この発明で対象とすることができる車両の一例を図5に示している。図5に示す車両1は、車輪2がゴムなどの絶縁体(または、電気伝導率が小さい材料)により構成されており、車体3と路面とが絶縁状態に保持されている。この車両1が走行する際には、走行風や吸排気管内を流動する空気流などと車体3との摩擦などに伴う電気的な作用によって正(+)の静電気が生じて、車体3に帯電する。また、エンジンやモータなどの動力源あるいは変速機もしくはサスペンションなどが駆動すると、それらの装置を構成する複数の部材が摺動し、その摺動に伴う電気的な作用によって正(+)の静電気が生じて、車体3に帯電する。さらに、ゴムで構成された車輪2と路面との摩擦や、車輪2が回転して路面に接触していた面が、路面から離れることなどによる電気的な作用により正(+)の静電気が生じて、車体3に帯電する。あるいは、車両1に搭載された電気機器や車両1の外部の送電線などの電気機器の電気を要因として正(+)の静電気が帯電する場合がある。
その静電気は、電気伝導率が小さい材料に拘わらず、電気伝導率が比較的高い金属材料によって構成されたボディやパネルなどにも帯電する。これは、結合部位には、少なからず電気抵抗があるためである。
空気は、通常、正(+)の電荷を帯びているため、車体3に正(+)の静電気が帯電すると、空気との間で斥力(反発力)が生じる。図6は、車体モデルを正(+)の電荷で帯電させた状態と、車体モデルを帯電させていない状態との、車体モデルの表面に垂直な方向での流速分布を測定した結果を示している。なお、図6における縦軸は、モデル表面からの距離を示し、横軸は、車体モデルに吹き付けた空気の流速U∞に対する、車体モデルからの距離毎に測定した流速Uの割合(U/U∞)を示している。また、車体モデルを正(+)の電荷で帯電させた状態で測定した結果を正方形でプロットし、車体モデルを帯電させていない状態で測定した結果を菱形でプロットしている。
図6に示すように、車体モデルを正(+)の電荷で帯電させた場合における境界層厚さ(U/U∞がほぼ「1」になる際の車体モデル表面からの距離)が、車体モデルを正(+)の電荷で帯電させていない場合における境界層厚さよりも大きくなっている。これは、車体モデルを正(+)の電荷で帯電させた場合には、車体モデルを正(+)の電荷で帯電させていない場合に比べて剥離が大きくなることを意味する。上述したように空気流は、通常、正(+)の電荷を帯びているので、車体モデルに帯電した正(+)の電荷と空気流の正(+)の電荷とによって斥力が生じ、その結果、車体モデルの表面からの空気流の剥離が助長されたものと考えられる。
一方、車両1の構造上、走行時に車体3の周囲に流れる空気流が、車体3の表面に沿った流れから、車体3の表面から離れた流れに変化しやすい箇所がある。具体的には、車体3を前方から見た場合に、車体3の外面が車体3の内側に屈曲する箇所で空気流の剥離が主に生じる。より具体的には、車体3の左右両側では、車幅が狭くなるように屈曲する箇所であり、またボンネットやルーフでは高さが低くなるように屈曲する箇所であり、さらにアンダーカバーなどの車体下面に露出している部分では、車高が車両後方に向けて次第に低くなっている箇所から水平に変化するように屈曲する箇所、あるいは車両後方に向けて水平であった箇所から車高が次第に高くなるように屈曲する箇所などである。さらに、車体3の外部に部分的に突出している箇所や段差のある箇所などで空気流の剥離が生じやすい。したがって、車体3の表面から空気流が剥離する場合には、上述したように箇所で、空気流が車体3の表面から離れた流れに変化し始める。つまり、これらの空気流の剥離が生じやすい箇所が、この発明の実施例における「特定部位」に相当する。なお、以下の説明では、上記のような空気流が剥離しやすい箇所を「特定部位」と記す。
車体3の表面を流れる空気流は、車体3との相対速度差に応じたコアンダ効果により、車体3の表面に沿った流れとなり、上述したような特定部位においても、コアンダ効果により、空気流が車体3の表面に沿って流れようとする。しかしながら、車体3に正(+)の静電気が帯電していると、そのような空気流の流線の変化を阻害するように斥力が作用する。すなわち、特定部位に正(+)の静電気が帯電すると、空気流の剥離が助長される。そのため、この発明の実施例における車両は、特定部位の正(+)の電荷を低下させ、または特定部位を負(−)の電荷に帯電させるように構成されている。具体的には、特定部位における車体3の内側の面に、マイナスイオンを吹き付けるように構成されている。
図1は、その構成の一例を説明するための断面図である。図1に示す車両1は、外観をなす壁部4を備えており、その壁部4は、空気流の流動方向における上流側では、水平に形成され、その下流側では、鉛直方向における下方側に向けて屈曲して形成されている。この屈曲している部分が、上記特定部位に相当する。その特定部位では、空気流が車体3の表面から剥離しやすいので、特定部位の内面に向けて、車室内側からマイナスイオンを吹き付けるように構成されている。具体的には、マイナスイオンを発生させるイオナイザー5と、そのイオナイザー5から特定部位の内面に対向した部分まで延出し、かつイオナイザー5により生成されたマイナスイオンを特定部位の内面に向けて放射する第1パイプ6とを備えている。このイオナイザー5と第1パイプ6とが、この発明の実施例における「電荷制御装置」に相当する。なお、図に示す例では、第1パイプ6の長手方向が、空気流の流動方向に沿って形成され、かつ第1パイプ6の先端部が壁部4に接近するように傾斜して形成されている。
したがって、イオナイザー5により生成されたマイナスイオンは、第1パイプ6の先端から壁部4の内面に向けて拡散しながら放射される。そのため、壁部4におけるマイナスイオンが吹き付けられる範囲では、正(+)の電荷が低下させられ、または壁部4が負(−)の電荷に帯電する。このように正(+)の電荷を低下させ、または負(−)の電荷に帯電させる範囲は、予め実験やシミュレーションにより、空気流の剥離が生じる部位を特定し、または車両1の空力特性に影響を来す部位を特定して定めることができる。そのため、正(+)の電荷を低下させ、または負(−)の電荷に帯電させる領域を広げるために、図2に示すように第1パイプ6の鉛直方向における上方部分にスリット7を形成して、空気流の流線方向に沿って長い領域にマイナスイオンを吹き付けるように構成してもよい。このスリット7は、第1パイプの長手方向における全域に形成していなくてもよい。なお、図2には、スリット7を一点鎖線で示している。
上述したように空気流が車体3の表面から剥離しやすい特定部位の正(+)の電荷を低下させ、または負(−)の電荷に帯電させることにより、正(+)に帯電した空気流と車体3の表面とに斥力が生じることを抑制することができ、またはその空気流にクーロン力を作用させて車体3の表面に吸引することができる。そのため、空気流が車体3の表面から剥離することを抑制することができる。すなわち、設計上定められた空力特性を得ることができる。その結果、ローリング方向やヨー方向あるいはピッチング方向での空力特性が変化、もしくは悪化することを抑制することができる。また、上述したように車体3の表面の形状を変更することがないので、見栄えが損なわれることや、表面形状を変更することに起因した空力特性が変化することなどを抑制することができる。
つぎに、フロント窓ガラス8からルーフ9に亘って流動する空気流が、フロント窓ガラス8やルーフ9から剥離することを抑制する構成について説明する。図3は、その構成を説明するための断面図である。この車両1は、ルーフ9の先端部が鉛直方向における下側に屈曲して形成されており、その先端部にフロント窓ガラス8が嵌め込まれている。したがって、フロント窓ガラス8からルーフ9に亘って流動する空気流は、ルーフ9の屈曲した部分、またはその近傍で剥離しやすくなる。したがって、図に示す例では、フロント窓ガラス8の上端部と、ルーフ9の先端部とにマイナスイオンを吹き付けるように構成されている。また、ここに示す例では、車幅方向における中央部から空気流が剥離することをより一層抑制するために、車幅方向における中央部であり、かつ車両1の前後方向における中央部の近傍にマイナスイオンを吹き付けるように構成されている。さらに、車両1の前方部分で空気流が剥離すると、前輪に作用するダウンフォースが低下して操舵性などの操縦安定性が低下する可能性がある。そのため、図に示す例では、フロント窓ガラス8の上端部と、ルーフ9の先端部とには、車幅方向に所定の間隔を空けてマイナスイオンを吹き付けて、フロント窓ガラス8とルーフ9との境界部の近傍で空気流が剥離することを、より一層抑制することができるように構成されている。
具体的には、ルーフ9の内面と所定の隙間を空けてインナーパネル10が固定されており、その隙間にイオナイザー5が設けられている。また、イオナイザー5は、車幅方向における中央部で、かつ車両の前後方向における中央部よりも前方側設けられており、そのイオナイザー5には、車両の前方に延出した第2パイプ11と、車両の後方に延出した第3パイプ12とが取り付けられている。第2パイプ11は、フロント窓ガラス8の上端部と、ルーフ9の先端部とにマイナスイオンを誘導するためのものであって、先端に車幅方向に延出した第4パイプ13が連通している。すなわち、マイナスイオンを誘導するためのパイプを分岐させている。この第4パイプ13には、図4に示すようにフロント窓ガラス8の上端部に向けて開口した第1貫通孔14が、車幅方向に所定の間隔を空けて三つ形成され、また、ルーフ9の先端部に向けて開口した第2貫通孔15が、上記第1貫通孔14と同様に、車幅方向に所定の間隔を空けて三つ形成されている。上述したイオナイザー5および各パイプ11,12,13が、この発明の実施例における「電荷制御装置」に相当する。なお、これらの貫通孔14,15は、車幅方向における中央部を挟んで両側に、均等に形成することが好ましい。
さらに、第3パイプ12は、車両1の前後方向における中央部まで延出して形成されており、図4に示すようにルーフ9の内面に向けて開口した第3貫通孔16が、車両1の前後方向に所定の間隔を空けて二つ形成されている。
したがって、図3および図4に示す例では、イオナイザー5により生成されたマイナスイオンが、第2パイプ11と第4パイプ13とを介してフロント窓ガラス8の上端部と、ルーフ9の先端部とに吹き付けられ、第3パイプ12を介してルーフ9の中央部近傍に吹き付けられる。そのため、フロント窓ガラス8の上端部と、ルーフ9の先端部との正(+)の電荷を低下させ、またはそれらの箇所を負(−)の電荷に帯電させることができるので、フロント窓ガラス8からルーフ9に亘って流動する空気流に斥力が作用することを抑制し、またはその空気流に吸引力を作用させることができる。その結果、空気流が剥離することを抑制することができる。すなわち、空力特性が予め定めた空力特性から変化することを抑制することができるので、ダウンフォースの低下などを抑制することにより、操舵性などの操縦安定性が低下することを抑制することができる。
また、ルーフ9の中央部近傍の正(+)の電荷を低下させることにより、ルーフ9上面から空気流が剥離することを抑制することができる。すなわち、空気流が車両1の後部までルーフ9に沿って流動することができる。その結果、後輪に作用するダウンフォースが低下することを抑制することができるので、後輪を駆動輪とする車両の場合には、加速性が低下することを抑制することができる。なお、上述したようにパイプによって一つのイオナイザー5から複数の特定部位にマイナスイオンを誘導するように構成することにより、イオナイザー5の搭載自由度を向上させることができる。
また、上述したようにルーフ9の車幅方向における中央部にマイナスイオンを吹き付けることにより、旋回時に空気流に対して車体3が偏向した場合であっても、ルーフ9の上面を流動する空気流に基づく車体3の内輪側と外輪側とに作用するダウンフォースが変化することを抑制することができ、設計上想定した所定の回頭性あるいは旋回性能を得ることができる。
なお、この発明における特定部位は、上述したルーフやフロント窓ガラスに限らず、エンジンフードの前端部、エンジンフードの後端部、センターピラー、ドアハンドルの握り部、アンダーカバーの屈曲部などであってもよい。その場合、複数のイオナイザーを設けてもよい。そのように複数のイオナイザーを設ける場合には、加速要求がある場合に、駆動輪(後輪)に作用するダウンフォースに影響を来す部位に、高電圧のマイナスイオンを吹き付けるように制御し、または旋回走行する場合に、操舵輪(前輪)に作用するダウンフォースに影響を来す部位に、高電圧のマイナスイオンを吹き付けるように制御するなど、走行状態に応じてイオナイザーにより生成されるマイナスイオンの電圧を制御すれば、走行性能を向上させることができる。