以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。本実施形態では、車両に搭載された動力伝達装置に本発明を適用した場合について説明する。
−動力伝達装置の概略構成−
図1は、本実施形態に係る動力伝達装置1の概略構成を説明するための骨子図である。動力伝達装置1は、走行用の駆動力源であるエンジン2からのトルク(動力)を駆動輪7L,7Rに向けて伝達するものである。この動力伝達装置1は、トルクコンバータ3、前後進切換装置4、ベルト式無段変速機5(以下、単に無段変速機5という)、ギヤ機構6、出力ギヤ81が設けられた出力軸8、デファレンシャル装置9等を備えている。
この動力伝達装置1は、ギヤの噛み合いにより動力伝達を行う第1の動力伝達経路と、無段変速機5により動力伝達を行う第2の動力伝達経路とが並列に設けられている。具体的に、第1の動力伝達経路では、エンジン2から出力されたトルクがトルクコンバータ3を経由してタービン軸31に入力され、このトルクがタービン軸31から前後進切換装置4およびギヤ機構6を経由して出力軸8に伝達される。一方、第2の動力伝達経路では、前記タービン軸31に入力されたトルクが無段変速機5を経由して出力軸8に伝達される。そして、車両の走行状態に応じて、動力伝達経路を第1の動力伝達経路と第2の動力伝達経路との間で切り替えるようになっている(この動力伝達経路切り替えのための構成については後述する)。
エンジン2は、例えばガソリンエンジンやディーゼルエンジン等の内燃機関によって構成されている。トルクコンバータ3は、エンジン2のクランク軸に連結されたポンプ翼車32、および、タービン軸31を介して前後進切換装置4に連結されたタービン翼車33を備えている。また、ポンプ翼車32およびタービン翼車33の間にはロックアップクラッチ34が設けられている。このロックアップクラッチ34が完全係合することによってポンプ翼車32とタービン翼車33とが一体回転する。また、トルクコンバータ3のポンプ翼車32には、機械式のオイルポンプPが連結されている。このポンプ翼車32の回転に伴うオイルポンプPの作動により発生した油圧が油圧制御回路12(図3を参照)に元圧として供給され、この油圧を利用して、後述する各種クラッチ等の係合および解放が切り換えられるようになっている。
前後進切換装置4は、前進用クラッチC1、後進用ブレーキB1、ダブルピニオン型の遊星歯車装置41を備えている。遊星歯車装置41のキャリヤ42がタービン軸31および無段変速機5の入力軸51に一体的に連結され、リングギヤ43が後進用ブレーキB1を介してハウジング11に選択的に連結され、サンギヤ44が小径ギヤ61に連結されている。また、サンギヤ44とキャリヤ42とは、前進用クラッチC1を介して選択的に連結される。前進用クラッチC1および後進用ブレーキB1は、何れも油圧アクチュエータによって摩擦係合させられる油圧式摩擦係合要素である。
ギヤ機構6は、前記小径ギヤ61と、この小径ギヤ61に噛み合い且つ第1カウンタ軸62に相対回転不能に設けられた大径ギヤ63とを備えている。第1カウンタ軸62と同じ回転軸心まわりには、アイドラギヤ64が第1カウンタ軸62に対して相対回転可能に設けられている。また、第1カウンタ軸62とアイドラギヤ64との間には、これらを選択的に断接する噛合クラッチD1が設けられている。この噛合クラッチD1は、第1カウンタ軸62に形成されている第1ギヤ65と、アイドラギヤ64に形成されている第2ギヤ66と、これら第1ギヤ65および第2ギヤ66と噛合可能なスプライン歯が形成されたハブスリーブ67とを備えている。ハブスリーブ67がこれら第1ギヤ65および第2ギヤ66と嵌合することで、第1カウンタ軸62とアイドラギヤ64とが接続される。また、噛合クラッチD1は、ハブスリーブ67が第2ギヤ66と嵌合する際に回転を同期させるシンクロメッシュ機構S1を備えている。
このシンクロメッシュ機構S1は、キー67aおよびシンクロナイザリング67bを備え、ハブスリーブ67の移動(第2ギヤ66に向かう側への移動)に伴ってキー67aをシンクロナイザリング67bに向けて移動させ、このキー67aをシンクロナイザリング67bに接触させることで、これらを同期回転させる。この状態で、ハブスリーブ67の内周面に設けられたスプライン歯を、シンクロナイザリング67bの外周面に設けられたスプライン歯および第2ギヤ66の外周面に設けられたスプライン歯にそれぞれ噛み合わせていき、これにより噛合クラッチD1による動力伝達を可能にする。この噛合クラッチD1の係合(ハブスリーブ67が第1ギヤ65および第2ギヤ66それぞれに嵌合)と解放(ハブスリーブ67が第2ギヤ66に非嵌合)とは、油圧制御回路12(図3を参照)に備えられた図示しないSLGソレノイドバルブによって調整される油圧によって切り替えられる。このSLGソレノイドバルブによって調整される油圧により噛合クラッチD1を切り替えるための油圧回路としては一般的な油圧回路が採用されているためここでの説明は省略する。
アイドラギヤ64は、そのアイドラギヤ64よりも大径の入力ギヤ68と噛み合わされている。この入力ギヤ68は、無段変速機5のセカンダリプーリ53の回転軸心と共通の回転軸心上に配置されている前記出力軸8に対して相対回転不能に設けられている。出力軸8は、前記回転軸心まわりに回転可能に配置されており、前記入力ギヤ68および出力ギヤ81が相対回転不能に設けられている。前記前進用クラッチC1および噛合クラッチD1が共に係合され、且つ後述するベルト走行用クラッチC2が解放されることで、エンジン2のトルクが、タービン軸31、前後進切換装置4およびギヤ機構6を経由して出力軸8に伝達される前記第1の動力伝達経路が形成される。このため、前記噛合クラッチD1が本発明でいう「第1の動力伝達経路によって動力を伝達する際に係合するシンクロメッシュ機構付きの第1クラッチ」に相当する。
無段変速機5は、タービン軸31に連結された入力軸51と出力軸8との間の動力伝達経路上に設けられ、入力軸51に設けられた入力側部材であるプライマリプーリ52と、出力側部材であるセカンダリプーリ53と、その一対のプーリ52,53の間に巻き掛けられた伝動ベルト54とを備えており、一対のプーリ52,53と伝動ベルト54との間の摩擦力を介して動力伝達が行われる。
プライマリプーリ52は、入力軸51に固定された固定シーブ52aと、入力軸51に対して軸まわりの相対回転が不能かつ軸方向の移動が可能に設けられた可動シーブ52bと、それらの間のV溝幅を変更するために可動シーブ52bを移動させる推力を発生させるプライマリ側油圧アクチュエータ52cとを備えている。また、セカンダリプーリ53は、固定シーブ53aと、この固定シーブ53aに対して軸まわりの相対回転が不能かつ軸方向の移動が可能に設けられた可動シーブ53bと、それらの間のV溝幅を変更するために可動シーブ53bを移動させる推力を発生させるセカンダリ側油圧アクチュエータ53cとを備えて構成されている。
前記一対のプーリ52,53のV溝幅が変化して伝動ベルト54の掛かり径(有効径)が変更されることで、実変速比γ(=入力軸回転速度Nin/出力軸回転速度Nout)が連続的に変更可能となっている。
また、無段変速機5と出力軸8との間には、これらの間を選択的に断接するベルト走行用クラッチC2が設けられている。このベルト走行用クラッチC2は油圧アクチュエータによって摩擦係合させられる油圧式摩擦係合要素である。このベルト走行用クラッチC2が係合され、且つ前進用クラッチC1が解放されることで、エンジン2のトルクが、入力軸51および無段変速機5を経由して出力軸8に伝達される前記第2の動力伝達経路が形成される。このため、前記ベルト走行用クラッチC2が本発明でいう「第2の動力伝達経路によって動力を伝達する際に係合する第2クラッチ」に相当する。
出力ギヤ81は、第2カウンタ軸91に固定されている大径ギヤ92と噛み合わされている。第2カウンタ軸91には、デファレンシャル装置9のデフリングギヤ93と噛み合う小径ギヤ94が設けられている。デファレンシャル装置9は、周知の差動機構によって構成されている。
−動力伝達装置の作動−
次に、前記のように構成された動力伝達装置1の作動について、図2に示す各走行パターン毎の係合要素の係合表を用いて説明する。図2において、C1が前進用クラッチC1の作動状態に対応し、C2がベルト走行用クラッチC2の作動状態に対応し、B1が後進用ブレーキB1の作動状態に対応し、D1が噛合クラッチD1の作動状態に対応している。また、「○」が係合(接続)を示し、「×」が解放(遮断)を示している。
先ず、ギヤ機構6を経由してエンジン2のトルクが出力軸8に伝達される走行パターン、すなわち第1の動力伝達経路によってトルクが伝達される走行パターンについて説明する。この走行パターンが図2のギヤ走行に対応し、図2に示すように、前進用クラッチC1および噛合クラッチD1が係合される一方、ベルト走行用クラッチC2および後進用ブレーキB1が解放される。
前進用クラッチC1が係合されることで、前後進切換装置4を構成する遊星歯車装置41が一体回転するので、小径ギヤ61がタービン軸31と同回転速度で回転する。また、噛合クラッチD1が係合されることで、第1カウンタ軸62とアイドラギヤ64とが接続されて一体的に回転する。従って、前進用クラッチC1および噛合クラッチD1が係合されることで、第1の動力伝達経路が成立し、エンジン2のトルクが、トルクコンバータ3、タービン軸31、前後進切換装置4、ギヤ機構6、アイドラギヤ64および入力ギヤ68を経由して出力軸8および出力ギヤ81に伝達される。さらに、出力ギヤ81に伝達されたトルクは、大径ギヤ92、小径ギヤ94、およびデファレンシャル装置9を経由して左右の駆動輪7L,7Rに伝達される。
次いで、無段変速機5を経由してエンジン2のトルクが出力軸8に伝達される走行パターン、すなわち第2の動力伝達経路によってトルクが伝達される走行パターンについて説明する。この走行パターンが図2のベルト走行(高車速)に対応し、図2のベルト走行に示すように、ベルト走行用クラッチC2が係合される一方、前進用クラッチC1、後進用ブレーキB1および噛合クラッチD1が解放される。
ベルト走行用クラッチC2が係合されることで、セカンダリプーリ53と出力軸8とが接続するので、セカンダリプーリ53と出力軸8および出力ギヤ81とが一体回転する。従って、ベルト走行用クラッチC2が接続されると、前記第2の動力伝達経路が成立し、エンジン2のトルクが、トルクコンバータ3、タービン軸31、入力軸51および無段変速機5を経由して出力軸8および出力ギヤ81に伝達される。さらに、出力ギヤ81に伝達されたトルクは、大径ギヤ92、小径ギヤ94、およびデファレンシャル装置9を経由して左右の駆動輪7L,7Rに伝達される。ここで、このベルト走行中に噛合クラッチD1が解放されるのは、ベルト走行中におけるギヤ機構6等の引き摺りをなくすとともに、高車速時においてギヤ機構6等が高回転化するのを防止するためである。
前記ギヤ走行は、低車速領域において選択される。第1の動力伝達経路によって動力伝達が行われている際のギヤ比(タービン軸31の回転速度Nin/出力軸8の回転速度Nout)は、無段変速機5の最大変速比γmaxよりも大きな値に設定されている。すなわち、この第1の動力伝達経路でのギヤ比は、無段変速機5では成立しない値に設定されている。そして、例えば車速Vが上昇するなどしてベルト走行の実行条件が成立すると、前記ベルト走行に切り替えられる。ここで、ギヤ走行からベルト走行(高車速)へ切り替える際、および、ベルト走行(高車速)からギヤ走行へ切り替える際には、図2のベルト走行(中車速)を過渡的に経由して切り替えられる。
例えばギヤ走行からベルト走行(高車速)に切り替えられる場合、ギヤ走行に対応する前進用クラッチC1および噛合クラッチD1が係合した状態から、ベルト走行用クラッチC2および噛合クラッチD1が係合した状態に過渡的に切り替えられる。すなわち、前進用クラッチC1およびベルト走行用クラッチC2の掛け換え(有段変速)が開始される。このとき、動力伝達経路が第1の動力伝達経路から第2の動力伝達経路に切り替えられ、動力伝達装置1においては実質的にアップシフトされる。そして、動力伝達経路が切り替えられた後、不要な引き摺りやギヤ機構6等の高回転化を防止するために噛合クラッチD1が解放される。
また、ベルト走行(高車速)からギヤ走行に切り替えられる場合、ベルト走行用クラッチC2が係合された状態から、ギヤ走行への切り替え準備として噛合クラッチD1が係合される状態に過渡的に切り替えられる(ダウンシフト準備)。このとき、ギヤ機構6を経由して遊星歯車装置41のサンギヤ44にも回転が伝達された状態となり、この状態から前進用クラッチC1およびベルト走行用クラッチC2の掛け換え(前進用クラッチC1の係合、ベルト走行用クラッチC2の解放)が実行されることで、動力伝達経路が第2の動力伝達経路から第1の動力伝達経路に切り替えられる。このとき、動力伝達装置1にあっては実質的にダウンシフトされる。
−制御系−
図3は、動力伝達装置1およびエンジン2の制御系を示すブロック図である。ECU100は、例えばCPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されている。このECU100は、エンジン2の出力制御、無段変速機5の変速制御やベルト挟圧力制御、動力伝達装置1の動力伝達経路を切り替える制御等を実行するようになっている。また、後述するように、ECU100は、イグニッションスイッチ118のOFF操作とON操作とが短時間のうちに行われた際における噛合クラッチD1の切り替え制御も実行する。
ECU100には、エンジン回転速度センサ110により検出されたクランク軸の回転角度(位置)Acrおよびエンジン2の回転速度(エンジン回転速度)Neを表す信号、タービン回転速度センサ111により検出されたタービン軸31の回転速度(タービン回転速度)Ntを表す信号、入力軸回転速度センサ112により検出された無段変速機5の入力軸51の回転速度である入力軸回転速度Ninを表す信号、出力軸回転速度センサ113により検出された車速Vに対応する出力軸8の回転速度である出力軸回転速度Noutを表す信号、スロットルセンサ114により検出された電子スロットル弁のスロットル開度θthを表す信号、アクセル開度センサ115により検出された運転者の加速要求量としてのアクセルペダルの操作量であるアクセル開度Accを表す信号、フットブレーキスイッチ116により検出された常用ブレーキであるフットブレーキが操作された状態を示すブレーキオンBonを表す信号、レバーポジションセンサ117により検出されたシフトレバーのレバーポジション(操作位置)Pshを表す信号、運転者が操作するイグニッションスイッチ118からのON/OFF信号、ストロークセンサ119により検出された前記ハブスリーブ67のストローク位置SPhを表す信号等が、それぞれ供給される。
前記イグニッションスイッチ118は、例えばプッシュ式スイッチで成り、運転者による押し込み操作が行われる度に、ECU100に対してON信号とOFF信号とを交互に出力するようになっている。
前記ストロークセンサ119は、リニアエンコーダ等で構成され、ハブスリーブ67のストローク位置として、噛合クラッチD1を解放させる位置(ハブスリーブ67が第2ギヤ66に嵌合しない位置)と、係合させる位置(ハブスリーブ67が第2ギヤ66に嵌合する位置)との間での位置を検出するものであって、このハブスリーブ67のストローク位置に応じた信号をECU100に出力するようになっている。
また、ECU100は、例えば出力軸回転速度Noutと入力軸回転速度Ninとに基づいて動力伝達装置1で成立している実変速比γ(=Nin/Nout)を逐次算出する。
また、ECU100からは、エンジン2の出力制御のためのエンジン出力制御指令信号Se、無段変速機5の変速に関する油圧制御のための油圧制御指令信号Scvt、動力伝達装置1の動力伝達経路の切り替えに関連する前後進切換装置4(前進用クラッチC1、後進用ブレーキB1)、ベルト走行用クラッチC2および噛合クラッチD1への油圧制御指令信号Sswt等が、それぞれ出力される。
具体的には、前記エンジン出力制御指令信号Seとして、エンジン2のスロットルバルブの開閉を制御するためのスロットル信号や、インジェクタから噴射される燃料の量を制御するための噴射信号や、点火プラグの点火時期を制御するための点火時期信号などが出力される。
また、前記油圧制御指令信号Scvtとして、プライマリ側油圧アクチュエータ52cに供給されるプライマリ油圧を調圧する図示しないSLPソレノイドバルブを駆動するための指令信号、セカンダリ側油圧アクチュエータ53cに供給されるセカンダリ油圧を調圧する図示しないSLSソレノイドバルブを駆動するための指令信号などが油圧制御回路12へ出力される。
前記プライマリ油圧は、無段変速機5の変速比を調整するための油圧である。また、セカンダリ油圧は、ベルト挟圧を調整するための油圧である。つまり、無段変速機5の変速比制御は、アクセル開度Acc、車速V、ブレーキ信号Bonなどに基づいて算出される目標変速比となるように無段変速機5の変速比γが制御される。この際、無段変速機5のベルト滑りが発生しないようにしつつエンジン2の動作点が最適燃費線上となる無段変速機5の目標変速比を達成するように、プライマリ油圧およびセカンダリ油圧が調圧される。ECU100からは、目標プライマリ油圧を達成するためのプライマリ指示油圧の指令信号、および、目標セカンダリ油圧を達成するためのセカンダリ指示油圧の指令信号が油圧制御回路12へ出力される。そして、プライマリ指示油圧の指令信号に従ってSLPソレノイドバルブが作動し、セカンダリ指示油圧の指令信号に従ってSLSソレノイドバルブが作動する。
また、前記油圧制御指令信号Sswtとして、前進用クラッチC1、後進用ブレーキB1、ベルト走行用クラッチC2、噛合クラッチD1およびシンクロメッシュ機構S1それぞれの油圧アクチュエータに供給される油圧を制御する各リニアソレノイドバルブを駆動するための指令信号などが油圧制御回路12へ出力される。
−噛合クラッチの切り替え制御−
次に、本実施形態の特徴である噛合クラッチD1の切り替え制御について説明する。この切り替え制御は、イグニッションスイッチ118のOFF操作とON操作とが短時間のうちに行われた際の噛合クラッチD1の切り替え制御である。
本実施形態に係る動力伝達装置1は、前記ギヤ走行での走行状態から車両が停車し、イグニッションスイッチ118のOFF操作によってエンジン2を停止させる際に、噛合クラッチD1を解放させるようにしている。つまり、前記SLGソレノイドバルブによって調整される油圧(噛合クラッチ油圧)を低下させることにより、ハブスリーブ67と第2ギヤ66との噛み合いを解除するようにハブスリーブ67を移動させる。これは、例えば次回のエンジン始動時における車両の飛び出しの防止等を目的とするものである。
しかしながら、イグニッションスイッチ118のOFF操作を行ってから噛合クラッチD1の解放が完了するまでには時間を要する。このため、これまでは、イグニッションスイッチ118のOFF操作を行ってから噛合クラッチD1の解放が完了するまでの間にイグニッションスイッチ118のON操作が行われた場合、この噛合クラッチD1の解放が完了する前に噛合クラッチD1が係合側に作動することがあった。特に、エンジン2の運転時間が短く、作動油温(トランスミッションオイルの温度)が低い状況では、油圧機器の応答性が低くなっているため、噛合クラッチD1の解放が完了するまでの時間が長くなってしまい、前述した状況を招きやすいものであった。
前述したように、シンクロメッシュ機構S1は、ハブスリーブ67の移動に伴ってキー67aがシンクロナイザリング67bに向けて移動され、これらを接触させることで同期回転を行うようになっている。しかしながら、前記噛合クラッチD1の解放動作中にあっては、ハブスリーブ67を係合側に移動させても(前記イグニッションスイッチ118のON操作に伴ってハブスリーブ67を係合側に移動させても)、キー67aがそれに追従しない状況を招くことがある。例えば、噛合クラッチD1の解放動作中には、ハブスリーブ67の内周面に形成されているキー溝からキー67aが外れているため、ハブスリーブ67を係合側に移動させてもキー67aが追従せず、前記同期回転が不能になって、噛合クラッチD1の係合時に異音が発生したり、係合不良を招いたりする虞があった。
本実施形態はこの点に鑑み、噛合クラッチD1の解放が完了する前にイグニッションスイッチ118のON操作(エンジン2の始動要求)が生じた場合であっても、シンクロメッシュ機構S1の作動不良を生じさせることのない噛合クラッチD1の切り替え制御を行うようにしている。
具体的には、先ず、噛合クラッチD1が係合している状態で、イグニッションスイッチ118のOFF操作(エンジン2の運転中におけるイグニッションスイッチ118の押し込み操作)により、イグニッションスイッチ118からOFF信号が出力されてエンジン2の停止要求が生じた際、噛合クラッチD1の解放動作を開始させる。また、この噛合クラッチD1の解放動作によって噛合クラッチD1の解放が完了したか否かを検知しておく。そして、この噛合クラッチD1の解放動作中(噛合クラッチD1の解放が完了する前)に、イグニッションスイッチ118のON操作(イグニッションスイッチ118の再度の押し込み操作)により、イグニッションスイッチ118からON信号が出力されてエンジン2の始動要求が生じた際、噛合クラッチD1の解放が完了したことが、前記ストロークセンサ119からの出力信号に基づいて検知されたことを条件に、噛合クラッチD1の係合動作を開始させる。これらの動作は、前記ECU100によって実行される。
このため、ECU100において、噛合クラッチD1が係合している状態で、イグニッションスイッチ118のOFF操作によりエンジン2の停止要求が生じた際、噛合クラッチD1の解放動作を開始させる動作を実行する機能部分が本発明でいうクラッチ解放制御部として構成されている。また、噛合クラッチD1の解放動作によって噛合クラッチD1の解放が完了したか否かを検知する動作を実行する機能部分が本発明でいうクラッチ解放検知部として構成されている。また、噛合クラッチD1の解放動作中に、イグニッションスイッチ118のON操作によりエンジン2の始動要求が生じた際、噛合クラッチD1の解放が完了したことが検知されたことを条件に、噛合クラッチD1の係合動作を開始させる動作を実行する機能部分が本発明でいうクラッチ係合制御部として構成されている。
以下、前述した噛合クラッチの切り替え制御の具体的な手順について図4のフローチャートに沿って説明する。このフローチャートは、エンジン2の始動後、所定時間毎に繰り返して実行される。
先ず、ステップST1において、現在、噛合クラッチD1が係合状態にあるか否かを判定する。つまり、動力伝達装置1における動力伝達状態が前記第1の動力伝達経路による動力伝達状態にあるか否かを判定する。
具体的には、前述した如く低車速領域ではギヤ走行が選択されるため、前記レバーポジションセンサ117により検出されているシフトレバーのレバーポジションPshがD(ドライブ)位置にあり、出力軸回転速度センサ113により検出されている出力軸回転速度Noutが所定車速(例えば10km/h)以下に対応するものである場合には、噛合クラッチD1が係合状態にあると判定する。この値はこれに限定されるものではない。また、前記SLGソレノイドバルブに出力している油圧指令信号が、噛合クラッチD1を係合状態にするものとなっているか否かをモニタし、この油圧指令信号が噛合クラッチD1を係合状態にするものである場合には、噛合クラッチD1が係合状態にあると判定するようにしてもよい。更には、噛合クラッチD1に供給される噛合クラッチ油圧を油圧センサによって検出し、この噛合クラッチ油圧(実油圧)が所定値以上である場合には、噛合クラッチD1が係合状態にあると判定するようにしてもよい。
噛合クラッチD1が解放状態であり、つまり、例えば現在の動力伝達装置1における動力伝達状態が前記第2の動力伝達経路による動力伝達状態(ベルト走行)にある場合や、既に噛合クラッチD1の解放が完了しており(例えば後述するステップST3で行われる解放動作によって噛合クラッチD1の解放が完了しており)、ステップST1でNO判定された場合には、噛合クラッチの切り替え制御は必要ないとして、そのままリターンされる。つまり、噛合クラッチD1の解放状態が維持される。
一方、噛合クラッチD1が係合状態であり、ステップST1でYES判定された場合には、ステップST2に移り、エンジン2の停止要求が生じたか否かを判定する。具体的には、イグニッションスイッチ118の押し込み操作が行われ、イグニッションスイッチ118からOFF信号が出力されたか否かを判定する。
エンジン2の停止要求が生じておらず、ステップST2でNO判定された場合には、噛合クラッチの切り替え制御は必要ないとして、そのままリターンされる。つまり、噛合クラッチD1の係合状態が維持される。この場合、エンジン2の運転が継続され且つ噛合クラッチD1が係合状態となっているため、前記ギヤ走行またはベルト走行(中車速)が行われることになる。
一方、エンジン2の停止要求が生じ、ステップST2でYES判定された場合には、ステップST3に移り、噛合クラッチD1の解放動作が開始される。つまり、前記SLGソレノイドバルブによって調整される油圧が、噛合クラッチD1を解放させる、つまり、ハブスリーブ67を第2ギヤ66から退避させる(噛み合いを解除させる)ものとなるように、SLGソレノイドバルブに油圧指令信号が出力される。
このステップST1〜ST3の動作が、本発明でいう「クラッチ解放制御部による動作であって、第1クラッチが係合している状態で、駆動力源の停止要求が生じた際、第1クラッチの解放動作を開始させる動作」に相当する。
このようにして噛合クラッチD1の解放動作が開始された後、ステップST4に移り、噛合クラッチD1の解放動作が完了したか否かを判定する。具体的には、前記ストロークセンサ119によって検知されているハブスリーブ67のストローク位置が、噛合クラッチD1が解放状態となるストローク位置に達したか否かを判定する。ここでいう噛合クラッチD1が解放状態となるストローク位置(解放動作が完了したと判定されるストローク位置)の例としては、ハブスリーブ67の位置が、このハブスリーブ67の内周面に形成されている前記キー溝にキー67aが嵌り込む位置として規定される。または、ハブスリーブ67の位置が、そのストローク範囲において最も第2ギヤ66から後退した位置(第2ギヤ66のスプライン歯およびシンクロナイザリング67bのスプライン歯の何れにもハブスリーブ67が噛み合わない位置)として規定してもよい。
なお、噛合クラッチD1の解放動作が完了したか否かの判定は、噛合クラッチD1に供給される噛合クラッチ油圧を油圧センサによって検出することで行うようにしてもよい。つまり、この噛合クラッチ油圧(実油圧)が所定値以下になった際に噛合クラッチD1の解放動作が完了したと判定するものである。
噛合クラッチD1の解放動作が開始された時点では、未だ噛合クラッチD1の解放動作が完了していないため、ステップST4でNO判定され、ステップST5に移る。このステップST5では、エンジン2の始動要求が生じたか否かを判定する。具体的には、イグニッションスイッチ118の押し込み操作が行われ、イグニッションスイッチ118からON信号が出力されたか否かを判定する。
エンジン2の始動要求が生じておらず、ステップST5でNO判定された場合には、ステップST4に戻り、前述した如く噛合クラッチD1の解放動作が完了したか否かを判定する。
そして、エンジン2の始動要求が生じることなく(ステップST5でYES判定されることなく)、噛合クラッチD1の解放動作が完了した場合には、ステップST4でYES判定されることになり、噛合クラッチの切り替え制御(係合側への切り替え制御)は必要ないとして、そのままリターンされる。つまり、噛合クラッチD1の解放状態が維持される。この場合、エンジン2が停止され、それに伴って噛合クラッチD1が解放されることになる。
一方、噛合クラッチD1の解放動作が完了することなく(ステップST4でYES判定されることなく)、エンジン2の始動要求が生じた場合には、ステップST5でYES判定されることになり、ステップST6に移る。
このステップST6では、前記ステップST4での動作と同様に、噛合クラッチD1の解放動作が完了したか否かを判定する。この判定動作も、前記ストロークセンサ119によって検知されているハブスリーブ67のストローク位置が、噛合クラッチD1が解放状態となるストローク位置に達したか否かを判定するものである。または、噛合クラッチD1に供給される噛合クラッチ油圧を油圧センサによって検出し、この噛合クラッチ油圧が所定値以下になったか否かを判定するものである。
このステップST6の動作が、本発明でいう「クラッチ解放検知部による動作であって、第1クラッチの解放動作によってこの第1クラッチの解放が完了したことを検知する動作」に相当する。
噛合クラッチD1の解放動作が完了しておらずステップST6でNO判定された場合には、この噛合クラッチD1の解放動作が完了するのを待つ。つまり、エンジン2の始動要求が生じていても、噛合クラッチD1の解放動作が完了するのを待つことで、噛合クラッチD1の係合動作の開始を遅延させる。
そして、この噛合クラッチD1の解放動作が完了し、ステップST6でYES判定された場合には、ステップST7に移り、噛合クラッチD1の係合動作が開始される。つまり、前記SLGソレノイドバルブによって調整される油圧が、噛合クラッチD1を係合させる、つまり、ハブスリーブ67を第2ギヤ66に向けて移動させる(第2ギヤ66に噛み合う方向に移動させる)ものとなるように、SLGソレノイドバルブに油圧指令信号を出力する。
このステップST7の動作が、本発明でいう「クラッチ係合制御部による動作であって、クラッチ解放制御部による第1クラッチの解放動作中に、駆動力源の始動要求が生じた際、第1クラッチの解放が完了したことが、クラッチ解放検知部によって検知されたことを条件に、第1クラッチの係合動作を開始させる動作」に相当する。
このようにして噛合クラッチD1の係合動作が開始された後、ステップST8に移り、噛合クラッチD1の係合動作が完了したか否かを判定する。ここでの判定も、前記ストロークセンサ119によって検知されているハブスリーブ67のストローク位置に基づいて行われる。つまり、前記ストロークセンサ119によって検知されているハブスリーブ67のストローク位置が、噛合クラッチD1が係合状態となるストローク位置に達したか否かを判定する。ここでいう噛合クラッチD1が係合状態となるストローク位置の一例としては、ハブスリーブ67の位置が、このハブスリーブ67のスプライン歯が第2ギヤ66のスプライン歯に噛み合う位置として規定される。また、噛合クラッチD1に供給される噛合クラッチ油圧(実油圧)を油圧センサによって検出し、この噛合クラッチ油圧に基づいて、噛合クラッチD1の係合動作が完了したか否かを判定するようにしてもよい。
そして、噛合クラッチD1の係合動作が完了しておらずステップST8でNO判定された場合には、この噛合クラッチD1の係合動作が完了するのを待つ。
そして、この噛合クラッチD1の係合動作が完了し、ステップST8でYES判定されると、ギヤ走行が可能な状態となり、リターンされる。この場合、エンジン2の再始動に伴って噛合クラッチD1が係合状態となるため、前記ギヤ走行が行われることになる。
このような噛合クラッチD1の切り替え制御が行われるため、前記ECU100によって(より具体的には、前述したECU100における各機能部分によって)本発明に係る動力伝達装置の制御装置が構成される。この制御装置は、出力軸回転速度センサ113、イグニッションスイッチ118、ストロークセンサ119等からの各信号を入力信号として受信する構成となっている。また、この制御装置は、SLGソレノイドバルブへの油圧指令信号等を出力信号として出力する構成となっている。
図5は、本実施形態におけるイグニッションスイッチ信号、エンジン回転速度、ハブスリーブ67のストローク位置、噛合クラッチD1の解放判定フラグ(噛合クラッチD1が解放状態となった際に1となるフラグ)、噛合クラッチ油圧それぞれの変化の一例を示すタイミングチャート図である。
この図5に示すものでは、タイミングT1でイグニッションスイッチ118からOFF信号が出力され、それに伴ってエンジン回転速度が低下していく。また、このエンジン停止要求が生じたのに伴って、タイミングT2で、噛合クラッチD1に供給される噛合クラッチ油圧の目標値(目標油圧)を0に設定する。その後、所定の時間遅れをもって噛合クラッチ油圧の実油圧が低下していく。
そして、ハブスリーブ67のストローク位置がクラッチ解放側に向けて移動する前のタイミングT3で、イグニッションスイッチ118からON信号が出力されている。この時点では、噛合クラッチD1の解放動作が完了していない(ハブスリーブ67のストローク位置がクラッチ解放位置になっておらず、解放判定フラグは0となっている)ので、噛合クラッチ油圧の目標油圧としては低く設定された状態が維持され、噛合クラッチD1の解放動作を継続する。
そして、タイミングT4で、ハブスリーブ67のストローク位置が、噛合クラッチD1の解放動作が完了する位置に達し、この時点で、噛合クラッチD1の解放判定フラグが0から1にセットされる。つまり、イグニッションスイッチ118からON信号が出力されていても、このタイミングT4までは(噛合クラッチD1の解放動作が完了するまでは)、噛合クラッチ油圧の目標油圧は0に設定される。そして、このハブスリーブ67のストローク位置が、噛合クラッチD1の解放動作が完了する位置に達した時点(タイミングT4)で、噛合クラッチ油圧の目標油圧が高く設定される。つまり、噛合クラッチD1の係合動作が開始される。これに伴い、所定の遅れをもって噛合クラッチ油圧の実油圧が上昇していく。そして、ハブスリーブ67のストローク位置がクラッチ係合側に向けて移動していき、タイミングT5で噛合クラッチD1の係合動作が完了する。
図中の二点鎖線は、噛合クラッチD1の解放動作中にイグニッションスイッチ118からON信号が出力された場合に、噛合クラッチD1の解放動作が完了する前に、噛合クラッチ油圧の目標油圧を高く設定して、噛合クラッチD1の係合動作を開始させるものである。この場合、シンクロメッシュ機構S1による回転同期作用が良好に得られず、ハブスリーブ67の移動が円滑に行えない状況を招いている。
以上説明したように本実施形態では、噛合クラッチD1の解放動作中にエンジン2の始動要求が生じた際には、噛合クラッチD1の解放が完了したことが、ストロークセンサ119からの出力信号に基づいて検知されたことを条件に、噛合クラッチD1の係合動作を開始させるようにしている。つまり、噛合クラッチD1の解放が完了していない状態で噛合クラッチD1の係合動作を開始させた場合には、シンクロメッシュ機構S1の回転同期作用が良好に得られない可能性があることに鑑み、噛合クラッチD1の解放が完了したことが検知されたことを条件に、噛合クラッチD1の係合動作を開始させるようにしている。これにより、噛合クラッチD1の解放が完了していない状態で、この噛合クラッチD1の係合動作が開始されることがない。その結果、噛合クラッチD1の係合動作を開始させた際のシンクロメッシュ機構S1による回転同期作用を良好に得ることができ、噛合クラッチD1の係合時における異音発生や係合不良を回避することができる。
−他の実施形態−
以上説明した実施形態は、エンジン2の停止要求が生じる状況としては、イグニッションスイッチ118の押し込み操作によってイグニッションスイッチ118からOFF信号が出力された場合を例に挙げて説明した。本発明はこれに限らず、車両停車時にエンジンを停止させる所謂アイドリングストップ制御を行う車両において、この車両停車に伴ってエンジン2の停止要求が生じた場合にも適用が可能である。つまり、車両停車後、短時間のうちにブレーキペダルの踏み込み操作が解除されてエンジン2の始動要求が生じた場合に、噛合クラッチD1の解放が完了するのを待って、この噛合クラッチD1の係合動作を開始させるものである。
また、前記実施形態では、駆動力源としてエンジンのみを搭載した車両に本発明を適用した場合について説明した。本発明はこれに限らず、駆動力源としてエンジンおよび電動モータを搭載したハイブリッド車両や、駆動力源として電動モータのみを搭載した電気自動車に対しても適用が可能である。