルコード配列(配列番号34)、ニボルマブ軽鎖遺伝子(配列番号46)、T. cellulolyticusのcbh2遺伝子下流領域(cbh2ターミネーター;配列番号36)、T. cellulolyticusのcreA遺伝子下流領域の順に連結された塩基配列を有するニボルマブ発現用DNA断片を以下の手順に従って作成した。
T. cellulolyticus Y-94株(FERM BP-5826)のゲノムDNAを鋳型として、プライマー(配列番号7と8)を用いたPCRによりcreA遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号9と10)を用いたPCRによりcbh2遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号11と21)を用いたPCRによりcbh1分泌シグナルコード配列を、プライマー(配列番号22と23)を用いたPCRによりcbh1遺伝子の下流領域を、プライマー(配列番号24と16)を用いたPCRによりpyrF遺伝子マーカーを、プライマー(配列番号25と10)を用いたPCRによりcbh2遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号11と26)を用いたPCRによりcbh1分泌シグナルコード配列を、プライマー(配列番号13と14)を用いたPCRによりcbh2遺伝子の下流領域を、プライマー(配列番号27と18)を用いたPCRによりcreA遺伝子下流領域を、それぞれ増幅した。また、ユーロフィン株式会社より購入した全合成遺伝子を鋳型として、プライマー(配列番号47と48)を用いたPCRによりニボルマブ重鎖遺伝子を、プライマー(配列番号49と50)を用いたPCRによりニボルマブ軽鎖遺伝子を、それぞれ増幅した。PCR産物はWizard SV Gel and PCR Clean-Up System(Promega)を用いて精製した。精製したPCR産物を2種類ずつ混合したものを鋳型とし、再度PCRを行い連結することを繰り返した後、In-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)によりキット付属のpUCプラスミドに組み込んだ。反応物でE. coli JM109を形質転換し、LB寒天培地(100 mg/L アンピシリンを含む)で37℃一晩培養することでコロニーを形成させた。得られた形質転換体からWizard Plus Miniprep System(Promega)を用いニボルマブ発現用DNA断片が組み込まれたpUC-creA::Pcbh2-Opd_H-pyrF-Pcbh2-Opd_Lプラスミドを得た。pUC-creA::Pcbh2-Opd_H-pyrF-Pcbh2-Opd_Lプラスミドを鋳型として、プライマー(配列番号7と18)を用いたPCRによりニボルマブ発現用DNA断片を増幅し、エタノール沈殿により濃縮および精製した。なお、ニボルマブ発現配列の両端にcreA遺伝子の上流および下流配列を連結することにより、ゲノム上のランダムな位置ではなくcreA遺伝子領域を狙ってニボルマブ発現配列を挿入することを可能にしている。
次に、F09株およびF09ΔyscB株を(1)と同様の手法で培養、プロトプラスト化し、精製したニボルマブ発現用DNA断片で(1)と同様に形質転換を行った。遠心分離(2000 rpm、10分間)で回収したプロトプラストを1 M Sucroseを含む最少培地に播種し、30℃で7日間培養することでUracil要求性が相補された株を選抜した。出現したコロニーを最少培地に接種し30℃で4日間培養した後、creA遺伝子領域がニボルマブ発現配列で置換されていることを確認し、F09株およびF09ΔyscB株由来ニボルマブ発現株を得た。
F09株およびF09ΔyscB株由来ニボルマブ発現株を、12 g/L Potato Dextrose Broth(Difco)、20 g/L Bacto Agar(Difco)を含む培地に接種し、30℃で培養を行った。寒天培地上に形成させたコロニーの端付近をストローで打ち抜いて得たアガーディスク1個を20 mL の50 g/L Solka Floc、24 g/L KH2PO4、5 g/L (NH4)2SO4、3 g/L Urea、1 g/L Tween80、1.2 g/L MgSO4・7H2O、0.01 g/L ZnSO4・7H2O、0.01 g/L MnSO4・5H2O、0.01 g/L CuSO4・5H2Oを含む液体培地に接種し、30℃、220 rpmで7日間培養を行なった。得られた培養液を0.22 μmのフィルターに通し、培養液上清を得た。
ニボルマブの分泌生産量は、Human IgG ELISA Quantitation Kit(Bethyl Laboratories, Inc.)により培養液上清中のヒトIgG量として測定した。結果を表3に示す。F09株と比較してF09ΔyscB株ではニボルマブ分泌生産量が増加していることが確認され、よって、yscB遺伝子欠損によりニボルマブの分泌生産量が向上することが示された。
(5)Keratinocyte growth factor 1(KGF-1)発現株の構築と培養評価
T. cellulolyticus F09株およびF09ΔyscB株を親株として、以下の手順によりKeratinocyte growth factor 1(KGF-1)発現株を構築した。
はじめに、T. cellulolyticusのcreA遺伝子上流領域、T. cellulolyticusのcbh2遺伝子上流領域(cbh2プロモーター;配列番号33)、T. cellulolyticusのcbh1分泌シグナルコード配列(配列番号34)、His6タグを付加したKGF-1をコードする遺伝子(配列番号51)、T. cellulolyticusのcbh2遺伝子下流領域(cbh2ターミネーター;配列番号36)、T. cellulolyticusのpyrF遺伝子マーカー(配列番号37)、T. cellulolyticusのcreA遺伝子下流領域の順に連結された塩基配列を有するKGF-1発現用DNA断片を以下の手順に従って作成した。
T. cellulolyticus Y-94株(FERM BP-5826)のゲノムDNAを鋳型として、プライマー(配列番号7と8)を用いたPCRによりcreA遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号9と10)を用いたPCRによりcbh2遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号11と12)を用いたPCRによりcbh1分泌シグナルコード配列を、プライマー(配列番号13と14)を用いたPCRによりcbh2遺伝子の下流領域を、プライマー(配列番号15と16)を用いたPCRによりpyrF遺伝子マーカーを、プライマー(配列番号17と18)を用いたPCRによりcreA遺伝子下流領域を、それぞれ増幅した。また、ユーロフィン株式会社より購入した全合成遺伝子を鋳型として、プライマー(配列番号52と53)を用いたPCRによりHis6タグを付加したKGF-1をコードする遺伝子を増幅した。PCR産物はWizard SV Gel and PCR Clean-Up System(Promega)を用いて精製した。精製したPCR産物を2種類ずつ混合したものを鋳型とし、再度PCRを行い連結することを繰り返した後、In-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)によりキット付属のpUCプラスミドに組み込んだ。反応物でE. coli JM109を形質転換し、LB寒天培地(100 mg/L アンピシリンを含む)で37℃一晩培養することでコロニーを形成させた。得られた形質転換体からWizard Plus Miniprep System(Promega)を用いKGF-1発現用DNA断片が組み込まれたpUC-creA::Pcbh2-KGF1-pyrFプラスミドを得た。pUC-creA::Pcbh2-KGF1-pyrFプラスミドを鋳型として、プライマー(配列番号7と18)を用いたPCRによりKGF-1発現用DNA断片を増幅し、エタノール沈殿により濃縮および精製した。なお、KGF-1発現配列の両端にcreA遺伝子の上流および下流配列を連結することにより、ゲノム上のランダムな位置ではなくcreA遺伝子領域を狙ってKGF-1発現配列を挿入することを可能にしている。
次に、F09株およびF09ΔyscB株を(1)と同様の手法で培養、プロトプラスト化し、精製したKGF-1発現用DNA断片で(1)と同様に形質転換を行った。遠心分離(2000 rpm、10分間)で回収したプロトプラストを1 M Sucroseを含む最少培地に播種し、30℃で7日間培養することでUracil要求性が相補された株を選抜した。出現したコロニーを最少培地に接種し30℃で4日間培養した後、creA遺伝子領域がKGF-1発現配列で置換されていることを確認し、F09株およびF09ΔyscB株由来KGF-1発現株を得た。
F09株およびF09ΔyscB株由来KGF-1発現株を、12 g/L Potato Dextrose Broth(Difco)、20 g/L Bacto Agar(Difco)を含む培地に接種し、30℃で培養を行った。寒天培地上に形成させたコロニーの端付近をストローで打ち抜いて得たアガーディスク1個を20 mL の50 g/L Solka Floc、24 g/L KH2PO4、5 g/L (NH4)2SO4、3 g/L Urea、1 g/L Tween80、1.2 g/L MgSO4・7H2O、0.01 g/L ZnSO4・7H2O、0.01 g/L MnSO4・5H2O、0.01 g/L CuSO4・5H2Oを含む液体培地に接種し、30℃、220 rpmで7日間培養を行なった。得られた培養液を0.22 μmのフィルターに通し、培養液上清を得た。
KGF-1の分泌生産を確認するため、得られた培養液上清をNi-NTA Agarose(QIAGEN)によるHisタグ精製に供し、精製物をSDS-PAGEに供した。具体的には、pH8.0に調整した培養上清にNi-NTA Agarose(QIAGEN)を添加して1時間混和した後、50 mMリン酸バッファー(pH8.0)で洗浄し、SDS-PAGEのサンプルバッファーを添加して95℃で5分間加熱し、上清をSDS-PAGEに供した。結果を図3に示す。F09株と比較してF09ΔyscB株ではKGF-1分泌生産量が増加していることが確認され、よって、yscB遺伝子欠損によりKGF-1の分泌生産量が向上することが示された。
(6)Vascular endothelial growth factor(VEGF)発現株の構築と培養評価
T. cellulolyticus F09株およびF09ΔyscB株を親株として、以下の手順によりVascular endothelial growth factor(VEGF)発現株を構築した。
はじめに、T. cellulolyticusのcreA遺伝子上流領域、T. cellulolyticusのcbh2遺伝子上流領域(cbh2プロモーター;配列番号33)、T. cellulolyticusのcbh1分泌シグナルコード配列(配列番号34)、His6タグを付加したVEGFをコードする遺伝子(配列番号54)、T. cellulolyticusのcbh2遺伝子下流領域(cbh2ターミネーター;配列番号36)、T. cellulolyticusのpyrF遺伝子マーカー(配列番号37)、T. cellulolyticusのcreA遺伝子下流領域の順に連結された塩基配列を有するVEGF発現用DNA断片を以下の手順に従って作成した。
T. cellulolyticus Y-94株(FERM BP-5826)のゲノムDNAを鋳型として、プライマー(配列番号7と8)を用いたPCRによりcreA遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号9と10)を用いたPCRによりcbh2遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号11と12)を用いたPCRによりcbh1分泌シグナルコード配列を、プライマー(配列番号13と14)を用いたPCRによりcbh2遺伝子の下流領域を、プライマー(配列番号15と16)を用いたPCRによりpyrF遺伝子マーカーを、プライマー(配列番号17と18)を用いたPCRによりcreA遺伝子下流領域を、それぞれ増幅した。また、ユーロフィン株式会社より購入した全合成遺伝子を鋳型として、プライマー(配列番号55と56)を用いたPCRによりHis6タグを付加したVEGFをコードする遺伝子を増幅した。PCR産物はWizard SV Gel and PCR Clean-Up System(Promega)を用いて精製した。精製したPCR産物を2種類ずつ混合したものを鋳型とし、再度PCRを行い連結することを繰り返した後、In-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)によりキット付属のpUCプラスミドに組み込んだ。反応物でE. coli JM109を形質転換し、LB寒天培地(100 mg/L アンピシリンを含む)で37℃一晩培養することでコロニーを形成させた。得られた形質転換体からWizard Plus Miniprep System(Promega)を用いVEGF発現用DNA断片が組み込まれたpUC-creA::Pcbh2-VEGF-pyrFプラスミドを得た。pUC-creA::Pcbh2-VEGF-pyrFプラスミドを鋳型として、プライマー(配列番号7と18)を用いたPCRによりVEGF発現用DNA断片を増幅し、エタノール沈殿により濃縮および精製した。なお、VEGF発現配列の両端にcreA遺伝子の上流および下流配列を連結することにより、ゲノム上のランダムな位置ではなくcreA遺伝子領域を狙ってVEGF発現配列を挿入することを可能にしている。
次に、F09株およびF09ΔyscB株を(1)と同様の手法で培養、プロトプラスト化し、精製したVEGF発現用DNA断片で(1)と同様に形質転換を行った。遠心分離(2000 rpm、10分間)で回収したプロトプラストを1 M Sucroseを含む最少培地に播種し、30℃で7日間培養することでUracil要求性が相補された株を選抜した。出現したコロニーを最少培地に接種し30℃で4日間培養した後、creA遺伝子領域がVEGF発現配列で置換されていることを確認し、F09株およびF09ΔyscB株由来VEGF発現株を得た。
F09株およびF09ΔyscB株由来VEGF発現株を、12 g/L Potato Dextrose Broth(Difco)、20 g/L Bacto Agar(Difco)を含む培地に接種し、30℃で培養を行った。寒天培地上に形成させたコロニーの端付近をストローで打ち抜いて得たアガーディスク1個を20 mL の50 g/L Solka Floc、24 g/L KH2PO4、5 g/L (NH4)2SO4、3 g/L Urea、1 g/L Tween80、1.2 g/L MgSO4・7H2O、0.01 g/L ZnSO4・7H2O、0.01 g/L MnSO4・5H2O、0.01 g/L CuSO4・5H2Oを含む液体培地に接種し、30℃、220 rpmで7日間培養を行なった。得られた培養液を0.22 μmのフィルターに通し、培養液上清を得た。
VEGFの分泌生産を確認するため、得られた培養液上清をNi-NTA Agarose(QIAGEN)によるHisタグ精製に供し、精製物をSDS-PAGEに供した。具体的には、pH8.0に調整した培養上清にNi-NTA Agarose(QIAGEN)を添加して1時間混和した後、50 mMリン酸バッファー(pH8.0)で洗浄し、SDS-PAGEのサンプルバッファーを添加して95℃で5分間加熱し、上清をSDS-PAGEに供した。結果を図4に示す。F09株と比較してF09ΔyscB株ではVEGF分泌生産量が増加していることが確認され、よって、yscB遺伝子欠損によりVEGFの分泌生産量が向上することが示された。
(7)異種タンパク質分解に関わるプロテアーゼの解析
(7-1)異種タンパク質分解に関わるプロテアーゼの局在解析
上述の通り、(2)でTalaromyces cellulolyticus F09株(特開2016-131533)を宿主として異種タンパク質であるHSAを分泌生産したところ、HSAの分解が認められた(図1)。そこで、異種タンパク質分解に関わるプロテアーゼの局在を調べるために、F09株の培養液上清を次のようにして調製した。まず、F09株を、12 g/L Potato Dextrose Broth(Difco)、20 g/L Bacto Agar(Difco)を含む培地に接種し、30℃で培養を行った。寒天培地上に形成させたコロニーの端付近をストローで打ち抜いて得たアガーディスク1個を20 mL の50 g/L Solka Floc、24 g/L KH2PO4、5 g/L (NH4)2SO4、3 g/L Urea、1 g/L Tween80、1.2 g/L MgSO4・7H2O、0.01 g/L ZnSO4・7H2O、0.01 g/L MnSO4・5H2O、0.01 g/L CuSO4・5H2O、1 g/L Uracil、1 g/L Uridineを含む液体培地に接種し、30℃、220 rpmで7日間培養を行なった。得られた培養液を0.22 μmのフィルターに通して菌体を除去し、培養液上清を得た。培養液上清と精製HSA(Abcam, ab201876)を混合し、30℃で3日間静置した。次いで、混合液をSDS-PAGEに供し、抗HSA抗体(SIGMA, A6684)によるウエスタンブロッティングを行なった。結果を図5に示す。HSAより分子量の小さい位置に分解物の複数のバンドが見られることから、HSAの分解が認められた。この結果から、F09株の培養液上清に異種タンパク質分解に関わるプロテアーゼが含まれていることが示唆された。
(7-2)異種タンパク質分解に関わるプロテアーゼ候補遺伝子の抽出
異種タンパク質分解に関わるプロテアーゼ候補遺伝子を抽出するために、(7-1)で得られた培養液からF09株の菌体を遠心分離(5000 rpm、5分間)で回収し、RNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN)を用いてTotal RNAの抽出を行った。得られたTotal RNAからTruSeq Stranded mRNA SamplePrep Kit(illumina)によりライブラリー調製を行い、次世代シークエンサーMiSeqにてMiSeq Reagent Kit v2 500 cycle(illumina)を用い発現解析を実施した。プロテアーゼとアノテーションされた遺伝子を抽出し、発現量(マッピングされたリード数)順に並び替えたものを表4に示す。なお、最も発現量が高かったcbh1遺伝子は140,000リード、2番目に発現量の高かったcbh2遺伝子は80,000リードであったため、800リード以下のものは除外した。表4に示す5遺伝子をプロテアーゼ候補遺伝子として抽出した。(7-1)で培養液上清にプロテアーゼが含まれていることが示唆されたが、溶菌によるプロテアーゼの溶出やアノテーションの間違いなども考えられるため、アノテーション上の局在は考慮せず、これら5遺伝子の全てを候補として以降の検討を実施した。
(7-3)抽出したプロテアーゼ候補遺伝子欠損株の構築
Talaromyces cellulolyticus F09株(特開2016-131533)を親株として、以下の手順によりプロテアーゼ候補遺伝子(Pepsin1:配列番号57、yscB:配列番号32、CPY:配列番号58、Pepsin2:配列番号59、Thermolysin:配列番号60)を破壊し、T. cellulolyticus F09由来プロテアーゼ候補遺伝子欠損株を構築した。F09株は、T. cellulolyticus S6-25株(NITE BP-01685)を親株として得られたpyrF遺伝子に変異(一塩基置換)を有する株である。F09株は、pyrF遺伝子の変異により、Uracil要求性を示す。
はじめに、T. cellulolyticusのプロテアーゼ候補遺伝子上流領域、pyrF遺伝子、T. cellulolyticusのプロテアーゼ候補遺伝子下流領域の順に連結された塩基配列を有するプロテアーゼ候補遺伝子破壊用DNA断片を以下の手順に従って作成した。
T. cellulolyticus Y-94株(FERM BP-5826)のゲノムDNAを鋳型として、プライマー(配列番号61と62)を用いたPCRによりPepsin1遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号62と63)を用いたPCRによりPepsin1遺伝子の下流領域を、プライマー(配列番号1と65)を用いたPCRによりyscB遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号66と4)を用いたPCRによりyscB遺伝子の下流領域を、プライマー(配列番号67と68)を用いたPCRによりCPY遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号69と70)を用いたPCRによりCPY遺伝子の下流領域を、プライマー(配列番号71と72)を用いたPCRによりPepsin2遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号73と74)を用いたPCRによりPepsin2遺伝子の下流領域を、プライマー(配列番号75と76)を用いたPCRによりThermolysin遺伝子の上流領域を、プライマー(配列番号77と78)を用いたPCRによりThermolysin遺伝子の下流領域を、それぞれ増幅した。また、T. cellulolyticus Y-94株(FERM BP-5826)のゲノムDNAを鋳型として、プライマー(配列番号79と80)を用いたPCRにより、pyrF遺伝子(プロモーターとターミネーターを含む)を増幅した。PCR産物はWizard SV Gel and PCR Clean-Up System(Promega)を用いて精製した。精製した上流領域、下流領域、およびpyrF遺伝子のPCR産物をIn-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)によりキット付属のpUCプラスミドに組み込み連結した。反応物でE. coli JM109を形質転換し、LB寒天培地(100 mg/L アンピシリンを含む)で37℃一晩培養することでコロニーを形成させた。得られた形質転換体からWizard Plus Miniprep System(Promega)を用いプロテアーゼ候補遺伝子破壊用DNA断片が組み込まれたプラスミドを得た。これらプラスミドを鋳型として、プライマー(Pepsin1:配列番号61と64、YscB:配列番号1と4、CPY:配列番号67と70、Pepsin2:配列番号71と74、Thermolysin:配列番号75と78)を用いたPCRによりプロテアーゼ候補遺伝子破壊用DNA断片を増幅し、エタノール沈殿により濃縮および精製した。
次に、F09株を12 g/L Potato Dextrose Broth(Difco)、20 g/L Bacto Agar(Difco)を含む培地に接種し、30℃で培養を行った。寒天培地上に形成させたコロニーの端付近をストローで打ち抜いて得たアガーディスク1個を、24 g/L Potato Dextrose Brothを含む培地に接種し、30℃、220 rpmで2日間旋回培養した。菌体を遠心分離(5000 rpm、5分間)で回収し、10g/L Yatalase(タカラバイオ)、10 mM KH2PO4、0.8 M NaClを含む水溶液(pH6.0)を30 mL加え、振とうしながら30℃で2時間反応させ、細胞壁を消化しプロトプラスト化した。ガラスフィルターで残渣を除いた後、遠心分離(2000 rpm、10分間)でプロトプラストを回収し、1.2 M Sorbitol、10 mM CaCl2を含むTris-HCl緩衝液(pH7.5)にて1 mLに懸濁しプロトプラスト溶液を調製した。200 μLのプロトプラスト溶液に、精製した各プロテアーゼ候補破壊用DNA断片を10μgと、400 g/L PEG4000、10mM CaCl2を含むTris-HCl緩衝液(pH7.5)を50 μL加え、氷上で30分間放置した。その後さらに1 mLの400 g/L PEG4000、10mM CaCl2を含むTris-HCl緩衝液(pH7.5)を加えて混合し、室温で15分間放置し形質転換を行った。遠心分離(2000 rpm、10分間)で回収したプロトプラストを1 M Sucroseを含む最少培地(10 g/L Glucose、10 mM NH4Cl、10 mM KH2PO4、7 mM KCl、2 mM MgSO4、0.06 mg/L H3BO3、0.26 mg/L (NH4)6Mo7O24・4H2O、1 mg/L FeCl3・6H2O、0.4 mg/L CuSO4・5H2O、0.08 mg/L MnCl2、2 mg/L ZnCl2、20g/L Bacto Agar)に播種し、30℃で7日間培養することでUracil要求性が相補された株を選抜した。出現したコロニーを最少培地に接種し30℃で4日間培養した後、各プロテアーゼ候補遺伝子領域がpyrF遺伝子で置換されていることを確認し、F09株由来プロテアーゼ候補遺伝子欠損株を得た。
(7-4)プロテアーゼ候補遺伝子欠損株の培養液上清のプロテアーゼ活性の評価
各プロテアーゼ候補遺伝子欠損株を、12 g/L Potato Dextrose Broth(Difco)、20 g/L Bacto Agar(Difco)を含む培地に接種し、30℃で培養を行った。寒天培地上に形成させたコロニーの端付近をストローで打ち抜いて得たアガーディスク1個を20 mL の50 g/L Solka Floc、24 g/L KH2PO4、5 g/L (NH4)2SO4、3 g/L Urea、1 g/L Tween80、1.2 g/L MgSO4・7H2O、0.01 g/L ZnSO4・7H2O、0.01 g/L MnSO4・5H2O、0.01 g/L CuSO4・5H2Oを含む液体培地に接種し、30℃、220 rpmで7日間培養を行なった。得られた培養液を0.22 μmのフィルターに通し、培養液上清を得た。培養液上清を(7-1)と同様に精製HSAと混合しプロテアーゼ活性を評価した。結果を図6に示す。Pepsin1、CPY、Pepsin2、Thermolysin欠損株ではF09株と同様に、HSAより分子量の小さい位置に分解物の複数のバンドが見られることから、HSAの分解が認められた。一方、yscB欠損株においては、分解物のバンドが消失していた。この結果から、YscBがF09株において培養上清での異種タンパク質分解を担っているプロテアーゼであることが明らかとなった。