日本固有のシジミ(蜆)には、マシジミ(真蜆)、セタシジミ(瀬田蜆)、ヤマトシジミ(大和蜆)の3種類があり、マシジミ、セタシジミは、完全な淡水域で生息し、ヤマトシジミは、汽水域で生息する。セタシジミ、ヤマトシジミがアサリ、ハマグリ等の一般的な二枚貝と同様に雌雄異体であり、水中に精子と卵子を放出して受精し、幼生、稚貝、成貝(「親貝」ともいう。)と成長するのに対し、マシジミは雌雄同体であり、体内で産卵・受精して、孵化した幼生を体外へ放出し、稚貝、成貝へと成長する。なお、幼生は、例えば、ヤマトシジミでは、詳細には、トロコフォア幼生、D型幼生前期、D型幼生後期等の段階を経て稚貝へと成長するが、本発明では、特に断らない限り、これらを総称して単に「幼生」という。セタシジミは、琵琶湖および琵琶湖水系にのみ生息している。ヤマトシジミは日本全国の汽水域に生息しており、市場に流通しているのはヤマトシジミが殆どである。マシジミも古来、日本中の平野部・山間部の大小の河川、水路等の完全な淡水域に生息していたが、現在では、生息数が激減し、マシジミの市場での流通はみられない。ここで、成貝が幼生を放出するまでに繁殖可能に生育したものを、特に「母貝」という。
マシジミの生息数が激減した理由はいくつか挙げられるが、元々絶対的な生息数が少ない上に、農業用化学肥料、農薬、生活排水等で河川、水路等が汚染されたことによる生育環境の悪化や、水害防止のための河川改修、宅地開発等によるマシジミの生育可能場所の減少、外来種の移入による生態系の破壊(遺伝子の汚染)等がある。このような、マシジミの生息数の激減要因は、セタシジミやヤマトシジミにも無関係ではなく、その生息数の減少が懸念されている。特に、マシジミは、絶滅が危惧されており、個人、企業、行政等を問わず、マシジミの保護対策への取り組みが行われているものの、完全養殖は実現されていない。また、古来、シジミが肝臓の働きをよくすることは広く知られており、近年、シジミに豊富に含まれるメチオニン、オルニチン、タウリン、ビタミンB12等をシジミエキスとして抽出してサプリメント食品としての商品化も進んでおり、シジミの新たな市場性が期待されている。必須アミノ酸のメチオニン、非必須アミノ酸のオルニチンは、いずれも肝機能亢進作用を示すことが報告されている。さらに、二枚貝の浄化作用を利用して、河川・湖沼・汽水域の等の浄化システムを構築することも検討されており、特に、マシジミは、ヤマトシジミ、セタシジミに比べて繁殖期間が長いことから、大量生産の可能性があり、浄化システムへの利用も期待される。
ところで、シジミは、上述したように、受精卵から、幼生、稚貝、成貝、母貝へと成長していき、特に、幼生が成貝になるまでの生存率を高めることが難しいことが知られている。以下、マシジミを中心に説明する。受精後、放出されたマシジミのD型幼生の体長は約100μm~200μmであり水中を浮遊しており、やがて水底に着底して稚貝として成長し、また、明確な定義はないが、稚貝が成長して体長約1mm程度になると成貝と呼ばれており、この段階から摂食活動を始めるものといわれている。成貝が成長して(明確な定義はないが、体長約10mm)繁殖可能になると母貝と呼ばれている。ここで、本願発明者は、マシジミの体長が600μm程度になると摂食活動を始めることを確認し、稚貝から成貝になるまでの間に、新たな成長段階(以下、「小貝」という。)があることを見出し、マシジミの成長段階は、幼生(体長約100μm~200μ)、稚貝(体長約200μm~600μm)、小貝(体長約600μ~1mm)、成貝(体長約1mm~10mm)、母貝(体長約10mm以上)の5つの成長段階に区分されると考えている。
特に、マシジミが幼生から約1mm程度の成貝になるまでは、害虫による被害を受けやすく、本願発明者は、これまでの養殖実験において、線虫がマシジミの体内に寄生している状態を確認しており、線虫がマシジミに寄生することによってマシジミが死滅するものと考えている。
また、淡水域に発生するユスリカ(揺蚊)が、マシジミの生育に大きな障害となっている。本願発明者の養殖実験から、ユスリカが、マシジミの養殖槽に産卵し、孵化したユスリカの幼虫(「アカムシ」、または、「アカボウフラ」ともいう。)が、棲管を作るときに幼生、稚貝、小貝を生育槽内の泥と一緒に棲管の巣材にすることで、巣材として巻き込まれたマシジミが身動きできず死滅してしまうことが確認されている。ユスリカは大量に産卵する(1匹あたり2000個との報告事例もある。)ので、マシジミの幼生~成貝の生存率に大きな影響を与えているものと考えられる。
また、死滅したマシジミの中から動物性プランクトンのミジンコが大量に出てくることを確認したので、マシジミに生み付けられたミジンコの卵がマシジミの体内に大量に入り込み、体内で孵化することでマシジミが死滅するものと考えられる。
ここで、シジミの養殖方法や養殖装置に関する従来技術としての特許文献について説明する。なお、下記特許文献1~6には、「小貝」という概念はなく、シジミを含む潜在性二枚貝の成長過程は、幼生、稚貝、成貝(親貝)、母貝の4段階に区別されているものとする。本願発明の「小貝」は、従来技術の「稚貝」と「成貝」の間の成長段階である。まず、特許文献1には、「シジミの卵やD型幼生の生育過程において、寄生虫を効率的に除去することができ、シジミを安定的に養殖することが可能な養殖方法を提供することを目的」(段落「0009」参照。)として、「植物性プランクトンを含有する青水の上澄み液を、シジミの母貝から放出された卵またはD型幼生の飼育水として用いるシジミの養殖方法であって、50μm以上70μm以下のメッシュクロスを用いて、前記卵またはD型幼生を洗浄し、寄生虫を流し落とす洗浄工程を有することを特徴とするシジミの養殖方法」(「請求項1」参照。)が記載されている。
また、特許文献2には、「比較的簡便な設備で、埋在性二枚貝、特に、汽水域及び淡水域に生息する埋在性二枚貝を効率よく養殖する方法を提供することを課題」(段落「0013」参照。)として、「通水性の容器に、埋在性二枚貝の稚貝を収容し、これを、養殖場の水中に垂下保持して養殖することを特徴とする埋在性二枚貝の養殖方法」(「請求項1」参照。)が記載されている。
また、特許文献3には、「簡単な構成により四季を通じて確実に潜砂性二枚貝に餌料を供給することができ、しかも、潜砂性二枚貝を継続して肥大成長させることができる潜砂性二枚貝の養殖装置を提供する」(段落「0008」参照。)ことを課題として、「上部開口の凹状部からなる収容部と、前記収容部の底に敷設され、潜砂性二枚貝を収容すると共に、前記潜砂性二枚貝の餌料となる付着性微細藻類を表面で繁殖させるための粒状体と、前記収容部に海水、淡水又は汽水を供給するための給水部と、前記海水、淡水又は汽水を排出するための排水部とを備えることを特徴とする潜砂性二枚貝の養殖装置」(「請求項1」参照。)が記載されている。
また、特許文献4には、「水面付近に設置することで潮の干満などを利用して容器内の砂層内の水を流動させ、砂層内の貝類の生育を促進させると共に、貝類によって栄養分が少なくなった砂層表面に栄養分を含んだ海水が供給されるようにした貝類養殖用容器、及び該貝類養殖用容器を利用した貝類養殖方法を提供する」(段落「0006」参照。)ことを課題として、「不透水性の側壁部と透水性の底部とを有する容器と、前記容器の内部に貝類養殖用の砂層とを有し、砂層の直上に遮蔽板を砂層のほぼ全面にわたって設置した貝類養殖用容器」(「請求項1」参照。)が記載されている。
また、特許文献5には、「いずれの養殖具や育成具も,水底の砂泥環境で生息する貝類の成育に必要な自然に近い状態を維持することは困難であり,自然に近い砂泥環境で貝類を成育させて資源回復を図るという大きな課題に対しては十分には対処し得ない」(段落「0006」参照。)、「植物繊維入りのモルタルまたはコンクリートの線状体からなるブロック基材だけでは貝類の成育に適するものとはならない」(段落「0007」参照。)という課題を解決するために、「植物繊維を配合したモルタルまたはコンクリートの線状体からなるブロックであって,該線状体同士が部分的に結着し且つ該線状体同士の間に間隙が形成されている立体形状のブロックと,該ブロックの前記間隙に装填された砂泥分とからなる貝類の保護基盤」(「請求項1」参照。)が記載されている。
また、特許文献6には、「潜砂性二枚貝の浮遊幼生を着底させることができると共に、稚貝又は成貝にまで高い生残率で成長させることのできる養殖方法及び養殖用構造物を提供する」(段落「0007」参照。)ことを目的として、「潜砂性二枚貝の浮遊幼生を着底させて稚貝又は成貝に成長させる養殖方法であって、潮の干満により水が流動する場所に囲いを作製し、囲い内に有孔管を敷設すると共に囲い内を粉粒体で充填し、干満時の潮の流れを利用して潜砂性二枚貝の排泄物等を前記有孔管から前記囲いの外に排出することを特徴とする潜砂性二枚貝の養殖方法」(「請求項1」参照。)が記載されている。
特許文献1に記載の発明は、「シジミの卵やD型幼生の生育過程において、寄生虫を効率的に除去する」ことを目的とするものであるが、「発明を実施するための形態」(段落「0016」~「0018」参照。)の記載によれば、「マシジミの母貝を採取し、粗塩を用いて母貝をもみ洗いする」、「その後、水道水または井戸水で母貝を洗う」、「母貝を熱湯処理した容器に入れ、煮沸消毒した水を加えて1時間程度放置し」、「その後、母貝をセロトニン溶液に45分程度浸した後」、「母貝を取出して煮沸水で洗浄し、産卵用の容器に母貝を収容する」、という少なくとも5段階の準備工程が必要であり(段落「0017」~「0018」参照。)、また、「その後、必要に応じて、粗塩を用いた母貝のもみ洗いと、水道水または井戸水での母貝の洗浄を繰り返す」とあるので、上記5段階の準備工程を繰り返す必要がある場合もあり、非常に労力の掛かる作業を要するので、必ずしも効率的とはいえない。
また、特許文献1では、寄生虫の除去作業には「メッシュクロス」を用いているが、最初の「ごみの除去」の工程において、卵の場合と幼生の場合とで2種類の「メッシュクロス」を使い分けしなければならないが(段落「0019」参照。)、セタシジミやヤマトシジミの場合は、卵とD型幼生が混在する場合もあるので、「メッシュクロス」の使い分けが煩雑である。しかも、このような煩雑な工程は、大型化しにくいので大量生産には向かないものと推量される。
また、特許文献1には「その後、メッシュクロス上の卵またはD型幼生に対して、噴霧器を用いて霧状の水を吹き付ける。これにより、メッシュクロスに絡みつくように付着している寄生虫や、卵またはD型幼生に付着している寄生虫のように、メッシュクロスによる濾過のみでは除去できない寄生虫を除去することができる」(段落「0020」参照。)と記載されているけれども、「噴霧器を用いて霧状の水を吹き付ける」と、「メッシュクロス上の卵またはD型幼生」も、寄生虫と共に除去されてしまう虞があり、効率的に、「卵またはD型幼生」だけを採取することが困難であるものと推量される。
また、特許文献1では、「卵またはD型幼生の状況は毎日観察し、寄生虫の発生が確認された場合には、上述した洗浄工程を実施して、寄生虫の除去を行う」(段落「0021」参照。)必要があるので、「毎日観察」するための作業要員の確保が必要であり、人件費がかかってしまう。
また、特許文献1には、「その後、消毒済みの容器に、卵またはD型幼生を移し、青水の上澄み液を注ぐ。ここでも、青水の上澄み液を用いることにより、青水の沈殿物中に含まれる寄生虫が、シジミの卵またはD型幼生に付着することを抑制することができる」(段落「0020」参照。)と記載されているけれども、全ての寄生虫が「青水の沈殿物中に含まれる」とは限らず、「青水の上澄み液」中に存在する寄生虫に対しては除去作業が実施されていない。
さらに、特許文献1には、「飼育水である青水の上澄み液は毎日少しずつ入れ替えて」(段落「0021」参照。)、「D型幼生は約2~3カ月で稚貝になる。また、卵は放卵から72時間程度でD型幼生となり、その後約2~3カ月で稚貝になる。このようにして得られた稚貝をさらに養殖池に投入して大きな個体となるまで育成する」(段落「0022」参照。)と記載されているので、卵・D型幼生から稚貝に成長するまでいわゆる「溜水」でマシジミを生育させているものと解されるが、マシジミにとっては、溜水よりも流水の方が生育環境が適していることが一般的に知られているので、特許文献1に記載の発明では、生産効率の向上がそれほど期待できない虞がある。
次に、特許文献2には、「埋在性二枚貝」に振動等のストレスを与えることが記載されているけれども(段落「0036」~「0047」参照。)、ストレスを与えるための「紫外線照射処理、表面張力変動処理、水圧変動処理、微量放射線処理、及び振動処理から選ばれる少なくとも1以上の処理」を実施するための設備が大掛かりになり、設備の建設や維持には多大な費用を要し、最終的にシジミの販売コストを下げられない虞がある。
そもそも、特許文献2では、「採取により、あるいは別途養殖により用意」した「稚貝」を成長させることを前提にしているので、マシジミの母貝から放出させた幼生を成貝まで効率的に成長させることや、その過程の害虫駆除対策に関しては、課題の記載もなく何ら考慮されていない。
特許文献3には、潜在性二枚貝を肥大成長させるために、例えば、「潜砂性二枚貝の養殖装置1aにおいて、養殖中の潜砂性二枚貝が栄養分を十分摂取できるような環境を保ちつつ、かつ養殖に必要な自然海水5を供給するのにかかるコストを最少にするためには、自然海水5の水面から粒状体3の表面3aまでの水深を0.5cm~5.0cmの範囲内に保つことが望ましい」(段落「0022」、図2参照。)、「潜砂性二枚貝の養殖装置1aにおいては、図1の給水部4に、例えば、流量調整バルブや電磁弁等の図示しない給水量調節機構を備えることで、収容部2に送給される自然海水5の量を調節し、収容部2の粒状体3上を流れる自然海水5の流速が1cm/s~25cm/sの範囲内となるよう、より好ましくは自然海水5の流速が8cm/s~15cm/sの範囲内となるよう調整してもよい」(段落「0028」、図1、図2参照。)との記載もあるが、「特に、潜砂性二枚貝を、目的とする殻長の3倍~5倍の深度を有する粒状体内に収容することで、稚貝が商品サイズにまで成長するまでの間、潜砂性二枚貝の成育環境を変化させることなく養殖することができる」(段落「0013」参照。)との記載から推量されるように、特許文献3に記載の発明も、特許文献2に記載に発明と同様に、マシジミの母貝から放出させた幼生を成貝まで効率的に成長させることや、その過程の害虫駆除対策に関しては、課題の記載もなく何ら考慮されていない。
特許文献4に記載の発明は、「潮の干満のある水域の水面付近に設置」(段落「0020」、図1参照。)されるものであり、「この水平方向の流速vrは、例えば、砂層表面と遮蔽板との間隔hを10cmとすると、r=1mの地点では、たて方向の流速の5倍、2mの地点では10倍にもなり、砂層表面に極めて大きい流れを得ることができ、貝類の排泄物を含む水を表層から速やかに排出し、表層の栄養分を失った水の更新を速めるのである」(段落「0025」、図1、図2参照。)との記載もあるが、特許文献4に記載の発明も、マシジミの母貝から放出させた幼生を成貝まで効率的に成長させることや、その過程の害虫駆除対策に関しては、課題の記載もなく何ら考慮されていない。
特許文献5に記載の発明も、「水底11の砂泥入りブロック10に貝類を定着・育成させるには,代表的には次の方法がある。A.水底11に砂泥入りブロック10を設置し,その上に貝類を定着させる。B.水底11に砂泥入りブロック10を設置し,その上に稚貝を定着させ,自然に成育させる。C.稚貝が定着した砂泥入りブロック10を施設内で準備し,これを水底11に設置して自然に成育させる。D.稚貝が定着した砂泥入りブロック10を施設内の水槽に設置して貝類を成長させ,その砂泥入りブロック10を自然の水底11に設置する。」(段落「0029」、図5参照。)、「前記Aでは、・・・親貝または成貝12を供給する」(段落「0030」、図6参照。)、「前記Bでは,図6の親貝または成貝12に代えて,稚貝14(アサリの場合,貝殻の全長すなわち最大長さが20mm未満を目安としている)を水底11の砂泥入りブロック10に供給する」(段落「0031」、図6参照。)、「前記Cでは,図7に示したように,例えば施設の水槽13内に砂泥入りブロック10を設置し,この砂泥入りブロック10に稚貝14を収容させる」(段落「0032」、図7参照。)、「前記Dでは,図7のように,施設の水槽13内に設置された砂泥入りブロック10で,稚貝14を成貝になるまで養殖する」(段落「0033」、図7参照。)との記載から明かなように、稚貝又は成貝(親貝)を供給して生育させることが前提であり、マシジミの母貝から放出させた幼生を成貝まで効率的に成長させることや、その過程の害虫駆除対策に関しては、何ら考慮されていない。
特許文献6には、「このような構造物を干潟などに設けると、海中に浮遊する潜砂性二枚貝の幼生が粉粒体32に着底し底生生活に移る。・・・」(段落「0030」、図1~図5参照。)と記載されているが、特許文献6に記載の発明は、「図1に示す構造物は、潮の干満により水が流動する干潟などに設置されるものである」(段落「0025」、図1参照。)とあるように、海水に生息する潜在性二枚貝を成長させることを前提にしたものであり、また、淡水で生息するマシジミの母貝から放出させた幼生を成貝まで効率的に成長させることや、その過程の害虫駆除対策に関しては、課題の記載もなく何ら考慮されていない。
なお、本願出願人の調査によれば、マシジミの母貝から放出させた幼生を母貝まで生育するという、いわゆるマシジミの完全養殖については、現時点では商業ベースでの実現例は無い。
このため、本発明では、淡水環境で生息するマシジミの養殖方法において、マシジミの母貝から放出された幼生が成貝に成長するまでの生存率を高めるために、効率的な害虫の駆除を行うマシジミ養殖方法を提供することを目的とする。
また、本発明では、上記のマシジミ養殖方法で成長したマシジミの成貝を母貝に効率よく成長させるマシジミ養殖方法を提供することを目的とする。
また、本発明では、淡水環境で生息するマシジミの養殖装置において、マシジミの母貝から放出された幼生が成貝に成長するまでの生存率を高めるため、効率的な害虫の駆除を行うことができるマシジミ養殖装置を提供することを目的とする。
また、本発明では、上記のマシジミ養殖装置で成長したマシジミの成貝を母貝に効率よく成長させるマシジミ養殖装置を提供することを目的とする。
上記の目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、母貝から放出された幼生を母貝まで成長させるマシジミ養殖方法であって、前記幼生から前記母貝までの成長段階に応じて、マシジミを生育する生育槽内の飼育水の流速を制御し、母貝生育槽において、該母貝生育槽の飼育水中に、前記母貝から前記幼生を放出させる第1の工程と、前記母貝から放出された幼生を、前記母貝生育槽の飼育水と共に、第1の生育槽に流入させ、前記幼生を前記第1の生育槽において成貝まで成長させる第2の工程であって、前記飼育水を第1の流速に制御し、前記幼生を第1の生育槽に流入して着底させ、かつ、前記第1の生育槽内の害虫を前記第1の流速に制御された飼育水と共に外部に流出させ、前記第1の生育槽内で前記幼生を成貝に成長させる第2の工程と、を備え、前記第2の工程において前記幼生が成貝に成長した段階で、前記第1の生育槽内の飼育水の流速を、前記第1の流速よりも速い第2の流速に制御し、前記第1の生育槽内で前記成貝を母貝に成長させる第3の工程と、前記第3の工程において前記成貝が母貝に成長した段階で、前記第1の生育槽内の飼育水の流速を、前記第2の流速よりも速い第3の流速に制御し、前記第1の生育槽内で前記母貝をさらに成長させる第4の工程と、を備えたことを特徴とする。
また、請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のマシジミ養殖方法であって、前記第2の工程において前記幼生が成貝に成長した段階で、該成貝を第2の生育槽に移し、該第2の生育槽内の飼育水の流速を、前記第1の流速よりも速い前記第2の流速に制御し、前記成貝を母貝に成長させる第5の工程と、該第5の工程において前記成貝が母貝に成長した段階で、該母貝を第3の生育槽に移し、該第3の生育槽内の飼育水の流速を、前記第2の流速よりも速い前記第3の流速に制御し、前記母貝をさらに成長させる第6の工程と、を備えたことを特徴とする。
本発明のマシジミ養殖方法及び養殖装置によれば、マシジミ母貝から放出された幼生が成貝に成長するまでの過程において、効率的に害虫を駆除することで、マシジミ幼生が成貝に成長するまでの生存率を格段に向上させるという顕著な効果を奏することができる。
また、本発明のマシジミ養殖方法及び養殖装置によれば、成貝に成長したマシジミが母貝に成長するまでの生存率を格段に向上させるという顕著な効果を奏することができる。
また、本発明のマシジミ養殖方法及び養殖装置によれば、マシジミ養殖装置の設置及び維持費用が安価で、大量のマシジミを生産できるという顕著な効果を奏することができる。
以下、好適な実施形態を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、下記の実施形態は本発明を具現化した例に過ぎず、本発明はこれに限定されるものではない。なお、説明の便宜上、本明細書で示す上流,下流,上,下の方向は、図中で示す矢印の上流,下流上,下の方向と対応するものとし、例えば、図1では、稚貝生育槽3から見て飼育水供給槽4の方向を上流方向、排水施設10の方向を下流方向とする。
(第1実施形態)
図1に、本発明の第1実施形態のマシジミ養殖方法を実施するためのマシジミ養殖装置1の全体斜視図を示し、図2には、図1のマシジミ養殖装置1の一部平面図を示す。図1及び図2に示すように、マシジミ養殖装置1は、母貝生育槽2、稚貝生育槽3、排水槽8を備え、母貝生育槽2には、飼育水供給槽4から、給水ポンプP1で流量を制御された飼育水2aが連続的に供給されている。飼育水供給槽4は、第1実施形態では、鯉の養殖に使用されていた養殖池を利用し、一定の貯水量を有し、自然の河川水が絶えず流入しており、母貝生育槽2に飼育水2aとして供給される貯水4aには、マシジミの餌となる植物性プランクトンが豊富に含まれている。飼育水供給槽4は、上記の養殖池に代えて、大小の河川、水路、又は、人工的に設置した飼育水供給用の構造物を利用してもよいが、第1実施形態のように養殖池を利用したり、河川や、既設の池、水路等を利用した方が、建設費・維持費が少なくてすむ。また、動力を要する給水ポンプP1に代えて、飼育水供給槽4と母貝生育槽2との落差を利用して、動力を使わずに飼育水2aを供給する構成にしてもよい。なお、飼育水2a(貯水4a)には、害虫7、例えば、ユスリカの卵や幼虫も含まれている場合がある。以下、ミジンコ(卵含む)、線虫、ユスリカの卵・幼虫等、マシジミの生育の障害となる害虫を総称して害虫7という。
母貝生育槽2は、母貝6aを生育して幼生6bを放出させるための生育槽であり、飼育水供給槽4から、母貝6aが生育するのに適切な水量の飼育水2aが供給されている。母貝生育槽2には、稚貝生育槽3の流入口3bに連結された排水口が設けられており、飼育水供給槽4から供給された飼育水2aは、母貝生育槽2から稚貝生育槽3へと、滞留することなく、絶えず、流出するように構成されている。つまり、飼育水2aは、母貝生育槽2、稚貝生育槽3で溜まり水になることはなく、絶えず流水状態である。このため、母貝6aから放出された幼生6bは、飼育水2aと共に稚貝生育槽3に流出されることになる。第1実施形態の母貝生育槽2は、周囲をコンクリートで形成され、マシジミ母貝6aの生育環境が適切になるように底質として好適な砂利5が充填されている。なお、砂利5は、母貝生育槽2の底部全体に充填されているが、図では充填された一部の砂利5のみ示す。また、マシジミが体長約10mm程度の母貝6aにまで成長すると、前述した害虫7の問題は発生しないが、母貝6aを捕食する鳥獣に対しては、例えば、母貝生育槽2に防護ネットを被装する等の対策が必要である。
稚貝生育槽3は、第1実施形態では、3つの稚貝生育水路3aから構成されており、それぞれの稚貝生育水路3aは、同一形状であり、同一機能を備え、同一の作用を奏するので、一つの稚貝生育水路3aについて説明する。稚貝生育水路3aは、母貝6aから放出された幼生6bが着底し、稚貝6c、小貝6d、成貝6eと高い生存率で成長するために設けられたものである。また、成貝6eから母貝6fに効率よく成長させるための工夫も施されている。ここで、母貝6aと母貝6fは、生育する槽が異なるので便宜上符号を変えているが、いずれも、成貝が繁殖可能に成長したものである。また、第1実施形態では、説明の便宜上、3つの稚貝生育水路3aで稚貝生育槽3が構成されているが、稚貝生育水路3aをいくつにするかは、本発明の技術思想に基づいて適宜設定することができる。
以下、稚貝生育水路3aについて、図3、図4も参照して説明する。図3(a)は、図1のマシジミ養殖装置1の一部斜視図であり、1つの稚貝生育水路3aを示している。図4は、図1のマシジミ養殖装置1の一部垂直断面図であり、稚貝生育水路3aと排水槽8と排水施設10の断面を示している。稚貝生育水路3aは、両側壁及び底壁がコンクリートで形成されたU字溝を利用して構成され、上流端に開口幅w1の流入口3b、下流端に開口幅w3の排水口3c、上流端から下流端の間は、開口幅w2のU字状水路を有し、隣接する稚貝生育水路3a同士は画成されて構成される。稚貝生育水路3aの流入口3bは、母貝生育槽2の排水口に連設されており、母貝生育槽2から飼育水2aと共に、母貝6aから放出された幼生6bが流入される構成に形成されている。また、稚貝生育水路3aに供給された飼育水2aは、マシジミの成長段階に応じて、小貝6d,成貝6e,母貝6fによって飼育水2a中の餌を摂食され、害虫7と共に排水口3cから排水槽8に一旦集水され、排水槽8に形成された排水口8aから、マシジミ養殖装置1外部に設けられた排水施設10に排水される。排水施設10は、例えば、既設の農業排水路等を利用してもよい。排水槽8の排水口8aには、流速制御手段9が設けられ、この流速制御手段9によって、マシジミの成長段階に応じて、稚貝生育水路3aの飼育水2aの流速を制御することができる。
流速制御手段9は、排水口8aの両側壁に対向して配設され、所定の溝深さを有して凹溝状に形成された一対のガイド溝9a,9aと、このガイド溝9a,9aに着脱自在に装着された矩形状の流速制御板9bを備えている。マシジミの成長段階に応じて、流速制御板9bの高さを変えることで、排水口8aから排水される飼育水2aの流速を制御することができ、排水槽8に連設された稚貝生育水路3aを流れる飼育水2aの流速を制御することができる。
稚貝生育水路3aには、底質として底部に砂利5が充填されている。なお、砂利5は、水路底部全体に充填されているが、図では一部のみ示している。並設される稚貝生育水路3a同士は、画成されて構成される。稚貝生育水路3aの下流端には、砂利5が流出しないように堰部3dが連設されている。また、稚貝生育水路3aの下流端には、排水槽8に設けられた流速制御手段9と同様の機能を備えた流速制御手段11が設けられている。流速制御手段11は、排水口3c近傍の稚貝生育水路3aの下流端の両側壁に対向して配設され、所定の溝深さを有して凹溝状に形成された一対のガイド溝11a,11aと、このガイド溝11a,11aに着脱自在に装着された矩形状の流速制御板11bを備えている。流速制御板11bの高さを変えることで、排水口3cから排水される飼育水2aの流速、つまり、稚貝生育水路3aを流れる飼育水2aの流速を制御することができる。ここで、第1実施形態では、後述するように、稚貝生育水路3aの流速制御は、排水槽8に設けられた流速制御手段9を用いるので、原則的に、稚貝生育水路3aに設けられた流速制御板11bは、マシジミの成長段階に応じて高さを変えることなく、また、3つの稚貝生育水路3a全て同一の高さで使用するものであるが、飼育水2aの流速の最適化のために、各稚貝生育水路3a毎に流速制御板11bの高さを調整することもできる。
なお、流速制御手段11は、図3(b)に示すように、図3(a)のガイド溝11a,11aに代えて、一対のコの字金具11c,11cを稚貝生育水路3a下流端の両側壁に取付け、コの字金具11c、11cの凹溝に流速制御板11bを着脱自在に装着するように構成してもよい。このとき、コの字金具11c,11cを稚貝生育水路3aの両側壁に取付けると、水路幅w2が狭くなってしまうので、飼育水2aの流速に影響がないように注意する。また、図3(c)に示すように、流速制御板11bは、複数の流速制御板11b1,11b2で構成してもよい。
本発明において最も重要な点は、マシジミの成長段階に応じて、稚貝生育水路3aを流れる飼育水2aの流速を最適な状態に制御していることである。この飼育水2aの流速は、マシジミが幼生6bの段階では、幼生6bが流されることなく砂利5に着底可能な流速であり、かつ、害虫7を流出させてしまう流速である。マシジミの幼生6bは体長が約100μm~200μmであるので、流速が早いと害虫駆除の効果は高まるが、飼育水2aによって害虫と共に幼生6bも流出されてしまい、稚貝6c~成貝6eに成長するマシジミの数が低減する。また、流速が遅いと砂利5に着底する幼生6bの数は増えるが、流出されない害虫7の数も増えるので、害虫7により、稚貝6cに成長するマシジミの数が低減する。また、飼育水2aの流速が遅いと、ヘドロが堆積しやすくなり、マシジミの生育環境によくない。本願発明者は、飼育水2aの流速に対するマシジミの生育数の実験を行った結果、飼育水2aを約12m/分に設定したときに、約1mm程度の成貝6eの最大生存数を確認したので、この流速のときに、マシジミ幼生6bの着底数(着底率)と、害虫駆除数(駆除率)が最大の効果を奏し、マシジミの生存数(生存率)が最大になったものと考えられる。
第1実施形態においては、排水槽8の排水口8aに設けられた流速制御手段9を用いて、稚貝生育水路3aを流れる飼育水2aの流速を制御する。図5(a),図5(b),図5(c)は、第1実施形態のマシジミ養殖装置1における飼育水2aの流速制御を説明する図である。図5(a)~(c)に示すように、流速制御板9bを、一対のガイド溝9a,9aに嵌装した状態で、上流方向から飼育水2aを流し、流速制御板9bの高さを高く設定すると、飼育水2aの流速は遅くなり、流速制御板9bの高さを低く設定すると、飼育水2aの流速は速くなる。飼育水供給槽4から供給される飼育水2aの流量は一定であるので、流速制御板9bを高くすることで、排水槽8から排水施設10に排水される飼育水2aの流量が少なくなることで流速が遅くなり、また、流速制御板9bを低くすることで、排水槽8から排水施設10に排水される飼育水2aの流量が多くなることで流速が速くなることを利用しており、図5(a)~図5(c)の中で、図5(a)は、幼生6b~成貝6eの生育段階であり、飼育水2aの流速を最も遅く制御され、図5(c)は、母貝6fの生育段階であり、飼育水2aの流速を最も速く制御され、図5(b)は、成貝6e~母貝6fの生育段階であり、図5(a)と図5(c)の中間の流速に制御される様子を示したものである。図示するように、排水槽8の底部面から流速制御板9bの上端までの高さを、図5(a)の流速制御板9b1についてh1,図5(b)の流速制御板9b2についてh2,図5(c)の流速制御板9b3についてh3とし、h1>h2>h3の関係にすると、高さh1のときの稚貝生育槽3a内の飼育水2aの流速vf1、高さh2のときの稚貝生育槽3a内の飼育水2aの流速vf2、高さh3のときの稚貝生育槽3a内の飼育水2aの流速vf3の関係は、vf1<vf2<vf3となる。第1実施形態では、高さh1,h2,h3を適宜調整して、流速vf1≒12m/分、流速vf2≒15m/分、流速vf3≒20m/分になるように最適化した。このように、流速制御板9bの排水槽8の底部面からの高さ(つまり、流速制御板9bの上下方向の長さ)を制御することで、稚貝生育水路3aの飼育水2aの流速を所望の値に制御することができる。なお、第1実施形態では、3つの稚貝生育水路3aの飼育水2aを同時に同じ流速に制御するために、排水槽8の排水口8aに設けた流速制御手段9を用いることが好適であるが、前述した流速制御手段11の流速制御板11bの高さをマシジミの成長段階に応じて変えることで、稚貝生育水路3aの飼育水2aの流速vf1,vf2,vf3を制御する構成にしてもよい。このとき、排水槽8の流速制御板9bの高さは制御しなくてもよい。なお、飼育水2aの流速vf1,vf2,vf3の計測は、周知の流速計測手段を用いてもよいし、また、飼育水2a上に適当な浮遊物を流して、この浮遊物の流れる距離と時間とから算出してもよい。
第1実施形態において、稚貝生育槽3を、3つの稚貝生育水路3aで構成したが、稚貝生育水路3aの各幅(w1,w2,w3)は、あまり広くなりすぎると幅方向の位置によって流速のバラツキが大きくなる点に注意して設定する必要がある。また、流入口3bの開口幅w1、稚貝生育水路3a水路幅w2、排水口3cの開口幅w3がそれぞれ異なると流速の制御が困難になる。第1実施形態においては、稚貝生育水路3aの流入口3bの開口幅w1と、水路幅w2と、排水口3cの開口幅w3は同一寸法になるように形成されており、一例として、w1=w2=w3=50cmに設定した。また、稚貝生育水路3aの水路幅w2は、特に図2で理解されるように、稚貝生育水路3aの長手方向のどの位置でも一定の水路幅w2に形成されている。稚貝生育水路3aの長さは12mにした。なお、飼育水2aの流速の制御は、給水ポンプP1で行ってもよいし、給水ポンプP1と同様な機能を備えた流速制御手段を、各稚貝生育水路3aの流入口3bに設けて制御する構成にしてもよいが、第1実施形態の流速制御手段9を(必要であれば、さらに流速制御手段11も)用いる方が、設置・維持費用低減のためには好適である。飼育水2aの流速を設定するときには、下記に示す砂利層の厚さ、水深等も考慮する必要がある。
第1実施形態において、底質の砂利5は、粒径が約5mm~10mmのものを用いた。砂利5の粒径が小さすぎると、飼育水2aで砂利5も流されてしまい、砂利5の粒径が大きすぎると、砂利5に潜ったマシジミの小貝6dが、摂食のために上昇しようとしても砂利の重さで上昇できなくなってしまい、成長に支障をきたす虞がある。マシジミは、冬場の低水温時は底質内部に潜り、水温が高い夏場には底質表層部に出てきて摂食活動を活発に始める習性があるからである。また、砂利5が小さすぎると、砂利5間にヘドロが堆積してしまい、マシジミの生育にはよくない。マシジミは、泥質よりも礫質を好むからである。本願発明者は、第1実施形態の砂利5の粒径が約5mm~10mmの範囲であるときが、マシジミの生育に好適であることを見いだした。砂利5の層(砂利層)の厚さd1(図4参照。)は、好適には約5cm程度がよい。砂利層の厚さd1が厚くなりすぎると、砂利層の底部を流れる飼育水2aの流速が遅くなり、ヘドロが堆積しやすくなる。また、砂利層の上面から飼育水2aの水面までの水深d2(図4参照。)は、摂食可能に成長したマシジミ(小貝6d,成貝6e,母貝6f)が水管を出して餌となる植物性プランクトンや浮遊懸濁物質等を摂食可能な水深であればよく、約5cm程度の水深が好適である。この水深d2が深すぎると、水深位置によって流速のバラツキが大きくなり、流速の制御が困難になる。
マシジミの養殖は、前述したように、従来は幼生6bから成貝6eまでの生存率を高めることが困難であったが、第1実施形態により、害虫駆除をほぼ確実に行うことができたので、従来技術に比べ、格段に成貝6eの生存率を高めることが実現された。第1実施形態では、さらに、成貝6eから母貝6fへの成長を効率的に行うことができる。飼育水2aが常に流水であるので、従来技術にあるような特段の酸素供給手段を用いなくても、母貝生育槽2及び稚貝生育槽3に充分な溶存酸素の供給が行われる。マシジミが幼生6b~成貝6eの段階では、着底率・生存率を高めるために飼育水2aの流速を約12m/分に設定したが、マシジミが成長し成貝6eになると、約15m/分に設定しても成貝6eが流出しないし、溶存酸素の供給量が増え、ヘドロの流出量も増えるので、より成貝6eの生育がよくなる。
同様の理由により、マシジミの成貝6eが母貝6fにまで成長すると、飼育水2aの流速を約20m/分に設定することができる。この流速でも、母貝6f(体長約10mm
程度以上)の大きさであれば、流出することはなく、溶存酸素の供給量がさらに増え、ヘドロの流出効果もより大きくなるので、より母貝6fの生育がよくなり、従来技術に比べて短期間で大量に母貝6fを成長させることができる。なお、第1実施形態では、流速制御手段9の上下方向の位置を変えることで、飼育水2aの流速を制御する構成にしているので、飼育水2aの流速が、約12m/分、約15m/分、約20m/分のそれぞれで、水深d2が多少変動するが、稚貝生育水路3aの底部を流れる飼育水2aの流速、マシジミの摂食活動等に影響するほどの水深変動はないことを確認した。
次に、上記のマシジミ養殖装置1を用いたマシジミの養殖方法について説明する。まず、マシジミ養殖装置1において、繁殖期になると、母貝生育槽2で生育された母貝6aからマシジミの幼生6bが放出される。放出されたマシジミ幼生6bは、飼育水2a中を浮遊しながら、飼育水2aと共に、3つの稚貝生育水路3aそれぞれにほぼ同時に流入される。この段階では、3つの稚貝生育水路3aの飼育水2aの流速は、流速制御手段9によって、いずれも約12m/分に設定されている。流速が約12m/分に設定されているので、幼生6bの殆どは、マシジミ養殖装置1の外部に流出されることなく、稚貝生育水路3aの底部に充填された砂利5に着底し、底生生活を始める。ここで、飼育水供給槽4から供給された飼育水2aには害虫7が混入しており、また、成虫のユスリカが稚貝生育水路3a内に卵を生み付ける。しかしながら、これら害虫7(生み付けられたユスリカの卵も含む。)は、殆ど飼育水2aと共に、マシジミ養殖装置1の外部に流出されるので、砂利5に着底したマシジミの幼生6bの生育には影響がない。これにより、幼生6b~小貝6dまで、効率よく短期間のマシジミ生育が実現できる。
マシジミの幼生6bが、稚貝6cを経て小貝6dにまで成長すると飼育水2aに含まれている植物性プランクトン等の摂食を始め、成貝6eに成長する。マシジミが成貝6eに成長すると、流速制御手段9によって、飼育水2aの流速を約15m/分に設定する。これにより、溶存酸素の供給量が増えるので、成貝6eの生育がよくなる。このとき、成貝6eは約1mm以上に成長しているので、流速約15m/分の飼育水2aで流出されることはない。これにより、成貝6eは、効率よく短期間に母貝6fに成長する。
次に、成貝6eが母貝6fにまで成長すると、流速制御手段9によって、飼育水2aの流速を約20m/分に設定する。これにより、溶存酸素の供給量がさらに増えるので、母貝6fの生育がよくなり、母貝が効率よく短期間に成長する。このとき、母貝6fは約10mm以上に成長しているので、流速約20m/分の飼育水2aで流出されることはない。なお、図1、図2では、一つの稚貝生育水路3aに幼生6b~母貝6fが混在している状態を示しているが、多少の成長の個体差はあるものの、基本的に、殆どのマシジミが同時期に、幼生6bの成長段階、稚貝6cの成長段階、小貝6dの成長段階、成貝6eの成長段階、母貝6fの成長段階を経て成長していく。
このようにして、幼生6bから母貝6fまで、マシジミの成長段階に応じて稚貝生育槽3に流入される飼育水2aの流速を最適化することで、害虫7を効率よく駆除することができ、かつ、マシジミを、商品価値の高い母貝6fまで短期間に大量に生産することができる。
(第2実施形態)
ところで、マシジミは、繁殖期間が4月~10月であり、他のシジミの繁殖期間7月~9月に対して長く、温暖地域では通年で繁殖するとの報告例もある。したがって、幼生6bの放出回数も他のシジミの産卵回数よりも多く、幼生6bが放出されるタイミング毎に幼生6bを生育槽に流入して着底させ成長させれば、より効率よく大量のマシジミ母貝を生育することが期待できる。そこで、本願出願人は、以下の第2実施形態で示す養殖方法及び養殖装置を発明した。図6は、本発明に係る第2実施形態のマシジミ養殖方法を実施するためのマシジミ養殖装置100の全体斜視図であり、図7は、図6の一部平面図であり、図8は、図6のマシジミ養殖装置100の一部斜視図であり、図9は、図6のマシジミ養殖装置100の一部垂直断面図である。図1~図5に示した第1実施形態のマシジミ養殖装置1では、3つの稚貝生育水路3aの飼育水2aの流速を全て同じにして、それぞれの稚貝生育水路3aにマシジミの幼生6bを流入させて着底させ、幼生6bから母貝6fまでほぼ同時進行で成長させながら、マシジミの所定の成長段階に応じて飼育水2aの流速を制御するものである。これに対し、図6に示す第2実施形態のマシジミ養殖装置100では、図1に示した稚貝生育槽3を構成する3つの稚貝生育水路3aに代えて、マシジミの成長段階に応じた幼生生育水路30a、成貝生育水路30b、母貝生育水路30cの3つの生育水路で稚貝生育槽30を構成し、幼生生育水路30aでは、幼生6bから成貝6eまでの生育を行い、成貝生育水路30bでは、成貝6eから母貝6fまでの生育を行い、母貝生育水路30cでは、母貝6fの生育を行うようにしたものである。なお、各生育水路30a,30b,30cをいくつにするかは、本発明の技術思想に基づいて適宜設定することができる。
第2実施形態では、幼生生育水路30aのみで幼生6bから成貝6eまで生育する(特に、図9、図10参照。)ので、成貝生育水路30b、及び、母貝生育水路30cに幼生6bが流入されないようにする必要がある。このため、母貝生育槽20に仕切り板12,13を設け、母貝生育槽20を、第1の内部槽21、第2の内部槽22、第3の内部槽23の3つの内部槽に分け、第1の内部槽21が幼生生育水路30aに連設され、第2の内部槽22が成貝生育水路30bに連設され、第3の内部槽23が母貝生育水路30cに連設される構成にし、幼生6bを放出する母貝6aは第1の内部槽21だけで生育する構成にした。このため、図6に示すように、飼育水供給槽4から第1の内部槽21に給水ポンプP11で飼育水20aの供給を行い、飼育水供給槽4から第2の内部槽22に給水ポンプP12で飼育水20bの供給を行い、飼育水供給槽4から第3の内部槽23に給水ポンプP13で飼育水20cの供給を行い、給水ポンプP11,P12,P13のそれぞれは流量が等しくなるように構成した。なお、仕切り板12,13は、飼育水20a,20b,20cが通過できるように、メッシュ状のものでもよいが、そのときは、第1の内部槽21から幼生6bが流入しないようなメッシュの大きさにする必要がある。
第1実施形態では、飼育水2aの流速制御として、排水槽8に設けた流速制御手段9を用い、稚貝生育水路3aの下流端に設けた流速制御手段11は用いないことを説明したが、第2実施形態では、この流速制御手段11と同様のものを飼育水20a,20b,20cの流速制御手段として利用する。第2の実施形態では、流速制御手段11と同様の構成・機能を備えた第1の流速制御手段41,第2の流速制御手段42,第3の流速制御手段43を、それぞれ、幼生生育水路30aの下流端、成貝生育水路30bの下流端,母貝生育水路30cの下流端に設けた。第1の流速制御手段41,第2の流速制御手段42,第3の流速制御手段43は、それぞれに設けられた第1の流速制御板41b,第2の流速制御板42b,第3の流速制御板43bの高さ(上下方向の長さ)が異なるだけであるので、ここでは、第1の流速制御手段41を例にとって説明する。
第1の流速制御手段41は、排水口3c近傍の幼生生育水路30aの下流端の両側壁に対向して配設され、所定の溝深さを有して凹溝状に形成された一対のガイド溝41a,41aと、このガイド溝41a,41aに着脱自在に装着された矩形状の第1の流速制御板41bを備えている。第1の流速制御板41bの高さを変えることで、排水口3cから排水される飼育水20aの流速、つまり、幼生生育水路30aを流れる飼育水20aの流速を制御することができる。
なお、流速制御手段41は、第1実施形態(図3(b)参照。)で説明したように、ガイド溝41a,41aに代えて、一対のコの字金具41c,41cを稚貝生育水路30a下流端の両側壁に取付け、コの字金具41c,41cの凹溝に第1の流速制御板41bを脱着自在に装着するように構成してもよい(図8(b)参照。)。また、第1の流速制御板41bは、複数の流速制御板41b1,41b2で構成してもよい(図8(c)参照。)。
第2の流速制御手段42,第3の流速制御手段43も同様の構成であるが、第2の流速制御板42b,第3の流速制御板43bの高さ(上下方向の長さ)を変えることで、飼育水20b,飼育水20cのそれぞれの流速が異なるように制御することができる。第2の実施形態では、排水槽8の流速制御手段9による流速制御は行わなくてよい。
飼育水20a,20b,20cの流速制御の仕方について、図10(a)~図10(c)を参照して説明する。幼生生育水路30aが図10(a)に対応し、幼生6b~成貝6eの生育段階を示し、成貝生育水路30bが図10(b)に対応し、成貝6e~母貝6fの生育段階を示し、母貝生育水路30cが図10(c)に対応し、母貝6fの生育段階を示している。図10(a)において、幼生生育水路30aの底部面から第1の流速制御手板41bの上端までの高さをh11、図10(b)において、成貝生育水路30bの底部面から第2の流速制御板42bの上端までの高さをh12、図10(c)において、母貝生育水路30cの底部面から第3の流速制御板43bの上端までの高さをh13とし、h11>h12>h13の関係に設定すると、幼生生育水路30aの飼育水20aの流速vf11、成貝生育水路30bの飼育水20bの流速vf12、母貝生育水路30cの飼育水20cの流速vf13は、vf11<vf12<vf13の関係になる。高さh11,h12,h13を適宜調整することで、vf11≒12m/分、vf12≒15m/分、vf13≒20m/分に最適化することができる。
このため、幼生生育水路30aの飼育水20aの流速は、第1の流速制御手段41により、常に約12m/分に設定されており、成貝生育水路30bの飼育水20bの流速は、第2の流速制御手段42により、常に約15m/分に設定されており、母貝生育水路30cの飼育水20cの流速は、第3の流速制御手段43により、常に約20m/分に設定されている。このように、第1の流速制御手段41,第2の流速制御手段42,第3の流速制御手段43のそれぞれに設けられた第1の流速制御板41b,第2の流速制御案42b,第3の流速制御板43bの各生育水路底部面からの高さ(つまり、それぞれの上下方向の長さ)h11,h12,h13を変えることで、幼生生育水路30a,成貝生育水路30b,母貝生育水路30cのそれぞれの飼育水20a,20b,20cの流速を所望の値に設定することができる。なお、第2実施形態においては、排水槽8に設けた流速制御手段9は、流速制御板9bの高さを変更することなく固定的に取付けることができる。その他の構成は、図1のマシジミ養殖装置1と同じであるので、説明を省略する。
次に、上記のマシジミ養殖装置100を用いたマシジミの養殖方法について説明する。まず、母貝生育槽20の第1の内部槽21から、幼生生育水路30aにのみ母貝6aから放出されたマシジミの幼生6bを流入させ、成貝生育水路30b及び母貝生育水路30cには、幼生6bを流入させない。幼生生育水路30aの飼育水20aは、常に約12m/分に設定され、幼生6bを効率よく短期間に成貝6eまで成長させることができる。
そして、幼生生育水路30aで、幼生6bが成貝6eまで成長すると、この成長した成貝6eだけを選別して成貝生育水路30bに移し、成貝生育水路30b内で母貝6fに成長するまで生育する。このとき、成貝生育水路30bの飼育水20bの流速は、常に約15m/分に設定されているので、成貝6eは、効率よく短期間に母貝6fまで成長する。そして、成貝生育水路30bにおける成貝6eの母貝6fまでの生育の期間に、幼生生育水路30aでは、第1の内部槽21で母貝6aから放出された幼生6bが流入されて、幼生6bが成貝6eに成長するまでの生育が行われる。なお、幼生生育水路30aで成長した成貝6eだけを選別して成貝生育水路30bに移動させた後で、第1の内部槽21において母貝6eから幼生6bが放出されるようなタイミングに設定した方が、より大量の成貝6eを生育するために好適である。
そして、成貝生育水路30bで、成貝6eが母貝6fまで成長すると、この成長した母貝6fだけを選別して母貝生育水路30cに移し、さらに大きく成長するまで生育する。このとき、母貝生育水路30cの飼育水20cの流速は、常に約20m/分に設定されているので、母貝6fは、効率よく短期間に成長する。そして、母貝育成水路30cにおける母貝6fの生育期間に、成貝生育水路30bでは、幼生生育水路30aから選別して移された成貝6eが母貝6fに成長するまでの生育が行われ、幼生生育水路30aでは、第1の内部槽21で母貝6aから放出された幼生6bが流入されて、幼生6bが成貝6eに成長するまでの生育が行われる。このときも、上述したように、幼生生育水路30aで成長した成貝6eだけを選別して成貝生育水路30bに移動させた後で、第1の内部槽21において母貝6eから幼生6bが放出されるようなタイミングに設定した方が、より大量の成貝6eを生育するために好適である。なお、第2の内部槽22は、成貝生育水路30bの一部として利用することができ、第3の内部槽23は、母貝生育水路30cの一部として利用することができる。
このように、母貝生育水路30cにおいて母貝6fの生育工程を行い、成貝生育水路30bにおいて成貝6e~母貝6fの生育工程を行い、幼生生育水路30aにおいて幼生6b~成貝6eの生育工程を行い、これらの3つの生育工程を、母貝生育槽20の第1の内部槽21で生育されている母貝6aの幼生6bの放出タイミングを利用して、循環して繰り返し行うことで、効率よく短期間に大量のマシジミを生産することができる。
このように、本願発明では、マシジミの幼生が母貝から放出されて、着底生活に移り、稚貝、小貝、成貝、母貝と成長していく段階に応じて、マシジミの生育槽に供給する飼育水の流速を最適に制御することで、特に、生育が困難とされるマシジミが幼生から成貝に成長するまでの段階において、最大の障害となる害虫を飼育水と共に流出させて効率的な害虫駆除を行い、それによって、マシジミの生存率を格段に向上させ、また、それぞれの成長段階に応じて飼育水の流速を変える(本実施形態では早くする)ことで、マシジミの成長段階に応じて、十分な溶存酸素を供給することができ、また、底質に砂利を用い、この砂利層の厚さ、飼育水の水深、前記の飼育水の流速を最適に組み合わせることで、生育槽内のヘドロの堆積を低減してマシジミの生育環境を良好な状態に維持することができるので、最終的にマシジミの母貝を、短期間で大量に生産することができ、マシジミの商業ベースでの完全養殖を実現することができる。第1実施形態において、母貝生育槽2に総量約30kgのマシジミ母貝6aを投入して上記の手順によりマシジミの完全養殖を行い、稚貝生育槽3から総量約190kgの新たに生育した母貝6fを収穫することができた。また、本実施形態で建設したマシジミ養殖装置も、従来技術に比べ、設置・維持費用を大幅に低減することができる。