1実施形態において、本発明は、容器内で、糖タンパク質を固定化した固相から、前記固相に含まれる液体の体積が前記固相の体積の10体積%以下になるまで、液体を除去する液体除去工程と、前記液体除去工程後の前記糖タンパク質に糖鎖遊離酵素を作用させ、糖鎖を含む遊離生成物を得る遊離工程と、を含む、糖タンパク質の糖鎖を調製する方法を提供する。
(固相に固定された糖タンパク質を含む試料)
《糖タンパク質》
本実施形態の方法において、糖タンパク質は、少なくとも糖鎖を複合成分として含むタンパク質であればよい。糖タンパク質の糖鎖部分は、N-結合型であってもよく、O-結合型であってもよい。また、糖鎖部分は、天然の構造を有していてもよいし、人工的に改変されていてもよい。また、糖鎖部分は、中性糖鎖であってもよいし、酸性糖鎖であってもよい。また、糖タンパク質における糖鎖結合部位は、天然物と同じ部位であってもよいし、天然物では糖鎖が結合していない部位であってもよい。
糖タンパク質のタンパク質部分は、変性前の状態において、糖鎖部分をその内部に取り込むようにフォールディングしていてもよい。このようなタンパク質部分の分子量は、例えば1kDa以上であってもよく、10kDa以上であってもよい。タンパク質部分の分子量範囲内の上限は特に限定されず、例えば1000kDaであってもよい。
具体的な糖タンパク質としては、例えば、抗体、ホルモン、酵素又はこれらのいずれかを含む複合体からなる群より選ばれる生理活性物質が挙げられる。ここで、複合体としては、抗原と抗体との複合体、ホルモンと受容体との複合体、酵素と基質との複合体等が挙げられる。これらの糖タンパク質は細胞培養工学的に調製される生理活性物質であることから、得られる糖鎖部分は不均一な状態であり、糖鎖分析の時間を短縮することの意義が特に大きい。
また、糖タンパク質が抗体を含む場合は、糖鎖解析の重要性が特に高い。この場合、抗体の活性等に影響を及ぼす糖鎖を迅速に遊離することができる。抗体としては、IgG、IgM、IgA、IgD、IgE等の免疫グロブリン;Fab、F(ab’)、F(ab’)2、一本鎖抗体(scFv)、二重特異性抗体(diabody)等の低分子抗体;Fc領域と他の機能性タンパク質又はペプチドとの融合により構成されるFc融合タンパク質又はペプチド等のFc含有分子;放射性同位元素配位性キレート、ポリエチレングリコール等の化学修飾基を付加した化学的修飾抗体等が挙げられる。また、抗体は、モノクローナル抗体であってもよく、ポリクローナル抗体であってもよい。
また、抗体は、抗体医薬品候補又は抗体医薬品であってもよい。抗体医薬品候補は、抗体医薬品の開発途上にある物質であり、抗体医薬品としての活性及び安全性等の評価に供される物質である。抗体医薬品候補から糖鎖遊離を行う場合は、抗体医薬品の開発を迅速化することができ、抗体医薬品から糖鎖遊離を行う場合は、抗体医薬品の品質管理を迅速化することができる。
《固相》
本実施形態の方法において、糖タンパク質は、固相に固定されている。固相としては、例えば、陽イオン交換担体、疎水性相互作用担体、無機担体等が挙げられる。固定の態様としては、特異的結合による非共有結合(水素結合及びイオン結合)、並びに共有結合が含まれ、例えば泳動ゲルにアプライ又はブロッティングメンブレンに転写されることより単に保持されるに過ぎない態様は含まれない。非共有結合による固定である場合、結合速度定数ka(単位M-1s-1)が、例えば103以上、例えば104以上、例えば103~105、例えば104~105の親和性を有することが好ましい。
糖タンパク質を固定している固相は、糖タンパク質のタンパク質部分と非共有結合的又は共有結合的に連結しているリンカーを表面に有する担体であれば特に限定されない。
担体がその表面に有するリンカーとしては、例えば、糖タンパク質のタンパク質部分を捕捉可能なリガンドが挙げられる。リガンドとしては、糖タンパク質のタンパク質部分に親和性のある分子(以下、単に糖タンパク質に親和性のある分子という場合がある。)、イオン交換基又は疎水性基が表面に化学的に修飾された担体が挙げられる。
糖タンパク質に親和性のある分子は特に限定されず、捕捉すべき糖タンパク質に応じて当業者が容易に決定することができる。例えば、ペプチド性又はタンパク質性リガンド、アプタマー(糖タンパク質に特異的に結合可能な合成DNA、合成RNA又はペプチド)、化学合成性リガンド(チアゾール誘導体等)が挙げられる。
例えば、糖タンパク質が抗体である場合、糖タンパク質に親和性のある分子は、抗体又は抗体の定常領域であるFc含有分子に特異的に結合するものであってもよい。より具体的には、ペプチド性又はタンパク質性リガンドとして、プロテインA、プロテインG、プロテインL、プロテインH、プロテインD、プロテインArp等の微生物由来リガンド;それらのリガンドの組換え発現により得られる機能的改変体(類縁物質);抗体のFcレセプター等の組換えタンパク質等が挙げられる。これにより、糖鎖解析の重要性が特に高い抗体について、スループット性の高い糖鎖試料調製及び解析が可能となる。
イオン交換基は、イオン交換機能により糖タンパク質を捕捉可能であり、かつ、カウンターイオンによってイオン強度依存的に糖タンパク質を脱離可能である官能基であれば特に限定されない。好ましくは、カルボキシル基(より具体的には、カルボキシメチル基等)、スルホン酸基(より具体的には、スルホエチル基、スルホプロピル基等)等の陽イオン交換基が挙げられ、四級アミノ基等の陰イオン交換基であってもよい。
疎水性基としては、例えば、炭素数2~8のアルキル基又はアリール基が挙げられる。より具体的には、ブチル基、フェニル基、オクチル基等が挙げられ、これらの基は1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
担体がその表面に有するリンカーとしては、上記の他、糖タンパク質のタンパク質部分の構成要素であるC末端アミノ酸残基のC末端と共有結合した連結基であってもよい。このような連結基としては、ペプチド固相合成で用いられる固相表面修飾試薬であるアミノ基含有化合物から誘導される連結基が挙げられる。
担体は、水に不溶な基材であって、上記のリンカーを固定化できるものであれば特に限定されず、有機担体、無機担体及びそれらの複合担体が挙げられる。有機担体としては、架橋ポリビニルアルコール、架橋ポリアクリレート、架橋ポリアクリルアミド、架橋ポリスチレン等の合成高分子;架橋セファロース、結晶性セルロース、架橋セルロース、架橋アミロース、架橋アガロース、架橋デキストラン等の多糖類からなる担体が挙げられる。これらは1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。無機担体としては、ガラスビーズ、シリカゲル、モノリスシリカ等が挙げられる。
有機担体が水を含みやすい性質であるのに対して、無機担体は水を含みにくい。本実施形態の方法では、固相上で種々の反応を行うため、水を含みにくい無機担体を用いることが好ましい。これにより、酵素及び/又は試薬の効果を希釈させないため好ましい。酵素及び/又は試薬の効果の希釈防止は、分析における不要なシグナルの検出の防止に寄与する。したがって、担体は無機担体であることが好ましい。また、担体が無機担体であると、例えば、糖鎖遊離酵素により担体の一部が遊離することがなく、糖由来の樹脂を使用した場合に初めから樹脂に残存する糖の溶出が起こることがない。このため、遊離された糖鎖の分析において、不要なシグナルの出現を抑制しやすい。
担体の形状としては特に限定されず、粒子状であってもよく、非粒子状であってもよい。粒子状の担体(ビーズ)の場合、多孔質担体であってもよい。粒子状の担体の場合、平均粒子径は例えば1~100μmであってもよい。平均粒子径が上記下限値以上であることは、通液性の点で好ましく、上記上限値以下であることは、理論断数の低下を防ぐ点で好ましい。
非粒子状の担体としては、モノリスタイプのシリカゲル及び膜体等が挙げられる。モノリスタイプのシリカゲルは、マイクロメートルサイズの三次元網目状細孔(マクロ孔)と、ナノメートルサイズの細孔(メソ孔)とを有する、シリカゲルのバルク体である。マクロ孔の径は例えば1~100μmであってもよく、1~50μmであってもよく、1~30μmであってもよく、1~20μmであってもよい。マクロ孔が上記下限値以上であることは通液性の点で好ましく、上記上限値以下であることは、理論断数の低下を防ぐ点で好ましい。メソ孔の径は例えば1~100nmであってもよく、1~50nmであってもよい。これによって糖を効率的に捕捉することができる。
担体の使用体積(粒子状担体にあっては、担体自体の体積に、充填時の空隙の体積も含み、非粒子状担体にあっては、担体自体の体積に、メソ孔及びマクロ孔の体積も含む)は、例えば0.001~0.1cm3であってもよく、例えば0.001~0.01cm3であってもよい。上記下限値以上であることは、理論断数の低下を防ぐ点で好ましく、上記上限値以下であることは、通液性の点で好ましい。また、上記の体積であることにより、溶出後の分離液を、HPLC分析に適した濃度で得ることも容易となる。
固相は、カラム、マルチウェルプレートの各ウェル、フィルタープレートの各ウェル、マイクロチューブ等の容器の中に充填された状態で使用されてもよい。
(固相に固定された糖タンパク質を含む試料の調製)
固相に固定された糖タンパク質を含む試料は、例えば、糖タンパク質を含む試料を上記の固相に接触させて捕捉することにより得ることができる。固相に接触させるべき糖タンパク質を含む試料は、糖鎖調製を迅速に行う観点から、糖タンパク質の精製(糖タンパク質をその夾雑物から分離すること)が行われていないものであってもよい。例えば、血液(例えば、血清、血漿)、リンパ液、腹腔浸出液、組織間液、脳脊髄液、腹水等の体液;B細胞、ハイブリドーマ、CHO細胞等の抗体産生細胞の培養上清;抗体産生細胞を移植した動物の腹水等が挙げられる。試料は、培養上清等の細胞培養工学的な糖タンパク質の調製物のように、タンパク質部分が均一であり、かつ糖鎖部分が非均一である、糖タンパク質のバリエーションの混合物であってもよい。
固相に固定されたタンパク質を含む試料は、上記の他に、糖タンパク質の固相合成によって得られる生成物であってもよい。
固相に接触させるべき糖タンパク質を含む試料における糖タンパク質の濃度は特に限定されず、例えば、0.1μg/mL~50mg/mLであってもよい。上記下限値以上であることは、検出の点で好ましく、上記上限値以下であることは、定量性の点で好ましい。
固相に接触させるべき糖タンパク質は、容器1つあたり0.001μg~100mgであってもよく、0.001μg~5mgであってもよい。糖タンパク質の量が上記下限値以上であることは検出の点で好ましい。本実施形態の方法は工程数が少なく試料のロスが非常に少ないため、糖タンパク質が小スケール(特に0.001~500μg)である場合に特に有用である。糖タンパク質の量が上記上限値以下であることは、定量性の点で好ましい。
固相に固定された糖タンパク質を含む試料は、固相に固定された糖タンパク質が液体成分中に分散された状態で用意されてもよいし、液体成分が分離された状態で用意されてもよい。
また、固相に固定された糖タンパク質を含む試料は、上記の糖タンパク質を含む試料を固相に接触させ糖タンパク質の捕捉が完了した時点、又は固相合成が完了した時点で、夾雑物を含み得る。夾雑物としては、固相に固定すべき糖タンパク質を含む試料に含まれていた成分、糖タンパク質の固相合成に用いた試薬等が挙げられ、より具体的には、塩、低分子化合物、タンパク質(当該固相への結合性を有さないタンパク質)その他の生体分子が挙げられる。
したがって、固相に固定された糖タンパク質を含む試料は、糖タンパク質の捕捉が完了した後、又は固相合成が完了した後に、洗浄処理が行われたものであってよい。これによって、糖タンパク質を固相に固定したまま、共雑物を除去することができる。洗浄は、固相に洗浄液を通液させることによって行うことができる。通液の方法としては、自然落下、吸引、加圧、遠心等の方法が挙げられる。
洗浄液としては、糖タンパク質のタンパク質部分と固相表面のリンカーとの結合を切断しない液性及び組成のものが当業者によって適宜選択される。具体的には、緩衝液その他の水溶液又は水であってもよい。水溶液を用いる場合、pHが5~10であるものが好ましい。水溶液のpHがこの範囲内であれば、後の工程で用いる糖鎖遊離酵素の活性を保ちやすい。また、糖タンパク質が非共有結合によって固相に固定されている場合には、糖タンパク質の遊離を防止しやすい。緩衝液を用いる場合、緩衝剤としては、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、塩化アンモニウム、クエン酸水素二アンモニウム、カルバミン酸アンモニウム等のアンモニウム塩;トリスヒドロキシメチルアンモニウム等のトリス緩衝剤;リン酸塩等が挙げられる。
(容器)
固相に固定された糖タンパク質を含む試料は、容器内に用意される。固相に固定された糖タンパク質は、当該容器内で調製されることが効率的で好ましい。容器は、液体及び固相の保持並びに固相を保持した状態での液体の分離(通液)が可能な容器であれば特に限定されず、例えば、カラム、マルチウェルプレートの各ウェル、フィルタープレートの各ウェル、マイクロチューブ等が挙げられる。
[液体除去工程]
本実施形態の方法では、糖タンパク質を固定化した固相から、前記固相に含まれる液体の体積が前記固相の体積の10体積%以下になるまで、液体を除去する。
実施例において後述するように、発明者らは、液体除去工程を行うことにより、遊離糖鎖の回収率を格段に増加させることができることを明らかにした。液体除去工程は乾燥工程といいかえることもできる。
ここで、固相の体積とは、固相が粒子状担体である場合、担体自体の体積に、充填時の空隙の体積も含み、非粒子状担体である場合、担体自体の体積に、メソ孔及びマクロ孔の体積も含む。
また、固相に含まれる液体としては、固相に固定された糖タンパク質を含む試料を調製する過程で持ち込まれた液体、洗浄操作を行った場合の洗浄液、後述する前処理剤等が挙げられる。
固相に含まれる液体の除去は、例えば、加熱により行ってもよいし、風乾により行ってもよいし、減圧により行ってもよいし、凍結乾燥により行ってもよいし、遠心により行ってもよい。
また、液体除去工程では、固相に含まれる液体の溶媒のみを除去してもよいし、溶媒とともに溶質(例えば、後述する前処理剤に含まれる酸由来型陰イオン性界面活性剤)を除去してもよい。
液体除去工程は、例えば、固相を50℃で15分以上、例えば20分以上、例えば25分以上、例えば30分以上、例えば60分以上維持することにより行うことができる。
液体除去工程は、固相に含まれる液体の体積が固相の体積の10体積%以下になるまで、好ましくは5体積%以下になるまで、より好ましくは3体積%以下になるまで行うとよい。固相に含まれる液体の体積は、例えば、固相を遠心分離した場合に固相から分離される液体の体積を測定することにより求めることができる。
[遊離工程]
遊離工程では、液体除去工程後の固相に固定された糖タンパク質に、糖鎖遊離酵素を作用させて糖鎖を遊離し、遊離生成物を得る。本工程は、化学的断片化又は酵素学的断片化等によるタンパク質の断片化工程を実質的に含まない。
(糖鎖遊離酵素)
糖タンパク質に作用させる糖鎖遊離酵素としては、ペプチドN-グリカナーゼ(PNGase F、PNGase A)、エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ(Endo-H、Endo-F、Endo-A、Endo-M)等が挙げられる。
糖鎖遊離酵素は、水又は緩衝液中に分散された状態で用意されてもよい。緩衝液を用いる場合、緩衝剤としては、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、塩化アンモニウム、クエン酸水素二アンモニウム、カルバミン酸アンモニウム等が挙げられる。緩衝液は、pHが5~10であるものが好ましい。緩衝液のpHがこの範囲内であると、糖鎖遊離酵素の活性を保ちやすい。水又は緩衝液は、糖鎖遊離酵素とともに、金属塩等の塩類、グリセロール等のタンパク質の安定化剤等の成分を含有していてもよい。
(脱糖鎖促進剤)
遊離工程は、脱糖鎖促進剤の存在下で行われてもよい。これによって、糖タンパク質からの糖鎖試料の回収率を向上させることができる。脱糖鎖促進剤は、酸由来型陰イオン性界面活性剤を含有することが好ましい。酸由来型陰イオン性界面活性剤により、糖タンパク質のタンパク質部分が変性して三次構造が変化し、糖鎖遊離酵素が分解標的部位に作用しやすくなる。これによって、糖部分が容易に分解されて遊離する。
酸由来型陰イオン性界面活性剤は、有機酸から誘導される陰イオン性界面活性剤である。例えば、カルボン酸型陰イオン性界面活性剤、スルホン酸型陰イオン性界面活性剤、硫酸エステル型陰イオン性界面活性剤、リン酸エステル型陰イオン性界面活性剤等が挙げられる。中でも、カルボン酸型陰イオン性界面活性剤が好ましい。酸由来型陰イオン性界面活性剤がカルボン酸型陰イオン性界面活性剤であると、糖タンパク質のタンパク質部分を変性させるが、糖鎖遊離酵素を変性させにくい傾向にあると考えられる。
《酸由来型陰イオン性界面活性剤-カルボン酸型陰イオン性界面活性剤》
カルボン酸型陰イオン性界面活性剤としては、R1-COOX(ここで、R1は有機基を表し、Xは水素原子又は陽イオンを表す。)で表されるカルボン酸及びカルボン酸塩、並びに、R1CON(R2)-R3-COOX(ここで、R1は有機基を表し、-N(R2)-R3-COO-はアミノ酸残基を表し、Xは水素原子又は陽イオンを表す。)で表されるアミノ酸及びその塩(N-アシルアミノ酸系界面活性剤)等が挙げられる。中でも、R1CON(R2)-R3-COOX(ここで、R1は有機基を表し、-N(R2)-R3-COO-はアミノ酸残基を表し、Xは水素原子又は陽イオンを表す。)で表されるアミノ酸及びその塩(N-アシルアミノ酸系界面活性剤)が好ましい。
陽イオンXとしては、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属イオン、トリエタノールアミンイオン、アンモニウムイオン等が挙げられる。なお、以下の全ての酸由来型陰イオン性界面活性剤の例示において、「塩」は少なくともナトリウム塩、カリウム塩、トリエタノールアミン塩、アンモニウム塩を例示するものとする。
《カルボン酸型陰イオン性界面活性剤-カルボン酸及びカルボン酸塩》
R1-COOXで示されるカルボン酸塩において、有機基R1は、少なくとも炭素を有する基であり、高級アルキル基、高級不飽和炭化水素基、オキシアルキレン基が介在した炭化水素基、フッ素置換された高級アルキル基が挙げられる。
高級アルキル基及び高級不飽和炭化水素基の炭素数は6~18であってもよい。このような高級アルキル基又は高級不飽和炭化水素基を有するカルボン酸型陰イオン性界面活性剤の具体例としては、オクタン酸塩、デカン酸塩、ラウリン酸塩、ミリスチン酸塩、パルミチン酸塩、ステアリン酸塩、オレイン酸塩、リノール酸塩等が挙げられる。また、上記の高級アルキル基及び高級不飽和炭化水素基は置換されていてもよく、置換基は炭素数が例えば1~30のアルキル基又はアルコキシカルボニル基であってもよい。
オキシアルキレン基が介在した炭化水素基においては、1以上のオキシアルキレン基が主鎖に含まれていてもよい。オキシアルキレン基は、オキシエチレン基、オキシ-n-プロピレン基、オキシイソプロピレン基等が挙げられる。オキシアルキレン基が介在している炭化水素基としては、例えば、R4-(CH2CH2O)n-R5-で表される基が挙げられる。
ここで、R4は、高級アルキル基、高級不飽和炭化水素基、又は置換若しくは無置換のアリール基であってもよい。高級アルキル基及び高級不飽和炭化水素基の炭素数は6~18であってもよい。アリール基としては、フェニル基、ナフチル基等が挙げられる。置換アリール基の場合、置換基は直鎖又は分岐のアルキル基であってもよく、当該直鎖又は分岐のアルキル基の炭素数は1~30であってもよい。特にフェニル基の場合、当該置換基はスルホニル基に対してパラ位で置換されていてもよい。また、nは、1~10であってもよい。また、R5は、シグマ結合、又は、エチレン基、メチレン基、n-プロピレン基等のアルキレン基であってもよい。このようなカルボン酸塩の具体例としては、ラウレスカルボン酸塩(例えば、ラウレス-4-カルボン酸塩、ラウレス-6-カルボン酸塩)トリデセスカルボン酸塩(例えば、トリデセス-4-カルボン酸塩、トリデセス-6-カルボン酸塩)等が挙げられる。
フッ素置換された高級アルキル基においては、1以上の水素原子がフッ素原子で置換されている。フッ素置換された高級アルキル基は、全ての水素原子がフッ素で置換されたペルフルオロアルキル基であってもよい。また炭素数は、6~18であってもよい。このようなペルフルオロアルキルカルボン酸及びペルフルオロアルキルカルボン酸塩の具体例としては、ペルフルオロオクタン酸、ペルフルオロノナン酸、ペルフルオロオクタン酸塩、ペルフルオロノナン酸塩等が挙げられる。
《カルボン酸型陰イオン性界面活性剤-アミノ酸及びその塩》
R1CON(R2)-R3-COOXで示されるアミノ酸又はその塩において、有機基R1及び陽イオンXは、上記のカルボン酸又はカルボン酸塩における有機基R1及び陽イオンXと同様である。
また、R2は、水素原子又はアルキル基(例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基等)である。R3は、置換又は無置換のエチレン基、メチレン基、n-プロピレン基等であってもよく、N末端側の窒素原子と共に環を形成していてもよい。したがって、-N(R2)-R3-COO-で示されるアミノ酸残基は、α-アミノ酸残基、β-アミノ酸残基、γ-アミノ酸残基等であってもよく、天然アミノ酸由来の残基であってもよく、非天然アミノ酸由来の残基であってもよい。例えば、サルコシン残基、グルタミン酸残基、グリシン残基、アスパラギン酸残基、プロリン残基、β-アラニン残基等のアミノ酸由来の残基が挙げられる。
R2が水素原子である場合の当該アミノ酸又はその塩(つまりN-アシルアミノ酸系界面活性剤)の具体例としては、N-ラウロイルアスパラギン酸塩、N-ラウロイルグルタミン酸、N-ラウロイルグルタミン酸塩、N-ミリストイルグルタミン酸塩、N-ココイルアラニン塩、N-ココイルグリシン塩、N-ココイルグルタミン酸塩、N-パルミトイルグルタミン酸塩、N-パルミトイルプロリン、N-パルミトイルプロリン塩、N-ウンデシレノイルグリシン、N-ウンデシレノイルグリシン塩、N-ステアロイルグルタミン塩等が挙げられる。酸由来型陰イオン性界面活性剤がN-アシルアミノ酸系界面活性剤であると、糖タンパク質のタンパク質部分をより変性させやすく、糖鎖遊離酵素を変性させにくい傾向がある。
R2がアルキル基である場合の当該アミノ酸又はその塩(つまりN-アシル-N-アルキルアミノ酸系界面活性剤)の具体例としては、N-ココイル-N-メチルアラニン、N-ココイル-N-メチルアラニン塩、N-ミリストイル-N-メチル-β-アラニン、N-ミリストイル-N-メチル-β-アラニン塩、N-ミリストイルサルコシン塩、N-ラウロイル-N-メチルアラニン、N-ラウロイル-N-メチルアラニン塩、N-ラウロイル-N-エチルグリシン、N-ラウロイル-N-イソプロピルグリシン塩、N-ラウロイル-N-メチル-β-アラニン、N-ラウロイル-N-メチル-β-アラニン塩、N-ラウロイル-N-エチル-β-アラニン、N-ラウロイル-N-エチル-β-アラニン塩、N-ラウロイルサルコシン、N-ラウロイルサルコシン塩、N-ココイルサルコシン、N-ココイルサルコシン塩、N-オレオイル-N-メチル-β-アラニン、N-オレオイル-N-メチル-β-アラニン塩、N-オレオイルサルコシン、N-オレオイルサルコシン塩、N-リノレイル-N-メチル-β-アラニン、N-パルミトイル-N-メチル-β-アラニン、N-パルミトイルサルコシン塩等が挙げられる。酸由来型陰イオン性界面活性剤がN-アシル-N-アルキルアミノ酸系界面活性剤であると、糖タンパク質のタンパク質部分をさらに変性させやすく、糖鎖遊離酵素を変性させにくい傾向がある。
《酸由来型陰イオン性界面活性剤-スルホン酸型陰イオン性界面活性剤》
スルホン酸型陰イオン性界面活性剤は、R1-SO3X(ここで、R1は有機基を表し、Xは水素原子又は陽イオンを表す。)で表されるスルホン酸又はスルホン酸塩である。有機基R1は、少なくとも炭素を有する基であり、高級アルキル基、高級不飽和炭化水素基、オキシアルキレン基が介在した炭化水素基、フッ素置換された高級アルキル基、置換又は無置換のアリール基、二価の連結基(例えば、-O-、-CO-、-CONH-、-NH-等)が介在した高級アルキル基又は高級不飽和炭化水素基等が挙げられる。
有機基R1のうち、高級アルキル基、高級不飽和炭化水素基、オキシアルキレン基が介在した炭化水素基、フッ素置換された高級アルキル基、及び陽イオンXについては、上記のカルボン酸又はカルボン酸塩における有機基R1及び陽イオンXと同様である。
具体的には、1-ヘキサンスルホン酸塩、1-オクタンスルホン酸塩、1-デカンスルホン酸塩、1-ドデカンスルホン酸塩;ペルフルオロブタンスルホン酸、ペルフルオロブタンスルホン酸塩、ペルフルオロオクタンスルホン酸、ペルフルオロオクタンスルホン酸塩;テトラデセンスルホン酸塩;アルファスルホ脂肪酸メチルエステル塩(CH3(CH2)nCH(SO3X)COOCH3)等(nは、1~30の整数)が挙げられる。
有機基R1が置換又は無置換のアリール基である場合、アリール基としては、フェニル基、ナフチル基等が挙げられる。置換アリール基の場合、置換基は直鎖又は分岐のアルキル基であってもよく、当該直鎖又は分岐のアルキル基の炭素数は1~30であってもよい。特にフェニル基の場合、当該置換基はスルホニル基に対してパラ位で置換されていてもよい。このような芳香属系スルホン酸塩としては、トルエンスルホン酸塩、クメンスルホン酸塩、オクチルベンゼンスルホン酸塩、ドデシルベンゼンスルホン酸塩、ナフタレンスルホン酸塩、ナフタレンジスルホン酸塩、ナフタレントリスルホン酸塩、ブチルナフタレンスルホン酸塩等が挙げられる。
有機基R1が、二価の連結基(例えば、-O-、-CO-、-CONH-、-NH-等)が介在した高級アルキル基又は高級不飽和炭化水素基である場合のスルホン酸型界面活性剤としては、当該高級アルキル基又は高級不飽和炭化水素基でO-置換されたイセチオン酸塩、当該高級アルキル基又は高級不飽和炭化水素基でN-置換されたタウリン塩等が挙げられる。当該高級アルキル基又は高級不飽和炭化水素基の炭素数は、6~18であってもよい。このようなスルホン酸型界面活性剤の具体例としては、ココイルイセチオン酸塩、ココイルタウリン塩、ココイル-N-メチルタウリン、N-オレオイル-N-メチルタウリン塩、N-ステアロイル-N-メチルタウリン塩、N-ラウロイル-N-メチルタウリン塩等が挙げられる。
《酸由来型陰イオン性界面活性剤-硫酸エステル型陰イオン性界面活性剤》
硫酸エステル型陰イオン性界面活性剤は、R1-OSO3X(ここで、R1は有機基を表し、Xは陽イオンを表す。)で表される硫酸エステル塩である。有機基R1は、少なくとも炭素を有する基であり、高級アルキル基、高級不飽和炭化水素基、オキシアルキレン基が介在した炭化水素基、フッ素置換された高級アルキル基であり、それぞれ、上述のカルボン型界面活性剤におけるR1と同じである。陽イオンXとしては、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属イオン、トリエタノールアミンイオン、アンモニウムイオン等が挙げられる。
硫酸エステル塩の具体例としては、ラウリル硫酸塩、ミリスチル硫酸塩、ラウレス硫酸塩(C12H25(CH2CH2O)nOSO3X、ここで、nは1~30の整数)、ポリオキシエチレンアルキルフェノールスルホン酸ナトリウム(C8H17C6H4O[CH2CH2O]3SO3X)等が挙げられる。
《酸由来型陰イオン性界面活性剤-リン酸エステル型陰イオン性界面活性剤》
リン酸エステル型陰イオン性界面活性剤は、R1-OSO3X(ここで、R1は有機基を表し、Xは水素原子又は陽イオンを表す。)で表されるリン酸エステル又はリン酸エステル塩である。有機基R1は、少なくとも炭素を有する基であり、高級アルキル基、高級不飽和炭化水素基、オキシアルキレン基が介在した炭化水素基、フッ素置換された高級アルキル基であり、それぞれ、上述のカルボン型界面活性剤におけるR1と同様である。陽イオンXとしては、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属イオン、トリエタノールアミンイオン、アンモニウムイオン等が挙げられる。
リン酸エステル又はリン酸エステル塩の具体例としては、ラウリルリン酸、ラウリルリン酸塩等が挙げられる。
《脱糖鎖促進剤の組成》
脱糖鎖促進剤は、水又は緩衝液中に酸由来型陰イオン性界面活性剤が溶解又は分散された状態で用意されてもよい。緩衝液を用いる場合、緩衝剤としては、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、塩化アンモニウム、クエン酸水素二アンモニウム、カルバミン酸アンモニウム等のアンモニウム塩;トリスヒドロキシメチルアンモニウム等のトリス緩衝剤;リン酸塩等が挙げられる。緩衝液は、pHが5~10であるものが好ましい。緩衝液のpHがこの範囲内であると、糖鎖遊離酵素の活性を保ちやすい。脱糖鎖促進剤において、水又は緩衝液中に含まれる酸由来型陰イオン性界面活性剤以外の成分としては、界面活性剤以外の金属塩等の塩類が挙げられる。
(遊離工程の操作及び反応条件)
遊離工程では、糖鎖遊離酵素の至適条件(温度及びpH)が満たされた、糖タンパク質と糖鎖遊離酵素とを含む遊離反応液が調製されればよい。
脱糖鎖促進剤を用いる場合は、糖鎖遊離酵素の至適条件(温度及びpH)が満たされた、糖タンパク質と脱糖鎖促進剤と糖鎖遊離酵素とを含む遊離反応液が調製されればよい。したがって、脱糖鎖促進剤を用いる場合には、固定された糖タンパク質を含む試料(以下、単に糖タンパク質を含む試料という場合がある。)、脱糖鎖促進剤、及び糖鎖遊離酵素はどのような操作手順で混合されてもよい。
例えば、糖タンパク質を含む試料と、脱糖鎖促進剤と、糖鎖遊離酵素とを同じタイミングで互いに混合して遊離反応液を調製してもよい。また、先に脱糖鎖促進剤を加え、その後に糖鎖遊離酵素を加えることで遊離反応液を調製してもよい。さらに、固相に固定された糖タンパク質が後述する前処理を経て得られたものである場合で、かつ、脱糖鎖促進剤と前処理に用いられる界面活性剤とが同一物質である場合には、前処理の時に、脱糖鎖促進剤に相当する分量の界面活性剤を、前処理剤に相当する分量の界面活性剤に上乗せして先に加えておき、引き続く遊離工程で(すでに脱糖鎖促進剤が存在している状態であるため)糖鎖遊離酵素のみを加えてもよい。
具体的には、すべての成分を混合させた遊離反応液を調製し、その後、至適温度に設定して、糖タンパク質から糖鎖を遊離させる反応を行うことができる。この場合、反応時間は例えば5秒~24時間であってもよい。
脱糖鎖促進剤を用いる場合には、糖タンパク質を含む試料と、酸由来型陰イオン性界面活性剤とを先に混合して糖タンパク質のタンパク質部分を変性させた後に、糖鎖遊離酵素と混合してもよい。この場合、変性時間は例えば5秒~24時間であってもよく、糖鎖遊離時間は例えば5秒~24時間であってもよい。
遊離反応液において、糖タンパク質の濃度は、例えば0.1μg/mL~100mg/mLであってもよく、例えば1μg/mL~10mg/mLであってもよい。遊離反応液中の糖タンパク質の濃度が上記下限値以上であることは、検出性の点で好ましく、上記上限値以下であることは、定量性の点で好ましい。
脱糖鎖促進剤を用いる場合、遊離反応液において、脱糖鎖促進剤(但し、硫酸エステル酸型陰イオン性界面活性剤を除く。)の濃度は、例えば0.01~30質量%であってもよく、例えば0.2~1.0質量%であってもよく、例えば0.2~0.3質量%であってもよく、例えば0.22~0.27質量%であってもよい。あるいは、酸由来型陰イオン性界面活性剤は、糖タンパク質1μgに対して0.001μg~100mg以下となるように用いてもよい。
脱糖鎖促進剤が硫酸エステル酸型陰イオン性界面活性剤である場合、遊離反応液における脱糖鎖促進剤の濃度は、0.02~0.4質量%であることが好ましく、0.04~0.4質量%であることがより好ましく、0.04~0.2質量%であることが更に好ましい。
脱糖鎖促進剤の使用量を上記の範囲に設定することによって、糖鎖遊離酵素の活性維持の点及び遊離糖鎖の回収量の点で良好となり、かつ、回収量の安定性の点でも良好となる。また、例えば遊離糖鎖の精製を固相担体によって行う場合に、乾燥時間の冗長を防止する点でも好ましい。
遊離反応液において、糖鎖遊離酵素の濃度は、例えば0.001μU/mL~1000mU/mLであってもよく、例えば0.01μU/mL~100mU/mLであってもよい。あるいは、糖鎖遊離酵素を糖タンパク質1μgに対して0.001μU~1000mUとなるように用いてもよい。糖鎖遊離酵素の使用量を上記の範囲に設定することによって、効率的な糖鎖遊離が可能となる。
反応pHは、糖鎖遊離酵素の至適pHに合わせればよいが、例えば5~10であってもよい。反応温度も、糖鎖遊離酵素の至適温度に合わせればよいが、例えば4~90℃であってもよい。
遊離工程において、糖鎖遊離酵素を作用させながら、又は糖鎖遊離酵素を作用させた後に、固相に含まれる液体の体積が前記固相の体積の40体積%以下になるまで、固相から液体を除去することが好ましい。
この工程は、液体除去工程、乾燥工程ともいうことができる。ここで、固相の体積とは、上述した液体除去工程と同様であり、固相が粒子状担体である場合、担体自体の体積に、充填時の空隙の体積も含み、非粒子状担体である場合、担体自体の体積に、メソ孔及びマクロ孔の体積も含む。
液体の除去は、固相に含まれる液体の体積が固相の体積の40体積%以下になるまで、好ましくは10体積%以下になるまで、より好ましくは5体積%以下になるまで、特に好ましくは3体積%以下になるまで行うとよい。
固相に含まれる液体の体積は、例えば、固相を遠心分離した場合に固相から分離される液体の体積を測定することにより求めることができる。
好ましくは、遊離工程の反応系を開放系にして溶媒が蒸発するように加熱する。加熱温度としては、例えば40℃以上、例えば45℃以上であってもよい。これによって、遊離工程の進行中に溶媒が蒸発して反応液の濃度が徐々に上昇するため、本実施形態の方法に供された糖タンパク質のスケールにかかわらず、糖鎖遊離が効率的に進む濃度に供することが容易である。さらに、遊離反応とともに溶媒除去が併せて行われるため、遊離工程と別に溶媒除去工程を行うための時間が短縮され又は不要となり、更に迅速な糖鎖調製が可能となる。加熱温度の範囲内の上限としては、糖鎖遊離酵素の変性を防ぐ観点から、例えば80℃であってもよい。
遊離工程において液体を除去することにより、遊離工程の前に液体除去工程を実施するか否かにかかわらず上記の効果を得ることができる。
(遊離生成物)
遊離工程によって得られる遊離生成物は、遊離した糖鎖と、固相に結合したタンパク質とを含む。固相に結合したタンパク質は、糖タンパク質を構成していたタンパク質部分におけるアミノ酸残基間のペプチド結合が切断されていない。遊離生成物は、溶媒を含む状態で得てもよいし、特に遊離工程において開放系かつ加熱条件に供する場合には、溶媒が完全に蒸発した蒸発乾固物の状態で得てもよい。
本実施形態の方法では、糖鎖が遊離する一方、タンパク質部分は固相に固定されたままであるため、当該固相を分離するだけでタンパク質部分が除去される。一方で固相を分離して得られる分離液は、遊離した糖鎖とともに前処理工程で用いられた硫酸エステル酸型陰イオン性界面活性剤及び遊離工程で用いられた脱糖促進剤が共に溶存した混合液となっている。糖鎖の分析手法によっては、糖鎖が上述の界面活性剤等と共存している混合液の状態で分析に供してもよい場合もあるが、例えば質量分析等で分析する場合には、分析前に混合液から糖鎖を精製することが好ましい。
糖鎖を精製する場合、例えば、ヒドラジド基を有するポリマーを精製用固相担体として用い、当該精製用固相担体に混合液を接触させることができる。混合液中では、遊離糖鎖は環状のヘミアセタール型と非環状のアルデヒド型との平衡状態を生じており、このアルデヒド基-CHOとヒドラジド基-NH-NH2とが特異的に反応し、安定的な結合-C=N-NH-を形成する。これによって、精製用固相担体に遊離糖鎖を捕捉することができる。
精製用固相担体に捕捉された糖鎖は、再遊離させられてもよい。再遊離の手法としては、酸と有機溶媒との混合溶媒又は酸と水と有機溶媒の混合溶媒を固相担体に接触させて反応させることが挙げられる。当該混合溶媒のpHは例えば2~9であってもよく、2~7であってもよく、2~6であってもよい。弱酸性から中性付近で反応させる場合には、シアル酸残基の脱離等、糖鎖の加水分解を抑制することができる点で好ましい。しかしながら、さらにpHが低い強酸条件も許容される。
後述するように、遊離させた糖鎖は、低分子化合物(標識化合物)で修飾することができる。低分子化合物は、分析手法に応じて適宜選択することができる。なお、低分子化合物とは、固相担体を構成する高分子化合物と区別されるものであり、好ましくは水又は緩衝液、有機溶媒に溶解可能な化合物であることが好ましい。
[前処理工程]
本実施形態の方法は、液体除去工程の前に前処理工程を更に含むことが好ましい。前処理工程において、容器内で、固相に固定された糖タンパク質を含む試料に上述した酸由来型陰イオン性界面活性剤を含む前処理剤を接触させる。前処理工程を備えることにより、タンパク質部分の分解処理を行うことなく、糖タンパク質からの糖鎖の遊離が容易になる。その結果、糖鎖遊離処理に要する時間を大幅に短縮することができる。
前処理工程は、糖タンパク質を含む試料を固相に接触させ糖タンパク質の捕捉が完了した後、又は、固相合成が完了した後若しくは更に洗浄処理が行われた後であって、糖鎖遊離酵素に接触させられる前に行われる。前処理工程を実施することにより、遊離工程において糖タンパク質に糖鎖遊離酵素が作用しやすくなる。
前処理剤は、酸由来型陰イオン性界面活性剤が、水又は緩衝液中に溶解した状態で用いられる。緩衝液を用いる場合、緩衝剤としては、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、塩化アンモニウム、クエン酸水素二アンモニウム、カルバミン酸アンモニウム等のアンモニウム塩;トリスヒドロキシメチルアンモニウム等のトリス緩衝剤;リン酸塩等が挙げられる。緩衝液は、pHが5~10であるものが好ましい。緩衝液のpHがこの範囲内であると、後の工程で用いる糖鎖遊離酵素の活性を保ちやすい。糖タンパク質を含む試料において、水又は緩衝液中に含まれる糖タンパク質以外の成分としては、金属塩等の塩類、グリセロール等のタンパク質の安定化剤等が挙げられる。
前処理剤中の酸由来型陰イオン性界面活性剤(但し、硫酸エステル酸型陰イオン性界面活性剤を除く。)の濃度は、例えば0.01~30質量%であってもよく、例えば0.2~1.0質量%であってもよく、例えば0.2~0.3質量%であってもよく、例えば0.22~0.27質量%であってもよい。当該濃度が上記下限値以上であること、及び上記上限値以下であることによって、後の糖鎖遊離工程において遊離させた糖鎖を、良好な回収率で得ることができる。
前処理剤中の酸由来型陰イオン性界面活性剤が硫酸エステル酸型陰イオン性界面活性剤である場合、硫酸エステル酸型陰イオン性界面活性剤の濃度は、例えば0.02~0.4質量%であることが好ましく、0.04~0.4質量%であることがより好ましく、0.04~0.2質量%であることが更に好ましい。当該濃度が上記下限値以上であること、及び上記上限値以下であることによって、後の糖鎖遊離工程において遊離させた糖鎖を、良好な回収率で得ることができる。
前処理剤は、固相に接触させた後は、固相に固定された糖タンパク質から分離される。分離は、所定の使用量の全てを容器内に入れた後に一度に行ってもよいし、所定の使用量の一部を何回かに分けて入れ、その都度行ってもよい。前処理剤の分離は、減圧又は遠心分離等によって行うことができる。
前処理工程を終えた固相に固定された糖タンパク質は、迅速調製の観点で、洗浄されることなく後述の遊離工程に供することができる。しかしながら、前処理工程の後、遊離工程の前に洗浄操作を行ってもよい。
[標識工程]
本実施形態の方法は、前記遊離生成物に標識試薬を加え、前記糖鎖の標識体を含む標識生成物を得る標識工程を更に含んでいてもよい。標識工程は、遊離工程を行った容器と同じ容器を用いて行われてもよいし、異なる容器内で行われてもよい。標識工程では、遊離生成物に標識化合物を含む標識試薬(標識反応液)を加え、糖鎖の標識体を含む標識生成物を得る。
(標識化合物)
標識化合物は、糖鎖に対する反応性基と、糖鎖に付すべき修飾基とを有するものであれば特に限定されない。糖鎖に対する反応性基としては、オキシルアミノ基、ヒドラジド基、アミノ基等が挙げられる。修飾基は、糖鎖の分析手法に応じて当業者が適宜選択することができる。
例えば、標識化合物が、糖鎖への反応性基としてオキシルアミノ基又はヒドラジド基を有する場合、糖鎖に付すべき修飾基としては、例えば、アルギニン残基、トリプトファン残基、フェニルアラニン残基、チロシン残基、システイン残基、リジン残基からなる群より選ばれるアミノ酸残基を選択することができる。
標識化合物がアルギニン残基を含む場合、修飾された糖鎖のMALDI-TOF-MS測定時にイオン化が促進され、検出感度が向上する点で好ましい。標識化合物がトリプトファン残基を含む場合、当該残基は蛍光性かつ疎水性であることから、修飾された糖鎖の逆相HPLC検出時に、分離性が向上及び蛍光検出感度が向上する点で好ましい。標識化合物がフェニルアラニン残基及び/又はチロシン残基を含む場合、修飾された糖鎖のUV吸収による検出に適する点で好ましい。標識化合物がシステイン残基を含む場合、当該残基の-SH基を標的としてICAT試薬(米国ABI社)等のラベル化試薬によるラベル化ができる。標識化合物がリジン残基を含む場合、当該残基のアミノ基を標的としてiTRAQ試薬(米国Applied Biosystems社)、ExacTag試薬(米国Perkin社)等のラベル化試薬によるラベル化ができる。標識化合物がトリプトファン残基を含む場合、当該残基のインドール基を標的としてNBS試薬(日本国、島津製作所)によるラベル化ができる。
また、例えば、標識化合物が糖鎖への反応性基としてアミノ基を有する場合、糖鎖に付すべき修飾基としては、芳香族基が挙げられる。アミノ基及び芳香族基を有する標識化合物の使用では、還元アミノ化による修飾が行われる。芳香族基は、紫外可視吸収特性又は蛍光特性を有するため、UV検出又は蛍光検出での検出感度が向上する点で好ましい。
このような芳香族基を与える標識化合物としては、具体的には、8-アミノピレン-1,3,6-トリスルホン酸、8-アミノナフタレン-1,3,6-トリスルホン酸、7-アミノ-1,3-ナフタレンジスルホン酸、2-アミノ-9(10H)-アクリドン、5-アミノフルオレセイン、ダンシルエチレンジアミン、2-アミノピリジン、7-アミノ-4-メチルクマリン、2-アミノベンズアミド、2-アミノ安息香酸、3-アミノ安息香酸、7-アミノ-1-ナフトール、3-(アセチルアミノ)-6-アミノアクリジン、2-アミノ-6-シアノエチルピリジン、エチル p-アミノベンゾエート、p-アミノベンゾニトリル及び7-アミノナフタレン-1,3-ジスルホン酸が挙げられる。
中でも、2-アミノベンズアミドは、反応スケールが大きい場合であっても夾雑物(例えば、塩、タンパク質その他の生体分子)の影響を比較的受けにくい点で好ましい場合がある。一方、本実施形態の方法は、反応スケールが小さい場合に特に有用である。反応スケールが小さいほど夾雑物の影響を受けにくくなるため、より多種多様の標識試薬(標識反応液)へ適用することができる。なお、標識化合物としての機能が維持される限りにおいて、上述の化合物の誘導体もまた好ましく用いられる。
標識化合物は、水、緩衝液及び/又は有機溶媒に溶解させて使用される。緩衝液としては、前述の遊離工程で用いられるものと同様の緩衝剤の水溶液が挙げられる。有機溶媒としては、N-メチルピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)及び酢酸等の極性有機溶媒、並びにヘキサン等の非極性溶媒が挙げられる。
還元アミノ化による修飾においては、糖鎖の還元末端に形成されるアルデヒド基と標識化合物のアミノ基とを反応させ、形成されたシッフ塩基を還元剤により還元することで糖鎖の還元末端に修飾基が導入されることで、効率的な標識が可能となる。
還元剤としては、シアノ水素化ホウ素ナトリウム、水素化トリアセトキシホウ素ナトリウム、メチルアミンボラン、ジメチルアミンボラン、トリメチルアミンボラン、ピコリンボラン、ピリジンボラン等が挙げられる。
中でも、安全性及び反応性の両方の観点から、ピコリンボラン(2-ピコリンボラン)を用いることが好ましい。同様の観点から、ピコリンボランを還元剤として用いる場合、標識化合物としては例えば2-アミノベンズアミドを用いることが好ましい。
(標識工程の操作及び反応条件)
標識工程では、遊離生成物に対して標識試薬(標識反応液)を加える。還元アミノ化による修飾を行う場合、標識試薬は、アミノ基及び芳香族基を有する標識化合物、還元剤、及び溶媒を含んでいてもよい。標識工程においては、遊離工程が行われた容器を引き続いて用いるが、標識試薬を加える際に、遊離生成物に対して洗浄等、その相対的組成(溶媒以外の成分比)を変化させる処置は行われない。なお、遊離生成物に対して、水、緩衝液及び/又は有機溶媒を加えて溶解又は希釈することは許容される。
標識化反応系は、水、緩衝液及び/又は有機溶媒を溶媒とし、当該溶媒中に糖鎖及び標識化合物を含む標識反応液が、固相に固定されたタンパク質、その他遊離工程の残存物と混在した状態で構築される。
緩衝液としては、前述の遊離工程で用いられるものと同様の緩衝剤の水溶液が挙げられる。有機溶媒としては、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチルピロリドン(NMP)等の非プロトン性極性有機溶媒、有機酸(ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸等)及びアルコール(メタノール、エタノール、プロパノール等)等のプロトン性極性有機溶媒、並びにヘキサン等の非プロトン性非極性溶媒が挙げられる。これらの溶媒は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
標識化反応液において、標識試薬(標識反応液)は、例えば担体の使用体積の0.1~10倍体積で用いてもよく、例えば0.5~5倍体積で用いてもよい。また、標識試薬中の標識化合物の濃度は、例えば1~20Mであってもよく、例えば2~15Mであってもよい。標識化合物の量が上記下限値以上であることは標識が定量的に行われる点で好ましく、上記上限値以下であることは過剰試薬の除去が容易になる点で好ましい。
標識反応液中の還元剤の濃度は、例えば0.5~10Mであってもよく、例えば1~7.5Mであってもよい。還元剤の量が上記下限値以上であることは標識が定量的に行われやすい点で好ましく、上記上限値以下であることは過剰試薬の除去が容易になる点で好ましい。
溶媒の量は、担体の使用体積の0.5~10倍体積で用いてもよく、例えば1~5倍体積で用いてもよい。溶媒の量が上記下限値以上であることは溶解性の点で好ましく、上記上限値以下であることは標識が定量的に行われる点で好ましい。
標識反応液の反応温度は例えば4~80℃であってもよく、例えば25~70℃であってもよい。反応温度が上記下限値以上であることは反応時間が短くなる点で好ましく、上記上限値以下であることは高温による糖鎖の部分分解が抑制される点で好ましい。標識反応液の反応時間は、例えば5~600分であってもよく、例えば30~300分であってもよい。反応時間が上記下限値以上であることは定量的な標識の点で好ましく、上記上限値以下であることは糖鎖の部分分解が抑制される点で好ましい。
標識化反応は常温で速やかに進むため、標識試薬(標識反応液)を加えたときから標識化合物が作用して糖鎖標識体が生成する。したがって、標識試薬を加えた後、当該反応の完了の如何によらず任意のタイミングで後述の分離工程を行うことができる。あるいは、遊離工程後に後述する分離工程を行って分離液を得、その後、分離液に標識試薬を加えてもよい。
以下、還元剤としてピコリンボランを用いた場合について説明する。還元剤としてピコリンボランを用いた場合は、溶媒としてプロトン性溶媒を含むことが好ましい。これによって、標識化合物(好ましくは2-アミノベンズアミド。ピコリンボランを用いる場合において以下同様。)及びピコリンボランを高濃度で溶解することができるため、標識工程に要する時間が短縮される。
すなわち、標識試薬(標識反応液)は、2-アミノベンズアミド、ピコリンボラン及び溶媒を含んでいてもよい。毒性の低いピコリンボランを用いることにより、安全性の高い標識が可能となる。
標識工程に要する時間の短縮効果をより好ましく得る観点から、プロトン性溶媒は、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸等の有機酸であることが好ましい。また、有機酸は標識反応系中で液体であることが好ましい。中でも、操作容易性の観点から、有機酸は酢酸であることが好ましい。
溶媒中のプロトン性溶媒の濃度は、例えば40~100体積%であってもよい。これによって、良好な標識効率が得られる。より良好な標識効率を得る観点から、溶媒中のプロトン性溶媒の濃度は、50~100%以下であってもよく、75~100体積%であってもよい。
上述したプロトン性溶媒の沸点が比較的低い場合(例えば沸点が140℃未満である場合)、プロトン性溶媒に加えて、当該プロトン性溶媒よりも沸点が高い溶媒を併用してもよい。これによって、標識工程における上記の比較的沸点が低いプロトン性溶媒の揮発速度を遅延させることができる。その結果、標識工程中に未反応物の不所望の析出を抑制することができる。このことによって、収量よく標識糖鎖を得ることができる。このような沸点が高い溶媒(以下、高沸点溶媒と記載する。)を併用する態様は、糖鎖のスケールが小さい場合、溶媒の量が少ない場合、及び/又は、反応時間が長くなる場合に選択することができる。
上述の高沸点溶媒としては、例えば沸点140~200℃の非プロトン性溶媒であってもよい。具体的な高沸点溶媒としては、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドン等が挙げられる。
高沸点溶媒を併用する場合、その量は、前記標識化合物である2-アミノベンズアミド及び前記還元剤の溶解性・反応性を向上させるという観点から、プロトン性溶媒よりも体積%が低いことが好ましく、プロトン性溶媒の4体積%以上100体積%未満であってもよく、4~70体積%であってもよい。高沸点溶媒の量が上記下限値以上であることは、プロトン性溶媒の揮発速度を遅延させやすい点で好ましく、上記上限値以下であることは、プロトン性溶媒の効果(前記標識化合物である2-アミノベンズアミド及び前記還元剤の溶解性・反応性を向上させる効果)を得やすい点で好ましい。
還元剤としてピコリンボランを用いる場合には、溶媒として酢酸とジメチルスルホキシドとの混合溶媒を用いることが最も好ましい。
還元剤としてピコリンボランを用いる場合には、標識試薬(標識反応液)中の標識化合物の濃度は1~20Mであってもよく、2~15Mであってもよい。標識化合物の濃度が上記下限値以上であることは標識工程の時間短縮の点で好ましく、上記上限値以下であることは過剰試薬の除去が容易になる点で好ましい。
標識反応液中のピコリンボランの量は、例えば0.5~10Mであってもよく、例えば1~7.5Mであってもよい。ピコリンボランの量が上記下限値以上であることは標識工程の時間短縮の点で好ましく、上記上限値以下であることは過剰試薬の除去が容易になる点で好ましい。
還元剤としてピコリンボランを用いた場合は、溶媒の量は、担体の使用体積の0.1~10倍体積であってもよく、0.5~5倍体積であってもよい。溶媒の量が上記下限値以上であることは溶解性の点で好ましく、上記上限値以下であることは標識工程の時間短縮の点で好ましい。
標識反応液の反応温度は例えば4~80℃であってもよく、例えば25~70℃であってもよい。反応温度が上記下限値以上であることは反応時間が短くなる点で好ましく、上記上限値以下であることは高温による糖鎖の部分分解が抑制される点で好ましい。標識反応液の反応時間は、例えば2~120分であってもよく、例えば5~40分であってもよい。反応時間が上記下限値以上であることは定量的な標識の点で好ましく、上記上限値以下であることは糖鎖の部分分解が抑制される点で好ましい。
(標識生成物)
標識工程後の容器内には、糖鎖の標識体及び固相に結合したタンパク質が存在する。したがって、標識工程によって得られる標識生成物は、糖鎖の標識体及び固相に結合したタンパク質を含むということもできる。固相に結合したタンパク質は、糖タンパク質を構成していたタンパク質部分におけるアミノ酸残基間のペプチド結合が依然として切断されていない。標識生成物は、水、緩衝液及び/又は有機溶媒中に含まれていてよい。
[分離工程]
(糖鎖標識体の溶出)
標識工程の後、標識生成物から固液分離によって糖鎖の標識体を含む分離液を得る分離工程を行ってもよい。これにより、糖鎖の標識体を容易に分離することができる。例えば、標識生成物に溶離液を通液することで、糖鎖の標識体を溶出することができる。この場合に用いる溶離液は、水、水溶液、コロイド溶液等の水系溶液であってよい。溶離液として、固相とタンパク質部分との結合に対する切断能を有する性質を具備するものを選択してもよい(標識糖鎖の分析を例えばクロマトグラフィーによって行う場合等)し、そのような性質を具備しないものを選択してもよい(標識糖鎖の分析を例えば質量分析によって行う場合等)。これによって、糖鎖の標識体を含む分離液が得られる。
分離液中には、糖鎖の標識体とともに、標識工程で用いた余剰の標識化合物、及び遊離工程で脱糖鎖促進剤を用いた場合には酸由来型陰イオン性界面活性剤等の不要物が存在している。溶離液として、固相とタンパク質部分との結合に対する切断能を有するものを選択した場合は、分離液中にタンパク質も混入する。溶離液として、固相とタンパク質部分との結合に対する切断能を有さないものを選択した場合は、分離液中にタンパク質は実質的に含まれない。
(精製)
糖鎖の分析手法によっては、分離液から不要物を除去することで標識糖鎖を精製してもよい。不要物の除去は、分離液を精製用固相に通液して糖鎖の標識体を捕捉し、捕捉された糖鎖の標識体を再溶出することで行われてよい。
精製用固相の一例として、標識糖鎖を非共有結合によって捕捉する固相が挙げられる。具体的には、シリカゲルカラム、アミノカラム、その他の順相固相を用いることができる。
精製用固相の他の例として、標識糖鎖を共有結合によって捕捉する固相が挙げられる。これによって、タンパク質が混在している場合等において標識糖鎖の精製度を向上させることができる。具体的には、ヒドラジド基を有するポリマーを精製用固相担体として用いることができる。分離液中では、遊離糖鎖は環状のヘミアセタール型と非環状のアルデヒド型との平衡状態を生じているため、このアルデヒド基-CHOとヒドラジド基-NH-NH2とが特異的に反応し、安定的な結合-C=N-NH-を形成する。これによって、精製用固相担体に遊離糖鎖を捕捉することができる。再遊離では、酸と有機溶媒との混合溶媒又は酸と水と有機溶媒の混合溶媒を固相担体に接触させて反応させることができる。当該混合溶媒のpHは、例えば2~9であってもよく、2~7であってもよく、2~6であってもよい。弱酸性から中性付近で反応させると、シアル酸残基の脱離等糖鎖の加水分解を抑制することができる点で好ましい。しかしながら、更にpHが低い強酸条件も許容される。
[分析工程]
本実施形態の方法によって調製された糖鎖の標識体は、質量分析法(例えば、MALDI-TOF MS)、クロマトグラフィー(例えば、高速液体クロマトグラフィーやHPAE-PADクロマトグラフィー)、電気泳動(例えば、キャピラリ電気泳動)等の公知の方法により、定性的及び/又は定量的に分析することができる。糖鎖の分析においては、各種データベース(例えば、GlycoMod、Glycosuite、SimGlycan(登録商標)等)を利用することができる。
このような糖タンパク質の糖鎖分析によって、例えば、抗体医薬品の研究開発、製造及び品質保証等の際に行われる抗体医薬品の糖鎖修飾分析;糖鎖バイオマーカーの検索研究等の際に行われる血清等の検体中の糖タンパク質の分析;幹細胞の糖鎖分析;電気泳動ゲルバンド中の糖鎖分析;植物組織の糖鎖分析等を迅速に行うことが可能となる。
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。しかしながら本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[参考例1、実験例1~6]
(Protein A結合モノリスシリカ上での糖鎖遊離及び糖鎖標識)
《参考例1》
リン酸緩衝液(PBS)に40μgのヒトIgG(シグマ社製)を溶解させた液を、Protein Aを結合させたモノリスシリカ(使用体積は約5μL)に供し、PBSで洗浄した。
続いて、100μLの0.4質量%N-ラウロイルサルコシンナトリウム(以下、「NLS」という場合がある。)水溶液(前処理剤)を通液させた。その後50℃で10分間乾燥させた(液体除去工程)。
続いて、1.5μLの500mU/mL PNGase F溶液(Takara社製)及びNLSを含む1.5μLの0.1M重炭酸アンモニウム水溶液(PNGase F溶液と混合された後のNLSの終濃度は0.2質量%)を加え、50℃で15分間、糖鎖遊離反応を行い、糖鎖を遊離させた。
その後、20μLの2AB溶液(6.7mgの2-アミノベンズアミド、3.3mgの2-ピコリンボラン、9.99μLの酢酸、及び3.33μLのDimethyl sulfoxideを混合した溶液)を加え、50℃で40分間反応させた。
続いて、卓上遠心機で遠心し、粗2AB標識糖鎖を含む分離液を得た。得られた粗2AB標識糖鎖を含む分離液にアセトニトリルを加えモノリスシリカスピンカラムにアプライし、洗浄した後、50μLの純水で溶出し、精製2AB標識糖鎖を含む分離液を得た。
続いて、得られた精製2AB標識糖鎖を含む分離液1μLについて、下記表1に示す条件でHPLC測定を行った。
表1のA液及びB液は、それぞれ移動相を構成する液体であり、これらA液とB液とを混合して移動相の極性を調整した。また、表1において、「B:a%(T1分)→B:b%(T2分)」という記載は、B溶液の濃度を、(T2-T1)分間で、a%からb%まで変化させたことを意味する。ただし、T1,T2,a,bはそれぞれ実数を表わす。また、表1において%は体積%を表わす。なお、全工程(抗体のProtein A-モノリスシリカへの吸着からHPLC検出まで)にかかった時間は約3時間であった。
《実験例1~6》
前処理工程における前処理剤及び遊離工程における酵素反応液の組成を表2に示すものに変更した点以外は参考例1と同様にして、ヒトIgGの糖鎖を遊離及び標識し、HPLC測定を行った。表2中、「SDS」はドデシル硫酸ナトリウムを示し、濃度は終濃度を示す。
得られたHPLCスペクトルを図1(a)~(g)に示す。図1(a)~(g)中、横軸は溶出時間を示し、縦軸は蛍光強度(相対値)を示す。図1(a)は参考例1の結果を示し、図1(b)は実験例1の結果を示し、図1(c)は実験例2の結果を示し、図1(d)は実験例3の結果を示し、図1(e)は実験例4の結果を示し、図1(f)は実験例5の結果を示し、図1(g)は実験例6の結果を示す。
その結果、図1(a)~(g)に示すように、2AB標識糖鎖が検出されたことが確認された。また、特に、実験例1~3、6において、参考例1と同様のピークパターンが得られたことが明らかとなった。
また、図2は、参考例1及び実験例3のHPLCスペクトルにおける主要な10個のピークについて、ピーク面積の和を100とした場合の各々のピークの面積比率を示すグラフである。
その結果、参考例1及び実験例3において、ピークパターンは大きく違わないことが確認された。具体的には、面積比率10%以上を占めるピークでは、参考例1と実験例3のピーク面積の差は±10%以下であった。しかしながら、参考例1における糖鎖の収率(ピーク面積の合計)を100%とした場合、実験例3の糖鎖の収率は約53%であることが明らかとなった。
[参考例2、実験例7]
《参考例2》
ヒトIgGの代わりに抗体医薬品であるEnbrelを用いた点以外は参考例1と同様にして、Enbrelの糖鎖を遊離及び標識し、参考例2のHPLC測定を行った。
《実験例7》
ヒトIgGの代わりに抗体医薬品であるEnbrelを用いた点以外は実験例3と同様にして、Enbrelの糖鎖を遊離及び標識し、実験例7のHPLC測定を行った。
図3は、参考例2及び実験例7のHPLCスペクトルにおける主要な11個のピークについて、ピーク面積の和を100とした場合の各々のピークの面積比率を示すグラフである。
その結果、参考例2及び実験例7において、ピークパターンが一部異なることが確認された。具体的には、面積比率20%以上を占めるピーク1において、参考例2と実験例7のピーク面積の差が±10%を超えたことが明らかとなった。また、参考例2における糖鎖の収率(ピーク面積の合計)を100%とした場合、実験例7の糖鎖の収率は約35%であることが明らかとなった。
[実験例8~12]
(液体除去工程の検討)
前処理工程における前処理剤及び遊離工程における酵素反応液の組成を表3に示すものに変更し、液体除去工程の条件を表3に示すものに変更した点以外は上述した参考例1と同様にして、ヒトIgGの糖鎖を遊離及び標識し、実験例8~12のHPLC測定を行った。表3中、「SDS」はドデシル硫酸ナトリウムを示し、濃度は終濃度を示す。
図4は、参考例1、実験例8~12のHPLCスペクトルに基づいて、参考例1における糖鎖の収率(ピーク面積の合計)を100%とした場合の糖鎖の収率を算出した結果を示すグラフである。その結果、液体除去工程を50℃、30分間とした場合においては、実験例8~12の糖鎖の収率が95%以上に向上することが明らかとなった。
なお、参考例1において、50℃で10分間液体除去工程を実施した後に固相に含まれる液体の体積は、固相の体積の20体積%以下であった。また、実験例8~12において、50℃で30分間液体除去工程を実施した後に固相に含まれる液体の体積は、固相の体積の3体積%以下であった。また、参考例1と実験例8~12のピークパターンは大きく違わないことが確認された。
[実験例13~17]
(液体除去工程の検討)
ヒトIgGの代わりに抗体医薬品であるEnbrelを用いて実験例8~12と同様の検討を行った。前処理工程における前処理剤及び遊離工程における酵素反応液の組成を表4に示すものに変更し、液体除去工程の条件を表4に示すものに変更した点以外は上述した参考例2と同様にして、Enbrelの糖鎖を遊離及び標識し、実験例13~17のHPLC測定を行った。表4中、「SDS」はドデシル硫酸ナトリウムを示し、濃度は終濃度を示す。
図5は、参考例2、実験例13~17のHPLCスペクトルに基づいて、参考例2における糖鎖の収率(ピーク面積の合計)を100%とした場合の糖鎖の収率を算出した結果を示すグラフである。その結果、液体除去工程を50℃、30分間とした場合においては、実験例13~17の糖鎖の収率が105%以上に向上することが明らかとなった。
なお、参考例2において、50℃で10分間液体除去工程を実施した後に固相に含まれる液体の体積は、固相の体積の20体積%以下であった。また、実験例13~17において、50℃で30分間液体除去工程を実施した後に固相に含まれる液体の体積は、固相の体積の3体積%以下であった。また、参考例2と実験例13~17のピークパターンは大きく違わないことが確認された。
[参考例3、4]
(液体除去工程の検討)
液体除去工程の条件を表5に示すものに変更した点以外は上述した参考例1と同様にして、ヒトIgGの糖鎖を遊離及び標識し、参考例1~3のHPLC測定を行った。表5中、濃度は終濃度を示す。
図6は、参考例1~3のHPLCスペクトルに基づいて、参考例1における糖鎖の収率(ピーク面積の合計)を100%とした場合の糖鎖の収率を算出した結果を示すグラフである。その結果、液体除去工程の時間が長いほど糖鎖の収率が向上することが明らかとなった。
なお、参考例3において、50℃で5分間液体除去工程を実施した後に固相に含まれる液体の体積は、固相の体積の40体積%以下であった。また、参考例1において、50℃で10分間液体除去工程を実施した後に固相に含まれる液体の体積は、固相の体積の20体積%以下であった。また、参考例4において、50℃で20分間液体除去工程を実施した後に固相に含まれる液体の体積は、固相の体積の10体積%以下であった。
[実験例18~23]
(SDS濃度の検討)
前処理工程における前処理剤及び遊離工程における酵素反応液の組成を表6に示すものに変更し、液体除去工程の条件を表6に示すものに変更した点以外は上述した参考例1と同様にして、ヒトIgGの糖鎖を遊離及び標識し、対照1、実験例18~23のHPLC測定を行った。表5中、「SDS」はドデシル硫酸ナトリウムを示し、濃度は終濃度を示す。
図7は、参考例1、実験例18~23、対照1のHPLCスペクトルに基づいて、参考例1における糖鎖の収率(ピーク面積の合計)を100%とした場合の糖鎖の収率を算出した結果を示すグラフである。その結果、前処理剤におけるSDSの濃度が0.04~0.4質量%の範囲において、糖鎖の収率が高い傾向が認められた。
[実験例24~29]
(SDS濃度の検討)
ヒトIgGの代わりに抗体医薬品であるEnbrelを用いて実験例18~23と同様の検討を行った。前処理工程における前処理剤及び遊離工程における酵素反応液の組成を表7に示すものに変更し、液体除去工程の条件を表7に示すものに変更した点以外は上述した参考例2と同様にして、Enbrelの糖鎖を遊離及び標識し、対照2、実験例24~29のHPLC測定を行った。表7中、「SDS」はドデシル硫酸ナトリウムを示し、濃度は終濃度を示す。
図8は、参考例2、実験例24~29、対照2のHPLCスペクトルに基づいて、参考例2における糖鎖の収率(ピーク面積の合計)を100%とした場合の糖鎖の収率を算出した結果を示すグラフである。その結果、前処理剤におけるSDSの濃度が0.04~0.2質量%の範囲において、糖鎖の収率が高い傾向が認められた。