従来より、磁気の強さを高精度かつ高応答で測定可能な磁気センサとして、フラックスゲートセンサが広く一般に知られており、多数の分野で用いられている。このフラックスゲートセンサは、センサ素子の構造の違いから、平行フラックスゲートセンサと直交フラックスゲートセンサの2種類のタイプに分けられる。平行フラックスゲートセンサの構造について簡単に説明すると、リング状の感磁体(トロイダルコア)の表面に,電流を通電することによりコアを励磁する励磁コイルと磁場の強さに応じた出力を得る検出コイルを巻き付けた構造である。
一方、直交フラックスゲートセンサは、平行型のものと比較して、小型で、高精度なタイプのものであり、直線状の感磁体(感磁ワイヤ)に検出コイルを巻き付けた構造である。この構造は、直交フラックスゲートセンサとして基本的なものであるが、過去には特許文献1等多数の特許が開示されている。特許文献1に開示されているのは、その中の1例であり、感磁ワイヤに直流バイアスを重畳した交流電流を流し、検出コイルに励起される電圧に含まれる基本波成分(交流電流と同じ周波数成分)を同期検波することによって、外部磁界に対応した出力を取り出すことを特徴とする直交フラックスゲートセンサについて記載されている。
ところで、上記のフラックスゲートセンサに適用される感磁体には、例えばCo系合金からなるアモルファスワイヤが用いられている。このアモルファスワイヤの製造方法の1つとしては、従来、特許文献2に記載されているように、回転液中紡糸法による方法が知られていた。この回転液中紡糸法とは、回転するドラムの内壁に遠心力で保持された冷媒中に、ガス圧によりノズルから溶融金属を噴出せしめることにより、溶融金属を急速に冷却固化させ、アモルファス状態の金属細線を製造する方法である。この回転液中紡糸法は、冷媒中に溶融金属を噴出する製造方法上、アモルファスワイヤの断面は円形状になり易い。このため、回転液中紡糸法は円断面のアモルファスワイヤの製造に適している。
また、別のアモルファスワイヤの製造方法として、上記の回転液中紡糸法以外にも単ロール液体急冷法が知られている。この単ロール液体急冷法は、例えば特許文献3〜5に示すように、高速回転しているロール表面に、ノズルから溶融金属を噴出せしめて接触させることにより、溶融金属を急速に冷却固化させ、アモルファス状態の金属リボンを連続的に製造する方法である。この単ロール液体急冷法は、ロール表面に溶融金属を噴出して接触させる製造上、アモルファスワイヤの断面は扁平になりやすい。このため、単ロール液体急冷法はリボン状(扁平断面)のアモルファスワイヤの製造に適している。
尚、アモルファスワイヤは、通常円断面のものを指して使われることも多いと思われるが、本発明では、以下扁平断面のものも含めて、アモルファスワイヤと記すこととする。
そして、これらアモルファスワイヤを前記した感磁体として使用するためには、アモルファスワイヤの断面が円形状の場合には、出力を安定させるため、必要に応じて、線径を狙い値となるよう伸線加工するとともに、測定対象となる磁場に適した磁気特性とすることから、前記伸線加工の後に、狙いとする磁気特性確保のための熱処理を行い、製造されたワイヤをフラックスゲートセンサ用の感磁体として使用する。
一方、アモルファスワイヤの断面が扁平形状の場合も同様に、出力を安定させるため、必要に応じて、幅及び厚みを狙い値となるよう圧延等の加工をするとともに、測定対象となる磁場に適した磁気特性とすることから、圧延加工の後に狙いとする磁気特性確保のための熱処理を行い、製造されたワイヤをフラックスゲートセンサ用の感磁体として使用する。なお、ユーザーの要望によっては、回転液中紡糸法又は単ロール液体急冷法による製造後に、伸線や圧延等の仕上げ加工を行わずに、As−cast状態のアモルファスワイヤに対して熱処理を施したのみで前記した感磁体として使用する場合もあるし、熱処理を行わずにAs−cast状態のアモルファスワイヤを、そのまま感磁体として使用する場合もある。
ところが、前記した回転液中紡糸法や前記単ロール液体急冷法にて製造されたアモルファスワイヤ、又は、これらの製造後に伸線、圧延及び熱処理がされたアモルファスワイヤをフラックスゲートセンサ用の感磁体として用いた場合に以下の問題が生じることがわかった。
つまり、フラックスゲートセンサは、非常に高感度な磁気センサであるため、極めて微小な磁場測定に用いられる場合がある。例えば、食品内に混入した金属異物を検出する場合には、極めて微小な磁場測定が必要となり、その対象となる磁場の大きさは、最近携帯電話等の携帯機器で方位検出のために検出されている地磁気の1万分の1程度である数nT以下となる場合がある。ところが、前記した回転液中紡糸法や単ロール液体急冷法により製造されたアモルファスワイヤを感磁体として用いた場合に、測定中に突発的に異常ノイズが発生することがあり、異常ノイズが発生すると、前記のような微小磁場の測定が困難となる。
フラックスゲートセンサでは、感磁体を励磁させるための交流電流を通電した場合、検出コイルから得られる磁場の強さの変化は、出力時の電圧の振幅の大きさの変化となって現れる。従って、異常ノイズの生成がない正常な状態であれば、感磁体の周囲に形成された検出コイルからの出力電圧は、磁場強さが0であれば、出力の振幅値は0となり、極端に大きな変動のない正常なノイズ相当分の値が安定して出力された状態となる。ところが、前記した異常ノイズが発生すると、正常ノイズとは明らかにその値が異なる電圧出力が、ある場合はプラス側、またある場合はマイナス側の電圧となって出力されることとなる。この異常ノイズは瞬間的なものである場合や、しばらくの時間の間その値を変動させながら、継続することもある。
即ち、数nT以下レベルのような極めて微小な磁場を高感度で測定する場合に、数nTを大きく超えるような振幅の異常ノイズが発生すると、前記ノイズの発生は検出分解能の大幅低下につながり、微小磁場の測定は困難となる。
本発明は、前記課題を解決するためになされたものであり、前記したような非常に微小な磁場検出が要求される用途に用いる際であっても、測定に影響が生じるような異常ノイズの発生を抑制することで、従来のフラックスゲートセンサに比べより高精度の磁気測定を可能とする磁気センサ用の感磁体の製造方法を提供可能とすることを目的とする。
本発明は、磁気を検出するためのアモルファスワイヤからなる感磁体と、前記感磁体の周囲に検出コイルを有し、前記感磁体を交流電流によって励磁し、外部磁場の強さに応じた大きさで検出コイルに発生する電圧を検出することにより、磁場の強さを測定可能とするフラックスゲートセンサに適用可能な感磁体の製造方法であって、回転液中紡糸法又は単ロール液体急冷法によって製造されたアモルファスワイヤ、又は、これらの製造法による製造後の仕上加工により製造されたアモルファスワイヤに対し、その表面及びその近くに生成された加工影響残存層の除去処理を除去処理前のワイヤの断面に対する断面積減少率が1.0〜75.0%となる条件で行い、前記加工影響残存層の除去処理の速度は、10μm/min以下であることを特徴とする高精度測定可能な磁気センサ用感磁体の製造方法にある(請求項1)。なお、ここでいう励磁とは、感磁体に直接交流電流を印加することで感磁体を磁化する場合と、感磁体の周囲に巻き回された励磁コイルに交流電流を印加することで感磁体を磁化する場合の両方の意味を含むものである。
磁気センサ用の感磁体として用いられるアモルファスワイヤは、円断面の場合、通常、例えば前記した特許文献2に記載された回転液中紡糸法により製造され、扁平断面の場合、通常、例えば前記した特許文献3〜5に記載された単ロール液体急冷法により製造されている。そして、前記した感磁体として使用可能とするためには、品質を安定させるために線径又は幅・厚みを狙い値となるように加工したものを使用する必要がある。従って、前記した回転液中紡糸法又は単ロール液体急冷法により製造したアモルファスワイヤの線径又は幅・厚みを必要なサイズに精度良く合わせるため、通常引抜き等の伸線加工や圧延加工が施される。
ところが、上記の伸線や圧延等の仕上加工後に表面に微小な凹凸が残存した状態となっていたり、仕上加工によって表面及びその近傍に大きな歪などが蓄積されるといった加工影響残存層が生成された状態となる。そして、場合によってはこの加工影響残存層中に不均一な応力分布が発生し、仕上加工後に熱処理を行っても、不均一な応力分布が残存したままとなる場合がある。また、扁平断面のアモルファスワイヤを複数積層し、仕上加工として幅方向の角部を切断して使用することがある。しかし、仕上加工後に熱処理を行っても、アモルファスワイヤの切断部にも残留応力等の加工影響が残存してしまう可能性がある。
上記の通り、回転液中紡糸法や単ロール液体急冷法の後に伸線や圧延等の仕上加工を行うことで、表面及びその近傍に加工影響残存層が生成された状態となると説明したが、加工影響残存層の生成は、上記以外に、回転液中紡糸法や単ロール液体急冷法による製造したままのアモルファスワイヤにも、前記の加工影響残存層と同等の影響を及ぼす層が生成される場合がある。即ち、これらの製造法はワイヤをアモルファス状態とするため急冷を伴うものであり、ワイヤ表層部の冷却速度とワイヤ内部の冷却速度との間に著しい差が生じることから、ワイヤの表面及びその近傍に不均一な応力分布が生成され、これが異常ノイズの原因となることがあるからである。そこで、以下、この場合の影響層も含めて、加工影響残存層と記すこととする。
そこで、本発明者等は、このような表面の凹凸や内部に残存している残留応力の存在が、前記したアモルファスワイヤに対して磁区、磁壁の存在状態に影響を及ぼし、交流電流により、アモルファスワイヤを励磁した際に表面に生じる円周方向のスピンに乱れを生じる原因となり、結果として異常ノイズが発生する原因になっているのではないかと考え、鋭意検討した。
そして様々な試行錯誤を繰り返した結果、従来アモルファスワイヤからなる金属繊維を金属繊維メーカーにて製造した後、前記した磁気特性改善のための熱処理を除くと、そのまま特別に追加の加工を行うことなくフラックスゲートセンサ用感磁体として使用していたのを変更し、製造時の急冷により生成された加工影響残存層や、伸線や圧延等の仕上加工により生成された加工影響残存層を除去した後、感磁体として用いることにより、前記した異常ノイズの発生を大幅に低減可能となることを新規に見出し、本発明を完成したものである。
ここで、加工影響残存層の除去処理は、より具体的には酸によるエッチングや、電解エッチングにより行うことができる。
加工影響残存層を除去する目的は、前記した通り、アモルファスワイヤの伸線や圧延等の仕上加工により、表面及び表面近くに生成された凹凸や、回転液中紡糸法や単ロール液体急冷法により製造時の急冷や切断、仕上加工により生じた残留応力を除去することである。従って、加工の影響が残存していない部分まで除去する必要はないし、除去量を多くすることは、処理に必要な時間が長くなることを意味するので、除去量は、製造後のワイヤの表面状態や伸線や圧延による仕上加工時のワイヤの断面積減少率に応じて、適切に調整することが必要になる。本発明では、ワイヤの軸心に直交する断面の断面積減少率の下限を1.0%としたが、製造後のワイヤの表面状態や伸線や圧延等の仕上加工時の断面積減少率によっては、より高い断面積減少率に調整してエッチング処理を行った方が好ましい場合もある。
一方、仕上加工後のワイヤ断面の断面積減少率の上限を75.0%としたのは、断面積減少率を高めていくと、感磁体の製造時や仕上加工時により生成されたと考えられる残留応力及び表面の凹凸が確実に除去できる一方で、除去処理自体によって新たに凹凸が生成して表面粗さが大きくなる傾向になり、磁気検出中に継続して生じる通常ノイズが大きくなる傾向になるので、上限を75.0%とした。また、断面積減少率は、高くなるとエッチング処理自体に時間がかかって生産性が低下するとともに、ワイヤ断面積が低下して、検出コイルから得られる出力自体が低下して感度が低下することになるため、異常ノイズの発生防止の効果が得られさえすれば、必要以上に断面積減少率を高くするのは望ましくなく、製造したアモルファスワイヤの効率的利用を考えれば、上限は55.0%以下とするのがより好ましい。
本発明では、金属繊維メーカーが製造したアモルファスワイヤをそのまま使用するのではなく、製造の際の急冷時に表面及びその近くに生成した加工影響残存層や仕上加工、切断等によって表面及びその近くに生成した加工影響残存層を除去する処理を行う。この処理により、仕上加工時に表面に生成された凹凸や、ワイヤ製造のための急冷時及びその後の仕上加工等により生成された残留応力等が除去される。その結果、交流電流によりアモルファスワイヤを励磁した際の表面に生じるスピンの乱れを効果的に小さく抑制するとともに、磁区の生成を防止することができ、異常ノイズの生成を防止することができ、高精度測定が可能な磁気センサ用感磁体の製造が可能となる。
上述した本発明における好ましい実施の形態につき説明する。
まず、感磁体としては、回転液中紡糸法により製造されたアモルファスワイヤ(金属繊維)、又は、単ロール液体急冷法により断面が扁平となるように製造されたアモルファスワイヤを用いる。通常用いられる合金は、Co−Si系であり、より具体的には、CoFeSiB系合金である。アモルファスワイヤの断面寸法は、円断面のワイヤの場合、線径は概ね10〜100μm程度であり、扁平断面のワイヤの場合、幅は概ね300〜700μm程度であり、厚みは概ね20〜70μm程度である。
円断面のアモルファスワイヤは、必要に応じて、線径に対する寸法精度向上のため、引抜き等の伸線加工が施される。その結果、伸線加工後のアモルファスワイヤ表面には、伸線加工時に使用するダイスの疵等が原因と予想され、生成されたと考えられる深さが数μm程度の凹凸の存在が認められる場合がある。また、この伸線加工により、ワイヤ内部に残留応力等の加工影響が残存し、磁気特性改善のための熱処理後においても残留応力が残存したままの状態となっている場合がある。
また、扁平断面のアモルファスワイヤもまた同様に、必要に応じて、幅及び厚みに対する寸法精度向上のため、圧延加工が施される場合がある。その結果、圧延加工後のアモルファスワイヤの表面には、圧延時に生成されたと考えられる深さが数μm程度の凹凸の存在が認められる場合がある。また、この圧延加工により、ワイヤ内部に残留応力等の加工影響が残存し、磁気特性改善のための熱処理後においても残留応力が残存したままの状態となっている場合がある。また、扁平断面のアモルファスワイヤを複数積層し、幅方向の角部を切断して使用することがあるが、この切断部にも残留応力等の加工影響が残存し、磁気特性改善のための熱処理後においても残留応力が残存したままの状態となっている場合もある。
なお、上述したように、寸法精度向上のため、アモルファスワイヤに伸線や圧延等の仕上げ加工を行う場合があるが、回転液中紡糸法や単ロール液体急冷法の製造直後のAs−cast状態でも、急冷により製造している影響で、ワイヤの表面及びその近傍に不均一な応力分布、すなわち残留応力が生成された状態となるという問題がある。
そして、これらの表面の凹凸や残留応力の存在は、前記した異常ノイズが発生する原因となるため、本発明ではメーカーが製造した感磁体をそのまま用いるのではなく、この表面の凹凸や感磁体内に発生している残留応力を除去するため、前処理として加工影響残存層を除去する処理を行う。
加工影響残存層の除去処理は、より具体的には、前記した通り酸によるエッチングや電解エッチングにより行うことができる。このうち、除去処理を酸によるエッチング処理により行う場合は、硝酸、硫酸、塩酸、塩化鉄、弗酸等の酸液に浸漬することにより行うことができる。また、電解エッチングにより行う場合は、10〜70mA程度の通電電流で、電解液として塩酸、硝酸、過酸化水素水や、塩酸や硝酸にプロピレングリコールを加えたもの等を用いることができる。
そして、除去処理の速度は、用いる酸や電解液の濃度、温度、通電電流の大きさの調整により調整することが可能であるが、その処理速度は、表面からの深さ方向において10μm/min以下と設定した。すなわち、処理速度を速くすると、全く除去処理を行わない場合に比べれば高精度測定に貢献できる感磁体が製造できるものの、断面積減少率を高めた場合と同様に、表面粗さが増加する傾向となり、分解能の向上効果が小さくなる傾向となるからである。なお、酸液の温度は10〜60℃程度が好ましい。
なお、加工影響残存層の除去処理は、上記した凹凸や残留応力等をアモルファスワイヤの位置に関係なく均一に除去する必要があることから、酸液又は電解液とアモルファスワイヤの表面との接触条件(接触時間、接触中の温度等)を連続的に均一とすることが必要であり、例えば、アモルファスワイヤに所定の張力をかけた状態で、酸液又は電解液中を一定速度で連続的に通過させる等の方法で行うことが好ましい。
この処理により、アモルファスワイヤの表面の凹凸、加工影響残存層を効果的に除去することができ、その効果によって、アモルファスワイヤの表面付近の磁区の発生を防止し、交流電流を印加した際のスピンの乱れの発生を防止して、フラックスゲートセンサ用感磁体として用いた際に生じる異常ノイズを大幅に低減することができる。
なお、加工影響残存層は、実際には深さで何μmまでが加工影響残存層と言えるかを判断するのはほとんど不可能である。すなわち、加工影響残存層自体が、除去処理後において完全に除去されているかどうかを判断することはほとんど不可能である。従って、本発明で言う加工影響残存層の除去とは、完全に除去した状態のみを意味するのではなく、仮に部分的に加工影響残存層が残存していたとしても、実際の測定上異常ノイズの発生に対し問題のない程度まで取り除いた状態であればよく、その場合も含んだ意味として使用している。なお、除去処理による断面積減少率の上限については、既に前記した通りである。
次に本発明により感磁体を製造し,該感磁体を磁気検出体として用いるフラックスゲートセンサ素子の製造方法について説明する。
前記した通り本発明の製造方法により得られる感磁体は、フラックスゲートセンサの性能改善に大きく貢献できるものであり、フラックスゲートセンサの一部を構成するフラックスゲートセンサ素子(以下、FGセンサ素子という)に対しても、当然の如く適用できる。従って、請求項1に記載の製造方法によって製造された感磁体を従来公知のFGセンサ素子に対し、磁気検出体である感磁体のみを本発明の感磁体に置き換えることによりFGセンサ素子を製造することで、前記効果を効果的に得ることができる(請求項2)。また、従来公知のFGセンサ素子に限らず、今後登場することが予測されるFGセンサ素子であって、感磁体を除く部分について様々の改善が加えられた素子に対しても同様に適用が可能であると言える。
FGセンサ素子の具体的構成については、例えば特許文献1等で公知である。即ち、FGセンサ素子は、例えば直交型の場合、磁気検出体としての感磁体と、この感磁体の周囲に巻き回され、外部磁場に対応した誘起電圧を検出する検出コイルとから構成されたものであり、幅広く知られたピックアップコイル型の構造である。従って、本発明により製造した感磁体をこの公知技術に適用して、高精度測定が可能なFGセンサ素子を製造することができる。
次に本発明により感磁体を製造し、該感磁体を磁気検出体として用いるフラックスゲートセンサの製造方法について説明する。
前記した通り、本発明により製造された感磁体は、フラックスゲートセンサの性能改善に大きく貢献できるものである。従って、従来公知のフラックスゲートセンサの磁気検出体を、請求項1に記載に記載の製造方法によって製造された感磁体に置き換えることによりフラックスゲートセンサを製造することで、前記効果を効果的に得ることができる(請求項3)。
本発明によって製造された感磁体を用いたフラックスゲートセンサとしては、例えば、本発明の感磁体を磁気検出体として用い、該感磁体の周囲に巻回した検出コイルと、該感磁体に交流電流を通電する励磁回路と、該検出コイルから出力される検出電圧を増幅して出力する増幅器と、この増幅器で増幅された出力電圧を同期整流して直流に変換する同期整流器(ロックインアンプ)から構成できる。
このフラックスゲートセンサの構成自体も、前記した公報を含めた過去の公開されている多数の公報、文献等で公知である。即ち、感磁体に交流電流を供給する励磁回路、検出コイルからの出力を増幅する増幅器、検出コイルに外部磁場の大きさに応じた大きさで誘起された電圧を同期整流して外部磁界に強さに対応する直流に変換する同期整流器等の詳細については、既に公知の公報等に記載されているため、本明細書ではその説明を省略する。
なお、上記は直交フラックスゲートセンサについて説明したが、特に直交型に限定する必要は無く、本発明の感磁体をトロイダルコアとして平行型のフラックスゲートセンサにも適用可能である。即ち、本発明によって製造された扁平断面の感磁体(アモルファスワイヤ)を複数積層した後にリング状に構成することでトロイダルコアを製造し、このトロイダルコアの表面に励磁コイル及び検出コイルを巻きつけて、平行型フラックスゲートセンサのセンサ素子を製造することで、直交型ではなく平行型であっても同様に前記効果を効果的に得ることができる。
次に本発明によって製造されたフラックスゲートセンサ用感磁体を実際にフラックスゲートセンサとして使用した場合における効果について、具体的に実施例を示すことにより以下に説明する。
まず、最初に本発明によって製造された感磁体を前記した極めて微小な磁場測定が要求される金属異物検出用途用に合わせた磁気特性となるよう熱処理した感磁体について、表面除去処理条件により異常ノイズの発生状況、磁気分解能がどのように変化するかを確認した実施例について説明する。
実施例として用いた感磁体は、CoFeSiB系のアモルファスワイヤであり、その断面形状は、円断面(伸線後、直径30.9μm、断面積749.5μm2)と扁平断面(As−cast状態、幅512μm、厚み32μm、断面積16384μm2)の2種類を使用した。さらに、円断面の感磁体については、As−cast状態(直径129μm、断面積13063.2μm2)のものを、扁平断面の感磁体については、前記したAs−cast状態のものに圧延加工を行ったものも合わせて準備した。そして、加工影響残存層の除去処理は、円断面及び扁平断面の感磁体に対して、酸によるエッチングと電解エッチングの2種類の方法で行った。酸によるエッチングについては、10%硝酸を用い、処理温度35℃でエッチングの処理時間の変更により断面積減少率を変化させて実施した。また電解エッチングは電解液として塩酸にプロピレングリコールを添加した溶液を用い、同様に処理時間の調整で試験片毎に断面積減少率を変化させ、異常ノイズの発生状況の変化と磁気分解能への影響について調査した。
以下、本実施例における磁気分解能の測定方法について説明する。試験は、3重の磁気シールド内で実験することにより、実験中に外部からの磁場の影響が生じないように配慮した。そして、長さが22mmの感磁体に絶縁物を介して検出コイルを巻いた状態のFGセンサ素子中の感磁体に周波数50kHzに相当する20〜70mAの交流電流を入力し、検出コイルに発生した電圧を処理して、同期整流器からの出力(例えばピーク・ツー・ピーク)を測定した。なお、本実施例で示すFGセンサ素子構成はあくまでも一例であり、FGセンサ素子の構造としては、前記した特許文献に記載されている構造等、その他の公知の素子構造を採用することができる。
次に、本実施例で用いたフラックスゲートセンサ(以下、FGセンサと記す)について図1により説明する。本実施例で用いたFGセンサ6は、前記したFGセンサ素子2と励磁回路61と信号処理回路62とからなる。信号処理回路62は、増幅器621と、同期整流器622とからなる。そして、そのFGセンサ6の動作は、以下の通りである。
まず、励磁回路61より発生した交流電流をFGセンサ素子2中の感磁体1(アモルファスワイヤ)へ電極(図示せず)を通じて供給する。すると、外部磁場と交流電流によるワイヤ円周方向の磁場との作用によって、外部磁場の大きさに応じた電圧が、感磁体の周囲に絶縁物(図示せず)を介して巻かれている検出コイル3に発生する。
次に、検出コイル3に発生した電圧は、検出コイル3に接続された増幅器621で所定の増幅率に基づいて増幅された後、同期整流器622にて励磁回路61側から送られてくる参照信号に基づいて同期検波することによって直流に整流され、この整流された電圧から外部磁場の大きさに対応した出力を取り出す。なお、ここに示した構成はあくまで一例であり、前記した特許文献に記載されている電子回路等、他の公知の電子回路を採用することができる。
本実施例では、以上説明した電子回路により測定した電圧により、感磁体の評価を行っているが、実験は磁気シールドにより外部磁場の影響を遮断しているので、磁場の変化による出力電圧の変化が生じる可能性はない。このような環境で、検出コイルから出力電圧(この電圧は、磁場の存在により出力されたものではないので、以下、ノイズと記す。)であるノイズの時間変化を、いわゆるピーク・ツー・ピークのノイズを測定することにより測定した。より具体的には,感磁体に印加した交流電流により検出コイルに発生するピーク電圧を30分間測定し、30分間のピーク電圧の最大値と最小値の差分をとり、この差分を感磁体の感度で除することで磁気分解能を算出した。
また、異常ノイズは、通常ノイズレベルと考えられる出力電圧とは、明らかに異なる出力電圧が30分間の間に1度でも認められた場合に、異常ノイズ発生有りと判断し、表1のノイズ形態の欄に異常ノイズと記載した。前記したような数nT程度の極めて微小な磁場を高感度で磁気測定するような用途での使用を考えると、長時間の間異常ノイズが全く生じることのない感磁体が要求されるため、理想的にはより長時間の試験を行うことが必要となるが、30分間実験を行えば、異常ノイズ発生の可能性を大よそ把握し、評価することが可能であるからである。
この実験中に異常ノイズが発生すると、通常のノイズによる出力電圧と比較して、ある場合にはプラス側に、またある場合にはマイナス側に突出した電圧が出力されるため、その結果、実験中の出力電圧の最大値と最小値の差が大きくなり、磁気分解能が悪化することになる。以上説明した実験により求めた磁気分解能の結果を表1に示す。表1のうち、No.1〜10が円断面のアモルファスワイヤに対して酸によるエッチングを行った結果であり、No.18〜23が扁平断面のアモルファスワイヤに対して酸によるエッチングを行った結果であり、No.28、29が円断面のアモルファスワイヤに対して電解エッチングを行った結果である。また、No.11〜17、No.24〜27は全く表面の除去処理を行っていない感磁体の実験結果である。
先ずは、円断面のアモルファスワイヤの結果について説明する。表1の結果から明らかなように、金属繊維メーカーにて回転液中紡糸法にて製造し、寸法精度向上のための伸線加工を行い、金属異物測定に適した磁気特性に調整するための熱処理を行った円断面のアモルファルワイヤをそのまま用い、表面の除去処理を全く行っていない比較材(No.11〜15)、及び伸線加工を行っていない、As−cast状態の比較材(No.16,17)では、No.15を除き、全て30分の試験中に異常ノイズが発生し、その結果優れた磁気分解能を得ることができなかった。次に、扁平断面のアモルファスワイヤの結果について説明すると、As−cast状態の扁平断面のアモルファルワイヤをそのまま用い、表面の除去処理を全く行っていない比較材(No.24,25)、及び単ロール液体急冷法にて製造した後に厚みを32μmから20μmに圧延する加工を行った後、表面の除去処理を行なっていない比較材(No.26,27)では、30分の試験中に異常ノイズが発生し、その結果優れた磁気分解能を得ることができなかった。
この結果からエッチングによる表面層の除去処理を行わない場合には、かなりの高い確率で異常ノイズが発生し、磁気分解能の悪化の原因となることがわかる。なお、No.15に異常ノイズが確認できなかったのは、測定時間を30分に限定して行ったことと、製造のばらつきが影響した結果によるものと考えられる。製造のばらつきを考えた評価については、後述する。また、円断面及び扁平断面の何れにおいても、断面積減少率が75.0%を超える比較材であるNo.9,10,23は一時的に大きなノイズとなる異常ノイズは発生することはなかったが、常時発生する通常ノイズの大きさが大きくなり、除去処理を全く行わない比較例と同様に磁気分解能が大きく悪化した。この原因は、前記した通り過大なエッチング処理により表面に新たな凹凸が形成され、表面粗さが増加し、その点が表面に磁区が形成される原因となり、通常ノイズが増大したと考えられる。金属異物を検出するような用途では、10nT以下の微小な磁場を安定して測定可能とすることが必要であり、そのための感磁体を製造するには、断面積減少率を必要以上に高めない方がいいことがこの結果より確認できた。
以上の結果に対し、適正な値の断面積減少率となるように表面の除去処理がされた本発明の実施例であるNo.1〜8(円断面に対する酸によるエッチング材)、No.18〜22(扁平断面に対する酸によるエッチング材、No.26、27と同様の圧延材に対し、エッチング処理を行なったNo.19を含む)、No.28,29(円断面に対する電解エッチング材)は、30分の実験中に1回の異常ノイズの発生も確認できず、0.9〜2.5nTという優れた磁気分解能を得られることが確認できた。従って、条件の最適化次第では、10nT以下の磁気分解能は勿論のこと、1nT以下の磁気分解能の達成も可能であることがわかった。
但し、本発明では、断面積減少率の上限を75.0%としたが、図2に示すように、断面積減少率と磁気分解能の値の関係をみると、断面積減少率が55.0%を超えたあたりから、断面積減少率の増加とともに磁気分解能が少しずつ上昇する傾向になっていることと、表面層の除去処理工程の生産性、ワイヤの効率利用の点からも断面積減少率は55.0%以下が好ましいと考えられる。
次に、上記実験は、1本ずつの感磁体について行った実験結果であるが、感磁体には当然の如く製造のバラツキ(例えば表面凹凸の有無等)もあるので、多数の感磁体の性能のばらつきが本発明による加工影響残存層の除去処理によって、どう変化するかを把握しておく必要がある。そこで、前記した実施例で用いた実施材のNo.4に相当する断面積減少率20.3%、長さ6mmの感磁体と、全くエッチング処理を行っていない断面積減少率0%,長さ4mmの感磁体を多数準備し、前記と同様の実験を行い、磁気分解能がどう変化するかを調査した。結果を図3(No.4と同一条件で酸によるエッチングを行った感磁体の結果)と図4(エッチング処理を行っていない感磁体の結果)に示した。なお、本実験は、異常ノイズ発生による磁気分解能の悪化がより顕著に現れることを期待して、前記実験より反磁界が大きく、感度が低下し、異常ノイズ発生による磁気分解能への影響が大きくなる傾向となるように、前記した実施例と比べてより短い感磁体を使って実験を行った。
図4の結果から明らかなように、エッチング処理を行っていない比較材では、試験時間30分で測定した試料数266個中約15%の感磁体について異常ノイズの発生が認められ、安定して優れた磁気分解能を得ることができず、磁気分解能が5nTを超える実験結果が多数確認された。なお図3には横軸を20nTまでしか記載していないが、数は少ないものの磁気分解能は最大で100nT超にまで悪化し、前記した優れた磁気分解能が要求される用途には到底使用が困難であることがわかった。それに対し、図3に示す通り適切な量のエッチングによる加工影響残存層の除去処理を行った実施材であるNo.4は、155個の試料を準備して同様な実験を行ったが、異常ノイズは全く確認できず、分解能はほぼ正規分布となり、3.0nTを超える分解能の感磁体は全くなく、平均で約1.5nTの優れた磁気分解能を得ることが確認できた。
なお、上記の図3、図4の結果は試験時間30分で行った結果を示したものであるが、上記実験を一部の試験材で時間を延長して行ったところ、試験No.4の感磁体については、試験時間を1日まで延長しても異常ノイズは全く認められなかった。それに対し、加工影響残存層の除去処理を行っていない比較材については、試験時間30分の場合には異常ノイズの発生率が約15%であったが、試験時間が1日の場合には異常ノイズの発生率が約50%となり、前記した図3と図4の差よりもさらに性能差が拡大することがわかった。本発明である感磁体を実際にフラックスゲートセンサ用として用いる場合には、当然の如く長期間の間安定した磁気分解能を確保する必要があり、その点を考慮するならば、本発明の効果は非常に顕著であるということができる。なお、図4に示す通り、磁気分解能は、ばらつきが避けられず、試験時間を長くすると磁気分解能の最大値もより高い値が検出されることから、10nT以下の優れた磁気分解能を安定して得るには、前記した1本のみでの短時間の試験による評価では10nTよりもかなり小さい値以下の磁気分解能が確保できているとともに、異常ノイズの発生がないことが必要と判断される。
次にエッチング処理の条件による影響がないかについての別の実施例を示す。加工影響残存層の除去処理のため行われる酸によるエッチングと電解エッチングは、処理液の温度、濃度、電解エッチングでは電流値の大きさによって処理速度が変化する。処理速度が変化すると同じ断面積減少率でも表面除去処理後の表面状態に変化が生じ、その結果磁気分解能に影響が生じる可能性があると考えられる。そこで、処理液の温度、濃度、電解時の電流値の大きさ等の条件を変化させ、エッチング速度を変化させる一方で、断面積減少率を磁気分解能の評価については、試験材No.4と同じ20.3%に固定し、前記した実験と同じ方法で特性に影響が生じないかどうか調査した。その結果を図5に示す。この結果から明らかなように、磁気分解能は、エッチング速度(表面からの深さ方向のエッチング速度)が速くなると値が増加する傾向にあるが、その変化は速度が比較的小さい値の場合は大きくないが、10μm/minを超えるとその変化が急激になることが分かった。これは、除去速度が高くなるほど同じ断面積減少率でも表面粗さが高まる傾向にあることが影響していると思われる。但し、エッチングした試験材では異常ノイズの発生はなく、極端にエッチング速度を高めない限り、エッチングを全く行わない場合よりは改善されることもわかった。従って、加工影響残存層の除去処理は速度が10μm/min以下となる条件で行うこととする。
以上説明した実験は直交フラックスゲートセンサに対して実施したものであるが、特に直交型のものに限定する必要は全くなく、平行型のものにも同様に本発明で製造した感磁体を用いることができる。すなわち、本発明によって製造された扁平断面の感磁体(アモルファスワイヤ)を複数積層した後にリング状に構成することでトロイダルコアを製造し、このトロイダルコアの表面に励磁コイル及び検出コイルを巻きつけたFGセンサ素子を備えた平行型フラックスゲートセンサに対して実施しても、同様な実験を行い、ほぼ同様の優れた効果が得られることが確認できた。