以下に本発明を実施する形態として、耐疲労損傷性に優れたベイナイト鋼レール(以下、単にレールとも称する。)につき、詳細に説明する。ただし、本発明は以下の説明に限定されず、本発明の趣旨及びその範囲から逸脱することなくその形態及び詳細を様々に変更し得ることは、当業者であれば容易に理解される。従って、本発明は以下に示す実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。また、以下にて説明する、化学組成に含まれる合金元素の含有量の単位「質量%」は、単に「%」と記載する。
本実施形態に係るベイナイト鋼レールは、化学組成が、単位質量%で、C:0.15〜0.45%、Si:0.05〜2.00%、Mn:0.10〜2.00%、Cr:0.10〜2.00%、Nb:0.51〜2.00%を含有し、P:0.025%以下、S:0.025%以下に制限し、残部はFeおよび不純物からなり、レールの頭部コーナー部および頭頂部の表面から少なくとも深さ20mmまでの範囲において、単位面積%で、95%以上がベイナイト組織であり、かつ前記範囲の硬度が300〜500Hvの範囲であることを特徴とする。
まず、本実施形態に係るレールを完成するに至った本発明者らの新たな知見について説明する。
金属材料の母材においては、非特許文献1に例示するように、疲労限度(耐疲労特性)は材料の静的強度と相関関係があり、静的強度は硬度と相関関係がある。したがって、疲労限度は硬さと相関があるため、レールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性を向上させるには、レールの頭表部表面から内部にかけての硬度を向上させればよい。そこで、本発明者らはまず、鋼の強化機構に基づいた硬度の向上方法について検討した。
鋼の硬度を上げ、鋼の強化を図る方法として、「転位(加工)強化」、「固溶強化」、「析出強化」、「粒界強化(結晶粒の微細化による強化)」が挙げられる。
しかしながら、転位(加工)強化はレールに塑性変形を与え、加工硬化部位が疲労き裂の起点となりえるため、本実施形態に係るレールへの適用は困難である。
固溶強化に関しては、鋼の固溶強化元素であり本実施形態に係るレールのベース成分であるSi、C以外で、固溶強化元素として効果が高い元素はPである。しかし、Pは不純物元素であり、本実施形態に係るレールの範囲以上の含有量では鋼を脆化させる作用が大きいため、本実施形態に係るレールには適用できない。
析出強化を行う場合、ベイナイト組織中のフェライト相中に微細析出物を生成させて、フェライト相を強化する。その強化を担う析出物としては、レールの製造工程に含まれる熱間圧延工程および冷却工程の活用を考慮するに、炭化物や窒化物、炭窒化物が有望である。
粒界強化を行う場合、ベイナイト組織を微細化する。微細化のための手段として、(A)ベイナイト変態前のオーステナイト相の結晶粒の微細化と(B)ベイナイト変態の際に発生するベイナイトの結晶粒の個数の増大とが考えられる。
手段(A)を実施する場合、ベイナイト変態前のオーステナイト相の結晶粒の微細化により、変態後のベイナイト組織を微細化し、ベイナイトの粒界を多量に存在させる。粒界は、き裂発生の原因となる転位の移動を阻害するので、粒界を多量に存在させることによりレールの耐疲労特性を向上させることができる。粒界強化を達成するための方法の代表的なものに、熱間圧延の際に生じる、再結晶後のオーステナイト相の結晶粒の成長を、鋼中に分散させた析出物を用いてピンニングする方法がある。この方法は、鋼中に析出物を形成する元素の含有量を最適化することにより達成できる。
手段(B)を実施する場合、レールの冷却の際に共析変態点から実際の変態開始までの温度差(過冷度)を大きくすることで、ベイナイト組織の核生成の駆動力を増大させ、単位体積あたりに発生するベイナイト組織の数を増やす。これにより、微細なベイナイト組織を得て、レールの疲労強度の向上が達成される。
過冷度を増大させる手段のひとつとしては、冷却速度の上昇(恒温変態処理の場合、保持温度の低下)がある。しかし、冷却速度を上昇させた場合、冷却速度の制御の難易度、および冷却停止温度の制御の難易度が増大するので、脆く、耐疲労損傷性の低いマルテンサイト組織が生成するおそれが増大する。
過冷度を増大させる別の手段として、合金元素添加による焼入れ性の増加(合金元素を用いて変態を抑制すれば、同一冷却速度でも、実際の変態温度が下がり、過冷度が増大する)がある。合金元素の添加による焼入れ性の増加は、合金含有量の最適化によって達成可能であり、本実施形態に係るレールの耐疲労特性の向上のために有用であると考えられた。
そこで、本発明者らは、ベイナイト組織の微細化に有効な元素を検討した結果、Nbが有望であることを見出した。また、耐疲労特性を向上させるために有効なNb含有量を調査するために、以下に説明する実験を行った。
まず、C:0.25%、Si:0.40%、Mn:0.70%、Cr:0.50%、P:0.010%、S:0.010%を含有し、さらにNb含有量を0.30〜2.15%の範囲で変化させた種々の鋼片を1250℃まで加熱した後、熱間圧延工程にて、粗圧延、中間圧延を経て粗造形した後、仕上温度940℃でレールに成形した。熱間圧延後は、冷却開始温度800℃から、5℃/secの冷却速度で冷却停止温度420℃まで種々のレールを加速冷却し、その後は40℃/minで室温まで冷却した。このようにして試験製造した種々のレールに、下記の要領で疲労試験を行った。
<疲労試験方法>
(1)試験機 :小野式小型回転曲げ試験機。
(2)試験片形状 :JIS Z 2274「金属材料の回転曲げ疲れ試験方法」に準拠(平行部直径6mm)。
(3−1)頭頂部表面下2〜8mmの疲労特性評価のための試験片の採取位置:頭表部表層(頭頂部表面より5mm下)を試験片中心として採取。
(3−2)頭頂部表面下14〜20mmの疲労特性評価のための試験片の採取位置:頭表部内部(頭表部表面から17mm下)を試験片中心として採取。
(4)採取データ :それぞれの位置の疲労強度(破断までの回転曲げ繰返し負荷回数が1,000万回超となる最高強度)。
図1に、レールのNb含有量と、レール頭表部表層および頭表部内部の疲労強度との関係を示す。頭表部表層および頭表部内部のいずれにおいても、Nb含有量が0.51%以上となると、疲労強度の値が高くなることを見出した。特に、Nb含有量が0.50%以下である場合のNb含有量と疲労強度とは正の線形関係を有するが、Nb量が0.51%以上になった場合、Nbの増大量に対する疲労強度の増大量が顕著となった。図1に記載された、0.50%以下のNb含有量と疲労強度の関係を示す一点鎖線よりも、0.51%以上のNbを含有するレールの疲労強度は高かった。これらのレールの金属組織を詳細に観察した結果、Nb含有量が0.51%以上となると、ベイナイト組織の大きさが0.50%以下のNb含有量の鋼よりも微細になっていた。これは、析出強化、およびベイナイト変態前のオーステナイト粒の微細化による粒界強化に加え、ベイナイト変態時のベイナイト個数の増大による粒界強化が顕著となったことに起因すると考えられる。
しかし、Nb含有量が0.50%以下であるレールでは、硬度が不足したので、疲労強度の向上が達成されなかった。これらのレールの金属組織を観察した結果、Nb含有量が0.50%以下のレールのベイナイト組織は、Nb含有量が0.51%以上で疲労強度の向上が確認されたレールのベイナイト組織よりも粗大であった。これは、Nbによる焼入れ性向上(変態の過冷度の確保)が不十分であったため、ベイナイト変態時にベイナイトが十分に微細化されなかったためと考えられる。
一方、Nb含有量が2.00%超であるレールでは、特にレール頭表部表面において、析出強化が過剰となりレールが脆化し、疲労き裂の進展に対する抵抗力が低下していた。さらに、Nb含有量が2.00%超であるレールでは、疲労破壊の起点となり、疲労強度を低下させる数十μm超の粗大な炭化物、窒化物、炭窒化物が生成していた。
以上の結果から、Nb含有量は0.51%〜2.00%の範囲に収めることが重要であることが分かった。
本実施形態に係るレールにおいて、Nb含有量を適正範囲におさめることで、鋼中に生成したNb析出物の粒成長抑制効果により、ベイナイト変態前のオーステナイトが微細化され、更に焼入れ性の向上により過冷度が増加し、ベイナイト組織の核が多量に発生することによりベイナイト組織の微細化が顕著となることで、粒界強化、および析出強化が達成される。
次に、本発明の一実施形態に係るレールの構成要件、限定理由について詳細に説明する。
(1)化学成分の限定理由
本実施形態のレールにおける化学成分(鋼成分)を限定した理由について詳細に説明する。
Cは、レールの硬度と耐摩耗性とを確保するための必須元素である。しかし、C含有量が0.15%未満では、初析フェライト相がレールに生成する。この場合、ベイナイト鋼レールに必要とされる強度や耐摩耗性を確保することが困難となるばかりでなく、軟質な初析フェライト相が疲労破壊の起点となるので、レールの耐疲労性も損なわれる。また、C含有量が0.45%を超えると、レール中にパーライト組織が多く生成する。この場合、レール頭頂部表面における、ころがり疲労損傷の一種であるダークスポット損傷が発生する。さらに、C含有量が0.45%を超える場合、ベイナイト変態速度が著しく低下し、耐疲労損傷特性に有害な脆いマルテンサイト組織が生成する。また、C含有量が0.45%を超える場合、NbとCとの析出物の数が著しく増加し、過剰な析出強化によりレールが脆化する。これにより、疲労き裂の進展に対する抵抗力がなくなり、レールの疲労強度が低下してしまう。このため、C含有量を0.15〜0.45%に限定した。強度や耐摩耗性を十分に確保するためには、C含有量を0.20%以上とすることが好ましく、0.25%以上とすることがさらに好ましい。また、パーライト組織やマルテンサイト組織の生成を抑制するためには、C含有量を0.40%以下とすることが好ましく、0.35%以下とすることがさらに好ましい。
Siは、ベイナイト組織中のフェライト相に固溶することによって、レールの強度を向上させる元素である。さらに、Siは、製鋼段階で脱酸元素として機能する。しかし、Si含有量が0.05%未満では、強度の向上が殆ど期待できないばかりか、脱酸不足に起因して粗大な酸化物がレール中に生成してしまい、レールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性を著しく損なう。また、Si含有量が2.00%を超えると、焼入性が著しく増加し、レール中に耐疲労損傷特性に有害なマルテンサイト組織が生成し易くなる。このため、Si含有量を0.05〜2.00%に限定した。また、マルテンサイト組織の生成を抑制するためには、Si含有量を1.50%以下とすることが好ましく、1.00%以下とすることがさらに好ましい。一方、Siの脱酸効果をさらに確実に得るために、Si含有量を0.10%以上、または0.20%以上としてもよい。
Mnは、鋼の焼入性を高めるので、ベイナイト組織を安定的に生成させるためには欠かせない元素である。しかし、Mn含有量が0.10%未満では、その効果が微弱であり、ベイナイト組織を安定的に得ることが困難となる場合がある。また、Mn含有量が2.00%を超えると、レール中に耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性に有害なマルテンサイト組織が生成し易くなる。このため、Mn含有量を0.10〜2.00%に限定した。ベイナイト組織をより安定的に生成させるためには、Mn含有量を0.30%以上とすることが好ましく、0.60%以上とすることがさらに好ましい。また、マルテンサイト組織の生成を抑制するためには、Mn含有量を1.50%以下とすることが好ましく、1.20%以下とすることがさらに好ましい。
Crは、ベイナイト組織を安定的に生成させ、かつベイナイト組織中に炭化物を微細に分散させ、強度を確保するために重要な元素である。しかし、Cr含有量が0.10%未満ではその効果が微弱であり、ベイナイト組織を安定的に得ることが困難となる場合がある。また、Cr含有量が2.00%を超えると、レール中に耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性に有害なマルテンサイト組織が生成し易くなる。このため、Cr含有量を0.10〜2.00%に限定した。ベイナイト組織をより安定的に生成させて強度を確保するためには、Cr含有量を0.30%以上とすることが好ましく、0.60%以上とすることがさらに好ましい。また、マルテンサイト組織の生成を抑制するためには、Cr含有量を1.50%以下とすることが好ましく、1.20%以下とすることがさらに好ましい。
Pは、鋼中に含有される不純物元素である。転炉での精錬を行うことにより、P含有量を制御することが可能である。P含有量が0.025%を超えると、レール鋼が脆くなり(ベイナイト組織が脆化)、き裂の発生・進展に対する抵抗力が下がるため、耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性が低下する。そのため、P含有量は0.025%以下と制限する。好ましくは、P含有量は0.020%以下である。なお、P含有量の下限は限定しないが、精錬工程での脱燐能力を考慮すると、P含有量は0.005%程度が実際に製造する際の下限値になると考えられる。
Sは、鋼中に含有される不純物元素である。溶銑鍋での脱硫を行うことにより、S含有量を制御することが可能である。S含有量が0.025%を超えると、介在物としての粗大なMnS等の硫化物が生成し易くなる。この場合、介在物周辺の応力集中により、き裂が生成しやすくなるため、レールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性が低下する。このため、S含有量は0.025%以下とするのが望ましい。S含有量は好ましくは0.020%以下である。なお、S含有量の下限は限定しないが、精錬工程での脱硫能力を考慮すると、S含有量は0.005%程度が実際に製造する際の下限値になると考えられる。
Nbは、鋼中に含有させることで、前述したように、粒界強化、および析出強化に寄与する元素である。前述のように、レール頭表部表面から頭表部内部20mm位置までのベイナイト組織の微細化による硬度確保を行い、且つNbの過剰含有による脆化を避けるため、Nb含有量は0.51〜2.00%に限定した。安定的に粗大なNb系析出物の生成を抑制し、ベイナイト組織のフェライト相中への微細Nb系析出物の過剰生成によるき裂の抵抗性低下(耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性)を防ぐためには、Nb含有量を1.80%以下とすることが好ましく、1.50%以下とすることがさらに好ましい。一方、Nbによる耐疲労特性向上効果をさらに確実に得るために、Nb含有量を0.55%以上、または0.60%以上としてもよい。
また、上記の成分組成で製造されるレールは、レールの硬度(強度)の向上、すなわち耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性の向上、さらには、耐摩耗性の向上、靭性の向上、溶接熱影響部の軟化の防止、レール頭表部内部の断面硬度分布を制御する目的で、Ti、V、N、Mo、Ni、B、Cu、Co、Mg、Ca、Alの1種又は2種以上の元素を必要に応じて添加してもよい。ただし、これら元素が含まれない場合でも、本実施形態に係るレールは優れた耐疲労特性を発揮する。従って、これら元素の含有量の下限値は0%である。
以下に、目的、作用、効果別に、これら元素群をa群〜d群と分け、詳細に説明する。
<a群>
Ti、V、およびNは熱間圧延工程中におけるオーステナイト相中に炭化物、窒化物、または炭窒化物として析出し、これら析出物がオーステナイト相の結晶粒成長を阻害する効果を有する。Ti、VおよびNのうち一つ以上とNbとを同時に含有させた場合、Ti、VおよびNのうち一つ以上とNbとの複合析出物、例えば(Ti、Nb)C等が析出する場合もある。その結果、オーステナイト結晶粒が微細化するため、ベイナイト組織が微細になり硬度が向上する。ベイナイト鋼レールの硬度向上を目的に、これらa群元素の1種または2種以上を選択的に添加することが好ましい。それぞれの成分限定理由は以下の通りである。
Tiは、熱間圧延工程におけるオーステナイト相中に微細なTi系析出物(たとえばTiC、TiN、Ti(C,N))として析出する。Ti系析出物は、その他の元素(V、Nb等)と複合析出する場合もある。Ti含有量を好ましくは0.0005%以上とすることで、オーステナイト粒微細化の顕著な効果を得て、ベイナイト組織の微細化による硬度向上の顕著な効果が得られる。また、Ti含有量が0.0050%を超えると、粗大なTi系析出物が生成しやすくなり、オーステナイト相の粒成長を抑制効果が小さくなるため、ベイナイト組織の微細化による硬度向上が達成できない。また、Ti含有量が0.0050%を超える場合、溶鋼を凝固させる際に、凝固偏析部で粗大な晶出物を生成しやすく、この晶出物がレールの使用の際に破壊の起点となる懸念がある。このため、Ti含有量は0.0050%以下が望ましい。
Vは、熱間圧延工程におけるオーステナイト相中に微細なV系析出物(たとえばVC、VN、V(C,N))として析出する。V析出物は、その他の元素(Ti、Nb等)と複合析出する場合もある。V含有量を好ましくは0.0005%以上とすることで、オーステナイト粒微細化の顕著な効果を得て、ベイナイト組織の微細化による硬度向上の顕著な効果が得られる。また、V含有量が0.0050%を超えると、粗大析出物が生成し、オーステナイト相の粒成長を抑制効果が小さくなるため、ベイナイト組織の微細化による硬度向上が達成できない。このため、V含有量は0.0050%以下が望ましい。
Nは、熱間圧延や高温度に加熱する熱処理が行われる場合に、Nb、V、Tiと窒化物や炭窒化物を形成し、オーステナイト相の粒成長を抑制し、ベイナイト組織の微細化により硬度を向上させる元素である。また、Nはベイナイト組織のフェライト相中へのNb系析出物の形成を促進させるため、ベイナイト組織を一層高硬度化させる。Nの成分限定理由は以下の通りである。
Nは窒化物、炭窒化物の生成に寄与するため、含有させると良い。しかし、炭化物のみによっても本実施形態に係るレールの課題が解決できるため、下限値については限定しない。また、N含有量が0.010%を超えると、析出物が粗大化し、オーステナイト相の粒成長の抑制効果が弱くなり、ベイナイト組織の微細化による高硬度化を達成できなくなるだけではなく、ベイナイト組織のフェライト相中にNb系析出物が過剰に析出してしまい、ベイナイト組織が脆くなり、レールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性が低下する。このため、N含有量は0.010%以下が望ましい。
<b群>
Mo、Ni、Bは、鋼の焼入れ性を変化させ、ベイナイト組織の高硬度化またはベイナイト組織の生成を安定化させる元素である。レールの硬度向上、ベイナイト組織安定化を目的にこれらb群元素の1種または2種以上を選択的に添加することが好ましい。これら元素の成分限定理由は以下の通りである。
Moは、焼入れ性の増加により、パーライト変態を抑制することで、ベイナイト組織を生成させやすくし、さらにベイナイト変態温度を低下させることによりレールの硬度を確保する働きを有する。Mo含有量を好ましくは0.01%以上とすることで、上述の効果が得られる。Mo含有量が1.00%を超えると、焼入れ性の過剰な増加により、レール中に、レールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性に有害なマルテンサイト組織が生成し易くなる。さらに、Mo含有量が1.00%を超える場合、鋼片における偏析の発生が助長され、この偏析部に耐疲労損傷特性に有害なマルテンサイト組織が生成されるおそれがある。このため、Mo含有量は1.00%以下が望ましい。
Niはオーステナイト相を安定化させることによりベイナイト変態温度を下げ、硬度を向上させる元素である。Ni含有量を好ましくは0.05%以上とすることで、上述の効果が得られる。Ni含有量が1.00%を超えると、ベイナイト変態速度が大きく低下し、レール中に、レールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性に有害なマルテンサイト組織が生成し易くなる。このため、Ni含有量は1.00%以下が望ましい。
Bは、旧オーステナイト粒界からの初析フェライトやパーライト組織の生成を抑制し、ベイナイト組織を安定的に生成させる元素である。B含有量を好ましくは0.0001%以上とすることで、旧オーステナイト粒界からの初析フェライト、パーライト組織の生成を抑制する顕著な効果を得ることができる。B含有量が0.0050%を超えると、その効果が飽和する。このため、Bは0.0050%以下が望ましい。
<c群>
Cu、Coは、ベイナイト組織のフェライトの固溶強化(Cu)や微細化(Co)により硬度を向上させる元素である。レールの硬度向上を目的に、これらc群元素の1種または2種を選択的に添加することが好ましい。これら元素の成分限定理由は以下の通りである。
Cu含有量を好ましくは0.05%以上とすることで、顕著な固溶強化効果が得られ、レールの硬度の向上効果が得られる。Cu含有量が1.00%を超えると、過剰な焼入れ性向上により、レール中に、レールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性に有害なマルテンサイト組織が生成し易くなる。このため、Cu含有量は1.00%以下が望ましい。
Co含有量を好ましくは0.01%以上とすることで、顕著にベイナイト組織を微細化することにより、レールの硬度の向上効果が得られる。Co含有量が1.00%を超えると、上記の効果が飽和し、含有量に応じた組織の微細化が達成されない。この場合、合金添加コストの増大により経済性が低下する。このため、Co含有量は1.00%以下が望ましい。
<d群>
Mg、Ca、Alは鋼中で酸化物や硫化物を形成することにより、熱間圧延等の間のオーステナイト相の粒成長を抑制する元素である。オーステナイト相の粒成長の阻害により、熱間圧延終了後のオーステナイト相が微細化し、最終的に得られるレールのベイナイト組織が微細となり、レールの硬度が向上する。レールの高硬度化を目的にこれらd群元素の1種または2種以上を選択的に添加することが好ましい。これら元素の成分限定理由は以下の通りである。
Mgは、O、S、又はAl等と結合して微細な酸化物や硫化物を形成する。Mg含有量を好ましくは0.0005%以上とすることで、顕著なベイナイト組織の高硬度化効果が得られる。Mg含有量が0.0200%を超えると、Mgの粗大酸化物が生成し、オーステナイト相の粒成長抑制効果が弱くなるだけでなく、粗大な酸化物から疲労損傷が発生し、レールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性が低下する。このため、Mg含有量は0.0200%以下が望ましい。
Caは、O、またはS等と結合して微細な酸化物や硫化物を形成する。Ca含有量を好ましくは0.0005%以上とすることで、顕著なベイナイト組織の高硬度化効果が得られる。Ca含有量が0.0200%を超えると、Caの粗大酸化物が生成し、オーステナイト相の粒成長抑制効果が弱くなるだけでなく、粗大な酸化物から疲労損傷が発生し、レールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性が低下する。このため、Ca含有量は0.0200%以下が望ましい。
Alは、熱間圧延や高温度に加熱する熱処理が行われる場合に、微細なAlの酸化物を形成する元素である。Al含有量を好ましくは0.0040%以上とすることで、顕著なベイナイト組織の高硬度化効果が得られる。Al含有量が0.0300%を超えると、鋼中に固溶しないAlが粗大なアルミナ系介在物を生成し、オーステナイト相の粒成長抑制効果を弱め、さらにこの粗大な析出物から疲労損傷が発生し、レールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性が低下する。さらに、Al含有量が0.0300%を超えると、レールの溶接時に酸化物が生成し、溶接性が著しく低下する。このため、Al含有量は0.0300%以下が望ましい。
本実施形態に係るレールの鋼成分組成は以上の通りであり、残部はFe及び不純物である。不純物は、原料、資材、製造設備等の状況に応じて鋼中に混入するが、本実施形態に係るレールの優れた特性を阻害しない範囲であれば、許容される。
また、上記のような成分組成で構成されるレールは、転炉、電気炉などの通常使用される溶解炉で溶製を行って得られる溶鋼を、造塊・分塊法あるいは連続鋳造法により鋳造し、さらにレール形状に熱間圧延することにより製造される。さらに、必要に応じて、レール頭表部の金属組織や硬さを制御する目的から、熱間圧延後のレールに熱処理が行われる。
(2)金属組織の限定理由
次に、レールの頭部コーナー部および頭頂部表面の表面から少なくとも深さ20mmまでの範囲(頭表部)における金属組織を、95面積%以上のベイナイト組織に限定した理由を説明する。
頭表部に初析フェライト組織が過剰に混在すると、硬度の低い初析フェライト組織に歪みが集中し、疲労き裂の発生が誘発される。また、頭表部に靭性の低いパーライト組織やマルテンサイト組織が過剰に生成すると、微小な脆性的な割れが発生し、疲労き裂の発生が誘発される。また、特に高速運転が行われるような直線区間に適用されるレールにおいては、車輪と接触する頭頂部表面や頭部コーナー部の耐転がり疲労損傷性を高くすることが重要である。そこで金属組織とこれらの特性の関係とを調査した結果、ベイナイト組織が最も適していることが確認された。そこで、耐転がり疲労損傷性を確保する目的から、頭表部の組織を95面積%以上のベイナイト組織に限定した。ただし後述するように、頭表部のベイナイト量が95面積%である限り、初析フェライト、パーライト、及びマルテンサイト等のその他の組織は許容される。
ここで、図2を用いて、本実施形態に係るレールにおける95面積%以上のベイナイト組織が必要な部位の範囲を説明する。図1はレールの断面模式図を示す。
レール頭部3は、頭頂部1と、頭頂部1の両端に位置する頭部コーナー部2と、側頭部12とを有する。頭頂部1は、レール延伸方向に沿ってレール頭部の頂部に延在する略平坦な領域である。側頭部12は、レール延伸方向に沿ってレール頭部の側部に延在する略平坦な領域である。頭部コーナー部2は、頭頂部1と側頭部12の間に延在する丸められた角部と、側頭部12の上半分(側頭部12の、鉛直方向に沿った1/2部より上側)とを併せた領域である。
頭頂部1の表面および頭部コーナー部2の表面は、レールの中で、車輪に接触する頻度が最も高い領域である。頭部コーナー部2および頭頂部1の表面の表面から深さ20mmまでの範囲を頭表部3aと呼ぶ。
本実施形態に係るレールでは、少なくともこの頭表部3a(図中で示した網掛け部)が、面積率で95%以上のベイナイト組織であることが必要である。なお、頭部コーナー部2の一方は、車輪と主に接触するゲージコーナー(G.C.)部である。
図2に示される頭表部3aに95面積%以上のベイナイト組織が存在すれば、レール頭表部3aの高硬度化により、レールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性を向上させることができる。つまり、レールの中でも車輪に接触する頻度が高く、耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性が最も強く要求される頭表部3aに95面積%以上のベイナイト組織が存在していれば本実施形態に係るレールの効果が享受できる。従って、頭表部3a以外の、これらの特性が必要とされない部分は、ベイナイト組織以外の金属組織を5面積%以上含んでもよい。
次に、本実施形態に係るレールの頭表部の金属組織の生成状況について説明する。
前記の頭表部3aの金属組織は全て、直線区間において車輪との接触により生じる転がり疲労損傷に対し、優れた耐性を有するベイナイト組織であることが望ましい。しかし、微量な初析フェライト、パーライト、マルテンサイトなどが混入することがある。これらのベイナイト組織以外の組織は、合計5面積%未満の範囲内であれば、レールの特性には悪影響を及ぼさない。従って、前記の頭表部3a(図2の3aに示す網掛け部分参照)においては、面積率で合計5%未満までは初析フェライト、パーライト組織、マルテンサイト組織等のベイナイト組織以外の組織を含んでもよい。換言すれば、本実施形態に係るレールの頭表部3aのベイナイト組織の面積率を95%以上とし、ベイナイト組織以外の上記のような組織が混在する場合は、そのベイナイト組織以外の組織は面積率で合計5%未満に制限する。したがって、レールの頭表部3aのベイナイト組織の面積率の上限は100%である。なお、本明細書において「95面積%以上のベイナイト組織」を単に「ベイナイト組織」と称する場合がある。
なお、耐表面損傷性を十分に向上させるには、レール頭表部3aの組織のうち面積率で98%以上をベイナイト組織とすることが好ましい。
次に、頭頂部および頭部コーナー部の表面から深さ20mmまでの範囲(領域)をベイナイト組織とした理由について説明する。
レール頭部において、95面積%以上の高強度のベイナイト組織が生成された範囲(必要範囲)が頭頂部および頭部コーナー部の表面から深さ20mm未満である場合、当該範囲はレール頭部に要求されるレールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性を確保するためには不十分であり、十分なレール使用寿命の向上が困難となる。また、摩耗によるレールの交換を考慮すると、頭頂部および頭部コーナー部の表面を起点として深さ20mmを超える深さでは、ベイナイト以外の組織が生成してもレールの使用特性には影響しない。従って、95面積%以上のベイナイトの含有が求められる範囲を、レール頭頂部および頭部コーナー部の表面から深さ20mmまでの範囲とした。しかし、95面積%以上のベイナイトの含有が求められる範囲を、レール頭頂部および頭部コーナー部の表面から深さ22mmまでの範囲、または深さ25mmまでの範囲としてもよい。
ここで、ベイナイト組織の面積率の求め方について述べる。
光学顕微鏡を用いて、少なくとも430μm×320μmの視野を観察する200倍の倍率で、頭頂部および頭部コーナー部の表面から2mm程度の深さ位置(3箇所:頭頂部1箇所、並びに頭部コーナー部のゲージコーナー部1箇所及びその反対側の1箇所)と、頭頂部および頭部コーナー部の表面から20mm深さ位置(上述の2mm程度の深さ位置に対応する3箇所)の金属組織の写真を撮影し、写真の画像解析を行い、視野中のベイナイト組織の面積を視野面積(少なくとも430μm×320μm)で除することで、ベイナイト組織の面積率を算出する。それぞれの深さ位置における、各視野のベイナイト組織の面積率が95面積%以上であれば、頭頂部および頭部コーナー部の表面から少なくとも20mm深さの範囲のベイナイト組織の面積率が95面積%以上である、とみなすことができる。
また、頭頂部および頭部コーナー部の表面から2mm程度の深さ位置(3箇所。頭頂部1箇所、並びに頭部コーナー部のゲージコーナー部1箇所およびその反対側の1箇所)と、頭頂部および頭部コーナー部の表面から20mm深さ位置(上述の2mm程度の深さ位置に対応する3箇所)の金属組織写真の画像解析の結果、初析フェライト、パーライト組織、初析セメンタイト、マルテンサイト組織の面積率の合計が5%未満であれば、頭頂部および頭部コーナー部の表面から少なくとも20mm深さの範囲の金属組織の95面積%以上がベイナイト組織であるとみなすことができる。
(3)硬度の限定理由
また、レールの耐摩耗性を確保するために、頭頂部および頭部コーナー部の表面から深さ20mmまでの範囲の硬度は300〜500Hvである必要がある。
頭頂部および頭部コーナー部の表面から深さ20mmまでの範囲の硬度が300Hv未満では、レールの耐表面疲労損傷性や耐内部疲労損傷性が向上しない。一方、頭頂部および頭部コーナー部の表面から深さ20mmの範囲までの硬度が500Hvを越えるものは、硬度が過剰であり、疲労き裂の進展に対する抵抗力が低下(脆化)してしまう。このため、頭頂部および頭部コーナー部の表面から深さ20mmまでの範囲の硬度の範囲を300〜500Hvに限定する。耐疲労損傷特性の安定向上のためには、硬度を320〜480Hvの範囲とすることが好ましい。
また、頭頂部および頭部コーナー部の表面から2mm程度の深さ位置(3箇所。頭頂部1箇所、並びに頭部コーナー部のゲージコーナー部1箇所及びその反対側の1箇所)と、頭頂部および頭部コーナー部の表面から20mm深さ位置(上述の2mm程度の深さ位置に対応する3箇所)の硬度が300〜500Hvであれば、頭頂部および頭部コーナー部の表面から少なくとも20mm深さまでの範囲の硬度は300〜500Hvの範囲にあるとみなすことができる。各測定箇所における硬度測定は、レールの研磨された横断面(レールの長手方向に垂直な断面)において、JIS Z 2244に準じて、ビッカース硬度計を用いて、荷重98Nで行えばよい。各測定箇所におけるレールの硬さの測定は、測定位置において、3点以上、好ましくは5点以上測定して、それらの平均値を算出して行うことが望ましい。
本実施形態に係るレールの製造方法は特に限定せず、上述したような成分組成となるよう、転炉、電気炉などの通常使用される溶解炉で溶製を行い、この溶鋼を造塊・分塊法あるいは連続鋳造法により鋳造され、さらにレール形状に熱間圧延を施すことで製造される。なお、熱間圧延後の熱処理についても特に限定しないが、頭頂部および頭部コーナー部の表面から少なくとも深さ20mmまでの範囲の硬度が300〜500Hvのベイナイト組織をより安定して得るため、熱間圧延後に自然冷却、または、熱間圧延後または必要に応じて再加熱後のオーステナイト相領域のある高温のレール頭表部表面や底部表面に対し加速冷却を行うことが望ましい。加速冷却の方法としては、例えば、特許文献2、特許文献3に記載されているような方法で加速冷却を行うことにより、本実施形態に係るレールの所定の組織と硬度を得ることができる。
次に、本発明の実施例について説明する。なお、本実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
表1に本発明レール(発明例A01〜A27)の化学成分を示す。また、表2に頭表部(頭頂部表面下2mm位置、20mm位置、頭部コーナー部表面下2mm位置、20mm位置)の金属組織および硬度の測定結果、ならびに疲労試験結果を示す。
表3に比較例として、本発明の範囲外のレール(比較例B01〜B12)の化学成分を示す。また、表4に頭表部(頭頂部表面下2mm位置、20mm位置、頭部コーナー部表面下2mm位置、20mm位置)の金属組織および硬度の測定結果、ならびに疲労試験結果を示す。
尚、表2、4に示す頭表部の金属組織において、面積率の合計で5%超の初析フェライト、パーライト組織、マルテンサイト組織が混入している比較例については、頭表部金属組織の欄に初析フェライト、パーライト組織、マルテンサイト組織も記載した。また、表2、4に記載の頭表部の金属組織において、「ベイナイト」のみの表記の場合、頭表部の金属組織は95面積%以上のベイナイトを含んでいた。ただし、表2、4に記載の頭表部の金属組織において、「ベイナイト」のみの表記の場合、表2、4に記載の頭表部の金属組織において、「ベイナイト」のみの表記の場合、面積率で合計5%以下の微量な初析フェライト、パーライト組織、初析セメンタイトやマルテンサイト組織が混入しているものも含んでいる。
なお、表1と表3とに示した、本発明例のレールおよび比較例のレールの製造条件は下記に示すとおりである。
製鋼工程において転炉および二次精錬(脱ガス)で成分調整を行い、連続鋳造にてレール熱間圧延用の鋼片(ブルーム)に鋳造した。鋼片は熱間圧延工程において、加熱炉にて1270℃で80分間加熱し、加熱炉抽出後は粗圧延工程、中間圧延工程を経て、粗造形圧延を行い、仕上圧延工程にて最終圧延温度960℃でレール形状に圧延した。熱間圧延後は熱処理工程に搬送し、レールの頭頂部の表面が820℃のオーステナイト状態から、冷却速度6℃/secで400℃まで加速冷却を施し、その後は40℃/minで冷却した。
表1〜表4に示した本発明レールおよび比較レールにおいて、頭頂部表面下2mm位置、20mm位置、頭部コーナー部表面下2mm位置、20mm位置の金属組織および硬度、ならびに析出物・介在物の観察方法・判定方法は、以下の方法で測定した。
<金属組織観察方法>
以下の方法によりベイナイト組織を観察した。
(1)観察試料: レール長手方向に対し垂直に切断したレール頭部を研磨したもの。
(2)腐食方法: 研磨した断面をナイタールに10sec浸漬(非特許文献2参照)。
(3)観察方法: 光学顕微鏡、200倍。
(4)観察位置: レール頭頂部表面から2mm、20mm深さの位置。
レール頭部コーナー部表面から2mm、20mm深さの位置。
(5)組織判定: 画像解析。
<硬度の測定方法>
(1)測定器 :ビッカース硬度計(荷重98N)。
(2)測定用試験片採取:レール頭部の横断面からサンプル切り出し。
(3)事前処理 :前記横断面を研磨。
(4)測定方法 :JIS Z 2244に準じて測定。
(5)測定位置 :レール頭頂部表面から2mm、20mm深さの位置。
両レール頭部コーナー部表面から2mm、20mm深さの位置
。
各測定位置において5回ずつ(レール頭部コーナー部の表面から2mm深さの位置においては、右側と左側との両方で5回ずつ。レール頭部コーナー部の表面から20mm深さの位置も同様)、上述の(1)〜(4)の条件で硬度を測定し、各測定位置における測定値の平均値を、各測定位置における硬度とみなした。なお、両方のレール頭部コーナー部は、レール頭部コーナー部毎に冷却条件を変えない限りほぼ同じ硬度値を示すため、レール頭部コーナー部の硬度とは、両方のレール頭部コーナー部の硬度の平均値である。
<疲労試験方法>
表2、表4に示した疲労試験については、前記の疲労試験方法と同様に試験を行い、以下の判定を行った。
(1)試験機 :小野式小型回転曲げ試験機。
(2)試験片形状 :JIS Z2274「金属材料の回転曲げ疲れ試験方法」準拠。
平行部直径6mm。
(3−1)頭頂部表面下2〜8mmの疲労特性評価のための試験片の採取位置:頭頂部表面より5mm下を試験片中心として採取。
(3−2)頭頂部表面下14〜20mmの疲労特性評価のための試験片の採取位置:頭表部表面から17mm下を試験片中心として採取。
(4)採取データ :頭頂部表面より5mm下を試験片中心として採取(頭頂部表面下2〜8mmの疲労特性評価)する試験片と、頭表部表面から17mm下を試験片中心として採取する試験片(頭頂部表面下14〜20mmの疲労特性評価)との疲労強度(破断までの回転曲げ繰返し負荷回数が1,000万回超となる最高強度)の最低値(低い方の値)。
(5)判定:◎ 疲労強度(最低値)が700MPa超のもの。
○ 疲労強度(最低値)が600MPa(符号A01相当)以上700MP
a以下のもの。
× 疲労強度(最低値)が600MPa(符号A01相当)未満のもの。
表1〜4に示した本発明例および比較例のレールの詳細は下記に示すとおりである。
(1)本発明レール(27本)
符号A01〜A27:化学成分値、頭表部の金属組織、及び頭表部の硬さが本発明範囲内のレール。
(2)比較レール(12本)
符号B01〜B12:C、Si、Cr、Mn、P、S、Nbのいずれかの含有量が本発明範囲外のレール。
表2、表4に示すように、本発明レール(符号A01〜A27)は、比較レール(符号B01〜B12)と比べて、鋼のC、Si、Mn、P、S、Nbの含有量を限定範囲内に収めることにより、初析フェライト、パーライト組織、マルテンサイト組織の生成を抑制し、頭表部表面から少なくとも20mm位置までにおいて高硬度ベイナイト組織を得ることができた。
また、表2、表4に示した疲労特性の評価結果より、本願発明の範囲の成分含有量とし、高硬度ベイナイト組織を得ることで、本願の目的とする疲労特性の向上が認められた。
一方、符号B01はC含有量が規定範囲よりも低かったため、耐表面疲労損傷性および耐内部疲労損傷性に有害な軟質な初析フェライトが頭表部中に大量に生成し、頭表部の硬度が低下した。その結果、符号B01は疲労特性が向上しなかった。
符号B02はC含有量が規定範囲よりも高かったため、頭表部中にパーライト組織が頭表部に多く生成し、頭表部の組織が耐表面疲労損傷性および耐内部疲労損傷性に有害な組織となった。ベイナイト組織とパーライト組織との間で疲労き裂が発生しやすいため、符号B02は疲労特性が向上しなかった。
符号B03はSi含有量が規定範囲よりも低かったため、頭表部の組織が耐表面疲労損傷性および耐内部疲労損傷性が低い軟質なベイナイト組織となり、頭表部の硬度が低下したばかりか、脱酸不足により、レールの耐表面疲労損傷性および耐内部疲労損傷性を低下させる粗大な酸化物が頭表部に生成した。このため、符号B03は疲労特性が向上しなかった。
符号B04は過剰なSiの添加により焼入れ性が著しく向上し、耐表面疲労損傷性および耐内部疲労損傷性を劣化させるマルテンサイト組織が頭表部中に生成した。ベイナイト組織とマルテンサイト組織との間で疲労き裂が発生しやすいため、符号B04は疲労特性が向上しなかった。
符号B05はMn含有量が規定範囲よりも低かったため、焼入れ性が向上せず、耐表面疲労損傷性および耐内部疲労損傷性を低下させる初析フェライトが頭表部中に大量に生成し、頭表部の硬度が低下した。このため、符号B05は疲労特性が向上しなかった。
符号B06はMn含有量が規定範囲よりも高かったため、耐表面疲労損傷性および耐内部疲労損傷性に有害なマルテンサイト組織が頭表部中に多量に生成した。ベイナイト組織とマルテンサイト組織との間で疲労き裂が発生しやすいため、符号B06は疲労特性が向上しなかった。
符号B07はCr含有量が規定範囲よりも低かったため、頭表部の組織が耐表面疲労損傷性および耐内部疲労損傷性が低い軟質なベイナイト組織となった。このため、符号B07は疲労特性が向上しなかった。
符号B08はCr含有量が規定範囲よりも高かったため、焼入れ性が著しく向上し、耐表面疲労損傷性および耐内部疲労損傷性に有害なマルテンサイト組織が頭表部中に大量に生成した。ベイナイト組織とマルテンサイト組織との間で疲労き裂が発生しやすいため、符号B08は疲労特性が向上しなかった。
符号B09はP含有量が規定範囲よりも高かったため、頭表部が脆化した。疲労き裂の進展に対する抵抗力が無くなったため、符号B09は疲労特性が向上しなかった。
符号B10は、本発明の規定するベイナイト組織と硬度が得られたが、S含有量が規定範囲よりも多かったため、耐表面疲労損傷性および耐内部疲労損傷性を低下させる粗大な介在物が頭表部中に生成した。ベイナイト組織と介在物との間で疲労き裂が発生しやすいため、符号B10は疲労特性が向上しなかった。
符号B11はNb含有量が規定範囲よりも低かったため、オーステナイト相の結晶粒の成長のピンニング効果が不十分であり、さらにレールの冷却の際に共析変態点から実際の変態開始までの温度差(過冷度)が小さくなったので、ベイナイト組織の微細化が達成できず、頭表部の硬度が上昇しなかった。このため、符号B11は疲労特性が向上しなかった。
符号B12はNb含有量が規定範囲よりも多かったため、耐表面疲労損傷性および耐内部疲労損傷性に有害な、粗大なNb系析出物が頭表部に生成し、過剰な硬度値が認められた。このため、符号B12は疲労特性が向上しなかった。