以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
(1.一実施形態に係る連続鋳造機の構成)
図1は、本発明の一実施形態に係る連続鋳造機の鋳型部分の構成を示す図である。図1を参照すると、連続鋳造機1では、取鍋から供給される溶鋼2がタンディッシュ3に貯留された後、浸漬ノズル4を介して鋳型5内に連続的に注入される。溶鋼2は、表面が凝固した状態で鋳型5の下方からピンチロール6によって引き抜かれる。その後、搬送ロール7によって搬送される過程で溶鋼2は内部まで冷却されて凝固し、これによってスラブ、ブルーム、ビレットなどの鋳片8が製造される。
既に述べた通り、鋳型5内の湯面のレベル制御は、鋳片の品質向上、および操業の安定化などの観点から重要である。そこで、連続鋳造機1には、湯面レベル計11と、スライディングノズル12と、状態推定装置13とが設けられる。湯面レベル計11は、例えば渦流式のレベル計であり、鋳型5の所定の位置における湯面レベルを測定する。なお、後述するように、本実施形態では複数の湯面レベル計11が設置される。スライディングノズル12は、浸漬ノズル4の入口または中間部に設置され、油圧サーボなどのアクチュエータが摺動板の位置を変更することによって浸漬ノズル4の開度を変更し、鋳型5への溶鋼の注入量を調節する。状態推定装置13は、湯面レベル計11の測定値に基づいて浸漬ノズル4の適切な開度を算出し、算出された開度が実現されるようにスライディングノズル12のアクチュエータを制御する。
図2は、図1に示す連続鋳造機における湯面レベル計の配置例について説明するための図である。図2には、鋳型5の幅方向断面が示されている。本実施形態では、鋳型5の幅方向両端部、つまり鋳型5の断面における両方の短辺に、2基の湯面レベル計11a,11bが設置される。本実施形態では、湯面変動を、定在波成分以外の外乱成分を含むモデルによって表現する。なお、本発明では鋳型幅方向における湯面高さ分布の変動を湯面変動と定義する。この場合、実用的な精度のモデルを構築するためには、少なくとも2基の湯面レベル計11の測定値が必要とされる。また、湯面レベル計11の設置位置は、検出対象になる波長成分の腹に近い位置であることが望ましい。後述するように、鋳型5の幅方向両端部は、各波長成分の腹になる位置であるため、湯面レベル計11の設置位置として好適である。尚、波長成分の意味は後述する。
通常、湯面レベルの制御用に、鋳型5には湯面レベル計が1基設置されている。操業上のメンテナンス性および維持コストの都合上、本実施形態で用いる為に増設する湯面レベル計の数は、できるだけ少ないことが望ましい。それゆえ、既に制御用の湯面レベル計が用いられている場合には、当該制御用湯面レベル計を本実施の形態で用いる湯面レベル計11のうちの1基とすることが望ましい。制御用に設置する湯面レベル計は、通常、浸漬ノズルを避けて、鋳型中央から離れた位置に取り付けられる。例えば、制御用の湯面レベル計は、鋳型幅の1/4の位置に取り付けられている。かかる制御用の湯面レベル計に加えて2基目の湯面レベル計を設置する場合、例えば、すべての波長成分について腹の位置である鋳型5の幅方向の一方の端部に取り付けることが望ましい。
なお、上記のような制御用の湯面レベル計が設置されていない場合や、設置されていてもこれを利用しない場合には、鋳型5の幅方向両端部に2基の湯面レベル計を新たに設置してもよい。
なお、モデルの精度をさらに上げるために、3基以上の湯面レベル計11を設置してもよい。第3の湯面レベル計11についても、検出対象の波長成分の腹に近い位置に設置されることが望ましい。上記の例のように、鋳型幅の1/4の位置などに取り付けられる制御用の湯面レベル計を利用し、新たな湯面レベル計を鋳型5の幅方向の一方の端部に新たに湯面レベル計を設置した場合、3基目の湯面レベル計は、2基目の湯面レベル計とは反対側の鋳型5の幅方向端部に取り付けることが望ましい。また、既に1基目、2基目の湯面レベル計が鋳型5の幅方向両端部に設置されている場合には、鋳型5の幅方向両端部以外で全ての波長成分の腹になる位置はないため、検出対象の波長成分を特定し、該波長成分の腹になる位置に湯面レベル計11を設置すればよい。例えば、一般に、波長の長い成分ほどよく観測されるため、鋳型5の幅Wに対して、2W、W、2W/3など、波長のより長い成分の腹に近い位置に、第3の湯面レベル計11を設置してもよい。また、第1および第2の湯面レベル計11(上記の湯面レベル計11a,11b)についても、何らかの理由で鋳型5の幅方向両端部に設置することが困難である場合には、それ以外で検出対象の波長成分の腹に近い位置に設置してもよい。
(2.湯面変動のモデル化)
続いて、上記の連続鋳造機1において状態推定装置13によって実行される湯面変動のモデル化の処理について、さらに説明する。
引き続き図2を参照して、湯面変動に含まれる波長成分について説明する。図2には、鋳型5内の湯面変動に含まれる、1次から3次までの波長成分S1〜S3の波形が示されている(説明のため、各波長成分の振幅は均等になっている)。なお、ここで、鋳型5の高さは幅に比べて十分に大きいため、湯面変動のモデル化にあたっては深水波近似を利用することができる。また、鋳型5の幅は厚みに比べて十分に大きいため、モデル化にあたっては湯面レベルの厚み方向での変動を考慮せず、幅方向での変動のみ考慮することができる。
湯面の鋳型両短辺の境界では溶鋼の水平方向速度=0が常に成り立つため、幅方向の湯面形状変動y(x,t)を波長λn=2W/n(鋳型幅W,n=1,2,・・・)の正弦波形状を図2に示すような基底関数とする線形モデルで表すことができる。なお、本発明では、鋳型の両端が波の腹となる、波長2W/n(n=1,2,・・・)の正弦波形状の基底関数fn(x)をn次の波長成分とよぶ。
n:偶数 fn(x)=cos(2πnx/2W)、
n:奇数 fn(x)=sin(2πnx/2W)
この結果、湯面変動は、鋳型5の幅方向の両端を腹とする波長成分の重ね合わせによって表現される。ここで、1次波長成分S1の波長λ1=2W、2次波長成分S2の波長λ2=W、3次波長成分S3の波長λ3=2W/3である。
上記のように波長成分を定義すると、N次までの波長成分を考慮した(n=1,2,…,N)鋳型5内の幅方向の任意の位置における湯面レベルは、以下の式1によって表現できる。なお、式1において、y(x,t)は、鋳型5の幅方向位置xにおける時刻tの湯面レベルを示す。a0(t)は湯面変動に含まれる全体上下動成分を示す。また、fn(x)は湯面変動に含まれるn次波長成分の正弦/余弦関数部分を示し、an(t)はn次波長成分の振幅を示す。
各波長成分の波長は鋳型5の幅Wから求められるため、fn(x)は任意の時刻について算出可能である。従って、n次波長成分の振幅an(t)および全体上下動成分a0(t)が求められれば、任意の時刻における湯面変動y(x,t)を求めることができる。
ここで、溶鋼を渦なし、非粘性、非圧縮の完全流体と仮定すると、表面波の基礎方程式より、定在波として発生するn次波長成分の振幅an(t)は、固有角周波数ωnで単振動するn次波長成分変動の重ね合わせとして表現できる。この場合、n次波長成分の振幅an(t)は、下記の式2の方程式を満たす。
湯面変動が全体上下動成分および定在波成分だけを含むと仮定した場合、上記の式2によってn次波長成分の振幅an(t)を算出できれば、湯面変動を説明することができる。しかしながら、湯面変動は、全体上下動成分および定在波成分だけではなく、例えば鋳型5内での溶鋼流動の影響による湯面の盛り上がりのような、定在波以外の外乱成分を含む。本実施形態では、湯面変動のモデル化にあたり、このような外乱成分を、n次波長成分の振幅に対する外乱として表現する。より具体的には、本実施形態では、n次波長成分の振幅an(t)に関する上記の式2に外乱成分dn(t)を加えた下記の式3を用いる。
上記の式3に、全体上下動成分a0(t)を追加したものを状態空間表現すると、以下の式4が得られる。この式4を、以下の説明では振幅変動モデルと呼ぶ。なお、浸漬ノズルからの溶鋼供給量と鋳片引き抜き量の不一致による全体上下動成分a0(t)は、外乱d0(t)に駆動されるものとして表現する。
上記の式4は、状態空間モデルにおけるシステム方程式とも呼ばれる。式4をシステム方程式とするモデルは、2N+1個の状態変数を有する。
さらに、上記のモデルでは、鋳型5の幅方向位置xiに設置されるi番目の湯面レベル計11(i=1,2,・・・,L)の測定値について、以下の式5が成立するものとする。なお、式5は、状態空間モデルにおける観測方程式とも呼ばれる。式5には、それぞれの湯面レベル計11における時変の測定誤差を示すwi(t)の項が含まれる。
上記の式4および式5を簡略化表記すると、以下の式6および式7のようになる。
ここで、サンプリングの時間間隔をΔtとして、上記の式6および式7を双一次変換により時間離散化すると、以下の式8および式9が得られる。
(3.カルマンフィルタによる湯面変動の状態推定)
本実施形態では、上記のようにして生成された湯面変動に関する状態空間モデルにおいて、モデル内部の状態変数を逐次的に推定する手法としてカルマンフィルタを適用する。カルマンフィルタは、対象プロセスのダイナミクスが線型の状態空間モデルに従う場合に、限られた観測点の情報からモデル内部の状態変数を逐次的に推定する手法である。本実施形態における湯面変動の状態空間モデルは線形であるため、カルマンフィルタを適用することができる。
以下、まずカルマンフィルタの一般的な手順について説明し、次いで本実施形態におけるカルマンフィルタの適用について説明する。
カルマンフィルタは、以下の式10で表されるような線形ガウス状態空間モデルを対象にする。なお、xtは状態変数ベクトル、ytは観測値ベクトル、Ftは時変のn×n行列、Gtは時変のn×1行列、Htは時変のn×m行列であり、Rnはn次元ベクトル空間を示す。
また、上記の式10において、vtはシステムノイズ、wtは観測ノイズと呼ばれる。vtおよびwtについては、以下の式11のように、多次元正規分布に従うものとする。なお、N(0,Qt)は、平均0、分散共分散行列Qtの多次元正規分布を表す。N(0,Rt)も同様に、平均0、分散共分散行列Rtの多次元正規分布を表す。以後、Qtをシステムノイズの分散共分散行列、Rtを観測ノイズの分散共分散行列とよぶ。
カルマンフィルタのアルゴリズムでは、上記のような状態空間モデルにおいて、状態変数ベクトルの推定値の初期条件x0|0および状態変数ベクトルの推定値の誤差分散共分散行列の初期値V0|0を与えた上で、予測およびフィルタリングの手順を逐次的に繰り返す。
まず、予測の手順では、以下の式12に示されるように、時刻(t−1)における状態変数ベクトルの推定値xt−1|t−1および状態変数ベクトルの推定値の誤差分散共分散行列Vt−1|t−1を用いて、時刻tにおけるそれぞれの予測値xt|t−1およびVt|t−1を算出する。
次に、フィルタリングの手順では、以下の式13に示されるように、時刻tにおける状態変数ベクトルの推定値の誤差分散共分散行列の修正値Vt|tおよびカルマンゲインKtを算出する。
さらに、上記の式13で算出されたカルマンゲインKtと、時刻tにおける観測値ベクトルytとを用いて、上記の式12で算出された時刻tにおける状態変数ベクトルの予測値xt|t−1の修正値xt|tを算出することができる。
なお、上記で説明された数式は、カルマンフィルタを利用した状態推定の具体的な手順を示す数式の一例にすぎない。カルマンフィルタは状態推定の手法として既に広く利用されており、状態推定の手順についても、結果は同じであっても上記とは異なる数式表現によるものが知られている。従って、本実施形態において状態推定装置13で実行される状態推定の手順は、必ずしも上記の数式に沿った手順でなくてもよく、公知の様々な手順を適宜採用することができる。
既に述べたように、本実施形態では、式8および式9によって表現される湯面変動の状態空間モデルに、上記のカルマンフィルタを適用する。ここで、式10に示されるカルマンフィルタの一般的な状態空間モデルの変数と式8および式9のモデルの変数とを対応付けると、以下のようになる。
xt=X(t),
Ft=AD,
Gt=BD,
vt=d(t),
yt=y(t),
Ht=HD,
wt=w(t)
以上で説明したように、本実施形態では、湯面変動に含まれる定在波とは異なる外乱成分dn(t)、および湯面レベル計11におけるノイズおよび測定誤差wi(t)を、それぞれ、カルマンフィルタにおけるシステムノイズvt、および観測ノイズwtとして扱う。これらのノイズは、それぞれ分散共分散行列QtおよびRtの多次元正規分布に従う確率的なノイズとして表現される。分散共分散行列QtおよびRtの適切な値を推定結果が測定データに合うように決定する。
カルマンフィルタにおいて、システムノイズの分散共分散行列Qtは、公知の文献(例えば、北川源四郎「時系列解析入門」、岩波書店,2005年2月など)に記載の方法により決めれば良い。また、観測ノイズの分散共分散行列Rtは測定誤差に応じて決めれば良い。
上記のようにQtおよびRtを決めることによって、湯面変動における定在波成分以外の外乱成分を含んだ状態空間モデルを得ることができる。
図3は、本発明の一実施形態における湯面変動の状態推定のアルゴリズムの構成について説明するための図である。図3では、鋳型5内で実際に発生している湯面変動のプロセス20と、モデル化された湯面変動のプロセス30とが示されている。
まず、実際のプロセス20では、外乱要因21によって、振幅変動プロセス22が発生する。ここで、外乱要因21は、鋳型5内での湯面の波立ちや溶鋼流動などを含む。振幅変動プロセス22は、湯面の波立ちによって発生する定在波や、溶鋼流動によって発生する湯面の盛り上がりなどを含む。一方、プロセス20では、浸漬ノズル4から鋳型5内に注入される溶鋼の量と、鋳型5下方からピンチロール6によって引き抜かれる溶鋼の量との不均衡(マスバランス変動)23によって、全体上下動24が発生する。振幅変動プロセス22と全体上下動24との重ね合わせによって、湯面変動25が発生する。さらに、湯面変動25に観測ノイズ26が重畳されたものが、鋳型5の幅方向位置xiに設置されたi番目(i=1,2,・・・,L)の湯面レベル計11の測定値yobs(xi,t)として観測される。
一方、モデル化されたプロセス30では、全体上下動成分a0(t)と、外乱成分dn(t)を含む振幅an(t)のn次波長成分の重ね合わせとして、湯面レベルの振幅変動プロセスが表現されている。ここで、モデル化のための初期値(t=0)として、全体上下動成分a0(0)、およびn次波長成分の振幅an(0)を与える。これらの初期値は、上記の式6で説明したX(t)の初期値、すなわちカルマンフィルタのアルゴリズムにおける状態変数ベクトルの初期条件x0|0に相当する。これらの初期値に基づいて、カルマンフィルタ31による状態推定が実行され、時刻tにおける全体上下動成分a0(t)、およびn次波長成分の振幅an(t)の推定値が算出される。なお、上述の通り、実際のプロセス20で発生する定在波以外の外乱成分、ノイズまたは測定誤差は、カルマンフィルタ31におけるシステムノイズvtおよび観測ノイズwtとして表現されている。
さらに、これらの推定値に基づいて、時刻tにおける湯面形状32が推定される。湯面形状32は、鋳型5の任意の幅方向位置xにおける時刻tの湯面レベルy(x,t)によって表現される。湯面形状32から、i番目の湯面レベル計11の設置位置xiにおける湯面レベルの推定値ysim(xi,t)を求めることができる。
ここで、上記のプロセス20において観測される測定値yobs(xi,t)と、推定値ysim(xi,t)との差分が、出力予測誤差Eである。プロセス30では、出力予測誤差Eが小さくなるようにカルマンゲイン33を更新して、カルマンフィルタ31による状態推定を再実行する。このような逐次推定のステップを繰り返すことによって、湯面形状32を高い精度で推定することが可能になる。
(4.状態推定装置の構成)
図4は、本発明の一実施形態に係る連続鋳造機に設けられる状態推定装置の構成を示すブロック図である。図4を参照すると、本実施形態において連続鋳造機1に設けられる状態推定装置13は、測定値取得部131と、演算部132と、制御部133と、記憶部134とを含む。以下、各部の機能について説明する。
測定値取得部131は、湯面レベル計11から測定値を受信する通信装置によって実現される。上記のように、本実施形態では複数の湯面レベル計11(例えば図2に示された湯面レベル計11a,11b)が設置されるため、測定値取得部131は、複数の湯面レベル計11からそれぞれ測定値を取得する。
演算部132は、CPU(Central Processing Unit)などの処理回路によって実現される。演算部132では、上記の図3においてプロセス30として説明したような、カルマンフィルタを用いた鋳型5内の湯面変動の状態推定処理が実行される。ここで、演算部132は、測定値取得部131から入力される測定値を、測定値yobs(xi,t)として利用する。また、演算部132は、状態推定処理が実行するための初期値などのパラメータを、記憶部134に格納された設定情報から読み込む。あるいは、初期値などのパラメータは、ユーザ操作によって入力されてもよい。
なお、演算部132は、湯面変動の状態推定処理の結果を利用して、ユーザに提供するための様々な情報を生成してもよい。例えば、演算部132は、推定された湯面レベルや、全体上下動成分、各波長成分の振幅、湯面形状などを、数値やグラフとして表示するための情報を生成してもよい。演算部132は、推定された湯面形状を鋳片8の幅方向表皮下欠陥分布と対応付けることによって、鋳片8の品質を向上させるための操業条件を特定するための情報を生成してもよい。このような情報は、例えば画面表示や音声出力、紙媒体への印刷などによってユーザに提供される。
制御部133は、CPUなどの処理回路と、スライディングノズル12に制御信号を送信する通信装置によって実現される。制御部133は、演算部132による湯面変動の状態推定処理の結果に含まれる全体上下動成分の推定値a0(t)に基づいて、湯面レベルが所定の制御値に近づくように、スライディングノズル12のアクチュエータに制御信号を送信する。なお、全体上下動成分の推定値a0(t)に基づくスライディングノズル12の制御には、比例積分型(PI)制御など、従来と同様の制御手法を利用することができる。ただし、本実施形態では、状態推定処理において定在波以外の外乱成分が考慮されていることによって、全体上下動成分の推定値a0(t)の精度が向上している。
なお、制御部133は、演算部132による湯面変動の状態推定処理の結果に基づいて、スライディングノズル12の制御に限らず他の様々な制御を実行してもよい。例えば、制御部133は、スライディングノズル12を用いて鋳型5への溶鋼注入量を制御するのとともに、またはこれに代えて、ピンチロール6による鋳片引き抜き速度を制御してもよい。
また、例えば、制御部133は、状態推定処理の結果に基づいて、電磁ブレーキや電磁撹拌などの溶鋼流動制御手段の制御を実行してもよい。これによって、溶鋼流動によって発生する湯面レベルの変動を抑制することができる。
記憶部134は、各種のROM(Read Only Memory)またはRAM(Random Access Memory)によって実現される。記憶部134には、例えば、演算部132による状態推定処理に使用される各種のパラメータや、状態推定処理の途中経過など、各種のデータが格納される。また、記憶部134には、状態推定処理によって推定された湯面レベルや、全体上下動成分、各波長成分の振幅、湯面形状などの計算結果が、一時的に、または永続的に格納されてもよい。上記の通り、これらの計算結果は、制御部133による制御に利用される他、情報としてユーザに提供されてもよい。
以上、本実施形態に係る状態推定装置13の機能の一例について説明した。上記の各構成要素は、汎用的な部材や回路を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアによって構成されていてもよい。また、複数の構成要素の機能を、CPUが一括して実現してもよい。なお、状態推定装置13を実現するための構成は、実施する時々の技術レベルに応じて適宜変更されうる。
また、上述のような本実施形態に係る状態推定装置13の各機能を実現するためのコンピュータプログラムを作製し、パーソナルコンピュータなどに実装することが可能である。また、このようなコンピュータプログラムが格納された、コンピュータで読み取り可能な記録媒体も提供することが可能である。記録媒体は、例えば、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、フラッシュメモリなどでありうる。また、上記のコンピュータプログラムは、記録媒体を用いずに、例えばネットワークを介して配信されてもよい。
(3.ハードウェア構成について)
図5は、本発明の一実施形態に係る状態推定装置のハードウェア構成を説明するためのブロック図である。図5の例において、状態推定装置13は、CPU901と、ROM903と、RAM905と、を備える。状態推定装置13は、さらに、バス907と、入力装置909と、出力装置911と、ストレージ装置913と、ドライブ915と、接続ポート917と、通信装置919とを備える。
CPU901は、演算処理装置および制御装置として機能し、ROM903、RAM905、ストレージ装置913、またはリムーバブル記録媒体921に記録された各種プログラムに従って、状態推定装置13内の動作全般またはその一部を制御する。ROM903は、CPU901が使用するプログラムや演算パラメータなどを記憶する。RAM905は、CPU901が使用するプログラムや、プログラムの実行において適宜変化するパラメータなどを一次記憶する。これらはCPUバスなどの内部バスによって構成されるバス907によって相互に接続されている。
バス907は、ブリッジを介して、PCI(Peripheral Component Interconnect/Interface)バスなどの外部バスに接続されている。
入力装置909は、例えば、マウス、キーボード、タッチパネル、ボタン、スイッチおよびレバーなどユーザが操作する操作手段である。また、入力装置909は、例えば、赤外線や電波などを利用したリモートコントローラであってもよいし、状態推定装置13の操作機能を有するタブレット端末などの外部接続機器923であってもよい。さらに、入力装置909は、例えば、上記の操作手段を用いてユーザによって入力された情報に基づいて入力信号を生成し、CPU901に出力する入力制御回路などから構成されている。状態推定装置13のユーザは、この入力装置909を操作することによって、状態推定装置13に対して各種のデータを入力したり処理動作を指示したりすることができる。
出力装置911は、取得した情報をユーザに対して視覚的または聴覚的に通知することが可能な装置で構成される。このような装置として、液晶やCRTなどを用いたディスプレイ、ランプなどのインジケータ、スピーカもしくはヘッドホンなどの音声出力装置、またはプリンタ装置などがある。出力装置911は、例えば、状態推定装置13が行った各種処理によって得られた結果を出力する。例えば、ディスプレイは、状態推定装置13が行った各種処理によって得られた結果を、テキストまたはイメージとして画面表示する。また、例えば、音声出力装置は、状態推定装置13が行った各種処理によって得られた結果を、アラームまたはダイアログとして音声出力する。
ストレージ装置913は、状態推定装置13の記憶部の一例として構成されたデータ格納用の装置である。ストレージ装置913は、例えば、HDD(Hard Disk Drive)などの磁気記憶部デバイス、半導体記憶デバイス、光記憶デバイス、または光磁気記憶デバイスなどによって構成される。このストレージ装置913は、CPU901が実行するプログラムや各種データ、および外部から取得した各種のデータなどを格納する。
ドライブ915は、記録媒体用リーダライタであり、状態推定装置13に内蔵、あるいは外付けされる。ドライブ915は、装着されている磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、または半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体921に記録されている情報を読み出して、RAM905に出力する。また、ドライブ915は、装着されている磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、または半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体921に記録を書き込むことも可能である。
接続ポート917は、機器を状態推定装置13に直接接続するためのポートである。接続ポート917の一例として、USB(Universal Serial Bus)ポート、IEEE1394ポート、SCSI(Small Computer System Interface)ポート、RS−232Cポートなどがある。この接続ポート917に外部接続機器923を接続することで、状態推定装置13は、外部接続機器923から直接各種のデータを取得したり、外部接続機器923に各種のデータを提供したりする。
通信装置919は、例えば、通信網925に接続するための通信デバイスなどで構成された通信インターフェースである。通信装置919は、例えば、LAN(Local Area Network)用の通信カードを含みうる。また、通信装置919は、各種有線通信用のルータまたはモデムなどを含んでもよい。この通信装置919は、例えば、インターネットや他の通信機器との間で、例えばTCP/IPなどの所定のプロトコルに則して信号などを送受信することができる。また、通信装置919に接続される通信網925は、有線または無線によって接続されたネットワークなどによって構成され、例えば、インターネットやLANなどを含みうる。
以上、本発明の実施形態に係る状態推定装置13の機能を実現可能なハードウェア構成の一例を示した。上記の各構成要素は、汎用的な部材を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアによって構成されていてもよい。従って、本実施形態を実施する時々の技術レベルに応じて、適宜、利用するハードウェア構成を変更することが可能である。
本発明の第1の実施例について説明する。溶鋼流動の水モデル実験(実験条件:鋳造速度1.6m/min、鋳型幅1630mm)を実施し、本発明の有効性を確認した。画像解析により、幅方向任意位置での水面変動時系列を算出した。
なお、水モデル実験とは、透明なアクリル樹脂板を用いて実寸大の鋳型の模型を作成し、溶鋼の代わりに水を満たすことで、溶鋼湯面の変動を模擬する実験である。水は溶鋼と流体力学的特性が近いため、鋳型に満たす液体として水が用いられることが多い。
水モデル実験時の水面高さ変動データから、波長成分分解カルマンフィルタにより水面形状の時間変動を計算し比較した。実験データ解析では、水面のビデオカメラによる撮像画像の解析結果から測定した水面レベル値(以降、測定値と呼ぶ)のうちの、湯面レベル計設置位置に対応する位置の測定値を、仮想的に水面高さの測定値として、3点、および2点測定したとものとした。測定位置は、鋳型中心を原点とする座標系でx=−0.80[m](鋳型5の幅方向端部に対応)、−0.26[m](制御用湯面レベル計取り付け位置に対応)、0.80[m](鋳型5の幅方向のもう一方の端部に対応)位置とした。2点測定したものとした場合は、x=−0.26[m]、0.80[m]位置の測定値を用いた。
図6A〜図6Fに、画像解析により検出した水面形状、制御用レベル計位置の水面高さ測定値、2点の測定値を用いて計算した水面形状、3点の測定値を用いて計算した水面形状の4種類の線をそれぞれプロットする(1秒間隔で6枚表示している)。
これらの結果により、2点の測定値からも湯面形状変動の長波長成分は検出可能であることが分かる。さらに3点目の測定値も使って計算した湯面形状は、より短い波長の成分についても推定精度が向上していることがわかる。
次に、前記画像解析により検出した水面形状と本発明により計算した水面形状推定結果の誤差errorを定量的に評価した。誤差を式15のように定義する。
ここで、Tは時間方向のサンプリング点数、Δtはサンプリング間隔を表し、Mは撮影画像中幅方向の総画素数を表す。また、yimage(m,kΔt)は画像解析で検出した水面のサンプリング時刻t=kΔtにおける、幅方向m画素目位置における水面高さ、yestimate(m,kΔt)は本発明により推定した水面形状のサンプリング時刻t=kΔtにおける、幅方向m画素目位置における水面高さを、それぞれ表す。
さらに、前記水モデル実験時150秒間のデータを用いて、測定点数を1点、2点、3点とした3つのケースについてσを算出した。なお、測定点数が1点の場合には、制御用レベル計取り付け位置の水面高さを水面全体の高さとみなすものとした。
上記の150秒間のデータを用いて、式15で定義された誤差errorを計算した結果を図7に示す。測定点数を1点、2点、3点と増やすにつれ、誤差errorの平均値がそれぞれ2.20mm、1.40mm、1.25mmと減少することを確かめた。
次に、本発明の第2の実施例について説明する。本実施例では、上記で図1を参照して説明した連続鋳造機1を用いて溶鋼の鋳造を実施するに際し、状態推定装置13が、湯面レベル計11の測定値に基づいて湯面変動の状態推定処理を実行した。状態推定処理の結果は、それぞれの湯面レベル計11の設置位置における時刻tの湯面レベルの推定値ysim(xi,t)として出力された。この推定値と、それぞれの湯面レベル計11によって提供される時刻tの湯面レベルの測定値yobs(xi,t)とを、時系列で比較した。
図8は、本発明の第2の実施例における湯面レベル計の配置を示す図である。図8には、上記の図2と同様に、鋳型5の幅方向断面が示されている。なお、本実施例において、鋳型5の幅Wは1425mmである。また、鋳型5からピンチロール6が鋳片(表面が凝固した溶鋼)を引き抜く引き抜き速度Vcは、1.9m/minである。
図示されているように、本実施例では、鋳型5の幅方向両端部に設置される湯面レベル計11a,11bに加えて、湯面レベル計11cが設置される。湯面レベル計11cは、鋳型5の幅方向中心Cから260mmの位置に設置されている。この位置は、鋳型5内で発生する1次波長成分および2次波長成分の腹に近い位置である。それぞれの湯面レベル計11におけるサンプリング間隔は、0.1secとした。
上記で図3を参照して説明したように、状態推定装置13における湯面変動の状態推定処理にあたっては、モデル化のための初期値(t=0)として、全体上下動成分a0(0)と、n次波長成分の振幅an(0)とが必要である。
本実施例では、初期値として、全体上下動成分a0(0)およびn次波長成分の振幅an(0)にそれぞれ0を設定した。なお、過去の状態推定処理において、類似した操業条件で算出されたa0(t)やan(t)の値が記憶部134に記憶されているような場合には、それらの値に基づいてa0(0)およびan(0)が設定されてもよい。また、状態変数ベクトルの推定値の分散共分散行列の初期値V0|0については、I(単位行列)を初期値として設定した。状態変数ベクトルの推定値の誤差分散共分散行列の初期値V0|0としては、γI(γ=0〜1000)を設定するのが適切であることが知られている。
図9A〜図9Cは、本発明の第2の実施例における、湯面レベルの測定値と推定値との時系列変化を示すグラフである。図9Aは湯面レベル計11aの設置位置での測定値および推定値を、図9Bは湯面レベル計11bの設置位置での測定値および推定値を、図9Cは湯面レベル計11cの設置位置での測定値および推定値を、それぞれ示す。なお、各グラフにおける時刻t=0は、状態推定処理の開始後、出力値が収束した時点に対応する。収束前の状態についてはグラフに示していないが、収束までに要した状態推定処理のステップは数ステップ程度であった。図示されているように、湯面レベル計11a〜11cのそれぞれの設置位置において、湯面レベルの測定値と推定値とは概ね整合していることから、本実施例では、状態空間モデルおよびカルマンフィルタを用いた状態推定処理によって、鋳型5内の湯面変動を正確に推定できていることがわかる。
図10Aは、本実施例に係る状態推定処理における、湯面変動の全体上下動成分の推定値を示すグラフである。同様に、図10Bは1次波長成分振幅a1(t)の推定値を示し、図10Cは2次波長成分振幅a2(t)の推定値を示す。これらの図を参照すると、本実施例における湯面変動では、全体上下動成分が支配的であることがわかる。1次波長成分振幅および2次波長成分振幅は、いずれも低周波成分をほとんど含まず、固有振動数で振動する定在波振動を表している。つまり、本実施例における鋳型5内での湯面変動は、そのほとんどが全体上下動成分および定在波成分であることが、状態推定処理の結果によって示されている。
次に、本発明の第3の実施例について説明する。本実施例でも、上記の第2の実施例と同様に、連続鋳造機1を用いて溶鋼の鋳造を実施するに際し、状態推定装置13が湯面変動の状態推定処理を実行した。第2の実施例との相違点として、本実施例では、鋳型5の幅Wが1625mmであり、引き抜き速度Vcは1.7m/minである。本実施例でも3基の湯面レベル計11a〜11cが設置され、湯面レベル計11cは第2の実施例と同じく、鋳型5の幅方向中心Cから260mmの位置に設置されている。
図11A〜図11Cは、本発明の第3の実施例における、湯面レベルの測定値と推定値との時系列変化を示すグラフである。図11Aは湯面レベル計11aの設置位置での測定値および推定値を、図11Bは湯面レベル計11bの設置位置での測定値および推定値を、図11Cは湯面レベル計11cの設置位置での測定値および推定値を、それぞれ示す。なお、本実施例では、状態推定処理の開始後、出力値が収束するまで(各グラフに示されたt=0よりも前の段階)に要した状態推定処理のステップは数十ステップ程度であった。図示されているように、湯面レベル計11a〜11cのそれぞれの設置位置において、湯面レベルの測定値と推定値とは概ね整合していることから、本実施例でも、状態空間モデルおよびカルマンフィルタを用いた状態推定処理によって、鋳型5内の湯面変動を正確に推定できていることがわかる。
図12Aは、本実施例に係る状態推定処理における、湯面変動の全体上下動成分の推定値を示すグラフである。同様に、図12Bは1次波長成分振幅a1(t)の推定値を示し、図12Cは2次波長成分振幅a2(t)の推定値を示す。図12Cを参照すると、2次波長成分振幅において、固有振動数とは異なる低周波成分が含まれていることがわかる。
ここで、改めて図11A〜図11Cを参照すると、2次波長成分振幅に低周波成分が発生している区間では、図11Cに示す湯面レベル計11c(鋳型5の長辺に設置される)の測定値において、図11Aおよび図11Bに示す湯面レベル計11a,11b(鋳型5の短辺に設置される)の測定値に比べて位相遅れが発生している。これらの結果から、本実施例では、2次波長成分振幅に含まれる低周波成分によって、湯面レベル計11cの測定値に位相遅れが発生しているものと推定される。
そこで、本実施例では、さらに、全体上下動成分と各波長成分の振幅とを上記の式5に代入することによって、特定の時刻における湯面形状を出力した。出力された湯面形状を、図13A〜図13Dのグラフに示す。なお、これらのグラフにおける位置は、鋳型5の幅方向中心からの距離によって示されている。
図13A〜図13Dのグラフを参照すると、全体上下動成分(図12Aに示された)による平均湯面位置の変動に、波長Wの湯面変動が、10sec程度の周期で発生していることがわかる。波長Wの湯面変動は、上記の2次波長成分に対応する。さらに、この周期は、図12Cに示された2次波長成分振幅の低周波成分の周期と符合する。なお、10sec程度の周期は、定在波として発生する2次波長成分の周期よりも長い。
つまり、本実施例における鋳型5内での湯面変動は、2次波長成分振幅の低周波成分に対応する外乱成分を含み、この外乱成分によって、鋳型5の長辺に設置された湯面レベル計11cの測定値に位相遅れが発生している。なお、このような2次波長成分振幅の低周波成分は、鋳型5内での溶鋼流動によって発生するものと推定されている。
このように、本実施例では、湯面変動に定在波成分以外の外乱成分が含まれる場合であっても、そのような外乱成分が適切に表現された状態推定処理によって湯面変動の状態を正確に推定することができ、また状態推定処理の結果として外乱成分を除いた全体上下動成分が提供されるために、適切な溶鋼注入量の制御を実現することができる。
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。