以下、図面を用いて本発明を実施するための形態の例を説明する。なお、以下の説明は本発明の実施形態の一部を例示するものであり、本発明はこれら実施形態に限定されるものではなく、形態が本発明の技術的思想を有するものである限り、本発明の範囲に含まれる。各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせなどは一例であり、本発明の趣旨から逸脱しない範囲内で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。
(実施形態1)
図1に磁気抵抗効果発振器100の回路図を示す。磁気抵抗効果発振器100は磁気抵抗効果素子112と磁気抵抗効果素子112に電流を印加する電流印加部114を有する。電流印加部114は電流源113と制御部115を有する。電流源113は磁気抵抗効果素子112に電流を供給できるように接続される。制御部115は電流源113の動作を制御する。図2は磁気抵抗効果素子112の構成例を示す図である。磁気抵抗効果素子112は第1の磁性層101と、第2の磁性層102と、それらの間に配置されたスペーサ層103とを有する。第1の磁性層101は第1の電極110と、第2の磁性層102は第2の電極111と各々電気的に接続している。第1の電極110と第2の電極111に電流源113を接続する。第1の磁性層101および第2の磁性層102は、膜面内方向に磁化容易軸をもつ面内磁化膜である。第1の磁性層101の磁化方向104は固定されている。第2の磁性層102の磁化は、磁気抵抗効果素子112に電流を印加する前の状態では、第2の磁性層102における有効磁場の方向を向いており、矢印105は有効磁場の方向を示す。有効磁場は、第2の磁性層102内の異方性磁場、交換磁場、反磁場および外部磁場の和である。図2では、第1の磁性層101の磁化の方向と、第2の磁性層102における有効磁場の方向が、互いに反対方向を向いているが、これらの方向は互いに異なる方向であれば、これらの方向はこれに限られない。
各磁性層はFe、Co、Ni、NiとFeの合金、FeとCoの合金またはFeとCoとBの合金などを用いることができる。
磁気抵抗効果素子112の種類は特に限定されないが、例えば巨大磁気抵抗効果(GMR)素子、またはトンネル磁気抵抗効果(TMR)素子、またはスペーサ層103の絶縁層中に電流狭窄パスが存在する電流狭窄型巨大磁気抵抗効果(CCP―GMR)素子などを用いることができる。
GMR素子の場合、スペーサ層103はCu、Ag、AuまたはRuなどの非磁性導電材料を用いることができる。
TMR素子の場合、スペーサ層103はMgOまたはAlOxなどの非磁性絶縁材料を用いることができる。
CCP―GMR素子の場合、スペーサ層103は絶縁層と複数の電流狭窄パスからなり、絶縁層はAlOxやMgOなどを用いることができ、電流狭窄パスはCu、Ag、AuまたはRuなどの非磁性導電材料を用いることができる。
磁気抵抗効果素子112は第1の中間層を含んでもよい。例えば、第1の中間層として、第1の磁性層101とスペーサ層103の間やスペーサ層103と第2の磁性層102の間に、非磁性金属層や磁性層、絶縁層などが含まれていてもよい。
また、第1の磁性層101の磁化方向104を固定するために、第1の磁性層101に接するように反強磁性層を付加したり、第1の磁性層101と接するように第2の中間層、第3の磁性層および反強磁性層などを付加してもよい。また、第1の磁性層101の結晶構造、形状などに起因する磁気異方性などを利用して磁化方向104を固定してもよい。
反強磁性層はFeO、CoO、NiO、CuFeS2、IrMn、FeMn、PtMn、CrまたはMnなどを用いることができる。
また、各電極と各磁性層間にキャップ層、シード層またはバッファ層などを含んでいてもよく、Ru、Ta、CuまたはCrなどを用いることができる。
電流印加部114として、電流源113の他に電圧源などを第1および第2の電極に接続することも可能である。
本明細書において、電流の方向を次のように定義する。正の方向を第2の磁性層102から第1の磁性層101への方向とし、負の方向を第1の磁性層101から第2の磁性層102への方向とする。
本実施形態1に係る磁気抵抗効果素子112の発振について説明する。ここで発振とは、振動的でない直流電流により電気的振動が誘起される現象である。
磁気抵抗効果素子112の発振は磁気抵抗効果素子112の磁性層の磁化のダイナミクスにより生じる。磁化のダイナミクスは以下のLLG(ランダウ−リフシッツ−ギルバート)式(9)として表すことができる。
ここで、vは第2の磁性層102の磁化の単位ベクトル、γはジャイロ磁気因子、H
effは第2の磁性層102における有効磁場、pは第1の磁性層101の磁化の単位ベクトル、αは第2の磁性層102の磁気緩和定数、μ
Bはボーア磁子、Jは磁気抵抗効果素子112に流れる電流の電流密度、eは素電荷、M
Sは第2の磁性層102の飽和磁化、dは第2の磁性層102の厚み、tは時間である。式(9)において、電流密度Jは、電流の方向が正の方向の時に正の値をとり、電流の方向が負の方向の時に負の値をとる。右辺第1項は歳差運動項、第2項はダンピング項、第3項はスピントランスファ−トルク項である。
g(θ)はスピントランスファー効率であり、磁気抵抗効果素子112がGMR素子の場合、式(10)、TMR素子の場合は式(11)のように表される。
ここで、Pは第1の磁性層101のスピン偏極効率、θは第1の磁性層101の磁化の方向と第2の磁性層102の磁化の方向のなす角である。
第2の磁性層102が概ね単一磁区構造を取りうる場合、第2の磁性層102の磁化の動きはマクロな磁化ベクトルに近似して計算することが可能である。この場合、式(9)を解くことで、磁化のダイナミクスが計算可能である。
磁気抵抗効果素子112の膜面に垂直な方向に正の方向の電流Iを印加すると、伝導電子106が電流Iの逆方向、すなわち第1の磁性層101からスペーサ層103を介して第2の磁性層102に流れる。磁化方向104の方向に磁化した第1の磁性層101において、伝導電子106のスピンは磁化方向104の方向に偏極する。矢印107は伝導電子106のスピンの方向を表す。スピン偏極した電子106はスペーサ層103を介して第2の磁性層102に流れこむことで、第2の磁性層102の磁化と角運動量の受け渡しを行う。これによって、第2の磁性層102の磁化の方向を、有効磁場の方向を示す矢印105の方向から向きを変えようとする作用(式(9)の右辺第3項)が働く。一方で、第2の磁性層102の磁化の方向を、有効磁場の方向を示す矢印105の方向に安定させようとするダンピングの作用(式(9)の右辺第2項)が働く。したがって、これら2つの作用が釣り合って、第2の磁性層102の磁化は有効磁場の方向の周りを歳差運動する。この歳差運動を、第2の磁性層102の磁化方向を示す矢印108の、有効磁場の方向を示す矢印105のまわりの運動として表わし、図2における一点鎖線109によって矢印108の歳差運動の軌跡を示す。第2の磁性層102の磁化方向が第1の磁性層101の磁化方向104に対して高周波で変化するため、第2の磁性層102の磁化方向と第1の磁性層101の磁化方向104の相対角度に依存して抵抗が変化する磁気抵抗効果によって、磁気抵抗効果素子112の抵抗値も高周波で変化する。電流Iに対して抵抗値が高周波で変化するので、およそ100MHzから数十THzの高周波数で振動する電圧が発生する。また、第1の磁性層の磁化方向104は磁気抵抗効果素子の面内に水平な方向や面に垂直な方向など、任意の方向を有することができる。また、第2の磁性層102における有効磁場の方向は、第1の磁性層101の磁化方向104に対して反対方向に限られないが、第1の磁性層の磁化方向104との相対角度が90度より大きいほうがより好ましい。
磁気抵抗効果素子112に外部磁場、電流を印加していない状態から、必要な場合はある大きさの外部磁場が印加された状態で、ある大きさの電流密度を有する直流電流を印加することによって第2の磁性層102の磁化が歳差運動を開始し、磁気抵抗効果素子112は発振する。この時の最小の電流密度が磁気抵抗効果素子112の発振閾値電流密度JOであり、107A/cm2程度であることが知られている。磁気抵抗効果素子112の発振閾値電流密度JOは外部磁場の強さや方向によって変化する。
また、磁気抵抗効果素子112に非常に大きな電流密度を有する電流を印加すると、スピントランスファートルクの効果によって第2の磁性層102の磁化が歳差運動の生じる軌道から大きく外れ、電流を印加する前と異なる向き(例えば第1の磁性層101の磁化と略同一の方向)を向く磁化反転が生じる。この現象を磁化反転という。磁化反転が生じると、磁気抵抗効果素子112は発振しない状態になる、もしくは発振の立ち上がり時間が長くなる。この磁化反転が生じる最小の電流密度が磁気抵抗効果素子112の磁化反転閾値電流密度JRである。また、磁化反転が生じる磁化反転閾値電流密度JRの最小の印加時間が磁気抵抗効果素子112の磁化反転時間TRである。磁化反転電流密度JRや磁化反転時間TRは外部磁場の強さや方向によって変化する。
一般的な非線形発振素子の安定した発振状態をモデル化しているAuto−Oscillation modelにおいて、以下の関係式(12)が成立する。
ここで、p
outは磁気抵抗効果素子112の発振出力である。
ある外部磁場の印加下(外部磁場がゼロの場合を含む)における発振閾値電流密度JOを測定する手法を示す。まず、磁気抵抗効果素子112に印加する電流密度を変化させながら定常時における磁気抵抗効果素子112の発振出力poutを測定する。測定にはスペクトラムアナライザやオシロスコープなどを利用することができる。次に測定結果を縦軸を1/pout、横軸を磁気抵抗効果素子112に印加した電流密度Jのグラフにプロットして、1/pout=0になる磁気抵抗効果素子112に印加した電流密度Jを外挿により求めることで、発振閾値電流密度JOを測定できる。
ある外部磁場の印加下(外部磁場がゼロの場合を含む)における磁化反転閾値電流密度JRと磁化反転時間TRを測定する手法を示す。磁気抵抗効果素子112に電流を印加していない初期状態から、一定の正の方向の電流を磁気抵抗効果素子112に印加し、印加した時点からの磁気抵抗効果素子112の抵抗値の時間変化をオシロスコープ等で測定する。この時、磁気抵抗効果素子112の抵抗値に振動が生じ、さらにその後、抵抗値の振動が消失すれば、磁気抵抗効果素子112は磁化反転している。この磁化反転が生じた最小の電流密度が磁化反転閾値電流密度JRである。磁気抵抗効果素子112に印加する電流を徐々に大きくしながら、この測定を繰り返すことで、磁化反転閾値電流密度JRを測定することができる。また、磁化反転閾値電流密度JRを有する電流を磁気抵抗効果素子112に印加した時点から、磁気抵抗効果素子112の抵抗値の振動が消失するまでの時間が磁化反転時間TRである。
また、磁化反転の後、磁気抵抗効果素子に印加する電流を止め、充分時間が経過した後に第2の磁性層の磁化102が磁化反転の前とは異なる方向で安定となる場合に、磁化反転閾値電流密度JRを簡易的に測定する手法を示す。磁気抵抗効果素子112に電流を印加していない初期状態から、一定の正の方向の電流を磁気抵抗効果素子112に印加し、充分時間が経過した後に、電流の印加を止め、その後、充分時間が経過した後の磁気抵抗効果素子112の抵抗値を測定する。この時、磁気抵抗効果素子112の抵抗値が初期状態の抵抗値と有意差を持って異なる抵抗値であれば、磁気抵抗効果素子112は磁化反転しており、磁気抵抗効果素子112に印加する電流を徐々に大きくしながら上記と同様の測定を繰り返すことで、磁化反転閾値電流密度JRを測定することができる。さらに、上記の場合に磁化反転時間TRを測定する手法を示す。磁気抵抗効果素子112に磁化反転閾値電流密度JRを有する電流を時間Tの間印加し、その後、充分時間が経過した後の磁気抵抗効果素子112の抵抗値を測定する。この時、磁気抵抗効果素子112の抵抗値が初期状態の抵抗値と有意差を持って異なる抵抗値であれば、磁気抵抗効果素子112は磁化反転しており、この磁化反転が生じた最小のTが磁化反転時間TRである。磁気抵抗効果素子112に印加するパルス電流の時間を徐々に長くしながら、この測定を繰り返すことで、磁化反転時間TRを測定することができる。
本実施形態1における制御部115によって制御される電流源113の動作を以下に示す。磁気抵抗効果素子112が発振していない状態から、第1のステップでは、電流源113は発振閾値電流密度JOより大きな第1の電流密度を有する正の方向の電流を時間TPの間、磁気抵抗効果素子112に印加する。第1のステップにおける第1の電流密度の時間TP間の平均値をJPとする。その後、第2のステップでは電流源113は磁気抵抗効果素子112が所定の周波数で発振するように第1の電流密度未満でかつ発振閾値電流密度JO以上の第2の電流密度JSを有する正の方向の電流を磁気抵抗効果素子112に印加する。また、第2の電流密度JSは、磁化反転閾値電流密度JRよりも小さい。
上記の電流ステップを生成する手段として電流源113を制御する方法の他に、周辺回路を利用した一例を説明する。図3は磁気抵抗効果発振器200の回路図である。磁気抵抗効果発振器200は磁気抵抗効果素子112と電流印加部205を有する。電流印加部205はインダクタ201と抵抗202と電流源204を有する。磁気抵抗効果素子112とインダクタ201は並列に接続され、インダクタ201と抵抗202は直列に接続されて、電流源204に接続されている。
電流源204が第1の電流密度を有する電流I1を発生させると、インダクタ201では磁束の変化を打ち消すように起電力が生じ、抵抗202にはほとんど電流は流れず、電流I1のほぼすべてが磁気抵抗効果素子112に流れる。その後、電流I1の時間変動がなくなると、起電力が消え、抵抗202には電流I2、磁気抵抗効果素子112には一定の電流I1−I2が流れる。ここで、I1―I2が第2の電流密度JSを有する電流となるようにインダクタ201、抵抗202の値を調整する。したがって、磁気抵抗効果発振器200は本実施形態1における駆動電流を生成することができる。
上記の電流ステップを測定する手段を説明する。電極110、111にプローブを当てて、オシロスコープなどで電極間の電圧を時間領域測定することで磁気抵抗効果素子112に印加された電流の時間変化を推測でき、電流パルスの大きさや時間などを実験的に求めることが可能である。
電流印加部114は、以下の式(1)、式(2)および式(3)または、式(1)および式(4)を満たすように、第1のステップおよび第2のステップを実行する。
ここで、式(1)〜(4)におけるJP、JRおよびJSはそれぞれ、電流密度の大きさ(電流密度の絶対値)である。
第1のステップにおいてTPの間印加される第1の電流密度を有するパルス電流に関して、所定の周波数の発振に必要なエネルギーを超過したパルス電流のエネルギーに対応する量はTP(JP−JS)で表され、この量が大きいほど、磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がりは高速になる。また、第2の磁性層102の磁化が磁化反転するエネルギーに対応する量はTR(JR−JO)である。TPが式(1)で示される範囲内であると、第1のステップを省略して第2のステップのみを実行した場合に対して立ち上がり時間を一定以上短縮することができる。TPが下限以下だと、パルス電流のエネルギーが小さいため、立ち上がり時間の短縮率が小さくなる。また、TPが上限以上だと、第1の電流密度を有する電流が印加される時間であるTPの影響が大きくなり、電流密度JSに対応した所定の周波数の発振となるまでの時間が長くなるため、立ち上がり時間の短縮率が小さくなる。
さらに、JPが磁化反転閾値電流密度JR以上であることを示す式(3)を満たす時に、TPが式(2)のTPの上限以上になると、パルス電流のエネルギーが第2の磁性層102の磁化反転に必要なエネルギー以上となり、磁気抵抗効果素子112の磁化反転が生じる。これにより、磁化の歳差運動が発生しない状態になる、もしくは磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間が長くなる。式(3)および式(2)、あるいはJPが磁気抵抗効果素子112の磁化反転閾値電流密度よりも小さいことを示す式(4)を満たす時、磁気抵抗効果素子112は磁化反転しない。
式(2)について説明する。式(2)は、磁化反転閾値電流密度JR以上である平均電流密度JPをもつパルス電流を磁気抵抗効果素子112に印加した際に、磁気抵抗効果素子112に磁化反転が生じないパルス電流(平均電流密度JP、時間TP)の条件である。JPが磁化反転閾値電流密度JR以上で、さらにパルス電流のエネルギーが磁気抵抗効果素子112の磁化反転に必要なエネルギーを超えると磁気抵抗効果素子112に磁化反転が生じる。発振閾値電流密度JO以上の電流密度を有する電流を磁気抵抗効果素子112に印加すると、第2の磁性層102の磁化はダンピングの作用に打ち勝ち、向きを変えるので、第2の磁性層102の磁化の向きを変えるのに有効なエネルギーに対応する量は、磁気抵抗効果素子112に印加した電流密度Jと発振閾値電流密度JOとの差分(J−JO)と、磁気抵抗効果素子112に電流を印加した時間Tとの積T(J−JO)と表される。従って、磁気抵抗効果素子112が磁化反転するためのエネルギーに対応する量はTR(JR−JO)と表される。一方、第2の磁性層102の磁化の向きを変えるのに有効なパルス電流のエネルギーに対応する量はTP(JP−JO)と表される。したがって、JPが磁化反転閾値電流密度JR以上のときにTP(JP−JO)がTR(JR−JO)以上になると磁気抵抗効果素子112は磁化反転し、式(2)を満たすときには磁気抵抗効果素子112は磁化反転しない。
図4は、磁気抵抗効果素子112にパルス電流(JP、TP)を印加した時の第2の磁性層102の磁化の状態を示す図である。第1の領域401は磁気抵抗効果素子112が磁化反転する領域である。第2の領域402は式(2)を満たす領域であり、パルス電流のエネルギーが磁気抵抗効果素子112の磁性層102の磁化反転に必要なエネルギーよりも小さいので、磁気抵抗効果素子112の磁性層102の磁化は磁化反転しない領域である。また、第3の領域403は式(2)を満たさない領域であるが、JPが磁気抵抗効果素子112の磁化反転閾値電流密度よりも小さいので磁気抵抗効果素子112の磁性層102の磁化は磁化反転しない領域である。
また、電流印加部114は、さらに式(8)、式(2)および式(3)または、式(8)および式(4)を満たすように第1のステップおよび第2のステップを実行することが好ましい。T
Pが式(8)で示される範囲内であることで、磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間を特に短縮することができる。
第2のステップにおいては、電流源113は、磁気抵抗効果素子112に第2の電流密度JSを有する電流を印加し続け、第2の電流密度JSに応じた周波数で磁気抵抗効果素子112の発振を持続させる。
第1のステップにおいて、第1の電流密度は一定の値でも良いし、時間TPの間で変化してもよい。
(実施形態2)
図5は実施形態2における磁気抵抗効果素子112の模式図である。本実施形態2は、磁気抵抗効果素子112に電流を印加する前の第2の磁性層102の磁化の方向、すなわち、第2の磁性層102における有効磁場の方向と、磁気抵抗効果素子112に印加する電流の方向以外は実施形態1と同様である。第2の磁性層102における有効磁場の方向は第1の磁性層101の磁化の方向と略同一方向である。また、磁気抵抗効果素子112の膜面に垂直な方向に負の方向の電流Iを印加する。このような電流を印加すると、伝導電子106が電流Iの逆方向、すなわち第2の磁性層102からスペーサ層103を介して第1の磁性層101に流れる。磁化方向104の方向に磁化した第1の磁性層101において、伝導電子106のスピンは磁化方向104の方向に偏極し、電極110に流れる。一方、伝導電子106のスピンのうち、磁化方向104と逆方向のスピンは電極110に流れずに反射し、スペーサ層103を介して第2の磁性層102に流れる。矢印107はスピン偏極によって反射した伝導電子106のスピンの方向を表す。スピン偏極によって反射した電子106は第2の磁性層102の磁化と角運動量の受け渡しを行う。これによって、第2の磁性層102の磁化の方向を、有効磁場の方向を示す矢印105の方向から向きを変えようとする作用(式(9)の右辺第3項)が働く。一方で、第2の磁性層102の磁化の方向を、有効磁場の方向を示す矢印105の方向に安定させようとするダンピングの作用(式(9)の右辺第2項)が働く。したがって、これら2つの作用が釣り合って、第2の磁性層102の磁化は有効磁場の方向の周りを歳差運動する。この歳差運動を、第2の磁性層102の磁化方向を示す矢印108の、有効磁場の方向を示す矢印105のまわりの運動として表わし、図5における一点鎖線109によって矢印108の歳差運動の軌跡を示す。また、第2の磁性層102における有効磁場の方向は、第1の磁性層101の磁化方向104にと同じ方向に限られないが、第1の磁性層の磁化方向104との相対角度が90度より小さいほうがより好ましい。
本実施形態2における発振閾値電流密度JO、磁化反転閾値電流密度JRおよび磁化反転時間TRを測定する手法は、印加する電流の方向を負の方向とする以外は実施形態1と同じである。
上述した実施形態1および実施形態2においては、第1の磁性層101および第2の磁性層102は、膜面内方向に磁化容易軸をもつ面内磁化膜であるが、膜面垂直方向に磁化容易軸をもつ垂直磁化膜であってもよい。
上記した式(1)および式(8)について、シミュレーション例を参照して以下に説明する。
(シミュレーション例1)
実施形態1の磁気抵抗効果発振器100について、式(9)に基づいてシミュレーションを行い、磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間について計算した。第2の磁性層102は長径135×短径65×厚さ2.5nm3の楕円形状とした。ここでx軸方向を長径方向、y軸方向を短径方向、z軸方向を厚み方向とする。第1の磁性層101の材料はFeCo、第2の磁性層102の材料はNi80Fe20とした。第1の磁性層101の磁化は第1の磁性層101の直下の、図示しない反強磁性体との交換結合によって固定されている。スペーサ層103の材料は非磁性金属のCuとした。
第2の磁性層102はx軸方向に形状磁気異方性を持ち、そのx軸方向の異方性磁場H
Kを29.05×10
3A/mとした。また、膜厚は十分薄いとみなせるので、反磁場係数をNx=0、Ny=0、Nz=1とし、反磁場H
dを下式(13)より求めた。ここで、(v
x、v
y、v
z)は第2の磁性層102の磁化の方向の単位ベクトルである。
第2の磁性層102の磁化は一様であるとし、第2の磁性層102内の交換磁場を0とした。
本シミュレーション例1においては、磁気抵抗効果素子112には外部磁場を印加しなかった。従って、第2の磁性層102における有効磁場は異方性磁場HKと反磁場Hdの和となる。
磁気抵抗効果素子112に電流を印加する前の初期状態において、第2の磁性層102の磁化の向きは第1の磁性層101の磁化の向きと反平行の向きとした。
本シミュレーション例1で使用したパラメタを表1に示す。
磁気抵抗効果素子112の素子抵抗値Rは磁気抵抗効果素子112の第1の磁性層101の磁化の方向と第2の磁性層102の磁化の方向のなす角θによって変化し、以下の式(14)を用いて計算した。
ここで、Rmaxは第1の磁性層101の磁化の方向と第2の磁性層102の磁化の方向が反平行の時の抵抗値、Rminは第1の磁性層101の磁化の方向と第2の磁性層102の磁化の方向が平行の時の抵抗値である。
ダイナミクスMR比MR
Dは、磁気抵抗効果素子112に電流を印加し、第2の磁性層102の磁化の方向が時間と共に変化している状態における磁気抵抗効果素子112の抵抗値の最大値をR’
max、最小値をR’
minとしたとき、以下の式(15)を用いて計算した。
定常時において、ダイナミクスMR比が0.1%以上の状態を発振状態とした。
静止状態とは、磁気抵抗効果素子112の第2の磁性層102の磁化が有意差を持って振動していない状態のことである。定常時において、ダイナミクスMR比が0.1%未満の状態を静止状態とした。
磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間は、磁気抵抗効果素子112に対する電流の印加を開始する時点から磁気抵抗効果素子112の発振周波数の変動が定常時の発振周波数の1%以下となるまでの時間とした。本シミュレーション例1、後述するシミュレーション例2、3、4および実施例においては、磁気抵抗効果素子に電流の印加を開始する時点を0秒としている。
発振閾値電流密度JOを以下のように求めた。図6および図7は本シミュレーション例1の磁気抵抗効果素子112に電流を印加せず、第2の磁性層102の磁化の向きが第1の磁性層の磁化の向きと反平行の関係である状態から、一定の正の方向の電流を印加した場合のダイナミクスMR比MRDの時間変化である。図6は電流密度が1.1×1011A/m2の時の結果であり、MRDの振幅が徐々に大きくなり磁気抵抗効果素子112は発振状態であった。一方、図7は電流密度が1.0×1011A/m2の時の結果であり、MRDが徐々に小さくなっており、静止状態であった。したがって、磁気抵抗効果素子112の発振閾値電流密度はおおよそ1.1×1011A/m2であった。
磁化反転閾値電流密度JRを以下のように求めた。磁気抵抗効果素子112に電流を印加せず、第2の磁性層102の磁化の向きが第1の磁性層の磁化の向きと反平行の関係である状態から、電流密度J1を有する電流を1ミリ秒間印加し続け、その後、磁気抵抗効果素子112に印加した電流を止め、電流を止めてから1ミリ秒後の第1の磁性層101の磁化と第2の磁性層102の磁化の相対角度を計算した。J1=1.32×1011[A/m2]の時、相対角度は180度であり、第1の磁性層101の磁化方向と第2の磁性層102の磁化方向は反平行の関係となり、第2の磁性層102の磁化方向は電流を印加する前と同じであった。一方、J1=1.33×1011[A/m2]の時、相対角度は0度であり、第1の磁性層101の磁化方向と第2の磁性層102の磁化方向は平行の関係となり、第2の磁性層102の磁化方向は電流を印加する前と異なり、磁気抵抗効果素子112は磁化反転した。従って、磁化反転閾値電流密度JRは1.33×1011A/m2であった。
次に、磁化反転時間TRを以下のように求めた。磁化反転閾値電流密度JRを有する電流を時間T1の間、磁気抵抗効果素子112に印加し、その後電流の印加を止め、電流を止めてから1ミリ秒後の第1の磁性層101の磁化方向と第2の磁性層102の磁化方向の相対角度を計算した。T1=31[ナノ秒]の時、相対角度は180度であった。一方、T1=32[ナノ秒]の時、相対角度は0度であり、磁気抵抗効果素子112は磁化反転した。従って、磁化反転時間TRは32ナノ秒であった。
第2のステップでは電流密度JS=1.12×1011[A/m2]を有する正の方向の電流を印加した。
第1のステップを省略し、第2のステップのみを実行した時の磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間をTNORMとする。実施形態1における第2のステップの開始時点を起点とした立ち上がり時間T’RISEのTNORMに対する比率を、A’とする。磁気抵抗効果素子112に1.12×1011A/m2を有する正の方向の電流を磁気抵抗効果素子112に印加した場合の磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間TNORMをシミュレーションによって求めたところ、276ナノ秒であった。
第1のステップで磁気抵抗効果素子112に印加するパルス電流の第1の電流密度は一定値(=J
P)とした。J
PおよびT
Pを変化させて、発振の立ち上がり時間を計算し、A’を求めた。図8に、9種類のA’の値(A’=0.1〜0.9)について、A’が一定となるJ
PおよびT
Pの関係をプロットしたグラフを示す。破線Rは、磁気抵抗効果素子112が磁化反転する領域に対する境界を示す境界線である。図8のグラフに対しフィッティングを行った結果、下式(16)が成り立つことがわかった。
図9は式(16)をグラフ化したものである。破線TP=TR(JR−JO)/(JP−JO)よりも左側の式(2)を満たす領域901において、図8と図9はほぼ一致している。さらに図10は、シミュレーションにより求めたA’と式(16)より求めたA’との相関を示す図であり、相関係数はほぼ1であることがわかる。
また、第1のステップを省略し、さらに電流密度J
Sを変化させ、シミュレーションを行った。図11は磁気抵抗効果素子112に電流密度J
Sを印加し、磁気抵抗効果素子112が発振するために必要なエネルギーに対応する量T
NORM(J
S−J
O)をプロットしたものである。図11に対してフィッティングを行うことによって下式(17)が成り立つことがわかった。図11の破線はT
R(J
R−J
O)を示している。
次に磁気抵抗効果素子112にパルス電流を印加した時間T
Pを考慮した磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間T
RISEを求める。T
RISEはT’
RISEとT
Pの和となる。AをT
NORMに対するT
RISEの比率とすると、Aは、式(16)より、式(2)を満たす時は下式(18)と表される。
T
Pが大きく、式(2)を満たさない場合、式(4)を満たせば、磁気抵抗効果素子112は磁化反転せずに発振する。この場合、磁気抵抗効果素子112は、パルス電流を印加している時間T
Pの間に第1の電流密度に対応した発振周波数での発振状態に到達する。この状態から、磁気抵抗効果素子112に印加する電流の電流密度を第1の電流密度から第2の電流密度Jsに変化させる(第1ステップから第2ステップに移行する)と、第1の電流密度に対応した発振周波数での発振状態から、第2の電流密度Jsに対応した発振周波数での発振状態へ遷移するが、この遷移時間はダンピングの作用に依存する。式(9)のαは一般的に0.01以上でダンピングの作用は比較的強く、この遷移時間は無視できるほど小さい。したがってこの場合、磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間T
RISEはT
Pと等しくなり、下式(19)が成り立つ。
比率Aは、J
P、T
Pを用いて、式(2)を満たす場合は、式(17)および式(18)より式(20)で表され、式(2)を満たさない場合は、式(17)および式(19)より式(21)で表される。
磁気抵抗効果素子112に印加するパルス電流(JP,TP)の条件を変化させ、比率Aをシミュレーションした。図12は5種類のAの値(A=0.5〜0.9)について、Aが一定となるJPおよびTPの関係をプロットしたグラフである。破線Rの右の領域はパルス電流によって磁気抵抗効果素子112が磁化反転した領域である。また、図13は式(20)および式(21)をグラフ化したものである。図12と図13を比較するとほぼ一致している。さらに図14は、シミュレーションにより求めたAと式(20)および式(21)より求めたAとの相関を示す図であり、相関係数はほぼ1であることがわかる。
式(18)より、式(2)を満たす時に磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間のT
NORMに対する比率がA以下となるT
Pの条件は、下式(22)のように表される。
また、式(19)より、式(2)を満たさない時に磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間のT
NORMに対する比率がA以下となるT
Pの条件は、下式(23)のように表される。
従って、式(22)および式(23)より、磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間のT
NORMに対する比率がA以下となるT
Pの条件は下式(24)のように表される。
さらに、式(17)と式(24)より下式(25)が得られる。
例えば、式(25)のAに0.9を代入した式(1)の範囲となるようにパルス電流(JP,TP)を磁気抵抗効果素子112に印加すれば、磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間をTNORMに対して90%以下に短縮することができる。
また、式(25)のAに0.75を代入した式(5)の範囲となるようにパルス電流(J
P,T
P)を磁気抵抗効果素子112に印加すれば、磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間を75%以下に短縮することができる。
また、式(25)のAに0.5を代入した式(6)の範囲となるようにパルス電流(J
P,T
P)を磁気抵抗効果素子112に印加すれば、磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間をT
NORMに対して50%以下に短縮することができる。
また、式(25)のAに0.25を代入した式(7)の範囲となるようにパルス電流(J
P,T
P)を磁気抵抗効果素子112に印加すれば、磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間をT
NORMに対して25%以下に短縮することができる。
また、図12において、式(20)でA=0.5とした曲線と、磁気抵抗効果素子112が磁化反転する領域との間の領域を詳細に調べると、式(20)から予測されるよりも発振の立ち上がり時間の短縮率が大きくなる領域が存在することを発明者は見出した。図14においてA(equation)=A(simulation)の直線よりも上側にプロットされた複数の点がこの領域に相当している。図15はJ
PをJ
P=1.16×10
11[A/m
2]に固定し、T
Pを変化させて比率Aをシミュレーションした結果であり、T
Pが90ナノ秒から116ナノ秒の範囲において、Aが特に小さくなった。また、図16はJ
P=1.18×10
11[A/m
2]の場合を示す図であり、Aが特に小さくなるのは、T
Pが70ナノ秒から88ナノ秒の範囲であった。図17はJ
P=1.20×10
11[A/m
2]の場合を示す図であり、Aが特に小さくなるのは、T
Pが60ナノ秒から70ナノ秒の範囲であった。図18はJ
P=1.22×10
11[A/m
2]の場合を示す図であり、Aが特に小さくなるのは、T
Pが52ナノ秒から60ナノ秒の範囲であった。図19はJ
P=1.24×10
11[A/m
2]の場合を示す図であり、Aが特に小さくなるのは、T
Pが44ナノ秒から51ナノ秒の範囲であった。図20はJ
P=1.26×10
11[A/m
2]の場合を示す図であり、Aが特に小さくなるのは、T
Pが40ナノ秒から45ナノ秒の範囲であった。図21はJ
P=1.28×10
11[A/m
2]の場合を示す図であり、Aが特に小さくなるのは、T
Pが36ナノ秒から40ナノ秒の範囲であった。上記T
Pの範囲に対して、フィッティングを行い、比率Aが特に小さくなるT
Pの条件式は式(8)で示されることがわかった。図22は式(8)のT
P、J
Pの範囲をグラフ化したものに上記シミュレーション結果のT
Pの範囲の上限および下限をプロットしたものである。
このように、式(8)を満たすパルス電流(JP,TP)を磁気抵抗効果素子112に印加すれば、磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間を特に短縮することができる。
(シミュレーション例2)
本シミュレーション例2において、シミュレーション例1の磁気抵抗効果素子112の第2の磁性層102の材料をNi90Fe10に変更し、飽和磁化MS=6.57×105[A/m]、HK=35.4×103[A/m]とした。また、第2のステップでは電流密度JS=7.8×1010[A/m2]を有する正の方向の電流を印加した。その他はシミュレーション例1と同様にしてシミュレーションを行った。
シミュレーション例2における磁気抵抗効果素子112の発振閾値電流密度J
O、磁化反転閾値電流密度J
R、磁化反転時間T
R、および、第1のステップを省略し、第2のステップのみを実行した時の磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間T
NORMをシミュレーション例1と同様の方法で求めた。その結果を表2に示す。
JPおよびTPを変化させて、発振の立ち上がり時間を計算し、第2のステップの開始時点を起点とした立ち上がり時間T’RISEのTNORMに対する比率A’を求めた。図23に、9種類のA’の値(A’=0.1〜0.9)について、A’が一定となるJPおよびTPの関係をプロットしたグラフを示す。図23のグラフに対しフィッティングを行った結果、シミュレーション例2においても式(16)が成り立つことがわかった。
図24は式(16)をグラフ化したものである。破線TP=TR(JR−JO)/(JP−JO)よりも左側の式(2)を満たす領域2401において、図23と図24はほぼ一致している。さらに図25は、シミュレーションにより求めたA’と式(16)より求めたA’との相関を示す図であり、相関係数はほぼ1であることがわかる。
また、第1のステップを省略し、さらに電流密度JSを変化させ、シミュレーションを行った。図26は磁気抵抗効果素子112に電流密度JSを印加し、磁気抵抗効果素子112が発振するために必要なエネルギーに対応する量TNORM(JS−JO)をプロットしたものである。図26に対してフィッティングを行うことによって、シミュレーション例2においても式(17)が成り立つことがわかった。図26の破線はTR(JR−JO)を示している。
また、磁気抵抗効果素子112に印加するパルス電流(JP,TP)の条件を変化させ、比率Aをシミュレーションした。図27は5種類のAの値(A=0.5〜0.9)について、Aが一定となるJPおよびTPの関係をプロットしたグラフである。破線Rの右の領域はパルス電流によって磁気抵抗効果素子112が磁化反転した領域である。また、図28は式(20)および式(21)をグラフ化したものである。図27と図28を比較するとほぼ一致している。さらに図29、はシミュレーションにより求めたAと式(20)および式(21)より求めたAとの相関を示す図であり、相関係数はほぼ1であることがわかる。
また、シミュレーション例2においても、図27において、式(20)でA=0.5とした曲線と、磁気抵抗効果素子112が磁化反転する領域との間の領域を詳細に調べると、式(20)から予測されるよりも発振の立ち上がり時間の短縮率が大きくなる領域が存在した。図29においてA(equation)=A(simulation)の直線よりも上側にプロットされた複数の点がこの領域に相当している。シミュレーション例1と同様に、比率Aが特に小さくなるTPの範囲を求め、この結果に対してフィッティングを行うと、比率Aが特に小さくなるTPの条件式はシミュレーション例2においても式(8)で示されることがわかった。図30は、式(8)のTP、JPの範囲をグラフ化したものに、比率Aが特に小さくなるTPの範囲の上限および下限のシミュレーション結果をプロットしたものである。
(シミュレーション例3)
本シミュレーション例3は、第2の磁性層102における有効磁場の方向と、磁気抵抗効果素子112に印加する電流の方向および電流密度の大きさ以外はシミュレーション例1と同様とした。第2の磁性層102における有効磁場の方向は第1の磁性層101の磁化の方向と同一方向とした。また、磁気抵抗効果素子112の膜面に垂直な方向に負の方向の電流Iを印加した。
第2のステップでは電流密度JS=24.0×1010[A/m2]を有する負の方向の電流を印加した。
シミュレーション例3における磁気抵抗効果素子112の発振閾値電流密度J
O、磁化反転閾値電流密度J
R、磁化反転時間T
R、および、第1のステップを省略し、第2のステップのみを実行した時の磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間T
NORMをシミュレーション例1と同様の方法で求めた。その結果を表3に示す。
JPおよびTPを変化させて、発振の立ち上がり時間を計算し、第2のステップの開始時点を起点とした立ち上がり時間T’RISEのTNORMに対する比率A’を求めた。図31に、9種類のA’の値(A’=0.1〜0.9)について、A’が一定となるJPおよびTPの関係をプロットしたグラフを示す。図31のグラフに対しフィッティングを行った結果、シミュレーション例3においても式(16)が成り立つことがわかった。
図32は式(16)をグラフ化したものである。破線TP=TR(JR−JO)/(JP−JO)よりも左側の式(2)を満たす領域3201において、図31と図32はほぼ一致している。さらに図33は、シミュレーションにより求めたA’と式(16)より求めたA’との相関を示す図であり、相関係数はほぼ1であることがわかる。
また、第1のステップを省略し、さらに電流密度JSを変化させ、シミュレーションを行った。図34は磁気抵抗効果素子112に電流密度JSを印加し、磁気抵抗効果素子112が発振するために必要なエネルギーに対応する量TNORM(JS−JO)をプロットしたものである。図34に対してフィッティングを行うことによって、シミュレーション例3においても式(17)が成り立つことがわかった。図34の破線はTR(JR−JO)を示している。
また、磁気抵抗効果素子112に印加するパルス電流(JP,TP)の条件を変化させ、比率Aをシミュレーションした。図35は5種類のAの値(A=0.5〜0.9)について、Aが一定となるJPおよびTPの関係をプロットしたグラフである。破線Rの右の領域はパルス電流によって磁気抵抗効果素子112が磁化反転した領域である。また、図36は式(20)および式(21)をグラフ化したものである。図35と図36を比較するとほぼ一致している。さらに図37は、シミュレーションにより求めたAと式(20)および式(21)より求めたAとの相関を示す図であり、相関係数はほぼ1であることがわかる。
また、シミュレーション例3においても、図35において、式(20)でA=0.5とした曲線と、磁気抵抗効果素子112が磁化反転する領域との間の領域を詳細に調べると、式(20)から予測されるよりも発振の立ち上がり時間の短縮率が大きくなる領域が存在した。図37においてA(equation)=A(simulation)の直線よりも上側にプロットされた複数の点がこの領域に相当している。シミュレーション例1と同様に、比率Aが特に小さくなるTPの範囲を求め、この結果に対してフィッティングを行うと、比率Aが特に小さくなるTPの条件式はシミュレーション例3においても式(8)で示されることがわかった。図38は、式(8)のTP、JPの範囲をグラフ化したものに、比率Aが特に小さくなるTPの範囲の上限および下限のシミュレーション結果をプロットしたものである。
(シミュレーション例4)
本シミュレーション例4において、第2の磁性層102の形状は直径100nmの円形で厚さ2.0nmとした。第1の磁性層101、第2の磁性層102の材料はCoFeBとした。第1の磁性層101の磁化は負のz軸方向に固定されている。スペーサ層103の材料は非磁性絶縁体のMgOとした。第2の磁性層102はz軸方向に磁気異方性を持ち、そのz軸方向の異方性磁場HKを1.2×106A/mとした。
磁気抵抗効果素子112に電流を印加する前の初期状態において、第2の磁性層102の磁化の向きは正のz軸方向(第1の磁性層101の磁化の向きと反平行の向き)とした。また、第2のステップでは電流密度JS=6.2×109[A/m2]を有する正の方向の電流を印加した。以上の点を除いて、シミュレーション例1と同様にしてシミュレーションを行った。
本シミュレーション例4で使用したパラメタを表4に示す。
シミュレーション例4における磁気抵抗効果素子112の発振閾値電流密度J
O、磁化反転閾値電流密度J
R、磁化反転時間T
R、および、第1のステップを省略し、第2のステップのみを実行した時の磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間T
NORMをシミュレーション例1と同様の方法で求めた。その結果を表5に示す。
JPおよびTPを変化させて、発振の立ち上がり時間を計算し、第2のステップの開始時点を起点とした立ち上がり時間T’RISEのTNORMに対する比率A’を求めた。図39に、9種類のA’の値(A’=0.1〜0.9)について、A’が一定となるJPおよびTPの関係をプロットしたグラフを示す。図39のグラフに対しフィッティングを行った結果、シミュレーション例4においても式(16)が成り立つことがわかった。
図40は式(16)をグラフ化したものである。破線TP=TR(JR−JO)/(JP−JO)よりも左側の式(2)を満たす領域4001において、図39と図40はほぼ一致している。さらに図41は、シミュレーションにより求めたA’と式(16)より求めたA’との相関を示す図であり、相関係数はほぼ1であることがわかる。
また、第1のステップを省略し、さらに電流密度JSを変化させ、シミュレーションを行った。図42は磁気抵抗効果素子112に電流密度JSを印加し、磁気抵抗効果素子112が発振するために必要なエネルギーに対応する量TNORM(JS−JO)をプロットしたものである。図42に対してフィッティングを行うことによって、シミュレーション例4においても式(17)が成り立つことがわかった。図42の破線はTR(JR−JO)を示している。
また、磁気抵抗効果素子112に印加するパルス電流(JP,TP)の条件を変化させ、比率Aをシミュレーションした。図43は5種類のAの値(A=0.5〜0.9)について、Aが一定となるJPおよびTPの関係をプロットしたグラフである。破線Rの右の領域はパルス電流によって磁気抵抗効果素子112が磁化反転した領域である。また、図44は式(20)および式(21)をグラフ化したものである。図43と図44を比較するとほぼ一致している。さらに図45は、シミュレーションにより求めたAと式(20)、式(21)より求めたAとの相関を示す図であり、相関係数はほぼ1であることがわかる。
また、シミュレーション例4においても、図43において、式(20)でA=0.5とした曲線と、磁気抵抗効果素子112が磁化反転する領域との間の領域を詳細に調べると、式(20)から予測されるよりも発振の立ち上がり時間の短縮率が大きくなる領域が存在した。図45においてA(equation)=A(simulation)の直線よりも上側にプロットされた複数の点がこの領域に相当している。シミュレーション例1と同様に、比率Aが特に小さくなるTPの範囲を求め、この結果に対してフィッティングを行うと、比率Aが特に小さくなるTPの条件式はシミュレーション例4においても式(8)で示されることがわかった。図46は、式(8)のTP、JPの範囲をグラフ化したものに、比率Aが特に小さくなるTPの範囲の上限および下限のシミュレーション結果をプロットしたものである。
図2に示す磁気抵抗効果素子112を以下のように作製した。まず、Si基板上に下記の膜を順次、スパッタリング法によって成膜した。
電極110:Cu[100nm]
下地層(図示せず):Ta[5nm]/Ru[2nm]
反強磁性層(図示せず):IrMn[10nm]
第1の磁性層101:FeCo[3nm]
スペーサ層103:Cu[3nm]
第2の磁性層102:Ni80Fe20[2.5nm]
キャップ層(図示せず):Ta[5nm]
電極111:Cu[100nm]
上記成膜後の基板を300度、10KOeの磁場を印加した状態で2時間、熱処理を行い、第1の磁性層101の磁化の方向を固定した。その後、フォトリソグラフィ法によって長径140×短径70nm2の楕円形状の素子に微細加工した。
その後、作製した磁気抵抗効果素子112の電極110、電極111に制御部115によって制御される電流源113を接続した。
このように作製した磁気抵抗効果発振器100を用いて、発振閾値電流密度JOを以下のように測定した。電流源113を制御して磁気抵抗効果素子112に印加する電流密度を変化させながら磁気抵抗効果素子112の発振出力POUTをスペクトラムアナライザで測定した。横軸を磁気抵抗効果素子112に印加した電流密度、縦軸をその時の発振出力の逆数1/POUTとしてグラフにプロットし、1/POUTが0となる電流密度を外挿により見積もったところ、発振閾値電流密度JOは9.8×1010A/m2であった。
さらに、磁化反転閾値電流密度JRを以下のように求めた。まず、磁気抵抗効果素子112に電流を印加していない状態における磁気抵抗効果素子112の抵抗値を測定したところ、10.5Ωであった。その後、磁気抵抗効果素子112に電流を印加していない状態から、電流源113を制御して電流密度J1を有する電流を1ミリ秒間印加し続け、その後、磁気抵抗効果素子112に印加した電流を止め、電流を止めてから磁気抵抗効果素子112の抵抗値を測定した。電流密度J1=1.24×1011[A/m2]の時、磁気抵抗効果素子112の抵抗値は10.5Ωから大きく変化しなかったが、J1=1.25×1011[A/m2]の時、磁気抵抗効果素子112の抵抗値は9.3Ωと大きく変化し、磁気抵抗効果素子112は磁化反転した。従って、磁化反転閾値電流密度JRは1.25×1011A/m2であった。
次に、磁化反転時間TRを以下のように測定した。電流源113を制御して磁化反転閾値電流密度JRを有する電流を時間T1の間、磁気抵抗効果素子112に印加し、その後電流の印加を止め、電流を止めてから1ミリ秒後の磁気抵抗効果素子112の抵抗値を測定した。T1=20[ナノ秒]の時、抵抗値は10.5Ωであった。一方、T1=21[ナノ秒]の時、抵抗値は9.3Ωであり、磁気抵抗効果素子112は磁化反転した。従って、磁化反転時間TRは21ナノ秒であった。
第1のステップでは、電流源113を制御して、磁気抵抗効果素子112に一定の第1の電流密度(=JP)を有する電流を時間TP間、印加し、その後、第2のステップでは電流密度JS=1.00×1011[A/m2]を有する正の方向の電流を印加した。
第1のステップを省略し、第2のステップのみを実行した時の磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間TNORMを測定した。磁気抵抗効果素子112に1.00×1011A/m2を有する正の方向の電流を磁気抵抗効果素子112に印加し、オシロスコープで発振の立ち上がり時間を測定したところ、TNORMは285ナノ秒であった。
いくつかの第1の電流密度と時間T
Pの条件において、磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間を実測した。表6は磁気抵抗効果素子112に印加した第1の電流密度と時間T
P、その時の磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間と比率Aの実験結果、および、式(20)または式(21)より計算した比率Aをまとめたものである。実施例1から実施例6までは、比率Aの実測結果は式(20)または式(21)より計算したAの値とよく一致している。
実施例7において、比率Aの実測結果は式(20)より計算した比率Aよりも小さい。実施例7において、式(8)の下限値は10.1ナノ秒であり、式(8)の上限値は10.7ナノ秒である。実施例7の時間TPは10.2ナノ秒であり式(8)を満たしている。このように、式(8)を満たすパルス電流(JP,TP)を磁気抵抗効果素子112に印加すれば、磁気抵抗効果素子112の発振の立ち上がり時間を特に短縮することができることがわかる。
このように本発明の磁気抵抗効果発振器は、磁気抵抗効果素子の発振の立ち上がりを高速で行うことができ、例えば、高速無線通信やマイクロ波アシスト磁気記録に利用することができる。