JP7090881B2 - 細胞内カルシウム動態評価系 - Google Patents

細胞内カルシウム動態評価系 Download PDF

Info

Publication number
JP7090881B2
JP7090881B2 JP2018042409A JP2018042409A JP7090881B2 JP 7090881 B2 JP7090881 B2 JP 7090881B2 JP 2018042409 A JP2018042409 A JP 2018042409A JP 2018042409 A JP2018042409 A JP 2018042409A JP 7090881 B2 JP7090881 B2 JP 7090881B2
Authority
JP
Japan
Prior art keywords
calcium
cells
cell
evaluation method
test substance
Prior art date
Legal status (The legal status is an assumption and is not a legal conclusion. Google has not performed a legal analysis and makes no representation as to the accuracy of the status listed.)
Active
Application number
JP2018042409A
Other languages
English (en)
Other versions
JP2019154272A (ja
Inventor
さやか 竹本
慎一郎 堀金
紀夫 尾崎
祐子 有岡
Current Assignee (The listed assignees may be inaccurate. Google has not performed a legal analysis and makes no representation or warranty as to the accuracy of the list.)
Tokai National Higher Education and Research System NUC
Original Assignee
Tokai National Higher Education and Research System NUC
Priority date (The priority date is an assumption and is not a legal conclusion. Google has not performed a legal analysis and makes no representation as to the accuracy of the date listed.)
Filing date
Publication date
Application filed by Tokai National Higher Education and Research System NUC filed Critical Tokai National Higher Education and Research System NUC
Priority to JP2018042409A priority Critical patent/JP7090881B2/ja
Publication of JP2019154272A publication Critical patent/JP2019154272A/ja
Application granted granted Critical
Publication of JP7090881B2 publication Critical patent/JP7090881B2/ja
Active legal-status Critical Current
Anticipated expiration legal-status Critical

Links

Images

Landscapes

  • Investigating Or Analyzing Non-Biological Materials By The Use Of Chemical Means (AREA)
  • Measuring Or Testing Involving Enzymes Or Micro-Organisms (AREA)

Description

本発明は細胞内のカルシウム動態を評価する方法及びその用途に関する。
細胞内カルシウムは様々な生理機能の発現・制御に重要な役割を果たす。神経細胞においては神経伝達物質の放出やシナプス可塑性などに重要であり、発生段階(分化、成熟化)にも関与する。細胞内カルシウムの解析には蛍光カルシウム試薬(カルシウムプローブ)を用いたカルシウムイメージング(例えば非特許文献1、2を参照)が利用されている。Hartfieldら(非特許文献3)はヒトPS細胞から分化させたドパミン神経細胞を用いてカルシウムイメージングを実施している。ドパミン神経細胞に分化誘導した約4週後より(神経への分化誘導後6週)、明らかな細胞内カルシウム変動が観察される。また、初期の培養神経細胞において、イノシトール三リン酸(IP3)受容体を刺激することでカルシウム応答が観察されることを報告しているが、自発的なカルシウム変動に寄与する分子経路や、発生過程における変化については検討できていない。
G. Grynkiewicz, M. Poenie, R. Y. Tsien, J. Biol. Chem., 1985, 260, 3440. K. R. Gee, K. A. Brown, W-N. U. Chen, J. Bishop-Stewart, D. Dray, I. Johnson, Cell Calcium, 2000, 27, 97 Elizabeth M. Hartfield et al., PLoS One. 2014 Feb 21;9(2):e87388. doi: 10.1371/journal.pone.0087388. eCollection 2014.
従来、ヒトiPS細胞から分化させた神経細胞を用いてカルシウムイメージングを実施する場合、ヒトiPS細胞から細胞凝集体(胚様体、ニューロスフィア)を形成させた後、酵素的・物理的に細胞を分離し、分化誘導条件下で培養(分散培養)することによって得られた神経細胞が用いられてきた(例えば上掲の非特許文献3)。しかしながら、分散培養に供する際の細胞へのダメージによって、或いはその分化度/成熟度の異なる種々の細胞が混在すること(細胞の不均一性)から、安定したカルシウム動態を観察することは困難であった。また、ある特定の時期(例えば神経ネットワークを形成した成熟神経細胞)における、細胞内カルシウム変動を計測し、分子経路を評価することが一般的であり、発生過程における細胞内カルシウム動態の変化は検討されていない。そこで本発明は、神経細胞内の安定したカルシウム動態の観察が可能であり、発生過程のカルシウム動態の変化等の評価をも可能にするアッセイ系及びその用途などを提供することを課題とする。
上記課題を解決すべく本発明者らは検討を重ね、新たな計測系を構築した。即ち、分散培養に代えて、多能性幹細胞から形成したニューロスフィアをそのまま培養することで細胞の遊走を促した上で、遊走した細胞を対象として細胞内カルシウムの変動を計測することにした。ニューロスフィアを培養し細胞を遊走させることは、生体脳内で分化した神経細胞が移動する状態を再現ないし模倣したものといえる。この培養の場合、ニューロスフィアからの距離によって細胞を識別すれば、均一性が高い細胞集団を特定することができ、安定した細胞内カルシウム動態の計測が可能になると期待された。
上記計測系の有効性を検証したところ、短時間の計測により、期待を超える安定性及び精度で細胞内カルシウムの変動を観察することができた。この結果は、上記計測系が神経細胞内のカルシウム動態を観察・評価する手段として極めて有効であることを裏付ける。また、特筆すべきことに、上記計測系によれば、生体脳内と同様にカルシウム変動に寄与する分子経路が変化する現象(即ち、発生過程の変化)を捉えることも可能であった。この事実は、上記計測系が、発生段階(神経回路形成過程)における神経細胞内のカルシウム動態及びその変化を把握・評価することに有効であり、基礎研究或いは新規薬剤の開発等において有用であることを示す。例えば、ニューロスフィアをドパミン神経細胞へ分化誘導した場合、時期選択的に特定経路(IP3受容体経路又は電位依存性カルシウムチャネル(VDCC)経路)を介した自発的なカルシウム動態の評価ができ、特定経路を標的とした新規薬剤のスクリーニングを可能にする。
以下の発明は以上の成果及び考察に基づく。
[1]ニューロスフィアから遊走した神経細胞の細胞内カルシウムを計測することを特徴とする、神経細胞のカルシウム動態評価方法。
[2]以下のステップ(i)~(iii)を含む、[1]に記載のカルシウム動態評価方法:
(i)ニューロスフィアを培養容器に用意するステップ、
(ii)神経細胞への分化誘導条件下で培養するステップ、
(iii)遊走した細胞にカルシウム指示薬を負荷した後、カルシウム指示薬からのシグナル強度を測定し、細胞内カルシウムの変動を調べるステップ。
[3]ニューロスフィアが多能性幹細胞に由来する、[1]又は[2]に記載のカルシウム動態評価方法。
[4]多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、[3]に記載のカルシウム動態評価方法。
[5]ニューロスフィアを構成する細胞が非正常細胞である、[1]~[4]のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法。
[6]非正常細胞が、標的疾患の遺伝的特徴を有する疾患細胞である、[5]に記載のカルシウム動態評価方法。
[7]疾患細胞が、患者由来の細胞又は遺伝子操作によって作成された細胞である、[6]に記載のカルシウム動態評価方法。
[8]神経細胞がドパミン神経細胞である、[1]~[7]のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法。
[9]細胞内カルシウムの計測を経時的に行う、[1]~[8]のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法。
[10]ニューロスフィアが、以下のステップ(1)及び(2)を含む方法で調製される、[1]~[9]のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法:
(1)多能性幹細胞をTGF-βファミリー阻害剤、GSK3β阻害剤及びBMP阻害剤の存在下で培養するステップ、
(2)ステップ(1)で得られた細胞をTGF-βファミリー阻害剤、GSK3β阻害剤、FGF8及びヘッジホッグシグナルアゴニストの存在下且つ通常の酸素分圧下で浮遊培養し、ニューロスフィアを形成させるステップ。
[11]ステップ(iii)において、遊走距離が同等の複数の細胞について細胞内カルシウムを計測し、計測結果を集計して細胞内カルシウムの変動を評価する、[2]~[10]のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法。
[12]ステップ(iii)において、細胞内カルシウム濃度上昇イベントの発生回数若しくは頻度、最大変化率、又は継続時間、細胞内カルシウム濃度の上昇・下降における時定数若しくは半減期、及び細胞内カルシウム濃度上昇イベントにおけるシグナル変化率の積分値、からなる群より選択される一以上の項目に基づき、細胞内カルシウムの変動を調べる、[2]~[10]のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法。
[13]ステップ(iii)において、細胞内カルシウム動態に関与する経路に直接的又は間接的に作用する物質を添加した後にカルシウム指示薬からのシグナル強度を測定する、[2]~[10]のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法。
[14]以下のステップ(I)~(III)を含む、薬剤評価方法:
(I)ニューロスフィアを培養容器に用意するステップ、
(II)神経細胞への分化誘導条件下で培養するステップ、
(III)遊走した細胞にカルシウム指示薬を負荷するステップ、
(IV)被験物質を添加するステップ、
(V)カルシウム指示薬からのシグナル強度を測定し、細胞内カルシウムの変動を調べ、被験物質の薬効又は毒性を評価するステップ。
[15]ステップ(V)において、被験物質添加前と添加後にシグナル強度を測定し、被験物質添加前の測定結果と、被験物質添加後の測定結果を比較し、被験物質の薬効又は毒性が評価される、[14]に記載の薬剤評価方法。
[16]ステップ(V)において、シグナル強度の測定結果と、被験物質を添加しないこと以外は同一の条件で処理した細胞のシグナル強度の測定結果を比較し、被験物質の薬効又は毒性が評価される、[14]に記載の薬剤評価方法。
[17]被験物質を添加する前に、細胞内カルシウム動態に関与する経路に直接的又は間接的に作用する物質が添加される、[14]~[16]のいずれか一項に記載の薬剤評価方法。
[18]前記物質がイノシトール三リン酸(IP3)依存性カルシウム動員の促進剤もしくは阻害剤、又はL型電位依存性カルシウムチャネル(VDCC)依存性カルシウム流入の促進剤もしくは阻害剤である、[17]に記載の薬剤評価方法。
[19]神経細胞がドパミン神経細胞であり、分化誘導条件下での培養開始から7日目までの間にステップ(V)のシグナル強度の測定を行う、[18]に記載の薬剤評価方法。
[20]神経細胞がドパミン神経細胞であり、分化誘導条件下での培養開始後14日目~30日目までの間にステップ(V)のシグナル強度の測定を行う、[18]に記載の薬剤評価方法。
細胞内カルシウムイメージングの結果。2-APBの添加(分化誘導開始後8日目)によって、iPS細胞由来ドパミン産生神経細胞の細胞内カルシウム変動が抑えられた(右)。左は2-APBの添加前のイメージング。カルシウム指示薬Fluo4-AMを用いた5分間の撮影による。スキャニング: 0.5 fps (flame per sec)、画像圧縮: 50 fps。 細胞内カルシウムイメージングの結果。2-APBの添加(分化誘導開始後14日目)によって、iPS細胞由来ドパミン産生神経細胞の細胞内カルシウム変動はわずかに影響を受けた。カルシウム指示薬Fluo4-AMを用いた30分間の撮影による。スキャニング: 0.5 fps (flame per sec)、画像圧縮: 50 fps。 細胞内カルシウムイメージングの結果。TTXの添加(分化誘導開始後14日目)によって、iPS細胞由来ドパミン産生神経細胞の細胞内カルシウム変動が抑えられた。カルシウム指示薬Fluo4-AMを用いた30分間の撮影による。スキャニング: 1 fps (flame per sec)、画像圧縮: 100 fps。 細胞内カルシウムイメージングの結果。Nimodipineの添加(分化誘導開始後15日目)によって、iPS細胞由来ドパミン産生神経細胞の細胞内カルシウム変動が抑えられた(左)。対照的に、FPL 64176の添加(分化誘導開始後17日目)によって、iPS細胞由来ドパミン産生神経細胞の細胞内カルシウム変動が増大した(右)。カルシウム指示薬Fluo4-AMを用いた30分間(左)又は15分間(右)の撮影による。スキャニング: 1 fps (flame per sec)、画像圧縮: 100 fps。 各薬剤のカルシウム動態への影響のまとめ。TTX (ナトリウムチャネル阻害剤, Wako)、2-APB (IP3誘導Ca2+放出に対する細胞透過性アロステリック阻害剤, Sigma)、Nimodipine (L型VDCC阻害剤)、FPL 64176 (推定L型VDCC活性化剤, Tocris)。100μMの2-APBは細胞内Ca2+量の増大を強力に誘導し、細胞の収縮を引き起こす。マトリゲルコートの条件は以下の通り。100/w:マトリゲル 1:100, 洗浄(PBS)1回。30/w:マトリゲル 1:30, 洗浄(PBS)1回。30/nw:マトリゲル 1:30, 非洗浄。 細胞内カルシウムイメージングの定量解析の方法。 カルシウムイベントに基づくカルシウム動態の解析。 波形解析の詳細(一例)。
1.カルシウム動態評価方法
本発明の第1の局面は神経細胞のカルシウム動態を評価する方法(以下、「本発明のカルシウム動態評価方法」と呼ぶ)を提供する。本発明では、ニューロスフィアから遊走した神経細胞の細胞内カルシウムを計測する。即ち、ニューロスフィアから回収した細胞又はそれを分化誘導して得られた細胞等を用いるのではなく、ニューロスフィアから遊走する細胞を計測の対象とする。
ニューロスフィアとは、神経幹細胞/未分化神経細胞を含む、球状の神経系細胞の塊(細胞凝集塊)である。本発明に用いるニューロスフィアは既報の方法に従って調製することができる。Weissらの報告したニューロスフィア法(Science255,1707-1710,1992)を改良した各種方法が開発され、神経幹細胞や神経系前駆細胞を選択的に増殖させる手段として、或いは生体外において神経細胞やグリア細胞等を分化誘導する手段として広く利用されている(例えば、Reynolds BA and Weiss S. Generation of neurons and astrocytes from isolated cells of the adult mammalian central nervous system. Science. 1992 Mar 27;255(5052):1707-10.; Uemura T. et al., Transplantation of induced pluripotent stem cell-derived neurospheres for peripheral nerve repair. Biochem Biophys Res Commun. 2012 Mar 2;419(1):130-5.; Kawano E. et al., Induction of neural crest cells from human dental pulp-derived induced pluripotent stem cells. Biomed Res. 2017;38(2):135-147. doi: 10.2220/biomedres.38.135.; Kucia M. et al., Cells enriched in markers of neural tissue-committed stem cells reside in the bone marrow and are mobilized into the peripheral blood following stroke. Leukemia, 2006, 20:18-28を参照)。
ニューロスフィアを所定の条件(例えば、ドパミン神経細胞への分化を促す条件)下で培養すると、一部の細胞がニューロスフィアから離れて周囲へと移動を始める。このように遊走(移動)した細胞が計測の対象となる。
典型的には、本発明のカルシウム動態評価方法では以下のステップ(i)~(iii)を行う。
(i)ニューロスフィアを培養容器に用意するステップ
(ii)神経細胞への分化誘導条件下で培養するステップ
(iii)遊走した細胞にカルシウム指示薬を負荷した後、カルシウム指示薬からのシグナル強度を測定し、細胞内カルシウムの変動を調べるステップ
まず、ニューロスフィアをディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、シャーレ等の培養容器内に用意する(ステップ(i))。マトリゲルTM(BD)、ポリ-D-リジン、ポリ-L-リジン、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、或いはこれらの中の二つ以上の組み合わせによってコーティング処理された培養容器を用い、培養面への細胞の接着性を高めることにしてもよい。
好ましくは、多能性幹細胞に由来するニューロスフィアを用意し、本発明のカルシウム動態評価方法に用いる。「多能性幹細胞に由来する」とは、多能性幹細胞を分化誘導することによって形成されたものであることと同義である。「多能性幹細胞」とは、生体を構成するすべての細胞に分化しうる能力(分化多能性)と、細胞分裂を経て自己と同一の分化能を有する娘細胞を生み出す能力(自己複製能)とを併せ持つ細胞をいう。分化多能性は、評価対象の細胞を、ヌードマウスに移植し、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)のそれぞれの細胞を含むテラトーマ形成の有無を試験することにより、評価することができる。
多能性幹細胞として、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等を挙げることができるが、分化多能性及び自己複製能を併せ持つ細胞である限り、これに限定されない。好ましくはES細胞又はiPS細胞を用いる。更に好ましくはiPS細胞を用いる。多能性幹細胞は、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジーなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の細胞、特に好ましくはヒトの細胞である。従って、本発明の最も好ましい態様では、多能性幹細胞として、ヒトiPS細胞が用いられる。
ES細胞は、例えば、着床以前の初期胚、当該初期胚を構成する内部細胞塊、単一割球等を培養することによって樹立することができる(Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994) ;Thomson,J. A. et al.,Science,282, 1145-1147(1998))。初期胚として、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を用いてもよい(Wilmut et al.(Nature, 385, 810(1997))、Cibelli et al. (Science, 280, 1256(1998))、入谷明ら(蛋白質核酸酵素, 44, 892 (1999))、Baguisi et al. (Nature Biotechnology, 17, 456 (1999))、Wakayama et al. (Nature, 394, 369 (1998); Nature Genetics, 22, 127 (1999); Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14984 (1999))、Rideout III et al. (Nature Genetics, 24, 109 (2000)、Tachibana et al. (Human Embryonic Stem Cells Derived by Somatic Cell Nuclear Transfer, Cell (2013) in press)。初期座として、単為発生胚を用いてもよい(Kim et al. (Science, 315, 482-486 (2007))、Nakajima et al. (Stem Cells, 25, 983-985 (2007))、Kim et al. (Cell Stem Cell, 1, 346-352 (2007))、Revazova et al. (Cloning Stem Cells, 9, 432-449 (2007))、Revazova et al.(Cloning Stem Cells, 10, 11-24 (2008))。上掲の論文の他、ES細胞の作製についてはStrelchenko N., et al. Reprod Biomed Online. 9: 623-629, 2004;Klimanskaya I., et al. Nature 444: 481-485, 2006;Chung Y., et al. Cell Stem Cell 2: 113-117, 2008;Zhang X., et al Stem Cells 24: 2669-2676, 2006;Wassarman, P.M. et al. Methods in Enzymology, Vol.365, 2003等が参考になる。尚、ES細胞と体細胞の細胞融合によって得られる融合ES細胞も胚性幹細胞に含まれる。
ES細胞の中には、保存機関から入手可能なもの、或いは市販されているものもある。例えば、ヒトES細胞については京都大学再生医科学研究所(例えばKhES-1、KhES-2及びKhES-3)、WiCell Research Institute、ESI BIOなどから入手可能である。
EG細胞は、始原生殖細胞を、LIF、bFGF、SCFの存在下で培養すること等により樹立することができる(Matsui et al., Cell, 70, 841-847 (1992)、Shamblott et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95 (23), 13726-13731 (1998)、Turnpenny et al., Stem Cells, 21(5), 598-609, (2003))。
「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」とは、初期化因子の導入などにより体細胞(例えば線維芽細胞、皮膚細胞、リンパ球等)をリプログラミングすることによって作製される、分化多能性と自己複製能を有する細胞である。iPS細胞はES細胞に近い性質を示す。iPS細胞の作製に使用する体細胞は特に限定されず、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。iPS細胞は、これまでに報告された各種方法によって作製することができる。また、今後開発されるiPS細胞作製法を適用することも当然に想定される。iPS細胞の作製に利用可能な細胞、即ち、iPS細胞の由来である細胞の例として、リンパ球(T細胞、B細胞)、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、粘膜上皮細胞、間葉系幹細胞、造血幹細胞、脂肪幹細胞、歯髄幹細胞、神経幹細胞を挙げることができる。
iPS細胞作製法の最も基本的な手法は、転写因子であるOct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycの4因子を、ウイルスを利用して細胞へ導入する方法である(Takahashi K, Yamanaka S: Cell 126 (4), 663-676, 2006; Takahashi, K, et al: Cell 131 (5), 861-72, 2007)。ヒトiPS細胞についてはOct4、Sox2、Lin28及びNonogの4因子の導入による樹立の報告がある(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)。c-Mycを除く3因子(Nakagawa M, et al: Nat. Biotechnol. 26 (1), 101-106, 2008)、Oct3/4及びKlf4の2因子(Kim J B, et al: Nature 454 (7204), 646-650, 2008)、或いはOct3/4のみ(Kim J B, et al: Cell 136 (3), 411-419, 2009)の導入によるiPS細胞の樹立も報告されている。また、遺伝子の発現産物であるタンパク質を細胞に導入する手法(Zhou H, Wu S, Joo JY, et al: Cell Stem Cell 4, 381-384, 2009; Kim D, Kim CH, Moon JI, et al: Cell Stem Cell 4, 472-476, 2009)も報告されている。一方、ヒストンメチル基転移酵素G9aに対する阻害剤BIX-01294やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤バルプロ酸(VPA)或いはBayK8644等を使用することによって作製効率の向上や導入する因子の低減などが可能であるとの報告もある(Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (7), 795-797, 2008; Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (11), 1269-1275, 2008; Silva J, et al: PLoS. Biol. 6 (10), e 253, 2008)。遺伝子導入法についても検討が進められ、レトロウイルスの他、レンチウイルス(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)、アデノウイルス(Stadtfeld M, et al: Science 322 (5903), 945-949, 2008)、プラスミド(Okita K, et al: Science 322 (5903), 949-953, 2008)、トランスポゾンベクター(Woltjen K, Michael IP, Mohseni P, et al: Nature 458, 766-770, 2009; Kaji K, Norrby K, Pac a A, et al: Nature 458, 771-775, 2009; Yusa K, Rad R, Takeda J, et al: Nat Methods 6, 363-369, 2009)、或いはエピソーマルベクター(Yu J, Hu K, Smuga-Otto K, Tian S, et al: Science 324, 797-801, 2009)を遺伝子導入に利用した技術が開発されている。
iPS細胞への形質転換、即ち初期化(リプログラミング)が生じた細胞はFbxo15、Nanog、Oct/4、Fgf-4、Esg-1及びCript等の多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる。
iPS細胞は、例えば、国立大学法人京都大学又は独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンターから提供を受けることもできる。
多能性幹細胞は公知の方法により、生体外(in vitro)で維持することができる。臨床応用を視野に入れた場合等、安全性の高い細胞を提供することが望まれる場合には、多能性幹細胞を、血清代替物を用いた無血清培養や、無フィーダー細胞培養により維持することが好ましい。血清を使用(又は併用)するのであれば、自己血清(即ちレシピエントの血清)を使用するとよい。血清代替物は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3'チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを含有し得る。公知の方法(例えば、W0 98/30679を参照)により血清代替物を調製することができる。市販の血清代替物を用いることもできる。市販の血清代替物の例として、KSR(Invitrogen社製)、Chemically-defined Lipid concentrated (Gibco社製)、Glutamax (Gibco社製)が挙げられる。
ステップ(i)におけるニューロスフィアを構成する細胞は正常細胞又は非正常細胞である。換言すれば、正常細胞で構成されたニューロスフィア又は非正常細胞で構成されたニューロスフィアが用いられる。正常細胞は典型的には健常者由来の細胞である。「非正常細胞」は正常細胞と対照をなす細胞であり、遺伝子変異や染色体異常などよって本来の状態ではなくなっている細胞をいう。非正常細胞の例は、特定の疾患(以下、「標的疾患」と呼ぶ)に特徴的な遺伝的異常を有する細胞であり、標的疾患に罹患した患者由来の細胞が非正常細胞に該当する。患者由来の細胞の例は、患者から採取した細胞又はその継代細胞、患者由来人工多能性幹(iPS)細胞(患者から採取した細胞を利用して作成したiPS細胞)を分化誘導して得られた分化細胞である。患者由来の細胞の他、標的疾患に特徴的な遺伝的異常が導入された細胞(例えば、iPS細胞などの未分化細胞にゲノム編集等の遺伝子操作で遺伝子変異を導入した後、分化誘導して得られた分化細胞)や、分化細胞に対して遺伝子変異を導入して得られた細胞も非正常細胞として採用し得る。尚、標的疾患の例はTimothy症候群、自閉症スペクトラム障害(ASD)、統合失調症、パーキンソン病、不安障害、双極性障害、薬物依存症であり、遺伝的異常の例は、電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)主サブユニット(CACNA1C、CACNA1D等)遺伝子又は副サブユニット(CACNA2D1、CACNA2D2、CACNA2D3、CACNA2D4、CACNB2、CACNB4等)である。
好ましい一態様では、ステップ(i)のニューロスフィアとして、以下のステップ(1)及び(2)を含む方法で調製されるニューロスフィアを用いる。当該ニューロスフィアはドパミン神経細胞を得ることに適する。
(1)多能性幹細胞をTGF-βファミリー阻害剤、GSK3β阻害剤及びBMP阻害剤の存在下で培養するステップ
(2)ステップ(1)で得られた細胞をTGF-βファミリー阻害剤、GSK3β阻害剤、FGF8及びヘッジホッグシグナルアゴニストの存在下且つ通常の酸素分圧下で浮遊培養し、ニューロスフィアを形成させるステップ。
ステップ(1)
ステップ(1)では多能性幹細胞を使用する。「多能性幹細胞」については上記の通りである。ステップ(1)では多能性幹細胞を、TGF-βファミリー阻害剤、GSK3β阻害剤及びBMP阻害剤の存在下で培養する。即ち、TGF-βファミリー阻害剤、GSK3β阻害剤及びBMP阻害剤が添加された培地を用いて多能性幹細胞を培養する。尚、ステップ(1)は多能性幹細胞の神経分化能の亢進を目的とする。
培地は、哺乳動物細胞の培養に用いる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、Ham's F-12培地、RPMI1640培地、Fischer's培地、Neurobasal培地、及びこれらの混合培地など、哺乳動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。一態様において、IMDM培地及びHam's F-12培地の混合培地が用いられる。混合比は、容量比で、例えば、IMDM:Ham's F-12=O.8~1.2:1.2~0.8である。
培地にはTGF-βファミリー阻害剤、GSK3β阻害剤及びBMP阻害剤が添加される。TGF-βファミリー阻害剤とは、TGF-βとTGF-β受容体との結合を介するTGF-βシグナル伝達を阻害する物質である。TGF-β阻害剤にはタンパク質性阻害剤及び低分子阻害剤がある。タンパク質性阻害剤の例は、抗TGF-β中和抗体、抗TGF-β受容体中和抗体である。低分子阻害剤の例は、SB431542(4-[4-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]-ベンズアミド又はその水和物)、SB202190(4-(4-フルオロフェニル)-2-(4-ヒドロキシフェニル)-5-(4-ピリジル)-1H-イミダゾール)、SB505124(GlaxoSmithKline)、NPC30345、SD093、SD908、SD208(Scios)、LY2109761、LY364947、LY580276(Lilly Research Laboratories)である。好ましくは、SB431542を用いる。TGF-βファミリー阻害剤の濃度(培地への添加量)は、多能性幹細胞の神経分化能の亢進という目的が達成される限り特に限定されないが、SB431542を例としてその濃度を示すと、例えば0.5μM~20μM、好ましくは1μM~10μMである。尚、最適な濃度は予備実験を通して設定することができる。全培養期間を通してTGF-βファミリー阻害剤濃度を一定にするのではなく、例えば段階的にTGF-βファミリー阻害剤濃度を増加させるなど、TGF-βファミリー阻害剤濃度に変化を設けても良い。
GSK3β阻害剤としては、CHIR99021(6-[[2-[[4-(2,4-ジクロロフェニル)-5-(4-メチル-1H-イミダゾール-2-イル)-2-ピリミジニル]アミノ]エチル]アミノ]ニコチノニトリル)、SB-415286(3-[(3-クロロ-4-ヒドロキシフェニル)アミノ]-4-(2-ニトロフェニル)-1H-ピロール-2,5-ジオン)、SB-2167、indirubin-3’-Monoxime、Kenpaullone、BIO(6-ブロモインジルビン-3'-オキシム)等を用いることができる。好ましくは、CHIR99021を用いる。GSK3β阻害剤の濃度(培地への添加量)は、多能性幹細胞の神経分化能の亢進という目的が達成される限り特に限定されないが、CHIR99021を例としてその濃度を示すと、例えば0.5μM~20μM、好ましくは1μM~10μMである。尚、最適な濃度は予備実験を通して設定することができる。全培養期間を通してGSK3β阻害剤濃度を一定にするのではなく、例えば段階的にGSK3β阻害剤濃度を増加させるなど、GSK3β阻害剤濃度に変化を設けても良い。
BMP阻害剤とは、BMP(bone morphogenetic protein)とBMP受容体(I型又はII型)との結合を介するBMPシグナル伝達(BMP signaling)を阻害する物質である。BMP阻害剤にはタンパク質性阻害剤と低分子阻害剤がある。タンパク質性阻害剤の例は、天然の阻害剤であるNoggin、chordin、follistatin等である。低分子阻害剤の例は、Dorsomorphin(6-[4-(2-ピペリジン-1-イルエトキシ)フェニル]-3-ピリジン-4-イルピラゾロ[1,5-a]ピリミジン)及びその誘導体、LDN-193189(4-(6-(4-piperazin-1-yl)phenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl)quinoline)及びその誘導体である。これらの化合物は市販されており(例えばSigma-AldrichやStemgent社から入手できる)、容易に入手可能である。好ましくは、Dorsomorphinを用いる。BMP阻害剤の濃度(培地への添加量)は、多能性幹細胞の神経分化能の亢進という目的が達成される限り特に限定されないが、Dorsomorphinを例としてその濃度を示すと、例えば0.5μM~20μM、好ましくは1μM~10μMである。尚、最適な濃度は予備実験を通して設定することができる。全培養期間を通してBMP阻害剤濃度を一定にするのではなく、例えば段階的にBMP阻害剤濃度を増加させるなど、BMP阻害剤濃度に変化を設けても良い。
必要に応じて、培地にその他の成分を添加してもよい。添加され得る成分の例として、インスリン、鉄源(例えばトランスフェリン等)、ミネラル(例えばセレン酸ナトリウム等)、糖類(例えばグルコース等)、有機酸(例えばピルビン酸、乳酸等)、血清蛋白質(例えばアルブミン等)、アミノ酸(例えばL-グルタミン等)、還元剤(例えば2-メルカプトエタノール等)、ビタミン類(例えばアスコルビン酸、d-ビオチン等)、抗生物質(例えばストレプトマイシン、ペニシリン、ゲンタマイシン等)、緩衝剤(例えばHEPES等)等を挙げることができる。
多能性幹細胞は、通常、接着培養に供される。接着培養は浮遊培養と対照をなす培養であり、典型的には接着条件下で二次元培養(平面培養)する。但し、マトリゲルTM(BD)などを使用し、三次元的に培養することにしてもよい。接着培養には、例えば、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ等を用いることができる。培養面への細胞の接着性を高めるために、マトリゲルTM(BD)、ポリ-D-リジン、ポリ-L-リジン、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、或いはこれらの中の二つ以上の組み合わせによってコーティング処理された培養器を用いるとよい。
フィーダー細胞の存在下/非存在下いずれの条件で多能性幹細胞の培養を行ってもよいが、臨床応用を視野に入れた場合等、安全性の高い細胞を提供することが望まれる場合には、フィーダー細胞の非存在下で培養(無フィーダー細胞培養)するとよい。尚、フィーダー細胞の例は、MEF(マウス胎仔線維芽細胞)、STO細胞(マウス胎仔線維芽細胞株)、SNL細胞(STO細胞のサブクローン)である。
培養温度、C02濃度、02濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は例えば約30~40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は例えば約1~10%、好ましくは約5%である。また、通常の酸素分圧下で培養すればよい。尚、他の条件(湿度、CO2の濃度等)によって変動し得るが、「通常の酸素分圧下」の場合の酸素濃度は典型的には約18%~約22%となる。尚、「通常の酸素分圧下」の詳細は後述する。
ステップ(1)の期間(培養期間)は4日以上とし、具体的には例えば4日間~20日間、好ましくは6日間~14日間である。培養期間が短すぎることはニューロスフェア形成能低下を引き起こす。
必要に応じて継代することにしてもよい。例えばサブコンフルエント又はコンフルエントの状態になった段階で細胞を回収し、一部の細胞を別の培養器に播種し、培養を継続する。細胞の回収には細胞解離液などを利用すればよい。細胞解離液としては、例えば、EDTA-トリプシン、コラゲナーゼIV、メタロプロテアーゼ等のタンパク分解酵素等を単独で又は適宜組み合わせて用いることができる。細胞障害性が少ないものが好ましい。このような細胞解離液として、例えば、ディスパーゼ(エーディア)、TrypLE (Invitrogen)又はアキュターゼ(MILLIPORE)等の市販品が入手可能である。分散(離散)状態となるように、回収後の細胞をセルストレイナーなどで処理した後に継代培養に供するとよい。
ステップ(1)の結果、多能性幹細胞の神経分化能が亢進する。神経分化能が亢進したことは、ステップ(1)の開始前と比較して神経系マーカー(Sox2、Nestin、Sox1等)の発現が上昇することを指標に確認できる。また、神経分化能が亢進したことの評価に未分化マーカーの発現を利用してもよい。
通常、ステップ(1)後の細胞を一旦回収し、次の培養(ステップ(2))へ進む。回収操作は、継代培養の際の回収操作と同様に行うことができる。
ステップ(2)
このステップでは、ステップ(1)で得られた細胞をTGF-βファミリー阻害剤、GSK3β阻害剤、FGF8及びヘッジホッグシグナルアゴニストの存在下且つ通常の酸素分圧下で浮遊培養し、ニューロスフィアを形成させる。即ち、TGF-βファミリー阻害剤、GSK3β阻害剤、FGF8及びヘッジホッグシグナルアゴニストが添加された培地を用い、且つ通常の酸素分圧下という条件を採用し、ステップ(1)後の細胞を培養する。ステップ(2)は、神経細胞系譜に沿った分化を誘導することを目的とする。尚、特に言及しない事項(使用可能な基礎培地、使用可能なTGF-βファミリー阻害剤やGSK3β阻害剤、培地に添加可能な他の成分等)はステップ(1)と同様であり、その説明を省略する。
浮遊培養には、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトル等を用いることができる。非接着性の条件下での培養を可能にするため、細胞非接着性の培養面を有する培養器を用いることが好ましい。該当する培養器としては、細胞非接着性になるようにその表面(培養面)を処理したもの、細胞の接着性向上のための処理(例えば、細胞外マトリクス等によるコーティング処理)がその表面(培養面)に施されていないもの、を挙げることができる。浮遊培養では、細胞の培養器に対する非接着状態を維持できればよく、静置培養を採用しても、あるは、旋回培養や振とう培養を採用してもよい。
培地に添加する成分の内、TGF-βファミリー阻害剤とGSK3β阻害剤は上記の通りである。このステップにおいても、TGF-βファミリー阻害剤としてはSB431542を、GSK3β阻害剤としてはCHIR99021を用いることが好ましい。SB431542を用いた場合の培地中の濃度は、例えば0.5μM~20μM、好ましくは1μM~10μMである。同様に、CHIR99021を用いた場合の培地中の濃度は、例えば0.5μM~20μM、好ましくは1μM~10μMである。
FGF8は線維芽細胞増殖因子ファミリーの一つである。FGF8は脊椎動物の脳形成の制御に関与し、中脳への領域化に必要である。本発明の目的を達成し得る限り、各種哺乳動物由来のFGF8を使用することが可能である。但し、使用する多能性幹細胞との間で由来(動物種)を合わせることが好ましい。従って、ヒト多能性幹細胞を用いる場合には、好ましくはヒトFGF8を採用する。ヒトFGF8とは、ヒトが生体内で天然に発現するFGF8のアミノ酸配列を有することを意味し、組換え体であってもよい。ヒトFGF8の代表的なアミノ酸配列としては、NCBIのアクセッション番号でNP_006110.1(fibroblast growth factor 8 isoform B precursor [Homo sapiens].)を例示することができる。FGF8の濃度(培地への添加量)は、神経細胞系譜に沿った分化誘導という目的が達成される限り特に限定されないが、例えば1 ng/ml~5μg/ml、好ましくは10~500 ng/ml、更に好ましくは50~400 ng/mlである。尚、最適な濃度は予備実験を通して設定することができる。
ヘッジホッグシグナルアゴニストは、ソニックヘッジホッグ(SHH)シグナルを促進するものであれば特に限定されない。例えば、腹側化の誘導に有用なプルモルファミン(9-シクロヘキシル-N-[4-(4-モルホリニル)フェニル]-2-(1-ナフタレニルオキシ)-9H-プリン-6-アミン)を用いるとよい。プルモルファミンの濃度(培地への添加量)は、神経細胞系譜に沿った分化誘導という目的が達成される限り特に限定されないが、例えば1 ng/ml~5μg/ml、好ましくは10~500 ng/ml、更に好ましくは50~400 ng/mlである。尚、最適な濃度は予備実験を通して設定することができる。ヘッジホッグシグナルアゴニストとして、SAG(N-メチル-N′-(3-ピリジニルベンジル)-N′-(3-クロロベンゾ[b]チオフェン-2-カルボニル)-1,4-ジアミノシクロヘキサン)を用いることもできる。SAGを用いる場合の濃度(培地への添加量)は、神経細胞系譜に沿った分化誘導という目的が達成される限り特に限定されないが、例えば10 nM~100μM、好ましくは100 nM~10μM、更に好ましくは100 nM~2μMである。尚、最適な濃度は予備実験を通して設定することができる。
全培養期間を通して各成分(TGF-βファミリー阻害剤、GSK3β阻害剤、FGF8及びヘッジホッグシグナルアゴニスト)の濃度が一定であることは必須ではなく、特定の成分(二以上の成分であってもよい)又は全ての成分の濃度が培養途中で変化するようにしてもよい。例えば、FGF8及びヘッジホッグシグナルアゴニストの添加をステップ(2)の2日目~6日目に開始する。当該条件によれば、細胞への急激な刺激を緩和することができる。好ましくは、FGF8及びヘッジホッグシグナルアゴニストの添加をステップ(2)の3日目~5日目に開始する。
神経細胞系譜に沿った分化誘導を促進するため、好ましくは、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor (LIF))も添加された培地を使用する。その目的を達成し得る限り、各種哺乳動物由来のLIFを使用することが可能である。但し、使用する多能性幹細胞との間で由来(動物種)を合わせることが好ましい。従って、ヒト多能性幹細胞を用いる場合には、好ましくはヒトLIFを採用する。LIFの濃度は特に限定されないが、例えば0.25 ng/ml~1μg/ml、好ましくは1 ng/ml~50 ng/ml、更に好ましくは5 ng/ml~20 ng/mlである。尚、最適な濃度は予備実験を通して設定することができる。
神経細胞系譜に沿った分化誘導を促進するため、好ましくは、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)も添加された培地を使用する。bFGFはFGF2とも呼ばれる。本発明の目的を達成し得る限り、各種哺乳動物由来のbFGFを使用することが可能である。但し、使用する多能性幹細胞との間で由来(動物種)を合わせることが好ましい。従って、ヒト多能性幹細胞を用いる場合には、好ましくはヒトbFGFを採用する。ヒトFGF2とは、ヒトが生体内で天然に発現するFGF2のアミノ酸配列を有することを意味する。ヒトFGF2の代表的なアミノ酸配列としては、NCBIのアクセッション番号でNP_001997.5(fibroblast growth factor 2 [Homo sapiens])を例示することができる。bFGFの濃度は特に限定されないが、例えば0.25 ng/ml~1μg/ml、好ましくは1 ng/ml~50 ng/ml、更に好ましくは3 ng/ml~30 ng/mlである。尚、最適な濃度は予備実験を通して設定することができる。
細胞死抑制のために、好ましくは、ROCK阻害剤(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)(例えばY-27632やFasudil(HA-1077))も添加された培地を使用する。ROCK阻害剤としてY-27632を使用する場合の濃度は、例えば約1μM~約50μMである。尚、最適な濃度は予備実験を通して設定することができる。
ROCK阻害剤は細胞が分散状態にあるときの細胞死を強力に抑止する。従って、ステップ(2)の全培養期間にわたってROCK阻害剤を使用するのではなく、細胞を播種する際(即ち、培養開始時)や、例えば継代培養のために細胞を回収して分散させる際にのみ、ROCK阻害剤を含有する培地で細胞を処理することにしてもよい。
好ましくは、神経細胞系譜に沿った分化誘導に有利となるように、毛様体神経栄養因子(CNTF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューロトロフィン3(NT-3)、ウシ胎児血清、N2サプリメント、B27サプリメント等を添加した培地を使用する。尚、N2サプリメントはGibco(製品名 N2 supplement(x100))等から入手することができ、B27サプリメントはGibco(製品名 B27 supplement(x100))等から入手することができる。
更に、必要に応じて、培地にその他の成分を添加してもよい。添加され得る成分の例として、インスリン、鉄源(例えばトランスフェリン等)、ミネラル(例えばセレン酸ナトリウム等)、糖類(例えばグルコース等)、有機酸(例えばピルビン酸、乳酸等)、血清蛋白質(例えばアルブミン等)、アミノ酸(例えばL-グルタミン等)、還元剤(例えば2-メルカプトエタノール等)、ビタミン類(例えばアスコルビン酸、d-ビオチン等)、抗生物質(例えばストレプトマイシン、ペニシリン、ゲンタマイシン等)、緩衝剤(例えばHEPES等)等を挙げることができる。
このステップ(2)ではニューロスフィアを形成させるため浮遊培養を行う。例えば、無血清凝集浮遊培養法(SFEB法/SFEBq法。Watanabeら, Nature Neuroscience 8,288-296 (2005)、WO 2005/123902)やニューロスフィア法(Reynolds BA and Weiss S.,Science,USA,1992 Mar 27;255(5052):1707-10)などを採用することができる。
本発明では、ステップ(2)を通常の酸素分圧下で実施する。細胞培養の際、生体内の環境を考慮して酸素濃度を低くした条件(低酸素分圧/低酸素濃度)が用いられることがあるが、本発明における「通常の酸素分圧下」はこのような特殊な条件と対照をなす。即ち、「通常の酸素分圧下」とは、酸素濃度を意図的に調整していない条件である。尚、他の条件(湿度、共存するCO2の濃度等)によって変動し得るが、「通常の酸素分圧下」の場合の酸素濃度は典型的には約18%~約22%となる。
その他の培養条件(培養温度、C02濃度等)は適宜設定できる。培養温度は例えば約30~40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は例えば約1~10%、好ましくは約5%である。
ステップ(2)の期間(培養期間)は例えば7日間~21日間、好ましくは10日間~16日間である。培養期間が短すぎたり或いは長すぎたりすると、分化効率の低下のおそれがある。
形成されたニューロスフィアを回収して細胞を解離させた後、更なる浮遊培養に供することにしてもよい。即ち、継代培養を行ってもよい。但し、継代培養の回数は少ない方がよく、好ましくは継代培養の回数を1回又は0回(即ち、継代培養をしない)とする。継代培養の回数が少ないことは、短期間でのドパミン神経細胞の調製に有利であり、また、意図しない分化誘導(例えばグリア細胞への分化誘導)が促されることを回避するためにも有効と考えられる。その一方で、継代培養は細胞の純度向上に有効であるため、継代培養の回数は1回が最適といえる。継代培養を1回にする場合には、ステップ(2)の開始から6日目~10日目に継代するとよい。尚、継代培養に際してニューロスフィアを回収するときには、培養器表面に接着した細胞の混入を防ぐと良い。このような操作は、ドパミン神経細胞の調製効率や純度の向上に寄与し得る。
ステップ(i)に続くステップ(ii)では、ステップ(i)で用意したニューロスフィアを神経細胞(例えば、ドパミン神経細胞、セロトニン神経細胞、大脳皮質興奮性神経細胞、抑制性神経細胞等)への分化誘導条件下で培養する。即ち、本発明では、ニューロスフィアから細胞の分離、回収などを行うことなく、ニューロスフィア自体を培養に供する。この点は本発明の最大の特徴の一つであり、これによって分離・回収操作(酵素的処理や物理的処理など)に伴う細胞へのダメージを回避できる。その結果、短時間で安定したカルシウム動態の観察が可能になる。また、生理的な環境/条件により近い状態での評価が可能となり、生体脳内で分化した神経細胞が移動する状態を再現することに有利である。従って、本発明のカルシウム動態評価方法は、発生過程のカルシウム動態の変化を捉えることにも有用である。尚、ドパミン神経細胞やセロトニン神経細胞、大脳皮質興奮性神経細胞、抑制性神経細胞等、特定の神経細胞への分化誘導に適した培地や培養条件は公知であり、過去の報告や成書などを参考にできる。例えばドパミン神経細胞への分化誘導に関し、基本的な培養方法や操作については、例えばThermoFisher社が提供するプロトコル(ThermoFisher社のウェブページで公開されている)等を参考にすることができる。具体的には、例えば、γ-セクレターゼ阻害剤、神経栄養因子、アスコルビン酸、TGF-β3、及びcAMP又はcAMPアナログを含有する培地で接着培養することにより、ドパミン神経細胞への分化を誘導する。好ましくは、γ-セクレターゼ阻害剤としてN-[N-(3,5‐ジフルオロフェナセチル-L-アラニル)]-S-フェニルグリシンt-ブチルエステルを、神経栄養因子として脳由来神経栄養因子(BDNF)とグリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)を、cAMPアナログとしてジプチリルcAMPを用いる。尚、培養温度、C02濃度等の培養条件は目的の神経細胞への分化誘導に適する範囲で適宜設定できるが、培養温度は例えば約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2濃度は例えば約1~10%、好ましくは約5%である。
ステップ(iii)では、遊走した細胞にカルシウム指示薬を負荷した後、カルシウム指示薬からのシグナル強度を測定し、細胞内カルシウムの変動を調べる。細胞内カルシウムの変動を把握することは、例えば、精神・神経疾患の病態解明等に有用であり、また、カルシウム動態の異常をもたらす精神・神経疾患を標的とした新規薬剤のスクリーニング、既存の薬剤又は新規薬剤の毒性ないし催奇性評価等に利用・応用可能である。遊走した細胞へのカルシウム指示薬の負荷は常法で行えばよい。典型的には、培養液をカルシウム指示薬含有の溶液に置換し、所定時間(例えば30分~1時間)インキュベートする。その後、測定(記録)用の溶液(例えば、培地やTyrode)に交換し、カルシウム試薬からのシグナル強度を測定する。
カルシウム指示薬には例えば蛍光カルシウム指示薬を用いればよい。様々な蛍光カルシウム指示薬が開発されている。蛍光カルシウム指示薬の例を挙げると、Fura 2-AM、Fura 2、Fluo 3-AM、Fluo 3、Fluo 4-AM、Fluo 4、Indo 1-AM、Indo 1、Rhod 2-AM、Rhod 2、Quin 2(例えば、株式会社同仁化学研究所、Thermo Fisher Scientific 社)である。好ましくは、細胞透過性の高いアセトキシメチル(AM)エステル体の蛍光カルシウム指示薬を用いる。尚、一波長型蛍光カルシウム試薬、2波長型蛍光カルシウム試薬のいずれを用いてもよい。
細胞内カルシウム測定用キットも市販されており(例えば、株式会社同仁化学研究所のCalcium Kit-Fluo 4、Calcium Kit-Fra 2、Calcium Kit II-Fluo 4、Calcium Kit II-Fra 2、Calcium Kit II-icellus、Thermo Fisher Scientific 社のFluo-4イメージングキット、Rhod-3イメージングキット、DiscoverX社 Calcium No Wash Assayキット)、このようなキットを用いればシグナル強度の簡便な測定が可能である。尚、Non-Washタイプのキットを用いた場合、蛍光カルシウム指示薬の負荷後、そのまま(即ち、溶液/培地の交換や洗浄操作をすることなく)シグナル強度の測定が可能である。
カルシウム指示薬からのシグナル強度の測定は、使用するカルシウム指示薬に対応する機器を用いればよい。例えば蛍光カルシウム指示薬を使用した場合、蛍光測定装置(蛍光プレートリーダー、落射蛍光顕微鏡、共焦点顕微鏡等)を用いればよい。また、シグナル強度の撮影/記録、解析には撮影機器(CCDカメラ、光検出装置(光電子増倍管)等)等が用いられる。尚、細胞内カルシウムの計測及び解析については専用のシステム(例えばWako社が提供するインフィニット 200 シリーズ)等が開発されており、これらのシステムを利用することにしてもよい。
シグナル強度の測定結果から細胞内カルシウムの変動が調べられる。測定時の異なる、少なくとも2回の測定を行えば、細胞内カルシウムの変動(時間的変化)を調べることが可能であるが、好ましくは、経時的に(即ち、時間軸に沿って連続的に)測定を実施し、細胞内カルシウムの動態(ダイナミクス)を捉える。経時的測定によれば、細胞内カルシウム濃度上昇イベントの発生回数や頻度、最大変化率、継続時間等、細胞内カルシウム濃度の上昇・下降における時定数や半減期等、細胞内カルシウム濃度上昇イベントにおけるシグナル変化率の積分値等、細胞内カルシウム動態に関する詳細な情報が得られる。尚、「カルシウムイベント」とは、設定した閾値よりもシグナル強度が上昇するイベントのことをいう。
経時的測定を行う場合、測定時間間隔を例えば0.1秒~1秒の範囲内で設定し、例えば5分~48時間、測定を継続する。
本発明では、ニューロスフィアから遊走した細胞の中の少なくとも一つの細胞を対象として細胞内カルシウムが計測されるが、好ましくは、複数の細胞(例えば2~100個、好ましくは5~50個)を計測の対象とし、計測結果のより多くのデータを得ることにし、評価の価値、信頼性等を高める。後述の実施例で裏付けられるように、ニューロスフィアから遊走した細胞は、遊走(移動)とともにその分化・成熟度を増す。即ち、遊走距離は細胞の分化・成熟度を反映し、遊走距離が同等の細胞は分化・成熟度も同等であるといえる。この点に注目し、好ましくは、遊走距離が同等の複数の細胞について細胞内カルシウムを計測し、計測結果を集計して細胞内カルシウムの変動を調べる。このようにすれば、評価結果の信頼性や客観性等を高めることができることはもとより、特定の分化・成熟度の細胞における、安定したカルシウム動態を評価できることになる。即ち、この態様は、特定の分化・成熟度の細胞における細胞内カルシウム動態の評価という、従来の技術では実現できなかった評価を可能にする点においてその意義は大きい。
遊走距離が同等の複数の細胞は、例えば、細胞の位置に基づき特定(識別)することができる。具体的には、例えば以下の方法で特定可能である。まず、基準細胞の位置を中心とした半径300μm(好ましくは半径200μm、更に好ましくは半径100μm)の円内に存在する細胞を「遊走距離が同等の細胞」と見なす。「基準細胞」は任意に特定可能であるが、例えば、ニューロスフィアの外縁からの距離が500μm~1cmの位置に存在する細胞を「基準細胞」とする。
ステップ(iii)において、細胞内カルシウム動態に影響し得る物質を添加した後にカルシウム指示薬からのシグナル強度を測定することにすれば、当該物質の存在下でのカルシウム動態を評価することができる。このような評価系はカルシウムの流入、動員などのメカニズムを検討する手段として有用である。「細胞内カルシウム動態に影響し得る物質」の添加は、通常、カルシウム指示薬の負荷の後に行われる。「細胞内カルシウム動態に影響し得る物質」とは、細胞内カルシウム動態に関与する経路(IP3受容体を介した経路、リアノジン受容体を介した経路、VDCC(L型、P型、Q型、N型、R型又はT型)を介した経路)に直接的又は間接的に作用する物質(説明の便宜上、「カルシウム経路作用薬」と呼ぶ)である。カルシウム経路作用薬として、IP3依存性カルシウム動員の促進剤(例えば、IP3受容体のリガンド、IP3受容体アゴニスト)又は阻害剤(例えば、IP3受容体アンタゴニスト)、リアノジン依存性カルシウム動員の促進剤(例えば、リアノジン受容体のリガンド、リアノジン受容体アゴニスト)又は阻害剤(例えば、リアノジン受容体アンタゴニスト)、VDCC依存性カルシウム流入の促進剤(例えばL型VDCC活性化剤)又は阻害剤(例えばL型VDCC阻害剤)の他、神経伝達物質受容体(ドパミン受容体、GABA受容体、セロトニン受容体、アセチルコリン受容体、ヒスタミン受容体等)のリガンド、活性化剤(例えば受容体アゴニスト)、阻害剤(例えば受容体アンタゴニスト)、ナトリウムチャネル阻害剤、カリウムチャネル阻害剤、高濃度のカリウムを例示することができる。カルシウム経路作用薬の具体例を挙げれば、TTX (ナトリウムチャネル阻害剤)、2-APB (IP3誘導Ca2+放出に対する細胞透過性アロステリック阻害剤)、Nimodipine (L型VDCC阻害剤)、FPL 64176 (推定L型VDCC活性化剤)、ATP、Suramin (非選択的P2Y受容体アンタゴニスト)、Dantrolen (リアノジン受容体アンタゴニスト)、ヒスタミン、セロトニン、Dihydroxyphenylglycine(DHPG)、GABA、グリシン、ドパミン、キンピロール(Quinpirole)(D2/D3受容体アゴニスト)である。
2.薬剤評価方法
本発明の第2の局面は、本発明のカルシウム動態評価方法(第1の局面)の用途ないし応用に相当し、神経細胞の細胞内カルシウム動態に基づく薬剤の評価方法(以下、「本発明の薬剤評価方法」と呼ぶ)を提供する。本明細書では、薬効の評価と毒性の評価を総称する用語として「薬剤評価」を使用する。従って、本発明では、被験物質の薬効又は毒性が評価されることになる。用語「毒性」は広義に解釈されるべきであり、一般毒性(急性毒性、亜急性毒性、慢性毒性)の他、副作用、発がん性、変異原性、催奇形性等も毒性の一つである。以下、本発明の薬剤評価方法の詳細を説明するが、特に言及しない事項については、上記第1の局面(本発明のカルシウム動態評価方法)と同様であるため、その説明を省略する。
本発明の薬剤評価方法では、以下のステップ(I)~(IV)を行う。
(I)ニューロスフィアを培養容器に用意するステップ、
(II)神経細胞への分化誘導条件下で培養するステップ、
(III)遊走した細胞にカルシウム指示薬を負荷するステップ、
(IV)被験物質を添加するステップ、
(V)カルシウム指示薬からのシグナル強度を測定し、細胞内カルシウムの変動を調べ、被験物質の薬効又は毒性を評価するステップ。
ステップ(I)及び(II)はそれぞれ、本発明のカルシウム動態評価方法のステップ(i)及び(ii)と同様である。ステップ(II)の神経細胞は正常細胞又は非正常細胞であるが、ここでの「正常細胞」とは、本発明の方法で評価される薬効(カルシウム動態の異常をもたらす疾患の改善、それに基づく治療効果)又は毒性との関係において異常を認めない細胞である。正常な細胞の典型例は健常者由来の細胞であるが、例えば、評価対象の薬効が治療効果を発揮し得る疾患、換言すれば、カルシウム動態の異常をもたらす疾患(標的疾患)に罹患していない者由来の細胞も正常細胞として用いられ得る。本発明の薬剤評価系において、非正常細胞として患者由来の細胞を用いた場合には、治療薬候補のスクリーニング(探索)等を目的とした薬効の評価に加え、治療薬又は治療薬候補の毒性の評価も可能になる(詳細は後述する)。このように本発明の方法は、使用する細胞を選択することにより、薬効評価系と毒性評価系のいずれにも利用可能になるという、ユニークな特徴を有する。各評価系の詳細は後述する。
ステップ(III)のカルシウム指示薬の負荷は、上記第1の局面のステップ(iii)の説明に準ずる。カルシウム指示薬の負荷の後、被験物質の添加を行い、遊走した細胞と被験物質が接触する状態を形成する(ステップ(IV))。被験物質は特に限定されない。その薬効又は毒性の評価が必要とされる様々な物質が被験物質となり得る。被験物質には様々な分子サイズの有機化合物又は無機化合物を用いることができる。有機化合物の例として核酸、ペプチド、タンパク質、脂質(単純脂質、複合脂質(ホスホグリセリド、スフィンゴ脂質、グリコシルグリセリド、セレブロシド等)、プロスタグランジン、イソプレノイド、テルペン、ステロイド、ポリフェノール、カテキン、ビタミン(B1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12、C、A、D、E等)を例示できる。医薬品、栄養食品、食品添加物、農薬、香粧品(化粧品)等の既存成分或いは候補成分も好ましい被験物質の一つである。植物抽出液、細胞抽出液、培養上清などを被検物質として用いてもよい。2種類以上の被験物質を同時に添加することにより、被験物質間の相互作用、相乗作用などを調べることにしてもよい。被験物質は天然物由来であっても、或いは合成によるものであってもよい。後者の場合には例えばコンビナトリアル合成の手法を利用して効率的なアッセイ系を構築することができる。
次のステップ(V)では、カルシウム指示薬からのシグナル強度を測定し、細胞内カルシウムの変動を調べ、被験物質の薬効又は毒性を評価する。シグナル強度の測定は上記第1の局面(カルシウム動態評価方法)の場合と同様に行えばよい。また、シグナル強度の測定結果を用いた、細胞内カルシウムの変動の分析/解析の方法、条件なども、上記第1の局面に準ずる。
上記の通り、本発明の薬剤評価方法は薬効評価系又は毒性評価系として利用可能なものであり、前者の場合にはこのステップで被験物質の薬効が判定され、後者の場合にはこのステップで被験物質の毒性が判定される。本発明では、「カルシウム動態の変化」を薬効又は毒性の指標として用いる。薬効評価系として構成する場合、典型的には、ステップ(II)の神経細胞が非正常細胞であり、被験物質の添加によってカルシウム動態の正常化(即ち、正常細胞のカルシウム動態に近づくこと)を認めたとき、被験物質が有効である(薬効がある)と判定する。また、カルシウム動態の正常化の程度は有効性(薬効)の程度を反映することから、正常化の程度に基づき薬効の程度ないし強さを判定することもできる。有効性が認められた被験物質は、カルシウム動態を標的とした薬剤の候補になり得る。薬効評価系によれば、細胞内カルシウム動態の異常をもたらす各種疾患(標的疾患)に有効な医薬の成分又はその候補をスクリーニングすることが可能となる。
毒性評価系として構成する場合、ステップ(II)の神経細胞は正常細胞又は非正常細胞である。正常細胞の場合、被験物質の添加によってカルシウム動態の変化を認めたとき、被験物質に毒性があると判定する。また、カルシウム動態の変化の程度は毒性の程度を反映することから、変化の程度に基づき毒性の程度ないし強さを判定することもできる。他方、非正常細胞の場合、被験物質の添加によってカルシウム動態の更なる異常化を認めたとき、被験物質に毒性があると判定する。更なる異常化とは、正常なカルシウム動態(即ち、正常細胞のカルシウム動態)との相違がより顕著になることである。毒性評価系によれば、医薬品の成分又はその候補、栄養補助食品(サプリメント)又はその候補、食品添加物又はその候補等の被験物質について、細胞内カルシウム動態に影響を及ぼすことで毒性を示すか否か、或いはその毒性の程度を評価することができる。
本発明の一態様(第1態様)では、被験物質の添加(ステップ(IV))の前後にシグナル強度の測定が行われ、被験物質添加前の測定結果と、同添加後の測定結果が比較される。そして、比較結果に基づき被験物質の薬効又は毒性が評価される。この態様によれば、被験物質の非存在下及び存在下でのカルシウム動態を同一の細胞を用いて評価することができることからカルシウム指示薬の細胞間における不均一性が解釈に影響しないなどの利点がある。
別の一態様(第2態様)では、被験物質の添加(ステップ(IV))の後にシグナル強度の測定が行われ、被験物質添加後の細胞内カルシウムの変動が調べられる。この態様の場合、原則として、被験物質を添加しないこと以外は同一の条件で処理した細胞(「コントロール」)を用意し、当該細胞についての測定結果(細胞内カルシウムの変動)との比較に基づき被験物質の薬効又は毒性が評価される。
被験物質を添加する前に、細胞内カルシウム動態に関与する経路(IP3受容体を介した経路、リアノジン受容体を介した経路、VDCC(L型、P型、Q型、N型、R型又はT型)を介した経路)に直接的又は間接的に作用する物質(カルシウム経路作用薬)を添加することにし、被験物質添加前後のシグナル強度の測定(即ち、第1態様と同様の測定)又は被験物質添加後のシグナル強度の測定(即ち、第2態様と同様の測定)によって、被験物質がカルシウム経路作用薬の作用ないし効果に影響を及ぼすか否か、及び/又はその程度を調べる(第3態様)。ここでの「カルシウム経路作用薬」は、上記第1の局面(カルシウム動態評価方法)で説明した通りである。この態様は、特に、被験物質の作用機序に関する有益な情報(即ち、被験物質がいずれの経路を標的にするものであるか)が得られるという特徴を有する。尚、この態様の場合、特に、カルシウム動態に影響を及ぼすことが判明している物質(例えば、上記第1態様又は第2態様の評価方法で薬効又は毒性を認めたもの)を被験物質として採用するとよい。
以下、IP3受容体経路を標的とした物質(即ち、IP3依存性カルシウム動員の促進剤又は阻害剤)、又はL型VDCC経路を標的とした物質(即ち、L型VDCC依存性カルシウム流入の促進剤又は阻害剤)を「カルシウム経路作用薬」として採用した例に基づき、第3態様を薬効評価系とした場合にもたらされる有益な情報を説明する。
(1)被験物質がIP3依存性カルシウム動員の促進剤の作用を減弱又は無効化した場合
当該被験物質には、IP3受容体を介したカルシウムの動員の阻害ないし抑制による薬効を期待でき、IP3受容体を介したカルシウムの過剰な動員が原因の疾患、例えば、ハンチントン病、脊髄小脳変性症2型および3型、アルツハイマー病に対する薬剤又はそのシード化合物として当該被験物質は有望である。
(2)被験物質がIP3依存性カルシウム動員の阻害剤の作用を減弱又は無効化した場合
当該被験物質には、IP3受容体を介したカルシウムの動員の促進による薬効を期待でき、IP3受容体を介したカルシウムの動員不足が原因の疾患、例えば、脊髄小脳変性症15型および16型に対する薬剤又はそのシード化合物として当該被験物質は有望である。
(3)被験物質がL型VDCC依存性カルシウム流入の促進剤の作用を減弱又は無効化した場合
当該被験物質には、L型VDCCを介したカルシウムの動員の阻害ないし抑制による薬効を期待でき、L型VDCCを介したカルシウムの過剰な動員が原因の疾患、例えば、Timothy症候群、パーキンソン病に対する薬剤又はそのシード化合物として当該被験物質は有望である。
(4)被験物質がL型VDCC依存性カルシウム流入の阻害剤の作用を減弱又は無効化した場合
当該被験物質には、L型VDCCを介したカルシウムの動員の促進による薬効を期待でき、L型VDCCを介したカルシウムの動員不足が原因の疾患、例えば、Brugada症候群に対する薬剤又はそのシード化合物として当該被験物質は有望である。
尚、第3態様を毒性評価系とした場合にも、上記と同様に、細胞内カルシウム動態に関与する複数の経路の内、いずれの経路を被験物質が標的にするかが明らかとなり、作用機序も含めた毒性の評価が可能となる。
第1態様、第2態様、第3態様のいずれにおいても、好ましくは、シグナル強度を経時的に測定し、その測定結果(細胞内カルシウムの経時的な変化)を薬効又は毒性の評価に利用する。経時的測定によれば、細胞内カルシウム濃度上昇イベントの発生回数や頻度、最大変化率、継続時間等、細胞内カルシウム濃度の上昇・下降における時定数や半減期等、細胞内カルシウム濃度上昇イベントにおけるシグナル変化率の積分値等、細胞内カルシウム動態に関する詳細な情報が得られる。このような経時的測定を行う場合、測定時間間隔を例えば0.1~1秒の範囲内で設定し、例えば5分~48時間、測定を継続する。本発明では経時的な測定が好ましいものの、第2態様と第3態様については、被験物質添加後の特定の時点(例えば薬剤添加後5秒~24時間の範囲内で測定時を設定する)でシグナル強度を測定し、基準のシグナル強度(典型的にはコントロールのシグナル強度)との比較に基づき被験物質の薬効又は毒性を評価することも可能である。
ところで、後述の実施例に示す通り、ドパミン神経細胞への分化誘導条件下でニューロスフィアを培養した際に遊走した細胞では、主たるカルシウム源がIP3受容体依存性カルシウム動員からL型VDCC依存性カルシウム流入へと変化した。この知見に基づき、好ましくは、ステップ(II)においてドパミン神経細胞へと分化誘導することによって、ニューロスフィアからドパミン神経細胞が遊走するようにした上で、上記のようにIP3依存性カルシウム動員の促進剤又は阻害剤を添加し、そして、分化誘導条件下での培養開始から7日目までの間にステップ(V)のシグナル強度の測定を行う(態様(A))、或いは分化誘導条件下での培養開始後14日目~30日目までの間にステップ(V)のシグナル強度の測定を行う(態様(B))。(A)の態様によれば、ドパミン神経細胞において主たるカルシウム源がIP3依存性カルシウム動員であるときに当該動員(換言すれば、IP3受容体経路)に対する被験物質の作用/効果を評価することができ、他方、(B)の態様によれば、ドパミン神経細胞において主たるカルシウム源がL型VDCC依存性カルシウム流入であるときに当該動員(換言すれば、L型VDCC経路)に対する被験物質の作用/効果を評価することができ、いずれの場合も一層有益な情報が得られることになる。
神経細胞内の安定したカルシウム動態の観察・評価を可能にする新たなアッセイ系の構築を目指し、以下の実験を行った。
1.方法
(1)ニューロスフィアの培養
健常者由来のiPS細胞をSB431542(3μM)、CHIR99021(3μM)、dorsomorphin(3μM)を添加したiPS細胞培地にて7日間培養した(0日目~7日目)。その後、TrypLETM select(Thermo Fisher Scientific Inc.)によって分散させ、セルストレイナーに通したものをニューロスフィア培地(DMEM/F12に1×N2サプリメント, 0.6% グルコース, ペニシリン/ストレプトマイシン, 5mM HEPESを添加した培地(MHM培地)に、1×B27サプリメント, 20 ng/ml bFGF, 10 ng/ml human LIF, 10μM Y27632, 3μM CHIR99021, 2μM SB431542, 100 ng/ml FGF8及び1μM プルモルファミンを添加したもの)にて2週間浮遊培養することでニューロスフィアを形成させた(7日目~21日目)。FGF8とプルモルファミンは10日目から添加した。また、14日目にニューロスフィアを回収し、分散させて単一細胞化した後、再度浮遊培養し、ニューロスフィア(二次ニューロスフィア)を再形成させた。
(2)ドパミン産生神経細胞への分化
次に、以下の方法で上述のニューロスフィアをドパミン産生細胞へ分化させた。マトリゲル(1~3.3%)でコートした35mm直径のガラスボトムディッシュ(ガラス面直径1 mm)にドパミン産生神経細胞分化誘導培地(MHM培地にB27サプリメント, 10μM DAPT, 20 ng/ml BDNF, 20 ng/ml GDNF, 0.2 mM アスコルビン酸, 1 ng/ml TGF-β3及び0.5 mM dbcAMPを添加したもの)を1.6 ml添加し、ニューロスフィアを培地内に加えCO2インキュベーター内で培養した。培養中はドパミン産生神経細胞分化誘導培地を1週間に2度0.8 mlずつ交換した。
(3)カルシウムイメージング
ドパミン産生神経細胞への分化誘導開始後7日目~17日目の幼若神経細胞を用いて、カルシウムイメージングを実施した。培養中の培養皿よりドパミン産生神経細胞分化誘導培地を全量回収し条件培地として保管した。5μM Fluo4-AM(Thermo)を添加したドパミン産生神経細胞分化誘導培地を培養皿に加え37℃で30分静置し、幼若神経細胞にFluo4-AMを取り込ませた。Fluo4-AM取り込み後に培地を取り除き、保管していた条件培地を加え、幼若神経細胞を37℃で30分静置した。その後に、幼若神経細胞を倒立共焦点顕微鏡LSM710(Zeiss)ステージ上の小型CO2インキュベーター内に設置し、ニューロスフィアであった細胞集塊外縁から100μm以上離れた細胞を対象としカルシウムイメージングを行った。撮像は20x/NA-0.8対物レンズを使用し、0.5~1.0 Hzの頻度で20~60分行った(取得画像は512×512ピクセル)。Fluo-4はArgonレーザー(488 nm)で励起し、蛍光はQUASAR detectorにて検出した。また50μM 2-APB(図1、2)、1μMまたは3μM TTX(図3)、10μM Nimodipine(図4)、5μM FPL 641765(図4)は撮像中に、自作の薬剤添加機により添加した。
(4)カルシウムイメージングの定量解析
画像解析はImageJ(NIH)により行った。経時的に撮像した一連のFluo-4画像から時間方向の重ね合わせ画像を作成し、この画像に対し2値化処理後にWatershedによる画像の分割処理を行い、ROIs (Region of interests)の抽出を行った(図6を参照)。一連の経時画像にROIsを適応し、各細胞で経時的なFluo-4輝度値の変化を測定した。各フレームでのFluo-4輝度値は細胞の無い領域から算出した背景値を減算した後に、移動平均処理(5フレーム幅)後の下位25%値に対し移動中央値(61フレーム幅)の計算を行い、得られたトレースにより移動平均処理後のFluo-4輝度値を標準化しF値とした。更に一連のF値から下位25%値を抽出し、その平均値をF0と定め、各フレームでΔF/F0=(F-F0)/F0を算出した。またF値下位25%の標準偏差(SD)を計算し、F0+7SD以上のΔF/F0頂点をカルシウムイベントと定義した(図7を参照。ピークを丸で示す)。更に、検出したΔF/F0頂点とF0+2SD以上のΔF/F0期間をカルシウムイベント発生期間と定義した(図7の塗りつぶし)。尚、波形解析の詳細を図8に示す。
2.結果
カルシウムイメージングの結果を図1~4に示す。分化誘導開始後8日目の幼弱神経細胞に対し、IP3依存性カルシウム動員の阻害剤である2-APBを添加することによって細胞内カルシウム量の変動が抑えられた(図1右)。一方、分化誘導開始後14日目に2-APBを添加した場合、細胞内カルシウム量の変動はわずかに影響を受けるにとどまった(図2)。
また、ナトリウムチャネル阻害剤であるTTXに対する反応を調べた結果、分化誘導開始後7日目に添加しても細胞内カルシウム動態は影響を受けないのに対し(結果を示さず)、14日目に添加した場合は細胞内カルシウム量の変動が抑えられた(細胞内へのカルシウムの流入が強く阻害された)(図3)。
L型VDCC依存性カルシウム流入の阻害剤であるNimodipineを分化誘導開始後15日目に添加すると細胞内カルシウム量の変動は抑えられ(図4左)、L型VDCC依存性カルシウム流入の促進剤であるFPL64176を分化誘導開始後17日目に添加すると細胞内カルシウム量の変動は増大した(図4右)。
このことから、この時期のカルシウム変動は、脳内において例えば、CACNA1CまたはCACNA1Dによって構成される、L型VDCC依存性カルシウムによるものであることが分かる。
以上の結果が示すように、短時間の計測にも関わらず、高い安定性及び精度で細胞内カルシウム動態を観察することができた。また、カルシウム動態に寄与する分子経路の変化(即ち、IP3受容体経路からL型VDCC経路への移行)を捉えることができた。尚、実験結果を図5にまとめた。
本発明のカルシウム動態評価方法は種々の神経細胞の細胞内カルシウム動態の評価に有用である。本発明によれば、神経細胞の機能を反映する力ルシウムイメージングを、安定的に短期間で実施することが可能になる。また、神経細胞の生存、増殖、成熟化等において重要な細胞内カルシウム動態への影響(カルシウム動態の変化)に注目した薬効又は毒性の評価が可能になる。
本発明に利用する培養系(ニューロスフィアを神経細胞への分化誘導条件下で培養)は発生過程を模倣する。この特徴が故に、本発明によれば分化成熟途上の細胞におけるカルシウム動態を評価することができ、発生期および細胞種特有の分子基盤に基づくカルシウム動態の評価、催奇性評価、新生ニューロンの分化過程に対する影響の評価などが可能となる。
カルシウム動態の異常をもたらす精神・神経疾患(例えばパーキンソン病、不安障害、薬物依存症)の病態研究や発症メカニズムの研究、神経発生の基礎研究、カルシウム動態の異常をもたらす精神・神経疾患を標的とした新規薬剤のスクリーニング(薬効評価)、既存の薬剤又は新規薬剤の毒性ないし催奇性評価等への本発明の適用ないし応用が想定される。
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

Claims (19)

  1. ニューロスフィアから遊走した神経細胞の細胞内カルシウムを計測することを特徴とし、以下のステップ(i)~(iii)を含む、神経細胞のカルシウム動態評価方法
    (i)ニューロスフィアを培養容器に用意するステップ、
    (ii)神経細胞への分化誘導条件下で培養するステップ、及び
    (iii)遊走した細胞にカルシウム指示薬を負荷した後、カルシウム指示薬からのシグナル強度を測定し、細胞内カルシウムの変動を調べるステップ。
  2. ニューロスフィアが多能性幹細胞に由来する、請求項1に記載のカルシウム動態評価方法。
  3. 多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、請求項に記載のカルシウム動態評価方法。
  4. ニューロスフィアを構成する細胞が非正常細胞である、請求項1~のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法。
  5. 非正常細胞が、標的疾患の遺伝的特徴を有する疾患細胞である、請求項に記載のカルシウム動態評価方法。
  6. 疾患細胞が、患者由来の細胞又は遺伝子操作によって作成された細胞である、請求項に記載のカルシウム動態評価方法。
  7. 神経細胞がドパミン神経細胞である、請求項1~のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法。
  8. 細胞内カルシウムの計測を経時的に行う、請求項1~のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法。
  9. ニューロスフィアが、以下のステップ(1)及び(2)を含む方法で調製される、請求項1~のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法:
    (1)多能性幹細胞をTGF-βファミリー阻害剤、GSK3β阻害剤及びBMP阻害剤の存在下で培養するステップ、
    (2)ステップ(1)で得られた細胞をTGF-βファミリー阻害剤、GSK3β阻害剤、FGF8及びヘッジホッグシグナルアゴニストの存在下且つ通常の酸素分圧下で浮遊培養し、ニューロスフィアを形成させるステップ。
  10. ステップ(iii)において、遊走距離が同等の複数の細胞について細胞内カルシウムを計測し、計測結果を集計して細胞内カルシウムの変動を評価する、請求項1~9のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法。
  11. ステップ(iii)において、細胞内カルシウム濃度上昇イベントの発生回数若しくは頻度、最大変化率、又は継続時間、細胞内カルシウム濃度の上昇・下降における時定数若しくは半減期、及び細胞内カルシウム濃度上昇イベントにおけるシグナル変化率の積分値、からなる群より選択される一以上の項目に基づき、細胞内カルシウムの変動を調べる、請求項1~9のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法。
  12. ステップ(iii)において、細胞内カルシウム動態に関与する経路に直接的又は間接的に作用する物質を添加した後にカルシウム指示薬からのシグナル強度を測定する、請求項1~9のいずれか一項に記載のカルシウム動態評価方法。
  13. 以下のステップ(I)~(V)を含む、薬剤評価方法:
    (I)ニューロスフィアを培養容器に用意するステップ、
    (II)神経細胞への分化誘導条件下で培養するステップ、
    (III)遊走した細胞にカルシウム指示薬を負荷するステップ、
    (IV)被験物質を添加するステップ、及び
    (V)カルシウム指示薬からのシグナル強度を測定し、細胞内カルシウムの変動を調べ、被験物質の薬効又は毒性を評価するステップ。
  14. ステップ(V)において、被験物質添加前と添加後にシグナル強度を測定し、被験物質添加前の測定結果と、被験物質添加後の測定結果を比較し、被験物質の薬効又は毒性が評価される、請求項13に記載の薬剤評価方法。
  15. ステップ(V)において、シグナル強度の測定結果と、被験物質を添加しないこと以外は同一の条件で処理した細胞のシグナル強度の測定結果を比較し、被験物質の薬効又は毒性が評価される、請求項13に記載の薬剤評価方法。
  16. 被験物質を添加する前に、細胞内カルシウム動態に関与する経路に直接的又は間接的に作用する物質が添加される、請求項13~15のいずれか一項に記載の薬剤評価方法。
  17. 前記物質がイノシトール三リン酸(IP3)依存性カルシウム動員の促進剤もしくは阻害剤、又はL型電位依存性カルシウムチャネル(VDCC)依存性カルシウム流入の促進剤もしくは阻害剤である、請求項16に記載の薬剤評価方法。
  18. 神経細胞がドパミン神経細胞であり、分化誘導条件下での培養開始から7日目までの間にステップ(V)のシグナル強度の測定を行う、請求項17に記載の薬剤評価方法。
  19. 神経細胞がドパミン神経細胞であり、分化誘導条件下での培養開始後14日目~30日目までの間にステップ(V)のシグナル強度の測定を行う、請求項17に記載の薬剤評価方法。
JP2018042409A 2018-03-08 2018-03-08 細胞内カルシウム動態評価系 Active JP7090881B2 (ja)

Priority Applications (1)

Application Number Priority Date Filing Date Title
JP2018042409A JP7090881B2 (ja) 2018-03-08 2018-03-08 細胞内カルシウム動態評価系

Applications Claiming Priority (1)

Application Number Priority Date Filing Date Title
JP2018042409A JP7090881B2 (ja) 2018-03-08 2018-03-08 細胞内カルシウム動態評価系

Publications (2)

Publication Number Publication Date
JP2019154272A JP2019154272A (ja) 2019-09-19
JP7090881B2 true JP7090881B2 (ja) 2022-06-27

Family

ID=67992683

Family Applications (1)

Application Number Title Priority Date Filing Date
JP2018042409A Active JP7090881B2 (ja) 2018-03-08 2018-03-08 細胞内カルシウム動態評価系

Country Status (1)

Country Link
JP (1) JP7090881B2 (ja)

Families Citing this family (1)

* Cited by examiner, † Cited by third party
Publication number Priority date Publication date Assignee Title
CN115873796B (zh) * 2021-09-29 2024-05-14 中国科学院动物研究所 一种神经细胞组合和其应用

Citations (3)

* Cited by examiner, † Cited by third party
Publication number Priority date Publication date Assignee Title
JP2010227079A (ja) 2009-03-30 2010-10-14 National Institute For Environmental Studies 胎生プログラミングに対する影響を評価するための方法
WO2016194522A1 (ja) 2015-06-02 2016-12-08 国立研究開発法人産業技術総合研究所 神経堤細胞から自律神経系の細胞への分化誘導方法
WO2018193949A1 (ja) 2017-04-19 2018-10-25 国立大学法人名古屋大学 ドパミン神経細胞の調製方法

Patent Citations (3)

* Cited by examiner, † Cited by third party
Publication number Priority date Publication date Assignee Title
JP2010227079A (ja) 2009-03-30 2010-10-14 National Institute For Environmental Studies 胎生プログラミングに対する影響を評価するための方法
WO2016194522A1 (ja) 2015-06-02 2016-12-08 国立研究開発法人産業技術総合研究所 神経堤細胞から自律神経系の細胞への分化誘導方法
WO2018193949A1 (ja) 2017-04-19 2018-10-25 国立大学法人名古屋大学 ドパミン神経細胞の調製方法

Non-Patent Citations (2)

* Cited by examiner, † Cited by third party
Title
CHEN, H.M., et al.,"Transcripts involved in calcium signaling and telencephalic neuronal fate are altered in induced pluripotent stem cells from bipolar disorder patients",TRANSLATIONAL PSYCHIATRY,2014年,Vol.4,e375 (pp.1-8),DOI: 10.1038/tp.2014.12
ISHIDO, M., et al.,"Inhibition by rotenone of mesencephalic neural stem-cell migration in a neurosphere assay in vitro.",TOXICOLOGY IN VITRO,2010年03月,Vol.24, No.2,pp.552-557,DOI: 10.1016/j.tiv.2009.11.005,Epub 2009 Nov 10

Also Published As

Publication number Publication date
JP2019154272A (ja) 2019-09-19

Similar Documents

Publication Publication Date Title
JP7023820B2 (ja) 多分化能細胞および多能性細胞の分化を方向付けることによって発生させる皮質介在ニューロンおよびその他のニューロン細胞
JP6419073B2 (ja) ドパミン神経細胞の製造方法
JP7161775B2 (ja) 中間中胚葉細胞から腎前駆細胞への分化誘導方法、および多能性幹細胞から腎前駆細胞への分化誘導方法
JP6886195B2 (ja) 体細胞を製造する方法、体細胞、及び組成物
JP7465569B2 (ja) ヒト多能性幹細胞から視床下部ニューロンへの分化誘導
WO2018193949A1 (ja) ドパミン神経細胞の調製方法
EP3348632B1 (en) Method for producing kidney progenitor cells
WO2015178431A1 (ja) 膵芽細胞の製造方法および膵芽細胞を含む膵疾患治療剤
WO2012013936A1 (en) Corticogenesis of human pluripotent cells
JP7253692B2 (ja) 肝細胞誘導方法
JP7090881B2 (ja) 細胞内カルシウム動態評価系
JP7357366B2 (ja) 薬剤評価方法
WO2023017848A1 (ja) 腎間質前駆細胞の製造方法並びにエリスロポエチン産生細胞、およびレニン産生細胞の製造方法
WO2021187602A1 (ja) 心筋細胞の精製方法

Legal Events

Date Code Title Description
RD02 Notification of acceptance of power of attorney

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A7422

Effective date: 20200916

RD04 Notification of resignation of power of attorney

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A7424

Effective date: 20201106

A621 Written request for application examination

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A621

Effective date: 20210210

A131 Notification of reasons for refusal

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A131

Effective date: 20220201

A521 Request for written amendment filed

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A523

Effective date: 20220401

TRDD Decision of grant or rejection written
A01 Written decision to grant a patent or to grant a registration (utility model)

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A01

Effective date: 20220510

A61 First payment of annual fees (during grant procedure)

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A61

Effective date: 20220608

R150 Certificate of patent or registration of utility model

Ref document number: 7090881

Country of ref document: JP

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: R150