JP6519057B2 - 表面被覆切削工具の製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、表面被覆切削工具およびその製造方法に関する。
従来から、基材上に被膜を形成した表面被覆切削工具が用いられている。最近、Al23の結晶配向性を変化させることによって被膜の膜質改良を図るなど、表面被覆切削工具の性能向上を図った様々な技術が提案されている。たとえば、特開2008−246664号公報(特許文献1)において、超硬合金を基材とする上に(006)集合組織を有するα−Al23層を備えた切削工具が提案されている。
また、欧州特許出願公開第2570510号明細書(特許文献2)では、超硬合金を基材とする上に(0012)集合組織を有し、かつ硫黄が100ppm以上含まれるα−Al23層を備えた切削工具が提案されている。
特開2008−246664号公報 欧州特許出願公開第2570510号明細書
しかしながら、上記特許文献1、2に記載の切削工具では、耐摩耗性が高まる一方、耐欠損性が不十分であったり、摩擦係数を低減する効果が十分に得られなかったりした。
本発明は、上記実情に鑑みなされたものであって、優れた耐摩耗性と同時に優れた摺動性をもつ被膜を形成することで、長寿命化を達成可能な表面被覆切削工具およびその製造方法を提供することを目的とする。
本発明の一態様に係る表面被覆切削工具は、基材と該基材上に形成された被膜とを備え、該被膜は、α−Al23層を含み、該α−Al23層は、複数のα−Al23の結晶粒と硫黄とを含み、かつ配向性指数TC(hkl)においてTC(006)が5を超え、該硫黄は、該α−Al23層の厚み方向において、該基材側から遠ざかる方向にその濃度が減少する濃度分布を有する。
上記によれば、優れた耐摩耗性とともに優れた摺動性を発揮し、長寿命化を達成することができる。
EDSによって硫黄(S)の含有量を測定するために用いたα−Al23層内の測定点を顕微鏡写真上に示した図面代用写真である。
[本発明の実施形態の説明]
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ね、本発明に到達した。α−Al23層の核生成時に多量のHSをパルス状に変動させながら導入することによって、α−Al23層の厚み方向に硫黄の濃度分布を持たせた。具体的には、α−Al23層の厚み方向において、基材側から遠ざかる方向に減少していく硫黄の濃度分布を持たせた。これにより、優れた耐摩耗性とともに優れた摺動性を発揮することが可能となることを見出した。
以下、まず最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
[1]本発明の一態様に係る表面被覆切削工具は、基材と該基材上に形成された被膜とを備え、該被膜は、α−Al23層を含み、該α−Al23層は、複数のα−Al23の結晶粒と硫黄とを含み、かつ配向性指数TC(hkl)においてTC(006)が5を超え、該硫黄は、該α−Al23層の厚み方向において、該基材側から遠ざかる方向にその濃度が減少する濃度分布を有している。このような構成の表面被覆切削工具は、優れた耐摩耗性とともに優れた摺動性を発揮することができる。
[2]上記α−Al23層の表面または上記α−Al23層の上記基材側とは反対側に隣接する層との界面に平行であって、かつ該表面または該界面から0.5μmの深さに位置する測定面において、粒径が0.2〜2μmである前記α−Al23の結晶粒が20〜80面積%を占めることが好ましい。これにより、耐摩耗性を向上させることができる。
[3]上記TC(006)は、6を超えることが好ましい。これにより、工具の耐摩耗性および摺動性が効果的に向上する。
[4]上記TC(006)は、7超えることがより好ましい。これにより、工具の耐摩耗性および摺動性がより効果的に向上する。
[5]上記濃度分布における上記硫黄の最大濃度Csmaxは、上記α−Al23層の厚み方向において上記基材との界面または上記基材側に隣接する層との界面から1μmまでの領域に現れ、上記濃度分布における上記硫黄の最小濃度Csminは、上記α−Al23層の厚み方向において上記α−Al23層の表面または上記α−Al23層の基材側とは反対側に隣接する層との界面から1μmまでの領域に現れ、上記Csmaxは0.005〜1原子%であり、上記Csminは0.001〜0.1原子%であり、かつCsmax>Csminの関係を満たすことが好ましい。これにより、耐摩耗性を向上させることができる。
[6]上記濃度分布における上記硫黄の最大濃度Csmaxは、0.005〜1原子%であることが好ましい。これにより、特に摺動性を向上させることができる。
[7]上記α−Al23層は、平均層厚が1〜15μmであることが好ましい。これにより、耐摩耗性と耐欠損性を両立させることができる。
[8]上記被膜は、その表面にTiの炭化物、窒化物または硼化物のいずれかを主成分とする最表面層が配置されることが好ましい。これにより、工具のコーナー部の識別が容易となる。
[9]上記被膜は、上記α−Al23層と上記基材との間に中間層を有し、該中間層は、針状のTiCNOまたは針状のTiBNを含み、かつ平均層厚が0.3〜1μmであり、該中間層の最大厚みと最小厚みとの差が0.3μm以上であることが好ましい。これにより、α−Al23層の被膜における密着性を向上させることができる。
[10]本発明の一態様に係る表面被覆切削工具の製造方法は、上記基材上にCVD法で上記α−Al23層を含む上記被膜を形成する工程を含み、該工程において、上記α−Al23層の形成初期における原料ガスに含まれるH2Sガスの配合量を0.5〜5体積%とし、瞬間的に上記配合量を0.65〜7体積%に高める。これにより、優れた耐摩耗性とともに優れた摺動性を発揮することができる表面被覆切削工具を製造することができる。
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の実施形態(以下「本実施形態」とも記す)についてさらに詳細に説明する。
<表面被覆切削工具>
本実施形態の表面被覆切削工具は、基材と該基材上に形成された被膜とを備える。被膜は、基材の全面を被覆することが好ましい。しかしながら、基材の一部がこの被膜で被覆されていなかったり被膜の構成が部分的に異なっていたりしていたとしても本発明の範囲を逸脱するものではない。
本実施形態の表面被覆切削工具は、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどの切削工具として好適に使用することができる。
<基材>
基材は、この種の基材として従来公知のものであればいずれも使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえば、WC基超硬合金、WCのほか、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nbなどの炭窒化物を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCNなどを主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化ホウ素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
これらの各種基材の中でも超硬合金、特にWC基超硬合金を選択すること、またはサーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これらの基材は、特に高温における硬度と強度のバランスに優れ、上記用途の表面被覆切削工具の基材として優れた特性を有している。
表面被覆切削工具が刃先交換型切削チップなどである場合、基材はチップブレーカーを有するものも、有さないものも含まれる。また、刃先稜線部は、その形状がシャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与したもの)、ネガランド(面取りをしたもの)、ホーニングとネガランドを組み合わせたものの中で、いずれのものも含まれる。
<被膜>
被膜は、α−Al23層を含む。たとえば被膜は、α−Al23層を1層以上含み、さらに他の層を含んだ複数の層から構成することができる。
上記他の層として、TiCNO層、TiBN層、TiC層、TiN層、TiAlN層、TiSiN層、AlCrN層、TiAlSiN層、TiAlNO層、AlCrSiCN層、TiCN層、TiSiC層、CrSiN層、AlTiSiCO層、TiSiCN層などを例示することができる。ここで本明細書において上記のように化合物を化学式で表わすとき、原子比を特に限定しない場合は従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のものに限定されない。
たとえば「TiAlN」と記載されている場合、TiAlNを構成する原子数の比はTi:Al:N=0.5:0.5:1に限られず、従来公知のあらゆる原子比が含まれるものとする。このことは、「TiAlN」以外の化合物の記載についても同様である。また、本実施形態において、チタン(元素記号:Ti)、アルミニウム(元素記号:Al)、ケイ素(元素記号:Si)、ジルコニウム(元素記号:Zr)またはクロム(元素記号:Cr)などの金属元素と、窒素(元素記号:N)、酸素(元素記号:O)または炭素(元素記号:C)などの非金属元素とは、必ずしも化学量論的な組成を構成している必要がない。
被膜は、平均層厚が3〜35μm(3μm以上35μm以下、なお本願において数値範囲を「〜」を用いて表わす場合、その範囲は上限および下限の数値を含むものとする)である。さらには被膜の平均層厚は、5〜20μmであることが好適である。この平均層厚が3μm未満であれば、耐摩耗性が不十分となる恐れがある。この平均層厚が35μmを超えると、断続加工において被膜と基材との間に大きな応力が加わった際に、被膜の剥離または破壊が高頻度に発生する恐れがある。
<α−Al23層>
α−Al23層は、複数のα−Al23(結晶構造がα型である酸化アルミニウム)の結晶粒と硫黄(元素記号:S)とを含んでいる。α−Al23層は、複数のα−Al23の結晶粒を含んだ多結晶のα−Al23を含んでいる。通常この結晶粒は、約0.1〜2μm程度の大きさの粒径をもつ。
α−Al23層は、多くのα−Al23の結晶粒が(006)配向する。そしてα−Al23層は、下記式(1)で示される配向性指数TC(hkl)においてTC(006)が5を超える。
式(1)中、I(hkl)は、(hkl)反射面のX線回折強度を示し、I0(hkl)は、ICDDのPDFカード番号00−010−0173による標準強度を示す。また式(1)中のnは、計算に用いた反射数を示し、本実施形態では8である。反射に用いた(hkl)面は、(012)、(104)、(110)、(006)、(113)、(024)、(116)および(300)である。
ICDD(登録商標)とは、International Centre for Diffraction Data(国際回折データセンター)の略称である。また、PDF(登録商標)とは、Powder Diffraction Fileの略称である。
なお、本実施形態のα−Al23層のTC(006)は、下記式(2)で示すことができる。
「配向性指数TC(hkl)においてTC(006)が5を超える」とは、上記式(1)にTC(006)を代入してなる上記式(2)により求まる数値が5を超えることを意味する。そして、TC(006)の値が5を超えるα−Al23層は、硬度とヤング率が過酷な切削条件に伴う衝撃および振動に対し優位になるため、耐摩耗性の向上に資することができる。
上記TC(006)の値は、6を超えることが好ましく、より好ましくは7を超える。TC(006)の値が大きいほど、耐摩耗性を効果的に向上させることができる。TC(006)の値の上限は制限されないが、計算に用いた反射面が8つであるから、8以下とすればよい。
以上のようなTC(hkl)の測定は、X線回折装置を用いた分析により可能となる。TC(hkl)は、たとえば、リガク株式会社製SmartLab(登録商標)(スキャンスピード:21.7°/分、ステップ:0.01°、スキャン範囲:15〜140°)を用いて以下のような条件で測定することができる。なお、本実施形態において、X線回折装置を用いたTC(hkl)の測定の結果を「XRD結果」と称する。
特性X線: Cu−Kα
管電圧: 45kV
管電流: 200mA
フィルター: 多層ミラー
光学系: 集中法
X線回折法: θ−2θ法。
<α−Al23層に含まれる硫黄の濃度分布>
α−Al23層に含まれる硫黄(以下、元素記号である「S」で記す場合がある)は、α−Al23層の厚み方向において、基材側から遠ざかる方向にその濃度が減少する濃度分布を有している。具体的には、たとえば、α−Al23層の厚み方向において、基材側から遠ざかる方向に向けて順にA点、B点、C点を設定し、これらの点のSの含有量を測定すれば、A点のSの含有量>B点のSの含有量>C点のSの含有量となる濃度分布を有している。このようなSの濃度分布の形態により、優れた耐摩耗性が得られるとともに摺動性を飛躍的に向上させることができる。
ここで、硫黄の「α−Al23層の厚み方向において、基材側から遠ざかる方向にその濃度が減少する濃度分布」とは、α−Al23層の厚み方向において、硫黄の濃度が基材側から遠ざかる方向に減少する部分が含まれていればよいことを意味する。さらに、α−Al23層の基材との界面(α−Al23層の基材側に隣接する層がある場合には、その層との界面)の直上をX点とし、α−Al23層の表面(Al23層の基材側とは反対側に隣接する層がある場合には、その層との界面)の直下をY点としたとき、これらの点のSの含有量を測定すれば、必ずX点のSの含有量>Y点のSの含有量となる濃度分布を有することを意味する。
上記硫黄の濃度が基材側から遠ざかる方向に減少する部分が含まれ、かつX点のSの含有量>Y点のSの含有量となる限り、基材側から遠ざかる方向においてSの濃度が一定となる部分があってもよい。また、基材側から遠ざかる方向にその濃度が増加する部分があってもよいし、硫黄が含まれていない部分などがあってもよい。
さらに、上記濃度分布における硫黄の最大濃度Csmaxは、α−Al23層の厚み方向において、α−Al23層の基材との界面またはα−Al23層の基材側に隣接する層との界面から1μmまでの領域に現れることが好ましい。上記濃度分布における硫黄の最小濃度Csminは、α−Al23層の厚み方向において、α−Al23層の表面またはα−Al23層の基材側とは反対側に隣接する層との界面から1μmまでの領域に現れることが好ましい。そして、Csmaxは0.005〜1原子%であり、Csminは0.001〜0.1原子%であり、かつCsmax>Csminの関係を満たすことが好ましい。これにより耐摩耗性を向上させることができる。たとえば、Csmaxは、α−Al23層の基材との界面またはα−Al23層の基材側に隣接する層の直上に現れる場合がある。Csminは、α−Al23層の表面またはα−Al23層の基材側とは反対側に隣接する層との界面の直下に現れる場合がある。
CsmaxとCsminとの差は0.1原子%以上であることがさらに好ましい。CsmaxとCsminとの差の上限は、0.9原子%とすればよい。差がこれ以上大きくなると、粗大粒が発生する恐れがある。また、Csmaxは0.005〜1原子%であることが好ましく、0.05〜1原子%であることがさらに好ましく、0.1〜0.7原子%であることがさらにまた好ましい。これにより摺動性を向上させることができる。Csmaxが0.005原子%未満であれば摺動性が不十分となり、切削時に被削材の溶着が進みやすくなる恐れがある。Csmaxが1原子%を超えると耐欠損性が低下する恐れがある。
またCsminは、0.001〜0.01原子%であることが好ましい。なお、Csminが0.001原子%未満となっても、それ以上の耐摩耗性を得ることは難しい。
本実施形態において、α−Al23層に含まれるSの含有量は、原子%で表される。具体的には、Sの含有量はAlの原子数、Oの原子数、Cの原子数、塩素(元素記号:Cl)の原子数、Tiの原子数およびSの原子数の合計を分母とし、Sの原子数を分子とする原子組成百分率[S/(Al+O+C+Cl+Ti+S)×100]で表すことができる。
Sの含有量は、α−Al23層の厚み方向の断面と平行な被膜断面をイオンミリング処理により研磨し、その研磨面を電界放出型走査電子顕微鏡を用いたエネルギー分散型X線分析装置(EDS:Energy Dispersive X−ray Spectroscpy)で分析することによって測定可能である。また、WDS(Wavelength Dispersive X−ray Spectroscpy)分析法を使用することにより、Sの含有量をより詳細に測定することができる。
上記のイオンミリング処理の条件は、たとえば以下のとおりである。
加速電圧: 6kV
照射角度: 法線から0−5°
照射時間: 300分。
本実施形態では、株式会社日立ハイテクノロジーズ社製SU6600(型番)の電界放出型走査電子顕微鏡を用いたEDSによりSの含有量を測定した。測定時には、電界放出型走査電子顕微鏡の加速電圧を15kVに設定した。EDSの条件は、フレーム数:150、選択原子:C、O、Al、S、Cl、Tiにそれぞれ設定した。図1に示すように、α−Al23層1の基材側の層(TiCN層2)との界面部(TiCNO層3)から被膜表面側へ向け、厚み方向に所定の間隔でα−Al23層1のSの含有量を測定し、その分布を分析した。
図1には、EDSによってSの含有量を測定するために用いたα−Al23層1内の測定点が、顕微鏡写真上に示されている。図1において、被膜は、基材上にTiCN層2が形成され、このTiCN層2上にTiCNO層3が積層され、TiCNO層3上にα−Al23層1が積層されている。分析では、α−Al23層1のTiCN層2との界面部であるTiCNO層3の直上から、被膜表面側へ厚み方向に所定の間隔(たとえば、1.0μm毎)で、測定点4(第1測定点41、第2測定点42、第3測定点43、第4測定点44、第5測定点45)を設定した。そして、第1測定点41から第5測定点45までの各測定点のSの含有量を測定した。
<α−Al23層に含まれるα−Al23の結晶粒の粒径>
α−Al23層は、その表面またはその基材側とは反対側に隣接する層との界面に平行であって、かつ該表面または該界面から0.5μmの深さに位置する測定面において、粒径が0.2〜2μmであるα−Al23の結晶粒が20〜80面積%を占めることが好ましい。この測定面において、20〜80面積%を占めるα−Al23の結晶粒の粒径が0.2μm未満であれば、耐欠損性が低下する恐れがある。この粒径が2μmを超えると、耐摩耗性が低下する恐れがある。
また、この粒径の上限値は、好ましくは1.85μm以下である。一方、この粒径の下限値は0.2μmであり、0.2μm未満とならない限り、好ましい値であるといえる。このような粒径の範囲とすれば、耐摩耗性と同時に耐欠損性を向上させることができるからである。
また、上記測定面において粒径が0.2〜2μmであるα−Al23の結晶粒の占める割合が、20面積%未満であったり、80面積%以上であったりすると、耐欠損性および耐摩耗性の向上が図れなくなるので好ましくない。粒径が0.2〜2μmであるα−Al23の結晶粒が占めるさらに好ましい割合は、50〜70面積%である。
本実施形態では、α−Al23層の上記測定面におけるα−Al23の結晶粒の粒径の測定を、α−Al23層の厚み方向の断面と平行な破断面で行なった。具体的には、その破断面において、α−Al23層の表面(Al23層の基材側とは反対側に隣接する層がある場合には、その層との界面)からα−Al23層側へ0.5μm離れた箇所を電界放出型走査電子顕微鏡で観察した。α−Al23の結晶粒の粒径は、その顕微鏡画像から切片法を用いて測定することができる。また、その破断面をイオンミリング処理により研磨し、その研磨面の顕微鏡画像を用いたEBSD解析から、α−Al23の結晶粒の粒径を測定することもできる。
上記α−Al23の結晶粒の粒径の測定に用いた切片法として、特定の幅を横切る粒子の数を数え、その幅を粒子数で除することで粒径を算出する方法を採用した。
<α−Al23層の厚み>
α−Al23層は、平均層厚が1〜15μmであることが望ましい。これにより、耐摩耗性と耐欠損性とを両立させることができる。α−Al23層の平均層厚を1μm未満とすれば、摩耗が進みやすくなる恐れがある。この平均層厚が15μmを超えると耐欠損性が低下する恐れがある。
<他の層>
被膜は上述のとおり、α−Al23層以外に他の層を含むことができる。そのような他の層として、たとえばTiCN層をあげることができる。このTiCN層は耐摩耗性に優れるため、被膜により好適な耐摩耗性を付与することができる。TiCN層は、とりわけMT−CVD(medium temperature CVD)法により形成することが好ましい。MT−CVD法は約800〜1000℃というCVD法の中でも比較的低温で成膜することができ、成膜時の加熱による基材のダメージを低減することができる。TiCN層は、たとえば、α−Al23層と基材との間に配置することができる。
TiCN層は、平均層厚が2〜20μmであることが望ましい。TiCN層の平均層厚を2μm未満とすれば摩耗が進みやすくなる恐れがある。この平均層厚が20μmを超えると耐欠損性が低下する恐れがある。なお、後述する最表面層、中間層なども他の層に含まれる。
<最表面層>
被膜は、その表面にTiの炭化物、窒化物または硼化物のいずれかを主成分とする最表面層が配置されることが好ましい。最表面層は、被膜において最も表面側に配置される層である。ただし、刃先稜線部を含む領域においては形成されない場合もある。最表面層は、たとえば、α−Al23層上に他の層が形成されていない場合、α−Al23層の直上に配置される。
「Tiの炭化物、窒化物または硼化物のいずれかを主成分とする」とは、Tiの炭化物、窒化物および硼化物のいずれかを90質量%以上含むことを意味する。また、好ましくは不可避不純物を除きTiの炭化物、窒化物および硼化物のいずれかからなることを意味する。
そして、最表面層を構成した場合、明瞭な色彩色を呈するなどの効果によって、切削使用後の切削チップのコーナー識別(使用済み部位の識別)が容易となる。
最表面層は、平均層厚が0.05〜1μmであることが好ましい。最表面層の平均層厚の上限を好ましくは0.8μmとし、さらに好ましくは0.6μmとする。また、この平均層厚の下限を好ましくは0.1μmとし、さらに好ましくは0.2μmとする。この平均層厚を0.05μm未満とすれば、圧縮残留応力が被膜に付与される場合に、その効果が十分に得られないで耐欠損性の向上につながらない恐れがある。この平均層厚が1μmを超えると、最表面層に隣接する層との密着性が低下する恐れがある。
<中間層>
被膜は、α−Al23層と基材との間に中間層を有することが好ましい。中間層は、針状のTiCNOまたは針状のTiBNを含んで構成される。たとえば、中間層はα−Al23層と、α−Al23層および基材の間に配置されるTiCN層との間に配置されることが好ましく、α−Al23層およびTiCN層の間であって、α−Al23層およびTiCN層にいずれも接して配置されることがさらに好ましい。被膜中におけるα−Al23層の密着性が高まるからである。中間層は、公知の方法により形成可能である。
また中間層は、平均層厚が0.3〜1μmであることが好ましい。被膜中におけるα−Al23層の密着性がさらに高まるからである。中間層の平均層厚は、より好ましくは、0.4〜0.8μmである。さらに、中間層の最大厚みと最小厚みとの差が0.3μm以上であることが好ましい。これにより、被膜中におけるα−Al23層の密着性を確実に高めることができる。中間層の最大厚みと最小厚みとの差が0.3μm未満であると、α−Al23層の密着性が向上する効果が十分に得られない恐れがある。また、中間層の最大厚みと最小厚みとの差の上限は、0.9μmである。この差が0.9μmを超えると、α−Al23の結晶粒が不均一となり、密着性が低下する恐れがある。
なお、中間層の層厚の測定方法は、α−Al23の結晶粒の粒径の測定に用いた方法と同様である。すなわち、α−Al23層の厚み方向の断面と平行な被膜断面を電界放出型走査電子顕微鏡で観察することにより測定することができる。中間層の平均層厚は、たとえば、上記の測定法によって中間層の複数の箇所で層厚が測定されるので、ここから任意の数か所をピックアップし、この数か所の層厚の平均値を算出することで決定することができる。中間層の最大厚みと最小厚みも、上記の測定法によって測定された中間層の複数の箇所の層厚の中から、最大値および最小値をピックアップすることにより決定することができる。また、その断面をイオンミリング処理により研磨し、その研磨面の顕微鏡画像を用いた測定も可能である。
<被膜の製造方法>
本実施形態の表面被覆切削工具の製造方法は、基材上にCVD法でα−Al23層を含む被膜を形成する工程を含み、該工程において、α−Al23層の形成初期における原料ガスに含まれるH2Sガスの配合量を0.5〜5体積%とし、瞬間的に該配合量を0.65〜7体積%に高めている。ここで、α−Al23層の形成初期とは、Al23の結晶粒の核生成を行なう時期をいう。
表面被覆切削工具は、基材上に被膜を、化学気相蒸着(CVD)法により形成することによって好適に製造することができる。CVD法を用いると、成膜温度が800〜1200℃であるので物理蒸着法と比較して高く、基材との密着性が向上する。被膜のうち、α−Al23層以外の他の層を形成する場合、それらの層は従来公知の方法で形成することができる。また、α−Al23層およびその他の層の厚みは、成膜時間を適宜調節することにより調整することができる(各層の成膜速度は、約0.5〜2.0μm/時間である)。
α−Al23層は、たとえばCVD法を用い、以下の方法によって形成することができる。
まず、基材上に他の層を介して、または介さずに公知の方法でTiCN層を形成し、このTiCN層の表面にTiCNO層を形成する。さらに、TiCNO層の表面を酸化し、α−Al23の結晶粒の核生成を行なう。そして、引き続きα−Al23層を形成する(α−Al23の結晶を成長させる)。α−Al23の結晶粒の核生成およびα−Al23層の形成(α−Al23の結晶成長)を行なう際には、導入する原料ガスに配合されるH2Sガスの配合量を0.5〜5体積%から選ばれる配合量に設定する。この原料ガスのH2Sガス以外の各組成ガスの配合量は、AlCl3が1.3〜2.5体積%、HClが2.8〜6体積%、COが1〜5体積%、CO2が0.4〜3体積%、O2が0.002〜0.008体積%であり、残部がH2である。また、CVD装置の炉内温度は、970〜1020℃、炉内圧力は、70〜110hPaである。
なお、TiCNO層の表面は、α−Al23の結晶粒の核生成を行なう原料ガスの組成のうちのCO、CO2およびO2によって酸化される。
また、α−Al23の結晶粒の核生成時においては、原料ガスに含まれるH2Sガスに関し、瞬間的(パルス状)に0.5〜5体積%から選ばれる配合量よりも高めた配合量に変えて原料ガスを導入する。この操作は、1回または2回以上行なうことができる。すなわち、まずH2Sガスの配合量をパルス状に変調させてα−Al23結晶粒の核生成をし、その後、上記した各組成の配合量からなる原料ガスでα−Al23の結晶粒を成長させ、α−Al23層を形成していく。これにより、その厚み方向において、基材側から遠ざかる方向に濃度が減少するSの濃度分布を有するα−Al23層を形成することができる。なお、核生成時にH2Sガスの配合量を瞬間的に高めるときには、高める分を原料ガスの残部を占めるH2ガスの配合量を下げることで調整すればよい。これにより、その他のガスの配合量およびCVD装置の炉内温度、炉内圧力を不変とすることができて便宜である。
ここで、瞬間的に高めたHSガスの配合量(パルス高さ)は、0.5〜5体積%から選ばれる配合量に対して130〜160%であることが好ましい。130%未満では、Csmaxが0.005原子%以下となる恐れがある。また、160%を超えると結晶粒が粗大化し、優れた耐摩耗性が得られない恐れが生じる。
従来、HSガスの濃度を過度に高くして導入すると、α−Al23の結晶粒が基材上で形成される前に気相中で反応し、結晶粒が粗大化するとともに、被膜が異常成長してしまうことが指摘されていた。本実施形態の表面被覆切削工具では、導入するHSガスが高濃度であっても、これをパルス状に変調させながら導入することでα−Al23の結晶粒の異常成長を抑制することができる。その結果、効率的にα−Al23の中の硫黄濃度を高めることが可能となって、その厚み方向において基材側から遠ざかる方向に濃度が減少するSの濃度分布を有するα−Al23層を形成することができる。このようなSの濃度分布を有するα−Al23層の性能評価を行なうと、後述するように優れた耐摩耗性とともに優れた摺動性を備えるという効果が得られる。なお、優れた耐摩耗性および優れた摺動性をより一層効果的に得ようとすれば、原料ガスの酸素源としてCO2に加えてO2を添加すればよい。O2の添加によって、より効果的に高い(006)配向が得られるからである。
また、原料ガスに配合するH2Sガスを、SO2ガス、SF6ガス又はこれらのガスとH2Sガスを組み合わせたガスに置換しても、上述したようなSの濃度分布をα−Al23層の厚み方向に形成することができる。
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
<実施例1>
<基材の調製>
JIS(Japanese Industrial Standard) B 4120(1998)に規定されるCNMG120408の形状を有する超硬合金母材(住友電気工業製)からなる基材を準備した。準備した基材は、試料A1〜A7と名付けた7グループに分類される。また、一つのグループごとに基材を6個準備した。これらの基材は、87.0wt%のWCと、8.0wt%のCoと、2.5wt%のTiCと、1.5wt%のNbC、1.0%のTaCとからなる組成を有する。
なお、後述のとおり、試料A1〜試料A4は実施例となり、試料A5〜試料A7は比較例となるものである。
<被膜の形成>
試料A1〜A7の基材を公知の方法でホーニングし、化学気相蒸着装置内にセットし、その表面にそれぞれCVD法で被膜を形成した。被膜の形成条件に関し、α−Al23層を除く各層の形成条件を以下の表1に記載した。
CVD法でα−Al23層を形成する過程では、TiCN層の表面に形成したTiCNO層の表面を酸化することでα−Al23の結晶粒の核生成を行ない、引き続きα−Al23層を形成した。特に、α−Al23の結晶粒の核生成と、これに続くα−Al23層の形成の際には、導入する原料ガスに含まれるH2Sガスの配合量を0.6体積%に設定した。なお、原料ガスのH2Sガスを含む各組成ガスの配合量は、以下の表2に示すとおりである。
ただし、α−Al23の結晶粒の核生成時に、0.6体積%としていたH2Sガスの配合量を、瞬間的に0.6体積%よりも高めて導入した。その後、H2Sガスの配合量を0.6体積%に設定し、H2Sガスを含む各組成ガスの配合量を以下の表2に示すとおりとした上記原料ガスでα−Al23の結晶粒を成長させ、α−Al23層を形成した。
特に実施例1では、試料A1〜A7に対して導入する瞬間的に高めたH2Sガスの配合量(パルス高さ)および、瞬間的に高めた配合量でH2Sガスを導入する時間(パルス幅)を異ならせた。具体的には、試料A1〜A4に対し、H2Sガスの配合量である0.6体積%の150%のパルス高さ(すなわち、0.9体積%)とし、0.8〜1.3分の範囲でパルス幅を異ならせてH2Sガスを導入した。その一方で、試料A5〜A6に対して、配合量を瞬間的に高めてH2Sガスを導入することをしなかった。試料A7に対し、H2Sガスの配合量である0.6体積%の130%のパルス高さ(すなわち、0.78体積%)とし、パルス幅を1.0分としてH2Sガスを導入した。なお、瞬間的に高めた配合量でH2Sガスを導入する回数は3回である。これらの諸条件は、以下の表2に示すとおりである。
また、試料A1〜A7において形成した被膜の層構造は、基材側から順にTiN層、TiCN層、TiCNO層、α−Al23層、TiC層、TiN層である。以下の表3に、試料A1〜A7の層構造およびその層厚(μm)を示した。
<試験の内容>
実施例1では上述のとおり、それぞれ6個の試料A1〜A7を準備している。この6個のうち1個目に対し、逃げ面部にX線を照射してα−Al23層のTC(006)を測定した。2個目に対し、α−Al23層のSの含有量を測定した。3個目に対してα−Al23結晶粒の粒径を測定した。また4個目に対して摺動性を評価した。5個目に対して耐摩耗性を評価した。6個目に対して耐欠損性を評価した。
α−Al23層のSの含有量は、被膜断面におけるα−Al23層の基材側に隣接するTiCNO層との界面の直上から被膜表面側へ1μm毎に設定した測定点(第1測定点〜第5測定点)において測定した(図1参照)。また、α−Al23結晶粒の粒径は、Al23層の基材側とは反対側で隣接しているTiC層との界面からα−Al23層側へ0.5μm離れた箇所において測定した。
耐摩耗性および耐欠損性、摺動性の評価方法は、それぞれ以下に示すとおりである。また、評価結果を以下の表4に示した。
<耐摩耗性評価>
被削材: SCM435(JIS)
切削速度: 300m/min
送り: 0.3mm/rev
切込み: 2.0mm
切削油: 乾式
切削時間: 15min
評価: 切削時間15min後の逃げ面摩耗幅Vb(mm)を測定。
耐摩耗性は、切削工具をNC旋盤にセットし、被削材を所定時間切削した後に当該切削工具の逃げ面に形成される摩耗幅(Vb)を観察して評価する。摩耗幅(Vb)の値が小さいほど、耐摩耗性に優れていると評価することができる。
<耐欠損性評価>
被削材: SCM435(JIS)溝入材
切削速度: 200m/min
送り: 0.3mm/rev
切込み: 1.5mm
切削油: 湿式
評価: チッピング又は欠損するまでの時間(分)を測定。
耐欠損性は、切削工具をNC旋盤にセットし、被削材を切削して当該切削工具にチッピング又は欠損が生じるまでの時間を計って評価する。したがって、チッピング又は欠損するまでの時間が長いほど、耐欠損性に優れていると評価することができる。
<摺動性評価>
また、摩擦係数(μ)を測定することにより摺動性を評価した。摩擦係数(μ)は、ピンオンディスク法を10Nの荷重、室温の条件で行なって測定した。摩擦係数(μ)の値が小さいほど滑らかであるといえ、摺動性に優れると評価することができる。
なお、表4中で記号AAなどで示した性能評価は、以下のように定義される。
AA: 耐摩耗性、耐欠損性および摺動性が非常に優れている(Vbが0.165以下、欠損までの時間が6分以上および摩擦係数(μ)が0.35以下)
A: 耐摩耗性、耐欠損性および摺動性が優れている(Vbが0.165以下、欠損までの時間が6分以上および摩擦係数(μ)が0.35以下の要件のうち2つを満たす)
B: 耐摩耗性、耐欠損性および摺動性が必要十分である(Vbが0.165〜0.170、欠損までの時間が4〜6分および摩擦係数(μ)が0.35〜0.54)
C: 耐摩耗性、耐欠損性および摺動性が不十分である(Vbが0.170〜0.180または欠損までの時間が4〜6分であって、摩擦係数(μ)が0.54超)
D: 不能(粗大粒発生が発生したので、評価不可能)。
<評価結果>
表4から理解されるように、試料A1〜A4である実施例において、Vb(mm)が0.170以下の性能、かつ欠損までの時間が5分以上である性能を示し、優れた耐摩耗性および耐欠損性を備えると評価することができた。また、摺動性の評価において、実施例の摩擦係数(μ)は0.54以下であって、特に0.38以下の値を示して十分な摺動性を備えることが明らかとなった。
さらに表4においてXRD結果から、実施例は、α−Al23層のTC(006)が5を超えていた。Sの含有量は、第1測定点であるα−Al23層のTiCNO層側で0.05〜0.330原子%というCsmaxが得られた。また、その厚み方向においてTiCNO層から遠ざかる方向にSの濃度は減少し、第5測定点であるα−Al23層のTiC層側で0.003〜0.005原子%というCsminが得られた。したがって、実施例のSの濃度分布は、α−Al23層の厚み方向において、基材側から遠ざかる方向にその濃度が減少する濃度分布を有することが分かった。また実施例において、CsmaxとCsminとの差は0.047〜0.325であった。TiC層との界面からα−Al23層側へ0.5μm離れた箇所のα−Al23結晶粒の粒径は、1.85μm以下だった。
一方、H2Sガスの配合量を瞬間的に高めることをしなかった比較例(試料A5、A6)では、表4から理解されるように、優れた耐摩耗性および耐欠損性を備えると評価することができなかった。また、十分な摺動性を備えていなかった。
<考察>
すなわち本実施例では、その配合量を0.6体積%としたH2Sガスの導入の他に、所定のパルス幅(0.8〜1.3分)およびパルス高さ(150%)でH2Sガスを3回導入し、α−Al23層を形成した。このα−Al23層は、TC(006)が5を超え、かつ、その厚み方向において、基材側から遠ざかる方向にその濃度が減少するSの濃度分布を有していた。このようなα−Al23層を含む被膜を備えた実施例の切削工具は、Vbが0.168以下、かつ欠損までの時間が5.9分以上である性能を示し、優れた耐摩耗性および耐欠損性を有していた。また、摩擦係数(μ)も0.38以下の値を示して優れた摺動性を同時に有することが明らかとなった。したがって、実施例の切削工具は、長寿命化を果たすことができる。
<実施例2>
<基材の調製>
実施例1と同様のCNMG120408の形状を有する超硬合金母材(住友電気工業製)からなる基材を準備した。準備した基材は、試料B1〜B3と名付けた3グループに分類される。また、一つのグループごとに基材を6個準備した。この基材は、92.5wt%のWCと、6.0wt%のCoと、1.5wt%のNbCとから構成されている。なお、後述のとおり、試料B1は実施例となり、試料B2〜B3は比較例となるものである。
<被膜の形成>
実施例1と同様な条件で、試料B1〜B3の基材をホーニングし、化学気相蒸着装置内にセットし、その表面にそれぞれCVD法で被膜を形成した。なお、実施例2では被膜の構成にTiN層を含めることをしなかった。
CVD法でα−Al23層を形成する過程では、TiCN層の表面に形成したTiCNO層の表面を酸化することでα−Al23の結晶粒の核生成を行ない、引き続きα−Al23層を形成した。特に、α−Al23の結晶粒の核生成と、これに続くα−Al23層の形成の際には、導入する原料ガスに含まれるH2Sガスの配合量を1.7体積%に設定した。なお、原料ガスのH2Sガスを含む各組成ガスの配合量は、以下の表5に示すとおりである。
ただし、α−Al23の結晶粒の核生成時に、瞬間的にH2Sガスの配合量を1.7体積%よりも高めて導入した。その後、H2Sガスを1.7体積%に設定し、H2Sガスを含む各組成ガスの配合量を以下の表5に示すとおりとした上記原料ガスでα−Al23の結晶粒を成長させ、α−Al23層を形成した。
特に実施例2では、配合量を瞬間的に高めてH2Sガスを導入する周期(パルス周期)を、試料B1〜B3で異ならせた。具体的にはパルス周期は、試料B1で3分とし、試料B2で7分とし、試料B3で1分とした。また、試料B1〜B3に対し共通して、H2Sガスの配合量である1.7体積%に比べて130%のパルス高さ(すなわち、2.21体積%)とし、2分間のパルス幅として、配合量を瞬間的に高めてH2Sガスを2回導入した。これらの諸条件は、以下の表5に示すとおりである。
また、試料B1〜B3で形成した被膜の層構造は、基材側から順にTiN層、TiCN層、TiCNO層、α−Al23層、TiC層である。以下の表6に、試料B1〜B3の層構造およびその層厚(μm)を示している。
<試験の内容>
実施例2では上述のとおり、それぞれ6個の試料B1〜B3を準備している。この6個のうち1個目に対し、逃げ面部にX線を照射してα−Al23層のTC(006)を測定した。2個目に対し、α−Al23層のSの含有量を測定した。3個目に対してα−Al23結晶粒の粒径を測定した。また4個目に対して摺動性を評価した。5個目に対して耐摩耗性を評価した。6個目に対して耐欠損性を評価した。
α−Al23層のSの含有量は、被膜断面におけるα−Al23層の基材側に隣接するTiCNO層との界面の直上から被膜表面側へ1.0μm毎に設定した測定点(第1測定点〜第5測定点)において測定した(図1参照)。また、α−Al23結晶粒の粒径は、Al23層の基材側とは反対側で隣接しているTiC層との界面からα−Al23層側へ0.5μm離れた箇所において測定した。
耐摩耗性および耐欠損性、摺動性の評価方法は、それぞれ以下に示すとおりである。また、評価結果を以下の表7に示した。
<耐摩耗性評価>
被削材: FCD700(JIS)
切削速度: 120m/min
送り: 0.3mm/rev
切込み: 2.0mm
切削油: 湿式
切削時間: 10min
評価: 切削時間10min後の逃げ面摩耗幅Vb(mm)を測定。
耐摩耗性は、切削工具をNC旋盤にセットし、被削材を所定時間切削した後に当該切削工具の逃げ面に形成される摩耗幅(Vb)を観察して評価する。摩耗幅(Vb)の値が小さいほど、耐摩耗性に優れていると評価することができる。
<耐欠損性評価>
被削材: FCD450(JIS)溝入材
切削速度: 250m/min
送り: 0.2mm/rev
切込み: 1.5mm
切削油: 湿式
評価: チッピングまたは欠損するまでの時間(分)を測定。
耐欠損性は、切削工具をNC旋盤にセットし、被削材を切削して当該切削工具にチッピングまたは欠損が生じるまでの時間を計って評価する。したがって、チッピングまたは欠損が生じるまでの時間が長いほど、耐欠損性に優れていると評価することができる。
<摺動性評価>
また、摩擦係数(μ)を測定することにより摺動性を評価した。摩擦係数(μ)は、ピンオンディスク法を10Nの荷重、室温の条件で行なって測定した。摩擦係数(μ)の値が小さいほど滑らかであるといえ、摺動性に優れると評価することができる。
なお、表7中で記号AAなどで示した性能評価は、以下のように定義される。
AA: 耐摩耗性、耐欠損性および摺動性が非常に優れている(Vbが0.165以下、欠損までの時間が6分以上および摩擦係数(μ)が0.35以下)
A: 耐摩耗性、耐欠損性および摺動性が優れている(Vbが0.165以下、欠損までの時間が6分以上および摩擦係数(μ)が0.35以下の要件のうち2つを満たす)
B: 耐摩耗性、耐欠損性および摺動性が必要十分である(Vbが0.165〜0.170、欠損までの時間が4〜6分および摩擦係数(μ)が0.35〜0.54)
C: 耐摩耗性、耐欠損性および摺動性が不十分である(Vbが0.170〜0.180または欠損までの時間が4〜6分であって、摩擦係数(μ)が0.54超)
D: 不能(粗大粒発生が発生したので、評価不可能。)。
<評価結果>
表7から理解されるように、試料B1である実施例においてVb(mm)が0.156の性能、かつ欠損までの時間が4.2分である性能を示し、優れた耐摩耗性および耐欠損性を備えると評価することができた。また、摺動性の評価において、実施例の摩擦係数(μ)は0.39の値を示して十分な摺動性を備えることが明らかとなった。
さらに表7においてXRD結果から、実施例は、α−Al23層のTC(006)が5を超えていた。Sの含有量は、第1測定点であるα−Al23層のTiCNO層側で0.850原子%というCsmaxが得られた。また、その厚み方向においてTiCNO層から遠ざかる方向にSの濃度は減少し、第5測定点であるα−Al23層のTiC層側で0.008原子%というCsminが得られた。したがって、実施例のSの濃度分布は、α−Al23層の厚み方向において、基材側から遠ざかる方向にその濃度が減少する濃度分布を有することがわかった。また実施例において、CsmaxとCsminとの差は0.842であった。TiC層との界面からα−Al23層側へ0.5μm離れた箇所のα−Al23結晶粒の粒径は、0.83μmだった。
<考察>
すなわち本実施例では、その配合量を1.7体積%としたH2Sガスの導入の他に、所定のパルス周期(3分)で配合量を瞬間的に高めてH2Sガスを2回導入し、α−Al23層を形成した。このα−Al23層は、TC(006)が5を超え、かつ、その厚み方向において、基材側から遠ざかる方向にその濃度が減少するSの濃度分布を有していた。このようなα−Al23層を含む被膜を備えた実施例の切削工具は、Vbが0.156、欠損までの時間が4.2分である性能を示し、必要十分な耐摩耗性および耐欠損性を有することが分かった。また、摩擦係数(μ)は0.39を示して優れた摺動性を同時に有することが明らかとなった。したがって、実施例の切削工具は、長寿命化を果たすことができる。
表4、7から明らかなように、実施例の表面被覆切削工具は、刃先の耐摩耗性、耐欠損性および摺動性が優れていた。以上の結果、各実施例は各比較例に比して優れ、長寿命化を果たすことができるといえる。
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形したりすることも当初から予定している。
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
1 α−Al23層、2 TiCN層、3 TiCNO層、4 測定点、41 第1測定点、42 第2測定点、43 第3測定点、44 第4測定点、45 第5測定点。

Claims (6)

  1. 基材と該基材上に形成された被膜とを備え、
    前記被膜は、α−Al23層を含み、
    前記α−Al23層は、複数のα−Al23の結晶粒と硫黄とを含み、かつ下記式(1)で示される配向性指数TC(hkl)においてTC(006)が5を超え、
    前記硫黄は、前記α−Al23層の厚み方向において、前記基材側から遠ざかる方向にその濃度が減少する濃度分布を有する、表面被覆切削工具の製造方法であって、
    前記基材上にCVD法で前記α−Al23層を含む前記被膜を形成する工程を含む、表面被覆切削工具の製造方法。

    但し、上記式(1)中、I(hkl)は、(hkl)反射面のX線回折強度を示し、I 0 (hkl)は、ICDDのPDFカード番号00−010−0173による標準強度を示し、式(1)中のnは、計算に用いた反射数を表す8であり、反射に用いた(hkl)面は、(012)、(104)、(110)、(006)、(113)、(024)、(116)および(300)である。
  2. 前記被膜を形成する工程は、
    α−Al23の結晶粒の核生成を行なう工程と、
    前記α−Al23層を形成する工程と、を含み、
    前記α−Al23の結晶粒の核生成を行なう工程および前記α−Al23層を形成する工程において導入する原料ガスに含まれるH2Sの配合量を、0.5〜5体積%とする、請求項1に記載の表面被覆切削工具の製造方法。
  3. 前記α−Al23の結晶粒の核生成を行なう工程は、前記原料ガスに含まれるH2Sの配合量を、瞬間的に130〜160%まで増加させる操作を含む、請求項2に記載の表面被覆切削工具の製造方法。
  4. 前記操作は、1回または2回以上である、請求項3に記載の表面被覆切削工具の製造方法。
  5. 前記原料ガスは、前記H2S以外にAlCl3、HCl、CO、CO2、O2およびH2を含み、
    前記AlCl3は1.3〜2.5体積%含まれ、前記HClは2.8〜6体積%含まれ、前記COは1〜5体積%含まれ、前記CO2は0.4〜3体積%含まれ、前記O2は0.002〜0.008体積%含まれ、残部がH2である、請求項2〜請求項4のいずれか1項に記載の表面被覆切削工具の製造方法。
  6. 前記α−Al23の結晶粒の核生成を行なう工程および前記α−Al23層を形成する工程は、炉内温度を970〜1020℃とし、炉内圧力を70〜110hPaとした条件により行なわれる、請求項2〜請求項5のいずれか1項に記載の表面被覆切削工具の製造方法。
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