次に本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。
本発明のPZT圧電体膜は、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等のPb含有のペロブスカイト構造の複合酸化物からなる圧電体膜に、希土類元素Xが添加された圧電体膜である。即ち、このPZT圧電体膜は、Pb、Zr及びTiを含有するペロブスカイト構造の有る電体膜であり、当該圧電体膜がNd、Pr、Eu、Gd、Dy又はErのいずれかの希土類元素Xを所定の割合で含有する。このPZT圧電体膜は、希土類元素Xのドーピングにより、圧電定数が非常に高い値を示す等、優れた圧電特性を有するとともに、リーク電流密度が低く、かつ絶縁破壊耐圧が非常に高い。なお、本明細書において、圧電定数の大小(高低)とは、圧電定数の絶対値の大小(高低)をいう。希土類元素Xは、圧電体膜中に含まれるZr及びTiの金属原子数100に対して0.5≦希土類元素X≦3となる割合で含まれることが好ましい。希土類元素Xの割合が下限値未満では、ドーピングによって、圧電特性等、圧電体膜に求められる諸特性を向上させる効果が得られない。一方、上限値を超えてもドーピングによる効果が飽和状態となり、また、これらの元素を含有する材料が高価であることから、生産コストを無駄に上昇させる。このうち、希土類元素Xは、圧電体膜中に含まれるZr及びTiの金属原子数100に対して1≦希土類元素X≦2となる割合で含まれることが好ましい。
また、希土類元素X以外の他の金属元素を含めたPZT圧電体膜の組成、即ち金属原子比(Pb:X:Zr:Ti)は、(105〜110):(0.5〜3):(40〜60):(40〜60)であって、かつZrとTiの金属原子比の合計が100を満たすことが好ましい。Pbの割合が他の金属元素に比べて少なすぎると、膜中にパイロクロア相と呼ばれる平均粒径が約10〜20nm程度の異質の微粒子が多量に含まれてしまい、圧電特性等の電気特性が著しく低下する場合がある。一方、Pbの割合が多すぎると、膜中に多量にPbOが残留し、リーク電流が増大して膜の電気的信頼性が低下する場合がある。即ち、膜中に過剰な鉛が残りやすくなり、リーク特性や絶縁特性が劣化しやすくなる場合がある。また、Zr、Tiの割合が所望の範囲から外れると、圧電体膜の圧電定数が十分に向上しない場合がある。
PZT圧電体膜の厚さは500〜4000nmであることが好ましい。膜厚が下限値未満では、希土類元素Xのドープにより圧電特性等を向上させたとしても、アクチュエータ等の圧電用途の膜として十分に機能しない場合があり、一方、上限値を超えると生産コストが上がる。このうち、PZT圧電体膜の厚さは1000〜3000nmであることが好ましい。
この希土類元素Xを含有するPZT圧電体膜は、上記ペロブスカイト構造を構成する各金属原子含有の化合物(PZT前駆体)を溶媒等に添加して組成物(ゾルゲル液)を調整し、当該組成物を用いてゾルゲル法等のCSD法により形成される。
また、このPZT圧電体膜では、異常結晶粒、即ち粒径が1μm以上であって、かつ圧電体膜の結晶配向性と異なる結晶粒の数が膜表面672μm2当たり1個以下である。本発明者らの検証により、上記特定の希土類元素Xをドープした圧電体膜をゾルゲル法等で成膜すると、図1に示すように、基板11上に形成したPZT圧電体膜21の表面に、比較的粗大な異常結晶粒22が生じやすいことが確認されており、この異常結晶粒22は圧電体膜の結晶配向性と異なる性質を有する等、圧電特性等の諸特性に悪影響を及ぼすことを判明している。そこで、本発明では、膜表面に現れる上記異常結晶粒の数を少なくすることで、膜表面の平滑性を高め、これによりPZT圧電体膜の絶縁破壊耐圧を向上させている。膜表面672μm2当たりに存在する上記異常結晶粒の数が1を超えると、上述のように絶縁破壊耐圧が低下する。
なお、ここでいう圧電体膜の結晶配向性とは、圧電体膜のX線回折(XRD)による回折結果において、最もピーク強度が高い結晶配向面(優先配向面)のことをいい、異常結晶粒は、この圧電体膜の優先配向面と異なる面に優先配向する結晶粒子である。このPZT圧電体膜は、高い圧電定数が得られることから、{100}面に優先配向する膜であることが好ましい。また、X線回折による{100}面配向度は90%以上であることが好ましい。{100}面への配向度が低下すると残留応力が大きくなり、反り等の不具合が生じる場合がある。
このPZT圧電体膜は、Pb、Zr、Ti及び上記希土類元素Xがそれぞれ含まれるPZT前駆体、即ちPb源、X元素源、Zr源、Ti源となる前駆物質を溶媒等の他の成分と混合して組成物(ゾルゲル液)を調製し、調製されたPZT圧電体膜形成用組成物を用いてゾルゲル法等のCSD法により形成される。
組成物中に含まれるPZT前駆体は、形成後の圧電体膜において上記ペロブスカイト構造を構成する金属原子の原料となるものであり、これらが所望の組成(金属原子比)となる割合で含まれる。具体的には、組成物中の金属原子比(Pb:X:Zr:Ti)は、(105〜110):(0.5〜3):(40〜60):(40〜60)であって、かつZrとTiの金属原子比の合計が100を満たす割合で含まれる。このように、使用する組成物中の金属原子比を好適な範囲に制御することで、形成後の圧電体膜において、上記所望の組成を有する膜に形成することができる。
PZT前駆体は、Pb、Zr、Ti又は希土類元素Xの各金属原子に、有機基がその酸素又は窒素原子を介して結合したPb化合物、Zr化合物、Ti化合物又はX元素化合物である。X元素化合物を除く、Pb化合物、Zr化合物、Ti化合物としては、例えば金属アルコキシド、金属カルボン酸塩、金属β−ジケトネート錯体、金属β−ジケトエステル錯体、金属β−イミノケト錯体、及び金属アミノ錯体からなる群より選ばれた1種又は2種以上を使用することができる。特に好適な化合物は、金属アルコキシド、その部分加水分解物、有機酸塩である。
具体的には、Pb化合物としては、酢酸鉛三水和物等の酢酸塩や、鉛ジイソプロポキシド:Pb(OiPr)2等のPbアルコキシドが挙げられる。また、Ti化合物としては、チタンテトラエトキシド:Ti(OEt)4、チタンテトライソプロポキシド:Ti(OiPr)4、チタンテトラn−ブトキシド:Ti(OnBu)4、チタンテトライソブトキシド:Ti(OiBu)4、チタンテトラt−ブトキシド:Ti(OtBu)4、チタンジメトキシジイソプロポキシド:Ti(OMe)2(OiPr)2等のアルコキシドが挙げられる。更にZr化合物としては、上記Ti化合物と同様のアルコキシド類が好ましい。
一方、X元素化合物としては、各希土類元素Xの酢酸塩を使用する。具体的には、酢酸ネオジム一水和物、酢酸ユウロピウムn水和物、酢酸ジスプロシウム四水和物、酢酸エルビウム四水和物等が挙げられる。本発明者らの検証により、X元素化合物に、酢酸塩以外の例えば2−エチルヘキサン酸塩等を使用すると、上述の異常結晶粒の数が多くなるのに対し、希土類元素Xの酢酸塩を使用した場合、当該異常結晶粒の数が少なくなることが確認されている。即ち、X元素化合物として、希土類元素Xの酢酸塩を使用することにより、膜表面672μm2当たりに存在する上記異常結晶粒の数を1以下に制御することができる。その技術的理由は、現在のところ明らかとはなっていないが、長鎖のカルボン酸塩では熱分解されにくく、比較的安定な副生成物が生成し、その部分を起点に核生成が起きるため、基板側からの結晶成長とは異なる配向性を有する粒が生成することが考えられる。
組成物100質量%中に占める上記PZT前駆体の濃度は、酸化物濃度で10〜35質量%であることが好ましい。PZT前駆体の濃度をこの範囲にするのが好ましい理由は、下限値未満では十分な膜厚が得られにくく、一方、上限値を超えるとクラックが発生しやすくなるからである。このうち、組成物100質量%中に占めるPZT系前駆体の濃度は、酸化物濃度で15〜25質量%とするのが好ましい。なお、組成物中に占めるPZT前駆体の濃度における酸化物濃度とは、組成物に含まれる全ての金属原子が目的の酸化物になったと仮定して算出した、組成物100質量%に占める金属酸化物の濃度をいう。
組成物の調製に用いられる溶媒としては、カルボン酸、アルコール、エステル、アセトン、メチルエチルケトン、エーテル類、シクロアルカン類、芳香族系、その他テトラヒドロフラン等が挙げられ、これらの2種以上を併用することができる。
カルボン酸としては、具体的には、n−酪酸、α−メチル酪酸、i−吉草酸、2−エチル酪酸、2,2−ジメチル酪酸、3,3−ジメチル酪酸、2,3−ジメチル酪酸、3−メチルペンタン酸、4−メチルペンタン酸、2−エチルペンタン酸、3−エチルペンタン酸、2,2−ジメチルペンタン酸、3,3−ジメチルペンタン酸、2,3−ジメチルペンタン酸、2−エチルヘキサン酸、3−エチルヘキサン酸等が挙げられる。
アルコールとしては、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、イソ−ブチルアルコール、1−ペンタノール、2−ペンタノール、2−メチル−2−ペンタノール、2−メトキシエタノール等が挙げられる。また、多価アルコール等も溶媒として使用することができ、例えばプロピレングリコール、エチレングリコール、1,3―プロパンジオール等のジオールが挙げられる。
エステルとしては、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸n−ブチル、酢酸sec−ブチル、酢酸tert−ブチル、酢酸イソブチル、酢酸n−アミル、酢酸sec−アミル、酢酸tert−アミル、酢酸イソアミル等が挙げられる。また、エーテル類としては、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル等が挙げられ、芳香族系としては、ベンゼン、トルエン、キシレン等が挙げられる。
また、組成物中には、必要に応じて安定化剤を添加してもよい。安定化剤としては、β−ジケトン類(例えば、アセチルアセトン、ヘプタフルオロブタノイルピバロイルメタン、ジピバロイルメタン、トリフルオロアセチルアセトン、ベンゾイルアセトン等)、β−ケトン酸類(例えば、アセト酢酸、プロピオニル酢酸、ベンゾイル酢酸等)、β−ケトエステル類(例えば、上記ケトン酸のメチル、プロピル、ブチル等の低級アルキルエステル類)、オキシ酸類(例えば、乳酸、グリコール酸、α−オキシ酪酸、サリチル酸等)、上記オキシ酸の低級アルキルエステル類、オキシケトン類(例えば、ジアセトンアルコール、アセトイン等)、高級カルボン酸、アルカノールアミン類(例えば、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、モノエタノールアミン)、多価アミン等が挙げられる。このうち、β−ジケトン類のアセチルアセトンが好ましい。アセチルアセトン等の安定化剤の割合は、保存安定性を高めるのに好適であることから、Ti化合物、Zr化合物の合計量1モルに対して3.0モル以下、更には1.5〜2.0モルとなる割合にするのが好ましい。アセチルアセトン等を多く添加し過ぎると、液の加熱分解性が悪くなる場合がある。
その他、組成物中には、高分子化合物であるポリビニルピロリドン(PVP)を含ませることもできる。ポリビニルピロリドンは、組成物中の液粘度を調整するのに好適であり、ポリビニルピロリドンの使用により、形成後の圧電体膜におけるクラックの抑制効果が高められる。ポリビニルピロリドンの割合は、Ti化合物、Zr化合物の合計量1モルに対してモノマー換算で0.25モル以下、更には0.005〜0.025モルとなる割合とするのが好ましい。ポリビニルピロリドンの割合が多くなりすぎるとボイドが発生する場合がある。また、使用するポリビニルピロリドンは、分子量と相関する粘性特性値であるk値が30〜90であることが好ましい。また、上述の溶媒以外の溶媒として、炭素数6以上12以下の直鎖状モノアルコールを添加することもできる。組成物中に炭素数6以上12以下の直鎖状モノアルコールを適量含ませると、仮焼時に効果的に有機物を膜外に放出可能なゲル膜を形成でき、膜厚が100nmを超えても緻密で高特性の圧電体膜が得られる。また、その他、添加剤として水を含有させても良い。
続いて、上記組成物の調製する具体的な製造方法について説明する。先ず、上述したPb化合物等のPZT前駆体をそれぞれ用意し、これらを上記所望の金属原子比を与える割合になるように秤量する。そして、秤量したTi化合物とZr化合物とを反応容器内に投入して混合し、好ましくは窒素等の還元ガス雰囲気中、130〜175℃の温度で0.5〜3時間還流する。なお、アセチルアセトン等の安定化剤を使用する場合は、このときに、Ti化合物等とともに上述の割合になるよう反応容器内へ投入する。
次に、還流後の反応容器内に、X元素化合物とPb化合物と溶媒とを更に投入して、窒素等の還元ガス雰囲気中、130〜175℃の温度で更に0.5〜3時間還流し反応させることで合成液を調製する。なお、溶媒としてジオールを使用する場合は、ジオールの割合が上述の割合になるように、他の溶媒を併用する等の方法によって調整する。
合成液を調製した後は、常圧蒸留や減圧蒸留の方法により、脱溶媒させておく。その後、室温下で放冷することにより、合成液を室温(25℃程度)まで冷却させる。冷却後、好ましくはジオール以外の溶媒、例えばエタノール等を添加、混合して希釈することにより、合成液中に含まれるPZT系前駆体の濃度を所望の濃度に調整する。なお、ポリビニルピロリドン(PVP)を添加する場合は、希釈後の合成液中に、上述の所望の割合で添加する。以上の工程により、上述のPZT圧電体膜の形成に好適な組成物が得られる。
続いて、上記組成物を原料溶液として用いたゾルゲル法により、上述のPZT圧電体膜を形成する方法について説明する。先ず、上記組成物を基板上に塗布し、所望の厚さを有する塗膜(ゲル膜)を形成する。塗布法については、特に限定されないが、スピンコート、ディップコート、LSMCD(Liquid Source Misted Chemical Deposition)法又は静電スプレー法等が挙げられる。圧電体膜を形成する基板には、下部電極が形成されたシリコン基板やサファイア基板等の耐熱性基板が用いられる。シリコン基板等の表面に形成する下部電極は、Pt、TiOX、Ir、Ru等の導電性を有し、かつ圧電体膜と反応しない材料により形成される。下部電極を、例えばシリコン基板側からTiOX膜、Pt膜の順に積層した2層構造とすることもできる。上記TiOX膜の具体例としては、TiO2膜が挙げられる。更にシリコン基板を用いる場合には、このシリコン基板表面にSiO2膜を形成することができる。
また、圧電体膜を形成する下部電極上には、圧電体膜を形成する前に、{100}面に優先的に結晶配向が制御された配向制御層を形成しておくことが望ましい。これは、PZT圧電体膜を{100}面に優先配向した結晶配向性を有する膜に形成するためであり、配向制御層を形成しておくことにより、成膜直後から分極方向が揃ったPZT圧電体膜に形成できるからである。配向制御層としては、{100}面に優先的に結晶配向が制御されたLNO膜(LaNiO3膜)、PZT膜、SrTiO3膜等が挙げられる。
基板上に塗膜を形成した後、この塗膜を仮焼成し、更に焼成して結晶化させる。仮焼成は、ホットプレート又は急速加熱処理(RTA)等を用いて、所定の条件で行う。仮焼成は、溶媒を除去するとともに金属化合物を熱分解又は加水分解してペロブスカイト構造の複合酸化物に転化させるために行うことから、空気(大気)中、酸化雰囲気中、又は含水蒸気雰囲気中で行うのが望ましい。空気中での加熱でも、加水分解に必要な水分は空気中の湿気により十分に確保される。なお、仮焼成前に、特に低沸点溶媒や吸着した水分子を除去するため、ホットプレート等を用いて70〜90℃の温度で、0.5〜5分間低温加熱(乾燥)を行ってもよい。
仮焼成は280〜320℃の温度で行い、1〜5分間当該温度で保持することにより行う。仮焼成の際の温度が下限値未満では、溶媒等を十分に除去できず、ボイドやクラックの抑制効果が低下する。一方、上限値を超えると生産性が低下する。また、仮焼成の際の保持時間が短すぎると、同様に、溶媒等を十分に除去できない、或いは溶媒を十分に除去するために仮焼成温度を必要以上に高い温度に設定しなければならなくなる場合がある。一方、仮焼成の際の保持時間が長すぎる生産性が低下する場合がある。
焼成は、仮焼成後の塗膜を結晶化温度以上の温度で焼成して結晶化させるための工程であり、これにより圧電体膜が得られる。この結晶化工程における焼成雰囲気としてはO2、N2、Ar、H2等或いはこれらの混合ガス雰囲気等が挙げられるが、O2とN2の混合ガス雰囲気(O2:N2=1:0.3〜0.7)が特に好適である。この混合ガス雰囲気が特に好ましい理由は、パイロクロア相等の異相の生成が抑制される結果、高い圧電特性の膜が得られやすいためである。
焼成は、好ましくは600〜700℃で1〜5分間程度行われる。焼成は、急速加熱処理(RTA)で行ってもよい。急速加熱処理(RTA)で焼成する場合、その昇温速度を10〜100℃/秒とすることが好ましい。なお、上述の組成物の塗布から仮焼成、焼成までの工程を複数回繰り返すことにより、更に厚みのある圧電体膜に形成してもよい。
以上の工程により、上述のPZT圧電体膜が得られる。この圧電体膜は、上述の希土類元素Xをドープすることにより、圧電定数が向上するため、より大きな変位を得ることができ、アクチュエータとして使用する場合の利得が大きくなる。これは、Aサイト原子(Pb)が希土類元素Xによって置換され、これにより鉛欠損を生じさせ、ドメインウォールの移動が起きやすくなることが主要因であると考えられる。また、リーク電流密度が低く、かつ絶縁破壊耐圧が高いため、高い電圧を印加して使用されるインクジェットヘッド等のアクチュエータ用途に好適に使用することができる。これらの理由から、この膜は、圧電体として好適に利用できる。なお、この圧電体膜として使用するには、使用に際して分極処理を行うことが望ましい。
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。なお、以下に説明する実施例5、実施例6、実施例15及び比較例2は、実施例ではなく、参考例である。
<実施例1>
先ず、Pb化合物として酢酸鉛三水和物(Pb源)、X元素化合物として酢酸ネオジム一水和物(X元素源)、Zr化合物としてテトラジルコニウムブトキシド(Zr源)、Ti化合物としてテトラチタニウムイソプロポキシド(Ti源)をそれぞれ用意し、これらPZT前駆体を、表1に示す所望の金属原子比を与える割合になるように秤量した。
次に、反応容器内に、上記テトラチタニウムイソプロポキシド(Ti源)とテトラジルコニウムブトキシド(Zr源)と安定化剤としてアセチルアセトンを加え、窒素雰囲気中、150℃で1時間還流した。ここに、酢酸ネオジム一水和物(X元素源)と酢酸鉛三水和物(Pb源)と溶媒としてプロピレングリコール及び水を更に加え、窒素雰囲気中、150℃で更に1時間還流することにより合成液を調製した。なお、このときのプロピレングリコールの使用量は、Ti化合物、Zr化合物の合計量1モルに対して7モルの割合とした。
次に、合成液中のPZT前駆体が酸化物濃度で35%以上になるまで減圧蒸留を行うことにより不要な溶媒を除去した。ここで、酸化物濃度とは合成液中に含まれる全ての金属元素が目的酸化物になったと仮定して算出した濃度である。次に、室温で放冷した後、目的の濃度になるまでエタノールと1−オクタノールを加えて希釈した。濃度調整後の合成液に、ポリビニルピロリドン(k値30)を、Ti化合物、Zr化合物の合計量1モルに対してモノマー換算で0.025モル添加し、24時間室温で撹拌した。これにより、PZT前駆体の酸化物濃度が最終的に25質量%となるPZT圧電体膜形成用組成物を得た。
続いて、以下の手順により、{100}面に優先配向する配向性制御層を具備した基板を作製した。先ず、シリコン基板上にSiO2膜、TiO2膜、Pt膜が下から上に向ってこの順に積層された基板を用意し、この基板のPt膜上に、三菱マテリアル社製のPbTiO3−E1液(濃度1質量%、組成:Pb/Ti/=125/100)を500μL滴下し、3000rpmで15秒間スピンコーティングを行い、300℃のホットプレートで5分間仮焼成を行った。次に、得られた基板上に、上記PbZrTiO3−E1液(濃度12質量%、組成:Pb/Zr/Ti/=115/52/48)を500μL滴下し、3000rpmで15秒間スピンコーティングを行い、300℃のホットプレートで5分間仮焼成を行った。そして、この基板を、赤外線高速加熱炉(RTA)を用いて、酸素雰囲気中、昇温速度10℃/秒で700℃まで昇温し、当該温度で1分間保持することにより焼成を行った。得られた基板上の配向制御層は{100}面に優先配向しており、SEMによる観察から膜厚は60nm、平均粒径は100nmであった。
このようにして得られた基板の最上層、即ち配向制御層上に、上述のPZT圧電体膜形成用組成物を1000μL滴下し、2500rpmで1分間スピンコーティングを行うことにより塗膜を形成した。塗膜を形成した後、ホットプレートを用い、大気中、300℃の温度で3分間仮焼成を行った。その後、RTAを用い、炉内へ素と酸素の混合ガス(混合比1:1)を流しながら、昇温速度50℃/秒で700℃まで昇温し、当該温度で1分間保持することにより焼成を行った。これにより、上記基板のPZT配向制御層上に{100}面に優先配向するPZT圧電体膜を形成した。得られたPZT圧電体膜の膜厚をSEMにて測定したところ200nmであった。その後、組成物の塗布から焼成までの一連の操作を7回繰り返すことにより、PZT圧電体膜を最終的に1400nmまで増大させた。
<実施例2〜16及び比較例1〜9>
表1に示す条件を変更したこと以外は、実施例1と同様にしてPZT圧電体膜形成用組成物を調製し、更にPZT圧電体膜を得た。
<比較試験及び評価>
実施例1〜16及び比較例1〜9で形成したPZT圧電体膜について、以下の(i)〜(vi)の評価を行った。これらの結果を、以下の表2に示す。
(i) 膜組成:蛍光X線分析装置(リガク社製 型式名:Primus III+)を用いた蛍光X線分析により、圧電体膜の組成(原子数比)を分析した。
(ii) 圧電体膜の膜厚:圧電体膜の断面を、SEM(日立社製:S4300)にて観察し、圧電体膜の膜厚を測定した。
(iii) 圧電体膜の結晶配向性及び配向度:X線回折(XRD)装置(パナリティカル社製、型式名:Empyrean)を使用して、集中法によるX線回折(XRD)測定を行った。圧電体膜の結晶配向性とは、このX線回折(XRD)による回折結果において、最も強度が高い配向面(優先配向面)をいう。なお、表1に示すように、この回折結果から、各実施例及び各比較例で形成したPZT圧電体膜の優先配向面は、全て{100}面であった。また、優先配向面、即ち{100}面における配向度は、上記回折結果から得られたデータと下記式(1)から算出した。
上記式(1)中、(100)/(001)面の配向度とは、上述の{100}面配向度と同様の意味であり、(100)/(001)面の強度とは、(100)面の強度と(001)面の強度の合算値であり、(110)/(101)面の強度とは、(110)面の強度と(101)面の強度との合算値を表す。
(iv) 異常結晶粒の数:圧電体膜の表面を、SEM(日立社製:S4300)により観察し、粒径が1μm以上であって、かつ上記圧電体膜の結晶配向性と異なる結晶粒(異常結晶粒)の数を計測した。具体的には、膜表面の任意の無作為に選択した3箇所において、1箇所当たりの測定範囲を16μm×14μmに設定してそれぞれ異常結晶粒の個数をカウントし、これらの合計値を求めた。なお、圧電体膜の結晶配向性と異なる結晶粒であるか否かの判定は、上述のX線回折(XRD)により特定された圧電体膜の結晶配向性と結晶粒の結晶配向性との比較により行った。結晶粒の結晶配向性及び粒径は、上記SEMを用いたEBSD(Electron Back Scatter Diffraction:後方散乱電子回折)法により測定した。図2(a)に実施例1で形成した圧電体膜の膜表面におけるEBSD像を、図2(b)にSEM像を示す。また、図3(a)に比較例5で形成した圧電体膜の膜表面におけるEBSD像を、図3(b)にSEM像を示す。
(v) 圧電定数d33:レーザー干渉計(aix ACCT社製、Double Beam Laser Interferometer:aixDBLI)を用いて測定した。具体的には、後述の試験用サンプルを作製して測定した。
(vi) リーク電流密度:形成したPZT圧電体膜の表面に、更にスパッタ法により4mm2のPt上部電極を形成した後、RTAを用いて酸素雰囲気中、700℃の温度で1分間ダメージリカバリーアニーリングを行ったキャパシタを試験用サンプルとした。この試験用サンプルに10Vの直流電圧を印加して、リーク電流密度を測定した。
(vii) 絶縁破壊耐圧:上述の試験用サンプルに25℃の環境下で直流電圧を印加させ、ディレイ時間を100msecとし、0.5V間隔で段階的に上昇させた。その際、試験用サンプルが絶縁破壊、即ちリーク電流密度が100μAに達する1つ手前の印加電圧を絶縁破壊耐圧とした。
表2から明らかなように、実施例1〜16と比較例1〜9を比較すると、PZT前駆体であるX元素化合物に2−エチルヘキサン酸塩を使用した比較例1〜5では、異常結晶粒が膜表面に非常に多く発生した。圧電定数は高い値を示したものの、絶縁破壊耐圧が実施例1等に比べて低い値を示した。
また、希土類元素Xを添加しなかった比較例6では、圧電定数が実施例1等と比較して低い値を示した。なお、比較例6では実施例12よりも圧電定数は若干高い値を示したものの、リーク電流密度が実施例12よりも高い値を示した。また、仮焼成を所定の温度より高い温度で行なった比較例7,8では異常結晶粒が生成したため、また仮焼成を所定の温度より低い温度で行なった比較例9では配向度が劣化したため、絶縁破壊耐圧又は圧電定数が実施例2等と比較して低い値を示した。
これに対して、実施例1〜16では、圧電定数、リーク電流密度、絶縁破壊耐圧のほぼ全ての評価において良好な結果が得られた。