以下に、本発明の好ましい実施形態を、図面を用いて詳細に説明する。これらの実施形態に記載されている構成部材の寸法、材質、形状、その相対配置などは、この発明の範囲を限定する趣旨のものではない。
まず、本発明の透過型ターゲットを適用可能なX線発生管およびX線発生装置について説明する。図5(a)、図5(b)は、それぞれ、本発明の透過型ターゲット9を備えたX線発生管102、および、X線発生装置101の各実施形態を示す構成図である。
<X線発生管>
図5(a)には、電子放出源3と透過型ターゲット9とを備えた透過型のX線発生管102の実施形態が示されている。以降、本願明細書においては、透過型ターゲット9をターゲット9と称す。
第1の実施形態では、電子放出源3が備える電子放出部2から放出された電子線束5をターゲット層22に照射することによりX線を発生させる。このため、ターゲット層22はダイアモンド基板21の電子放出源側に配置され、電子放出部32はターゲット22に対向して配置されている。
また、本実施形態では、ターゲット層22で発生したX線は、図5(a)に示す通り、必要に応じてターゲット9の前方において開口を有するコリメータにより放出角が制限され、X線束11に成形される。本実施形態においては、ターゲット9を管の内側で保持する管状の陽極部材42が、コリメータとして機能している。
なお、電子線束5に含まれる電子は、陰極51と陽極52とに挟まれたX線発生管102の内部空間13に形成された加速電界により、ターゲット層22でX線を発生させる為に必要な入射エネルギーまで加速される。
本実施形態において、陽極52は、ターゲット9と陽極部材42とを少なくとも備え、X線発生管102の陽極電位を規定する電極として機能している。
陽極部材42は、導電性材料からなりターゲット層21と電気的に接続される。陽極部材42は、本実施形態においては、図5(a)に示すように、透過基板21の周囲に接続されターゲット9を保持している。また、陽極部材42は、タングステン、タンタル等の重金属を含有し、図5(a)に示すように、ターゲット9の前方側において開口を残して延長された部分を有する形態とすることでコリメータとして機能する。なお、ターゲット9についての詳細な実施形態については後述する。
X線発生管102の内部空間13は、電子線束5の平均自由行程を確保することを目的として、真空となっている。X線発生管102の内部の真空度は、1E−8Pa以上1E−4Pa以下であることが好ましく、電子放出源3の寿命の観点からは、1E−8Pa以上1E−6Pa以下であることがより一層好ましい。本実施形態においては、電子放出部2およびターゲット層22は、それぞれ、前記外囲器の内部空間13または内面に配置されている。
X線発生管102の内部空間13は、不図示の排気管および真空ポンプを用いて真空排気した後、かかる排気管を封止することにより真空とすることが可能である。また、X線発生管102の内部空間13には、真空度の維持を目的として、不図示のゲッターを配置しても良い。
X線発生管102は、陰極電位に規定される電子放出源3と、陽極電位に規定されるターゲット層22との間の電気的絶縁を図る目的において、胴部に絶縁管110を備えている。絶縁管110は、ガラス材料やセラミックス材料等の絶縁性材料で構成される。本実施形態においては、絶縁管110は、電子放出部2とターゲット層22との間隔を規定する機能を有している。
外囲器111は、真空度を維持するための気密性と耐大気圧性有する堅牢性とを備える部材から構成されることが好ましい。本実施形態において外囲器111は、絶縁管110と、電子放出源3を備えた陰極51と、ターゲット9を備えた陽極52とから構成されている。
従って、本実施形態においては、陰極51及び陽極52は、絶縁管110の対向する両端にそれぞれ接続されることにより、外囲器111の部分を構成している。同様にして、透過基板21は、ターゲット層22で発生したX線をX線発生管102の外に取り出す透過窓の役割を担うとともに、外囲器111の部分を構成しているとも言える。
なお、電子放出源3は、ターゲット9が備えるターゲット層22に対向して設けられている。電子放出源3としては、例えばタングステンフィラメント、含浸型カソードのような熱陰極や、カーボンナノチューブ等の冷陰極を用いることができる。電子放出源3は、電子線束5のビーム径および電子電流密度、オン・オフタイミング等の制御を目的として、不図示のグリッド電極、静電レンズ電極を備えることが可能である。
<X線発生装置>
図5(b)には、X線束11をX線透過窓121の前方に向けて取り出すX線発生装置101の実施形態が示されている。本実施形態のX線発生装置101は、X線透過窓121を有する収納容器120の内部に、X線源であるX線発生管102、および、X線発生管102を駆動するための駆動回路103を有している。
駆動回路103により、陰極51および陽極52の間に管電圧が印加され、ターゲット層22と電子放出部2との間に加速電界が形成される。ターゲット層22の層厚と金属種とに対応して、管電圧Vaを適宜設定することにより、撮影に必要な線種を選択することができる。
X線発生管102及び駆動回路103を収納する収納容器120は、容器としての十分な強度を有し、かつ放熱性に優れたものが望ましく、その構成材料として、例えば真鍮、鉄、ステンレス等の金属材料が用いられる。
本実施形態においては、収納容器120内の内部のX線発生管102と駆動回路103以外の余空間43には、絶縁性液体109が充填されている。絶縁性液体109は、電気絶縁性を有する液体で、収納容器120の内部の電気的絶縁性を維持する役割と、X線発生管102の冷却媒体としての役割とを有する。絶縁性液体109としては、鉱油、シリコーン油、パーフロオロ系オイル等の電気絶縁油を用いるのが好ましい。
<X線撮影システム>
次に、図5(c)を用いて、本発明のターゲット9を備えるX線撮影システム60の構成例について説明する。
システム制御ユニット202は、X線発生装置101とX線検出器206とを統合制御する。駆動回路103は、システム制御ユニット202による制御の下に、X線発生管102に各種の制御信号を出力する。駆動回路103は、X線発生装置101が備える、本実施形態においては、収納容器120の内部にX線発生管102とともに収納されているが、収納容器120の外部に配置しても良い。駆動回路103が出力する制御信号により、X線発生装置101から放出されるX線束11の放出状態が制御される。
X線発生装置101から放出されたX線束11は、可動絞りを備えた不図示のコリメータユニットによりその照射範囲を調整されてX線発生装置101の外部に放出され、被検体204を透過して検出器206で検出される。検出器206は、検出したX線を画像信号に変換して信号処理部205に出力する。
信号処理部205は、システム制御ユニット202による制御の下に、画像信号に所定の信号処理を施し、処理された画像信号をシステム制御ユニット202に出力する。
システム制御ユニット202は、処理された画像信号に基づいて、表示装置203に画像を表示させるための表示信号を表示装置203に出力する。
表示装置203は、表示信号に基づく画像を、被検体204の撮影画像としてスクリーンに表示する。
X線撮影システム101は、工業製品の非破壊検査や人体や動物の病理診断に用いることができる。
<ターゲット>
次に、本発明の特徴であるターゲット9の基本的な実施形態を、図1(a)、(b)、図2(a)、(b)、図3(a)、(b)及び図4(a)、(b)を用いて説明する。
図1(a)、(b)及び図2(a)、(b)に図示した実施形態は、ターゲット層22を、対向する面25に比較して、小さい平均結晶粒径を呈する面24に形成した実施形態であって、本願明細書では、本実施形態を第1の実施形態と称する。一方、図3(a)、(b)及び図4(a)、(b)に図示した実施形態は、ターゲット層22を、対向する面25に比較して、大きい平均結晶粒径を呈する面24に形成した実施形態であって、本願明細書では、本実施形態を第2の実施形態と称する。第1と第2の実施形態の詳細な適用については、後述する。
図1(a)及び図3(a)に図示した第1の実施形態においては、ターゲット9は、ターゲット金属を含有するターゲット層22と、ターゲット層22を支持する透過基板21とを少なくとも備える。図1(b)及び図3(b)は、それぞれ、図1(a)及び図3(a)に図示したターゲット9の動作状態を示している。ターゲット層22の一方の面で電子線束5の照射を受けることにより放射状にX線を放出する。
本発明のターゲット9は、ターゲット層22から放出されたX線のうち、透過基板21の基板厚方向に透過した成分の一部を、開口を有したコリメータ59によりX線束11に成形されて透過基板21の前方に取出されている。なお、図1(b)及び図3(b)においては理解の為に、ターゲット層22に照射される電子線束の焦点から放射状に発生するX線のうち、放射線束11と焦点とを結ぶ範囲の放出成分のみを破線で示している。
透過基板21は、基板厚方向において結晶粒径の分布を有する多結晶ダイアモンドである。多結晶ダイアモンドからなる透過基板21は、化学的気相堆積法(CVD法)、微結晶ダイアモンドを焼き固めた固相焼結法、または、コバルト等のバインダー金属と微結晶ダイアモンドとを溶解析出作用により焼結する液相焼結法、等が適用される。X線の線質および熱伝導性の観点からは、炭素以外の元素およびsp3結合以外の炭素結合が少ない点で、化学的気相堆積法を用いることが好ましい。
化学的気相堆積法による多結晶ダイアモンドは、種結晶基板上に多結晶ダイアモンドを成膜したのち、種結晶基板を機械的または化学的に除去することにより、自立した多結晶ダイアモンド層を形成することができる。
透過基板21の外形は、図1(a)及び図3(a)に示すように、一方の面24とそれに対向する他方の面25とを有した平板形態とし、例えば、直方体状、ディスク状が採用される。
ディスク状の透過基板21としては、直径2mm以上10mm以下とすることにより、必要な焦点径を形成可能なターゲット層21設けることが可能となり、厚さ0.3mm以上3mm以下とすることにより、放射線の透過性を確保することが可能となる。直方体状のダイアモンド基材とする場合は、前述の直径の範囲を、直方体が有する面の短辺と長辺のそれぞれの長さに置き換えれば良い。
ターゲット層22は、高い原子番号、高融点、高比重の金属元素を、ターゲット金属として含有する。ターゲット金属は、透過基板21との親和性の観点からは、炭化物の標準生成自由エネルギーが負を呈するタンタル、モリブデン、タングステンの群から少なくとも1種選択された金属とすることが好ましい。また、ターゲット金属は、ターゲット層22に、単一組成または合金組成の純金属として含有されていても良いし、当該金属の炭化物、窒化物、酸窒化物等の金属化合物として含有されていても良い。
なお、ターゲット層22の層厚は、1μm以上12μm以下の範囲から選択される。ターゲット層22の層厚の下限と上限は、それぞれ、X線出力強度の確保、界面応力の低減の観点から定められ、3μm以上9μm以下の範囲とすることが、より好ましい。
ターゲット9は、X線発生管の陽極52の部分を構成するために、図2(a)または図4(a)に示す実施形態においては、陽極部材42、ろう材48、導通電極47を備えている。導通電極47は、陽極部材42との電気的な接続を確立するために必要に応じて設けられる導電性部材である。導通電極47としては、錫、銀、銅等の金属または金属酸化物等が適用される。
ろう材48は、陽極部材42にターゲット9を保持する機能を有するとともに、ターゲット層22と陽極部材42との電気的接続の機能を有している。ろう材48は、金、銀、銅、錫等を含有する合金であって、被接合部材に応じて合金組成を適宜選択することにより、透過基材21、導通電極47、陽極部材42等の異種材料間の接着性を担保することができる。
図2(b)および図4(b)に示す実施形態は、ぞれぞれ、図2(a)及び図4(a)に示す陽極51の変形例である。本実施例は、透過基板21の基板厚方向23において、ターゲット層22を支持する面24に向かって断面積が小さくなるようにテーパー処理がなされている。
図2(b)及び図4(b)に示す陽極51は、それぞれ、図2(a)及び図4(a)に示す陽極51と比較して、面24と側面との間が鈍角となっているため、ターゲット層22を支持する面の周縁の応力集中を緩和する効果が得られる。また、第1の実施形態の陽極51は、ろう材48がはみ出すような場合が生じたときに、ターゲット9の前方側へのろう材48のはみ出しを抑制する効果が得られる。ろう材48のはみ出しは、ろう材の付与量の不均一、過剰、ろう材48への圧縮応力等の原因により発生する場合があり、図2(b)または図4(b)に示す実施形態は、これらに対処するものである。
次に、本願発明の課題と透過基板21との関係について、図8、図9、図11及び図12を用いてより詳細に説明する。
本願発明の課題は、透過基板に多結晶ダイアモンドを用いたX線発生管に観測された、放電、陽極電流、X線出力変動を含む動作不安定性に関わるものである。かかる不安定性が生じたX線発生管は、多結晶ダイアモンドの結晶粒径分布とターゲット層が形成される面とに相関を有していることが、本発明者等の検討の結果判った。
本発明者等の検討の結果によれば、本願発明の課題には、第1の課題と第2の課題とが含まれることが判った。第1の課題は、多結晶ダイアモンドの結晶粒界の分布に基づいて生ずる透過基板のクラックである。第2の課題は、多結晶ダイアモンドの結晶粒界密度に基づいて生ずるターゲット層、接続電極、ろう材の剥離、欠損である。第1の課題は、パルス駆動に伴う熱衝撃や機械的な振動をターゲットが受ける動作状態において、特に問題となる。第2の課題は、透過基板がsp2結合を結晶粒界に含有しているような場合に、特に問題となる。
<第1の課題について>
図9(a)には、耐久加速試験において、放電と陽極電流の低下が観測されたX線発生管から取り出した陽極91を第1の参考例として示している。陽極91は、ターゲット89、陽極部材42、ろう材48、導通電極47を備え、ターゲット89は、多結晶ダイアモンドからなる透過基板81とターゲット層21を備えている。
陽極91には、図9(a)に示すように、透過基板21に、微細なクラック61、62が認められた。クラック61は、ターゲット層22の領域に位置し、ターゲット層22の一部とともに透過基材21の一部がターゲット89から欠落していた。また、クラック62は、導通電極47の領域に位置し、導通電極47の一部とともに透過基材21の一部がターゲット89から欠落していた。第1の参考例の透過基板81の断面を観察した結果、観測された各欠落部は、結晶粒界に沿って欠落しているものと同定された。
また、第1の参考例のX線発生管の内部を調べたところ、図9(b)、(c)に示すような、異物92と異物95とが外囲器の内部に付着していることが確認された。異物92は、ターゲット層21に含有されるターゲット金属からなる薄片93と、薄片93から略垂直方向に延びるダイアモンド片94と、から構成されていた。また、異物95は、導通電極47に含有される導電体からなる薄片96と、薄片96から略垂直方向に延びるダイアモンド片97と、から構成されていた。異物92および異物95は、欠落部61、62に対応するターゲット89の遊離片であることが判った。
なお、参考例のX線発生管に対して行われた耐久加速試験は、陽極接地としたX線発生管を準備し、曝射期間と停止期間とからなる1分のサイクルを繰り返す動作期間を10時間に設定し、かかる動作期間中にX線発生管の陽極部材に0.1Hz0.1Nの加重を印加するようにして行われた。
第1の参考例のX線発生管に生じた放電と陽極電流の低下のメカニズムの詳細は明らかでは無いものの、少なくとも、陽極91に生じた微細なクラックに起因する異物92、95と欠落部63とが関与していることが推定された。
異物92、95は、それぞれ絶縁性の領域94、97に導電性の領域93、96が接続されている。このため、管電圧Vaが印加されたX線発生管の内部において、遊離した異物が帯びる帯電電荷が0では無いため、X線発生管の内部の電界に対応して、陽極または陰極に向けて移動する。移動した異物92、95は、陽極または陰極の表面に付着するか、または、衝突し跳ね返る。付着した異物92、95も陽極または陰極との接触により、正または負の電荷を帯び、対向する陰極または陽極に向けて移動し、X線発生管内の電界方向に平行または反平行な方向に移動を繰り返すことが同定された。
以上のような異物92、95の挙動は、第1の参考例のX線管に特異に観測された陽極電流のスパイク状の電流変動から同定され、かかるスパイク状の陽極電流の変動をきっかけとして放電が生じていることも判った。放電のきっかけとなる直接の要因は、明らかではないものの、異物92、95の衝突に伴うイオン、ガスの発生、異物の絶縁性の領域、導電性の領域および絶縁管、陽極、陰極との接触部に生じる電界集中が放電の原因となっていることが推定された。
また、異物92の発生により、ターゲット89内の導通不良箇所61は、陽極91の内部に局所的にダイアモンドが露出している領域63を形成する。領域63は、絶縁性のダイアモンドが露出している領域であり、ダイアモンドの二次電子放出係数の一次電子エネルギー依存性から、負に帯電し、領域63の周囲よりも電位が低下する。ダイアモンドは負性電子親和力を有すため、領域63の周囲の陽極電位に規定された部材に電界電子放出する。このような局所的な電界電子放出も放電の要因となっているものと推定される。
また、ダイアモンドの有する親油性により、電子線束5が照射される位置に存在する領域63には、メタン等の不可避の残留有機ガスに由来する重合カーボンが堆積する量が、領域63の周囲に比較して多いことが予想される。この結果、かかる重合カーボンに由来するガス、イオンの発生に伴い、陽極電流の低下が発生したもの推定された。
本発明者等は、第1の参考例のターゲット89に発生したクラックの発生要因についてさらなる検討を行った結果、ターゲット89に生ずる不可避の応力と基板厚方向23における結晶粒径分布とが原因であることを同定するに至った。図8(a)、(b)を用いて、推定されたクラックの発生メカニズムについて説明する。
図8(a)には、図9に記載のターゲット89の動作時のクラックの進展モードが示されている。第1の参考例のターゲット89は、透過基板の基板厚方向23において、結晶粒径の分布がありターゲット層を支持する面25において、対向する面24よりも結晶粒径が小さい。
第1の参考例のターゲット89の透過基材71には、ターゲット89に発生する応力によって、基板厚方向23に発生するクラック64が二重線で示されている。第1の参考例の透過基材71に発生したクラック64は、結晶粒界に沿って、面24から面25の直下にまで進展していた。また、クラック64により、孤立した結晶粒10が囲まれていた。第1の参考例に認められたクラック64の発生要因について、本発明者等は以下のように考察した。
第1の参考例のターゲット80の透過基材71に発生した複数のクラックを分析したところ、そのほとんどが結晶粒界で発生していることが分かった。多結晶ダイアモンドの結晶粒界には、不純物、グラファイト性のsp2結合が含まれることが判っており、これらにより結晶粒界では結合力が弱く、クラックになりやすかったと考えられる。
従って、結晶粒径によってクラックの進展に差が生じ、相対的に結晶粒径が小さいとクラックの進展が阻害され発生するクラックが小さく、結晶粒径が大きいと発生するクラックの長さが大きくなりやすいものと考えられる。
次に、基板厚方向23におけるに結晶粒界の異方性とクラックの進展に及ぼす推定されたメカニズムを、図8(a)、(b)を用いて説明する。結晶粒径が大きい方の面25でクラックが発生した場合には、図8(a)に示すように、別の結晶粒界との交差の頻度が低いために、交差部によってクラックの進展が阻害され難く、クラック64のように対向する面24にまで及びやすい。一方で、結晶粒径が小さい方の面24でクラックが発生し場合には、図8(b)に示すように、別の結晶粒界との交差の頻度が高いために、交差部によるクラックの進展の阻害を受け難く、クラック65、66のように面24の近傍に留まるものと考えられる。
次に、透過基板81に生じる応力について本発明者等が検討した考察を述べる。透過基板81には、熱衝撃に基づく熱応力、機械的な応力、等の応力が発生する。熱衝撃に基づく熱応力は、例えば、パルス駆動された電子線束5の照射立ち上がりの温度上昇に起因して透過基板81の電子線束が照射される面の側である面25に発生していたものと推定される。また、機械的な応力としては、X線発生管またはX線発生装置の支持機構を介して、X線発生管またはX線発生装置の外部から不可避に印加される機械的操作等が考えられる。機械的操作には、曝射野の調整を意図するコリメータの調整作業、フィルターの交換作業等が含まれる。
かかる機械的な応力を減衰するダンパ機構をX線発生管またはX線発生装置に設けることも考えられるが、装置重量の増加、ダンパ機構の固有振動や吸収する振動の振幅に起因する二次的な振動の問題もあり、完全に機械的な応力を減衰することは難しかった。
また、透過基板81に生じる応力は、様々な応力が想定されるが、ターゲット層22と透過基板81との界面の「拘束」および、表裏に存在する「物性の不整合」により、ターゲット層を支持する面の側がクラックの起点となりやすいと推定される。
なお、図示していないが、基板厚さ方向において結晶粒径分布の非対称性を呈しない多結晶ダイアモンドからなる透過基板を用いて、表裏のいずれか一方にターゲット層を形成し、かかるターゲットを組み込んだX線発生管を作成した。かかるX線発生管の動作試験を前述の参考例と同様に繰り返し加重をかけて行ったところ、陽極電流の低下、放電等が観測された。
かかる動作試験を行ったX線発生管を分解しターゲットを取出したところ、図8(a)と同様に、基板厚方向にターゲット層形成された側から基板厚の1/2厚さ以上に伸展されたクラックが観測された。
このクラックの要因は、ターゲット層側に生じた熱衝撃と、ターゲット層が形成された面から対向面に向かう方向にかけて結晶粒界の密度が減少していない為に、クラックの進展の阻害作用が発現されなかった為であると推定された。
以上のような本発明者等の考察に基づき、本願発明は、透過基板の基板厚方向における結晶粒界の減少過程に着目し、結晶粒界が小さい側の面においてターゲット層を支持することを特徴とする第1の実施形態を含むものである。
第1の実施形態の特徴を備えた場合、熱衝撃に起因する応力や外部から印加される機械的応力があった場合に透過基板にクラックが発生したとしても、基板厚さ方向へのクラックの進展を抑制する機能が発現され。また、基板厚さ方向へのクラックの進展を抑制することにより、ターゲットから遊離する異物の発生を低減し、放電や陽極電流の低下を低減することが可能となる。
図2(a)、(b)に示す、第1の実施形態のターゲット9を備えた陽極51においては、第1の参考例の陽極91に認められたクラックの発生が抑制され、X線発生管に適用した場合においても陽極51に対する放電の発生ならびに陽極電流の低下が低減される。
<第2の課題について>
図12には、曝射動作を1000回繰り返した後に、X線の出力変動が観測された陽極141を第2の参考例として示している。陽極141は、ターゲット119、陽極部材42、ろう材48、導通電極47を備え、ターゲット119は、多結晶ダイアモンドからなる透過基板131とターゲット層21を備えている。
陽極141には、図12に示すように、ターゲット119、ろう材48のそれぞれに、微細なクラック61、62、63が認められた。かかるX線出力変動のメカニズムの詳細は明らかでは無いものの、少なくとも、陽極141に生じた微細なクラックに起因した陽極の電位規定性能の低下が関与していることが判った。
本発明者等は、第2の参考例のターゲット119を有した陽極141に発生したクラックついてさらなる検討を行った結果、停止時と動作時の線膨張差に由来する熱応力歪がクラックの発生要因であることを同定するに至った。図11(a)、(b)を用いて、陽極の電位規定性能に与える透過基材の結晶粒径分布の作用機構について説明する。
図11(a)には、図12に記載のターゲット119の動作時の変形モードと熱応力歪の非対称性Δσcが示されている。ターゲット119は、透過基板の基板厚方向23において、結晶粒径の分布がありターゲット層を支持する面25において、対向する面24よりも結晶粒径が小さい。なお、図11(a)に示すターゲット119においては、結晶粒および結晶粒界の分布は省略されている。また、ターゲット119において、基板厚方向23における熱応力歪の非対称性Δσcは、面24の熱応力歪σc24と面25の熱応力歪σc25の差を意味する。
ターゲット119は、ターゲット層22を支持する面25において、ターゲット層22で発生する発熱により透過基板21の基板厚方向23に温度分布が発生している状態を破線で示した等温線で表している。ターゲット119の面25と面24のそれぞれの停止時と動作時との温度差はそれぞれΔT25、ΔT24としたとき、ΔT25>ΔT24となる。
一方で、第2の参考例のターゲット119は、透過基板の板厚方向23において、結晶粒界の面密度に起因する線膨張係数αの非対称性を有していると推定された。その理由について、本発明者等は以下のように考察した。
多結晶ダイアモンドを構成している単結晶粒と結晶粒界とは、炭素骨格において組成が異なっている。単結晶粒はsp3結合骨格で支配され結晶粒内の連続性を有しているが、結晶粒界は、sp2結合骨格を所定濃度含有している。
ターゲット119は、X線発生管に組み込まれる製造過程、および、X線を発生する動作時に、様々な種類の熱の供給を受ける。透過基板131に多結晶ダイアモンドを適用した場合は、結晶粒内よりも結晶粒界は、sp3結合からsp2結合に変性しやすいことが知られている。従って、結晶粒界のsp2結合の濃度は、結晶粒内に比較して、優先的に加熱前後で増大する。言い換えると、結晶粒界の密度分布が存在する透過基板を有したターゲットは、結晶粒界密度が高い面において、結晶粒界密度が低い面よりも、sp2結合の濃度が高いと言える。
理想的なsp3結合骨格を主成分とする単結晶ダイアモンドの線膨張係数は、20℃において、1.0ppm/Kである。一方、sp2結合骨格を主成分とするグラファイトの線膨張係数は、20℃において、3.1ppm/Kである。従って、結晶粒径が小さい面25は、結晶粒界の高密度に対応してsp2結合の濃度が高く、線膨張係数αが大きい面となる。従って、ターゲット119の面25と面24のそれぞれの線膨張係数をα25、α24としたとき、α25>α24となる。
熱応力歪σは、線膨張係数αと温度差ΔTの積に比例するので、第2の参考例のターゲット119の動作時に基板厚方向23に生じる熱応力歪の非対称性Δσcは、図11(a)に示すように、αの非対称性とΔTの非対称性とが互いに相乗し合い大きなものとなる。
陽極141においては、大きな熱応力歪の非対称性Δσcが発生したことにより、ターゲット層22、ターゲット層22、導通電極47、ろう材48にクラックが発生していたものと推定された。
図11(b)に示すターゲット9は、第2の課題に対応した特徴を備えた第2の実施形態である。図11(b)には、図3(a)に記載のターゲット9の動作時の変形モードと熱応力歪Δσeが示されている。本実施形態では、透過基板21の基板厚方向23において、結晶粒径の分布がありターゲット層22を支持する面24において、対向する他方の面25よりも結晶粒径が大きい。なお、図11(b)に示すターゲット9においては、対応する図3(a)に図示されている結晶粒および結晶粒界の分布は省略されている。また、本実施形態のターゲット119において、基板厚方向23における熱応力歪の非対称性Δσeは、面24の熱応力歪σe24と面25の熱応力歪σe25の差を意味する。
本実施形態においても、参考例と同様に、ターゲット層22の発熱により透過基板21の基板厚方向23に温度分布が発生している状態を破線で示した等温線で表している。本実施形態のターゲット9の面24と面25のそれぞれの停止時と動作時との温度差をそれぞれΔT24、ΔT25としたとき、ΔT24>ΔT25となる。
また、結晶粒径が大きい面24は、結晶粒界の低密度に対応してsp2結合の濃度が低く、線膨張係数αが小さい面となる。従って、本実施形態のターゲット9の面24と面25のそれぞれの線膨張係数をα24、α25としたとき、α24<α25となる。
熱応力歪σは、線膨張係数αと温度差ΔTの積に比例するので、本実施形態のターゲット9の動作時に基板厚方向23に生じる熱応力歪の非対称性Δσeは、図11(b)に示すように、αの非対称性とΔTの非対称性とが打ち消し合い小さなものとなる。このように、第2の実施形態のターゲット9においては、電子線入射に起因する基板厚方向の熱量分布を、結晶粒界密度に起因する基板厚方向の線膨張係数分布が相殺する機構が働いてきると言える。
なお、図示していないが、基板厚さ方向において結晶粒径分布の非対称性を呈しない多結晶ダイアモンドからなる透過基板を用いて、かかる透過基板を還元減圧雰囲気下において加熱した。この透過基板の表裏のいずれか一方にターゲット層を形成し、かかるターゲットを組み込んだX線発生管を作成した。かかるX線発生管の動作試験を前述の参考例と同様に行ったところ、X線強度の変動が観測された。
かかる動作試験を行ったX線発生管を分解しターゲットを取出したところ、図12と同様に、ターゲット層と接続電極に膜剥がれが観測された。
この膜剥がれの要因は、結晶粒界密度が基板厚方向において非対称性を有していない為に、電子線の入射により基板厚方向に存在する熱量分布を、低減する機構が働いていなかった為であると推定された。
なお、ダイアモンドを含む炭素化合物中におけるsp2結合の濃度は、電子エネルギー損失分光法(EELS法)等により同定が可能である。sp2結合の濃度は、[sp2結合検出濃度]/([sp2結合検出濃度]+[sp3結合検出濃度])として規定することが可能である。
図4(a)、(b)に示す、本実施形態のターゲット9を備えた陽極51においては、参考例の陽極141に認められたクラックの発生が抑制され、X線発生管に適用した場合においても陽極51に対する電位規定性能の低下ならびにX線の出力変動が低減される。
図1(a)、図3(a)に示すような、基板厚方向23における結晶粒径分布を有する透過基板21は、化学的気相堆積法による自立型の多結晶ダイアモンドを適用することができる。
化学的気相堆積法による自立型の多結晶ダイアモンドでは、不図示の種結晶基板上にプラズマ雰囲気から多結晶ダイアモンドを結晶成長させた後、種結晶基板を除去することにより得られる。
化学的気相堆積法で得られる透過基板21の基板厚方向23における結晶粒径分布は、成膜条件と種結晶条件とを適宜選択することにより制御することが可能である。
図6(a)、(c)に、化学的気相堆積法で得られた透過基板21の面24と面25のそれぞれの電子線後方散乱回折法(Electron Backscattering Diffraction:EBSD法)で観察した多結晶像を示してある。各観察像において濃度が均一な領域は結晶方位が揃っている単結晶ドメインであり、本願発明における結晶粒に相当する。また、各単結晶ドメイン間の境界は、本願発明における結晶粒界に相当する。
化学的気相堆積法により形成される多結晶材料においては、種結晶基板側の結晶粒径は、種結晶基板の成長核のサイズに応じた大きさに制限される。多結晶ダイアモンドを化学的気相堆積法で形成する場合、複数の成長核を起点に単結晶ダイアモンドの結晶粒が基板厚方向23と垂直な方向に成長する。基板厚方向23と垂直な方向に結晶成長する過程において、何らかの要因により、相対的に大きく成長する結晶粒が発生する。
隣接する結晶粒同士の成長速度の差により、ある結晶粒が支配的となり隣接する他の結晶粒は消失する場合が生じた場合に、基板厚方向23において、平均結晶粒径の増大と結晶界面の面密度の減少が生じるものと考えられる。
かかる結晶成長過程を、基板厚方向23の結晶界面の成長として考えることが可能である。ある結晶粒を規定する結晶界面が基板厚方向23に成長した場合、隣接する他の結晶粒界と交差して一方の結晶界面が消失する段階が発生する、この段階は、一方の結晶粒が基板厚方向23の結晶成長の過程で消失段階に一致する。
なお、第1の実施形態において、透過基板21は、図1(a)に示すように、基板厚方向23に延びるカラム状の結晶粒が存在し、結晶粒間を占める結晶粒界も基板厚方向に延びている組織を有している。このような結晶組織は堆積条件によって後述するように制御される。また、基板厚方向に延びる結晶粒と結晶粒界とを有する透過基板21は、基板厚方向の放熱性に優れている一方で、結晶粒界に沿ったクラックの進展が、熱衝撃または機械的ストレスが生じる環境において、問題となる場合があることは、前述の通りである。図1(a)において、種結晶基板面から結晶界面が消失する段階までの平均距離をteとし、種結晶基板(面24)の位置をx=0、成長表面(面25)の位置をx=tsとした場合を考える。但しxは、0以上ts以下の実数である。
透過基板21の基板厚方向23における位置xにおける、結晶粒の平均線密度は、種結晶基板側の結晶粒の平均線密度に対して(1/2)の(x/te)べき乗に減少する。すなわち、透過基板21の基板厚方向23の位置xにおける平均結晶粒径は、種結晶基板側に対して、2の(x/te)乗に増大する。
従って、種結晶基板側の面24に対する成長表面側の面25の結晶粒の平均線密度は、種結晶基板側の結晶粒の平均線密度に対して(1/2)の(ts/te)べき乗に減少した値となる。すなわち、面24に対する面25の平均結晶粒径は、2の(ts/te)乗に増大した値となる。
以上の様に、化学的気相堆積法により、種結晶基板上にターゲット9の前駆体を堆積する場合において、堆積方向において平均結晶粒径が増大するように堆積させた場合は、種結晶基板側を面24とすることにより、第1の実施形態のターゲット9を形成することができる。
また、同様にして、化学的気相堆積法により、種結晶基板上にターゲット9の前駆体を堆積する場合において、堆積方向において平均結晶粒径が増大するように堆積させた場合は、結晶成長面側を面24とすることにより、第2の実施形態のターゲット9を形成することができる。
逆に、化学的気相堆積法により、種結晶基板上にターゲット9の前駆体を堆積する場合において、堆積方向において平均結晶粒径が減少するように堆積させた場合は、結晶成長面側を面24とすることにより、第1の実施形態のターゲット9を形成することができる。
さらには、化学的気相堆積法により、種結晶基板上にターゲット9の前駆体を堆積する場合において、堆積方向において平均結晶粒径が増大するように堆積させた場合は、種結晶基板側を面24とすることにより、第2の実施形態のターゲット9を形成することができる。
また、等方的な結晶粒径分布を呈する焼結形成する場合においては、原料となる微結晶ダイアモンドの粒径サイズが相違する多結晶ダイアモンドシートを堆積させて焼成することにより、多結晶ダイアモンドシートの堆積方向に結晶粒径分布を形成可能である。
なお、電子線後方散乱回折法は、結晶性材料からなる検体に電子線を照射し検体から後方散乱した電子線がEBSDパターンを呈することと、かかるEBSDパターンには結晶形や結晶方位に関する情報が含まれていることと、を利用している。なお、EBSDパターンは、菊池線回折図形とも呼ばれる。さらに、電子線後方散乱回折法では、走査型電子顕微鏡(SEM)と組み合わせて、電子線照射を検体に対して走査しEBSDパターンを測定、解析することにより、微小領域の結晶形や結晶方位に関する情報が得られるものである。
本願発明では、着目している面24、25において独立した単結晶ドメインと、面積において一致する直径Dの円を仮定して、結晶粒径Dを定義している。また、多結晶ダイアモンドの結晶粒径Dは、図6(b)、(d)に示すように結晶粒径分布を有しているので、観察された多結晶像に含まれる単結晶ドメインを画像処理により抽出することにより、結晶粒の面積及び結晶粒径Dを定量することができる。
また、前述の多結晶ダイアモンドが有する結晶粒径分布を考慮して、本願明細書においては、ターゲット層を支持する面24と対向する面25は、面積分率Si/ΣSiを考慮した平均結晶粒径Dmの大小関係を用いて区別し選択される。本願明細書において、平均結晶粒径Dmは、透過基板21の着目している面において、結晶粒径分布を結晶粒径軸において標本数nで標本化したとき、次式で決定される。
但し、上記式中におけるパラメータは、結晶粒径Di−1より大でありDi以下を代表する結晶粒径をDi、結晶粒径Di−1より大でありDi以下の積算面積をSi、iは1からnまでの整数、結晶粒径D0は0以上の実数である。
なお、図6(b)、(d)に示す結晶粒径分布は、横軸を結晶粒径(μm)、縦軸を面積分率Si/Σ(Si)で示している。また、結晶粒径軸における標本化おいて、標本化区間は、互いに区間長が異なる不等区間であっても良く、また、結晶粒径Di−1以上Di未満の区間としても良い。
なお、結晶粒径Dの平均化精度を担保するために、観察視野に100以上の単結晶ドメインが含まれるように、検体に応じて適宜観察視野のサイズを設定することが好ましい。面24、面25の観察視野に含まれる結晶粒径と結晶粒径分布を考慮して、図6(a)、(d)のように、観察視野のサイズを観察面毎に変えてもよい。
第1の実施形態において、面24は化学的気相堆積法における自立型多結晶ダイアモンドの種結晶基板側の面であり、面25は成長表面側の面を示している。
第1の実施形態は、透過基板21の基板厚方向23におけるクラックの進展を抑制する観点から、ターゲット層22を支持する面24から対向する面25にかけて結晶粒界の平均密度が減少するような非対称性、透過基板21が有することが特徴となる。すなわち、透過基板21の基板厚方向23におけるクラックの進展を抑制する観点から、ターゲット層22を支持する面24が対向する面25より小さい平均結晶粒径を呈するように、透過基材21が非対称性を有することが特徴となる。
従って、ターゲット層22を支持する面24の平均結晶粒径Dm24の対向する面25の平均結晶粒径Dm25に対する比が1より小さいことが好ましい。平均結晶粒径の比Dm24/Dm25は、0.75以下であることが好ましく、0.2以下であることがより一層好ましい。
また、ターゲット層22を支持する面24の側において、不可避に発生したクラック65、66により、ターゲット層22の一部を分断し遊離させない為には、面24の平均結晶粒径がターゲット層22の層厚の10倍を超えないことが好ましい。同様の観点から、面24の平均粒径が5μm以上50μm以下であることがより一層好ましい。
また、ターゲット層22を支持する面24と対向する側の面25において、不可避に発生したクラック65、66の進展を制限する為には、面25の平均結晶粒径は100μm以上であることが好ましい。
第2の実施形態において、基板厚方向23における熱応力歪の非対称性を緩和する観点からは、ターゲット層22の発熱に起因する基板厚方向23の温度分布の非対称性を補償するように、結晶粒径分布の非対称性を有することが特徴となる。
従って、ターゲット層22を支持する面24の平均結晶粒径Dm24の対向する面25の平均結晶粒径Dm25に対する比が1より大きいことが好ましい。平均結晶粒径の比Dm24/Dm25は、1.3以上であることが好ましく、5以上であることがより一層好ましい。
なお、透過基板21の基板厚方向23における平均結晶粒径の分布の制御は、以下のようにして行うことが可能である。前述の様に、面24に対する面25の平均結晶粒径は、2の(ts/te)乗に増大する。従って、透過基板21の基板厚方向23における平均結晶粒径の分布の制御は、透過基板21の厚さts、種結晶基板面から結晶界面が消失する段階までの平均距離teを適宜選択すればよい。
透過基板21の厚さtsは、ターゲット層22で発生する放射線の基板厚さ方向23の吸収減衰と、ターゲット層22で発生する熱量に対する熱抵抗設計とから適宜選択される。
一方で、平均距離teは、化学的気相堆積法の堆積条件に依存し、堆積速度を低速としてエピタキシャル成長により平均距離teは大きくなり、逆に、堆積速度を高速とした場合では平均距離teは小さくなる。
図1(a)に示す透過基板21においては、te=560μm、ts=2000μmであったため、面25の結晶粒界の平均線密度は面24の約1/11.9倍に減少し、面25の平均結晶粒径は面24の約11.9倍に増大していた。
結晶粒径分布を同定する手法は、前述の電子線後方散乱回折法に限定されず、次に示す(1)〜(4)の方法が適用できる。
(1)ノマルスキー顕微鏡(2)走査型電子顕微鏡(SEM)で、二次電子像により結晶粒間に存在する微細な凹凸を観察する。(3)顕微カソードルミネッセンス像、結晶粒界付近の発光強度が低いことを利用して結晶粒界を検出する。(4)観察面と平行に集束イオンビーム(FIB)により加工したスライス検体を用意し、走査型透過電子顕微鏡(TEM)で環状明視野像にて結晶粒を強調させて像コントラストから特定する。
(実施例1)
次に本願発明のターゲットを備えるX線発生装置を、以下に示す手順で作成し、かかるX線発生装置を動作させ、放電耐性と陽極電流の安定性を評価した。
本実施例で作成したターゲット9の構成を図1(a)に示す。
本実施例のターゲット9は、まず、直径5mmで厚さ1mmの化学的気相堆積法で作成した自立型多結晶ダイアモンドを準備した。自立型多結晶ダイアモンドを、UVオゾンアッシャ装置にて、その表面の残留有機物を洗浄処理し透過基板21とした。
本実施例で用いた透過基板21の一方の面24と対向する他方の面25を電子線後方散乱回折法で観察した像を、図6(a)、(c)にそれぞれ示す。本実施例で用いた透過基板21の一方の面24の平均結晶粒径Dm24は12.7μm、他方の面25の平均結晶粒径Dm25は151μmであった。
次に、透過基板21の面24に対して、キャリアガスとしてアルゴンガスを用い、スパッタターゲットとしてタングステンの焼結体を用いて、タングステンからなる金属含有層を6μmの層厚となるようにスパッタ成膜し積層体を得た。
得られた積層体を、真空イメージ炉にて焼成処理し、炭化タングステンからなるターゲット層22を備えたターゲット9を作成した。ターゲット層22の層厚は7μmであった。
本実施例のターゲット9のターゲット層22は、平均結晶粒径Dmが、対向する面25に比較して小さい面24に形成されていた。
次に、ターゲット層22の周縁と透過基板21の側面との間の領域に導通電極47を形成し、透過基板21の側面に錫―銀合金からなるろう材48を配置した。さらに、ろう材48と導通電極47とを備えたターゲット9を管状の陽極部材42の管内に配置した後、加熱し、図2(a)に示す陽極51を作成した。
さらに、本実施例の陽極51を用いて、図5(a)に示すX線発生管102を作成した。X線発生管102の静耐圧を試験したところ、連続10分間、管電圧150kVを無放電で維持することができた。静耐圧試験は、本実施例においては、X線発生管102の電子放出源3から電子線束を発生させずに、陽極52と陰極51間に管電圧を印加し放電耐圧を評価するものである。
次に、X線発生管102の陰極と陽極とに対して駆動回路103を電気的に接続し、さらに、収納容器120の内部43に、X線発生管102と駆動回路103とを収納して、図5(b)に示すX線発生装置101を作成した。
次に、X線発生装置101の耐放電性能と陽極電流の安定性を評価するために、図7に示す評価系70を準備した。評価系70は、X線発生装置101のX線放出窓121の1m前方の位置に線量計26が配置されている。線量計26は、測定制御装置203を介して駆動回路103に接続されることにより、X線発生装置101の放射出力強度を測定可能となっている。
本実施例のX線発生装置101に対する駆動条件は、X線発生管102の管電圧を+110kVとし、ターゲット層22に照射される電子線の電流密度を20mA/mm2、電子照射期間を3秒と非照射期間を57秒とを交互に繰り返すパルス駆動とした。検出した陽極電流は、ターゲット層22から接地電極16に流れる管電流を陽極電流として計測し、電子照射パルス幅期間の中央1秒間の平均値を採用した。また、電子照射のパルスの立ち上がり時間および立ち下がり時間をどちらも0.1秒とした。
陽極電流の安定性評価は、X線出力開始から10時間経過後の陽極電流を、初期の陽極電流で規格化した保持率で評価した。また、本実施例のX線発生管102は陽極接地とし、かかる動作期間中にX線発生管102の陽極部材42に0.1Hz0.1Nの加重を印加して行われた。
なお、陽極電流の安定性評価に際し、カソード電極(電子放出部2)とゲート電極との間に流れるゲート電流を不図示の負帰還回路で変動が1%以内となるように安定化させた。
また、放電耐性に関する試験は、X線発生装置101の陽極電流の安定性評価中に、放電せずに安定して駆動されていることを、放電カウンタ76によって確認した。
本実施例のX線発生装置101の陽極電流の保持率は、0.99であった。本実施例のターゲット9を備えたX線発生装置101は、長時間の駆動履歴を経た場合においても、顕著なX線出力の変動も認められず、安定したX線出力強度が得られることが確認された。また、陽極電流の安定性を評価した後のX線発生装置101を分解して、陽極52を取出したところターゲット層22にクラックは認められなかった。
さらに、取出された透過基板21の断面を観察したところ、一方の面24から他方の面25に向けて基板厚方向に延びているカラム状の結晶粒が存在しているにも関わらず、クラックは認められなかった。
(実施例2)
本実施例においては、実施例1に記載のX線発生装置101を用いて、図5(c)に記載のX線撮影システム60を作成した。作成したX線撮影システム60に対して、心霊1と同様にして、X線発生装置101の収納容器120が突出した陽極部材42に0.1Hz0.1Nの加重を印加して、X線の撮影を行い、透過X線画像を取得した。
X線発生装置101に振動が与えられた場合にもクラックによりターゲット9が損傷することなく、放電が抑制され、陽極電流の変動が低減されたX線発生装置101を備える。従って、本実施例のX線撮影システム60は、SN比が高いX線撮影画像を取得することができた。
(実施例3)
次に本願発明のターゲットを備えるX線発生装置を、以下に示す手順で作成し、かかるX線発生装置を動作させ、出力安定性を評価した。
本実施例で作成したターゲット9の構成を図3(a)に示す。
本実施例のターゲット9は、まず、直径5mmで厚さ1mmの化学的気相堆積法で作成した自立型多結晶ダイアモンドを準備した。自立型多結晶ダイアモンドを、UVオゾンアッシャ装置にて、その表面の残留有機物を洗浄処理した。
次に、自立型多結晶ダイアモンドに対して、全圧1.1E−6Pa、水素分圧1E−6Paの減圧雰囲気下で、1000℃60分間の加熱処理を行い、透過基板21とした。水素は、かかる加熱処理中に多結晶ダイアモンドの結晶構造の変化以外に不必要な酸化を抑制する為に導入した還元性ガスである。
本実施例で用いた透過基板21の一方の面24と対向する他方の面25を電子線後方散乱回折法で観察した像を、図10(a)、(c)にそれぞれ示す。本実施例で用いた透過基板21の一方の面24の平均結晶粒径Dm24は160μm、他方の面25の平均結晶粒径Dm25は12μmであった。
次に、透過基板21に対して、ラマン分光測定を行い、sp2結合に特有の1580cm−1の波数においてラマンシフトピークを観察したところ、結晶粒内は有意なピークが観察されなかったが、結晶粒界は半値幅が123cm−1のラマンシフトピークが観察された。この結果、本実施例の透過基板21は、結晶粒界に選択的にsp2結合を含有している基板であることが確認された。なお、前述の還元ガス雰囲気下での加熱処理を行わなかった自立型多結晶ダイアモンドにおいては、結晶粒内、結晶粒界ともに有意なピークが観察されなかった。
次に、透過基板21の面24に対して、キャリアガスとしてアルゴンガスを用い、スパッタターゲットとしてタングステンの焼結体を用いて、タングステンからなる金属含有層を6μmの層厚となるようにスパッタ成膜し積層体を得た。
得られた積層体を、真空イメージ炉にて焼成処理し、炭化タングステンからなるターゲット層22を備えたターゲット9を作成した。ターゲット層22の層厚は7μmであった。
本実施例のターゲット9のターゲット層22は、平均結晶粒径Dmが、対向する面25に比較して大きい面24に形成されていた。
次に、ターゲット層22の周縁と透過基板21の側面との間の領域に導通電極47を形成し、透過基板21の側面に錫―銀合金からなるろう材48を配置した。さらに、ろう材48と導通電極47とを備えたターゲット9を管状の陽極部材42の管内に配置した後、加熱し、図4(a)に示す陽極51を作成した。
さらに、本実施例の陽極51を用いて、図5(a)に示すX線発生管102を作成した。X線発生管102の静耐圧を試験したところ、連続10分間、管電圧150kVを無放電で維持することができた。静耐圧試験は、本実施例においては、X線発生管102の電子放出源3から電子線束を発生させずに、陽極52と陰極51間に管電圧を印加し放電耐圧を評価するものである。
次に、X線発生管102の陰極と陽極とに対して駆動回路103を電気的に接続し、さらに、収納容器120の内部43に、X線発生管102と駆動回路103とを収納して、図5(b)に示すX線発生装置101を作成した。
次に、X線発生装置101の駆動安定性を評価するために、図7に示す評価系70を準備した。評価系70は、X線発生装置101のX線放出窓121の1m前方の位置に線量計26が配置されている。線量計26は、測定制御装置203を介して駆動回路103に接続されることにより、X線発生装置101の放射出力強度を測定可能となっている。
駆動安定性の評価における駆動条件は、X線発生管102の管電圧を+110kVとし、ターゲット層22に照射される電子線の電流密度を25mA/mm2、電子照射期間を1秒、非照射期間を59秒とを交互に繰り返すパルス駆動とした。検出したX線出力強度は、電子照射時間内の中央1秒間の平均値を採用した。
X線出力強度の安定性評価は、X線出力開始から100時間経過後のX線出力強度を、初期のX線出力強度で規格化した保持率で評価した。
なお、X線出力強度の安定性評価に際し、ターゲット層22から接地電極16に流れる管電流を計測して、不図示の負帰還回路により、ターゲット層22に照射される電子電流を1%以内の変動値とするように定電流制御した。さらに、X線発生装置101の安定性駆動評価中に、放電せずに安定的に駆動していることを、放電カウンタ76によって確認した。
本実施例のX線発生装置101のX線出力の保持率は、0.99であった。本実施例のターゲット9を備えたX線発生装置101は、長時間の駆動履歴を経た場合においても、顕著なX線出力変動も認められず、安定したX線出力強度が得られることが確認された。また、X線出力強度の安定性を評価した後のX線発生装置101を分解して、陽極52を取出したところターゲット層22、並びに透過基板21にクラックは認められなかった。
また、本実施例で作成したX線発生装置101と同じ構成のX線発生装置を10機作成し、これらに対して、それぞれ1000回の曝射試験を行ったところ、陽極電流が1%以上低下したものは認められなかった。
(比較例)
透過基板21として、単結晶ダイアモンドを用いた以外は実施例1と同様にして、ターゲット、陽極およびX線発生装置101を作成した。なお、本比較例で用いた単結晶ダイアモンドは電子線後方散乱回折法で観察し、ターゲット層を支持する面と対向する面のいずれも、単一の単結晶で支配されていることを確認した。
実施例1と同様に、図7に示す評価系70を用いてX線発生装置101の駆動安定性を評価したところ、X線出力の保持率は0.93程度であった。
また、本比較例で作成したX線発生装置101と同じ構成のX線発生装置を10機作成し、これらに対して、それぞれ1000回の曝射試験を行ったところ、陽極電流が10%以上低下したものが確認された。
陽極電流の低下が確認されたX線発生装置のX線発生管は、真空リークが発生したために安定して電子線束をターゲットに照射することができなくなったことが判った。本比較例の陽極電流が低下したX線発生管を取り出して陽極を観察したところ、ろう材48とターゲット層21にクラックが認められた。
(実施例4)
本実施例においては、実施例3に記載のX線発生装置101を用いて、図5(c)に記載のX線撮影システム60を作成した。
本実施例のX線撮影システム60においては、X線出力の変動が抑制されたX線発生装置101を備えることにより、SN比の高いX線撮影画像を取得することができた。