以下、各実施の形態について図面を参照して詳しく説明する。以下では、まず、各実施の形態で共通する構成および課題について説明する。次に、実施の形態1~3を順に説明する。以下の説明において、複数の図面において同一または相当する部分には同一の参照符号を付して、その説明を繰り返さない場合がある。
<各実施の形態に共通する構成>
[距離リレーの動作領域]
図1は、距離リレーの動作領域を示す図である。図1の例において、送電線21は、発電機20からの電力を送電する。距離リレー30は、送電線21のうち、当該距離リレー30が設置されている自端変電所22から相手端変電所23までの送電線と相手端変電所23以降の送電線とを保護するためのリレーである。距離リレー30は、短絡距離リレー要素および地絡距離リレー要素を内蔵している。
図1の距離リレー30は、自端変電所22に設置されている。距離リレー30は、送電線21に設置された電流変成器24から電流瞬時値の情報を取得し、送電線21に設置された電圧変成器25から電圧瞬時値の情報を取得する。距離リレー30は、取得した送電線の電流および電圧の情報に基づいて、送電線21の保護領域における故障を検出する。距離リレー30は、送電線21の保護領域(すなわち、距離リレー30の動作領域)における故障を検出した場合には、遮断器26にトリップ信号を出力する。
距離リレー30の動作領域として複数の領域が設定される。通常、距離リレー30の設置点(より詳細には、自端変電所22における電流変成器24の設置点)を起点として、どの地点までを保護するかによって動作領域が定められる。具体的に、ゾーン1は、自端変電所22から相手端変電所23までの送電線21のインピーダンスの80%程度までの領域をいう。ゾーン2は、自端変電所22から相手端変電所23までの送電線21のインピーダンスの120~150%程度までの領域をいう。ゾーン2はゾーン1を包含している。
ゾーン1で故障が検出された場合、距離リレー30は直ちに動作する。ゾーン1を除くゾーン2で故障が検出された場合、距離リレー30は、タイマによって定められた時間が経過してから動作する時限動作(タイマー動作とも称する)を実行する。この開示では、ゾーン1を第1動作領域、高速動作領域、または瞬時動作領域とも称し、ゾーン2を第2動作領域または時限動作領域とも称する。
図1には図示していないが、さらに遠方領域までを保護するためのゾーン3、および自端変電所22よりも後方側の領域を保護するためのゾーン4を設定してもよい。ゾーン2~ゾーン4は、後備保護としての役割を有する。
相手端変電所23にも、相手端から自端方向のインピーダンスを検出する距離リレー(図示省略)が設置される。したがって、自端変電所22から相手端変電所23までの送電線21は、両端の距離リレーによって保護される。
[距離リレーのハードウェア構成]
図2は、図1の距離リレー30のハードウェア構成の一例を示すブロック図である。図2の距離リレー30は、いわゆるデジタルリレー装置と同様の構成を有している。具体的に図2を参照して、距離リレー30は、入力変換部100と、A/D変換部110と、演算処理部120と、I/O(Input and Output)部130とを備える。
入力変換部100は、各入力チャンネルごとに補助変成器101_1,101_2,…を備える。入力変換部100には、図1のA相、B相、C相の電流変成器24からそれぞれ出力されたA相電流Ia、B相電流Ib、およびC相電流Icを表す信号が入力される。入力変換部100には、さらに、図1のA相、B相、C相の電圧変成器25からそれぞれ出力されたA相電圧Va、B相電圧Vb、およびC相電圧Vcを表す信号が入力される。各補助変成器101は、電流変成器24および電圧変成器25から入力された信号を、A/D変換部110および演算処理部120における信号処理に適した電圧レベルの信号に変換する。
A/D変換部110は、アナログフィルタ(AF:Analog Filter)111_1,111_2,…と、サンプルホールド回路(S/H:Sample Hold Circuit)112_1,112_2,…とを含む。A/D変換部110は、さらに、マルチプレクサ(MPX:Multiplexer)113と、A/D変換器114とを含む。アナログフィルタ111およびサンプルホールド回路112は、入力信号のチャンネルごとに設けられる。
各アナログフィルタ111は、A/D変換の際の折返し誤差を除去するために設けられたローパスフィルタである。各サンプルホールド回路112は、対応のアナログフィルタ111を通過した信号を規定のサンプリング周波数でサンプリングして保持する。サンプリング周波数は、たとえば、4800Hzである。マルチプレクサ113は、サンプルホールド回路112_1,112_2,…に保持された電圧信号を順次選択する。A/D変換器114は、マルチプレクサ113によって選択された信号をデジタル値に変換する。
演算処理部120は、CPU(Central Processing Unit)121と、RAM(Random Access Memory)122と、ROM(Read Only Memory)123と、これらを接続するバス124とを含む。CPU121は、距離リレー30の全体の動作を制御する。RAM122およびROM123は、CPU121の主記憶として用いられる。ROM123は、フラッシュメモリなどの不揮発性メモリを用いることにより、プログラムおよび信号処理用の設定値などを収納することができる。
I/O部130は、デジタル入力(D/I:Digital Input)回路132と、デジタル出力(D/O:Digital Output)回路133とを含む。デジタル入力回路132およびデジタル出力回路133は、CPU121と外部装置との間で通信する際のインターフェース回路である。たとえば、デジタル出力回路133から図1の遮断器26にトリップ信号が出力される。
[インピーダンスマップ上での距離リレーの動作領域]
図3は、図1のゾーン1およびゾーン2の動作領域をインピーダンスマップ上に示した図である。図3において横軸は抵抗成分(R)を示し、縦軸はリアクタンス成分(jX)を示す。インピーダンスマップをR-jX図とも称する。
図3を参照して、X方向の動作領域は送電線インピーダンスのリアクタンス成分に応じて設定される。R方向の動作領域は、負荷電流では動作領域に入らない条件を満たした上で、故障点のアーク抵抗を考慮してなるべく大きく設定される。図3では、ゾーン1のインピーダンスの範囲とゾーン2のインピーダンスの範囲とが示されている。
さらに、図3では、送電線上のインピーダンスを表す直線31と、送電線のインピーダンスを表す直線31上での相手端変電所の位置32が示されている。
[単相再閉路方式の問題点]
以下、送電線保護システムとして単相再閉路方式が適用された場合の問題点について説明する。
まず、前提として、前述の式(1)に示したように、零相補償を考慮したA相のインピーダンスZaは、
Za=Va/(Ia+K・I0) …(3)
で表される。上式(3)において、I0は零相電流を表し、Kは零相補償係数を表す。零相補償係数Kは、
K=Z0’/Z1’-1 …(4)
によって表される。Z0’およびZ1’は、距離リレーの設置点から故障点までの零相自己インピーダンスと正相インピーダンスとをそれぞれ表す。
以下の説明において、上式(3)のK・I0を零相補償項と称する。上式(3)に示すように、A相インピーダンスは、A相電流と零相補償項との和によってA相電圧を除算した値に等しい。零相補償項は、零相電流I0と零相補償係数Kとの積で表される。零相補償項には、さらに、隣回線の零相電流と隣回線の零相補償係数との積が加算されていてもよい。
A相の場合と同様に、B相のインピーダンスZbおよびC相のインピーダンスZcは、
Zb=Vb/(Ib+K・I0) …(5)
Zc=Vc/(Ic+K・I0) …(6)
のように表される。
次に、単相再閉路方式について説明する。簡単なケースとして、1線地絡故障としてA相地絡故障が、自端に設置された距離リレーと相手端に設置された距離リレーとの両方のゾーン1に入る領域において発生した場合を想定する。この場合、自端に設置された距離リレーと相手端に設置された距離リレーとが共に瞬時にA相動作する。この結果、自端のA相遮断器と相手端のA相遮断器とが開放される。遮断器が開放してから定められた時間(以下、再閉路時間と称する)が経過したときに、自端と相手端のA相遮断器が再閉路される。再閉路時間はたとえば1秒である。再閉路後も、A相の地絡故障が継続している場合に、距離リレーは、最終判断としてA相、B相、C相の3相とも遮断器を開放するようにトリップ信号を出力する。
上記のA相遮断器のみが開放した状態、すなわち、A相が欠相中の状態で、新たに別の相(たとえば、B相)において地絡故障が生じた場合を想定する。この場合の再閉路ロジックは機種によって異なるので、以下ではその一例を示す。A相遮断器の開放からある制限時間(たとえば、300ミリ秒)以内に、B相の地絡故障が検出された場合には、まず、3相の遮断器が開放する。次に、3相の遮断器の開放からある定められた時間の経過後に3相の遮断器が再閉路する。一方、上記の制限時間の経過後に新たに別の相(たとえば、B相)で地絡故障が生じた場合には、最終的に3相の遮断器が開放され再閉路されない。
次に、上記のインピーダンスの表式(3)~(6)および単相再閉路方式を前提として、送電線保護システムの問題点について説明する。
(問題点1)
第1の問題点は、一相欠相中に場合に他の2相の健全相に流れる負荷電流が零相補償に影響する点である。負荷電流の大きさによっては、計算されたインピーダンスの値が距離リレーの動作領域に入る(オーバーリーチと称する)ことがある。以下、図面を参照して説明する。
図4は、負荷電流が流れている状態におけるA相欠相中のベクトル図および距離リレーの設置点から見たインピーダンス図である。図4(A)にベクトル図が示され、図4(B)にインピーダンス図が示される。
実際には、欠相(すなわち、A相遮断器の開放)前は、A相が地絡故障の状態である。図4(A)では、欠相状態の電流ベクトルおよび電圧ベクトルを解りやすく表現するために、欠相前の状態を正常状態と考える。
図4(A)を参照して、A相が欠相していない正常時には、A相電圧Va、B相電圧Vb、およびC相電圧Vcとは、振幅が等しく、位相が互いに120度ずつ異なっている。また、これらの電圧にそれぞれ対応して、A相負荷電流Ia、B相負荷電流Ib、およびC相負荷電流Icが流れる。この場合、零相電流3×I0(=Ia+Ib+Ic)は、0である。なお、本開示では、誤解が生じない限り、零相電流I0の3倍を単に零相電流と称する場合がある。
A相が欠相している場合には、Ia=0になる。したがって、零相電流3×I0=Ib+Icは零にはならない。図4(A)では、さらに、前述の式(5)の分母のベクトルIb+K・I0と、式(6)の分母のベクトルIc+K・I0とが示されている。なお、負荷電流がある状態で欠相が生じると、残り2相の電圧、電流ベクトルは、欠相前のベクトルとは一致しないが、負荷電流が極端に大きくない状態では、ほぼ同じと近似してよい。図4(A)では、残り2相には欠相前後で変化しないと簡略化した。
図4(B)を参照して、距離リレーの設置点から見たB相インピーダンスおよびC相インピーダンスが、距離リレーの動作領域とともにR-jX図上に示されている。
A相欠相が生じていない正常時の場合、零相電流I0は零である。したがって、距離リレーで計測されるB相インピーダンスZbはVb/Ibと表され、C相インピーダンスZcはVc/Icと表される。距離リレーのR方向の動作領域は、このような正常時の負荷電流によって生じるインピーダンスVb/IbおよびVc/Icがその動作領域に入らないように設定されている。
A相欠相が生じている場合、零相電流I0は零にならない。したがって、前述の式(5)および(6)によって計算されたB相インピーダンスZbおよびC相インピーダンスZcは、誤ってゾーン1に入る可能性がある。特に、図4(B)に示すように、R方向の動作領域の設定値が比較的大きい場合にこのような誤判定が生じやすい。この結果、距離リレーはトリップ信号を誤出力する。
この誤出力を防止するために、本開示の距離リレーは、いずれかの相の欠相中には、残りの健全相の零相補償項を、その絶対値が欠相前の場合に比べて小さい値になるように設定する。たとえば、零相補償係数を1より小さい正の整数に設定してもよいし、0に設定してもよい。もしくは、インピーダンスの計算式における零相電流を、便宜的に0に設定してもよい。
本開示では、上記のように、1相欠相中の場合に他の健全相における負荷電流によって故障判定しない程度まで、零相補償項の絶対値を欠相前の値よりも小さくすることを、零相補償項の無効化と称する。零相補償項の絶対値を正規の値に戻すことを、零相補償項の無効化を停止すると称する。零相補償項の無効化を単に零相補償の無効化とも称する。
類似の技術が前述の特許文献1に記載されているが、本開示の技術と異なる点がある。具体的に、特許文献1の場合には、対象となる相に対して進み相の遮断器が開放された場合に、当該対象相の零相補償係数Kをより小さな値に設定するように構成される。たとえば、A相欠相の場合には、B相の零相補償係数Kがより小さな値に変更される。しかしながら、図4(B)に示すように、A相欠相の場合に、A相が遅れ相となるC相のインピーダンスも、動作領域の設定次第で動作領域に入る可能性がある。したがって、本開示の距離リレーの場合には、進み相が欠相中であるか遅れ相が欠相中であるかによらず、単に1相欠相を条件として他の2相のインピーダンスの計算式における零相補償項を無効化する。
(問題点2)
第2の問題点は、上記のように欠相中に他の2相における零相補償項を無効化した状態で、他の2相のいずれかで一相地絡故障が生じた場合に関する。この場合、零相補償項が無効化されているために、本来であれば距離リレーは瞬時動作すべきところ、時限動作を行う(アンダーリーチと称する)ことがある。以下、図面を参照して説明する。
図5は、A相欠相中にB相地絡故障が発生した場合のベクトル図と、その場合に距離リレーの設置点から見たインピーダンス図である。図5(A)にベクトル図が示され、図5(B)にインピーダンス図が示される。
図5(A)を参照して、A相欠相中かつB相故障前のB相電圧、C相電圧、B相電流、およびC相電流をそれぞれVb’,Vc’,Ib’,Ic’で表す。A相欠相中かつB相故障後のB相電圧、C相電圧、B相電流、およびC相電流をそれぞれVb,Vc,Ib,Icで表す。C相に関しては欠相も地絡故障もしていないので、Vc’≒Vc、Ic’≒Icである。C相電流Ic’,Icはほぼ負荷電流に等しい。
一方、B相故障後のB相電圧Vbは、B相故障前のB相電圧Vb’よりも減少する。B相故障後のB相電流Ibは、B相故障前のB相電流Ib’よりも増加する。B相故障後のB相電流Ibは、地絡故障による故障電流と負荷電流との合成電流である。B相故障後のB相電圧VbとB相電流Ibとの位相差は、B相故障前の位相差に比べてより90度に近くなる。
図5(A)では、A相欠相中かつB相故障後の零相電流3×I0(=Ib+Ic)と、前述の式(5)および(6)の分母の電流ベクトルも示されている。
図5(B)を参照して、距離リレーの設置点から見たB相インピーダンスおよびC相インピーダンスが、距離リレーの動作領域とともにR-jX図上に示されている。
A相欠相中で零相補償項を無効化している場合、たとえば0に設定している場合は、B相インピーダンスZbはVb/Ibと表され、C相インピーダンスZcはVc/Icと表される。一方、零相補償項を正規の値のままで変更していない場合には、B相インピーダンスZbおよびC相インピーダンスZcは、前述の式(5)および(6)によって表される。
図5(B)に示すように、零相補償項を0にすると地絡故障による零相電流を補償できないために、B相インピーダンスZbを正しく計算することができない。この結果、実際にはゾーン1での地絡故障であってもゾーン2の地絡故障と判定される(アンダーリーチ)ことがある。ゾーン2の地絡故障の場合には時限動作となるために、一時的な地絡故障であっても再閉路できずに最終的に遮断状態となる可能性がある。
したがって、本開示の課題は、単相再閉路方式の送電線保護システムにおいて、上記の問題点1,2を両方とも解決することが可能な距離リレーを提供することにある。すなわち、1相欠相中の場合には他の2相を流れる負荷電流によって距離リレーが動作しないようにする(言い替えると、オーバーリーチとならないようにする)。さらに、1相欠相中の場合に、さらに他の2相のいずれかの相のゾーン1で地絡故障が生じた場合には、距離リレーが正しく瞬時動作するようにする(言い替えると、アンダーリーチとならないようにする)。以下では、この問題を解決する手段を、実施の形態1~3として提示する。
実施の形態1.
[実施の形態1の要点]
実施の形態1の距離リレーでは、1相欠相中に新たな1線地絡故障が生じた場合に故障点を正確に検出できるように、零相補償に用いられる零相電流の値から負荷電流に基づく部分を減算する。具体的には、1相欠相中かつ新たな故障発生前かつ現時点よりも整数サイクル前の零相電流の値を、負荷電流に基づく零相電流とみなし、この値を現時点の零相電流の値から減算する。このようにして補正された零相電流と正規の零相補償係数Kとを用いて、零相補償を含む計算式によってインピーダンスを計算することにより、故障点を正しく判定することができる。
上記の零相電流の補正演算では、新たな地絡故障が発生する前の零相電流データを用いる必要があるため、新たな地絡故障が発生したタイミングを大まかに知る必要がある。そこで、1相欠相状態になった最初の時点では、零相補償項を無効化したインピーダンス計算式を用いて、ゾーン2において1線地絡故障が新たに検出されるか否かを判定する。この結果、ゾーン2において故障が検出されたら、その検出タイミングに基づいて、新たな故障が発生する前の零相電流データを特定する。
メモリ容量を低減するために、電流データおよび電圧データの保存用のメモリ領域とは別に、零相電流データの保存用のメモリ領域を設けるのが望ましい。この別のメモリ領域には、現時点から数サイクル前までの零相電流データが時系列に格納される。最新のデータ値によって最も古いデータ値が順次置き換えられることによって、メモリ領域の記憶内容が更新される。前述のように、零相補償項を無効化した計算式によってインピーダンスを計算し、この結果、ゾーン2で1線地絡故障が新たに検出されたときに、記憶内容の更新を停止する。このようにしてラッチされた零相電流データから、上記の補正演算に必要なデータとして、たとえば、新たな故障の検出タイミングから3サイクル前から2サイクル前までのデータを取り出すことができる。以下、図面を参照して、さらに詳しく説明する。
[距離リレーの動作の概要]
図6は、実施の形態1の距離リレーの動作の概要を説明するためのタイミング図である。図6では、時間軸上において、電力系統の1サイクルごとのタイミングが矢印で示されている。以下、A相で最初の1線地絡故障が発生し、A相が欠相状態になった後に、B相で新たな1線地絡故障が発生したときの距離リレーの動作の概要を説明する。
図6を参照して、時刻t11においてA相の1線地絡故障(1LG-A)が発生する。
次の時刻t12において、図2の距離リレー30は、A相のゾーン1において故障を検出する。これにより、距離リレー30は、A相の遮断器(CB)にトリップ信号を出力する。
次の時刻t13において、A相の遮断器(CB)がオープンする。すなわち、A相が欠相状態になる。距離リレー30は、A相の遮断器(CB)がオープン状態になったことを検知すると、B相およびC相のインピーダンスの計算式における零相補償項を無効化する。これにより、B相およびC相の負荷電流によって誤動作しないようにする。
その後、A相が欠相中である時刻t17において、B相の1線地絡故障(1LG-B)が発生する。
次の時刻t18において、距離リレー30は、B相のゾーン2において地絡故障を検出する。これにより、距離リレー30は、零相電流の保存用のメモリ領域の書き込み更新を停止する。すなわち、零相電流データがラッチされる。図6の場合、時刻t14から時刻t18までの区間、すなわち、B相の故障検出の4サイクル前からB相の故障検出までの零相電流データが保存される。さらに、B相およびC相のインピーダンスの計算式における零相補償項の無効化を停止する。
ラッチ区間内のデータのうちどの1サイクル分のデータを、インピーダンス計算の際の零相電流の補正に用いるかは、距離リレーの故障検出時間を考慮して決定される。故障検出時間とは、故障が発生してからその故障を検出するまでの時間であり、通常、1サイクルから2サイクルである。そこで、故障発生の検出時点である時刻t18よりも、故障検出時間の最大時間である2サイクル以上前のデータを、B相故障前のデータとして利用する。具体的に図6の場合には、時刻t15から時刻t16まで、すなわち、B相故障検出時の3サイクル前から2サイクル前までの1サイクル分のデータが、インピーダンス計算の際の零相電流の補正に用いられる。具体的な補正計算の手順は以下のとおりである。
B相の故障を検出した時点、すなわち、零相電流データ用のメモリの書き込み更新を停止した時点の時刻tを0とする。現時刻tを、1サイクル未満の時間t1を用いて、
t=t1+nサイクル …(7A)
のように表す。ただし、
n=0,1,2,…、0≦t1<1サイクル …(7B)
である。
現時点の零相電流をI0(t)とし、メモリにラッチされているB相故障前の零相電流データをI0’とする。その場合、補正後の零相電流I0’’(t)は、
I0’’(t)=I0(t)-I0’(t1-3サイクル)
=I0(t1+nサイクル)-I0’(t1-3サイクル) …(8)
と表される。
上式(8)に示すように、現時点の零相電流I0(t)から減算されるB相故障の発生前の零相電流I0’は、現時点よりも整数サイクル前、具体的には(n+3)サイクル前である。たとえば、n=0、すなわち、B相の故障を検出した時点から1サイクルまでの零相電流データI0(t)を補正する場合には、現時点から3サイクル前の零相電流値I0’が用いられる。n=1、すなわち、B相の故障を検出した時点から1サイクル後から2サイクル後までの間の零相電流データI0(t)を補正する場合には、現時点から4サイクル前の零相電流値I0’が用いられる。したがって、B相故障の発生前の零相電流データI0’として、B相故障の検出した時点を基点として3サイクル前から2サイクル前までのデータが継続して使用される。
距離リレー30は、補正後の零相電流I0’’(t)を、前述の(5)式および(6)式の零相電流として用い、零相補償係数Kとして正規の値を用いることによってインピーダンスを計算する。この結果、図6の時刻t19において、距離リレー30は、B相のインピーダンスがゾーン1の領域にあることを検出する。これにより、距離リレー30は、A相、B相、C相の各々の遮断器に直ちにトリップ信号を出力する。
上記において、補正演算に用いるB相故障前における零相電流は、A相の遮断器が開放されてA相が欠相状態になった後(すなわち、図6で時刻t13よりも後)である必要がある。なぜなら、A相が欠相状態となる直前の零相電流には、A相の故障発生後の故障電流が含まれるからである。さらに、A相の故障発生前の零相電流はほぼ0であるからである。
したがって、欠相となった直後に新たな故障が発生した場合には、時刻t13でA相の遮断器が開放されてから時刻t18でデータをラッチするまでの間隔が短い。このため、メモリにラッチされているB相故障を検出する前の零相電流には、A相の遮断器が開放される前のデータが含まれる。結果として、欠相中かつB相故障が発生する前の零相電流データを1サイクル分確保することができないので、B相故障後の零相電流データを正しく補正することができない。よって、実際上、時刻t13でA相の遮断器が開放された後、時刻t18でB相の1線地絡故障を検出するまでに、4サイクル以上の時間が必要である。
後述する実施の形態2,3では、上記の制約がなく、欠相となった直後に別の相で新たな故障が発生した場合においても、正しく動作する距離リレーが示される。
[距離リレーの詳細な動作]
図7は、実施の形態1の距離リレーの詳細な動作を示す機能ブロック図である。
図7を参照して、距離リレー30は、電流電圧データ取得部45と、第1メモリ領域46と、第2メモリ領域47と、距離リレー演算部48と、第1ロジック演算部49とを含む。距離リレー30は、さらに、論理積演算部52,53と、タイマ54と、第2ロジック演算部55と、遮断器情報取得部41と、欠相判定部42と、零相補償項を無効化する無効化部44とを含む。
上記の構成要素のうち、電流電圧データ取得部45は、図2の入力変換部100およびA/D変換部110に対応する。第1メモリ領域46および第2メモリ領域47は、たとえば、図2のRAM122などに対応する。遮断器情報取得部41は、図2のデジタル入力回路132に対応する。図7のその他の構成要素は、図2のCPU121に対応する。すなわち、その他の構成要素の機能は、CPU121がプログラムに従って動作することによって実現される。
この開示において、第1メモリ領域46および第2メモリ領域47を総称してメモリ回路80と称する。上記のその他の構成要素の機能は、CPU121とプログラムとによって実現する以外に、FPGA(Field Programmable Gate Array)またはASIC(Application Specific Integrated Circuit)などの専用回路によっても実現可能である。そこで、これら構成要素を総称して演算回路81と称する。CPU121は演算回路81の一例である。
図7を参照して、電流電圧データ取得部45は、図1の電流変成器24を介して取得した各相の電流データをサンプリングしてからA/D変換する。さらに、電流電圧データ取得部45は、図1の電圧変成器25を介して取得した各相の電圧データをサンプリングしてからA/D変換する。
第1メモリ領域46は、取得した各相の時系列の電流データIa,Ib,Icおよび各相の時系列の電圧データVa,Vb,Vcを格納する。このとき、第1メモリ領域46に格納されるデータは、現時点の最新データから数サイクル前の過去データまで(たとえば、5サイクル前まで)の一定時間のデータである。新しいデータがサンプリングされる度に、最も古いデータが最新データに置き換わる。
また、CPU121は、取得した各相の電流データIa,Ib,Icに基づいて零相電流I0を演算する。零相電流I0は、(Ia+Ib+Ic)/3で与えられる。第2メモリ領域47は、算出された時系列の零相電流I0のデータを格納する。第2メモリ領域47は、第1メモリ領域46とは異なるメモリ領域である。第1メモリ領域46の場合と同様に、第2メモリ領域47に格納される零相電流データは、現時点の最新データから数サイクル前の過去データまで(たとえば、5サイクル前まで)の一定時間のデータである。新しく計算された零相電流値は、最も古い零相電流値と置き換わることにより、零相電流データが更新される。
距離リレー演算部48は、第1メモリ領域46に格納された各相の電流データおよび各相の電圧データを用いてインピーダンス演算を実行する。1相欠相中の場合であり且つ残りの相で故障が発生していない場合には、後述する零相補償項の無効化部44によって、インピーダンスの演算式における零相補償項が無効化される。また、一相欠相中において残りの相で故障が発生した場合には、零相補償項に含まれる零相電流の計算の際に、第2メモリ領域47にラッチされた零相電流の値によって現時点の零相電流の値が補正される。
第1ロジック演算部49は、距離リレー演算部48によるインピーダンス演算の結果を用いて、距離リレーの領域判定および故障相判定を実行する。具体的に、第1ロジック演算部49は、ゾーン1内の1線地絡故障であるか否かを判定し、判定結果を表す判定信号50を第2ロジック演算部55および論理積演算部52に入力する。さらに、第1ロジック演算部49は、ゾーン2内での1線地絡故障であるか否かを判定し、判定結果を表す判定信号51を論理積演算部53およびタイマ54に入力する。
第2ロジック演算部55は、ゾーン1内で1線地絡故障が発生したという判定信号50を受け取ると、当該故障相の遮断器(CB)にトリップ信号P9を直ちに出力する。当該故障相の遮断器が開放状態になることにより、送電線は1相欠相状態になる。
遮断器情報取得部41は、各相遮断器(CB)の補助接点の開閉状態の情報を、図2のデジタル入力回路132を介して取り込む。遮断器の開閉状態の情報に基づいて、欠相判定部42は、1相欠相状態であるか3相とも通電されているかを判定する。欠相判定部42は、判定結果を表す判定信号P2を、零相補償項の無効化部44、第2ロジック演算部55、および論理積演算部52,53に出力する。
零相補償項の無効化部44は、1相欠相であるという判定信号P2を受け取ると、インピーダンスの計算式における零相補償項を無効化する。たとえば、インピーダンスの計算式における零相補償項が0に設定される。その後、距離リレー演算部48は、零相補償項が無効化された演算式を用いて、インピーダンスの計算を実行する。
論理積演算部53は、欠相判定部42から判定信号P2を受け取り、第1ロジック演算部49から判定信号51を受け取る。以下、論理積演算部53が、1相欠相状態であるという判定信号P2と、ゾーン2において新たに1線地絡故障が発生したという判定信号51との両方を受け取った場合について説明する。
この場合、論理積演算部53は、第2メモリ領域47におけるデータ更新を停止する指令、すなわち、データラッチの実行指令P3を出力する。これによって、第2メモリ領域47に格納されている零相電流データがラッチされる。第2メモリ領域47にラッチされた零相電流データは、距離リレー演算部48によって零相電流の補正用データとして使用される。実際に使用される補正用データは、一相欠相後であり且つ新たな地絡故障の発生前である必要がある。具体的に、距離リレーの故障検出時間の最大値である2サイクルを考慮して、新たな1線地絡故障の検出時点よりも3サイクル前から2サイクル前までの1サイクル期間のラッチデータが零相電流の補正に使用される。
さらに、上記の場合に、論理積演算部53は、零相補償項の無効化を停止する停止指令P4を零相補償項の無効化部44に出力する。この結果、距離リレー演算部48は、正規の零相補償係数と上記の補正用のラッチデータを減算することにより補正された零相電流とを用いて、零相補償項の演算を実行する。結果として得られたインピーダンスの値からは、1相欠相中における負荷電流による影響が除去される。すなわち、距離リレー演算部48は、新たな1線地絡故障によって生じた零相電流のみを用いて零相補償を実行できる。したがって、第1ロジック演算部49は、ゾーン1で1線地絡故障が発生したか否かを正確に判定できる。
論理積演算部52は、1相欠相状態であるという判定信号P2と、ゾーン1で1線地絡故障が発生したという判定信号50との両方を受け取ると、出力P5をアサートする。出力P5がアサートされたことに応答して、第2ロジック演算部55は、直ちに3相の各遮断器にトリップ信号P9を出力する。
タイマ54は、ゾーン2において1線地絡故障が発生したという判定信号51を第1ロジック演算部49から受け取ると、カウントアップを開始する。タイマ54は、カウント値が予め設定された時限T2に達すると、出力P6をアサートする。第2ロジック演算部55は、ゾーン1での故障が検出されずに出力P6がアサートされた場合に、3相の各遮断器にトリップ信号P9を出力する。
次に、第2ロジック演算部55における再閉路のためのロジックについて説明する。第2ロジック演算部55は、1相欠相状態であるという判定信号P2を受け取った後、論理積演算部52,53からの出力P5,P6がアサートされるかどうかを判定する。第2ロジック演算部55は、1相欠相状態となってから一定時間内に出力P5,P6がアサートされない場合に、現在欠相している相の遮断器を再閉路する指令P10を出力する。
再閉路後に、第1ロジック演算部49から再びゾーン1での1線地絡故障が発生したという判定信号50を受け取った場合には、第2ロジック演算部55は、直ちに3相の各遮断器にトリップ信号P9を出力する。再閉路後に地絡故障が検出されなかった場合、または、地絡故障検出によって最終的に3相の遮断状態となった場合、第2ロジック演算部55は、零相補償項の無効化を停止するための停止指令P8を出力する。さらに、この場合に第2ロジック演算部55は、第2メモリ領域47におけるデータラッチの解除指令P7を出力する。
上記において、1相欠相かつゾーン2における1線地絡故障の検出という判定条件が満たされた場合に、零相補償項の無効化の停止指令P4と第2メモリ領域47におけるデータラッチの実行指令P3とが出力された。この判定条件を、1相欠相中であって、かつ、ゾーン1での1線地絡故障を検出せず、ゾーン2での1線地絡故障を検出した場合と変更してもよい。判定条件をこのように変更しても、距離リレーの動作は同じである。
[距離リレーの動作手順のまとめ]
図8は、実施の形態1の距離リレーの動作を示すフローチャートである。以下、図7および図8を主として参照して、これまで説明した距離リレーの動作を総括する。
ステップS101において、メモリ回路80の第1メモリ領域46は、現時点までの一定時間内に取得された電流および電圧データを時系列に保存する。メモリ回路80の第2メモリ領域47は、各相の電流データに基づいて計算された零相電流データについて、現時点までの一定時間のデータを時系列に保存する。第1メモリ領域46および第2メモリ領域47へのデータ転送は、DMA(Direct Memory Access)転送によって実行してもよいし、CPU121を介して実行してもよい。
次のステップS102において、演算回路81は、各相の遮断器の開閉状態の情報に基づいて、1相欠相状態であるか否かを判定する。1相欠相状態は、送電線で1線地絡故障が発生したことによって故障相の遮断器が開放されたことによって生じる。1相欠相状態でない場合(ステップS102でNO)、処理はステップS101に戻る。
1相欠相状態(P2)と判定された場合(ステップS102でYES)、演算回路81は、インピーダンスの計算式における零相補償項を無効化する。たとえば、零相補償項は0に設定される(ステップS103)。
次のステップS104において、演算回路81は、送電線のインピーダンスの演算結果に基づいて、1相欠相中にゾーン2で1線地絡故障が発生したか否かを判定する。
1相欠相中にゾーン2で1線地絡故障が発生しなかった場合(ステップS104でNO)、演算回路81は、次のステップS105において、1相欠相から一定時間(以下、T1時間とする)が経過したか判定する。1相欠相中に故障が発生せずにT1時間が経過した場合には(ステップS105でYES)、ステップS107に処理が進む。ステップS107において、演算回路81は、零相補償項の無効化を停止する(P8)。さらに、演算回路81は、欠相状態にある相の遮断器を再閉路するための再閉路指令P10を出力する。
1相欠相中に新たな故障は発生していないが、欠相からT1時間が経過していない場合には(ステップS105でNO)、次のステップS106に処理が進む。ステップS106において、メモリ回路80の第1メモリ領域46は、次のサンプリングタイミングで取得された電流および電圧データを保存する。メモリ回路80の第2メモリ領域47は、各相の電流データに基づいて計算された零相電流データを保存する。その後、ステップS104に戻って、演算回路81は、送電線のインピーダンスの演算結果に基づいて、1相欠相中にゾーン2で1線地絡故障が発生したか否かを判定する。
なお、既に説明したように、第1メモリ領域46および第2メモリ領域47では、新しいデータがサンプリングされる度に、最も古いデータが最新データに置き換わる。したがって、第1メモリ領域46および第2メモリ領域47に格納されるデータは、たとえば、現時点の最新データから数サイクル前の過去データまで(たとえば、5サイクル前まで)の一定時間のデータである。
一方、1相欠相中にゾーン2で新たな1線地絡故障が発生した場合(ステップS104でYES)、ステップS108に処理が進む。ステップS108において、演算回路81は、第2メモリ領域47におけるデータ更新を停止する(P3)。これによって、第2メモリ領域47に格納されている零相電流データはラッチされる。さらに、ステップS109において、演算回路81は、零相補償項の無効化を停止する(P4)。
その次のステップS110において、演算回路81は、第2メモリ領域47にラッチされている新たな故障発生前の零相電流を用いて、現時点の零相電流を補正する。具体的には、式(7A),(7B),(8)で示したように、演算回路81は、現時点よりも整数サイクル前かつ1相欠相中かつ新たな1線地絡故障の発生前の零相電流を、現時点の零相電流から減算する。演算回路81は、このようにして差分された零相電流と正規の零相補償係数Kとを用いて、インピーダンスの計算を実行する。
その次のステップS111において、演算回路81は、ステップS110で計算したインピーダンスに基づいてゾーン1で地絡故障が生じているか否かを判定する。
ゾーン1で地絡故障が生じている場合(ステップS111でYES)または、T2時間の間、ゾーン2での故障が継続している場合(ステップS113でYES)、処理はステップS112に進む。ステップS112において、演算回路81は、3相の各遮断器(CB)にトリップ信号P9を出力する。さらに、演算回路81は、第2メモリ領域47のデータラッチを解除する指令P7を出力する。
一方、ゾーン1で地絡故障が生じておらず(ステップS111でNO)かつ、ゾーン2での故障が継続せずに(ステップS113でNO)かつ、欠相から一定時間(以下、T3時間とする)が経過した場合(ステップS114でYES)、処理はステップS115に進む。ステップS115において、演算回路81は、第2メモリ領域47のデータラッチを解除する指令P7を出力する。さらに、演算回路81は、欠相状態にある相の遮断器の再閉路の指令P10を出力する。欠相後、T3時間が経過していない場合には(ステップS114でNO)、次のステップS116において、メモリ回路80の第1メモリ領域46は、次のサンプリングタイミングで取得された電流および電圧データを保存する。その後、ステップS110に戻って、演算回路81は、第2メモリ領域47にラッチされている新たな故障発生前の零相電流を用いて、現時点の零相電流を補正する。
[実施の形態1の効果]
以上のとおり、実施の形態1の距離リレーは、1相欠相中のときには、零相補償項の絶対値を小さな値(たとえば、0)にして他の2相のインピーダンスの計算を実行する。距離リレーは、1相欠相中に新たな相のゾーン2において地絡故障を検出した場合には、1相欠相中かつ他相の故障検出前かつ現時点よりも整数サイクル前の零相電流を、現時点の零相電流から減算する。そして、距離リレーは、このようにして負荷電流の影響を除去した零相電流と、正規の零相補償係数Kとを用いて、インピーダンスの計算を実行する。これによって、1相欠相中に新たな相で1線地絡故障が生じた場合でも正しく動作する距離リレーを提供することができる。
[実施の形態1の変形例]
上記の説明では、第2メモリ領域47には零相電流データを格納するようにしたが、3相電流データを格納するようにしてもよい。この場合、たとえば、A相の欠相中に他の相のゾーン2で地絡故障を検出した場合には、現時点のB相電流から新たな相の地絡故障発生前のB相電流が減算され、現時点のC相電流から新たな相の地絡故障発生前のC相電流が減算される。そして、差分後のB相電流とC相電流とを用いて零相電流が計算される。
上記の零相電流の計算方法は、後述する実施の形態2の場合に類似している。ただし、実施の形態2では、最初の1線地絡故障が発生する前の相電流が現時点の対応する相の電流から減算される。これに対して、上記の変形例では、1相欠相中における新たな相での地絡故障の発生前における相電流が現時点の対応する相の電流から減算される。
また、地絡故障の発生によって系統周波数が変化する場合を考慮して、1相欠相後の電圧データまたは電流データを用いて系統周波数を検出するようにしてもよい。この場合、演算回路81は、検出された系統周波数を基準にして3サイクル前およびnサイクル前のデータを計算する。系統周波数の定格周波数からずれがわかると、過去データを用いた補間処理によって現在の系統周波数における3サイクル前およびnサイクル前の値を求めることができる。もしくは、サンプリング周波数が高い場合には、系統周波数の定格周波数からずれに基づいて、現在の系統周波数における3サイクル前およびnサイクル前のサンプリング値を選定できる。演算回路81は、求めた3サイクル前およびnサイクル前の値に基づいて前述の式(8)の差分演算を実行する。
実施の形態2.
[実施の形態2の要点]
実施の形態1では、1相欠相中で新たな1線地絡故障が発生した場合に、1相欠相中であり且つ新たな1線地絡故障が発生する前の電流データを用いて、現時点の零相電流値が補正される。
さらに、実施の形態1では、上記の補正演算に使用する電流データを格納するためのメモリ領域が準備される。1相欠相状態のときには、まず、インピーダンスの計算式における零相補償項を無効化した上で、ゾーン2において新たな1線地絡故障が発生したか否かが検出される。そして、新たな相のゾーン2において1線地絡故障が検出された時点を基準にして、補正演算に使用するメモリ領域のデータが特定される。
一方、実施の形態2では、1相欠相中で新たな1線地絡故障が発生した場合に、最初の1線地絡故障が発生する前(すなわち、3相とも健全な状態)の電流データを用いて、現時点の電流値が補正される。具体的には、1相欠相中における他の健全相の電流値から、最初の1線地絡故障が発生する前であり且つ現時点より整数サイクル前における対応する相の電流値が減算される。これによって、インピーダンスを計算する際の零相補償項に対する負荷電流の影響を除去できる。
上記の補正演算が可能な理由は、負荷電流の大きさは1から2秒程度では演算結果に影響を及ぼす程には大きく変化しないと考えられるからである。言い替えると、最初の1線地絡故障発生前の負荷電流の大きさと欠相中の負荷電流の大きさとはほぼ同じと考えられる。
なお、実施の形態2においても、上記の補正演算に使用する電流データを格納するためのメモリ領域が準備される。ただし、補正演算に使用する電流データは、最初の1線地絡故障を検出した時点を基準にして特定される。したがって、1相欠相状態になったときには、既に補正演算に使用する電流データは確定済みである。このため、実施の形態2の場合には、零相補償項を無効化する必要はないし、ゾーン2で新たな1線地絡故障が発生したか否かを検出せずに、直ちにゾーン1での1線地絡故障の発生の有無を検知できる。
このように実施の形態2の場合には、最初の1線地絡故障の発生前の電流データを用いて補正された電流値と正規の零相補償係数とを用いて、インピーダンスの計算を実行できる。これによって、インピーダンスを計算する際の零相補償項に対する負荷電流の影響を除去できるので、故障点を正確に判定することができ、距離リレーの誤不動作を防止できる。以下、図面を参照して、さらに詳しく説明する。
[距離リレーの動作の概要]
図9は、実施の形態2における距離リレーの動作を説明するためのタイミング図である。図9では、時間軸上において、電力系統の1サイクルごとのタイミングが矢印で示されている。以下、A相で最初の1線地絡故障が発生し、A相が欠相状態になった後に、B相で新たな1線地絡故障が発生したときの距離リレーの動作の概要を説明する。
図9を参照して、時刻t34においてA相の1線地絡故障(1LG-A)が発生する。
次の時刻t35において、図2の距離リレー30は、A相のゾーン1で故障を検出する。これにより、距離リレー30は、A相の遮断器(CB)にトリップ信号を出力する。
さらに、時刻t35において、距離リレー30は、零相電流の補正演算に用いる電流データを保存するためのメモリ領域において、新たなデータの書き込みを停止する。これにより、各相の電流データがラッチされる。図9の場合、時刻t31から時刻t35までの区間、すなわち、A相の故障検出の4サイクル前からA相の故障検出時点までの各相の電流データが保存される。
ラッチ区間内の各相の電流データのうちどの1サイクル分のデータを、インピーダンス計算の際の零相電流の補正に用いるかは、距離リレーの故障検出時間を考慮して決定される。具体的には、故障発生の検出時点である時刻t35よりも、故障検出時間の最大時間である2サイクル以上前のデータをA相故障前の電流データとして利用する。具体的に図9の場合には、時刻t32から時刻t33まで、すなわち、A相故障の検出時点の3サイクル前から2サイクル前までの1サイクル分の電流データが、インピーダンス計算の際の零相電流の補正に用いられる。
次の時刻t36において、A相の遮断器(CB)がオープンする。すなわち、A相が欠相状態になる。A相欠相後のインピーダンスの計算において、零相補償項における零相電流の値は、ラッチ区間内の整数サイクル前の負荷電流の値を減算した値が用いられる。具体的な補正計算の手順は以下のとおりである。
A相の故障を検出した時点、すなわち、零相電流の補正用の電流データを保存するためのメモリ領域の書き込み更新を停止した時点の時刻tを0とする。現時刻tを、1サイクル未満の時間t2を用いて、
t=t2+nサイクル …(9A)
のように表す。ただし、
n=0,1,2,…、0≦t2<1サイクル …(9B)
である。
現時点のB相電流およびC相電流をそれぞれIb(t)およびIb(c)とする。メモリ領域にラッチされているA相故障前のB相電流およびC相電流データをそれぞれIb’およびIc’とする。補正後のB相電流Ib’’(t)は、
Ib’’(t)=Ib(t)-Ib’(t2-3サイクル)
=Ib(t2+nサイクル)-Ib’(t2-3サイクル) …(10)
と表される。同様に、補正後のC相電流Ic’’(t)は、
Ic’’(t)=Ic(t)-Ic’(t2-3サイクル)
=Ic(t2+nサイクル)-Ic’(t2-3サイクル) …(11)
と表される。
上式(10)に示すように、現時点のB相電流Ib(t)から減算されるA相故障の発生前のB相電流Ib’は、現時点よりも整数サイクル前、具体的には(n+3)サイクル前である。上式(11)で示されるC相電流Ic(t)の場合も同様である。したがって、A相故障の発生前におけるB相電流データIb’およびC相電流データIc’として、A相故障の検出時点を基点として3サイクル前から2サイクル前までのデータが継続して使用される。図9の場合には、時刻t32から時刻t33までの1サイクルの期間の電流データが、A相故障の発生前におけるB相電流およびC相電流として用いられる。
上式(10)および(11)を用いて、A相欠相後の零相補償項における零相電流I0(t)は、
I0(t)=Ib’’(t)+Ic’’(t) …(12)
によって計算される。零相電流から負荷電流の影響が除去されているので、零相補償項を無効化する必要はない。
したがって、B相インピーダンスZbの計算式は、上式(12)を用いて、
Zb(t)=Vb(t)/(Ib’’(t)+K・I0(t)) …(13)
で与えられる。ただし、現時点のB相電圧をVb(t)とする。
また、C相インピーダンスZcの計算式は、上式(12)を用いて、
Zc(t)=Vc(t)/(Ic’’(t)+K・I0(t)) …(14)
で与えられる。ただし、現時点のC相電圧をVc(t)とする。
次に、図9の時刻t37において、B相の1線地絡故障(1LG-B)が発生する。その次の時刻t39において、距離リレー30は、B相のゾーン1における地絡故障を検出する。これにより、距離リレー30は、A相、B相、C相の各々の遮断器に直ちにトリップ信号を出力する。
上記から明らかなように、インピーダンスの計算式における零相補償項の計算には、A相故障の発生前の電流データが用いられる。この場合、電流データをラッチするタイミングは、最初のA相故障を検出した時点である。したがって、実施の形態2の場合には、A相の遮断器がオープンされた時刻t36の直後に他の相で地絡故障が発生しても問題が生じない。さらに、1相欠相中におけるインピーダンスの計算には、負荷電流の影響を除去した零相電流値が用いられるので、零相補償項を無効化する必要がない。
[距離リレーの詳細な動作]
図10は、実施の形態2の距離リレーの動作を示す機能ブロック図である。
図10の距離リレー30は、零相補償項の無効化部44を含まない点で図7の距離リレー30と異なる。さらに、図10の距離リレー30は、論理積演算部53に代えて論理積演算部56を含む点で、図7の距離リレー30と異なる。図10の距離リレー30において、図7の場合と同じまたは相当する部分には同一または類似の参照符号を付して説明を繰り返さない場合がある。
図10に示す各構成要素のうち、電流電圧データ取得部45は、図2の入力変換部100およびA/D変換部110に対応する。第1メモリ領域46および第2メモリ領域47は、たとえば、図2のRAM122に対応する。遮断器情報取得部41は、図2のデジタル入力回路132に対応する。図10のその他の構成要素は、図2のCPU121に対応する。
図7の場合と同様に、第1メモリ領域46および第2メモリ領域47を総称してメモリ回路80と称する。上記のその他の構成要素を総称して演算回路81と称する。演算回路81の機能は、CPU121とプログラムによって実現してもよいし、FPGAまたはASICなどの専用回路によって実現してもよい。
図10を参照して、電流電圧データ取得部45は、図1の電流変成器24を介して取得した各相の電流データをサンプリングしてからA/D変換する。さらに、電流電圧データ取得部45は、図1の電圧変成器25を介して取得した各相の電圧データをサンプリングしてからA/D変換する。
第1メモリ領域46は、取得した各相の時系列の電流データIa,Ib,Icおよび各相の時系列の電圧データVa,Vb,Vcを格納する。第2メモリ領域47は、取得した各相の時系列の電流データIa,Ib,Icを格納する。第2メモリ領域47は、第1メモリ領域46とは異なるメモリ領域である。
第1メモリ領域46および第2メモリ領域47の各々に格納されるデータは、現時点の最新データから数サイクル前の過去データまでの一定時間のデータである。新しいデータがサンプリングされる度に、最も古いデータが最新データに置き換わる。
距離リレー演算部48は、第1メモリ領域46に格納された各相の電流データおよび各相の電圧データを用いてインピーダンスの演算を実行する。1相欠相中おいて残りの相のインピーダンスの計算では、第2メモリ領域47にラッチされた対応する相の電流のデータを用いて現時点の電流が補正される。
第1ロジック演算部49は、距離リレー演算部48によるインピーダンス演算の結果を用いて、距離リレーの領域判定および故障相判定を実行する。具体的に、第1ロジック演算部49は、ゾーン1内の1線地絡故障であるか否かを判定し、判定結果を表す判定信号50を論理積演算部56および論理積演算部52に入力する。さらに、第1ロジック演算部49は、ゾーン2内での1線地絡故障であるか否かを判定し、判定結果を表す判定信号51をタイマ54に入力する。
遮断器情報取得部41は、各相遮断器(CB)の補助接点の開閉状態の情報を、図2のデジタル入力回路132を介して取り込む。遮断器の開閉状態の情報に基づいて、欠相判定部42は、1相欠相状態であるか3相とも通電されているかを判定する。欠相判定部42は、判定結果を表す判定信号Q1を、論理積演算部56および論理積演算部52に入力する。
論理積演算部56は、3相とも通電されているという判定信号Q1と、ゾーン1で1線地絡故障が発生したという判定信号50との両方を受け取ると、出力Q4をアサートする。出力Q4がアサートされたことに応答して、第2ロジック演算部55は、故障相の遮断器に直ちにトリップ信号Q8を出力する。さらに、論理積演算部56の出力Q4は、第2メモリ領域47におけるデータ更新を停止する指令、すなわち、データラッチの実行指令P3として用いられる。
論理積演算部52は、1相欠相状態であるという判定信号Q1と、ゾーン1で1線地絡故障が発生したという判定信号50との両方を受け取ると、出力Q5をアサートする。出力P5がアサートされたことに応答して、第2ロジック演算部55は、直ちに3相の各遮断器にトリップ信号Q8を出力する。
タイマ54は、ゾーン2において1線地絡故障が発生したという判定信号51を第1ロジック演算部49から受け取ると、カウントアップを開始する。タイマ54は、カウント値が予め設定された時限T2に達すると、出力Q6をアサートする。第2ロジック演算部55は、出力Q4,Q5のいずれもアサートされずに出力Q6がアサートされた場合に、3相の各遮断器にトリップ信号Q8を出力する。
第2ロジック演算部55は、出力Q4がアサートされてから、出力Q5,Q6のいずれもアサートされずに一定時間が経過すると、現在欠相してい相の遮断器を再閉路する指令Q9を出力する。再閉路後に、再び出力Q4がアサートされた場合に、第2ロジック演算部55は、最終的に3相全ての遮断器を開放するトリップ信号Q8を出力する。再閉路後に地絡故障が検出されなかった場合、または、最終的に3相の遮断状態となった場合、第2ロジック演算部55は、第2メモリ領域47におけるデータラッチの解除指令Q7を出力する。
[距離リレーの動作手順のまとめ]
図11は、実施の形態2の距離リレーの動作を示すフローチャートである。以下、図10および図11を主として参照して、距離リレーの動作手順を総括する。
ステップS201において、メモリ回路80の第1メモリ領域46は、現時点までの一定時間内に取得された各相の電流および電圧データを時系列に保存する。メモリ回路80の第2メモリ領域47は、現時点までの一定時間内に取得された各相の電流データを時系列に保存する。第1メモリ領域46および第2メモリ領域47へのデータ転送は、DMA転送によって実行してもよいし、CPU121を介して実行してもよい。
次のステップS202において、演算回路81は、第1メモリ領域46に格納された電流データおよび電圧データを用いてインピーダンスを計算する。この計算結果からゾーン1において1線地絡故障を検出した場合には(ステップS202でYES)、演算回路81は、ステップS203およびステップS204に処理を進める。
ステップS203において、演算回路81は、第2メモリ領域47におけるデータ更新を停止する(Q3)。これによって、第2メモリ領域47に格納されている各相の電流データはラッチされる。さらに、ステップS204において、演算回路81は、故障相の遮断器(CB)に対してトリップ信号(Q8)を出力する。
その次のステップS205において、演算回路81は、第2メモリ領域47にラッチされている最初の1線地絡故障発生前の零相電流を用いて、現時点の零相電流を補正する。具体的には、式(9A),(9B),(10),(11)で示したように、演算回路81は、現時点よりも整数サイクル前かつ最初の1線地絡故障の発生前の零相電流を、現時点の零相電流から減算する。演算回路81は、このようにして差分された零相電流と正規の零相補償係数Kとを用いて、インピーダンスの計算を実行する。
その次のステップS206において、演算回路81は、ステップS205で計算したインピーダンスに基づいてゾーン1で地絡故障が生じているか否かを判定する。
上記の判定の結果、ゾーン1で地絡故障が生じている場合(ステップS206でYES)、処理はステップS207に進む。ステップS207において、演算回路81は、3相の各遮断器(CB)にトリップ信号Q8を出力する。さらに、演算回路81は、第2メモリ領域47のデータラッチを解除する指令Q7を出力する。
一方、ゾーン1で地絡故障が生じていない場合(ステップS206でNO)、処理はステップS208に進む。ステップS208において、演算回路81は、ステップS205で計算したインピーダンスに基づいてゾーン2で1線地絡故障が生じているか否かを判定する。
上記の判定の結果、ゾーン2で1線地絡故障が生じており(ステップS208でYES)かつ、T2時間の間、ゾーン2での1線地絡故障が継続している場合(S209でYES)、処理はステップS207に進む(Q6)。ステップS207において、演算回路81は、3相の各遮断器(CB)にトリップ信号Q8を出力する。さらに、演算回路81は、第2メモリ領域47のデータラッチを解除する指令Q7を出力する。
一方、ゾーン1およびゾーン2のいずれでも新たな地絡故障が発生せずに(ステップS206およびS208でYES)、欠相後一定時間(T1時間とする)経過した場合に、処理はステップS212に進む。ステップS212において、演算回路81は、第2メモリ領域47のデータラッチを解除する指令Q7を出力する。さらに、演算回路81は、欠相状態にある相の遮断器の再閉路の指令Q9を出力する。
ゾーン1で故障を検出せずにゾーン2で故障を検出しているが、故障がT2時間継続していない場合(ステップS209でNO)、もしくは、ゾーン1,2のいずれでも故障を検出していないが、欠相からT1時間経過していない場合(ステップS210でNO)、ステップS213に処理が進む。ステップS213において、メモリ回路80の第1メモリ領域46は、次のサンプリングタイミングで取得された電流および電圧データを保存する。その後、ステップS205に戻って、演算回路81は、第2メモリ領域47にラッチされている最初の1線地絡故障発生前の零相電流を用いて、現時点の零相電流を補正する。演算回路81は、補正後の現時点の零相電流と正規の零相補償係数Kとを用いて、インピーダンスの計算を実行する。
[実施の形態2の効果]
以上のとおり、実施の形態2の距離リレーは、1相欠相中のとき、欠相の原因となる1線地絡故障の発生前の電流データを用いて現時点の電流データを補正する。そして、この距離リレーは、補正後の電流データを用いた零相補償を含む計算式によってインピーダンス演算を実行する。これによって、1相欠相中の負荷電流の影響を受けることなくゾーン1での故障の有無を正確に判定することができる。したがって、欠相中のゾーン1での故障発生に対して時限経過を待たずに直ちに3相の遮断器を開放できる。
また、実施の形態1の場合に、欠相となった直後に新たな1線地絡故障が発生した場合には判定ができないという制約があったが、本実施の形態2の場合にはそのような制約はない。
なお、地絡故障の発生によって系統周波数が変化する場合を考慮して、1相欠相後の電圧データまたは電流データを用いて系統周波数を検出するようにしてもよい。この場合、式(10)および(11)の差分計算は、検出された系統周波数を基準にして実行される。
また、実施の形態1と実施の形態2を組み合わせてもよい。具体的には、電流データおよび電圧データを格納する第1メモリ領域46ならびに電流データを格納する第2メモリ領域47の他に、零相電流を格納する第3メモリ領域が設けられる。最初の1線地絡故障の発生を検出したときに、第2メモリ領域47のデータ更新が停止され、保存データがラッチされる。欠相後に第2の1線地絡故障の発生を検出したときに、第3メモリ領域のデータ更新が停止され、保存データがラッチされる。最初の故障発生で欠相になってから第2の故障発生までの時間が一定時間未満の場合は、実施の形態2の方法を適用することによってインピーダンスが計算される。欠相してから第2の1線故障の発生までの時間が一定時間を超えると、実施の形態1の方法を適用することによってインピーダンスが計算される。これにより、欠相直後に第2の故障が発生した場合、すなわち、実施の形態1の方法が適用できない場合でも、送電線のインピーダンスの際の負荷電流の影響を抑制することができる。また、実施の形態2の方法では、第1の地絡故障の発生から欠相後に第2の地絡故障が発生するまでの時間が長くなると、前述の式(10)および(11)における差分演算の誤差が大きくなるという問題があった。上記の実施の形態1,2を組み合わせた上記の方法によれば、この問題を解消することができる。
実施の形態3.
[実施の形態3の要点]
実施の形態1および実施の形態2の場合には、欠相中の負荷電流の影響を除去するために行う補正演算に用いる電流データを格納するためのメモリ領域が準備されていた。実施の形態3では、欠相中に新たに1相地絡故障が生じた場合には、残りの健全相の電流データを用いて補正演算を行う。このため、実施の形態3では、補正演算に用いる電流データを格納するためのメモリ領域を準備する必要はない。
具体的に、1相欠相状態のときには、まず、インピーダンスの計算式における零相補償項を無効化した上で、ゾーン2において新たな1線地絡故障が発生したか否かが検出される。この結果、ゾーン2で新たな1線地絡故障が検出された場合には、残りの健全相電流を60°進ませるか又は遅らせる処理を行う。そして、位相を60°進ませるか又は遅らせた電流データの3分の1を、1相欠相中の負荷電流に基づく零相電流と考える。そして、この位相が変更された電流値を用いて、新たな1線地絡故障の検出後の零相電流が補正される。
具体的に、A相欠相中の場合において、A相に対して遅れ相であるB相が故障した場合には、A相に対して進み相であるC相電流を60°進相させた電流が、負荷電流に基づく零相電流の3倍にほぼ等しい。ただし、60°進相させる操作に代えて、120°遅相させてさらに符号を反転させる操作が行われる。したがって、C相電流を120°遅相させた電流値(すなわち、現時点より電気角で120°前のC相電流値)の3分の1を加算することによって、現時点の零相電流を補正することができる。
同様に、A相欠相中の場合において、A相に対して進み相であるC相が故障した場合には、A相に対して遅れ相であるB相電流を60°遅相させた電流が、負荷電流に基づく零相電流の3倍にほぼ等しい。したがって、B相電流を60°遅相させた電流値(すなわち、現時点より電気角で60°前のB相電流値)の3分の1を減算することによって、現時点の零相電流を補正することができる。
上記のような零相電流の補正処理によって、インピーダンスを計算する際の零相補償項に対する負荷電流の影響を除去できる。これにより、故障点を正確に判定することができ、距離リレーの誤不動作を防止できる。以下、図面を参照して、さらに詳しく説明する。
[零相電流の補正方法の原理]
図12は、実施の形態3の距離リレーにおいて零相電流の補正方法を説明するためのベクトル図である。図12(A)においてA相欠相後かつB相地絡故障の発生前のベクトル図が示され、図12(B)おいてA相欠相後かつB相地絡故障の発生後のベクトル図が示される。
図12(A)を参照して、A相欠相中の場合、健全なB相電流Ib’の大きさおよび位相並びに健全なC相電流Ic’の大きさおよび位相については、欠相前からの変化は小さい。すなわち、B相電流Ib’は欠相前のA相電流Iaに対してほぼ120°位相が遅れ、C相電流Ic’は欠相前のA相電流Iaに対してほぼ120°位相が進んでいる。したがって、A相欠相後の零相電流3×I0’(=Ib’+Ic’)は、B相電流Ib’に対してほぼ60°位相が遅れ、C相電流Ic’に対してほぼ60°位相が進んでいる。
図12(B)を参照して、A相欠相中の場合においてさらにB相で1線地絡故障が生じた場合について説明する。この場合、B相故障後のB相電圧Vbは、B相故障前のB相電圧Vb’よりも減少する。B相故障後のB相電流Ibは、B相故障前のB相電流Ib’よりも増加する。B相故障後のB相電流Ibは、地絡故障による故障電流と負荷電流との合成電流である。
一方、健全相であるC相については、B相故障後のC相電圧VcはB相故障前のC相電圧Vc’にほぼ等しい。また、B相故障後のC相電流IcはB相故障前のC相電流Ic’にほぼ等しい。したがって、健全相であるC相電流Icを60°進相させた電流は、B相故障前の零相電流の3倍である3×I0’(=Ib’+Ic’)にほぼ等しくなる。なお、C相電流Icを60°進相させた電流のおける現時点の値は、現時点から電気角で120°前のC相電流についてその符号を反転させた値に等しい。
同様に、A相欠相中の場合においてさらにC相で1線地絡故障が生じた場合には、C相故障後の健全相であるB相電流Ibを用いる。具体的に、B相電流Ibを60°遅相させた電流は、B相故障前の零相電流の3倍である3×I0’(=Ib’+Ic’)にほぼ等しくなる。なお、B相電流Ibを60°遅相させた電流における現時点の値は、現時点から電気角で60°前のB相電流に等しい。
実施の形態1の場合には、A相欠相中であり且つB相故障前の零相電流データを、実際にメモリ領域に格納する必要があった。これに対して、実施の形態3の場合には、B相故障後の健全相の電流データを用いて、より簡単にB相故障前の零相電流の近似データを得ることができる。
以下、数式を用いてより一般的に説明する。なお、欠相中に新たに別の相で1線地絡故障が発生したか否かを検出するために、まず、零相補償項を無効化した上で欠相以外の2相のインピーダンスを計算する必要がある。なぜなら、負荷電流に基づく零相電流によって不要な距離リレーの動作を防止する必要があるからである。この状態においてゾーン2で1線地絡故障が検出された場合に、以下に説明する零相電流の補正演算が実行される。
(1.地絡故障相が欠相に対して進み相である場合)
地絡故障相が欠相に対して進み相である場合について説明する。たとえば、A相欠相中にC相で新たに地絡故障が生じた場合に相当する。この場合、欠相に対して遅れ相が健全相であるので、この健全な遅れ相電流をIx(t)とする。また、現時点の零相電流をI0(t)とする。補正後の零相電流I0’(t)は、
I0’(t)=I0(t)-(1/3)・Ix(t-60°) …(15)
と表される。
上式(15)において、現時点のIx(t-60°)は、現時点よりも電気角で60°前の遅れ相電流である。すなわち、Ix(t-60°)は、遅れ相の電流Ix(t)を60°遅相させた電流に相当する。サンプリング周期が30°の場合には、現時点のIx(t-60°)は、現時点から2個前のサンプリング値に相当する。
上式(15)のI0’(t)と正規の零相補償係数Kとを用いて、ゾーン2で1線地絡故障が検出された故障相について現時点のインピーダンスが計算される。これによって、新たに発生した地絡故障がゾーン1の故障であるか否かを正確に判定できる。
(2.地絡故障相が欠相に対して遅れ相である場合)
地絡故障相が欠相に対して遅れ相である場合について説明する。たとえば、A相欠相中にB相で新たに地絡故障が生じた場合に相当する。欠相に対して進み相が健全相であるので、この健全な進み相電流をIx(t)とする。また、現時点の零相電流をI0(t)とする。補正後の零相電流I0’(t)は、
I0’(t)=I0(t)+(1/3)・Ix(t-120°) …(16)
と表される。
上式(16)において、現時点のIx(t-120°)は、現時点よりも電気角で120°前の進み相電流である。すなわち、Ix(t-120°)は、進み相電流Ix(t)を120°遅相させた電流に相当する。サンプリング周期が30°の場合には、現時点のIx(t-120°)は、現時点から4個前のサンプリング値に相当する。なお、進み相の電流Ix(t)を60°進相させた電流は、進み相電流Ix(t)を120°遅相させた電流について符号を反転させたものに等しい。
上式(16)のI0’(t)と正規の零相補償係数Kとを用いて、ゾーン2で1線地絡故障が検出された故障相について現時点のインピーダンスが計算される。これによって、新たに発生した地絡故障がゾーン1の故障であるか否かを正確に判定できる。
[距離リレーの動作の概要]
図13は、実施の形態3の距離リレーの動作の概要を説明するためのタイミング図である。図13では、時間軸上において、電力系統の1サイクルごとのタイミングが矢印で示されている。以下、A相で最初の1線地絡故障が発生し、A相が欠相状態になった後に、B相で新たな1線地絡故障が発生したときの距離リレーの動作の概要を説明する。
図13を参照して、時刻t51においてA相の1線地絡故障(1LG-A)が発生する。
次の時刻t52において、図2の距離リレー30は、A相のゾーン1で故障を検出する。これにより、距離リレー30は、A相の遮断器(CB)にトリップ信号を出力する。
次の時刻t53において、A相の遮断器(CB)がオープンする。すなわち、A相が欠相状態になる。距離リレー30は、A相の遮断器(CB)がオープン状態になったことを検知すると、B相およびC相のインピーダンスの計算式における零相補償項を無効化する。これにより、B相およびC相の負荷電流によって誤動作しないようにする。
その後、A相が欠相中である時刻t54において、B相の1線地絡故障(1LG-B)が発生する。
次の時刻t55において、距離リレー30は、B相のゾーン2で故障を検出する。これにより、距離リレー30は、B相およびC相のインピーダンスの計算式における零相補償項の無効化を停止する。そして、距離リレー30は健全相のC相電流データを用いて現時点の零相電流を補正する。具体的な計算式は、前述の式(15)による。そして、距離リレー30は補正後の零相電流と正規の零相補償係数Kとを用いて故障相であるB相のインピーダンスを計算する。
B相のインピーダンスの計算の結果、時刻t56において、距離リレー30は、B相のインピーダンスがゾーン1の領域にあることを検出する。これにより、距離リレー30は、A相、B相、およびC相の各々の遮断器に直ちにトリップ信号を出力する。
[距離リレーの詳細な動作]
図14は、実施の形態3の距離リレーの詳細な動作を示す機能ブロック図である。
図14の距離リレー30は、第2メモリ領域47を含まない点で図7の距離リレー30と異なる。図14の距離リレー30において、図7の場合と同じまたは相当する部分には同一または類似の参照符号を付して説明を繰り返さない場合がある。
図14に示す各構成要素のうち、電流電圧データ取得部45は、図2の入力変換部100およびA/D変換部110に対応する。第1メモリ領域46は、たとえば、図2のRAM122に対応する。遮断器情報取得部41は、図2のデジタル入力回路132に対応する。図14のその他の構成要素は、図2のCPU121に対応する。
図7の場合と同様に、第1メモリ領域46をメモリ回路80とも称する。上記のその他の構成要素を総称して演算回路81と称する。演算回路81の機能は、CPU121とプログラムによって実現してもよいし、FPGAまたはASICなどの専用回路によって実現してもよい。
図14を参照して、電流電圧データ取得部45は、図1の電流変成器24を介して取得した各相の電流データをサンプリングしてからA/D変換する。さらに、電流電圧データ取得部45は、図1の電圧変成器25を介して取得した各相の電圧データをサンプリングしてからA/D変換する。
第1メモリ領域46は、取得した各相の時系列の電流データIa,Ib,Icおよび各相の時系列の電圧データVa,Vb,Vcを格納する。このとき、第1メモリ領域46に格納されるデータは、現時点の最新データから数サイクル前の過去データまで(たとえば、5サイクル前まで)の一定時間のデータである。新しいデータがサンプリングされる度に、最も古いデータが最新データに置き換わる。
距離リレー演算部48は、第1メモリ領域46に格納された各相の電流データおよび各相の電圧データを用いてインピーダンス演算を実行する。1相欠相中の場合であり且つ残りの相で故障が発生していない場合には、後述する零相補償項の無効化部44によって、インピーダンスの演算式における零相補償項が無効化される。また、一相欠相中において残りの相で故障が発生した場合には、零相補償項に含まれる零相電流の計算の際に、健全相の電流データを用いて現時点の零相電流の値が補正される。この場合、零相補償項は無効化されない。
第1ロジック演算部49は、距離リレー演算部48によるインピーダンス演算の結果を用いて、距離リレーの領域判定および故障相判定を実行する。具体的に、第1ロジック演算部49は、ゾーン1内の1線地絡故障であるか否かを判定し、判定結果を表す判定信号50を第2ロジック演算部55および論理積演算部52に入力する。さらに、第1ロジック演算部49は、ゾーン2内での1線地絡故障であるか否かを判定し、判定結果を表す判定信号51を論理積演算部53およびタイマ54に入力する。
第2ロジック演算部55は、ゾーン1内で1線地絡故障が発生したという判定信号50を受け取ると、当該故障相の遮断器(CB)にトリップ信号R9を直ちに出力する。当該故障相の遮断器が開放状態になることにより、送電線は1相欠相状態になる。
遮断器情報取得部41は、各相遮断器(CB)の補助接点の開閉状態の情報を、図2のデジタル入力回路132を介して取り込む。遮断器の開閉状態の情報に基づいて、欠相判定部42は、1相欠相状態であるか3相とも通電されているかを判定する。欠相判定部42は、判定結果を表す判定信号R2を、零相補償項の無効化部44、第2ロジック演算部55、および論理積演算部52,53に出力する。
零相補償項の無効化部44は、1相欠相であるという判定信号R2を受け取ると、インピーダンスの計算式における零相補償項を無効化する。たとえば、インピーダンスの計算式における零相補償項が0に設定される。その後、距離リレー演算部48は、零相補償項が無効化された計算式を用いて、インピーダンスの計算を実行する。
論理積演算部53は、欠相判定部42から判定信号R2を受け取り、第1ロジック演算部49から判定信号51を受け取る。以下、論理積演算部53が、1相欠相状態であるという判定信号R2と、ゾーン2において新たに1線地絡故障が発生したという判定信号51との両方を受け取った場合について説明する。
この場合、論理積演算部53は、零相補償項の無効化を停止する停止指令R4を零相補償項の無効化部44に出力する。この結果、距離リレー演算部48は、正規の零相補償係数と健全相の電流データによって補正された零相電流とを用いて、零相補償項の演算を実行する。新たな故障相が欠相に対して進み相である場合には、零相電流の補正式として前述の式(15)が用いられる。新たな故障相が欠相に対して遅れ相である場合には、零相電流の補正式として前述の式(16)が用いられる。結果として得られたインピーダンスの値からは、1相欠相中における負荷電流による影響が除去される。すなわち、距離リレー演算部48は、新たな1線地絡故障によって生じた零相電流のみを用いて零相補償を実行できる。したがって、第1ロジック演算部49は、ゾーン1で1線地絡故障が発生したか否かを正確に判定できる。
論理積演算部52は、1相欠相状態であるという判定信号R2と、ゾーン1で1線地絡故障が発生したという判定信号50との両方を受け取ると、出力R5をアサートする。出力R5がアサートされたことに応答して、第2ロジック演算部55は、直ちに3相の各遮断器にトリップ信号R9を出力する。
タイマ54は、ゾーン2において1線地絡故障が発生したという判定信号51を第1ロジック演算部49から受け取ると、カウントアップを開始する。タイマ54は、カウント値が予め設定された時限T2に達すると、出力R6をアサートする。第2ロジック演算部55は、ゾーン1での故障が検出されずに出力R6がアサートされた場合に、3相の各遮断器にトリップ信号R9を出力する。
次に、第2ロジック演算部55における再閉路のためのロジックについて説明する。第2ロジック演算部55は、1相欠相状態であるという判定信号R2を受け取った後、論理積演算部52,53からの出力R5,R6がアサートされるかどうかを判定する。第2ロジック演算部55は、1相欠相状態となってから一定時間内に出力R5,R6がアサートされない場合に、現在欠相している相の遮断器を再閉路する指令R10を出力する。
再閉路後に、第1ロジック演算部49から再びゾーン1での1線地絡故障が発生したという判定信号50を受け取った場合には、第2ロジック演算部55は、直ちに3相の各遮断器にトリップ信号R9を出力する。再閉路後に地絡故障が検出されなかった場合、または、地絡故障検出によって最終的に3相の遮断状態となった場合、第2ロジック演算部55は、零相補償項の無効化を停止するための停止指令R8を出力する。
[距離リレーの動作手順のまとめ]
図15は、実施の形態3の距離リレーの動作を示すフローチャートである。以下、図14および図15を主として参照して、これまで説明した距離リレーの動作を総括する。
ステップS301において、メモリ回路80の第1メモリ領域46は、現時点までの一定時間内に取得された電流および電圧データを時系列に保存する。第1メモリ領域46へのデータ転送は、DMA転送によって実行してもよいし、CPU121を介して実行してもよい。
次のステップS302において、演算回路81は、各相の遮断器の開閉状態の情報に基づいて、1相欠相状態であるか否かを判定する。1相欠相状態は、送電線で1線地絡故障が発生したことによって故障相の遮断器が開放されたことによって生じる。1相欠相状態でない場合(ステップS302でNO)、処理はステップS301に戻る。
1相欠相状態(R2)と判定された場合(ステップS302でYES)、演算回路81は、インピーダンスの計算式における零相補償項を無効化する(ステップS303)。たとえば、零相補償項は0に設定される。
次のステップS304において、演算回路81は、送電線のインピーダンスの演算結果に基づいて、1相欠相中にゾーン2で1線地絡故障が発生したか否かを判定する。
1相欠相中にゾーン2で1線地絡故障が発生しなかった場合(ステップS304でNO)、演算回路81は、次のステップS305において、1相欠相から一定時間(以下、T1時間とする)が経過したか判定する。1相欠相中に故障が発生せずにT1時間が経過した場合には(ステップS305でYES)、ステップS307に処理が進む。ステップS307において、演算回路81は、零相補償項の無効化を停止する(R8)。さらに、演算回路81は、欠相状態にある相の遮断器を再閉路するための再閉路指令R10を出力する。
1相欠相中に新たな故障は発生していないが、欠相からT1時間が経過していない場合には(ステップS105でNO)、次のステップS306に処理が進む。ステップS306において、メモリ回路80の第1メモリ領域46は、次のサンプリングタイミングで取得された電流および電圧データを保存する。その後、ステップS304に戻って、演算回路81は、送電線のインピーダンスの演算結果に基づいて、1相欠相中にゾーン2で1線地絡故障が発生したか否かを判定する。
なお、既に説明したように、第1メモリ領域46では、新しいデータがサンプリングされる度に、最も古いデータが最新データに置き換わる。したがって、第1メモリ領域46に格納されるデータは、たとえば、現時点の最新データから数サイクル前の過去データまで(たとえば、5サイクル前まで)の一定時間のデータである。
一方、1相欠相中にゾーン2で新たな1線地絡故障が発生した場合(ステップS304でYES)、ステップS308に処理が進む。ステップS308において、演算回路81は、零相補償項の無効化を停止する(R4)。
その次のステップS309において、演算回路81は、新たな地絡故障相は欠相に対して進み相か遅れ相かを判定する。故障相が欠相に対して進み相である場合(ステップS309でYES)、健全相は欠相に対して遅れ相である。この場合、次のステップS310において、演算回路81は、遅れ相電流Ix(t)のデータを用いて前述の式(15)に従って、現時点の零相電流I0(t)を補正する。演算回路81は、補正後の零相電流と正規の零相補償係数Kとを用いて故障相のインピーダンスを計算する。
一方、故障相が欠相に対して遅れ相である場合(ステップS309でNO)、健全相は欠相に対して進み相である。この場合、次のステップS311において、演算回路81は、進み相電流Ix(t)のデータを用いて前述の式(16)に従って、現時点の零相電流I0(t)を補正する。演算回路81は、補正後の零相電流と正規の零相補償係数Kとを用いて故障相のインピーダンスを計算する。
上記のステップS310またはS311におけるインピーダンスの演算結果に基づいて、演算回路81は、次のステップS312において、ゾーン1で1線地絡故障が発生したか否かを判定する。
上記の判定の結果、ゾーン1で1線地絡故障が生じている場合(ステップS312でYES)または、T2時間の間、ゾーン2での故障が継続している場合(ステップS314でYES)、処理はステップS313に進む。ステップS313において、演算回路81は、3相の各遮断器(CB)にトリップ信号R9を出力する。
一方、ゾーン1で地絡故障が生じておらず(ステップS312でNO)かつ、T2時間の間、ゾーン2での故障が継続していない場合(ステップS314でNO)、処理はステップS315に進む。ステップS315において、メモリ回路80の第1メモリ領域46は、次のサンプリングタイミングで取得された電流および電圧データを保存する。その後、ステップS304に戻って、演算回路81は、新たにサンプリングされたデータを用いてインピーダンスを計算することによって、ゾーン2での1線地絡故障が継続しているか否かを判定する。この場合のインピーダンスの計算では、零相補償項の無効化は停止され、ステップS310またはS311で説明した零相電流の補正演算式が用いられる。
[実施の形態3の効果]
上記のとおり、実施の形態3の距離リレーによれば、1相欠相中の負荷電流による零相電流への影響を除去することによって、正規の零相補償係数を用いて正確に故障判定を行うことができる。これにより、欠相中の負荷電流による距離リレーの不要動作を防止することができる。欠相中にゾーン1で新たに1線地絡故障が生じた場合には、時限経過を待たずに正に3相の遮断器を開放することができる。
また、インピーダンスの計算式における零相電流の計算では、負荷電流に基づく零相電流が、健全相の電流データに基づいて推定される。したがって、実施の形態1,2のように補正用の電流データを格納するためのメモリ領域が不要であり、そのラッチ処理も不要である。さらに、実施の形態1の場合と異なり、1相欠相後に直ちに新たな1線地絡故障が生じても正しく故障点を判定できる。さらに実施の形態1,2と異なり、整数サイクル前の過去値を使用した差分演算は実行されない。したがって、系統周波数が定格周波数より変位したとしても、差分演算における誤差の問題は生じない。
なお、実際には、欠相中に1線地絡故障が生じた場合、地絡電流の1部が遠方の相手端の変圧器の接地中性点を経由して健全相に回り込む場合がある。この場合には、その回り込んだ地絡電流が誤差要因となり得る。しかしながら、地絡電流の大部分は発電機側に戻るのが通常であるため、欠相中に零相補償項を無効化するだけの従来技術における誤差に比べて、その誤差は小さい。
[実施の形態3の変形例]
欠相中に新たな1相地絡故障が検出される前から、上記で説明した零相電流の補正を実行してもよい。たとえば、A相欠相中にB相のインピーダンスを計算する場合には、C相電流を60°進相させた電流を用いて現時点の零相電流を補正する。A相欠相中にC相のインピーダンスを計算する場合には、B相電流を60°遅相させた電流を用いて現時点の零相電流を補正する。そして、零相補償項を無効化したインピーダンスの計算式を用いてゾーン2で1線地絡故障が検出された場合には、正規の零相補償係数を用いた故障相のインピーダンスを評価する。
地絡故障の発生によって系統周波数が変化する場合を考慮して、1相欠相後の電圧データまたは電流データを用いて系統周波数を検出するようにしてもよい。この場合、式(15)および(16)の計算結果は、検出された系統周波数に基づいて補正される。
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものでないと考えられるべきである。この発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。