本発明の一形態は、正極と、
ケイ素系負極活物質を含む負極と、
非水溶媒およびリチウム塩を含む電解液を有する電解質層と、
を有するリチウムイオン二次電池であって、
前記負極の硬X線光電子分光(HAXPES)測定において、以下の(a)~(c)の少なくとも1つを満たすことを特徴とする、リチウムイオン二次電池である。
(a)F1sの結合エネルギーに対応するピークとして、683.5eV以上686eV未満に強度IF2を示すピークおよび686eV以上688eV以下に強度IF1を示すピークを有し、IF2/IF1≧1.0である、
(b)P1sの結合エネルギーに対応するピークとして、2148eV以上2152eV未満に強度IP2を示すピークおよび2152eV以上2156eV以下に強度IP1を示すピークを有し、IP2/IP1≧1.0である、
(c)O1sの結合エネルギーに対応するピークとして、527eV以上529eV未満に強度IO2を示すピークおよび529eV以上536eV以下に強度IO1を示すピークを有し、IO2/IO1≧0.1である。
本形態に係るリチウムイオン二次電池によれば、サイクル耐久性の向上が可能となる。
以前より、ケイ素系負極活物質を含むリチウムイオン二次電池においては、そのサイクル耐久性を改善するために、ケイ素系負極活物質粒子の表面修飾が検討されてきた。これは、ケイ素系負極活物質粒子の表面を炭素被覆などによって修飾することで、ケイ素系負極活物質粒子の膨張収縮により生じる応力を緩和できるためと考えられる。
しかしながら、本発明者らの検討によると、ケイ素系負極活物質の炭素被覆などの表面修飾によりサイクル耐久性は改善されるものの、十分ではないことが判明した。この点についてさらなる検討を進めたところ、炭素材料は導電性を有することから、充放電反応を繰り返すうちに電解質の還元分解による劣化が進行しやすくなることを本発明者らは見出した。これにより、サイクル特性が低下するものと思われる。
これに対して、本発明では、ケイ素系負極活物質粒子の表面に、硬X線光電子分光測定で観測することができる所定のLiを含む無機化合物を有する。この無機化合物は、導電性に乏しく、電解質に含まれる有機溶媒の分解を抑制する。また、ケイ素系負極活物質の表面を物理的に強固に被覆するため、充放電に伴うケイ素系負極活物質粒子の膨張収縮により生じる応力を緩和する。これらが複合的に作用する結果、リチウムイオン二次電池のサイクル耐久性の向上がもたらされるものと考えられる。
以下、図面を参照しながら、本発明のリチウムイオン二次電池の実施形態を説明する。但し、本発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきであり、以下の形態のみには制限されない。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。また、図面の寸法比率は、説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。
まず、本発明に係るリチウムイオン二次電池では、セル(単電池層)の電圧が大きく、高エネルギー密度、高出力密度が達成できる。そのため本実施形態のリチウムイオン二次電池では、車両の駆動電源用や補助電源用として優れている。その結果、車両の駆動電源用等のリチウムイオン二次電池として好適に利用できる。このほかにも、携帯電話などの携帯機器向けのリチウムイオン二次電池にも十分に適用可能である。
例えば、上記リチウムイオン二次電池を形態・構造で区別した場合には、積層型(扁平型)電池、巻回型(円筒型)電池など、従来公知のいずれの形態・構造にも適用し得るものである。積層型(扁平型)電池構造を採用することで簡単な熱圧着などのシール技術により長期信頼性を確保でき、コスト面や作業性の点では有利である。
また、リチウムイオン二次電池内の電気的な接続形態(電極構造)で見た場合、非双極型(内部並列接続タイプ)電池および双極型(内部直列接続タイプ)電池のいずれにも適用し得るものである。
したがって、以下の説明では、非双極型(内部並列接続タイプ)リチウムイオン二次電池につき図面を用いてごく簡単に説明する。但し、本実施形態のリチウムイオン二次電池の技術的範囲が、これらに制限されるべきものではない。
<電池の全体構造>
図1は、本発明の代表的な一実施形態である、扁平型(積層型)のリチウムイオン二次電池(以下、単に「積層型電池」ともいう)の全体構造を模式的に表した断面概略図である。
図1に示すように、本実施形態の積層型電池10は、実際に充放電反応が進行する略矩形の発電要素21が、外装体であるラミネートシート29の内部に封止された構造を有する。ここで、発電要素21は、正極集電体12の両面に正極活物質層15が配置された正極と、電解質層17と、負極集電体11の両面に負極活物質層13が配置された負極とを積層した構成を有している。具体的には、1つの正極活物質層15とこれに隣接する負極活物質層13とが、電解質層17を介して対向するようにして、負極、電解質層および正極がこの順に積層されている。
これにより、隣接する正極、電解質層、および負極は、1つの単電池層19を構成する。したがって、図1に示す積層型電池10は、単電池層19が複数積層されることで、電気的に並列接続されてなる構成を有するともいえる。なお、発電要素21の両最外層に位置する最外層の正極集電体には、いずれも片面のみに正極活物質層15が配置されているが、両面に活物質層が設けられてもよい。すなわち、片面にのみ活物質層を設けた最外層専用の集電体とするのではなく、両面に活物質層がある集電体をそのまま最外層の集電体として用いてもよい。また、図1とは正極および負極の配置を逆にすることで、発電要素21の両最外層に最外層の負極集電体が位置するようにし、該最外層の負極集電体の片面または両面に負極活物質層が配置されているようにしてもよい。
正極集電体12および負極集電体11は、各電極(正極および負極)と導通される正極集電板27および負極集電板25がそれぞれ取り付けられ、ラミネートシート29の端部に挟まれるようにしてラミネートシート29の外部に導出される構造を有している。正極集電板27および負極集電板25は、それぞれ必要に応じて正極リードおよび負極リード(図示せず)を介して、各電極の正極集電体12および負極集電体11に超音波溶接や抵抗溶接等により取り付けられていてもよい。
以下、リチウムイオン二次電池の主要な構成部材について説明する。
<活物質層>
活物質層13または15は活物質を含み、必要に応じてその他の添加剤をさらに含む。
[正極活物質層]
正極活物質層15は、正極活物質を含む。
(正極活物質)
正極活物質としては、例えば、LiMn2O4、LiCoO2、LiNiO2、Li(Ni-Mn-Co)O2およびこれらの遷移金属の一部が他の元素により置換されたもの等のリチウム-遷移金属複合酸化物、リチウム-遷移金属リン酸化合物、リチウム-遷移金属硫酸化合物などが挙げられる。場合によっては、2種以上の正極活物質が併用されてもよい。好ましくは、容量、出力特性の観点から、リチウム-遷移金属複合酸化物が、正極活物質として用いられる。より好ましくはリチウムとニッケルとを含有する複合酸化物が用いられ、さらに好ましくはLi(Ni-Mn-Co)O2およびこれらの遷移金属の一部が他の元素により置換されたもの(以下、単に「NMC複合酸化物」とも称する)が用いられる。NMC複合酸化物は、リチウム原子層と遷移金属(Mn、NiおよびCoが秩序正しく配置)原子層とが酸素原子層を介して交互に積み重なった層状結晶構造を持ち、遷移金属Mの1原子あたり1個のLi原子が含まれ、取り出せるLi量が、スピネル系リチウムマンガン酸化物の2倍、つまり供給能力が2倍になり、高い容量を持つことができる。
NMC複合酸化物は、上述したように、遷移金属元素の一部が他の金属元素により置換されている複合酸化物も含む。その場合の他の元素としては、Ti、Zr、Nb、W、P、Al、Mg、V、Ca、Sr、Cr、Fe、B、Ga、In、Si、Mo、Y、Sn、V、Cu、Ag、Znなどが挙げられ、好ましくは、Ti、Zr、Nb、W、P、Al、Mg、V、Ca、Sr、Crであり、より好ましくは、Ti、Zr、P、Al、Mg、Crであり、サイクル特性向上の観点から、さらに好ましくは、Ti、Zr、Al、Mg、Crである。
NMC複合酸化物は、理論放電容量が高いことから、好ましくは、一般式(1):LiaNibMncCodMxO2(但し、式中、a、b、c、d、xは、0.9≦a≦1.2、0<b<1、0<c≦0.5、0<d≦0.5、0≦x≦0.3、b+c+d=1を満たす。MはTi、Zr、Nb、W、P、Al、Mg、V、Ca、Sr、Crから選ばれる元素で少なくとも1種類である)で表される組成を有する。ここで、aは、Liの原子比を表し、bは、Niの原子比を表し、cは、Mnの原子比を表し、dは、Coの原子比を表し、xは、Mの原子比を表す。サイクル特性の観点からは、一般式(1)において、0.4≦b≦0.6であることが好ましい。なお、各元素の組成は、例えば、プラズマ(ICP)発光分析法により測定できる。
一般に、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)およびマンガン(Mn)は、材料の純度向上および電子伝導性向上という観点から、容量および出力特性に寄与することが知られている。Ti等は、結晶格子中の遷移金属を一部置換するものである。サイクル特性の観点からは、遷移元素の一部が他の金属元素により置換されていることが好ましく、特に一般式(1)において0<x≦0.3であることが好ましい。Ti、Zr、Nb、W、P、Al、Mg、V、Ca、SrおよびCrからなる群から選ばれる少なくとも1種が固溶することにより結晶構造が安定化されるため、その結果、充放電を繰り返しても電池の容量低下が防止でき、優れたサイクル特性が実現し得ると考えられる。
具体的には、LiCoO2、LiNi0.9Co0.1O2、LiNi0.8Co0.2O2、LiNi0.5Co0.5O2、LiNi0.8Co0.18Mn0.02O2、LiNi0.8Co0.1Mn0.1O2、LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2、LiNi0.9Co0.1Al0.1O2、LiNi0.8Co0.15Al0.05O2、LiNi0.6Co0.1Mn0.25Al0.05O2などが例示される。
好ましい実施形態としては、一般式(1)において、b、cおよびdが、0.44≦b≦0.51、0.27≦c≦0.31、0.19≦d≦0.26であることが、容量と寿命特性とのバランスを向上させるという観点からは好ましい。例えば、LiNi0.5Mn0.3Co0.2O2は、一般的な民生電池で実績のあるLiCoO2、LiMn2O4、LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2などと比較して、単位重量あたりの容量が大きく、エネルギー密度の向上が可能となることでコンパクトかつ高容量の電池を作製できるという利点を有しており、航続距離の観点からも好ましい。なお、より容量が大きいという点ではLiNi0.8Co0.1Al0.1O2がより有利であるが、寿命特性に難がある。これに対し、LiNi0.5Mn0.3Co0.2O2はLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2並みに優れた寿命特性を有しているのである。
場合によっては、2種以上の正極活物質が併用されてもよい。好ましくは、容量、出力特性の観点から、リチウム-遷移金属複合酸化物が、正極活物質として用いられる。なお、上記以外の正極活物質が用いられてもよいことは勿論である。
正極活物質層15に含まれる正極活物質の平均粒子径は特に制限されないが、高出力化の観点からは、好ましくは0.5~30μmであり、より好ましくは5~20μmである。なお、本明細書において、「粒子径」とは、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)などの観察手段を用いて観察される活物質粒子(観察面)の輪郭線上の任意の2点間の距離のうち、最大の距離を意味する。また、本明細書において、「平均粒子径」の値は、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)などの観察手段を用い、数~数十視野中に観察される粒子の粒子径の平均値として算出される値を採用するものとする。他の構成成分の粒子径や平均粒子径も同様に定義することができる。
正極活物質層15は、バインダを含みうる。
(バインダ)
バインダは、活物質同士または活物質と集電体とを結着させて電極構造を維持する目的で添加される。正極活物質層に用いられるバインダとしては、特に限定されないが、例えば、以下の材料が挙げられる。ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエーテルニトリル(PEN)、ポリアクリロニトリル、ポリイミド、ポリアミド、ポリアミドイミド、セルロース、カルボキシメチルセルロース(CMC)、エチレン-酢酸ビニル共重合体、ポリ塩化ビニル、スチレン・ブタジエンゴム(SBR)、イソプレンゴム、ブタジエンゴム、エチレン・プロピレンゴム、エチレン・プロピレン・ジエン共重合体、スチレン・ブタジエン・スチレンブロック共重合体およびその水素添加物、スチレン・イソプレン・スチレンブロック共重合体およびその水素添加物などの熱可塑性高分子、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、エチレン・テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、エチレン・クロロトリフルオロエチレン共重合体(ECTFE)、ポリフッ化ビニル(PVF)等のフッ素樹脂、ビニリデンフルオライド-ヘキサフルオロプロピレン系フッ素ゴム(VDF-HFP系フッ素ゴム)、ビニリデンフルオライド-ヘキサフルオロプロピレン-テトラフルオロエチレン系フッ素ゴム(VDF-HFP-TFE系フッ素ゴム)、ビニリデンフルオライド-ペンタフルオロプロピレン系フッ素ゴム(VDF-PFP系フッ素ゴム)、ビニリデンフルオライド-ペンタフルオロプロピレン-テトラフルオロエチレン系フッ素ゴム(VDF-PFP-TFE系フッ素ゴム)、ビニリデンフルオライド-パーフルオロメチルビニルエーテル-テトラフルオロエチレン系フッ素ゴム(VDF-PFMVE-TFE系フッ素ゴム)、ビニリデンフルオライド-クロロトリフルオロエチレン系フッ素ゴム(VDF-CTFE系フッ素ゴム)等のビニリデンフルオライド系フッ素ゴム、エポキシ樹脂等が挙げられる。中でも、ポリフッ化ビニリデン、ポリイミド、スチレン・ブタジエンゴム、カルボキシメチルセルロース、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリアクリロニトリル、ポリアミド、ポリアミドイミドであることがより好ましい。これらの好適なバインダは、耐熱性に優れ、さらに電位窓が非常に広く正極電位、負極電位双方に安定であり活物質層に使用が可能となる。これらのバインダは、1種単独で用いてもよいし、2種併用してもよい。
正極活物質層中に含まれるバインダ量は、活物質を結着することができる量であれば特に限定されるものではないが、好ましくは活物質層に対して、0.5~15質量%であり、より好ましくは1~15質量%である。
正極(正極活物質層)は、特に制限されないが、通常のスラリーを塗布(コーティング)する方法のほか、混練法、スパッタ法、蒸着法、CVD法、PVD法、イオンプレーティング法および溶射法などの方法によって形成することができる。
[負極活物質層]
負極活物質層13は、負極活物質を含む。
(負極活物質)
負極活物質は、放電時にリチウムイオンを放出し、充電時にリチウムイオンを吸蔵できる機能を有する。本形態では、ケイ素(Si)を含むケイ素系負極活物質が用いられる点に特徴を有する。前述したように、ケイ素系負極活物質を用いて負極活物質層を構成すると、従来の炭素・黒鉛系負極活物質を用いた場合と比較して、高いエネルギー密度が達成されうる。
ケイ素系負極活物質としては、特に制限はないが、高い容量およびサイクル耐久性を得る観点から、Si単体、SiO2、およびSiOなどのケイ素酸化物、ケイ素含有合金などが挙げられる。なかでも高いサイクル耐久性の実現が可能なことから、下記化学式(1)の組成を有するケイ素含有合金を含むことが好ましい。
式中、Aは、不可避不純物であり、Mは、少なくとも1種の遷移金属元素であり、x、y、z、およびaは、質量%の値を表し、この際、0<x<100、0<y<100、0<z<100、および0≦a<0.5であり、x+y+z+a=100である。
なお、本明細書において、「不可避不純物」とは、ケイ素含有合金において、原料中に存在したり、製造工程において不可避的に混入したりするものを意味する。当該不可避不純物は、本来は不要なものであるが、微量であり、ケイ素含有合金の特性に影響を及ぼさないため、許容されている不純物である。
上記化学式(1)で表されるケイ素含有合金は、Si、SnおよびM(遷移金属)の少なくとも三元系である。このように、Si、SnおよびMの少なくとも三元系であることにより、優れたサイクル耐久性が発揮されうる。
なかでも、添加元素(遷移金属元素M)としてTiを選択することで、Li合金化の際に、より一層アモルファス-結晶の相転移を抑制してサイクル寿命を向上させることができる。また、これによって、従来の負極活物質(例えば、炭素系負極活物質)よりも高容量のものとなる。したがって、本発明の好ましい実施形態によると、上記化学式(1)で表される組成において、Mがチタン(Ti)であることが好ましい。
ここで、Li合金化の際にアモルファス-結晶の相転移を抑制することが好ましいのは、以下の理由による。Si材料は、充電時にSiとLiとが合金化する際、アモルファス状態から結晶状態へ転移し大きな体積変化(約4倍)を起こすため、活物質粒子自体が壊れてしまい、活物質としての機能が失われる。そのため、アモルファス-結晶の相転移を抑制することで、粒子自体の崩壊を抑制し、活物質としての機能(高容量)を保持することができ、その結果、サイクル寿命を向上させることが可能となるためである。かかる添加元素(遷移金属元素M)を選定することにより、高容量でサイクル特性に優れたケイ素含有合金とすることができる。
上述したように、本実施形態に係るケイ素含有合金(SixSnyMzAaの組成を有するもの)は、Si、SnおよびM(遷移金属)の三元系である。ここで、各構成元素の
構成比(質量比x、y、z)の合計は100質量%であるが、x、y、zのそれぞれの値について特に制限はない。ただし、xについては、充放電(Liイオンの挿入脱離)に対する耐久性の保持および初期容量のバランスという観点から、好ましくは60≦x≦73
であり、より好ましくは60≦x≦70である。また、yについては、充放電時の可逆的Liイオンの挿入脱離を可能にするという観点から、好ましくは2≦y≦15であり、より好ましくは2≦y≦10であり、さらに好ましくは5≦y≦10である。そして、zについては、xと同様に充放電(Liイオンの挿入脱離)に対する耐久性の保持および初期容量のバランスという観点から、好ましくは25≦z≦35であり、より好ましくは27≦z≦33であり、さらに好ましくは28≦z≦30である。
Aは前述のように、原料や製法に由来する上記3成分以外の不純物(不可避不純物)である。前記a(すなわち、残部)は、0≦a<0.5であり、0≦a<0.1であることが好ましい。
なお、負極活物質(ケイ素含有合金)が上記化学式(1)の組成を有するか否かは、蛍光X線分析(XRF)による定性分析、および誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法による定量分析により確認することが可能である。
本実施形態における負極活物質を構成するケイ素系負極活物質の粒子径は特に制限されないが、平均粒子径として、好ましくは0.1~20μmであり、より好ましくは0.2~10μmである。
(ケイ素含有合金の製造方法)
ケイ素含有合金の製造方法について特に制限はなく、従来公知の知見が適宜参照されうるが、例えば、以下のような工程を有する製造方法が用いられる。
まず、ケイ素含有合金の原料を混合して混合粉末を得る工程を行う。この工程では、得られる負極活物質(ケイ素含有合金)の組成を考慮して、当該合金の原料を混合する。当該合金の原料としては、負極活物質として必要な元素の比率を実現できれば、その形態などは特に限定されない。例えば、負極活物質を構成する元素単体を、目的とする比率に混合したものや、目的とする元素比率を有する合金、固溶体、または金属間化合物を用いることができる。また、通常は粉末状態の原料を混合する。これにより、原料からなる混合粉末が得られる。
続いて、上記で得られた混合粉末に対して合金化処理を行う。これにより、リチウムイオン二次電池用負極活物質として用いることが可能なケイ素含有合金が得られる。
合金化処理の手法としては、固相法、液相法、気相法があるが、例えば、メカニカルアロイ法やアークプラズマ溶融法、鋳造法、ガスアトマイズ法、液体急冷法、イオンビームスパッタリング法、真空蒸着法、メッキ法、気相化学反応法などが挙げられる。なかでも、メカニカルアロイ法を用いて合金化処理を行うことが好ましい。メカニカルアロイ法により合金化処理を行うことで、相の状態の制御を容易に行うことができるため、好ましい。また、合金化処理を行う前に、原材料を溶融する工程や前記溶融した溶融物を急冷して凝固させる工程が含まれてもよい。
特に、合金化処理の時間が12時間以上であれば、所望のサイクル耐久性を発揮させうる負極活物質(ケイ素含有合金)を得ることができる。なお、合金化処理の時間は、好ましくは20時間以上である。なお、合金化処理のための時間の上限値は特に設定されないが、通常は72時間以下であればよい。
上述した手法による合金化処理は、通常乾式雰囲気下で行われるが、合金化処理後の粒度分布は大小の幅が非常に大きい場合がある。このため、粒度を整えるための粉砕処理および/または分級処理を行うことが好ましい。
以上、負極活物質層に含まれるケイ素系負極活物質について説明したが、負極活物質層はその他の負極活物質を含んでいてもよい。上記ケイ素系負極活物質以外の負極活物質としては、天然黒鉛、人造黒鉛、活性炭、カーボンファイバー、コークス、ソフトカーボン、もしくはハードカーボンなどのカーボン、あるいはTiO、Ti2O3、TiO2などの金属酸化物、Li4/3Ti5/3O4もしくはLi7MnNなどのリチウムと遷移金属との複合酸化物(複合窒化物)、Li-Pb系合金、Li-Al系合金、Liなどが挙げられる。ただし、上記ケイ素系負極活物質を負極活物質として用いることにより奏される作用効果を十分に発揮させるという観点からは、負極活物質の全量100質量%に占める上記ケイ素系負極活物質の含有量は、好ましくは50~100質量%であり、より好ましくは80~100質量%であり、さらに好ましくは90~100質量%であり、特に好ましくは95~100質量%であり、最も好ましくは100質量%である。
(ケイ素系負極活物質表面への炭素系材料の担持(被覆))
本実施形態では、前記ケイ素系負極活物質は、炭素被覆処理されていることが好ましい。特には、炭素被覆処理されて表面に炭素系材料が担持(被覆)されたケイ素含有合金(炭素担持ケイ素含有合金)またはケイ素酸化物(炭素担持ケイ素酸化物)であることが好ましい。このようにすることで、負極活物質粒子全体の導電性が向上するため、より高い容量および高いサイクル耐久性が得られうる。なお、ここで用いる炭素系材料には、繰り返し充放電できないので活物質にあたらない(導電性)炭素材料、即ち、Liイオンの挿入脱離の起こりにくいまたは起こらない低結晶性を有する、活物質の定義にあてはまらない(導電性)炭素材料を用いるのがよい。
本明細書において、「担持」または「被覆」とは、上記炭素系材料がケイ素系負極活物質の少なくとも一部の表面に化学的または物理的に結合していることを意味する。ケイ素系負極活物質の表面に炭素系材料が担持(被覆)したか否かは、製造したまたは電極から採取(分離)した炭素系材料が担持されたケイ素系負極活物質において、上記炭素系材料がケイ素系負極活物質粒子に付着した状態で観察されることによって確認できる。本実施形態ではケイ素系負極活物質粒子の上記炭素系材料による被覆率が15mol%以上である場合を「ケイ素系負極活物質の表面に炭素系材料が担持(被覆)した」状態であるとする。このため、従来、行っているような負極活物質、導電助剤(炭素系材料;この導電助剤も通常、活物質にあたらない(導電性)炭素材料が用いられている)およびバインダとの単純な混合によっては、導電助剤は負極活物質には担持されないか、またはケイ素系負極活物質の上記炭素系材料による被覆率が15mol%未満でしか担持されない。なお、炭素系材料のケイ素系負極活物質表面への担持(被覆)状態は、走査型電子顕微鏡(SEM)等の公知の手段によって、容易に確認できる。
ケイ素系負極活物質表面の上記炭素系材料の存在により、ケイ素系負極活物質(粒子)表面と電解液との反応性をより一層抑制することができる。そのため、過剰な電解液の分解反応、およびそれに伴う副反応物の生成をより一層抑制することが可能となる。
ここで、ケイ素系負極活物質の上記炭素系材料による被覆率(担持率)は、サイクル特性(サイクル耐久性)のより一層の向上効果、導電性のより一層の向上効果などを考慮すると、好ましくは50~400mol%であり、より好ましくは100~400mol%であり、さらにより好ましくは250~400mol%である。
本明細書において、「ケイ素系負極活物質の炭素系材料による被覆率(担持率)」は、以下のような方法で測定・算出した値を採用する。なお、本明細書では、「ケイ素系負極活物質の炭素系材料による被覆率(担持率)(mol%)」を単に「炭素被覆率(mol%)」とも称する。
<ケイ素系負極活物質の炭素系材料による被覆率(担持率)の測定>
上記炭素系材料が担持されたケイ素系負極活物質の炭素被覆率は、下記測定条件で、オージェ電子分光法を用いて、ケイ素のモル比率および炭素のモル比率を測定する。
次に、上記で測定されたケイ素のモル比率および炭素のモル比率を用いて、下記式に従って、ケイ素のモル比率に対する炭素のモル比率を算出し、得られた値を炭素被覆率(mol%)とする。
炭素系材料は、特に制限されず、通常、導電助剤として使用される炭素系材料が使用できる。具体的には、アセチレンブラック、ファーネスブラック、カーボンブラック、チャンネルブラック、グラファイト(導電助剤と同程度に微粉化されたものであって、活物質としての炭素材料とは粒子サイズの観点から明確に区別されるものである)が挙げられる。これらのうち、担持維持性の観点から、上記炭素系材料は、上記したように繰り返し充放電できないので活物質にあたらない導電性炭素材料、即ち、Liイオンの挿入脱離の起こりにくいまたは起こらない低結晶性を有する導電性炭素材料であることが好ましい。具体的には、アセチレンブラック、ファーネスブラック、チャンネルブラックを使用することが好ましい。また、炭素系材料の形状は、粒子形態が好ましい。炭素系材料の大きさは、導電助剤より微粉化されたものが好ましい。例えば、上記炭素系材料が粒子形態の場合には、平均粒子径(二次粒子径)が、好ましくは5~100nmであり、より好ましくは10~30nmである。このような大きさであれば、上記炭素系材料が容易にケイ素系負極活物質表面に担持できる。また、このような大きさであれば、上記炭素系材料がケイ素系負極活物質表面に均一に担持できる。
上記方法において、ケイ素系負極活物質および上記炭素系材料の混合比は、特に制限されない。具体的には、上記炭素系材料を、ケイ素系負極活物質に対して、好ましくは0.1~25質量%の割合で、より好ましくは0.5~10質量%の割合で、特に好ましくは0.5~5質量%の割合で、ケイ素系負極活物質と混合する。このような混合比によると、炭素系材料がケイ素系負極活物質表面に均一に担持(被覆)できる。
また、上記方法において、上記炭素系材料をケイ素系負極活物質表面に化学的または物理的に担持(被覆)させるための処理方法は、特に制限されない。例えば、剪断、圧縮、衝撃によりケイ素系負極活物質中に炭素系材料の少なくとも一部を埋設、あるいはケイ素系負極活物質と炭素の表面で一部化学的に結合させる方法などが挙げられる。より具体的には、ボールミリング、メカノケミカル法、乾式粒子複合化法などが挙げられる。
上記炭素系材料をケイ素系負極活物質表面に化学的または物理的に担持(被覆)させるための物理的または化学的な処理条件は、特に制限されず、使用される方法によって適切に選択できる。例えば、メカノケミカル法を使用する場合には、回転速度(処理回転速度)が、好ましく3000~8000rpm、より好ましくは4000~5000rpmである。処理時間は、好ましく10~90分、より好ましくは50~70分である。このような条件であれば、炭素系材料を、上記好ましい被覆率(担持率)でケイ素系負極活物質表面に担持(被覆)できる。また、炭素系材料がケイ素系負極活物質の表面に均一に担持される。
(ケイ素系負極活物質表面の無機化合物)
本実施形態のリチウムイオン二次電池においては、上記ケイ素系負極活物質の表面に、リチウムを含む無機化合物であるLiF、Li2O、またはLixPFyを含む。上記無機化合物は、ケイ素系負極活物質の表面の少なくとも一部を被覆していることが好ましい。
上記無機化合物は、ケイ素系負極活物質の表面上でリチウム塩が還元分解されることにより生成しうる。また、リチウム塩と酸素原子を含む非水溶媒との反応によっても生じうる。
上記無機化合物の存在は、硬X線光電子分光法(HAXPES)によるケイ素系負極活物質の測定により、確認することができる。これらの化合物のHAXPESによる結合エネルギーのピーク領域、およびLiPF6の結合エネルギーのピーク領域は以下の通りである。ここで、硬X線光電子分光測定は、後述の実施例に記載の方法で行うことができる。
LiF:F1sスペクトルにおいて、683.5eV以上686eV未満
LixPFy:P1sスペクトルにおいて、2148eV以上2152eV未満
Li2O:O1sスペクトルにおいて、527eV以上529eV未満。
本実施形態の所期の効果を達成するためには、これらのピーク強度が、下記の(a)~(c)の少なくとも1つを満たす。
(a)F1sの結合エネルギーに対応するピークとして、683.5eV以上686eV未満に強度IF2を示すピークおよび686eV以上688eV以下に強度IF1を示すピークを有し、IF2/IF1≧1.0である、
(b)P1sの結合エネルギーに対応するピークとして、2148eV以上2152eV未満に強度IP2を示すピークおよび2152eV以上2156eV以下に強度IP1を示すピークを有し、IP2/IP1≧1.0である、
(c)O1sの結合エネルギーに対応するピークとして、527eV以上529eV未満に強度IO2を示すピークおよび529eV以上536eV以下に強度IO1を示すピークを有し、IO2/IO1≧0.1である。
本実施形態のリチウムイオン二次電池においては、上記(a)~(c)のうち2つ以上を満たすことが好ましく、上記(a)~(c)のすべてを満たすことがさらに好ましい。
上記(a)において、683.5eV以上686eV未満の強度IF2を示すピークはLiPF6の分解物であるLiFに帰属されるピークでありうる。686eV以上688eV以下の強度IF1を示すピークはLiPF6に帰属されるピークでありうる。(図3A)。好ましくは、IF2/IF1≧1.1である。
上記(b)において、2148eV以上2152eV未満の強度IP2を示すピークはLiPF6の分解物であるLixPFyに帰属されるピークまたはLiPOxFyに帰属されるピークでありうる。2152eV以上2156eV以下の強度IP1を示すピークはLiPF6に帰属されるピークでありうる(図3B)。好ましくは、IP2/IP1≧1.1である
上記(c)において、527eV以上529eV未満の強度IO2を示すピークはLiPF6の分解物であるLi2Oに帰属されるピークでありうる。529eV以上536eV以下の強度IO1を示すピークはLi2CO3/LiOHに帰属されるピークでありうる(図3C)。好ましくは、IO2/IO1≧0.12である。
LiF、Li2O、およびLixPFyから選択される無機化合物は、ケイ素含有合金や炭素材料と比較して、導電性が低い。導電性を有する負極活物質と電解液とが直接接触すると、電解質に含まれる有機溶媒が酸化分解されやすくなり、電解質の劣化が生じやすくなる。これに対して、上記の導電性の低い無機化合物で被覆することで、負極活物質と電解液との直接的な接触を低減できるため、充放電サイクルを繰り返しても有機溶媒の酸化分解が生じにくい。その結果、電解質の劣化が抑制され、電池のサイクル耐久性が向上しうるものと考えられる。
また、LiF、Li2O、およびLixPFyから選択される無機化合物は、ケイ素系負極活物質の表面に物理的に強固に被覆されることから、充放電に伴うケイ素系負極活物質の膨張収縮時に生じる応力を緩和することができる。そのため、ケイ素系負極活物質の耐久性が向上しうるものと考えられる。
LiF、Li2O、およびLixPFyから選択される無機化合物をケイ素系負極活物質の表面に存在させることによって、上記のように電解質に含まれる有機溶媒の分解が抑制される。有機溶媒の分解に伴う負極の劣化は、ケイ素系負極活物質について硬X線光電子分光法(HAXPES)を用いてC1sスペクトルを測定することで確認することができる。図3Dに示されるように、所定の結合エネルギーおよび強度を有するピークを示す負極では、充放電を繰り返す前後でC1sスペクトルに大きな変化はみられない。これに対して、当該ピークを有さない負極では、充放電を繰り返すと、285eV付近のC-C/C-Hに帰属されるピークの強度が相対的に減少し、293eV付近のCO3
2-に帰属されるピークの強度が相対的に増加する。これは、電解質中の有機溶媒の分解物が活物質表面に被覆されていることを示すものと考えられる。
(製造方法)
負極のHAXPES測定において、所定の結合エネルギーおよび強度を有するピークを示すリチウムイオン二次電池を得る方法については特に制限されない。例えば、正極と、ケイ素系負極活物質を含む負極活物質層を有する負極と、非水溶媒およびリチウム塩を含む電解液を有する電解質層と、を備えたセルを組み立てた後、20℃以上の雰囲気下で、SOC≧80%の状態にした後に、SOC≦20%の状態にし、その後SOC≧70%の状態で、20℃以上の温度で240時間以上保持する段階を含む、方法によって製造することができる。上記方法によれば、本発明のリチウムイオン二次電池が効率的に得られうる。
なお、上記のリチウムイオン二次電池のセルは、従来公知の製造方法により製造することができる。セルを組み立てた後、20℃以上の雰囲気下で、SOC≧80%の状態にした後に、SOC≦20%の状態にし、その後SOC≧70%の状態で、20℃以上の温度で240時間以上保持する前処理工程を行う。
一般的な電池の前処理工程は、電池の不具合検査(短絡検査)を目的として、はじめにSOC≧80%の状態にして、そのまま保持する工程を行う。しかしながら、本実施形態の方法では、SOC≧80%の状態にした後、SOC≦20%の状態にし、その後SOC≧70%の状態で、20℃以上の温度で240時間以上保持する工程を行う。これによって負極活物質表面への所定の無機化合物の被覆が生じる。
すなわち、20℃以上の雰囲気下で、SOC≧80%の状態まで充電することにより、高SOCの状態でリチウム塩、非水溶媒の分解が生じやすいことから、ケイ素系負極活物質の表面上にリチウム塩、非水溶媒の分解物で被覆される。ケイ素系負極活物質を含む負極は0.5V(vs.Li/Li+)以下になり、Liと反応しやすい界面状態、およびLiと結合しやすい内部構造となる。
なお、充電方式は定電流充電法であっても定電流定電圧充電法であってもよい。電荷量などの充電条件についても特に制限されない。充電時の雰囲気としては25℃以上であることがより好ましい。好ましくは、SOCが85%以上まで、より好ましくは90%以上まで、さらに好ましくは95%以上まで充電を行う。このとき、SOC≧80%の状態まで充電した後、休止時間を設けてもよいが、上記休止時間は、1時間以下であることが好ましく、30分以下であることがより好ましく、さらに好ましくは1~10分である。
その後、20℃以上の雰囲気下で、SOC≦20%まで放電を行う。これにより、ケイ素系負極活物質は、充電によって吸蔵されたリチウムを一旦脱離させた状態となり、リチウムを脱離しやすい構造となる。このように、SOC≧80%の状態にした後に、SOC≦20%の状態にする工程を経ることで、ケイ素系負極活物質をリチウムに対して活性の高い状態にすることができる。また、負極活物質表面の活性点においてLiの挿入脱離の反応を経ることで、その後SOC≧70%の状態としたときにリチウム塩を優先的に分解させる表面状態になるものと考えられる。
なお、放電方式やその他の放電条件についても特に制限されない。放電時の雰囲気としては25℃以上であることがより好ましい。好ましくは、SOCが15%以下まで、より好ましくは10%以下まで、さらに好ましくは5%以下まで放電を行う。このとき、SOC≦20%の状態まで放電した後、休止時間を設けてもよいが、上記休止時間は、1時間以下であることが好ましく、10分以下であることがより好ましい。
次いで、SOC≦20%から再度充電を行い、SOC≧70%の状態で、20℃以上の温度で240時間以上保持する。20℃以上の温度でSOC≧70%の状態で保持する工程を行うことにより、リチウム塩の分解が優先的に進行しうる。そして、上記で得られたリチウムに対して活性の高い状態となったケイ素系負極活物質において、無機化合物としてのLiF、Li2O、およびLixPFyによる表面修飾が進行しうる。その結果、所定の結合エネルギーおよび強度を有するピークをもたらす無機化合物の被覆を生成することができる。
再度充電をする際の充電方式やその他の充電条件についても特に制限されない。SOC≧70%の状態で保持する時間は、240時間以上であれば特に制限されない。保持時間の上限は特に制限されないが、電池の劣化を抑制する観点から、480時間以下であることが好ましい。
SOC≧70%の状態で保持するときの温度条件は20℃以上であればよいが、好ましくは25℃以上であり、より好ましくは30℃以上であり、さらに好ましくは40℃以上である。保持するときの温度は、電池の劣化を抑制する観点から、50℃以下であることが好ましい。
また、上記の保持する工程は、SOC≧80%の状態で行うことが好ましく、SOC≧90%の状態で行うことがより好ましく、SOC=100%の状態で行うことがさらに好ましい。このようにすることで、所定の無機化合物による被覆がより効率的に進行しうる。
続いて、負極活物質層13は、バインダを含みうる。
(バインダ)
バインダは、活物質同士または活物質と集電体とを結着させて電極構造を維持する目的で添加される。負極活物質層に用いられるバインダの種類についても特に制限はなく、正極活物質層に用いられるバインダとして上述したものが同様に用いられうる。よって、ここでは詳細な説明は省略する。
なお、負極活物質層中に含まれるバインダ量は、活物質を結着することができる量であれば特に限定されるものではないが、好ましくは負極活物質層に対して、0.5~20質量%であり、より好ましくは1~15質量%である。
(正極および負極活物質層15、13に共通する要件)
以下に、正極および負極活物質層15、13に共通する要件につき、説明する。
正極活物質層15および負極活物質層13は、必要に応じて、導電助剤、電解質塩(リチウム塩)、イオン伝導性ポリマー等を含む。
導電助剤
導電助剤とは、正極活物質層または負極活物質層の導電性を向上させるために配合される添加物をいう。導電助剤としては、アセチレンブラック等のカーボンブラック、グラファイト、気相成長炭素繊維などの炭素材料が挙げられる。活物質層が導電助剤を含むと、活物質層の内部における電子ネットワークが効果的に形成され、電池の出力特性の向上に寄与しうる。
活物質層へ混入されてなる導電助剤の含有量は、活物質層の総量に対して、1質量%以上、より好ましくは3質量%以上、さらに好ましくは5質量%以上の範囲である。また、活物質層へ混入されてなる導電助剤の含有量は、活物質層の総量に対して、15質量%以下、より好ましくは10質量%以下、さらに好ましくは7質量%以下の範囲である。活物質自体の電子導電性は低く導電助剤の量によって電極抵抗を低減できる活物質層での導電助剤の配合比(含有量)を上記範囲内に規定することで以下の効果が発現される。即ち、電極反応を阻害することなく、電子導電性を十分に担保することができ、電極密度の低下によるエネルギー密度の低下を抑制でき、ひいては電極密度の向上によるエネルギー密度の向上を図ることができる。
また、上記導電助剤とバインダの機能を併せ持つ導電性結着剤をこれら導電助剤とバインダに代えて用いてもよいし、あるいはこれら導電助剤とバインダの一方ないし双方と併用してもよい。導電性結着剤としては、既に市販のTAB-2(宝泉株式会社製)を用いることができる。
電解質塩(リチウム塩)
電解質塩(リチウム塩)としては、Li(C2F5SO2)2N、LiPF6、LiBF4、LiClO4、LiAsF6、LiCF3SO3等が挙げられる。
イオン伝導性ポリマー
イオン伝導性ポリマーとしては、例えば、ポリエチレンオキシド(PEO)系およびポリプロピレンオキシド(PPO)系のポリマーが挙げられる。
正極活物質層および負極活物質層中に含まれる成分の配合比は、特に限定されない。配合比は、非水溶媒二次電池についての公知の知見を適宜参照することにより、調整されうる。
各活物質層(集電体片面の活物質層)の厚さについても特に制限はなく、電池についての従来公知の知見が適宜参照されうる。一例を挙げると、各活物質層の厚さは、電池の使用目的(出力重視、エネルギー重視など)、イオン伝導性を考慮し、通常1~500μm程度、好ましくは2~100μmである。
<集電体>
集電体11、12は導電性材料から構成される。集電体の大きさは、電池の使用用途に応じて決定される。例えば、高エネルギー密度が要求される大型の電池に用いられるのであれば、面積の大きな集電体が用いられる。
集電体の厚さについても特に制限はない。集電体の厚さは、通常は1~100μm程度である。
集電体の形状についても特に制限されない。図1に示す積層型電池10では、集電箔のほか、網目形状(エキスパンドグリッド等)等を用いることができる。
集電体を構成する材料に特に制限はない。例えば、金属や、導電性高分子材料または非導電性高分子材料に導電性フィラーが添加された樹脂が採用されうる。
具体的には、金属としては、アルミニウム、ニッケル、鉄、ステンレス、チタン、銅などが挙げられる。これらのほか、ニッケルとアルミニウムとのクラッド材、銅とアルミニウムとのクラッド材、またはこれらの金属の組み合わせのめっき材などが好ましく用いられうる。また、金属表面にアルミニウムが被覆されてなる箔であってもよい。なかでも、電子伝導性や電池作動電位、集電体へのスパッタリングによる負極活物質の密着性等の観点からは、アルミニウム、ステンレス、銅、ニッケルが好ましい。
また、導電性高分子材料としては、例えば、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリアセチレン、ポリパラフェニレン、ポリフェニレンビニレン、ポリアクリロニトリル、およびポリオキサジアゾールなどが挙げられる。かような導電性高分子材料は、導電性フィラーを添加しなくても十分な導電性を有するため、製造工程の容易化または集電体の軽量化の点において有利である。
非導電性高分子材料としては、例えば、ポリエチレン(PE;高密度ポリエチレン(HDPE)、低密度ポリエチレン(LDPE)など)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエーテルニトリル(PEN)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリアミド(PA)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、スチレン-ブタジエンゴム(SBR)、ポリアクリロニトリル(PAN)、ポリメチルアクリレート(PMA)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、またはポリスチレン(PS)などが挙げられる。かような非導電性高分子材料は、優れた耐電位性または耐溶媒性を有しうる。
上記の導電性高分子材料または非導電性高分子材料には、必要に応じて導電性フィラーが添加されうる。特に、集電体の基材となる樹脂が非導電性高分子のみからなる場合は、樹脂に導電性を付与するために必然的に導電性フィラーが必須となる。
導電性フィラーは、導電性を有する物質であれば特に制限なく用いることができる。例えば、導電性、耐電位性、またはリチウムイオン遮断性に優れた材料として、金属および導電性カーボンなどが挙げられる。金属としては、特に制限はないが、Ni、Ti、Al、Cu、Pt、Fe、Cr、Sn、Zn、In、Sb、およびKからなる群から選択される少なくとも1種の金属もしくはこれらの金属を含む合金または金属酸化物を含むことが好ましい。また、導電性カーボンとしては、特に制限はない。好ましくは、アセチレンブラック、バルカン(登録商標)、ブラックパール(登録商標)、カーボンナノファイバー、ケッチェンブラック(登録商標)、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、カーボンナノバルーン、およびフラーレンからなる群より選択される少なくとも1種を含むものである。
導電性フィラーの添加量は、集電体に十分な導電性を付与できる量であれば特に制限はなく、一般的には、5~35質量%程度である。
<電解質層>
電解質層17を構成する電解質としては、非水溶媒およびリチウム塩(電解質塩)を含む液体電解質(電解液)が用いられる。
液体電解質は、非水溶媒(有機溶媒)にリチウム塩(電解質塩)が溶解した形態を有する。有機溶媒としては、例えば、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ブチレンカーボネート(BC)、ビニレンカーボネート(VC)、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、メチルプロピルカーボネート(MPC)等のカーボネート類が例示される。2種類以上の有機溶媒を混合して用いてもよい。上記カーボネート類のような酸素原子を含む溶媒を用いると、その分解物が任意のリチウム塩と反応してLi2Oを生成し、本実施形態の電極を形成しうる。
また、リチウム塩としては特に制限されず、電解質塩として使用される任意のリチウム塩を用いることができる。具体的には、Li(CF3SO2)2N、Li(C2F5SO2)2N、LiPF6、LiBF4、LiAsF6、LiTaF6、LiClO4、LiCF3SO3等、電極の活物質層に添加され得るリチウム塩と同様の化合物を採用することができる。本実施形態の電池においては、リチウム塩は、LiPF6を含むことが好ましい。リチウム塩がLiPF6を含むことで、所定のHAXPES強度を与える無機化合物の被覆が効果的に得られうる。
電解質中のリチウム塩の濃度としては、特に制限されないが、0.5~4.0Mであることが好ましく、1.0~2.0Mであることがより好ましい。上記範囲であれば本実施形態の電池が効率的に得られうる。また、非水溶媒の分解による電池の劣化が防止されうる。
本形態のリチウムイオン二次電池では、電解質層にセパレータを用いてもよい。セパレータは、電解質を保持して正極と負極との間のリチウムイオン伝導性を確保する機能、および正極と負極との間の隔壁としての機能を有する。セパレータ(不織布を含む)の具体的な形態としては、例えば、ポリエチレンやポリプロピレン等のポリオレフィンからなる微多孔膜や多孔質の平板、更には不織布が挙げられる。
<集電板およびリード>
電池外部に電流を取り出す目的で、集電板を用いてもよい。集電板は集電体やリードに電気的に接続され、電池外装材であるラミネートシートの外部に取り出される。
集電板を構成する材料は、特に制限されず、リチウムイオン二次電池用の集電板として従来用いられている公知の高導電性材料が用いられうる。集電板の構成材料としては、例えば、アルミニウム、銅、チタン、ニッケル、ステンレス鋼(SUS)、これらの合金等の金属材料が好ましく、より好ましくは軽量、耐食性、高導電性の観点からアルミニウム、銅などが好ましい。なお、正極集電板と負極集電板とでは、同一の材質が用いられてもよいし、異なる材質が用いられてもよい。
正極端子リードおよび負極端子リードに関しても、必要に応じて使用する。正極端子リードおよび負極端子リードの材料は、公知のリチウムイオン二次電池で用いられる端子リードを用いることができる。なお、電池外装材29から取り出された部分は、周辺機器や配線などに接触して漏電したりして製品(例えば、自動車部品、特に電子機器等)に影響を与えないように、耐熱絶縁性の熱収縮チューブなどにより被覆するのが好ましい。
<電池外装材>
電池外装材29としては、公知の金属缶ケースを用いることができるほか、発電要素を覆うことができる、アルミニウムを含むラミネートフィルムを用いた袋状のケースが用いられうる。該ラミネートフィルムには、例えば、PP、アルミニウム、ナイロンをこの順に積層してなる3層構造のラミネートフィルム等を用いることができるが、これらに何ら制限されるものではない。高出力化や冷却性能に優れ、EV、HEV用の大型機器用電池に好適に利用することができるという観点から、ラミネートフィルムが望ましい。
<リチウムイオン二次電池の外観構成>
図2は、積層型の扁平なリチウムイオン二次電池の外観を表した斜視図である。
図2に示すように、積層型の扁平なリチウムイオン二次電池50では、長方形状の扁平な形状を有しており、その両側部からは電力を取り出すための正極集電板59、負極集電板58が引き出されている。発電要素57は、リチウムイオン二次電池50の電池外装材52によって包まれ、その周囲は熱融着されており、発電要素57は、正極集電板59および負極集電板58を外部に引き出した状態で密封されている。ここで、発電要素57は、図1に示すリチウムイオン二次電池(積層型電池)10の発電要素21に相当するものである。発電要素57は、正極(正極活物質層)13、電解質層17および負極(負極活物質層)15で構成される単電池層(単セル)19が複数積層されたものである。
なお、上記リチウムイオン二次電池は、積層型の扁平な形状のもの(ラミネートセル)に制限されるものではない。巻回型のリチウムイオン電池では、円筒型形状のもの(コインセル)や角柱型形状(角型セル)のもの、こうした円筒型形状のものを変形させて長方形状の扁平な形状にしたようなもの、更にシリンダー状セルであってもよいなど、特に制限されるものではない。上記円筒型や角柱型の形状のものでは、その外装材に、ラミネートフィルムを用いてもよいし、従来の円筒缶(金属缶)を用いてもよいなど、特に制限されるものではない。好ましくは、発電要素がアルミニウムラミネートフィルムで外装される。当該形態により、軽量化が達成されうる。
また、図2に示す正極集電板59、負極集電板58の取り出しに関しても、特に制限されるものではない。正極集電板59と負極集電板58とを同じ辺から引き出すようにしてもよいし、正極集電板59と負極集電板58をそれぞれ複数に分けて、各辺から取り出すようにしてもよいなど、図2に示すものに制限されるものではない。また、巻回型のリチウムイオン電池では、集電板に変えて、例えば、円筒缶(金属缶)を利用して端子を形成すればよい。
本実施形態のリチウムイオン二次電池は、電気自動車やハイブリッド電気自動車や燃料電池車やハイブリッド燃料電池自動車などの大容量電源として、好適に利用することができる。即ち、高体積エネルギー密度、高体積出力密度が求められる車両駆動用電源や補助電源に好適に利用することができる。
本発明を、以下の実施例を用いてさらに詳細に説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。
(実施例1)
[ケイ素含有合金の製造]
ケイ素含有合金としては、Si:Sn:Ti=66:5:29(質量比)の組成のものに、アセチレンブラックを炭素系材料として用いて炭素被覆処理したものを用いた。
具体的には、粉末状のSi、Ti、Snを出発物質として、遊星ボールミル装置、および撹拌ボールミル装置にて20時間のメカニルアロイ処理によりケイ素含有合金を得た。その後、上記ケイ素含有合金に対して1.0質量%の黒鉛を5時間のボールミリングにより被覆処理を行い、平均粒子径が約5μmの炭素被覆処理されたケイ素含有合金粉末を作製した。
[負極の作製]
負極活物質である上記で製造した炭素被覆処理されたケイ素含有合金88.5質量部と、導電助剤であるアセチレンブラック4.0質量部と、バインダであるポリアミドイミド7.5質量部と、を混合し、これに溶媒であるN-メチルピロリドンを混合して混練し、負極活物質スラリーを得た。次いで、得られた負極活物質スラリーを、銅箔よりなる負極集電体(厚さ20μm)の表面にコーターにより最終的な負極活物質層の厚さが20μmとなるように均一に塗布し、乾燥、プレスした。その後、真空下で300℃で12時間焼成を行なって負極を得た。
[正極の作製]
正極活物質であるLi(Ni0.8Co0.1Mn0.1)O2(平均粒子径500nm程度)95質量部と、導電助剤であるアセチレンブラック2質量部と、バインダであるポリフッ化ビニリデン3質量部と、を混合し、これに溶媒であるN-メチルピロリドンを混合して混練し、正極活物質スラリーを得た。次いで、得られた正極活物質スラリーを、アルミニウム箔よりなる負極集電体(厚さ25μm)の表面にコーターにより最終的な正極活物質層の厚さが100μmとなるように均一に塗布し、乾燥、プレスを行い、正極を得た。
[リチウムイオン二次電池の作製]
上記で作製した正極と、負極とを対向させ、この間に樹脂セパレータ(膜厚25μm)を配置した。この際、正極活物質層の大きさは3.2cm×3.6cm、負極活物質層の大きさは3.5cm×3.8cmとした。次いで、負極、セパレータ、および正極の積層体をラミネートで封止し、電解液をシリンジにより注入しリチウムイオン二次電池を得た。
なお、上記電解液としては、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)とをEC:DEC=3:7(体積比)の割合で混合した有機溶媒に、リチウム塩である六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)を1mol/Lの濃度で溶解させたものを用いた。
(前処理工程)
作製したセルは、充放電試験機(HJ0501SM8A(北斗電工株式会社製))を使用して、25℃に設定された恒温槽中(PFU-3K(エスペック株式会社製))にて、定電流モードとし、0.1Cの条件で2.5Vから4.2Vの電位範囲で充放電を1サイクル行った。その後、SOC=100%となる4.2Vに充電し、45℃で10日間保存して、リチウムイオン二次電池を得た。
なお、SOCは、別途セルを作製し、0.1Cによる2.5~4.2Vの範囲の充放電の初回放電時の放電容量を100%として求めた。
(実施例2)
SOC=100%となる4.2Vに充電した後、25℃で10日間保存したことを除いては、上述した実施例1と同様の手法によりリチウムイオン二次電池を作製した。
(実施例3)
SOC=90%となる4.1Vに充電した後、45℃で10日間保存したことを除いては、上述した実施例1と同様の手法によりリチウムイオン二次電池を作製した。
(実施例4)
SOC=90%となる4.1Vに充電した後、25℃で10日間保存したことを除いては、上述した実施例1と同様の手法によりリチウムイオン二次電池を作製した。
(実施例5)
SOC=70%となる3.9Vに充電した後、25℃で10日間保存したことを除いては、上述した実施例1と同様の手法によりリチウムイオン二次電池を作製した。
(比較例1)
実施例1において、前処理工程に代えて、以下の手順で初回充放電を行った。
充放電試験機を使用して、上記評価温度に設定された恒温槽中にて、充電過程では、0.1Cの定電流充電にて4.2Vに到達した後、5分間休止し、その後、0.1Cの定電流放電によって2.5Vに到達後、1分間休止した。
上記以外は、実施例1と同様の手順で電池を作製した。
[負極活物質の表面のHAXPES測定]
実施例1~5および比較例1で得られたリチウムイオン二次電池について、前処理後に負極の負極活物質の表面に存在する無機化合物について調べた。すなわち、実施例1~5および比較例1で得られたリチウムイオン二次電池における前処理後の負極について硬X線光電子分光法(HAXPES)による分析を行なった。以下に、手順の概要を示す。
(リチウム塩(LiPF6)の洗浄)
実施例1~5および比較例1で得られたリチウムイオン二次電池を、アルゴンガス雰囲気のグローブボックス内で分解解体した後、取り出した正極を、LiPF6を含まないEC/DEC=3/7の溶媒(洗浄用溶媒)に浸漬し洗浄した。新しい洗浄用溶媒を用いながら、この作業を5回以上繰り返した。その後、DECで1回洗浄し1時間以上乾燥(風乾)した。
(HAXPESの測定)
HAXPESは試料に硬X線を照射し、試料から放出される光電子のエネルギーを測定することにより、存在する元素の種類、価数、結合状態に関する情報を得るという測定法である。測定条件は以下のとおりである。
なお、HAXPESスペクトルのバックグランドは直線法で差し引き、ピーク高さをピーク強度として用いた。
図3Aは、実施例1および比較例1の負極のHAXPES測定におけるF1sスペクトルを表す。
図3Aに示されるように、実施例1の負極では、686eV以上688eV以下に強度IF1を示すピークが観測され、これは電解質に含まれるリチウム塩であるLiPF6に帰属される。また、683.5eV以上686eV未満に強度IF2を示すピークが観測され、LiPF6の分解物であるLiFに帰属される。さらに、685.5eV付近に[SiF6]2-のピークが観察される。
比較例1の負極のスペクトルにおいても、同様にLiPF6に帰属されるピークとLiFに帰属されるピークとが観察されるが、比較例1の負極活物質と比較して、実施例1の負極活物質では、LiPF6のピーク強度IF1に対するLiFのピーク強度IF2の比IF2/IF1が、0.5から1.2へと増加していることがわかる。
これは、実施例1の電池では、所定の前処理工程を行うことによって、ケイ素系負極活物質粒子の表面へのLiPF6の分解物であるLiFの被覆が進行していることを示している。比較例1のように所定の前処理工程を行わない場合は、LiFの被覆は進行しない。
図3Bは、実施例1および比較例1の負極のHAXPES測定におけるP1sスペクトルを表す。
図3Bに示されるように、実施例1の負極では、2152eV以上2156eV以下に強度IP1を示すピークが観測され、これは電解質に含まれるリチウム塩であるLiPF6に帰属される。また、2148eV以上2152eV未満に強度IP2を示すピークが観測され、LiPF6の分解物であるLixPFyに帰属される。さらに、2149eV付近にLiPOxFyのピークが観察される。
比較例1の負極のスペクトルにおいても、同様にLiPF6に帰属されるピークとLixPFyに帰属されるピークとが観察されるが、比較例1の負極と比較して、実施例1の負極では、LiPF6のピーク強度IP1に対するLixPFyのピーク強度IP2の比IF2/IF1が、0.4から1.4へと増加していることがわかる。
これは、実施例1の電池では、所定の前処理工程を行うことによって、ケイ素系負極活物質粒子の表面へのLiPF6の分解物であるLixPFyの被覆が進行していることを示している。比較例1のように所定の前処理工程を行わない場合は、LixPFyの被覆は進行しない。
図3Cは、実施例1および比較例1の負極のHAXPES測定におけるO1sスペクトルを表す。
図3Cに示されるように、実施例1の負極活物質では、529eV以上536eVに強度IO1を示すピークが観測され、これはLi2CO3/LiOHに帰属される。Li2CO3/LiOHは有機溶媒およびリチウム塩の分解に由来するものと考えられる。また、527eV以上529eV未満に強度IO2を示すピークが観測され、これはLiPF6の分解物であるLi2Oに帰属される。さらに、533.5eV付近にSiO2のピークが観察される。また、Siと有機物との化合物に由来するピーク(Silicone)が観察される。
比較例1の負極活物質のスペクトルにおいても、同様にLi2CO3/LiOHに帰属されるピークとLi2Oに帰属されるピークとが観察されるが、比較例1の負極と比較して、実施例1の負極では、Li2CO3/LiOHのピーク強度IO1に対するLi2Oのピーク強度IO2の比IF2/IF1が、~0から0.15へと増加していることがわかる。
これは、実施例1の電池では、所定の前処理工程を行うことによって、ケイ素系負極活物質粒子の表面へのLiPF6の分解物であるLi2Oの被覆が進行していることを示している。比較例1のように所定の前処理工程を行わない場合は、Li2Oの被覆は進行しない。
図3Dは、実施例1および比較例1の負極(サイクル試験後)、および比較例1のサイクル試験前の負極(初期)のHAXPES測定におけるC1sスペクトルを表す。
図3Dに示されるように、実施例1、および比較例1の負極(サイクル試験後)では、285eV付近にC-C/C-Hに帰属されるピーク、287eV付近にC-O-C/CO/CHOに帰属されるピーク、および293eV付近にCO3
2-に帰属されるピークがみられる。しかしながら、実施例1の負極では、充放電を繰り返す前後でC1sスペクトルに大きな変化はみられない。これに対して、比較例1の負極では、充放電を繰り返すと、初期の負極と比較して、285eV付近のC-C/C-Hに帰属されるピークの強度が相対的に減少し、293eV付近のCO3
2-に帰属されるピークの強度が相対的に増加する。これは、電解質中の有機溶媒の分解が進行していることによるものと考えられる。このことから、実施例1の負極では充放電を繰り返しても劣化が進行しにくいことがわかる。
実施例2~5の負極についても同様の結合エネルギーの領域にピークが観察された。各実施例、比較例の負極のHAXPES測定によるピーク強度比IF2/IF1、IP2/IP1、IO2/IO1を下記表1に示す。
[サイクル耐久性の評価]
実施例1~5および比較例1のそれぞれにおいて作製した各リチウムイオン二次電池について以下の充放電試験条件に従ってサイクル耐久性評価を行った。
(充放電試験条件)
1)充放電試験機:HJ0501SM8A(北斗電工株式会社製)
2)充放電条件[充電過程]0.3C、2.5V→4.2V(定電流・定電圧モード)
[放電過程]0.3C、4.2V→2.5V(定電流モード)
3)恒温槽:PFU-3K(エスペック株式会社製)
4)評価温度:298K(25℃)。
評価用セルは、充放電試験機を使用して、上記評価温度に設定された恒温槽中にて、充電過程では、定電流・定電圧モードとし、0.3C、2.5Vから4.2Vまで充電した(4.2Vに到達後に定電圧(0.05Cの電流値になるまで)モード)。その後、放電過程では、定電流モードとし、0.3C、4.2Vから2.5Vまで放電した(2.5V到達後カットオフ)。以上の充放電サイクルを1サイクルとして、同じ充放電条件にて、初期サイクル(1サイクル)~100サイクルまで充放電試験を行った。そして、1サイクル目の放電容量に対する100サイクル目の放電容量の割合(放電容量維持率[%])を求めた結果を、下記の表1に示す。なお、下記評価が◎または○であれば問題なく使用できるものと考えられる。
◎:放電容量維持率が50%以上、
○:放電容量維持率が40%以上50%未満、
×:放電容量維持率が40%未満。
上記表1に示す結果から、実施例1~5で作製したリチウムイオン二次電池の負極は、HAXPES測定において、所定の結合エネルギーおよび強度を有するピークを示し、この負極を用いたリチウムイオン二次電池は、比較例1の電池と比較して、サイクル耐久性が向上することが明らかになった。
これは、実施例1~5で作製したリチウムイオン二次電池では、負極活物質の表面に、HAXPES測定で検出される所定の無機化合物が存在し、この無機化合物は導電性が低いことから、電解質に含まれる溶媒の分解が抑制されるものと考えられる。さらに、上記の無機化合物はケイ素系負極活物質粒子の表面に物理的に強固に被覆されてケイ素系負極活物質の膨張を抑制する。これらの効果により、電池のサイクル耐久性が向上するものと考えられる。