JP6103700B2 - ラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法及び装置 - Google Patents

ラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法及び装置 Download PDF

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Description

本発明は、心臓の組織からのラマン散乱スペクトルを利用して、心臓の組織を識別する方法及び装置に関する。
心筋梗塞を起こした心臓にあっては、心臓を構成する生きた心筋組織と心筋組織が傷害され変質した組織との分布状態及び各組織の割合などを知ることが重要である。このような心臓の組織を知る手法として、心筋組織生検がある。しかしながら、心筋組織生検では、標本の固定・染色が必要であってリアルタイムに組織分布を得られず、また、心臓自体を傷つけてしまうという問題がある。
また、非侵襲的な手法として、磁気共鳴画像法(MRI)によって、心臓組織に関する情報を取得することが行われている。しかしながら、得られる情報が心筋細胞の変化に基づいた情報ではなく、生きた心筋組織と変質した組織とを明確に区別することができない。
ところで、試料に励起光を照射したときに試料との相互作用で生じるラマン散乱光を試料から検出し、検出したラマン散乱光のスペクトルを取得し、このラマン散乱光のスペクトルにより、試料に含まれる成分、化学構造などを特定するラマン分光法がある。このラマン分光法は、振動型分光法の一つであり、分子レベルでの解析が可能である。
このようなラマン分光法を利用して、医療分野にあって生体組織を解析する試みがなされている(特許文献1、特許文献2など)。特許文献1には、血管における平滑筋細胞、コラーゲン線維、弾性板、脂肪細胞、泡沫細胞それぞれに特有のラマン散乱スペクトルに基づいて冠動脈のアテローム硬化を診断する技術が開示されている。また、特許文献2には、ラマン分光法によって病変組織を識別し、病変組織と正常組織との境界を画像化して提示することが開示されている。
特許第4588324号明細書 米国特許第6965793号明細書
上記の特許文献は何れも、心臓の組織を対象としたものではなく、ラマン分光法を利用して心臓の組織を解析した手法の報告は見られない。
本発明者らは、心筋梗塞を起こした心臓の組織を含む試料から得られるラマン散乱光を解析することにより、正常な心筋細胞を含む心筋組織からなる領域と、多くのコラーゲンを含む線維化組織からなる領域とを明瞭に区別して画像化する手法を提案している(国際公開第2010/103661号)。
ところで、心筋梗塞が発生した場合、まず、正常な心筋細胞が壊死して生きた心筋組織は壊死心筋組織に変化し、その後、炎症細胞、血管内皮細胞などが遊走・増殖して壊死心筋組織は肉芽組織へと変質し、最終的に組織が線維化して肉芽組織は線維化組織となる。
心筋梗塞が起こってからかなりの日数が経過している場合、つまり陳旧性心筋梗塞の場合には、壊死した心筋細胞組織のほとんどすべてが線維化組織に変質しているため、心筋細胞組織と線維化組織とを識別する本発明者らが提案した上記手法にて、正確な組織識別を行うことが可能である。しかしながら、心筋梗塞が発生してからあまり日数が経過していない急性期の場合、または陳旧性心筋梗塞の一部の症例においては、線維化組織だけでなく壊死心筋組織及び肉芽組織が見られる。このような場合には、心筋細胞組織及び線維化組織のみを解析対象とすると組織識別の精度に問題があり、改善の余地がある。
本発明は斯かる事情に鑑みてなされたものであり、本発明者らが考案した上述したようなラマン分光法による心臓の組織識別の手法を改善、発展させて、非侵襲的な心臓の組織の識別を正確に行うことができるラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法及び装置を提供することを本発明の目的とする。
本発明に係るラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法は、心臓の組織を含む試料に励起光を照射する工程と、前記試料からのラマン散乱光を検出する工程と、検出されたラマン散乱光を、少なくとも生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織それぞれに特徴的なラマン散乱スペクトルを指標として、多変量解析する解析工程と、該解析工程にて得られた解析結果に応じて前記心臓の組織を識別する工程とを有することを特徴とする。
本発明に係るラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法は、前記解析工程にて多変量解析する際に、部分最小二乗法を用いることを特徴とする。
本発明に係るラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法は、前記生きた心筋組織に特徴的なラマン散乱スペクトルは、チトクロムに起因するラマン散乱スペクトルであることを特徴とする。
本発明に係るラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法は、前記線維化組織に特徴的なラマン散乱スペクトルは、コラーゲンに起因するラマン散乱スペクトルであることを特徴とする。
本発明に係るラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法は、前記試料は、虚血を起こした心臓の組織を含んでいることを特徴とする。
本発明に係るラマン散乱を用いた心臓組織の識別装置は、心臓の組織を含む試料に励起光を照射する手段と、前記試料からのラマン散乱光を検出する手段と、検出されたラマン散乱光を、少なくとも生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織それぞれに特徴的なラマン散乱スペクトルを指標として、多変量解析する解析手段と、該解析手段にて得られた解析結果に応じて前記心臓の組織を識別する手段とを備えることを特徴とする。
本発明においては、心臓の組織を含む試料に励起光を照射して、試料からのラマン散乱光を検出する。検出したラマン散乱光を、少なくとも生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織に特徴的な散乱スペクトルを指標として、多変量解析し、その解析結果に応じて心臓の組織を識別する。少なくとも生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織に特徴的な散乱スペクトルに基づいて、心臓の組織を識別するので、心筋梗塞などの虚血性心疾患が起こった時点からの経過日数に関係なく常に正確な識別結果が得られる。
本発明においては、検出したラマン散乱光を解析する際の多変量解析手法として、部分最小二乗法を用いている。よって、識別情報を使用するので、推定精度が高く、また少数の主成分を使用するため、ノイズの影響を受けにくくなる。
本発明にあっては、如何なる状態の心臓に対しても、非侵襲的に、しかもリアルタイムで、生きた心筋組織の領域と、壊死心筋組織の領域と、肉芽組織の領域と、線維化組織の領域とを正確に区別して、心臓の組織の識別を行うことができる。よって、心筋梗塞などのような虚血に陥った心臓に対して、正確な診断を行うことが可能となり、適切な対処を行うことができる。
本発明のラマン散乱を用いた心臓組織の識別装置の構成の一例を示す模式図である。 生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織それぞれに特徴的なラマンスペクトルを示す図である。 部分最小二乗法における第1主成分〜第4主成分の一例を示す図である。 部分最小二乗法における各主成分の比例定数をスコアプロットした結果の一例を示す図である。 心臓の組織を識別するための直線を示す図である。 心臓の各組織における識別結果の精度を示す図表である。
以下、本発明をその実施の形態を示す図面に基づき具体的に説明する。
図1は、本発明のラマン散乱を用いた心臓組織の識別装置の構成の一例を示す模式図である。識別装置は、心臓の組織を含む試料に励起光を照射して、試料からのラマン散乱光を検出し、検出したラマン散乱光を、少なくとも生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織に特徴的な散乱スペクトルを指標として、多変量解析し、その解析結果に応じて心臓の組織を識別する装置である。
識別装置は、光源1、ビームスプリッタ2、対物レンズ3、分光器4、検出器5、解析部6、識別部7、及び試料台8を備えている。
試料台8には、心臓の組織を含む試料Sが載置される。試料台8は、2次元方向(X−Y方向)に移動可能であり、試料Sの任意の箇所に励起光を照射してラマン散乱スペクトルを検出できるようになっている。
光源1は、励起光となるレーザ光を出射する。励起光は、試料Sに照射することによって試料Sを構成する物質に固有のラマン散乱光が生じるレーザ光である。励起光は、ラマン散乱法の技術分野において通常用いられる励起光を使用することができ、後述するように生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織を識別できるものであれば、任意の励起光を選択できる。具体的には、例えば中心波長が532nmであるNd:YAGレーザ光を励起光として使用できる。
光源1から出射された励起光は、ビームスプリッタ2を透過して、対物レンズ3に入射する。ビームスプリッタ2は、例えばダイクロイックミラーであり、励起光(レーザ光)の波長に対応した光を透過する。対物レンズ3は、励起光を集光して、試料Sに入射させる。
試料Sに入射した励起光の一部は、ラマン散乱される。このラマン散乱されたラマン散乱光は、試料Sの材質に特徴的なスペクトルを有しており、励起光とは異なる波長を有している。また、試料Sに入射した励起光の一部は、試料Sで反射されて、励起光と同じ波長のままの反射光となる。上記ラマン散乱光及び反射光は、対物レンズ3を介してビームスプリッタ2に入射する。ダイクロイックミラーからなるビームスプリッタ2は、これらのラマン散乱光及び反射光を波長に応じて分離する。つまり、ラマン散乱光はビームスプリッタ2で反射されて分光器4に入射し、反射光はビームスプリッタ2をそのまま透過する。
分光器4は、回折格子、プリズムなどの分光素子を備えており、入射されたラマン散乱光を波長に応じて空間的に分散させる。分光器4により分光されたラマン散乱光は検出器5に入射する。検出器5は、分光器4により分光されたラマン散乱光を検出して、ラマンスペクトルを得る。検出器5は、受光素子がマトリクス状に配列されたエリアセンサである。検出器5は、得られたラマンスペクトルを解析部6へ出力する。
解析部6及び識別部7は、例えばパーソナルコンピュータである。解析部6は、検出されたラマン散乱光から得られたラマンスペクトルに対して、予め記憶している生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織に特徴的なラマンスペクトルを指標として、部分最小二乗法による多変量解析を行う。解析部6は、解析結果を識別部7へ出力し、識別部7は、解析結果に応じて試料Sに含まれる心臓の組織を、生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織に識別する。
なお、図1に示した識別装置の構成は一例であり、本発明はこの構成に限定されるものではない。
生きた心筋組織に特徴的なラマンスペクトルとは、生きた心筋組織に励起光を照射して得られる、生きた心筋組織に固有のラマン散乱光のスペクトルである。例えば、532nmで励起されたときの生きた心筋組織に特徴的なラマンスペクトルでは、心筋細胞中のチトクロムに起因したラマンシフトのピークパターンが見られる。
また、壊死心筋組織に特徴的なラマンスペクトルとは、壊死心筋組織に励起光を照射して得られる、壊死心筋組織に固有のラマン散乱光のスペクトルであり、肉芽組織に特徴的なラマンスペクトルとは、肉芽組織に励起光を照射して得られる、肉芽組織に固有のラマン散乱光のスペクトルである。同様に、線維化組織に特徴的なラマンスペクトルとは、線維化組織に励起光を照射して得られる、線維化組織に固有のラマン散乱光のスペクトルである。例えば、532nmで励起されたときの線維化組織に特徴的なラマンスペクトルでは、線維化組織中のコラーゲン及び間質液等に起因したラマンシフトのピークパターンが見られる。
生きた心筋組織に特徴的なラマンスペクトルを指標として解析して組織を識別するとは、生きた心筋組織に特徴的なスペクトルと合致するラマンスペクトルを示すラマン散乱光が検出されたか否かによって、そのラマン散乱光を発する試料S中の部位が生きた心筋組織であるか否かを判定することである。また、壊死心筋組織に特徴的なスペクトルと合致するラマンスペクトルを示すラマン散乱光が検出されたか否かによって、そのラマン散乱光を発する試料S中の部位が壊死心筋組織であるか否かを判定し、肉芽組織に特徴的なスペクトルと合致するラマンスペクトルを示すラマン散乱光が検出されたか否かによって、そのラマン散乱光を発する試料S中の部位が肉芽組織であるか否かを判定する。同様に、線維化組織が試料S中の特定の部位に存在するか否かは、試料Sからのラマン散乱光が線維化組織に固有のラマンスペクトルを示すか否かによって判定する。
試料Sから得られるラマンスペクトルの分布の解析は、部分最小二乗法を用いて実施される。
部分最小二乗法は、多変量解析法の一つであり、複数の観測変数から、目的変数との関連が高い潜在変数を計算し、計算した潜在変数を説明変数として目的変数を説明する予測モデルを作成する。その際、目的変数と潜在変数との共分散が最大となるように潜在変数を決定することで、より少ない潜在変数を用いて目的変数を高精度に説明するモデルを作成することができる。
即ち、本発明における組織のラマンスペクトル解析にあっては、目的変数に組織の種類(生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織)、観測変数に各組織に特徴的なラマンスペクトルをそれぞれ与えることにより、観測するラマンスペクトルから組織を推定するモデルを作成することができる。
また、目的変数及び観測変数に複数の組織が混合した場合のラマンスペクトルを与えることにより、得られたラマンスペクトルからそれを構成する各組織の組成を予測するモデルを作成することもできる。
部分最小二乗法の計算原理としては、(1)目的変数に組織の種類、観測変数に組織の種類に対応する組織のラマンスペクトルを与える、(2)全ての変数を中央化する、(3)説明変数を潜在変数と因子負荷量との積で表し、目的変数と潜在変数との共分散が最大となるような潜在変数及び因子負荷量を観測変数から計算する、(4)得られた説明変数を第1主成分とする、(5)第1主成分を観測変数から除いたものを新しい観測変数とし、第2主成分を同様に求める、(6)さらに第3主成分、第4主成分と第n主成分まで求める、(7)得られた第1主成分から第n主成分を用いて、予測モデルを作成する。
ラマンスペクトルを解析するための多変量解析法には、部分最小二乗法以外に、複数の観測変数(ラマンスペクトル)の線形結合を最小二乗法にて求める最小二乗解析法、複数の観測変数(ラマンスペクトル)から、それを要約する主成分を作り出す主成分分析法などがある。
前者の最小二乗解析法は、複数のラマンスペクトルの線形結合を仮定するものであり、4種類の組織それぞれに特徴的な4種のラマンスペクトルを単純に線形的に加算することを最小二乗法で求める。よって、直感的であって、組織を識別するという目的が明確な手法である。しかしながら、単純な加算結果にて表現するため、4種類の組織に特徴的なラマンスペクトルが類似している場合には、例えば、生きた心筋組織に由来するとされたスペクトルが壊死心筋組織に由来するスペクトルと肉芽組織に由来するスペクトルとの加算で示される可能性もあって、ノイズになりやすく、組織の推定精度が悪いという問題がある。
後者の主成分分析法では、得られたスペクトル全体の平均的なものを抽出して第1主成分とし、この第1主成分に直交するスペクトルを探して第2主成分とし、以降このような処理を繰り返して、第3主成分、・・・、第n主成分を求めていく。各スペクトルが直交し合っているので、各主成分の係数(比例定数)が影響を及ぼし合わないため、組織の推定精度は最小二乗解析法に比べて高い。しかしながら、各組織に識別することを目的とせずに全体の平均スペクトルを第1主成分として線形的な加算結果を得るので、正しく組織を分けるためには多数(20成分以上)の主成分が必須となる。よって、多数の主成分を使うので、スペクトルを分けていく回数が増えるため、ノイズの影響を受けやすいという問題がある。
これらの手法に対して、部分最小二乗法では、主成分分析法と同様に、スペクトルを直交関係で分けていくが、各組織の識別を行うという目的に応じて、4種の組織に分けられるような共分散が大きいスペクトルを第1主成分とし、この第1主成分から計算された潜在変数が直交するように第2主成分を計算し、互い直交した第3主成分、・・・、第n主成分を順次求める。識別情報を用いるので、組織の推定精度は高い。また、分けられ易いものを第1主成分とするので、少ない数の主成分にて組織の識別を行える。よって、少数(4成分程度)の主成分しか使わないので、ノイズの影響を受けにくい。さらに、重み付け係数を適宜選択することにより、各組織の組成を求めるための各組織の定量解析も可能である。
組織を識別するための判別分析については、以下のように行う。上述したように、部分最小二乗法により作成された予測モデルを用いて、新たにラマンスペクトルを観測した組織の判別を行う。その際、判別分析によりどの組織に属するかを識別する。例えば、線形判別器、マハラノビス距離を用いた判別器などを使用できる。これらの線形判別器、判別器などは、図1の解析部6に設けられている。以下、線形判別器について説明する。線形判別器は、予測モデルから得られた結果から、最も各群を判別できる点、直線、または超平面を計算する。線形判別器の計算原理としては、入力データ(例えば、部分最小二乗法で得られた予測モデル)から、誤判別が最小となる点、直線、または超平面を探索する。
(試験例:心筋梗塞を起こした心臓モデルの調整)
後述する実施例で使用した検体は、以下のように作成した。心臓全体の検体は、100%酸素供給下で全身麻酔の下、若い成体ウィスターラット(体重160−180g、雌)から取り出した。摘出された心臓は、タイロード溶液で還流、静置し、摘出後の代謝分解を最小限にした。
心筋梗塞は、ラットの左冠動脈ないしはその分枝を完全に結紮することで引き起こした。結紮してから、2日後(n=4)、5日後(n=5)、21日後(n=5)の生存ラットから、心臓を慎重に摘出した。正常な心臓(n=5)と上記の心筋梗塞を起こした心臓とを、即座にOCTコンパウンドに包埋し、ドライアイス−アセトンで凍結し、検証まで−80℃で保存した。
(染色画像により組織識別)
凍結サンプルは、20μmの厚さのセクションにクリオスタット(LEICA、Wetzler、Germany)でスライスした。ラマン分析のサンプルは、0.17mmの厚さの石英ガラス(Matsunami、大阪、日本)に載せた。ヘマトキシリンエオジン染色とアザン染色とを用いて切片の組織を確認した。
その結果、正常な心臓からは生きた心筋組織を確認でき、動脈結紮後の2日目、5日目、21日目のラットの心臓からは、それぞれ、壊死心筋組織、肉芽組織、線維化組織を染色病理組織像として確認できた。
(ラマンスペクトルの取得)
ラマンスペクトルの取得には、共焦点レーザーラマン顕微鏡(RAMAN−11:Nanophoton、大阪)を用いた。励起光には中心波長532nmのNd:YAGレーザ光を使用し、励起光強度は0.021−0.13mW/μm2 とし、露光時間は10秒として、ラマンスペクトルを測定した。正常なラットの心臓からは、生きた心筋組織に特徴的なラマンスペクトルを取得した。また、動脈結紮後の2日目、5日目、21日目のラットの心臓からは、それぞれ、壊死心筋組織、肉芽組織、線維化組織に特徴的なラマンスペクトルを取得した。この際、各ラットの心臓から9−24個のラマンスペクトルを取得した。
図2は、取得された生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織それぞれに特徴的なラマンスペクトルを示している。図2の横軸はラマンシフト(cm-1)であって、縦軸は強度(A.U.:任意単位)である。図2中、a、b、c、dがそれぞれ、生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、線維化組織に由来する特徴的なラマンスペクトルを表している。
生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、線維化組織それぞれのラマンスペクトルには、特徴的ないくつかのラマンバンド(ピーク)が含まれている。例えば、生きた心筋組織のラマンスペクトルにおける特徴的なラマンバンドは、ヘムタンパク質の中心にあるポルフィリン環から生じた特定の振動モードと考えられ、750,1130,1312,1364,1450,1587,1640,2935cm-1などに特徴的なラマンバンドが見られ、生きた心筋組織に特徴的なスペクトルピークと還元型のチトクロムのスペクトルピークとはよく対応する。また、壊死心筋組織のラマンスペクトルにおける特徴的なラマンバンドは、壊死を起こした心筋細胞に由来すると考えられ、750,1130,1312,1373,1587,1640,2935cm-1などに特徴的なラマンバンドが見られる。また、肉芽組織のラマンスペクトルにおける特徴的なラマンバンドは、炎症細胞、血管、血液などに由来すると考えられ、750,1130,1312,1373,1587,1640,2935cm-1などに特徴的なラマンバンドが見られる。さらに、線維化組織のラマンスペクトルにおける特徴的なラマンバンドは、コラーゲン分子から生じた特定の振動モードと考えられ、1250,1670,2941cm-1などに特徴的なラマンバンドが見られ、線維化組織に特徴的なスペクトルピークとI型コラーゲンのスペクトルピークとはよく対応する。
(解析・識別処理(データ処理))
取得したラマンスペクトルを用いて、部分最小二乗法・判別器により、予測モデルの作成及び組織の識別を行った。部分最小二乗法・判別器は、PLS toolbox(Eigenvector Research、Wenatchee、WA)及びMATLAB(Mathworks Inc.,Natick、MA)を用いた。また、部分最小二乗法・判別器には、取得したラマンスペクトルの内、706−765cm-1及び1091−1700cm-1のラマンシフト領域を用いた。
図3は、部分最小二乗法における第1主成分〜第4主成分の一例を示す図であり、図3Aは第1主成分(LV1)、図3Bは第2主成分(LV2)、図3Cは第3主成分(LV3)、図3Dは第4主成分(LV4)をそれぞれ表している。できる限り4種の組織の違いが現れるような図3Aに示す第1主成分(LV1)では、例えば、チトクロムに近いバンド(750cm-1、1130cm-1、1312cm-1)が得られており、このようなバンドを第1主成分として見ることで、4種の組織の識別を行い易いことが分かる。
図4は、部分最小二乗法における各主成分の比例定数をスコアプロットした結果の一例を示す図である。図4AはLV1、LV2、LV4を直交三軸として、第1主成分、第2主成分、第4主成分の比例定数をスコアプロットしたものであり、図4BはLV1、LV3、LV4を直交三軸として、第1主成分、第3主成分、第4主成分の比例定数をスコアプロットしたものである。
図4A、図4Bでは何れも、生きた心筋組織(○)、壊死心筋組織(△)、肉芽組織(×)、線維化組織(□)がクラスター化されていることが分かる。よって、主成分スコアをどこかで線引きすることにより、対象となる心臓の組織を、生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、線維化組織の何れかに識別することが可能であることが理解される。
また図5は、心臓の組織を識別するための直線を示す図である。図5Aは、横軸に壊死心筋組織に属する確率、縦軸に生きた心筋組織に属する確率をとって、生きた心筋組織(○)と壊死心筋組織(△)とを分ける直線を示している。同様に、図5Bは、横軸に肉芽組織に属する確率、縦軸に生きた心筋組織に属する確率をとって、生きた心筋組織(○)と肉芽組織(×)とを分ける直線を示し、図5Cは、横軸に線維化組織に属する確率、縦軸に生きた心筋組織に属する確率をとって、生きた心筋組織(○)と線維化組織(□)とを分ける直線を示し、図5Dは、横軸に肉芽組織に属する確率、縦軸に壊死心筋組織に属する確率をとって、壊死心筋組織(△)と肉芽組織(×)とを分ける直線を示し、図5Eは、横軸に線維化組織に属する確率、縦軸に壊死心筋組織に属する確率をとって、壊死心筋組織(△)と線維化組織(□)とを分ける直線を示し、図5Fは、横軸に線維化組織に属する確率、縦軸に肉芽組織に属する確率をとって、肉芽組織(×)と線維化組織(□)とを分ける直線を示している。
図5A−Fに示されるような特定の直線は、線形判別器にて得られる。図5の結果から、異なる組織を分けるための最適な直線を特定することにより、生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、線維化組織が互いに正確に分けられ得ることが理解される。よって、本発明では、心臓の組織の識別を精度よく行うことができる。
(識別結果の精度)
図6は、心臓の各組織における識別結果の精度を示す図表である。図6では、本発明にて識別した生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、線維化組織それぞれにおける識別結果の感度(%)と特異度(%)との数値を示している。感度(%)は実際の正しい組織をどれだけ漏れなく識別できたかを表す数値であり、特異度(%)は正しくない組織をどれだけ排除できたかを表す数値である。
図6の結果によれば、全ての組織において感度、特異度ともに高い数値であり、心筋梗塞を起こした心臓に対して、生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、線維化組織を正確に識別できていることが分かる。
なお、心筋梗塞を起こしたラットの心臓を例として説明したが、ヒトなどの他の生物の心臓に関しても、本発明の方法を同様に適用できることは勿論である。
また、上述した例では、生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、線維化組織の4種の組織に特徴的なラマンスペクトルを指標として心臓の組織を識別する場合について説明したが、少なくともこれらの4種の組織に特徴的なラマンスペクトルを含んでおれば良い。これらの4種の組織に特徴的なラマンスペクトルに加えて、脂肪を含む組織、β−カロティンを含む組織などの他種の組織に特徴的なラマンスペクトルも指標として心臓の組織を識別するようにしても良いことは勿論である。
また、上述した例では、多変量解析する際に部分最小二乗法を用いる場合について説明したが、最小二乗解析法、主成分分析法などの他の多変量解析法を用いるようにしても良い。
また、上述した例では、中心波長が532nmである励起光を用いる場合について説明したが、チトクロムのスペクトル以外のスペクトルが相対的に強く現れる中心波長が633nm、785nmなどの励起光を使用するようにしても良い。
1 光源
2 ビームスプリッタ
3 対物レンズ
4 分光器
5 検出器
6 解析部
7 識別部
8 試料台
S 試料

Claims (6)

  1. 心臓の組織を含む試料に励起光を照射する工程と、
    前記試料からのラマン散乱光を検出する工程と、
    検出されたラマン散乱光を、少なくとも生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織それぞれに特徴的なラマン散乱スペクトルを指標として、多変量解析する解析工程と、
    該解析工程にて得られた解析結果に応じて前記心臓の組織を識別する工程と
    を有することを特徴とするラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法。
  2. 前記解析工程にて多変量解析する際に、部分最小二乗法を用いることを特徴とする請求項1記載のラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法。
  3. 前記生きた心筋組織に特徴的なラマン散乱スペクトルは、チトクロムに起因するラマン散乱スペクトルであることを特徴とする請求項1または2に記載のラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法。
  4. 前記線維化組織に特徴的なラマン散乱スペクトルは、コラーゲンに起因するラマン散乱スペクトルであることを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載のラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法。
  5. 前記試料は、虚血を起こした心臓の組織を含んでいることを特徴とする請求項1乃至4の何れかに記載のラマン散乱を用いた心臓組織の識別方法。
  6. 心臓の組織を含む試料に励起光を照射する手段と、
    前記試料からのラマン散乱光を検出する手段と、
    検出されたラマン散乱光を、少なくとも生きた心筋組織、壊死心筋組織、肉芽組織、及び線維化組織それぞれに特徴的なラマン散乱スペクトルを指標として、多変量解析する解析手段と、
    該解析手段にて得られた解析結果に応じて前記心臓の組織を識別する手段と
    を備えることを特徴とするラマン散乱を用いた心臓組織の識別装置。
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