JP2010181391A - 動物細胞の識別方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】移植を目的とする動物細胞の培養において、細胞種の違いや分化に伴う細胞の化学組成の変化に基づいて、非破壊的、非侵襲的に、培養中の細胞の種類や分化度を識別する方法はない。
【解決手段】動物細胞の培養において、ラマン散乱スペクトルによる細胞の化学組成分析に基づいた、非破壊的、非侵襲的な、培養中の細胞の種類や分化度の識別を可能とするものである。
【選択図】図5
【解決手段】動物細胞の培養において、ラマン散乱スペクトルによる細胞の化学組成分析に基づいた、非破壊的、非侵襲的な、培養中の細胞の種類や分化度の識別を可能とするものである。
【選択図】図5
Description
本発明は、再生医療や細胞移植に用いられる細胞・組織培養技術に係り、動物細胞からのラマン散乱スペクトルの分析により動物細胞の種類や分化状態などを識別する方法に関する。
生体細胞または組織を体外で培養して得られた細胞や組織を体内あるいは体表面の欠陥、欠損あるいは不全部位の修復にあてるという再生医療の可能性が種々の基礎的発見により高まり、期待されている。現在の研究では、皮膚、軟骨、骨、血管、肝臓、膵臓等多くの組織にその可能性があることが報告されている。その細胞あるいは組織の起源としては、皮膚、軟骨などの分化した組織あるいはその組織中の細胞、骨髄液中などに存在すると言われている造血幹細胞、間葉系幹細胞あるいは肝臓中にあるといわれている肝幹細胞などの体性幹細胞、さらには受精卵の内部細胞塊に由来し体内のほとんどすべての組織の細胞に分化する能力があるとされている胚性幹細胞(ES細胞)などがある。
いずれの起源の細胞も生体から得られる細胞数には限りがあるため、それを再生医療に用いるためには一般に体外で培養して増殖させる必要がある。また、皮膚、軟骨などの組織に由来する表皮細胞、軟骨細胞などはそれらの分化状態を維持したままで増殖させる必要があるが、体性幹細胞や胚性幹細胞を用いる場合は、一般に幹細胞を増殖させて細胞数を増やした後に治療部位に応じた細胞へと、例えば間葉系幹細胞を用いて軟骨再生治療を行なう場合には間葉系幹細胞から軟骨細胞へと、分化させる必要がある。いずれにしても、培養により、生体から分離された細胞を増殖させたり、分化させる必要がある。
また、生体細胞や組織の由来には、患者自身の細胞や組織を用いる場合(自家細胞)と、患者以外のヒト個体由来の細胞や組織を用いる場合(他家細胞)がある。前者の場合、再生治療の際の拒絶反応の可能性が低いと言う利点があるが、患者ごとに材料となる細胞や組織を準備する必要がある。後者の場合、同じひとつの個体由来の細胞や組織を用いて多くの患者の再生治療を行なえる可能性があるが、患者ひとりひとりで必要とする再生組織の形や大きさが異なるなど再生治療の内容は異なる。このため、再生治療を目的とした生体細胞や組織由来の細胞の培養は患者ひとりひとり異なるロットとなることが多い。
さらに、同じ動物細胞の培養でも、医薬品などの生産を目的とした培養の場合は1回の培養液量が数百〜数千リットルと大量だが、再生治療を目的とした細胞培養の場合はその培養液スケールが非常に小さいと言う特徴もある。たとえば、骨髄液10mlに含まれる間葉系幹細胞を増殖させた後に軟骨細胞へ分化させ、軟骨の再生治療に用いる場合の間葉系幹細胞の増殖培養の培養液スケールは100ml以下と考えられる。
すなわち、再生治療を目的とした細胞培養は、「小スケール培養器を用いた小スケール、多ロット並行培養」という特徴を有している。
このような細胞の培養には長時間を要する。たとえば、骨髄液10mlに含まれる間葉系幹細胞を増殖させた後に軟骨細胞へ分化させ、軟骨の再生治療に用いようとすると、少なくとも細胞数を数百倍に増やす必要がある。一般に哺乳類など動物の細胞の体外における増殖速度は遅く、細胞数が2倍になるには一般に2〜3日を要する。すなわち軟骨再生のための体外増殖培養の期間は最短でも2〜3週間に及ぶ。しかも、細菌などの雑菌の増殖速度はその倍化時間が20分〜1時間と早いため、2〜3週間の培養期間中は1個の細菌の混入も防ぐ必要があり、高度な無菌培養が要求される。
そのため、移植等の再生治療を目的とした生体由来の組織や細胞の体外培養は厳重に管理された環境と施設の中で行なわれねばならない。現在、臨床試験中の再生治療、あるいは再生治療のための細胞培養を事業として準備中の企業などでは、この条件を満たした施設と培養操作基準を設けたり、計画している。たとえば、骨再生治療を目的とした骨髄間葉系幹細胞の培養を行なっている産業技術総合研究所(大阪府尼崎市)では、クラス100のクリーンルーム内で、熟練した作業者が無人衣を着用して、クリーンベンチを用いて高度な無菌操作を実施している。
しかし、このような培養形態には種々の問題がある。▲1▼まず、熟練しているとはいえ、人手による手作業なので汚染の可能性がゼロではない。その上、培養環境のなかでも作業者自身が、ウイルス、マイコプラズマや細菌の感染源になる場合が極めて多い。▲2▼さらに、このような特殊な施設の数は日本国内でも数箇所と限られているため再生治療を受けれる患者数が極めて制限される。▲3▼また、手作業のためその作業の能率は高くなく、そのうえ高度に熟練した作業者が必要であるため人件費が非常に高くなりこの点でも再生治療の普及を阻害する恐れが極めて高い。
そこで、これらの問題を解決するために、生体細胞または組織を体外で増殖させたり分化させる培養操作のほぼ全てを無菌的かつ自動的に行なえる装置の開発が望まれていた。すなわち培養の機械化により無菌操作を完全に実施すると共に、作業者を排除することでヒトからの汚染を防げる。また、特殊なクリーンルームの必要がなくなるため、再生治療を行なえる医療機関の数を増やすとともに、人件費の大幅削減による再生治療の大幅な低コスト化により、再生治療の普及に大きく貢献できると考えられる。すなわち、培養の自動化が再生医療等の動物細胞培養の産業貢献には非常に重要である。
一方、このような培養工程の時間管理のためには、培養経過の測定が不可欠である。その中でも最も重要な測定項目は、培養中の細胞の分化度である。たとえば、細胞や組織の分化度の変化を経時的に追跡することにより、「必要な細胞量まで細胞が分化したから培養を中止してよい」、あるいは「まだ分化が不十分であるから更に培養を続けるべき」などの判断が可能となる。培養を中止するか継続するかといった単純な判断だけでなく、培養条件を途中で変更するなどの判断にも細胞や組織の分化度に関する測定データは重要、かつ不可欠である。
また、再生医療などの移植目的の動物細胞培養の原料となる細胞として生体内から分離された動物細胞は一般に不均質である。たとえば、骨髄から採取した骨髄液をポリスチレンディッシュに播種し、培地交換を行いながら培養を続けると、骨髄液中の細胞の内で大部分を占める血球細胞は培地交換に伴い除去され、ディッシュ底面に接着し、残存、増殖した接着依存性の動物細胞を大量の取得することができる。この細胞集団を骨髄間葉系幹細胞として分離し、骨再生治療、軟骨再生治療に用いるが、骨髄液中に含まれる他の接着依存性の動物細胞(血管内皮細胞、マクロファージなど)が混入する。(Stem Cells,6,530−541(2002).)したがって、このようにして得られた間葉系幹細胞を増殖して骨再生治療や軟骨再生治療を行う際には、目的とする間葉系幹細胞以外に血管内皮細胞やマクロファージなども混在している可能性が高いため、培養中の細胞集団に間葉系幹細胞が含まれる割合を培養中に分析することが重要となる。
さらに、治療に必要な十分な細胞数にまで間葉系幹細胞を増殖させて増やす過程においても、培養中の間葉系幹細胞が意図に反して分化する例も報告されている。(J.Biosci.Bioeng.,106(1),46−50(2008).)
したがって、たとえば、骨髄間葉系幹細胞を増殖させた後に軟骨細胞へ分化させて軟骨再生治療に用いる培養の場合、間葉系幹細胞のうちで軟骨細胞へ分化した細胞の割合を分析するだけでなく、血管内皮細胞やマクロファージなど混入した他の種類の細胞の数や、間葉系幹細胞からほかの系統(たとえば骨芽細胞や脂肪細胞)へ分化して出現した他の種類の細胞(骨芽細胞、マクロファージなど)の数も分析する必要がある。
このように、培養工程の管理のために重要な測定項目として、培養中の細胞の分化度だけでなく、本来の治療のために意図して培養している細胞種以外に混入したり培養中の意図せざる分化により出現した細胞種の割合なども挙げる必要がある。
また、再生医療等の目的で細胞を培養する場合は既に述べたように「小スケール、多ロット並行培養」であるため、ぬき取り検査(破壊検査)を適用しようとすると、より多量の細胞や骨髄液などを患者から採取する必要が生じるなど、また同ロットの培養をより多数行う必要が生じ培養コストを増大させるなど、破壊的な検査では患者により大きな負担を与えたり生産効率が大幅に低下するため適しない。さらに、患者の身体に移植するなどのため、医薬品生産以上の品質管理が要求されるので、測定用の器具、装置などが培養中の細胞や細胞の周囲の培養液に直接に接触することは極力避けるべきである。したがって、再生医療などを目的とした細胞培養の自動化には、非接触的、非破壊的あるいは非侵襲的な、培養中の細胞の分化度の自動診断手段が不可欠である。
従来、このような細胞の分化度や細胞種の診断手段としては、調べたい細胞をマウスなどの実験動物に移植して移植後の経過を観察したり、分化状態や細胞種に依存して細胞表面に発現する特定のタンパク質の量を調べたり、分化状態や細胞種に依存して発現する特定の遺伝子の発現度合いを調べたりする方法が用いられてきた。しかしながら、移植には熟練した手技が必要であり自動化は困難で、また移植法には数週間から数ヶ月の時間を要し、その間に本来の細胞が死滅したり変化してしまう。また、細胞表面のタンパク質を測定する方法を自動的に行う装置はなく、また測定に用いた細胞を患者に移植することは安全上できないので、測定の目的で多数の細胞を破壊しなくてはならない。遺伝子の発現度合いを調べることは、分化度合いや細胞種を調べる目的では、本来本質的である優れた方法であるが、測定に最低でも1〜2日を要し、また診断の目的で多数の細胞を破壊する必要がある。以上のように、培養して得られた貴重な細胞を破壊することなく非侵襲的に、かつ短時間で自動的に細胞の分化度や細胞種を診断する方法はなかった。
これに対して培養中の細胞の光学顕微鏡観察は自動的に行え、かつ非破壊的非侵襲的観察が可能である。また、細胞の種類や状態により細胞の形態が変化することがあるは経験的に知られており、細胞形態から細胞の分化度を調べた研究(M.Takagi,T.Kitabayashi,S.Koizumi,H.Hirose,S.Kondo,M.Fujiwara,K.Ueno,H.Misawa,Y.Hosokawa,H.Masuhara,and S.Wakitani,Biotechnology Letters,30,1189−1195(2008).細胞の分化度自動診断方法、特願2004−341307)や細胞の立体形状から細胞周期を判別する方法(Syunsuke Ito and Mutsumi Takagi,Biotechnology Letters,DOI 10.1007/s10529−008−9839−6(2008).)が報告されている。
一方、細胞の分化に伴って特定の遺伝子の発現が活発になったり、特定のタンパク質を生産するようになるなどの現象が知られている。たとえば、正常な体細胞の中では軟骨細胞のみがMIA(melanoma inhibitory activity)を産生することが知られている。(Anja K Bosserhoff and Reinhard Buettner,Biomaterials,24,3229−3234,2003.)また、骨髄中にある多分化能を有する幹細胞である間葉系幹細胞が軟骨細胞へ分化するとアグリカンやII型コラーゲンの遺伝子発現が活性化されこれらのタンパク質を盛んに産生することが知られている。(宿南知佐、開 祐司、細胞、33(3),84−87,2001.)このような細胞分化に伴う細胞の化学組成の変化が光学的手段により非侵襲的に行えれば、細胞分化の非破壊的非侵襲的観察が可能になると考えられる。
ところで、ラマン分光法は、赤外分光法と比較して、低い水のラマン散乱断面積という環境のため、生物学的サンプルの研究を行うことが可能である。共焦点ラマン顕微分光計は、高い空間分析能(1μl)により細胞の測定を可能にしている。[G.J.Puppels,F.F.de Mul,C.Otto,J.Greve,M.Robert−Nicoud,D.J.Arndt−Jovin,T.M.Jovin,Nature 347(1990),301−303;G.J.Puppels,H.S.P.Garritsen,G.M.J.Segers−Nolten,F.F.de Mul,J.Greve,Biophys.J.60(1991),1046−1056;G.J.Puppels,J.Greve,Whole cell studies and tissue characterisation by Raman Spectroscopy,in:Advances in Spectroscopy v25,R.J.H.Clark and R.E.Hester eds.,John Wiley & Sons Ltd.,Chichester,1996,pp.1−47;N.J.Sijtsema,S.D.Wouters,C.J.de Grauw,C.Otto,J.Greve,Appl.Spectrosc.52(1998),348−355;S.Y.Arzhantsev,A.Y.Chikishev,N.I.Koroteev,J.Greve,C.Otto,N.M.Sijtsema,J.Raman Spectrosc.30(1999),205−208]しかしながら、ラマン分光では、赤外分光と異なり、個々の化合物特有のラマンシフトに関するデータが十分に蓄積されておらず、細胞内には多くの化学物質が混在しているため、ラマンシフトの特定のピークによって細胞分化に伴う特定の化合物(例えば上記のMIA、アグリカンなど)の存在を識別することは困難であった。
ただし、ラマン分光をガン細胞と正常細胞との識別に用いた例は報告されている。たとえば、波長785nmのレーザーを用いて得られたラマンスペクトルの2次微分の主成分分析によりヒト正常骨芽細胞と骨肉腫細胞とを識別できることが報告されている。(Journal of Cellular Biochemistry,92,1180−1192(2004).)また、波長633nmのレーザーを細胞の核部分に照射して得られるラマンスペクトルのうち600〜1700cm−1部分の主成分分析により末梢血正常リンパ球と白血病リンパ球とを識別できたことが報告され、ガン細胞のDNA含量が正常細胞のDNA含量より低いことが識別できる理由であるとされている。(Analytical Chemistry,80,2180−2187(2008).)しかし、異なる種類の正常細胞同士にはDNA含量の明確な差異の報告はなく、正常細胞同士をラマンスペクトルにより識別できたという報告もなかった。
ただし、785±60nmのレーザーの照射により、細胞死、細胞周期などを識別できるとの報告(特願2004−518999)があるが、ここでは細胞内の核の部分への照射によりDNAの量や凝集などの状態を検知していると述べられている。また本報告では細胞質内への照射にもふれられているが、細胞質内の場所については言及されていない。
移植を目的とする動物細胞の培養において、細胞種の違いや分化に伴う細胞の化学組成の変化に基づいて、非破壊的、非侵襲的に、培養中の細胞の種類や分化度を識別する方法はない。
そこで、本発明は、動物細胞の種類や分化度の、非破壊的、非侵襲的な識別方法を提供することを課題とする。
本発明は、再生医療や細胞移植に用いられる細胞・組織培養技術に関するものであり、動物細胞の培養において、細胞の化学組成に基づいた、非破壊的、非侵襲的な、培養中の細胞の種類や分化度の識別を可能とするものである。
請求項1ないし請求項8に係る本発明の動物細胞の種類や分化度の非破壊的非侵襲的識別方法は、ラマン散乱スペクトルの分析に基づくことを特徴とする方法である。
本発明で用いる「動物細胞」としては、昆虫および動物由来の細胞であればよく、とくに限定されない。動物としては、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、哺乳類などが例示される。哺乳類動物としては、例えば、ヒト、サル、ウシ、ブタ、ヒツジ、ウマ、ネズミなどが挙げられ特に限定されないが、ヒトが望ましい。また、これらの動物の体内にある状態の細胞でも、体外に取り出された状態の培養細胞でもよい。体外に取り出された状態の細胞としては、動物から採取してから一般的に50回程度までの限られた回数のみ分裂、増殖できる初代細胞であっても、動物細胞から採取された後、一般に50回以上の多数回分裂、増殖できる細胞株であってもよい。
初代細胞の例としては、ラットの初代肝細胞、マウス初代骨髄細胞、ブタ初代肝細胞などが挙げられる。一方、細胞株としては、ヒト子宮癌細胞株HeLa、ヒト肝癌細胞株Huh7細胞、チャイニーズハムスター卵巣細胞株CHO細胞、アフリカミドリザル腎細胞株Vero細胞などが例示される。
再生医療や細胞移植の観点からは、本発明で用いる「動物細胞」としては、「ヒト細胞」が望ましく、ヒトから採取してから一般的に50回程度までの限られた回数のみ分裂、増殖できる初代細胞を用いることができる。例として、肝細胞、心筋細胞、臍帯血細胞、関節軟骨細胞、神経細胞、造血細胞などを挙げることができる。また、骨髄造血幹細胞、骨髄間葉系幹細胞、脂肪組織間葉系幹細胞などの体性幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)およびこれらの幹細胞から分化により生じた細胞も含まれる。また、以上にあげた細胞に対して、プラスミドの導入、ウイルス感染などの手段により遺伝子操作を施して得られた細胞も本発明で用いることができる。
本発明の「正常細胞」には、ガン組織から分離された細胞株やガン細胞を除く動物細胞である。
本発明の「細胞膜近傍の細胞質」とは、光学顕微鏡観察により得られる細胞の平面的画像のなかで下記の3条件を満たす点Aのすべてを指す。(1)点Aは任意の細胞Bの平面的画像の内部の点である。(2)点Aは、該細胞Bの細胞外周の線上の任意の点Cにおいて細胞外周の線の接線に垂直に交わり、点Cから細胞の内部の方向へ延びる線(半直線D)の上にある点である。(3)点Aは、該半直線Dが点Cと異なる点で該細胞Bの細胞外周の線に交わる点のうち点Cに最も近い点を点Eとしたときに、点Cと点Aとの間の距離が点Cと点Eとの間の距離の15%以下、のぞましくは10%以下である点である。
本発明の「ラマン散乱スペクトル」測定に使用する照射レーザーの波長は、特に限定しないが、488±10nm又は514±10nmを例として挙げることができる。レーザー出力は、特に限定しないが、0.1〜200mW、望ましくは1〜5mWを例として挙げることができる。レーザー照射時間も、特に限定しないが、0.1分〜30分、望ましくは1分〜10分を例として挙げることができる。スペクトルデータを取得する波長の範囲は、特に限定しないが、400〜3870cm−1、望ましくは2600〜3870cm−1を例として挙げることができる。
本発明における動物細胞の「識別」の内容としては、例えば、皮膚繊維芽細胞と肝細胞とのような細胞種の違いの識別、間葉系幹細胞と間葉系幹細胞から分化した軟骨細胞とのような分化の有無の識別などを例として挙げることができる。
本発明における「短波長域」とは、その下限が2600±50cm−1で、上限が3485±385cm−1である波長域である。
本発明における「主成分分析」とは、統計手法のひとつであり、複数の変数間の相関を少数の合成変数で説明する手法。たとえば、AとBという異なる種類の動物細胞のラマン散乱光の強度を400〜3600cm−1の3200通りの波長で測定し、3200個の変数値を得たとする。ここで、個々の変数値では個体差が大きくAとBに有意な差は認められず(たとえば、450cm−1のAの散乱光の強度もBの散乱光の強度も同じくらいで)、個々の変数値ではAとBを識別できないとする。ところが、主成分分析を行うと、たとえば、450cm−1の散乱光の強度に0.8を乗じたものと1450cm−1の散乱光の強度に1.4を乗じたものとを加えた値(「合成変数」)を比較すると、AとBを明らかに区別できる、ようになる。
本発明の「間葉系幹細胞」とは自己複製能と多分化能をあわせもつ細胞であり、骨髄由来間葉系幹細胞、脂肪組織由来間葉系幹細胞、滑膜由来間葉系幹細胞などを例としてあげることができる。間葉系幹細胞から分化した細胞としては、骨芽細胞系統へ分化した細胞、軟骨細胞系統へ分化した細胞、脂肪細胞系統へ分化した細胞などを例として挙げることができる。
本発明における「軟骨細胞」としては、手足の関節軟骨、鼻、耳などの軟骨組織を形成している細胞であり、硝子軟骨細胞、繊維軟骨細胞など例としてあげることができる。
以下に実施形態例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
ヒト膝関節軟骨細胞(Lonza社、NHAC−kn)を軟骨細胞用分化培地(CDMTM BulletKit、Lonza社CC−3225)を用いて、ガラスボトムディッシュ(松浪硝子、D110100)に1×103cells/cm2の密度に播種し3日間培養した。一方、ヒト皮膚繊維芽細胞(Lonza社、NHDF(AD))をウシ胎児血清(ギブコ社製、ロット番号26140−079)を10%添加したDMEM(ギブコ社製、型番31600−34)を用いて、ガラスボトムディッシュ(松浪硝子、D110100)に1×103cells/cm2の密度に播種し3日間培養した。これらの軟骨細胞及び繊維芽細胞の各5個をラマン分光に供した。その際、細胞膜近傍の細胞質部分と、細胞膜近傍の細胞質部分以外の細胞質部分(核に相当する部分を除く)をそれぞれ2か所ずつ分析した。
ラマン分光には、倒立型顕微鏡(ニコン)に装着されたラマン装置(東京インスツルメンツ社、ナノファインダー、488nmアルゴンイオンレーザー、150mW)を用いた。
軟骨細胞及び繊維芽細胞の細胞膜近傍の細胞質部分のラマンスペクトルの例をそれぞれ図1、図2に示す。軟骨細胞及び繊維芽細胞の細胞膜近傍の細胞質部分以外の細胞質部分のラマンスペクトルの例をそれぞれ図3、図4に示す。細胞膜近傍の細胞質部分、細胞膜近傍の細胞質部分以外の細胞質部分のいずれにおいても、両細胞を識別できるような、それぞれに固有なピークは特に認められなかった。
次に、全波長域(415〜3869cm−1)のデータを用いて、細胞膜近傍の細胞質部分同士または細胞膜近傍の細胞質部分以外の細胞質部分同士について軟骨細胞と繊維芽細胞の間で主成分分析(MATLAB)を行った結果のスコアプロットをそれぞれ図5、図6に示した。その結果、細胞膜近傍の細胞質部分以外の細胞質部分同士では主成分分析を行っても軟骨細胞と繊維芽細胞を識別することはできない(図6)が、細胞膜近傍の細胞質部分同士ででは主成分分析を行うと軟骨細胞と繊維芽細胞を識別できる(図5)ことが判明した。
次に、波長域を415〜1855cm−1、2600〜3869cm−1の2つに分け、細胞膜近傍の細胞質部分のデータのうちのそれぞれの波長域のスペクトルのみを用いて主成分分析を行い、図7、図8に示した。その結果、415〜1855cm−1の波長域では軟骨細胞と繊維芽細胞を識別することはできないが、2600〜3869cm−1の波長域では軟骨細胞と繊維芽細胞を識別できることが判明した。
以上示したように、本発明によれば、少なくとも、動物細胞の細胞膜近傍の細胞質および細胞膜からのラマン散乱スペクトルの分析により動物細胞を識別する方法を提供することができる。
〔図5〕▲;軟骨細胞、×;繊維芽細胞、PC1;第1主成分、PC2;第2主成分
〔図6〕◆;軟骨細胞、■;繊維芽細胞、PC1;第1主成分、PC2;第2主成分
〔図7〕▲;軟骨細胞、×;繊維芽細胞、PC1;第1主成分、PC2;第2主成分
〔図8〕▲;軟骨細胞、×;繊維芽細胞、PC1;第1主成分、PC2;第2主成分
〔図6〕◆;軟骨細胞、■;繊維芽細胞、PC1;第1主成分、PC2;第2主成分
〔図7〕▲;軟骨細胞、×;繊維芽細胞、PC1;第1主成分、PC2;第2主成分
〔図8〕▲;軟骨細胞、×;繊維芽細胞、PC1;第1主成分、PC2;第2主成分
Claims (8)
- 動物細胞の細胞膜近傍の細胞質からのラマン散乱スペクトルの分析により動物細胞を識別する方法。
- 動物細胞の細胞膜からのラマン散乱スペクトルの分析により動物細胞を識別する方法。
- ラマン散乱スペクトルのうち短波長域の分析により動物細胞を識別することを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
- ラマン散乱スペクトルの主成分分析により動物細胞を識別することを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の方法。
- 識別の対象である動物細胞が正常細胞であることを特徴とする請求項1〜4いずれか記載の方法。
- 間葉系幹細胞および間葉系幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団から各細胞を識別することを特徴とする請求項1〜5いずれか記載の方法。
- 間葉系幹細胞から分化した細胞が軟骨細胞であることを特徴とする請求項1〜6いずれか記載の方法。
- 波長488±10nm又は514±10nmのレーザーで細胞を照射することを特徴とする請求項1〜7いずれか記載の方法。
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