以下で、図面を参照して、本発明の実施形態による離型処理方法、離型処理された型、および反射防止膜を説明する。以下では、反射防止膜を製造するための型を例に説明する。なお、本発明は以下で例示する実施形態に限られない。以下の図面において、実質的に同じ機能を有する構成要素は共通の参照符号で示し、その説明を省略することがある。
本発明の実施形態による離型処理方法は、以下の工程A〜工程Eを包含する。
工程A:表面にポーラスアルミナ層を有する型と、酸化珪素前駆体と溶媒とを含む前駆体溶液と、フッ素系シランカップリング剤を含む離型剤とを用意する工程
工程B:型の表面に前駆体溶液を付与する工程
工程C:工程Bの後に、型の表面に付与された前駆体溶液に含まれる溶媒を少なくとも減少させる工程
工程D:工程Bの後に、型の表面に付与された前駆体溶液に含まれる酸化珪素前駆体を焼成することによって、酸化珪素を含み、炭素を実質的に含まない絶縁層を形成する工程
工程E:工程Cおよび工程Dの後に、型の表面に離型剤を付与する工程
以下、図1を参照して本発明の実施形態による離型処理方法を詳細に説明する。図1(a)〜(c)は、本発明の実施形態による離型処理方法を説明するための模式的な断面図である。
まず、表面にポーラスアルミナ層を有する型と、酸化珪素前駆体と溶媒とを含む前駆体溶液と、フッ素系シランカップリング剤を含む離型剤とを用意する。
図1(a)に、本発明の実施形態による離型処理方法に用いられる型100を示す。型100は、表面にポーラスアルミナ層14を有する。ここでは、ポーラスアルミナ層14は、表面に複数の凹部14pを有しており、複数の凹部14pは、反転されたモスアイ構造を構成している。
ここで例示する型は、例えば、反射防止膜(反射防止表面)の製造に好適に用いられる。反射防止膜の製造に用いられるポーラスアルミナ層14の微細な凹部(細孔)14pの断面形状は概ね円錐状である。反射防止膜の製造に用いられる型においては、微細な凹部14pの2次元的な大きさ(開口径)Dpが10nm以上500nm未満で、深さDdが10nm以上1000nm(1μm)未満程度であることが好ましい。型100のポーラスアルミナ層14の微細な凹部14pの形状(例えば、深さDd、2次元的な大きさDp、隣接間距離Dint)は、離型処理が施された型100(図1(c)参照)においてもあてはまる。
本発明による実施形態の型は、基板上に堆積されたアルミニウム膜を用いて形成することもできるし、アルミニウムのバルク材(例えば、アルミニウム基板、アルミニウムの円筒や円柱)を用いて形成することもできる。型は、例えば、ロール状であって、型の外周面にポーラスアルミナ層を有する。ロール状(円筒状または円柱状)の型は、軸を中心にロール状の型を回転させることによって、型の表面構造を被加工物(反射防止膜が形成される表面を有する物)に連続的に転写できるという利点がある。ただし、本発明の実施形態による型は、ロール状に限られず、平板状であってもよい。本発明の実施形態による型の製造方法の例は、図6を参照して後述する。
酸化珪素前駆体と溶媒とを含む前駆体溶液としては、例えば、酸化珪素前駆体としてポリシロキサン系化合物またはポリシルセスキオキサン系化合物を含む溶液を用いることができる。前駆体溶液に含まれるポリシロキサン系化合物またはポリシルセスキオキサン系化合物は、炭素を含んでもよい。ポリシロキサン系化合物またはポリシルセスキオキサン系化合物は、例えば、アルコキシ基(例えば、メトキシ基、エトキシ基)を有してもよい。アルコキシ基は、加水分解され、シラノール基を生成し、シラノール基は最終的な絶縁層22(図1(c)参照)においてはシロキサン結合を形成する。ポリシロキサン系化合物またはポリシルセスキオキサン系化合物は、アルコキシ基を有さず、水酸基(シラノール基)を有してもよい。さらには、シラノール基の脱水縮合で形成されたシロキサン結合が架橋構造(網目構造)を形成している重合体であってもよい。アルコキシ基を有しないポリシロキサン系化合物またはポリシルセスキオキサン系化合物は、炭素を実質的に含まない酸化珪素前駆体として好適である。炭素を実質的に含まない酸化珪素前駆体は、炭素を実質的に含まない絶縁層22の形成に好適に用いられる。「炭素を実質的に含まない」とは、例えば、炭素が、赤外分光法(例えばフーリエ変換赤外分光法(FT−IR法))における検出限界以下であることをいう。
炭素を実質的に含まないポリシルセスキオキサン系化合物を含む前駆体溶液として、例えば、東京応化工業株式会社製のOCD T−12 1200V(以下、「前駆体溶液OCD」と略すことがある。)を用いることができる。前駆体溶液OCDは、酸化珪素前駆体として、(HSiO
1.5)
nで表されるポリシルセスキオキサン系化合物(20質量%)と、溶媒としてプロピレングリコールメチルエーテルアセタート(PGMEA)(80質量%)とを含む。前駆体溶液OCDに含まれるポリシルセスキオキサン系化合物の化学構造式を[化1]に示す。前駆体溶液OCDは、加熱(焼成)によって末端−OH基が縮合し、3次元の網目構造を形成することができる。ただし、縮合重合は室温においても進み得る。
離型剤に含まれるフッ素系シランカップリング剤は、離型性を有するフッ素含有炭化水素基(例えばパーフルオロポリエーテル基)と、末端に、アルコキシシランに代表される加水分解性基とを有している。本発明による実施形態で用いられる離型剤は、フッ素系離型剤、フッ素系コーティング剤、フッ素系表面処理剤、フッ素系指紋付着防止剤等の名称で市販されているものを含む。
なお、本出願人は、特許文献5および6に、本発明の実施形態による離型処理方法で用いる離型剤と同様の離型剤を用いて、離型性の持続性を向上させる離型処理方法を開示している。本発明の実施形態による離型処理方法において、特許文献5または6に記載のフッ素系シランカップリング剤(離型性を有するフッ素系化合物、例えば、パーフルオロポリエーテル変性トリメトキシシラン)を用いてもよい。
図1(b)に示すように、型100の表面に酸化珪素前駆体と溶媒とを含む前駆体溶液21を付与する。
前駆体溶液21は、例えば塗布または印刷によって、ポーラスアルミナ層14の表面のほぼ全面に付与される。前駆体溶液21を付与する方法は、特に限定されない。例えば、スピンコート法、スプレーコート法、ディップコート法などを用いることができる。例えば型がロール状の場合は、前駆体溶液を入れた液槽の中に型を浸漬させることによって、型の表面に前駆体溶液を付与することができる。液槽の中でロール状の型を、型の長軸を中心として円周方向に回転させてもよい。
型の表面に前駆体溶液を付与する前に、型の洗浄工程を行ってもよい。型の洗浄工程として、例えば、型を水洗する工程および/または型の表面に窒素ガスを吹き付ける工程(窒素ブロー工程)を行ってもよい。
次に、前駆体溶液21に含まれる酸化珪素前駆体を焼成することによって、図1(c)に示すように、複数の凹部14p内に、酸化珪素(SiOx)を含み、炭素を実質的に含まない絶縁層22を形成する。絶縁層22は、例えば、前駆体であるポリシロキサン系化合物またはポリシルセスキオキサン系化合物がさらにシロキサン結合を形成することによって得られた重合体(3次元網目構造を含み得る。)を含む。絶縁層22は、例えばシロキサン結合を含む重合体を含む。
酸化珪素前駆体の焼成は、例えば100℃以上1000℃以下の温度で行うことが好ましい。酸化珪素前駆体の焼成は、例えば5分以上60分以下の時間行うことが好ましい。
酸化珪素前駆体を焼成する工程において、前駆体溶液21に含まれる溶媒が少なくとも減少し得る。酸化珪素前駆体を焼成する工程の前に、前駆体溶液21に含まれる溶媒を少なくとも減少させる工程をさらに行ってもよい。例えば、前駆体溶液21を室温または高温(例えば50℃〜146℃)で乾燥させることによって、前駆体溶液21に含まれる溶媒を少なくとも減少させることができる。前駆体溶液21に含まれる溶媒を少なくとも減少させるとは、前駆体溶液21に含まれる溶媒を減少させるまたは除去することをいう。
なお、酸化珪素前駆体として、アルコキシ基を含む化合物を用いる場合には、酸化珪素前駆体を焼成する前に、アルコキシ基の加水分解を十分に促進させることが好ましい。例えば大気中または高温(例えば50℃〜146℃)に放置して溶媒を減少させるまたは除去する(乾燥させる)過程で、溶媒中に含まれる水によって加水分解が進行し得る。あるいは、乾燥後、高温高湿下で放置してもよい。
絶縁層22の厚さDtは、例えば、複数の凹部14pの深さDdの5%以上50%以下であることが好ましい。絶縁層22の厚さは、例えば、型100の表面に付与された前駆体溶液21の量および/または型100の表面に付与された前駆体溶液21に含まれる酸化珪素前駆体の量によって決まる。前駆体溶液21の付与条件を変えることによって、異なる厚さの絶縁層22を形成した例を、後述する図3に示す。
例えば、前駆体溶液21は、例えば、複数の凹部14pを、複数の凹部14pの深さDdの70%以下まで埋めるように、型100の表面に付与されることが好ましい。型100の表面に付与される前駆体溶液21の量は、前駆体溶液21を付与する条件(例えばスピンコートの条件)によって調整され得る。例えば1000rpm以上3000rpm以下の回転数で前駆体溶液21をスピンコートしてもよい。また、型100の表面に付与された前駆体溶液21は、酸化珪素前駆体(例えばポリシロキサン系化合物またはポリシルセスキオキサン系化合物)を5質量%以上20質量%以下含むことが好ましい。前駆体溶液を溶媒で希釈することによって、型100の表面に付与される前駆体溶液21に含まれる酸化珪素前駆体の割合を減少させ、形成される絶縁層22の厚さを小さくすることができる。
次いで、型100の表面にフッ素系シランカップリング剤を含む離型剤を付与する。離型剤を付与する方法は、特に限定されず、前駆体溶液21を付与する工程と同様に行うことができる。
絶縁層22を形成した後、離型剤を付与する前に、型100の表面に酸素プラズマアッシングを施してもよい。絶縁層22の表面をアッシングすることにより、絶縁層22の表面に付着した有機物を除去することができるので、フッ素系シランカップリング剤をより密に付着させることができる。
その後、型100の表面に付与された離型剤に含まれる溶媒を除去する工程を行ってもよい。例えば、離型剤を焼成することによって、離型剤に含まれる溶媒が除去される。離型剤の焼成は、例えば100℃以上200℃以下の温度で行うことが好ましい。この焼成工程において、絶縁層22の重合反応がさらに進んでもよい。
離型剤を付与した後(または離型剤の焼成工程を行った後)で、必要に応じてリンス工程を行ってもよい。リンス工程を行うことによって、ポーラスアルミナ層に付着した余剰のシランカップリング剤が除去され、より均一な膜(厚さが2〜3nm程度)が得られる。リンス工程は、例えば、離型剤を表面に付与した型を、室温大気中に一定時間(例えば1日)放置した後に、フッ素系溶剤に浸漬することによって行われる。あるいは、離型剤を表面に付与した型をフッ素系溶剤でシャワーリングすることによって行ってもよい。フッ素系溶剤は、フッ素系シランカップリング剤とともに離型剤に含まれているフッ素系溶剤と同種類のものを用いることができる。リンス後はクリーンな環境下(室温)で自然乾燥すればよい。
このようにして、型100に離型処理が施される。
本発明の実施形態による離型処理方法によって、離型性の持続性が向上する理由について、図2を参照しながら以下で説明する。図2は、ポーラスアルミナ層を有する型の表面が離型処理されるメカニズムを説明するための模式図である。なお、以下は本発明者の考察であり、本発明を限定するものではない。
図2に示すように、型100のポーラスアルミナ層14の表面には、水酸基(OH基)が存在している。また、ポーラスアルミナ層14の表面には、水分子が吸着している(表面吸着水)。上述したように、フッ素系シランカップリング剤は、離型性を有するフッ素含有炭化水素基(例えばパーフルオロポリエーテル基)と、末端に、アルコキシシランに代表される加水分解性基とを有している。フッ素系シランカップリング剤は、雰囲気中の水分子、または、ポーラスアルミナ層14の表面に吸着している水分子との間で、加水分解反応を起こす。ORはアルコキシ基を示し、Fを付した基は、離型性を有するフッ素含有炭化水素基を模式的に示しており、パーフルオロポリエーテル基や、パーフルオロ炭化水素基であり得る。加水分解反応によって、シラノール化合物(SL)とアルコール(R−OH)とが生成される。シラノール化合物(SL)のシラノール基の間で、脱水縮合反応が起きると、シロキサン結合が生成される。ここで例示するようにシランカップリング剤は典型的には3つのアルコキシ基を有するので、シラノール化合物(SL)は1分子中に3つのシラノール基を有する。従って、シラノール基同士の脱水縮合が起こると、架橋構造が形成される。また、シラノール基の一部は、ポーラスアルミナ層14の表面の水酸基と、脱水縮合することもある。このような水酸基(シラノールおよび表面水酸基)同士の脱水縮合が起こると、ポーラスアルミナ層14の表面が、シロキサンポリマー(SLP)の膜によって覆われる。
このように、架橋構造を有するシロキサンポリマーが形成され、シロキサンポリマーの一部と表面水酸基との間に共有結合(−O−)が形成されると、シロキサンポリマーはポーラスアルミナ層14の表面に強固に結合し、安定した離型性を発揮すると考えられる。なお、全ての水酸基(シラノール基を含む)が脱水縮合によって共有結合を形成しなくとも、水酸基同士の間には水素結合が形成されるので、ポーラスアルミナ層14の表面に強固に結合し、安定した離型性を発揮し得る。
本発明の実施形態による離型処理方法においては、離型剤を付与する前に、酸化珪素前駆体と溶媒とを含む前駆体溶液を型の表面に付与し、酸化珪素前駆体を焼成することによって絶縁層を形成する。絶縁層を形成することによって、ポーラスアルミナ層の表面に、より多くの水酸基が導入される。これにより、離型性の持続性が向上される。前駆体溶液は、極性の溶媒を含むので、また、大気中で焼成されるので、得られた絶縁層は、比較的多くの表面水酸基を有することになる。その結果、上述したように、表面吸着水および大気中の水分によって、シランカップリング剤のアルコキシ基が加水分解され、シラノール基を生成する。したがって、酸化珪素を含む絶縁層の表面水酸基とシランカップリング剤の加水分解によって生成したシラノール基との反応によって安定な結合が形成される。
さらに、本発明の実施形態による離型処理方法によると、ポーラスアルミナ層が有する複数の凹部の底部に絶縁層を形成することができる。これにより、優れた離型性を有する型を得ることができる。また、本発明の実施形態による離型処理方法は、例えば特許文献7および8のように真空蒸着法で絶縁層を形成する場合に比べて、量産性に優れているという利点も有する。
本出願人は、特許文献5および6に、本発明の実施形態による離型処理方法で用いる離型剤と同様の離型剤を用いて、離型性の持続性を向上させる離型処理方法を開示している。特許文献5に記載の離型処理方法は、離型剤を付与する工程を2回以上行うことを1つの特徴としている。特許文献6に記載の離型処理方法は、離型剤を付与する工程の前または後に、相対湿度が50%以上の雰囲気下で、型の表面を40℃以上100℃未満の温度に加熱する工程を行う。
特許文献7および8には、凹凸構造を有する表面を有する本体と、本体の表面に形成された無機材料層とを有し、無機材料層の上にフッ素系シランカップリング剤を含む離型剤が付与された型が開示されている。特許文献7および8の型の無機材料層は、真空蒸着法によって形成されると記載されている。この場合、無機材料層は、ポーラスアルミナ層上にほぼ一定の厚さで形成されると考えられる。例えば、ポーラスアルミナ層の表面(凹部の底部および側面を含む)は、ほぼ同じ厚さの絶縁層で覆われる。
本発明の実施形態による離型処理方法は、前駆体溶液を付与し、前駆体を焼成することによって、上記の効果を得られるので、特許文献5および6に記載の離型処理方法よりも、離型性の持続性をさらに向上させることができる。また、本発明の実施形態による離型処理方法によって離型処理された型は、表面に付与された前駆体溶液に含まれる前駆体を焼成することによって形成された絶縁層を有することによって、上記の効果を得られるので、特許文献7および8の型よりも優れた離型性を有する。さらに、本発明の実施形態による離型処理方法によって離型処理された型が有する絶縁層の厚さは一定にならない。例えば、絶縁層は、複数の凹部の底部を埋めるように形成される。複数の凹部の側面は絶縁層から露出されていてもよい。
本発明の実施形態による離型処理方法を施された型およびそのような型を用いて形成された反射防止膜の構造について、図3および図4を参照しながら、より詳細に説明する。図3(a)〜(c)は、酸化珪素前駆体を含む前駆体溶液を付与する条件を変えて離型処理した型の断面SEM像である(図3(a)のSEM像中のフルスケール400nm、図3(b)および(c)のSEM像中のフルスケール500nm)。図4(a)〜(c)は、異なる条件で離型処理した型から形成した反射防止膜の断面SEM像である(図4(a)および(b)のSEM像中のフルスケール500nm、図4(c)のSEM像中のフルスケール200nm)。
図3(a)は、後述する実験例2と同じように作製し、離型処理を行った型試料の断面SEM像である(前駆体溶液のスピンコート条件:3000rpmで30秒間)。図3(b)の型試料は、スピンコートの条件を2000rpmで30秒間とした点において、図3(a)の型試料と異なる。図3(c)の型試料は、スピンコートの条件を1000rpmで30秒間とした点において、図3(a)の型試料と異なる。図3(a)〜(c)の型試料が有するポーラスアルミナ層の複数の凹部の形状は以下の通りである。深さDd:400nm、開口径Dp:200nm、隣接間距離Dint:200nm。図3(a)、図3(b)および図3(c)の型試料の絶縁層の厚さDtは、それぞれ、30nm、100nm、および200nmである。図3(a)〜(c)には、絶縁層の厚さDtを矢印で図示している。
図4(a)および(b)は、本発明の実施形態による離型処理方法を施した型試料を用いて形成した反射防止膜の断面SEM像であり、図4(c)は、酸化珪素前駆体を含む前駆体溶液を付与せずに離型処理を行った型試料を用いて形成した反射防止膜の断面SEM像である。図4(a)は、図3(a)の型試料を用いて形成した反射防止膜の断面SEM像である。図4(b)は、深さDd:400nm、開口径Dp:200nm、隣接間距離Dint:200nm、絶縁層の厚さDt:150nmの型試料を用いて形成した反射防止膜の断面SEM像である。図4(c)は、深さDd:400nm、開口径Dp:150nm、隣接間距離Dint:200nmの型試料を用いて形成した反射防止膜の断面SEM像である。
図4(a)および(b)と図4(c)とを見比べると(例えば図中の点線の丸で示している部分に注目すると)、図4(c)の反射防止膜では凸部の先端が尖っているのに対し、図4(a)および(b)の反射防止膜は、離型処理によって絶縁層が形成された型試料を用いて形成されたことにより、先端が丸みを帯びた凸部が形成されていることが分かる。なお、図4(a)および(b)の反射防止膜のように凸部の先端が丸みを帯びていても、反射防止性能にほぼ影響はない。反射防止膜の反射防止性能については、例えば後述する図7の反射スペクトルを測定することによって、正面方向における視感反射率(Y値)を調べることができる。例えば、波長550nmにおける、反射角5°の正反射光の反射率が0.2%以下である反射防止膜は、優れた反射防止性能を有すると判断される。
本発明の実施形態による離型処理方法は、特に、防汚性(例えば、撥水性、撥油性、油脂の拡がり難さ、耐擦傷性)に優れた反射防止膜を製造するための型に好適に用いられる。本出願人は、防汚性に優れた反射防止膜を開発している(例えば国際出願PCT/JP2017/024370および国際出願PCT/JP2017/024377)。参考のために、国際出願PCT/JP2017/024370および国際出願PCT/JP2017/024377の開示内容のすべてを本明細書に援用する。本発明の実施形態による離型処理方法によって離型処理された型を用いて防汚性に優れた反射防止膜を作製した結果は、実験例として後述する。
図5(a)〜(e)を参照して、表面にポーラスアルミナ層を有する型の製造方法の例を説明する。図5(a)〜(e)は、表面にポーラスアルミナ層を有するモスアイ用型100の製造方法を説明するための模式的な断面図である。
まず、図5(a)に示すように、型基材として、アルミニウム基材12と、アルミニウム基材12の表面に形成された無機材料層16と、無機材料層16の上に堆積されたアルミニウム膜18とを有する型基材10を用意する。
なお、本明細書において、型基材とは、型の製造工程において、陽極酸化およびエッチングされる対象をいう。また、アルミニウム基材とは、自己支持が可能なバルク状のアルミニウムをいう。
アルミニウム基材12としては、アルミニウムの純度が99.50mass%以上99.99mass%未満である比較的剛性の高いアルミニウム基材を用いる。アルミニウム基材12に含まれる不純物としては、鉄(Fe)、ケイ素(Si)、銅(Cu)、マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)、チタン(Ti)、鉛(Pb)、スズ(Sn)およびマグネシウム(Mg)からなる群から選択された少なくとも1つの元素を含むことが好ましく、特にMgが好ましい。エッチング工程におけるピット(窪み)が形成されるメカニズムは、局所的な電池反応であるので、理想的にはアルミニウムよりも貴な元素を全く含まず、卑な金属であるMg(標準電極電位が−2.36V)を不純物元素として含むアルミニウム基材12を用いることが好ましい。アルミニウムよりも貴な元素の含有率が10ppm以下であれば、電気化学的な観点からは、当該元素を実質的に含んでいないと言える。Mgの含有率は、全体の0.1mass%以上であることが好ましく、約3.0mass%以下の範囲であることがさらに好ましい。Mgの含有率が0.1mass%未満では十分な剛性が得られない。一方、含有率が大きくなると、Mgの偏析が起こり易くなる。モスアイ用型を形成する表面付近に偏析が生じても電気化学的には問題とならないが、Mgはアルミニウムとは異なる形態の陽極酸化膜を形成するので、不良の原因となる。不純物元素の含有率は、アルミニウム基材12の形状、厚さおよび大きさに応じて、必要とされる剛性に応じて適宜設定すればよい。例えば圧延加工によって板状のアルミニウム基材12を作製する場合には、Mgの含有率は約3.0mass%が適当であるし、押出加工によって円筒などの立体構造を有するアルミニウム基材12を作製する場合には、Mgの含有率は2.0mass%以下であることが好ましい。Mgの含有率が2.0mass%を超えると、一般に押出加工性が低下する。
アルミニウム基材12として、例えば、JIS A1050、Al−Mg系合金(例えばJIS A5052)、またはAl−Mg−Si系合金(例えばJIS A6063)で形成された円筒状のアルミニウム管を用いる。
アルミニウム基材12の表面は、バイト切削が施されていることが好ましい。アルミニウム基材12の表面に、例えば砥粒が残っていると、砥粒が存在する部分において、アルミニウム膜18とアルミニウム基材12との間で導通しやすくなる。砥粒以外にも、凹凸が存在するところでは、アルミニウム膜18とアルミニウム基材12との間で局所的に導通しやすくなる。アルミニウム膜18とアルミニウム基材12との間で局所的に導通すると、アルミニウム基材12内の不純物とアルミニウム膜18との間で局所的に電池反応が起こる可能性がある。
無機材料層16の材料としては、例えば酸化タンタル(Ta2O5)または二酸化シリコン(SiO2)を用いることができる。無機材料層16は、例えばスパッタ法により形成することができる。無機材料層16として、酸化タンタル層を用いる場合、酸化タンタル層の厚さは、例えば、200nmである。
無機材料層16の厚さは、100nm以上500nm未満であることが好ましい。無機材料層16の厚さが100nm未満であると、アルミニウム膜18に欠陥(主にボイド、すなわち結晶粒間の間隙)が生じることがある。また、無機材料層16の厚さが500nm以上であると、アルミニウム基材12の表面状態によって、アルミニウム基材12とアルミニウム膜18との間が絶縁されやすくなる。アルミニウム基材12側からアルミニウム膜18に電流を供給することによってアルミニウム膜18の陽極酸化を行うためには、アルミニウム基材12とアルミニウム膜18との間に電流が流れる必要がある。円筒状のアルミニウム基材12の内面から電流を供給する構成を採用すると、アルミニウム膜18に電極を設ける必要がないので、アルミニウム膜18を全面にわたって陽極酸化できるとともに、陽極酸化の進行に伴って電流が供給され難くなるという問題も起こらず、アルミニウム膜18を全面にわたって均一に陽極酸化することができる。
また、厚い無機材料層16を形成するためには、一般的には成膜時間を長くする必要がある。成膜時間が長くなると、アルミニウム基材12の表面温度が不必要に上昇し、その結果、アルミニウム膜18の膜質が悪化し、欠陥(主にボイド)が生じることがある。無機材料層16の厚さが500nm未満であれば、このような不具合の発生を抑制することもできる。
アルミニウム膜18は、例えば、国際公開第2011/125486号に記載されているように、純度が99.99mass%以上のアルミニウムで形成された膜(以下、「高純度アルミニウム膜」ということがある。」)である。アルミニウム膜18は、例えば、真空蒸着法またはスパッタ法を用いて形成される。アルミニウム膜18の厚さは、約500nm以上約1500nm以下の範囲にあることが好ましく、例えば、約1μmである。参考のために、国際公開第2011/125486号の開示内容のすべてを本明細書に援用する。
また、アルミニウム膜18として、高純度アルミニウム膜に代えて、国際公開第2013/183576号に記載されている、アルミニウム合金膜を用いてもよい。国際公開第2013/183576号に記載のアルミニウム合金膜は、アルミニウムと、アルミニウム以外の金属元素と、窒素とを含む。本明細書において、「アルミニウム膜」は、高純度アルミニウム膜だけでなく、国際公開第2013/183576号に記載のアルミニウム合金膜を含むものとする。参考のために、国際公開第2013/183576号の開示内容のすべてを本明細書に援用する。
上記アルミニウム合金膜を用いると、反射率が80%以上の鏡面を得ることができる。アルミニウム合金膜を構成する結晶粒の、アルミニウム合金膜の法線方向から見たときの平均粒径は、例えば、100nm以下であり、アルミニウム合金膜の最大表面粗さRmaxは60nm以下である。アルミニウム合金膜に含まれる窒素の含有率は、例えば、0.5mass%以上5.7mass%以下である。アルミニウム合金膜に含まれるアルミニウム以外の金属元素の標準電極電位とアルミニウムの標準電極電位との差の絶対値は0.64V以下であり、アルミニウム合金膜中の金属元素の含有率は、1.0mass%以上1.9mass%以下であることが好ましい。金属元素は、例えば、TiまたはNdである。但し、金属元素はこれに限られず、金属元素の標準電極電位とアルミニウムの標準電極電位との差の絶対値が0.64V以下である他の金属元素(例えば、Mn、Mg、Zr、VおよびPb)であってもよい。さらに、金属元素は、Mo、NbまたはHfであってもよい。アルミニウム合金膜は、これらの金属元素を2種類以上含んでもよい。アルミニウム合金膜は、例えば、DCマグネトロンスパッタ法で形成される。アルミニウム合金膜の厚さも約500nm以上約1500nm以下の範囲にあることが好ましく、例えば、約1μmである。
次に、図5(b)に示すように、アルミニウム膜18の表面18sを陽極酸化することによって、複数の凹部(細孔)14pを有するポーラスアルミナ層14を形成する。ポーラスアルミナ層14は、凹部14pを有するポーラス層と、バリア層(凹部(細孔)14pの底部)とを有している。隣接する凹部14pの間隔(中心間距離)は、バリア層の厚さのほぼ2倍に相当し、陽極酸化時の電圧にほぼ比例することが知られている。この関係は、図5(e)に示す最終的なポーラスアルミナ層14についても成立する。
ポーラスアルミナ層14は、例えば、酸性の電解液中で表面18sを陽極酸化することによって形成される。ポーラスアルミナ層14を形成する工程で用いられる電解液は、例えば、蓚酸、酒石酸、燐酸、硫酸、クロム酸、クエン酸、リンゴ酸からなる群から選択される酸を含む水溶液である。例えば、アルミニウム膜18の表面18sを、蓚酸水溶液(濃度0.3mass%、液温10℃)を用いて、印加電圧80Vで55秒間陽極酸化を行うことにより、ポーラスアルミナ層14を形成する。
次に、図5(c)に示すように、ポーラスアルミナ層14をアルミナのエッチャントに接触させることによって所定の量だけエッチングすることにより凹部14pの開口部を拡大する。エッチング液の種類・濃度、およびエッチング時間を調整することによって、エッチング量(すなわち、凹部14pの大きさおよび深さ)を制御することができる。エッチング液としては、例えば10mass%の燐酸や、蟻酸、酢酸、クエン酸などの有機酸や硫酸の水溶液やクロム酸燐酸混合水溶液を用いることができる。例えば、燐酸水溶液(10mass%、30℃)を用いて20分間エッチングを行う。
次に、図5(d)に示すように、再び、アルミニウム膜18を部分的に陽極酸化することにより、凹部14pを深さ方向に成長させるとともにポーラスアルミナ層14を厚くする。ここで凹部14pの成長は、既に形成されている凹部14pの底部から始まるので、凹部14pの側面は階段状になる。
さらにこの後、必要に応じて、ポーラスアルミナ層14をアルミナのエッチャントに接触させることによってさらにエッチングすることにより凹部14pの孔径をさらに拡大する。エッチング液としては、ここでも上述したエッチング液を用いることが好ましく、現実的には、同じエッチング浴を用いればよい。
このように、上述した陽極酸化工程およびエッチング工程を交互に複数回(例えば5回:陽極酸化を5回とエッチングを4回)繰り返すことによって、図5(e)に示すように、反転されたモスアイ構造を有するポーラスアルミナ層14を有するモスアイ用型100が得られる。陽極酸化工程で終わることによって、凹部14pの底部を点にできる。すなわち、先端が尖った凸部を形成することができる型が得られる。
図5(e)に示すポーラスアルミナ層14(厚さtp)は、ポーラス層(厚さは凹部14pの深さDdに相当)とバリア層(厚さtb)とを有する。ポーラスアルミナ層14は、反射防止膜が有するモスアイ構造を反転した構造を有するので、その大きさを特徴づける対応するパラメータに同じ記号を用いることがある。
ポーラスアルミナ層14が有する凹部14pは、例えば円錐形であり、階段状の側面を有してもよい。凹部14pの2次元的な大きさ(表面の法線方向から見たときの凹部の面積円相当径)Dpは20nm超500nm未満で、深さDdは50nm以上1000nm(1μm)未満程度であることが好ましい。また、凹部14pの底部は尖っている(最底部は点になっている)ことが好ましい。凹部14pは密に充填されている場合、ポーラスアルミナ層14の法線方向から見たときの凹部14pの形状を円と仮定すると、隣接する円は互いに重なり合い、隣接する凹部14pの間に鞍部が形成される。なお、略円錐形の凹部14pが鞍部を形成するように隣接しているときは、凹部14pの2次元的な大きさDpは隣接間距離Dintと等しい。反射防止膜を製造するためのモスアイ用型のポーラスアルミナ層は、Dp=Dintが10nm以上500nm未満で、深さDdが10nm以上1000nm(1μm)未満程度の微細な凹部が密に不規則に配列した構造を有していることが好ましい。ポーラスアルミナ層14の厚さtpは、例えば、約1μm以下である。なお、微細な凹部の開口部の形状は厳密には円ではないので、2次元的な大きさDpは表面のSEM像から求めることが好ましい。
なお、図5(e)に示すポーラスアルミナ層14の下には、アルミニウム膜18のうち、陽極酸化されなかったアルミニウム残存層18rが存在している。必要に応じて、アルミニウム残存層18rが存在しないように、アルミニウム膜18を実質的に完全に陽極酸化してもよい。例えば、無機材料層16が薄い場合には、アルミニウム基材12側から容易に電流を供給することができる。
上述の型の製造方法によると、反射防止膜の作製に好適な、凹部の配列の規則性が低い型を製造することができる。なお、規則的に配列された凸部を有するモスアイ構造を形成するための型は、例えば、以下のようにして製造することができる。
例えば厚さが約10μmのポーラスアルミナ層を形成した後、生成されたポーラスアルミナ層をエッチングにより除去してから、上述のポーラスアルミナ層を生成する条件で陽極酸化を行えばよい。厚さが10μmのポーラスアルミナ層は、陽極酸化時間を長くすることによって形成される。このように比較的厚いポーラスアルミナ層を生成し、このポーラスアルミナ層を除去すると、アルミニウム膜またはアルミニウム基材の表面に存在するグレインによる凹凸や加工ひずみの影響を受けることなく、規則的に配列された凹部を有するポーラスアルミナ層を形成することができる。なお、ポーラスアルミナ層の除去には、クロム酸と燐酸との混合液を用いることが好ましい。長時間にわたるエッチングを行うとガルバニック腐食が発生することがあるが、クロム酸と燐酸との混合液はガルバニック腐食を抑制する効果がある。
続いて、図6を参照して、モスアイ用型100を用いた反射防止膜の製造方法を説明する。図6は、ロール・ツー・ロール方式により反射防止膜を製造する方法を説明するための模式的な断面図である。
まず、円筒状のモスアイ用型100を用意する。なお、円筒状のモスアイ用型100は、例えば図5を参照して説明した製造方法で製造される。
図6に示すように、紫外線硬化樹脂34'が表面に付与されたベースフィルム42を、モスアイ用型100に押し付けた状態で、紫外線硬化樹脂34'に紫外線(UV)を照射することによって紫外線硬化樹脂34'を硬化する。紫外線硬化樹脂34'としては、例えばアクリル系樹脂を用いることができる。ベースフィルム42は、例えば、PET(ポリエチレンテレフタレート)フィルムまたはTAC(トリアセチルセルロース)フィルムである。ベースフィルム42は、図示しない巻き出しローラから巻き出され、その後、表面に、例えばスリットコータ等により紫外線硬化樹脂34'が付与される。ベースフィルム42は、図6に示すように、支持ローラ46および48によって支持されている。支持ローラ46および48は、回転機構を有し、ベースフィルム42を搬送する。また、円筒状のモスアイ用型100は、ベースフィルム42の搬送速度に対応する回転速度で、図6に矢印で示す方向に回転される。
その後、ベースフィルム42からモスアイ用型100を分離することによって、モスアイ用型100の反転されたモスアイ構造が転写された反射防止膜34がベースフィルム42の表面に形成される。表面に反射防止膜34が形成されたベースフィルム42は、図示しない巻き取りローラにより巻き取られる。
反射防止膜34の表面は、モスアイ用型100のナノ表面構造を反転したモスアイ構造を有する。反射防止膜34を形成する材料は、紫外線硬化性樹脂に限られず、可視光で硬化可能な光硬化性樹脂を用いることもできるし、熱硬化性樹脂を用いることもできる。
本発明による実施形態の反射防止膜の製造方法は、上述した離型処理方法によって離型処理が施された型を用意する工程と、被加工物を用意する工程と、型と被加工物の表面との間に光硬化樹脂を付与した状態で、光硬化樹脂に光を照射することによって光硬化樹脂を硬化させる工程と、硬化された光硬化樹脂で形成された反射防止膜から型を剥離する工程とを包含する。被加工物として、ロール状のフィルムを用いると、ロール・ツー・ロール方式で、反射防止膜を製造することができる。フィルムは、ベースフィルムと、ベースフィルム上に形成されたハードコート層とを有し、反射防止膜は、ハードコート層の上に形成されていることが好ましい。ベースフィルムとしては、例えば、TAC(トリアセチルセルロース)フィルムを好適に用いることができる。ハードコート層としては、例えば、アクリル系のハードコート材料を用いることができる。
以下に、実験例を示す。
(実験例1)
以下のように、実験例1の型試料を得た。
表面にポーラスアルミナ層を有する小片型(5cm×10cmの板状)を用意した。小片型は、厚さが5mmのガラス基板上に、厚さが1μmのアルミニウム膜をスパッタリングで堆積したものを型基材として用い、図5を参照して説明した方法で陽極酸化およびエッチングを繰り返すことによって作製した。
小片型の表面に水洗および窒素ブローを施した後、表面に酸化珪素前駆体を含む前駆体溶液を付与した。前駆体溶液として、東京応化工業株式会社製のOCD T−12 1200V((HSiO1.5)nをPGMEA(プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート)で5倍に希釈したもの)をPGMEAで5倍に希釈したものを用いた。前駆体溶液を、スピンコート法によって、2000rpmで30秒間、小片型の表面に付与した。その後、前駆体溶液に含まれる溶媒(PGMEA)を除去するために130℃で90秒間焼成(プリベーク)した後、200℃で1時間焼成した。焼成工程は、大気雰囲気下で行った。焼成工程によって形成された絶縁層の厚さは、およそ30nmであった。絶縁層を形成した後、小片型の表面を酸素プラズマアッシングで20分間処理した(アッシング条件:パワー200W、圧力5.0Pa、酸素流量100sccm)。その後、フッ素系シランカップリング剤を含む離型剤に小片型を浸漬することによって、小片型の表面に離型剤を付与した。離型剤として、ダイキン工業株式会社製のオプツールDSXをフッ素系溶剤で200倍(重量比)に希釈したものを用いた。オプツールDSXは、パーフルオロポリエーテル基含有化合物を含む。その後、150℃で1時間焼成した。その後、離型剤が付与された小片型の表面をフッ素系溶剤でリンスし、リンス後は室温で自然乾燥させた。
このように離型処理を行うことで、実験例1の型試料を得た。
実験例1の型試料を用いて、反射防止膜をベースフィルム(ここではTAC(トリアセチルセルロース)フィルム)上に形成することを繰り返した。ベースフィルムと、ベースフィルム上に形成された反射防止膜とをあわせて反射防止フィルムということがある。型の使用回数が増えるとともに、型の表面の特性および形成された反射防止膜の特性がどのように変化するかを調べることによって、型の耐久性(例えば型の離型性の持続性)を評価した。
ここでは、反射防止膜は、例えば国際出願PCT/JP2017/024370および国際出願PCT/JP2017/024377に記載されているように、2種類の樹脂材料(「上側樹脂」および「下側樹脂」ということがある。)を用いて形成した。具体的には、実験例1の型試料の表面(すなわち、反転されたモスアイ構造を有する表面)に、上側樹脂(ダイキン工業株式会社製のDAC−HP)および下側樹脂(共栄社化学株式会社製のS−260)をこの順で付与(上側樹脂および下側樹脂の厚さの和:10μm)した後、TACフィルム(富士フイルム株式会社製のTAC−TG60ULS、厚さ60μm)を型試料に押し付けた状態で、上側樹脂および下側樹脂に紫外線を照射(100mW/cm2で5秒間)することによって上側樹脂および下側樹脂を硬化させた。その後、TACフィルムを型試料から剥離することによって、TACフィルムと、TACフィルム上に形成された反射防止膜とを有する反射防止フィルムを得た。なお、このように形成された反射防止膜において、上側樹脂と下側樹脂との間に明確な界面は形成されない。
型試料の耐久性を調べるために、型試料を用いて反射防止膜を複数回形成(転写)した。ただし、ここでは、型試料の耐久性に対する加速試験を行う目的から、特定のタイミングのみで上述の方法で反射防止膜をした。具体的には、最初の反射防止膜(1回目)は上述の方法で形成し、その後は、型試料を用いて反射防止膜を形成する回数が、例えば10回目、20回目、・・・のように、10回ごとに上述の方法で反射防止膜を形成し、それ以外の回数では、下側樹脂(共栄社化学株式会社製のS−260)のみを用いて反射防止膜を形成した。なお、以下で説明する特性の評価は、上述の方法で(すなわち上側樹脂および下側樹脂の両方を用いて)形成した反射防止膜を用いて行った。
評価結果を下記の表1に示す。
表1中、「転写回数」は、実験例1の型試料を用いて反射防止膜を形成した回数を示す。最初の反射防止膜(1回目)を形成した後の型試料および1回目に形成した反射防止膜の特性の評価を行い、その後は10回形成するごとに評価を行った。
型試料の表面の特性については、型試料の表面に水を滴下した直後の、型試料の表面に対する水の静的接触角(単に「接触角」ということがある。)を測定した。接触角は、協和界面科学株式会社製のポータブル接触角計(製品名:PCA−1)を用いて測定した。
反射防止膜の表面については、以下の接触角を測定し、反射防止膜の撥水性および撥油性を評価した。
・反射防止膜の表面に水を滴下した直後の、反射防止膜の表面に対する水の接触角(表1中、「水の接触角(滴下直後)」)
・反射防止膜の表面にヘキサデカンを滴下した直後の、反射防止膜の表面に対するヘキサデカンの接触角(表1中、「ヘキサデカンの接触角(滴下直後)」)
・反射防止膜の表面にヘキサデカンを滴下してから10秒後の、反射防止膜の表面に対するヘキサデカンの接触角(表1中、「ヘキサデカンの接触角(10秒後)」)
表1中の「ヘキサデカンの接触角の変化量」には、滴下直後の接触角と10秒後の接触角との差(「滴下直後のヘキサデカンの接触角」−「10秒後のヘキサデカンの接触角」)を示している。表1中の「ヘキサデカンの接触角の変化量」が小さいほど、表面に付着した油脂が拡がり難い。この場合、表面に付着した油脂が、表面のモスアイ構造を構成する凸部の間に侵入し難いので、油脂を容易に拭き取ることができる。このような反射防止膜は防汚性に優れていると言える。
反射防止膜の表面に付着させた油脂の拡がり方を観察することによっても、反射防止膜の表面の油脂の拡がり難さを評価した。具体的には、反射防止膜の表面に指紋(およそ1cm四方)を付着させた後、室温で24時間放置し、指紋の拡がり具合を調べた。24時間の間に拡がった領域の幅を、0.5mm単位のものさしを用いて目視で測定した。結果を、表1中に「油脂の拡がり」として示す。表1中の「油脂の拡がり」が小さいほど、表面に付着した油脂を拭き取り易いので、反射防止膜は防汚性に優れていると言える。
反射防止膜の表面の耐擦傷性を評価するために、スチールウール(SW)耐性を調べた。具体的には、反射防止膜の表面を、日本スチールウール株式会社製のスチールウール(製品名:#0000)に荷重を加えた状態で擦り、傷が付いた最小荷重で評価した。結果を表1中の「SW耐擦傷性」に示している。この荷重値が大きいほど耐擦傷性に優れている。具体的な擦り方は、新東科学株式会社製の表面性測定機(製品名:14FW)を用い、ストローク幅30mm、速度100mm/sで10往復擦った。また、傷の有無は、照度100lx(蛍光灯)の環境下で目視観察して判断した。
(比較例1)
比較例1は、小片型に対する離型処理として、表面に酸化珪素前駆体を含む前駆体溶液を付与しなかった点において実験例1と異なる。
すなわち、実験例1と同様に作製した小片型を用意し、小片型の表面に水洗および窒素ブローを施した後、実験例1で用いた離型剤と同じ離型剤に小片型を浸漬することによって、小片型の表面に離型剤を付与した。その後、150℃で1時間焼成した。その後、実験例1と同様にリンス工程および自然乾燥工程を行った。
このようにして比較例1の型試料を得た。比較例1の型試料についても、実験例1と同様に評価を行った。評価結果を下記の表2に示す。
表1および表2から、実験例1の型試料は、比較例1の型試料に比べて優れた耐久性を有していることが分かる。表1および表2に示すように、実験例1においては、比較例1に比べて、転写回数が増えても、型試料の表面に対する水の接触角があまり変化していない。すなわち、型試料の表面の撥水性の変化が小さい。比較例1では、61回転写後の接触角は1回転写後の接触角から5.0°減少しているのに対し、実験例1においては2.7°しか減少していない。実験例1においては、81回転写後においても、1回転写後の接触角からの減少は4.1°にとどまっている。
実験例1においては、形成された反射防止膜は優れた防汚性(撥水性、撥油性、油脂の拡がり難さおよび耐擦傷性)を有しており、さらに、転写回数が増えても、形成された反射防止膜の防汚性の低下が抑制されていることが分かる。
表1に示すように、実験例1において最初に形成された反射防止膜(転写回数1回目)は、撥水性、撥油性、油脂の拡がり難さおよび耐擦傷性に優れている。さらに、81回転写後まで、これらの性質は、ほぼ変化せず維持されている。これに対して、表2に示すように、比較例1においては、最初に形成された反射防止膜(転写回数1回目)は、撥水性、撥油性および油脂の拡がり難さにおいて、実験例1と同程度に優れているものの、転写回数が増えるにつれて、撥水性、撥油性および油脂の拡がり難さは低下していることが分かる。
このように、実験例1の型試料は、比較例1の型試料に比べて、離型性の持続性に優れていることが分かる。特に、実験例1の型試料は、防汚性に優れた反射防止膜を形成する場合に優れた耐久性を有することが分かる。
油脂の拡がり難さ(または油脂の拭き取り易さ)の観点からは、例えば、表面にヘキサデカンを滴下した直後における、表面に対するヘキサデカンの静的接触角が90°以上であり、かつ、表面にヘキサデカンを滴下してから10秒以上経過した後の、表面に対するヘキサデカンの静的接触角と、滴下直後の静的接触角との差が6.0°未満であることが好ましい。実験例1においては、1回目から81回目の転写まで常に、このような条件を満たす反射防止膜が得られている。これに対して、比較例1においては、1回目の転写においては上記の条件を満たす反射防止膜が得られているが、11回目以降に得られた反射防止膜は上記の条件を満たしておらず、油脂の拡がり難さが低下している。例えば11回目の転写で形成された反射防止膜において、滴下直後の表面に対するヘキサデカンの接触角は87.1°に低下し、滴下直後と10秒経過後のヘキサデカンの接触角の差は7.0°に増大している。油脂の拡がり難さは、転写回数が増えるとともに低下する傾向にある。
また、実験例1は、反射防止膜の耐擦傷性において、比較例1に比べて優れている。実験例1の型試料の表面には、離型処理が施されることによって絶縁層が形成されているので、実験例1の型試料を用いると、比較例1の型試料を用いた場合に比べて、低い凸部を有する反射防止膜が形成される。モスアイ構造を構成する凸部の高さが小さいことによって、実験例1の反射防止膜は耐擦傷性に優れていると考えられる。
(実験例2)
実験例2では、フッ素系シランカップリングを含む離型剤として、実験例1とは異なる離型剤を用いて、同様の効果が得られることを確かめた。
実験例2の型試料は、離型処理に用いた離型剤において実験例1と異なる。実験例2で用いた離型剤は、実験例1で用いた離型剤と同様にパーフルオロポリエーテル基含有化合物を含む。ただし、実験例1で用いた離型剤は、シランを含む官能基を分子内に1個有するのに対し、実験例2で用いた離型剤は、シランを含む官能基を分子内に複数個有する。実験例2の型試料についても、実験例1と同様に評価を行った。評価結果を下記の表3に示す。なお、表3中、数値が記載されていない箇所は、測定を行わなかったことを示す。以降の表においても同様である。
また、実験例2の型試料から形成された反射防止フィルムの5度正反射の反射スペクトルを測定した。転写回数1回、11回、21回、31回、41回、51回、および61回の反射防止フィルムのそれぞれに対して、入射角5°で光を照射し、反射角5°における正反射光のスペクトルを得た。測定には、日本分光株式会社製の分光光度計(製品名:V−560)を用いた。結果を図7に示す。図7は、実験例2の型試料から形成された反射防止フィルムの5度正反射の反射スペクトルの測定結果を示すグラフであり、横軸は波長(nm)、縦軸は反射率(%)を示す。
(比較例2)
比較例2の型試料は、実験例2と同じ離型剤を用いて離型処理を行った点において、比較例1と異なる。比較例2の型試料を用いて、比較例1と同様に評価を行った。評価結果を下記の表4に示す。
表3および表4から、実験例2においても実験例1と同様の効果が得られていることが分かる。
また、図7から、転写回数1回目の反射防止フィルムと、転写回数61回目の反射防止フィルムとで、反射スペクトルがほぼ一致していることが分かる。転写回数が増えても、反射防止性能の低下はほぼ生じていないことが分かる。また、いずれの反射防止フィルムも、波長550nmにおける、反射角5°の正反射光の反射率が0.15%〜0.17%程度であり、優れた反射防止性能を有することが分かる。
(実験例3)
実験例3(実験例3a〜実験例3h)では、絶縁層の前駆体溶液として、絶縁層前駆体として無機材料および有機材料のハイブリッド材料を含む前駆体溶液を用いて離型処理を行い、炭素を含まない酸化珪素前駆体を含む前駆体溶液を用いた実験例1および2と比較した。また、前駆体の有機材料の含有率が異なる前駆体溶液を用いて離型処理を行い、前駆体に含まれる有機材料の影響および形成された絶縁層に含まれる有機材料について考察した。
実験例3の型試料は、絶縁層前駆体として無機材料および有機材料のハイブリッド材料を含む前駆体溶液を用いて離型処理を行った点において実験例2と異なる。
実験例3aおよび実験例3bでは、前駆体溶液として、メルク株式会社製のS01−203を用いた。実験例3aおよび実験例3bでは、前駆体溶液の付与条件(すなわちスピンコートの条件)を変え、形成される絶縁層の厚さを異ならせた。実験例3aでは、1500rpmで30秒間の条件でスピンコートし、実験例3bでは、2000rpmで30秒間の条件でスピンコートした。前駆体溶液を焼成することによって形成された絶縁層の厚さは、実験例3aではおよそ100nm、実験例3bではおよそ30nmであった。前駆体溶液の焼成条件は、先の実験例と同じである。
実験例3cおよび実験例3dは、前駆体溶液として、メルク株式会社製のS01−401を用いた点において、実験例3aおよび実験例3bと異なる。S01−401に前駆体として含まれる有機材料の割合は、S01−203(実験例3aおよび3b)よりも低い。
実験例3eおよび実験例3fは、前駆体溶液として、メルク株式会社製のS01−301を用いた点において、実験例3aおよび実験例3bと異なる。S01−301に前駆体として含まれる有機材料の割合は、S01−203(実験例3aおよび3b)よりも低く、S01−401(実験例3cおよび3d)よりもさらに低い。すなわち、前駆体として含まれる有機材料の割合については、S01−203>S01−401>S01−301の関係が成り立つ。
実験例3gおよび実験例3hは、それぞれ、前駆体溶液として、メルク株式会社製のS01−301をPGMEA(溶媒)で2倍に希釈したものおよび3倍に希釈したものを用いた点において、実験例3fと異なる。すなわち、実験例3gおよび実験例3hは、前駆体として含まれる有機材料の割合において、実験例3fよりもさらに低い。前駆体溶液を焼成することによって形成された絶縁層の厚さは、実験例3gではおよそ100nm、実験例3hではおよそ30nmであった。
実験例3a〜実験例3hの型試料についても、実験例1と同様に評価を行った。評価結果を下記の表5に示す。
表5中、「型」の「水の接触角(滴下直後)」には、転写回数11回の接触角とともに、転写回数11回の接触角の、転写回数1回の接触角からの変化量を括弧付で併記している。「反射防止膜」の「ヘキサデカンの接触角(滴下直後)」についても同様である。
表5から、実験例3a〜実験例3hの型試料はいずれも、耐久性において、実験例1(表1)および実験例2(表3)に劣ることが分かる。型試料の表面に対する水の接触角(表の「型」の「水の接触角(滴下直後)」)に注目すると、実験例1においては、表1に示したように、11回転写後の接触角は1回転写後の接触角から0.6°減少した。これに比べると、実験例3a〜実験例3hの型試料はいずれも、11回転写後の接触角は1回転写後の接触角から大きく変化していることが分かる。ただし、接触角の変化量は、前駆体として含まれる有機材料の割合(S01−203>S01−401>S01−301)が低いほど、小さい傾向にある。すなわち、前駆体溶液に前駆体として含まれる有機材料が少ないほど、型の耐久性の低下が抑制されている。なお、前駆体に含まれる有機材料が少ないほど、形成された絶縁層に含まれる有機材料も少ないと考えられる。
表5から、実験例3a〜実験例3hの型試料から形成された反射防止膜は、防汚性(撥水性、撥油性、および油脂の拡がり難さ)において、実験例1(表1)および実験例2(表3)に劣ることが分かる。
反射防止膜の表面に対するヘキサデカンの接触角(表の「反射防止膜」の「ヘキサデカンの接触角(滴下直後)」)に注目すると、上記と同様の傾向が表れていることが分かる。すなわち、実験例3a〜実験例3fの型試料はいずれも、型の耐久性の観点から実験例1および実験例2の型試料に劣るが、前駆体として含まれる有機材料の割合が少ないほど、型の耐久性の低下が抑制されている。
実験例3の結果を実験例1および実験例2の結果と比べると、本発明の実施形態による離型処理方法は、酸化珪素前駆体を含む前駆体溶液を型の表面に付与し、炭素を実質的に含まない絶縁層を形成することによって、型試料の離型性の持続性が向上されたことが分かる。